Coolier - 新生・東方創想話

桜の下で夢を見る

2018/04/06 14:49:34
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 桜の花びら。
 頬をなでる、すこし肌を冷ます風に顔を上げる。
 青空のなかに白い花びらが、UFOのようにぽつりぽつりと浮かんでいた。
 私は境内を掃除する手を止め、空から落ちてくる花びらを、ぼうっとして眺めた。
「もう、春ね」
 守矢神社のように山の高いところでも、春の花はあいさつに来るのだと知った。
 しばらく見ていると、白い花びらが桜いろになり、そして私の目の前で風に吹かれた。
 はらはらと散りゆく。
 山のどこかへ。
 それを見送った私は一目散に家に飛び込むと、朝のもろもろの仕事をぜんぶなかったことにして、おにぎりを二個作った。それから水筒に水を入れた。手荷物はそれだけ。
 神奈子様に「遊びに行ってくる」と告げて、やっと起き出してきた諏訪子様と廊下ですれ違いざまに「花見に行ってきます」と告げ、外に飛び出した。
「早苗」
 と、呼ぶ声がした。
 私は花びらに誘われたのだった。

 春のふわふわでやわらかな風を身にまとい、息吹を目いっぱい吸い込みながら、空を飛ぶ。
「あの桜の花びらは、いったい、どこからやって来たのかしら?」
 青空に浮かんでいた、あの桜の花びらだ。
 山麓に花開く桜の木々は満開を競い合い、空から見るとアジサイが咲いているのに似ていた。
 私の眼下では、山の高所にもかかわらず健気に育つ枝の細い桜が、人待ちをするようにやわらかに揺れていた。
 守矢神社はさらに高いけれど、あの辺りの樹から吹き上げられたのだろうか。
 私はおにぎりと水筒をぶら下げ、うろうろと山の上を飛び回る。
 しかし、ピンと勘がはたらく桜の木がない。
 花見をしている天狗一行でも居れば、御一緒しても良かったのだけれど……。
 春の山はのどかで、穏やかで、人影がなかった。
 山の外にまで出るつもりはないので、困ってしまった。
「仕方ないなあ……」
 ちょっと考えて、文さんの家を訪ねてみることにした。
 別に意味なんかない。他に訪問できる場所がないだけだ。
 こんなに山は広いのに、妖怪の縄張りがぎゅうぎゅうに詰め込まれていて、不用意に山の奥へ入るとすぐに白狼天狗に怒られる。
 どうせ監視するなら、もっと楽しい場所を案内してくれるか、初めから縄張りを教えてくれればいいのに。
 ヒミツなんだってさ!
 けれど、文さんは。
 彼女の家だけは、私は知っていて、遊びに行ったこともある。
 それはぜんぶ、成り行きっていうやつだ。

「文さん。文さん」
 山中の景色に溶け込む射命丸邸を訪ね、私は玄関戸を叩く。
 しかしこれが、呼べど叫べど返事がない。
 留守なのかしら。
 文さんはいつも新聞の取材だ配達だと幻想郷中を飛び回っているし、もしか執筆に集中しているなら、邪魔になってしまう。
 ノックする前に気づくべきだった。
 自省しつつ、どうしようかと顎に手をやる。
 と、カランと涼やかな下駄の音がして、振り返った。
「ふむ。何か事件ですか?」
「あ……」
 晴れ空に眩しい白いシャツ、艶やかな黒髪。溌剌とした表情をした、鴉天狗の少女――。
 文さんが、カラン、とまた一歩近づく。
「それとも相談事でしょうか?」
「違います」
 ばっさりと断ったのに、なおもぐいぐいと近づく。
 あいかわらず、顔は良いのが悔しい。
「ちょ、なんですか、顔が近い!」
「遠慮しないで、ほら。聞きますよ? いま暇ですから」
「なんで文さんに相談しなきゃならないの!」
「だから、暇つぶしに。暇なので」
 あぁぁ、と腹からため息を吐く。
 これだから文さんは!
「そんなに暇なの……?」
「幻想郷中、春の陽気に当てられて、みーんなのんきな顔してるんだもの……。事件なんて起こりっこない。やる気なくすわ」
 そう言って文さんは拗ねた子どもみたいに、カラン、と下駄で地面を蹴飛ばした。
「ふーん、そうなんですか」
 なんだ。私と同じだ。
 あちこち飛び回っても、ピンとくるものを見つけられなかったんだ。
「だったら、私に付き合ってくれませんか?」
「ン? なんで早苗さんに付き合わなきゃならないの?」
「それは――」
 意地悪を言う彼女と、このままお喋りも悪くないけれど。
「文さん、髪の毛」
「?」
 私は彼女の頭についていた花びらを指でつまんだ。
「ほら……桜の花びらがついてました」
「……早苗さんのえっち」
「え!?」
「触り方が、いやらしかったですよぅ」
 文さんは桜いろの唇をとがらせ、私が触った髪の毛を、てしてしと撫でつける。
「べ、別に普通だったと……」
 どうして急にそんなことを。
 まさか天狗は、春は発情期だとか、そういう?
 私は狼狽し、さらさらと指からこぼれる文さんの黒髪の感触を思い出すと、こそばゆさを覚えた手のひらをギュッと握る。
「うわ。手汗が――」
「……顔、赤いわよ」
 と、くつくつと文さんが笑いだした。
「はは、冗談に決まってるじゃないですか。なんだか難しい顔をしているんだもの。早苗ったら」
「ええ? そうですかぁ?」
 釈然とせず、こわばった手のひらを開くと、さっきの花びらは潰れてしまっていた。
 まあ、思い通りの桜の木を見つけられていないのだから、宜なるかな。
「あ」
 ひらめくものがあった。
 守矢神社まで私を誘いに来た花びらが、どこから来たのか。
「文さん、もしかして今日、神社に来ました?」
「……何か、ネタですか?」
「どんだけ新聞のネタないんですか。っていうか、来てたでしょ」
 よく見れば、彼女の白いシャツの肩などにも、桜の花びらが付いている。幻想郷のあちこちで引っ付けて来たに違いない。
 文さんが言う。
「たしかに、すこし前に新聞を届けに行きました。そろそろ神様たちも起きてくる時間だと思ったので」
「やっぱり! 犯人は文さんじゃない。道理で突然だと思った」
 私をそそのかした花びらは、文さんが吹かせた春風だったのだ。
 ようやっとすっきりした。
「ねえ、犯人ってなんですか? 事件のにおいがします!」
 鼻息荒く手帖を広げた彼女に、私は手に提げていた荷物をかざして言った。
「お花見です!」
「……はい?」
「文さん、お花見に良い場所を知りませんか?」
「えーと? 霊夢さんのところがそろそろ見頃では。これから忙しくなると張り切っていましたよ。賽銭的な意味で」
「そうじゃなくて、こう……隠れ家的なスポット。この山の中で! 近場で!」
「それ、私を犯人呼ばわりしたのと関係あります?」
 そう言いながら訝しげに目を細め、なにやら考え始める。
 私はわくわくと返事を待った。
 文さんは山に長く住んでいるはずだし、新聞に花見スポットのひとつやふたつ、書くこともあるだろう。珍しい桜の木なんかも知ってるかもしれない。幻想郷には、幽霊桜とか、紫の桜とか、綺麗だけどヘンテコがいっぱいだ。
 私の期待の眼差しと、彼女の探る眼が、交差した。
 文さんは、ぱたむと手帖を閉じる。
「この状態の早苗に聞いても無駄か」
「さあさあ、白状して下さいよ。お花見っ、お花見っ」
「わかりました。ついて来て」
 案内されて建物の裏手へ回る。一人暮らしの割に大きい家はあまり手入れされておらず、草むらを踏みしめて進む。
 裏庭に出た。草木が育ち過ぎた庭は緑に囲まれ、小ぢんまりとして感じる。
 そのなかに、庭の主のように立つ、一本の桜の木。
「わあ……」
 私は目を見張る。立派な桜の木だ。
 空に枝を架ける姿は、蒼穹に桜いろの翼を広げてるみたい。
 陽光にきらめき、ときおり散る花びらは、歌うように空気を舞った。
「きれい……」
「こちらに座ってはどうですか?」
「文さん……。すごい、すごくきれいな桜です」
「そうでしょう。少し、特別なのよ」
 うながされて、縁側に並んで座る。
 私が作ってきたおにぎりをひとつずつ、二人で食べた。そのあいだも、桜はさらさらと日差しの中に立ち尽くしている。
 文さんがいったん家の中に引っ込んだと思ったら、嬉々としてお酒を持ち出してきた。
「お仕事はいいんですか?」
「えっ? 花見に誘ったのは早苗さんでしょ」
「えっと、お酒を飲むなら、神奈子様たちを呼んでもいいですか?」
「……」
 文さんはくしゃっと渋い顔。
 私だと天狗の酒量に付き合えないと思ったのだけれど……。
 あわてて、ぱたぱたと手を振る。
「いや、まあ、たまには二人きりで静かに花見も、いいんじゃないかな?」
「そうですね。ひとを呼ぶには散らかった場所なので」
 ほっとしたように文さんが微笑んだ。
「隠れ家的な場所、ですから」
「そうでした」
 勢い口にしただけだったけれど、悪くないような気がした。
 どうやら、文さんは二人きりが良いようだ。桜を褒められたのが、けっこう嬉しかったのかもしれない。
 私はしずしずと文さんが注ぐお酒を受け止め、おかえしにたっぷりとお酒を注いであげる。
 会話もないまま、私たちはお酒を飲んだ。
 ぽかぽかとした日差し、ふわふわとほてってくる顔。
 水彩の青空に、溶けて消える桜の花びら。
 杯の重さ。甘い蜜の香り。
 ぽんやりした耳に聞こえる、文さんの声。
「それに――」
「え? なんですか?」
「……」
「……?」
「……」
「……文さん?」
「まあ、いいじゃないですか。たまには」
 そういう文さんの顔は、すこし赤かった。
「まあ、そうですね」
「うん」
 なにが〝いい〟のかわからなかったけれど、その顔が可愛らしくて、私はうなずいた。
 二人して杯を舐める。
 ああ、山菜を採っておけばよかった、と酒を飲み飲みぼやく彼女を、今度いっしょに行きましょう、と誘う。ちょっと前にいただいた、ふきのとうの天ぷらに、私は味を占めていたのだった。
 たらの芽、山うど、こごみ、……二人して思いつく春の味を言い合うと、よだれが出てきて、お酒がすすむ。
 そのうちとうとう酔いに限界がきて、私はぐんにゃりと崩れ落ちた。
 ああ、体があつい。春は、もう、とっくに咲いているのだなぁ。
 風は肌にやさしく、花粉は鼻をくすぐる。日差しはまぶしく、頭はぐるぐるする。
 文さんが膝枕してくれた。
 そして、ひとの顔を見下ろして酒を飲み、にやにやしている。
 ちょっとむっときたけど、文句を言う力も出ない……。
「早苗?」
「……」
「寝てしまったの?」
 目蓋の裏で聞く文さんの声は、普通の女の子みたい。
 春の空気にまどろむ。お酒を飲んだのもあって、とても眠い。
 ――眠い。
「あの桜の木が綺麗なのはね。死体が埋まっているからなんです」
 文さんの声が聞こえた。
「私が好ましく思っていた人間の、」
「……文さん」
「……」
 私はがんばって目蓋を開き、それを尋ねた。
「本当ですか……?」
 文さんが、桜よりも、一番綺麗に笑った。
「もちろん、嘘。冗談ですよ」
「なあんだ……」
 それきり、ぱったりと目を閉じる。
 ふわっと体が浮くような感じ。文さんが、ぽんぽんと頭を撫でてくれる。
「おやすみなさい。早苗」
 目蓋の裏に、桜の花びらが青空のなか、はらはらと散りゆく光景が浮かんだ。
 空のもっと高いところを、体に花びらをくっつけた文さんが飛んでいる。
 気持ちが良さそう。
 私もぐんぐん空を飛び、花びらと、彼女に、追いつこうとした。
 ――それも、いいかも知れないな。
 なにが〝いい〟のかわからなかったけれど。
「桜は……、いつまで、綺麗に見られるでしょうか」
 彼女がなぜか、そう尋ねた。
 春なんてまた来年くるじゃないですか。
 答えようとしたけれど、私はそのとき、スヤスヤと彼女の膝枕で眠っていた。
 甘いお酒の匂いがした。
 春のある日、そんな夢を見た。

 綺麗な桜の咲く下で。




桜の下に彼女の死体が埋まってるのか否やという話

4月1日に投げようと爆発音を見て思い立ったものの、間に合わなかったもの
アラツキ
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コメント



0.250簡易評価
5.90名前が無い程度の能力削除
あと一言、言葉が出てこない!みたいな関係性素敵。2人に合う!
6.90Mankey削除
最後の「なあんだ……」のところが素敵でした
7.100ばかのひ削除
とてもきれいでした
この二人は安心感がありますね
8.70奇声を発する程度の能力削除
良かったです
9.100名前が無い程度の能力削除
もどかしいのがいい
10.80名前が無い程度の能力削除
いい距離感でした。御馳走様でした
11.100仲村アペンド削除
気の置けない二人の微笑ましい関係が描かれつつも、それがどこまで続いていくのかという少しの切なさもあり、とても良かったです。
12.90KoCyan64削除
文と早苗の2人がのんびりとお花見を楽しむ姿が想像できて微笑ましい作品でした。

なんとも言えぬ距離感、素晴らしいです。
13.100南条削除
面白かったです
脈があるような無いような絶妙な関係が良かったです