Coolier - 新生・東方創想話

嬢ちゃん

2018/04/26 20:25:51
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今までのあらすじ:天に浮かぶ逆さ城はあえなく潰えた。レジスタンスの頭目、打ち出の小槌を掲げた小人族、少名針妙丸は博麗の巫女に退治され、まだ博麗神社で暮らしている。もう春も来ようかという頃合いだ。体の大きさも戻ったことだし、そろそろ居候もやめて、独り立ちするべきかと考えている。鬼人正邪は変わらず行方不明だが、本格的にお尋ね者になったようだ。様々な妖怪と交戦したが、不思議な力を持った道具を使って逃げ延びたという。針妙丸は未だどう向き合えばよいか決めかねている。

春である。梅より桜の季節。それすらも過ぎ去ろうとしている。博麗神社の縁側が最も穏やかな季節だ。例年の花見を終えた後、霊夢は掃除をしたり妖精を追い払ったり魔理沙とつるんだりしている。妖精など幼子か猫のようなもので、自分より小さくて動く者とみればすぐ追いかけてくる。子猫みたように襟首を掴むのは止めて欲しい。服も伸びるから。
ぐずぐずと旅立ちを躊躇っていると、魔理沙が尋ねてきた。旅立ちを控えた私に、良いところを教えてくれるという。暇をしていた霊夢もついていくという。それで、一体どこへ行こうというのか。
「図書館さ。役に立つ本が見付かるかもしれんだろ。何の役に立たなくても気晴らしにはなる」

重たがられながらも霊夢のリボンにしがみつき、ふよふよと連れて来られたのは湖の畔の紅い館だった。これはずいぶん大きい図書館だと思ったら、これは吸血鬼の館だという。地下には魔女がいて、随分と溜め込んだ本で今は図書館をやっているのだという。それもこれも私が本を借り続けたからなんだぜ、などと魔理沙がうそぶく。図書館をやる前に本をとっていたのは、ただの盗人ではないか?
門番に挨拶して庭へと踏み入る。春爛漫、色とりどりの花が咲き乱れている。名も知らぬ、見たことのない花が多い。主が西洋人なので、西洋の花が多いようだ。大きな扉がひとりでに開き、手前から奥へと、燭台に明かりが灯されていく。誰の姿もない。これも魔法なのだろうか。ほよーと口を開けて感心していると、目の前に銀髪の女が立っていた。一体どこから現れたのか。
「紅魔館へようこそ」
「随分張り切ってたじゃないか」
「霊夢と魔理沙だけなら放っておいたのだけれど、新しい小さなお客さんがいるんだものねえ」
三人は和やかに談笑しながら進んでいく。名前に負けない紅い絨毯を辿る。地下へと下る階段には明かりがなかった。
「蝋燭はどうしても煙が出ますからね。本の保存に良くないんだそうです」
そういう割には、扉の向こうは随分と明るい。扉に手をかけながら女は笑う。
「安心安全の魔法灯です。エコですわ」
そして、整然とした森が広がっていた。最早動くことのない死んだ木で造られた棚には、死んだ木を漉いた紙が詰まっている。森の死体だった。
死人みたいな顔をした女が座っていた。たしかに魔女らしい。本を積んだ円卓の前で揺り椅子に揺られて、手元の本に目を落としている。こちらを向きもしない。ページを捲る指だけが生きていた。
「それでは私はここで」
慇懃に礼をして去って行く。魔理沙はずかずかと死人に近寄り、傍を通り抜け、奥へと去って行く。
「私は探し物があるから、適当にぶらついててくれ」
連れてくるだけ来といて案内もなしか。
思わずため息を吐くと、霊夢と息が合った。なんとはなしにおかしい。くすくすと笑い合っていると、向こうの方でため息が一つ。
死人が生き返った。
「全く、少しは遠慮してほしいものだわ」
本を閉じ、漸くこちらに目を向ける。その眉がほんの少し上がった。心なしか目も見開いている。まあ確かに、霊夢の頭に私がしがみついている見た目は、それなりに滑稽なことだろう。それからほんの少し、片頬が上がった。笑い慣れていないんだろうな、と感じさせる笑みだった。魔女のような笑顔である。
「いらっしゃい。霊夢に針妙丸、でよかったかしら。この前は素敵な異変をありがとう。ナイフにつられて咲夜がふらふらと出ちゃってね。掃除も料理も美鈴だけではこなせなくて、弱っているレミィなんて久々に見たわ」
言いながら、指先を回す。どこからともなく音もなく椅子が滑ってくる。紅い髪のお姉さんが現れ、静かに三人分の紅茶を淹れてくれた。ついでに、椅子に座布団を重ねて高さを調節してくれる。霊夢の頭の上から、ありがたく座布団の上に収まった。
「さて、あなたにはこれを」
真っ赤な本を差し出される。『地底のアマノジャク』と題されている。思わず見上げると、魔女のような笑み。
「おすすめよ」
卓の角に背表紙を立てかけ、両手で開く。まあなんとか読めなくもない。人が新聞を開くようなものだろう。それにしても、一体何が書かれているというのだろうか。まさか正邪のことを書いた本があろうとも思われないが、しかし題はまさに彼女を指している。
一文目を目で追った。どこかで聞いたような物言いから始まっている。
「祖譲りの天邪鬼で、生来損ばかりしている。」

▼▼▼『地底のアマノジャク

胃が悪くなって、途中で読むのを止めた。それに、ここから先は私だって知っている話だ。鬼の目をかいくぐってどうにかこうにか私の下までやってきた正邪は、世界をひっくり返そうと持ちかけてきた。そして私はそれに乗った。その夢はあえなく潰えた。
「そこからが良いところなのに」
目の前の魔女は相変わらず人が悪そうに笑っている。いや、性格は確かに悪い。
「さあお立ち会いお立ち会い。郭に戻った天邪鬼は、しかし以前とはまるで別人。殴られれば竦み、犯されれば悲鳴を押し殺す。その健気でいたぶり甲斐のある姿に、角持ちを嬲って憂さを晴らしたい輩が連日連夜列を成す。ところが散々狼藉を働いたはずの客たちは、皆一様に不満足げで、誰しもカリカリしている始末。天邪鬼に手段と目的をひっくり返され、苛立ちと掻痒に身を焦がす。ああ、こんなはずではなかったのに。憂さ晴らしの気晴らしにと他の女を買ったとしても、後に残るは虚脱感。あの天邪鬼を買おうにも、他のお客に抱かれてる。そんな奴らが詰め寄せては小競り合い。郭はいつになく騒がしい。そんな日々が続いたある日。地底総出の地霊祭。鬼が催した祭の後で、浮かれ酔漢で大わらわ。いつもは静かな郭の中も、上へ下への大賑わい。祭からあぶれ、憂さ晴らしからもあぶれた輩が昼から犇めいていた郭は、さしづめ火中の栗の如し。袖すり合うも喧嘩の種で、殴り合いは殴り合いを呼び、店から小路へ、小路から通りへ。呆気なく弾け飛んで。騒乱騒擾大波乱。鎮圧にと鬼が乗り込んだことでより一層手も付けられず、格子が割れ店が傾き、そして天邪鬼が逃げ出した。さてどうなる天邪鬼。次に打つのはいかなる一手か。乞うご期待」
どこからか取り出した扇子を片手に、即興講釈師が熱弁を振るう。よっぽど珍しい光景だったのか、霊夢はその様子をぽかんと眺めていた。私は、私は。
「鬼たちの管理や監視なんて、あってないようなもんだよ。鍵なんてものがあったかどうか。誰も鬼には逆らいやしなかったんだから」
「だから、天邪鬼なんて木っ端妖怪があなたを盗み出すことが出来た。レジスタンスを自称して、世界をひっくり返す手前までいくことができた。感動的よね」
無理をしてまでしゃべったのか、幾分声が嗄れている。紅茶を一口。
「あなたは何がしたいの」
「あの子にも聞かれたわね、それ」
魔女が目を逸らす。黙り込むつもりか。そうはさせじと真っ直ぐ目を見つめる。
魔女は暫く黙っていた。
死人みたいな顔色が、不健康な生者くらいまで血色を取り戻した。……まさか照れてるのか、これ。
「……ファンなのよ。私。あの子の」
全く予想外の答えが出た。霊夢はひーひー笑っている。魔女は憮然としてまた紅茶を一口すすった。そういう場面じゃないんだから、少しは静かにしておいてほしい。とはいえ私も少し笑ってしまっている。
「ファンって、なんでそんな。そもそもどうして?」
「どうしてってそんな」
「だってあの正邪だよ。ひねくれ者の天邪鬼。人を騙してはばからず、恩を仇で返す性悪だ」
「そのくせ弱者がものを言う世界なんて綺麗事をぶち上げて、たった一人になってもレジスタンスを続けているわね」
それは。そうかもしれないけれど。
「何も持っていないからかもしれないけれど、野望に身を焦がすその在り方は太陽みたいに眩しいわ。かつてその輝きに惜しみなく照らされていた身としては、寂しくなったりもするのでしょうけど」
それも、そうかもしれないけれど。
「本は好きよ。愛していると言ってもいい。叶うなら死ぬときは本に囲まれて読みながら腹上死ってくらい。でも本は死体なの。死体はかつてその身に刻まれたことしか教えてくれない。読書は作者との対話だなんて、あれは嘘よ。墓穴で勝手に死体を曝いて貪っているだけ。得られるものは確かにあるけど、与えられるものは何もないわ。読書はいつだって一方的よ」
日の当たらない魔女はぼそぼそと呟く。
「好きだからやっているんだけど、たまに明るい外を振り仰ぎたくもなるの。そしてそこに自らの身を焦がしてまで燃え盛ろうとしている人がいたら。吹きすさぶ嵐にかき消されようとしている人がいたら、応援したくなるのも道理じゃないかしら?」
多分、さとりも似たようなものじゃないかしら、と付け加える。
今度は私が黙る番だった。霊夢は我関せずとばかりに背もたれに身を預けて椅子に揺られている。優しいというべきか、薄情というべきか。
「……それで、あなたは私にこれを読ませて。一体何がしたいの」
「だから言ったでしょう。応援よ。あなたは天邪鬼の生い立ちを知った。あなたは天邪鬼のやろうとしたことを知っている。あなたは天邪鬼の現状を知っているかしら? スペルカードルールに則らない、なんでもありで追われている。そしてそろそろ、新聞屋につられて腰の重い連中も動き出した。冗談が通じそうにないのもいくらかいるわね。天人とかうちのレミィとか。腐っても天人は殺しやしないでしょうけど、レミィにその辺の配慮があるかどうか」
「だから私に助けろって? 助けてやるって言って身を委ねるようなやつじゃないし、忠告したって聞くようなやつじゃないさ」
「当然でしょう。天邪鬼なんだから。だからあなたに出来るのは、あなたの手で叩きのめすか、死に様を看取るか、やられたところをふんじばるか。最初と最後がおすすめよ。あの手合いはいつまでも燻ってはいられないんだから、生きてりゃそのうちまた燃え始めるでしょう」
「……正邪がどこにいるかは知ってるの」
「私は知らないわ。でもこれから知る奴を知っている。ねえ魔理沙」
漸くお目当てに出会えたのか、魔理沙が戻ってくる。あるいは、棚の影に隠れていたのかもしれないが。そらっとぼけて聞いてくる。
「なんだ、何の話だ」
「天邪鬼退治の話」
「ああ、明日辺り探してみようと思っているな。祭にのらない手はないさ」
確かに、大抵の追っ手がこの調子なら命の危険は少ないだろう。正邪は気に入らないかもしれないが。
「魔理沙。もし首尾良く正邪を見付けて、それで運悪く取り逃がしてしまったら。どの辺にいたかって教えちゃくれないかい」
「ああ、まあお安いご用だが。……いいのか?」
「いいんだよ。ぐじぐじしてるだけじゃ性に合わない。私も一寸法師の末裔なんだから、そろそろ潔く格好良く生きていくべきだ。曲がらず弛まず真っ直ぐに」
「そうかい。じゃ、朗報を待ってな」
「ありがとう。……これで満足?」
魔女を見やる。自分で動けばいいだろうに、わざわざ人を焚き付けるこの魔女を。
「ええとっても。面白くなりそうだわ」
ちくりと刺してやらねば気が済まない。
「黒幕ぶって唆して、面白がって満足かい。そんな斜に構えた態度で、何か得られるとでも思ったのか?」
少しだけ痛い顔をさせるつもりだった。けれど魔女はすっと表情を消し、眉尻を下げて。
笑った、のか?
「ええそうよ。死体と一緒に墓穴に閉じ籠もっていても、本当は何も得ることは出来ない。何かを残すこともできずに思い出を齧り尽くして、ただ消えていくだけよ」
怒ったようでもなく、悲しんでいるようでもなく、静かに呟く。
「だから、これで満足」

春眠暁を覚えず、霊夢はまだ人の家でごろごろしていくということで、魔理沙が博麗神社まで連れ帰ってくれることになった。少しばかり大きくなって、帽子にのっかるわけにもいかないので、懐に入れてもらう。
「……ねえ魔理沙」
「なんだ」
「あの魔女、なんであんな顔して、あんなこと」
「さあなあ」
そのまま無言で、博麗神社の縁側に帰り着く。魔理沙も縁側で少し休むという。遅咲きの椿は、庭の端にまだ咲いていた。まるのままで、そのうちぽとりと落ちるのだろう。
「魔法使いはな、魔法を使うんだ」
ぼんやりしていると、魔理沙が静かに語り出した。
「古いのを調べるし、新しいのを作る。残すといったらもっぱら自作の魔法くらいなものさ。大体魔導書を書くだろう。でも自分の手の内を丸裸にするわけにはいかないから、魔導書を書いたって生きてるうちは誰にも見せないだろう。弟子の一つも取らんのなら尚更な。死んだ後に誰かが紐解いてくれるかもわからんし、読まれても扱えるかは別の話だ。となると、そいつの人生はなんだったんだ、ってことになる。面白ければそれで良いんだろうが。何かを残せるかというと、そんなところだ」
「そんなこと。どこの誰だって」
「そうだな。その通りだ。だけどあいつは日がな一日本ばかり読んで、考える時間もたっぷりあるからなあ。思うところもたくさんあるんだろうさ」
羨ましいことだぜ、と魔理沙は立ち上がる。
「お前さんは優しいからあれこれ考えちまうんだろうが、あんまり悩まない方が良い。人生は短いんだ。走り抜けるより他にあるまい」
じゃあな、と魔理沙は飛び上がって去って行った。
確かに、走り抜けるより他にない。
今はただ、あの天邪鬼を懲らしめることだけを考えようか。



全ての意味は意味です。[2018 04/01 620:25]
阿吹
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