Coolier - 新生・東方創想話

誕生会黙示録 ~戦闘ケーキは汚れ芸人の夢を見るか。そして混沌~

2005/11/27 20:06:06
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「閻魔殿、この行いは正しいのだろうか?」
「癒えることを許さず命を奪う傷も世はあります。乗り越えることの出来ない程の辛い歴史ならば、それを埋葬することも止む無い」
「だが、無かった事になってしまえばその失敗から学ぶことはできない。再び同じ悲劇が起きることになるだけなのではないか?」
「それはあなたしだい。私情から歴史を隠すことを罪と思うなら、繰り返しを避けるために尽力することをその償いとしさい」
「それは手厳しいな」

 そして苦笑した慧音は、眼前に広がる混沌へと宣言した。

「今日一日を無かった事にする!」



――それより五十刻ほど遡る



注:全般的に壊れ気味(主に霊夢)かつ黒く(ほぼ全員)なっていますので壊れアレルギーのある方は医師の相談を受けた上で、あるいは保護者同伴でご覧ください。なお、間違いなく読み疲れますが仕様です。



 プロローグ~会場準備~
朝、起きて顔を洗おうと神社から境内に出てきた霊夢のもとへ、待ち構えていたかのように魔理沙が飛来した。


「霊夢、誕生日おめでとう」
「・・・・・・へ?」 
 
 出し抜けに意味のわからないことを言われて、つい変な声がでてしまった。

「今日は誕生日でもなんでもないんだけど」
「いつが誕生日か知らないからな。今日がそうだという事に決まったんだ」
「勝手に決めるな」

 いつもの戯言だと思い、適当に突っ込みながら井戸の桶を引き上げる。それは甘い判断だった。それなりに長い付き合いだというのに、私は侮っていたのだ。霧雨魔理沙という魔法使いが役立たない事に懸けるエネルギーの凄まじさを。そして幻想郷の住人たちが遊び心に任せて費やす力の途方も無さを。

「まあ、そういうなよ。なにせ……」

滑車の動きが悪いのか、こころなしか、縄が重い。

「もう誕生会には人を呼んでるしな」
「ごきげんよう」
「朝っぱらの神社の井戸から亡霊が這い出るなぁ!」

 ドゴッ ガラガラガラガラガラ…………

 桶に御座を敷いて座っていた幽々子を桶ごと豪快に叩き落す。神社の境内に微妙な怪奇スポットができてしまった。
 
「怪奇スポットって言っても、こんなんじゃ参拝客寄せにもならないし、神社に有難みがなくなるだけね」
「有難みなんて初めから無いじゃない」
「うるさい」

 井戸からふわりと浮き出てきた幽々子に鉄拳を食らわせたが、どこで体得したのか揺らぐ紫煙のような動きで亡霊の姫は威力を殺す。

「自分で井戸から引き上げたのだから責任を持って応対してくれるべきだと思うわ」
「勝手にやってることだから自己責任でしょう。そもそも誕生日じゃないし」
「やって減るもんじゃ無し、折角だから祝おうぜ」
「そうそう、折角幽霊たちも連れてきたんだし」
「ってうわぁ!」

 井戸から間欠泉のように沸き上がる幽霊の群れ。これはけっこう怖い。いや、それより何時から神社の井戸は異界の門になった!?

「大勢いるほうが賑やかな会になるしな」
「……どうしても誕生会はやる気なのね」

 湧き出た幽霊は境内に散らばっていった。未だに冷気の上がってくる井戸から水を汲み直しながら、溜息をつく。

「魔理沙のことだから、他にも呼んでるんでしょう?」
「ああ、他には……」

 さっきよりも、縄が重い。

「レミリアとか」
「ごきげんよう」
「お前もか!」

 ドゴッ ガラガラガラガラガラ…………

 井戸中だからなのか、雨合羽を着て桶に座るレミリアを豪快に叩き落す。
 見なかった事にして水を汲みなおす。

「あと輝夜」
「ごきげ・・・」

 ドゴッ ガラガラガラガラガ………… 

桶に優曇華院を敷いて座っていた輝夜も豪快に叩き落す。
今時は井戸から出てきて挨拶するのが流行っているかもしれない。ついでだから井戸の女神でも出てきて「あなたが落としたのはこの『慎ましいレミリア』ですか、それともこの『真面目な輝夜』ですか?」とでも聞いてくれないだろうか。即座に夢想転生で沈めて慎ましいのと真面目なのを強奪してあげるのだけれど。ついでに『淑やかな魔理沙』とか『実直な紫』とか……あれ、想像すらできない。

「もちろんメイドと兎も来てるぜ」
「やっぱりいぃぃぃ!」

てゐを筆頭に井戸から湧き出る無数の兎とメイドたち。その様はところてん心太の型から人と兎が押し出されるが如く。蛆が湧くみたいで気持ち悪くすらある。

「いつから潜んでたの?」
「昨夜の丑三つ時から」

 ほんの数十秒のやり取りの間に境内は幽霊とメイドと兎に埋め尽くされていた。いつぞやの宴会のときでもここまで混んでは居ないというのに。

「よくこんなに大勢入ったわね」
「永琳の新作スペル『井戸中の新大陸』で拡張を」
「するな!」

 ツッコミの目潰しを紙一重で避わす輝夜。その動きには流水の如く無駄が無い。
覗きこむと、井戸の中には端の見通せないほど広大な空間が広がっていた。井戸のすぐ下には屋敷があり、そのすぐ近くにキャンプファイヤーの跡と散らかった酒瓶、食い散らかされた『皿』や、ともすれば人型に見えなくもない動物の白骨などが放置されている(昨夜にも宴会をやったに違いない)。屋敷の敷地の周りには森が広がり、遠くには山や湖、塩田のようなものさえ見える。

「よくもまあここまで……」
「折角だから別荘にしようと思って。屋敷を放置しておくと土着の蛮族に荒らされるから管理人になってもらえないかしら」

何で井戸に民族が土着する? さすがは月製の秘術…じゃなくて、

「人んちの井戸に別荘立てないで」
「いい屋敷なのに。ほとんど幻像だけど」
「直させなさい。井戸が使えないでしょう」
「別荘の井戸を使うといいわ」
「そういう問題じゃないし。だいたい、誕生会をやろうにもこんなに沢山の幽霊と兎が居ちゃ座る場所だって無いわよ」
「それは心配ないぜ。神社の中に入れればいい」
「そこは境内より狭…って何やってる咲夜!」
「会場準備」

 必殺の博麗フライングクロスチョップをナイフの腹でいなしながら咲夜は答えた。寸分も勢いを失わずに軌道を変えられた私は室内へ向けて風を切って飛んでいったが(空を飛びながらのクロスチョップは避けられた場合のリスクが大きい諸刃の剣なのである)、壁にぶつかる事はなかった。
 神社の中が100平方メートル近い広さのある畳敷きの広間に変貌していたのだ。その入り口から見て側面の襖からは、卓や座布団、料理を持ったメイドと兎が続々と入室している。その手際は見事の一言、井戸から出てきた面々も加わって、早送りのような速度で広間が会場に変化していく。

「会場のセッテイングは紅魔館と永遠邸が共同でやってるの。向こうのメイド長が広げた空間と、両屋敷を通路で繋いで器具や料理を運び込んでいる」
「あんたら神社をなんだと思ってるのよ!」

 解説する永琳に神速のソバットをかますが、笑顔のままバレエを舞うかのようなスウェーバックで回避された。こいつら、ツッコミに慣れてやがる! 

「咲夜、注文されたケーキだけど、ここに置いといていいの?」

アリスまでグル?

「そこでいいわ。悪いけど、会場の装飾が遅れてるから手伝ってやってくれない?」
「しかたないわね、装飾担当は3班だっけ?」
「ええ、細かい事は担当の班長に聞いて」

何でそこまで連携取れてるの!?

「おいそこ、料理に手を出すな。準備が終わるまで会場は立ち入り禁止だぜ!」
「えー」「えー」「えー」「えー」

 一様にぶーたれる亡霊と悪魔と悪魔の妹と鬼。

「萃香も来てるし……」

 疲れを感じてうなだれる間にも、神社には魑魅魍魎が増えていく。

「面白そうなこととはこれか、妹紅?」
「そう、凄い事になりそうじゃない。あ、輝夜がいる!」
「八目鰻いかがですか~」
「整理券を配布しま~す。ってああ、人数分ありますから押さないでください。痛っ、誰よ耳引っ張ったの!?」
「こらそこ、暴れるな! かくなるうえは・・・・・・」
「文々丸新聞誕生会特別号外、無料配布中でーす」
「ち、ちょっと妖夢さん、人ごみの中で人界剣は! パチュリー様も止めるの手伝ってくださうぎゃあ」

 雑踏の一部が吹き飛んだ。

「メルラン、この雑踏の中でお前のソロ演奏は……危険」
「待ってる間はみんな暇だと思って」
「あーあ、盛り上がっちゃってる。服を着た兎がハッスルして中国風の人を蹴りまわしてるし」
『そこの光ってる奴、会場に蟲を持ち込む事は禁止だぜ。出し物等に必要な場合は運営委員会に許可をとってくれ』
「差別だよそれは!」
『あとルーミア、邪魔になるから闇を出すな!』

 一瞬のうちに神社には顔見知りの人間や妖怪、その辺を漂っていた亡霊やふらついていた妖精さえも訪れ、階段には長蛇の列ができていた。まさに百鬼夜行、いや朝だから百鬼朝行? そう言い換えるとやけに健康的な気がするのは何故だろうか。閑話休題。或は、今この時の幻想郷ならばチルノにでも征服できるのかもしれない。
一部の幽霊と兎も含めた紅魔館、白玉楼、永遠邸のメンバーは会場準備と来賓の整理に分かれて作業を行っていた。総指揮は魔理沙、会場準備と入場者整理の責任者はそれぞれ咲夜と妖夢だ。会場はスムーズに仕立てられていたが、行列は半ばパニック状態に近い箇所もあり、魔理沙自らもメガホンを持って飛び回る。
 その様子を、井戸の傍に取り残された私は呆然と眺めていた。幽霊の冷気が残留している井戸の中にチルノとレティが入っているのに気づき、取り合えず針を投げ込んでおく。

「なんでここまで集まるの?」

 一通り騒ぎを鎮めてきた魔理沙が答えた。

「協力を呼びかけて回ったらかなりの人数が賛同してくれてな。思いついたのは一昨日なんだが、その日のうちに運営委員会が組織されたぜ。文が1か月分の購読を条件に広報担当を引き受けてくれたから、誕生会開催の報は幻想郷中に行き渡っているはずだ」
「それ以前に私が萃めてるし」
「今日のあなたが無駄に大規模な騒ぎに付き合わされるよう運命は改変したわ」
「揃いも揃って気合入り過ぎよ!」

 萃香とレミリアがいつの間にか傍に来ていた。反射的に放った真空跳び膝蹴りは残像を貫いただけだ。
それはともかく、彼女たちはとにかく派手な騒ぎを起こしたくてここまで団結したらしい。その口実がよりにもよって私の誕生日であるというのが気に入らないけど。そもそも誕生日じゃないし。

「愛されているな、霊夢」

 ぽん。と肩をたたく魔理沙。

「あんたらが暇人過ぎなのよ!」

 そう言った直後。


『霊夢には言われたくない』


 境内の、人語を喋れる全ての存在が口を揃えた。





  誕生会黙示録  
第一回 ~戦闘ケーキは汚れ芸人の夢を見るか。そして混沌~




「…たじゃないの…のときも、なのにルーミアにまで……」
『これより、本年度第一回目の博麗霊夢誕生会を開催するぜ』
『司会進行は私、パチュリー・ノーレッジと霧雨魔理沙でお送りするわ』

 3桁近い人数に暇人呼ばわりされて軽く凹んでいる間に、準備は終わっていたらしい。会場上座の司会席に並んだ魔理沙とパチュリーが、魔法によって音量を大きくした声で開会を宣言する……って今、第一回って言ったか?

「同年度に何回も誕生日があるわけ無いでしょ」
『クレームは入り口脇のご意見ポストに入れてくれ。第二回の参考にする』
「第二回をやるなってことよ!」
『では、開会式に引き続いてプログラムナンバー2番。紅魔館有志による種無しマジックショーだぜ』
『悪魔の館で培われた秘儀の数々をご覧ください』
「無視された!?」

 私の居る主賓席の手前に設えられたステージに、三十人ほどのメイドが上っていく。芸に使うのだろう、手にはナイフやリング、カードなど様々な道具を持っている。

「あれ、咲夜は出ないの?」
「彼女たちに手品を仕込んだのは私でね。今日はその成果を見せてもらう事になってるの」

 手に持った料理皿をカートに置いて、咲夜が隣の席に腰を下ろした。

「ショーを見る間、少し休ませてもらおうかしらね」
「へぇ、あなたがねー」

 言われてみると、壇上のメイドたちには緊張が見て取れた。話の通りなら、人前で芸をするのには慣れていなのかもしれない。ましてこの観客の人数だ、緊張もするだろう。初々しい様子についつい頬が緩んでしまう。

『まず見せてくれるのは「種無し人体切断」だ!』
「ぎゃああああああああ!」
「妹紅!?」
「あの斧さばき。腕を上げたわね、ドロシー」
「何を仕込んでんのよあんたはぁ!」

 ステージ前列に座った妹紅に斧で切りかかるメイドを見て慨深げに呟く咲夜。当然、私の怒鳴り声は聞いていない。

「八つ裂きにされた人間を、棺桶に入れて蓋を閉じると……ほらこの通り! 傷一つなく復か――」
「鳳翼天翔!」

言い終わるまもなく復活したも妹紅に焼き飛ばされる平メイド・ドロシー。強烈な炎によって他のメイドも何人か脱落した。しかし、見事に復活した妹紅に対して来賓席からは歓声が沸きある。
まあ凄いっていえば凄いけど、本当に種も仕掛けも無いし、誕生会で臓器色見せられる気分とか考えてくれてる?

「いきなり真っ二つなんて何考えて…」

 瞬時に妹紅の背後に現れた輝夜が首筋にチョップ。昏倒した妹紅を担いで退場した。

「おい、妹紅をどこに…」

 瞬時に慧音の背後に現れた永琳が首筋に注射。昏倒した慧音を担いで退場した。

『大丈夫か?』
「戦力の損失は20パーセント。マジック続行は可能です」
「それ違う、戦力とか言ってる時点でマジックと違う!」

 頼もしげな返答に沸き立つ来賓。「いいぞ~!」と誰からとなく合いの手が入り、騒霊姉妹が自発的に『オリーブの首飾り』を奏でだしたのを聞いて私は頭を抱えた。

『じゃあ次、「種無し大脱出イリュージョン」!』

 魔理沙がカンペを読み上げるのと同時、私の周りから人波が引く。咲夜は既に姿を消していた。
 
 ガシャ

 嫌な予感に気づくのは遅すぎた。頭上から格子が落下し、私は閉じ込められる。という事はつまり、

『頑張って脱出してくれ、霊夢』
「私は主賓じゃなかったの!?」
『マジックにサプライズは必須だぜ』
『“奇”術は意表をついてこそ成り立つものよ』
「観客を楽しませるための意外性でしょうが!」
『それより魔理沙、今夜は紅魔館に泊まっていかない?』
「話をきけぇ!!」

 言い合う間にもステージのメイドが弾幕を斉射。扇状に展開する多重のナイフと自機狙いのカード、ランダムばら撒きの大型リングその他諸々が一斉に迫る。二重結界で防ごうかとも考えたけれど、
 まだ何かある!
 私の勘からすればこんなものは氷山の一角、ここで霊力を消費するのは得策じゃない。
想像力限界突破! 確定予測! 弾道を読み狭い檻の中で弾幕を抜けつつ、アミュレットで反撃する。

『おいおい霊夢、檻の中で避け切っちゃ脱出イリュージョンにならないぜ?』
「五月蝿い!」
『「暇巫女テンコー~キャトルミューテーション~」とか無いの?』
「無いわよ!!」

 っていうか何だキャトルミューテーションって。
 正面から撃ち込めない位置であったために長期戦となったけど、数十秒の攻防の末ついにメイドたちは沈黙した。これはこれで凄かったようで、またも沸きあがる観客。

「これくらいで墜ちていたら巫女は務まらないわ」
『仕方がないな。アリス、爆薬に点火を』
「アホかぁ!!」

 幻想空想穴を魔理沙に喰らわせた私の背後で、檻が大爆発を起こした。よほど指向性の強い爆薬だったのか、周囲には殆ど被害が出ていないが、床には大穴が開き檻は細片すら残っていない。奇しくも脱出マジックが成立してしまったので来賓側は大いに楽しんでいた。いや、むしろどつき漫才にウケてる? 

「……私は見世物じゃないってば」

――わはははははははは

「笑い声の効果音とか出すなプリズムリバー!」

 八つ当たり気味に足元の魔理沙を蹴りつけた。

『だができているじゃないか、脱出。本気で種無しだったが』
「できなかったらどうする気だったのよ! あと神社に穴開けるな! だいたいこれ本当に祝ってるの? 倒す気なら相手するけど」
『そこまでげしげし蹴りまくりながら相手をするも何もないだろう』
「黙りなさい」
『あとな、霊夢』
「何よ」
『お前が今蹴っているのは私じゃなくてルーミアだ』
「馬鹿な、変わり身の術!? 白黒金髪だから気付かなかったわ!」

――わははははははははは

「だから笑い声を出すな!」
『気付けよ。初めに蹴り潰した時点で』
『致命的な阿呆ね』
「それは……似たような格好したこいつが悪いのよ!」
「そう…な、の…か……」

 その言葉を残して、満身創痍のルーミアは沈黙した。ピクリとも動かない。

『……』
『……』
「そこで黙らないでよ! 何か反応してよ! 笑い声とかも無し!?」
『……では、霊夢のせいでメイドが全滅したのでプログラムナンバー3』
「流さないで! 何かマジックショーのことまで私が悪いみたいな言い方されてるし!」
『幻想郷演劇団による演劇』
『この日のために豪華メンバーが終結しました』

 天井裏から降りてきた人形がレーザーで手際よく片付けたステージへ(舞台装置全般はアリスの担当らしい)レミリアと輝夜、幽々子、妖夢、優曇華院、それと名前は忘れたけど紅魔館の門番。それに加えて10匹ほどの幽霊が上がった。幽霊は比較的形のはっきりした者で、里の人間がよく着るような麻の服を着ている。
 レミリアと輝夜が他の四人と向き会うように配置。幽霊たちはエキストラであるようで、二人の周囲を歩き回っている。

『劇名は「麗しの巫女、博麗霊夢」だ』
「何そのわざとらしいタイトルは」

 そうこういっている間に有無を言わせず劇は始まった。

『某時某所、人々が悪い妖怪に襲われていました』

 パチュリーがやけに投げやりなナレーションを入れる。

「ふはははははこの譲ちゃんはいただいていくぜ」
「あ~れ~~ぇ」 

 幽々子の腕を捕まえて、見事な棒読みで台詞を言い放つ妖夢。何故か心底楽しそうな幽々子。

「がはははははついでに村人をみなごろしにしてくれる」

 エキストラへ向けて適当に弾を飛ばしながら優曇華院も豪快に棒読む。

「まあおまえらが、金目の物を、持ってくれば、少しは優しい気持ちになるかも、しれんがなぁ」

 所々詰まりながら門番も棒読む。

「ああなんてこと! 村長の娘がさらわれてしまったわ!」
「もう駄目! この村はおしまいよ!」

 祈るように手を組み大仰に天を仰ぐレミリアと膝を付いて「よよよ」と泣き崩れる輝夜。わざとらしい、というよりは初めからまともに演じる気がないように見える。そして、しばらくそうして嘆いていた二人は、くいっと私へ顔を向けて言った。

「「こんな時、博麗霊夢が来てくれたらなぁ」」

 それが狙いか! っていうか笑顔が怖い! 笑顔怖いから二人とも!! 何か企んでるとかいう領域を遥かに超えてハイパー化しかねない嗜虐オーラ出てるから!! さりげに妖夢と優曇華院と門番の瞳の奥からも「貴様も虐げられるといい」的な熱い視線が速達着払いで届きまくってるし後で覚えてろサノバビッチ! それと幽々子、食べたそうに優曇華院を見るな!

「よし、それじゃあ呼んでみよう」
「「たすけて~ 博麗霊夢~~~!」」
「会場の皆も一緒に!」
『たすけて~ 博麗霊夢~~~~~!』

 なんでヒーローショー!? なんで来賓の皆さんもノリノリ!?

『もちろん村の人々は信じています。霊夢が敵に恐れをなしてトンズラこくようなチキンの餌の蛆虫ではないことを。赤貧で、財布は冬なのに頭は春だから稼ぐ気なしのロクデナシでも、助けを求める人々を見捨てない程度の常識は持っていてくれるはずだ、と。それですら儚い希望かもしれませんが』
「何でそこまで言われなきゃいけないのよ!」
『あれあれ、逃げる気なのでしょうか? 霊夢は敵が多いからとか正当化して尻尾を巻く蛆虫だったのでしょうか。蛆っ娘、需要無さそうな属性ですね。幻滅だぜ』
「……ああもう、わかったわよ。行けばいいんでしょう!」

 安い挑発ではあったけれど、大勢の見ている中でああもいわれて引き下がるわけにも行かない。私は司会席を飛び越えて壇上に降り立った。依然として笑んだままのレミリアと輝夜へと言い放つ!

「どこからでもかかってきなさい!」
「霊夢、私たちは哀れな村人よ。悪い妖怪はあっち」
「あんたらのほうが倍危ないわ」

 幽々子よりレミリアと輝夜のほうが危険だ。二人だから。

「劇なんだから、設定には従いなさい。空気の読めない巫女ね」
「下賤ね。やっぱり空飛んでても地上の民なんだわ」
『困るな、そんなんじゃ』
『気まぐれに妖怪撃ち落す以外に取り柄は無いのかしら』

――わはははははははははは

「わかった、わかったわよ! こっちなんでしょう!? かかってきなさい! あと笑い声はやめろって言ってるでしょうプリズムリバー!」

 やけくそ気味に向き直った。なんか凄い腹立つ。

「ふはははは、あらわれたな博霊の巫女め」
「がはははは、きょうこそは息の根をとめてくれるわ」 
「……覚悟しろ!」

 律儀に私が見るのを待っていた3人は相変わらず棒読み。あ、門番は台詞を忘れたっぽい。それだけは迫真の悪役スマイルを浮かべた悪役集団の中から門番が私の前へと進み出る。

「まずは私があいてだ」

 が、その前に立ちふさがる人影があった。レミリアだ。

「待ちなさい、幾ら霊夢相手でも3人続けて戦いを仕掛けるなんて卑怯よ。ここは弾幕以外のゲームで決着をつけたらどう?」
「いいだろう」

 頓狂な意見に、随分あっさりと悪役は頷いた。元からこの劇はそういう段取りだったのだろう。

「「と、言うわけで。一回戦、『特製ドリンク一気飲み』対決~~!」」
「何よこの展開!?」
「ええ!? 牛乳早飲みのはずじゃなかったんですか?」

 思わず叫ぶ私と同時に、門番も悲鳴同然の声音で不平を上げた。

「そんな生易しいゲームなわけないじゃない。相手は霊夢よ?」
「それは、レミリア様たちが横から妨害に入る手筈だったでしょう!?」
「味方から騙せば百戦危うからず、よ」

 他の悪役2人の顔からも血の気が引く。状況を理解したのだろう。どうやら彼女たちも今の今まで「生易しいゲーム」をやらされると思っていたようだ。
いつの間にかステージ上には2本の瓶と一つの箱が置かれた机が設置されていた(咲夜が用意したのだろう)。瓶は牛乳瓶ほどの大きさ、箱の方は幅・高さ共に40センチ近くある大きめのもので、上部に円形の穴が開いていた。

「ルールは簡単よ。まず箱に開いた穴に手を入れて、1人3つづつ材料を取り出すの。それを絞って自分のドリンクを作る」

きゅぅぅろりゃぁあ!

「今、箱の中から変な音しなかった?」

 きゅぅぅろりゃぁ…ぐぇぇえ! ごぁ! ごぁ!

「ドリンクができたら、私の合図で試合開始。先に自分のドリンクを飲みきったほうの勝ち」
「何か襲われてる! 中で何か襲われてるんだけど!?」
『材料しだいで飲み易さも変わるから、早飲みの他に運も求められるゲームだな』
「ゲーム性以前に致命的な問題があるでしょうが!」

 がつっ! がつっ! ぐるぅぅ!

「明らかに捕食してる音がなってるわよ!?」
『獰猛な肉食材料もあるから気をつけてくれ』
「肉食とか分類できる時点でおかしい!」

――わはははははははははは

「笑い事じゃない!」
「……このゲーム、苦手なんですけど」
「あんたらこれを度々やってるの?」

 相手の門番はどこか諦めたような顔をしている。……向こうじゃいつもの事なのかも。

「あなたも苦労してるのね…ええと……門番さん」
「門番じゃなくて私の名前はホ」ごぎょえぇぇ!「ンです!」

なぞの奇声で「ほ」と「ん」しか聞きとれなかった。

「じゃあ、はじめるわよ。霊夢から材料を取って」

 まぁ、「本田プリン」でいいや。適当に仮名をつけて、私は箱の中に手を入れた。

「今日の材料はご機嫌斜めなパチュリーが一段と気合入れて召喚してるからいつもの比じゃないわ」

途端に指先を、動く縄状のものが掠め、何物かの息吹が手首を撫でる。親指の付け根に正体不明の粘液が滴り、その液の中で何かが飛び跳ねている感触が肌をくすぐった。

「……」

 無言で箱から手を抜き、退魔の札を取り出して箱の中に一枚放り込んだ。明らかにこの世のものでない悲鳴が上がり、穴からどす黒い煙が立った。それを目にした本田プリン(仮名)の顔が絶望に硬化する。

「駄目じゃないの。材料を焚滅しちゃ」
「清めれば灰に還るようなものを飲ます気だったわけ?」
『大丈夫だ。いつでも処置できるように永琳を控えさせている』
「頭脳が無事なら命を繋いで見せるから安心していいわ」
「命に関わるほど危険なのね!?」
「文句ばかりね。しかたない。あんたから先に取りなさい」
「わかりました……はは、ははは」

 精気の抜けた笑い声をあげて、本田プリン(仮名)は箱に手を突っ込んだ。その顔は羅漢さながらに澄み渡り、宿世の苦痛とは隔絶した高みに身を置いているかのようだった。過度の諦観が彼女に悟りを開かせてしまったのかもしれない。
箱の中から何かを齧る音がした。本田プリン(仮名)が穴から手を抜くと、血まみれの手には蛸に似た生物(足には吸盤の代わりに牙が生えている)が握られてもがいている。牙で手に喰らいついた蛸を、頭を掴んで無理矢理引き離す。傷口から血が飛沫となって溢れたが本田プリン(仮名)は微動だにしない。超然として崩れない無表情を顔に浮かべるだけだった。彼女の快活な人柄を知る者としては悲しくなるような光景だ。

「レミリア、連日続くあなたの仕打ちが本田プリン(仮名)をこんなにしてしまったの?」
『本名覚えてやってないのもかなり非道いと思うけどね』
「いや、まあ、本田プリン(仮名)呼ばわりは流石に罪悪感が」
「近頃あいつ変な技能を覚えた見たいでね、好きなときに現実逃避しやがるのよ」
「虐待に対する精神の防衛機能に思えて仕方がないんだけど」
「あんな無反応じゃつまらないわ。咲夜」
「はい、お嬢様」

 呼ばれてから刹那も間を置かず、それまで壇上に居なかったはずの咲夜がすぐ傍で答えた。既に二つ目の材料(球状に集まった無数の目玉の塊)を掴み出していた本田プリン(仮名)の元へ歩み寄ると、どこからともなく取り出した揚げパンを鼻先に突きつけた。同時、無限遠を見通すようだった視線が現世の揚げパンに絞り込まれる。

「……会いたかった」

弾かれるように首を伸ばしパンに食いついた。一口で半分、二口目で揚げパンを完全に口へ収めきった本田プリン(仮名)はむぐむぐと咀嚼、一気に飲み込む。ほぅと溜息、そして見るだけでおなかが膨らみそうな満ち足りた笑顔をみせ、さらに自分の手が持っているものに気がついた。

「気持ち悪! 何ですかこれぇぇ! って痛たたたたたた! 手が、血、血がぁ!」

 会場が一様に和んだ瞬間だった。やっぱり本田プリン(仮名)はこうじゃないと。

「さあ、材料はあと一個残ってるよ」
「無理ですよ~ 手だってもうこんなんじゃないですか~!」
「私にはあなたの手は二本に見えるんだけど、それなら片方は無傷のはずよね」
「そんなぁ! 両手が駄目になったらどう仕事すればいいんですか?」
「足がもう2本あるでしょう。さっさと取りなさい」
「ぅぅぅぅうう……」

 涙目で無傷の左手を箱に入れる本田プリン(仮名)。やっぱりいつもこんな調子なんだろうなぁ。

「ええっと、これなら……いたっ。刺された、刺されましたよ~!」
「一度掴んだものは放さないのがルールよ」
「そんなルール聞いてませんよぉ。ああ、腕に何か巻きついた!」
「材料はあと一つ、2つ以上取り出したら駄目」
「どうしろっていうんですか~!」

 半泣きで手を振って巻きついた何かを落とそうとする本田プリン(仮名)をにやにやしながら眺めるレミリア。つくづく性悪だ。観客一同も生
暖かい目でそれを眺めている。
この流れではもう私も材料掴み取りを避けることはできないだろう。ここで嫌とか言ったら大ひんしゅくをかうことは間違いない。私の手が本田プリン(仮名)ほど丈夫じゃない等と言っても無駄。やるしかない。

「じゃあ、つぎは霊夢の番ね」
「わかったわよ」

 3つ目、針がうねって蠢いている毬栗を、瓶の手前に置いたところで毬の毒が回って倒れた本田プリン(仮名)を脇にどけて、箱の手前に立った。
意を決して、手を突っ込んだ。とにかく速攻で取る!

「一つ目!」

 手に取ったのは小さな紙片だった。かすれた字で、何かが書いてある。

「2等」
『2等! 液晶薄型ワイドテレビ大当たりぃぃぃぃ!』
「ドリンクは!?」
「いや、入れてみたかっただけ。無効だから引き直しね。テレビは本当にあげるけど」
「いらないわよ。使い方わからないし」
『ちなみに一等は大型パソコンよ』

 十中八九、魔理沙が霖之助さんの所から取っていったものだろう。結局使いようが無いからこうして景品になっていると言った所か。
なんにしても、一気に意気を削がれた。どうでも良くなって適当に手を入れる。指先が円盤状の物体を掴んだ。それほど大きなものではなく、弾力のある材質。噛みも刺しもしないどころか、動く様子すらない。あっけに取られた気分で箱から取り出すと、それはやはり円盤状の物体だった。気持ち楕円形で中心が窪んでいて、小皿にも似た形だったけれど、底が尖っていて水平に据える事ができそうに無いので容器ではないだろう。そもそも柔らかすぎる。

「何、これ?」
「それは咲夜の胸パッ」「だっしゃぁぁぁぁぁぁあアアアア!! ウワァ失敗! もっぷガケシテタラ転ンジャッタァ テヘッ!」

 妖夢の剣閃並みの速度でスライディングしてきた咲夜がモップを投擲。時空が縮小されて柄の長さが5倍近く伸びて見えるモップが円盤状の物体を粉砕した。

「あなたはいつからドジっ娘メイドになったのかしら?」
「いえいえいえいえ、少々気分が優れませんでしたのでしたでごわす候故に些か痛恨のポカミスをやっちゃいロンリーウルフ」
「落ち着きなさい」

勢い余ったモップが本田プリン(仮名)を轢いて更に来賓を蹂躙したが、やけに狼狽している咲夜は気づかない。うっかりついでに出現させた魔方陣から高速かつインディスクリミネイト無差別にナイフが飛び出しているが酷く混乱している咲夜は気づかない。

「つつつつつかぬことをおき、おき、お聞きしますが、今の……材料はどどどどこからもも、も、持ってきたのでしょうカナ、カナ?」
「変わったものがないかと思ってね。咲夜の部屋を探ってみたの。オルゴールの二重底の下にこれが重ねてあったから一つ持ってきたわけ」
「こここのことは、館の他の者には?」
「大丈夫よ、咲夜。安心して」
「……お嬢様ぁ!」

 優しく微笑みかけるレミリアの様子に、安堵からだろうか、咲夜の顔はほころぶ。見た目の上では華奢な主の腕に縋りつき、感涙して跪いた。

「紅魔館の全住人を対象に小悪魔に集計させたアンケートによると、咲夜が胸にパットを入れていたと知らされた全体の16パーセントが『既に知っている』、27パーセントが『知っていたがそれくらいの事で咲夜様への想いは変わらない』、56パーセントが『寧ろ貧相なのがイイ!』と回答したわ。よかったわね、誰も悪く言っちゃいないわよ」
 

そして、咲夜は破壊された。


「―――――ぁ、ぁ、ぁ」
『残り1パーセントはどうなったんだ?』
「―――――ぁ、ぅ、ぁ、ふ」
「『そうか、その手があったか』よ」
『なんとなく誰が答えたかわかる気がするぜ』
『魔理沙、何でこっち見ていうのよ』
「ふんぐるい・むぐるうなふー・くとぅるふ・る・りえー・うが=なぐる・ふぐたん」
「咲夜しっかり! 帰ってきて!」

 やばい白目むいてる! 邪神の眷属に成りつつある咲夜の頬を引っ叩たきながら私は必死で呼びかけた。

「……」

 ……強く叩きすぎたらしい。口辺に泡を浮かべた咲夜は白目をむいたまま意識を失っていた。引きつったまま固まった咲夜の相好が、ぼやける。
 いや違う、彼女の顔がぼやけたんじゃない。私の目に涙が溜まったんだ。咲夜の気持ちは痛いほどにわかった。胸が無いのは私も同じだ。こうして発狂してしまったのも無理はない。貧乳であったことをむやみやたらに大勢の来賓の前で暴露され、あまつさえ職場のほぼ全員に既にばれていたとわかったのだから。

――わははははははははははは

 あの3姉妹はあとでまとめてカメムシの群れと一緒に結界の隙間に押し込んでやろう。
私はそっと咲夜の、開いたままの瞼を閉じてやった。同じ悩みを抱える者の一人として、彼女の魂の行く末に平穏があることを願いながら。

「じゃあ、材料二つ目行ってみましょう」
「流しちゃうの!?」
「心配ないわ。プライベート・スクゥエアに5日分くらい引き篭れば実質0秒で立ち直るから。明日からの仕事に支障は無いし」
「悪魔かあんたは!?」
「悪魔だよ」

 そういえばそうだった。って納得しちゃ駄目だ自分。

「パットの破片は飲むわけね」
「当たり前じゃない。対戦相手の材料に比べれば可愛いものでしょう?」
「……確かにね」

 少なくとも毒ではない。比べる対象が狂ってるだけにも思えるけど。
観念して、2個目の材料を取るために箱へ手を入れた。何かが立て続けに飛びかかって来るのを勘でタイミング測ってチョン避け、箱の端まで来たところで勘を信じて回り込むように箱中央に移動し、勘が安全だと言ったので手前左隅へ高速で移動。置かれた物体を掴む。指が溶けたりしない、刺されたりしてない。 直感最高! 才能万歳!!
 取り出せたのは掌に収まるくらいの黒い帳面。表紙にはピンクの丸文字でタイトルが記されていた。

「……『小悪魔のリリカル愚痴り帳』?」 
「それは小悪魔の部屋の壁に隠されていたわ。壁を模した蓋は光学的には区別不可能、45重の隠蔽魔術に加えて37重の対探査魔術で偏執的な
ほど厳重に偽装してたけど私の目は誤魔化せない」
「そこまでして隠すようなものを大勢の前で出しちゃっていいの?」
 いまさら、とも思ったが一応聞いてみた。中身を朗読されてパチュリーが暴れるとか言う展開は面倒だし。
「上司であるパチュリーに内容を見せた上で了解取ってあるから構わないわ」
『もうしかるべき処置は済んでるから』
「既に折檻済みってことね!?」
『霊夢、進行が遅れてるから早めに3つ目とってくれ』

 世間は鬼ばかりだ。
 2つ目を取ったときと同じ要領で3つ目の材料も獲得。パターン化は済んでいたので楽なものだった。
手に取ったのは、

「歯?」
「ちょうど子悪魔の奥歯が『パチュリーの秘密おしおき部屋(Easy)』に落ちてたから」
「そこまでキレたのパチュリー!?」
『歯ぐらいすぐ生えるしね。あれでも悪魔だし』
 そうかもしれないけど、そうかもしれないけど、イージーで奥歯粉砕ならルナティックじゃ何されるの!?
『怖がることは無いわよ。Normalまでなら頭がおかしくならずに出てこれるから』
「怖過ぎよそれは!」
「それはさておき、材料はそろったわね。じゃあ、ドリンクにするわよ。まずは門番の分、ガボラセト#ラとパラ#チコ&%と$#@&%?%“のミックスジュースから」

 レミリアは机の下から手動ミキサーを取り出して本多プリン(仮名)の材料を放り込み、人外の速度でレバーを回した。断末魔の奇声とともに作られたペーストを、水に溶かしてコップ一杯分のドリンクが完成する。どうでもいいけど人間には発音不可能な名前の材料とかは怖いからやめて。ほんとお願い。

「霊夢の分は、咲夜の胸パットと子悪魔のリリカル愚痴り張と子悪魔の奥歯ね」

 同じようにドリンクにする紅い悪魔。そうして、白いモノの浮いた紅いジュースが私の前に置かれた。

「……本当に飲むの?」
「あたりきしゃりきよ」
「でもほら、本田プリン(仮名)はもう昏倒してたじゃない? 私の不戦勝にならないかしら」
「ですから私の名前はホ」「たったいま永琳が静脈注射した非常用強制賦活剤の効能で後10分は動けるわ。寿命10年と引き換えに」
「冗談の域越えてるでしょそれ!?」
「そうでもない。この娘なら色々と耐性がついてるから10日くらいで済むと思う」
「ほら、永琳もいってるじゃない」 

 明らかに単なる結果オーライだし、十分嫌だし、それ以前に10年を10日に縮める耐性って普段どんな目にあっていたら付くのだろう。

「まぁ、肉体の強制活性化で毒の周りが良くなるから下手すると次の朝日は見れないけど」
「全然駄目じゃない」

 しくしくと涙を流す本田プリン(仮名)。哀れ、あんな主人の下でこれからも働くのか本田プリン(仮名)。そもそも彼女にこれからが在るのか?

「……まあいいか、所詮門番だし」
「「『『「非道!!」』』」」
「レミリアにまで非道呼ばわりを……って何で来賓の皆さんもブーイング上げるの? 私だけ? 悪いのは私だけ?」
「時間も押してるから始めるわよ、3、2、1、スタート」

 とてつもなく不服ではあったが、号令と同時に私と本田プリン(仮名)はコップを手に取った。
 

『まさかここまで無傷で切り抜けるとはな。このあたりで腕の一本位は持っていく予定だったが』
『毎度毎度勘だけで事件解決してる運の良さを甘く見ていたみたいね』
「これは誕生会なのよね。違うならそろそろ素直に言ってくれない?」

結果は、私の圧勝だった。私のドリンクも十二分に非常識な代物ではあったが、本田プリン(仮名)を見ていると「こんなんで文句言っちゃいけない」と思えてきて、無理やり飲み干せたのだ。……極彩色の顔色で時折血の塊を吐き出しながら飲み続ける相手の前じゃ泣き言とか言いようが無いでしょう?

「……え? 船代? いや、私も同僚も現物支給ですから……あぁぁ三途の川で遠泳は勘弁~~」

 担架の上でうわごとを呟く本田プリン(仮名)と、同じく担架上で胸元に手をやり偽りの膨らみを掴む咲夜を見送る。ろくでもない一時だった。やはり平穏が一番だ。人はなんでもない日常を大切に、その日その日を過不足なく過ごせる幸せをかみ締めながら生きていくべきなのだ。
……だというのに

「次はあなたよ、決めてきなさい、因幡!」
「え…あ……はい。こ、今後は私が相手だ!」

 永遠邸の主、蓬莱山輝夜は怯えている(当たり前だ)自らの部下を嗾けた。月兎はその両耳を精一杯後ろ向きに捻っている。敵の私より背後の主を警戒して後ろからの音を拾おうと無意識に耳を動かしているのだろう。耳の動きに気づいた輝夜はほんの僅かに笑みを深め、ほんの僅かに瞳の輝きを暗くした。その様子に、主従の絆とか信頼関係とか諸々のとても大事なものの儚さを思い知らされた気がして不意に泣きたくなったが、ここでへこたれてるわけには行かない、なんかもうこいつらには負けちゃいけない気がしてきていた。永琳から渡された胃薬を水で流し込んだ私は『哀れな村人その2』に問う。

「今度のゲームは何?」
「借り物競争よ。ここに用意した5枚の札の中から1人1枚づつ選んで、札に書いてあるものを会場の中から先に持ってきた方が勝ち」
「蓬莱玉の枝を持って来いとか言わないでしょうね」
「スペカの蓬莱玉の枝20枚とかならあるけど」

 地味に嫌だ。取得に何時間かかるのそれ?

「会場内で手に入らないものは入れて無いから安心して」
「さっきから『安心して』とか『大丈夫』とか全然信用できない言葉になってるわよ?」

 と言いつつも、言っても無駄だと諦めて札を捲った。長方形の和紙は、本来なら詠んだ短歌でも書き留めるためのものなのだろう。いかにも高級そうな紙には流麗な筆跡でお題が記されていた。

「ええっと『現ナマで200万円』って卑しいなあんた!」
「輝かしい今を生きるためにお金は必須なの」
「借り物、なんでしょう?」
「今月は財政が苦しくて遊ぶ金が足りないのよ。ちゃんと来月中には返済できるよう取り計らっておくわ」

 鈴仙がたった今40歳老けたとでも言うかのように疲れた様子で、溜息をついた。永琳ですら顔を顰めているのが隠せていない。
頑張れ永遠邸の皆さん! こんな放蕩邸主に負けないで!

「できれば霊夢には『慧音の首』を引いて欲しかったんだけどね」
「返しようの無い物は『借り』ようもないと思うんだけど」
「だって色々と邪魔なんだもの。あの泥棒猫」

 うわマジ顔だこの月人。だけど、こっちにだって譲れないものがある!

「あんたらの痴情なんて知らないわよ。慧音がいなくなったら私の仕事が10倍に増えるんだからね? あの半獣が何を思ってか自発的に人間守ってくれてるから私は終日境内掃除してお茶飲んでるだけで日々が過ごせるのよ? 私のために、私の昼寝タイムのために、そして私の昼下がりのティータイムのために彼女には末永く健在でいてもらわなければならないわ」
『二人とも、正直なのはいいがギャラリーのことも気にしたほうがいいぜ?』

 あれ、なんだか周りの視線が痛くなってるのは気のせい?

「……」

「……」

「……」

「……」

……だってそうでしょう? 働きたくないに決まってるじゃない! 楽なのがいいの! 楽なのがいいのよ畜生!! そんな目で見るなぁぁぁぁ!!

「それはそれとして、因幡も早く選びなさいな」

 これはこれで一種の貫禄というべきか、輝夜には観衆の目はまるで堪えていないようだ。
言われた鈴仙は、しかしすぐには引かなかった。何度か恐る恐る輝夜の顔をうかがった月兎は、

「あの。首を取れとか殺せとか、そういうのはやりたくないんですけど」

 思い切った様子で主に進言する。今までが今までだったので感覚が麻痺していたが、当然といえば当然の意見だった。対する輝夜は、なぜそんなことを言うのか解らない、といった風に首を傾げてしばし考え込んでから、答えた。

「……そう、仕方がないわね」
「え? いいんですか!?」 

意外にもあっさりと、輝夜は並んだ札から一枚を取り除いた。「奴を仕留めるときは確実な手を打ちたいし」と、小さな声で呟いていたのは聞こえないふりをしておく。

「これでいい筈よ。残った3枚から選びなさい」
「ありがとうございます! では………!?」

 札をめくって読んだ直後、鈴仙は硬化した。

「ふ、『フランドール・スカーレットの羽』?」
「あれって綺麗じゃない。一度手にとって見たかったの。それに、望みどおりでしょう? 殺せとかじゃなくて、」
「死ねって言うんですか!?」
「それは貴方しだい。こんなこともあろうかと吸血鬼用の料理には遅効性の睡眠薬を盛らせてあるし」
「うわ、用意周到!」

いつの間にかフランドールと、来賓席に戻っていたレミリアは皿に突っ伏して眠り込んでいた。遅効性とはいっていたが、ここまでタイミングよく効きだしているとなると不条理ですらある。会場準備と言い、人集めと言い、どれほどの技術と労力がこの誕生会に費やされているのだろうか。

「ここまでやれるエネルギーをもっと有効に活用できないの?」
『最も楽しいことが真理だとどこかの亡霊が言っていたぜ』

 でもこの会が真理なのは嫌だ。

「二人とも頑張ってね。勝ち負けに関わらず最後までやり抜いてくれると私としても嬉しいわ」
「嬉しいのはあんただけでしょうに。完璧に私利私欲のためのゲームだし」
「気のせい気のせい。難題は挑戦することに意義があるんだから。ねぇ因幡、あなたは投げ出したりしないわよね」
「え……ええ、はい。やりますよ?」
「歯切れの悪い答えね」
「そんなことは、」
「ねぇ因幡……」

一拍おいて、続ける。

「……『また』逃げるの?」
「!」

たかが光物のために部下の心の傷抉ってるよこの月人! 外道だ、本物の外道だ!

「とってきてくれるわよね?」
「……はい」

 俯いて鈴仙は答えた。耳を力なく垂らして、肩を震わせている。

「魔理沙、村人役が悪役に心理的虐待加えてるんだけどこっちを討っておいてもいい?」
「題も決まったところで、始めるわよ。号令お願い」
『じゃあいくぜ。3,2,1,スタート!』
「あんたたち、文句言う度に会を進行させて誤魔化してない?」

 疑問には誰も答えず、借り物競争は始まった。


「静かに。話なら後にして」

 私が口を開くより早く、萃香は小声で釘を刺してきた。

「競争なんだから先に聞いてもらえないと困るんだけど」

 そういう私も小声になってしまう。
 今、会場は静寂の中にあった。一様に息を潜める人と妖怪の視線の先には、食べかけの紅いホットケーキに顔を埋めて眠るフランドール・スカーレットと、足音を立てないように慎重に彼女に歩み寄る鈴仙・優曇華院・イナバがいた。
永琳によると、盛ったのはあまり強い薬ではないのでちょっとした刺激があれば目覚めてしまうらしい。それまで騒がしかったのだから足音を立てたくらいでは問題ないとも思うのだけれど、緊迫した表情で抜き足差し足フランに近寄っていく鈴仙を観ているうちに来賓も自然と息を殺してしまい、いったんそうなると箸が皿に当たる音ですら気になり始めて今の状況に至っている。咲夜と本田プリン(仮名)は行動不能、メイド達も好奇心には勝てないのか、誰も止めるものはいない。
現在、鈴仙とフランの距離は歩いて6歩ほど。残り5歩、4歩、3歩、

「ん」

 眠ったままのフランが身を捩った。皿に伏せていた顔が鈴仙の方を向く。ぎくり、と音でも立てんばかりに仰け反って鈴仙は歩みを止めた。まだ起きてはいない。けれど寝返りをうったということは、もう薬の効果が薄れている証拠だ。今が吸血鬼にとって寝る時間であることもあり、まだまだ眠り続けそうではある。それでも、羽を千切られればさすがに起きるだろう。
 立ち止まって長らく逡巡した鈴仙は、ぎこちない動きで一歩を踏み出し、逆鱗に一発かまされた龍とムツゴロウさんごっこをしているかのような悲壮な表情で羽へと手を伸ばした。絹摺れの音すら恐れているのか、ゆっくりと、慎重に慎重に手を羽に近づけていく。ついに指が、羽に触れた。
反応は、無い。羽には触覚が無いのかもしれない。
羽を摘んだ姿勢のまま息を呑む鈴仙の呼吸は、荒い。流れた汗が頬を伝い、顎から滴って床で水音を立てる。微かなはずのその音は、離れている私の耳にも確かに届いた。勝負は一瞬、一気に捥ぎ取って後は野となれ山となれ。これで成功してしまったら私の負けになるけど、実は私も折るとどうなるのか気になっていたので邪魔する気にはなれなかった。

「!」

 無音でありながら裂帛の気合とともに、鈴仙の手が動く。宝石に似た輝きを持つ菱形の羽が根元から折れ曲がり、ヒビの入る音を立て、しかし千切れはしなかった。

「痛ぁあああああああ!」
「ああ、やっぱり駄目だったぁ!」

 やっぱりとか言うなら止めとけよ、と多分みんな思ってるんじゃないかな。
 ともあれ、静寂は収まった。

「萃香、会場から200万萃めてくれない?」
「いいけど、ただでとはいかないなぁ」
「卵焼きあげるから」
「そんなんで世の中渡っていけると思ってるならある意味凄まじいよ?」

 まあいいか、と呆れ交じりに言った萃香は食べかけのうどん饂飩を一気に啜って腹に収め、箸を置いて右腕を天井へ向けて掲げた。今までの見世物が気に入ったのか、妙に機嫌が良い。

「報酬は後払いでいいよ。卵焼きは担保ね」

 掲げた腕の、拳を中心に会場中から財布が萃まってくる。見る見る内に数を増やしていく財布は、程なくして小山となった。こんな事をしたら怒るだろうかと思っていたけど、気づく人自体が殆どいなかった。と言うか、

「『スターボウブレイク』!」
「御免なさい御免なさい御免なさいぃぃぃぃい!」

 この騒ぎでは財布どころじゃない。
 会場では荒れ狂う破壊の使い手と必死に逃げ回りつつ応戦する月産の脱兎が所狭しと被害を広めていた。すぐにやられてしまえばそれで済むのだろうけど、鈴仙も鈴仙でそれなりに強い。

「もう絶対しませんからぁ! あ、ちょっと今の明らかに遊びじゃない威力よ!?」
「とっとと消し飛びなさい!」

 なまじ善戦してしまっているせいで膨大な流れ弾は一向に止む気配がなかった。現在、メイドと兎は総員で避難誘導に当たっている。来賓の中でも力の無い者はドリンク早飲みの時点で身の危険を感じて帰ってしまっていたものの、それでもかなりの数が残っていたので混乱は大きかった。混雑していて良くわからないけど、所々から「自力で歩けない負傷者は置いていけ!」とか「走れ、踏んじまった奴のことはしかたない!」とか聞こえてくる辺り、かなり、というか凄く、というか未曾有の惨事だなこれは。

「こういう時、弾幕って迷惑よね」
「た~まや~」

 呑気に弾幕見物をする萃香の傍から財布の山を抱えあげる。随分と数があるので、全部かき集めれば多分足りるだろう。返済はかなり面倒なことになるだろうが、それは知ったことじゃない。
 と、数発の弾が近くに着弾した。

「この辺も危ないわね。萃香も離れたら?」
「まだまだ大丈夫だって。きても避ければいいんだしおぷぉああ!?」
「萃香!?」

 何の前触れもなしに、萃香が口から料理の食べかすを噴射した。それと同時、萃香が食べかけだったうどん饂飩の皿が爆発を起こす。悶絶して、萃香は動かなくなった。

「何があったの? 弾があたったわけでもないし、もしかしてこの饂飩炸薬入り?」
「ごほ、げほ・・・」

 一方。攻撃の手を止めたフランは驚愕ゆえに叫んでいた。

「そんな、今確かにあなたの壊れる点をギュッと潰したのに!?」
「ふふ、あなたは私の術中に嵌ったのよ。赤眼で波長を狂わせて…」
「そうか、うどん饂飩をウドンゲと錯覚させて破壊を回避したのね!」
「ンなあほなぁ!!」

 思わず関西弁になっては見たものの、確かに萃香の食べかけの饂飩は爆散していた。萃香が悶絶しているのも腹の中の饂飩が弾けたからなのだろう。……いやまて、納得して良いのか? あ、でも確かに月兎は逆に饂飩に見える。人型で長い耳がついているのに確かに饂飩だわあれは。これが狂うってこと?

「っていうか饂飩と誤認される自分が嫌にならない?」
「ならない! 生きたいの、生きたいのよ私はぁぁぁぁあ!」

 赤い目をさらに血走らせて饂飩は絶叫した。どこか普段とは違って、形振り構ってない感じ。

「死線の上に立ったことで……あの子の心は今、かつての月の戦場に戻ってしまっているのかもしれないわね」
「元はと言えばあんたのせいでしょうがぁ!!」

 愁いを帯びた呟きを口にする輝夜へと抱えていた財布を全力投擲。ホーミングした財布が蟹クリームコロッケを頬張る輝夜の横面に直撃した。



「ふはははは、やるではないか。これは俺直々に引導を渡すしかあるまいな」

 頬にご飯粒を付けた妖夢が棒読みで台詞を言ってくる。

「待ち時間が長かったのはわかるけど、人が苦労してるときに仲良くご馳走食べてたって思うと腹が立ってくるわね」
「それは……ごめん」
『霊夢はあまり苦労してなかったけどな』

 ばつが悪そうに半幽霊は謝った。財布の現金を確認していざ3人目という時に、調度「あーん」と口をあける幽々子に箸でから揚げを食べさせようとしていたのだから気まずくもなるだろう。幽々子の方はまるで悪びれる様子がないけど。
 ちなみに悶絶状態から復帰した萃香がフランに殴りかかったため、フランと饂飩の弾幕戦は自然消滅。その殴り合いも今は小休止中で、第2ラウンドのために休息を入れているところだ。フランはセコンドの本田プリン(仮名)から渡された紅茶をおもむろに啜っている。むしろもう復活したこの門番こそ異常だ。萃香は臨時セコンドの饂飩から新しいマウスピースを受け取っていた。いや饂飩じゃなくて…うど、うどんが、うどん、うど……だめだ、どうしても饂飩と認識してしまう。狂視恐るべし。そろそろ狂いが元に戻ってないって教えてあげた方が良いかもしれない。

「で、今度は何をやるの?」
「それはね――妖夢、そっちにある青い箱持ってきてくれない?」
「はい」

 一応この二人は悪党と捕らわれた村娘役のはずなんだけど。まあ、今更どうでもいいか。
幽々子は妖夢が壇下から取ってきた長方形の箱から蓋をはずした。

「これを付けて会場入り口まで走ってもらうわ」

 中に入っていたのは、大きな布切れだった。布地は薄く、端には紐が取り付けられている。持ち上げて広げてみると、布は半球状をしていて、布端から紐が垂れ下がった様子は海月を思わせる。

「ゴールラインは今、文が立っている地点よ」
「変わった着物ね。どうやって着るの?」
「何言ってるの。着るものじゃないわよ。ほら、ここにフックがあるでしょう」

 言われてみてみると、紐は下側で一つに纏まっていて、その先に鉤状の黒い金具があった。

「これがこの劇最後の勝負よ。文が起こす風の中でパラシュート付鼻フックを付けて50メートルを先に走破した方が―」
「嫌よ!」「嫌です!」
「えー」
「えーじゃないわよ! なんで汚れなのよ! 私たちみたいなのはトカゲかなんか触らされてキャ-キャー言ってるくらいで許されるんじゃなかったの!?」
『何の話かわからないが、別に私達アイドルとかじゃなかったと思うぜ』
『自意識過剰ね』
「そんなのどうでもいいわ。とにかく鼻フックは勘弁して」
『いいのか? この劇で勝たないと会はその時点で終了になって次のプログラムに移れないんだが』
「次って、何があるのよ」
『誕生日の歌の斉唱だ。バースデーケーキを前にしてな』
「ケーキ? きもけーねをアナグラムして幾つか字数引いたとかじゃなくて食べれるケーキ?」
『普通の意味でケーキだから安心していい。私とアリスとパチュリーが共同で作った力作だぜ』

 それは、魅力的ではあった。魔理沙の料理の腕はそこそこ良いし、魔理沙から聞いた話ではアリスのお菓子作りは達人急の腕前だという。パチュリーは普段自分で何か作ったりはしそうに無いけど、知識量が膨大なので色々とアドバイスできるのかもしれない。これは少し、迷うところだ。

「なら、私が棄権します。そうすれば会も進むでしょう」
「そうね、そうだわ! さすが妖夢! 伊達に白昼から長物振り回してないわ!」
『現金な上に失礼だな、霊夢』
「見方が婉曲してるだけよ、きっと。で、妖夢は棄権でいいわよね、幽々子」

 妖夢の手を握って思いっきり上下に振り回してから、嬉々として幽々子に向き直る。
 と、幽々子はぽかんと口を開けて妖夢を見ていた。顔からは表情が抜けおち、目線もまるで焦点が合っていない。不意に、その目端から涙がこぼれた。

「幽々子、様?」
「妖夢……信じてたのに」
「その、でも鼻フックはちょっと」
「あの夏の暑い一夜はなんだったの? 一緒に朝焼けを見ながら囁いてくれた誓いの言葉は嘘だったとでも言うの!?」
「何ですか夏の一夜って!? 誓い合ったとかいう事実も知りませんし!」
「そう。弄ばれたのね、私」
「だから何言ってんですか幽々子様!?」
 



 結局、無理やり泣き落とされて妖夢は棄権を取り消した。明らかに幽々子の言っていることは無茶苦茶だったけど、突然泣かれて混乱した妖夢は責められたことで謂れも無く罪悪感を感じてしまったようで、有耶無耶のうちに無理やり参加させられたのだった。あの調子だと普段もそうとう良いようされているのだろう。或いは、もしかしたら、まるっきり事実無根でもなかったから狼狽してしまったという可能性もあるものの、その辺を追及するとややこしくなりそうなので止めておく。

『位置についたな。じゃあ始めるぜ』
「幻想境的には、体張るんじゃなくてもっとウイットに富んだ方向性で笑いを取っていくべきだと思わない?」
『もうお客さんはそう思っちゃおらへん。一変イメージが付いてもうたなら、そらもうそれがお前の芸風なんやで、お前が気に入らんでも力入れてそっちに合わせるよりしゃあないわ』
「なんで関西弁なのよパチュリー」
『芸について語りだしたのは霊夢が先よ。汚れればウケるってものじゃない。けど汚れる覚悟もない芸人が本当に客を笑わせられるのかしら』
「そもそもヨゴレで売ってきたわけじゃないし」

 と言いつつも、鼻にフックをつけた状態だとまるで初めから自分がそっち側の芸人であったかのような気分に……って現実に馴染んじゃ駄目だ、気を確かに持て私! ヨゴレ以前に芸人じゃないから私! さりげなくドリフのコントのBGM流してその気にさせるなプリズムリバー!!

『3,2,1、』

席が横に寄せられ、会場入り口の手前にあるゴールラインとステージ手前のスタートラインの間にはコースが作られていた。コースの両脇からは期待に目を輝かせた観客たちがスタートを待っている。眼前、ゴールライン上には団扇とカメラを構えた文。正面から撮る気満々だ。絶対一面にアップで載せるつもりだ。

『スタート』
「清純派のイメージよさようならぁぁぁぁあ!」
『「「「『『無いから、そんなイメージ』』」」」』

 魔理沙+パチュリー+妖夢+幽々子+文+その他来賓の方々=全員からのツッコミを猛風と共に身とパラシュートへと受けながら、私は疾走を開始した。今のノリはオイシイな、と一瞬浮かんだ想いを全力で否定しつつ。

「……ぐっ」

 鼻に激痛が走る。風を受けたパラシュートの引力は想像以上だ。加えて引き広げられた鼻の穴から風が吹き込んでこそばゆいことこの上ない。何より会場中が爆笑に包まれているのが癪に障る。それはもうタバスコを直飲みする時のときの口内炎くらい障る。

『くふ…20メートル地点、通、ぷっ……妖夢がややリード、巻き返せるか霊っきゃはははははっ』
『……くっ、ふ。……くくっ』
「後で覚えてろぉぉぉぉおおおおお!」

 会が終わったらパチュリーを締め上げてお仕置き部屋(Lunatic)の使い方を聞いておこう。3日も調教すれば少しは性格も矯正されるに違いない。
 実況通り、先行しているのは妖夢だ。やはり普段から鍛えているのが効いているのだろう。パラシュートに引かれながらも足取りは安定している。時々水滴が飛んでくるところを見ると走りながら泣いているみたいだけど、それでも私より数段早い。このままでは、不味い。鼻の穴全開にして走った挙句に負けでは目どころか色々と当てられない、たぶん腋も当てられない。ピンチだ。
 何か策は無いだろうか。問題なのは風圧だ。このせいでたかだか50メートルが遠大な隔たりとなっている。この抵抗さえどうにかできれば、差を広げつつある妖夢も一気に抜き去ることができるはずだ。風圧、圧力……そうだ、それは重圧、そして私の力は無重力! 

「それなら!」

 風の圧力をも無視することができる!

「っとうわぁああおおおおおぉぉぉぉぉぉ……!?」

 力を発揮した直後、私は盛大に吹き飛ばされた。
 しまった! 私が無重力になってもパラシュートは風を受けたままなんだった。何たる大ボケ。糸の切れた凧そのままに、飛ばされた私は司会席に激突する。

『くふははははは、っく、霊夢、おまえは私を笑い殺す気かっくふふは』

――わはははははははははは

「五月蝿い黙れもう皆敵だぁあ!」

 絶叫するも、周り中が揃って腹を抱えて笑い転げているので誰も反応してはくれない。私も泣こうかな。

「なんにしても、もう無理ね。こんな目に遭ってケーキも無しかぁ……」

 妖夢はもうゴール間近だった。今からではどうやっても逆転はできないだろう。諦めて、鼻からフックを抜こうとしていたその時、


――ふはははははははははははははははは


 騒霊姉妹の出した笑い声とは別に、何処からとも無く、奇妙に渋い笑い声が響いてきた。それと同時に会場入り口から緑、黒、茶色と地味な色の弾幕が舞い込む。不規則に会場中へ散らばった弾に、僅かに遅れて小柄な人影が入場した。尖がり帽子を被った羽のある人影。

「リリーホワイト?」
『あれは!』
『知っているのか、パチュリー!?』
『ジジイの来訪を告げる妖精、リリーロマンスグレー!!』
「居るのかそんなの!?」

 衝撃の事実だった。いや、できれば一生知りたくも無い事実だった。
 ともあれ、ジジイの到来を告げる妖精(リリーホワイトと同じ服を着た髭オヤジ)が来たからには、それに続いてジジイも入場するわけで、白い袴に緑の着物を羽織った総髪の老人もまた妖精に続いて入ってきていた。そして今まさにゴールしようとしていた妖夢と、大きな幽霊を纏った風格のある老人の目が合い、

「し、師匠?」
「おお、久しいな妖夢」

 鼻フック、主の涙、激痛、観客からの嘲笑、そして鼻の穴全開状況での師との再開。
 諸々の要素が重なって、ついに妖夢の理性は決壊した。

「―――ぁ」

 刹那、待宵反射衛星斬がほとんどの物を切り伏せる。



『おお! フランのフックが入った! これは形勢に影響しますかね、解説のパチュリーさん』
『これは大きいですね。鬼に再生能力はありませんから後々効いてくると思いますよ。萃香としては長期戦になる前にKOを狙って行きたいところですね』
「萃香さん、クリンチに持ち込んで! いったんダメージを抜かないと!」
「コンビネーションで繋いで! 休ませちゃ駄目です妹様!」
「張った張った! 世紀の対決、夜王の豪拳フランドール・スカーレットVS暴れ鬼酔拳伊吹の萃香! ただいまのレートは4:6! 一口2000円からよ!」
「ちょっとそこのお姉さん、絶対に当たる予想があるんだけど買わない?」

 待宵反射衛星斬の衝撃波の中でも何故か続いていた殴り合いは現在第4ラウンド。会場の片づけが終わるまで暇なので司会の2人は解説していた。
 妖夢が衝動的に振るった剣戟によって彼女のパラシュートは細片と化してしまい、結果として鼻フックリレーは私の勝ちとなった。劇は私の勝利ということで幕を納め、今は片付と負傷者の救護、というか回収が行われているところだ。さっき通路から覗いてみたら会場に繋がっている永遠邸の広間は野戦病院と化していて、兎やメイドや小悪魔が過労で自分たちこそ死にそうだという顔をして奔走していた。ただ永琳とてゐは経済的に重要な任務に就いているとかで、そこには姿が無かった。ちなみに先程現れた老人、魂魄妖忌は切腹しようとする妖夢を羽交い絞めにしたまま幽々子と積もる話とやらをしている最中だ。彼としても、博麗の巫女の誕生会を見物にきただけで家族との再会は意外なことであったらしい。リリーロマンスグレーは総員で集中砲火をかけて撃ち落した。

『さて、そろそろ良いな。続きをはじめようか』
『今までの出し物が私たちの実力だとは思わないことね』
「物凄い被害でてるみたいだけど」
『ただ飯を食えると聞いてやってきた一見さんが淘汰されただけだ。ここからが本当の誕生会だぜ』
『ここから先は命を賭けて祝う覚悟のあるものだけが踏み込める修羅の世界よ』

 そんな誕生会は嫌だ。

「で、ケーキはちゃんとあるのよね?」
『当然だ。プログラムナンバー4、誕生歌斉唱』

 魔理沙の宣言に伴って、会場の照明が落ちる。薄暗くなった会場へと側面の通路から入ってくる人影があった。アリス・マーガトロイドだ。人形遣いは車輪つきの大きな箱を引いていた。箱は長方形で全長は3メートル超えており、高さもアリスの腰の辺りまであった。それにも拘らず、アリスには力をこめている様子は無い。箱が著しく軽いのか、何らかの魔法の効果なのか、どちらにしても仕掛けはあるのだろう。本当なら「大きなケーキが入っている」と考えて喜びたいところではあったけれど、もう夢を見るには現実を知りすぎていた。けれどまだ、心の何処かに希望を抱いてはいたのだ。ケーキくらいはまともな物が食べられるのではないか、と。
 司会席からパチュリーが立ち上がる。魔女は無言のまま会場中央へ向かって歩いていき、同じ地点に辿り着いていたアリスと合流した。

『キャンドルに点火を』

 魔理沙の指示に無言で頷き、パチュリーは呪文を唱え始めた。喘息に触らないためにか、詠唱はゆっくりと、細かく息継ぎを入れながら長く続く。呪文には聞き覚えがあった。

「賢者の石? そんなので点火したらケーキが吹き飛ぶんじゃない?」
『いや、あの機関を駆動させるにはパチュリーの全力が必要なんだ』
「ケーキなんでしょう!?」

 ああ……希望が揺らぐ。バースデーキャンドルだけに風前の灯ってか。
 自分の駄洒落に冷えている私の目前で、ケーキの箱の中から極彩色の光が漏れた。

『賢者石機関出力60%。炉の状態は安定しているわ。フルドライブでも1時間は保つわね』
「駆動系オールグリーン。無重力も良好に働いてる。制御系と投影魂のマッチングにも不備は無いわ。火器管制は荒いけど、仕様だから仕方ないか」
『荒いとは失礼だな。微調整より高負荷状態での作動の信頼性を重視しただけだぜ』
「……どう見てもケーキの話じゃないでしょう、それは」
『霊夢、おまえは話を目で見て聞くのか』
「そんな細かいことはどうでもいいわよ! どこの世界に動力炉や火器の備わったケーキがあるっていうの!?」
『何処の何者も成し遂げられなかったことを成す。魔術師の本懐だな』
「できなかったんじゃ無くてやらなかっただけでしょうが!」
『問答無用だぜ。アリス、起動を』
「立ちなさい、All Round Semiauto Mighty汎環境決戦用亜自立型Assault Duelistic Cake重攻撃御菓子『殺意の霊夢ケーキ』!」

――ォオオオオオオオオ

「殺意ってなによぉ!?」

 っていうかルビがごちゃごちゃしてて何言ってるかわかんねぇ!!
 3メートル近い巨大な人型が雄たけびを上げながら箱を粉砕して立ちあがる。体の至る所から大根サイズのキャンドルが生えて燃えている点を除けば、巨人の外見は私そのものだった。顔形や体系はもちろん、服から肌の質感、髪のつやまでもが私をそのまま巨大化させたかのように瓜二つだ。それでいて甘い香りが漂ってくるところから察するに、その体はケーキでできているのだろう。つまり、確かにこれはケーキなのだ。頭に巨大人型戦闘、と銘打つ必要はあるだろうが。
希望は砕け散った。もはや私は夢見る少女ではいられない、駄洒落を思いついて一人で冷える寂しいオヤジギャルなのだ。
遠い目で若き日を思い出す私の耳に、一つの歌が聞こえてくる。誕生日を祝う歌だ。高い声、低い声、綺麗な声、外れた声。歌うのは人、妖怪、そしてそのどちらとも言いがたい者達。夜雀は一匹だけ別の歌を歌っているし、騒霊姉妹は歌でなく曲を奏でている。幽霊はヒュ~ドロドロと効果音を出すことしかできず、花使いの連れてきた謎の大型花頭人(幽香曰く「マンドラゴラフレシア」)にいたっては奇声を上げているだけなのだが、不思議と場には一体感があった。フランと萃香もクロスカウンターの姿勢で試合を止めて歌に加わる。雑多な歌声に包まれた会場の中で、肩で息をするパチュリーを司会席まで連れて戻った魔理沙が告げる。

『おめでとう霊夢。さあ、誕生日の風物詩だ。お前を生命活動が停止するまで攻撃し続ける戦闘ケーキは、突き立った18本の蝋燭を消せば機能を停止するぜ』
「突っ込み所多すぎてどこから文句言っていい物かわからないけど、私18も年行ってないわよ」
『え? こういうのは外見に関わらず18歳以上だってパチュリーから聞いたんだが』
『そう明記しないと駄目らしいのよ』
「ここはそういう世界じゃないわよ!」

 と、殺気を感じて飛び退る。今まで立っていた位置に特大の魔弾が着弾した。

「よそ見してる余裕なんてあなたには無いのよ、霊夢」

――貴様ヲ倒シテ俺ガ本物ノ霊夢二ナル!

「ってアリス。なんか自我持ってないこのケーキ!?」
「藁人形の原理でケーキに投影したあなたの魂の影を、人形用の自立行動用制御魔術でアシストして擬似的な魂を形成することに成功したのよ」
「勝手に人の魂使うな!」

 しかもとてつもなく高度な技術を無駄使いしている気がする。

「影しか持たないこの人形は本物の魂を得ようとしてあなたを攻撃する。たとえ術者の私が倒れたとしても」
「また途方も無く迷惑なものを作りおってからにぃ!」
「あと、意地汚いあなたが喰らいつくかもしれないと思って鈴蘭の毒を盛ったらどういう訳か人間みたいに動けるようになったし。不思議だわ」
「あんたの発想の方が不思議よ!」
「吼えてなさい。パチュリーの製作した賢者石機関のパワーと魔理沙の構築した攻撃システム、あなたに打ち破れるかしら」
「……なにがあんた達をそこまでさせるの?」
「別に、魔理沙に誕生会を開いてもらえるのが羨ましかったから殺意を込めたわけじゃないから勘違いしないでね」
「そんな理由じゃ死に切れないわよ! 本当っぽいけどっ!」
「ほ、本当なわけないじゃない! たまには頭から春を掃除したらどう? 3日前が私の誕生日だったなんて関係ないわよ!」

 やりきれない思いで叫ぶ私のこめかみから3センチほどの位置をレーザーが通過する。
 どうやら、何をどう突っ込んでも戦いは避けられないようだ。あのケーキがアリスの言う通りのものだとしたら、もう蝋燭を消すか力任せに叩き壊すくらいしか手は無いだろう。
 まずは一本目、肩に生えた蝋燭をめがけてアミュレットを投擲。2投3投と続けて陰陽玉の体当たりも織り交ぜる。が、ケーキは巨体に似合わない身のこなしで追尾する弾幕を避けていく。幾つかは着弾するものもあったが、それも装甲の厚い部分で受けているようで動きに鈍りは見られなかった。体の重量を無視するかのような非常識な動き、それは、

「――まさか!」
『気付いたようだな。この殺意の霊夢ケーキは、霊夢の魂を投影したことで空を飛ぶ能力をある程度発揮することができる。あれは能力的にもお前の写し身だ』
「霊夢ケーキ、博麗耳ファイヤーよ!」

――ォオオオオオオオオ

「どこが写し身よ! 私はそんな攻撃しないし!!」
「イメージは大体合ってるわ」
『こんな感じじゃなかったっか?』
『霊夢だもの。耳から火くらい吐くわよ』
「わざとね? わざとなんでしょう!? その幸せそうな顔見れば解るわよ!?」
「あなた自身の力の恐ろしさと卑しさを見るが良いわ。霊夢ケーキ、ワキ毛神拳奥義『霧散腋臭』よ」

――ォオオオオオオオオ

「霊夢ケーキ、フェイスオープン!」

――キシャァァァァァア

 その時、

「ちょっと……この! やっていいことって物があるでしょう!」
「もっと霊夢らしく攻めなさい霊夢ケーキ。博霊スネ毛シューター!」

――ぉぉぉぉぉぉん

 中傷があまりにも悪意に満ちていたので、

「止めろって言ってるのよ!」
「とどめよ霊夢ケーキ、中華キャノン発…」

――ぐぉぉ、

 ついに袋の緒が切れてしまった。

「いい加減にしときなさいよこの×××女がぁ!」
「な、×××ですって?」
「###が×××だからそんな陰湿なことができるのよ」
「うるさいわよ、あんたなんか、あんたなんか△△△のくせに!」
『しかも☆☆☆よね』
「それ言ったらパチュリーが一番☆☆☆でしょう! %%%が$$$なんでしょう? そんなんだから本だけとっていかれてあんたは放って置かれるのよ」

 直後、場の雰囲気から熱が消え去った。

『……このπππ! $$$なんかじゃないわよ! 腐れ\\\! ***、ννν!』
「巫女なんかどうせ&&&の∀∀∀を@@@するものでしょう? 引っ込んでなさいよ」
「そういうアリスは★★★なんでしょう。魔理沙ともそうやって一生お友達で終わるわけね」

 更に空気が冷えた。

「何言ってるのよ、そんなんじゃないわよこのθθθ!」
『ち、ちょっと待て3人とも、放送禁止用語多すぎだぜ!』
「何よ、あんたが主犯格じゃ…」「魔理沙は黙ってて! あなたに私の何がわかるのよ!」

 怒鳴り返そうとした私を異様な力で押しのけて、アリスは魔理沙のもとへ詰め寄った。

『な、何でアリスまで怒るんだよ!?』
『そんなことも分からないの? 私そう言う鈍感な女って嫌いよ』

 今まで聞いたこともない冷たい声音でパチュリーが吐き捨てる。

『パチュリーまでぇ。私が何したって言うんだ』
「どうせ私なんて可愛くない女よ。でもね、でもね……」
『私、たくさん本貸してあげたでしょう? 忘れてないわよね? いつも最高級のお茶だって出して迎えてあげた。なのにあなたは……』

 突然2人の発揮したあまりの迫力に尻込みして、怒りを萎めて後ずさる私。どうも、火薬庫に火を放ってしまったというか、八珪炉を叩き割ってしまったというか、とにかくとんでもない事態を招いてしまったらしい。

「確かに気持ちを隠してきたのは私よ。私が祝ってもらえなかったのは仕方ないわよ。でもその次の日に霊夢の誕生会を手伝ってくれなんて頼み込んでくるのはあんまりじゃない。私のことは都合のいい奴だとしか見てくれてないの?」
『あなたの傍若無人なところだって嫌いじゃない。誰に対しても気に掛けるのも良いところよ。だからって何時までも我慢できるわけじゃないの。はっきりしてよ!』
『れ、霊夢。助けてくれぇ』

 勘が叫ぶ。関わるのは危険だ。私は回れ右して全力で逃走した。



 罵倒し合っていたらいつの間にか修羅場になってしまったのが40分ほど前。アリスとパチュリーの矛先が魔理沙に向いたので輪から外れてしまった私は魔理沙が責められる様子を遠巻きに見ていただけなのだが、正直、魔理沙が可哀相だった。本人が無自覚なためになぜ相手が怒っているのかも分かっていなかったようだし、女2人に泣きながら責められる恐ろしさは吸血鬼や死を操る亡霊の比ではない。どれだけ強くても倒しようがないし、避けようもない。引き金を引いたのは私だった気もするけど、それを言ったら会自体が魔理沙の発案によるものなのだから自業自得ではあった。けれどそれを加味して、今日受けた全ての迷惑を差し引いてもなお可哀相と思える状況だったとは言っておきたい。

『……ええっと…会を再開して、いいか?』
「まあ、ケーキは止めないといけないしね」

 頬に紅葉形の跡を付けて、涙ぐんで遠慮がちにこちらの都合を尋ねてくる魔理沙なんて向こう千年くらいは見られない異変なのではないだろうか。どうにか会を続けようとする姿が健気にすら見える。当然ながら断れはしなかった。というか、今の魔理沙になら何を頼まれても頷いてしまうと思う。
 場の空気がささくれ立ってしまった時点で歌は止んでいた。逃げるように(へんな言い方だが、逃げるようにとしか言いようがない)フランと萃香はボクシングを再開。それ以外の面子もそそくさと試合の観戦に移行して修羅場に巻き込まれないよう努めていた。かく言う私も同様だ。殆どガード無しで叫びながら必殺パンチを打ち合う競技をボクシングというのか疑問ではあったけれど、そういうボクシングもあるのだそうだ。霊夢ケーキは来賓の中にいた黒いドレスを着て、人形を連れている少女(花の異変の際に会った覚えがあるが名前は知らなかった)と気が合ったようで、さっきから話し込んでいる。しばらくしてアリスとパチュリーが走って出て行ったことで空気は軟化していたけれど、魔理沙が意気消沈してしまったことで会場のムードは格段に沈んでいた。見るに見かねて司会を誰かと交代したらどうか、と提案したところ名乗りを上げたレミリア、幽々子、輝夜、幽香が司会決定バトルロワイアルを始めてしまい当分決着がつきそうにないので結局魔理沙が司会を続けていた。

「ええっと、霊夢ケーキさん? そろそろ戦いの続きでもはじめない?」

 我ながら間抜けな呼びかけに、霊夢ケーキは無言で頷いて返した。膝を突いていたそれは悠然と立ち上がる。
 壇上に向かう霊夢ケーキに、声をかける少女がいた。

「……どうしても、戦うの?」

 振り向くことなく、霊夢ケーキは言葉だけを返す。

――唯ノ模造品デアルママ、消エテシマイタクハナインダ

「あなたはあなたじゃない! 一緒に来てよ、戦うなら人形開放のために一緒にやようよ!」

 少女の、どこか作り物じみた瞳から涙がこぼれる。流れる液体は紫色に濁っていたけれど、それを穢れていると言える者は居ないだろう。
 その言葉と、後に続いた嗚咽を聞いて、霊夢ケーキは一瞬だけ足を止めた。

――めでぃすん、君ニ会エテヨカッタ

 穏やかに言葉を紡いだ霊夢ケーキの双眸は、もはや私だけしか見ていない。霊夢ケーキは再び歩き始めた。

 ……あのぉ

 無茶苦茶戦いにくいんですけど。なんか悲しいドラマ生まれてるし。

「その……霊夢ケーキさん。本当に私倒す必要あるの? 魂なしでも十分生きてるように見えるんだけど」

――魔法デ強化サレテイルトハイッテモ所詮ハけーき。保ッテ3日ノ命ダ。魂ヲ持タヌコノ身デハ輪廻ヲ巡ルコトハアタワヌ。自分ダケガ何モ残
サズ消エテイクノハ耐エラレナカッタ

「死後のために魂が欲しいってわけね。まあ、当然か」

 擬似的な魂とやらは魂として十分な機能を持たないのだろう。自立した精神にとって、完全な消滅は容認できることじゃない。本物の魂を得ることが他人の命を奪うことであったとしても、それは非難はできない。っていうか話し重いよ!

――ダガ、今ハ消エルノモイイト思ッテイル。俺ノタメニ涙ヲ流シテクレル者ガイルノダカラ、コノ命ガ十界全テカラ消エ失セタトテ、何モ残ルモノガナイワケデハナイノダロウ

 いや、だから戦いにくいってば。

――ヨッテ今ノ俺ハ魂ヲ求メル人形デハナク、純粋ナ主ヘノ愛ノ傀儡。ありすたんノタメニ砕ケ散ル愛ノ焼夷鉄鋼弾。ありすたんノタメニ牛乳ヲ拭ク愛ノ雑巾。ありすたんノ明ルイ将来、新婚生活、更年期ヲ跨イデ老後ノタメニ、五体倒置デクタバレ###メ!

「ぶち壊しだぁぁぁぁぁぁあ!」

 魂への未練を捨てて変態になるってどういうことよ!?

『人格のベースには上海人形用の制御魔法が転用されてたらしいからな』
「あの子あんなキャラだったの!?」

 ショックだ。前から可愛いと思ってたのに。
 霊夢ケーキは畳張りの床を蹴った。空中で巨体の各所を展開、内蔵されたレーザーが斉射される。格子となってこちらの動きを妨げる光線の攻勢に高速の御札が加えられ、難解な弾幕が形成された。特に意表をつくでもなく、地味に手強い。さっきの変態攻撃は完璧にアリスの嫌がらせだったようだ。

「そういえば、アリスが攻撃関係は魔理沙が担当したって言ってたけど、ワキ毛神拳とかもあんたが付けたの?」 

 アリス、という名前を聞いて魔理沙は一瞬身を竦めた。まだ立ち直ってないみたいだ。無理も無いけど。

『私は内蔵火器を製作して、火器管制魔法の構築を手伝っただけだ。伸びる体毛とか、身体機能については私も良くわかっていない。本体の構造なんてアリスにしか理解できないしな』
「つまりフェイスオープンと中華キャノンは魔理沙がやったのね?」
『……』

 後日、魔理沙が復調してからとっちめることにしよう。
 戦いは接戦となっていた。僅かずつ着弾する私の御札が遅々としてではあるが霊夢ケーキの動きを鈍らせていくのに対して、高密度な霊夢ケーキの弾幕は私から逃げ場を奪って追い詰めていく。

「……そこ!」

 壁際に追い込まれ、壁と御札に挟まれようとしていたその時、レーザーが消失して開いた活路を私は見逃さなかった。針穴のような隙間に、身を縮めて飛び込む!

――カカッタナ

「え?」

――其処ハ中華きゃのんノ射角内。ソシテ今、中華きゃのんハ充填率120ぱーせんとダ

 発射口に極彩色の光が溜まる。

――怨ムナ、コレハありす中心世界的ナ天誅ダ。乾イタ町二舞イ降リタ儚イ初雪ノ如ク溶ケテ消エロ

「ち――」

 アレな位置にある発射口が吼えた。魔砲の使い手の手によって製作された砲の莫大な光は、空間を震わせて空を蹂躙する。光はまさに標的である私を呑もうと…

「中華キャノンなんかで死ねるかぁぁぁぁぁぁあ!」

 咄嗟の判断で虚空に手を掛けて、めくる。
 べりっ

「Help Me YUKARIIIIIIIIIIN!」
「勝手にスキマをめくるなぁぁ――……」

 迫っていた光はめくって広げたスキマの中に入っていった。スキマの中で紫の悲鳴と爆音が上がる。危機を切り抜けた私はすかさずスペルカード使用を宣言。

「神霊『夢想封印・瞬』!」

 全力以上の力で中華キャノンを発射し、身動きの取れなくなった霊夢ケーキの周囲に御札が展開。一斉に襲い掛かった御札が18本の蝋燭を一気に叩き折った。

「卑怯ね」
「卑怯だわ」
「本当に卑怯」
「卑怯すぎるわ」
『卑怯だな』
「いいじゃないの手の届くところにスキマがあったんだから!」

 全ての蝋燭から火を失った霊夢ケーキは、途端に失速して墜落する。
見物人たちは重量物が墜落する衝撃に身構えた。けれど、振動も轟音も舞い上がる埃も無く、床に激突した霊夢ケーキは潰れて生クリームを飛び散らせただけだった。あたかも、それが初めからただのケーキでしかなかったとでも言うように。

――オノレ、コウナレバ自爆シテ道ヅ……

 そこまで言って、断末魔の霊夢ケーキは言葉を止める。僅かな間黙り込んでから、言い直した。

――1ツダケ頼ミヲ聞イテ欲シイ。めでぃすんト仲良クシ、テ、ヤッテ、ク……レ……

「最期だけ綺麗な方向に軌道修正してんじゃない! 今一瞬どっちのキャラで終わるべきか迷ってたでしょう!?」

 ニヤリ、と笑みを浮かべて霊夢ケーキは機能を停止した。ただの毒入りケーキとなったそれにメディスンと呼ばれていた少女が取り縋り、何度も名前を呼ぶ。

「……強引に後味悪くさせられたわね」
「霊夢。幾ら倒さないといけない相手だったとは言っても、己の全てを賭けて挑んできた者に対してあんな決着の付け方をするのはどうかしら」
「どうか、っていわれても」

 司会決定戦は中止したのか、先ほどまで戦っていた4人が私のすぐ後ろに来ていた。咎める口調のレミリアに続いて幽々子もまた言う。

「霊夢ケーキは消えていくしかない悲しい存在だったわ。彼に魂をくれてやるべきだったとは言わないけど、正々堂々と破ってあげるくらいの情けは無かったの?」
「そんな真面目に言われても困るんだけど」

 何かがおかしい。どこか、私と4人の間には温度差があった。

「彼は須臾の生涯の中で、戦士として作られたその全力をぶつけ切ることすらできなかった。それなのに最期は他者のことを思う言葉を遺したわ。その姿を見て恥じ入るところは無いのかしら?」
「無粋なものね、人間は。その生き汚さでどれだけの物を無下に踏み躙っていく気?」
「輝夜も幽香もちょっと待ちなさいって。あのケーキはそんな真っ当なもんじゃなかったわよ!?」
『戦闘ケーキだって生きていたんだぜ。たとえ僅かな命でも』

 見物人の反応も似たような感じだ。私は本気で非難されている。
 確かに霊夢ケーキは悲劇的な境遇であって、変態であろうが危険思想持ちであろうがそのこと事態が変わるわけではない。けれど裏技で勝ってここまで咎められるほどに、霊夢ケーキは高潔でもなかったように思う。人格も武器も間違いなく無茶苦茶な部類に入っていたはずだ。悪く見ても悪人対悪人といった構図だっただろう。

「霊夢。ちょっといいか?」
「慧音? 注射された薬はもう大丈夫なの?」
「ああ、永琳に睡眠薬を盛られて拉致されたり毒殺されかけたことは1度や2度ではないからな。耐性がある。妹紅もそろそろ起きるだろう」

 結構過酷な日常生きてるんだな。この半獣も

「それより、あの霊夢ケーキのことだ。先程、あの生きる人形とケーキのやり取りを見ていて甚く感動してしまってな」
「まあ、最後におかしくならなかったらいい話だったわよね」
「そこなんだ。アレでぶち壊しになってしまうのが惜しいと思ってしまった。この気持ちはわかってくれるよな?」
「そうね」
「だからあいつがアリスたん云々と言い出した辺りの歴史を私が喰って無かったことにしてしまったのも仕方の無いことだと…」
「思えるかぁ!!」
「中心人物である霊夢の記憶は変えられなかったがな」

 つまり今の歴史の上で私は、涙する少女を置いて戦いに赴いた悲しい戦闘御菓子の、渾身の一撃をスキマに放り込んで、ギャグ同然に倒してしまったのだろう。それって、

「私が物凄く嫌な奴になってるじゃないの!?」
「久しぶりに殺す殺される以外の絆を見ることができたんだ。だからつい、つい…」
「……泣くほど飢えてたの?」

 本当に過酷な日常生きてるんだな、この半獣は。

「ついでにワキ毛神拳とか中華キャノンも無かったことにしておいた」
「更に好感度ダウン!」

 つまり私は普通の攻撃をさせていたアリスに対して突然激怒して放送禁止用語で罵倒したことになる。

「歴史は犠牲の上に成り立つものでな」
「それはこういうことじゃないでしょう!?」
「そういえば借り物競争のとき、あの半獣が仕事を変わりにやってくれるから昼寝ができるとか叫んでいたそうだが…」
「私が嫌われてそれで済むなら仕方ないわ」
「弱みを握られてると辛いわねぇ」
「紫は黙ってなさい」 

 いつの間にかスキマから出てきていた八雲紫はmy座布団に座ってまだ吹き飛んでいない料理を食べていた。永夜事件のときと同様、歴史喰いの効果は彼女には通じていないようだった。中華キャノンを打ち込まれたにも拘らず服に煤一つ付けていない。もっとも、あのくらいで息の根を止められるとは思っていなかったけど。

「よく無事だったわね」
「当然よ。式神バリア+が無かったら危なかったけど」
「橙! しっかりしろ、橙! くそ、こうなったら、じ、人工呼吸を…!」
「止めなさい」

 『とまれ』と書かれた標識が黒焦げになった藍の脳天を直撃した。ちなみに橙は同様に黒焦げになって意識を失っているが特に大怪我はしていないようだ。日頃こき使われているだけに丈夫なのだろう。

「幻想境に部下思いな上司は居ないものなのかしら……」
「藍と橙を併せれば結構な重量になるわよ。これが本当の、」
「“部下おもいなぁ~”ってわけ? ええ面白いわよ座布団24枚/秒!!」
「甘いわね。山田君、座布団全部もっていきなさい!」
「はいわかりました~」

 前触れなくスキマから伸びた腕が目にも止まらぬ速さで全ての博麗アミュレットをキャッチした。

「って誰が山田君ですかぁ~!」
「いや映姫、ノリツッコミ見事過ぎるわよ!?」

 掴んだ座布団で紫を張り倒したのは四季映姫・やまだ…もといヤマザナドゥだった。

「なんで閻魔がスキマの中に?」
「紫さんは閻魔局の実施しているサービスの一つ『業抜きマッサージ』の愛好者なのです。ですのでさっきまで彼女の家にいましたから」
「閻魔ってそんなこともやってるの」
「やたら長生きだったり死ねなかったりして地獄にもいけないまま業の溜まり過ぎてしまう者に需要があります」

 そんな制度があったとは知らなかった。というか業なんてものが垢みたいに落ちて良いのか?
 ともあれ、私は完璧に悪者になってしまった。

「でもまぁ、これで会も自然消滅してくれるわよね」

 腑に落ちない部分はあったけど、魔理沙が言ったとおり愛されている故にこんな会が開かれるのなら、嫌われるのもそこまで悪いことでもないのかもしれない。

「ってあれ? レミリアとかはどうしたの。さっきまでここにいたのに」
「ボクシングの観戦に行ったみたいよ」
「その程度の反感だったの?」
『所詮ケーキだしな』
「さっきのディックな賞金稼ぎっぽい発言はなんだったのよ!?」
「長生きしてる妖怪と魔理沙は細かいことをすぐ忘れるから」
「紫あんた今細かいことって言ったか!?」

 酷い人や妖怪ばかりだ。さっきまでケーキに縋り付いて泣いていたメディスンも試合観戦に興味を移してるし。なにげなく魔理沙も調子が復活してるし。

「慧音。なんだかあなたの気持ちがわかるきがするわ。こんな奴らに囲まれていれば歴史を弄ってでも美談を護りたくなるわよね」
「スキマめくって人ん家に中華キャノンぶち込んだのは誰だったかしら」
「幻想境にとって不可欠な仕事を他人任せにして昼寝している奴にわかってもらいたくなどない」
『アリスやパチュリーに普通じゃ言えないくらいエグいこと言ってたよな?』
「ええそうね、そうよ私だって外道よ! 非常識よ! わかってるわよ好きなように言いなさいよ!」
「ばーか」「あほー」
「てめえらは言うんじゃねぇぇぇえ!」

 さりげなく馬鹿にしてきたチルノとリグルを結界の狭間(くさや入り)に叩き込んだ。

『立場が下の奴には強気な訳か』
「あなたって立場を平坦化するんじゃなかったの?」
「苛立ちが無重力突破を果たしたみたいですね」
『能力を超えるほど身勝手なわけか』
「信じられないわね」
「うう……」

 言われようがどんどん酷くなっていく。私ってそこまでワル?
 


歓声が上がった。
 リングに立っているのはフランドールのみ。萃香はリングに横たわったままマウスピースを吐き捨てた。決着が付いたのだ。
 9ラウンド終了2秒前。萃香の『ムーン・クラッシュ・ハリケーン』を喰らいながらも立ち上がったフランは最後の力を込めた『ブロークン・ホーリネス』を萃香へと見舞い勝負を決めた。空高く吹き飛び頭から落下した萃香はついに10カウント内に立ち上がれず、ゴングが戦いの終わりを告げたのだった。
今は共に力尽き、立つことすらままならない状態だった。セコンドに肩を支えられ退場していく2人の闘士を惜しみの無い歓声と拍手が送っていく。試合を観ていた誰もが激戦を繰り広げた2人に労いの声をかけた。そこには種族の壁など無く、妖怪も幽霊も兎も死神も、彼女らに脅かされる存在であるはずの人間ですら敢闘を称え……って死神?

「小町、あんたまたサボってるの?」
「いやあ、さっき紅魔館の門番の霊が三途の川まで来てな。話を聞いてみると、此処で祭りをやってるというじゃないか。面白そうだから門番の霊を連れ帰るついでに来て見たわけだ」
「連れ帰るって、そんなことしていいものなの?」
「あいつは週1ペースで臨死体験してこっちに来るからな。道中で面白い体験談も聞けるし、顔馴染みのよしみで早めに戻してやってるんだ」
「不吉な顔馴染みもいたもんね」
『霊夢、試合も終わったところで次に行くぞ』
「次はどうなるわけ?」
『プログラムナンバー5、プレゼント贈呈』

 幌のかかった2つの箱が兎に運ばれてきた。1つはさっき貰ったテレビと同じくらいの大きさ。もう一つは霊夢ケーキが入りそうなほどの大きな箱だ。

「これは、大きな葛篭と小さな葛篭?」
『そんなことは無い。両方ともプレゼントするぜ』
「また攻撃してきたりするんじゃないでしょうね。それとも爆発するとか」
『そういう事はしない。これは霊夢のために用意した。この誕生会に付き合ってくれた礼だ』

 そう言って魔理沙は小さい箱に寄って幌に手をかける。

『まずは1つ目、』

 幌が引かれる。隠れていた透明な箱の中身が露となった。

『蕎麦湯20リットルだ』
「蕎麦湯がそんなに要るかぁ!」
『2つ目は饂飩湯300リットルだぜ』
「あ、うっぷ……わた…泳げな…」
「溺れてる! 中で饂飩が溺れてるから!」
『饂飩のゆで汁なんだから饂飩が浮かんでてもおかしくないだろう?』
「饂飩だけど饂飩じゃなくて月出身で人型の長い耳がある饂飩なのよ! 自分でも何言ってるかわかんないけど!」
『人型の饂飩? 確かに饂飩湯の保存を良くするためにレティを中で泳がせているが、あれは饂飩じゃないぜ』
「さ、む、い……」
「ああ、饂飩が沈んでいくー!」

 萃香に肩を貸して退場してから箱が運ばれるまでの間にゆで汁にぶち込まれる辺り、弄られ慣れているというか何というか。すでにイリュージョンの域だ。
 来賓たちも目を見張り、前半の種無しマジックショーのときと同様にオリーブの首飾りが、

「いや手品じゃないんだって! 」

 慌てて助け出そうと走りかけたその時、饂飩湯の入ったケースをナイフが貫いた。2本、3本と立て続けにケースは貫かれ、ついに大穴の開いたケースから汁が流れ出した。

「このナイフは咲夜? あいつも立ち直ったのね」

下手をすると一生戻らないかもしれないくらい壊れていただけに、安堵も大きかった。空になったケースの底で饂飩が咳き込んでいた。大事にはならなかったようだ。

『そろそろ会も終盤だから片付けのために起きてもらわないといけなくてな』

 咳き込んでいる饂飩の頭上すれすれを、またもや飛来したナイフが通過した。中に饂飩湯の無くなったケースを貫通したナイフは私の二の腕を掠めて後ろにいた小町に直撃する。

「ぐふっ!?」
『紫と幽々子と永琳に咲夜を慰めてやるように頼んでおいたんだ』
「よりにもよって腹黒巨乳トリニティを向かわせるなぁ!」
「鬼殺ァァァァァァァァァア」 
「やっぱり! 巨乳への怒りに我を忘れてるしぃ!」

 小町を狙ったナイフが視認困難な速度で向かってきた。平静を欠いて狙いの定まらない攻撃は近くにいた私にも漏れなく飛来した。っていうかあの4人咲夜になに言ったんだ!?

「落ち着きなさい咲夜! 気持ちはわかるけど、こんな事したってサイズは変わらないわよ!」 
「死虐ァァァァァァァァア」
『煽ってどうする』
「ってあれ? 何で私に狙いをかえるの!? ちょっとこれ本気で死ぬわよ!?」

 どういう訳か私を狙い始めた咲夜の攻撃は熾烈を極めた。と言うより既に弾幕じゃない。全部殺すつもりで投げているとしか思えない。結界の狭間から取り出したチルノを盾にしなかったら既に血まみれになっている所だ。

『お前、やることが紫に似てきたな』
「言わないで! 私も薄々思ってたんだから!」
「死ぬの? あたい死ぬの? くさやに塗れたまま死ぬの?」

 チルノを投げ捨て(念のため言っておくが、氷で自衛していたので酷い怪我はさせていない。本当だ。本当だってば!)逃走する。遊びで無いとなると1対1で殺さず無力化するのは困難だ。

「紫、手伝いなさい! 責任の4分の1はあんたにあるんだから!」
「仕方がないわね。この借りは高く、」
「橙の仇ぃぃぃい!」
「な、藍!?」

 憑依荼吉尼天を発動して飛来した藍が紫に突撃した。

「待ちなさい、おまえは今がどういう状況かわかっていない。あなたのサイズでも咲夜に狙われるには十分なのよ?」
「あなたのせいで橙は酷い怪我をした。擦り剥いた額が跡になる所だった。いくら紫様といえども生かしてはおけない!」
「それで命とる気!? 『跡になるところだった』ってなってないんじゃないの!」
「問答無用!」

 殺気立って仕掛ける藍。これでは紫には力を借りようがない。
 こいつが駄目だとなると、他には。

「幽々子は? 妖夢もそろそろ立ち直っているはずじゃ、」
「特大ケーキ~」
「霊夢ケーキは駄目です幽々子様! さっき毒入りだって言ってたじゃないですか! あ、霊夢。止めるの手伝って!」
「使えねぇ!」
「ケーキなら他でも食べられるでしょう! ほら、あそこに饂飩がいますよ!」
「ああ、強くかけ過ぎて狂いが戻らない!?」

 幽々子を羽交い絞めにしてズルズル引きずられていく妖夢を無視して会場に視線を巡らした。他に手伝ってくれそうな奴は、

「慧音、妹紅! 咲夜を止めるのに協力して。このままじゃ危険だわ」
「すまないが今は手を貸せない。永琳が賭けボクシングの儲けを勘定している今が輝夜に報復するチャンスなんだ」
「お願い妹紅、命だけは助けて!」
「私がそういったときお前は助けてくれたか?」

いや、あんたら死なんだろう。

「助けてえ~り~ん!」
「計上と来月の財政プラン見直しが終わるまで待っててください。金の掛かる遊びを控えてくださるなら今すぐ加勢いたしますが」
「嫌よ。お酒のプールで泳ぐのは私の生き甲斐なのにひでぶ!」

 完璧に自業自得なので放っておこう。
 ともあれ、これでは永琳も手伝ってくれそうにない。

「レミリア、あなたなら咲夜を宥められないかしら」
「あの目は攻撃色よ。もう笛も炸裂弾も効果はない。相手を抹消するまで止まらないわ」
「なら気絶させてでも止めるから協力してくれない? あの調子じゃ咲夜自身もただじゃ済まないわよ」
「それは同感だけど、今日のラッキーアイテムはメイド服だから攻撃したくないのよね」
「運命視えるのに占い信じてんじゃないわよ!!」

ナイフの雨の中じゃ説得している余裕はない。幽香もあの性格じゃ頼みなんて聞いてくれそうには…あ、あの人がいた。魂魄妖忌、妖夢の師匠だと言う彼なら能力的にも人格的にも問題ないはず!
 って、

「師匠ぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!」
「霖之助ぇぇぇぇぇぇぇぇえ!」
「褌×2は止めろぉぉぉぉぉぉお!」

 褌姿で抱き合う男2人を結界から取り出したリグルで殴りつけた。

「「ぶったね? オヤジにも、くさやの臭いのする虫で殴られたことないのに!」」
「当たり前よ! 」
「お、お嫁にいけない……」

何事かを呟いているリグルはその辺に捨てる。

「あんたたち師弟だったの?」
「そうなんだ、昔山で遭難したときにたまたま出会って弟子入りしてね。本当に驚いたよ。遅れて会場に来てみたら妖忌師匠がいたんだから」
「刹那で褌姿になる技は私が霖之助へと直々に教えたものだ。妖夢にも教えようとしたら何故か幽々子様に追い出されてしまったが」
「それも当たり前よ!!」

 魂魄妖忌幽居の真相がここに! って時期的に大丈夫かこれ!?
これに頼むのは論外だ。あと頼れそうなのは、

「あ、いた! 映姫、現世のことに手を出すのは褒められた事じゃないのかもしれないけど、場合が場合だから手を貸して!」
「咲夜さんよりもあの褌男を裁くほうが先です」
「ごもっともだわ!」

 これは仕方がない。流石閻魔、法を身の内に持っているだけのことはある。褌の始末は映姫に任せるとしよう。
もう選り好みはしていられない、少しでも助けになりそうな奴を探さないと。

「ここは私達に任せて」
「ルナサ?」
「荒れ狂う怪物は音楽で鎮めるもの!」
「私たちの演奏で咲夜の正気を取り戻してみせるわ」
「リリカ、メルラン!」
「私も歌うわ。あの亡霊は饂飩さんが引き受けてくれたから」
「ミスティアも!」

 私は彼女たちを誤解していたようだ。騒霊共は変な効果音やBGM流してくるだけの屑だと思ってたのに、手の届かないところから中傷を加えてくる塵だと思ってたのに、夜雀は幽々子に食べられそうになるだけが存在意義だと思ってたのに、ここ一番では助けてくれるなんて!

「ごめんなさい。私は馬鹿だったわ。あなた達みたいな善人を、後でカメムシ入りの結界にぶち込んで1週間ほど放置しておこうと決心していたなんて!」
「気にすることはないわ。いくわよ!」
「「「おう!」」」
「「「「Try again!」」」」
「大屠雄ォォォォォォォォオ!」
「わざとやってるでしょうあんた等ぁぁぁぁあ!」

 歌エネルギーで咲夜の全能力がアップ。ナイフの速度と精度と威力と本数が漏れなく上昇した。

――わははははははははは

「貴様ら纏めて彼岸桜の肥やしにしてやるぅぅぅぅぅぅぅう!」

とは叫んだが、すでに逃げるのも限界に近い。っていうか何本か刺さってる。近い、動脈近いよ咲夜さん!?
どうしようか。文は取材モードに入っていて遠巻きに見てるだけだし、本田プリン(仮名)はまだ毒が残っていたのかダウンしている。メディスンにはまだ恨まれていそうな気がして怖い。誰かいないだろうか、手の空いている暇そうな……暇そう?

「魔理沙がいるじゃないの!」

 いつも会っているせいで逆に思い当たらなかった。大本の原因であるあいつなら無理やり手伝わせても文句を言われる義理はないし、実力的にも申し分ない。

「魔理沙、咲夜を止めるのを、」
『うう……褌…男の、裸……』
「カマトトぶってんじゃねぇ! こんだけやらかしといて褌姿がショックだったとかぬかすたぁどういう了見じゃこらぁ! 今更女の子やって許されると思うとんのかおんどれわ! この! この!」
『待て、じょうだん、絞まって…息……』

 全霊力を込めて首を絞めただけだというのに、魔理沙は気を失ってしまった。

「ってこら、なにこのくらいで失神してるの!? 中世の貴婦人にでもなったつもり?」
「コルセットとチョーク絞めを一緒にされちゃかなわないわよ」

 せめて盾に使おうと魔理沙の襟首を捕まえていた私の傍にあった卓に、気づけば幽香が腰掛けていた。

「何、もしかして助けてくれるとか?」
「実は、そうなのでした」
「……本当に?」
「信用されてないわね。でも本当なのよ。今日連れて来たマンドラゴラフレシアは人の精気が好物でね」
「んな物騒なもの人込の中に連れて来ないでよ」
「いいじゃないの。役立つんだし」

 謎の花頭人が咲夜を囲んで踊り始めていた。爛々と緋色の瞳を輝かせてナイフを投げ続ける咲夜を中心とした舞踏は怪しい儀式にしか見えなかったが、確実に効果のある分だけ怪しい儀式より性質が悪い。昨夜の動きは急速に鈍っていった。いまなら、行ける!

「眠りなさい咲夜! ローリング魔理沙ハンマー!」
『ぎゃん!』
「故ォォォォォォォォオ!」

 空中で回転して勢いをつけ、手に持った魔理沙を脳天から叩きつける!
 衝撃で有無を言わせず意識を飛ばされて、咲夜は昏倒した。

「ついでに魔理沙も意識が戻って一石二鳥ね」
『痛い、酷い、女は怖いぜ……』

 今日一日色々あったせいか、魔理沙が女性恐怖症になってるっぽいけど(復活したように見えたが修羅場の傷も癒えていなかったのだろう)、どうにか騒ぎは収ま…

「…ってないか」
「紫! お前だけは、お前だけは!」
「うぉおおおおお! 何をするのですか閻魔殿!?」
「今すぐ服を着る! それがあなたにできる善行です!」
「ほほほほ。藍、あなたの力はその程度かしら?」
「レアに焼けなさい。渦巻『幽々子カリスマトルネード』!」
「食われてたまるか! ここで弱肉強食の檻を壊すよミスティア! 散符『真実の月』!」
「えーり~ん! いい子にするから! 高いものねだらないから~!」
「もー。しょうがないですねぇ」
「追われる日々はもう終わりだ! 『ブラインド・ナイトバード』!」
「永琳が来るぞ! 2対2になる前に輝夜をボコるんだ!」
「OK慧音! 今のうちに鬱憤を晴らす!」
「あんなに腐っていても、魂魄の名を持つ以上は西行寺を守らなければ行けないと師が……でも師はあんな人で……うぁあああああ!」

 混沌が、広がっていた。極大のエントロピー。世界の終わり。そんな言葉が浮かんでくる光景だった。今もまた、倒れた咲夜から更に精気を吸い取ろうとした幽香と、止めに入ったレミリアとの戦いが始まったところだ。気づけば、名も知らないメイドや幽霊、兎も。見物に来た人や妖怪、妖精たちも。倒れた者を除けばその全てが何らかの争いに加わり、或いは巻き込まれていた。

「何とか収集をつけないとね」

 人の神社でいつまでも混乱をのさばらせる訳にはいかない。面倒なことはやりたくないが、この状況ではもう派手な戦いを1つ1つ止めていくくらいしか手は思いつかなかった。
 まずは一際傍迷惑な紫と藍から。

「紫! 人ん家でこうも騒がれちゃたまらないわ。戦うの止めてくれない?」
「そうねぇ。もうこいつの相手するのも飽きたし、止めを刺してあげてもいいかもね」
「まぁ、それでもいいわ」

 微妙に私の言いたいこととはずれているけど、止めてくれるのならそれで十分だ。

「はい」
 
 ぱちん、と紫が指を鳴らすと、藍から感じる力が消え去った。力が抜けて体制を崩した藍の鳩尾を、紫は容赦なく蹴り上げる。

「ぐっ…」
「あなたから式神を外したわ。これで藍も単なる化け狐。立場がわかったかしら?」
「くそぉ……」
 
 と、その時だった。外野から野太い声がかかった。

「諦めるな、藍!」
「妖忌?」
「その声は……テンコーのおじいちゃん!?」
「知り合いだったの藍。ってテンコーのおじいちゃん!?」
「いかにも、藍にテンコーを教えたのはこの私だ。幽々子様に追い出されてしょぼくれていた所に調度見た目若い女子を見かけたのでな。子供代
わりに、と言ってはなんだが……とおや? どうされました紫殿。そんな怖い顔をされてスキマを開いて…ぉお何と! 放り込まれるとは何とも意外。暗いくて何も見えませんぞ紫殿!」
「魔理沙、お願い」
『確認する。シェルターシールドは張っていないな?』
「むむ、年寄りにカタカナ語はよくわからんな」
『シェルターは完璧じゃないんだな?』
「恥ずかしながら、これほどに年を食っても完璧と言うほど極められた道は持っておらんのだよ。いやはや世の中ままならな、」
『マスタースパーク!』
「いぁぁっぁぁぁぁぁあぁあ!?」

 スキマに開けられた洗面器ほどの穴から魔理沙が魔砲を打ち込んだ。

『マスタースパーク!』
「ぬォォォォ――……」

2発目。悲鳴は途中で途切れた。

『マスタースパーク!』

 3発目。悲鳴は上がらなかった。女性恐怖症に罹ってしまった魔理沙だが、褌でも男はまだ怖くないようだ。
 紫はスキマの口を閉じ、リボンで執拗にぐるぐる巻きにしてから、「燃えるゴミ」と書いてあるシールを貼って傍で待っていた映姫に手渡した。

「お願いします」
「はい、責任を持って処分します」

 どうやら、脱衣技の源流は魂魄妖忌にあったらしい。リリーロマンスグレーの存在と同様、知りたくもない事実だった。まあそれはいいとして、

「うぉぉぉぉおおお!」
「あの応援で奮い立ったの、藍!?」

 地面で身を捩っていた、もう戦うだけの力のないはず藍が、雄たけびを放って立ち上がった。

「そうか、そうだった。式神としての力が無くなっても、私にはまだテンコーがある!」
「諦めなさいよ、頼むから!」
「八雲紫! 私は、ただの化け狐はこれから貴様に全身全霊の一撃を叩き込む! その一撃を土産として冥府へ沈むがいい!」

 立っているのもやっと、といった風情の藍から宣言を受けた紫は、微笑を浮かべた。口の端を僅かに上げただけの、微かな笑いだ。

「面白いわね。いいわ、受けて立ってあげましょう。化け狐さん」
「紫、まさかあんたもテンコーを!?」
「しないわよ!」

 紫は肩幅に足を広げ、腰を落とした。

「あなたが自身の力で来るというのなら、私も境界を操る力は使わないわ。それでこそ力の差がわかると言うものでしょう?」
「……その驕り、後悔するなよ」

 藍が床を蹴った。随分と長く感じる一瞬で、距離は詰まる。
 八雲の名の元に無い、素の自分の力全てを込めた藍の一撃を、紫は迎え撃とうと…

「最終奥義・石破テンコーけ…」
「消火器アタ~ック」

…迎え撃とうとすると見せかけてスキマから取り出した凶器で藍を殴り倒した。

「消火器噴射~」
「っぷ、うぁあ!」

「暴徒鎮圧用ネット銃」
「とうわぁ!」

「紫奥義『弾幕結界』」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああ!」

 ず、

「ず、」
「完璧な勝利ね。気分はどう、藍。私に楯突くとどうなるかわかったかしら?」
「ずっる~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」

 ここまでやるか! あんな必死の相手に! しかも自分の部下に

「ほほほほほほほほほほほほ! ずるい。最高の褒め言葉ね!」

 しかも威張ってるし!!
 その姿は衝撃的だった。今日1日の中で、私は様々な非難を受けた。それが明らかに自分が悪いとわかるものも在れば、言い掛かりでしかないものも在った。それらの非難に対して私は否定し、時には認めたり誤魔化したりもしてきた。しかしどうだろう。今の紫の姿は。非難する私に対して微塵の否定も誤魔化しも無く、威張っている。笑っている。藍の顔面を踏みつけて高笑いする紫は余りにも眩しかった。格好よかった。
だから、

「あの、紫さん」
「ほほほほほ、ほ? え、何? 紫…さん?」

 その言葉を口にするために、どれだけの勇気が必要だったことか!

「お姉さまって呼んでいいですか?」
「………………………………………………………え?」







         文々丸新聞 第○○号
         夜王、タイトル防衛!

昨日、博麗神社においてボクシングのミニマム級タイトルマッチが行われ、グランドチャンピオンであるフランドール・スカーレット(吸血鬼)が見事タイトル防衛を果たした。挑戦者は新鋭でありながら実力は幻想境有数と目される伊吹萃香(鬼)。試合は9ラウンドまで縺れ込む接戦となった。前半は挑戦者優勢で進み、チャンピオンから幾度と無くダウンを奪ったものの決め手とはならず、吸血鬼特有の再生能力によってスタミナをキープしたチャンピオンが後半で巻き返す形となった。後のインタビューにおいてフランドール氏は「私のブロークン・ホーリネスを受けて立ち上がった闘士は未だかつていなかった。それを3回も打たせた萃香は敬意に値する。長期戦になったことで萃香のアルコール禁断症状が発症しなかったら負けていたのは私だった」と述べている。積極的に攻勢に出る挑戦者に対し、再生能力を持ちながらも守りに徹することなく打ち合いに応じたチャンピオンの戦いぶりは潔く、幻想境ボクシング史上において最高との声も上がるほどの名勝負であった。
なお、力のある妖怪の中にはボクシングの試合以外にも「何か」が見えた記憶がある者がいるかもしれないが、それは気のせいである。何も無かった。何も無かったのだ。「ボクシングのタイトルマッチがあった。とてもよい試合だった。感動した。それでいいはずだ。変に勘ぐってはいけない。いいか、決して勘ぐってはいけない。惨劇を見たくなければ余計な詮索などしないことだ。それはあなた自身のためであり、幻想境全体のためでもある」ってけーね(半獣)も言ってた。その通りである。誰も何も見ていない。私も見ていない。褌一丁で抱き合う男など見ていない。潤んだ目で想いを叫ぶ博麗の巫女から号泣しながら逃げ回るスキマ妖怪も見ていない。亡霊の姫に噛み付いて気を失っても離さない饂飩と夜雀も、永遠邸邸主の生首を持って笑いながら薬使いから逃げ回る不死者と半獣も、泡を吐きながら復活したメイド長と何がなんだかわからなくなった半幽霊の狂闘も、女から逃げ回ってついには褌姿の道具屋の胸に飛び込む黒魔法使いも見ていない。あまつさえついにスキマから這い出した褌老人と褌道具屋が閻魔に向かって放った合体奥義『究極石破テンコー拳』なんて見ていてたまるか! 見てないって言ってんのよ! ちゃんと歴史隠してよ慧音さん! 何で天狗ってまやかしに強いのよバカぁーーーーーーーーー! 


誕生会黙示録  
第一回 ~戦闘ケーキは汚れ芸人の夢を見るか。そして混沌~

                              <終焉>
 ついカッとなって書き始めてむちゃくちゃ後悔した。その割りに反省していない(ぉ
 出来心で「キャラ総出演の壊れギャグを書こう」という考えを実行に移してしまったのが3ヶ月近く前。なんとか書きあがりました。いやまあ、終わっただけで満足しちゃいけませんが。
 目標は3つ。
「紅魔以降のゲームに出たキャラ(ザコ、中ボス除く)を全員出す」(水に浮いてるだけ、とか盾になっただけとかも含めれば達成。誰か忘れてるかもしれませんが)
「3面ボス格以上に死にキャラを作らない」(努力はしたんです。努力は)
「頭から尻までボケ続ける」(だから努力は…略…)
 そして結論は一つ。
「無茶だって」
 ……えーと、まあ、おあとがよろしいようで(まて
 一部原形を留めていないのもいたり、結構無茶なボケ方もした覚えが……夜逃げしようかな(だからまて
 
 追記。第一回とか言ってますが第2回は無いと思われます。


 何箇所か訂正。
葎灰
http://iaom.hp.infoseek.co.jp/index.html
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コメント



0.5520簡易評価
3.90名前が無い程度の能力削除
朝起きてネットに接続しただけなのに
気がついたらツイスターに巻き込まれていたような。
容赦無用のぶっちぎりテンション、恐れ入りました。
ときに、妖忌幽居の経緯を私は見逃さなかったわけですが……

介錯は任せろ
6.90名前が無い程度の能力削除
これだけ長ければ、むしろ何回かに分けた方が良いかと思いましたが・・・・
笑えたのでノープロブレムでしたw
8.80名前が無い程度の能力削除
久しぶりに創想話で爆笑しました
10.50まんぼう削除
リリーロマンスグレー
最高です。どんな姿をしてるのは激しく見てみたいw
11.90復路鵜削除
さくしゃさんは、あたまがおかしいとおもいます(超褒め言葉
でもこの分量だと、流石に分けた方が良いかと思われます。途中に中弛みも出てきましたし。
21.100名無し参拝客削除
>門番…名前は記録に残っていませんが、この門番も涙を流して喜んだとのことです。
待てー(笑
名前は記録していてあげようよ!

>これまで出演しながら名前すら与えられなかった小悪魔、大妖精、門番などは、一際目立って善行に励んでいるようです。
三番目待って!! 待って三番目!!(笑

レティに陽の目をあてた神主さまと文士さまには80点を!
-20点は門番さんの名前を調べられなかった文への減点です。
門番の真名を知ること、それが貴方がつめる善行よ(某裁判長様より


(全部読んでから)
アンタ最高だよ!!!
23.100名前が無い程度の能力削除
黒かった。
28.100no削除
ある意味ホラー。
30.100五式削除
goodです!!!
40.90名前が無い程度の能力削除
これだけのキャラの性格を生かしきれるのが素晴らしいです!
ノリで読みきれましたw
44.90CCCC削除
総出演ギャグ、お疲れ様でした。
あーもう、突っ込みどころが多すぎて何がなにやらw
45.100ムク削除
うわぁい。リセットオチと分かってたのに。ところで霊夢の葛藤のリアルさに驚いた作品が少し前にあったけど、すげえ対局。芸術(アート)を見せ付けられた思いです。
47.無評価ムク削除
追記。彼女がスキマを師事したら幻想郷は崩壊するだろーな、と思いました。
49.100名前が無い程度の能力削除
最初から最後まで笑いっぱなし!! すばらしい、実にすばらしい!!
作者には心からありがとうを言いたい!! 
53.60紅狂削除
なにこのコズミックホラーw
54.70名前が無い程度の能力削除
こんなばからしい話をうっかり最後まで読んでしまったのは初めてです。
61.100名前が無い程度の能力削除
ケーキが昔のゲームのラスボスみたいw
あと妖忌すげぇ
62.80名前が無い程度の能力削除
よ、よせッ!オープンフェイスならともかく、中華キャノンだけは――!
65.100名前が無い程度の能力削除
めらんことケーキの絆のなんと美しいことでしょう
本当の汚れ無き心を持つのはやはりめらんこだけなのですね
もうだめぽ
75.80aki削除
博麗神社は文字通り見事な混沌と化しましたな。すばらしい。
というわけでこの点数をば。
76.50那須削除
面白かったです。ただちょっと尺が長かった様に感じました。
この長さなら前後に分けても良かったと思います。

というのも、壊れ系で長いと腹筋にくるんで。
77.100MIM.E削除
よかった(感無量)
79.100点線削除
終始一貫しての見事な壊れっぷりでした。いやー笑った。
89.100てーる削除
これは・・・視覚毒か!?w
いかん、見たら死ぬ、死ぬって・・ウボァァ~!w(笑

きっと周りの人には突然肩を震わせる奇妙な人に見えたに違いないw
91.100名前が無い程度の能力削除
ナニコレワライガトマラナイ
92.90名乗る名前は奪われた。削除
先を越されたっ!!
try againとマスタースパークネタはいつか使おうと思ってたのに・・・!
でもこれなら良し! グゥレイト!!
94.100名前が無い程度の能力削除
すげえ!!
99.70回転式ケルビム削除
愛の焼夷徹甲弾で響きがいいとか思っちまいましたorz
どのキャラもそうだが輝夜特にひでぇ
102.100名前が無い程度の能力削除
お約束のオンパレードで最高でした。
103.100名前が無い程度の能力削除
お約束のオンパレードでかけぬけた感じですね。アホくさくて
よかったです。

104.100都市制圧型ボン太君削除
あーもう、どこどこで噴いたとか書き切れない!
105.90削除
あんまりだ!(良い意味で)
113.-30名前が無い程度の能力削除
 超個人的な意見ですが、中国名前ネタはもういいかげんうんざり。その時点で読む気失せた。格好良くしろとは言いません。でも虐げるのがそんなに面白いんですか? 本田プリン?はいはい。わろすわろす。
115.100名前が無い程度の能力削除
このはっちゃけた長さで、読み手のテンションを維持してしまうとは凄まじいの一言。腹抱えて笑わしてもらいました。
117.100名前が無い程度の能力削除
まさにカオス!
122.100名前が無い程度の能力削除
よろしく巫女仮面ダッツノウ! 親御さんによろしく!

SE ──わはははははははは

一同「(だ、だまされたー!)」
124.80HK削除
笑いすぎて、首の後ろが痛い―。
128.90名前が溶解削除
混沌にもほどがあるだろうよ
142.90名前が無い程度の能力削除
『小悪魔のリリカル愚痴り帳』見たああああい
でもおしおき部屋こわっ

霊夢、小悪魔の体(の一部)を食べたね?