Coolier - 新生・東方創想話

さとりんが勇儀にデレる話

2018/03/23 21:56:55
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◇◇◇ 序

「結局の所、地獄とは街に他ならないのね」

 お忍びで地霊殿を訪れた異国の女神は、ふと、独り言のように呟いた。
 どういう話の流れでそうなったのかは記憶していないし、そのくらいのことなら別に大したことでもなかったのだろう。ただ、この女神の常である茶化した口調とは違っている響きに、つい私も耳を傾けてしまった。
「ヘルだろうがゲヘナだろうが、それらは結局、広義の地獄なわけでしょ?」
 私は適当に、どうだか、と相槌を打つ。
 今日の茶会のお茶はローズヒップで、客人が持ち寄ったハチミツを、スプーン一杯分溶かしてある。馥郁とした香りに、まろみのある甘さ。私はもっぱら珈琲党で、ハーブティーの類いは誰かに振る舞う時しか淹れないのだけれど、この味なら、一人の時に飲んでみるのも悪くないかも知れない。
「すぐそこで、すぐ底の世界。そんなものに名前を付けて呼んだりするから、役割が分かれて、階層分けされていく。地上とだって、何万由旬も離れてなかった。元来、地獄には何も無かった。何も無い更地に境界を作って、悪魔やら獄卒やらが住み着いて、そうやって徐々に形作られていく。ほら、まるで街のようじゃない? 文化や性質が異なっても、街って、そういうものでしょう?」
「そう言ってしまえば、そうかも知れませんね」
 いや、そうでもなくないですか?
 とか思っていた割には、とりあえず話を合わせておく。
 かのフランクな女神様が、ちょっぴり真面目な顔で話をしているのが、少しだけ珍しかったから。相好を崩すと真面目になるとは、これ如何に。
「八大地獄だったかしら。僻地だったのに、もうすっかり、整備なんかされちゃって」
「まあ、この前久し振りに行ったら、知らないビルとか建っていましたね。是非曲直庁の周りは、なんかもう……って感じです」
 お屋敷暮らしを堪能していると、たまに時代に取り残されそうになる。
「うんうん、分かるわよん。私も無駄に仰々しいのは苦手、って言うか、ちょっと嫌い」
 それもそうだろう。彼女には、地獄の女神、なんて大仰な肩書きは似つかわしくない。
 夕闇の暗さこそ背負っているものの、彼女が纏っているのは粘着質な重苦しさではなく、乾いた潮風を偲ばせる爽やかな気配であった。
「ところでここは旧地獄らしいけれど」
 ああ、そう言えば、そんな話だった。
 もう地獄でなくなった、でもやっぱり地獄な場所。
「ここはそんなに、良い所?」
 ヘカーティアは、ゆったりと首を傾げる。
 私もまた、特にこれと言って気負わずに答える。
「ええ、私はこの街が好きですよ」

 …………
 ……………………

 それから、面白い友達の話とか色々聞かされたりして……
「ねぇ、さとりん」
「なんですか? ヘンカーティア」
「……貴方、前に会った時よりも、少しだけ性格が良くなった? それと、さりげなく変って言うのやめて」
 私はつい、お茶を噴き出した。変カーティアの顔に、あやうくかかるところだった。
 いや、何の冗談だ。私の? 性格が? 良くなる?
「なるわけが、ないじゃないですか」



 旧地獄の成り立ちを一言で言えば、地獄の要らなくなった場所だ。
 要らないからと、もう使わないからと、あっても困るだけだからと、切り捨てられた場所。
 あるいは地底に限らず、どこにでもあるような場所だろう。例えば、時代の流れに取り残された炭鉱都市だとか、一時期流行したレジャー施設だとか。
 そんな場所は、ドロップアウト組の良い受け皿になった。暴力と退廃の中にも、彼らなりの秩序じみた規律が生まれ、そんな空気が肌に合う連中が更に移り住むようになり、後はまあ色々あって、現在まで至る。
 かく言う私も、その口です。
 誰も彼もが好きに生きる、楽園めいた地獄。綺麗なんかじゃなくって、濁った場所。濁っていることが許される場所。どいつもこいつも同じ穴の貉で、だからこそ誰にも憚る必要なんかない。そこが旧都なのでした。

「……なんて言うと、なんだか暴力が支配する街みたいですねぇ」
 実際、それに近いアングラな雰囲気もあるのですが。とは言え、もっと強い暴力の保持者が目を光らせていることもあって、世紀末しているわけではない。私のような非力な女の子が安心安全に暮らしているのですから、その証左にもなりましょう。
「お燐? 言いたいことがあるなら、言っても良いんですよ?」
 ヘカーティアが去った後も、私は残ったクッキーを摘んでいた。素朴で家庭的な大判のチョコチップクッキーは、柔らかめに口の中で崩れていく食感。なんて言うか、お母さんの味だ。あの女神め、料理上手なのは知っていたが、他の方面でも腕を上げている。私が作った簡単アイスボックスクッキーと格の違いを感じて、少しムッとする。いもうと大好き系理想のお姉ちゃんキャラを目指す身として、お菓子作りの腕に磨きを掛ける必要があった。
 お燐は部屋の扉の辺りで立ち止まり、何にどこからツッコミを入れるか考えている。
「友達、いたんですね。驚いちゃいましたよ」
 よりにもよって、そこからか。
「お燐は私に容赦が無いですよね」
 悲しいです。
「どうせ、さとり様ですし?」
 と、悪びれもせずに。
 悲しみが増しました。
「……」
 それから少しだけお燐は押し黙り、興味が無い風を装って、やはり混ぜっ返してきた。
「ネフティスって、何です?」
 それはヘカーティアが去り際に言った、何でも無い一言だった。『じゃあね、ネフティス。またお茶会しましょうね』と、それだけのこと。お燐はそれを聞いていたようだった。
 はぐらかすのも逆効果になりそうで、私は少しだけ、解説を付け加えることにした。
「ネフティスとは、セトおにいちゃんと結婚した、エジプト神話中で最高に可愛いに女神の名前ですよ」
「ふざけてるんですか?」
 今のは冗談。こほんと一つ咳払い。
「“館の女主人”を意味する、古代エジプトの女神の名前ですね。彼女はセト神の妃でありながらオシリスを誑かした、とされますが、まあ、あんまり何もしないと言うか、出番の時には姉のイシス神が出張ってくるので、影は薄いかも知れませんね。わりと脱力系の女神です。活動的な姉に比べてアンニュイ系だった模様でして、死や夜の世界に住まうものとされます。地母神の類いは二面性を備えるものでして、このように、性格は真逆になります」
 こちらが真面目。
 と言っても、こういうものは習合、統合、整理されていく中で形作られたもの。あの辺りの地域では死後の世界観が厳格に定められていたが、やはり、それ以前というものも存在していた。オシリスは外来の神だと分かっているし、セトも元はと言えば純然たる悪神ではなく、あれよこれよと転落していっただけ。
「はあ」
「オシリスには、セトに謀殺された上に、十四の肉片に細切れにされてナイル川に流された、というエピソードがありますが、その時、遺体を集めるべく、率先して飛び出していったイシスに駆り出され……じゃなかった、いえ、何でも良いんですけどね。ともかく、その時に遺体を保管した逸話から、“カノーポスの壺の管理人”としての側面を持ちます。死者を守る四柱の女神のうちの一柱でして」
 カノーポスの壺とは、ミイラを作る際に取り出した内臓を収めておく容器のことですよ。
 と、聞かれる前に付け足しておく。
「…………」
「あとは、そうですね」
 納得していない様子なので、仕方がない。
「バステト、という女神がいましてね。猫の姿で表現される女神です」
 すっと、お燐のことを指先で示して。
 猫属性のおかげで、最近はネフティスより有名かも知れない。
「えっと、猫ですか?」
「ええ、実はネフティスは、館の女主人、つまり家庭の守護神という性格の一致から、バステトと同一視されることあるんです。と、そもそもこのバステトも、本来は猫ではなく獰猛な雌獅子の性質を持っていたとされまして、更にセクメトという別の女神とも同一視されます。で、このセクメト、わりと物騒な女神でして、太陽神ラーが人類を滅ぼすべくその眼球を抉って産み出した破壊の神なのだとか。セクメトは、太陽神の“眼球”なんです」
 眼球と言いつつ、私は身体の外にある瞳を撫でる。
 そう言えば、地霊殿には地底の太陽もありましたか。

 館の女主人であり、魂を管理する者であり、猫と太陽に縁があって、眼球とも縁が深い。

「……と、ヘカーティアはそれらの関連事項をなぞらえて、地霊殿の女主人たる私のことを、同じく館の女主人の名を持つネフティスと揶揄しただけです。特に深い意味は、ありませんからね?」
 そうです。深い意味なんて、ありませんとも。
「……随分、早口で丁寧に否定しましたね」
「あらぬ誤解を受けているようなので、早急に解いておくべきだと思ったのですよ」
「まあ、別に良いですけどね」
 あまり納得した風ではなかったけれど、とりあえずお燐は頷いた。
「で、さっきのは?」
「ただの知古、昔馴染みというやつです」
 すっかり冷めたカップの中身を揺らしつつ、チョコチップクッキーの最後の一枚を摘まみ上げた。
 そこで手を止めたまま、物思いに耽る。
 考えるのは、旧地獄のこと、それと……
「ねぇ、燐。私って性格変わりました?」
「……何を言っているんですか」
 物凄く辛辣な目で見られてしまう。
「じゃあ、笑ったりするようになりましたか?」
 それなら、まあ、と。
「陰気で悪趣味なのは相変わらずですけど、退屈で不機嫌そうにしていることは、なくなったと思いますよ」
「そうですか」
 お燐が言うなら、きっとそうなのだろう。私のことをよく見ている、この子が言うのなら。

 笑っていると言うのなら、私は、何が可笑しいと言うのでしょうね?



◇◇◇

 前にヘカーティアが私を訪ねて来たのは、旧地獄が、言うなれば、そう、名付けて“新・旧地獄”だった頃の話とあって、少しだけ昔のことになる。
「……貴方の好みって、こんな場所だったかしら」
 疑問を持たれるのも無理は無かったと思う。その頃の旧地獄は本地獄から切り離されて、まだそこそこという変貌期の中にあって、住み易い街とは言い難いものだったから。
 後のフランクなヘカーティアよりも、どこかトゲのある顔付きをしたヘカーティアは、理解できないという顔をして言う。当時はどちらも、お菓子を用意するような趣味は無い。もしかしてこの国の地獄の様子を見に来たのかも知れないが、口数も少なく、ヘカーティアは早々に立ち去ったのだった。地獄がどうなろうが、彼女の知ったことじゃない。
 いや、だってあれ、半分くらいは私の同類ですからね。

「今、誰か来てました?」
「いいえ、誰も」

 使ったカップを一人で洗っている時だった。外出から帰ったお燐が、鼻をひくつかせながらやって来る。雑に誤魔化して、その話はそれでおしまい。

「ああ、そうだ。さとり様」
 と、お燐は思い出したように。
 切り出すタイミングを計っていたようだけど、そこはまあ。
「……謝らないといけないことが、あるんですが」
 こういう時、少しはしおらしくなるので可愛らしい。さとり様は容赦が無いと思われていても、悲しいどころか少し楽しくなってしまう。
 メリハリ、大事ですよ?
「知っていますよ。話し辛いのなら、話さなくても構いませんが」
「いや、私の落ち度ですので、そういうわけには」
 律儀ですね。
 目線を逸らし、尻尾をくねくねとさせる仕草は、大変いじらしいです。
「ちょっと、目を離した隙にですね……」
 お燐は死体を集めており、集めた死体は、うちで燃やす薪になる。
 通常、死体は死んでいて動かない。ただし何事にも、イレギュラーな事態は付き物だ。
「逃げられました」
 そう、例えば活きの良い死体が脱走してしまう、だとか。
「追えば、すぐでしょう?」
 が、イレギュラーは連続した。
「臭いを辿って、すぐに追いつきました。でも、その時には……」
「ええ、大方の事情は分かっていますとも」
 お燐は裏路地を進んでいく。臭いは近かった。見失うはずが無い。
 ほどなく、開けた街道に出て、愕然とする。地底の妖怪が行き交う街道には、活気が満ち溢れている。すれ違い、行き違い、一か所に留まろうとはしない。そして肝心の脱走死体の臭いは、そこでパタりと途絶えていたのだ。目に付く範囲にも、死体の姿は無い。
 真面目なお燐はいたく落ち込んで、どうしたものか考えた挙句、今に至る。
「とりあえず、慰めておきましょうか。死体は貴重品ではありません。焚き木の一本を失くしたところで、私は可愛いペットを責めたりはしませんよ……たぶん」
「私が落ち込むんです。……あの子はお気に入りの子だったんです。猫ババする予定だったんです」
 まっしぐらに歪みなかった。流石は私の飼い猫。
 お駄賃代わりに少しは自分用にしても良いとは、確かに言った覚えがあるにはあるのだけれど。
「……貴重品ではないとは言え、ポケットに仕舞うのは程々にしましょうね。ですが、さて、そういうことでしたら、手遅れかも知れません。この街には、死体をボリボリ食べる妖怪もいます。逃げ出した死体は、そういうこわ~い妖怪に見付かって、とっくに胃の中に消えていることでしょう」
「やっぱり、そうですよね」
「ええ、そうなりますね」
 本来、放っておいたところで無害な脱走死体を追う必要は無い。この件はまだ、何の事件でもない。ついでに言うと、事件性も無い。美味しく食べられてしまうのなら、まあ、無駄にならなくて良かったかしら、という感想になる。
 無論、イレギュラーが連続しなければの話である。
「奇妙と言えば、奇妙ではあります。どうして死体は消えたのか」
「食べられちゃったんでしょう?」
 自分で言っておいてなんですが、往来の真ん中で、ぱくっと一口で? まあ、なくはない。
「可能性は他にもありますよ。例えば──」

「誰かが連れ去った、とか」
「いや、その可能性は低いと思いますよ? 誰に何の得があるんです?」

 ダメ出しを喰らいました。後で食べようと思ったとか、色々と理由はあると思うんですけどね。
「お燐。私は出掛けてきますね。誰かが訪ねてきても、いつも通り主は居留守を決め込んでいると伝えてください」
「不在なのに居留守を使うんですか……? どうでもいいですけどね。はいはい、分かりましたよ。でも、なんでです?」
 よっぽど主の外出が珍しいらしい。必要に応じて足は運んでいるつもりだけれど、自由気ままな猫ちゃんに言わせれば、外を出歩くのに必要だの不必要だのと分けている時点で何かが間違っている、とのこと。
「その件は、私の娯楽になる予感がするんです」

 以上、導入終わり。
 さてさて、ちゃっちゃと場面を移しましょう。よっこいしょっ、と。

「……お燐を、連れて来るべきでしたね……」
 手が、奥まで届きません。
 場所は旧都中心街。そこそこ繁盛していると思しき定食屋の裏手である。この辺りは無計画に建物が軒を連ねているために、家屋と家屋の間がとても狭い。
 膝のあたりで切断された死体の片足が、何かの意地悪のように、その隙間に転がっていた。
「……小銭でも、落としたの?」
「素晴らしい。良い所に来ましたね」
 掛けられた声に顔を上げると、星熊勇儀が私を見下ろしている。その顔は実に、何とも言えない味気無さに満ちている。喩えるのなら、微妙な間柄の女王様がゴミ漁りをしているのを見付けてしまったような顔。
 絢爛な着物を着崩した姿は花魁のように艶やかだと言っても良いのだろうが、この鬼に似合うのは、鉄火場で片膝を立てて座っている姿だろう。
「足を拾いたいんです。取ってくれますか?」
「あいよ」
 いきなりでは意味不明なことを言ったような覚えはあったけれど、豪胆なのか何なのか、安請け合いしたタフな鬼は、ひょいと簡単に拾ってくれた。
「ん……ありがとうございます」
 体が大きいと、便利ですね。
「別に良いよ」
 本当に小銭でも拾ってあげたような顔。死体ごときでは顔色一つ変えませんね。ここの輩は大体みんな、そうですが。
「で、一つ訊いて良いか?」
 そうでもなかったかも知れません。
 勇儀は険しい顔付きで、私のことを睨んでいる。
「はい。どうぞ」
「私は、店の裏で怪しい挙動の奴がいるから見て欲しいと頼まれたわけだが」
「そうでしたか」
 炒飯をご馳走してもらえるみたいです。美味しそうですね。店構えが騒々しいので避けがちにしていましたけれど、人気店なのでしょうか。
「しょっぴいた方が、良いか?」
「いやいや、その気持ちも分かりますけどね。私はこれでも、事件を解決する側ですよ?」

 今更ではありますが、この辺りで一つ、確認しておきましょう。
 旧地獄には秩序らしい秩序は無く、街の治安は、住民達各々の流儀によって守られている。警察機構的な何か、とまではいかずとも、自警団のようなものも無い。そんなことでどうして血の気の多い連中が集う街の治安維持がまかり通っているかと言えば、ひとえに、地底の荒くれ者よりも、もっと怖い怪物が睨みを利かせているからだ。
 その女傑こそ、誰あろう、星熊勇儀。なんだかんだで面倒見の良い、頼りになる姉御肌のお姐さんなのでした。その腕力、その発言力たるや、鬼の男衆をも押しのける。事実上の頭目と言って差し支えないだろう。
 ただし当人としては、「勝手にしろ、ここはそういう街だ」というスタンス。それでもどうしても、住民同士の諍いの仲裁や、約束事の立会人、他にも信用が必要な場面における諸々、何かにつけて勇儀が声を掛けられる現状がずるずると続いている、といった感じ。これは本人としても不本意ではあるようです。
 さて、もう一方。勇儀が街のみんなの姉御で、民間的なものだとすると、上層から蓋をする機構もあるわけで。つまり、みんなのお姉ちゃんこと、さとりんなのでした。こちらも本人としては、そんなつもりは無い。
 街の治安と景観を守るという目的は同じ。旧地獄の街で起きた問題は、各々で解決できない場合、大まかに分けて、上に持ち上げられた案件は私の所に、横と下に流れる事件は勇儀の元へ、それぞれ行き着く。正式にそうなっているのでなく、まだ新しい旧都の実情としてそうなっているだけなのは、誤解しないでおいて頂きたい。
 これまでは担当する件の大小や場所が違っていたので、姐御とお姉ちゃんは交わる機会は少なかったのですが……バッタリと、出くわしましたね。

 勇儀は油断ない目付きで私の顔を睨んでおり、とてもではないが見逃してくれそうにはない。
 私は手短に、ここまでの経緯を説明する。
「実は、かくかくしかじかでして」
「いや、何がなんだか」
「私はこの説明でも分かりますよ」
「そりゃ、貴方はそうでしょうね」
「じゃあ簡単に。うちの燐が回収している死体が、持ち帰る途中で紛失しました」
「……え? それだけか?」
「それだけと言えば、それだけです」
「何の事件性も無いね」
 そうですね、まったく無いです。何だったら死体の一つや二つ、場合によってはその辺に転がってますから。いや、治安は良いんですよ……?
「バラされていなければ、ですけどね」
 お燐が気に入るだけあって、状態の良い物だった。まだ肉付きの薄い子供のもので、たぶん女の子の足。乾燥した足に重さは無い。血も溢れないし、ぱっと見た感じは油麩みたいなものだろう。というわけで、トートバッグにぶちこんでおく。
 おかしな行動だと勇儀に思われたようだけど、まさか生のまま剥き出しで持ち運べと言うのか。それこそ変でしょうに。どうしろって言うんです。

 続きの会話は、歩きながらにしましょうか。
「足、拾ってくれてありがとうございます。ところで、誰も同行して欲しいとは言っていませんよ」
「着いて来るなとも、言っていないだろう」
 言っても、貴方は着いて来ますよね?
 理由は一つ。私の監視だ。
 ……残念なことに、私と勇儀は立場の関係上、反目し合っている、という程ではないにしても、目の上のたんこぶ未満くらいには思っている。
「ところで、迷いなく進んでいるようだけど」
 地底を流れる地下水脈、街の真ん中を通る水路沿いに歩いていくと、ぷかぷかとトルソー型の下半身が浮かんでいた。
 ……なんとなく、艶めかしい? 正直ちょっとドキドキします。
「あ、ありましたね。……また拾ってくれたりします?」
「……」
 渋々、と言う顔をしつつ、本心ではさほど恩を着せることもなく、勇儀は長い腕を伸ばし、大きな手のひらで簡単に拾い上げる。きっとあの大きな手なら、バスケットボールも片手で持てるのでしょう。
「ほい」
「どもです」
 トートバッグに直行。
 ちゃんと汚れても構わないものを用意してきたので、濡れているのは気にしない。
「まだ、質問に答えてもらってないが」
「何でしたっけ?」
「……あのな」
 ギロリと睨まれた。
 わっほーい。嫌われてますねー。すっとぼけたのがマズかったでしょうか。
 そうそう、私は嫌われているのですよ。どうしてでしょうね? きっと性格が悪いんです。
「では、基本的なことから確認しましょう。イレギュラーは二つ。死んだ死体が、動いたこと。その死体が、消えたこと」
 前者については、どうでもいい。たまにあることです。
 例えば、死体の山の中に、まだ生きている人間が紛れていた事もある。怯えて押し黙っている内に搬送されてしまったのだろう。まあ、そういうこともあるのです。だからどうしたという話でもないですが。
「自力で歩いて逃げたんじゃないのか?」
「それならお燐が追い付きますよ。と言うか、バラバラになって見付かった時点で、その線は消えますよね」
 誰が何故、そんなことをしたのか。
 推理を披露する物語であれば、これが何かのトリックに関わったりします。残念ながら今回はその手の話ではありません。
「だけどそれは……ただの悪戯だろう?」
 そう、ただの悪戯でしかない。
 だけれども、いいえ、だからこそ、私が直々に動いているのです。
「はい、悪戯ですよ。嫌がらせの、悪戯ですけどね」
 古明地さとりは嫌われている。それ以上に恐れられているために頻繁なことではないが、たまに、こういうこともある。
 一応はプロファイリングらしきものをしてみると、犯人はまだ若いものと思われた。年季の入った妖怪は私の立ち位置を理解して手を出さないし、そもそも、しょうもない悪戯なんてしない。日頃から鬱憤を抱いている、ちょっと頭のゆるい若者が、つい出来心で古明地さん家の飼い猫にちょっかいを出してしまった、とかそんな感じ。
「……だってそれ、私に喧嘩を売っているってことでしょう? だから、叩き潰しますよ?」
 私は誰かさんを殺す。
 勇儀は誰かさんを守る。
 だからこの話は、バラ撒かれたバラバラ死体の謎解きツアーでなくて、つまりはそういう話なのでした。



 私の性格は、控え目に評価して、かなり悪い。

 誰かの苦しむ様子はお茶請けに最適だし、破滅に突き進んでいる様などは、手を叩いて喝采し、背中を押してやりたくなる。下らない鬱屈をつついて笑うのも良いし、私自身に向けられた憎悪を踏み躙るのも爽快だ。
 自分以外の存在は、所詮、壊して遊ぶための玩具に過ぎないのだ……とまでは、流石に思っていませんよ?
 それでもまあ、そこまでいかずとも、正直、それに近いことは思っている。

 旧地獄のことは好きだった。
 多かれ少なかれ、道を行き交う連中は、暗い情動を抱えている。が、多少なりとも隠しこそすれ、恥じ入り卑屈になる者はいない。地上の光は地底には届かない。この街には、善も正義もありはしない。
 だから、どいつもこいつも性根のひん曲がった連中が、こぞって胸がすいたような顔をしているのだろう。
 下らない偽善、欺瞞、虚飾。聞き飽きた正論。そういったものが無いこの街は、私にとっても好ましいものだったのだ。地上の世界は、窮屈な平穏。どうして私が、あんなものに合わせてやらないといけないのか。私は、みんなと同じようにできなかった。とにかく辟易した。頭皮を掻き毟りたくなった。反吐が出て、眩暈がした。
 みんなと同じようにできない外道が集まって、それでいて、傷を舐めあうような仲間意識や連帯感を得ているわけではない。それはそうだ。独断専行の連中が寄り集まって、安売りの友達関係になるなんて、そんなことあるはずが無いだろう?
 お行儀良く集団に混じるなんて、まっぴらごめんだ。
 旧地獄には同じ穴の貉が多く棲み、それでいて各々は孤独だった。飲み屋で肩を寄せ合っている連中も、結局の所、独りで好き勝手にやっているだけ。旧地獄のそういう所を、私は好きになったのだろう。地上で感じていた頭痛や吐き気は収まっている。

 おおよその景観としては、雑多な繁華街と言えば、その通りではある。
 お世辞にも、綺麗とは言い難い。飲み屋が軒を連ねている区画では、誰かが胃の中身を吐き戻していたりするのは、ご愛敬ということで。場所が場所なら猥雑な雰囲気もあって、いわゆる良い街には程遠い。
 しかし、だ。見る目を変えて街並みを歩いていれば、注目すべき物も見えてくる。
 それもそのはず。なにせここは、元地獄。
 後から急遽建てられた家屋が続いていたかと思うと、突然、性格の異なるお堅い施設があったりする。元地獄の古い施設が解体されずに、そのまま新しい旧地獄の街並みに取り残されているのだ。更にもっと深く見据えてみれば、元の地獄から旧地獄へと再生される間に、打ち捨てられた廃獄の期間があったことも見て取れる。元の地獄はお堅い性格で、次に廃獄の沈黙、それらの上に、今の旧地獄がある。元の地獄が好みだったわけではないけれど、過去の物の形が残っている所は、なんとなく好き。
 旧地獄に色を付けるとしたら、暖色系のように、私は思うのだ。
 もちろん、綺麗な色ではない。薄汚れた提灯の放つ明かりは、くすんでいて、でもどこか温かいオレンジ色。
 趣味に合うかと言われれば、否だ。むしろ、廃獄時代の退廃的な雰囲気の方が、私の趣味にドンピシャリする。騒がしいのは苦手。でも、旧都に限って言えば、嫌いではない。けれどやっぱり、賑わった往来は苦手で……
 勇儀は何も言わず、はぐれないように私の手を取ってくれた。背の高さ、肩幅の広さ、なるほど安心感とはこういうものなのですねと、少しだけ思わなくなくもない、こともない、と言ってあげても良いんですよ。

 それにしても、ゆっくりと落ち着いて街を歩くのなんて、初めてのことだった。
 気に入っている街の中を、宝探しのような気分で歩いていくのは、実は結構、楽しかったりするのです。



「なんだか、死霊術、ネクロマンシーでも始めようってみたいね」
「……ああ、近いかも知れませんね」

 最後の腕を拾って四肢が揃う頃になると、私と勇儀の間にも、なんやかんや弛緩した空気が流れ始めていた。
 若干ながら反目し合っているとは言え、邪魔な相手とも平気な顔で仲良くできる程度には、お互い様で神経が図太いのが原因だろう。郊外に出ると若干ながら閑散としてくるために、もう既に距離を取ってはいるけれど。

「何だったかしら。フランケンシュタイン」
「おや、知ってるんですか? その小説は、まだ輸入されてませんよ。死体を継ぎ接ぎするって言うなら……日本で言うと、ああ、そうだ。伝承の領域になりますが、サイギョウ法師がそんな外法に手を出していたとか、いないとか」
「私に細かい話を振るんじゃないよ……」
「にゃはは」
「なんだそれ、変なの」
「……」
 笑い方が気持ち悪い、とか思われました。どうして寄ってたかってみんなで私をイジめるんですか。
「まあでも、私は好きですよ、ゴシックホラー。お燐と回し読みしたりもしますし」
「貴方の所の飼い猫? 気立ての良い娘っ子だが……よく、貴方と仲良くできるものね。地底の住民は、誰も地霊殿に近寄りたがらないのに」
「お察しの通り、あの子は気立ての良い娘っ子なのですよ」

 お燐は私が嫌いではないんですか?
 ……いや。さとり様は、さとり様ですし。なんかもう……別に? って感じで。

 色々と諦められているようで、ほんのりと悲しかったものです
「どうして人間は、死体を復活させたがるんだろうね」
「事情は色々だと思いますよ」
「まあ、そりゃそうだけど」
 なんだか釈然としない様子。
 死体をトートバッグに詰め込むのをどうかと思う程度には勇儀は良識を持ち合わせていて、命を弄ぶことを善しとしない、硬派な性格をしている。そんな彼女に言わせればネクロマンシーは気に入らないのとなるのだ。術者の意のままに動くキョンシーとか、気に食わないと言って殴ってしまうかも知れない。
「私は好きですよ、ミイラって。添い寝してあげても良いくらいです」
「…………」
 ますます変に思われた。寂しいことに、ネクロフィリアという性癖はマニアックな趣味なのです。
「ゾンビはブードゥーで、ミイラは、主にエジプトのものを指しますよね。これからをまとめて一口にゾンビとかミイラと呼んでいますが、実はそれぞれ違いがあって……」
 と話しても、あまり聞いていないですし。
「ちゃんと、真面目な保存技術だってあるんですが」
「保存?」
 少しは興味を引けた模様。
「ええ、保存ですよ。例えば古代のエジプトとかだと、死後の世界が厳格に定められていて、生身の肉体を取っておかないと後で困ると信仰されていたんです。ミイラ作りもこの技術であって、貴方の想像しているような、胡散臭い黒魔術とは性格が異なります」
 あとはそう、マミーとかミイラ男と言うと包帯ぐるぐる巻きのモンスターが想像されるだろうけど、本物のミイラは、包帯と言うよりは大きめの布を使って、身体が崩れないようにガッチリと固定する。
「それが貴方の言う真面目な……要するに、悪ふざけじゃないミイラってわけ?」
「そうですそうです。死体は、丁重に扱うものなのですよ。誤解されるのは悲しいので言わせてもらいますが、私も、死体を粗雑に扱ったりはしません」
 たとえそれが、インテリアの一種を扱うようなものと同列だとしても。家具に加工しなかった木材を、別の用途──例えば薪とかに使ってしまうのだとしても。
 これでも品の良さには自信があって、物に乱暴はしない……ようにするように、心掛けている。いえ、やっぱり嘘です。全然、丁重にできてませんね、私ってば。一応、私なりに気を使ってはいるのですが。

「それにしても、バラバラ死体集めって、オシリス神話を連想しますよね」
「……」
 何それ、と。
「ん、知らないですか。エジプト神話の中ではわりとメジャーなパートなんですけど」
「知ってる奴の方が珍しいでしょうよ」
「そですか、そですよねー」
「……」
 勇儀は少し間を取って、ふと、疑問に思ったようだった。
「そう言えば、前から気になっていたんだけど、灼熱地獄なんてもう動いてないのに、集めた死体は何のための薪にしているんだ?」
「祭壇の炎、ですかね」
 これは、限りなく小声で。
 ところで、やって良い悪戯と、やってはいけない悪戯ってありますよね?
 あくまでもただの例え話ですが、神様のお供え物に悪さをしちゃうとか、どう思います?

 考え事をしながら歩いていたら、街路樹の木の枝から可愛らしい女の子の生首がぶら下がっていて、危うくおでこをぶつけるところだった。
 ……これも、妖怪つるべ落とし?
 そんなことに思いを馳せながら、無事に頭も回収する。
「ああ、良かった。ちゃんとコンプできましたね。また大切な部分だけ足りないなんてことになるかと思いましたよ」
 ぱんぱんに張り詰めたトートバッグの中身は、動いていると言うよりも、蠢いている。胎動していると言えば、更に近い表現になるだろうか。
 止まった心臓とは別に、新しく仮の心臓を与えたことで血液が送り込まれ、今まさに息を吹き返している。重さも徐々に戻りつつあり、もう手で持っているのが難しくなりそうだった。



「……さとり」
 冷たい声音で、勇儀は私を引き留めた。

 私の傍らには、赤くて透明な羊水に濡れたリビングデッド。身体のあちこちに管が刺さっていて、それらの管は外部の器官、新しい心臓に繋がっている。脳髄が溶けているので知性は無く、ただ自分がされたのと同じように、相手をバラバラに分割しようとするだけの怪物。仮にも私の魔術によるお手製なのだから、雑魚妖怪の首を捩じり切るくらいなら簡単だろう。
 と、いうわけで。私はこれから、悪戯の犯人のお宅を訪問し、この子をけしかける。嫌がらせなんかしてくれやがった犯人には、多少なりとも痛い目に遭ってもらう。軽はずみに、してはならないことをした。その報いが死だ。
 そして勇儀は、私のことを快く思っていなかった。
 目的地は目と鼻の先。私達は適当な裏路地で足を止める。流石に表通りで喧嘩を始めるのはよろしくないというのは、共通の見解だった。

「ここまで手伝ってくれたのに、今更、邪魔をするなんて」
「それとこれとでは話が別。それにあのくらい、手伝うも何も無い」
「ええ、貴方はそういうことを言いますよね」
 まったく、難儀な性格をしている方です。私を止めるつもりなら、最初から止めれば良かったのに、見定めるなどと、義理堅いことを。
「私を止めますか?」
「……」
 固く唇を引き結ぶ、勇儀。
 止めると、勇儀は言わなかった。嘘が嫌いと言うか、やりもしないことを口に出して言いたくはないようだ。見定めた結果、庇うに足るかどうかは怪しい線で、止めると言えば嘘になってしまうから。

 基本的な事柄から確認しよう。
 そのガキは私を怒らせた。なので、私は苦痛でもって贖えと言っている。
 なにも、おかしなことなど無い。暴力がまかり通る地獄とは、そういう場所だ。地上では間違った道理であっても、地底なのだから仕方ない。
 あの古明地さとりを怒らせた。だったらそれは、殺されて当然のことだ。
 旧地獄の、これが常識。
 でもこの常識は、何も私に限った話ではないだろう。誰しもが忘れがちになるけれど、他者と関わるということは、本質的にそういう意味を伴っている。

 他者を傷付けてはならない。一般に、それなりに発達した地上の都市部においては、このような良識が生まれる。成る程、それは善良で素晴らしいことだ。だが、多くの人は誤解する。他者を傷付けてはならない、これが真理だからと言って、他者からの報復までも軽んじる。誰かを怒らせたら殺されてもおかしくないのに、そんなことは間違っていると一笑に付し、表面の薄皮一枚の平穏を前提としてしまう。
 違う。確かに善意を信じることが前提だとしても、前提以前の大前提として、命の本質は獣なのだ。
 その大前提を忘れるから、結局、のほほんと平気な顔で他者を傷付ける。ある意味、油断による注意力の欠如で、ひいては相手を蔑ろにしないために必要な敬意の欠如でもあるのだろう。どんな相手でも、嫌なことをしたら自分を殺すのだと、そういう認識の欠け。
 例えばの話、相手に何気ない悪口を言ったとする。
 何故それを、殺されて当然だと思わない?

 ……話が逸れました。
 ともあれここは、ロクでなしの集う旧地獄。相手が気に入らなければ殴るのが当然だと、その大前提が、きちんと常識として機能している街だ。
 誰も心優しくなんかなくて、気遣いなんてしないし、気配りなんてない。どいつもこいつも自分勝手。
 だけど、殺されるような真似をする時は、そのつもりでやっている。それは相手の心の領土に土足で踏み入らない遠慮であり、はたまたその逆の、喧嘩上等という物騒な覚悟である。そのつもりがあるから、よっぽどのことでない限り、一線だけは超えない。でもって、そのつもりが欠けている者は大抵の場合で殺されるのだ。例えば、今回のケースのように。
「落とし前は、付けるべきですよね?」
 星熊勇儀は鬼の中の鬼だ。
 率先して旧地獄の常識の中に生きているのが彼女だ。
「ああ、そうだな」
 勇儀は心の底から同意した。だから彼女自身、ここで私を素通りさせることに異論は無い。情が深いが、同時に、合理的な割り切りの良さも併せ持っている。
 事は単純だ。つまり、舐めた真似をしたガキを生かすか、生かさないか。
 私なら殺す。そして勇儀も、ただでは済まさない派だった。彼女は面倒見が良いが、甘くもないし、優しくもない。地上には助け合いという架空の幻想が存在し、旧地獄には、そんななまぬるい幻想それそのものが、最初から存在していない。
 それでも勇儀が私の前を退かないのは、やはり、納得できないでいるのだ。ガキ一匹助けるためだけに、鬼が何を足掻いているのやら。いや、そんなことを口に出して言えば、別にそんなんじゃないと、彼女はぶっきらぼうに言うのだけれど。
 これは勇儀自身も気付いていないことだが、勇儀自身の流儀と、勇儀が敷いた鬼の矜持とでは、ほとんど内容が同じでも、実は少しだけズレがあるのだ。更に勇儀の願望がまた別方向であるせいで、このように、拗れている。
 もしもそうなった時、大抵の者は、流儀、と言うほど大袈裟でなくても、ある種のこだわりのようなものから捨てていく。勇儀は、それができないでいるのだ。

「私が、後できつく叱っておこう。地霊殿の女主人を舐めるな、それで良いな?」
 きつく叱ると言う。それは本当に、きつい叱り方を勇儀は想定している。ゲンコツ一発では済まないだろう。
 庇ってはやる。ただし、ただでは済まさない。どちらも満たす、まずまずの妥協案だと言えた。かなり苦しい言い訳にしても、落とし所としては、そんなところだろう。
 私は冷ややかな眼差しと共に、せせら笑って、忌憚なく告げる。
「何言ってるんですか? ダメですよ? 殺しますよ? 貴方こそ、地霊殿の女主人を舐めてるんですか?」
 誰が、ぬるい制裁を許すと?
 こんな苛烈な性格をしているから、嫌われるのかも知れませんね。
 だけどそれが、恐怖によって支配する、ということだ。面倒臭いけれど、細かい積み重ねが信用を生む。このように、ぷちぷちと潰していく地道な努力によって、少なからず旧都の美観は維持されているのだ。
 清濁を併せ呑み、冷徹に判断し、勇儀はその点を十分に理解していた。やり過ぎかも知れないが、必要な処置ではある、と。なにせ、旧地獄の連中の獰猛さ加減は一筋縄ではないかないのだ。箍が外れれば、どんな暴動が起こるか分かったものではない。
 やらかせば、殺される。
 その単純な事実が忘れ去られた時、旧地獄は本当に無法地帯になってしまうことだろう。好き勝手にやれば良い。……だけどどうしても、ほんの少しだけ、重しは必要。

 が、もちろん私は、そんなつもりじゃない。
 私は旧地獄の流儀を学ばせるために報復するのではない。その理由もあるにはあるが、ほとんど無い。私が嫌われているのも恐れられているのも、全ては私が好き勝手にやった、その結果に過ぎないのだ。
 勇儀も私も、治安を守りたいから抑止力として君臨しているのではなくて、やりたいようにやった、その結果として一目置かれているだけ。
「もう一度、言いますね。落とし前は、付けるべきですよね?」
 結局はただ単純に、こういうこと。
「私は腹を立てています。代償として、苦痛を要求します。それだけです」
 勇儀もよく知っている通り、旧地獄は、なまぬるい場所じゃない。
 力が全て。この理屈が肯定される世界。
 だから、そう……
「どうしてもと言うなら、私を殺して止めたらどうです? エゴは力づくで押し通すのが、鬼の流儀で
すよね」
 無論、そういう展開を考えていなかったわけではない。
 下らない悩みは、暴力によっていとも簡単に解消される。勇儀は自分の流儀に反する行為を忌避するが、ただ単純に私のことが気にいらないという理由で殺してしまうことは、許容範囲に収まるだろう。と言うか、やりたい放題した暴君は殺されるのがオチと相場が決まっている。
 好き勝手にやった結果、報いを受けるのは当然のこと。強い分だけ好き勝手にできて、弱かったら生き残れない。そして最後の最後まで報復を受けずに済むのは、頂点に君臨する女王だけ。その女王が殺されるのは、玉座から引き摺り下ろされた時。
 口に出した言葉は、戻らないぞ?
 勇儀は意思と視線だけで私に問い掛ける。結構ですともと、私はそういうつもりで頷いた。
「私の前で隠し事なんて無意味ですよ。鬼の本性、曝け出しちゃいます? ついでに色々と抉じ開けてあげますから」
 まあ、こんな安い挑発に乗る勇儀ではなかったけれど。
 あのガキのためにそこまでする義理は無いとか、それにしてもちょっと酷くないですか? やっぱり鬼ですよねぇ。心の底で思ってるだけじゃなくて、口に出して言っちゃえば良いのに。

「……質問、良いか?」
「答えましょう。どうしても、ですよ」
 勇儀は話し合いで解決するつもりらしい。しかしもちろん、話し合いなどという和やかな雰囲気ではない。
「どうしても殺すのか。この質問に対する返答が、どうしても、か?」
「はい」
 私が頷くと、勇儀はしばし顎に手をやって考え込んだ。
 ほう? と、少し感心させられた。
「だけどそれは、必ず殺すという固い決意ではなく、返事をする上での意思表示で、そうなっているだけなんじゃないか?」
 と、勇儀は訝しみながら口にしたのだ。
「嫌がらせは所詮、些細なものだ。貴方としては、留飲さえ下げられればそれで良い。いや、それどころか、そもそも大して怒ってもいない……?」
 甘く見られている、というのとは、少し違う。
 勇儀が紐解く私の動機とは、そんな当たり前の道理が通るものではなかった。
「……特に意味も理由もなく、貴方は誰かの苦痛を求めているだけだ」
 特段、否定はしない。放置していても何の問題も無い案件を追及するのは、悪辣な性格故にこそ。
 いや、私だって怒ってはいるけれど、既に喉元は過ぎ去っている。勇儀の看破した通り、良い機会だからと、私は嬉々として嫌がらせの犯人を追っていただけ。それなら話は簡単だ、とはならない。何も進展していない。
 だって、私が好き勝手にやっているのは最初から分かり切ったことでしょう?
 控え目に評価して、私の性格は、かなり悪い。私は今、絶叫と悲鳴を求めている。ほとんど最初から、何の謝罪も反省も意味が無い。流血を見なければ、はいそうですか、なんて、私は言わない。
「つまり」
 勇儀は顔を上げて言った。
 勝機でも掴んだかのような表情だった。
「つまり、貴方の気が変わったという、たったそれだけの理由でも、この件は流れるわけだ」
「その通りですが、簡単なことだと思われるのは心外です」
 私の訂正を、勇儀は無視する。
「何故、苦痛を与えて楽しむんだ?」
「……はいっ?」
 言葉に詰まってしまった。
 いや、他に色々言うべきことや確認事項はあるのに。こっちこそ聞きたい、何故、その質問を二番目に持ってくるのか。
「そんなの、私の性格が悪いからに決まってるじゃないですか。特に理由はありません。何かの切っ掛けで歪んだわけでもありません。私は始まりからして、このように存在しているのですから」
「それの何が楽しいんだ?」
「…………」
 怪訝な顔になるのは、こっちの方だ。
「苛めて楽しむのは、わりとメジャーな性癖だと思いますけど。特にそう、この旧地獄でなら」
「……それも、そうだな」
 この趣味嗜好を、勇儀は理解する。勇儀だって他ならない、旧地獄の住民の筆頭なのだから。
 それこそ、勇儀は鬼のように残虐だ。武者の首を素手でもぎ取ってやった時。鎧を剥がして内臓をロープのように引き摺り出した時。あれが楽しくなかったとは言わせない。恥じていようが、楽しんでいれば、同じことだ。
「手詰まりですか?」
 状況は、何一つとして変わっていなかった。
 私は自分のためにガキを殺して楽しむ。
 それでいて勇儀は、自業自得のガキを、わざわざ自分の腕で守るに足るだけの、道理が通る理由を見出せない。
「いい加減……私も貴方に付き合っていられませんが。次で最後です。質問は、よく吟味してくださいね。限りある機会を、浪費しないように」
「この旧都を守りたいという気持ちは、貴方の中にある?」
 これは取り立てて正鵠を射ているわけでもなければ、呆れるほど的外れなわけでもない。良い質問かどうかで言うと、普通の部類。私も普通に答える。
「ありますよ。私はこの街を気に入っています。ただし、モブならいくらでも殺して良い」
 我ながら、ひどい言い草だ。
 どのくらいひどいかと言うと、勇儀が思わず手を上げてしまうくらいにひどいものだった。

 数秒、勇儀は息を止めた。震える拳を握り締めて、沸騰する血を宥めるように、自分を落ち着かせようと努力する。難しい努力であることは察して余りある。本来、彼女は血液の循環のままに行動する鬼だ。鬼とは、嵐か何かのような暴力の存在なのだ。
 だが、その衝動的な怒りを、それ以上に頑強な、彼女自身の定めた鬼の流儀によって押さえ付けている。内に潜む溶岩のような衝動と、それを覆う岩石の硬さが、星熊勇儀という鬼の在り方。
 果たして、勇儀は考えた。古明地さとりを許して良いか否か、その結論は、何とも半端なものだった。

 力加減に力加減を重ねて、勇儀は拳すら握らず、平手で私の頬を打った。もちろん、矮躯を崩れ落としてお釣りが出る。
 ぎょっとなって驚いたのは、勇儀の方だった。私はと言えば、つい可笑しくて笑ってしまっていた。だってその時の、勇儀の顔ときたら。
 勇儀は、私がそのまま殴られるとは思っていなかったのだ。暖簾に腕押しでもするように、何の意味も無いと思っていて、それでも耐え切れなかったから、手を出したのだ。
 最初、拍子抜けした。想定していた以上に、古明地さとりが非力だったからだ。
 次に驚いて、徐々に驚きは、大袈裟にも愕然としたものに変貌していき、そして今、勇儀はあろう事か、激しい後悔に苛まれていた。
 ──無抵抗の少女に手を上げることは、彼女の中で、禁忌の一つに数えられている。
 殴られた箇所はじんじんと痛むけれど、幸いにして怪我というほどではなかった。たっぷり休んだ後、私はよろめきながら起き上がる。
「いや、私は真っ当な女の子ではありませんよ?」
 落ち込んでいる勇儀に、とりあえずそう声を掛けてみる。
 お互い、神経は図太い方だ。だから、まるで何事も無かったかのように会話を続けられると思っていた。事実として私は、まったく何も気にしていない。
「……勇儀?」
 何事も無いと、そう思っていたのに。
 勇儀は呆然自失の様子で、自分の手に目線を落としている。何事も無くなかったのは、私ではなく勇儀の方だったのだ。
 いや、いやいや……
 何なのだろう、これは。見たことの無い反応だった。勇儀の受けたショックの大きさは、手に取るように分かっている。が、後から考え直して、古明地さとりは例外扱いでも良いと気付くことができるはずなのに、勇儀は未だ、激しい後悔の中にいる。

 ところで、もしかすると、女の子扱いされたのなんて、初めてのこと……?

 勇儀がおかしな態度のせいで、私まで、自分の裡に生まれた奇妙な感情に、少し戸惑う。
 程無くして勇儀は立ち直る。この辺りの切り替えの早さは流石と言うべきか。
「……結局の所、貴方は自分が楽しければそれで良いだけだ」
 褒めるべき点だろう。思考が散り散りになった状態でも、勇儀は為すべきことを為すように稼働している。独り言のように呟きながら、勇儀は自分の意思を固めていく。
 特別に、少しだけ待っていても構わないと思った。
 興味はあったのだ。──どうして彼女は、こんなにも小さな案件のために、ここまで必死になれるんだろう、と。
「私は、ガキを守りたい。その一方で、仕方ないことだとも理解している。だから私の望みは、道理に無理の無い範囲で、この件を貴方に見過ごしてもらうことだ」
「そのためには、私の気が変わりさえすれば良い」
 客観的に見ても、簡単ではないだろうが、さして難しい話でもない。
 例えば、獲物の肉を追っている獣がいるとして、その獣の横に、新しい肉を置いてみる。移り気するかどうか確かな事は何も言えないけれど、試みとしては難しくない。
 つまりは、代わりの贄を提供するということ。
 が、私の求めている娯楽とは苦痛だ。死んで当然のガキ一匹のために、他の何かを犠牲にすることは、決して道理には沿わないだろう。
 私としては、勇儀に見なかったことにしてもらうというのが手っ取り早く丸く収まるのだけれど、見て見ぬ振りなんてものは、彼女の中で道理に合うはずもない。ある意味では、勇儀も私でさえも、この些細な一件をどう片付けて良いのか、途方に暮れていたのかも知れない。本来ならとても単純な話なのに、面倒臭い二人が関わったせいで、こうすれば良いよねという解決を次々に却下していき、倍どころではない面倒臭さに事態が拗れている。どちらかが手を引けばそれで良いのに、そんな選択肢は最初から有り得ないのだ。
「じゃあ、こうしよう」
 勇儀は呟く。
 どことなく投げやりで、もう知ったことかと言いたげな声音で。それなのに、抱えた問題を投げ捨てる気なんて、さらさら無いという心境で。
「今から私は無茶苦茶なことを言うが、聞いて欲しい」
「ええ、聞くだけなら、聞いてみましょうか」
 本当に無茶苦茶なことのようで、勇儀自身、まだ考えている途中。ぐるぐると巡る単文は、どれもこれも鼻で笑っておしまい。
「話は簡単だ。ここまでは言わなくても良いね?」
「はい。提案の構造は単純です」
 代償を提供する。だから、手を引いてくれ。
 たったそれだけの提案。一発勝負。
「まず、問題を先延ばしすることを許して欲しい」
 今すぐに手渡せるものが無いのだから、やむを得ない話ではある。
 けれども、私が苛立ちを覚えるのも当然だ。
「早速、無茶苦茶なことを言いやがりましたね……」
「分かってるッ。無茶苦茶なのはわかってるッ。でも、道理を通すならこれしかない。さとり。貴方は言ったね? 他者の苦痛は娯楽だと」
「ええ、言いました。誤謬もありません。私は、誰かの苦しむ姿を鑑賞することを娯楽にしています」
 勇儀は深く息を吸った。
 私は思わず、いや待てと口を挟みたくなった。
 何を言い出すかと思えば、本当に滅茶苦茶だ。その思いも言葉も、あまりにも滅茶苦茶で、支離滅裂で、何一つとして理屈が通っていない。せめて口に出す前に、少し考え直すべきではないのか。

「……だったら、いつかきっと、そんなものより面白いものを、私が貴方に見せてやるから」

 だから、今日は見逃してくれ、と。
 途轍もなく真摯な口調は、懇願するようでもあり、挑むようでもあった。頼んでいるくせに頭を下げすらせずに、ただ真っ直ぐに私の瞳を見つめている。あれだけ渦巻いていた考えも消え失せて、後はどうにでもなれとばかり。潔いと評して良いかどうか。
 そう言うのだと分かっていた言葉なのに、いざ実際に聞いてみれば、自分の耳を疑った。あまりのことに、どんな顔をして良いのかも分からない。言っていることがおかしい、なんて、たったその一言で済ませて良いわけがないのに。すぐにはそれ以外の感想が出て来ない程だ。
 しばらく眉間に手をやって、ようやくまともな思考が回復する。
 確かにそれなら、失われる物は何も無い。勇儀の言う道理とやらにも沿っている。だけど、そんな馬鹿馬鹿しい提案を受け入れられるはずが無かった。
 まず大体にして、そんなものは、叶うはずの無い約束だ。だって古明地さとりが他者の苦痛以外のもので楽しむわけが無いだろう。そうなのだから、約束の不履行は最初から決まっていた。だけど、それでいて勇儀が約束を違える気が無いのだということも、私には分かっていた。
 もう、本当にこの鬼は何なのだろう。豪放磊落なくせに、どうしてこうも、異様なまでに真面目な性格をしているのやら。好き勝手に自由であるために、自分の流儀に雁字搦めになっているという矛盾。その愚かさに、彼女は気付いているだろうか。気付いていながらにして、もう他にどうしようもなくなっているのだ。

 なんて不器用で、なんて融通が利かないのだろう。
 そして、なんて愚直なのだろう。

「……あはっ。良いですよ」
 勇儀は意外そうに眼を瞬かせる。無理も無い。私も自分で自分のことを意外に思っている。
 でも、提案を受け入れる理由なら簡単なこと。どういう気まぐれなのか知らないけれど、どうやら私は、もう十分に愉快な気持ちになっているようなのだ。
「お説教、忘れないでくださいね。元々はそういう提案も含んでいるんですから」
「あ、ああ」
 まさか無茶が通ると思っていなかったのだ。自分で言ったくせに、勇儀は呆気に取られている。
「二度と地霊殿に近付くなと言い付けておく。古明地さとりに関わるとロクなことが無い、とも」
「ええ、よろしくお願いしますね。また会いましょう、ふふ、勇儀さん」
 古明地さとりに関わるとロクなことが無い、ですか。
 その古明地さとりと関わってしまったのは、むしろ貴方なのですよ?


 それにしても、可笑しい。どうして、くつくつと喉が痙攣するみたいに、笑いが込み上げてくるんだろう。
 私の後ろを歩いて着いて来るくらいの魔力は残しておいて、死体から心臓をもぎ取った。この子を渡せばお燐は喜ぶだろうか。指摘すると恥ずかしがって照れるけれど、着せ替え人形は女の子らしい趣味で実によろしいと思うのだ。いい加減、お燐の部屋は人形代わりの死体に溢れ返っているような気はするのだけれど。
 また新しい洋服を縫ってあげようと思った。
 今まではそんなこと、上機嫌で気が向いた時にしかやらなかったのに。そのことを少しだけ疑問に感じて、確かめるように口元に伸ばした指先は、笑みの形に歪んだ唇に触れた。



◇◇◇

「結局の所、地獄とは街に他ならないのね」

 時間は冒頭に戻り、ヘカーティアがいつになく真面目な顔で呟いている。
「ところでここは旧地獄らしいけれど」
 ああ、そう言えば、そんな話だった。
 もう地獄でなくなった、でもやっぱり地獄な場所。
「ここはそんなに、良い所?」
 ヘカーティアは、ゆったりと首を傾げる。
 私もまた、特にこれと言って気負わずに答える。
「ええ、私はこの街が好きですよ」

「どうして?」
「好きだからですよ」
 ざっくりした問い掛けに、あっさりと答える。
 ヘカーティアは首を傾げ、もう一つ、問い掛けを付け足した。
「それだけ?」
「……」
 私は少し考えてから、会話に華を添えるのも良いかも知れないと思った。
「実は、面白いのがいましてね──」

 そう、恋バナってやつなのです。
 まずは、旧地獄デートをした話から始めましょう。

 前に書いた短編の、『さとりんが勇儀に「大好きです」って言う話』を膨らませた短編です。ぜひ、合わせて楽しんでくださいませ。
珈琲味のお湯
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コメント



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2.80名前が無い程度の能力削除
さとりん随分ひねくれてるなあと、素直に思いました
ただ勇儀もわりとひねくれてるなあと、そんなふうにも思いました
3.100宵待削除
タイトルを見た時点でこの筆者がまともなデレを書くわけがないと思ったのですが、期待に違わず歪みきっている!
いじらしい勇儀姉さんかわいいペロペロ
5.80大豆まめ削除
ここまで清々しい程の性悪さとり様は久しぶりに見た気がします。
嫌われ者の集う地獄にあってなお怨霊すら恐れると言われる彼女なのだから、こういう描き方もアリなんでしょうね。
6.90名前が無い程度の能力削除
機嫌が良いのを認めない偏屈さとりが猛烈に可愛い