Coolier - 新生・東方創想話

もう、どきどきなんてしませんよ。

2017/11/23 23:09:31
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◇◇◇ 序

 小降りの雨の街だった。

 深夜の小学校、敷地の片隅に、少女のような微笑を浮かべた若い女が、傘を軽く肩に預けて佇んでいた。

 彼女は、もう一年以上前に枯れてしまった桜の木を見上げている。
 小学校の創立を記念して植えられたその木だけは周りの桜と違って、木の根元には石で縁石が設けられていた。元々が古い木で、生徒が悪戯で木に登ってしまった所、枝がぽっきりと折れてしまったらしい。そのせいで、と言うのは酷だろうが、木は段々と弱っていった。世間は煩雑で、このまま放置していても危ないだけということで、早日、伐採される話の運びになっている。

 冬も近付いて寒く湿った夜の空気の中、動くものの気配は希薄で、傘だけがくるくると回っている。

 根によって隆起した地面の瘤を避けながらそっと桜に歩み寄った彼女は、ふと、足元に目線を落とした。地面には濡れた落ち葉が溜まって、くしゃくしゃと湿った足音を立てていた。夜目はかなり利く方で、月の無い夜にもここまで灯りの一つも必要としなかった彼女が、おもむろにスマートフォンを取り出して、足元の地面を照らす。
 明らかに異常な量の毛虫が、足の踏み場もない程に桜の木の周辺に寄り集まって、びっしりと夥しい絨毯を織り上げていた。本来なら、虫の湧くような季節だったかどうか。それは桜から湧いたのか、桜に引き寄せられたのか、ともあれ現実としてここに存在している光景とは、5cm弱の胴体を持つ毛虫がコロコロと転がって周辺の地面を埋め尽くしている絵図だった。
 異常だが、怪奇ではない。そういう種類の、悪夢じみているが現実的な情景。

「なるほど」
 感心した風な声で呟いて、また上を見る頃。
 くるくると回る濡れた傘には、桜色の花弁が一枚だけ、ぺとりと張り付いていた。その花弁だけは、現実のものでは有り得ない幻だった。



◇◇◇

 小降りの雨の街だった。

「少し、寒いですね」
 指の先が冷たい。どこか灰色に沈んだ街並みには、ひたひたと肌から染み込んでいくような寒さがあった。
 妖夢の知る街ではない。
 幻想郷の外の、どこか郊外の住宅街。色彩を欠いているように見えるモノトーンは、幻想郷の豊かな神秘と自然を見慣れているが故だろうか。それとも、ただ悲しげな曇り空のせい?
「小学校は、もうすぐ冬休みかしら」
 道路を挟んで向かい側の歩道を、ランドセルを背負った子供が数人、歩いている。一人の子供がこちらを見て、少し物珍しそうに視線を惹かれているのは、奇異に映ったわけではないと思う。妖夢は紫に見立ててもらった、特にこれといった特徴も無い冬物の私服。フード付きのパーカーだ。持ち歩くわけにもいかない二口の刀は紫が預かっている。
 そして紫の方も、おかしな格好をしているわけではない。
 そぼ降る雨に濡れる和傘に、いたって普通の和装。物憂げな貌をした金髪の美少女が肩に和傘を預けているとは、妖夢から見ても確かに見惚れるような光景ではあった。外連味も不自然さもなく、そういう趣向の絵画の一幕のように、けぶる街並みにひっそりと紛れている。
 ただの通行人。
 ただの客人。
 その一線を越えるか越えないかの瀬戸際の、細い線の上を器用に渡り歩いているような。

「ちょっと妖夢を貸してくれないかしら?」

 胡散臭い笑顔で言い放ったあの時の少女と、果たして同じ女性なのだろうか。のほほんと主人が快諾したので妖夢から言うべき文句は無いが、こうして同行した要件の詳細を、妖夢はまだ何も聞いていなかった。
「つまりはまあ、いつものことですね。はあ、やれやれです」
 ほのかな痛みを噛み締めつつ、冷たい街で涼しい軽口を言ってみる。絶妙な角度は付けられない。
「誰かの真似?」
「カッコ良かったですか?」
「いいえ、全然」
「ですよね」
「で、着いたわよ」
 そう告げられて、立ち止まる。
 道路の向こうに、小学校が見える。
「あれよ」
 黒い枯れ木だった。
 通学路に太い枝を張り出して、葉の落ち切った桜の木が寒風の中に裸身を晒している。
「あの桜は、人を呪うわ」
 簡潔に告げられた言葉は淡々としていて、帰路に付く子供の声が、耳鳴りに混じって聴こえるようだった。
 大きく伸びた黒い枝は、魔の手でも伸ばすようじゃないか。



「ある若い僧が庭を掃いていた。彼は自分の仕事をできる限りやろうと努めていた。彼は庭を完璧に掃除したので、庭には何の塵も落ちていなかった」

「若い僧の期待に反して、老師は彼の仕事に満足していなかった。若い僧はしばし考えてから木を揺さぶって、枯れ葉が庭のあちこちに落ちてくるようにした。老師はそれを見て微笑んだ」


 桜の木を見た後、妖夢は近くの喫茶店に連れて来てもらった。大正時代から残る倉庫を改装したという、瀟洒な煉瓦造りの建物の店内は、雨の街とは別世界のような温もりを感じる場所だった。
「今の話の意味が分かるかしら?」
「禅の話ですか?」
 抹茶クリームわらび餅パフェ三色団子盛りに、専用の細長いスプーンを突き刺しつつ、妖夢は首を傾げる。首を傾げないと、パフェの高さで紫の顔が見えなかった。
「この話自体は、禅の話よ。でも、私がしてる話は別のこと」
「じゃあ、桜の木の話?」
「いいえ、そうでもあるけれど、それも違うわ」
 禅問答のように埒が明かない。
 はぐらかして、躱して、これぞ八雲紫と言った感じの、暖簾に腕押しな問答。言っちゃなんだが、まともに会話できた試しが無い。
「まあ、わびさび、ですよね。完璧にしたら、美しくないというか……」
 言葉尻を濁す。
 何故、完璧だと美しくないのか。妖夢はそれを説明できる気がしなかった。
 それもそのはず、だって、永遠亭の姫君を知っている。
 彼女は不死であり不変であり、絶対的な美であった。『完璧な美』というものは、確かに存在する。その一方で、雲隠れの月を愛で、疾く散る桜の花を惜しむといった、限られた美だからこそ惹かれるという心も確かにある。が、だからと言ってそれは、永遠性の美を否定する結論には成り得ない。
 ああ、つまりそれが永遠か瞬間かなど、美という本質には何ら関係が無いのだ。
「わびさびなんて、たわ言だ」
 つい口をついて出た言葉に、妖夢は我ながら驚いた。そこまで断言に近い口調のつもりではなかったのだが。
「ええ、その通り」
 だが意外にも、紫は鷹揚に受け止めて頷いた。
「美を語るな。畢竟、本質的な美に関する議論は、大体がここに落ち着くわ」
「言葉で表現できるものじゃないんですね」
 雨月という言葉も、ある意味で誤魔化しだ。ただし誤魔化しているのは半端な月ではなく、もっと本質的な神髄。いや、訂正しておけば、侘びの概念はたわ言などではない。ただ、口に出した瞬間に下らなくなると言っているだけで。
「そうよ。じゃあ妖夢は、さっきの私の話の意味が分かるかしら?」
「……」
 いや、分からない。
「完璧な庭は、確かに完璧です。でも、少しだけ落ち葉の散った庭は、完璧に至る過程の美で……? そもそもの前提として、落ち葉が残っている状態で完成している?」
 ……いや、いやいや。
「そもそもそういうことを言っちゃいけないって言ってるじゃないですか!」
「……妖夢がぽんこつで、安心したわ。なんだか今日は静かだったから」
 ちょっと大きめな声で言うと、何故か安心されてしまった。
「つまりどういうことなんですか? 貴方の話はいつも回りくどい」
「説明してあげませーん。うふふー」
 紫は口元に手を当てて微笑む。
 なんともまあ可愛らしく、見る者が見れば、握り拳が飛び出る寸前くらいには絶妙に腹が立っただろう。
「紫様がいつも通りで安心しましたよ! なんだか今日は静かだったので!」
「まあこの話はさておき、まずはパフェをたいらげてしまいなさいな」
「紫様は外の世界のこういうお店も知ってるんですね」
 お駄賃代わりに高いものを遠慮なく選んでやった抹茶以下略パフェは、見た目の高さに反して、作り手の堅実な意図が窺えた。聞いた所によると、パフェとは見た目を楽しんだ後は、遠慮なく掻き混ぜてぐちゃぐちゃにして食べてしまっても良いらしい。そうなってくると、この和菓子類は一緒にする意味あるの? という疑問にも答えが出る。意味ならあるのだ。もちろん甘党の人限定の感想になるだろうが、妖夢としては、たまにはこういうのも良いと思う。パフェとはロマンなのだ。帰ったら主人に大いに自慢してやろう。
「ええ、よく遊びに来ますもの」
「それで、あの桜の木を見付けたんですか?」
「そうね。そんなところ」
「自分でどうにかすれば良いじゃないですか」
 口を尖らせて言う。何の気無しの一言だったので、返ってきた答えは予想外。
「できないから頼んでいるのよ」
「?」
 固まってしまう。
 できない……?
「なら、他に頼む人もいるでしょうに」
「もちろん、幻想郷の外にも友達くらいいるわ。だから周辺調査だけ頼んだ。でも、彼女はダメなの」
「ダメ? ぽんこつなんですか?」
 そう言うと、紫はゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、むしろ有能で、だからこそダメなの。彼女は彼を肯定して、救ってしまう」
「その、有能だと何がダメなんですか?」
 何の問題も無いどころか、救えるものなら救ってしまえば良いと思う。
「さあ、どうしてかしら? 自分で考えてね。それは、私が言葉にしてしまっては意味の無いものだから」
「……」
 分かるはずもない。と言うか、いくら考えても皆目見当も付かない。八雲紫が「できない」と口にする案件に、妖夢ごとき半人前なんか駆り出して何がしたいのだろう。



「メメント・モリ。私はあの手のものを、こう呼んでいます」

 紫のスマートフォンから、知らない女性の声が漏れる。
 気さくな言葉の裏から滲むのは、失われた古代の王族の末裔のような、華やかなりし女王の気品。でもそれは微かな香り付け程度に感じ取れただけで、印象を決定付けた大きな特徴は、説明することに慣れた、淀みない語り口こそだった。
 紫の紹介によると、守矢の学芸員なんだとか。ひょっとしなくても守矢神社の巫女さんの縁者かも知れない。あの巫女さんは、外、つまりこちらの世界の人間だったのだから、こちらにも関係者くらいいるだろう。
 その彼女から、あの桜についての見解を聞かせてもらっている。

「原義は違うんですが、とりあえずここでは広く膾炙した意味で、死の光景を題材にした絵画等の作品群と、そのテーマのことだと思ってください」
 それら中世の絵画には、骸骨が社交界でダンスを踊っている図などが描かれたらしい。
「九相図のような?」
 美女の死体が徐々に腐敗していく様を描いた、悪趣味な、一応は説法のために使われた絵巻物がある。死体を描いたものだというから、妖夢はその例を挙げてみた。
「流石に冥界の使用人さん、そちらを連想しますか。ええとですね、似てもいませんし、別物ですね。あくまでも、という前置きをするのなら、九相図は説法のため。現世の儚さ、無常観を描いたもの。一方の死の舞踏は、幽世への憧れです。ああ、つまり同じことなのかも知れませんね。意図はどうあれ、どちらも同じ芸術作品ですから」
「死の醜さを描いたはずの九相図ですけれど……」
「あれはあれで魅力的ですね。死が間近にあった時代が終わって以来、死の世界とは想像力を働かせて思い描くしかないものになりました。だからなのか、人は死に魅せられます。あるいは、こうも言えるでしょう。──死には、美術的な価値があるのです」
「……死が、美術品」
 おいそれとは頷きかねる言葉ではあったが、そういう側面もあるのだろう。
「タナトスとか言って、人間には死に向かっていく衝動があるんです。そして、死の世界が放つ美しさは、人を死に近付ける。強力なものなら、死に誘うこともあるでしょう。メメント・モリ──死を想え、です。と言うわけで、目にした人間が死に至るような代物を、私は特別な意味でメメント・モリと呼んでいます」
 例えば、古美術品なんかに、うっかり紛れ込んでたりするんです。いわゆる呪われた絵画とか。
 他にも、天使の歌声と評されるオペラ歌手の公演を聴いた者が、その夜に自ら命を断った、とか。
 こうして聞いてみると、美しさとは呪いのようにも思えてくる。
「さて、メメント・モリについては、こんな所で切り上げましょう。だって貴方はこの手のもので特級の代物を知っているはずですからね」
「?」
 最後の一言はともかく、ここまでの話は、一応は理解できたと思う。
 ところで疑いの眼差しを向けておくとすれば、紫は説明してくれないのではなく、ただ単に説明するのが苦手なだけではないのか? だってほら、学芸員のお姉さんはスラスラと状況を説明してくれるし。

「……で、あの桜はどの程度の……本当に人を殺めてしまう程の代物なんでしょうか?」
 問題は、ここから。
「歴史のある古い桜ですよ。尋常小学校だった頃の木造校舎を建て替える時に、新しい小学校の設立を記念して、近くのお寺の境内から移し替えたそうなんです。地域の象徴として、親しまれてきました」
「危ないんですか?」
「いいえ、ほぼ安全ですよ。ですが、危ないに決まっているでしょう?」
「矛盾していませんか?」
「安全ですよ。変性しかかっただけの普通の木なら、影響は微々たるものです。だって所詮、ただの木はただの木なんですから」
 あの桜の齢は、百年前後といったところか。古木と言うには、まだ若い。
「でも、危ないに決まってるんですか?」
「一般に思春期までの子供は感受性が強く、精神的にも無防備です。しかも、最近の子供は発育が早くて、小学生でも死にたがりますから。立地が悪いと言いましたが、風水的なものでなく、そういう意味でも立地が悪いですね。死に易い人間が、日に何人、彼の近くを通ることでしょう」
「……え、と。じゃあ、何かの処置は?」
「簡単にですが結界を。見ていませんか?」
 立入禁止の黄色と黒のテープがあったような。枝が折れて落ちると危ないからかと思っていたが、あれに紛れさせてあるのだろうか。
「ところで、されると思っていた質問がまだですね。私は解説役なので、はぐらかすのが特技と定評のある紫さんに代わって、色々とお答えします。さあさあ遠慮せずに、学芸員のお姉さんに何でも質問しちゃってください」
 やはり、知っておくべきなのだろう。
「……どうして、あの桜は妖木になってしまったんでしょう」
 どうして、死を想い、死の気配を纏うようになってしまったのか。
 妖夢としても言い辛く、彼女としても答え辛いだろうと思っていた質問。しかしこの質問にもすんなりと答えが返ってきた。
「一つに立地の問題があります。元々、相が悪いんですよ。しかも周りがコンクリの人工物で気の逃げ場が無くて、これだと悪いものは溜まる一方です」
 しかしそれは外的な原因であって、問題の本質ではないだろう。
「だったら、木が弱るだけで、祟らないと思いますけど」
 ふふ、と。妖夢の指摘に、紫と電話の声が揃って微笑む。
 子供がテストで良い点を取った時みたいに、と言うには、少々妖しげな笑み。
「切っ掛けは、ちょっとした事故です。こう、枝がぽっきりと。子供が木登りすると危ないだとか保護者会で問題になったのですが、これは余談ですね。管理責任とかモンペの話は聞きたくないでしょう。で、庭師さんには言わずもがなですが、桜は繊細なのです」
「ええ、ひどい時には、傷口から壊死することがあります。あと、すごい数の毛虫が湧きます。えっと、それで、自分は死ぬかもって思っちゃったんですか?」
 つまりは、幾つかの巡り合わせの重なり。
 でもこれだけでは納得がいかなかった。
「……もう一つくらい、何かあるんじゃないですか?」
 人を呪うに足る理由。
 花を毟られただとか、枝を折られただとか。多分、そんなことじゃない。
「妖夢さんは、桜のことが好きですか?」
「ええ、まあ、人並みには」
 決め付けるのも良くないが、この国に住まう人間の大多数は桜を好むだろう。妖夢にとっては、生活の一部と言っても良いだろうか。当然のように、そこにあるもの。
「──では、桜は人のことを好むと思いますか?」
「……え、それは……」
 嫌いに決まっていますよね。好いているからと言って、好かれているなどと思うな、と。
 なだらかな口調の裏にあった、その言外の冷ややかさに、妖夢は言葉を失って答えに窮した。
「もちろん、中には人を愛しているという桜もいますよ。全ての桜が人を嫌っているわけではありません。人を嫌っている桜が、誰か一人だけを特別に愛することもあるでしょう。あくまで一般論として聞いてください。人は根を踏みますし、中にはマナーの悪い人間もいます。それだけの話です」
「じゃあ、あの桜は」
「それも簡単な話ですよ。老朽化した校舎を建て替えるから邪魔なんですって」
「あ、そうですか」
 拍子抜け、と言ってしまってはいけないのだろう。
「つまらない理由ですよね。つまらない理由で撤去される彼は、人間を祟って当然なんです。撤去ですよ? 撤去。殺されるのでもなくて、ただの土木工事です。事故の件とか色々あって、わりとあっさり決定しました。そんな扱いを知って、繊細な心の持ち主が黙っているとでも?」
「……撤去。え、切り倒されちゃうんですか?」
 いいえ、と彼女は言った。
「伐採が決まったと言っても、地元では親しまれている桜ですし、なんか色々面倒な意見が出ると、こういうのって全然話が進まなかったりします。大人達は面倒なんですよ。そんなこんなで先延ばしってこともありますね。さて、ところで桜の木が最も力を持つ季節は?」
「春、ですね」
「ですよね。あれは枯れ木ですが、咲きますよ?」
 地脈の吹き溜まりで、鬱々とした感情を溜め続けるともなれば、悪いものが開花してもおかしくはない。
「元々は偶然の悪条件が重なっていただけ。でも、ちゃんとした知識と手順で、ちょっと流れを整えてあげたら、そこそこな花が幽体で咲きまして。夜の間の、短い一時だけですけどね」
「……おい」
 おい、とか言ってしまった。
 また守矢か。
「ですが今はまだまだ寒い季節。本番はやっぱり春からですよ。つまり何かするなら、今のうち。さて、どうしたら良いと思います?」
「……ん、あれっ?」
 思わず、素っ頓狂な声がでた。
「これって普通に何とかできるんじゃないですか?」
 そう言えば紫が言っていた。
 彼女は祟り神を肯定して、救ってしまう、と。
 彼女の能力は知らない。でも少なくとも妖夢なんぞよりは、色々とできることがあるはずだ。
 そもそも木を切り倒すことは難しくなくて、それなのに別の方法を探しているから話が拗れているのだろう。切り倒すのが嫌なら、救ってしまえば良い。
「ええ、一応は。普通の木としては死んでいる彼を、御神木として祀って甦らせれば良いのでしょう? で、彼の居場所は紫さんに用意してもらいましょう。はい、あっさり解決、死傷者0で、めでたしめでたしです」
「そうしてくださいよ」
 これは他人事みたいな顔で、追加注文のロールケーキを食べている紫にも言っておく。
 一人前が二人も揃っているのに、どうして半人前が駆り出されるのか。
「いいえ、紫さんと話し合って、そうしないことに決めました。となると、私には、できない」
「紫様も、そう言っていましたけど」
 苦い表情で呟く。
 私には、できない。
 その謎めいた一言の意味を、妖夢は考えた末にわざわざ分からないことにしておいた。なんとなくで良いなら分かっていたのに。
「あんまり、難しく考えなくて良いですから」
 彼女はどこか困った風に笑って、そう言う。
「──空になる、心は春の霞にて、世にあらじとも思い立つかな」
「急に、どうしたんですか?」
「今の同居人を見ていると、この歌が思い浮かぶんですよ。あの人に似合う歌だとも思っています。尋花欲菩提、花を尋ねて菩提を欲す。そういう、自由に空を飛んで、周囲から浮いて、何物にも囚われない遊心の境地、なのでしょうかね。そんな心の有り様を詠った素敵な歌ですよね」
「……」
 一応は、聞いたことのある歌だった。歌意も分かる。まあ要するに、いつもの西行と言って良いだろう。桜の季節に浮き立つ心を詠んだ歌だ。
「隨縁隨興。縁に随い、興に随い、空の心の赴くままに、妖夢さんがしたいと思ったことをしてください」
「そう、ですか」
 躊躇いながら、短く呟いた。
 言われていることの意味は分かった。
「では、そろそろ切りますね」
「何故ですっ!? なんで切られなきゃいけないんですか!? 斬り返しますよ!?」
「電話の話です。良かったぽんこつ可愛い所があって安心しました」
 また安心されてしまった。
 じゃあ、がんばってくださいね。との一言を残して、通話が切れる。
 画面の通話記録によると、思ったより長く話し込んでいた。スマートフォンを紫に返し、少し拗ねた顔で呟いてみる。
「どうせ私はぽんこつですよ……」
「落ち込む所はそこなのね」



 夜が更けるまで待った。
 妖夢は一人で、深夜の校庭に立っている。
 紫は、余計な邪魔が入らないようにしてくれているらしい。一人だった。

 そぼ降る雨に混じって、桜の花弁が散っている。
 メメント・モリの桜は、冷えた雨夜の片隅に、重々しく聳えている。月も星も無い夜に、雨の夜を照らし出す光源は、どこか遠くの方の街灯と、家々の灯り。この街は、こんな雨の夜にさえ、真の暗闇に身を潜めることもないらしい。辺りは十分に真っ暗と言えるが、慣れ親しんだ幻想郷の暗闇とは純度が違うように思った。
 原因は、空か。
 地上の光を反射する空が、純度の高い暗さを保っていないのだ。七割減ほどの闇の中に、桜の花は幽霊のような淡い光を放ち、茫洋と浮かび上がっていた。
 黒く暗い、鬱々とした気配。しかし薄らとした桜色の幻には、そのような重さはなく、花だけが発光する雲のように宙に浮いているようでもあった。妖夢の目には、それはどこか、西方浄土へと棚引いて流れ行く雲のようにも見えた。
 死の空想。あるいは、空想の死。
 自由に思い描く死後の世界には、苦しみも悩みもなく、なんて甘美なんだろう。その世界の本質は、地獄でも天界でもなく、ただ死という単純な手段によって至れる夢の世界、理想郷に近い。絵描きは筆を走らせ、人は自由に思い描く、夢のように楽しい場所。空想上の死後の世界は、現実よりも美しい。
 君も、こちらにおいで。そんな風に、桜に呼ばれた気がした。
 その儚い美しさに、死の欲動を肯定される。ふらっと、首でも吊ってみようかという気分になる。
 空想の死は甘く美しく、苦しい現実とも、もっと苦しい現実の死とも違っていて、まるで救いか何かのように思えた。どうせこの世は苦界なのだから、欺瞞の死ですらも、優しいものと言えるのかも知れなかった。

 だから、枯れ木に纏わり付いている桜色の幻は、一本の木が思い詰めた“死”にまつわる空想の具象なのだろう。

「貴方はそんなになるまで悩んでいたんですね」
 そんな言葉が、口をついて出た。桜に引き込まれているのかも知れない。
「はい、今いきます。貴方の事を、殺しに来ましたよ」



 時間は、少し遡る。

「……この隙間女っ」
 憤りを吐き出すと共に、低く抑えた声で呟いた。
 失言とは思わない。これは、ごもっともな憤りだ。
「私に、桜の介錯をしろと言うんですね」
「ええ、良かったわね。庭師の鋏が役に立つ時が来て」
 悪びれもせず、紫。
「とりあえず貴方から斬ってやりましょうか?」
「刀なら、まだ私が預かっているわよ?」
「あんなもの、有っても無くても一緒ですよ」
 脅しではなかった。殺意は本物。しかしそれなのに、妖夢は本心から紫を責めることができなかった。この分では、手を出しこそすれ口論にはなりそうもない。
「ふぅん。じゃあ、斬れるものなら、どうぞ?」
 舌打ちでもした方が真っ当な反応かと思った。眉を顰めすらしなかった。
「……」
 納得、していたからだ。
 その通りだとも。まったくもって同感だった。あの木は斬ってしまった方が良い。
 そうは言っても、この場面では激怒しておくのが人として正しい反応だ。落ち着いたまま、そう判断して、激怒した。たったのそれだけの作業。確かに怒っているのに、怒りに反して心持ちは静かだった。

 参禅の心で剣を極めれば、真理だとか真如だとか、空とか呼ばれる頂きに至るらしい。それは、何物にも囚われぬ澄み切った境地なのだとか。妖夢とて、そのつもりで日々の棒振りに励んできた。だと言うのに、今のザマはどうだ。不動の心をわざわざ手動で動かす体たらく。剣聖の境地とはこの程度のものか、それとも単に妖夢が半人前なだけか、それを問うなら後者に決まっていた。泣きたくなるのに泣けないくらい、空の高みなんて、未熟者には遠過ぎる。

 空になる、心は春の霞にて──

 この歌を選んで思い起こさせてくれた学芸員の彼女の理解力には恐れ入る。これは妖夢の所感だけれど、クウよりもソラの方が、自分に馴染む響きのように感じるのだ。正直、クウなんて言われてもいまいち分からない。でも、ソラなら見たことがある。
 空の心とは、心が空虚になって、その情動が死んでしまうことなどではない。
 花弁が散って、雨が降っても、夜には暗く、昼には明るく、夕焼けに赤く染まろうと、突き抜けるような青空でも、いずれの場合でも、空は変わらず空のままで、どんな変化も受け入れて、その時々の色に自身を染め上げる。晴れの日には青空に、夜には夜空に、しかし空は空として有り続ける。変化はすれど、もっと大きな認識の中では不変であるような、そういう状態のことを言う。
 心をカラにするだけなら妖夢にも届く。でも、大らかで自由なソラには至らない。

「放置していても問題を招くだけの枯れ木は、人の手で撤去される目途が立っている。でも、普通の業者に土木作業で取り除かれてしまうなんて言語道断でしょ? 私はそんな無粋な結末を許さない。関係者を呪い殺してでも、止めてやる」
 常の妖艶さは鳴りを潜め、紫の表情と声音には、桜に対する敬意が滲んでいた。
「じゃあ、生き長らえさせる? ええ、できるわよ。できなきゃ良かったのにね」
「なんで、そうしないんですか?」
 知っていることを訊ねる。
「貴方には、分かっているんでしょう?」
 この期に及んでも答えない紫。
 どちらにしても分かっていた。理由は単純。桜の美しさを損なうから。
「でも、私にならできる。というのが分かりません。どうして、私なんですか? 私なんか、半人前じゃないですか」
「貴方なら、できるわ。少なくとも、私よりはマシ」
「……」
 買い被りだ。
「私達は身勝手な理由で彼の命を断つ。だからせめてもの、誠意を。私にはそれが足りない。だから、できない。そう言ったわ。でも貴方なら、彼のために悩んで、私に怒って、気持ちをちゃんと受け止めて殺すことができる。それが、せめてもの誠意なんじゃない?」
 自分にはできない。だから、貴方がやれ、と。
「嫌なら、別に良いわよ。私は貴方をここに連れて来ただけで、具体的に何をして欲しいとは頼んでいないもの。学芸員のお姉さんも言っていたでしょう? 隨縁隨興、縁に随い、興に随い、心の赴くままに、妖夢のしたいことをしてくれて良いのよ?」
 だが、期待されていることは明らかで、妖夢が何かをするかも半ば決まっている。
 つまり、良いように利用してくれるというわけだ。貴方がやれと、はっきりそう言いもせずに、曖昧な言い方でぼかしたまま。
「最低ですね、紫様」
「うふふっ、たまに言われるわ」
 ぱぁっと、笑顔の花が咲く。
 それは妖しい美少女の、人外の嗤笑だった。
「と言うか、なんで私だけ? 守矢の彼女は? 彼女だって共犯なのに」
「目の前にいない人は、流石に斬れませんから」
 電波の向こう側を斬るのって、どうやったらできるのだろうか。いまいち想像が付かないのは半人前の証拠であろうなと妖夢は思う。
「……あ、そう。なんだかずるいわ」
 ふてくされたように言う紫。
 こちらの顔なら、そこそこ好ましいと言って良いかも知れない。
「妖夢。忘れ物よ」
「……ああ、忘れてました。やっぱり私はぽんこつですね」
 手渡されたのは、楼観剣。
 妖夢はただの庭師で、本当は剣士ですら無いのに。
「有っても無くても一緒だって言ったじゃないですか。大事な物ですし、預かってもらっておくのも安心なんですけど」
「まあそう言わず、持っていきなさいな。使われたがっている道具は使ってあげるのが持ち主の甲斐性よ。じゃあ、よろしくお願いするわね。貴方にだから、頼むのよ。真面目で素直な良い子の、貴方だから」
「やめてください。過分な評価は困ります。私はただの、どっちつかずの半人前ですから」
 人らしく振舞うことも、剣に徹することもできないまま。
 どうしてこんなに、中途半端なんだろう。



 散り際の、満開の桜が散っている。
 誘われるままに、妖夢は歩みを進めた。特に生きたいという衝動も無い妖夢のことを、桜は全く警戒せずに受け入れる。
 妖夢もまた、誘惑を撥ね退けるのでなく受け入れる。己の半分を、あっさりと誘惑に明け渡す。そうでもしなければ、生死の紙一重までは歩み寄れない。半分と半分の境界線の、その限界まで間合いに入れる。肉薄しなければ、斬れないものがある。
 こうして相手に心を寄せる時、妖夢は自分が自分なのか、それとも見ていたものなのか分からなくなることがある。波長を合わせていくようなこの感覚は、その手の言葉で何と言うのだったか。
 妖夢の語彙ではないけれど、あの学芸員のお姉さんならば、また西行の歌から適当なものを引用しつつ、「それは実相を観ると言って、主体と客体が不一不異の関係にある状態ですね」と説明することだろう。続けて西行の歌論も引くだろうか。
 華を詠めども実に華と思ふ事なく、月を詠ずれども実に月と思はず、只此の如くして、縁に随ひ、興に随ひ読み置く処なり。
 平易に言い換えれば、花を見れば心を花に染め、月を仰げば心に月を映せ、と。深く切り込んで言えば、「普通に物を見ている場合、花や月という対象を見る自己があり、自己の認識というフィルターを隔てて対象を認識しています。これでは純粋な見方とは言えませんね。実相を観るとはつまり、自己を対象に同一化すること。心は花に染まり、心に月が映り、あるものがあるがままに認識されるような、そんな純粋な認識です」と、こんなところか。そう説明してしまうことが、彼女の限界でもあった。妖夢は、その説明では当たらずも遠からずであるように思う。ほぼ正確だが、そうではない。
 対象への同調、共感と理解。本当の意味での同情。
 いや、妖夢にも何のことだかよく分かっていないのだが。ともかく余計なことを考えるのはこの辺りでやめにする。失敗はできないのだ。
 仕損じれば御膳立てが台無しになる。責任は感じていても、緊張は、していないと思う。もう、どきどきなんてしていない。心はひどく澄んでいて、庭園の池に喩えるのなら凪いでいる。

 視線を上げれば美しい幽霊桜の情景は、しかし足元に目を落とせば、疎らに花弁が落ちた地面。桜の死体から毛虫が湧いているようだった。悪いとは思いながらも、普通ではない量の毛虫が寄り集まっている、その上を歩いていくしかなかった。こちらは、お世辞にも美しいとは言えまい。物事は綺麗な面だけじゃなくて、穢い側面もあって、しかしそれはどちらも……
「……ああ、まったく」
 そう言ってしまえば、たわ言だ。
 だって本当は、そんなことじゃないのに。
「不完全が美しいのではないのです。未完の美という言い方は本質を外している」
 雨夜の月を愛でるだとか、そう言ってしまえば、ただのたわ言に終わってしまう。欠けがあってこそ、完成していて美しい、だとか、そんなはずがあるだろうか。
 妖夢は、それは少し違うと思う。
 そして雨月の本質は、もっと外道じみていて、救い難い趣味嗜好だ。
「いったい、どう言ったら良いのでしょうね。いまだに半人前の身には分かりかねます」
 紫は、老師の話を語っていた。

 ──ある若い僧が庭を掃いていた。
 ──若い僧はしばし考えてから木を揺さぶって、枯れ葉が庭のあちこちに落ちてくるようにした。

 要するに、紫の話は、小難しい禅の話なんかじゃなかった。ただの、捻りが足りないくらいに率直な例え話。
 美しさのために、わざわざ手間を掛けて落ち葉を散らしましょうというだけのこと。老師の本当の意図は知る由も無いけれど、紫の意図には納得していた。
 何の意味も理由も無く、儚いものは美しい。断じて、儚いから美しいのではない。永遠だろうが瞬間だろうが関係無く、美しいものが美しい、それだけだ。

 桜は散るから美しい? 違う。桜は美しいから美しい。
 散らない桜は美しい? どうだろう。

 月よ、隠れよ。花よ、散れ。
 罪深き我々は、その残酷な悲劇こそを愛でる。
 風をいとはで花を眺めむと、心からそう望む裏腹に、心のどこかでは散って欲しいとも願っている。散りゆく花の美しさを知っているから。
 間違いだと言うなら、断じて大間違いだ。きっとこの星の命は、どこか大昔の段階で、命の定義を間違えた。月の民が地上を忌避するのにも頷けるというものだった。

 もしかして散らずとも美しいのかも知れない。だが、散れ。これが外道の発想でなくて、何なのか。
 この愚かさから目を逸らして、雨月などとほざいてしまえば、もう本当にどうしようもなくロクでもないことになってしまう。受け入れたところで、多少は気持ちマシになればマシといった程度の微々たる差だが。

 とうとう、妖夢は手の届く距離まで桜の木に歩み寄った。
 瞬きした後に見上げると、木は、花も枝も無い細長い枝を夜空に這わせている。もう一度瞬きすると、頭上には幽霊桜が咲き誇っている。枝の一房を軽く撫で上げて、今度こそよく聞こえるように囁く。
「私は貴方のことを、介錯しに来たんですよ」
 ざあっと、雨が吹き付けた。
 今の今まで妖夢のことを迎え入れていた桜の世界が、一斉に表情を変えた。もしも肌に突き刺さるこの冷気が、妖木から溢れ出した心なのだとしたら、妖夢は余程、嫌われたのだろう。それも、当然か。

 ここで死ね。その方が綺麗だから。

 たわ言以下。もっとずっと最悪な感性でもって告げる言葉。
 なんて、横暴なんだろう。生の喜びを踏み躙る無理非道を押し通すのは、シンプルな暴力の他には何も無くて、棒振りなんて所詮は殺しの技。間違っていようが何だろうが、綺麗ならそれで良い。
 そっと音も無く、楼観剣を抜いた。
 結局、拙い言葉を並べたって意味なんか無くって。未熟者は、生と死の境界にしか真実を見出せない。

 だからせめて、最高の一太刀を。最高の、最期を。
 どうせ剣を振るしか能の無い身であるのなら、妖木が空想しているよりも遥かに鮮やかな最期を手向けてみせよう。良いだろう、カラの先まで行ってやる。この期に及んで半人前だなどとは言うまい。
「たとえ、貴方が私を嫌っても、私は貴方のことが好きですよ」
 これはきっと、紫も、守矢の彼女も同じだった。桜のことが好きなんだろう。そうでなければ、こんな手の込み入った真似はしない。彼、と敬意を込めた呼び方をしない。

 今日は色々なことを聞いて、色々なことを考える日だった。
 禅の庭。雨月。メメント・モリの呪い。空の心。
 本当はそんなこと、どうでもよかった。ここに至るまで妖夢を案内する道路標識で、感心するくらい用意周到なお膳立て。面倒くさい御託は結構。八雲紫は迂遠な言い回しを好むが、いい加減、付き合いきれるものではない。何故、八雲紫は妖夢に桜を斬らせるか。

 ──殺しにかかってくる相手は、殺すのが礼儀だ。大技で殺せるなら、なおの事よろしい。

「……ひんやりしてますね。冷たくて気持ち良いです」
 妖木は、死へ誘うだけでは足りないと思ったのだろう。幽体は何本もの細長い腕のような形を取って妖夢に絡み付き、首を絞めに掛かってくる。その内の一本を手に取り、頬に当てて、妖夢は仄かに笑いながら呟いたのだった。
 素肌に触れた箇所から、何か良くないものが染み込んでくる。冷たさを感じていると、このまま殺されてしまっても別に構わないという気分になってきた。これが、桜の呪いだった。
 楽しい。
 やはり自分は外道なのだろう。命のやり取りには、心が躍るようだ。だが、ここは魔境だ。もっと先まで行かなくては。
 凪いだ池に、桜の花弁がはらりと落ちた。乱れる心の綾は波。
 妖夢の波があり、桜にも波がある。静謐な水面で二つの波紋がぶつかって乱れる様を想うと、それはあまりよろしくない。だから、波を重ねる。波長を合わせるやり方なら、妖夢はもう知っていた。
 心境一如、物我一体。見ているものを見るのではなく、見ているものになって、ものを見る、そういう境地。自分と相手の境界、その一線を越えて、失くしてしまう。その果てに繰り出すことの叶う一の太刀がある。

「──」

 無呼吸。
 一振り。

 幻は露と消える。
 紫はそれを見て微笑んだ。



 剣聖の半歩手前みたいな感じの妖夢。
 ひと夏のアバンチュールであれだけのことがあったので、ちょっぴり成長した姿をイメージしています。

『この身は未だ、ぽんこつなれど』とは、前日譚と本編の関係。斬れなかった誰かさんに代わって、いつか西行妖を斬る予行演習。
 こちらの妖夢は、あちらのあの子を見ても、憧れてた人が実は……、なんてことは経験済みですので、少しも幻滅していない生温かい眼差しで、「似合ってます。私は可愛いと思いますよ」くらいのことを言ってのけます。
珈琲味のお湯
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コメント



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1.100ばかのひ削除
大変魅力的で更に勉強にもなりました
少し間をおいて、また読み返したいと思う文章でした
2.70奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
3.100仲村アペンド削除
これはとても凄い。圧倒される文章でした。それにしてもやっぱり妖夢は苦労人ポジションなんですねぇ。
5.100名前が無い程度の能力削除
すげーと思いました
いや、凄いです
7.90名前が無い程度の能力削除
タイトルからは想像もできないような内容によい意味でおどろかされました
8.100南条削除
非常に面白かったです
迂遠なのか直接的なのかよくわからない紫や、結局自分のできることをした妖夢にそれぞれ相応しい役があって良かったです
クライマックスの畳み掛けるような描写には素晴らしい迫力がありました
9.100サク_ウマ削除
見事でした