Coolier - 新生・東方創想話

古明地姉妹の一月戦争!

2018/01/16 22:30:02
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 あった。
 地底に神社は存在した――――。
 まず目に入ったのは鮮やかな赤に煌る鳥居だった。そしてそれは見上げるほどに高い。また白い木材で建てられた社は、汚れや傷とは無縁であった。境内には屋台も出ていて、人が集まれるだけの広さがある。思ったよりも立派なものだなと感心してしまった。
 だが決して私の心の中に神は居ない。ソレに対しては蔑みとまではいかずとも、冷ややかな感情を抱いている。妖怪を作るは人の恐れであり、神を作るは人の畏れである。神を信奉するという行為が、我が身を滅ぼすやも知れぬのだ。そう思うといい気持ちはしなかった。
 それにしても、まさか地底に神社が建つ日が来ようとは。例の異変以降、地底は少しオープンになってこそいる。核エネルギーに惹かれた河童が毎月「技術協力」などというものの勧誘に来るし、いつの間にか街に山の新聞が普及している。とはいえ神社は想定外だ。地底の行く末が憂慮されるが、ある種時代の流れを映し出しているとも言えるかもしれなかった。
 「なーにムスっとしてるの」
 「してないわよ」
 こいしが猫背になった私に声を掛けた。覗き込む妹の顔は楽しげで、遠足に出発する子供のようだ。しかしその零れた白い歯から湧きあがる感情は、悔恨。誤りではない。読んで字のごとく、悔しくて恨めしい。
 「お姉ちゃんは幸せ者だよ。外に連れ出してくれる家族が居るんだから」
 「あんたが言うなや」
 お節介甚だしい。こっちはいい迷惑なのだ。
 「なかなか混んでますね」
 お燐の発言の通り、境内は鈴なりの参拝客でごった返していた。人混みには近寄りたくない。下を向いて歩くものの、足元は光るような白い石ばかりで目が痛くなる。
 「お、あれは」
 こいしが参拝待ちの列に誰かを発見したようだった。ぴょんぴょん跳ねながら大きく手を振る。
 「おっす星熊さん、こいっしこいっし」
 星熊さん、というのは知り合いなのか? どうであれ公の場でそんなふざけた挨拶をされると、お姉ちゃん恥ずかしいぞ。
 「おーこいしちゃんじゃないか。相変わらずだね」
 振り返った女性の姿を見て私は驚いた。体格はこいしの倍近く筋骨隆々。さらに真冬だというのに半袖のシャツ一枚と、出で立ちは非常にエキセントリックだ。前髪を割いて突き出した角を見れば、彼女が鬼であることは直ぐに分かった。
 「今日はお姉ちゃんも来てるんだ」
 「へぇ、姉さんね」
 ああ、紹介なんてしなくていいのに。
 「というとあれかい? けちで引きこもりで冷たくてよく暴力を振るう邪智暴虐のあのお姉さんか」
 「ン゛ッ」
 鬼の視線がこちらに向く。咳払いをして辛うじてお茶を濁すと、こいしが鬼に言った。
 「大体あってるよ。でもあと貧乳が足りない」
 こいしめ、普段どんな話をして姉を貶しているんだ。サイズだって大して変わらないだろちくしょう。こんな紹介をされて滅茶苦茶強そうなムキムキマッチョの鬼の前に出てくる人の気持ちも考えなさいよ。
 「で、これがお姉ちゃん。ほら早く来てよ」
 「お、お燐……」
 呼び掛けもむなしく、お燐は猫の姿に変身して10歩後ろへ逃げている。さすがに獣を模しているだけあって危機察知能力が高かった。仕方がない。私はとぼとぼ前へ出る。
 「はっ、はい、えー」
 「はじめましてお姉さん」
 目の前に出てみると、やはり大きい。彼女は柔らかい笑顔をしているのに、まるで鉄の壁を相手にしているような感覚に陥ってしまう。
 「はー、はじめまして、あのですね、これはちがくて、あの」
 私は下から鬼の視線を伺う。鬼という種族はたいてい、豪快で大雑把な性格をしている。人情に篤く、酒をかっ食らうことが彼女らにとって最高のコミュニケーションである。血の気も多い。自分の正義を信じ、問題や気に入らぬものは力で解決を図る。
 さて、なにゆえ私は心が読めるのに、拙い精神分析を語っているのか。至極単純。怖いからだ。この鬼の心を読むのが怖いから。
 鬼はギラリと白く尖った歯を輝かせた。
 「ああ大丈夫、ケンカの相手を悪く言うなんざよくあることさ」
 締め付けられた心臓が解放される。笑顔を返そうとしてみるが、表情筋がコンクリートのように動かない。
 「妹が、ご迷惑を、おかけしています」
 「ああいやむしろ感謝してるよ、妹さんには」
 「そうなんですか」
 「デカい建築は久々でね。皆いつもは酒を呑むくらいしかやることがないから、良い気晴らしになったよ」
 「え、それだとまるで妹が建てさせたみたいですが……」
 星熊さんは目を丸くした。
 「妹さんに聞いてないのかい?」
 「言ってないよ」
 私が答えようとしたところに、こいしが割り込んで言う。何を言っていないのだ。事態を把握できない。
 「どういうことか説明しなさいよ」
 「こいしから紅白の巫女さんにお願いしたんだ。タダで信仰と賽銭が集まるって吹き込んだらソッコー快諾よ」
 あたかも日常の些事であるかのように語る様子に、私は呆気にとられてしまった。まさか私を引っ張り出す為だけにここまでの大仕事を為したのか?
 「ビックリしたみたいだねお姉ちゃん。でも序の口さ。こいしによる壮大な計画の第一段階なのだよ。ハッハッハ」
 呆れているのだよ。はっは…………ああ笑えない。
 「こいしちゃんはああ言ってるが本当のところ、最近喧嘩やいざこざが多くてな。外で酒を呑める場所が出来て親睦が深まればいいかなと。宗教ってのは心を安らかにしてくれるんだろう? それも都合がいいさね」
 「まあ、表向きはそういうことだね」
 宗教はアロマオイルとは違うんだから、教義も知らずでは効果はないだろうに……。飲み薬を塗って使うような、若しくはぶきを拾ってそうびしないような、もどかしい誤謬を彼女は抱いているのではないか。だが、当然私にそんな高説を垂れる度胸などなく、
 「いろいろ大変ですね」だなんて愛想笑いをするのが関の山だった。
 「うし。じゃあお姉ちゃんの子守りもあるからこの辺で。じゃーね星熊さん」
 そんな軽口を言って手を叩いたのはこいしだ。私も別れを告げることにする。
 「子守りしてるのはこっちよ。ではまた会う機会があれば」
 「おう。今度はうちの店にでも来てくれよ」
 星熊さんはでかでかと「悠々酒滴」という綴りが張り付いたTシャツの、豊満な胸を張る。後に明らかになるが、この造語が彼女のバーの名前らしい。しかしこの時の私にTシャツの柄は目に入っておらず、妹と「仲が良い」と思われていることをひたすら気に掛けていたのだった。
 
 「おみくじがあるよ。引いてみようよ」
 ずらりと算盤のように連なる参拝の列から離れて、妹はこぢんまりした一区画を指差した。紅白の幕の下にやたらと幅の広い木箱が置かれている。傍の立て札は達筆で「一回 百幻想郷ドル」と語っている。どうせ中身はただの運試しだろう。
 「100ドルあげるからお燐と引いてきなさいよ。私は興味ないわ」
 こいしの表情が突然暗くなった。
 「違う、違うよお姉ちゃん。こいしはお金が欲しいのでもオカルトな紙切れが欲しいのでもないんだよ。おみくじに一喜一憂する時間。そんな普通の姉妹の当たり前を、ごくごく平凡な思い出を望んでいるだけだというのに、お姉ちゃんは……」
 「ああ分かったわ、引くわよ。ごめん」
 「やったー! では始まります!」
 第一回 ドキドキ☆罰ゲームを賭けておみくじ運勢勝負~!!」
 「さっきの言葉撤回。お前、本当は罰ゲームやらせたいだけだな」
 「ドンドンドン! パフパフパフ!」
 「効果音を口で言うな」
 つけ上がるスピードだけは天才だ。甘やかしてやらなきゃよかった。
 「はーあ。そうだ、折角だしお燐も引いてきなさい」
 私は硬貨を指に挟んでお燐に差し出したが、様子が妙だ。お燐はモジモジとあか抜けない顔を上目遣いにして、手を合わせて願いを乞うのである。
 「さとりさま! その、あちらの屋台からふんわり美味しそうなにおいがやってきててですね。いやもちろん、あたいも立派ないち妖怪としてさとり様のお誘いを前に、まさか食欲に負けるなどということはありませんがえーと……」
 「……行ってきなさい」
 硬貨を数枚お燐に手渡すと、彼女は嬉しそうに猫耳をピンと張って屋台の方へ跳ねていった。こいしもこれくらい素直で可愛いげがあればいいのだが、
 「サシでヤり合うのはいつぶりだろうなア、姉貴よォ」
 これだからなあ。
 「で、罰ゲームで何をさせるつもりなのよ」
 「今日まで犯してきた罪を首に提げて3日間野晒しにする」
 「中世の処刑かよ。やらんわそんなの」
 「だったら運勢が悪かった方が一つ願いを聞くってことで」
 「さっきみたいな酷いのは無しよ」
 「はいはい、わかってますよっと」
 こいしはコインを投げ入れ、おみくじの溜め池へえいやと左腕を突き刺す。まるで湖底の泥を浚うようにして、熱心に箱の中をまさぐり続け。やがて不気味に笑い出した。
 「どこだぁ……? こいっ……。こい……っ、ワタシのダイキチ……っ!」
 カチリ、と何かが嵌まる音が聞こえた気がした。御籤の水面が急速にざわめく。抜錨。一枚の選ばれし紙片を掴み取った腕が、天を衝く。
 「デスティニードロー!」
 開かれた紙、指の隙間から覗いたのは『大』の文字。まさか、引いてのけたのか……!
 「くらえ! 私の愛と魂と、心と某と、猫も杓子も、奇跡も魔法も! これがすべてを込めた神の引きだぁ!」
 振り下ろした手の風圧に身じろぎながらもかろうじて結果を視認する。
 『大』の文字、そして――――
 『大凶』
 「プッ」
 「わ、笑うなー!」
 こいしは両手を挙げて怒ってみせるが、コントのような見事なオチを披露しておいてそれは無理な話だ。
 「あれだけ大見得切って大凶って。傑作よ、フフ」
 「まだわからないから! お姉ちゃんだって大凶かもしれないし」
 「大凶なんてそうそう出るもんじゃないのよ。さて何をしてもらおうかしら?」
 おみくじの箱から適当な一枚を引っ張り出す。大凶でなければ結果はどうでもいいが、一応中の文字は、と。
 大、大、大…………凶。
 「は?」
 急に元気になったこいしに指を指される。
 「ほらでた! お姉ちゃん今最っ高にカッコ悪いよ! ねぇどんな気持ち? ねぇどんな気もう゛っ」
 (無言の腹パン)
 「『大大大凶』 ? なによこれ。ちょっと流行りに乗ろうとして前前◯世みたいに言って、結局乗れてないじゃない。おみくじだって一応神聖なものでしょうが。神道なめてんのか? なめてんだろ。ええいこんなもの!」
 「神聖なものを平気でガシガシ踏みつけるお姉ちゃん、私は好きだよ」
 「やかましいわ!」
 最早私の怒号などものともせず、こいしがニヤリと笑う。
 「それじゃあ罰ゲーム、やってみようか」
 「まだ、まだよ…………」
 諦めては駄目。こいしの嫌がらせを甘く見てはいけない。ここで負ければどんな屈辱を与えられるか分かったもんじゃない。
 「まさかノーカンだとかのたまうんじゃないよね?」
 「まだ私のバトルフェイズは終了してないわ!」
 私はポケットから財布を取り出し、こいしへ言い放つ。
 「こいし、あなたは詰めが甘かった。この勝負に、『おみくじを引けるのは一度まで』というルールは存在しない。つまり、私の財布に小銭が残っている限り! 私は追加でおみくじを引くことが可能だということ……! 姉の財力を前にひれ伏せぇっ」
 「いやいやいや、それはいくらなんでもセコすぎるよ! おみくじを何度も引く人なんて居ないよ普通!」
 我ながら大人げないとは思う。卑怯だと謗られても仕方がないだろう。だが、それでも私は、こう言ってみせよう。
 「勝った者が正義、負けた者が悪なのよ!」
 黄金色の500幻ドル硬貨を投入する。掬い取った御籤は五本。一気に方を付ける5連引きだ。
 「さあくらいなさい!」
 大凶! 幻想凶! 大大凶! 大凶! 末吉!
 勝った。こいしはお金をほとんど持っていないはず。内訳の散々ぶりはともかく、私は引いたのだ、末吉を。勝利を確信して、得も知れぬ高揚感が私を包んだ。オムレツが綺麗に返ったときや、一発で針に糸が通ったときの、初春の夜風が頬を撫でるような心地よくスカッとする感覚だ。罪悪感無し。私は得意満面になってこいしに御籤を見せつけてやる。
 「見なさいこいし、末吉よ、私の末吉……」
 だが反応が無い、いや、姿そのものが見当たらない。風見鶏のごとく左右に首を振って廻りを見回すも、馴染みの帽子は人混みの波に紛れ消えていた。要はまんまと逃げられたのだ。
 「こいしぃぃ! 出てきなさい、卑怯よ!」
 どの口が言う、という言葉がぴったりである。我ながら。試合に勝って勝負に負けるというヤツだった。
 梯子を外されて私が肩を落としているところにお燐が戻って来た。
 「あれ? こいしさま、屋台の方に行っちゃいましたけど」
 「600ドル使って何か食べた方がマシだったわね」
 あんなくだらない勝負に熱くなっていたのが途端にアホらしくなった。
 「さとりさまも屋台行きます?」
 「止めておくわ。これ以上無駄遣いしたくないし」
 「あ、もしかしていっぱい課金しちゃったんですか。600ドルってそういうことかぁ」
 「う、それはその……」
 私は羞恥に叩き付けられる。たかがおみくじごときに600ドルも突っ込んだ女がここ居ります。笑えよチクショー。
 「あんまり深入りしない方がいいですよ。勿体ないですから」
 ああやめて。優しい意見がかえって鈍器になるわ。お燐は追撃のつもりか、私の耳元に接近して続きを囁く。
 「ここだけの話、悪い噂を耳にするんですよ。おみくじに有り金全部溶かして自己破産したとか、精神崩壊した一つ目の妖怪が居るとか……」
 「待って、なにそれ。どんな奇跡が起きたらおみくじで破産出来るのよ」
 「あれを見てください」
 お燐が指したのはおみくじの料金が書かれた立て板だ。改めて見ても特に不審な点は見当たらない。
 「料金設定は至極妥当だと思うけれど。それとも、これに呪いでも掛けてあると言うのかしら。……もっと下? 『小さな文字を読め』、か」
 よく目を凝らすと、そこには投入されているくじの数の割合が示されていた。それは業界用語で言う「確率表記」というものらしかった。
 大吉:1.0%
 中吉:3.0%
 小吉:4.0%
 吉 :12.0%
 末吉:20.0%
 その他:60.0%
 「うわ……」と思わず声が漏れた。一般的には凶以下をごく僅かで3割程度は大吉を入れておくのが相場ではなかったか。たしかに大吉の当選確率は甚だしく低い。とはいえ、生活を破壊してもなお引き続けるまでの魅力がこれにあるとは到底思えない。
 「これだけでも十分酷いですが、本当の恐ろしさは1%の先にあるんです」
 「1%の先?」
 「なんと大吉には一から十番までのパターンが存在するんです。それぞれ内容が異なっており、ナンバリングも付いています。さとりさまの末吉や凶にも割り振られてますよ」
 「ホントだ」
 見出しの「末吉」の真下に漢数字で「二十三番」と印字されていた。
 「結果、その十種を全て集めようという、ツワモノが現れ始めました。そして確率に悪夢を見るというワケです。特に六番が凶悪で、未だに当たり報告が挙がっていないとか。いつしか『幻の六番』と呼ばれ、手に入れれば願いが叶うなんて都市伝説まで生まれちゃいました」
 なるほど収集欲と希少価値を利用したビジネスということか。もはやモノの用途や価値は問題では無い。値の張る宝石だって、稀少なだけで結局はただの光る石なのだから。さらに当事者には、誰よりも早く引いてやらんと競争意識も芽生えるだろう。
 ともすれば馬鹿が数人引っ掛かっても可笑しくはないか。俄には理解しがたいことだが。
 「まさかこのシステムもこいしが?」
 「ははは、有り得ませんよ。こんな恐ろしい商売、思い付くのは巫女か悪魔かくらいでしょう」
 「まあそうよね」
 さすがに考え過ぎか。
 「そういえばあなた屋台で何か食べるんじゃ無かったの?」
 「え? ああこれのことですか」
 一度キョトンとしたお燐が、掲げたのはビードロに似た袋だった。中には朱色の金魚が2匹。しかしそれよりも、次の発言に驚かされる。
 「煮たら美味しそうだと思って」
 時折、心を読んでも考えが分からないことがある。それが今だ。焼きそばやりんご飴にいか焼き、おいしいもの選り取りみどりな中で何故金魚? その赤い魚、食べられるの?
 「ううっ……」
 変なものを想像したせいか、またお腹が痛くなってきた。
 「お手洗いの場所とか……知らないみたいね」
 「実際に来たのは初めてでして。探しましょうか?」
 「自分でやるから大丈夫よ。私は行ってくるから、後は自由にしてていいわ」
 「はい了解しました!」
 恭しく敬礼をするお燐。一度は手を振って別れようとしたが、体を引き戻した。どうも何かが引っ掛かる。私の腸がいっそう強くアラートを発信した瞬間、それが言葉に変わった。
 「今朝、おつけものがどうとか言ってなかった?」
 「ああ! そういえばあたい特製のおつけもの、キッチンに置きっぱなしでした」
 「あ゛っ」
 私の昨日の晩ご飯は白飯におつけもの。
 白飯に、おつけもの。
 おつけもの…………。
 ついに判明した。大晦日の夜、そして今この瞬間、私を苦しめている腹痛の正体が!
 「あたいオリジナルの漬けだれを使った自信作です! 材料に生ガキと鶏刺しと――――
 「それ以上言わなくていい」
 能力故、私は続きを読み取ってしまったが、あまりにも刺激が強過ぎる為文字起こしは控えさせていただく。

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