Coolier - 新生・東方創想話

せいじゃ と ひる

2018/05/21 18:29:41
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正午。
上白沢慧音の切り盛りする寺子屋での色々な手伝いを更生の一環として課されていた鬼人正邪は、その手伝いを済ませ、里の離れにある自宅へと帰ろうと考えていた。
「いやぁ、子供の相手もすっかり板についてきたじゃないか」
「いえいえ……」と、正邪は曖昧に笑い、慧音の言葉を受け流していた。
正邪が自ら企てた計画を実行してから暫く経ち、ほとぼりも冷めて来た頃、正邪はすっかり幻想郷の生活に馴染んでいるのだった。
初めこそ、これでいいのか、といった様々な葛藤が正邪を苛んだが、今では正邪自身、大きな喜びも無ければ悲しみもない、緩やかな日常を享受しているようだった。
「初めこそ心配していたが、今ではすっかり頼らせて貰ってるよ。感謝してるぞ」
等々、慧音は正邪への感謝への言葉を連ねるが、一方の正邪は今日の夕飯のことなどを考えながら「はあ」「それはどうも」など、それらに類する言葉をあむあむと発するのみだった。
 慧音との別れ際の会話が済むと、正邪は帰路である人里をふらふらと歩いていた。
空には疎らに雲が浮かび、太陽は鈍く照っているが、暑くも無ければ寒くもない。どこか間の抜けた印象のする昼下がりだった。
 正邪がこのような平熱の日々を送るようになってから、下克上実行以前の正邪にあった覇気のようなものはどこかへ消え失せてしまい、それからの正邪の言動、行動、態度は、他者にどこか腑抜けた印象を与えていた。
しかし、特に誰もそれを気にするものはいなかったし、むしろそれを良しとしていた。
 正邪自身もそれをあまり気にはしていなかった。
 感慨など感じたことがありません。と、いった顔で、ぼーっと里を歩く正邪は、帰りしなに慧音から受け取った給与の使い途を思い浮かべていた。
どれ、針妙丸に土産でも買っていってやろうかな。うーん、しかし。
正邪の思考は纏まらず、あちらこちらに意識が泳いだ。
八百屋が珍しく魚を売っている。なんて魚だろう。おや、野菜も安いぞ。なんだ、向こうの方が騒がしい。ああ、人形劇をやっているのか。正邪はそれらを眺めながら、なんとはなしに給与の袋を開いた。すると、そこにはなんといつもの倍ほどの給与が入っているではないか。
いやあ、八百屋の魚といい、安い野菜といい、人形劇といい、何よりこの給与だ。慧音先生にありがとうなんて言われて、給与袋を手渡されてから、どうも珍しいことが起きる。 これは、この給与袋が物事の起こりを良くしてくれているに違いない。
 正邪はこれらの符号を吉兆と解し、針妙丸への土産のことなんて忘れて、或る場所へと向かうのだった。

「ぐあー。また負けたよー」
玄武の沢の河童達の寮、その一室では物好きな河童数名が集まり、不定期に賭場を開く。 正邪はそこで惨敗を喫していた。
「正邪はデカい手ばかり狙うからなあ。わかりやすいんだよ」
集まった河童の中でもリーダー格らしき黒髪の河童が、悪いね、といった調子で笑いながら話している。
正邪はその後も賭けに臨んだが、先程までの勝ちで調子付いた河童達を止めることはできず、そのままボロボロと転落していった。

正邪の給与袋が空になる頃、河童達はすっかり上機嫌になっていた。中でも黒髪の上機嫌振りは凄まじく、酒を飲まずとも酔どれの様相を呈していた。
「おうおう正邪、悪いねえ。今日も稼がせて貰っちゃってさあ。それにしても、お前は何をやっても分かりやすいなぁ。麻雀もトランプもオセロも将棋も、とても天邪鬼だとは思えないほどの弱さだ。手が素直すぎるんだよなあ。いやいやこう言っちゃあ失礼かな、私が強すぎるだけかもしらんからなあ」
黒髪河童の漫言放語に、正邪はそこまで腹を立てることはなかったが、ただなんとなく、言い返すのが自然な形だろうと考えた。
「うるさいな、わたしは金が嫌いなんだよ。ただ捨てるのも勿体無いから、毎月お前らに遣りにきてるんだろうが」
深く考えずに言い返した正邪だったが、それは半分本当だった。正邪は金というものがどうにも好きになれず、実入りがあってもすぐに手放すことがほとんどだった。
正邪の負け惜しみとも取れる発言に、さらに機嫌を良くした黒髪は「おい、アレをやろう」と、他の河童達に呼びかけた。他の河童達はそれを聞くと「そりゃあいい」といった調子でやいのやいのと騒ぎ始める。一人の河童が部屋のタンスを漁り、妙な黒い服を人数分取り出した。
この黒い服は「学生服」というものらしく、一人の河童が数着取り出すと、河童達は皆一様に学生服に着替え始めるのだった。
 きょとん、とした様子で河童達の着替えを眺める正邪に、黒髪が「なにしてる。お前も着替えるんだよ」と捲し立てた。
 正邪は言われるがまま着替え始めた。さんざ負けた後に服を脱ぐのがなんとなく嫌だった正邪は、身につけている服の上にそれを着ることにした。
 着替えている最中、釈然としない様子の正邪だったが、着替えが終わると或ることがわかった。
「おい、この服はみんな、男物なんじゃないか?だいぶ丈が長いように思えるんだが」
 黒髪がニヤニヤしながら答える。
「アレをするってときは、この服装でなきゃダメなんだよ。わかってないなぁ正邪は」
 正邪は何も分からなかったが、なんだか面白いことが始まりそうな予感に胸を躍らせていた。
「おい、肝心のアレはどうした」
 黒髪は先輩風を靡かせ「アレ」の所在を他の河童に尋ねた。その口調は、わざとらしいまでに“やから”の口調だった。
「アレなら、倉庫に閉まってありますぜ」
 靡く先輩風を気にもせず、むしろ後輩然として答える河童。むしろ“やから”然として。「倉庫か、面倒だな。おい正邪、お前倉庫の場所は分かるな」
 正邪は「アレ」を持ってくることを黒髪の河童に指示された。なんでも「アレ」とは銀色の一斗缶の中に入っているらしく、倉庫に行って山積みになっている一斗缶を一つ持って来いとのことだった。
 これはいよいよ面白いことが起こりそうだ
正邪はワクワクしながら倉庫に向かうべく外へ飛び出した。
 しかし、外は意外なほどに明るかった。空には依然、間の抜けた太陽が鎮座していた。
正邪はそんな陽光に、気分が萎えていくのを感じながら、倉庫に向かった。

 倉庫に着いた正邪は、山積みになっている一斗缶を見つけた。一斗缶にはラベルが貼ってあり、そこには大きく「トルエン」と表記されている。他に目ぼしい物は見当たらなかったので、河童達の言う「アレ」が指すのはこれで間違い無いだろう。
 しかし、倉庫に着くまでに高揚感を間抜けな陽光にすっかり削がれていた正邪は、これをこのまま河童達の元へ持ち帰る気が起こらなかった。
 正邪の頭には消えてしまった給与のことばかりが浮かんでいた。
 ああ、せっかくの給与を博打でスッたなんて知ったら、慧音先生は怒るだろうなあ。毎度のことながら、今回も内緒にしておこうと
 あぁ、しまった。そういえば家を出るとき針妙丸に土産を買ってくると言ってしまったんだった。どうしたもんかな。うーん。
 正邪は仕方ない、といった具合にトルエンの缶を担ぐと、河童達の元には戻らずに玄武の沢を去った。
 何に使うものかは知らないが、何か面白そうなものには間違いない。針妙丸への土産はこれで決まりだな。ははは。
 正邪は半ば無感情にそんなことを考えるながら、家路を急ぐのだった。
 しかし、帰りの道中、正邪は黒い髪の河童の話を思い返してハッとした。
 黒い髪の河童は、トルエンをやるときには学生服を着なくてはならない、と言っていた。家に帰ってトルエンをやるとしても、学生服がもう一着なくてはならない。それも小人用の物が。
 トルエンの用途も知らない正邪だったが、なんにせよ必要なものは揃えておこうという考えに至った。
 里で見た人形劇もとっくに終わっただろう。そう考え、正邪はアリスマーガトロイド宅へと向かうのだった。

 魔法の森の中、正邪は目的の家の前まで来ると、ちょうど同じタイミングで帰ってきたらしいアリスを見つけた。
 アリスは珍しい人物の来訪を不思議がっている様子だったが、正邪は挨拶を済ませ出し抜けに用件を述べた。
「あー、仕立てを頼みたいんです。この、黒い服なんですけどね。どうやら学生服というらしいんですが、わたしには丈が長すぎましてね。これの余った丈を少し切って、切ったもので小人用のものを一着誂えて欲しいのですが。出来そうですかね?」
 アリスは「ええ、いいわ」と快諾した。
 幻想郷には珍しい学生服を見て気持ちが高ぶったのか、むしろ「やらせてちょうだい」と言わんばかりの快諾具合だった。
 しかし、アリスは何か気になることがある様子で、正邪の手元を不思議そうに伺っている。トルエンが気になるのだろう。正邪はすぐにそれを察した。
「あぁ、これですか?これは河童から貰ってきたものなんですけど、どうにも、これをやるには学生服が必要らしくてですね。それで仕立てを頼んだんですよ」
 アリスは正邪がトルエンについての知識を十分に持ち合わせていないことを悟ったが、「飲んじゃダメよ」と、それ以上は何も言わなかった。
 学生服の仕立てはアリスの手腕により、正邪が想像していた何倍も早く終わり、ものの二○分ほどで完成した学生服が二着とも正邪に手渡される次第となった。
 帰り際、アリスに少量のトルエンを要求された正邪はそれを快諾した。すると、「お礼に」と、アリスは数匹のヒキガエルが入ったカゴを正邪に手渡すのだった。
 正邪が「これは」と尋ねると、アリスは「舐めるのよ」と、答えた。
正直アリスの言う意味のわからない正邪だったが、貰ったものを突っ返すのもなんだなと思い、渋々ヒキガエル入りのカゴを持ったままその場を離れるのだった。
 正邪は少し軽くなった一斗缶を脇に抱え、缶の蓋の上に学生服を大小合わせて二着被せ、片方の手にはヒキガエルが数匹入ったカゴを持ち、魔法の森を歩いていた。一斗缶からはトルエン特有の独特な匂いが放たれている。
 その匂いに引き付けられたのか、木陰から、正邪に一人の人間が近づいて、声をかけてきた。
「妙な匂いがすると思ったら、天邪鬼がいるぜ」
 声の主は霧雨魔理沙だった。彼女はこの辺りで魔法の実験に使う材料を集めいたらしく、手にはかごをぶら下げており、かごは奇妙な草やキノコで満たされていた。
 それを見て、どうということもなく正邪は言葉を返す。
「おお、魔理沙じゃないか。材料集めか、性が出るな」
 下剋上の直後は霧雨魔理沙を半ば敵視していた正邪だったが、時間の経過に伴い、正邪の霧雨魔理沙への評価は「話しやすいやつ」というものに推移した。
 正邪と魔理沙は、今ではすっかり、共に悪巧みをするほどの仲になっていた。
 ああ、そういえば、と、正邪は尋ねる。
「そうだ、お前。紅魔館から一辺に百冊の本を盗むってあれはどうなったんだよ」
 以前、二人で冗談を言い合っている最中に魔理沙の口から飛び出た無謀な計画について、正邪は冗談めかして尋ねたのだった。
「ああ、あれか。試してみたんだが駄目だったよ。あいつも相当警戒してるみたいでな」
「なんだ。そうだったのか、お前ならもしかすると本当にやれるんじゃないかと思っていたんだけどな」
 魔理沙は額に拳をあて、悩ましげに目を細めて言った。
「いやぁ、私も百冊ぐらい軽いもんだと思っていたが。あいつ、私が紅魔館に入るなり弾幕を放ってくるもんだから。手に入ったものと言えば、とっさに手にとった血糊のついたドレスぐらいなものだぜ」
 それはまた妙なものを、と正邪は疑問を呈した。魔理沙は「さぁ。ハロウィンかなにかで使うんじゃないか」と、曖昧に答えた。
 まず、ハロウィンとはなんぞや。正邪が尋ねたが、魔理沙も詳しいことは知らないらしく、二人の間には出鱈目な憶測が飛び交うのだった。
 ハロウィンに対しての互いの憶測が一通り出揃うと、魔理沙は思い出したように正邪の手荷物について尋ねた。
 正邪はその問いに対し「いやぁ、今日はどうも物をよく貰う日なんだ」と切り出し、トルエンと学生服は河童から貰い、ヒキガエルは人形遣いから貰った、と話した。
 魔理沙はその話をわざとらしくうんうんと頷きながら聞いていたが、聞き終わると、出し抜けに言った。
「そうか、お前は“ものもらい”の日なんだな。なら、私からはこれをやろう」
 そう言って、魔理沙は腕にぶら下げたかごから奇妙なきのこを数本取り出し、正邪に手渡した。
 この奇妙なきのこはどういうものか、正邪は尋ねた。“ものもらいの日”という魔理沙の言葉選びの奇妙さにも言及したかった正邪だが、それは我慢した。
「いや、私も詳しくは知らないんだ。元々はアリスに遣ろうと思って採ったものでな。それを遣るとアリスは機嫌が良くてな、礼までくれることもあるんだ。しかしまぁ、今日はお前にやるよ」
「それはどうも。ちなみに、あの人はこんな奇妙なきのこを何に使うんだ」
「うーむ。アリスは『味噌汁に入れるのよ』なんて言っていたかな。よく覚えていないが」
 それからとりとめのない話を二、三交わした後、二人は別れた。

 しばらくして、正邪は魔法の森のはずれにある道具屋、香霖堂に来ていた。
 正体不明の手荷物達の用途を店主に教えてもらうためだった。
 正邪は香霖堂の店主である森近霖之助がどうも苦手だった。以前霖之助は、正邪の下剋上が失敗に終わった後の逃亡生活の際に入手した道具を引き取りたいと正邪のもとに押しかけたことがある。尤も、本人は“押しかけた”なんて自覚はない。霖之助にしてみれば、ただ興味と欲求に突き動かされただけという、至極当たり前のことだった。
 その際、正邪はもちろん道具を手放す気は更々なかったが、霖之助のあまりの口数の多さに圧倒され、気付けば道具たちを手放していた。そういった経緯から、正邪は霖之助を「面倒なやつ」と認識していた。
 話すと長引くんだよな、こいつ。用途の“説明”が始まると殊に面倒だ。
 必要なことだけ聞いて、とっとと帰ってしまおう。正邪はそう思いつつ香霖堂の扉を開けた。
 扉を開けると、霖之助が妙な機械に耳を寄せているのが正邪の視界に映った。
 霖之助は正邪に気がついたようで、機械から耳を離し「いらっしゃい。珍しいじゃないか」と正邪に声をかけた。
 正邪は、どうも、と呟いてテーブル一枚を隔てて椅子に座っている霖之助に近づいた。
 その数歩の間、正邪はなんとはなしにその妙な機械に目をやっていた。
「ああ、これかい?」
 ああ、しまった。
 正邪は自分の軽率さを後悔したが、後悔先に立たず。霖之助の“説明”は既に始まろうとしていた。
「これはラジオといってね。ああ、名前くらいは君も聞いたことがあるかな。少し前に河城にとりが人里に売り出した機械さ。里では結構流行っているようだからね。そんなこの機械、ラジオの用途はずばり、外の世界の“ラジオ局”から発信される“番組”を聴ける、といものだ。番組では外の世界のいろいろな情報を発信してるんだ。外の世界の情報なんて聞いてなにが楽しいのかと思うだろう?僕も最初はそう思ったんだが、聞いてみると中々面白いんだ。中でも僕が気に入っているのは“交通情報”のコーナーかな。交通情報というのは“車”の道路の状況を伝えるものでね、“大和トンネル”は今日も混んでいるのか、なんて。聞いていると、僕自身も車の“ドライバー”になった気がしてね、中々楽しいんだよ。そうだ“天気予報”のコーナーもいいね。自分の知らない世界が晴れていたり、雨が降っていたり、なんだか不思議な気分になるだろう?そうそう、局によっては音楽を流すところもあってね、それが里で流行している大きな要因なんじゃないかな。あと、たまに入る“ノイズ”もいい。にとりはノイズが流れるのをどうにかしたがっていたが、僕はこのノイズがないとなんだか味気ない気がするんだよ。そうだ、実を言うと、このラジオの開発には僕も結構貢献しているんだよ。あれは去年の夏のことだったかな」……。……。
 延々と続く霖之助のラジオの“説明”の最中、正邪は自身の舌を噛み切ることについて考えていた。
「これで、ラジオのことはだいたいわかってもらえたかな?」
 正邪の舌に軽く血が滲んだ頃、霖之助の説明は終わった。舌に広がる血の味と痛みを恨めしく思いながら、正邪は皮肉交じりに言った。
「丁寧な説明をありがとう。ラジオのことはよくわかったよ」
 聞き慣れない単語と頻発する寄り道で、正直ラジオの概要を掴みきれていない正邪だったが、霖之助の説明を聞いていて一つだけ想像のつくことがあった。
 それは、霖之助が“車”の“ドライバー”だったら、間違いなく霖之助は渋滞の素となるだろうということだった。
 霖之助は正邪の発言に含まれる皮肉の意には全く気が付かない様子で返した。
「それはよかったよ。ああ、すまないね。香霖堂ではなく、僕個人になにか用事があるのだろう?一斗缶に、ヒキガエル。それにアオゾメヒカゲタケ。缶に被せてある黒い服はわからないが、缶の中身は、匂いからするとトルエンだろう。そんなものを売りに来るやつはいないからね。恐らく。それらの用途を知りたいんだろう?ずばり答えよう。服は当然着るものとして。トルエン、ヒキガエル、アオゾメヒカゲタケ。それらは全て“神に祈りを捧げる”為のものだよ。ヒキガエルの用途に関しては、僕の目には曖昧にしか映らないが、まあ、そのラインナップからして間違ったことは言っていない筈だよ」
 話は長いが、意外にも話しの早いやつで助かったな。正邪は不本意ながらも感心した。
「話が早くて助かるよ。用途はわかった。わかったといっても、神に祈りを捧げる為のもの、ねぇ。やっぱりよくわからないが、わたしはこれらの使い方が知りたいんだ」
 正邪が言うと、霖之助は嬉々として話し始めた。
「僕は物の名前と用途が分かるだけで、使い方まではわからない。と、普段なら言うところだが。まぁ、僕も中々永い間生きているものでね。そういったものは一通り経験してきてるんだ」
 霖之助の“長い”説明がまたしても始まりそうな感じのした正邪は、霖之助に釘を刺すように言った。
「使い方だけ教えてくれればいい。極力簡潔に頼むよ」
 正邪の言葉に、霖之助は「心得てるよ」と、説明を始めた。
「そうだな、まずトルエンだが。使い方としては、ビニール袋にトルエンを入れてそれを吸い込むんだ。当然、直に飲んではいけないよ。そんなことをしたら妖怪と言えども悪影響は免れないだろうからね。あくまで気化したものを吸引するんだ。トルエンについてはそんなところかな。ちなみに、外の世界ではこれを“アンパン”と呼ぶらしいね」
 悪影響が出るのか、なんだろう。そうか、トルエンとは、まぁ、酒のようなものなのだろうな。正邪は頭の中で情報を噛み砕いた。
「次に、ヒキガエルだが。まぁ、そうだな。舐めるのがいいんじゃないかな。妖怪の体なら多少の事は平気だろうしね。外の世界にはトード・リッキングという文化があるんだ。トードは蛙、リッキングは舐めるという意味だ。まぁ、ヒキガエルに関してはそれだけかな」
 やっぱり舐めるのか。嫌だな。まぁいい、ヒキガエルは針妙丸の寝床に放つ用に持ち帰ろう。正邪は家に帰るのが少し楽しみになってきた。
「次にアオゾメヒカゲタケ。これは、所謂マジックマッシュルームの一種だね。今まで説明した中では一番“神に祈りを捧げる”という用途がはっきりと僕の目に映っているよ。外の世界の“南米”の方では古くから、それらマジックマッシュルーム、別の呼び方をするとテオナナカトルだったかな。とにかく、それらを神聖なものとして扱っていたらしい。扱っていたと言っても、おおよそ経口摂取するだけなのだけれどね。まぁ、味噌汁の具にでもすると食べやすいんじゃないかな」
 やっぱり味噌汁の具にするのか。まぁ、きのこの味噌汁は好きだな。帰ったら針妙丸に作ってもらおうか。それにしても、これらは結局どういうものなのだろう。まぁ、いいか。正邪は一人で湧き上がる疑問に整理をつけ、確認も兼ねて霖之助に感謝を述べた。
「わかりやすい説明ありがとう。まぁ、トルエンもヒキガエルもきのこも、要するに酒みたいなものだよな」
 霖之助は「はっはっは」と笑って答えた。
「まぁ、妖怪にしてみればそんなようなところだろうね。まぁ、僕は半人半妖の身の上だから、やりすぎると割合すぐに“悪酔い”してしまうのだけど」
 そう言うと、霖之助はまた一つ「はっはっっは」と笑った。
 正邪の確認は、どうやら霖之助には少しずれた捉え方をされてしまったようだったが、正邪はそれを気にしなかった。念を入れて確認などすれば、また長い説明が始まってしまうのを恐れたのと、早く帰ってトルエンやそれらをやってみたいという気持ちになっていたのが理由である。
 逸る正邪の心とは裏腹に、霖之助がそのよく喋る口を開いた。
「それにしても、トルエンやらヒキガエルやらきのこやら、一体どこで手に入れたんだい?まさか、自分で全て集めたわけじゃないだろう。ああいや、少し気になって聞いただけで、他意はないよ」
 一から十までを説明するのを面倒に感じた正邪は、「全部貰い物だよ」と答えた。
「へぇ、奇特なやつもいるもんだなあ」
 「いるもんだよ」と答え、早々に香霖堂を去ろうとした正邪だったが、健闘むなしく、霖之助がそんな正邪を呼び止めた。
「ちょっと待ってくれ。僕からも一つプレゼントしよう。まぁ、プレゼントといえば聞こえは良いが、実際のところただの処分なので、気にせずに受け取ってくれると有り難いな。それじゃあものを取ってくるまで、少し待っててくれ」
 霖之助はそう言うと、店の奥に引っ込んでいき、少しすると戻ってきた。
 正邪は戻ってきた霖之助の手を一瞥し、言った。
「それは煙草か?煙草ならわたしも知ってるぞ。針妙丸にやめさせられたが」
 しまった。こいつに対して疑問符を使ってしまったぞ。正邪は自分の発言を後悔した。
「いや、これは件の“神に祈りを捧げる為のもの”その代表例だよ。ハシシといってね、元は麻を加工したものらしいが、僕が拾ったときにはこのように加工されて、紙に巻かれた状態だったものでね。詳しくはよく知らないが、用途は間違いなく“紙に祈りを捧げる”為のものだよ。僕の目にはどんなものより色濃くそう映っている。いやぁ、これが中々効くんだが、僕にはもう必要ないからね、貰ってほしいんだ」
 そういうことなら、と正邪はハシシを受け取った。
「これは、煙草と同じように火をつけて吸えばいいんだな」
 正邪は尋ねた。
「ああ、その通りだよ。いや、必要ないというのも、僕はこういった類の物をやると、生活がしばらくそれ一辺倒になってしまうんだ。しかし、最近の幻想郷は技術の発展も目覚ましいし、こればっかりってわけにもいかないからね。受け取ってくれてありがとう。正邪もあんまりのめり込んではいけないよ。それじゃあ」
 いやぁこちらこそ、それじゃあ。と返し、正邪は香霖堂を後にした。

 正邪は帰路である人里をふらふらと歩いていた。空はとっぷりと暮れ、夕日が煌々と照っている。
 トルエンの缶を脇に抱え、片方の手にはヒキガエルの入ったかごを下げ、きのこを入れた風呂敷代わりの学生服を首に巻きつけ、ハシシを口に咥えて歩く正邪の姿は、まさしく異様だった。里を歩く誰もが正邪を見つめた。
 正邪はハシシを咥えているが、火をつけて吸っているわけではない。本当はきのこと一緒に学生服へと包んでしまいたがったが、奇妙なきのことハシシを一緒にするのは少し危険な気がした正邪は、やむを得ずハシシを口に咥えることにしたのだった。火の付いていない煙草のような物を咥えるその姿は、その異様さに磨きをかけていた。おまけにトルエンの異臭付きである。今の正邪とすれ違って振り向かない人間は居ないだろう。
 無論、それは妖怪も然り。
 異臭を振りまき、異様な姿でふらふらと歩く正邪の姿を、上白沢慧音の瞳が捉えた。

 それからは大変だった。
 慧音は正邪の持ち物を、その場で全て没収した。その中には空になった給与袋も存在したが、慧音にとってそんな事は、こうなってしまってはもはや些細なことだった。
 慧音は正邪を問い質し、トルエン、ハシシ、それらの入手先、入手することになった経緯を全て聞き出すと、大慌てで博麗神社へと向かったのだった。
 河童たちは当面の間トルエンを使用する作業を禁じられた。もちろん、その後、作業をするにあたって監視のつく運びとなったのは言うまでもない。
 アリス・マーガトロイドは魔女であるという素性から、ヒキガエルやきのこの没収を逃れたが、博麗の巫女から大変なお咎めを受けた。もちろん、巫女はアリスが所持しているきのこの主な供給源が魔理沙であることも突き止めた。魔理沙もお咎めを受けたが、一度として摂取をしていないという魔理沙本人の頑なな主張が認められ、アリスの受けたそれよりは随分優しい措置で済んだようだ。
 香霖堂はというと、半年の営業停止を受けたが、客も来ない上に元々霖之助個人の収集癖が高じて成り立っている店なので、恐らく霖之助にしてみれば全く痛みのない措置だろう。
 肝心の鬼人正邪はというと、故意にそれらを集めていたわけではないことが各々の証言により判明したため、存外、厳重注意という形で事が済んだ。
 一方、少名針妙丸は菓子折りを持ち、方方に同居人の不祥事を謝りに回るのだった。

 騒動から三日が経ち、鬼人正邪は自宅の畳の上に仰向けに転がり、両掌を枕にして、膝を組み寝転がって窓から差し込む夕日を眺めていた。
 ふいに、玄関の扉ががちゃり、と音を立て開いた。
「ただいま、せーじゃ。なんだまだ寝てるのか」
 玄関の扉を開け、部屋に入ってきたのは正邪の同居人の、少名針妙丸だった。
 針妙丸は正邪の同居人と言うより、どちらかと言えば正邪のお目付け役の方が正しかった。
 正邪は針妙丸を気怠げに見やると、針妙丸の手に紙袋が下げてあることに気がついた。
「起きてるよ。それよりなんだ、買い物にでも行ってきたのか?紙袋なんか下げて」
 正邪の無神経な発言に、針妙丸は少し憤りを込めて返した。
「買い物なんかじゃないよ!こないだの件で謝りに行ってきたんだよ。博麗神社に!もう、緊張したんだから」
 へぇ、と正邪は窓の外を見やり、興味なさげに答えた。
「なんだよもー。本来はせーじゃがやるべきことなんだからな。それを肩代わりしてやってるんだから、少しぐらい感謝してくれてもいいんじゃないか」
 正邪は再度針妙丸の方を見やった。
 はて。買い物に行ったわけじゃないとすると、針妙丸の手に下げられた紙袋はなんだろう。
 紙袋の中身が気になり始めた正邪は、探るような気持ちで針妙丸に尋ねた。
「なぁ、じゃあその、巫女はどうだった?やっぱり、怒ってたか」
「なんだ急に。別に、怒ってはなかったよ。いや、私も恐れ多くてな、謝る順番を一番最後にしてしまったもんだからさ、それで何か言われるんじゃないかと思ってたけど、全然。気にしてないみたいだったなぁ。菓子折り持って謝りに行ったのに、菓子折りのお礼に、なんていって、こんなの貰ってきちゃったよ」
 そういって針妙丸は紙袋から一つ取り出し、包装紙を広げて正邪に見せた。それは、正邪の見慣れないものだった。
「えっと、それはなんだ。食べ物ってことはわかるが。まぁ、いいや。とりあえず一つ頂戴よ、たくさんありそうだし。腹が減ったよ」
「そりゃ、お腹も減るだろう。朝起こしても起きなければ、昼、出掛ける前に起こしても起きないんだから。昨日の夜から何も食べてなけりゃ、そりゃお腹も減るさ。はい」
 正邪は針妙丸から手渡された物を、畳の上に寝転んだまま頬張った。
「寝ながら物食べるなって、何回も言ってるじゃないか。全く、保護者みたいなこと何度も言わせないでくれよなー」
「お、甘い。美味しいなこれ、中にあんこが入ってる。あぁ、それにしても、保護者みたいなことを言いたくなければ、言わないように気をつけたらいいんじゃないか、針妙丸。わたしはそう思うけどなぁ」
 正邪の半ば暴力的な言い分に、針妙丸は一つため息を吐いた。
「そうだな。お前の言う通り、言わないように気をつけるとするよ」
「美味しいなこれ、私も貰いに行こうかな。なぁ、ところで、これはなんて食べ物なんだ」
「せーじゃ、お前、もう少し申し訳なさそうにできないもんかなぁ。あぁ、それはパンっていうらしいな。なんでも、紅魔館から大量に貰ったらしいんだけど、足が早いみたいで、一人では食べきれないと困ってたらしい。それでくれたんだよ」
「へぇ。それじゃ、もう一つ頂戴よ」
「それじゃって、脈絡のないやつだな。悪いけど同じものはないぞ。色んなのを一種類につき二つずつくれたんだ」
「パンにも色々種類があるのか。いや、待てよ。一種類二つずつ貰ったんなら、もう一つあるはずじゃないか」
「もう一つは私の分に決まってるだろ。それに、その種類は霊夢と話しながら食べてきちゃったし」
「えー、なんだよ。同じのが食べたいのに」
「我儘言うんじゃな……危ない危ない。また言ってしまうところだった。ほら、他のも美味しいから。はい」
「ありがとう。……うん。美味いな。でもこれはしょっぱいな。なんだっけこれ、そうだ。ベーコンだ。うーん、やっぱりわたしはさっきの甘いやつのほうが好きだな。なぁ、さっきパンの名前教えてくれよ。里で売ってたら買おうと思って」
「ああ、さっきのは“アンパン”って謂ったかな。確か」
「へぇ。アンパンか」

 後日、正邪は更生の一環である寺子屋の手伝いに赴いたが、騒動を知った児童にアンパンとはどんな味かと尋ねられ、それに対し正邪は甘くておいしかったと答えた。
 正邪は即日、慧音から謹慎処分を言い渡されたのだった。
三人称を初めて書きました。自分の頭の足りなさが嫌になりますわ!
正邪はやるきのない部活の後輩をイメージして書きました。
アリスは近所でたまに見かける何をしてるかわからない変な服を着てるお姉さんをイメージして書きました。
ちなみに、自分はくすりについてはよく知りませんが、男子学生がトルエンに狂ってるところを想像すると、有りもしない青春時代を思い出してノスタルジックな気分になります。
そのくらいです。コメントもらえると嬉しいです。
精進します。
https://www.pixiv.net/member.php?id=6282920
kodai
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