Coolier - 新生・東方創想話

月兎夜話~深い森~

2005/11/16 11:04:23
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私は逃げている。背後の存在から、ただひたすらに。
それが誰かも判らずに、それが何かも判らずに。

聞こえるのは、ひたひた追いすがる音だけ。
けれど振り返る勇気もなく、そして確かめる度胸もなく。

耳について離れない足音。兎耳はこういうときに不便。
駆けながらブレザーを脱いで投げ捨てる。そして形振り構わず走る。



ここは、深い森。
漠然と、ただ広い森。



私は走る。出口が見えなくても走る。
鬱蒼と茂る木々の合間を、右へと、左へと。

背後の足音は収まらず、飽きもせず私を駆り立てる。
私も負けじと走る、両足の動く限り。

見えないモノへの恐怖と生存への欲求。それが私を満たす全て。
待てと言っているのか、待ってと言われているのか、それすら判らないのに。



なぜ、ここに居るのだろう?     ……判らない。
何から逃げているのだろう?     ……判らない。



突然、ぱたりと足音が消える。
諦めたのだろうか、振り切ったのだろうか。

それでも私は止まらない。ただ全力で走り抜ける。
この森から出るために。此処から抜け出すために。

けれど出口は見つからず、息が切れ手近な大木に寄りかかる。
何の変哲もない一本の木、それに手を突いてスゥと呼吸を整える。



僅かな空を見上げ私は思う。果たして此処から出られるのだろうかと。
パシンと両頬を叩き自分を奮い立たす。必ず此処を抜け出してみせると。



途端、ザリという足音。それは、すぐ後ろから聞こえた。
油断したつもりはなかったけれど………追いつかれてしまった。


こうなっては仕方がない。
私は覚悟を決めて、ゆっくりと振り返る。


「……貴女」


そこに居たのは何の変哲もない兎。まだあどけなさを残した、普通の兎。
突然、彼女は私の手を取ると、何かを握らせてそっと放した。

「何…なの?」

掌の中にあったのは、細い鎖に繋がれたオレンジ色の水晶細工。
それはニンジンを象った、可愛らしいペンダント。

「……私に?」

真意を探ろうと、私は彼女に問いかける。
けれど彼女は黙ったまま、虚ろな瞳を向けるだけ。




そして、私は思い出す。
彼女の名前を。その娘と交わした約束を。



しかし彼女の名を呼ぼうとした途端、
右手から伝わるヌルリとした感触。

見るとペンダントは赤く染まり、血がポタポタとしたたり落ちている。
驚いて、その娘の顔を見ると……そこには……血で真っ赤に染まった彼女の………










「うわぁぁああああっっっ…………!!!」





跳ね起きた私は咄嗟に周囲を見回す。
そこは見慣れた『永遠亭』の一室………………私の部屋。


「はぁ、はぁ………」

これは………

「………夢?」


一呼吸おいて額の汗を拭う。


「嫌な………夢………」




それは、私がよくみる悪夢。いつもうなされて、その度に飛び起きる。
豊かな黒髪を湛えたあの娘は、夢の中でしか会えない特別な関係。

悪夢のせいで完全に目が冴えてしまった。喉もカラカラで気持ち悪い。
これはしばらく眠れそうにない、そう思い私はそっと寝室の障子を開いた。


青白い月明かりが仄光る縁側。時は丑三つ。草木も眠るとはよく言ったもので。
そこは眠りの神の祝福の世界。そして私は……救いから漏れた哀れな異端者。

喉を潤しても、やはり眠れそうにない。
そうだ…………こんな時は師匠のところへ行こう。

起こすなんて不粋はしない。
ただ師匠の寝顔を見れば気が落ち着く…………そう思ったから。


静かすぎる縁側をそっと歩いて師匠の部屋へ。
こっそりと障子を開いて室内を伺う。


でも、その部屋はもぬけの空。
在るのは空っぽの布団と、薬品の匂いだけ。

何となく予想はしていた。時々、師匠は夜中にこっそり居なくなる。
それも決まって、こんな満月の夜に。



仕方なく姫様の寝所へと向かう。その行為に是といった動機は無い。
ただ眠れなかったから、気が紛れるだろうから、それだけの理由。




けれど、私はそこで見たものを………きっと生涯忘れないだろう。





姫様の胸に顔を埋めている師匠と、その肩を抱いて身を寄せ合う姫様の姿を。



二人とも目を閉じて、彫刻の様に動かない。
泣いているわけでもなく、けれど生者の様にも見えず。

月明かりが二人を照らし、青く淡い光が全ての現実を排除する。
それは絶望的な静寂が作り出す、何人も寄せ付けぬ二人だけの世界。

当然のことながら、その世界でも私は異端者。
そこに四半刻ほど立ちつくし、やはり無音で踵を返す。






仕方なく縁側に座り夜空を見上げる。宙には刳り抜いた様に見事な満月。
光を遮るために右手を差し出す。だって私には眩しすぎる満月。


ふと思い出す夢の記憶。彷徨い続けた深い森の光景。
そして………あの娘のこと。


夢の中の彼女は、私に何を言おうとしていたのだろうと。
夢の中の私は、もう、あの森を抜け出せたのだろうか………と。








なるべく意味を持たず、何の結論も導かない。
そんな話を書いてみようと思いました。
多分、いろいろとアレだと思いますが、その辺は一つヨロシクお願いします。
もちろん誤字等ありましたら、ご指摘頂けると幸いです。
SOL
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コメント



0.1130簡易評価
1.80都市制圧型ぼん太君削除
あぁ、襲って来る・・・
続きを読みたいという気分がザリザリと!
17.80MIM.E削除
さらっと読めてけれど引き込まれました。
とても静かな永遠亭の二人の情景が神秘的で悲しくも感じました。
これは続き物なのでしょうか? あとがきを見ると終わってるようにも思えましたがいずれにせよ、よい時間をありがとう。
18.60hangon-反魂-削除
泡沫の、ゆめまぼろしか紅き血よ、何処に生きるや白兎。
泡沫の、ゆめまぼろしか佳人の艶姿、何処を分けるや夢現。
泡沫の、ゆめまぼろしか望月の、蒼光注ぐ物語。
24.無評価SOL削除
しまった。「終」の一字を入れなかったばっかりに、とんだ誤解を……
申し訳ありませんが、この話は此処で終わりです。
けれど、ネタを思いついたので、関連話を投稿するかも知れません。
その時はどうぞよろしくお願いします。