Coolier - 新生・東方創想話

奇妙な恋文

2017/09/09 21:11:14
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 博麗霊夢さま

 普段からあなた様とお会いしているわたしが、こうして手紙を差し出すなどと迂遠の仕法を選んだことには、相応の理由がございます。
 このように書き始めると、なにか大それた、秘密の告白と受け取られるかもしれません。これは正しくわたしにとっての真実であり、また世間様から見ればたわいのない、眇たる女の覚めながらに見る夢物語と映るところでありましょう。
 ですから、あなた様はきっと今このときも古びた湯呑を傾けて、冷めた茶を片付けながらこれをお読みになっておいででしょうけれど、どうぞそのまま、くつろいだ姿態でぼんやりと眺めて頂いて構いません。
 失礼、この言い方は少しばかり、意地悪でしたね?
 わたしが神社をたずねるたびに繰り返す取り留めのない話に、いつも眼差しを宙に溶かして、けれど心と耳とをこちらに確と向けているあなた様のことですもの。ここに記した話にも、最後までお付き合い頂けると信じております。それともこの考えこそ、あなた様とわたしを結ぶ変わらぬ友情への自惚れとなり得ましょうか。
 ごめんなさい。また、意地悪を書いてしまいましたね?
 こうも筆先が浮ついてしまうのも、浸した追憶のインクから漂う、懐古と羞恥の入り混じる香気が、わたしの熱度を否応なく昂ぶらせているからに他なりません。
 誰かが培ってやらねば花咲かぬ可憐の頃を打ち明けることの狂おしさは、顔中に血潮が集まりついには発火の兆候を示すところに疑いようもないのですから、こうした紙面の表白に至るのも頷けることかと存じます。

 博麗霊夢さま

 こうまで書いてしまえば、もうあなた様ならお察しもつきましょう。
 ここに書き綴る全ては、わたしの片恋の全容です。これは、その人を恋い慕うわたしの抒情が並び立つ、あなた様に宛てた恋文なのです。
 しかしながら、ここに認(したた)めたわたしの恋情は、あなた様に向かうものではございません。わたしの想いはある少女に寄するもので、それはあなた様の浴するところではないのです。
 かくの如き理路から外れた一文に、あなた様はなにをご覧になりましょうか。胡乱な筆を握った物狂いの影か、はたまた純真な情愛を秘めた女の露わとなった魂をか。
 いえ、聡明なあなた様はすでに了解された筈。
 通じぬとわかっていながらに募らせる恋しさは、人を道理の届かぬところへ走らせますもの。
 この抱え込んだ純情の、満腔の思いたるや! わたしが胸中を吐露せずにはいられなかったのもご理解頂けたことかと存じます。

 博麗霊夢さま

 このように仕舞い込んだ密事をすっかり明け渡そうというのも、ひとえにその焦点が、他ならぬあなた様の傍らにこそあるからだと申し上げねばなりません。
 あなた様の隣には、決まり事のように――澄んだ泉の水底に、覗き込む自身の姿を見るように――彼女が納まっておりました。あなた様と彼女を隔てるものは、ほんの僅かな開きでしかなく、囁けば耳に三度の口づけを落とし、吐息に横鬢はそよぎ、頬にかかる肺腑の温さがくすぐったい、そのような心地であったと断ずるのはわたしの僻目でございましょうか。
 彼女は本業を別にして、あなた様と同様に異変解決の大事を成し、『弾幕ごっこ』の名手でもありました。
 かの遊戯において、あなた様が青空に咲き誇る色鮮やかな大輪であれば、彼女は夜空にこそ花開く星々の飛来と見るものの心に色づきましょう。その輝きを思うたびに、わたしの内を鮮烈が突き抜け、淡々しい光の粒が夢の名残のようにたゆたうも、やがては白に散るのです。
 彼女の煌めき、彼女の眩さは、うら若い乙女の青く清新な滋味に溢れ、脆く儚い歯応えが空想の舌の上の熱情となって、身に沁みるように感ぜられます。叶うならば、あの輝かんばかりの生命を、再び宿したいと願うほどに――。
 このささやかな祈りさえ、あなた様には家庭に身を置く女心の奇妙な作用と片付くものかもしれません。
 ですが、世俗の混濁は一度塗れるや拭いがたく、わたしの内にある透明な硝子玉は、あなた様のもとに瑞々しい輝きを残したまま、もうちっとも煌めかずにいるのです。
 いずれはあなた様にもその境地が訪れましょう。わたしの拙い言葉が、僅かでもそのときの心構えに通じるならば、これ以上の喜びはありません。
 どうか、このような大胆な物言いをお許しくださいませ。全てはあなた様の純なお心を――わたしの恋慕の先にある淡い光を輝かせるそのお心を――愛すればこそでございます。

 そして、博麗霊夢さま

 ここまで随分と筆にまかせて、わたしの胸にかかる想いを書き散らしてしまいました。思い出に若やぐ心の千々に乱れた在り様は、読み返してみても、どうにも遊びの過ぎる、奇妙な恋文と言えましょう。
 しかしながら、今一度端的に申し上げたい事実は、わたしが心から彼女に惚れ込んでいると言うことでございます。
 あなた様と肩を並べ、幻想郷の空に溶け込んだあの日々の中において、夢のように息づく霧雨魔理沙を思い返すたびに、わたしは恋に落ちるのです。
 恋に落ちる――若い娘のような物言いに、あなた様は呆れていらっしゃるかもしれませんね。ですが、天にも昇るあの心地を墜落と称するところは、恋色の本質を指し示す無二の言葉だと、私には思えてなりません。
 あなた様に捧げる祈りをこの言葉に込めて、結びとさせて頂きます。
 それでは何度目の正直か、今度こそお相手と恋に落ちますよう、御縁談の成就をお祈り致します。
 かしこ

 霧雨魔理沙より
霊夢「あんにゃろ」

三十路レイマリの試み。
お読み頂き、ありがとうございます。
智弘
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コメント



0.610簡易評価
1.80奇声を発する程度の能力削除
良かったです
2.100怠惰流波削除
迂遠な嫌がらせか、はたまた遠き日への郷愁か。魔理沙らしくてとても良かったです。
11.100南条削除
面白かったです
もっと私を見ててくれれば良かったのにという話でしょうか
そんな風に感じました