Coolier - 新生・東方創想話

残された記憶、残した思い

2017/10/29 01:34:32
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 その場に崩れ尻持ちをつき、わたしは涙を溢れさせ声を押し殺して泣いた。
 わたし以外、誰もいない。ここにあるのは、必要なモノを詰めた段ボール、不必要なモノを詰めたゴミ袋、そしてわたしが居た。
 声を聞かれて困る相手は居ないはずなのに、誰にも聞かれたくなくて泣き声を押し殺した。部屋には、ポタポタと溢れる涙の音と、とめどもなく出る嗚咽が充満した。
 なぜ、幸せな時間は終わってしまったのかしら。
 なぜ、わたしはあんなことを言ってしまったのかしら。
 部屋着のポケットから一通の手紙を取り出す。
 片付けの途中で見つけた、彼女の直筆の手紙。
 わたしたちの歯車が狂いだしたのは一年前の春先。大学四年生になってから。いえ、もしかしたらもっと前から狂い始めていたのかもしれない。
 いつから、わたしは変わってしまったのか。
 あんなことになるぐらいなら、変わりたくなかった。
 わたしが悪いんだ。
 わたしが彼女との距離を離した。
 わたしが変わったから。
 わたしが全部、壊したんだ。



「わたし決めたわ。帰国しないで日本に残る」
「えっ、なんで。メリーは留学が終わったら帰るって……」
 夕食での会話でわたしは蓮子に胸の内を明かした。
 蓮子に誕生日を祝ってもらえてから、彼女はときどきわたしの部屋に泊まりに来るようになった。狭いわよと言っても、メリーとくっつきたいから良いのと言ったときは嬉しさの余り蓮子を抱きしめたわ。
 パスタをフォークに絡めながら、蓮子にわたしの思いを伝えた。
「だって、蓮子の傍に居たいから」
 わたしの言葉に蓮子は食事の手を止める。蓮子は、嬉しさと困惑を混ぜた顔をしている。
「メリーの言葉は嬉しいよ。でも、もっとちゃんとした手順を踏まないと……両親に挨拶とか」
「両親には家業を継ぐ約束で留学をさせてもらったわ。だから、ちゃんとした手順を踏んだらわたしはもう日本に帰って来られない。そうしたら蓮子とも……そんなの嫌よ!」
「メリーのご両親も話せば分ってくれるよ。昔とは違って科学世紀になってからは恋愛も色々あるって認知されてるし……。私もちゃんと挨拶したいから」
「違うの。そうじゃないの。わたしが家に帰ったら、家業に従事しないといけないし、家の都合で結婚も決めさせられちゃうから」
 わたしは、左手の小指にある蓮子からもらった指輪をぎゅっと握る。わたしの言葉に困惑した蓮子は恐る恐るわたしに問いかけた。
「メリーの家って財閥なんだよね。一人娘なのだからメリーの権限とかもそれなりにあるんじゃ……」
「あったらこんなこと言わないわ……。父が絶対の権力を持っているから、わたしは逆らえない。今までずっと従って来た。でも、初めて逆らいたいと思ったわ。誰にも興味が湧かなくて、このまま父が決めた相手と結婚させられると思っていたけれど、今のわたしは違う。わたし、蓮子とずっと一緒に居たい」
「――メリー。なんだか、強くなったね」
 蓮子はそう言って、微笑んだ。蓮子の目じりを見ると、微かに涙が浮かんでいた。
「そうかしら? きっと、貴女のおかげね。ずっと一緒に居たから、蓮子みたいになったのかも」
 微笑んで、蓮子に感謝の意を表す。貴女のおかげでわたしは強くなれた。蓮子と一緒に居たから。
「あのね、メリー……」
「どうしたの蓮子? わたし決めたらから。今更意見を変える気はないわよ」
「うん……。そう、だよね。メリーならそう言うと思った」
 蓮子は歯切れを悪く答えた。わたしの決断に困惑したのかしら。あまりはっきりとモノを決められない性格だったけれど、蓮子のおかげで少し変われた気がする。
 食事を終えて就寝の準備をしようとすると、蓮子が話しかけてきた。
「ねえ、メリー。今日一緒に寝てもいいかな……」
「いいけど……。どうしたのあらたまって。家に来た時はいつも一緒に寝てるじゃない」
「ありがとう、メリー。なんとなく訊いてみただけだよ」
「そうなのね。ほら、準備できたわよ。もう、寝ましょう」
「うん……」
 わたしと蓮子は同じ寝床に入った。一緒に寝る時はいつも手を繋ぎ寝ている。しかし今夜は少し違った。蓮子はわたしをぎゅっと抱きしめて眠った。嬉しくて、わたしも抱き返した。蓮子に求められてわたしは幸せ者だ。
 翌朝、目を覚ますと傍らにいる蓮子は居なくなっていた。
 わたしよりも早起きなんて珍しいわね。目元を擦り、布団から出て起き上がると、部屋に蓮子の姿はなかった。代わりに枕もとには一通の手紙が置いてあった。宛名はわたし。字を見れば誰が書いたのか分る。蓮子だ。
 嫌な予感がした。
 わたしの直感がそう訴えた。
 キッチンを見ると、蓮子がコーヒーを飲むのに愛用しているカップが無くなっていた。箸も、歯ブラシも。キッチン周りだけじゃない。蓮子がわたしの部屋に持ち込んだモノが全てなくなっていた。
 部屋中を探しても、蓮子の痕跡が見つからない。唯一残された手紙を除いて。
 わたしは急いで封を切り、手紙を読んだ。
「ごめんね、メリー。あなたのことを最後まで振りまわして。でもね、きっとその方がメリーにとって幸せだから。メリーの昨日の決断を聞いて驚いたよ。メリーが決断したなら私も、ちゃんと決めないとって思って。私ね、研究の道に進むことにしたよ。今日から外部の研究室に配属されることになったの。でも、それをメリーに伝えようか悩んでいて。私は研究者になりたいの。でも、研究者は自分の研究室が持てるまで、配属先が変わったり、異動が多いからメリーにきっと迷惑をかけると思って伝えようか悩んでいたの。昨日、メリーに伝えたら付いてくるって言ったと思う。でもね、メリーにはメリーの人生を歩んで欲しいの。私の為じゃない。メリーの為に。メリーはもう、私が居なくても決断できるから。だから、これからは昨日みたいに私の為じゃなくて、自分の為に決断して欲しいの。突然のお別れでごめんね。私の荷物、邪魔だと思うから持って行くね。もし、忘れ物があったらメリーの好きにして良いから。指輪をメリーに返そうと思ったけれど、ごめんね。大切だから持って行くことにするね。指輪とメリーとの思い出を胸に頑張るよ。だから、メリーも頑張ってね。大好き、愛してるよメリー」
 手紙に涙が落ち、蓮子の文字を滲ませる。
 泣いている暇なんてない。わたしは、春物のコートをパジャマの上に羽織ると慌てて外に出た。もしかしたら今なら蓮子に会えるかもしれない。まだ、間に合うかもしれない。そう思い、部屋を飛び出した。

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