Coolier - 新生・東方創想話

いつか私が死んだなら

2018/01/20 00:16:56
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 冷たい初冬の風が、ひゅうと吹く。風に巻かれる赤と黄色の落ち葉達が、何処かへと散って行く。
 そんな風景を眼下に望みながら、霧雨魔理沙は博麗神社へと向かっていた。
 いつもの様に手ぶらでは無く、重たそうな肩掛けの鞄を身につけて。
「今年も本格的に寒くなってきたなぁ」
 特に意味も無く漏れる感想と共に、魔理沙は箒を進めて行く。
 気が付けば、神社はもうすぐそこだ。境内では、赤と白のツートーンカラーが、際限無く舞い踊る落ち葉をせっせと掃いていた。
「よ、霊夢」
 その直ぐそばの地面に勢いよく降りる。
「ちょっと、何してくれるのよ。あんたのせいで、折角掃いた落ち葉が飛んでいっちゃったじゃない」
 少し膨れっ面になり、紅白の巫女、博麗霊夢は不満を露わにする。それをまともに取り合うこともなく、魔理沙はおどけた様に返す。
「まあ、そうカリカリするなよ。今日は、手土産もあるんだぜ?」
 そう言いながら、魔理沙は鞄に手を入れて、一本の大きな酒瓶を取り出した。
「ほら、香霖が持ってた酒だ。手に入れてきてやったから、一緒に飲もうぜ」
いかにも高級そうな酒を片手にして、魔理沙は自慢気にいまいち乏しい胸を張る。
「あんた……まさかとは思うけど、勝手に盗ってきたんじゃないでしょうね……」
「それは心配無用だぜ?あいつが、飲んでみたけど口に合わなかったからくれるって言ったんだ」
「ふうん。それなら、気兼ねなく飲めるわね。あり合わせだけど、何か作るから待ってて」
 そう言って、霊夢は箒を片付けて神社の中へと入る。
「霊夢の作るツマミは、何の料理かよく分からないのに、美味くて酒に合うからなぁ」
 続いて魔理沙も入って行き、台所へ向かう霊夢と別れて、居間へと向かっていった。


「んーーっ!本当に美味しいわね、このお酒!」
「ああ、我ながらいいもん貰ったぜ!」
 二人でこたつを囲み、飲み始めてからどのくらい経ったか。
 気が付けば、程よく酔いも周り、二人ともいつも以上に饒舌になり始めていた。
「でも、こんなに美味しいお酒、本当に霖之助さんがいらないなんて言ったの?やっぱりあんた、盗んできたでしょ」
「馬鹿言うなよ!本当に香霖がいらないからってくれたんだって!大体私は盗みなんかした事ないぞ」
「よく言うわね。前にアリスが文句言ってたし、レミリアもパチュリーがぶつくさ言ってるってよく言うわよ?」
「それは借りてるだけだ。私が死んだら返すさ」
「いつもそれね。ま、いいけど」
 益体も無い無駄話に花が咲く。幼い頃から共にいた二人は、しかし、いくら言葉を交わし続けても、口が閉じて開かなくなる事は無かった。
 止まらない会話。けれども、無限に続く会話に対して、食う物、飲む物は有限だ。
 ツマミはとうの昔に食べきってしまい、ついには、2升以上あったはず酒が、底をつき始める。
 突発的に始まった、二人の宴は、終わりを迎えようとしていた。
「これが最後の一杯ね……」
 酒瓶に残った最後の酒を、慎重にコップに注いだかと思うと、霊夢は障子を開けて縁側へと出る。
 それを見た魔理沙は、もう終わりかぁ、と言いながら、縁側に腰掛けた霊夢の隣に、同様に腰を下ろす。
 酒が回って火照った顔に、軽く吹き付ける冷たい風が心地よい。少し冷た過ぎる気もするが、こういうのは雰囲気が大事だろうと、魔理沙はしばしそれを楽しむ。
「あんたとこうやって飲むのも、もう何回目かしらね」
 コップを軽く傾け、霊夢が一口酒を飲む。
 無言で差し出されるコップを、魔理沙が受け取って一口飲むと、口を離す。
「数えるのも馬鹿らしいくらいには、何回もやったな」
 魔理沙が、霊夢へとコップを戻す。
「この先も、何回でもやりたいわね」
「ああ、そうだな。大人数でバカみたいに騒ぐ飲むのも、お前と二人でバカみたいに騒いで飲むのも」
 なんて事はない。今まで何度も繰り返してきたやり取りだ。
 二人で飲むとき、いつからか最後の一杯はこうして飲むのが、お互いの了解となっていた。
 側から見れば、酒でなく自分達に酔っている様にしか見えないだろう。酒が抜けた後、自分達でも思い出してこっぱずかしくなる。
 しかし、それでいいのだろうと、魔理沙は思う。それは、きっと霊夢も。
 霊夢がコップを傾ける。4分の1ほどを残して飲み干された酒が、魔理沙に渡される。
「じゃあ、今日もこれでおしまいね」
少し名残惜しそうに、霊夢が呟く。
しかし、今宵はそれでは終わらなかった。
「なあ、霊夢」
いつも通りに酒を飲み干すことをせず、魔理沙はそう声を発する。
「何?」
「お前にさ、聞きたいことが、あるんだ」
 その様子に霊夢が、少し怪訝そうな顔をして、魔理沙の顔を覗き込む。
 何か鬼気迫るものがあるわけではない。何かを思いつめている様子でもない。しかし、魔理沙の表情には、明らかに真剣味があった。
「……言ってみなさい。でも、折角の酔いが覚めるような、興醒めする事だったら承知しないからね」
 そう言いながら、霊夢は、今から魔理沙の発する言葉を、一語一句聞き逃さないように、真剣に聞こうと構える。
 しばし、沈黙が続いて、ようやく魔理沙が口を開く。
「もし、私が死んだらさ。霊夢は、どう思う?」
「はぁ……?」
 思いもよらぬ言葉に、霊夢は間抜けだ声を漏らす。
「何か言葉遊びをしてるとかじゃなくて、言った通りの意味だ。霊夢は、どう思うんだ?変なことを聞く奴だって思ってるかもしれないけどさ、私にとっては、凄く重要なことなんだ」
 言葉を重ねる魔理沙に、霊夢は、その真剣さを再度確認する。
 真剣に答えなければ、無二の親友に失礼だ。そう考えて、霊夢は少し考える。
「そうね……悲しい、と思う。少なくとも。あんたとは、昔からの付き合いだし、これからだって、長い付き合いになるんだと思ってるわ。だから……あんたが急にいなくなったら……そうね、きっと、寂しい。多分、まだ一緒に食べたかった物も、話したかった事も、沢山あるって思うだろうし、あんたが、いつか私に勝つって言ってた約束はどうしたんだって、怒るとも思う。
でも、とにかく、悲しいと思う。……それが一番ね」
 霊夢が話す間、魔理沙は空を見上げながら、ずっと黙って聞いていた。
 我ながら恥ずかしい事を言ったな、と、霊夢は酔いではない理由で、顔がさら赤くなるのを自覚する。
 魔理沙は、少しの間、腕を抱えて一人で頷いていたかと思うと、いきなり立ち上がった。
「うん。良かった。ありがとな、霊夢」
 そう言うと、魔理沙は腰に手を当てながら、残りの酒を飲む。
「はいはい。私の回答は、望み通りだった?」
「ああ、そうだな。ほぼ最高の答えだったぜ」
 魔理沙はにかりと笑う。その笑顔に呆れた様子で、霊夢はやれやれと首を振る。
「もう。あんたが変な事聞くから、白けちゃったじゃないの。責任取って、なんか面白い事でもやりなさいよ」
「うーん……そうだなぁ」
 悩んでいるような口振りで、しかし、魔理沙の手は迷いなく、服の内側に仕込んだ何かを取り出す。
「これで曲芸でもやるか」
 魔理沙が取り出したのは、10cm程もある、一本のナイフだった。
「曲芸?あんた、そんなもの出来たの?」
「いや、最近ちょっと練習しててな」
「へえ。じゃ、お手並み拝見ってところね」
 魔理沙が右手にナイフを逆手で持つ。
 上手く行ったら、なかなかやるじゃない、と笑おう。失敗したら、全然だめじゃない、と笑ってやろう。
 そんな事を考えながら、霊夢は、ナイフを握り込んだ魔理沙の手元に、目線を集中させる。
「それじゃ、行くぞー」
 気の抜けた声と共に、魔理沙の左手がナイフの柄に当てられ、勢いよく胸に刺さる。
 すぐさま引き抜かれたナイフには、赤黒い液体が滴り、服に開いた穴からは、止めどなく何かが零れ出している。
 ナイフを刺した時の勢いからか、魔理沙が力無く、背中からバタンと倒れる。
 倒れた衝撃で、零れ出すそれが、周りに飛ぶ。
 なるほど。これが魔理沙の練習していたと言う曲芸か。曲芸かどうかは微妙だけれども、なかなか、真に迫るものがある。
 倒れ込んだ魔理沙は、今だにピクリとも動かない。そんな魔理沙を見ながら、酔いでぼんやりとした頭で、霊夢は友人の芸の感想をどうしたものか、考がえ始
「……は?」
 違和感を覚える。思考が動き出す。酔いが覚める。思考がはじけ出す。状況を理解する。思考がそれを拒否し出す。しかし、理性と本能が、それをこそ拒否する。
「魔理沙!!」
 目の前で起こった事を、やっとしっかり認識する。
「あんた何やってるのよ!!ちょっと、しっかりしなさい!!」
 揺さぶってみても、魔理沙は動かない。揺さぶってみると、零れ出す血液が勢いを増す。
「魔理沙!!魔理沙……!!」
 何度声をかけ、何度振動を加え、何度神に祈っても、魔理沙は動かない。
 命の灯火は感じられる。それもすぐにかき消えてしまいそうだと感じてしまう。
 声をかける事をやめ、霊夢は沈黙する。
 理解したくない程の嫌な現実で、頭がいっぱいになる。
 息が詰まる程の鉄の匂いで、鼻がいっぱいになる。
 恐ろしい程の静けさで、耳がいっぱいになる。
 いくら耐えても込み上げてくる程の嗚咽で、喉がいっぱいになる。
 泣き喚きたくなる程の悲しさと、寂しさと、空虚さで、胸がいっぱいになる。
「魔理沙……」
 最後にそうとだけ呟いて、霊夢は苦しさと共に、意識を手放した。



 目が覚める。
 いつのまにか、布団で寝ていたようだ。朝の冷え込みから、完璧に身を守ってくれる布団から出られない。
「——ッ!魔理沙!?」
 唐突に血に濡れるその姿を思い出し、勢いよく上半身を起こす。
 そこには、赤黒い汚れなど何処にも無い、いつも通りの魔理沙がいた。
「おはよう。どうしたんだ、霊夢。急に私の名前なんか叫んで」
 霊夢の目尻に、思わず涙が滲む。
「本当に魔理沙よね……?本当の、本当に」
 こちらに寄ってきた魔理沙の顔を、ぺたくりと触り回す。
「なに変なこと言ってるんだ……?私はいつも通りの魔理沙さんだぜ」
 呆れたような顔で、魔理沙は肩をすくめる。
「大方、変な夢でも見たんだろ?もしかして、私が居なくなる夢でも見て泣いてたのか?」
 ニヤニヤと、からかうように魔理沙が笑う。
「うん。……そうね、悪い夢でも見てたみたい。ねえ、魔理沙。私、いつ寝ちゃった?」
「そ、そうだな。もう酒も残り少しって時に、お前が話してる途中で、いきなり机に突っ伏して寝始めたぞ」
 からかいを完全に無視された事で、少し戸惑ったように魔理沙が答える。
 つまりは、そういう事だったのだ。二人での駄弁りを肴に酒を飲みながら、寝てしまったのだろう。
 いつも通りの締めがまだだった為に、あんな夢を見て。そこから、あんなよくわからない展開になったのだ。
「夢でよかったわ。……ほんとに」
 自分の胸に手をやり、己を落ち着かせながら呟く。
「どうやら、よほど酷い夢だったみたいだな。怖がり霊夢のために、私がそばに居てやろうか?」
 先ほどの事がよほど悔しかったのか、魔理沙が再度霊夢をからかう。
「そうね、しばらく手を握っててくれる?」
 しかし、その目論見は、からかいを素直に受け取った霊夢に潰される。
「……わかったよ」
 冗談を真に受けられた事を少し恥ずかしそうに、魔理沙は霊夢の手を優しく握った。

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