Coolier - 新生・東方創想話

紅魔館のメイドさん

2005/11/19 10:31:13
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※ 作品集21「紅魔館の叔母さまたち」の外伝的なお話になっております。
  これだけでも読めるかと思いますが、あらかじめ目を通しておいていただいたほうが
  状況などが掴みやすいかと思います。

  百合度てんこもりでお送りします。




























 咲夜さんとのダンスを盛り上げるために着飾らせようと、妹様に気絶させていただいた
隊長をパーティ会場である大広間の近くの部屋に引きずり込み、どうにかこうにかドレス
に着替えさせた。
 後は化粧をほどこし、髪を結い上げるだけ。
 門番隊メイドは隊長である彼女を筆頭に、誰も彼も無骨・粗忽な面々の集まりだから、
ここからは館メイド隊から転属した私だけの仕事になる。
 その間に他の人たちはダンスの準備のために別室に移動して先に着替えをするのだそう
だ。化粧や髪結いの技術にまったく興味を示さないあたりは問題があるような気もするけ
れど、らしいといえば、らしい。
 どやどやと彼女たちが出て行ってしまうと、部屋には真紅のドレスに身を包まれた眠り
姫と、見た目そのままの侍女である私が残された。
 私は櫛を手に取り、部屋の真ん中に置かれた椅子で眠り続ける彼女に近づく。
 普段はいつでも表情豊かで、妙に顔を崩しがちな美鈴隊長だから忘れられているけれど、
こうして表情を出さずに澄ました顔でいると本当に整った容姿をしている。すっきりとし
た顔立ちに、瑞々しい肌の色。髪にしてもずっと外で門番をやっているのに、こうして指
を絡めてみてもするりと極上の手触りだけを残して逃げてしまう滑らかさ。咲夜さんのよ
うなはっとする怜悧な美しさやお嬢さま方のような芸術品の美しさは無いけれど、生きた
美しさが感じられる。
 本当に、神様は不公平だ。
 そんなことをする必要があるのか疑問を感じつつも、起こしてしまわないようにゆっく
りと櫛を入れる。
 ゆっくりと、丁寧に。


 一言に妖怪にもいろいろな種族が存在する。
 紅魔館周辺でもお嬢様を筆頭とする吸血鬼。そのご友人の魔女。湖の氷精。紅魔館を暗
くしてくれる宵闇の妖怪。メイド隊でも結構な数の種族がいる。そんな多数の妖怪を、ざっ
くりと二つに分けるときには色々な分け方があるけれど、その中でも子として生まれる
か、個として生まれるかというわけ方がある。
 誰かに生んでもらうか、一人で勝手に生まれるかだ。
 前者の筆頭はお嬢様をはじめとする吸血鬼がそうだろう。血を啜られて生まれる場合も、
吸血鬼同士の婚姻で生まれる場合も、親というべき吸血鬼が存在するわけだから。
 後者は湖の氷精が筆頭だろうか。彼女は自然そのものが親と言えるけれど、だからといっ
て声をかければ返事をしてくれるわけではないだろうし。
 何の妖怪なのかは言及しないが、私は後者だった。
 幻想郷でどちらのタイプの妖怪が多いかはわからないけれど、紅魔館は主であるお嬢様
が前者のタイプだからなのか、メイドも前者のタイプがほとんどだ。前者のタイプは最初
から同じ種族の者の中で育つためか、社交的なものが育つことが多い。メイド同士の仲の
よさはここからきているように感じた。
 そんな中で数少ない後者のタイプだった私は、今はともかく紅魔館に御勤めに出始めた
ころは一人で過ごすことが多かった。といっても、同僚のメイドたちはいつも私を食事や
休憩に誘ってくれていた。
 私が断っていただけだ。
 煩わしいとまでは言わないけれど、あまり喋る習慣のない私は大食堂などの雰囲気に今
ひとつ馴染めなかったのだ。私は夕食などは紅魔館の大食堂で取っていたが、昼食はたい
てい一人で紅魔湖の畔にシートを敷いて、お弁当を広げることにしていた。
 一人の食事は味気ないけれど、紅魔湖の近くなら小動物や妖精たちの姿があるし、何よ
り湖からの風が気持ちいい。お昼寝するには最高の場所だ。
 だからだろうか。
 いつのころからか、私が気がつくと赤い髪の女性がひょっこりと姿を見せるようになっ
た。緑色の民族衣装の彼女は微笑みながら私に挨拶すると、柔らかな草の上に横になって
軽くお昼寝をしていく。
 毎日姿を見せるわけではないけれど、何度も顔を合わせるうちに一言二言声を交わすよ
うになり、彼女の寝床が草の上ではなく私の用意しているシートの上になるまでそんなに
時間はかからなかった。
 排他的というほどではないにしても、あまり人とのかかわりを持ちたがらない私が、自
分からそうするように薦めたのだ。
 自分でも驚いた。
 けれども、穏やかな日差しの中で眠る彼女の横は居心地がよく。
 ゆっくりではあるけれど、確実に彼女に好意を抱き始めている自分を自覚した。


 好意、と一言に言っても色々ある。これも強引に二つに分けてしまえば友情と愛情にな
るか。このとき私が彼女に抱いていたのは確実に友情だったと今でも言い切れる。まあ、
表面だけを見ると、友人であるかどうかすらも怪しい関係ではあったけれども。
 そんな彼女との昼食の時間だったが、一時的に中断することになった。
 急に寒くなったせいで、外で食事をしなくなったからだ。彼女もまさか、こんな気温の
中で昼寝をしたりはしないだろう。
 更に、人間・妖怪を問わずメイドたちの間で風邪が大流行しはじめた。動ける者の数が
一気に減ってしまい、動けるものの負担も激増した。
 私は普段から他のメイドたちとの付き合いが薄かったため、すぐには風邪にはかからな
かったものの、恐ろしい量に膨れ上がった仕事に忙殺された。
 動けるものに襲い掛かる疲労と睡眠不足。
 倒れていくものは増え続け、動けるものには更なる負荷。
 私を含めた動ける人たちが必死に館を支え、ようやく最初の方に風邪にかかったものが
回復しはじめ、誰もがほっと一息ついたころ……結局私も倒れることになってしまった。
 仕事中に倒れてしまったおかげか、同僚のメイドたちが大挙して薬品やらお水やらを用
意してくれる。付き合いの薄い私のためにそこまでしてもらえるとは思っていなかったの
で胸が熱くなった。
 熱があがってぼんやりとしていたけれど、お礼とお返しは必ずしようと心に誓い、用意
してもらったそれらをいただいて眠ることにした。


 ……気持ち悪い。
 私はそう感じて、ふと目を覚ました。
 目を開いても辺りは真っ暗。しばらくはどういう状況なのかまったく分からずぼんやり
としていたけれど、状況がつかめて夜中に目を覚ましてしまったことを理解した。
 気持ちが悪いと感じたのは汗らしい。身に付けている寝間着が随分と湿気を帯びてしまっ
ている。軽くため息をつくと、息に篭った熱までもが不快だった。
 朝までこのままか。
 そう思ってもう一度ため息をつくと、自分の呼吸が耳について一人きりであることを強
く感じてしまう。風邪のせいなのか、お昼に同僚のメイドたちに随分見舞ってもらったせ
いなのか、近くに誰もいないことが妙に寂しく感じられる。普段から人付き合いを避けて
一人でいたくせに、と自分を叱ってみたけれど、一度感じた寂寥感は去ってくれない。未
練がましく誰か開ける人はこないだろうかと部屋のドアに目を向けようとして、寝返りを
打った拍子に目元から零れたそれに驚いた。
 思わず苦笑して手でそれを拭っていると、本当にドアが開いた。
 ついさっきまでは誰か訪ねてこないかと思っていたけれど、こんな時間に訪ねてくる人
に心当たりなんかあるわけがない。慌てて起き上がろうとしたけれど、熱で力が入らずベッ
ドの上でもがく羽目になってしまう。
 そんな私に気がついたのか、小さなランプを持っていた侵入者が駆け寄ってくる。
 赤い髪の彼女だった。
 もがいていた私を苦しんでいるものと勘違いして慌てたらしい。大事無いことを確認し
てから寒くなって一度も姿を見ていなかったからお見舞いに来ちゃった、と笑う彼女。
 私はと言えば、未だに驚きから回復できていないかった。彼女が紅魔館の関係者である
ことは薄々感じてはいたけれど、まさか風邪で寝込んだところに訪ねて来てくれるとは思っ
てもいなかった。
 まして、こんな夜中なのだ。
 そんな私の驚きを気にもせず、熱を測るために彼女は掌を私の額に当てる。
 その掌。
 勝手な思い込みだけれど、ゆったりと昼寝をしていた彼女を見て私はその手を手荒れや
傷などとは無縁のものだと思い込んでいた。けれど、弱く淡い光のなかで初めて触れた彼
女の手。それは私が想像していたものとはまったく違う、無骨な手だった。
 額の上のそれに触れてみる。
 私の手と比べて硬く、分厚い手。節くれだっていて、私の額を包み込めるほど大きい。
至る所に細かい傷が走り、ごつごつとした甲には指の付け根に胼胝ができていた。
 お父さんの手だ。
 そんなものがいた経験はないのに、何故かそう思った。
 彼女は自分の手を撫で回している私を不思議そうに見ていたけれど、しばらくしてゆっ
くりと私の手を外し、やたらと手に触れたがる私に苦労しながら着替えさせてくれた。
 彼女は何故私がそんなに手に触れたがるのかわからなかったようだけど、着替えを終え、
水を飲ませてくれた後は、その手を私の好きにさせてくれた。それをいいことに、私はそ
の手に頬を擦りつけたり、胸に抱いてみたり、唇を寄せてみたりと好きなことをした。
 結局、私が寝入ってしまうまで、彼女はずっとそこにいてくれたようだった。眠りに落
ちる寸前の、自分以外の暖かさをうっすらと覚えている。
 そして翌朝。目を覚ますと、枕元に小さなお皿が置かれていた。
 手にとって見ると、爽やかな甘い香り。
 摩り下ろしたりんごらしい。綺麗な色をしているところをみると、摩り下ろしてからそ
んなに時間は経っていないようだ。ベッドに身を起こしてありがたくそれをいただいてい
ると、同僚のメイドたちが見舞いに来てくれた。
 彼女たちが笑いながら押し付けてきたやたらと苦い薬を苦労しながら飲み終えた後に、
ふと思いついて彼女のことを尋ねてみると、その正体はあっさりと判明した。
 門番隊隊長、紅 美鈴。
 その名前と手の感触を、私は心に刻んだ。


 私が床払いできたのは、翌週になってからのことだった。
 それまで病気らしい病気をしたことがなかった私だったけれど、いざ病気になってみる
と想像以上に長引いてしまった。ま、次に風邪ひいたときはもうちょっと治るの早いでしょ、
とは看病してくれたメイドの一人の言だ。
 床払いできるのをじりじりしながら待っていた私は、風邪が治ると同時に彼女に会いに
いく心算だったけれど、世の中そんなにあまくない。寝込んでいた間に溜まっていた仕事
がお出迎えしてくれた。ため息をつきながらそれに手をつけはじめ、どうにかこうにか終
わらせることができたのは、日が落ちて随分と経ってからのことだった。
 ようやく時間を作ることができた私は彼女に会うため門番隊詰め所に向かう。
 私たち館メイドには縁の無いその場所は、紅魔館正門の横にある大きめのログハウスだ。
詰め所は元々館内の一室だったが、少しでも門に近い場所で、と門番隊が自発的にその
場所に立てたものらしい。近くの森から丸太を切り出し、図書館から持ち出した木造建築
の本を片手に釘のひとつも使わずに組み立てられたとか。嘘か真かはわからないけれど、
前に立ってみると不思議と暖かさを感じさせる建物だった。
 自分でも何に緊張しているのかわからないけど、妙に緊張しつつドアをノックする。対
応に出てきた門番隊の一人に隊長への来訪を告げると、意外な返答を聞かされた。
 彼女が風邪で寝込んでいるらしい。
 見舞いに行きたい旨を伝えると、すんなりと部屋を教えてもらえた。少しは休むように、
という伝言を預かり、私は館へ戻る。
 風邪を引いて寝込むようなイメージはないけれど、やっぱり彼女も仕事が増えていたの
だろうか。そういえば、伝言もその考えを裏付けるような内容だ。
 夜も更けて、早くも明かりが落とされ始めた館内を歩きながらそんなことを考えている
途中で、自分が何ももっていないこと気がついた。見舞いに行くのに手ぶらというのもあ
んまりだろう。そういえば、夜に訪ねてきてくれたときには摩り下ろしたりんごを置いて
いってもらった。同じことをしたら喜んでもらえるだろうか。
 思い付きを実行するために大食堂に回ってりんごを貰う。摩り下ろすためにおろし金を
借りようとしたけれど、見つけられなかったので小さなナイフを借りた。
 それらを手にして、今度こそ彼女の部屋へと足を向ける。
 門番隊の隊長である彼女は緊急時の対応がすばやく行えるように、正門に近い場所に部
屋を割り当てられているらしい。
 食欲はあるんだろうか。りんごを食べてもらって、薬くらいは飲んでもらおう。紅魔館
で流行ったのは熱が出る風邪だったようだから、彼女もやはり熱が出て寝込んでいるのな
ら着替えもさせたほうがいいかもしれない。
 彼女の部屋へ向かう廊下。彼女にしてあげられることを考える時間。
 心が弾めば足取りも軽い。
 彼女の部屋が、もう見えてきた。
 私は部屋のドアの前まで行くと、できるだけ静かにそれをノックする。もう眠っていて
反応がないかと思ったけれど、すぐに返事が返ってきた。
 でも、今の声は彼女の声じゃなかったような……。
 訝しく思っていると、ドアを開けてくれた人物をみて驚いた。
 メイド長、十六夜 咲夜。
 わずかに驚いた顔をした咲夜さんは、咲夜さん以上に驚いて何も言えなくなっている私
が手に持っているものを見て見舞いだと理解してくれたのだろう。すぐに部屋に招き入れ
てくれた。
 気を取り直した私が部屋に入ると、彼女は床に敷いた布団に身を起こしておかゆを食べ
ているところだった。私が声をかけるまでもなく、彼女はこちらに気付いてにっこりと笑っ
て見せる。食欲もあるようだし、もう回復に向かっているのだろう。看護らしい看護
ができないことに少しだけ落胆する。
 とりあえず見舞いに来たことを彼女に告げて、りんごを剥き始める。うっかりお皿を持っ
てくるのを忘れたけれど、いつの間にか咲夜さんが用意してくれていた。お礼を言って、
そのお皿に皮を剥いたりんごを置いてい……こうとしたけれど、置くと同時に彼女が手を
出して食べてしまうので、結局お皿の意味はあんまりなかった。
 私がそのまま空のお皿とナイフを持って彼女と談笑していると、咲夜さんから少し付き
合って欲しいと声をかけられた。咲夜さんは風邪を引いている人の部屋を回っている途中
だったらしく、他の人の部屋にも回らないといけないらしい。
 まだ彼女に見舞いのお礼を言えていなかった私は少しだけ渋ったけれど、咲夜さんの指
示を撥ね付けるわけにもいかない。結局咲夜さんについて見回りに行くことになってしまっ
た。
 慌しくお礼を言って、彼女の部屋を後にする。
 冷たくて暗い廊下。明るく、暖かな彼女の部屋とのギャップに憂鬱さが加速される。
 未練がましく彼女の部屋に目を向けていると、咲夜さんはそんな私を気にすることなく
足早に歩いていってしまった。私は慌ててその後を追う。
 てっきりそのまま行ってしまったものだと思ったけれど、咲夜さんは廊下の角をひとつ
曲がったところで待っていてくれた。
 私が遅れたことを謝ろうとすると、先に咲夜さんのほうから謝られてしまった。
 彼女が最後に倒れた一人で風邪を引いて寝込んでいるメイドはおらず、そもそも見回り
なんかはする必要がないというのがその理由だった。
 じゃあ、どうしてそんな嘘までついて私を連れ出したのか。
 当然のように私がその疑問をぶつけると、咲夜さんは地面からわずかに浮かび上がって
見せ、私についてくるようにと促した。同じように少しだけ宙に浮いて咲夜さんに続く。
咲夜さんは私を従えて、彼女の部屋への廊下を戻っていく。そのまま彼女の部屋の前まで
くると、細心の注意を払って少しだけそのドアを開けて中を覗き込めるようにして、身を
引いて私にも中の様子を見せてくれた。
 布団に横になっている彼女。眉は苦しげに顰められ、額にじっとりと汗が浮いている。
眠れないのか何度も寝返りを打っている姿が見えた。荒く浅い呼吸と嫌な湿り気を含んだ
咳も聞こえてくる。
 百の言葉で説明されるよりも、その光景が心に重かった。
 私が視線を外したことに気付いた咲夜さんが、背を押して廊下を進ませてくれる。何度
かふらつきながらも廊下を進み、角を曲がって咲夜さんが私を待っていてくれたあたりで
地面に足をつけた。
 余りにも気楽だった自分を怒鳴りつけてやりたかった。けれど、こんな場所でそんなこ
とをしていたら、気に敏い彼女に気付かれてしまうかもしれない。無理にでも自室に戻ら
ないと。
 けれど、あまりに衝撃が強かったせいかその場を動く気になれなかった。
 そんな私を見かねたのか、咲夜さんがお茶に誘ってくれる。その申し出はすごく嬉しかっ
たけれど、彼女をあのまま一人にしておいてもいいのだろうか。私がそのことを口にする
と、咲夜さんは痛みを含んだ笑みを浮かべた。
 咲夜さんも一緒にいたら、あの姿は見せてもらえないのか。
 私に笑って見せたあと、咲夜さんは彼女の部屋を振り返っていた。その横顔は私なんか
とは比較にならないほど、切なさに彩られたそれだった。
 ああ、咲夜さんも彼女が好きなのか。
 そう理解すると同時に、ふと疑問が脳裏を掠める。
 咲夜さん『も』? じゃあ他に誰が?
 ああ、そうか。
 私も彼女が好きだったのか。
 そう認識できたことで、幼かった私の想いが形になった気がした。
 けれども、それは同時に過去のものになった。
 理由は考えるまでも無い。
 目の前にいる咲夜さんも、彼女に想いを寄せているからだ。
 想いの強さ、深さだけならこれからそれを育てることで戦うこともできる。一緒にいる
時間の長さが差になっているなら、これから咲夜さんが一緒にすごす時間よりも長く一緒
にいることで埋めることもできるだろうけれど。
 きっと私よりも咲夜さんのほうがお似合いだろう。
 彼女が風邪を引いていると聞いたとき、私はまず彼女の心配よりも先に、見舞いにいけ
る事自体に喜んでしまった。
 それでは周囲に気を遣い、恐らく気を遣い過ぎて倒れてしまったのであろう彼女のパー
トナーにはふさわしくない。彼女のパートナーには、彼女のために気を遣える人がなるべ
きだ。ちょうど、瀟洒という二つ名がこの上なくふさわしい、目の前の人のような。


 私は化粧の手を止めた。元々の整った容姿に加え、ドレスや化粧が普段の美鈴隊長には
ない華やかさを作り出している。私は自分の手腕に満足しつつ、最後の仕上げをするため
に口紅の小瓶を手に取った。
 あの夜。私が自分で美鈴隊長への恋心を自覚する前に、感情が咲夜さんのほうがお似合
いだと納得してしまった。そのせいか納得しているのに納得できていないような、何だか
中途半端な感じが、ずっとしている。
 看病してもらったときに触れた、隊長の掌。あの掌をお母さんの掌だと感じていれば、
こんな思いもせずに済んだのだろうか。
 そこまで考えてから、私はそれを否定した。
 たとえそう感じてあの夜に恋心を抱かなかったとしても、いつか必ず自分が隊長に惹か
れることになっただろうと感じたからだ。それに、そんなもしもの話は隊長を好きになれ
た自分に対しても失礼だったから。
 小瓶の口をあけ、中の口紅を指に取る。美鈴隊長の顎に手を添え、少しだけ上を向かせ
てその唇に指に取った口紅を乗せた。それを広げるために、そっと唇を指でなぞる。
 私は今でも美鈴隊長が好きだ。こうして触れている唇を、私のものにしてしまいたいと
いう思いがないわけじゃない。でも、それ以上に、隊長には幸せになってもらいたい。お
昼ごはんと一晩だけのお見舞い。上手に距離を取りながら、あの僅かな時間だけで私にぬ
くもりを教えてくれた隊長。貴方にも、安らげるぬくもりを手に入れて欲しい。
 私はそのぬくもりを咲夜さんに期待して、燻り続ける想いに目をつぶって門番隊に転属
し、二人を応援する立場を取った。

 咲夜さんの想いが通じて、美鈴隊長がそれを受け入れたなら。
 きっと私は泣くだろう。
 やっと私は泣けるだろう。

 だから私は紅を引く。
 愛しい貴方に紅を引く。

目指せ百合色ロマンス!
お読みいただきありがとうございました。

もう一人の咲夜さんともいえるメイドさんのお話でした。
彼女に関する描写は控えてあります。
ご自由にご想像ください(笑)

こんぺコメントでセリフ量などに関するアドバイスをいただいたので、
ためしに練習をかねて「」を禁止でお話を作ってみたらつっかえるつっかえる。
セリフで説明しすぎてたんでしょうね……。
なにぶんSS書き出したのが「~~娘たち」が初めてだったので、
いい経験になりました。本当にありがとうございました!(見てねー&場違いだよ)
FELE
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コメント



0.6430簡易評価
5.60Mya削除
 いやもうごちそうさまお腹いっぱいです。貴殿を私的東方百合第一人者と認定致しました!
 高嶺の百合を脇の繁縷と同じくして愛でる美鈴です。例え路傍の薺であろうと、きっとチャンスはありますよ! がんばれ紅魔の一般メイドさん!(どろどろした展開を期待する不届きな奴@むしろこの娘をけしかけた方が二人の仲は進展するのではないでしょうかお嬢様パチュリー様?)
6.100無限に近づく程度の能力削除
ロッマーーーーーーーーーーーンス!!!!!!!
8.無評価おやつ削除
むぅ……実験作ということなんでしょうが、やはり読みにくいと感じました。
お話は好みなんですが、作者コメントにもあるようにつっかえてしまいました。

ところで……私もMyaさんの案にイッピョーw
10.80銀の夢削除
おお、FELE氏がいらしている!

『百合』と聞いてシリーズ第一弾のようなベタ甘? を考えていたのですが、まさかこんな展開になるなんて。初恋は破れるものだとはよく言ったものです。こんなに素直に納得してしまえるものかな、とも思ったりしましたが……でも、素敵過ぎる人たちには、そう思えてしまうのかなぁ。
しかしコンペでも楽しませていただきましたが、その指摘を意識してこのような独白SSを書き上げるとは…平伏するしかないです。

紅魔館の脇役でしかない、でもお屋敷を支えている一人である『彼女』のささやかな思い、お見事でした。
11.100都市制圧型ボン太君削除
はふぅ・・・
今回も素晴らしい百合度ですね。
堪能させていただきました。
GJ!
19.80名前もない削除
お帰りをお待ちしておりました。今回も見事な作品を読ませていただき、感謝の極みです(敬礼)
25.90まっぴー削除
うむぅ、やっぱり思いをよせる人間は一人じゃない。それでこそ恋愛だな……

まあ、少し読み飛ばし(という名の掠め読み)てしまいましたがなかなかな一品です。
今度私もカギ括弧なしで挑戦してみようかな……?
46.70ハッピー削除
待ってました~~!!!
前回の作品からずっと更新をお待ちしておりました。
毎日毎日ここにチェックしに来てかならず「紅魔館の~~」を探していました。
で、読ませていただきました。
・・・やっぱりいいですね~~(惚
感想の文がおかしい気がしますが恍惚状態なのでお見逃しくださいwww
65.80計画的通りすがり削除
いや~ドキドキしましたw
美鈴の描写が素敵ですね
107.100名前が無い程度の能力削除
恋する乙女ってやつですね。
109.100名前が無い程度の能力削除
こりゃ凄いわ。頑張って欲しいな、紅魔館の一般メイドさん!
111.100名前が無い程度の能力削除
切ない気持ちが伝わってきました。
大好きな相手を想う気持ちが伝わってきました。
切なくて思わず泣いてしまいそう、というか泣いてしまいました。
とても素晴らしい作品をありがとう御座います。

ドロドロした作品は私も好きですけど、こういう綺麗な作品を書き上げられる事に感服します。
127.100名前が無い程度の能力削除
泣けるわ!!!
140.90名前が無い程度の能力削除
このメイドの子も色々活躍してほしいところですな。
154.100名前が無い程度の能力削除
オリ女×東方キャラの百合もっと増えてくれ~