Coolier - 新生・東方創想話

鳥籠に愛を込めて

2018/07/06 00:34:31
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 あなたについて鮮烈に覚えているのは、やはり燃え盛る炎だった。
 思い出すのは決まって、あの場所だ。広く、薄暗い部屋の中。神聖で、なによりも穢れを嫌うその部屋の中心には、異教の神々を象った像が赤々と輝いていた。燃えているのだ。
「見ろ、布都」
 と身体の上から声が聞こえてくる。その声に従って、床に横たわったまま、吹き上がるような紅を見上げた。
「これが我らの宿命である。神の末裔たる我々の、な」
 故に、しかと心得よ。それが貴方の口癖だった。
 この身体にそれを刻み込むかのように、貴方にはいつも連れ出されていた。寺を焼く時。仏像を焼く時。尼を打つ時。神威の代行者として苛烈な炎を振りまくとき、貴方の下には必ず自分がいた。
 そのうちにいつしか、私にとって、仏は暴虐の象徴となった。神の血、古き血、その逃れられぬ暴虐の象徴だ。
 そんなことが、何度も何度も繰り返されて。荒々しい血の猛りを、炎のうねりを思い出して。やがて貴方への恐れは、仏そのものへの恐れへと変わっていった。
 だからだろう。初めて己の手で異教の神々へ火を放った時、自分はきっと笑顔を浮かべていた。恐れを駆逐し、ようやくすべてを自らの手で振り払えるのだと誇らしかった。
「お兄様、見てくれました?」
 得意げに呟いた声に、応える者はいない。何も映さない虚ろな骸の眼だけが、揺らめく炎を反射していた。
 そんな遥かな過去を、今でもたまに思い出す。

     ※

 その日、青娥が鳥を連れて来た。聞けば、今日からここ、仙界で飼うのだという。
「ほら、見て見て屠自古。この通り、ちゃんと鳥籠も用意してますのよ」
「籠がいるか、ここで?」
 笑顔で告げた青娥に、鼻で笑って訊ねた。術で作られたこの場所では、権限のある者なら誰でも中の様子を瞬時に把握することができる。仮に廟内から逃げたところで、位置は青娥にも筒抜けであろう。
「だからこそ、ですわ」
 ふふふ、と楽しげに笑って、青娥は籠を撫でる。
「これは思いやりです。檻の中で仮初の自由を与えるなんて、むしろ残酷な優しさ。いっそ、こうして自らの立場をしっかり教えて上げることが、飼い主たる者の務めだと思いませんか?」
「なにを言ってるのかまるで分からんな」
 この女とはもう一四〇〇年あまりの付き合いになるが、彼女の思考も行動も未だに理解しきれていない。こちらのせいというより、そもそも相手に分かってもらう気がないのだ。ただひとつだけはっきりしているのは、きっとまた、ろくでもないことを考えているということだけ。
 こういうときの彼女の扱いは簡単だ。下手に策謀を推測しようとするだけ無駄で、聞き流すのが正解なのだ。巻き込まれないように祈りつつ。
「世話は自分でやれよ」
「これでも、ペットの扱いは慣れてますわ」
 青娥の物言いに、鼻で笑って答える。
「死体じゃんか。あれはペットに入るのかよ」
「もちろん。可愛いですしねぇ」
 と答えた青娥は、こちらの足元を指差しつつニマリと笑った。
「そう言う屠自古ちゃんだって、物部様のペットみたいなものではありませんか」
「へいへい。可愛い尻尾もついてるしな」
 こういうのにも、いちいち反応したら負けだ。おざなりに霊体の足を動かしてやると、青娥はつまらなそうな顔で横を抜けていった。どうやら興味は完全に鳥の方へ向いているようで、鼻歌交じりに鳥籠を下げて、そのまま去っていってしまった。撃退成功である。
 それにしても、どうして青娥は突然、鳥など飼い始めたのだろう。
「特に変わった鳥とも思えなかったが……」
 気にはなったが、あの青娥のことだ。どうせ数日もすれば飽きて、結局、自分が世話をする羽目になるだろう。後で嫌というほど見ることになるのだから、今は放っておこうと思った。そろそろ朝食の支度をする時間になるし。
 やれやれ、と。台所へ向かう途中で、今度は布都に出会った。手拭いを引っ下げて、顔でも洗った帰りだろうか。瑞々しい笑顔で声をかけてくる。
「おはよう、屠自古よ。朝から辛気臭い顔しておるな」
「……こちとら怨霊でね」
「まぁたそうやって悪態を吐いてからに。朝ぐらい、おはよう、から始められんのか。挨拶は心のおあしすだと、命蓮寺の化生でさえ弁えておるぞ」
 そんな説教じみた台詞を吐いても、顔を拭きながらでは締まりがない。ちなみにおあしす? とはなんだ、などと続ける辺りも減点だ。
「あのなぁ、布都。顔を拭きながら歩くなよ。だらしない」
 手ぬぐいを奪い取って、乱暴に布都の顔へ当てる。
「や、やめんか! お主は昔から、ガラが悪いくせに妙に細かいな!?」
「ガサツなのよりはいいだろうがっ」
 抵抗するのを無視して、ごしごしと拭いてやる。どんな洗い方をしているのやら、前髪まで派手に濡れていた。
「――――布都」
 と、そこまで近づいて、ようやく気づく。馬鹿面の笑顔に騙されていたが、よく見れば彼女の目の下には黒々とした隈が刻まれていた。
「お前……ちゃんと寝てるのか?」
「だーかーらー、お主は細かいというのだ!」
 瞬時に距離を取られた。警戒して唸っている姿は、少し動物じみていて可愛い。
 ではなく。
「なんかあったのか……?」
「たまたま昨日、寝苦しかっただけだ。なにもない」
 分かったらさっさと返せ、と伸びて来た手は、危なげなく避ける。体捌きではこちらが圧倒的に上なのだ。今も、昔も。
「ぐぬぬ」
「すぐ終わるって」
 観念したのか、じっと唸るだけの布都をそれとはなしに観察する。たしかに、隈以外には肉体的に特に変わった様子はない。細っこいのもちびっこいのもいつものことだ。
「ただの寝不足?」
「だからそう言っておろうに」
「んー、そうか……っと、はい終わり」
「やれやれ。お主のお節介にも困ったものだ、な!」
 生意気を言って、布都が手拭いを奪い取った。ささっと一気に距離を取った先は、布都の部屋がある方向だ。浴場とは正反対である。
「別に取らんでも、私が洗い場に出しといてやるのに」
「……いい。そんなことより、お主はさっさと朝餉の用意をせい。我は腹が減っておるのだ」
「へいへい」
 肩を竦めて応える。なんとも横柄な態度だが、これでいて、布都が余計な手間をかけまいとしているのは分かっていた。決して、自分でやるから、とは言わない辺りがいかにも彼女らしい。
「私の前では、いつにも増して生意気なんだよなあ」
「お主に言われたくないわ」
 けっ、と言い捨てて布都は踵を返した。ちがいないな、と。こちらも苦笑しつつ、その場を後にしようとした。そのときだ。
「ところで、屠自古よ」
 顔はこちらに振り向かぬまま、背中越しに布都が声だけを寄越す。
「先程、鳥の鳴き声がしなかったか」
「ああ、青娥の連れて来た鳥か?」
 隠してもどうせすぐに露見することだ。先程あった、青娥との奇妙なやり取りを説明してやる。
「青娥殿が、鳥を……」
 すると布都は腕組みをして、ぽつりとそう呟くのだった。顔が見えないので、なにを考えているのかは分からない。
「どうした?」
「いや、なんでもない。ここでは、珍しいものだったのでな」
 この仙界には、動物はいない。たまたま聞きつけた布都が疑問に思うのも無理なかった。だからその時は、特に気にすることもせず、その場を後にした。

      ※

 そこから数日の青娥は、鳥の世話をよくした。
 神霊廟内の自室――彼女が術で勝手に作ったものだが――に置いた籠を毎日磨いていたし、餌の方もきちんと毎食与えていた。水だってしっかり取り替えているようだ。その他にも、気候のコントロールされた仙界のこと、室温に気を払う必要はほとんどないのだが、それでも独自に術で部屋の環境を弄ってもいた。マメなことだ。
 元々、飽きっぽいのを他所へ置けば、青娥の面倒見の良さはなかなかのものなのだ。それは頭の腐った芳香を可愛がっているところからも明らかだった。あのキョンシーについては飽き性に反して、かれこれ一〇〇〇年以上も連れて歩いているわけだが、それはまた別の話。
「ふふふ。こうして見ると、可愛いものよねぇ」
 籠の隙間から指を入れ、鳥と戯れている青娥の姿は、悔しいことにとても絵になった。彼女も見た目だけなら清楚で可憐であるために、不思議と気品があるのだ。
「そうは思わない、屠自古?」
 青娥の言葉に、おう、と生返事で返す。まったく、怖いもの見たさに青娥の自室を訪れたものの、すっかり毒気を抜かれてしまっていた。それどころか、いつの間にか見惚れていた自分にも気がついて、ついかき消すように悪態を吐く。
「らしくないな……」
「やだ、屠自古ちゃんたら。嫉妬なの?」
「どういう理屈だよ」
「もっと粘着質な感じで私に構って、ってことじゃないのかしらん?」
 これである。中身はやっぱり変わらず、性根は腐っているのだ。
「はん、寝言は寝て言え」
 彼女がしょうもない軽口を叩いたときには、こうして悪態で返す。彼女は特に気分を害した様子もなく、視線を再び鳥籠の中に戻した。こんなやり取りも、もう千年以上続けている茶番のようなものだった。
「――――」
 ふと、懐かしさのような、不思議な感覚に襲われた。無限とも思える悠久の刻の果て、何もかもが変わってしまったこの忘れられた地にあっても、この邪仙はどこまでも昔と同じままだ。それこそ、一四〇〇年前から変わらず。
 自分はひょっとして、安堵しているのか。浮かびかけた感情を慌てて打ち消した。そんな馬鹿なことがあるか。この性根の悪さには、諦めこそあれ安心などあるわけがない。
 良くない方向へ脱線しかけた思考を無理やり戻すため、なんとか言葉を捻り出す。
「そういえばその鳥、名前はなんて言うんだ?」
「名前……?」
 青娥がきょとんとした様子でこちらを向いた。顎下に指を添えて、なにやら小首を傾げてみせる。
「そういえば、まだ考えてませんでしたわねえ」
 おい、と思わずツッコミを入れた。何事においても名前は大事だ。名は体を表すという言葉もある。なにより、自分が後々に世話をすることになったとき、名前がないと不便である。
 白い目で見続けるこちらを気にもせず、青娥はわざとらしく「うーん」などと唸っていた。しかし何を思いついたのか、突然に意地の悪い笑みをこちらに見せた。
「そうね。じゃあ、モリヤ、とかどうかしら?」
「あん? 蛇や蛙じゃないんだぞ」
「ふふふ……まあ、そうなのだけど」
 青娥は含みある笑いを浮かべるだけ。まったく嫌な笑い方だった。彼女がこういう邪悪な笑い方をする時は、大体、悪巧みをしていると相場が決まっている。
 そう気づいてはいたが、深く追求することはしなかった。今、どうにかしようとしたところで、彼女は分かりやすく尻尾を出しはしないだろう。いつだってそうだったし、問い詰めるだけ無駄なのだ。
 とにかく今は、少しでも火の粉が降りかかるのを先延ばしにしよう。そんな消極的なことを考えつつ、捨て台詞を残して背を向けた。
「その甲斐性が長く続けばいいんだがな」
「ご安心を。まだまだ飽きそうにありませんわ」
 部屋を出る際に振り返ってみると、言葉通り、青娥はまた楽しげに鳥籠に指を差し入れていた。
 鳥は変わらず、その指を突ついている。
 一心不乱に。
 ひたすらに。
 まるで何かの仇のように。
 止まることなく、突ついている。

     ※

 それから数日後の昼下がり。午後の茶事の席だ。青娥と同席した神子が、唐突にあの鳥の話題を持ち出した。
「最近、楽しそうですね青娥娘々」
「あら、分かります?」
「なにやら、面白いものを飼い始めたとか」
「耳聡いこと。名に恥じぬ素早さですわね、豊聡耳さま」
「屠自古は気づいていましたか?」
 茶を注ぎながら、今更なにを、と内心で思った。この仙界の創造者である神子は、青娥が件の鳥を連れて来た時から気づいていたはず。なのに、日が経った今になって、わざわざこうして訊ねる理由が分からなかった。
 なので、とっくに、と肩を竦めて言ってやる。
「青娥が飽きたら、どうせ私が世話をすることになりますからね。前もって飼い方を知っておかないとまずいと思い、ずっと見ておりましたとも」
「ははは。屠自古は真面目ですねえ」
 苦笑交じりに頷く神子だったが、今度は青娥に目を向ける。
「――――」
 その視線が存外に厳しいものだったので、屠自古は思わず手を止めた。神子は鋭く、睨みつけるような視線と共に青娥に訊ねる。
「――――青娥。その鳥、どこで見つけてきたのですか?」
「あらあら。それをお尋ねになります?」
 ころころと鈴が鳴るように、優雅に青娥は笑う。その笑みからは、隠す気のない悪意が感じられた。
「隠し立てしても、すぐに分かることでしょうから、白状します」
 青娥はひとしきり笑った後で、ニタリと笑みの形だけを口元に貼り付けながら答える。
「命蓮寺です。あそこで、寺の柱を突つく鳥がいるというので、捕まえてきたのです」
「ほう。それで、名は?」
 何故今、それを訊くのか。そう訝る屠自古の視線を受けつつ、神子は畳み掛けるように続けた。
「その鳥の名は、なんと言うのです?」
「――――モリヤ」
 その名を聞いた神子の顔が、よりいっそう険しくなるのが見えた。今や射殺さんばかりの視線が、青娥を貫いている。
「――――」
「――――」
 青娥はそれを真っ向から受け止めながら、相変わらず悪意に満ちた楽しげな笑みを浮かべていた。まるで、神子を試すように。どんな楽しい反応をしてくれるのかと、待ちわびているかのように。
 睨み合いがしばし続いて、先に折れたのは神子だった。
「……悪ふざけは、ほどほどにしなさいね」
 神子は多くを追求することはなかった。ただ溜め息を吐いて、釘を刺すような一言を告げただけだった。
「……ふぅん」
 拍子抜けしたように青娥が息を吐く。場に漂っていた張り詰めた空気が、一気に弛緩していった。
「屠自古、お茶を」
 神子がもう終わりとばかりに告げる。言われるままに茶器を差し出すと、この話はもう終わりという様に、さっさと口を付け始めてしまった。
「やれやれ、お邪魔かしら。ごめんあそばせー」
 青娥はわざとらしく、殊更に甘ったるい声を出して背を向けた。彼女は構ってもらえずに拗ねたときなど、よくこういう態度を取るのだった。
「でも、太子さま? これは、あの方も望まれることかもしれませんよ?」
 去り際に青娥は、そんな不穏な言葉を残して部屋を出て行った。神子は引き止めなかった。疑問を抱かなかったのか、放っておいても良いと考えたのか。あるいは、すべて分かった上で見逃したのかもしれない。
「あー」
 茶器から立ち上る湯気を恨めしく睨みながら、さてどうしたものかと考えを巡らせた。青娥が悪巧みをしているのは間違いない。神子はそのことにも気づいてる。でも泳がせている。この状態で自分にできることは何か、と考えたところで、自分には分からないことが多すぎてどうしようもなさそうだった。
「あ。あんにゃろ、自分の分の茶ぐらい飲んで行けっての」
 とにかく、今はなるようになるだろうとだけ考えることにして。あてつけのように、残されたお茶をもう一つ、神子の前に差し出した。

     ※

 それから一月ほども経った頃だろうか。
人里へ買い物に出た帰りに、偶然、庭に面した青娥の部屋の前を通りかかったときのことだ。
「あん?」
 ふと、僅かな違和感に眉を顰める。日当たりの良いその部屋には大きめの窓が付いていて、外からでも中がよく見通せた。しかし、彼女の部屋などもう見慣れている。今更目を引くようなものは何もないはずだった。
 ――――ない。
 そう、なかったのだ。
 このところすっかり見慣れたはずのものが。
 モリヤという名の鳥を入れた鳥籠が、すっかり見当たらなくなっていた。
 青娥がついに飽きたのだろうか。それはまあいいとして、では鳥籠はどこへ行ったのか。あいにくと仙人でないこの身では、仙界全体の状況を瞬時に知ることは出来ない。
 神子か、青娥か。誰かを探して訊ねなければならない。あの鳥の行方を。
 買って来たものを台所に放り出すと、すぐに屋敷中を探し回った。妙な焦燥感に駆られていた。これはきっと、鳥の行方や状態を心配してのことではない。青娥の企みがついに動き出したのだ、と思った。
 部屋を見ても神子はいない。青娥もさっき見た時から部屋にいなかった。その行方を知っていそうな芳香も、大声で呼んでも適当なエサで釣ろうとしても出てこない。皆が揃って不在のようだった。
 あの青娥のことだ。自分が仕込んだ企みが成就するときには、必ず間近でその様を見ようとするはず。
ということはひょっとして、青娥の思惑とは無関係なのか?
 一応の可能性としてそれも考えた。探し回りながら、どこかに籠が転がってやしないか、と視線を走らせてもいた。が、それらしいものはどこにも見つからなかった。ただ飽きて捨てられ、芳香に食べられたというわけではなさそうだ。それならば、ますます行方を捜さなくてはいけないだろう。この場所には自然の生き物は存在しないのだ。誰かが餌をやらなければ、あの鳥は死んでしまう。
「でも、どう探せば……」
 途方に暮れかけた瞬間、視界の端に小柄な人影が映った。今まさに、廊下を曲がろうとしていた人影。そうだ、あいつでも良かった。彼女も、神子や青娥と同じ仙人じゃないか。
「おい、布都!」
「んあー?」
 慌てて追いかけて呼びかけると、布都はなんとも気の抜けた声で返事をした。
「どーしたー?」
「いや、そりゃこっちの台詞だが」
 あまりの野暮ったさに、用件も忘れてすぐに顔色を見る。以前にも見たことのある顔色。土気色だった。
死体あがりの尸解仙らしい、と軽口のひとつでも言いたいところだが、さすがに異常な事態だった。こんなもの、仙人には似合わない顔色だ。目の下の隈も、いつか見たとき以上に黒々と浮かんでいる。健康で規則正しい生活は、不老不死を目指す仙人の基本中の基本だろうに。
「ひょっとして、また寝てないのか、お前」
「んん、まあ、それなりになー」
 意味が分からん。まったく要領を得ないので、有無を言わせず近くに寄り、ぺちぺちと軽く頬を叩いてやる。すると、布都はようやく目が覚めたようで、急にやかましく騒ぎ出した。
「おわっ、なにをするか屠自古」
「なにって、目を覚まさせてやったんだろ」
 別に寝とらん、と布都は腕組みをして開き直ってみせた。いや、寝てないのがこの場合は問題なのだと思うが。
「そもそもなんなのだ、おまえは」
 心の中でツッコミを入れる屠自古を他所に、布都のぎゃあぎゃあとした言葉は続く。
「我のことをいきなり呼び止めて、なにか用向きがあったのではないのか」
「おまえが異様な状態だったから、話が反れたんだよ……」
 まったく。こいつは本当に自分の状況がよく分かっていないらしい。意識も朦朧として徘徊するなんて、まるでゾンビじゃないか。
「おまえ本当になんか変だぞ。なにがあったんだよ?」
「――――ただ、寝苦しかっただけだ」
 僅かに言い淀んだ後、布都はぽつりと呟いた。前に似たような状態を見かけたときも、そんなことを言っていた気がする。
「寝苦しいって、ここには季節感もなにもあったものじゃないだろう」
 しかし布都は、ちがうのだ、と首を振ってみせる。
「――――鳥が」
 そして、うわ言のように続けた言葉は。
「鳥が、毎晩、うるさくてのう……」
「なんだって?」
 この仙界に生き物はいない。生命の気配はない。そこに鳥などというものがいるとすれば、青娥の持ち込んだあの個体以外に考えられない。思わぬところで繋がった。
「おまえその鳥、どこで見たんだ?」
「――――っ」
 こちらの問いに、布都が息を呑んだ。なにか、まずいことを言ってしまった、というような顔をしている。そして彼女は、苦し紛れにこう呟いた。
「も、もうおらん」
「あん? どういうこと?」
 いないのは、青娥の部屋を見れば一目瞭然だ。そもそも、布都は毎晩と言ったが、あの鳥がいつからいなくなっていたのかは謎だった。青娥はなにも言わなかったし。
「……逃がしたのだ。外へ」
 こちらの問いに、布都は一呼吸を置いてから答えた。
「実は、世話に飽いた青娥殿から戯れにといただいたのだが、我にはどうも、なにかの世話というのがしっくり来なくてのう。ここには仲間もおらぬし、置いておいても辛かろうと、いっそ幻想郷へ放してやったのだ」
 すらすらと淀みなく。それはどこか、芝居じみた態度だった。まるで、誰かに問われたときには、こう答えようとあらかじめ用意していたかのように。
「そう、だったのか」
 いつの間に、だとか。なんで青娥は布都に、だとか。色々と考えることはあった。しかしそれ以上に、布都の態度に不審なものを感じた。明らかに、なにかを隠している。
 そこを問い詰めようと、口を開きかけたそのときだ。
「屠自古ちゃん」
 ごりり、と音を立てて開いた壁の穴から、突然、青娥が顔を覗かせた。思わず、「うわっ」と声を漏らしてそちらを向く。
「なんだよおまえ、いきなりそんなところから」
「ほほほ。壁から出るのなんて、もう定番みたいなものじゃありませんか」
 そんなことより、と青娥は笑みを浮かべる。
「鳥の世話は、しなくても良くなりました。ね?」
「――――ああ、そういうことだ」
 青娥に水を向けられた布都は、妙に強張った顔でそう頷くと、そのまま挨拶もせずにさっさと立ち去ってしまった。引き止める間もなかった。
 こうなっては仕方がない。わざとらしく割り込んできた青娥に食ってかかる。
「おい青娥、どういうことだよ」
「どういうこと、と申されましてもねえ」
 にやにやと笑みを浮かべながら、青娥は穴の淵に頬杖をついている。
「私が拾ってきた鳥を、私がどのように扱おうと自由ではありませんか。屠自古だって別に、あの鳥の世話がしたかったわけではないのでしょう?」
「そりゃそうだが」
 どうにも釈然としない。だからって、どうして布都なんだ。青娥のことだ。飽きたら、芳香の餌にでもしそうなのに。
「ちょっと屠自古。なにか今、すごく失礼なことを考えていたわね?」
「いいや、きのせいだろ」
 失礼しちゃうわ、と可愛い子ぶってみせる青娥だった。しかし、それも束の間。
「そんなもったいないこと、するわけないじゃないの」
 次の瞬間に青娥が浮かべた笑みは、背筋が凍るほどに邪悪で酷薄なものだった。
「どういう、意味だ」
「さてさて、たまにはご自分で考えてみなさいな」
 青娥はそう言うと、話は終わりだとばかりに身体を起こした。そのまま背を向けたところを見るに、これだけ思わせぶりなことを言っておいて、本当に答えは言わず去るつもりらしい。
「おまえなあ!」
 抗議の声を他所に、足元に落ちていた壁の一部が、手品のように持ち上がって元の場所へと戻っていく。これではすぐに追いかけることもできない。容赦なく会話を終わらせる汚い手だった。
 そうして、壁の穴へと持ち上がった欠片がはまりこむ寸前。
「こうすることが、ずっと、物部様のお望みだったのかもしれませんよ?」
 心の底から愉しげな青娥の声が、耳に届いた気がした。

     ※

 なんとか逃げ切ったな、と。自室の前まで来て一息を吐く。
 青娥が壁から現れたとき、まさしく救いの神だ、とガラにもなく思ってしまった。がさつなようで妙に鋭いところもある屠自古のことだ。あのまま詮索されていたら、ひょっとしたらバレていたかもしれない。
 この、秘密の逢瀬が。
 呼吸を落ち着けてから、自室の扉を開く。その先に広がっているのは、昼間でもなお薄ぼんやりとした空間だ。この部屋の窓はいつも塞いである。幻想郷で目覚めてからずっと――――いや目覚める前から、日光はどうも肌に合わなかった。
 代わりに灯りとなるのは、いくつか立ててある燭台だった。手をかざしてやると、掌中に生まれた火種から炎が燃え移り、部屋の中を照らし出した。
 そして、ゆらゆらと揺れる光に映し出されたものは、ひとつの鳥籠だった。それも空っぽではない、中に一羽の鳥を囲んだままの鳥籠だ。
 鳥の目がこちらを向く。その目の中では、ゆらゆらと灯りが揺らめいている。
 炎が。
 燃え盛る炎が、瞳の中に映り込んでいる。ああ、いつかのように。
 鳥籠の隙間から、指を入れた。ぬるりと白い指先が伸びて、鳥の眼前に差し出される。
「――――」
 鳥は狂ったようにその指を突つき始めた。小さく痩せ細った身体で、何かを訴えかけるように、しかし決して媚びる様子はなく、一心不乱に指先を突つき続ける。
 その様の、なんと哀れなことか。
「ふふふ、あの頃を思い出しますな」
 思わず笑みがこぼれる。今では、立場がまるっきり逆になってしまった。あの頃の自分はもういない。一度死んで生まれ変わり、今ではこうしてあなたを見下ろしている。
 燃え盛る炎は、もうあなたのものじゃない。この炎は自分が生み出したものだ。神の血はとうに絶えた。古の血は滅却され、新たなる身体を得て蘇った。
 あとは、あのときに果たせなかった、最後の望みを果たすだけだ。
 想像するだけで、くつくつと暗い笑みが漏れる。全身が歓喜で痺れる。幾度となく続いた行為では、一度たりとも味わうことのできなかった快楽が、今はこの指先から甘く甘く広がっていくかのようだ。
 そうとも。
 あなたが苦しんで苦しんで、いつか死を望んだとき。あの頃の自分と同じように、衰弱ではなく、解放による救いを求めたとき。
 燃え盛る異教の神々の前で、今度こそ、その首を手ずから撥ねてみせましょう。
「ねえ、守屋お兄様?」
 それまではしばし、このまま。一四〇〇年ぶりの兄妹の逢瀬を、楽しみ続けましょう。
 この、鳥籠の中で。

     ※

 妖怪「寺つつき」
 物部守屋が変じた、啄木鳥のような鳥の妖怪。聖徳太子の建立した四天王寺や法隆寺に現れ、嘴で突つき破壊しようとしたとされる。
復活して間もない頃のイメージで。
布都ちゃんはおにいさまにひどいことされててほしい。

http://twitter.com/sakakiyukino
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コメント



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1.100i0-0i削除
面白かったです。寺つつきっていうものを初めて知りました。ちゃんとウィキペディアにも載ってる妖怪なんですね。

2.100名前が無い程度の能力削除
いい話でした(満面の笑み)
3.100サク_ウマ削除
面白かったです
4.80奇声を発する程度の能力削除
楽しめました
5.100名前が無い程度の能力削除
寺つつき初めて知りました
お兄様に酷いことされてた布都ちゃん、よい…
11.100名前が無い程度の能力削除
暗いところをぐっと掘り下げてきてとても良かったです