Coolier - 新生・東方創想話

曇り時々雨、のち晴れ (暴力・流血表現あり)

2017/12/13 21:24:38
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 今日は絶好の曇り空……フランドール・スカーレットは紅魔館の門を事も無げに飛び越える。
 雲の厚みは深すぎず、日光を通さない。フランドールにとっては好天そのものだ。今日は久しぶりに昼間に外に出られる。夏の日差しは彼女の種族にとって天敵、バンパイアにお日様なんて邪魔なだけだ。
 館の外では門番が困った顔をしている。紅魔館の門番と言えば『紅 美鈴』、中国憲法を極めた武術の達人……それが敬語を持って少女に接している。

「あの……済みません。妹様……部屋に戻ってはいただけないでしょうか」
「美鈴。たまにはいいじゃない。姉様だって寝てるし、大丈夫、大丈夫。バレない内に帰るからさ」
 美鈴の顔に冷や汗と動揺が浮かんでいる。きっとこの後、責任を取らされる。レミリア・スカーレットに……この館の主の妹を部屋に連れ戻せなかった責任だ。冷や汗が脂汗に変わっていく。
 美鈴の手が震えながらフランドールを捕まえるか、この行動を見過ごしてしまうかで迷っている。
 そんな手をみてフランドールが笑顔で提案を行う。本人曰く”良いアイディア”らしいのだが美鈴の顔は完全に凍り付いた。

「そっか、美鈴。姉様のお仕置きが怖いんだ。じゃあ、私が暴れたことにしようよ。それなら姉様も納得してくれるよ?」
 早くも笑顔で美鈴の顔に手を伸ばしてくる。絶対にこの手を取ってはいけない。きっと笑顔の一降りで壁にたたきつけられる。
 美鈴の技量を持ってしても衝撃を殺しきれない。
 加えて、衝撃で確実にレミリアが目を覚ます。寝起きの彼女は不機嫌そのもの、それが睡眠途中でたたき起こされたならなおさらだ。
 仮に館の壁にめり込んだ私を見てもフランドールを止められなかった責を負わせるだろう。

「わかりました。妹様、今日は特別です。行ってらっしゃいませ」
 美鈴にとっては苦渋の決断、フランドールの攻撃とレミリアのお仕置きを連続で受けるわけにはいかない。苦痛は一回で十分だ。
 素早く最敬礼でフランドールに頭を下げる。
 そしてそんな美鈴の顔めがけて容赦無く手が伸びてくる。両手で優しく顔を上げさせられた。

「美鈴、ありがとね!」
 いきなりだったからじゃ無い。フランドールの力には逆らえない。だからこれは不可抗力だ……しかし、フランドールにすればただの親愛の作法、完全に首を固定されたまま、ほほに甘噛みのようなキスを受ける。
 レミリアに見られていたら殺される……そんな恐怖を吹き飛ばすほどの笑顔を見せてフランドールがかき消えた。
 ほほの感触を確かめるように指でなぞる。そして飛び去ったであろう方角を見る。そしてほんの一分に満たない今までのやりとりを思い起こしてため息をつく。
 仕方ない。しょうが無かった。誰が門番でも同じ事をした。自分に言い聞かせるように口に出して繰り返す。そうやって、キスの衝撃をようやく飲み込んだときだ。

「カハッ ハハハハ、美鈴。いい度胸じゃ無いか」
 背筋が伸びる。そして伸びた背に冷たい汗が伝う。声の主は真後ろだ。いいわけは不可能だろうな。大仰に振り向いて相手の顔も見ずに頭を下げる。
 恐る恐る顔を上げれば館の主、レミリア・スカーレットだ。

「あ、あの。いつから見ていたのですか?」
「いつから……いつからか。そうだな、正確なことを言えば”昨日”からだ。フランの行動がいかにもだったからな。怪しいと踏んでいた。いくら何でも、あれだけ窓の外を……雲を見ていたらな。誰でも気がつく。”遊びに行きたい”何てことはな」
 美鈴はほっと胸をなで下ろす。レミリアがフランドールの館の脱出を見過ごしたなら、今回の件は大丈夫そうだ。
 少し気を抜いてレミリアを見る。再び背筋が凍り付く、口は笑っているが、目が笑っていない。
 レミリアの力はフランドールに匹敵する。そして、感情の沸点がフランドールに比べて遙かに低い。
 これから行われる理不尽なお仕置きを想像して身を震わせた美鈴に対し、レミリアが無情にも構えを取った。

……

 フランドールが霧の湖の横を駆け抜ける。人里も、魔法の森も、博麗神社も瞬く間に通り抜けた。目的の人物は妖怪の山の麓で見つけた。いつものメンバーと騒いでいる。
 まばらに木の生えた広場に小柄な四人の姿があった。フランドールが突風とともに広場に現れる。
 最初に蛙のつぶれたような声を上げたのはリグル・ナイトバグ、続いて緊張で完全に動きが止まったのがミスティア・ローレライ、そしてこっちに気がついて満面の笑みを向けてくれたのがチルノだ。

「お~、久しぶりじゃん。フラン、今日はどうしたんだ? ……あ~そっか、曇りだから出てこれたんだ。お~い、ルーミア! フランが来たから顔出せよ」
 最後に真っ黒い闇が霧散してルーミアが姿を現す。久しぶりにフランドールを見て純粋に驚いている。しかしすぐに「よく来たね~」と笑って言ってくれた。

「みんな何をしていたの?」
 フランの問いに答えたのはチルノ、四人でかくれんぼをしていたのだと言う。しかしよりにもよってルーミアが鬼……自分の闇に身を隠したルーミアは目の前に相手がいても気がついてくれない。流石にしびれを切らして全員出てきたところだ。

「じゃあ、フランも入れてもっかいやり直そうぜ」
 チルノの言葉にフランドールもルーミアも笑っているが、リグルとミスティアの顔色がかなり悪い。美鈴ですら萎縮するほどの実力差、近くにいるだけで威圧されている。
 チルノとルーミアは実力差を気にしないほどの鈍感さ……この二人の鈍感さはもはや神の領域に入っている。普通の人間や妖怪がフランドールを前にした場合、リグルとミスティアの反応の方が正常になる。
 かくれんぼをという遊びを前にして楽しそうにしているフランドールを拒絶して機嫌を損ねるわけにもいかずに五人でかくれんぼが始まる。
 じゃんけんで決まった最初の鬼はフランドール……きっちり三十秒の間を置いて四人を探しに出る。
 真っ先に見つかったのはルーミア……それで隠れているつもりかと、思わず突っ込まずにはいられない。百歩譲って茂みに身を隠すのはいい、ただ能力を使って欲しくなかった。
 闇が茂みからダダ漏れしている。数を数え終わって目を開いた瞬間で見つけてしまった。
 なんだかすごい脱力をさせられた。一直線に歩いて黒い塊に声をかける。

「ルーミア……昼間だと逆に目立つよ?」
「ここにルーミアなんて奴ははいないのだ」
「いや、答えてるし、声を出したらダメでしょ?」
 暗闇が晴れて、ふくれっ面をしたルーミアが出てくる。

「姿はみえなかったでしょ?」
「それでもバレバレだよ。次はもっとちゃんと隠れてね?」
 ほおを膨らませて文句を言っているルーミアをおいて次の相手を探す。

「チルノちゃん見っけ」
 しかし、反応が無い。見つかったつもりは無いということかな?

「木の陰に居るでしょ? 木から羽の端が見えてる」
 それでも反応が無い。仕方ないので木の裏に回れば、ちょっと大きめな等身大の雪と氷のあいのこの様な白い彫像がおいてあった。
 くすりと笑う。そう来なくっちゃ。
 ひとまず広場を探索する。そういえば範囲を決めてなかった。もしかしたら信じられないくらい遠くに隠れているかもしれない。
 思わず笑みがこぼれる。相手にとって不足なしって奴だ。

「よ~し、やるぞ~」
 少し気合いを入れる。軽く両ほほを叩くと同時に魔力の気配が変わる。
 フランドールからすれば大したことでは無い変化なのだが、一般妖怪からすれば、一メートル先が見えないほどの濃霧が一気に凍結したぐらいの急激な変化、びっくりしない方が無理だ。
 木の枝が密集しているところで小さく悲鳴が上がり、体勢を崩したのか枝を折った音と一緒に手が突き出している。あの長い爪はミスティアだ。

「ミスティア見っけ。木の上でしょ? 手が見えてるよ」
 声をかけられてさらに焦ったミスティアが夜雀の妖怪なのに木の上から落ちる。それを気にもとめないで残りの二人を探す。
 フランドールが気合いを入れてから、五分もの時間をかけてようやくリグルが見つかる。草陰に隠れていた様なのだが、発見時、完全に気を失っていた。
 フランドールの魔力に当てられた結果らしい。ルーミアとミスティアに介抱を任せて最後の一人を探す。

「もう十分ぐらい経ったから降参したら?」
「う~……やだ。まだ負けてないもん」
「降参しないとチルノちゃん出てこないよ?」
 ルーミアがフランドールに忠告している。
 チルノはすさまじい自信家で、誰より真剣で、なにより負けず嫌いだ。こちらが折れないと絶対に出てこない。
 あと五分と言って、その時間の倍を探し回ってようやくフランドールが降参した。

「参った。参りました。チルノちゃん、降参するよ。だから出てきて」
 「本当だな」とびっくりするぐらい近くから声が聞こえる。フランドールが声の方向をみて一気に口をとがらせている。

「チルノちゃん……それ反則じゃない?」
「ふふん、”ずのうぷれー”って奴だ。あたいは天才だからな」
 フランドールの視線の先で、木陰で見つけたはずの氷の彫像が動いてこっちに向かってくる。確かにたたき割って中身を確認しなかった自分も悪かった気がするが……ずるい、これは絶対にチルノがずるをした。
 不機嫌そのままに口をとがらせて「次はチルノちゃんが鬼ね」と一方的に宣告する。
 悪い方向に変わった魔力に気圧されてミスティアとリグルは意識が飛びかけている。そんな気配を「いいぜ、鬼になってもあたいが最強って教えてあげる」とさらりと流す。

「チルノ、いいのか~?」
「別にいいよ。最初に見つかったルーミアが鬼だと多分誰も見つけられないし、あたいが鬼で遊んであげる」
 大胆不敵に笑うチルノを相手に本気で隠れることを心に誓うフランドール。さっきの一戦で大体の暗黙のルールを把握した。隠れる範囲は声の届く距離で、大体二十分、最悪でも三十分隠れていれば勝てる。そして何より能力使用可能……今から笑いが止まらない。
 チルノが目隠しして数を数えはじめる。
 フランドールはスペルカードを二枚取り出す。小さな声で宣言する。
 ミスティアとリグルは空いた口がふさがらない。目の前でフランドールが増えた。そして本体が消える。
 フランドールが使用したのは禁忌「フォーオブアカインド」、そして秘弾「そして誰も居なくなるか」の二種。
 ダミーが三体に加えて、本人は不可視という反則の二連発だ。
 速攻で暗闇の中に身を投じたルーミアとのんきにカウントを進めるチルノがその非常事態に気がつかない。
 ダミーがわざと大きな音を立てながら木の陰に、茂みに、草陰に姿を隠していく。ミスティアがでかすぎる魔力に視線を向けた先は木の上だ。リグルも同じ方向を見ている。
 正直に言って、魔力が抑えられなきゃいくら何でも隠れていることにならない。闇の塊のルーミアほどには早く無いが、反則まで使って三分で見つかったらショックもいいところだろう。
 ミスティアはそこまでは考えた。リグルも同じような考えらしい。そしてすでにチルノのカウントが終わっていることに全く気がつかなかったようだ。

「お前ら馬鹿だろ? せめて木の陰ぐらいには隠れろよ」
「うそっ!? もう数え終わったの?」
「チルノ、もう一回、もう一回だけ数えて、ちゃんと隠れるから!」
 二人の言い分を白い目で見ながら認める。大声にて「もう一回数えるぞ」と宣言して、「それとルーミア! 丸見えだぞ!」と付け加えてからカウントを始めた。
 フランドールに気を取られた二人のせいで開始が大幅に遅れたが、兎にも角にもようやく始まった。
 フランドールが見ている前で、すぐさまルーミアが発見されている。闇を使っちゃダメだって言ったのに開始十秒で見つかっている。
 そうして木の上から見下ろしている視線とチルノの視線が合う。ちょっとどっきり、大丈夫、絶対に姿は見えてない。

「な~んか、木の上が怪しいな。すっげえ力を感じる」
 フランドールの耳は地獄耳、チルノの独り言を完璧にとらえた。慌ててダミーの魔力を暴発させる。
 近くのリグルが突如としてふくれあがった魔力にびっくりして飛び出してきた。

「リグル見っけ。それとフラン、そっちかよ。木の上かと思った」
 ダミーが舌を出しながらチルノの前に姿を現す。そして目の前でダミーが風船のように膨らんではじけて消える。
 ちょっと汚いと思うが、なるべく魔力をまき散らすような破裂だ。こっちだって勝つためには手段を選ばない。
 胸に手を当てて深呼吸、普段から暴走しがちな魔力を落ち着ける。勝利の予感で上ずる気分よりも、勝負への緊張感を優先する。ダミーを意識してそれよりも魔力を小さく落ち着かせる。
 加えてさらに手を打つ。わざとダミーを介して声をかける。

「ざぁんねぇんでした。それは偽物だよ。他にもまだあるからね。チルノちゃんは私をみつけられるかなぁ?」
 言葉でさらに挑発する。久しぶりにぞくぞくする。あおって、本気を出させた上で圧勝する。
 決着までが楽しくてしょうがない。自然と口角が上がる……おっと、気分が高揚しても魔力を連動させちゃいけない。
 こんなわずかな気分の変化でもダミーの魔力を越えてしまいそうだ。
 チルノを見ればこっちでは無く、声をかけたダミーの方角に突撃している。ダミーが見つかればまた、風船作戦、魔力をぶちまけてさらに深く身を隠す。

「今度こそ見つけた! フラン! 本物はここだあ!」
 ダミーに引っかかったチルノが自信満々と言った表情でダミーの手を引いて広場の中央に出てくる。フランドールが見つかったダミーを介して声をかける。

「う~ん、残念、チルノちゃん。これもダミーだよ」
 チルノの目の前でダミーが笑み作る。フランドールが見たチルノの顔は衝撃で目が点になっている。
 間を置かずに偽物であることを示す魔力爆発をおこす。あたりの魔力濃度が一挙に増す。自ら作ったこの魔力フィールドに完全に本体の魔力が溶け込んでいる。
 さあ、ここからが本番だ。残りのダミーは一体、そして本体は透過状態、負ける要素は見当たらない。
 そうだよ。全力でかかってきてよ! 私が完封勝利してあげるからさ!
 フランドールの期待にチルノが応えた。

「ふ、ふふふ、どうやら本気を出さざるを得ないようだ。流石にフランだな。あたいにかくれんぼで本気を出させたのは大ちゃんに続いて二人目だ!」
 宣言とともに見る間にチルノの周囲に霜が降りる。パーフェクトフリーズにより冷気を開放したらしい。そうして間もなくミスティアが見つかった。
 その様子を木の上から観察させてもらった。最初に広場全体に霜を下ろす程度の冷気をまき散らす。そして、周囲に霜が降りない……つまり温度が高いところを探す。この方法なら姿を消した大妖精ですら発見可能だろう。
 見つかったミスティアが文句を言っている。

「チルノ卑怯すぎ。冷気は反則って前に言わなかったっけ?」
「アレは弾幕で辺り一面を攻撃する事だろ? あれができれば全員あっという間に見つけられるのにな~」
 そんな言葉をフランドールが笑う。独り言で「残念、それでも私は見つからないよ」とつぶやく。チルノの弾幕ならひとかすりすらしない自信がある。
 ミスティアが見つかった後も、容赦無く霜が降りる範囲が広がっていく。しかし……。
 吸血鬼の体温は低い、他の奴らならいざ知らず、この温度にさえ体を合わせてしまえばもうチルノには見つけられない。ダミーは本体から気をそらすためだけに使おう。体温が環境に合うまでの時間稼ぎを行うのだ。
 フランドールが身を潜める木の幹に霜が降りはじめたとき、フランドールの声が最後の一体のダミーの口から漏れだした。

「きゃはははははは、チルノちゃん。さっすが、やるじゃん。でも、勝つのは私!」
 チルノが声を探れば木の上に、透明なフランドールの真ん前にダミーが哄笑とともに姿を現している。
 最後の魔力爆発は本体の真ん前で行う。最高濃度の魔力に身を潜ませるつもりだ。
 ……勝つ! いいや、勝った!
 フランドールのダミーが口数でさらに時間を稼ぐ。

「ふ、フラン、お前も――」
「そう! ダミーだよ。ふふふふ、きゃははははははは、ねぇ! 時間を区切ろうよ! 私が最初に探した時間……そうね、あと十五分! それで見つけられなければ私の勝ち! 絶対に絶対だからね!」
 一方的なフランドールの言葉に戸惑うチルノ、友達二人は無理って顔をしている。ダミー三体に加えて本人が透明状態……かくれんぼにおける反則技をこれでもかと投入している状態なのだ。
 しかし、条件が不利であろうと引き下がるチルノでは無い。そしてフランドールもそれを期待していた。

「ぐっ……いいだろう。その勝負受けて立つ! お前に勝ってあたいが史上最強のかくれんぼマスターって事を教えてやる!」
 ダミーが嬌声を上げて笑う。そして声が二重になる。あまりのうれしさに本体(じぶん)も抑えきれずに笑っている。
 フランドールを相手にして、彼女の全力を前にして、引かず、投げ出さず、勝負を曲げずに真正面から受けて立つ。例え遊びであってもそれができる奴は数少ない。
 
「じゃあ、せいぜい頑張ってね」
 あざ笑うような言葉の裏で、ダミーは満面の笑みをしている。ダミーの表情は本人の表情、勝利への確実な予感と有利な立場が本体を愉悦に浸らせている。
 楽しい、こんなに楽しいのはちょっと思い出せない。自由気ままに暴れ回っていた時よりもおもしろい。
 楽しい気分に押されてダミーが息を吸い上げて風船の様に膨らむ。予定よりも少し早い、体温はまだ環境に合うほどは下がっていないが、浮かれた気分に後押しされた。
 前の二回を合わせたよりも大きい音が鳴る。気持ちが高揚していたせいだ。まき散らされた魔力はチルノの十倍を遙かに超える。
 この威力に動じないチルノはやっぱり鈍い。スキマ妖怪や、太陽の畑の主ですら、この爆発を異常事態と判断している。遊びではあり得ない威力に各地の実力者が警戒し監視をはじめるきっかけを作ってしまった。

 八坂神奈子が社の中で瞑想をやめた。それだけの邪魔が入った。チルノとフランドールが遊んでいたのは知っている。
 二回までの魔力爆発はまあ遊びの範囲だったので、気にもとめなかったのだが、三回目はダメだ。
 威力がでかすぎて死人が出る。出てからでは遅いのだ。
 目を閉じて気配を探る。今ならちゃんと全員そろっている。連中には悪いが誰かが欠ける前に解散してもらおう。
 曇天がさらに黒く重くなる。
 八坂神奈子がその能力で天候を変える。とっとと追い返すのが最善の方法……五分もすれば曇り空から雨が降る。
 吸血鬼にとってみれば雨は天敵、慌てて逃げ帰るだろう。

 ――想像以上にこの考えが甘かったのを知るのは一時間後、ぶち切れしたレミリアが守矢神社に押しかけて来てからである。

 フランドールは木の上からチルノを観察している。
 私を見つけられなくて、どんどん焦っていく様子が楽しい。チルノも氷の彫像の中で私を見て同じようにどきどきしていたと思う。
 自分の作戦に絶対の自信を持ちながら、万が一の見つかる可能性に緊張する。
 チルノの視線が木の上に向くたびに背筋がぞくりとする。目が離せないほど集中している。
 こんなに濃厚な時間は今まで無かった。この数分に比べたら地下室で過ごした約五百年なんて吹けば飛ぶ。
 勝利まであと十分、こんなしびれるような時間を永遠にしておきたい。

 唐突に首筋に冷たい物が伝った。ふと空を見上げる。雲が重い……いつの間にか雨雲で覆われている。
 見上げた瞳に向かってさらに雨粒が落ちる。雨粒が大きい。降り出したら土砂降りになる予感がする。
 ――大丈夫、大丈夫、まだ、このぐらいなら、紅魔館まで飛べば一分かからない。だからあと少し、十分ぐらい……ダメだ。勝利宣言を入れて十分三十秒……あ、そうだ帰り道も考えてあと十一分三十秒、これだけ雨が降らなければいい。
 こんなに頑張った。作戦もうまくいった。後たったの十分だ。絶対に勝ちたい。

「冷た! 何、これ? 雨降ってない?」
 ミスティアの声でリグルもルーミアも空を見る。チルノだけは探すことに必死で全くそんなことに気が回らない。

「うっわ~、これすごい、一気に降ってきそう」
「翼がぬれるのはちょっと」
 リグルとミスティアが帰りたそうな雰囲気になっている。流石に土砂降りの中でかくれんぼをする気はない。
 そんな二人を後押しするように、雨粒の数が急速に増えてくる。こうなったらずぶ濡れまであっという間だ。

「ごめん、チルノ、流石に無理! 先に帰るね」
「私も家の戸締まりしないと……こんなの吹き込んでたらたまらないよ!」
 二人とも大慌てで家路につく。ルーミアも強くなる雨あしを警戒している。

「チルノ、フラン。もうやめようよ。ずぶ濡れになっちゃうよ!」
「あたい平気! 雨は凍らせればいいよ。フリーズドライって奴! ぬれたりなんかしないから!」
 そんな会話をフランドールが聞き取っている。
 あと、あ と 五 ふん。
 気力を振り絞る。ほんの少し耐えれば勝てる。雨で力が流されていくが、ほおをつねって気を引き締める。残された力を一カ所に集めて、何が何でも勝つ。
 ルーミアがふと木の上に気を取られる。フランドールの様な魔力を感じたからだ。しかし姿は見えない。
 フランドールは一気に力を抜く、危なかった。力を集めすぎてはいけない。見つかってしまう。
 しかも、せっかく魔力をまき散らしたのに雨ですべて洗い流されてしまった。今度魔力が高まったら見つかる。
 しかし、この雨の中、透明状態を維持するのが難しい。ちょっと透明化のために魔力を集中しすぎただけで居場所がバレる。魔力の操作バランスが激烈な難易度になっている。
 透過状態の維持、加えて魔力の最小化、繊細なコントロールなんて平時だって難しい。さらに言えばこの環境、土砂降りのなか、吐き気がこみ上げてくる。
 山の傾斜により雨が木々をかき分けて流れていく。流水のまっただ中に木にしがみついているというのも初めてだ。姉からは注意されてはいたのだが、事実ここまで魔力を持っていかれるとは想像していなかった。
 
「くそっ、見つからねぇぞ!」
「あきらめてギブアップしたら? もう、フランドールの勝ちでいいでしょ?」
「やだ! 絶対にあきらめないぞ! 全力勝負だかんな!」
 あと五分も無いとのルーミアの答えを無視して、最後の奥の手を叫ぶ。
 パーフェクトフリーズの全力発動!
 流水すら動きを止めて凍り付いていく、チルノを中心に、驚いているルーミアすら服が半分凍っている。

「あっ、馬鹿~ 距離を考えてよ!」
 降り注ぐ大粒の雨を雹に変えて、ルーミアの叫びを無視して、さらに凍結範囲を広げていく。
 氷はじきにフランドールが足場にしている木に到達する。流石に凍結したら、氷の彫像になったら居場所がばれる。

「……あ、 まずい な、い どうしないと」
 思考すら、流水に奪われていく。そして力も流されている。しがみついている手を緩めただけで体が傾く、なのに姿勢を元に戻す体力すら無い。
 音を立てて木から滑り落ちる。
 チルノにルーミアが音源を探る様に視線を向けた。
 無防備に転落していく七色の羽が見える。

「! げっ!? フラン!? 馬鹿、飛べよ!」
 チルノの声は聞こえているが反応できない。頭から真っ逆さまだ。枝に体を打ちつけながら墜落する。
 チルノが咄嗟に飛び出す。地面を氷結させながらフランドールの直下に滑り込む。地面に打ち付けられたのはフランドールを受け止めたチルノだ。

「いっ、てぇ~。バカヤロー 飛べよ、飛べるだろうが!」
「う……からだ、おもくて うごかない」
「……雨の所為なのか~」
 ルーミアの言葉にフランドールが頷く。ようやく発見できたフランドールを加えて三人で話し合う。

「……まけちゃった」
「馬鹿野郎! 気にすることはそこかよ! 気持ち悪いんなら言えよ!」
 チルノがフランドールの胸ぐらをつかんで揺すっている。フランドールは力が抜けすぎてなされるがままだ。これでもまだ雨は止まない。土砂降りは止む気配すら無い。

「今日はもうおしまいにしようよ。雨がきついし。……フランドールは家に帰れる?」
 ルーミアの言葉に対して、首を横に振る。土台、雨の中を動き回れるような種族では無い。
 チルノもルーミアもたかだか雨でこんなにダメージを受けるとは思っていなかった。
 これは先に帰った二人も同じ、フランドール本人ですら自分にとって雨がここまでの猛威をふるうとは思っていなかった。

「あたいが連れて行くよ。足下は凍らせられるし、上からの雨も凍るから」
「……チルノが背負っていくの? 体凍っちゃうよ? フランドールはそれでいいの?」
 正直、流水にさらされるよりも、体が凍る方が幾分かまし……そんな判断でチルノにおぶさる。
 フランドールの体に霜が降りる。ぬれたまま冷気全開のチルノに抱きつくなんて、ルーミア達なら絶対にしない。凍傷程度ですめばかわいい。しかし、見た感じのフランドールは落ち着いている。
 チルノの足下には流水が無い。それだけで力が戻ってきそうだ。震えていた視線が定まり。気持ち悪さが収まる。見つかってから初めてフランドールが笑う。
 そんな様子を見てルーミアは大丈夫と判断した。「気をつけてね」と言葉を交わして家路につく。最後はフランドールとチルノの二人っきりだ。
 妖怪の山から人里を抜けて紅魔館まで歩いて行く。流石にチルノの体躯で半氷漬けのフランドールを背負っては飛べない。

「フラン その、あ~、悪かったな。気がつかなくて」
「ん、別にいいよ。私が私の意思で隠れていたんだし。そんなことより、ねぇもう一回やろうよ。今度は必ず私が勝つから」
「いいぜ、いくらでも受けて立つぞ。そして勝つのもあたいだからな」
「私だよ」
「いいや、あたいだね」
 二人とも譲らないが、険悪にはならない。この牽制のし合いが楽しい。こらえきれなくて二人とも笑った。

「ずっと、ずっと、こういうことがしたかったよ」
 と言う万感の思い込めた言葉に見当違いの言葉を重ねる。
「ああ、本当に雨が降らなきゃな。もっと長くできたのにな」
 二人で話し合ったのはこれからの事だ。これまでのこと何てさらっと忘れて、次の遊びを考える。人里が近づくにつれて雨が小降りになっていく。

「次は鬼ごっこにしようか」
「……う~ん、それはどうかな? みんなあっという間に捕まえちゃうよ?」
「あたいには必殺氷の壁があるから大丈夫!」
 フランドールが声に出して笑っている。氷の壁なんて、たかだか氷なんて障害ですら無い。無造作にたたき割って、手を伸ばせばいい。
 簡単だ、楽勝……いいや、油断はいけない。今日だって絶対に勝てるはずだった。次回は敬意を込めて完勝……コンマ一秒で勝つ。どれほどの短時間であろうとチルノが相手なら楽しい。
 体がうずく。ああ、雨さえ無ければ、いや、この体力でも続きがしたい。チルノの驚く顔を想像して、完全勝利宣言をする自分の姿を思い浮かべて震える。
 思わず動いた指先がパキリと乾いた音を立てる。氷にひびが入ると同時に指先にも痛みが走った。
 ――このままじゃダメだ。バラバラになっちゃう。
 冷たいため息をつく。もどかしい。体が凍っていなかったら、雨で魔力を失わなかったら、完全勝利は私の物だったのに、早く体を元に戻して次の遊びを始めたい。

「――冷たすぎた?」
 チルノにしては声が小さい。恐る恐る聞いているような声だった。さっきの指が割れた音が聞こえたせいかな?
 チルノも自分自身の特性は理解している。友達を凍らせたことだって何回もあった。みんな怒ったり泣いたりしていた。しかしフランドールはその他大勢と異なる。
 謝るような言葉に”大丈夫”と答える。吸血鬼の超回復力はこの程度のことを問題としない。

「本当に大丈夫だよ。今は体がバッキバキに凍ってるけど、一日たてば元通りだから」
「……全然ダメじゃん。雨も降り止んできたし人里で休むぞ」
 この後、いろいろな反論を立てて休憩をやめさせようとしたのだが、チルノに強行された。人里の寺子屋に寄る事になる。
 雨は上がった。曇り空が広がっている。

「お~っす、けーね。邪魔するよ」
 返事も聞かずに寺子屋に入り込んでいく。フランドールは我が物顔で他人の家に上がり込んでいくチルノが信じられない。てっきり、挨拶をして、許可をもらってから、家に上がる物だと思い込んでいた。
 ……こういうのは種族的に好かない。生理的に受け付けることができない。きちんと家の人に招待されてからでないと……ちょっ、ちょっと、チルノちゃん!? 勝手に家の中に私を連れて行かないで!? 私にだって心の準備が、ね? げっ、もうあっさり門をくぐって、あああああ、玄関に手をかけて……開けっ放した!? ごめんなさい、ごめんなさい。何でもするから勝手に乗り込むのだけはやめてください。
 自分でも思考がぐちゃぐちゃのまま、慧音に呼び止められる。
 上白沢 慧音は寺子屋の教師、そして人里の顔役である。チルノ、ミスティアといった妖精や妖怪に対しても顔が利く。

「こらチルノ! 背中の氷の塊は何だ!? 人里で能力は使わないんじゃないのか!」
「別に、人里の中で使ったわけじゃ無いしで、里の外で凍っちゃったんだよ」
「だったら、里の外に置いてきなさい」
「いや、だってさ……」
「だってじゃない! みんながみんな能力を使い出したら危ないだろう?」
「中身、フランドールなんだけど」
 そこで慧音の動きが止まった。確かに、チルノにしては綺麗な色合いの……イチゴでも大量に凍らせてきたのかと思うほどの赤色……無意識に氷を凝視する。
 頭の上のバナナかと思ったのは金髪、イチゴだと思ったのは服、ブドウやオレンジ、キュウリなんて見境無く集めているかと思ったのは翼かッ!!?
 慌てふためく慧音の目に、招待された訳でもない家に勝手に乗り込まされて震えているフランドールがやっと入った。

「ば、馬鹿っ、早く広間に連れて行きなさい」
「けーねは、いつも他人には馬鹿って言うなっていう割には――」
「揚げ足取りはいいから早く!」
「あ、あの、私、早く紅魔館に帰りたい」
「そのままじゃダメだ! お湯わかすからせめて氷を溶かさないと……少し休んで行きなさい!」
 慧音にも押し切られて、凍って全く動きが取れないまま、連れて行かれるがままに広間に到達する。
 ……今日は色々なことがあった。恐ろしいほどに疲弊している。雨で魔力が底をつき、体力を冷気によってもっていかれ、精神をチルノの行動でがりがり削られた。
 これが勝負なら完敗だ。こんな体験をほんのお遊びで経験できるなんて……チルノと一緒にいられる価値は計り知れない。
 広間の中央でシートの上に置かれている。手ぬぐいやらタオルが周りに積まれ、解凍された水分ですでにべちゃべちゃになっている。
 体は芯まで凍っているので曲げられないが、手足はようやく動かせるまで氷が溶けた。それにしてもびしょ濡れで気持ち悪い。着替えがあればいいが……下手な服を着て帰ると姉様が怖い。執拗に勘ぐられて服を貸した人がとばっちりを受ける。
 やっぱり早く帰るべきだった。体の凍結が溶けたら一言声をかけて帰ろう。
 チルノを探して耳を澄ませば、壁を一つ挟んだ隣の部屋から慧音の説教が聞こえる。

「チルノ! フランドールを氷漬けにするなんて何を考えているんだ!」
「……フランが雨が苦手って言うから、固めただけだよ」
「雨だけ固めなさい!」
「そんなのレティだって無理だよ」
 「可哀想でしょうが」との言葉には「フランがそれでいいって言ったもん」と口をとがらせている。説教だから当然のように、終始慧音が圧倒している。壁の向こう側から伝わってくる雰囲気はチルノが爆発寸前って事だ。
 突然、チルノの「もういいもん!」って声が聞こえた。慧音の焦った声も聞こえるが、戸を開けてこっちに走ってくる足音が聞こえる。そして今、姿が見えた。

「もういい。帰るぞ! フラン」
「えっ? あとちょっとで体が溶ける――」
 最後まで話を聞いてくれない。手を取られて体がうまく動かせないまま歩き出す。酷く不格好な姿勢で、慧音とすれ違う。

「あ、慧音さん、さよなら」
「ちょっ、ちょっと待ちなさい。まだ溶けきってないぞ? 濡れたままで……こら! チルノ! フランドールちゃんが困っているでしょう!」
 別にそれほど困っていない。それにちょっと目の前で怒気を張り上げるからそれに反応してしまった。
 視線で慧音を射貫いた。それだけで慧音の体が凍り付く。
 フランドールは幻想郷でも屈指の怪物、にらまれただけでどれだけの災厄を被るかわかった物では無い。
 魔力が無いので、気絶までは行かないものの、チルノが隙をついて寺子屋を脱出するだけの足止めになった。

「まったく、けーねはさ、いつもいつもお説教ばっかりでさ。フランも凍っていいって言ったよな!?」
「うん、流水にさらされるぐらいなら凍った方がましだよ。流水はもうこりごり。ねえ、少し魔力を整えていい? 魔力を戻して体も解凍しちゃうよ」
 チルノは頷いている。戻せた魔力はほんのわずか、しかし解凍には十分、体内で燃焼させて体の滞りを解く。
 肩を回し、腰をひねって調子を確認する。自在に動く、身体能力だけは戻った。

「あ~、まだ本調子にはならないな」
 後は魔力だけ、それさえ戻ればいつも通りになる。あたりをきょろきょろと見渡す。血さえ取り込めばすぐに元通りだ。フランドールが完全に獲物を狙う目になる。
 あからさまに様子が変わったフランドールをチルノが遮る。

「フラン、それはダメだよ」
「大丈夫だよ。パワーなら戻ったから、ちょっと二、三人――」
 手を強く握られる。「それがダメなんだよ」とチルノが続ける。フランドールはルーミアが初めて人里に来たときと同じ顔をしている。

「なんで? 人間は食べ物でしょ?」
「あたいには違うよ。ねぇ、フラン、これはあたいからのお願い。人里で人間を襲わないでくれない?」
 フランドールにとっては予想外のお願い。たった今、さっき、慧音に怒られたばっかりだ。チルノの性格からして勢いに任せていけいけどんどんとなるはずだった。
 腹減りは我慢できないことはないが、一応何かを口にしておきたい。

「え? う、う~ん。で、でもさおなか減ったよ?」
「家まで我慢して」
「え? いいじゃない。こんなに人間がいるんだから」
「じゃあ、こうする」
 フランドールが視線を下に向ければ、握られた手がチルノの手と一緒に凍り付いている。思った以上の強硬手段を取られた。これはチルノにとって大事なことなのだろうか?
 チルノが笑って「これなら大丈夫だよな」と言う。
 
「世界最強のこのあたいが一緒だもんな。ルーミアだってこれであきらめたよ」
 ど、どうしようか? 正直、こんなの枷にならない。チルノの腕なんて、簡単に取れてしまう。友達の腕と腹減り何て比べるべくもないが、他人の命なら腹減りを優先する。
 ちょっと、目をつむっていて欲しい。これは吸血鬼にはごく自然な食事の話なのだから、家で家庭料理を食べるか、外で外食するか程度の違いしか無い。
 真剣な瞳でチルノが顔をのぞき込んでくる。これはチルノが本気の顔だ。いつも自信満々のくせに、こういうお願いをするときは威圧するでも無く、相手が折れるまで待つ。
 少し、獲物を見る目でチルノを見る。もちろん手を出す気はさらさら無いが、チルノの本気を試してみたい気分に駆られた。
 視線を細める。瞳孔が引き絞られ、にやけた口元をゆっくり開く。牙が見えているはずなのにチルノの表情がくずれない。人間なら命乞いか、逃げるか、それとも気絶をするかだ。
 視線を重ねるが試しているこっちが後ろめたくてむずがゆい。
 にらみ合いは一分ほど……結局、フランドールが降参した。例え魔力を込めたところで、この顔は崩せなかっただろうな。
 ため息をつく。ご飯は我慢しよう。この顔を曇らせる訳にはいかない。こんなことで勝ったところで気持ち良くもなれない。そんな事を学習してしまった。視線をといて表情を戻す。
 別に、今日、襲う必要は無いのだ。次があればチルノがいないところでやればいい。悪戯っぽく笑って答える。

「……わかった。里の人間には手を出さないよ」
「この後もずっとだぞ? 後、力尽くで里の外に引きずり出してから襲うのもなしだからな?」
「……! ふふ、鋭いね。どうしてかな?」
 友達の意外な鋭さを知って不意を突かれた形だ。チルノが言っているのは今日だけじゃ無い、これから先ずっとって事だ。まるで頭の中を読まれたみたい。

「先に約束して」
 中々強引に決めてくる。それだけ大事なことなら別にかまわない。泣かせるようなことをして嫌われたら、自分でも何をするかわからない。他人に対しても、自分に対してもだ。

「いいよ。宣誓するね。
 私、フランドール・スカーレットは友達との約束を守り、人里の人間に決して手を出さないことをここに誓います。
 これでいいかな?」
 チルノにとっては初めての顔をした。でも、契約に等しい行為は真剣にやらなくてはいけない。吸血鬼なら当然のことだ。だから真面目な顔で態度で宣誓を行う。
 フランドールは悪魔の妹、誓いは絶対だ。人里はチルノがいる限り、フランドールに襲われることは無い。
 ”チルノがいる限り”という限定がつく点が悪魔の悪魔たるゆえんなのだが、ここではそんなに重要じゃ無いだろう。

「さあ、話して。なんでそんなに鋭かったの?」
「……ルーミアがさ、その……同じことをして、一回子供を無理矢理引きずって行こうとしてさ。慧音にめっちゃ怒られてた」
 私の行動力はルーミア並みか……ちょっとショック。しかしチルノに行動予測されたのは、前例があったからか……納得した。
 では、あと一つ聞きたい。なんでそんなに里の人間が大事なのか? 怒られて不快な事があっても優先するほどのことなのか?

「ねぇ? 何でそんなに里の人間が大事なの? さっき理不尽に怒られてたよね? 全部ぐちゃぐちゃにしてもいいんじゃないの?」
「良くないよ。怒ったのはけーねだけだし、全部はだめだよ。それにけーねはたまにおやつくれるし、アイス渡したら里の人間もジュースとか果物をくれるし、野菜とか肉とかもらって、ミスティアの出店に行って焼き肉をしてもらったり。それからおもちゃ屋で――」
「……ごめん。チルノちゃんの大事な人が一杯いるのはわかったから降参」
 話が長くなりそうなのでここでやめさせてもらう。なるほど、楽しいことが、親しい人が一杯いるなら仕方ないな。チルノを泣かすことだけは絶対にしない。
 これは宣誓でも誓いでも契約でも無い。単純な掟だ。自分で課したただの条件……口に出して宣言する必要が無い。

「チルノちゃん、もういいかな? 手を解いてくれる?」
「いいよ」
 ごくあっさりとした返事を受けて戸惑う。普通、もう少し疑う物だとおもうんだけどな~。信頼してくれているって事かな。
 チルノが溶かそうとして逆に氷が大きくなる。それをみてから手を開く力を加える。氷はもろくも粉砕された。

「あ、わりぃ。凍らせるのは得意なんだけどな」
「うん、別に気にしないで。別に悪意が無いことぐらいはわかっているから」
 氷を砕いた手がチルノの手をつかむ。一緒に手をつないで紅魔館に向かう。
 次の遊び、次の予定、こんな都合のいい日がいつになるかわからないが、曇天の空のもと遊ぶ約束をする。
 ああ、楽しい。次が待ち遠しい。幸せを待つこの感覚……今まで無かったなぁ。こんなすてきな時間をくれたチルノには本当に感謝している。
 気分は上々で上を向いて歩く。
 不意にフランドールが立ち止まる。
 視界の端に黒い影が見えたからだ。あの影はよく知っている。

「どうした? フラン?」
「ごめんチルノちゃん。後ろに下がって。姉様がこっちに来てる」
 言葉が終わらない内にレミリアが目の前に立つ。高速移動からの急停止だけで草が折れ木がうねる。
レミリアはフランドールを一瞥する。びしょ濡れだ。魔力もほとんど流されている。
 手がバキリと鳴る。視線の先はチルノだ。
 ――湖に突き落とされたか……、と姉が考えたのが容易に想像できる。

「お前……ここで死ぬか? よくも私の妹を――」
「姉様、多分勘違いしてるよ。別に湖に突き落とされたりなんてしてないから」
「フラン、まさか自ら入ったか?」
 首を横に振る。レミリアはすでに殺気立っている。不用意に刺激すると誰かがとばっちりを受ける。

「かくれんぼしてたらね。雨が降ってきて――」
「――雨など降っていない。降らない運命だ」
 フランドールが首をかしげる。妖怪の山の麓は大雨だった。確かに人里に近づくにつれて雨は上がったが……そういえばこのあたりは雨が降った形跡が無い。

「あれ? おかしいな。妖怪の山だと土砂降りだったけど?」
 レミリアが舌打ちをする。「山の神だな」と一言残すと、怒りの矛先を変えて飛び去ってしまった。こちらが止める暇も無い。

「大丈夫?」
「う~ん、多分大丈夫だと思う。それよりごめんね。姉様、ちょっと怒りっぽいから、私に対しては優しいんだけど」
「ん、知ってるから平気だよ」
 チルノは怯えてもいなければ、普段と変わらない様子で答えている。普通に考えて、姉様に殺気を叩きつけられたら、気絶すると思うんだけど?
 ついぞ言葉にしてしまう。

「すごいね」
「何が?」
「姉様相手に怖じ気づかなかったことだよ」
「? だって、レミリアはフランのことが心配だっただけだったぞ?」
 本当にすごい。普通なら姉様の表面上の怒気を感じただけで意識が吹っ飛ぶはずなのだが……ちゃんと意思の底が見えているのがすごい。
 私にはこの感覚が無いんだよなぁ。
 簡単なうわべにだまされてしまう。そしてその本質をつかむ方法は未だにわからない。
 難しい顔をして、再び歩き出す。
 チルノとルーミアは単純、思ったことがそのまま顔に出るし、裏表が無い。だから話が合いやすい。
 嫌なことは嫌って言ってもらえるし、こっちも普通に接することができる。
 ただ、ミスティアやリグルはダメだ。無理をされると合わせづらい。もっと言いたいことを言ってくれるといいのだが……。

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