Coolier - 新生・東方創想話

冬の姉妹と聞こえないフリ

2017/10/26 00:56:32
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昼下がりから少々の時間が経過した午後3時。

襲ってくる眠気を蹴散らしてティータイムにずれ込む時間帯。

自己の時間配分がすべて己の裁量に委ねられている組織の長であっても、通念から離れたことはしない。

永きに渡って人が作り上げてきた生活リズムは、心地よく生きることを手助けするお手本だ。

吸血鬼にも当然当てはまる。

紅茶のカップを傾かせながら玄関前の門を見下ろす午後。

それはいつものことだった。

今まさに屋敷から帰ろうとする来客の姿が目に入る。

正面からここに来て帰る人間は多くない。妖怪でも同じだ。

小さくもどこか上品な背中。

その背中を2階のバルコニーから見下ろしながら小さくため息をつく。

目に入るのは黒色の唾の丸い可愛らしいデザインの帽子。

目を引く明るい色彩の服装。

妹とどこか似た雰囲気の少女。

年のころは妖怪である以上推測することしかできないが、おそらく精神年齢も妹とそれほど離れてはいないのだろう。

唯一にして替えのきかない妹とも充分釣り合う。

釣り合う、という言葉が浮かんですぐに頭を振る。

他者との関係は釣り合うかどうかでは計れない。

当然出会いとしての場では、必然的に自分と少々なりとも共通性を持った相手と知り合いになる可能性が高いが、

何かのはずみに全く関係の無い相手と知り合うことも珍しくない。

そして、知り合ったが最後付き合うかどうかは本人にかかっている。

とにかくあの娘と妹は会っている。

何はともあれそれは間違いない。

己の意思でもって、誰にも言われずとも会っている。

あの娘が顔パスでこの屋敷に入れるよう許可したのも他でもない自分だ。

妹の必死の説得(メイドを通して)もあってついに折れたのである。

もう角を曲がって城壁に隠れて見えなくなった少女の姿をまだ見えているかのように壁を見つめ続ける。

地底の妖怪、地底を統べる妖怪の一族の一員という認識で間違いないだろうか?

正直興味がなかったので、そこまでのことは知らない。


 カップに映る顔を覗き込む。

不満げな表情が見える。

ここ最近はいつもこんな調子だ。

何もなくとも心に巣食う焦燥。

結局何も行動できなかった時に襲ってくる、倦怠感と自己嫌悪。

当然望みはあった。あったが、悠久の時間の流れが意識の固定を生み、関係の固定を生んでいた。

そこで諦念の気持ちはあったが、心のどこかで安心していた。

だれがやっても同じ。

ここまで時間が経てば、どこでもこんな風になる、と。

あの地底の娘のおかげで、居心地のいい安心感が打ち砕かれた。

名前ーこいしー

たった一度耳にしただけのもう聞く事はないと思っていたその名前。

記憶の片隅にしか残っていなかったその名前に夜毎苛まれ、苦しめられるとは思ってもみなかった。

二人が顔を会わせてからどのくらいの月日が流れたろう。


週一でここに来るようになってから一カ月といったところか。

一種淡白にも見えるこいしの顔つき。

激しいスペルカード戦を望み、派手な弾幕を好む妹とは一見相容れないようにも見えた。

仲が必要以上に深まる懸念など心のどこにもありはしなかった。

その結果がこれだ。


「お嬢様」


凛とした声が響く。

毎日耳に入る声。

短い習慣ながらもはや聞こえなくなったら違和感を感じてしまうほどに馴染んだ透き通るような声。


「何かお悩みですか?」


勘が鋭く優秀なメイドのこと。

ずっと前から気づいていたはずだ。

今ちょうど誰かの声が聞きたいと思っていた。

思考が圧迫されきっている時には煩わしさを感じてしまうが、そのような時は一言も発せず、

人声恋しくなった時に、ベストなタイミングで声をかけてくれる。

理想的にして完璧な従者だ。相変わらず憎たらしいほどに。


「聞いてくれる?」


気だるげに斜め後ろに頭を傾かせると
咲夜は人差し指を自分の口元に立てていた。


「言われなくても分かりますわ。当ててみます。」


うーんと考える素振りを見せながら視線を泳がせる。
もう知っているくせに。


「あの泥棒猫!よくも私の可愛いフランをとったわね。ムキーってところでしょうか。」


前言撤回。話をオブラートにつつむ能力に欠ける。


少なくともあの少女が人の心を掴む術を持っているのは間違いない。

それさえ自分の物にできれば、きっとフランとの関係は変わってくる。

面会することができれば、状況に変化が生まれそうだが、何分接点に欠ける。

口をきいたことが一度も無い人物を誘うというのも断られる危険性が高い。

特に地底の妖怪はその本質から内輪で固まりがちな印象がある。

何か手はないだろうか?

こんな時は歩く辞典、パチュリーに聞くのがてっとり早いか


別に貸しになるような間柄ではないが、弱みを握られるのは絶対に避けたい。



相談ではなく、世間話程度にお茶を濁しながら本論に迫っていこう。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



レミリアは図書館を訪れた。




根城から動こうとしない魔女であり親友の前に背筋を伸ばして座る。

 
「話は分かったわ。」


とりとめのない世間話の合間にさりげなく口に出してみた。

地底からの小さな侵略者について。

とりあえず事実だけを告げるとパチュリーは咀嚼するように考え込み、訊ねた。


「あなたの話を聞いてると、あたかもこいしちゃんを妹様から引き離したいかのようだけど、それじゃかえって妹様を不幸にしてしまうんではないかしら。」

「なんで」


「そりゃあ、妹様にとってはかなり珍しく気の合う友達でしょうし、孤独を紛らわす清涼剤になってると思うのよ。それを排除しちゃうのは…」


「私がいるじゃん。」


「あなた嫌われてない?」



「…」


「…」



沈黙の間にレミリアはダージリンを喉に流し込む。
震える手でカップを置くと引きつった笑いを浮かべた。


「き、嫌われてるわけないじゃない。」


動揺のあまり声が上ずっている。
喉頭に入り損ねた液体が顎を伝ってしたたり落ちている。


「まあ千歩譲って嫌われてないとして、あなたは妹様にどうして欲しいのかしら?
 それが明確に定まらないと行動しようもないわよ?」



「どうして欲しいか?決まってるわよ。

 まず私がやることなすことはすべて賛嘆の目で見つめた上で褒め称えて欲しいし、

 いつでも私に甘えてきて欲しいわね。私がクールに装っても抱きついてきてもらうとかがいいわ。

 そこで私が淡白に諌めてもしつこくまとわりついてくるくらいの粘り強さも必須ね。

 客人の前では卑俗なふるまいをしないことは当然として、フラン自身が羨望の眼差しで見られることも必要だわ。

 明朗で快活。元気で健康。美しく気高い。

 この私の妹なら雑踏に紛れても忽ち後光がさすようなカリスマが欲しいわね。

 常に芳しい香りを漂わせて…あっ、香水とかは駄目よ。自然体の香りでね。

 世間に混じって少々の学をつけても俗説に惑わされないオリジナリティ溢れた個性を発揮する力もあった方がいい。

 まあつまり、私を敬愛しつつ、フランも羨望の眼差しで見られるのがベストよね。

 私を一番に持ち上げてくれて、私を女神のように称えてくれるの。

 けどさ、フラン自身も女神なわけだから女神姉妹になるわね。

 うん。どうして欲しいかと言われれば、私を女神に見てくれてフランも女神。

 これよ。」


「あのねえ…」


パチュリーは肘をテーブルについて額を手の甲で支えた。

そして左右に軽く首を振りつつ俯く。



「そんなんじゃ妹様がプレッシャーに感じちゃうわけよ。あなたねえ。

 生き物はそこまで完璧じゃないの。それじゃ相手の悪いところばかり目についちゃうでしょう?

 あなたも姉なら妹のありのままを受け入れるだけの器量が必要だわ。」


「あ、ありのまま?」


レミリアは素っ頓狂な声を上げて椅子を後ろに傾かせる。

いらっとした表情のパチュリーを見て、すぐに椅子を戻した。


「ありのままなんて無理よ!あの子私を嫌ってるじゃない!」


「あ、自覚あったの?」


「あ、あったわよ。ありましたわよ!フランには変わってもらわなくちゃ駄目!

 私を嫌うフランなんてきら…いにはなるはずないけど。

 イヤ!駄目!そんなフラン!駄目。絶対!」


「レミィ…相手は変えられないけど自分は変われるっていう諺があるのだけど。」


「ヤダ!やだ!私を愛してくれなきゃやだ!」


テーブルに稚児のように手をバンバン叩きつける親友の姿を白けた目で見つつも、これは放ってはおけない。

しかしながらこの主でこの屋敷は大丈夫なのかと懸念を覚えずにはいられないほどの醜態であった。


「何の理由があれ地下室に自分を閉じ込めるような姉を慕う妹がいると思って?」


「まぁそれは仕方ないよね。」


「そんな姉あなたしか存在しないけど」


「しょうがないわ。あの子世間知らずだし、外で何するか分からないし。

 別に他の妖怪や人間を壊すのは問題ないけど、報復で襲われたりしたら大変でしょ?

 外の世界があんなにピュアで可愛くてあどけなくて幼くて愛らしい甘そうな羽した天使人形を放っておくわけないでしょ?

 だからあの子が外のことが分かるようになるまでは出しちゃいけないの。それが姉の勤めよ。」


少々道義的に疑問を投げかけたくなる箇所があったが、話が長くなりそうなので無視した。


「けど。あの子大分落ち着いてきたわ。霊夢たちともちゃんとスペルカードの範囲内で戦闘できたじゃない?

 負けても相手を襲うようなこともしなかったし。

 こいしちゃんともうまくやれてるみたいじゃない?

 もうそろそろ出してあげてもいいと思うのだけど。」


「確かに落ち着いてきたけど、けどそれじゃ…」


「ますます自分と離れていっちゃう?」


ここまで話してさすがにパチュリーも見えてきた。

つまりは、遅かれ早かれフランのことは開放するつもりではいたが、解き放った後では自分になびくことはまずないだろうと思って焦っていたところ

こいしという先兵の出現でもうだめかもしれないと汗汗していたということだ。


「やっぱりそのこいしちゃんに会ってみるといいかもしれないわね。」


「会う…」


レミリアの目には、微妙な焦りと希望の表情が見えた。


「どうすればいいかな。」



「そんなの帰るときに声をかけて部屋にでも誘い込むか一緒に散歩でもしてきたらいいんじゃない?

 けど、いきなりは不審がられるだろうから歓待してあげることよ。それも充分に。」







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 レミリアは玄関付近をうろうろしていた。

主人たる自分はほとんどここは通過するだけの場所だったので、ここに留まっているのは初めての経験である。

これもチャンスが訪れたからであった。

いつものようにフランの元を訪れた古明地 こいし。

あの子が訪れた時間帯と滞在時間はすべて咲夜に記録を取らせている。抜かりは無い。

古明地 こいしがここに来たのは6回目。

最短滞在時間は50分、最長滞在は4時間35分。

彼女が来訪してから50分ほどしたら帰る可能性が出てくるので、逃がさぬよう玄関でスタンバイしていた。

しかし、今回が最短滞在時間記録更新しないとも限らないので30分ほど経ってからスタンバイする。

かれこれ1時間居るが帰る気配はない。

今頃地下室できゃっきゃうふふしているのだろうと想像すると、下唇を噛み切りそうになるがそれも少々の我慢。

 玄関付近の往来は激しい。屋敷の基点とも言える入口付近はひっきりなしに妖精メイドが飛び交い、走り去っていく。

大体のメイドがこちらを見やりつつ不思議そうな表情を浮かべて気まずそうに話しかけるかどうか逡巡しつつ何も言わず飛び去っていく。

その微妙な間の視線が肌に痛く、いたたまれなかった。

誰かが聞いてくれば答えられるのに。

しかし、こんなことで緊張していてはこれからの本番でボロが出る。

フランの姉にふさわしい立ち居振る舞いとカリスマで持って相手の気迫を圧倒するのが肝要。

存分に存在感を発揮した後に、さりげなく自然に流れるように聞き出せばよい。

間違っても主として狭量な一面を見せるわけにはいかない。

あくまでもフランと仲良くしてくれたことに対する感謝とその関係の今後の継続の保障、おもてなしがメインだ。

企図が露出してしまっては元も子もない。

かといって相手が不遜な態度に出てくればこちらも黙っているわけにはいかない。

無いとは思うが、地底の妖怪。信用できない。

5時間が経過していた頃、

ようやくこいしが現れた。

玄関正面の瀟洒な階段の横を、まるで屋敷の住人かのように自然に落ち着いた様子で背景に馴染みつつ現れた。

こいしはきょろきょろと周りを見つつ、レミリアを視界におさめるとかすかに首をかしげた。

その仕草を見たレミリアの心は射抜かれた。

ハートやプライドやその他大事なものを雀刺しにされた。

可愛い。かわゆい


 妹に勝るとも劣らぬ愛らしさ、箱入り娘特有の肌の白さは透き通るようで天然にして白粉を塗ったかのようだった。

みずみずしい唇の上に主張しすぎない鼻、大理石とシャンデリアの光を反射して輝く水晶のような瞳。

細すぎず、太すぎず身体に対してバランスのとれた脚。

今見せたとぼけたような表情で、大抵の人間は悩殺できる。

ぜひともフランと並んだツーショットが見たい。

見たい。見たいみたいミタイ見たい…ぜひとも

狂おしくみたい、何を投げ打ってもみたい


「あの」



高く、小さいながらも耳に残る甘い声。

正面からの少女の声に我に返った。

さっそく醜態を演じてしまうところだった。

一瞬で理性を持っていきかける容姿。恐れ入る。



「おじゃましました」



「あ、ああまた来てね。」



ちゃんと挨拶ができる常識ある子だ。


 一言の当たり障りない会話にかすかに違和感を感じて背中に慌てて声をかけた。


「こいしちゃん!ちょっと。」


「はい?」

 フリルをはためかせながら振り返る。

どんな仕草にしろこの少女は絵になる。



「あ、あ、あ、ああのね。いいい、今時間ある?」


こいしはまた小さく首をかしげながらも笑顔で答えた。


「はい」


ここで決めなくてはならない。是が非でもー






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





こいしは上機嫌で館内を闊歩していた。

 今日も精神的に充溢した刹那の時間を堪能できた。

瞬間瞬間に意味がありつつ、たまに輝く半瞬ほどの時間。

確かに日常であって日常でない。

かの少女。フランドールスカーレットも特異な環境下で特異な成長をしてきた。

変り種同士の化学反応で脳に他では味わえぬ享楽の信号が送られてくる。

貴重な昼下がり。

貴重な人生。

貴重な寄り道にして

貴重な寿命の使い道



出会えたのは偶然。必然なんてことはない。

意味を与えるのはいつも人間で後発的。

生まれて死ぬも意味など無い。

出会いと別れも意味など無い。

気が合うかは運次第。

あの子に会うかは気分次第。



いつでも時間を忘却する。

あの子は流れを断ち切る。

少なくとも流れを感じさせない。

この世に時間の流れがあること。

私が常に気に病んで仕方のないそれ。

確かに忘れさせてくれる。



違う世界に迷い込んだかのよう。


慣れは感動を漂白して、思い出にするけど

弱まらない。冷めない。動じない。



会を重ねてなお変わらない。

ありがたい哲学書とありがたいあなた。

ありがたいメイドさんとありがたい紅茶。

ありがたい食料。ありがたい人間さん。

私を支えるありがたい世界。

みんなありがとう。



 感謝の気持ち冷めやらぬ熱気のうちに今までになく、時間オーバー。

今までで一番長い滞在になったと思う。

地下室特有の閉塞感も不気味な寒気も他者との関係性の前にはないのと同じ。

たまに自分の分身かと思うほど似通ったあなた。

またねと月並みな別れの挨拶で地下室の階段を上がる。

すっかり覚えた館内構造。

迷わずにまっすぐ玄関へと向かう。

相変わらず無駄すぎる豪華さ。

無駄すぎる紅さ。

無駄すぎる空間。



無駄を美徳かのように考えているような設計の紅い箱も見慣れてしまえばやっぱり箱。

玄関を出れなかったことは一度もない。

遊びにきたら出れない屋敷って何?

怖い

けど、本日限定でちょっと外に出したくなさげな見かけぬ令嬢が玄関にいらっしゃった。

とっても偉い方。

偉い吸血鬼にして偉いお姉さま。

フランドールとの会話に出てこない日はない。

深窓の令嬢に見えなくもない少女。

自分もおそらく少女。

けど自分よりは多分少女じゃない。

でも少女。

まだまだ少女。

少女少女。


お姉さま(たしか名前はネムリア)は私をなめまわすように見た。

侵入者かと思ってる?

違います。妹さんの友達です。実在します。

けど一度顔を合わせてる。

脳に欠陥がなければ覚えていい。

でもこの人の恍惚とした表情。

ちょっと呆けてる。

フランちゃんほどの元気パワーは感じず。

5歳差のわりに年をとってるの?

吸血鬼は500歳から老けるの?

多分、妹にふさわしいかどうかの品定め?

それなら納得。嫌な視線も選別のため?

まずは挨拶。

これは全人類全妖怪全動物必須のコミュニケーション。

この場合、この人と話すことは流れが悪いのでしない。

たしか、たしかたしか


「あの」


これは意味のない言葉。けどけっこう大事。いきなり本題に入るんじゃなくて

ワンクッション。これでスピーチの名手。


「おじゃましました」


じゃましたなんて思ってなくても言わなきゃ駄目。

いいものあげてもつまらないものと言って渡す日本語の不思議。

私はお姉ちゃんにレディとしての教育を受けている。

嗜みは無敵にして無欠。


「あ、ああまた来てね。」


会話完了。完璧。

ネムリアさんおそらくびびってる。

目の前の私の知的水準に。心の中で白目むいてる。

帰ろうと優雅に背中を見せつつ外の世界に凱旋。

帰り道はどこかに寄ろうかな?

「こいしちゃん!ちょっと。」

一瞬凍りつく。呼び止められた。

私の名前?



それはいいけど。

なぜ止める?

礼儀に無作法があった?

切れてる?

なんで?

怒られるのはやだ。


「はい?」

ナイス。やましいことなんて何もない口調。この自然さ

私及第点。


「あ、あ、あ、ああのね。いいい、今時間ある?」



噛みまくってる。

一家の柱がここまで震えるなんて。

間違いなく糾弾。

おそらく犯罪計画の立案現場の音声を耳に入れたのは初めてね。

けどケーキ盗もうとしたくらいで大袈裟。

器量を疑う。

いいわ。

負けちゃだめ。

ここに定期的に来てるのは地底では私だけ。

私が代表。

しらをきってみよう。

駄目だったら

弾幕で撃墜。これだ。

記憶が飛ぶくらい叩きのめそう。

多分勝てる。本気でやれば。

フランちゃんのお姉さんをやっつけたら悲しむだろうけど。

しょうがないよね。



「はい。」

多少の糾弾は大いに覚悟する



けれど

 気づけば長テーブルの端っこに座らされている。

長すぎて機能性が落ちていると思われるテーブルの反対側にお姉さんがいる。

金の刺繍がふんだんに使用された贅沢なナプキン。

さらに顔が映るほど磨かれたナイフとフォーク。

そして冗談でしょうと言いたくなるほどのお菓子お菓子お菓子。

一瞬考えが飛ぶ。

けど、なんとなく分かる。

これは私へのご馳走。

怒られるって感じじゃない。

ちょっと残念。

フランちゃんとお菓子はもう気持ち悪くなるくらい食べた。

今更出してもらっても食べられない。

それにしてもナイフとフォークは何に使うの?飾り?

あと、お姉さんお話しようと座ってるんだろうけど。

遠すぎ。

声聞こえなそう。


「わあ!」


全然食べたくないし驚いてもいないけど、このご馳走にも似たお菓子のオンパレードは私を喜ばすためのもの。

何の理由があってかは知らないけど。

だから驚いたフリ。

そうしないと失礼にあたります。

相手から何かしてもらったら感謝の言葉と嬉しそうな表情。

俗に社交辞令。

レディなので。

「おいしそう!食べてもいいんですか?」


オッケー。この言葉。食べる気ないけど。


「うん!いいわよ!」

お姉さんのところまで距離があるので自然と声が大きくなる。

とりあえず目移りするようなふりをしながらドーナツを一つ取り上げた。

これをゆっくり食べるふりして飲み物だけ飲んで退散しよう。

お姉さんはテーブルの上で肘をついて手を組みながらもじもじしている。

あ!自分で作ったお菓子を試食させているのかも。

感想が聞きたいのかな?


「とってもおいしいです!これ!」


「え?ああ。そう。良かった。」


うん。これでお姉さん感謝感激雨嵐。

「こいしさん?」

「はい?」

さんづけなんてなんか気恥ずかしい。

ペットには様づけされるけど、それとも違う奇妙なくすぐったさ。


「い、いつもフランと遊んでくれてありがとう。あの子とっても楽しそうだわ。」


「はい。フランちゃんと遊ぶときはいつも俗世のことを忘れられます。」


「そう…俗世を忘れちゃうくらいなんだ…」


もじもじと指をテーブルの上で絡めあわせながらちらちらとこちらをうかがってくる。

挙動不審だ。

罠を張った猟師が獲物を見てそわそわと期待をよせているような目だ。

早く罠の方に歩きなよ!って目だ。


けど、どうでもいい。怒られるんじゃなきゃ口頭での苦痛など知れたもの。

肉体的には何もしてこないだろうし。


「そのね、こいしちゃんは、その…どう…いや、違う。なんで…いやいや違う…私が、えと」


なんだろう。言葉が出てこないの?言語を司る脳神経に傷でもあるのかな?


しばらく意味のないつぶやきを繰り返したあと、レミリアは立ち上がった。


「あの!あの子と仲良くなるにはどうしたらいいの!?」


大声だった。かなりの距離は離れているけどそれでも耳障りな声。

悲痛な絞り出すような声だったけど、しっかりと届いた言葉。


「え?仲良く?嘘。」


頬が紅潮していくのが分かる。体が熱い。

いきなり何を言うのかと思ったけど。

警戒するのは望ましくない展開から目をそらすため。

けどまったく逆。

あの子って言ったらあの子しかいない。

うれしい誤算。まさかこんなことを言ってくれる人がいるなんて。

でもどうしてだろう。お姉ちゃんとこの人が会ったのは一度だけだった気がするけど。

そんなに気に入っていたような感じじゃなかったのに。

実は目をつけていたのね。

友達が増えるよ。やったねお姉ちゃん!



「な、仲良く?きっとしたいと思います。会いに行ってあげて下さい!」



毎日忙しそうだけど、友人になれる候補、仲良くしたい人が来たら無下になんかしないはず。

いつだって来て欲しい。あのさみしそうな人の元へ。



「そ、そうかな?けど、迷惑じゃないかな?」



私は身を乗り出す。この魚を逃したらチャンスは遠い。

事実、お姉ちゃんを話題に出してきたのはこの人が初めて。

これが過ぎてしまえば、お姉ちゃんは今後100年は孤独の海を泳ぐでしょう。


「迷惑なんかじゃありません!ずっとさみしがってるんですよ!もう遠慮なんかしないで、いきなり抱きついてもいいと思います。」


レミリアは両手で顔を覆う。


「無理無理。会いになんか行けないよ!私から行ったら、きっと扉を開けた瞬間に心臓きゅっとされちゃって破壊されるもん…」


何この人。人の姉を何だと思ってるの?心臓きゅっとするって何?怖い。



「いいから行きましょ!一緒に、ね?」


「やーだー連れてきて。お願い。」


軽くいらっとくるけどしょうがないね。


「わかりました!今連れてきますから待ってて下さい!」



善は急げで猛スピード。この世は速さがすべて。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 地底の寒々しい部屋。さとりは気だるげに座っている。

 書類の無機質な字面を眺めている。時計の音ばかりやたらと響く殺風景な部屋。

退屈を感じる暇などないくらいに仕事はある。けれどもペンも頭も動かない。

ペン回しをしているとペンが近くにあったカップに当たり、透き通った音をたてる。

小さな音でもスピーカーから出た音のように大きく聞こえる。

今日は妖怪にとっては人間ほど大事な日ではないのかもしれない。

もう何度も迎えている毎年一回のこの日。

けれども無視するほどなんでもない日ではない。

自分で祝う気もないし、何も貰えなくても思うところなどないけれど、せめて一言が欲しかった。そんな日


ーこれもわがままですかねー


ため息をつきながら椅子の上で伸びをする。

ちらりと時計に目をやる。

常識的に考えればかなりの長時間に渡る外出。けれどあの子にとっては普通。



今日の朝、いつもの通りこいしよりも早く起きて待っていた。

待っていたというのは心の準備があるから。

起きているあの子に話しかける自信はない。

待ち構えている形で精神的に少しでも優位に立たなくては。

立場的には姉妹でもいつでもあの子の支配下にあるような不思議な感触がある。


「おはようお姉ちゃん」


いつもと変わり映えしない、何の感情も読み取れない平板な声。

部屋に顔を出してきた妹の朝の挨拶。

書類とにらめっこしつつ今か今かと待機していたが、そんなことはかすかにも匂わせずに答える。


「おはよう。今朝は早いのね。」


「うん。ちょっと出かけてくるね。じゃあ」


それだけだった。扉は閉められた。


ほんの5秒かという時間だった。少し会話がしたかったのに。

入って来てくれればお茶くらい出すのに。

どうしてあの子は私に懐かずに外にばかり出たがるのだろう。


「もう」


思わず書類を握りしめる。いつもいつも変化を望んでは変わらない日課。

妹との一言二言の会話。

他人とだってもう少し話をするだろう。

朝ごはんも一緒に食べようとしない。

よそよそしいというよりもさらに他人行儀だ。


「今日くらい一緒にいてくれてもいいじゃない。」


ぽつりとつぶやいた。今日は自分の誕生日だ。

忘れているんだろうか?

贈り物などが欲しいわけではない。

物は足りている。妹と一日遊べたら何にも勝るプレゼントだ。

おめでとうと一言言ってくれるだけでも天にも舞い上がる気分だろう。

けれども何もなかった。今日も今日とてロボットのような会話。

姉妹も祝ってくれないなんて。

何のために仕事をしているのか。

頑張っても評価の対象にはならない。

やって当たり前。地底の仕事は主人が一手に引き受ける。

それが当然の義務。

けれど何らかの見返りがないと人は心を病んでいく。

休息があればいいというわけではない。

ただ寝ているだけでは、労働以上に疲労感に襲われることもある。

家族との充実した時間。

それ以上に心安らかに、明日を生き抜く糧になるものがあろうか。

今は何もない。ただ精神を摩耗させて、いたずらに時を重ねるばかり。



 気づけば視界に靄がかかっている。

いそいで袖で目元をぬぐう。鼻もむずがゆい。



ーもうやめちゃおっかなーこんな仕事ー



ふてくされそうになる。もうどうにでも。



 その時がたがたと走る音がした。

また妖精が無意味に持て余した身体の健康さを遊ばせているのだろうか。

ぼうっとしたまま音に耳を傾けていると段々と音は大きくなってくる。

何か悪い報告をされるのだろうか。おそらく誰かが自分の部屋に向かっている。

こんな時に外に出なきゃいけないような面倒くさいことになっても絶対断ってやる。

今日は誕生日なんだから。

そのくらいのわがままはいいはず。

私を外に出したいならこいしをここに連れて来なさいとでも言ってやろう。



ばんっと扉が開かれる。こんなに遠慮なく無駄な力を扉に加えるのはお空くらいだ。

音をたてた半瞬の間、お空だと判断したが、次の瞬間に人影を認めた。



肩を上下させながら目を爛々と輝かせた少女がまっすぐこちらを見ている。

特徴的な帽子に黄色を基調としたデザインの愛くるしい洋服。

見間違えるはずのない妹。

一瞬何が起こったのか分からなかった。

何故こんな時間に帰ってきたのか。

だが、そんなことはどうでも良かった。これは神の誕生日プレゼントかもしれない。

紛れもなく妹が立っている。

うまく誘導すれば、今晩妹と楽しいひと時を過ごせるかもしれない。

しかし、油断は禁物だ。

こいしは枝にとまった鳥のようにたやすくどこかへ飛び立ってしまう。

まずは、ここに居たくなるような餌を提示する必要がある。

餌をやるだけでは足りない。話しかけるタイミングや口調、仕草に気遣い。すべてが揃った時にだけ、妹は部屋に長時間滞在してくれる。



まずは、第一声。気安く話しかけるべきだろうか。

それとも少しそっけなく?元気に?冷たく?愛嬌あるように?

こいしの表情を見る限り機嫌が悪いわけではなさそうだ。

うまく誘導することさえできれば、部屋で一緒にお茶できる確率は3割といったところ。

機嫌が悪い時のこいしを部屋に居させるのはそれこそ針の穴を突くような精密さが必要になるが、今日は比較的チャンスボール。

ヒットを狙いにいく。


大胆かつ繊細な言葉の駆け引き。



しかし、こちらの先制の言霊は妹の声にかき消される。



「お姉ちゃんお姉ちゃん!外行こう!」


「え?」



唐突な提案に、こいしに投げかけようとしていた言葉はすべて消えた。



「外いこっ!お姉ちゃんに会いたがっている人がいるの!お姉ちゃんひきこもってて友達いないでしょ?

 お姉ちゃんと友達になりたい人なんてもう現れないよ?」


無礼千万な言葉にプライドと自尊心のためにも反論したかったが先に疑問が突いて出た。


「あ、会いたい人?誰よ?」


「レムリアさんよ!ほら一回会ったことあるでしょ?すっごい仲良くしたいみたいだったよ?」



レムリア?ああ、レミリアさんか。



誰のことを言っているかはすぐ分かる。けれどもそれは名前と立場は覚えているというだけの話。

実際一度しか会っていないのだ。彼女の顔の画像はうまく脳のスクリーンには映らない。

紅い屋敷を治めている吸血鬼の彼女。

前は地底が関連した異変が終わった時に、様々な場所を訪れ、謝罪の言葉を重ねて回ったときに会っただけだ。

その中の一つだ。

金太郎飴のように輪切り型の謝罪を繰り返して回ったせいで、一つ一つの場所がうまく思い出せない。

あの屋敷は大きくてメイドの数も多くて豪華で華麗で、他の場所よりもやや印象的だったけど、特別なことをした記憶はない。

勢力の長同士、当たり障りない話をしただけだったように思うが。



「ほらっぼけっとしてないで、早く行こうよ!待ってるんだから!」



妹が私を手を引く。

ああ、柔らかい。けど冷たい。何だかよくわからないけどずっと握っていたい。



ねえこいし。そんなレムリアさんのことなんて放っておいて一緒に遊ばない?

この部屋で遊んでいかない?



そんな言葉を気安く吐けるような間柄だったら良かったのに。

こんなに強引に手を引かれてはただついていくしかない



正直、だるいし、寒いし、心の準備ができていないし、吸血鬼怖いし、私が好かれてるとか意味わからないし、

出たい理由が一つもないけど、それでも妹の提案に逆らえたことはない

妹が望ましくないことをしようとしていて、それを諌めようとしても、結局こいしは私の言うことを聞いたことなんてない。

私がこいしの意見を飲むしかない。

だから提案は遅かれ早かれ受け入れるのだから早めに受け入れた方がいい。



だけど今は、ああ



この手をつないだ時間が1秒でも長く続きますように。





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さとりはレミリアの部屋の前に立っていた。

 結構あっと言う間について驚いた。

吸血鬼が管理する紅い屋敷に着いて、大量の妖精メイドを尻目に巨大な館内を駆け抜けた。

こいしのスピードなら不思議はないのだろうけど、さすがに酔いそうになる。

待ち構えていたのであろうレミリア スカーレットが自分の部屋の前に立っている。

しかし、その表情はあっけにとられたものだった。

頭の上に?が浮いている表情というのはこういうものを言うのだろう。

こいしの顔と自分の顔を交互に見つつ小さく口をパクパクさせている。

 何だろう。こいしのことだから少々の嘘は混じっていると思っていたけど、

これは明らかに歓迎されているムードではない。

忙しい中にアポイントなしで唐突に訪れた時のような空気。

だが、レミリアに浮かんでいる顔色は迷惑と言うより当惑のそれだった。


心を読めるさとりはレミリアを見てすべてに合点がいった。

レミリアは妹のフランを連れてくるのだろうと思っていたが、こいしが勘違いしたわけだ。


自分の妹を あの子 と表現するなんてこいしの意識の外だったのかもしれない。


「あれ?こいしちゃん?あのフラ…えっとフラ、じゃない?あれ?」


「はい!緊張しなくても大丈夫ですよ!お姉ちゃんを連れて来ました!」


「おね…?いや、あの、フラ…フラ…」


「はい!ちょっとフラフラしてるお姉ちゃんですけど、仲良くしてくださいね!」


「え?うん。」


いきなりこの人と話せって言うんですか?


こいし、あなた私の人見知りをみくびってないですか?

けどさすがに帰るわけにも…



「じゃあ。あとはごゆっくり!」


え?こいし本当に帰るの?

無礼は承知だけど一緒に帰っちゃダメ?


 無慈悲にも去った妹にしばらく視線を向けていたレミリア。

こいしの方を見ているというよりはさとりと目を合わせるのが辛いという感じだった。



「えと、い、いらっしゃい。さ、さとりさん?」



「は、はい。お招きありがとうございます。」






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 ー招いてないですわよさとりさんー


喉まで出かかった言葉を社交辞令の理性が抑え込み、どうにか笑みらしきものを浮かべる。

どういうことなの?なんでこの人が来てるの?
訳わかんない。
フランを呼んだと思ったらさとりが来た?
1文字も合ってないよ?

何を言ってるか分からないと思うけど私も分からない。

冷めた紅茶を見つめ続ける作業ももう限界。

空気から締め付けられるような拷問をいつまで受ければいいのか。


「あの…」


とりあえず現状打破には言葉しかない。
共通の話題が一向に見つからないが、喋っているうちに突破口があるかもしれない。
うまくいけば帰ってくれるかもしれない。


「いい天気です…ね?」


「はい」


2人はほぼ同時に窓の外を見る。暗雲が立ち込めた空は今にも雷を轟かせそうな雰囲気である。


気まずさゲージは上がり続ける。

コミュニケーションが無くては生きてはいけないとよく言われる。

それは本当だろうか?

確かにすべてを自分で用意するのは骨だし、効率が悪い。

文明的な生活を享受したいのなら、他人の助けを借り、対価を払う必要がある。

それは金銭だったり、代替される労働だったりする。

けれども最低限の意思疎通があれば足るのだ。

ましてや身分的に恵まれたお嬢様という立場では、下々にその過程を一任することができる。

無理に他者とつながる必要はない。

貴族的な人種が必要としているコミュニケーション、

それは己の退屈を紛らわせてもらったり、気分の落ち込みを回復してもらうためのもの。

つまりは自分が選んだ自分の望ましい人とのコミュニケーションだ。

気に入らない相手と付き合い続けるのは生きていくのに必要だからだ。

じゃあなんでこんなに辛い思いをしながらこの少女と対峙しているのか。



私はフランが来ると思っていたのに。



ー帰ってくれないかなー



客人にそこまで無礼なことは言えない。

空気を読んで帰ってくれることを願うばかりだ。

「あの、ごめんね。本当は来たくもなかったのよね?」

「あ、いえ、そんなことは…」

「紅茶、どうぞ」

「はい」


紅茶に手を伸ばすさとり。

音を立てずに飲む。

上品な仕草に一瞬みとれる。



「あの、レミリアさん。ごめんなさい。こいしが呼んでいたので、来てみたんだけど。

あの子帰っちゃって。すみません。」


「そ、そう」


なんだか分かった。

自分の仲良くするにはどうしたらいいのかという言葉を、あのこいしちゃんはフランと勘違いしてさとりだと思ったらしい。



しかし、うらやましい姉妹だ。さとりを連れてきた時のこいしの表情。

満面の笑みで姉の手をひいてきた。

自分がフランと最後に手をつないだのはいつだったろうか。



もう思い出せないほど昔であることは確かだ。

けれど、昔は今の関係とは違うものだったことも確かだ。

思い出すたびに、あれは幻想だったのかと思う。

何の疑問もなく、打算もなく、自分をただ慕ってくれた妹。

何の利害もなく心からの愛情を注いでくれる相手というのはそうそういるものではない。

その一人に妹がいてくれたという現実がどうも思い出せない。


「こいしちゃんと仲が良さそうね。」


まったく頭になかった言葉が口から飛び出した。

今までの他人行儀な会話とは異なる言葉。




「そう見えますか?もっと仲良くしたいんですけどね。」


はっと顔をあげる。

この場は無難に、ただお帰りいただく。

それだけを考えていたのに、こんなことを言われてしまっては引き下がれない。


「仲良しでしょ?あんな笑顔で姉のあなたの手を引っ張って。

 好きじゃなきゃできないわ。あんなこと。」


「そうでもないんですよ。あの子は私と話したがらないんです。

 いつもすぐに外に出て行ってしまって。私といるのは退屈なんでしょうね。」


「そ、それは贅沢よ!話してくれるだけいいでしょう?

 それに外出が好きだなんて健康的だわ!」


レミリアは興奮していた。


ーいつも外出したがる妹。そして時たま姉を連れ出してくれる。何という理想的な妹。

どうしたらそんな妹になるのか。コツを聞くまでは帰さないー





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「んきゅ?」

大図書館の主、パチュリーはふと本から目を上げた。


「何の動物の鳴きまねですか?」


小悪魔が紅茶をつぎながら言う。


「鳴きまね違う。ちょっと驚いてね。レミリアが来ないものだから。」


「ああ、そういえば」



いつもはこの時間帯は必ずと言っていいほどレミリアが訪れる。

組織でも上の人間になるほど暇は増える。

暇を持て余した存在は暇つぶしのために一定のルーチンワークをこなす。

ルーチンワークは当然しなくてもいいことで、それなりの時間を潰せることが条件だ。

その一つに組み込まれていたのが図書館での暇つぶしだ。

短い時は10分ほどで帰るが、来ないという日はそうそうない。

あるとすれば、外出中か来客中か。

外出の形跡はない。あれば窓から見える。


おもむろに立ち上がり扉へと向かう。


「どうしましたパチュリー様?お散歩ですか?」


レミリアが気になる。

何かあったんだろうか?


「すぐに戻るわ。紅茶、後で淹れなおして」

 
客人をもてなすことの多い西棟中央居間の方からなにやら品のないわめき声にも似た大声が聞こえてくる。


パチュリーはざわざわと胸をかき乱す得体のしれない影を振り払いながら居間へと近づいて行った。

居間の前に立つとゆっくりと扉を開ける。

開ける前とはけた違いの音量の空間を支配する馬鹿声が聞こえてきた。



「あははははは!!そうそうそう。あなた!本当に話が分かるわ!」


「ええ。もう、あなたみたいに理解ある人に出会えて嬉しいです。」


「ですます、なんてつけなくていいから!あとレミリアでいいから!」




「そんな。申し訳ないので。それは。」


部屋中にアルコールの匂いが充満している。

酔っぱらったレミリアが客人に絡んでいる。

床に転がったワイン瓶は両手の指では足りない。

酔い方を見るに、ほとんどレミリアが飲み干したのだろう。

空になった瓶をピンピンと指ではじきながら、唇のすきまからひっくひっくと声を漏らしている。 



「やっぱり、いろんな関係性を示す言葉があるわけじゃない?両親、兄弟、姉妹、おじおば、いとこ、はとこ…

 けど妹というワードの前にはすべてが霞むわ。能力など関係なく自分よりも優越した存在であることを無意識に感じさせてくれちゃう姉や兄はダメよ。

 両親。それもまあまあね。

 けど自分の子供は愛することはできると思うけど、自分が産んだ子なのだから愛することは当然じゃない?当然過ぎてひねりがないの。

 そこでね、妹を見て!まず自分より年下でしょ?小動物や赤ちゃんって誰でも可愛いでしょ?

 まあ保護欲を刺激されるからね。仕方ないね。自分が何歳になっても絶対自分より年下なのよ?やばくない?

 んでんで、普通は赤の他人と一緒の家に暮らすことってないわよね?けどさ、妹はさ。強制的にいるーー!?ってかんじでしょ?

 もう気づいたらいるー!?ってね。体験も似るしね。あとね、女の子ってのもポイント!

 まあ美しい女性というのは同性でも魅力的な憧れの対象だけど、そこ止まりなのね?分かる?

 その人を愛したりはできないでしょ?

 その人が褒められてもさ、私も好きなの、で終わりじゃない。

 つまり打算的な感情。一時的な気の迷いにも近い。

 けどけどぉ。妹はそんなことない。年中無休、死ぬまで愛することができる。一生!何の見返りも求めず!

 もう妹が誰かに褒められたらさ。もう下手したら死ぬよね?自分が褒められるより嬉しいー!みたいな。

 そうそう、見やれあれが我が妹!ってね!んでさ自分に似てるから余計かわいいってね?

 似てなくてもかわいーけどー!なんつってね?」


「そうですね。フランちゃん可愛いですもんね。」


「んっもうー!さとりきゃん!褒められたら下手したら死ぬって言ってるでしょ?もう、やっだあ!」


パチュリーは頭を抱えた。二人とも自分が部屋に入ってきたことが分からない程度には泥酔している。


「あにゃあ。フランの体に抱き着いてモフモフしたいよぉ。羽、ぺろぺろしたい。

 土下座するくらいで手握らせてくれたら毎日土下座祭りなのにぃ~」



パチュリーはまずいと思った。ここいらで止めなくては。

屋敷の主がこんなざまだと外部に漏れては沽券にかかわる。

もう遅いかもしれないけど。


「レミィ!何言ってるの?いいかげんにしなさい!お客さんの前で。」


さとりと目が合う。どきりと心臓が脈打つ。


「こんにちは。古明地さとりです。」


「あ、ど、どうも、パ、パチ、パチュリーノーレッジよ。」


「あはははは!パチェ!噛んでやんの!あはははは!噛み噛みノーレッジ!」


パチュリーはあたふたとレミリアの口元に手をやった。

顔が熱い。

さとりがきょとんとした表情でパチュリーを見ている。

あまりじっと見られるのでさすがにきまりが悪い。


「あ、あの、」


「あら、すみません。妹さんが2人いるとは知らなかったので。かわいらしい妹さんですね。」


「は、はあ?」


いきなりどういう勘違いだ。私がレミィの妹だなんて


ていうかどちらかと言えば私が姉に見えない?


「そうだよお。自慢の妹なの!」



レミリアが首に抱きついてくる。


「ちょっとレミィ。悪乗りはやめなさい!」


「あらあら。レミリアさん。こちらの妹さんとは随分うまくいってるようですね?」


「そうだよ!ラブラブよ!ねーパチェー?」


パチュリーは顔を赤くしながらレミリアを振りほどこうとしたが、がっちりしがみついていて離れない。


「レミィ。いいかげんにしないと…」


「パチュリーさんはお姉さんに愛されているんですね。羨ましい姉妹です。」


さとりの言葉を否定しようと口を開きかけたが、レミリアに封じられた。


「そうだよ!すっごい仲良しだもんね?パチュリーは頭が良いし、不愛想に見えるけど優しくて頼りになるの!」


「ちょちょちょ、レミィ…!何言って…!」


顔から火が出るかというほど赤面したパチュリーは顔を伏せて表情を隠した。



「ねえーパチェは私のこと好き?」



「…」



「ねえパチェー!答えないとキスしちゃうよ?」



「いいかげんにしなさい!」



パチェリーは全力でレミリアの腕から脱出して脳天にチョップを食らわせた。

あうっという短い悲鳴とともにレミリアは床に倒れこんだ。

息も絶え絶えにパチュリーは自分の頬に手をやった。燃えるように熱い。



パチュリーは大きく息を吸うと今までレミリアが座っていた椅子に座った。



「お姉さんに暴力はダメよ?パチュリーさん?」



「ごめんなさいね。さとりさん。あの…」

早く話題を変えたい。幸運なことにさとりはレミリアほどは酔っていないようだ。

話をすれば、レミリアの汚名を返上できるかもしれない。



「あ、あのね。さとりさん。普段からこの子は館の主としてカリスマが足りないところがあるけど、

 普段はもう少しはあるというかなんというか。」



ダメだ。失態が大きすぎてフォローしきれない。



「いいんですよ。いろいろ話してくれて嬉しかったです。こんなに私に話してくれた人は初めてですし。」



うん。この調子なら比較的早く帰宅してくれそうな。



「こいしちゃんも来なかったの?」



「ええ、すぐ帰ってしまって。私は人見知りがすごいので、危うく死んじゃうところでした。」



「ふうん。あなたもレミリアと話が合うってことは相当のシスコンなんじゃない?」



「いいえ、そんなことありませんよ。一般的だと思います。妹を可愛く思うなんて姉なんですから当然じゃないですか。

 こいしは人一倍ピュアですからね。人一倍ケアしてあげないといけないんです。

 けど、あの子私を頼ってくれないんですよね。」


自覚症状がないなんてこの人も相当ね。


床に倒れたまま寝息を立て始めたレミリアを見る。



もう挽回不能なほど名誉を粉砕したこの館の主を憐みの目で見つめた。




「ふふふ」



口元に手を当てて上品に笑うさとり。


「なにか?」


「凄く、友人のことを気にかけていらっしゃるんですね…こんなに仲良しでお互いを想っている友人は、珍しいです」



「友人って…」


さきほど妹と言っていたのでは…

と思ったが、はっとして思わず顔を伏せた。


何を考えているのだろう

この妖怪はさとりではないか。人の心を読む地底の妖怪。

何を考えているかなど最初からお見通しなのだ。

こんな茶番最初から児戯にもなっていない。

それにしてもふざけた冗談を。

意外と食えない妖怪だ。

しかし、少し気にかかる部分があった


お互いを想っている?


再び上品な笑みを浮かべてこちらの心を咀嚼したようなことを言った。


「レミリアさんはあなたのこととても信頼していますよ。
 少なくともあなたと同程度には…」


パチュリーは思わず帽子を下にずらして顔を隠した。

沸騰したような表情を相手に見せては手のひらの上だ。



「まったく酷いわね。お話するまでもないじゃない。とっても敵わないわ。」


「すみません。普段は読んだ心のことは決して言わないのですが…ちょっと酔ってしまって…」


「はいはい…」



もう何を言う気にもならない。会話で意趣返しなどできようはずもない。


さとりはそれこそあらゆる会話で相手を手玉に取れる。



「あまりいないのです…皆良い人に見えても結構邪があって…清々しい人達は…」


「分かった分かったから…レミィも寝ちゃったし、そろそろ遅いし…ね?」


もう我慢できない。こんな辱めを受けるとは思わなかった。 
顔が隠しきれないほど赤くなっているのを感じる。

早く帰ってもらわないと、どんどんボロが出る。


「ふふ。ご馳走様でした。本当に楽しかったです。レミリアさんを起こしては悪いですから…このまま失礼しますね…」



「うん。またいらっしゃいな」



最初は面倒な客人が来たと思っていたが、今は悪い気はしない。



「それと…レミリアさんが起きたら、伝えてくれますか?」


「ん?」


「妹さんとどうしたらうまくいくのかって聞かれてましたけど、私が言うのもおこがましいのですが…」


どこか遠慮しがちにさとりは言う。



「あまり気を使いすぎることなく、妹さんにもっと積極的に接してもいいかと思います。
 
 多少追いかけていくくらいで丁度いいかもしれません」



さとりはどこか自分に言い聞かせているかのようにも聞こえた。



「分かった。伝えておくわ」


さとりは会釈をして部屋を出て行った。



ふうっと一息つくと散らかった部屋を眺めまわす。


中でも一際面積を占める物体が目に入る。

このままにしておいたら風邪でも引いてしまうかもしれない。

普通なら妖精メイド等呼びつけて寝室まで運ばせるところだが…


先ほどのやり取りが脳裏に浮かぶ。


思い出したらようやく熱が引いてきた顔がまた熱くなる。

いつもならそのまま出ていくかもしれない。


しかし、どこか気が咎めて部屋から出ていこうとするたびにちらちらとレミリアを見ながら
また部屋をうろうろ歩く。


「仕方ないわね…」


レミリアを背中に背負うとそのままパチュリーは部屋を出る


「う…重」


レミリアの体重は明らかに軽量だが、力仕事をするなど皆無な魔女にとっては岩石のように感じられる。


「うう…ん?」


背中に背負われどこかむにゃむにゃと微睡むレミリア。

気持ちよさそうな寝顔を見るとこちらまで笑顔になってくる。


寝室まではそれほどの距離ではない。


これからレミリアが泥酔して寝てしまった時は自分が運搬係になってもよい。
そう思えるほどに背中の重量と柔らかさが心地よかった。


「でも起きたら説教よ」


あれほどの醜態を外部の妖怪に晒してお咎めなしではまったく成長しないだろう。
まあペナルティを科したところで本質など変わりようがないが…


パチュリーは情けない友人をもう一度背負いなおすとゆっくりと寝室へと歩いて行った。




ーーーーーーーーーーーーーーーーー








冬の翳りの見える日差しの中、勢いがなく、すぐに夜に変わってしまう短い昼の勢力。

眼下に見える噴水と陽光に輝く芝生を見ながら、レミリアは図書館に行く勇気が出なかった。


レミリアは窓ガラスに映った姿を何度も確認する。

昨日の記憶はない。

起きたらベッドの上だった。


地下の妖怪をもてなしたことは覚えているが細かい記憶はすべて飛んだ。

心に冷や汗をかいている。

いつも記憶が飛んだ次の日はこっぴどく紫の魔女に怒られる。

怒られるが、何分記憶がないのだから反省しようがない。

それとともに自分が何をしでかしてしまったのか一抹の興味と不安を覚える。

今日は朝方二日酔いが酷くガンガン鈍器で殴られるような痛みが続いたために、冷水を飲んで優雅と激痛の二度寝タイムに入った。


ようやく調子を取り戻し、目を覚ましたら既に午後4時。

パチュリーは怒っているかもしれない。

昨日自分を寝室まで運んでくれたのは彼女に違いない。

服から彼女の匂いがしたからだ。

面倒かけやがって、と激怒するか、それとも無視か


親友にそげない態度をとられる苦痛は結構なものだ。

しかし、図書館に顔を見せなければさすがに気まずさが慢性化してしまう恐れもある。


前髪を整えながら、レミリアは自分の容姿に満足した。



ー肌すべすべー髪型も良いーちゃんとした姿なら怒らないでしょうー



レミリアは図書館の扉の前に立つとゆっくりと開けた。


視界にテーブルで読書する魔女の姿が入る。

パチュリーはちらりと見るとすぐに視線を外した。

まるで空気のような扱いだ。

一瞬で分かった。



ーこりゃだめー


だが諦めるわけにはいかない。

カリスマを見せつければ昨日のことは水に流してくれるかもしれない。



レミリアは扉の前でポーズを決めた。

ゆっくりパチュリーの前を素通りして窓際へ向かう。

パチュリーの怪訝なじっとりした視線を感じた。

窓際のガラスに手を当て、ほうっと吐息をガラスに吹きかける。
そして独り言を呟くように話し出した。


「こんばんは。パチェ。今日は月が美しいわね。可能性を内包した希望の象徴のようだわ。
 この月明かりも私たちの栄光を祝福してくれているよう、と言ったら言い過ぎかしら?」


まだうっすらとしか出ていない月を眺めながら優雅に決める。

パチュリーは微動だにしない。


「ふふ。さすがは魔女。獲物以外は眼中にないってことかしら?
 今、稀代の魔女であるあなたに魅入られている幸福な獲物はどこの誰なんでしょうね?」


「…」



急にレミリアの顔から自信を持った顔色が消え失せ、そわそわと挙動不審に部屋の中を右に左に歩きだした。


基本は堪え性がなく、反応がなければ自信を維持することはできない。


「ねえ、パチェ」


「何?」


「怒ってない?」


「全然」


「嘘」


「嘘じゃない」



「嘘でしょ?機嫌直してよお!パチェ!どうしちゃったの?私何かした?」



とたんに幼女のようにカリスマを亡くしたレミリアにため息をつきながらパチュリーは向き直った。



「あなたは酒癖が悪いんだから、あまり飲みすぎるなって私再三言ってきたわよね?」



「え?うん」



少し逡巡するように足元のつま先を見つめつつ、レミリアは言った。



「私、昨日何か言ってた?全然覚えてないんだけど。」


「さあね。気になるならもう飲まないことね。」


「ちょっと!言ってたのね?何言ってたか教えてよ!」



「な、何って…」


パチュリーは本に目を落とす。


「ちょっとパチェ!私何言ってたの!パチェ何顔赤くしてるの?そんなに恥ずかしいこと?」


「し、知らない。忘れたわよ。」


「嘘だあー!パチェいきなり顔赤いもん!」



レミリアはパチュリーの首に抱きついてきた。


「や、やめ!離れなさい!」


「やだあー。教えろー!」



パチュリーはレミリアを振りほどくと衣服を整える。



「大体妹様と会おうとしてさとりが来るとかとんだピエロよね」



「うう…」



「さっさとその足で妹様に会ってくればいいのに」



レミリアはテーブルに顔を伏せながら足をバタバタさせた。


「拒否されたら死ぬけど、それでもいい?」


ぽつりとそう言うレミリア。

しばらく沈黙が続いた。



レミリアは顔を上げた。


「何か言って」


「いえ、なんだか面倒くさくて…」


その時、ぎいっと図書室の扉が開いた。



「小悪魔?どこ行ってたの?主人が干からびてしまうわ」


パチュリーが空になってから随分経つカップを掲げた。

しかし、入ってきた人物は予想とは違う。


おどおどど目を泳がせて、なるべく気配を消そうとしているように見える。

だが、派手すぎる羽で、否が応にも目に入らずにはいられない。

レミリアががばっとテーブルから立ち上がった。

愛しの妹には秒もかからずに反応する。



「パチュリー、今いい?」



フランはそう言いながらレミリアの姿を認めるとあっと声を出して後ずさりした。


「お、お姉さまいるの…?ごめんなさい。あ、後でいいや」



そう言ってフランはぱたんと扉を閉めた。

レミリアは震えながらパチュリーを見やる。



「え?何?わ、私?え?なんで?」


「あなたに遠慮してるのかしら…それともやはりきら…」


「なんでなんで?どういうことなの!?」


「もう、面倒臭いわね。追いなさいよ」


「え?ストーカーみたいじゃない?」


「いや、いいのよ、ここで追わなきゃ姉じゃないわ。さとりも妹を追うべきと言ってた」


正直パチュリー自身適当なことを言っている自覚があったが、どうせレミリアのループ愚痴は長い。

追い払うには格好の材料だ。

さとりも妹を追えとか言っていたのは事実だ。

たぶんそういう意味ではないけど


「ほら、ゴー」


「うん!」



大きく返事してレミリアは扉を勢いよく開いて走った。


「フラン!」


広い廊下の真ん中、約20メートルほど先にフランがいた。


「え?」


フランの顔色がさっと青ざめ、恐怖の色に染まる。


「や、やだぁっ」


フランは走り出す。


ーえ?やだって言った?私に言った?ううん冗談よね。そんなわけないものー



レミリアは自身を納得させてさらに加速した。

フランは振り返りながらも加速を増していく。


すれ違うメイド妖精達が何事かと驚いた顔をしている。



フランの脚力は衰えることを知らず、さらにレミリアを引き離していった。



ーなんて足ー地下室で運動不足でしょうにー


レミリアは息が上がってきた。

さらに廊下にはカーブもあり、あまりに遅れると複雑な館内、すぐに見失ってしまう。


かと言って妖精程度ではフランに追いつけるはずがないし、追いついたとしても

指先でボンっとされるだけだろう。


視界の奥に見慣れたメイドの姿が目に入った。

咲夜は猛スピードで走りさったフランの後ろ姿を見ながら、今度は後から来たレミリアに視線をよこした。


「咲夜!いいところに!時間を止めて!」


「え?はい」


先を走っていたフランの姿が一瞬にして消えた。

それとともに妖精メイドの数が視界に増えている気がする。

咲夜は無表情でこちらを見ている。


顔が何やってんだこいつという顔をしている。


「あれ?何?」

「時間お止めしました。10秒」


「私のかよぉぉぉ!」


間髪入れずダッシュを再開する。


10秒、なかなか致命的なロスタイムに見える。

しかし、まだだ。諦めてはいけない。

ここで諦めれば突然追ってきたキショイ姉というイメージが根付いてさらにフランは離れていくことだろう。

もう後には引けない。


ーやっぱこれ追わない方が良かったんじゃ?-



頭を疑問が過ぎるが、パチュリーは自分を想って助言をくれたのだ。

信じるしかない。


しかし、行けども行けども殺風景な同じ景色の中に妹の姿は見えない。

見失ったようだ。

レミリアは走るのをやめてとぼとぼと歩きだした。


心臓が早鐘を打つ。

これほどの全力疾走はいつ以来だろう

汗で髪が額にべっとり張り付いて気持ち悪い。



ー10秒ロスさえなければーあれさえなければー



ほとんどおいて行かれそうだったことは棚に上げて、咲夜に責任をなすりつけた。


あまり人通りのない西の廊下に一人、掃除している妖精がいた。


「ねえ」


「はい…?ひえっ!」



何がひえっなんだろう。



息を切らして少々服が着くずれしてるくらいだろうに、館の主に向かってお化けを見るような目を…



「あ、あんた、フラン、見てない?」



「い、妹様ですか?1分くらい前にここを通って行かれました」



1分。普段なら一瞬で過ぎる時間も、レースでは悠久の時間だ。



いつからレースになったんだろうと思いながら、ふらふら歩く。



ーああ、フランー足の速いフランー私の足の速い妹はどこへー




何度か適当に角を曲がりながら思った。


姿を見失ったら追いつくなどできるわけがない。

もう駄目だ。諦めてパチュリーのところへ帰ろうか


そう思いつつ、何度目かの角を曲がった。



まったく期待していない。

そういう時に限って望みはひょっこり現れる。


廊下の壁に背をつけて体育座りしているフランがいた。


わずかに離れた背中の隙間から七色の羽が見える。


走りつかれて休んでいるのだろう。

兎と亀じゃないが


どれほどスピードに差があろうと休んでいてくれれば容易に追いつける。


ーフランー

声を上げそうになったが、ぐっと抑えた。

走りつかれて座り込んでいるのだろうか

また逃げられてはたまらない。


今妹は膝小僧に額を当てて俯いている。

絶対にこちらを見ていない。


距離は約10メートル。


レミリアはだるまさんが転んだのように抜き足差し足でフランとの距離を詰める。


天井に止まった蚊めがけてそっと蠅叩きを構える時のように。

木の幹のトンボに網を持ってそっと近づくように。


十分に距離を詰めて、一気に抱きつく!


その後のセリフはこうだ


ーつかまえた!-



ーやだ!つかまちゃった!



ーもうお転婆のかわいこちゃん!もう逃がさないぞ?-


ーああもうーくすぐったいよぉー


レミリアの脳内は酸欠で、美しき未来を次々に描いていた。



あと5歩くらい…


焦ったのか、靴がきゅっと音を立てた。

一瞬膠着したが、フランは気づいていない。


ーいけるー


そう思った時、フランが顔を上げた。


「ん?」


目の端にレミリアが映ったのだろう。

フランがレミリアを見る。


「フラ…」


ばれたらしょうがないと声をかけようとしたが、とんでもない叫び声にかき消された。


「きゃあああ!いやああ!」


フランは即座に背を向けてクラウチングスタートを決めた。


「ちょ、ま…」


妹に顔を見られただけで叫び声をあげられ、逃げられる姉が世界に何人いるだろう。


ショックで反応が遅れたが、すぐにレミリアはダッシュする。



息を切らせながら走るが、段々と背中が迫ってきた。


ーあれ?-


おいて行かれると思ったのにそうでもない。こちらの方がやや早いくらいだ。


なぜー


地下室にいる妹は瞬発力には影響がなくても、持久力はやはり衰えていたのかもしれない。


いける!掴める!



さらに加速をつけるともう2メートル後ろというところだ。

妹の袖に手を伸ばす。


後ろを振り返ったフランは恐怖に顔を歪ませて ひいっと声を上げた。


そのショックで迫っていた距離が再び少し開く。



ーガチで怪物でも見たときの顔ねー



精神状態が身体にもろに反映されるレミリアはくじけそうになりながらも懸命に走った。


ーもう体力が持たないー早く捕まえるー!絶対に!-


最後の脚力を発揮し、ついに伸ばした腕がフランの腕にかすった。


ーよし!-


「いやっ!」


その瞬間どんっとフランは目もかすむような衝撃とともに一気に加速して


距離はみるみる開いて行った。


え?-


身体は横向きになってーフランのドロワーズが見える。

どんどんと小さくなる。

レミリアは数秒遅れてフランと同じような加速で追いかけた。


ー馬鹿なの?!-飛べば良かったじゃない!-


ーどうして今まで走ってたの?-


しかし、フランも焦りのせいで気づかなかったのだろう。


鈍重で体力を大いに消耗するランニングでお互いに消耗していた。



中空の加速は一気に最大限まで到達して窓ガラスがビリビリと音を立てて、割れるものもあった。



飛び交う2匹の吸血鬼にメイド達は戦々恐々といった表情で、道をあけている。


何匹かひき殺したようなぴちゅらせたような感触があったが、四の五の言ってられない。


思えば屋敷の中でこれほど派手に飛び回ることもあまりない。


しかし、体力が落ちていると空を飛ぶ速さも遅くなる。


いつもの全力とは程遠い。


だがそれはフランも同じことだ。


持久力の差もやはり走っている時と同じようなもの。


もう完全にばてているフランはいつもの速さとは見る影もない。

飛んでいたって同じだ。

必ず捕まえる。



フランはちらちらと背後を振り返っているが、段々詰められる距離に焦燥と深い疲労の色が浮かんでいた。

表情は涙ぐんでいる。




ー今度こそ!-


距離は詰まっていた。今度こそ掴む。あの小さくて白い足をー



レミリアは手を伸ばす。



するとフランが右手を懐に入れるとなにやら赤いカードを取り出して後ろをわずかに振り返って小さく唱えた。



「クランベリートラップ…」



一瞬、目がくらんだと思った。フランを見失ったかと錯覚する白い閃光。


すると途方もない衝撃が身体を襲った。


廊下の床のタイルはバラバラに剥がれ、廊下の燭台は粉々に吹き飛ばされ、近くのガラスは例外なく割れて破片が四方八方に飛び散った。


大爆発に巻き込まれたと分かったのはそれからのことで、

至近距離でスペルカードを使われたと分かったのは、さらに遅れた。


飛んでいたスピードのままレミリアは爆風で床に叩きつけられ、何度もバウンドしながら床を転がった。



「う、おお…」


激痛に身を捩りながら身を抱える。


これほどの直近でスペルを食らったのは初めてかもしれない。


自分もやったことがあるから分かるが、広い場所ならともかく、狭い場所、直近でスペルを唱えると

どんなものでも大爆発のように感じる。

スペルの個性など何も感じず、どのスペルも無個性な大爆発を演出する。


体中がきしんでいるが、なぜかレミリアは不快には感じなかった。


ーああ、このとんでもない痛みもーあの子がくれたものーあの子の存在が私に関与したことで生まれたものなのねー


レミリアは身体を抱きしめて、一種恍惚に沈んだ。


無視されるよりは全然いい。これもあの子のー愛情表現ー



その時、ふらっと視界が揺れて尻もちをつく。


ーあれ?-


足ががくがくと踊っている。


しばらく、足を抑えてじっとしていた。


ーああ駄目、もう追いつけないー


こんなに時間をロスしては今度こそフランは消えてしまうだろう。


観念してじっと座り込む。

1分程経って、

瓦礫と化した周辺に手をついて

激痛に痛む身体を抱えて立ち上がる。


諦めに近い気持ちで前方を見やった。


すると予想外のことに、誰もいないだろうと思った場所には人影があった。


視力もやられていると思いながら、何度か目を瞬きすると、

はるか前方ではあったが、

心配そうな顔で、こちらへ歩いてくるフランの姿があった。


しかし、レミリアと目が合うとぴたりと歩みを止めた。


「フ、フラン…」


よろよろと立ち上がって妹に手を伸ばす。


「う…」


フランは一歩引いた。



だからその怪物見たような顔やめてほしい



フランは再び背を向けて飛び去った。



「ま、待って!」


即座に反応して飛び上がるレミリア。

身体は悲鳴を上げたが、フラン絡みのことになると少々の痛みは無視できる。


滑空するフランに飛んで追いつこうとするも、身体のダメージもあって追いつけない。

一見してまるでスピードが違う。


さっき惜しかった時と違い瞬く間に差が開き、追う気力が一気に削がれた。

とても無理だ。



駄目だ。結局ここまでか


レミリアはどんどん小さくなる妹の姿を見つめて涙がにじんだ。


ーやっぱり駄目だったわーごめんねパチェー


なぜ謝るのか自分でも分からなかったが、なんの成果も上げられなかったことに対して色濃い徒労感があった。


ふらふらと地上に降りて壁に背をつける。


きしょい姉という印象がついてしまった。明日からどうしよう


レミリアは深呼吸して上下する肩を少しでも落ち着かせようと目を瞑った。


空を切る風切音。どう見ても妹が出しているその音は段々と小さくなる。




そして全然聞こえなくなった。



けれど、突っ立って待ってるうちにその音がまたほんの少し聞こえてくる。



その時、閃いた。



この廊下は円を描くように設計されている。

反対側から飛べばうまく妹を捕まえられるのではないか?と



しかも正面から突っ込んでもきっとフランは急ブレーキをかけて逃げてしまう。

コーナーで待ち伏せすれば…



レミリアはフランが飛んでいったのとは反対側に飛んで廊下の角に身を隠す。


狭い建物で飛んだ時の独特の風切音はまだ続いている。


ーこれいけるんじゃ?-


予想通り大きな音が段々と近づいてくる。

じっくりと落ち着いて耳を澄ませる。


明らかにフランが近づいている。


レミリアは息を潜めて待った。


そしてー



今!-


まさにフランが角を曲がってくるという時、レミリアがフランの目の前に現れて両腕を広げた。



「フラン!」


フランの顔が驚きと恐怖に歪んだ。


「ひっ!」

フランはブレーキをかけようとしたが、間に合わずレミリアの両腕に飛び込んだ。

レミリアはがっしりと妹の身体を掴んだ。


「あははっ!つーかまえたぁ!!つかまえたわよフラン!」



「いっやああああああ!!!」



「え!ちょ…」



フランはそのまま加速を緩めず、レミリアに抱きつかれたまま、レミリアごと加速していった。


前が自分の姿で見えないんじゃ?

と疑問がかすめた瞬間背中からガラスが割れる音がして水晶のように破片が舞った。



次に見えるのは黒。

さきほどまで見えていた明かりの世界は消え去って夜空一杯が上空に広がる。

星々が火花のように見えた。


外は身を切るような寒さだったが、フランは加速をやめようとしない。


「ちょ!」

フランの速さは止まることなく、そのまま紅い邸がどんどん小さくなる。


フランはレミリアを離そうともがいて上下左右、夜空の世界をジグザグに振り落とそうとするが、レミリアはしっかり掴んで離さない。


「絶対離さないわ!」


「もうやだああ!」


フランは湖近くの森に急降下するとそのまま森の木々の中に入った。


「え?!」


レミリアは肝が冷える心地がした。



これはさすがに…



予想通り、木々の枝や葉が猛然と襲いかかってきた。

スピードも相まって普段はおとなしい静物が凶器と化している。


それでもつかまろうと妹の身体を掴んだ手に力を込めたが

どんっと途方もない衝撃が身体を襲う。


「うえっ!」


天が回る。

掴んでいた感触がない。

木々の鬱蒼とした緑の中に投げ出されて次々と身体を刻まれていく。


スピードが落ちると枝の上に乗っかったが、体重を支えきれず、めきめきと音がして枝が折れる音がした。


レミリアは地面に叩きつけられた。


揺れる頭で世界を認識しようと後方を見たら、太い大木が木と木の間にもたれかかっていた。

あれに直撃したようだ。


「う…フラン?」


見ると近くの腐葉土の上にフランが横たわっている。


フランはよろけながら立ち上がった。


ところどころ身体に傷がある。


自分ほどではないにしろ、あまり良くない傷だ。


フランはゆっくりと飛び去った。


「待って…」


レミリアは後を追った。


フランは森の上空に上昇してそのまま館とは反対方向に向かった。

どこかふらついた飛行だ。

きっと自分も同じだろうが。


森を抜けたあたりでレミリアはついにフランを見失った。


さすがにもう追う気力がなく、

森を抜けた先にある湖との間の草原に腰を下ろした。


ため息をついて俯く。


疲れた。とんでもなく。


身体中の筋肉が悲鳴を上げている。


フランはどこに行ったのだろう。館とは反対側だが…


レミリアはごろりと横になった。


もう身体を起こす気力もない。


一陣の冬の風が吹き抜ける。

刺すような寒さだが、身体が火照っているせいかあまり嫌でもない。


ーちょっと休憩ー


自分にそう言い聞かせてレミリアは目を閉じた。







ーーーーーーーーーーーーーーーーー






どれだけ時間が経ったろう。

瞼を開くのもおっくうだが、惰眠を貪れるほどに居心地良くはない。


目に入ったのは垂直な横向きの壁。


鈍く痛む身体に夜の冷気を感じる。

無理を利かせた身体はもう動こうとしてくれない。


熱く火照る精神は段々と冷静さを取り戻してきた。

垂直な壁は地面、体も顔もそこに押し付けたまま、倒れこんでいる。


汗にまとわりついた草や木々の破片がちくちくして気持ち悪いが、身体からゴミを払う気力もない。


虫の声が聞こえる。まだ鳴いている虫がいるのか


雪が降りそうな低温の中、求愛か何かは知らないが、けなげに泣き続ける虫の音がなぜだか胸に沁みる。


このまま眠り込んでしまいそうと、うとうとしかけたら、身体が芯から冷やされていく感触に襲われた。


「う、うう」


たまらず軋む腕を柱に身体を持ち上げ、腰を下ろす体勢にしてから立ち上がる。

どこからともなく突風が吹きつける。

身体に付着した汗が容赦なく体温を奪う。


真冬に真夏のような恰好をして飛び出してきてしまった。

その服もほとんど保温性がなく、ボロボロだ。


先ほどと明らかに寒さの質が違う。


「う、や、やば…」


後方には先ほどまで飛ばしてきた森がある。



唇を震わせながら自分の身体を腕で抱くようにして歩き出した。


辺りを見回す。

後方に森、立っているのは草原、遠くには湖、さらに遠くに豆のようになった紅の城。

己の居城を見ながら、この寒さの中、あそこまで戻ると思うとぞっとした。



レミリアは立っている気力がなく、その場に座り込んだ。



ー無事かしらーフランー



体育座りをして頭を膝小僧に埋める。


何をしているだろう。何も得たものはない。妹も今以上に自分を警戒するだろう。

全力を尽くした追跡も何の意味もなかった。

ただ途方もなく疲れて座り込んでいる。


「ねえ」

人の声が聞こえる。幻覚だろうか

ここは人気がなく妖精の気配もまったくない。

昼でも閑散としていて立ち入る者は少数だ。


「ねえ」

レミリアは辺りを見回す。

誰もいない。やはり空耳?。しかしはっきり聞こえた。

しかも聞き間違うことなどなさそうな愛しく甘い声


「こっち」


ぎゅっと首を横に向かせられた。

両手で首をひねられたようだ。

視界に入る金髪。

木々の破片や葉切れが付いているが

可愛らしさは些かも失われていない。

絶対にいるはずがないし、
いたとしてもあちらから声などかけてくるはずがない。

これは幻想だろうか。

身体を冷やし過ぎて死にそうなのか?

走馬灯の類だろうか?しかしこんなシーンあったろうか


「大丈夫?」


フランはレミリアの正面に来るとちょこんと腰を下ろした。


「フランなの?」


「え?」


妹も認識できないのかとフランは一瞬不安げな表情を見せたが、すぐにおでこがくっつきそうなほど顔を寄せる。


「わ、私だよ!本当に大丈夫?頭打った?」


「いい、いえ…フランこそ怪我とかない?」


「うん」


フランはレミリアの前に正座した。

背筋を正して緊張した面持ちだった。

レミリアは首をかしげる。

先ほどまであれほど必死に逃げていたのにまるで観念したかのように鎮座している。


「お姉さま…もう逃げないから…」



座ってこちらを見据えるフラン。

しばし沈黙が流れた。

レミリアはきょとんとしたまま間近でフランを眺めていられることに恍惚としていた。

黙り込んだレミリアを覗き込むフラン。


「あの?お姉さま?」



「え?」


「その…なんで怒ってたの?」


まったく予想していなかったワードを聞いてレミリアの頭に疑問符が浮かぶ。


「怒る?私が?」


「うん」


「え?なんで?」


「なんでって…何か私を叱ろうとして追って来たんでしょ?」


「違うけど」


「違うの?」


「何か怒られると思ったの?何で?」



「いや、凄い形相で追いかけてきたよね…怒らないならなんの理由で…」

 なんで追いかけてきたの?あんなにしつこく…」



「え?別に?フランが図書館に来て、私を見てすぐに出てこうとしたから追ってみただけ…」


一瞬沈黙が流れた。


「じゃ、じゃあ何?あんなに必死に追ってきたのにお姉さま何の理由もなかったの?」


「え?ま、まあそうね」


フランは一瞬呆けたような表情を浮かべたが、弾けたように笑い出した。



「あはははは!何それ!あははは!」


フランは腹を抱えて笑う。


「こ、こんなに走って飛んで!馬鹿みたい!あははは!」


「そうね…はは…あはははは」



フランがあまりに軽快に笑うのでレミリアもつられてしまった。


「昨日ケーキ盗み食いしたのに怒って追って来たのかと思った!あははっ!」


「いや、ケーキくらいで屋敷中追い回す姉ってやばすぎない?」



「あはははは!理由なく追い回す姉の方がやばいじゃん!!必死の形相だったもん!殺されるかと思った!」


「こ、殺すわけないでしょ!変なこと言わないでよ…」


妹が万が一にもそんなことをこの姉がする可能性があるとおもっているのだろうか。

それほど信頼がないのかと思うと心が痛む。



「ははははは!ううっさぶ…」


笑っていたフランがぶるっと震えて身体をさすった。


見ればお互い服はほとんど襤褸切れ同然になっており、下着が覗いていた。

真冬にはあまりに酷である。


「ははっお姉さま唇真っ青…」


ガチガチと歯を鳴らせながらフランが笑った。


「そ、それはあなただって…」


一陣の風が吹きすさんだかと思うと氷のように冷たい水がぱたぱたと頬に触れる感触があった。

目を凝らすと上空の黒の中がやや白っぽい。


「ゆ、雪になるわ。急いでいきましょ。フラン」


上空にレミリアが上昇する。

するとすぐに叫び声を上げて降りてきた。


「うわわ…やばいやばい…上はまずいわ…」



レミリアは胴を抱きながら蹲った。


上空ほど強風になり寒さが増す。

この中を飛んでいけばそれこそ身を切るような寒さに襲われるだろう。

吸血鬼だし死ぬことはないと思うが…



「どうしよう…」



愉快そうだったフランの顔つきも不安げな色合いに変わってきた。


「歩いていく?森の中なら風はあんまりないだろうし、雪も防いでくれるでしょ」


「うん」


二人はよたよたと森へ向かって歩いた。森を突っ切れば大分館には近づく。

レミリアは先を歩いた。ここでリードするのは自分でなくてはならない。


森の中は確かに寒さがほんの少しは和らぐが、思ったほどではない。

さらに木々が月明かりを遮蔽しているせいで、漆黒の闇だった。


「こ、怖くない?ちょっと…」


「さっきまで飛んできたじゃない。大丈夫よ…」


森の中を飛ぶのは危険過ぎる。先ほどは無駄なダメージを負ってしまった


二人は歩き続けたが、体力を使い果たしたせいで、力が残っておらず、かなりのスローペースだった。


「お、お姉さま?」


「な、何?」


「疲れた…凄く…」

レミリアが振り返ってフランを間近で見ると確かに色濃い疲労の表情が浮かんでいる。

「そ、そうね。少し休みましょ」


二人は適当な木の幹の根本に腰掛けた。

フランはぼうっと一点を見つめるかのように虚空を見つめていた。

レミリアは何の気なしに自分の太ももに触れてみたが、恐怖を覚えるほどに冷え切っていた。

色々考える所もあるだろうが、ただ呆けたようにじっとしていた。

寒さのあまり低体温症にでもなったのだろうか。

頭がまったく働かない。

それは隣のフランも同じようだった。

しばらく座っているとフランがこっくりこっくりと振り子のように前後に頭を揺らしだした。


「だ、駄目よ!フラン寝ちゃダメ!もういいでしょ?歩きましょ。さあ立って!」

フランは頭を横に振った。


「もう駄目。歩けないよ…」



まずい。このくらいで凍死するとも思えないがこれは良くない。


「ね?お願い立って…」


「…」


フランは俯いたまま動こうとしない。

仕方がない


「わっ」


レミリアがフランを背負った。


「お、お姉さま?」


「いいでしょ?」

「重いよ…私」


「全然重くないわ。ちょっと心配になるくらい」


いつもならこんなことは死んでもしないし、妹も死んでも許さない気がしたが、今は関係性が少し変わっていた。


ぎしぎしと腐葉土のように柔らかい地面を一歩一歩進んでいく。

かなり密集しているように思えた木々の間から、ぱらぱらと雪が舞い降りてきた。

森でもこのように雪が入るのであれば、森を抜ければかなりの風雪を覚悟しなくてはならない。


一人背負っていれば体力の減りは2倍では効かないが、妹を運ぶ責任感で身体はどうとでも動く。
どれほど疲労していたとしても。


歩けども歩けども変わらぬ景色と止まぬ雪に、レミリアは焦りを感じていた、


しかし、そこで小さく耳元で囁く声があった。

「ねえ」



まったく警戒心のない普通の姉妹のような声だった。

フランのこんな声色はいつ以来だろう。本当に久しぶりだ。覚えていないほどに


「スペルカード使っちゃってごめんなさい…」


一瞬何のことを言っているのか分からなかった。
すぐに館で発動したスペルのことだと気づいて否定する。


「いいのよ、そんなの忘れてたわ」


「怒ってないの?」


意外そうなフランの声に思わず笑ってしまう。


「怒るわけないわ。可愛い妹のスペルなんてどれほどの威力があってもくすぐったいだけよ」


「流血してたけど…」


「そんなの気にしなくて…」


言いかけて思うところがあった。

クランベリートラップを食らって地面に倒れていたとき、フランはそのまま逃げてもいいのに戻ってきた。
そしてあの時の表情…


「心配してくれたの?」


しばらく間があった。
10歩進み20歩進む頃ようやくフランは小さく答えた。



「本当にごめん…痛かったよね?もうしないから…」



フランがこれほど弱弱しく自身なさげな口調で発言するのは初めて聞いた気がする。


ぎゅっと首に回した手が硬直する。



妹と密着し、自分を気遣うような台詞を聞けてレミリアはくらくらしてきた。


ー夢でも見てるのかしらー


確かに背中には重量がある。それは疑いなく妹だ。
言葉も他に発する人間はいない。

痛む身体に鞭打つような妹を背負っての帰宅行もほとんど気にならない。
むしろずっと背負っていたいと思った。


「フラン…」

「何?」


「あのね、謝りたいのは私の方なの。ずっとずっと長くあなたを傷つけてきて…
 私の方がはるかにフランに悪いことしてるもの。
 スペルをちょっと食らったくらいまったく帳消しになんかならないくらいの酷いこと…」



何を話し出すのかフランも分かったのだろうか。
背から首に回された腕が少し締まる。



「ずっと、地下にあなたを押し込めていたのは私だから…恨まれてもしょうがないけど…
 後悔してる。それだけは分かってほしいわ」

「…」


「あなたの能力は強力だし、制御が効かないと思っていた。外に出れば大いに災いを引き起こすと思っていたの。
 けれど、あなたは辺りかまわず能力を使ったり破壊したりすることは最近は皆無だし、
 外の人間とだってうまくやれるし、友達だってできる。
 人との付き合いだって、うまくやれないのはどちらかと言えば私の方…」


レミリアの声色はどこか震えていた。

贖罪の気持ちを吐露するこのような時に言うのは卑怯な気もしたが、こんな時でもないときっともう機会はないと本能が言っていた。


「あなたに地下に押し込めるほどの問題はないって分かったのはずっと前のことよ。
 ずっとずっと前。だけどもう引っ込みがつかなくて、あなたにそのことを伝えて地下から出してあげたかったけど
 踏ん切りがつかなくて…あなたは私を凄く恨んでいると思っていたから、その現実を直視するのが怖くて、
 先送りをし続けてきた。そうしたら、気づいたら取り返しのつかないほど時間が経っていて…
 今更なんて言葉でも言い表せないくらいに昔のことになってしまって…
 どうしようどうしようって考え続けていたの…」


フランの言葉はない。ただ黙って背中に乗っているだけだ。


「あなたのことを考えない日は一日だってないのよ。
 私はずっとあなたに元気でいて欲しいし、幸せでいて欲しい。
 でもあなたを不幸にしてしまったのは私だから…って思うと辛くてあなたを想って眠れない日は数えきれないわ…
 今だってそうよ…だから…」


レミリアはぐっと言葉を飲み込んで言った。


「いつでも出てきていいから。地下にいることはないわ。好きな時に好きなように振る舞って構わないから…
 なんでもあなたの思うようにして…」


沈黙が流れた。
けれど足は止めず、黙々と歩く自分の足をレミリアは眺め続けていた。


「いいの?」


フランの言葉はそれだけ。
意外に思っているのか嬉しいのか戸惑っているのか、声色からは読み取れなかった。


「許してほしいの…私はずっとあなたと仲良くしていたかったの。
 同じ屋根の下でこんな距離があるのは本当に耐えられなくて…あなたが地下に行く前みたいに
 私に接してほしい…
 なんだってするわ。許せないとは思うけど、一生かけて償っていくから…
 何をされてもいいわ。蔑んでも、弾幕を直撃させても私のことはいくら傷つけても構わないから…」


フランが正面にいなくて良かった。
こんな顔を見られるわけにはいかない。


「私に距離を置かないで…お願い…」


それは心からの懇願だった。寝ても覚めても願い続けてきたことだった。

背中の妹が何を考えているかは分からない。

けれど言いたいことは言った。
それをどのように捉えるかは妹次第だし、どんな反応をしても受け入れる他ない。

姉なのだから…世界に一人だけのかけがえのない妹の判断は何があっても尊重したい。


「うん」


短く、それだけの返事だった。けれどその短い返答は夢にまで見た反応だ。

感極まってレミリアはもうしゃべることができそうになかった。


「ありがとう」


それだけ言うともうレミリアからもフランからも何も言わず、
果てしない木々の中を歩み続けていった。


たったこれだけの時間だったが、決定的に変化した気がした。

世界はそういうものだ。

悩み苦しんでいたことも、行動に起こせばすぐに解決することもある

もちろん悪く転ぶこともあるが、それだって次の行動への礎になる。

問題の先送りはいつだって懸念を慢性化して身体も心も蝕んでいく。


寒さと歓喜を内包しながらゆっくりと歩み続ける



どれほど歩いたか、ついに森を出て芝生の上に出た。

今までは木々のガードがあったが、それがなくなった途端、突風のような風と横から叩きつける雪に襲われる。


「うわ…」


思わず足が竦むが止まっているわけにはいかない。

視界は雪のカーテンで朧に霞みつつあるが館の明かりは確かにはっきり見える。

そして森から館への距離は把握している。

五百メートルといったところだ。


もうすぐ館に着いてしまう。

フランは明日からどう接してくれるだろう。

やはり変わらないだろうか。

今日の思わぬ外出のようなハプニングがあった日と日常の昼下がりではやはり連続性はないだろうか。


もし、明日からの妹の態度に変化がなかったとしてもそれは仕方がない。
フランがどう振る舞うかはフランが決めることだ。

だとしたら、このふれあいはとても貴重なものだ。

言いたいことはすべて言ってしまったろうか。

何か最後に…

段々と近づく館を見つめながら頭を様々な言葉が去来する。

もう着いてしまう…



「大好きよ フラン」


ふとそんなことを口にした。

囁くような声だった。

この風が荒れ狂う中聞こえたかどうかは分からない。


レミリアは少し背中のフランを抱き上げるとすぅすぅと寝息を立てていた。


レミリアは残念だったような安心したような笑みを浮かべた。


目の前に迫った館を見上げる。

背中を少し揺らしてやる。


「起きてフラン。帰ってきたわよ 」







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







地下の奥深くのそのまた奥。



地底に佇む屋敷は今日もいつもと同じように死んだように動かない。

さとりは自室でもう何時間も脳内を素通りし続ける机の書類からの情報を、懲りずに頭に入れようとしていた。

3時間が過ぎ4時間が過ぎ、さすがにこれは徒労にすらならぬと重い腰を上げた時には、既に日が暮れていた。

日が暮れるといっても心の中の話だ。

鮮明に心に浮かぶ眩しさがある。

時刻は5時過ぎ。

紅い屋敷から帰るときに背中から鈍い光線を浴びた感覚があり、ふと振り返った時の夕日の美しかったこと。

青が勢力を失い、黒に取って代わる前のほんの一時地上を照らす赤。

どうしようもない温かさを感じてしまい、足はその場に釘付けになった。

移りゆく時刻で様変わりする地上。

季節によっても表情を変えるその姿にいつになく魅了されてしまった。


それと比べて、止まったように変化のない地底。

妹が地上に魅入られるのも当然な気がする。

地底には様々な妖怪がいるが、やはり地底らしい性格を備えた者も多い。

しかし、あの子は、妹は

きっと地上が似合う。

あの子の心は地上にさらわれている。

きっとずっと前から。

でも、それでいいとも思う。

地底にとどめておくにはあまりに哀れ。

感情に任せて妹を屋敷に閉じ込めては、可能性に蓋をすることになる。

一緒に屋敷で暮らすのも潮時なのかもしれない。あの子は今以上に屋敷に帰ってこなくなり、部屋も も抜けの空になるだろう。

そうしたら、自分はどうなる?

今と同じように味気のない書類とにらめっこしながら空虚な日常を消費するのだろうか。

今ですらこのように干からびた精神で過ごしているのに。

あの子と別れたりしたら…



気がつくとさとりは最近はめっきり来なくなった地下の一室に足を伸ばしていた。

前に入ったのは記憶を辿るのも難しいほど昔の妹の部屋ー


重く暗い光を湛えている扉に手をやる。

扉は音を立てて開いていく。

目に入るのは、雑多な小物や家具。

あの子の精神と同じようにとらえどころがない。

散らかっているようにも見えれば規則的に置かれているようにも見える。

派手な色合いと地味な色合いの小物も混在しており、瞬間胸の内をざわざわと不安にさせる。

一見まさに妹らしいといえばらしい。しかし



ー本当にあの子の心の中もこんな感じなのでしょうかー



少なくともこの姉妹の間にはお互いのプライバシーには踏み入らないというような暗黙の了解があった。


それを侵犯していることなど露忘れ、悶々と妹のことを考えていた。


無秩序の中には彼女なりに工夫を凝らしたものもあった。


奇妙な絵を書き付けているコップとか、変な模様が掘り込んである家具とか、もしかしたら外から持ち込んだものかもしれないけど。


ふと目に止まったのは、彼女が使うにしては幾分小さい机。

その上の物だけは誰がどう見てもという形で整頓されていて、一種他の場所より特殊性を感じた。


さとりはふらふらと部屋をぶらついた後、机の上にあるノートを手に取った。

表紙は幼児が書くような極彩色が散りばめられていた。クレヨンかなにかで書いたのだろうか。

幼児というよりも赤ちゃんの殴り書きのようだ。

かと思えば精緻なスケッチのような絵も描かれている。


さとりはページをめくる。



6月4日


今日の




そこまで目に入ってさとりはぱたんとページを閉じた。

これは日記だ。

きちんとした日記帳ではなくてノートに書き付けているから分からなかった。

さすがにこれを見るのは仁義に反すると思う。

反する。無論反する。


と、思いつつさとりはノートをじっと見つめた。


きっと見てもばれない。けれどばれないから良いという話?



手は無意識に動いていた。

今日の私はおかしい。

いつもの自分なら天地が返ってもこんなことはしないだろうに。

何がこれほど掻きたてるかは知らないが。

適当なページで手を栞代わりに挟んで覗いてみる。




8月4日



雲 グレー


陰気に触れて理性吹き飛ぶほど憤り


けど謝罪に整理 仲直り


再見






すっと罪悪感が失せるのを感じた。


意味不明すぎて、これでは覗き見する意味がない。



なんだろうこの日は?

何かあったろうか。




8月の頭…



そういえばお空とお菓子を巡っていざこざがあった気がする。


それにしてもそれほどの喧嘩ではなかった気がするし、

最後の 再見 も意味が分からない。



少なくともあの時もこいしはほとんど表情を変えていなかったはずだ。


無表情の中にも激情が潜んでいたのかと思うと少々背中がざわついた。




10月22日




甘いキャンディと会合


ミラクルメルト

ハッピーコンティニュー




なんだか上機嫌な日は横文字が増えるような気がする。


文字の形も気分によって変わるのだろうか。

小さく丸く書かれる文字もあれば、大きく、ミミズが這ったような文字もある。

ボールペンで書いてある日もあれば、カラフルなペンで書かれている日もある。


共通するのはそれほどの長文はなく、ほとんど一言に近い言葉しかないということ。


これはフランに会いに行った時のものかもしれない。



パラパラとめくっているうちに日付は現在に近づく。







11月25日




里で お薬 というのを見つける。


身体の病気を治すものとのこと。


しかし、効かない病気もあるとのこと。

重病には効かないことが多く、軽い病気、風邪などには効くとのこと。


けど軽いなら放っておいても治るのでは?




結論  薬は詐欺








短絡、断定的な言葉に思わず頬が緩みそうになる。


ここ一ヶ月ほどは普通に読める日本語を使っているようだ。



そしてつい最近、オレンジ色で愉快そのものといった感じで書き付けられている日があった。






12月5日



フランちゃんのお姉ちゃんがうちのお姉ちゃんに会いたいって!


夢みたい!こんなの初めて!


お姉ちゃんと友達になりたそうに見えた



お姉ちゃんに沢山友達ができますように!





ふっと笑いが漏れた。


今分かった。人はいつも考えていることに調子よく言葉を解釈する。


レミリアの思考を読んだ時にあった あの子 という言葉


レミリアが妹のフランを指して言った言葉がこいしにとっては私を指す言葉に聞こえたのだ。


前も…忘れてしまうほど前にもあった。こいしが私に友達を作ってあげようと画策していたこと。



「余計なお世話ですよ…」


ぽつりと呟いてこいしの文字をなぞる。


何度も何度も読み返してはそっと指で触る。


そのうちに視界がぼやけてきた。

優しいあの子


私から離れる?地底から去る?そんなことあってはならない


ずっとずっと一緒がいい

あなたが楽しく地上で過ごすのは大歓迎だし、あなたが幸せにしているなら私も幸せ


けれど、妹 としてのあなただけは、絶対誰にも譲れない。


可愛いあなた 


昔からよく思っていた。あの子は私がいなければ駄目なんだと


けれど、外に行っても誰とでも仲良くできるし、コミュニケーションも私よりずっとうまくとれる。


姉の方が駄目なんだと認めたくなくて…こいしには私が必要だと思っていたかったけど、

私にこいしが必要なだけ


ほとんどこいしが時間を過ごすことがなくなった部屋を見回して、ぎゅっと日記を抱きしめる。





長い時間が過ぎたように思った。


ほんのわずかな音


大理石の上を皮靴がほんの少し滑りそうになり、ぎゅっと踏みとどまるような一瞬の音


その音がしてもさとりはしばらく同じ姿勢でいた。


普段こんな状況になったら飛び上がるように驚くのだろうけど、不思議と心は落ち着いて、けれどどうしようもなく乱れている

悲しいような奇妙な高揚感があるような…

振り向くのが怖かった。


どんな言い訳が必要?

まったく考えていないし考えたところでそんな言葉出てこないだろう。

それでもずっとこのままでいいはずもなく、おずおずとゆっくりと入り口を見やる。


背丈格好は見間違うことなどない妹の姿


けれど表情は…

いつもどこかちぐはぐな、どういう基準で喜怒哀楽を浮かべるのか分からない妹の顔がためらいと不安の色に染まっていた。


「な、何してるの?」


勝手に部屋に入ることなど当然初めてのことだし、日記を見てしまうなどということも当然初めてだ。


こいしは胸に抱かれた日記帳を認めて戸惑いの表情を浮かべている。


読まれてしまったかどうかは分からないが、さとりの表情である程度推察できるようだった。



「お、おかえりなさい こいし」


「…」


こいしは返事をしない。

こんなことがあったろうか。こいしは無視はしない子だった。いついかなる時も反応は様々だが無視はしなかったはずだ。


「な、なんで泣いてるの?お姉ちゃん?」


なんの事を言っているのか一瞬分からなかったが、頬に手をやると確かに熱い液体の感触があった。


「な…なんでもない…大丈夫よ…」


こいしは心配げに見つめてくる。

愛しい妹の気遣いの視線にまた顔が熱くなって視線を合わせていられない。

「ど、どこに行ってきたの?」


「フランちゃんのところ…」


さとりは諦めにも似た笑みを浮かべる。


こいしがこれほど同じ人物に顔を見せに行ったことはない。


よほどのお気に入りなのだろう。

一緒にいたいということだ。

この姉よりもずっと…


「そう…」



しばし沈黙が流れる。


こいしはじっと足元を見つめていたが、はっとしたように体を横にした。

自分が邪魔をして姉が出ていけないのだと思ったようだ。


「ご、ごめん」


本当はこいしとしばらく歓談といきたかったが




「いつもお仕事してる時間だよね?」


「え?うん」


確かにそうだが、こいしがそんなことまで把握しているとは思わなかった。


少し暖かい気持ちになりながら、少し名残惜しくもあり、こいしの横を通り過ぎた。


こいしもどこか寂しそうな笑みを浮かべている。

今日も何も起こらないか…とそのまま歩き去ろうと思ったとき、小さな聞き逃すかのような独り言が聞こえた。


「お仕事の方が楽しいよね…」


囁くような呟きに、さとりは足を止めた。


言葉の裏に


私といるより という言葉があるように聞こえた。


さっきまでさとりがいた空間を見つめて立ち尽くすこいし。

さとりは振り返ってこいしの小さな消えそうな背中を見つめた。


いつもは何重にも隠され、歪曲し、捉えられないこいしの本音がまさに今見えた気がした。


さとりはまったく考えることもなく、こいしに背中から抱きつく。



一瞬はっきりこいしが硬直するのが分かった。


びくっと体を震わせたあと、彫像のように動かなくなる。


長く生きてきても、こんなことはしたことがない。少なくとも自分からは


けれど逃してはならないと思った。

いつもいつも手を離れてふわふわと飛んでいってしまう蝶。

その蝶を、つかむ時だと思った。


「なに…言ってるのよ…」


こいしは何も言わない。けれど後ろから見える耳の後ろは真っ赤に染まっていた。



「…こいし…あなたがいなかったらね、あんな仕事なんの意味もないんだから…」


「え?」


「あなたのためよ…私はね、いつも地霊のために働いてるけど…もちろん皆のためだけど、
 一番はあなたのためなんだからね…」



こいしは弱弱しい手でさとりの手を振りほどくと向き直った。


「ほ、ほんと?」


「当たり前でしょ…あなたがいなかったら私の人生なんてどれだけ味気ないか…」


自分でも驚くほど本音を話している。

思えば姉妹だというのに本音で話したことなどなかったように思う。


こいしは戸惑ったまま目を泳がせた。


「ほんとのほんと?」


何が信じられないのだろう。

思わず罪悪感が感じられる。こいしがこれほど信じられないほど、自分の言葉には虚飾が感じられるのだろうか。


こいしの目はどこかいつもより潤んでいるようにも見えた。


「じゃあ、もっと家にいてもいいの?」


さとりは絶句した。



「当たり前でしょ?まさか遠慮してたの?自分の家にいるのに?誰に遠慮してたの?」



さとりは思わずこいしの両肩をつかんだ。 

自分で言っておきながらさとりは答えが分かっていた。

自分に遠慮していたに決まっている。


他の妖怪とか地底の家族、ペットにも遠慮しているそぶりはなかった。

自分に対する反応だけがおかしかった。


「うう…」


潤んでいたこいしは必死に涙を堪えるような表情だった。


「お姉ちゃん、私が目を閉じちゃったあたりから、変だったもん…
 ずっとずっと、私、あの時からお姉ちゃんに嫌われちゃったのかと思って…」


こいしの潤んでいた瞳から一筋涙がこぼれた。


さとりはこいしを正面から再び抱きしめた。

あまりに思い当り過ぎて心が痛い。


そうだった。いつも笑顔でいるこいしの心の裏側にまで自分は気が回らなかった。
 
だから目を閉じてしまった時には本当に動揺した。

自分は姉失格だと慚愧の念に駆られ、来る日も来る日も妹に対する申し訳なさに負い目を感じ続けていた。


正直なところ、合わせる顔がなく、こいしを避けるようになっていったのは疑いない。

けれど、それが再びこいしを傷つけることになろうとは思いもしなかった。


「ごめんね…本当にお姉ちゃん失格ね…」


そう、開いていた距離感は日を重ねる内に慢性的なものになっていき、固定化してしまった。


こいしは外に出るようになり、会うことすら少なくなった。

もう意識はほとんど外の世界に向いているのかと思っていた。

地底を想う気持ちがあったのかと思うと

さとりはこいしの体温からもそして精神的にも心の底から温まる心地がした。



「嫌うわけないでしょ?もっとここにいて…私はね、あなたと話すことを他の誰よりも楽しみにしているの…
 こいしさえ良かったらいつでも来て。家族でしょ?」


こいしは蒸気した顔でこくこくと頷いた。


体を離してこいしの目をじっと見つめる。


こいしは涙を拭いていた。乙女のような目でじっとさとりの目を見つめ続ける。


あまりに時間が長くなり、気恥ずかしくなってさとりは一つ咳き込んだ。


「ゆ、夕食作らないとね。な、なにがいい?」

こいしはさとりを恍惚と見つめながら呟くように言った。


「なんでも…」


「うん、じゃあすぐに作るから待ってて」


ぼうっと立ち去ろうとするさとりの背中を見つめていると、さとりははたと気づいたように
振り返り、歩いて戻ってきた。

そしてこいしの目の前に人差し指を立てる。


「今日は一緒に食べましょうね。呼んだら必ず来てね」


こいしはまた何度も機械的に頷く。


こいしは自室のベッドにぺたりと座り込んだ。


さとりが去ってからしばらくそのまま座っていたが、そのうちぱたんと横向けに倒れる。


すると指先に何か尖ったものが触れる感触があった。


こいしがそれを取り上げてみると、たまに里の流れ物雑貨屋で見かけるホッカイロだった。


小さい付箋が貼り付けてある。



~外は寒いでしょうから、冷えないようにね~



こいしは何遍も文字を読み返して胸に抱きしめる。


姉が自分に伝えてくれたように、自分からも伝えることができるだろうか。

この気持ちを。


今日の夕食で伝えたい。姉がこんなに優しくしてくれたお返しに…

そしてお話がしたい。


どんな言葉で飾れば伝わるだろう。

飾りなど必要ないかもしれない。


ベッドの上であれこれ考えていると、まるでホッカイロを使っているかのように身体が温まってきた。


布団を引き寄せ丸まりながら、こいしは笑顔を浮かべた。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




人生に不可解なことはつきものだ。

予測していた嫌なことが起こらなかったり、予想もしていなかった嫌なことが起こったり

どれほど能力のある人間だろうが、妖怪だろうが、運命の前には木の葉のようだと思う。

もちろん予想もしなかった良いことが起きることもある。

最近の一連の出来事はまさに僥倖だった。


レミリアは中庭の見えるテラスで長方形の紙面をくるくると指先で遊ばせていた。


何度も何度も手紙を読んではまたしまいこんで、また出しては指で遊ぶ。


「なんなのよ…」


パチュリーがじっとりとした眼差しを本から上げて見据えた。



「別に…」



レミリアは上機嫌で鼻歌を歌っていた。


パチュリーはそれがなんとも言えず気にかかった。


「随分と調子が良いようね…」


「え?そう?」


目を輝かせて中空を見ているレミリアが癇に障る。


「その手紙見せて」


「え…」


「見せて」


「だ、駄目…」


「私はいつもなんでも貴方に見せているでしょう?貴方だけ隠すなんてフェアじゃないわ…」

「そんなに気になるの?」


ぐっとパチュリーは言葉に詰まった。気になってしょうがないというのは、気になる側がアドバンテージを握られる。

ここは大人に行くべきだ


「別に…」


さっきのレミリアの返答のお返しとばかりにそつない返事をする。

パチュリーは再び読んでいた本に目を落とす。

と、みせかけていつもは決して見せないような俊敏な動きでさっと机の手紙をかすめ取った。


レミリアがあっと手を伸ばしたときには既にパチュリーは文面を追っていた。


「ちょ、返してよ!」


「なになに…前のお茶会が、ふんふんとっても楽しかったです、妹とも、ああ今は仲は良好で、レミリアさんの
 おかげです?ふぅん…」


「もう!やめてよぉ!」


レミリアは必死に手を伸ばすが、パチュリーはひらりひらりと身をかわした。


「今度お茶にいらっしゃって…ねえ、随分仲良くなったのね。地底の妖怪と」


レミリアはやっとパチュリーから手紙を奪うと息を切らしていた。


「なるほどね。昨日私のところに便箋を貰いに来たのも、それの返信用ってわけね」


「だ、だから何よ」


「別に?楽しんでくればいいじゃない。そのくらいの手紙隠すことないわ」


パチュリーはすぐに視線をそらして本に目を落とした。


「ほらぁ…だから見せたくなかったのよ…怒らないでよ…」


「怒ってない」


「怒ってるもん」

「なんで怒るのよ。意味わからない」


そこへおずおずとキラキラした羽を反射させながら小ぶりの少女がやってきた。


「お姉さま?何話してるの?」


「フラン!」


レミリアはフランに倒れんばかりに抱きついた。

「パチュリーがね!怒ってるの!勝手に手紙を見て勝手に怒ってるの!酷いでしょ?」

フランは机の手紙を読んだ。

「ああ、これって…」


フランがパチュリーの傍に歩み寄った。


「え?何、妹様…」



「パチェ?寂しい時は私もいるからいつでも呼んでね?」

パチュリーは羞恥に顔が歪みそうになったが、邪心なくこちらを気遣う妹君の瞳を見ていると、邪険にもできなかった。


「え、ええ…どうも…」


いつの間にやらパチュリーは顔が熱を帯びているのに気付いた。


レミリアはパチュリーの手をさする。


「もう!大丈夫よ!私は一番の友達はパチェだからね?そんなに心配しないでよ!」

「は、はあ?心配なんて…」


といいつつこれほど熱を持った顔、

言う言葉にも説得力がないかもと思うと黙り込むしかなかった。



それにしても今までのことがまるでなかったかのように姉妹が一緒にいるというのは不思議な感覚だ。



ごくごく自然に一緒にいる二人は長年のブランクも感じさせない。

ー何あったのかしら?-


あの日、正直パチュリーは心配していた。

レミリアに追った方がいいなどと言ったのは確かだが、あれほど長い時間追いかけっこをしているとは思わなかった。


相当冷えこんだ日に、どうも外に出て行ったようで、外を覆う突風の豪雪を見て不安で本も読んでいられなかった。


帰ってきたレミリアはなぜか弾幕戦でもやったかのようにボロボロの服だったし、触ると氷のように冷たい身体で

けしかけたことに罪悪感を感じた。


けれどあれからの姉妹を見ていると何かあったのは明らかだ。


結果的に追わせて良かったのかもしれない。


これからのお茶会はやや騒がしくなるかもしれない。


でも今日のところは姉妹が珍しく一緒にいるのだからなるべくその時間を無駄にさせたくはない。


パチュリーは立ち上がった。



「ん?どしたの?」


きょとんとレミリアが見上げる



「そろそろ御暇するわね。あとはごゆっくり…」


「ええ?行っちゃうの?」


別に図書館に戻るだけだ。

帰るわけでもなく、同じ屋根の下なのに寂しそうな顔をされて気が悪くはないが大げさだ。


「また何かお話があったらいらっしゃいな」


「じゃ、あとで行く」


パチュリーは軽く頷くとその場を後にした。




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静謐に水を打ったように静まり返る廊下。



フランは地下室から出てきて一直線に図書館を目指して歩いてきた。

ついこの前までおおいに監視の目を感じていたが、今日はそれも奇異の眼でしかない。

レミリアの鶴の一声があったのは明らかだ。

長い長い幽閉からの自由行動。

そう思いつつ向かうのはやはり落ち着く人々の元。

外出はいざ自由にできるとなると今までやってきたことの方に目がいくのだから不思議なもの。


大図書館の眼前に立ち、深呼吸をしてみる。

あの日、パチュリーに相談事があって来訪したとき、姉が視界に入り、出ていこうとしたら追いかけまわされた。

あの時のことが思い出されて何となく入るのが憚られる。

でも今回は逃げない。逃げたらまた姉に追いまわされる。

理由もなく。


さきほどのお茶会からそれほど時間は経っていない。


しかしフランは聞いていた。

レミリアが後で図書館に行くと言っていたこと。


フランはゆっくりと扉を開ける。

静まり返った空間。中央のテーブルに腰掛けている人物がいる。

フランはゆっくりとテーブルに近づいた。


レミリアがテーブルに腕を敷いて寝入っている。


フランは周りを見回す。

誰もいない。小悪魔もパチュリーも。

この広い空間いつも定位置にいるわけではない


広すぎて図書館にいるのか外出しているのかさえ分からない。

しかし少なくとも視界には入っていない。


姉しかいないことを確認するとフランはレミリアの寝ている席の隣に腰掛けた。



フランは寝息を立てるレミリアの手にそっと触れる。

自分と同じくらいだが、こうして触ってみると折れてしまいそうなほどに細く、白い。

あの日、自分を運んでくれたぬくもりを感じて思わず握りしめそうになった。



ーこの腕で私を運ぶのは、大変だったよねー



本当に細い腕だ。そして愛しい腕でもある。

あの時ー真冬の森を背負ってもらって帰ってきたあの日。


フランは寝たふりをしていたが、あの時起きていた。


フランは机の上に手を敷いてその上に頭を乗せ、直近でレミリアの顔を見る。

安らかに寝息を立てている。

狸寝入りなどではない。姉はそんなことはしない。


フランはレミリアの顔を見ながら微笑んだ。

絶対に言えないけど、寝てる時なら言える気がする。


フランはレミリアに囁く。



「ありがとう。嬉しかったよ、運んでくれて…」



当然なんの反応もなく、変わらず寝息を立てるレミリア。

やはり寝ている。姉がこんな言葉に反応しないはずがない。



「追いかけっこも楽しかったよ」



やはり反応はない。

どうしようか言ってしまおうか。

あの時は聞こえないふりをしてしまったけど、寝てるふりをしてしまったけど。

姉にだけ言わせて自分が何も言わないのはフェアじゃない気もする。

どうせ寝ているし。でも聞こえたら?

大丈夫完全に寝ているし…


フランは顔が熱を帯びるのを感じた。

身体が熱い。でもごく自然にふっと漏れてしまった。



「私も…大好き…」



やはり寝続けるレミリアの前でフランは立ち上がって、両手を頬に当てた。


焼けるように熱い。

意味もなくうろうろと周りを歩いてちらちらとレミリアを見るがやはり反応はない。

ほっと胸をなでおろした



「あーあ。ついてないわねレミィも」


フランは飛び跳ねんばかりに驚いて声の方を見た。


「パ、パチェ…!なんでいるの?」



どこか囁くような声になってしまう。


「図書館だもの…」


思いのほか近くの本棚の影にいたパチュリーがおもむろに歩いてくる。


「もう一生言ってもらえないでしょうに、千載一遇を逃したわねこの子。まあレミィらしいか…」


「な、何の話?」


「ごめん、聞こえちゃった」

「な、何が?」

フランはシラを切ろうとしているが、トマトのように赤い顔を見れば、聞き間違いとも思えない。

しかし、あまり追いつめるのも大人げないとパチュリーは思った。

フランはずいっとパチュリーの眼前まで来て右手を手に取って両手で包んで胸元に引き寄せた。


「お願い!絶対絶対言っちゃダメ!絶対!」

「分かったわ。黙ってる」

「ほんと?」

「約束よ。貴方たちの仲が良いと私も嬉しいし」


「本当に?」


「うん。信じられないなら指切りする?」

フランはこくこくと頷く。

二人は小指を絡めあって、約束した。


「今見たことは、忘れる…と」


フランは指を離すとどうにもきまりが悪そうにパチュリーとレミリアを交互に見つめる。


「何?他にも何か?」



パチュリーが笑顔で幼児を甘やかすように言う。


フランは意を決したように言った。

「今日もお出かけしていい?」

パチュリーはフランの頭をなでる。
腰をかがめてフランと同じ目線にしながら言った。

「当たり前よ。レミィも私も何も言わないわ。好きにしていいのよ」



「こ、この前、寒くて大変だったから今日はどうだろうって思って…」


パチュリーは外を見る。

寒波はなりを潜め、燦々と注ぐ太陽光が冷気を長く留める図書館の気温まで影響している。


「大丈夫よ。暖かそうだわ。もうすぐ春よ」


フランはほっとした表情を浮かべつつ、まだ懸念を胸に抱えている面持ちだった。


「どうしたの?」


「えと…お姉さまと…行きたいから…パチェ、お姉さまに言ってくれない?
 私が一緒に行きたがっているって…」

パチュリーは微笑ましかった。
まだ普通の姉妹のように何の気兼ねもなく言葉を交わすには早いのだろうか。
長い長い空白がまだなお残る薄い壁を完全には解消できていないのだろう。

「自分で言ったらどうかしら?その方が喜ぶわよ」

「恥ずかしい…」


フランは手を後ろに回して指を絡めて身体を揺らす


あまりフランを困らせることが本意ではないパチュリーは頷いた。


「段々とはっきり言えるようになればいいわね。分かった。今日はそう言っておくわ」


「ありがとう。あと今日は私が追っかけるって言っておいてね」


泣け叫びながら妹から必死に逃げ回る姉の姿が鮮やかに脳裏に浮かんだ。

適度に力を抜いて遊ぶのだろうか。

まあでもレミリアも吸血鬼だし、先日の様子だと結構いい勝負かもしれない。



ようやく憑き物が落ちたようにほっとした顔を浮かべるフラン。


そしてフランは扉へ歩く。


「必ず言ってね」


「はいはい」

フランが扉を開けて図書館から出ていく。

扉が音を立てて閉じられる。

大きな音だったのでレミリアが起きてしまうのではないかと思ったが、

ずっと机につっぷしたままだ。

パチュリーが椅子に腰かけようとすると今閉まったばかりの扉が再び開く。

パチュリーは少し面食らう。


「指切りしたからね。絶対だからね」


顔を紅潮させ、ややジト目でフランが扉の隙間から念を押す。


「分かってるわよ」


フランは頷くとまた扉が閉まる。


「やれやれね」


どうにも不器用なところはそっくりだ。
血は争えない。


そのままレミリアに視線を落とす。



「あら?」


頭をテーブルに伏せているが耳は真っ赤だ。


これは…指切りの意味もなかったかもしれない。


パチュリーはレミリアの頭を眺めながら胸の中で小さく呟く



ー良かったねー



レミリアは顔を横に少し回転させる。

右目だけパチュリーと目が合う。

眼はうるうると潤んでいた。


レミリアはまるでパチュリーの心の呟きが聞こえたかのように小さく呟く



「ありがとう」



パチュリーは面食らって思わず目を逸らした。

そして室内から反対側の窓を見る。



昨日は吹きすさぶ雪が窓枠を覆っていたが、今日は冬晴れだ。


積もった雪も昼頃には既に溶けていた。


陽光が眩しく、雪解けで濡れた水たまりに反射する。


自分の笑顔を見られたくなくて、パチュリーはレミリアから顔を逸らしたまま

背を向けてテーブルに座る。

いつものクールな表情に戻せるようになるまで待とうと

窓から差し込む光を眺め続けていた。























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コメント



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1.100名前が無い程度の能力削除
とてもおもしろかったです
4.90名前が無い程度の能力削除
繊細で痛みを伴う程でした。その作者も神経質過ぎる程ナイーブなのではと心配しながらハラハラ・・・・・読めて良かった。あと不思議な疾走感に「ナンぞこれ~」って何度も叫ぶ

一点。ほぼ全ての文が一行区切りの短文な上に行間空けは私には読み難かった。web閲覧環境の違いも有りそうなので一概には言えんけど(私はPC閲覧) 誤字 唾と鍔
6.80奇声を発する程度の能力削除
面白く良かったです
7.90名前が無い程度の能力削除
暖けえ。ありがとう
10.100名前が無い程度の能力削除
とても温かい気持ちになりました。素晴らしかったです