Coolier - 新生・東方創想話

貧乏神から見た天人とスキマ妖怪の関係性

2018/05/25 00:04:28
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 夏に入り始めた暖かな時期の幻想郷。
 この時期になって、人里である店がちょっとしたブームになっていた。
 それは外界から流れ着いたどこかの店のメニュー表を参考にしたというカフェテリア。
 カフェテリアと名乗っているものの、実際には食べ物に関してかなり注力しており、プリンやアイスやケーキなど様々な種類のデザートが提供され、食いでのある商品が幻想郷中から注目を集めている。
 そして今日もそんな噂に引かれてやってきた二人が、昼下がりの人里を歩いていた。

「さぁて、今日は人里で最近噂のカフェテリアに行ってみるとしよう。天人として下々の生活を知るのも大切なことだしね。紫苑も好きなのを頼むと良い」
「わぁ、流石です天人様! ありがとうございます。私にも奢っていただけるなんて懐の深い」
「ふふん、そうだろうそうだろう」

 片方は天人である比那名居天子、裸足でふよふよと宙に浮かびながら進むもう一人は貧乏神の依神紫苑だ。
 前を歩く天子は相変わらず紫苑をはべらせて、自慢げに胸を張っている。
 完全憑依異変からこっち、すぐに褒め称えてくれる紫苑を相手に天子の鼻は天に届かんばかりだ。
 しかしそういう気分は、いつも長続きせず。

「おっ」
「あっ」

 目的のカフェの店先にて、偶然そこに来ていた紫と鉢合わせることとなった。
 驚いて短い声を上げる天子と紫を見て、紫苑はまたかと内心げんなりする。
 目を丸くした敵同士の二人は、第一声の後にすぐ目尻を鋭く尖らせて牽制モードに入り、威圧的な声を上げながら顔を近づけ合った。

「あぁーん?」
「何かしらその目は」
「天人様ー、紫に会うなりガン付けに行くの止めましょうよぉ」

 流れるような動作で喧嘩しそうになる二人を、咄嗟に紫苑がなだめる。
 紫苑に引っ張られて引き離された天子は、眼光を強めながら紫に向かって吠え立てた。

「何であんたがここにいんのよ!?」
「私がどこにいようが勝手でしょう。今日は人里で噂の店を管理者として精査しにきただけよ」
「ウソつけ食べたいだけでしょ!」

 そういう天子も人のことを言えないのだがお構いなしだ。
 睨み合った二人は、やがて「フン!」と鼻息荒く店に向くと、早足で並んで入店した。慌てて紫苑もふよふよ浮かびながら後を追う。
 扉に備え付けのベルを鳴らしながら店に入ると、お昼のピークを過ぎても繁盛しているようで、入り口からは空席が見えないくらいに沢山の客でガヤガヤと賑わっていた。

「ちょっと、一緒に入ってこないでちょうだい」
「あんたが帰りなさいよ」
「冗談」
「いらっしゃいませー、三名様ですか?」

 憎まれ口が飛び交う一行に気付き、エプロンドレスのウェイトレスが近づいて営業スマイルを浮かべてきた。
 憎い相手がしゃしゃり出る前に、紫が率先して手を上げて店員に話しかける。

「一名と二名です、私が先ですよ」
「あっ、ズルい! 私が先よ!」
「年上は敬えって言われたこと無いのこのちんちくりん」
「いつもババアって呼んだら怒るくせに、調子いい時だけ年上ヅラして~!」
「え、えーとぉ……」

 店に入ってくるなり喧嘩しだす二人を見て、店員は困惑して立ち尽くしてしまった。
 仕方なく二人の代わりに紫苑が前に出て話を改める。

「席空いてますか?」
「その、只今混雑しておりまして、ボックス席で三名ならすぐにご案内できるのですが」
「ですって天人様」
「……」
「……」

 数分後、テーブル席に着く紫と天子と紫苑の姿があった。

「それではご注文がお決まりになりましたら、手元のベルでお呼びください~」

 お冷を並べて決まり文句を終えた店員が、店の奥へと戻っていく。
 澄まし顔で見えない壁を作る紫と、その向かいで腕を組んで口をひん曲げる天子、敵意が漏れ出す天子の隣にいる紫苑は、肩身が狭そうな顔をして水をちびちび口に含んだ。

(何だかんだ言って、天人様と紫ってこういう時は一緒になるのよね……)

 割とこういうことはよくある。出かけた先でばったり会った天子と紫は、あれこれ言い合いしながらも一歩も引かず、結果的に一通り時間を共にする。
 どうして約束したわけでないのに、毎回のように自然と出会うのか、そのことについて紫苑はやはり自分のせいだろうなと考えていた。
 貧乏神の性質、周囲の者を不幸にする力。天子が行く先々で紫と出会うのも、嫌いな相手と出会うという不幸が起きているためだろう。

(ごめんなさいね天人様、いつも私のせいで……)

 密かに落ち込む紫苑の前で、天子が口を開いた。

「しょうがないから、今日だけは相席を許してやるわ」
「それはこっちの台詞、即スキマ送りにされないだけありがたく思いなさい」

 飛び出してきたのはお決まりのジャブだ。
 お互いに牽制しながら、主導権を取ろうと睨み合っている。

「もっとも、隙を見せたら遊んでしまいたくなるけれど。スキマから湖にでも叩き込むのもいいかしらね」
「ははは、やってみなさいよ、それより早くその首たたっ斬ってやるわ」
「天人様、それに紫も店の中でくらい落ち着いてください」

 いつまで経っても喧嘩を止めない二人に、いい加減そばで見ていた紫苑が割って入った。
 不幸の負い目もあるし、別にこの天人様と紫が普通に喧嘩する分には構わないのだが、食事の場でまで騒ぐとなれば見逃せない。

「食べれるって、それだけで幸せなことなんですよ? もし喧嘩で食べ物を粗末に扱うようなことがあれば、例え天人様であっても……」

 青黒い不気味なオーラを出し始め、髪の毛を揺らめかせる紫苑を見て、紫も天子もぎょっとして軽くおののいた。
 強張った顔をした二人は紫苑から視線を外し、チラリと目配せし合って頷く。

「わ、わかってるとも。口に入れるものには敬意は払うわ」
「心配せずとも食べ物に罪はありませんから」
「そうですか、なら良かったです」

 貧乏神が本気を出したりでもしたら、この二人としても流石にちょっとしんどい。
 素直に応じる紫と天子を見て、紫苑も不吉なオーラを止めていつもの無気力スタイルに戻った。
 気を取り直した天子がメニューを手に取り、テーブルの上に広げる。
 外界を参考にしただけあって、主要な商品は写真付きで紹介されており、これから食事を楽しもうとする者の目を引いた。

「さて、何にしようかしら。私はコーヒーとー、いちごサンデーとー、ケーキとー」
「相変わらずよく食べる子だこと」
「年寄りのあんたと違って、たくさん食べても胃もたれしたりしないのよ」
「後先考えず食い意地張ってるだけでしょう、夕食だってあるのに。私はロールケーキとカフェラテで決まってるから」
「へいへい、紫苑はどうする?」
「あ、あわわ……明るい色の食べ物がいっぱい……これこの世の食べ物なの……? 聖人みたいな妄想力高い人が描いた架空の異形だったりしない……?」
「まずそこからか……」

 どうやら今までの人生観を揺るがすような代物だったらしく、紫苑は震える指でメニューの写真を指している。
 見かねた紫が向かい側からフォローした。

「この店は河童に発注してメニューをコピーしてますから、写真のままのが出てきますよ」
「す、すごいわ……この世界にこんな食べ物があるなんて……」
「そうそう、私も地上に来た時は驚いたもん……い、いや、天界の食事だって大したもんだけどね」
「意地っ張り」
「うっさいバカ」

 紫が白い目で放った言葉に天子が言い返すが、幸いにも紫苑は余裕がなく聞き逃してくれていた。
 やがて紫苑は震える手で、恐る恐るメニューを指差す。

「えーとその……じゃあこれ……」

 すぐに天子と紫がメニューを覗き込む。
 青白い指の先に載っていたのは簡素なパンケーキだ、お好みでシロップを掛けて食べるもので、食べ物の品では一番安い。
 これが本心でこれを食べたいと思っての選択ならそれもいいだろうが、これは流石に裏側にある遠慮が透けて見える。
 天子は眉をひそめると、紫苑に向き直って口を開いた。

「紫苑、言っただろう好きなものを頼めと。善意を押し付けるつもりはないけど、そうやって遠慮されるのは好かないよ」

 天子は尊大だが、一方で自分に従うものには好意的だ。無為な不安や怯えで自分を押し殺すようなことを見逃さない。
 しかし贅沢を知らない紫苑は、未知の領域に怯えて涙目で首を横に振った。

「うぅ、でもこんな豪華そうなもの頼んだらバチが当たりそうです……」
「それを言うならお前こそが立派な神様だろう、それに紫苑に手を出すようなやつがいれば私が容赦しないよ。恐れなんて忘れて、自分に素直になって欲しいものを言え」

 天子に諭され、今一度紫苑がメニューに向き合う。
 今まで食べたことがない品々に戸惑い、細かい息で朦朧としながら視線だけが紙面を這い回る。
 どれがいいか、どれにしたいか、どれを選ばなければならないのか、迷いに迷った挙げ句、がむしゃらに言葉を紡ぐ。

「じゃ……じゃあ……じゃあ……あぁぁぁぁ、ダメですどれも食べたくて選べませんー! いっぱい食べたいですぅー!!」
「そうかそうか、それが本心のようだね」

 貧乏神の望みを天子は否定することも、笑うこともしなかった。ただ紫苑の心を聞けて満足そうに頷く。
 その様子を、紫は何も言わず眺めている。

「よし、そういうことなら私が決めてやろう、飲み物は自分で選べ」
「店員呼ぶわね」

 紫がテーブルの呼び鈴に手を伸ばし、磨かれたベルの上部にある出っ張りを指で押した。
 甲高い鈴の音が一行のテーブルから店内に響き、すぐに店員が奥からやってきて、伝票とペンを構えた。

「ご注文はお決まりですか?」
「アイスカフェラテを一つ」
「えっと……この紅茶、ダージリン? で」
「アイスコーヒーに、メニューに乗ってるデザートを全部一品ずつ!」
「えぇぇぇ!?」

 天子のオーダーに、横で聞いていた紫苑は悲鳴を上げて飛び出さんばかりに眼を丸くした。
 向かいで見ていた紫は、苦い笑いを浮かべながら穏やかに鼻で息をつく。注文を聞いた店員は、紫苑ほどではないものの驚いてペンを取りこぼしそうになった。

「お、お客様、全部ですか!?」
「その通りだ、あぁでも同じ種類のがたくさんあっても飽きるな。サンデーはいちご味だけ、アイスはバニラで……」
「あの、裏メニューは……」
「あぁ、そんなのものあるのか、それも持ってきて」
「あ、あわわわわわ」

 これぐらいなんでもないように天子はオーダーを言い上げていき、店員が伝票に書き込む。
 紫苑が泡を食っている前で注文は完了してしまい、慌てた店員が厨房に駆け込んでから天子を問い質した。

「て、天人様全部って……!?」
「どれも食べたいんだろう? それなら全部食べてしまえばいいのよ。三人もいるんだし、分け合えばこれくらい食べ切れるとも」
「三人か、ちゃっかり私を混ぜてるのね」
「地上のやつが私に従うのは当然でしょ」
「いつも喧嘩売ってくるくせによく言うわ」

 無茶苦茶な天子に紫は呆れた様子だ。
 しかしそんな紫の態度に、紫苑が尋ねた。

「でも、紫はロールケーキ食べるって言ってたのに、飲み物しか頼まなかったわよね……?」
「……そこのふざけた天人の考えることくらいわかりますから」

 どうやら途中からこうなるとわかっていたらしい。
 仲が悪いはずの紫が天子の行動を予想していたことに、紫苑は感心して「ほえー……」と口を開きっぱなしにしていた。

「ふんふん、私の意を察するとは、あんたも私の偉大さがわかってきたようじゃない」
「単細胞なおつむだと言ってるのよ」
「素直じゃないわねぇ」
「どっちが」

 かくいう二人の空気はいつもどおりであったが、しばらくして店員がお盆の上に大量の品物を載せてやってきた。

「おまたせしましたー、お飲み物と、デザートの一部になります。残りは完成次第お持ち致します」

 重たいお盆をテーブルに置き、飲み物とデザートを手際よく並べていくのを、三人は期待した視線で眺めていた。
 並べられたアイス、ショートケーキにロールケーキ、モンブランにプリンにシュークリーム。大量のお菓子を前にして、紫苑は目を輝かせて両手を組んで口元で握りしめた。

「わぁー、こ、こんなに色がいっぱいのテーブル初めて……!!」
「それじゃあ各自好きなのを食べるということで、いただきます」
「いただきます」
「い、いただきますっ!!」

 一番にフォークを掴んだのはやはり天子だ、ロールケーキを四分の一ほど切り取って、ふわふわのスポンジとクリームを口に運ぶ。
 紫も同様にロールケーキを口にした。

「んん!? これが地上のお菓子ね! 甘くてふわふわで、すっご……美味しいわ!」
「うん、これは中々ね」

 舌鼓を打つ二人を前にして、紫苑も迷いながらもフォークを手にし、後に続いた。
 遠慮がちにロールケーキを小さく切り取り、フォークの上に乗せると、震わせながら口元に持っていく。
 天子と紫が見守る前で、紫苑は意を決して口に含み、伝わってきた甘さにキラキラの目を丸くした。

「お、おいひぃ~!? 舌が、舌が溶けちゃいそうですぅ……!」
「ぼやっとしてる暇はないぞ、早く食べないと次から次にやってくるからな」
「は、はひぃ!」

 一度味を知れば、紫苑も止まらなくなった。
 天子以上にがっついて、次々デザートを口に入れれば、噛み締めた美味しさに幸せそうに頬を蕩けさせる。
 それを紫は焦らず優雅に味わいながら眺めていたが、ふと思うことあって呟く。

「何だかあれね、紫苑を見ているとハムスターでも飼ってるみたいに思えてくるわね」
「ほぇ?」
「うんうん、わかる。ほっぺた膨らませてさぁ」

 口の周りをクリームで白くした紫苑が呆ける隣で、天子が同意して腕を組んで頷く。

「あんたも紫苑の良さがわかってきたじゃない、ついでに教えてあげると、食べさせてあげるともっと良いわよ」
「はぁ? 流石に彼女も子供じゃないんだし……」
「いいからいいから、やってみなさいよ」

 紫はあまりこういうことに慣れていないのか少し迷った様子だったが、子供っぽく笑う天子の視線に背中を押されて、まだ使ってないスプーンを手に取るとアイスをすくい取った。

「えぇと……それじゃあ紫苑、お口を開けてくれますか? あーん」
「あー……んむっ」

 紫苑はよく天子相手にやっているのか、特に戸惑うことなく口を開いてアイスに食いつく。
 食器越しに伝わってくる柔らかな感触に、紫が首元に汗を垂らしながらスプーンを引き抜くと、紫苑はもぐもぐと口を動かして与えられた甘味を堪能する。

「美味しいぃー! 素敵な食べ物をありがとう!」
「くぅっ! ま、眩しい!?」

 紫苑から返されたあまりに輝かしい満面の笑みに、紫は思わず目元を袖で覆って目をそらした。
 いつもの無気力そうな紫苑からは考えられないような笑顔に、紫は衝撃を受けて握りしめた手をテーブルに置いてうなだれる。

「何この女神……!?」
「どうよこの幸せオーラ、他に真似できない貧乏神ならではの最高の癒やしパワーよ」
「ふ、普通にしてるだけですよぉ」
「も、もういっかい……」

 恥ずかしがる紫苑に紫が再びアイスを差し出すと、紫苑はすぐに口を開いてくれた。
 口からスプーンを引き抜くと、お菓子を食べて笑顔を光らせる紫苑に、思わず紫は胸を打たれて餌付け行為を繰り返す。

「おいひー!!」
「あぁ……なんでしょう、この胸が温まる感じ……最近橙を可愛がろうとしてもうざがって逃げてっちゃうのよね。やだわ、ハマっちゃいそう」
「年寄りの哀愁が染みてるわね……」

 紫苑の意外な一面に、紫は頬を紅潮させて悦に浸っていた。
 そんな紫を若干哀れんだ天子は、自分もショートケーキを切り取ると紫苑に差し出す。

「ほら紫苑、こっちも美味しいぞ、たんと食え」
「んぐ、ありふぁとう天人しゃま~」

 尊大な態度ながらも柔らかく微笑む天子に、紫苑は感謝の気持ちで笑い返す。
 微笑ましい場面を前にして、紫は口元を緩ませた。

「……この天人に付いていくと聞いた時は驚きましたが、案外上手くやれてるようですね」
「ふぇ?」

 唐突に唱えられた言葉に、紫苑が紫へと振り向き、口の中のものをよく噛んで飲み込むと言葉を返した。

「天人様、とやかく言われることも多いですけど、優しくていい人ですよ」
「そうですか……」
「ははは、あんたも私の下僕にしてやってもいいのよ。そしたら紫苑の妹分ね」
「馬鹿言ってないで食べなさい、まだまだ来るんだから」

 天子に口を挟まれるなり、すぐに紫は眉を寄せ、腹いせにケーキを自分の口に放り込む。

「あなたはそういうことばっかり言ってるから、友達増えないのよ」
「別にいいし、っていうかあんたこそ友達少ないでしょ絶対」
「あなたよりは多いわよ」
「何をー」
「どっちもどっちじゃないかなぁ……」

 口喧嘩する隣で紫苑が、聞かれないよう小さくぼやいた。
 食事は進み、追加で完成したデザートも届けられ、よりテーブルが賑やかに彩られる。
 器に盛り付けられたいちごサンデーを頬張りご満悦の天子に、紫から話しかけられた。

「そっちのサンデーどうだったかしら?」
「美味しいわよ、いちごの甘酸っぱさがよく出てて。カフェラテどんな感じ?」
「甘いけどいい感じに苦味が強いわね。デザートと併せてもどっちも楽しめてるわ」

 言葉をかわす二人を、紫苑が興味深そうに眺めている。

(天人様と紫、仲悪いけど話す時は割と普通に話すのよね)

 こうしてる分には普通に仲良しに見える。こんな風に会話できるならもっと仲良くすればいいのにと紫苑が思ってると、天子が紫のカフェラテを指さした。

「へぇー、飲んでみてもいい? 私のコーヒーあげるからさ」
「……嫌よ、飲み物で」
「あっ、間接キス恥ずかしがってるなー? これだけフォーク突っつき合わせてるんだから気にしなくていいのに」
「うるさいわよ、あなたみたいなお子ちゃまほど他人との境界が薄くはないの」

 紫はそう言うとサンデーにフォークを突っ込み、いちごを先に突き刺すとあっという間に口に入れてしまった。

「あー、イチゴ!」
「早いもの勝ちよ」

 紫苑としても紫に対していいイメージはないのだが、こういう雰囲気はそんなに悪くないなと感じる。
 二人が醸し出す、仲が良いのか悪いのかわからない空気の隣で、紫苑は静かに食べていると、紫が話しかけてきた。

「紫苑は紅茶なのですね」
「あー……あんまりコーヒーは飲み慣れてなくて、真っ黒で変な感じ」

 食べ物に貴賎なしと考える紫苑だが、それでも未知のものに対しては気後れする。それに天子も頷いた。

「気持ちはわかるな、私も地上に来て初めて飲んだ時は驚いた。だが慣れると案外癖になるものだ。試しに私のを飲んでみてもいいわ」
「えっ」

 天子がすんなりと自分が使ったストローを差し出すのを見て、紫がすっとんきょな声を上げる。

「じゃあありがたく」
「えっ、えっ」

 そしてそれを紫苑が咥える。
 いとも容易く行われる少女たちの間接キスに、紫は一人困惑していた。

「ニッガーイ!」
「ブラックだからな、と言ってもそこらの草よりかはマシだと思うが……まぁ紫苑にはちょっと早かったかしらね」
「最近の女の子って進んでるのね……」
「あんたが恥ずかしがりすぎなんだっつーの」

 顔を背ける紫に呆れる天子だったが、すぐにこれをチャンスと見て口端を釣り上げた。

「なあ紫苑、紫のカフェラテならまだ甘くて飲みやすいと思うぞ、頼むと良い」
「ちょっ、私は飲ませないわよ!」
「いーじゃない、そんな恥ずかしがらずにさぁ」

 恥ずかしがる紫に、天子はニヤニヤと意地汚い笑みを浮かべてくる。
 断固拒否しようとする紫だが、紫苑が両手を組んで上目遣いですがりついてきた。

「お願いします、私にお恵みください……」
「うっ……」

 キラキラとした少女の視線に、賢者がたじろぐ。

「生まれて初めてのカフェラテを飲んでみたいんです!」
「うぅぅっ……!」

 必死の懇願に、紫は小さく悲鳴をあげると、項垂れてカフェラテのグラスを押して、紫苑へと差し出した。

「……す、好きなだけお飲みなさい」
「やったぁ! ありがとうございます!」
「よっし、流石ね紫苑! 泣き落としが上手い!」
「黙らないとその口縫い合わすわよ」

 天子を睨む紫だが、こうなっては仕方ないとため息を吐いて気を取り直す。
 紫苑はカフェラテを手に取ると、ストローから吸って、程よい甘味と苦味に驚いて顔を明るくした。

「ふわぁぁ……確かに、天人様の言う通りこっちは甘くてそれに、こう……甘いだけじゃなくてなんというか……」
「まろやか?」
「そうです! まろやかで、とにかく飲みやすいです」

 慣れない言葉に詰まった紫苑だが、天子に助け舟を出してもらい騒ぎ立つ。

「はぁ~、甘いお菓子に甘い飲み物、こんなの幸せすぎて感動で涙が……あっ、紫には代わりに私のお茶を」
「いいですよ、新しく注文しますから。そのカフェラテもそのままどうぞ」
「逃げたなむっつり妖怪」
「謂れのない風評は止めて頂戴、女の子なら当然の慎みです」

 妖怪の賢者と恐れられる紫も、こうなっては紫苑の目に普通の少女と変わりなく映る。

「異変の時は嫌なヤツだって思ったけど、紫って意外と優しいのねぇ~」
「それはどうも」

 紫は受け取っているのかいないのか、そっけない返事をしてきて、紫苑は少しつまらなく感じる。
 だがその時、天子が隣から紫苑に語りかけてきた。

「今回のことだけじゃなく、気が向けば感謝の一つでもしてやればいい。過程に紆余曲折があれど、こいつは最後には、私達のような嫌われ者を受け入れたのだからね」

 紫は目を丸くし、思わず息を止めていた。
 紫苑も驚いて天子を見やると、かの天人は臆することなく堂々と胸を張っていた。

「天人様、それって紫を褒めてる?」
「べっつにぃー? 客観的な意見を言ったまでで、私自身はこいつのことなんて眼中ないしぃー」
「……あっそう、別に期待してないからどうでもいいわよ」

 二人はすぐに普段どおりに戻ったが、一瞬だけ垣間見えた信頼感に、紫苑は食べるのも忘れてしばし呆然としていた。
 天子が言っていることは紫苑にも少なからず共感できたが、今の言葉はより深いところから発せられたもののような気がする。
 そこに天子と紫の複雑な関係性を見て、紫苑が話しかけた。

「……ところで、紫に聞いてみたいことがあったんだけど」
「おや、何ですか?」
「完全憑依異変の後始末の時、夢の天人様のことを私達に教えなかったよね。どうしてだったの?」
「んぐ。紫苑が言ってた夢の人格というやつか」

 天子も一時フォークを置く。
 完全憑依異変の折り、夢の世界に存在する無意識下の夢の人格が現実に現れることがあった。
 異変の元凶である紫苑は妹と共にそれらを力づくで回収していったのだが、最後にいた夢の天子だけは紫から教えられなかったのだ。
 結果的にその夢の天子も紫苑たちの手で回収されたが、紫が秘密にした理由が何なのか、紫苑にはずっと気になっていたのだ。

 紫が夢の天子を把握していなかったというのは考えにくい、夢の天子は天界にいたが隠れるような真似はせず堂々と暴れていた。そのことを紫苑たちに伝えたのは夢人格の仙人だったが、仙人が気付くなら紫とて気付くだろう。
 天界はおろか世界そのものを滅ぼそうとしていた夢の天子を放置するわけにもいかなかったはず。いずれ倒さねばならぬ敵に、どうして紫は紫苑たちをぶつけなかったのか。

「どうせこいつのことだから、ろくでもない理由だろうよ」
「うるさいわよ、あなたは少し出ていってなさい」

 紫はいつの間にか持っていた閉じた扇子を振ると、天子の座っている場所の境界を弄った。

「ひゃあ!?」

 空間にスキマが開き、天子がその中に飲み込まれ一瞬で消え失せる。

「て、天人様!?」
「ちょっとスキマで天界に戻してやっただけです。たまには帰省するのもいいでしょう」

 天子を追い出した紫は、椅子に深く腰を下ろしてテーブルに頬杖をつく。
 一転して胡乱げな空気を醸し出してきた紫に、紫苑はたじろいだ。

「さて、どうして天子のことを教えなかったという話ですね」
「う、うん」
「率直に言えば、あなた方では手に負えないと考えていたからです」

 紫は淡々と口を開く。

「地の神の権能と人の想いを力として御する、彼女の実力は天上に於いても抜きん出ている、あなたと妹さんでは返り討ちに合うか、最悪亡き者になってしまう可能性もあった。それだけのことです」
「それだけ……?」

 紫が言っていることに間違いはないと紫苑は思う、本気を出した紫苑が不幸をばらまくことでなんとか抑え込んだが、夢の天子の相手はかなり危うかったし、もしかしたら殺されていたかもしれない。
 だが、それは理由に足らないとも感じた。

「でもね、夢の仙人が言ってたのよ。紫は私達に後始末をさせながら、共倒れになってくれればいいって考えてるって。もしそうなら、私達が天人様に倒されれば万々歳じゃなかったの?」
「……そうですね、それは確かにその通りかも知れません」

 紫は非道な印象を否定はしなかった、どこまで本気かはわからないが実際にそう考えていたのかもしれない。
 しかし紫は、いつになく神妙に言葉を紡ぎ、ゆっくりと語った。

「でも、天子は見ての通りのおてんばで、自分から人に恨まれるようなことばかりしてる。本当は貧乏神を気遣えるような優しさも持っているのに、みんなからは嫌われてばかり」

 いつも威張ってふんぞり返っていた天子を紫苑は思い出す、確かにアレでは他人から好かれないだろう。
 だが紫の言う通り、天子は不幸をばらまく貧乏神をも拒絶せず、快く迎えてくれた。
 その優しさを、紫は最初から知っていたのだ。

「そんな彼女に、これ以上業を背負って欲しくなかったのかもね」

 紫が自分の気持ちに戸惑うかのように、控えめに苦笑して言葉を締めくくるのを、紫苑は心を澄まして聞いていた。
 天子という存在を通すことで、今初めて、紫の心に触れられた気がする。

「なんてね、冗談ですよ。イヤですわ、天子のこととなると、思ってもないこと言ってしまいますね。それにこれでは、予想が外れた私が間抜けじゃないですか。あなた方が天子と戦いに行った時はヒヤッとしましたが、結局はそれですべてが上手く行った」
「……禍福は糾える縄の如し、って天人様が言ってたわ」
「えぇ、よく勉強してしていますね、感服しますよ」
「天人様、難しい言葉いっぱい知ってるから」
「……彼女から得られるものは、きっと多いでしょう」

 紫苑が覚えたばかりの言葉を唱えると、紫はよく褒めてくれた。
 単純な知識を褒めたのでなく、心の姿勢を読み取って認めてくれたように感じれる。

「私はあなたを信用していなかったけれど、実際には私の予想の遥か上を行き、天子とこんなにも交友を深めた、大したものです。私こそ無礼を謝らなければならないですね」
「……カフェラテもらったから、これで」
「まあ、お優しいですね」

 ころころ笑う紫だが、紫苑は優しいのはあなたのほうだと思った。
 天子がさっき、紫にも感謝してやれと言った意味がわかった。

 紫は柔らかく笑うと再び扇子を振るい、紫苑の隣にスキマを開いた。
 消えた時と同じように、虚空からいきなり現れた天子がドスンと席にお尻を打ち付ける。

「わぷっ!?」
「どうだったかしら、久しぶりの天界は」
「相変わらずつまんなさそうなところで嫌になっちゃうところだったわ。ぶっ壊そうかと思ってたところ」
「怖いわね、不埒なこと考えないで食べなさい、私のお腹はそろそろ限界だから」
「ったく、人のこと追い出しといて虫がいい」

 憎まれ口を叩き合いながら、何事もなかったかのように食事に戻る。
 他にない二人の関係を目の当たりにして、紫苑は少し胸が温まる気持ちだった。

「ふふふ」
「何だ紫苑、いきなり笑って」
「いえ、仲いいなって思って」
「うぇ!?」

 紫苑が感想を漏らすと、天子が驚いてまくし立てた。

「仲が良いなんて堪ったもんじゃないわ、こいつは私の敵よ!」
「えぇそうですとも、あなたが何かしでかしたなら、私は天敵として立ちふさがりましょうとも」
「なぁーにが天敵よ、あんたなんてザコ敵で十分ですー」
「弱い犬ほどよく吠えるわね、ついでに首輪でも付けようかしら? それとも頭に輪っか?」
「……ふふ」

 二人のことをよく知ってから見てみれば、この口喧嘩も耳に心地よい。

「紫、さっきはカフェラテとか、色々ありがとう。甘いの好きなの?」
「まぁ、そうですね。何かと甘いほうが好きです」
「へぇー、結構かわいいのね」
「うわ、お子ちゃまだー」
「うるさい、背伸びしてるお子様が」
「背伸びなんてしてないしー、ブラックおいしー」
「そんなに苦いのを美味しそうに、天人様すごいです!」
「そこらの草をごちそうと言える、あなたの方がよっぽどすごいと思いますが……」

 天子が紫とよく出会うのは自分の能力のせいかと考えていたけれど、実は違うのかも。
 紫苑がそう思っていると、突如テーブルの横に巨大な影がぬらりと現れた。

「おまたせしましたー、こちら裏メニューのデラックスミラクルジャンボウルトラパフェオーバードライブファンタズムになりますー!」

 店員の快活な声とともに、テーブルの上に、直径30cmはありそうな巨大な器が、ドンと音を立てて置かれた。

「ごゆっくりどうぞー!」

 足早に去っていく店員に、いきなりで何も言えなかった。
 目を丸くして唖然とする三人が上を見上げると、明かりに照らされて威容を誇る、天上へと伸びたのお菓子の化物。
 10人前くらいありそうなエクストラボスを前にして、一同は口を開きっぱなしで固まった。

「……これ、全部食べるの?」



 ◇ ◆ ◇



 どっぷり日が暮れた頃、ようやくカフェテリアの怪物パフェから開放された天子と紫苑は、二人で人里の外を歩いていた。
 月に照らされ、森の囁きを聞きながら、天子が食べすぎで膨れたお腹をぽんと叩いた。

「あー、食べた食べた! お腹いっぱいではちきれそう!!」
「私も……もう今晩は夕食抜きで大丈夫そう……うぷ」

 同じく腹が膨れた紫苑が、ゲップのついでに胃の奥から何か込み上げてきて、思わず口を手で押さえる。

「おっと、大丈夫か紫苑。お前もだいぶ頑張ったからね」
「はぁはぁ……大丈夫です、吐き戻すなんて勿体無い」

 天子が背中をさすって来るのを断って、紫苑が苦い表情を月明かりの下に浮かべた。

「アレ、絶対私のせいですよね……私がいなかったら、多分店員も事前に確認取ってました」
「かもな。だがまぁ食べ切れたから良いさ」

 本当のところ、普通のメニューを食べきった時点で三人共お腹一杯だったが、急遽紫が呼んだ式神二匹の救援のお陰でなんとか食べきった。
 本当は亡霊も呼ぼうとしたのだが「さっきそれ食べたばっかりで流石に無理~」と断られたらしい。

「色々あったが美味しかったなー、紫苑もそう思うだろう?」
「はい、それはもちろんですけど」
「また連れてってあげるわ、次は気に入ったやつをゆっくり楽しもう」
「……ありがとうございます」

 決して責めたりしない天子に、紫苑も徐々に明るさを取り戻し始めた。

「……私、次はコーヒー飲んでみたいです」
「一応カフェテリアなんだし、飲み物だけ注文するのもいいかもな。私はいつか万全の状態で化物パフェに挑んでやる」
「今日は戦争みたいでしたね」
「そうそう、ラストのパフェ食べる時の紫の顔見たか? 式神に叱られながら鬼の形相でかっこんでさー」
「天人様もすごい顔してましたよ」
「えー、ウソー」

 月夜を散歩し、お腹のものを消化しながら、二人はおどけた笑った。
 今日はもうこのまま別れてもいいかもと紫苑は思ったが、その前に天子にも聞きたいことがあった。

「……天人様、楽しそうでしたけど、紫のことは嫌じゃなかったんですか?」

 これもまた前から気になっていた疑問だった。
 天子は紫と会うとすぐ喧嘩するが、その後はいつも楽しそうに笑っていて不機嫌なことはあまりない。
 さっき紫から聞いたことと併せて、紫苑はこの疑問にも答えが欲しいと思ったのだ。

「あー、それは……」

 天子は一度返答に迷うと、しきりに首を横に振ってあたりを見渡した。

「どうしましたか?」
「スキマがないか確かめてる、あいつどこで聞いてるかわからないからな」

 念入りに確かめた天子は、盗み聞きされていないことを確認すると、咳払いして語り始めた。

「まあ、そうね。最初に合った時は『うげ!』ってなったけど、そこまで嫌じゃなかったよ」
「そうなんですか?」
「っていうか私は、実際そんなに紫のことをキライじゃないのよ」

 ぽつりぽつりと、天子が本心を吐露し始める。

「あいつはまあ、私の邪魔してくるし、小言がうるさいしで結構ムカつくけど、けど話が合わないわけじゃない。喧嘩するのも、ちょっと楽しいんだ。アレで私には面倒がりながらもぶつかって来てくれる、そういうやつは少ない」

 それは紫苑にもわかった。夢の天子に対して慎重に行動しようとしていたのも、天子のことをよく考えていたからだ。

「あいつと一緒にいると、いくらでも文句をぶつけてきて、上手くいかなくなる。それが楽しいんだ、競い甲斐があって、私も思いっきり遊べて。だから……あいつのことは、ほんのちょっとだけ、好きなんだよ」

 天子は伸ばした両手の指を合わせて、恥ずかしそうに口元を隠しながら、ずっと打ち明けなかった紫への気持ちを表した。
 紫苑は天子から聞けた言葉に、友達ながら嬉しいと感じた。

「あいつは私のこと嫌いだろうけどな、まあいいさ、そういうのは慣れてる、私はどうもみんなから好かれないタイプらしい。紫苑や衣玖や、萃香なんかも仲良くしてくれるから、私はそれで満足さ」

 だからこそ、その続きには微妙な顔になってしまったが。
 最悪と言うほど悪い勘違いではないが、お互いに思い違いしていることを知り、紫苑は困ったように眉を寄せた。
 これでは紫が寂しくないだろうか。

「まあ、あいつが素直にならない限り、こっちから絶対に下手に出てはやらないがな!」
「でも、天人様、言いたいことはないんですか?」
「ぐっ……何よ、けっこう突っ込んでくるわね」

 紫苑はつい二人の関係が気になって聞いてしまったが、珍しく天子が苦い表情で睨みつけてきて、思い上がったことをしてしまったと後ずさった。

「ご、ごめんなさい」
「いや、謝ることはない、私が不甲斐ないからね……あいつに言いたいことも、ないことはないんだ」

 天子としては、紫とのことをとやかく言われるのは耳が痛いが、そばにいる紫苑から苦言を呈されるのも仕方がないと理解していた。

「本当は、ちょっとくらいあいつの大切なものを傷つけたことを、謝ってやろうと考えたことはある。けどもう遅いだろう、あいつは私のことを許さないだろうさ」
「そんなことないと思いますよ」

 紫の気持ちを少しだけ知った紫苑は、天子の言葉を否定した。
 いつになく意志を持ちしっかり背筋を伸ばす紫苑を、天子が不思議そうに見つめる。

「ちょっとだけ、喧嘩せずに歩み寄ってみても良いと思います」
「そうか……そう言ってくれるか……」

 何故紫苑がそこまで言うのか天子にはわからなかったが、こうやって気持ちを後押ししてくれる仲間がいるのはありがたいと思った。
 これまでほとんどの道程をただ一人で決断して歩き続けてきた天子にとって、支えられる経験は初めてのようにも思う。

「ありがとう紫苑、あんたといるとホッとするわ」

 天子はそう言い、柔らかい表情で笑った。



 ◇ ◆ ◇



 一方、八雲家では。

「で、紫様、釈明は?」
「いや、その…………」

 仁王立ちして金毛の尻尾を揺らめかせる九尾の前で、畳の上に正座した紫が申し訳なさそうに肩を狭めていた。

「まったく、夕食の準備をしているところにいきなり呼び出して、食べきれないから手伝ってくれとか。今日は橙だって一緒に料理を作ろうとしてくれてたんですよ」
「でも橙は喜んでて……」
「そういう問題じゃありません! こんなことされて、橙の生活に変な癖がついたらどうするんですか!」
「も、申し訳ございません……」

 平謝りするしかない紫に、藍もため息を吐きながらそれ以上は責めなかった。
 あの天人とつるむと、この主人は普段のペースが崩れがちだ。

「何故わざわざ嫌いな相手とつるむのか、理解に苦しみます」
「そう言われても、私が出かけた先で彼女とはよく会うのよ」
「偶然?」
「偶然という名の必然ね。彼女は貪欲にこの幻想郷を楽しもうとしている、風の気持ちいい丘、夕日の綺麗な一本杉、月明かりの美しい花畑。私が一番良いと思う場所を、彼女は嗅ぎ付けてくる」

 そこまで言って、紫は「ふふ」と小さく笑った。

「ちょっとだけ嬉しいわ。色んなものを楽しめる天子が、私の好きな場所を認めてくれているというのは。誇らしいと言ってもいい」

 いきなりのろけになって、藍はもう一度ため息をついた。何でそれを天子に言ってやれないのか。

「嫌いじゃないなら、喧嘩しなければよろしいのに」
「う、うるさいわよ。こっちだって意地があるの」
「はいはい、何にせよペナルティは受けてもらいます、一週間晩飯抜きです」
「うっ!? き、きつくない……?」
「食べたいなら一人で食べてください、自分で用意くらい出来るでしょう」
「仲間外れは寂しいわ……」

 別に紫なら夕食を自分で確保するくらいできるが、家族と一緒に食べれないというのはけっこうダメージが大きい。

「でも、もしあの天人を連れてきたのなら、私から夕食の席をご用意しますよ。客人をもてなさないのも失礼ですから」
「無理難題を言うわね」
「そうですか? 案外やれると思いますけどね」

 藍が何気なく言った言葉に、紫が首を振る。

「私は彼女と喧嘩するのも楽しいけど、彼女はきっと私を嫌ってるでしょうから」



 ◇ ◆ ◇



「おっ」
「あっ」

 ある日の夜、一人で出歩いていた天子はまたまた紫と出くわした。
 今日は満月だから、月明かりが映える場所に行ってみようと、月光の反射する小川に来てみたのだが、先に来ていた紫が酒瓶を左隣に置きながら岩に腰を下ろして、右手に持った盃から酒を飲んでいた。

「何でまたあんたがここにいるのよ」
「月見酒よ、満月の夜はここが良いのよ」
「……まあ、また会う気はしてたけどね」

 いい加減、予想が付いていた天子は深くは追及せず、肩から提げていた鞄を手の平で軽く叩いた。

「隣、座るわよ」
「ご勝手に」

 川砂利の上に鞄が置かれ、天子が紫の右隣に腰を下ろす。
 同じ岩の上に座り、月夜に煌めく小川と満月を眺め、しばらくお互いに何も言わずボーッとしていたが、紫が酒を飲みながら横目で天子の方を見てみると、天の少女は眉を寄せて何やら考え込んでいた。

「どうしたの、難しい顔して」
「あー、いやー……その、なによ……」

 紫に言葉で突っつかれ、天子がしどろもどろに口ごもる。
 この娘がハッキリしないのは珍しいなと紫が思っていると、唐突に天子が持ってきた鞄に手を突っ込み、そこから一つの桃を取り出して紫へと突き出した。
 思いがけない品に、紫が目を丸くする。

「なにこれ」
「やるわ、受け取りなさいよ」

 紫はそう言われて反射的に左手で取ったが、これの意図するところは何なのかと思案する。
 いや、天子から桃をもらう理由には、覚えがあるがまさか。

「これって……」
「い、言っとくけど、余ってただけだからね!? ホントよ!!」

 天子が叫びながら耳まで真っ赤にするのを見て、紫は自分の想像が間違いでないと理解した口を開けてポカンとしていたが、やがて我に返ると笑声が口をついて出る。

「ぷっ……あははは」
「何よ」
「いえ、あなたってこんなに可愛げがあったのね」

 紫は笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭い、手に持った桃を月明かりに掲げて眺める。
 細かな毛の生えた桃は、青白い光を受けて淡く夜に輝き、張りのある果実は芳醇さを湛えているのがよくわかった。

「桃か……そう言えば、そんなことも言ったかしら」
「もしかして忘れてたわけ?」
「まさか」

 天子が不満げに言うのを否定し、紫は胸元に桃を引き寄せる。
 漂ってくるほのかな甘い香りに、かつて天子へ自分が語った言葉を思い出した。

「覚えてたわ……ずっとね」

 それを聞き、天子は不意を突かれたような顔をして、すぐに嬉しそうに口元で笑った。

「何のことかわからないけど、あげただけだから」
「えぇ、そうでしょうとも。私は酒の肴を貰っただけ。言葉をくれないのにそれ以上を貰ってたまるものですか」
「ぐっ……」

 とは言え、素直でないのは確かなので紫の言葉が耳に刺さる。
 バツが悪そうに顔を背ける天子に、紫は微笑を零した。

「でも、桃の分くらいは返さないとね」

 紫はそう言い、右手に持っていた盃を天子へと差し出した。

「飲む? 狂おしいほど柔らかい、満月の味よ」

 たゆたう酒に、月が浮かんで漂っている。
 水面の月を見つめながら、天子が紫の様子をうかがった。

「……間接キスだけどいいの?」
「……そういうこと言うならあげない」

 わずかに頬を紅潮させた紫が盃を引っ込める。
 天子が慌てて手を伸ばすも遅かった、紫は天子の反対側に盃を逃がした。

「あー、ケチー!」
「うるさい、相変わらず一言も二言も多い……」

 怒る天子の前に、突然スキマが開いて、天子の膝に新たな盃が落ちてきた。

「あっ……」
「こっち使いなさい」
「……へへ」

 天子が盃を手に取ると、紫が桃を膝に置いて、空いた左手に酒瓶を持って酒を注ぐ。
 お互いの盃に生命の雫が満たされると、天子から盃が差し出された。

「それじゃ……」
「……ん」

 短い言葉で、お互いの盃が合わさりカンと小さな音を立てた。
 並んだ二人は自分の口元に盃を持ち、水面の月を眺めながら酒を煽り、ゆっくりと飲み干す。
 いい酒だ。この夜に相応しい芳醇な味わいに酔いしれた。

「……美味しいわね」
「……そうね……桃、剥くわ」

 紫が岩の上に盃を置き、代わりにスキマから取り出したナイフを持ち、膝に置いていた桃を左手で持ち上げた。
 切れ味の良いナイフの刃は桃の表皮に音もなくすんなりと入り込み、なめらかな動作で桃の皮が剥かれていく。
 静かに川の流れる音が聞こえる、胸の淀みを洗い流されるようだ。

「……けっこう上手じゃない、そういうの式神にやらせてばっかりかと思ったのに」
「女の仕事は一通りこなせますとも、あなたと違って……いや、一言余計だったわね」

 紫のわずかばかりの失言に、天子が対抗心を燃やして口を尖らせた。

「私だって桃くらい剥けるわよ」
「じゃあ料理は?」
「ぐっ……」
「……まあ、あなたなら練習すれば上手くなるわ」

 悔しがる天子に、紫が言葉をかける。

「何だって楽しめるように努力する、それがあなたの良いところだから」

 そう言った紫は、彼女こそが楽しそうに笑っていた。
 紫はよく己の感情を煙に巻きながら胡散臭く笑うものだが、ここまで感情を露わにした笑顔は珍しく、天子はすぐ近くからまじまじと見つめる。
 そしてぼんやりと呟いた。

「さっきから思ってたけど、あんた笑ったほうが可愛いわね」
「えっ!?」

 動揺した紫の手が滑る。皮を切り離したナイフの刃が、紫の左手親指に刺さった。

「いたっ……!」
「あちゃー、何やってるのよ」
「あなたが変なこと言うからじゃない!」

 空の盃に一旦桃を置き、紫が血の垂れる親指を口に咥えた。その間も一筋の血が垂れていて、手首から伝って彼女の袖に鮮やかな染みを作る。
 天子はポケットから桃色のハンカチを取り出した。

「手貸して、手当てしなくちゃ」
「あなたが?」
「いいから。消毒は……お酒使えばいいわね」

 このぐらいはすぐに治るのに、そう言葉に出せずぼんやりと指を差し出す紫の前で、天子はハンカチをちぎって手頃なサイズにすると、手際よく手当てを始めた。
 布地の大きい方のハンカチに酒を浸して傷口の周りを拭い、ちぎった布で傷口を縛る。

「ほっそい手……よくこんな身体で私に挑んできたわね」
「余計なお世話よ、あなたに心配される謂れはないわ」
「はいはい、あんたの強さは私がよくわかってますよ」

 細くて、白くて、しなやかな手だ。紫苑よりはまだ肉付きが良いが、それでもこんな手の持ち主が何かのために戦うなど信じられない。
 荒事よりかは、ずっと包丁を握ってるほうが似合いそうだ。

「でもこの手で、あんたは幻想郷を守ってるのよね」

 天子から唱えられた言葉に、紫は驚いて黙り込んだ。
 自分の日々の努力を認めてもらえたかのような嬉しさと、幾ばくかの不安。

「私の時も……」

 天子の起こした異変の最後に、立ちふさがったのが紫自身に違いないのだから。

「……恨んでる?」
「そりゃ少しは。計画は失敗で面目丸つぶれよ」

 天子は素直に口を開いた。当たり前のように恨み節を語る。

「でも、あそこで止めてくれて面白くなったから、それで良かったかなって思ってる」

 だが、決してわだかまりのある声色ではなかった。
 親指の傷口にハンカチが縛られ、爪の裏に結び目が作られる。
 桃色で彩られた親指を、紫は胸元で右手に軽く握りしめた。

「……ありがと」
「どういたしまして」

 軽く礼を言えば、天子がそれに応える。手の平に包まれた結び目が柔らかい。

「意外と優しいのね」
「意外とは余計よ」
「ふふふ、ごめんなさい。でも私、とても嬉しいのよ?」

 天子からこんな施しを受け取れるなんて、思っても見なかった。
 紫は歓びを抱きしめ、自分の表情にじんわりと笑みが浮かんでくるのを感じながら、天子の顔を見つめた。

「……美しいわ」

 その言葉に天子が不思議そうに首を掲げる。

「地面を見てちゃ、月は見れないわよ」
「うぅん、ここからはよく見える」

 そう言って紫は右手を天子の頬に添わせ、自分へと真っ直ぐ向けさせようとした。
 天子も軽く驚いたが、振り払ったりせず身を任せる。正面からお互いに目を合わせ、紫の瞳に輝きが宿っているのに気付いた。
 お互いの眼に映る、満月の輝き。
 夜の冷たい空気ににじむ優しい光を、相手を通して感じ取る。
 天子がこういう見方もあるんだと驚いていると、紫がまた口元を緩ませた。

「あなたとこういうのも、案外悪くないかもね」

 月に照らされたその表情に、天子はしばし見惚れ、美しい光景に心をたゆませ笑い返した。

「……やっぱり、笑ったほうが可愛いわよ、紫」















「おっ」
「あっ」

 紫苑を連れておでん屋台に訪れた天子だったが、またまた憎きスキマ妖怪と鉢合わせた。

「あぁーん?」
「何かしらその目は」
「天人様ぁー」

 流れる動作でにらみ合い、貧乏神が止めに入る恒例行事。
 しかし今日はお互いに一度距離を取ると、紫から静かに話しかけた。

「……一緒に飲む?」
「……まぁ、それもいいかな」

 その日は大きな騒ぎが起こることはなく、三人はそれなりに仲良く酒を飲んだとさ。

「紫苑~、辛子とってー」
「はーい、天人様」
「ちょっと天子、あまり紫苑をこき使わないでね」
「ぶー、うっさいですー、お母さん気取りー」
「あっ、紫がお母さんっぽいのはわかるわ」
「いやそんなんじゃ……あぁほら、紫苑、口元が汚れてますよ」
「ぬぐ、ありがと~」
「ほら、お母さんだー」
「もう、そんな歳じゃありません」
「なに言ってんのよババアの癖に……あじゃじゃじゃじゃじゃ!!! 大根押し付けんなぁー!!」
 辛子と天子って似てない? どうも電動ドリルです。お読みいただきありがとうございます。
 ツイッターでフォロワーさんが「ゆかてんしおんの可能性」と呟いており「おっしゃ、オラちょっとやってみっか!」となり試しに書いてみました。ちょうどサラッとした作品書きたい頃でしたしね。

 三人の口調は。

 天子→紫   タメ口
 天子→紫苑 尊大語
 紫苑→天子 尊敬語
 紫苑→紫   タメ口
 紫→天子   タメ
 紫→紫苑   丁寧語

 こんな感じです。
 てんしおんの関係性はすでに原作周りで示された通りですが、ゆかしおんの関係性についてはちょっと悩むところ、今回はこんな感じになりました。

 そして今日は緋想天10周年ですってよ奥さん! 10年越しの桃ですよ!!
 まあ自分の作品じゃいっつも桃渡してるんですけどね!! 喧嘩がゆかてんの華なら、桃を渡すのはゆかてんの裏テーマみたいなものですね。
 緋想天から10年、これからもゆかてんをよろしくね! ホントのホントによろしくね!! イラスト描いてもいいのよ! 他の作家もゆかてんSS書いてもいいんですよー!!!!!!

>コメント11さん、15さん
 誤字など修正しました、いつもありがとうございます。
電動ドリル
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コメント



0.400簡易評価
2.80奇声を発する程度の能力削除
良かったです
4.100名前が無い程度の能力削除
ゆかてんが2本も投稿されてると思ったら10周年だったんですね。おめでとうございます。
今回もゆかりんが奥手かつ純情かつ家庭内ヒエラルキーがいまひとつで非常に可愛いかったと思います。
そこから最後に月下で圧倒的美人力を見せつけていく構成はお見事でした。鈴奈庵ゆかりんの波動を感じる…
6.100優樹削除
ゆかてんしおんも良いですね!
喧嘩しながら相互理解をふかめるゆかてんと、それを見守る紫苑の組み合わせ、これから関係がどんどん発展していくんだろうなあと思うとクルものがありますね。
紫が夢の天子のことを伝えなかった理由を考えると、やっぱり姉妹の安全を考えて……となりますよね。何だかんだ優しいゆかりん、良いですよね。
9.100佐久フカ削除
投稿お疲れ様でした!今回も素晴らしい作品でした。前半の紫と天子の掛け合いの中にうまく紫苑が交ざることで、最高の雰囲気が醸成されていたと思います。なんやかんやで天子を始め、幻想郷にとって最良の選択をする紫はすごい。月見酒のシーンも情景描写と二人の台詞が相まって非常に美しく、感動しました!ゆかてんしおん、増えてほしい!
10.100名前が無い程度の能力削除
そうか、もう10年たったのか…
いつもゆかてんをありがとう!今回も面白かったです。
てんしおんもええぞ!ええぞ!
11.100名前が無い程度の能力削除
間接キスに戸惑う乙女ゆかりん可愛い…。
緋想天10周年だったのですね、緋想天対戦モード時の紫のセリフが懐かしく感じられました。
桃を渡す天子…受け取る紫…。月見酒シーンは最高のゆかてんでした。見つめ合う二人にたまらなくなります。

「開けてしてくれますか?」「眉を尖らせ」に違和感を感じました。一応報告です。
12.100名前が無い程度の能力削除
昼間の賑やかさになごんで、夜の空気感に見とれて……
今回も素敵なお話でした!
紫と天子の間に紫苑が入ったことがいいアクセントになって、また面白い関係が構築できてるように思います。
なるほど、これがゆかてんしおん!
14.無評価yuya削除
お互い相手について悩むところ。それがちょっと2人とも似ていて、「嗚呼〜〜〜!!!」と思わず悶えました。

桃を渡すシーン、まさに10周年にふさわしいですね。
尊大語で話す天子や、他人を庇護する天子、紫苑のお陰で天子の新たな一面が見られて嬉しく思います
10年の歳月で変わったこと、緋想天から変わらないこと、それぞれあって感慨深かったです。
15.100名前が無い程度の能力削除
天子が天人(尊大な振る舞い)してる……イイ……(ドーラ一家のルイ感)でもそれよりいいのが「こいつら会うたび口喧嘩に見せかけたのろけかましやがって」感ッ!結婚したんですよね?私のなかでは結婚してますけどねぇぇぇぇ?!
言葉を交わさずとも察してくる紫といいそんな紫の優しさを誰よりも実感している天子といい、ああもうゆかてんしやがって!ふたりのあいだに漂う空気がなぁー、甘味よりもあまいとわかるんだよなぁー!?糖度計かざしたろ!(=ゆかてん°)
>>「も、もういっかい……」あ、これガチャにはまる前兆や……あかん、あかん……
自分の性質で引き合わせちゃうと思ってた紫苑だけどこれ完全にキューピッドですよね、餌づけしたい可愛いさですよね、もうふたりの子供ってことでいいんじゃないですかね?桃を渡すのはプロポーズだもんねぇぇぇ!?ひゃあああああゆかてん結婚しろぉぉぉぉぉ!
とてもよい(結婚記念日)10周年でした、ありがとうございました
誤字脱字報告にて終わります↓

済まし顔で見えない壁を作る紫と、→澄まし
二人が醸し出す中が良いのか悪いのかわからない空気の隣で、→仲
彼女の実力は天上に置いても抜きん出ている、→於いて・おいて
「仲が良いなんて溜まったもんじゃないわ、こいつは私の敵よ!」→堪った・たまった
「そこらの草をごちそうと言える、あなたもほうがよっぽどすごいと思いますが……」→あなたのほうが
ゲップのついでに込み上げてきて思わず口を手で押さえる。→脱字?(違ったらごめんなさい汗)
こうやって気持ちを後押ししてくれる仲間がいつのはありがたいと思った。→仲間がいるのは
予想が付いていた天子は深くは追求せず、→追及
爪の裏に結び目が創られる。→作られ
18.100名前が無い程度の能力削除
ゆかてん素晴らしすぎる。
最高