Coolier - 新生・東方創想話

幸福な一日

2018/01/17 20:31:00
最終更新
サイズ
7.24KB
ページ数
1
閲覧数
1549
評価数
9/20
POINT
1290
Rate
12.52

分類タグ

 今日は全く幸福な一日だ。私は手元のグラスになみなみと注がれた高級酒を一気に飲み干した。
 ここは幻想郷でも一等上等な宿である。無論文明の発展した外の世界とは比べるべくもないものの、人里の文明基準からは大きく逸脱した場所だった。
 窓にはしっかりとガラスが貼ってあり、ご丁寧に断熱まで成されている。室内には大きなベッドと、ふかふかの布団。石油ストーブまで置かれていた。さすがにエアコンまでは設置されていないものの、この幻想郷にあって、これほど文明の利器が充実している住居というのは、かなり異質なものであった。
 河童か何かと提携しているのかもしれないな。アルコールで浮ついた思考で推測する。
 ハイペースで酒を煽っていると、あっという間に酒のボトルが空になる。私は一つ舌打ちをして、次のボトルに手を掛けた。

 結局のところ、先の異変で、私の身辺の変化というのはほとんどなかった。
 寺での修行は、まあ新鮮と言えば新鮮だったものの、禁欲などという下らない戒律に縛られては、疫病神の名折れと言うものだ。
 少しは思うところがあり、富を奪う対象を選ぶようにはしたものの、結局これも自己満足にすぎない。
 他人の財で着飾り、豪遊していることに変わりはないのだから。

 だがそのことに対して私はなんの後ろめたさも持ってはいない。
 異変の時には何か大きな熱に絆されて、自分の生き方に疑問を覚えたこともあったが、それももうやめた。
 そう簡単に生き方を変えることなど出来はしないのだ。人ですらそうなのだから、我ら神は尚更である。
 そう考えると、私も姉も、神としての在り方に縛られているという点では同じなのかもしれないな。ふと、先の異変で別れた、あの貧乏神の姉の事を考える。

 こうして姉が離れていったことで、私は間違いなく幸せになったのだろう。
 私の能力と姉の能力は反発しあっていた。私はもともと集めた財を手元にいつまでも置いてはおけなかったが、姉が傍に居ることでそれは加速した。
 実際に、こうして姉と別れた今、財は以前よりも私の元に留まっている。
 偶発的に起こる不運な出来事も明らかに減少した。客観的に見て、私はどう考えても以前よりも幸福になったはずだ。

 だというのに、一体何なのだろう。この心の中に残るしこりのようなものは――。

 姉はあの天人の元へ身を寄せたようだ。あの天人の持つ生まれながらの天運は、凄まじいものがある。何しろ、あの姉が憑いていても吸いつくされないほどの運だというのだから、相当である。
 実力においても、彼女は私の遥か高みにある。気質こそ幼い部分があるものの、実力だけで言えば、あの賢者と肩を並べるほどだと言うのだから、私などとは比べるべくもない。
 あの天人は、私などよりも姉を強く庇護してくれるだろう。いずれ彼女が姉に対しての興味を無くすか、嫌気がさして離れる、その瞬間までは。
 姉も私も、以前よりも幸福になった。
 なったのだ。

 私は座ったまま、ぐるり、と部屋を見渡した。
 買い漁った服、食べ物、宝石、酒、工芸品……様々なものが、部屋の中に散乱している。昨日新しく巻き上げた財で、幻想郷中から買い集めて来たものだ。
 富で溢れた部屋。貧しさなど微塵も感じさせない部屋。……だが、そこにあの人の姿はない。
 近くに置いてある宝石を手に取った。純度の高いサファイアの指輪である。その青い光に、何ゆえか惹きつけられて、私は指に付けた指輪のうちの一つを、その指輪と入れ替えた。
 背もたれにもたれかかると、ギィ、と椅子が音を立てる。手を上に掲げると、窓から差し込む月明りを映して、その指輪はきらりと光った。
 その光を眺めながら、私は瞳を閉じた。











 花畑の中で、二人の少女が戯れている。
 一人は青い髪の少女で、一人は黒い髪の少女であった。
 二人は手を繋いで、花畑の中を駆け抜けていく。太陽の光を受けて、白い歯がきらりと光る。
 そこで、私はその二人が、姉と自分であることに気が付いた。
 
 くだらない夢だ、と思った。
 確かに二人は楽しそうではある。今では考えられないほどに、なんの影もない笑顔を浮かべている。
 長く生きているうちに、私は物の豊かさを手に入れ、姉は貧乏な暮らしに陥り、変わった。
 貧すれば鈍する。まさしくその通りだ。少なくとも昔の姉は、世を厭うような、諦めたような笑顔を浮かべてはいなかった。
 
 二人は駆け続けて、大きな広場に着いた。
 私が、身振り手振りを交えて、その日あった楽しいことや嬉しいことを、姉に伝えている。
 姉は、手元で色々な花を縒り合わせながら、微笑みを浮かべて、それを聞いている。
 やがて、話の種が無くなったのか、私は姉の近くに座って、鼻歌を歌いながら、花冠が出来上がるのを待っている。
 
 暫くののち、姉は嬉しそうな笑顔を浮かべ、出来上がった花冠を掲げて見せた。
 私は、同じように花が咲くような笑顔を浮かべ、頭を垂れた。
 姉はくしゃり、と私の頭を一つ撫でた後に、花冠を私の頭の上に載せた。
 私は、頭の上に手をやって、その感覚を確かめたり、その場で大きく回ったりしている。姉は、そんな私の姿を見て、また嬉しそうに笑った。
 私は、暫く無邪気な笑い声を上げたあとに、飛びつくように姉に抱き着いて、大きな声で言った。

『お姉ちゃん、大好き!』

 姉は、愛おしそうに私の頭を撫でて、耳元で囁くように言った。

『うん。お姉ちゃんも、女苑のことが大好きよ』

 ……くだらない夢だ。
 くだらない夢だ。
 こんなものは、生きる意味も何も分かっていないお子ちゃまの、夢想のような時間にすぎない。
 こんな日々など、神としての在り方を知ったその時に、あっという間に瓦解してしまったものにすぎない。
 大体、なぜ私たちはあんなにも幸せそうに笑っているのだ。
 碌に食べ物も食べられなかった。身に付けている服だって、今の服に比べれば、ぼろ切れのような見すぼらしいものだ。
 髪だって碌に手入れもされていない。アクセサリーなんて一つも身に着けていない。酒だって飲めはしない。
 こんな世界は、物の豊かさを知らない童が、世界の広さを知らない童が、目の前の小さな幸福に縋り付いているに過ぎないのだ。
 そんなくだらない日常を。
 今の豊かな暮らしとは比べるべくもない、惨めな暮らしを。
 
 ――どうしてこんなにも、羨んでしまうのだろう。

『貴女は本当は慎ましく、質素に暮らしたいのね』

 夢の支配者の声が、脳内で反響する。
 
 うるさい。
 うるさい。
 私はこんなものいらない。
 私はこんなもの捨てたんだから。
 こんなにも幸せになったんだから。
 だからこんな世界はいらない。
 あの人との思い出なんて――いらない。

 私は一つ、大きな弾幕を形作って、幸せそうに笑う二人に、それを投げつけた。
 こんな不愉快なものは、もう一秒だって見ていたくなかった。
 飛来する弾幕の存在に気が付いた二人は、身を寄せ合うようにして固まっている。
 だが、数瞬ののち、姉は決意を決めたように口元を引き結んで、私を庇うように前に立った。
 
 私と私の悲鳴が、重なった。

 弾幕があの人を飲み込む直前、悲し気に向けられたその瞳が、こちらを捉えた。











 ――寒い。

 身体を蝕む寒さに耐えかねて、私は意識を覚醒させた。
 何か夢を見ていたような感覚を覚えたところで、私は、夢を見るほど長い間、何も羽織らずに椅子で寝ていたことに気が付いた。
 それでは、寒さを覚えるのも当然と言えるだろう。
 私は、いつも通りあの人の左手を引きながら、立ち上がった。

「ほら姉さん、すぐ着替えて――」

 ――私は何を言っているのだ。
 ただ虚空を掴むだけの右手を茫然と見下ろす。
 確かに今までは、寒いときには必ず、姉の手を握って眠りに就いていた。だから間違えて呼んでしまったのだろう。ただそれだけのことだ。
 身体を蝕む寒さは消えない。
 寒風の吹きすさぶ外での野宿に比べれば、この部屋の中は天国のように温かい。
 それでも、これほどまでに寒さを覚えることなどなかった。
 あの人の掌が、それほどの暖かさを与えてくれたとでも言うのだろうか?
 ……くだらない。

「あはは」

 私は石油ストーブに火をつけて、布団にもぐりこんだ。
 全身を温もりが包む。だが、まだどこか寒い。
 その寒さがどこから生じるものなのか、私にはわからない。
 わかりたくもない。

 私は幸福だ。
 今までで、こんなにも幸福な一日があっただろうか?
 飢えもせず、窮することもなく、美味しい食事と、暖かな住居に囲まれて、何の不安もなく夜を越すことが出来る。
 私は幸福だ。
 私は幸福だ。
 間違いなく幸福なのだ。
 
 頬に一筋、雫が流れ落ちた。
 それに気が付かない振りをして、瞳を閉じた。
 もう、夢は見なかった。
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.460簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
いくら物の豊かさを追い求めても手に入れられないものはあるんですねぇ。
女苑はこれだけ感傷に浸っていてもしばらく経てばケロッとしていそうな強かさは感じますが…。
それにしても妄想の捗る姉妹です。
4.90奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が良かったです
7.100名前が無い程度の能力削除
なんとも切ない話……
8.90名前が無い程度の能力削除
良かった
10.80名前が図書程度の能力削除
安易に救いを与えない結びで作品の空気感が引き締まった感じがします。
それでも彼女たちにはまだこの先があることを思わずにいられませんね。
11.100南条削除
面白かったです
失って初めてわかる物もあるのですね
やりきれないけど良い話でした
12.100名前が無い程度の能力削除
手堅くて読みやすいです
14.90大豆まめ削除
なんというバッドエンド……。
この女苑ちゃんには、いつか本当に幸福な日を迎えてほしい。
15.80もなじろう削除
浮かばれない……