Coolier - 新生・東方創想話

先代の戯言

2017/09/03 22:32:01
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  露 「怺えるも 意に介さずも 罪なれば ひとよ(人よ、一世)と嘆くは に愚かなり」


 妖怪退治は、その表面的な反応にのみ目を当てれば、とても簡単なことであります。
 妖怪が異変を起こせば、それを人間的な範囲で解決する。それだけなのです。人間的な範囲で、と言うのは、人間と妖怪の対峙という安定した構図を守るためでありまして、この構図こそが、妖怪にも、人間にも、精神の安寧を齎す最善の物と考えられて来ました。
 互いに精神の安寧を目指す。これは即ち、殺生はあってはならないのです。例え、妖怪の所業に、殺してしまいたいと感じても、抑えなくてはならないのです。
 その一方で、どうでも良いと考えることもまた、許されることではありません。
 妖怪が思い上がり、跋扈すれば、人間の世の安寧が乱れることになります。然るに、常に受け身であり、選択の余地がないのが、妖怪退治を担う、博麗の巫女の特性であります。
 私は私、一人間の考えとして、これに対して、どうにも耐え難いと思うことが何度かありました。その内、最も私を悩ませたのが、ある死にかけの妖怪を目にした時であります。
 その妖怪は飢えに侵されて、動けなくなっていました。妖怪は私を見ると、本能的に、目を剥きました。
 それは言葉の無い、叫びと言うような表情でした。しかし、感情は読み取れず、私に助けを乞うているのか、また呪いをかけているのか等は、杳として理解出来なかったのです。いずれにせよ、妖怪がしていることは私に対する何かしらの訴えでした。これは異変の、根幹の性質であります。前記様、妖怪退治、異変解決の決まりとして、殺生は許されないので、私がすべきことは、先ず妖怪を助けることであると考え、問いました。
「腹が減っているのね。何を食べるのかしら」
 それに妖怪は、鋭い歯を僅かに剥ぎ、
「お前」
 とのみいいました。私はその返事の意味を理解できず、妖怪もまた問いを理解できていないと考え、妖怪に顔を少し近づけ、もう一度問おうとしました。
 すると妖怪は私に対し、いよいよ鋭利に見える歯を剥いて、
「お前を食えば済む」
 と答えました。私はその言葉を以て理解しました。妖怪は、人食い妖怪だったのです。
 私がすべきは、妖怪を生かすことか。それとも、私を生かすことか。私は私の命の、重さを量ろうとしました。
 一人間としての私の命は、唯一性を以て、確かに重い物でありました。生への強い執着がありました。
 しかし、博麗の巫女としての私は、変わりはいくらでも、先代は数えられぬほどいる物で、今際、人間に見下ろされてもなお命を諦めぬ妖怪の命に比べれば、軽い物に感じられました。
 そう悩むうちにも、妖怪は弱っていくのです。結局、暫しの間の後、一人間の私が、妖怪に言いました。
「死に際まで妖怪の礎を保つのは良いことね。でも、ここで死ぬつもりはないの。あなたの分も生きることにするわ」
 それを聞くと妖怪は、顔を顰め、
「恥辱なり」
 と呟き、目を閉じ、何も言わず、動かずとなりました。
 私はその言葉の意味をどう捉えて良いものか、今日まで悩んできました。
 妖怪が単に、人間を目の前にして死ぬことを恥と考えたのなら、それは真っ当なことであります。
 しかし、もし妖怪が、私の悩む姿、即ち生に頓着しない私の様を見て、命を託すことを恥辱であると感じたのなら、それもまた、真っ当だであると思うのです。妖怪から見れば、私は、博麗の巫女であり、それ以上でも以下でもありません。然るに、命は軽く、様式に捕らわれた無個性な存在なのです。そのような人間に、お前の分も生きるなどと言われれば、私が妖怪であったなら、恥辱以外の何物でもありません。
 かと言って、私が命を擲っていたらと考えると、それは、一人間として、恥辱なりと思うのです。
 私のこの考えは、私が、一人間として価値を生みたいと思う、願望の表れであります。
 博麗の巫女は、歴史深く、一時代に唯一にして誇りに思うべき職であります。しかし、それに勝る唯一の物として、私の個性があるはずなのです。因習、悪習などとは思いませんが、個性のあることを願う、一人間としての精神は、時に心を過ぎて食み、博麗の巫女であることの表面的な簡潔さを、殺してしまうのです。
 気づけば文を起こし、至らぬ言葉を書き殴る様も、同じくそのためであります。
 

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