Coolier - 新生・東方創想話

黒猫の鈴

2017/07/21 01:22:49
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 ん?ここはどこだ?
 魂魄妖夢が周りを見渡すと、そこは真っ白いモヤに包まれていた。少しの前でさえも見えない。唯一わかることと言えば、自分は足場の悪い山の中腹のようなところに立っているということだ。
 自分は確か妖怪の山にいたはずだ。霊界から逃げ出した魂を追ってここまで来たのだ。それはいつもやっていることだし、妖怪の山だって何度だって来たことはある。
 しかしここは、自分が知る上では何も全く知らない場所だ。
 いつ、私はここに来た?
 妖怪の山からこの白いモヤのかかったこの場所へ、私はどうやって移動した?
 それともここも妖怪の山の中だと言うのか。
 わからない。
 途中気絶をしたとか、そういう記憶の途切れみたいなものがあるわけでもない。正気のまま、自然に歩いていて、いつの間にここにいた。
 正常であった時からこの状況に至るまでの境がまるっきり見当たらない。
「おぉーい」
自分の声が周囲にコダマする。やはり自分は山にいるのだ。
空を見る。
果たして自分の向いている方向に本当に空はあるのか。そう思わせるほど、何も見えない。自分の半霊をその方向に飛ばす。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
少なくとも天井はない。そう感じた。
気味の悪い場所だ。なんて、半分幽霊が何を思っているのか。いや、半分人間だからだろうか。どちらにしろ、これでは幽々子様に笑われてしまう。
妖夢はそんな自分に笑みを浮かべながら、とりあえず前と思われる方向に進んだ。
自分の身体に異常は見当たらない。異常なのはこの場所だけだ。
他の妖怪に化かされているという可能性はないか。周囲にそういう気配はない。それどころか、生きている気配がしない。死んでいる気配さえもない。しかし、無というわけでもない。
不思議にも自分はこの場所にいて、さほど悪い気はしていないのだ。心地が良いとは行かないまでも、決して悪い気はしない。こんな場所にいて、何故か不安も抱いていないように思わせてくる。
そんななんとも言えない感情が、妖夢はなんとなく気味が悪かった。
こんな化け方ができる妖怪がいるものなのか?
いや、考えを限定してはいけない。ここは幻想郷なのだ。なんでもあるし、なんでもない場所だ。すべてが受け入れられてしまう場所なのだ。
足から伝わる草を踏む感触、霧霜のひんやりとした空気、何もかもが真っ白の視界。
冥界とどことなく似ている。変な居心地の良さはだからなのかもしれない。
気味が悪い。足が自然と早くなる。
そのまま何にも囚われず、真っ直ぐ真っ直ぐ進んでいく。すると、妖夢の前にいきなりその巨大な気配はいきなり現れた。それはあまりに突然出てきたので、思わず妖夢は後ずさり、大刀『楼観剣』に手をかける。しかし、その姿を見ると妖夢は楼観剣から手を離した。
家だ。
それは見た目から小屋にも見えた。しかし、よく見ると小屋というほど小さくもなかった。家。一世帯が普通に生活を営んでいそうな小屋のような小さな家が、いきなり目の前に現れた。
妖怪か?しかし、目の前の家からもそんな気配は見当たらない。一瞬、楼観剣に手をかけるが、思いとどまりやめる。
剣を使うのは、まだ早い。
静かに妖夢はその巨大な存在に近づく。
妖夢から見える面に窓はなかった。全体が板張りの決して新しくはない、どちらかといえば古く年期の入ったような板、細いヒビのような汚れが所狭しと入っていて、そこからいきなり空間を切り取るように長く四角い扉があった。ガラスのようなものが丁度妖夢の目の高さと同じ所にあったが、真っ白く曇っていて中を覗いてみることは出来なかった。
扉を軽く三回叩いてみる。
・・・反応はない。入ってみるか?罠である可能性が高いが・・・。しかし、他に行く道も無いように思われる。
楼観剣に手をかけ、引き戸に手をかける。壁に隠れるように身を隠しながら、ゆっくりと開く。
家屋の中に人の姿も妖怪らしき影もなかった。木目調の板が重なって、頑丈な壁になり、天井を作って小さな部屋になっていた。明かりはない。しかし暗くもない。部屋全体が見渡せるくらいには明るいようだ。ただ、その光源がどこから来ているのかがわからない。
神経を研ぎ澄まして、中に入る。
簡単な箪笥や台所などがあり、部屋の中心にはそれほど大きくない座卓が一つ置かれていた。質素なりにも室内には清潔感があった。中心に置かれていた座卓。座布団が向かうように二枚置かれて、こちら側に近い方には、なんと湯呑みが置かれて中からは湯気が立っていた。
これは、何だ?
私は一体どこに迷い込んだんだ?
この不可思議極まりない状況。しかも、誰かが今でも住んでいるような感覚が妖夢にはあった。
室内は今いる一室のみ、他には通路があるわけでもなく、本当に小さな住宅の中に勝手に入ってしまったかのようなこの居心地の悪さ。
妖夢は味わったことのない気味の悪さに、鼓動を怒鳴らせながら、恐る恐る奥へと入る。
その時である。
チリン
ん?なんの音だ?
微かではあったが、妖夢の耳には確かに聞こえた。鈴の音のような・・・。その瞬間、妖夢の視界がグニャリと曲がった。「しまった」と思っても、もう遅かった。
チリンチリン
今度ははっきりと聞こえた。遠くなる意識と、はっきりしない視界の中で、一つの影がすっと現れた。それははっきりとは見えず、妖夢の目には黒いシルエットが浮かび上がる。
チリン
・・・猫?
妖夢はほとんど無意識のまま、白楼剣に手をかけて・・・、意識はそこで途切れた。



この世に生を受けた者達には必ず『縁』というものが存在する。単体では糸、群集では網に揶揄されることが多い『縁』ではあるが、それは人間や妖怪だけではなく、物にも存在する。無論、ここ無縁塚に流れつく物にも縁はあるのだ。その縁の先にあるのは、すなわちそれは僕であるわけだし、その先には香霖堂がある。全ての物の行き着く先が無縁塚なのだとすれば、全ての物が僕に繋がっていることになる。そして、彼らの新しい始まりの地が香霖堂なのだ。
そう僕は信じている。
カチ、カチ、という時計は針が回る音だけが香霖堂の静寂を埋めていた。あらゆる物と物がひしめいてそれぞれが互いに奇妙な共同生活を送っているように、個々に存在感出していた。二つの大きな窓からは心地よい風が流れて、そして外からの光が漏れて僕達を照らし、優雅な午後を演出していた。
香霖堂。僕の店、古道具屋である。
僕は、今朝無縁塚に流れ着いていた聞いたこともない題名の本を、片手に開いて今までずっと読んでいた。
ポーン。と時計の鐘が鳴った。たった今、昼を回ったらしい。
僕は本から顔を上げ、栞を挟み、大きく背伸びをした。霧雨魔理沙がいつもの調子で香霖堂の扉を開けたのはその時だった。

カランカラン。

呼び鈴が勢いよく鳴る
「邪魔するぜ」
魔理沙はそう一言だけ言って、僕に目も合わせず慣れたように奥に進んでいく。先程僕が読んでいた本の数倍の大きさのまるで本と言うより図鑑といった感じのものを両手に抱えていた。恐らくどこからか掻っ払ってきた魔導書だろう。
突然、魔理沙が「あっ!」と声をあげた。
「どうしたんだよ。これ」
魔理沙が驚いて指をさす先にはヒビが割れてボロボロの大きな壺があった。僕は魔理沙を睨んで言った。
「聞きたいか」
魔理沙はカッとして
「無論だ。これは私専用の『椅子』だぞ」
「『壺』だ」
 僕はひとつ目の溜息をついて、続けて言った。
「これが割れたのは昨日のことだ。君は昨日もその壺に座っていたな。そして君が帰るときに、その壺から立って、香霖堂のドア閉めた途端に、店内に大きく『ピシッ』という音が響いた。これがどういうことだかわかるか?」
「そうか、こいつは自分がもう限界なのにもかかわらず、私が席を立つそのときまで耐えていてくれていたんだな。流石は私の『椅子』だぜ」
「『壺』だ!」
 僕が思わずバンッと机を叩いたのと同時に

カランカラン

という音が店内に響いた。
「へぃへぃ、ケンカですか?私も混ぜてくださいよぉ」
 胡散臭いファイティングポーズに、小刻みなステップを踏みながら、嫌な笑みを浮かべている射命丸文が入ってきた。
「何だ君か」
 やれやれ、また厄介なのが来た。
「どうしたんです?ケンカはもう終わったんですか?こう見えても私得意なんですよステゴロ」
 見せつけるように徒手空拳を何もない空気に打ち込み、そのままステップを踏みながら近づいてきた。僕も魔理沙も思わず眉をひそめる。
「終わりの鐘はとっくに鳴ってるよ」
 呆れてそう言うと、射命丸は不満足そうに構えを解いた。
「水を刺しちゃいましたか」
 壁に寄っかかる射命丸をちらりと見て、僕は「何の水なんだ」と呟いた。
おもむろに魔理沙が『壺』から立ち上がった。そして、犬のように鼻をスンスン扠せながら射命丸に近づいていった。
「お前なんか臭いな」
鼻を射命丸に近づけて、臭いを嗅いでいた。射命丸が驚愕とも言える顔をして魔理沙に言った。
「馬鹿な!ちゃんと朝昼晩毎日欠かさず体は洗ってますよ!」
「一日に三回洗っているのか」
 呆れて僕が言うと、射命丸はなぜかほころしげに「当然」と言って胸を叩いた。
「いや、そうじゃなくて」
魔理沙は顔を射命丸から離した。
「そうじゃないってどういう意味ですか?もっと嗅いだらどうなんですか?全然臭くないですよ!春風のように新鮮で清潔で生々しい烏天狗の臭いがするはずです!」
「焦げ臭いな」
 鬱陶しいハエのように寄り付く射命丸をぶった切るように魔理沙はそう言った。
「コゲ?」
 射命丸は拍子抜けした顔をした。
「なんで、私が焦げてるんです?」
「私が知るかよ。ちょっと気になっただけだ」
「今、焼き鳥とか思いましたね」
「思ったよ」
遠慮もせず魔理沙は小馬鹿にするように言った。
「思ってても肯定しないで下さいそこは!」
 やれやれ、店の中で反響する程の声をだすのは止めてくれ。ただでさえ君らの声は耳に反響するのだから頭が痛くなる。全く、一スタートがこれでは今日一日はろくな事が起きない気がする。からかわれながらも楽しそうにしている射命丸をうんざりしながら見ていると、僕は彼女に言わねばならないことがあることを思い出した。
「ときに君、聞きたいことがあるんだが?」
「・・・ごめんなさい。私にはもう心に決めた人が常にいるの。あなたとは付き合えないわ」
「君の思い人なんかどうでもいいし、どうでもいいし、どうでもいい。そんなくだらないことじゃない。これのことだ」
 僕は『文々。新聞』と銘打っている一枚の紙ペラを机に投げた。
「あやや!これはこれは、私の血と汗と涙と言葉に出すのも恥ずかしいその他もろもろの結晶。『文々。新聞』ではありませんか!とうとう霖之助さん私の新聞の魅力に取り憑かれてしまいましたか。無理もないことです。なんせこれは私の友情と努力と勝利と夢と希望と個人的なその他もろもろが詰まった──」
「これなんだが」
 止まらない減らず口の呼吸の隙間を狙い、僕は文々。新聞に大きく載っているあるスペースを指差した。魔理沙とまだ喋り足りなそうな射命丸も上から覗く。

物探し・物鑑定など物に関する困った事募集!
『物探偵』森近霖之助がズバッと解決!
    先日の紅魔ゼンマイ事件を華麗に、そしてドラマチックに解決したあの香霖堂店主森近霖之助が、新たなる『物』に関する依頼を募集しています!
    香霖堂は人間の里と魔法の森の間、妖怪も出にくく安全な場所です!
ご来店お待ちしております。

「これはどういうことなんだ」
呆れて言った。
「どういうことって、どういうことですか?」
わざとらしい顔で射命丸は僕を見た。
「僕はいつから『探偵』になったんだ」
これもわざとらしく驚いたような素振りで
「あややや!何を言ってるんですか!紅魔館の時計の一件、私に見せてくれたじゃないですか。これでも私、すごい尊敬してるんですよ」
「僕は『探偵』じゃない。『古道具屋』だ」
軽い言い草に腹が立って射命丸を睨みつけた。それは一昨日のこと、朝玄関に放り込まれていた『文々。新聞』である。他の記事には目もくれず、真っ先にその部分だけが目に飛び込んできた。しかもそれは昨日の新聞にもあって(文々。新聞は飽きもせず毎日香霖堂に投げ込まれてくる)、僕に断りもせず、まるで人を勝手に利用しようとする魂胆が隠れもしてなかったからだ。
ナメられたように思い、僕は怒った。そういえば、今日は届いていないが、まぁ余計なことは言わないでおこう。
「んで、その宣伝の効果の程はどうだったんだよ?」
魔理沙は「文々。新聞」を横目に見ながら僕に聞いた。
「最悪だ」
「来てないのか」
「逆」
霖之助はついていた頬杖から首をガクッと落として、深い溜息を吐く。
「ここ一日二日で、客は増えた」
「へぇ、珍しい。別に良いことなんじゃねえの?」
「そうですよ!感謝して下さい!」
誇らしげに胸を張る射命丸。まぁわかっていたことではあったが反省のハの字もないらしい。反省する射命丸というのも確かに想像つかないが。
 何故か自慢げに口角を上げている射命丸に釘を指すように言ってやった。
「ほとんどが客にならなかった」
「は?」
魔理沙がすっとぼけた声をだす。
「この新聞が僕のところに来て、最初に来たお客は僕に『卍戦國丸を探してくれ』と言ったよ」
「まんじせんごくまる?」
「これだ」
僕は机から雑に折りたたまれた紙を机の上に出した。そこには、何を表しているのかよくわからない曲線の羅列が描かれていた。
「何だこりゃ」
「その客が似顔絵ですと僕に差し出してきたものだ。どうやら犬らしい」
「い、犬かよ。潰れた粘土にしか見えなかったぜ」
「他にも、猫、鳥、あぁ『部屋の鍵を自分の部屋の中で無くしてしまった。代わりに探して欲しい』というのもあった。後は」
「ははは!なんだよそれ」
 他人事のように笑う魔理沙と同じように横で楽しそうに笑っている射命丸を睨みつける。射命丸はそれに気づくと、図々しくニヤけながら「まぁまぁ」と言い
「でも『ほとんど』ってことは、その何人かはそれなりにまともだった。ってことですよね」
霖之助は一瞬言葉に詰まり「ま、まぁね」としぶしぶ認めた。
「今回は、そのことで来たんでした」
射命丸は懐からボロボロの手帳を取り出す。
「そのこととは?」
「もう少しその、依頼のことについて詳しく」
射命丸のニッコリとした顔に、魔理沙は「ははん」と軽く笑い
「今度はそれをネタに新聞を書くのか。お前にしては随分と真面目な記事なんだな」
 真面目でもなんでもない。記事になる側のことも考えて欲しいものだ。うんざりする僕を尻目に射命丸は答えた。
「失敬ですね。私は年間通して、清く正しい真面目な天狗ですよ。というか、魔理沙さんも私の新聞、読んでくれてるんですね」
「いや、百%偏見で言ってみた」
 大げさにつまずくフリをして、苦い顔で魔理沙を見る。こいつがドタドタと大げさに動くことによって香霖堂の床がギシギシと軋み、自慢の商品達がガタガタと揺れる。
「ひ、酷いですね。いつも私をどんなふうに見てるんですか?」
「胡散臭いインチキ」
 射命丸は大きく溜息を吐きながら、肩を落とした。
「私だってね、そんな四六時中嘘八百並べて書いているわけじゃないんです。『演出』と言ってくれませんか」
「嘘ついてるって事は認めるんだな」
「『演出』です。え・ん・し・ゆ・つ!」
「意外なのは、購読者も結構いるんだよな。特に人間の里では」
半分呆れて僕が言うと、射命丸は一瞬絶句の顔を見せた。
「意外って・・・!」

カランカラン

一同が一斉に入口ドアの方を向いたので、新しく入ってきたその少女は畏まったような、困ったような顔で一同を見回した。
「あ、あの、おじゃまでしたか?」
「いえいえ!ゴミ置き場のような場所ですけど、どうぞ見ていって下さい」
僕が言うよりも先に射命丸が聞き捨てならないことをほざいたように聞こえた。
「おい、今ゴミ捨て場と言ったか?」
「気のせいじゃないですか?」
わざとらしく射命丸は言った。
「いえ、買い物をしに来たんじゃないんです」
その少女は控えめに言った。それを聞いた射命丸は好機とでも言うようにニヤリと笑った。僕はその少女がある紙を持っていることに気がついた。ここにいる全員にとって、それはとても見覚えのある、というか全く同じものをつい今まで見ていた。
魔理沙までも何かに期待をするかのようにニヤつきながら、背中に大きな刀をぶら下げた自分と同じくらいの少女に向かって言った。
「お前も、この『物探偵』に依頼ってわけか。妖夢」
「あなたには関係ない話です」
魂魄妖夢は真っ直ぐ僕を見据えて言った。
「お願いできませんか?」
僕は思わず「やれやれ」とため息をだした。
「誰か、僕に静かな時間を与えてくれる、高性能な耳栓をくれないか」
 魔理沙は嫌味に笑った。
「そんな物があったら是非とも借りてくところだぜ」



「今朝のことなのですが」
妖夢は僕と向かい合うように置かれた椅子に座った。僕の横に立つ射命丸が、表向き真剣な顔でカラスの羽を模した(或いはそのものかもしれない)ペンを片手に自身のメモ帳を開いていた。魔理沙は僕が頬杖をつく机のうえに座り、妖夢を見下ろしていた。妖夢はその二人を邪魔くさそう一瞥して、気を取り直すように僕を射抜くような目で見た。二人をなるべく視界の中心に入れぬよう努めているようである。
しかし、僕にとってはもう彼女達の態度は見慣れているもので、もう一人、赤と白の巫女がいないだけマシと言うものだった。むしろ問題は妖夢の方だ。憂鬱そうに、そして真剣に、思い詰めた顔で妖夢は口を開いた。
「昨夜、何体かの浮遊霊が冥界から逃げ出してしまって」
 妖夢自身も頭を整理するように、言葉を選んでいく。なるべくスムーズに進むように僕も合いの手をいれてやる。
「確か君は冥界に住んでるんだったね」
「ええ、まぁ」
妖夢は微妙そうな顔をして受け答える。話したいことの前に話を曲げられたので、少々戸惑っているようだった。どうやら余計なお世話だったようだ。
「続けて」と先を促す。妖夢は「あ、はい」と控えめに言って
「そして今朝方、それが幽々子様によって発覚しまして(まぁそのことは珍しくもなんとも無いことなのですが)、それで私は連れ戻しに幻想郷に行きました。どうやら浮遊霊達は、妖怪の山に逃げていったようなので」
「そんな簡単にわかるもんなのかよ」
今度は魔理沙に話の腰を折られ、妖夢はやや不満げに「と、言いうと?」と魔理沙を睨みつけた。全く臆さない魔理沙は
「逃げた浮遊霊の場所だよ。探知機かなんかついてんのか?」
妖夢は呆れながら
「そんなもの付けれる訳無いでしょう?幽霊に」
「お前も幽霊だろう?」
「違う!私は『半霊』。一緒にするな」
妖夢は深い溜息を吐く。
「なんとなく、わかるもんなの。感じで」
「あぁっと、よく言う『気配』とか、そんな感じのやつ?」
「そう、独特の気配がね、あるのよ。あなたにはわからないでしょうけど」
「あぁ、わからん」
あっけらかんと言う魔理沙に、ペースをかき乱された動揺をどうにか抑えていた。とっとと要件を済ませたいらしい彼女は、しかしここで魔理沙にペースに乗ってしまっては、きっと後悔するのは自分だ。時間の無駄になる。と我慢しているといった感じである。
この娘はきっと、毎度のこと魔理沙や霊夢達にこのようにからかわれているのだろう。生真面目そうな性格の彼女。からかうには絶好の相手だろう。
ん、前も同じようなことを思ったような。そうだ、その時は確か、この香霖堂に浮遊霊が迷いこんできたのだった。迷いこんできたというか、『人魂灯』という、火が灯ると勝手に浮遊霊が集まってきてしまうというはた迷惑な代物を、妖夢が落として、僕のもとに来たのだった。その時は妖夢の自業自得だったわけだが。
 妖夢は大きく咳払いをすると、魔理沙を無視するように話を続けた。
「妖怪の山に入った私は、浮遊霊の気配が強くなるのでますます確信を深めて行きました。そんな時にですね」
妖夢は口を閉口した。どう言えばいいのか考えているのか。うなりながら首をひねった。
「・・・ここから先、少し記憶が曖昧なんですが、そこから急に、夢を見ていたような感じで、気がついたら辺りが一面霧に包まれてて」
「妖怪に騙されたんじゃねぇの?」
「あやや、そんな妖怪いましたかねぇ」
妖夢は魔理沙と射命丸を無視して続けた。
「突然、巨大な、小屋みたいな、いやもっとでかかったような。とにかく、家のようなものが現れたんです。で、私はそこに入って・・・」
 妖夢は「うーん」と唸り、記憶の引き出しをできうる限り探っているようだった。
「それでも中は、普通の感じ、いや、そういえば入れたばかりのような湯呑みが机に置かれてたり、そこで今まで誰かがいて、そこに住んでいるような、それが逆に気味が悪くて、とにかく不可思議でした。そして、ゆっくりと進んでいくと、『りーん』っていう鈴みたいな、きれいな音が耳、頭のなかで響いて」
妖夢は諦めたように顔を俯く。
「気づいたら、私は妖怪の山のあるところで気絶してました」
妖夢はその時のことを無念そうにうなだれながら、自分の懐に手を突っ込んで
「目が覚めて、多少正気に戻ると、背中にいつもと違う違和感があるように感じました。なんとなく体が軽くなってる感じも。そこで私は、背中の『白楼剣』が鞘ごと無くなっていることに気が付きました」
 そして妖夢は自分の服の懐から手を出して、霖之助の前に出した。
「代わりに、これが私の倒れていた近くに落ちていました」
その、金色に輝く鈴は、妖夢の手のひらをわずかに揺れ、微かに「チリン」と鳴いた。
「お前の刀と、その小さい鈴が入れ替わってた。ってことか?」
 魔理沙、そして射命丸は机に置かれたその鈴を注意深く見た。金色に輝く、何の特徴もない普通の鈴である。
「その後、君はどうしたの?」
「・・・気がついたのは、本当についさっきのことで、しばらくはあてもなくて、自分が倒れていた付近で白楼剣を探していたんですが」
「結局見つからなかったと」
「・・・はい。代わりにこれを見つけて」
妖夢は持っていた冊子『文々。新聞』を出す。
「これにここのことが書いてあったので、信憑性は低そうな気がするけど、藁をもつかむ思いだったので」
「僕は激流の藁一本かよ」
「信憑性は低いは心外ですね」
妖夢は素直に「えっと、すいません」と謝る。僕の身近にはいないタイプだ。誰かさんも、もう少しこうやって素直であったなら、可愛げも増すというものだろうに。
「別に気にしちゃいないさ。載ってる新聞が新聞だからね」
「あややや!あなたもそちら側ですか!」
射命丸は得意の大振りな反応で応える。僕は射命丸を無視して
「ここに来れば、少なくともこの鈴の正体くらいはわかると思ったのか」
「はい」
僕は眼鏡の位置を直しながら、神妙に観察している魔理沙の手からその鈴を奪い、目の高さまで持ってくる。
鈴をコロコロと回転させると、鈴はチリンチリンと控えめに音を出す。不意に前の紅魔館の鍵のことを思い出した。あの時も、僕がゼンマイだと見抜いたところから始まったのだった。
紅魔館メイド、十六夜咲夜が紅魔館に落ちていた正体不明の鍵をここに持ってきた。しかしそれは鍵によく似た何かのゼンマイだった。僕は不本意ながら紅魔館に行って、それからゼンマイの正体を見破った。その小さな事件の全貌はわからないまま・・・。
そしてそれと同じ夜。僕はアイツに会ったのだ。
いかん。つまらないことを思い出した。
気を取り直して鈴のことに戻る。
「妖夢。これ・・・」
そこまで言いかけて
「は、はい」
 妖夢は意味もなく緊張して、魔理沙も射命丸も、僕をじっと見た。
 僕には道具の名前と用途がわかる程度の能力がある。凡人にはわからない物の本質が見える能力だ。だから、僕には今妖夢にはわからなかったこの鈴の正体が、目に見えてわかるのである。
全員の視線が僕に集まる。そして、それに応えるように口を開いた。
「何のわけもない。ただの鈴だよ」
 僕は鈴を机の上に置いた。
 しばしの沈黙が流れた。その間、その空間の中だけは時間が止まっていた。いるように見えた。少女ら三人は遺跡に眠る秘宝を暴くかのような期待にあふれた真剣な目を僕に向け続けていた。それを死んだ魚のような空虚な目で返してやった。
「うん」
魔理沙は言った。
「知ってる」



「ただの鈴・・・ですか」
「うん。それ以上でもそれ以下でもないね」
 僕の目には『鈴』『音がなる道具』『目印』『誰かに知らせる』と言った有り体に言っても普通の鈴となんら変わらないことしか見えなかった。結果、これは普通の鈴である。
 僕が言うと、魔理沙は顔をしかめて
「おい、それで終わりじゃないだろうな」
「終わりって何がだい?これ以上、僕に出来ることがあると?」
「まさかお前、これで金を取るっていうんじゃないだろうな」
「え、お金取るんですか!?」
妖夢驚き、椅子から飛び上がった。
「もちろんだよ。まさか持ってないってことはないよね」
 愕然とする妖夢の顔。そして何故かモノ言いたげな魔理沙と、何かに納得したように鼻で笑いながら小さく頷く射命丸。
「まさか、先程言っていた『少数の客』も同じように、物の『鑑定』をして終わりという感じですか」
 ニヨニヨと笑いながら何故か納得した様子で、悪い顔を浮かべていた。
「なんだよ。人を詐欺師みたいに見やがって。『探偵』なんていうのは君が勝手に言ったことだろ?どうして僕までそれに付き合わされなくてはいけないんだ。僕には僕の本来のやり方があるんだ」
「だからってお前・・・」
魔理沙が引いた様子で「情けない」とでも言いたげに顔を手で抑えた。
「泥棒の君に言われたくはないぞ」
「私は借りてるだけで盗んでるわけじゃないぜ」
「それが泥棒って言うんだ」
「あやや、どんぐり同士が背比べしてもしょうがないでしょう?」
「「お前が言うな!」」
 全く失礼な話だ。僕ほど無害なやつも幻想郷では珍しいくらいだと言うのに。
 妖夢をほったらかしにしていたことに気付き、ハッとして妖夢を見た。それに気づいた妖夢もすがるように言った。
「他には何かわかったことはありませんか?」
「そう言われてもねぇ」
「大事な剣を失くして、このままでは主人に会わす顔がありません」
「主人?あぁ・・・確か」
「西行寺幽々子さんですね」
 僕が思い出す前に射命丸が横から口を出してきた。机に放った鈴を今度は射命丸が手に取って、鈴を振ってはチリチリと音を出してそれを無駄にじっと睨みつけて観察していた。
 西行寺幽々子。話だけは聞いたことがある。現世と呼ばれるこことはまた違う世界。あの世とこの世の狭間にある『白玉楼』の主人である。妖夢はそこの『剣術指南役兼庭師』と本人は言っている。
「そんなに大事な剣なのかい?」
「はい。魂魄の一族に代々から伝わる剣です」
「それを失くしたのかい?」
「・・・失くしました」
 自分の失態を嘆くようにガックリと項垂れる妖夢。
 彼女は半身半霊である。半分霊体であり、半分生体の人間である。脇に浮いている綿菓子のような雲のようなものが彼女の半霊部分ということになるのだろうが、それでは果たして、生身の部分は一体どこが半分になっているのか、完全な生身の体にしか見えないとか、彼女の存在について、定かでないことはいくつもある。しかしながら、その中でも数少ないハッキリしていることの一つ、彼女達半身半霊は寿命が普通の人間よりも遥かに長いということだ。
なので、彼女の一族に代々伝わるというのは、普通の人間が考えるものよりも遥かに長い時間であり、そんな大昔から、しかも半身半霊という特殊な一族に受け継がれている『剣』。非常に厄介でレアな存在であるのは想像に難くない(欲しい)。そんな簡単に失くしていいものではないはずなのだ(コレクションで手に入れたら格好いい)。
彼女が顔を青くするのは無理もないことなのである。
「あ、でも一つだけ訂正させて下さい。ある意味でどこにあるのかはわかっているのです」
「その、君が気を失ったと言っていた小屋の建物のことかい?」
 妖夢は険しい顔で頷いた。
「きっとあれは『マヨヒガ』です」
「マヨヒガ?」
「そう。八雲藍さんの式神である橙が所有している家です」
八雲藍は何回か顔を会わせたことがある。というかその主人である八雲紫は、冬の時期になるとこの香霖堂にしかないストーブを動かすための資源を売ってくれる大事な取引先でもある。八雲藍はその紫の狐の式神であり、橙はその藍の猫の式神である。
なんだかややこしい説明になってしまったが、僕は橙とも何度か顔を会わしている。本当にごくたまに、八雲藍と一緒に香霖堂に来る。藍は幻想郷外から流れついた本を訝しげに見ていくのだが、橙は他の品物を見ては理解していなそうに首を傾げるといった、言ってしまうとあまり賢い式には見えなかった。
「どうしてそう思うんだ?」
「見た気がするんです。気を失う前に」
「橙の姿を?」
「いやまぁ、そんな顔までハッキリと見たわけじゃないですけれど・・・そんなような猫みたいな影をちょろっとだけ」
「よりにもよってマヨヒガとはね。あの猫の式神はそんな大層なところに住んでいたのか」
「さっきから何なんだ?そのマヨヒガっていうのは?」
 魔理沙が僕をチラリと見て言う。妖夢は呆れた様子でそんな魔理沙を見て
「あなたは前に行ったことがあるでしょう?」
「え、そうだっけ?」
「あなたは以前マヨヒガに迷い込んで、そこで橙と弾幕勝負で戦ったんじゃなかったかしら?」
 すると魔理沙は思い出したように「あぁ」と声を上げた。
「雪が止まらなくなった異変のときか。お前らが主犯だったときの」
「主犯って言ったら何か悪さをしたみたいでしょう。私達は異変の黒幕であって何か悪さをしたわけじゃない」
「いや、どっちも同じだろうがよ・・・」
 妖夢は魔理沙を睨みつけた。
 少し前のことだ。春の季節がもうとっくに来ているというのに、冬に置いて行かれたかのように雪が降り続けるという異変があった。世間にはその黒幕は雪女の仕業ということになっているが、彼女達から聞くところによると、それは西行寺幽々子が引き起こしていたことらしい。詳細のほどは知らないが、それ以来、幽々子達のいるあちらの世界とこちらの世界を繋ぐ穴がポッカリと空いたままになっていて、そこを通じてあちら側とこちら側は自由に行き来が出来るようになった。
しかし出来るからと言って、力のないものが散歩感覚で向こうに行くのは危険だ。所詮は死者の国。うっかり生きているときの姿を思い出せなくなって、帰れなくなってしまうかもしれない。当然、僕は行ったことがないので定かではないが。興味のある人は是非。
 話が大きく逸れしまったが、要するに魔理沙はその異変を解決しに行く途中で、橙のいるマヨヒガに迷い込んだということらしいのだ。
「でもそんなに言うほど小さかったかな。私が前行ったときは結構でかいような気がしたが・・・」
訝しげに顎を撫でる魔理沙に、僕は言ってやった。
「君はその時、気が大きくなっていたんじゃないか?」
「どういうことだよそれ?」
「例えば、美しい雪景色に見とれていい気分になっていたとか。何か大きな魔法の実験に成功して浮かれてたとか」
「確かに、あの時は幻想郷全体が静かで殺伐としてたから、妙に居心地がよくなってた記憶があるが、それがどうしたんだよ」
「『マヨヒガ』というのは有名な家でね。別名、幸運の家とも言われている」
「幸運の家?」
「そう、その昔、山の中で遭難してしまったものが、空腹を耐えながら森の中を彷徨っていると深い霧の中からいきなり家が現れた。中に入ってみるとそこには大量の食料が用意されていた。とか、他にもお金に困った人間が山で遭難してしまったときも、その家が現れて、中に入ると大量の金銀財宝があった。とか。どこまで本当かはわからないが、色々言い伝えられてる家なのさ」
「私が行ったときは大量の魔導書とかキノコとかそんなものはなかったぜ?」
「君が常に何を欲しているかはともかく、それは家に所有者がついたためだと思う」
「所有者?住人ができたってことか?」
「そう。僕の考えでは、きっとマヨヒガというのは近くにいる生き物の意志によって形や内装を変えるのだと思う。お金が欲しいと思って入ればお金を出し、食べるものが欲しいと思えば食べ物を差し出す。君の場合、魔導書が欲しいと思ってマヨヒガを訪れたわけじゃないだろう?居心地がいいと、気が大きくなっていた」
「だからその分、家まで大きくなったってわけか?」
「しかし、そこにはすでに住んでいる住人がいた。家は突然外から来た来訪者と自分の中に住んでいる所有者の意思の二つを反映させたということだろう」
「外側だけ大きくなって、中はボロボロで空っぽだったのはそういうことだったのか」
「そう。外側は魔理沙の意思が反映されて、内側は歓迎してない橙の意思が反映されたってわけさ」
「面白いが、随分住みにくい家だな」
妖夢もおずおずと口を開ける。
「私が行ったとき、家が小屋のように見えたのは、つまり・・・」
「それほどビビってたってわけだな」
そう小馬鹿にして魔理沙は笑った。恥ずかしさと怒りとでさっきまで青くしょげていた妖夢も恥ずかしさと怒りで噴火しそうに赤くなっている。
 吹き出しそうな妖夢を遮って、射命丸は鈴と、そして妖夢の持っていた自身の『文々。新聞』を机に叩きつけた。
「噂のマヨヒガのことならここにも載ってますよ」
 ニヤリと、してやったりな顔をしている。その顔からは不安しかおぼえないが、置かれた新聞に手をかける。
 今日の日付が載った、今日の新聞だった。

『あぁ幻の家よ、何処へ消えた。捜索者急増!』
先日、人里西区に住む匿名希望(35)が妖怪の山で遭難した。そこでしか取れない山菜を探して、あろうことかあの妖怪達の巣窟に迷い込んでしまったのだ。まるで道もわからなくなり、いつ妖怪に襲われるかもしれない中で、途方に暮れるしかない彼の前に、そう、例の『幻の家』が現れた。彼が曰く、それは小さな小屋のだったと言う。しかし中に入るとそこには豪華絢爛な装飾と、見たこともない食事が並んでいて、彼は大層驚いた。中には一人、家の主人と思われる、一人の少女がいて、迷い込んだ彼を介抱して、更に探していた山菜まで彼に持たせ、気がつけば山から出ていたという。その他にも、幾人の人間が山で遭難しているが「幻の家を見た」「私も介抱してもらった」「あの娘は将来きっと美人になる」などの目撃証言出ている。一体『幻の家』の正体とは何なのだろうか。
 と、ここまでは前も報じた通りであるが、この新聞が原因なのか、今人里全体でひと目この『幻の家』を見たいと捜索者が後を絶たたなくなっている。妖怪の山に出入りをする人間が増え、妖怪に襲われる哀れな被害者が増える一方、『幻の家』に懸賞をかける者まで出てきた。更に、目撃者の証言を元に描かれた『幻の家』の想像図、主人である少女の似顔絵などが多く出回り、今この人間の里で大きな流行の波になっている。
 少女の似顔絵は、明らかに嘘の物を除けば三つの共通点がある。一つは頭にかぶった大きな布。そして首に下げた金に光る鈴。そして、どの絵もやはりあどけない少女の姿で書かれている。
 状況から見れば明らかに妖怪の仕業に違いないが、布から時折はみ出るまだ成熟していない美貌の片鱗と、危害を加えずそれどころか妖怪の巣窟から助けてくれる、まるで地獄に舞い降りた女神のように現れる。それが人間の里に広がる人気の秘密だろう。
(以下、他の目撃情報や妖怪の山のどこで見たかなどの詳細が書かれているが、大したことは書いてないので以下略)
詳しい目撃情報はまた出てき次第この新聞でも報じるが、この『幻の家』騒動は一体いつまで続くのか。どこに帰結していくのか。次号を乞うご期待!

「それで、どこまでが本当でどこまでが嘘なんだ?」
「あややや!全部本当です!」
 妖夢は訝しげにその怪しい記事を覗く。
「私も、こんな話初めて聞きますよ」
「皆さん。世間を知らなさすぎですよ。今人間の里で『幻の家』が話題に出ない日はないですよ?」
「この『幻の家』が、妖夢の言っていた『マヨヒガ』だというのか?」
「どう考えてもそうでしょう。さっきまでの話と、重なる部分結構ありましたよ?」
 香霖堂が大抜擢されている記事しか見てなかった。まさかこんなことが人里で起こっていたなんて知らなかった。思い返せば、僕に関する記事の誤謬に腹が立っていて、それ以外のところには目がいってなかったのかもしれない。
 やれやれと思わず頭を掻くと、不可思議そうに魔理沙が首をかしげた。
「これって、要するに『マヨヒガ』だか『幻の家』だかを探せばいいだけの話だろ?なんでこんなに話が大きくなってんだ?」
 どうやら魔理沙はこの家の重要な特徴を知らないらしい。仕方なく僕は教えてやることにした。
「マヨヒガは神出鬼没の家なんだよ」
「神出鬼没?」
「いつ、どこに、どんなタイミングで姿を表わすかわからないんだ。だから、たとえ探しに行ったところでそう簡単に見つかるものでもないし、むしろお目にかかれただけでも相当運のいいことだと思うね」
「ま、この『幻の家』は妖怪の山限定みたいですけどね」
 そう補足するように射命丸は言った。
「他の『マヨヒガ』も山道などで遭難した者の前に現れることが多いとされているそうだから、もともと山の中や、森の中などでしか出てこないのかもしれない」
魔理沙は納得したように腕を組んで
「まさに『幻の家』というわけか。あいつ、そんなところに住んでたんだな」
まるで、橙が自分の友人であるかのように笑って魔理沙は言った。妖夢は訝しげに顔をひねったままで、新聞を目を細めながら見ていた。
「それにしても、この橙の行動は実に奇妙ですね」
「あやや、確かにそうですね」
 この新聞に書いてあることが本当で、幻の家も本当にマヨヒガだとすると、この家の主人の少女というのは明らかに橙のことだろう。わざわざ何らかの布で耳を隠すことまでしている。幻の家の目撃者によれば、橙は幾人かの遭難者をマヨヒガで介抱している。
 魔理沙がぶっきらぼうに言う。
「橙ってあれだろ?紫んとこの付き添いのペットだろ?なんでそんな奴が今更人助け何かしてるんだよ」
「いや、介抱すること自体は別に不思議な事ではないような気がする。山で遭難している哀れな人間を見て、襲う妖怪もいれば気まぐれで助ける妖怪だっているだろうさ。それに橙はあの八雲藍の式神だろう。そこら辺の低級妖怪と違って、よっぽどのことがない限り、理由なく人を見捨てるなんてことはしないんじゃないか?」
「そうか?紫はそうでもないぞ?多分」
「主人の方は知らないが、藍の方は少なくとも人間を見殺しにするような妖怪ではないと思うよ。礼儀正しいってことさ」
「人間だって、人によっては関わらんほうがいいような奴だっているかもしれないぜ」
「・・・それは君のことか?」
「へへ、そうかもな」
 不敵な笑みを浮かべる魔理沙に、真っ直ぐと真面目な瞳で妖夢も言う。
「紫様の方は敢えて口を慎みますが、確かに藍様の方は理由もなく人を見殺しにするようなお方では無い気がします。この幻想郷において、『人』という存在がどれだけ重要かを知っているお方ですから」
 意味深に語句を含ませて妖夢は言った。
話が少々脱線してしまったが、要するに八雲藍という式神はその人が大悪党でも無い限り見殺しにするような性格ではないし、その式神たる橙も同じように無害な人間をそのまま見殺しにするほど残虐な式神ではないということだ。
問題は今日妖夢がマヨヒガに迷い込んだときのことである。妖夢がマヨヒガで経験したことは、この新聞に書いてあることと大きくかけ離れている。
この幻の家とマヨヒガが本当に同じものとして、そうなると妖夢が気を失ったのはおそらく橙が仕掛けたことなのだろう。マヨヒガのものか自分の術かはわからないが、幻術か催眠術のようなものを使ったに違いない。そういうことが出来る妖怪はザラに居るため、珍しいことではない。
魔理沙は頭を掻きながら言った。
「そんな橙に、お前は大事な家宝を盗られたわけだ」
「盗られたってそんな・・・」
「そういうことじゃないのか?」
妖夢は肯定も否定もせず、ただじっと考えるように地面を見つめていた。きっとまだ信じられないでいるのだろう。
本当にやったのが橙だとして、なぜ橙は、妖夢の刀を持っていったのだろうか。マヨヒガとともに消えてしまったのか。この鈴は新聞に書いてあった『首からぶら下げた鈴』なのだろうか。橙の目的は?
そもそも、本当にあの猫の式神にマヨヒガをそこまで操る力があるのだろうか。僕としては諸々の問題よりもそれが一番気になる。これまで話してきた通り、マヨヒガというマジックアイテムは、非常に強い力を秘めた家である。普通の妖怪がそう簡単にものに出来るような代物では無いと思うのだが。
橙のことは知らないわけではない。彼女の飼い主と一緒にこの店にも何度か訪れている。しかし、僕は彼女がマヨヒガを自分で操れるほどの力を持ち合わせているようには見えなかった。と言っても、相手の力量を見ただけで測れてしまうほど、僕の目も優れてはいないのだが。
「その幻の家はまだ人間の前に現れているのか?」
僕は素直に思った疑問を射命丸にぶつけた。
「それがですね。ここ最近、めっきり姿を現さなくなっちゃったんです」
「ここ最近というと?」
「一昨日くらいからですかね」
「それじゃあ一昨日より前は、やっぱり色んな人にマヨヒガは目撃されてるんだな?」
「沢山、というと語弊がありますね。本当に見た人はごくわずかと言えるでしょう。私が初めて幻の家の話を聞いたのは一週間くらい前ちょっとした噂になっているのを小耳に挟んだんです。ちょうどネタに困っていて、試しにと思って新聞で取り上げたら、実際に見た人間たちを中心に里の間で思いの外盛り上がっちゃって」
「それで調子に乗ってまた同じネタで書いたら、途端にマヨヒガはいなくなってしまったわけか」
「そして再びネタに困った私は、保険をかけておいたこの店に立ち寄って新しいネタを貰おうしたんですよ。そしたら思いもよらないところで探し求めてたネタに出会ったというわけです」
「人の店を保険って言うな」
「あなたに情報提供するためにここに来たんじゃないです」
「あややや、これは随分ですね」
 嬉しそうにヘラヘラと笑う射命丸(ムカつく)から目を離して、目の前に転がる金色に輝く鈴を手に取った。
 見れば見るほどただの鈴である。手のひらの上にころりと転がるくらい小さく、チリンと綺麗な音を出して、頭を抱える僕らを他所に佇んでいる。
 なぜ刀が無くなったのか。
 なぜ鈴が代わりに落ちていたのか。
 橙の目的は一体何なのか。
 それとも・・・。もしくは・・・。
「それは、森近さんにあげます」
 鈴から顔を上げると、やはり元気のない妖夢が力なく笑って、僕を見ていた。
「あなたにもわからないただの鈴を、私が持っていてもしょうがないような気がするのです」
「君はどうするんだ?」
「もう一度、自分が倒れていた場所に戻って、探してみようと思います。もしかしたら、どこかに落ちてるだけなのかもしれないし」
 妖夢はスカートをはらいながら席を立った。責めるような目つきで魔理沙が僕を睨む。
「おい、本当にこれで帰すつもりかよ」
「帰すも何も、僕に出来ることはもう何もないように思うのだが」
「おいおい、そんな屁理屈をこねてどうするんだ」
「君こそ、面白そうだから乗っかりたいだけなんじゃないのか?それなら、僕に構わず君は君で勝手に乗っかっていればいいだろう」
「ったく。相変わらず固いやつだな本当」
 そうやって、呆れている魔理沙に手元の鈴を投げてやる。
「付いていくんだったら、これは君が持っていくべきだろう」
 魔理沙はそれを受け取ると、訝しげにそれを見た。
「いや」
 何を思ったか、それを投げ返してきた。慌ててそれをキャッチする。
折角人が親切心で渡してやったのに。恨めしく魔理沙を睨むと、彼女は「ふんっ」と鼻で笑った。僕は思わず聞いた。
「おい、いいのか?」
「それはコーリン、お前の担当だろ?」
「担当って、お前・・・」
「妖夢はお前を頼ってここに来たんだ。一度請け負ったんだから最後まで面倒見ろよ。自分の客だろうが」
 魔理沙はそう言って、帽子の縁をクイッと上げる。
「なに、超有能な助手がついてんだから安心しろよ。そんな鈴、無くったってパパっと解決してやるぜ」
「おっとぉ、私もいますよ!」
鬱陶しいくらい大きい身振りで射命丸も魔理沙のあとにつく。妖夢は邪魔くさそうに魔理沙と射命丸を見ながら
「私は一人でもいいんだけど」
「そんな冷たいことを言うなよ。三人寄れば文殊の知恵って言うだろ?」
「使い方間違ってない?」
「ほとんど同じ意味ですよ。多分。さぁさぁ行きましょう行きましょう」
 射命丸に押されて、仕方がなく扉を開ける妖夢。出る前にこちらを向いてペコリと頭を下げてから出ていった。妖夢と射命丸が出ていき、魔理沙も「さて」と言って外に向かう。
「じゃあ、行って来るよ。その鈴のこと、ちゃんと考えとけよ?」
「ふん、とっとと行け」
また戻ってくるような口ぶりで、左手に箒を出しながら、右手をひらひらと振る。
そして三人の少女達は香霖堂から姿を消した。
やれやれ、まさか歳が何回りも離れている女の子に叱られることになるとは思わなかった。恨めしく思って鈴を見る。やはりどこからどう見てもただの鈴。
僕が持っていてもな。
机に置こうとしたその時だった。
ふぅ。
生暖かい小さな空気の塊が、僕の耳元をかすめた。明らかに人の吐息だ。思わず椅子ごと飛び跳ねた。
慌てて後ろを振り返るが誰もいない。
いや、いる。
僕だけはわかっている。
ここにはもう一人。果たしてその亡霊を『一人』とカウントしていいのかわからないが、確かにいる。今回もどこからか見ているのではないか。確かにそんな予感はしていた。だから僕はあまり乗り気ではなかった。
この前の、紅魔館のゼンマイのときも、彼女はいきなり僕の目の前に姿を現した。彼女は僕に、全ての事実を知ることを強要し、僕の中に大きなシコリを残す結果となった。
あれ以来、彼女とは会っていない。別に会いたいとも思っていないし、どちらかと言えばもう二度と会いたくないのだが、しかしまたいつかどこかで会うような予感はしていた。
「おい、いるんだろ?」
 僕は誰もいない虚空に向って言った。彼女がそこにいることを確信して。しかし、虚しくそれも店内にただ響くだけで、返答が返ってくることはなかった。
やれやれ。
鬱陶しく背もたれに深く体重を乗っける。
これは少々、いや、かなり面倒なことになりそうだ。





 その後、彼女達が再び姿を現すまで、客は三人ほどしか来なかった。そのうちの一人は前から店に因縁のようなものをつけて度々姿を現す本読みの妖怪で、それはとても客とは言えず、店内にある本をしばらく立ち読んで帰っていった。他二人は人間だったが、ロクに品も買わずに、冷やかしで帰っていった。
 日はもう夕暮れで、空はもうオレンジと紫と青と黒が段々に幻想郷を包んでいた。そろそろ店じまいでもしようか。
 カランカラン。
 席を立とうとしたその時、ガヤガヤとその一行が姿を現した。
「今日はもう来ないものかと思ったよ」
「また来るって言っただろうが」
 土で汚れた靴を鳴らして魔理沙はそう言った。
「言ってないよ」
「そんなことはどうだっていいさ。はぁ、疲れた」
 魔理沙はさも当然のように割れた壺に腰をかけた。もう注意する気も起きない。
「で、結果はどうだったんだよ」
「いやぁ、なんにも見つかりませんでした。ナハハ」
何故か嬉しそうに射命丸は笑った。それに反して妖夢は朝よりも一層に思い詰めたように気難しそうな顔をしていた。
散々な彼女達の様子に思わずため息が出て、とりあえず座る椅子だけは用意してやった。
「あやや、私は結構です。人間と違って、烏天狗は十万馬力ですからね!」
「意味わからん」
 僕は椅子を一つ用意して、座るように妖夢を促した。
 僕もいつもの席に腰をおろす。
 明らかに落ち込んでいる妖夢を慰めるように僕は問うた。
「じゃ、話を聞こうか」
 最初に口を開いたのは魔理沙だった。困ったように頬をかいた。
「話って言ってもな。本当に結局何も見つからなかったからな」
「それでもいい。あったことを順繰りに話せ。その時は気にしなかったことも、ここで話せば何か見つかるかもしれない」
 魔理沙は驚いたように顔をキョトンとさせたが、すぐに、何故か嬉しそうに笑顔を見せた。その反応になんだか嫌な恥ずかしさをおぼえたので、僕は訂正するように言った。
「勘違いしないで貰いたいのだが、僕は別に刀の行方とか、橙の目的とか、そんなものは興味ない。ただ、この鈴の正体だけは、僕としては見逃すわけにはいかない」
「『物探偵』として、ですか?」
 射命丸も魔理沙と同じような表情をして僕を覗いている。
「違う。『古道具屋』としてだ」
 そして、この僕の能力。僕の『物』に対しての役割。そんな僕に解読できない『物』などあってはいけない。それは僕が許さない。
「だから、この鈴に関してだけは、依頼を受けた者として協力してやる」
 妖夢を見ると、少しだけ目に輝きを取り戻したようにこちら見て
「あ、ありがとうございます」
 まだあどけなさの残る顔を下げた。
「別にいいさ。これは半分僕のためだから」
 妖夢は一瞬だけ、口角を上げたがすぐにまた落ち込んだ表情に戻った。やはり片方の刀が無くなったのは重症なことなのだろう。
「さて、話を戻すが」
 魔理沙が思い出すように腕を組んで言う。
「今日、ここから出ていったときからのことを話せばいいのか?」
「いや、妖怪の山についてからでいい」
 魔理沙は思い出すように「ふむ」と言って、そして続けた。
「私達が香霖堂から飛んで、そして降りたのは、守矢神社と山のふもとを繋ぐ長い階段のふもと側の入り口だったな。そこからまた飛んで、妖夢が倒れてたって場所に三人で向うことになった。途中までその石階段に沿って進んでいった。んで、途中から階段から逸れて山の森の中に空から入っていった」
「何か気づいたことはあったか?」
「妖夢が気絶してた付近には新聞が散乱してた」
「新聞?『文々。新聞』か?」
 すると、いままで大人しく聞いていた射命丸が突然思い出したかのように突然身を乗り出してきた。
「そうなんですよ!全くとんだ不届き者がいたものです!」
 呆れ気味に魔理沙が言った。
「こいつが言うには、なんでも、マヨヒガ目当てで山に登ってきた人間が捨てていったんだと。確かにそこは新聞にもマヨヒガの最初の発見ポイントとして書かれてた場所だった」
「マヨヒガ目当ての人間ならば、必ず立ち寄る場所ということか」
「おそらく、マヨヒガではなく別の妖怪かなにかに出くわして、新聞もそっちのけで急いで逃げたとか、そんなところだと思うが」
「なるほど、それで君たちはどうした?」
「あぁ、そこから私達は二手に別れた。刀を探す方と、マヨヒガもしくは橙を探す方にな。妖夢は一人で刀を探して、私と文は二人で最初はマヨヒガを探した。主に、新聞に載ってたマヨヒガが目撃された場所を順番に回りながら探したけど、やっぱり見つからなかった」
「なんたって『幻の家』ですからね。そんな簡単に見つかったら、里の人間達だって、こんな流行になってませんよ。やっぱり、こういうのは見つからないからこそ、っていうのがありますからね」
 ニヤつく射命丸に呆れ気味に魔理沙は続ける。
「それで、私達は途中から作戦を変更して、橙の方を探すことにした。あるかどうかもわからん家を探すよりも、そっちの方が確実だと思ったからだ」
「それで、見つかったのか?」
「いや、見つからなかった。途中、たまに橙とよく一緒にいる氷精や永遠亭の兎にも話を聞いたが、どうやらここ最近、橙の姿を見ていないらしい」
「ここ最近っていうのは、いつから見てないんだ?」
「一昨日くらいから、とか言ってたかな」
 新聞のマヨヒガが姿を見せなくなった期間と重なる。
「私達の方は残念ながらそれ以上の収穫はなかったよ。仕方がなく妖夢のところに戻って、合流して、んで、ここに戻ってきた」
 結局マヨヒガも、主たる橙も見つからなかったというわけか。
「マヨヒガが見つからないのは別として、橙まで見つからないのはどういうことなんだ?」
「さぁ、そんなの、やっぱり後ろめたいことがあるからなんじゃねぇの?」
「それは妖夢の刀を奪ったことか?」
「それくらいしかないだろう」
 本当にそうだろうか?なんとなく腑に落ちない感覚が渦巻く。しかし、それが何なのか正体はつかめなかった。
 今、橙はどこにいるんだろう?
 本当に刀を盗んだのは橙なのだろうか?
 何もわからず、うーん、と唸ることしかできない。気を取り直して妖夢の方を向く。
「君の方はどうだい?」
 妖夢は静かに首を横に振った。
「全く、何も見つかりませんでした」
「具体的にはどこを探したんだ?」
「おもには、やはり射命丸文の新聞に書いてあるマヨヒガの目撃情報の多い場所を転々としてました」
「さっきから、君ら全員その新聞に書いてある場所を目安にしてたみたいだが、山の中なんてどこも同じような景色ばかりじゃないのか?新聞に書いてあることだけで場所なんか特定出来たのか?」
「そ、それは・・・」
気まずそうに顔を背ける妖夢を尻目に、魔理沙はなんでもないことのように言った。
「一番最初に行ったところはわかりやすい目印があった。何か人の形のような面白い形の木があって、場所も、確か『神社に続く階段を五百十五段登って、そこから南の方角に真っ直ぐ』とか書いてあったかな。方位がわかれば、まぁわかりやすい位置にあったからわかった。その他の場所は、私は書いた本人が常に隣にいたからな。確かに、知らない奴が行ったら確実に遭難してる。無駄にどでかい山だからな」
 妖夢は申し訳なさそうに頭を下げながら
「すいません。半分はもう完でした」
「いや、別に責めてるわけじゃない・・・。にしても、そんな状態で君たちはよく山から出れたな」
「いや、空飛べるし」
「あぁ・・・そうか」
 そんな山の中から刀一振りを探すのは、針山から針を探す程に大変なことだろう。これはたとえ空が飛べてもどうにもならなそうだ。それは落ち込む妖夢の顔からも想像できる。
「そんなわけで、私達の方は収穫ゼロだった。・・・んで、お前の方はどうだったんだよ」
「は?」
「その鈴。あれから何かわかったのか。さっきあんなに格好つけてたんだ。何もないわけじゃないよな?」
期待するように魔理沙は目を細めて僕を見た。
「残念だが、君が期待するような大発見はない。ただ、ちょっと考えてみただけだ」
「考えた、だと?」
「そう。この鈴の正体についてね。まぁ聞き給え」
鈴をつまんで目の高さまで持ち上げる。鈴はチリンという綺麗な音をたてるだけで、何もおかしなところはない。誰が見ても普通の鈴だ。
「この鈴。僕の目から見てもおかしなところはない。最初から普通の鈴として造られた、普通の鈴の用途しか持たない、正真正銘普通の鈴だ。魔理沙この意味がわかるか?」
「はぁ?意味も何も、そんなの朝の内から言われてたことだろう?それがなんだって言うんだ?」
「この鈴はまるで刀と入れ替わるように妖夢の側に落ちていた。妖夢は気絶する前、『りーん』という、まるで鈴のような音も聞いているし、新聞に書かれている幻の家の主の似顔絵にも、首に金色の鈴がぶら下がってる。と書かれている。これが偶然とは考えにくいだろう。となれば、やはり新聞にある鈴と、妖夢が聞いた音の主と、この金色の鈴は同じ物だと考えられる。しかし、僕の目にはこれが『普通の鈴』として映った。そんな鈴が本当に『普通の鈴』なのだろうか?」
「コーリンの目が節穴だったとか?」
「節穴なのは君の頭だ。ボクの能力は君だって知っているだろう」
「『使い方もわからないガラクタを収集してドン引きされる程度の能力』?」
「『道具の名前と用途が判る程度の能力』だ。いいか?僕の目には名前もそのまま『鈴』としてでしか出なかったし、『音を出す道具』以上のことは何もなかった。つまり正真正銘これは普通の鈴なんだ。しかし、これをさっき言った理由で『普通の鈴ではない』と仮定すると、これはおかしいことだろう」
「つまり・・・どういうことだ?」
「前回の紅魔館の『鍵』のとき、君たちには確かに『鍵』にしか見えてなかったが、僕の能力で見ればそれは『鍵』ではなく『ゼンマイ』で、『何かを開ける用途』でななく『何らかの装置を動かす用途』として映った。つまり、その道具自体に、今回は鈴だが何か物理的な仕掛けや間違いがある場合、確実に僕の目に映るはずなんだ。しかし今回それは何もなかった。あくまで『普通の鈴』ということは、僕の目に映ってない以外のところで、この鈴には何か『普通ではない』部分があるということだ」
「コーリンの目に引っかからないところで、普通でないところ?」
「そう、例えば鈴に呪いがかけられている。とか」
 いままでわからなそうに首をすくめていた三人が、一気に身を乗り出した。
「呪いだと!?」
 魔理沙が意外そうに叫んだ。
「流石に呪いは言い過ぎだったかもしれないが、鈴に何かしらの術が施されているという場合だ。これだったら、僕の目にも見えない。鈴自体は普通の鈴だからな」
「なんだか面白くなってきましたねぇ」
射命丸の目がうざったく輝いている。
「大丈夫なんでしょうか。その鈴は・・・」
妖夢が心配そうに鈴を見る。
「まぁ、一日一緒にいて何も起きなかったからね。もしかしたら、ある特定の条件がないと発動しないのかもしれない」
「もしかして、その術のために、鈴が私の近くに落ちていたということですか?」
「と、言うことなのかもしれないね。あくまで仮定だから、そこまではなんとも言えないが」
 正体不明の術がかけられた鈴。そうであるとすれば、果たしてその目的は何であろうか。その術の発動が、魂魄妖夢と白楼剣とどういう関係があるのだろうか?
「朝から少し気になっていたことがあるんだが」
 妖夢に僕は尋ねた。
「なんですか?」
「君がわざわざ妖怪の山に行った理由、確か浮遊霊が山の方面に逃げ出して、それを追って妖怪の山の中に入ったんだったな」
「そうですが?」
「本当に橙が、君をマヨヒガに誘い込んだとしたら、その浮遊霊を山に誘い込んだのも橙ということになるが、そこはどう思っている。橙でも可能なことなのか」
「浮遊霊というのは、自我のない思念体の塊のようなものです。多少の力のある者だったら捕まえることなど簡単でしょう」
「そんな昆虫採集みたいに捕まえられるものなのか?」
「ええ。しかし昆虫と違うところは、彼らは元生者だったということと、放っておけば自我芽生えて、運が悪ければ悪霊になってしまいます。なので、そうなる前に白玉楼のある向こうの世界に連れ戻さねばなりません」
「なるほど。それで、その当初の目的は果たしたのか?」
「ええ。さっき浮遊霊は全部保護して、向こうに送りました」
 最後に僕は、妖夢に聞いた。
「君は、橙が浮遊霊を利用して自分をマヨヒガに誘い込んだと思うか?」
 妖夢は目を少し見開いて、そしてすぐに伏せた。
「・・・わかりません。浮遊霊を捕まえることくらいなら出来そうだと思いますが・・・」
 信じていない。そのようだった。
 白楼剣を奪ったのは、本当に橙の仕業なのだろうか?僕の記憶の中にある橙は、自分の飼い主に一生懸命寄り添って、一緒になって店を物色していた。可愛げのある黒猫の式神少女。決して自発的に悪巧みするようには見えなかったが、やはり所詮は妖怪だったということなのだろうか。
もしそれらが橙ではなく、第三者の仕業だとすればどういうことになるのだろうか。
 少なくともそいつは、橙と同じようにマヨヒガを所有している。または同等の力、もしくは物を所有していることになる。なぜなら朝、妖夢はマヨヒガらしき小屋に迷い込んで、いや、誘い込まれているからだ。白楼剣を奪っていった奴はそれを利用したに違いない。
 だが果たして、マヨヒガというものはそんなに簡単に手に入るものなのだろうか?或いは、やはり同等の力を持った妖怪が別にいるということなのだろうか。
 そしてそいつは、妖夢から白楼剣を取ったあと、何らかの乱闘のようなものがあって、鈴が落ちた。もしくは、そいつ自ら敢えて妖夢から見える位置に鈴を置いた。
 なぜだ。わからん。
 鈴は一体なんの関係がある?
 マヨヒガで白楼剣を奪い、鈴が妖夢の側に落ちて、鈴にかけられた何らかの術を発動させる。
 それが、そいつの目的なのだろうか。
 そもそも、何故白楼剣を盗んだのか。
 今の段階ではいくら考えても答えは出そうにない。それに、僕の役割はあくまでも鈴の正体を探ることだ。誰が白楼剣を奪ったとか、何が目的だとか、そんなこととは関係ない。
 いくら考えても無駄なことは無駄なのだ。特にこの幻想郷という世界では。
そんなこと、今更考えることでもないはずなのに。何故僕はこんなにも頭を悩ませているのだろう。少し前であれば一蹴して終わりだったじゃないか。
いつからだろうか。
あのとんがり帽子の亡霊に会ってからだ。
アイツに会ってから、今まで安定していた僕の中の何かが明らかに崩れようとしている。
アイツは僕に真相を要求する。
アイツは僕の心を揺さぶろうとする。
アイツは僕にこれ以上の何かを要求する。
たった一回、ここで会話をしただけなのに。
僕はあの亡霊にこれだけ動揺している。
僕とあろうものが、今一生懸命になって真相を考えている。
それは一体何故だ。何故僕はこれだけ悩んでいる。
それはアイツが、似ているからだ。
霧雨魔理沙に、アイツが似ているから。
それが僕には落ち着かない。その似ている性格が、この先ずっと深く僕に関わって来るような気がしている。
また、今回も然るべきときがきたら、アイツは来るのだろうか。
そして僕にまた真相を要求し、自分で解明していくのだろうか。
「おい」
 気がつくと、ほんの一センチ程度まで近づいた魔理沙の顔がそこにあった。
「・・・え」
「なに仏頂面で眉間に皺寄せてんだ。何か言えよ。怖ぇだろ」
「あ、あぁ」
 呆然として、少し正気に戻った。
「すまない。ちょっと考え事していた」
「考え事?」
「あぁ、でも今回のこととは関係ない」
「関係ないって・・・よくわかんねぇな。あの流れで、なんでいきなり関係ないことを考えるんだよ」
「あぁ、全くその通りだな」
 思わず自分で少し笑ってしまう。あの亡霊と魔理沙は違う。似ているかもしれないが別人だ。それどころか向こうはもう死んでいるのだ。人ですらない。
 僕も僕だ。彼女に何を影響されようが僕でしかないのだ。自分の思った通りに進めばいいんじゃないか。何を恐れる必用があるのか。
 考えたければ考えればいいし、わからなければ放棄してもいい。今回は鈴のことさえわかればそれでいいのだ。その時がきたら、無理に難しく考えず身を委ねようではないか。
 これまで通りだ。僕は僕を信じればいいのだ。彼女は関係ない。今までだってそれでやってきたじゃないか。こんな様ではとてもこの幻想郷という世界では生きていくことなどできない。
「何いきなり笑ってんだ。気持ち悪いな」
「別に。なんでもないって言ってるだろう?」
 元の席に戻っていた魔理沙が気味悪そうにこちらを見る。
 窓から外を覗くで、もう外はもう暗くなっていた。
「それより君らどうする?もう結構な時間になっているが?」
 射命丸が用は済んだとばかりに腰を上げた。
「そうですね。私はもう帰りますかね」
 外はもう真っ暗だ。おちょくるように魔理沙は言った。
「鳥目は大丈夫なのか?」
「あややや。そこら辺の鳥と一緒にしないで下さい。明日出す記事を書き上げないといけないので」
「今からやって間に合うのか?」
「だから、そこら辺の連中と一緒にしないでって言ってるでしょう。最速最新、清く正しい射命丸とは私のことです」
 射命丸は颯爽と扉に向った。
「今日は中々楽しい一日でした。また明日も来ますゆえ。ではでは」
 そう言って、彼女は店の外へ出た。扉が閉まる。途端外から大きな風が舞い上がるような音が聞こえた。最速、というところだけは本当なのかもしれない。
「さて、私も行くかな」
 射命丸とは裏腹に、魔理沙はそそくさと席を立ち「また明日な」と軽く言うと右手をひらひらさせて、あっという間に出ていってしまった。
「私ももう帰ります」
 二人を無言で見送っていた妖夢も、席を立った。その顔は沈んだままだったが、入ってきたとき程ではなかった。
「霖之助さんのおかげでちょっと希望が見えました」
「そうか」
 そもそも、妖夢の白楼剣は完全に消えたというわけではなく、高い確率で今それは橙、もといマヨヒガの元にある。その橙もマヨヒガもいきなり消えてしまったことが問題なのだ。飼い主である八雲藍や八雲紫がこの件に加担している線は考えにくい。彼女達ならば別の方法でもっとうまくやるだろうし、それこそ本当に理由がわからない。
 きっとこの騒動自体も長続きはしない。異変のような大きいものならともかく、これはしばらくすればボロが出始める。刀もいずれ帰ってくる。そんな気がする。もしも本当に橙が犯人の場合だとすればだが。
 もし橙以外の僕らも知らない『第三者』の仕業だったとしたら、それはどうなるだろう。
「なぁ」
 僕の声が聞こえた。いや、これは僕の声ではない。
「そもそも、盗まれた『白楼剣』というのはどういう刀なんだ?」
「白楼剣ですか?」
 妖夢は訊ねられたようにこっちを向いた。訊ねたのは僕ではない。その声は明らかに僕の背後から聞こえた。僕ではない誰かが、僕の背後で、僕の声で妖夢に話しかけている。
 僕はそれが誰の仕業なのかすぐに直感した。まさか向こうから何かを仕掛けてくるとは思わなかった。アイツはやはり今回もずっと僕の後ろから覗き見ていたのだ。
 首傾げる妖夢に、僕は思わず慌てて取り次いだ。
「あ、いや」
「え?」
一人慌てる僕を怪訝そうに見る妖夢。クソ、変な小細工しやがって。しかも僕の声そんままなのが気色悪い。やれやれしょうがない。このまま進めるしかない。
「いやぁ、その・・・橙は何のために刀を盗んだのかと思って。きっと白楼剣の能力目当てだろうし」
「・・・そうですね」
 妖夢は少し考えるように「うーん」と唸った。
「もしかして、あまり多言できないようなものなのか?」
「いや、別にそういうことじゃないですよ。確かに、橙が何のために盗んだのか。気になるところだなと思って」
 妖夢は改めて顔を向けると、まっすぐとこっちを見て話し始めた。どうやらこの少女は自分が何か重要な話をするときには、相手の目を射抜くように真っ直ぐと見る癖があるらしい。
「白楼剣は、言わば『人に見えないものを切る剣』です」
「人に見えない?」
「そうですね。例えば『迷い』、『人の迷い』を白楼剣は断ち切ることができます」
 ますますわからなくなった。
「えっと、つまり、人の思念のようなものに干渉できるということかい?」
「ええ、そういうことでいいでしょう。例えば恋愛に悩んでて告白しようかどうか迷ってる人に、この剣を振るうと、その人は『迷い』を断ち切って即座に答えを出すことができます。似たようなもので『未練』にも同じ効果があります」
「『未練』『迷い』ねぇ」
 なんだか別の商売が出来そうだ。というか、今さっきまさに自分を切って欲しい場面があったのに。まぁいい、質問を続ける。
「他にも切れるものはあるの?」
「人の目に見えない、実態のないものならなんでも切れます。『幽霊』はもちろん、『影』とか」
「『影』なんて切れるモノなのか?」
「白楼剣なら切れます。あとは『空気』も切れますが、そうですね。人の『縁』なんかもいけると思います」
「『縁』?」
「はい。この世に生きるもの。存在するもの全てには『縁』というものがあります。その人が今後関係していくであろう人、物、無論妖怪も、全てその人と縁でつながっています」
「もちろん知っているが、それもその白楼剣で切れるのかい?」
「もちろん。この私に切れないものはあんまりないのです。いや、なかったんですけどね」
 歯切れ悪く、肩を落とす妖夢。
「白楼剣があっても、切れないものがあるのか」
「まぁ、多少は、その、あるにはあります。切れないというか、制御が効かないといった方がいいでしょう。何かを切ろうとして振るっても何も切れなかったりとか、逆に切れすぎてしまったりとか、全く別の何かを切ってしまったりとか。なので、私達の一族はその白楼剣を完璧に使いこなすために日々修行をするのです」
 妖夢は何かを思い出すように目を伏せた。
「祖父は完璧に二つの刀を使いこなしてました」
「君のおじいさんかい?」
「ええ。私の剣の師匠です。私の祖父は、まさにどんなモノでも切ることの出来る人でした。今はもういないんですけど」
 再び妖夢は僕をまっすぐ見て
「特に白楼剣は、使う者の意思と精神も深く関わる剣なんです。その制御のために、日々の鍛錬と修行と努力が必用不可欠なわけですが」
「随分と末恐ろしい刀なんだな」
「切る一瞬の集中力と獲物に対する認識と意思が必用な刀なんです。何もない者が使うと中途半端な能力ですが、極めた者が使うと実態のないもので切れないモノはおよそありません。自由自在に、そして器用に、人の思念や諸々を断ち切る事ができる。私は半人前なので、未だにその半分しか白楼剣の鋭さを引き出せてませんが」
「持ち主である君さえ、使いこなせないのかい?」
「まだ完璧ではないということです。少なくとも幻想郷の中では祖父を除いて私以上に使うことの出来る人物も妖怪もいません」
「それじゃあ、例え橙が白楼剣を手に入れても使いこなせない。ということか」
妖夢はハッとしたように目を開いて
「ええ、無理でしょう。橙は白楼剣に今まで触ったこともないはずです。そんな彼女がいきなり扱えるものではありません」
「そもそも、橙は君が今言ったような、白楼剣の能力を知っていたのだろうか?」
「知っていた可能性はあります。それは、私の主人である西行寺幽々子と橙の主人である八雲藍様のそのまた主人である八雲紫様には、横の繋がりがあります。幽々子様はもちろん白楼剣のことは知ってますし、紫様はもちろん藍様だって知ってます。その流れで橙にも白楼剣のことを話してるかもしれません」
「・・・そうか」
「霖之助さんは、やはり橙のことを疑っているのですか?」
 困惑ともとれる表情で 妖夢はこちらを見ていた。
「ここにきて、こんなことを言うのも今更なんですけど、私は橙が白楼剣を盗んだとはとても思えないのです」
「ということは、橙以外の第三者が盗んだと、君は言うんだね?」
「それしか考えられないのです。どうしても。あの橙が白楼剣を盗んだなんて。確かに、私と橙はそれほど仲いいという間柄ではありませんが、知らない仲でもありません。それぞれの立場はちゃんと理解しているつもりです。白楼剣が必用だったら、わざわざこんな真似されなくても、理由さえ話してくれれば、協力しました」
「話せない理由があった。ということなんじゃないのかい?」
「話せない・・・理由」
 妖夢は顔を俯いた。納得がいかなそうに眉間に皺を寄せて、口を一文字に結んで黙ってしまった。こんなところで不機嫌になられても困るのだが。
「呼び止めて済まなかったね。今日はもうお互い休んだほうがいいだろう」
 一瞬だが妖夢は意味深に寂しげな顔に笑った。
「ええ、そうですね」
 妖夢は律儀にお辞儀を決めると
「今日は本当にありがとうございました。改めて、今日ここに来てよかったと思います」
「そりゃどうも。明日は僕も一緒に山に登ってみようと思うよ」
 それを聞いた妖夢は、信じられないように、顔を上げた。
「そんなに意外だったか」
「はぁ・・・、だって、朝ここに来たときは、正直に言ってそんなに乗り気には見えませんでした」
「まぁね。ちょっとした心変わりさ」
「・・・そうですか」
 再び腑に落ちなさそうな顔で、妖夢はスクッと顔を上げると「では」と言って、香霖堂の扉を開けた。外はもう完全な夜の闇が広がって、月明かりが淡く広がっているのが見えた。
 妖夢の背を最後に、バタンと扉が閉まる。店内には僕一人。
 店の空気が止まり、虚空に漂う静寂の音が聞こえる。
「おい、いるのか」
 虚空に向って吠える。
「返事くらいしたらどうなんだ」
 僕の虚しい独り言は、店の中の道具たちの中へと吸い込まれていった。
 返事も何もない。
 本当にいないのだろうか。いや、そんなはずはない。今回もアイツはきっとずっと僕の背中で一部始終を見ていたに違いない。何故でてこないのかといえば、それはまだその時ではないからだ。
 すべての材料がまだ揃ってないから。きっとアイツは揃うときまで僕にだけわかる気色悪い気配や圧を飛ばしてくることだろう。
 やれやれ、本当、どうしたものか。
 大きな欠伸をして、席を立った。真っ直ぐと扉に向かい、『開店』を『閉店』にする。再び扉を閉めて、鍵をかける。最も幻想郷において、この鍵を閉めるという行為が効果的なのかどうかは疑わしいところだが。



  『物探偵、幻の家の謎に迫る!奪われた名刀を追え!』

 今朝、香霖堂に投げ込まれた『文々。新聞』の、最初のページに書かれていたことだ。そこには昨日散々話し合ったことが事細かく書かれていて

『森近霖之助対マヨヒガの鈴!今回もはたして‘物探偵’は物の正体を暴くことが出来るのか?次回を待て!』

 という文句で終わっていた。まるで小説の一句のようだ。
違うところといえば、橙は八雲の式神としてではなく前の新聞と同じように謎の少女として紹介されて、魔理沙も『探偵助手M』と書かれていたし、妖夢も『名家の用心棒』と書かれていた。しかし意外なことに、射命丸自身のことはあまり書いてはおらず、あくまでも傍観を気取って、やり取りはまるで僕達三人だけでされているような書き方だった。
 前回までと、完全に別の見方でマヨヒガ騒動を新聞は無神経に盛り上げていた。前回までは女神とまで書かれてた記事だが、今回は完全に刀を奪った怪異の一つとして書かれていた。そしてそれ以上に、主題が完全に僕の方にシフトしていて非常に目立つ存在になっていたし、やはり完全に利用されている感がして非常に腹の立つことであった。
 朝起きたときにはもうこの新聞は店の中に放り込まれていた。今頃すでにこれと同じ新聞が町中を飛び回っていることだろう。やれやれ、これからどうなるのか。
しかし、昨日あんなに見栄を切ってしまった手前、ここで投げ出すわけにもいかない。今回のことはなるべく穏便に済ませて、とっとと元の状態に戻るように努力しよう。
扉の『閉店』を『開店』にすべく、一旦新聞をたたんで扉を開けると、そこにはすでに名家の用心棒の姿があった。
「おはようございます」
 律儀に挨拶をする妖夢。
「あぁ・・・おはよう」
「迎えに上がりました」
「迎えって、どこに?」
「昨日言っていたでしょう。今日は一緒に山に行ってくれるって」
「言ったけど・・・なんでこんな朝早くから・・・」
妖夢の背にはまだ、登って朝の明るさが広がったばかりの太陽が僕らを照らしていた。
「朝の業務はすべて終えて来ました。幽々子様にはすでに今日の許可は取ってあります」
「そんなこと言ってもね。こっちはまだ開店もしてないんだよ」
「なるべく、霧雨魔理沙とあの烏天狗が来る前に済ませたいんです。霖之助さんには申しわけないんですけど・・・」
 昨日あの二人がいた事はやはり妖夢にとってはありがた迷惑だったということか。
「あまり多くの人に触れ回ってほしくないのです。できるだけ穏便に済ませたい」
 魔理沙はともかく、あの射命丸文にかかれば、たちまち幻想郷中に広まってしまう。もう遅い気もするが。
「わかったよ。しょうがない。なるべく穏便に済ませたいのは僕も一緒だしね。ちょっと待っていてくれ。すぐ戻って来るから」
 鈴を取りに一度香霖堂の中へと戻る。机には先程無造作に置いた『文々。新聞』があった。これは妖夢には見せない方がいいだろう。
 鈴を取り、再び外へ出ると、僕らの願いとは裏腹に人影が一人増えていた。
「あ、おはようございます。今日は霖之助さんも一緒に来るんですか?あややや、知りませんよ?妖怪は危険ですからね。油断してると頭から丸呑みですよ」
 いたずらに笑う射命丸の横で、妖夢は『文々。新聞』を見ながら固まっていた。こちらももう遅かったようだ。
 その後すぐに魔理沙も来た。結局朝早くても無駄だったということを、僕は首を振って悟った。
 妖怪の山へは歩いていくことになった。理由は僕が飛べないからだ。
「別に君らまで歩いていくことはないんだぞ。先に行って、探した方がいいんじゃないか?」
「私は『用心棒』ですから」
 相当根に持っているようだ。
「さっきこの烏も言ってた通り、ここらへんには危険な妖怪も出ます。霖之助さん、あまり強そうには見えないし」
 失敬にも魔理沙がぜへへへと笑った。
「確かにコーリンは弱っちいな」
 何も反論できないのが悔しいところだ。
「君はどうなんだ魔理沙」
「別に。みんなで行ったほうが楽しそうだしなぁ」
「異変解決のときはよく一人で勝手に飛んでいってるじゃないか」
「異変のときだろ?これは違うぜ」
 どうやら遠足と勘違いしているらしい。
「君はどうなんだ?」
「あやや、私ですか?」
 いやらしそうにニヤリと笑った。悪い笑顔だ。
「ここでもしも皆さんに何かあったら、それを記事にできないじゃないですか」
 ここで堂々と言ってのけるこいつの図太さは一周回って感服してしまう。
「そういえば今朝の新聞。君自身のことがあまり書かれていないようだったが?」
「見ていただけたんですね!」
 純粋に嬉しそうに身を乗り出す射命丸。
「あぁ、見たよ。まるで橙の記事を僕らが乗っ取ったようだったな。しかし、あの内容だと、まるであの場には僕と魔理沙と妖夢しかいなかったように書かれているが、何か他意はあるのか?」
「ふふん、わかってないですねぇ」
 いやらしそうなニヤケ顔に、腹の虫を抑えながら、射命丸を見た。
「こういう、事件を写し書くときは、その中に自分を入れちゃ駄目なんですよ。事件の中心に自分を入れてはいけないんです。新聞は自伝じゃない。自己啓発でもない。あくまで平等でなくてはならないし、あくまで第三者の目で書かれなければならないんです。実際はどうであっても、内容の中に書いてる奴の心象が反映されるようでは駄目なんです。
 事件の中心に入ってはいけない。私達はいつだって額縁の外側から物事を見ていないといけないんです。おわかりです?」
 たまに真剣に語りだしたと思ったら、「おわかりです?」というしたり顔で完全に聞く気を失う。それか、真面目なトーンに慣れていない彼女特有の照れ隠しなのかもしれない。
「はいはい」
 うんざりして適当に相槌を返す。
 こんな奴にも一応ポリシーのようなものはあるみたいだ。
「ちょっと、折角人が真剣に話してるのに『はいはい』とはなんですか(人じゃないけど)!」
「はいはい」
「ムキー!」
それから数十分の時間をかけて、僕達は徒歩で妖怪の山へ向った。

改めて見ると本当に大きい山だ。頂上の方は雲で覆われているようで、これは山というより山脈と言ったほうがいいのかもしれない。山々が繋がって大きな波がそのまま固まってしまったかのように横たわっているこの場所を、幻想郷の民は一括りに『妖怪の山』と呼んでいる。
入り口と思しきところに、波を這う蛇のように白く細い石の階段の尾の部分が見えていた。
『この先、守矢神社!ファイト一発リポビタン!』
そう書かれた趣味の悪い立て看板の背には、丁度人一人が通れるほどの赤い鳥居が建っていて、そこから蛇の頭へと続く階段が雲の先までずっと続いていた。
 魔理沙が苦笑いで言う。
「コーリン、ここから先は流石に空を飛んでいった方がいい。日が暮れちまう」
「飛ぶったってお前・・・」
 魔理沙は静かに箒をだした。
「大丈夫さ。すぐだから。それとも何か、やっぱり女の子の背中に捕まるのは恥ずかしいか?」
「・・・」
「大丈夫さ。女の子しかいないんだから。なぁ?」
 能天気にほか二人に振る魔理沙。
「そうですよ!なんならおぶっていきましょうか?烏天狗の背中に乗れるなんて滅多にないですよ」
 ニヘラニヘラと笑う天狗。
「そうですね。飛ぶ手段があるのにこれを登って行くのは得策ではない気がします。流石に私はおぶれそうにないですけど」
 真面目に頷く妖夢。
 答えはもう決まったかのように三人の少女は三人三色に僕の顔を覗く。
 それは確かに、その方が確かに楽なのはわかっている。時間の短縮にもなる。
「・・・僕は歩いていく」
 僕の中にある、男としての取っ掛かりがそれを許さなかった。少女の背中にまたがる自分、背中に捕まる自分を想像すると、なんとなく男として大事な物を失ってしまうような気がしたのだ。
「おぉう、まじかよ」
 苦笑いで笑う魔理沙。
「歩くのが嫌なら、君たちは飛んで行くといい。申し訳ないけど僕は歩いて行く」
「おいおい・・・」
 魔理沙がやれやれとでも言うように「はぁ」と息を吐いた。とんでもない。やれやれなのはこっちだ。なんのために僕がわざわざここまで来たと思っている。
 その時、何者かの気配がすぐ後ろにいることに気づいた。それは射命丸でも妖夢でも、魔理沙でもなく、僕と同じくらいの身長をして、黒髪ボサボサ、ヒゲはボーボー、年期の入ったヨレヨレの着物を着た男がそこに立っていた。
「ちょいとごめんよ」
 そう言って、その男は僕達を通り過ぎ、妖怪の山の階段に向って行った。彼の背中には大きな荷物がパンパンに詰まっているものを背負って、彼はそれを全く重さも感じていないような足取りで進んでいくのだった。
 僕達が訝しげに見ていた。その時だった。
「あ!」
そう言って彼は勢いよくこっちに戻ってきた。真っ直ぐ僕の方に向ってくる。まさか、嫌な予感がする。
「どっかで見たと思ったら!アンタ、新聞に載ってた『物探偵』だろう。見てるぜぇ新聞」
 残念ながら的中してしまった。
「ははは、そうか。結局あんたも『幻の家』を探しに来たんだな?」
 何故かその男は嬉しそうに笑っていた。僕の手を無理矢理もぎり取ると、その有り余る勢いでブンブンと握手をしてきた。ボクの横で射命丸も誇らしげに笑っているのに、少しだけイラッときた。僕は手から伝わってくる彼の熱と圧力に気持ち悪さをおぼえながら、仕方がなく口を開いた。
「・・・ということは、あなたも、その、『幻の家』を探しにここまで?」
「あたぼうよぉ!」
 どうやら、マヨヒガの噂に踊らされている里の人間の一人のようだ。
「それで嬢ちゃん。アンタが『探偵助手M』だな」
「はぁ?なんだそれ?」
魔理沙は訝しげに男を見た。
「知らねぇのか?新聞でのアンタの呼称だよ」
「何だそのくだらねぇ呼び方は!」
 魔理沙は男から視線を離し、射命丸を睨みつけ、ガンを飛ばした。
「普通に霧雨魔理沙って書いたらつまらないでしょう?だからだからそれっぽく」
「これから私はどういう心持ちで人間の里に行けばいい?お前の新聞を読んでる里の人間はこれから私を見るたびに、私のことを『探偵助手M』って呼ぶんだぞ!?」
 珍しく怒っている魔理沙を見て、僕は思わず笑いがこぼれた。
「いいじゃないか。これで僕の気持ちもわかるというものだ」
「うるせぇ!」
 大きく下品な笑い声がハッハッハ!と辺りに響いた。
「仲いいなあんたら!羨ましいぜぇ!」
 案の定この男だった。魔理沙はその声に気力も失せたようで目を閉じて顔を落とした。
「その他の嬢ちゃん達は、『探偵助手M』のお友達と言うやつか?へぇ、珍しいな。今回のこれで盛り上がってんのは野郎だけかと思ってたぜ」
 恐らく射命丸と妖夢のことを言っているのだろう、その男の妙な言い方に魔理沙も僕も顔を上げた。
「それに、刀を盗られたっつうアンタの依頼人の用心棒の姿もないな。ったくてめぇの刀が無くなったっていうのに、探すのは人任せかよ。気に入らねえ男だな」
 一人で勝手に笑ったり怒ったりしているのはさておいて、この男、僕と魔理沙以外の二人を知らないようだ。妖夢のことを勘違いしているのは恐らく新聞には『どこかの用心棒』としか書かれておらず、それが『白玉楼の魂魄妖夢』であることは書いてないからだろう。射命丸の場合は単純に自分から筆者であることを明かしてないだけだろう。
「『文々。新聞』は里内ではやはり多く読まれているのですか?」
 気になって僕は尋ねた。男は嬉しそうに口を開いた。
「あぁ、まぁそれなりに読まれていると思うぜ。貸本屋の嬢ちゃんのとこに置いてある新聞のことだろう?ここ最近じゃ、アンタもちょっとした有名人だよ。ほら、あの湖の向こうに建ってるあの赤い館の時計のやつ。少し前まであれが色々話題だったな」
「ぼ、僕のことはともかく、今回の『幻の家』のことはどうです?」
「そらぁもう、ちょっとした騒動になってたな。でも、もうピークは過ぎたな」
「ピーク・・・ですか」
「あんたらが一番良く知ってんだろ?『幻の家に刀を盗まれた』っつう今日の新聞。無害だと思われてた、いや、むしろ人間側だと思われていたモノがやはり人間に危害を加えたんだ。そもそも最初から悪く思っていた連中もいたわけだしな。アンタのことはともかく、『幻の家』の流行も、もうドンドン落ち着いていくだろうよ」
「あなたはどうなんですか?言ってることと反してノリノリに見えるんですが?」
「あぁ?おれ?そりゃあもう、これは浪漫だからな。ブームが去ろうが去るまいが、見つけて自分の武勇伝に乗っけるのが男ってもんだろ?」
そう言って、彼は得意気に大きく口を開けて笑った。僕達は最後までその男の勢いについていけず、僕は「は、はぁ」と生半可に返事をすることしか出来なかった。唯一射命丸だけは男と一緒に笑っていた。
「じゃあ、喋りたいことも喋ったし俺はもう行くわ」
 男は勢いよく右手をピッと上げ「またな」と言うと再び真っ直ぐ鳥居に向かって行った。
 僕達はしばらく、そのまま階段を登る男を見送っていた。身軽そうに二段、時には三段階段を飛ばしてあっという間に男は小さくなった。
「で、どうするよ?」
魔理沙が聞いてきた。
「まぁ、階段でいいんじゃないか?」
 僕は男が進んでいった場所をなぞるように鳥居に向った
 魔理沙は渋い顔をしたが、もう面倒くさくなったのか「そうかい」と言って、僕のあとに続いてきた。
「別にいいんだぞ。僕に構わず飛んで行っても」
「今更コーリンの食い散らかされた残骸なんぞ見たくはないからな」
「なんで君は、僕が妖怪に食い殺される前提で話をしてるんだ」
「じゃあ、食い殺されてもいいってのかよ」
「嫌に決まってるだろう」
 気づけば後ろから妖夢も追いついてきていた。なんだか僕が催促をしたような形になって、嫌な居心地の悪さがあった。鳥居を超えた頃になって、一番うるさい奴がついてきていないのに気づいた。
「この階段を登ってる限り、妖怪に襲われるなんてことはありませんよ」
鳥居を挟んで向こう側から射命丸は無念そうに言った。
「妖怪が入れないように強い結界が張ってあるんです」
「つまり君はここを登れないということか」
「上を飛ぶことは出来るんですけどね」
「じゃあ上から飛んでいけばいいじゃないか」
 射命丸は不機嫌にむぅっと顔を膨らませて
「それじゃあ霖之助さん達が遅すぎて追い抜いちゃいますよ」
「じゃあ先に行ってればいいじゃないか。最初はどうせ、君たちも昨日最初に行った、妖夢が倒れていた所になるんだ。それとも君は妖怪に食い殺されるのが嫌なのかい?」
「嫌に決まってるじゃないですか!その前に食い殺すなんて芸のないことをする妖怪に私が負けるわけがないじゃないですか!」
「じゃあ、先に行って待っていればいいだろう。あの男がいるかもしれないぜ」
「ムキー!」と言いながら地団駄を踏む射命丸。呆れた顔で魔理沙が言った。
「行こうぜもう。ほっといても勝手についてくるだろ」
返事をする代わりにため息を一つ吐くと、僕は射命丸に背中を向けた。そして、僕ら三人は石階段を一段一段登り始めた。瞬間、突如上空から空を切り裂くような鋭い音が聞こえた。大きく風が舞い上がる。意固地になっていた射命丸が全力で僕らを追い抜いていったのだ。
「大人げない奴だなぁ」
 思わず僕は言うと
「お前も人のこと言えないけどな」
と言う魔理沙の声が聞こえたが、聞こえていないことにして、僕は目の前の階段に足を乗っけることに集中した。
 それにしても、この石階段。妖怪が入ってこれないようにというのは、要するにここを登ろうとする人間のためのものだろう。マヨヒガを見つけようとする人々にとって、こんなに都合のいいものはない。山頂にある守矢神社に行くための道が、謎の猫少女に会いに行くために使われていることをここの神様は知っているのだろうか?
 僕自身、妖怪の山に入るのは初めてである。登ってまだそんなに経っていないのにも関わらず、山は鬱蒼としており、間もなく深い木々の雑踏が僕らを包んでいた。それでも真っ直ぐ歩いていると自信を持って言えるのは、この白い蛇の背中に乗っているからだろう。石段は暗く深い森とは対照的に白く少し輝いているように見え、なんの力を持っていない者でも自分が守られているということを感じることができた。
 五十一段目。
早くも目的の段数『五百十五段』の十分の一くらいを登りきった。後ろを振り返れば、そこにはもう小さくなった鳥居が静かに佇んでいた。
「おい、まさかもうバテたとか言うなよ」
 いつの間にか追い抜かされていた魔理沙が振り返って僕に言う。
「まさか」
と言いながら認めたくはないが、すでに少ししんどくなっていた。思えば妖怪が立ち入れないこの階段。半人半妖の僕には効かないのだろうか。考えていた矢先のことだった。半分妖怪の血が流れている僕は、普通の人間よりも体力はあるはずなのだ。だからこんな階段でヘタれるなんて本当は考えられないことなのだが、あいにくこの階段は普通の階段ではなかった。階段を進めば進むほど体が重くなっていっているような気がする。
 長い戦いになりそうだ。
 息を整え、重くなる右足を上げた。

日はもう正午を過ぎていた。
「おい、着いたぞ。五百十五段目だ」
 魔理沙は帽子を脱いで、内輪代わりに自分をパタパタと扇いでいた。
「だ、大丈夫ですか?」
妖夢の声が間近で聞こえた。心配そうに僕の顔を覗いている。
「だ、だぃじょうぶ、だ」
 正直に言えば全く大丈夫ではなかった。登れば登るほど体は重くなり、かいたことのない量の汗を垂らしながら僕は歩いた。何度も何度も香霖堂の中で平和に読書や興味深い物達に囲まれている自分を思った。自分が今何故こんな階段を登っているのか。目的は何なのか。自問自答を繰り返し、自分が今何段目にいるのかなんて全く数えていられなかった。
「弱っちいなぁ」
笑う魔理沙の声が聞こえる。言い返す元気もない。妖夢が励ますように優しい口調で
「ともかく、もう階段は終わりです。あとは、ここから南の方角に真っ直ぐ・・・」
そして僕達は一斉に向って左を見た。
「まぁぼちぼち歩いていくか。おい、動けるか?」
「だ、だぃじょうぶ、だ」
「ぜっへっへぇ、ほんとかよ~」
 こんな状態の僕を見て、魔理沙は可笑しそうに妙ちくりんな笑い声で笑っている。クソ、これじゃあ女の子の背中に掴まって空を飛んでも同じだったじゃないか。
 僕達は階段から外れて森の中へ入った。その途端、おぶさっていた岩が無くなった家のように、いきなり体が軽くなった。ブワッと汗が出たがこれは疲労感から来たものではない。通常の状態に戻った安堵感からきたものだ。やはりあの尋常ではない疲労感は忌々しい白い階段によるものだったようだ。
 大きく深呼吸をして息を整える。準備体操のように体をグニグニ動かして、体の無事を確かめた。
「なんだよ。死んでたかと思いきやいきなりグニグニ動きやがって気持ちわりぃ」
「いい加減、人のことを気持ち悪いというのは止めたらどうだ?」
「一体何があったんだよ?」
「そんなことはどうでもいい。先に行くぞ」
 軽くなった体を噛み締めながら僕は森の奥へと進んだ。
 意気揚々と進む足。あぁ、自由に動くのがこんなにも愉快に思ったことが今まであっただろうか。そんな僕とは裏腹に森の中は薄暗い空気に包まれていた。木々と木々の間には闇がはみ出して、今にも僕を飲み込もうとしているように見えた。そんな闇をかき分けながら、僕は前へ前へと進んだ。
「おい、本当にどうしたんだよ。階段のときとは偉い違いじゃないか」
後ろから追いかける魔理沙の声が聴こえる。
「その階段が原因なんだよ」
「は?どういうことだよだから」
 納得いかなそうにしかめた顔をしている魔理沙に、歩きながらあの階段のことを教えてやる。どれだけあの階段が僕にとってしんどかったのか。僕は熱を持って説明した。もうあの階段はごめんだ。
 魔理沙はそんな僕の説明を鼻で笑った。
「よくわからんけど、まぁ良かったな」
「ふん、君にはわかるまい。本当に大変だったんだからな」
「だから最初から私の背中に掴まって、飛んでいけばすぐだったのに」
「ぐぬぬ」
 しかし、たった今でも、階段を登るか、射命丸か魔理沙の背中に掴まって空を飛んでいくかを迫られたら、やはり階段を選ぶような気がする。それなりに長く生きてきたつもりだが、こんな僕にもまだ男として譲れない部分が残っているということらしい。これがプライドというやつだろうか。
「先に進むぞ」
顔を歪ませている僕を横切って魔理沙は進んでいった。僕もガツガツ行くのは止めてそれに着いていくことにした。
「それにしても、君たち本当によく昨日はこの山の中を散策できたな。僕なんて今にも迷ってしまいそうだよ」
「射命丸がいたからな。あいつはここに住んでるわけだし、庭みたいなものだって自慢してたから。それに私達は誰かさんと違って空も自由に飛べるし」
「今はどうなんだ?」
「今って?」
「君は今、何に向って進んでるんだ?」
 僕がそれを言うと、魔理沙はいきなりピタリと足を止めた。神妙な顔つきで僕の方を向くと、ゆっくりと口を開いて、そして言った。
「恐らく右に進んでるんだよ」
「は?」
「あとは勘」
「何だそれは」
「勘」
「説明になってないぞ」
「お前がいきなりガツガツ進むからこんなことになってんだろ。・・・っていうか妖夢はどこだ?」
 僕らはいつの間にか消えていた妖夢の姿を目で探した。しかし、周りをぐるりと見渡しても妖夢の姿はどこにもなかった。
「・・・どうやらはぐれたようだ」
 不気味な木と木と木を見ながら僕は言った。
 魔理沙は面倒くさそうに頭を掻いた。
「まぁ、死ぬことはないだろう。それより問題は私達だ。完全にゴールの位置を見失ったぞ。空から見ても、木々が生い茂って目的地がどこだか確認もできないな。それでも階段のある場所くらいはわかると思うから、とりあえず階段に戻って」
「いや、階段に戻っても、そこが何段目かわからないだろ」
「うるさいな。元はといえばお前が勝手に先に進むから行けないんだろ。階段かなんか知らんけど」
「確かに、それは悪かった。久しぶりに体を大きく動かしたもので少し調子に乗っていた」
「ふん、まぁいいけどよ。で、どうする?完全に道を見失ったが?」
「君、空からなんとか先に行った射命丸だけでも探せないだろうか?声を出して呼べば、もしかしたらアイツなら見つけてくれるかもしれない。そしたら、そのまま射命丸に案内してもらえばいいだろう」
「言っておくけど、一旦ここから別の場所に飛んだら、またこの場所を見つけられる気がしない。妖夢と違って、戦闘能力の無い今のお前が一人ここに取り残されたら、冗談無しに妖怪に襲われて終わりだからな」
「それだけ木が生い茂っているということか?」
「そうだな。魔法の森といい勝負だ」
「むむむ」
 改めて僕は今いる場所を一回りしてみた。周りに見えるのは黒く光のない闇に溶け込んでいる幾つもの大木、どこを見ても同じような景色しかなかった。その闇には何が溶け込んでいるのか。いつ、妖怪に襲われるのか。もしかしたら、もう目をつけられているのかもしれない。魔理沙がいなかったら、ひどく心細かっただろう。
 確かにこんな状態で、突然現れて、理由もわからず山から出して助けてくれる謎の家と少女は、どんな女神よりも輝いて見えるだろう。
 マヨヒガ捜索者達はこの森の中、どうやってマヨヒガを探していたのだろうか。新聞の通りに真っ直ぐたどり着けるものなのだろうか。
 その異変に気づいたのは、とりあえず階段の方に戻ろうと魔理沙に提案しようとした時だった。
 最初は目の錯覚を疑った。しかし、現実だということに気がつくと再び僕は回りを見渡した。
 いつの間にか僕らは深い霧の中にいた。辺りの深い森は何かを避けるように怪しげな空間をここに作って、そこに漂っていた暗闇も、白く濁った何かに変わっていた。不思議な感覚だった。何処かに飛ばされたという感覚もなかった。
 僕らが移動した。というより、この空間がいきなり現れた。そこに至るまで違和感も何もなかった。
 魔理沙もハッとして驚いたように、頭を右に左に動かしていたが、すぐに何かを悟ってニヤリと笑った。
「この感じ、前にもあったな。あぁそうか。なるほど、思い出してきたよ」
恐る恐る魔理沙を見る。
「というと、まさか、これはそういうことなのか」
 魔理沙は不敵に「ああ、多分な」と言うと、ゆっくりと歩き始めた。僕もそれにならってゆっくりと進む。草を踏む感触が足元から鳴っていた。この感触は山にいたときから続いているもので、ここも山の中の一部なんだということを辛うじて感じることができたが、辺りの雰囲気そのものは全く別のものになっていて、さっきまで感じていた不透明な不安感が何故か薄れていた。一歩一歩進むごとにその感覚は強くなっていった。
 僕らは二人共何も喋らず、ただひたすら前を向いて歩いていた。なんの気配も感じれなかったが、このまま進んでいけば、きっとそれは現れると、僕ら二人は確信していた。
 まさか、こんな簡単に会えるとは、なんと都合が良いことか。
 しばらく進んで行くと、それは突然現れた。
 それは一見すると小屋のように見えた。だが小さくてもちゃんとした扉もついていて、窓もあった。なぜだかそこに人が住んでいるような安心感がその小屋から漏れていた。
「昨日あんなに探しても全く見つけられなかったのにな」
魔理沙が驚いているような、しかし、何かこれから起こることを期待しているような、そんな不敵な笑顔でその小屋を見上げた。
 僕は服のポケットに手を伸ばして、鈴に触れた。
 鈴は冷たく、今もまだそこにあった。
 僕は鈴から手を離すと、覚悟を決めて小屋の扉の前まで進んだ。引き戸になっているようで、僕はその引くようの窪みに手をかけた。不思議とそこに罠などがあるとは思わなかった。そして、僕はゆっくりと引き戸を引いた。
 中の様子を見て、僕らは身を硬直させた。
 誰か居る。
 それは、明らかに橙とは異なるシルエットをしていた。行方不明の黒猫にしては背の方は断然高かったし、何よりも纏っている空気がそこらの低俗妖怪のそれとも全然違った。その人物を見た魔理沙が叫んだ。
「お前は!」
その人物は僕らを見ても全く余裕をなくすこともなく、むしろとうの前から僕らがここに来るのを知っていたかのように、九つの巨大な狐の尾を揺らした。
「やはり、あなた達だったか」
と笑ってみせた。
「八雲藍。なんであんたがここにいるんだ?」
 負けじと魔理沙も笑って見せたが、まさかの展開にその顔には余裕がなかった。それは僕も同じで、僕の場合は笑えもしなかった。
「そんなところに突っ立っていないで、上がったらどうだ」
彼女はまるで客人をもてなすかのように、僕達を部屋の真ん中にある座卓へと促した。中の様子は水簿らしかった外と違って、幾分豪華に飾られていた。本棚には僕もまだ知らないような本がいくつも並んでいたし、台所も綺麗に掃除されていた。壁も床もピカピカだ。
そんな僕の視線に気づいたのか、藍は「フフ」と笑って
「言っておくけど、これは私がやったことでは無いよ。こいつが私を見て勝手にやったことさ。いつ来ても不思議というか、奇妙というか」
 何やら愉快そうに微笑む藍に、魔理沙は僕を押しのけながら言った。
「私達は今、ある理由でアンタの式神を探してる。橙は今何処にいる」
「違うな」
 魔理沙のストレートな問いかけに、食い気味に何かを否定をした藍。流石の魔理沙も意味がわからずわかりやすく狼狽える。
「ち、違うって何が」
「あなた達が探しているのは『橙』ではない」
 すると藍は右手を左の袖に入れると何かを探すように弄り、そしてそれを出した。
「あなた達が探しているのはこれだ」
「こ、これはもしかして!」
 それは小刀よりも少し長い、黒い鞘に入っている刀身と、ひし形が連なった柄。僕の確信を強めるように藍は言った。
「そう楼観剣だ。刀身と鞘がバラバラの状態でそこに転がっていた。これを君にわたそう。古道具屋さんその代わり、私とここで少し話していかないか」
藍はそう言うと、僕から見て奥の位置に座った。座卓にはいつの間に用意されたのか、向き合うように置かれた二人分の湯気の立っている湯呑みと、座布団が引かれていた。
「さぁ座って。きっと君たちにとっても役に立つ情報を提供できると思うから」そう言って藍は魔理沙に微笑みかけて「そこにいる『探偵助手M』もせっかくだから」
「だから、それを言うのはもう止めろ」
 魔理沙はいくらか調子を取り戻しながら言った。



 僕ら用意された座布団にそれぞれ座った。
 座卓には僕の分と、いつの間にか魔理沙の分も置かれていた。
「君たちのことはこの『文々。新聞』を読んで知っている。何故ここにいるのかも、どういう状況にあるのかもね」
 彼女は僕ら二人に向かい合うように真っ直ぐ正座をして座っていた。そんな藍を魔理沙は如何わし気に見て言った。
「だったら話は早い。お前の知ってること、全部すっぱりきっぱり話してもらうぞ」
「そんな人聞きの悪いことを言うな。私は何も知らないよ。この家だって、探すのに10分ほどを要した。全く本当に骨の折れる家だ」
「じ・・・10分だとぉ・・・」
 魔理沙は昨日の自分の苦労を思い出したのだろう。そして苦い顔をしながら藍に行った。
「橙はお前の式神だろう?主人であるはずのお前が、今回のことについて何も知らないなんてことはないはずだ」
 藍は隠す様子もなく、魔理沙を鼻で笑って
「確かに、推測していることはある。だが、今回の騒動について私は何も関係ない」
 反論を出そうとする魔理沙を遮って藍は言った。
「何故、私がここにいたのか。君が聞きたいのはそれだろう?そうだな、私は自分のたてた推測の確認をしにここに来た」
「確認?」
「そう。どちらかと言えば、私は君たち側なんだよ。橙の行動を探っているのは君たちだけじゃないのさ」
「だから、今回のこれに関しては何も知らないって言うのか?お前ほどの奴が何も知らないだと?そんなの信じると思ってんのか」
 喧嘩腰の魔理沙に全く怯むこともなく、むしろどこか楽しんでいるように藍は「ハハハ」軽く笑うと
「なるほど。全く信用されてない割に、高くは評価してもらっているというわけだ。確かに今回のことに関して、思っていることや確実だと思う推測はいくつもある。だが、この騒動自体に私が一切関わってないのは事実だよ。あなたはわかってくれるよね、古道具屋さん?」
 話が僕に振られて、思わず肩を上下させた。
「まぁ、今のところ君が関係してるという証拠は何もないのは確かだな」
「なんか歯に何かが詰まったような言い方だが、まぁいいだろう」
 笑う藍に、何言ってんだとこっちを睨む魔理沙。きっと魔理沙は藍のこの自分たちより上位に立っている、少し上からの目線が気に食わないのだろう。それ以前に確かに立場的に怪しい人物ではあるが、今回のことと何か関係があると見るのは早い。
「事実だろ?僕達はまだ彼女を怪しむ材料を持ち合わせていないよ」
「まぁ、そうだけどさ」
 しぶしぶ引き下がる魔理沙。僕は肩を撫で下ろしながら藍に聞いた。
「それで、一体僕達になんのようだい?君のその様子だと、もう君の中では何かしらの決着か答えがついてるんじゃないのかい?」
「フム、鋭いね。確かに私はもう今回のことについての答えは出ている」
「その上で、何か僕達に聞きたい事があるというのか?」
 藍は可笑しそうに口角を上げながら、楽しそうにニヤニヤと笑っていた。僕達はその真意もわからずただその様子を見ていることしかできなかったが、ついに藍が口を開いた。
「逆に聞こう。君たちは私に聞きたいことはないのかい?」
 僕達はしばらくその意図を汲み取ろうとして固まった。
「言っただろ?言ってしまえば私の方はもうすでに解決してしまってるんだ。ここにはその確認で来ているだけ」
 焦れったそうに魔理沙が顔をしかめた。
「じゃあなんで私達をこの家の中に入れた。お前がやったことなんだろ?」
「違う。それは私の意思じゃない」
「お前が家を操ってここに来たんじゃないのか?」
 埒が明かないと藍は首を横に振った。何かを期待するような目で僕をチラリと見やった。
「古道具屋さんは、わかっていると思うんだけどな」
「なんのことだい?」
「あなたの持っている『鈴』について」
 藍は座卓に肘をついて、僕を真っ直ぐと見た。
なるほど、そこまでもお見通しということか。
『鈴』、その正体について。確かに、僕はもうその答えについて一つ考えのようなものを持っている。しかしそれは本当にほんのついさっき気づいたことで、それが本当に正しいことなのか、確証は何もない。
しかし、藍は口に出さないまでも、僕がまだ話してもいない単なる一つの推測を確実な正解だと見通している。そしてそれをここで公言することを望んでいる。
「代わりに説明してやってくれないか」
 そしてとうとう、藍は僕にそう指示をした。
「君の助手さんにさ」
「お前に言われるとなんか腹立つから、その言い方は止めろ」
 魔理沙は藍を睨み、そのままの目で僕を見た。
「何かわかったのか」
 僕は正直に言った。
「一つ、そういう考えが無いわけじゃない」
僕は懐から鈴を出した。手のひらで小さく揺れて、『チリン』と鳴いた。
「こいつの正体について、藍が、この家に僕達を招いたのは自分達じゃないと言い張る根拠。それはこいつの隠された能力にあることを、僕はさっき思いついた」
「それは昨日言ってた事と何か関係があるのか?」
「・・・まぁね」
 僕は鈴を前に置いた。鈴は静かに佇んでいた。魔理沙の目が、いつかのように期待の眼差しに変わっていた。本人がそれに気づいているかは定かではないが。
 なぞなぞの出題者のように待ち構える藍に、僕は挑戦するように口を開けた。
「この鈴は、橙とこのマヨヒガを繋ぐ『鍵』なんだ」
「『鍵』?前回と一緒だな」
「『鍵』というのもまた違う気がする。まぁ最初から話していこう。橙は、この騒動が起きる前はこの鈴を片時も離すことがなかった。新聞や、人間の里に出回っている似顔絵にも鈴はついている。やはり、それは橙にとって大事なものだったわけだ」
「あれは」補足するように藍が言った。「私から橙にあげたものだ。橙にとっては『持っておくように』と命じられたものでもある」
「昨日僕は、この鈴には何らかの術か呪いのようなものがかけられている可能性があると推理した。その考えは恐らく間違っていない。それではそれは何なのか
橙の能力の中で、僕は今の今までずっと疑問だった事がある。それはこのマヨヒガのことだ。橙の能力は八雲藍の式神であるということを除いて、普通の妖怪と変わらないと見える。そんな橙がこのマヨヒガを所有しているという事実。なぜそんなことが可能なのか。言うまでもなく、その主人である・・・」
僕は藍を見た。
「君が関与しているに違いない。どうやって、橙とマヨヒガを結びつけたのかは知らない。これまでの材料だけではそういう術があるのだろうということまでしか事実と結びつけることができない。しかし、どのようにしてこの『現象』を発動させているか、推測だけは一つたてる事ができた。それは後で説明する。まずはこの術はどういうものなのかというところからだ。
マヨヒガは神出鬼没の家。あの八雲藍でさえ探すのに丸一日かかったと言うほどそれを見つけるのが難しい家だ。そんな家を橙は毎回どうやって探していたのだろうか。
それは鈴によって、家を呼び寄せていたんだ。さっき、僕らの前に現れたみたいにね。それは妖怪の山に入ったところで発動する。しかしあの忌々しい階段には効かなかったようで、僕らの場合はあの階段から出たところで発動したというわけだ。藍の言い方を借りるなら、家が僕らを招き入れたんじゃなく、鈴を持つ僕らが家を招いたんだ。
そしてもう一つ、それはこの家を操ることが出来るというものだ。橙が様々な人間におせっかいをしていたようにね。しかし、それはこの家の中にいるときにしか発動しない。  
何故そんなことが言えるのか、もし外からでもマヨヒガを自由に操れるものならば、妖怪の山に入った時点でマヨヒガを自動で呼び寄せるなんて能力は必用ないからだ。自分で操ればいいだけのことだからね。鈴の使い方を知らない僕達でも、今この家にいることを考えると、やはりこの考えも正しいように思う」
どうだろうか。問うように藍を見た。
「素晴らしいね。まさにその通りだよ」さも当たり前のように藍は笑った。「ここまでは正解だよ」藍は続きを促した。僕は小さく鼻でため息をついた。
「そして、この鈴とマヨヒガを結びつけるものについてだが、ここからは僕の勝手な憶測でしかない」
「いいよ。続けてくれ」
「鈴とマヨヒガを繋いでいるもの、恐らくそれは『縁』だ」
「『縁』?」魔理沙が口を挟んだ。「何だそれは?」
「昨日、妖夢とも同じことを話した。『縁』というのは人や物、全ての繋がりを表す運命の糸さ。普通の人間や妖怪には見えない、しかし、確かにそこに存在するもの。縁でつながれているモノ同士は互いに引き寄せあって、それが強ければ強いほど、近い間に必ず関係し得る。逆に結ばれてないと、そのモノとは出会うことさえままならない。
橙自身とマヨヒガの間には実際、縁は結ばれていなかったのだと思う。だからこの鈴を使って、無理矢理橙とマヨヒガとの縁を結んだんだ」
「じゃあ、家を操るというのもその縁によるものなのか?」
「いや、縁による効果はそこまでではないだろう。鈴の縁はあくまでマヨヒガを呼び寄せるだけ、操る云々はもっと別のモノだと思う。が、流石にそのもう一つがなんなのかは僕にもわからない」
 ここまで、説明し終えたとき、座卓の向こうの側から愉快そうに手を打つ音が聞こえた。藍は嬉しそうに笑っていた。
「そこまでわかっていたのなら上出来。ははは、想像以上だよ。古道具屋さん」
 急に現実に戻されたような恥ずかしさと自分の出した答えが正解だった安心感との、複雑な気持ちで僕は「そりゃ、どうも」と、用意されていた目の前のお茶に手を出して、ゆっくりと口に運んだ。
「そこからは私が引き取ろう。特別に教えてあげるよ。
 確かに、この家を操っているのは縁ではない。君たちはこの家の特性について気づいているかな。実はこの家は来るもの居るものによって、姿を変える。例えば今この家は小規模な家のような大きさになっているが、それは恐らく君たちどちらかがひどく緊張しているためだ(そしてそれは恐らく古道具屋さんだ)。
この家の外装は外にいる来訪者の精神状態に作用する。逆に、内装はこの家の中に居るものによって作用する。今この中を観てもらうとわかるように、誰かが住んでいるような安心感があり、中央の私達が向かい合っているこのつくえにはそれぞれ湯呑みが用意され、中には淹れたての美味しいお茶まで入っている。これは言わば私が君たちを歓迎しているため、この家が勝手にこのように内装を変えたんだ。
私が先程初めてここに来たとき、中の様子はひどく荒れていた。お茶なんてもちろん用意されてなかったし、そもそもつくえから何からボロボロで、とてもではないが人が住んでいるような安心感もなく、怪しい気配が漂っていた。それが君たちが来て、私の心が反映された事によって変わったんだ」
 魔理沙はその説明を聞いて、なんでもないように「それ」と言って
「コーリンが最初の頃に言ってたことと同じだな」
それを聞いて、藍は一瞬だけキョトンとしていたが、急に目を輝かせ始めた。
「本当かい!まさかそこまでとは思わなかった。本当に思った以上だ」
 藍は話を戻すように咳払いを一つして、そして続けた。
「マヨヒガを操るという能力は、そこを利用している。つまり、持ち主の感情や、精神を増幅させて、持ち主の命令を家全体で従わせられるように、あの鈴はできている。と言っても、出来ることは家の移動くらいなものだけどね。そしてそれは、この家の中ではないと操ることはできない。なぜなら、鈴は持ち主からの命令感情を増幅させるだけであって送るものではないから。
鈴の持ち主だけに限定して従わせているのは、もう一つ『縁』も利用している。君は、操る能力に縁は関係ないと言ったが、大いに関係している。そこだけは間違いだね。家の外では呼び寄せることしか出来ないが、中にはいれば、操るための細かい感情の波を伝える道になる。外の世界の『リモコン』という道具を知っているかな。特性といえばそれに近い」
 長い説明に一息をついて、藍は首を浮かして「まぁ」と流すように
「それは今回とはあまり関係ないから別にいいんだけどね」
そう言うと、再び僕に目を合わせた。
「それを踏まえて、君はこの騒動、どう思う?」
「どう、とは?」
「真相だよ。そこまで考えられてるということは、きっと何か掴んでるんじゃないのかい?」
「何も、その他は全くわからない」
 藍は不思議そうに僕を見た。追い打ちをかけるように、再び言う。
「というか、興味がない」
「興味がないだと?」
「そうだ。僕はあくまで『古道具屋』だ。物に関すること以外は、別にどうだっていい」
「それは本当かい?」
 さっきまで緩やかに明るかった藍の表情が、獲物を狙うような鋭いものに変わった。その真っ直ぐと突き刺さってしまうような目線には不思議な妖艶さがあり、それはますます僕を釘付けにした。
「あぁ」僕は少し緊張した。「本当だ」そして肯定した。
 彼女の鋭い槍のような眼光はしばらく僕の眼を貫通していったが、やがて諦めたように目をとじると再び緩やかに笑って
「本当だったら、君は相当面白い人種だ」
 彼女は一呼吸置いて「本当だったらね」と念を押すように言った。彼女言い方にはまるで、「そういうことにしといてやる」という文句が隠されているようだった。
 果たして、今の僕の仕草にそんなに疑われるような仕草があっただろうか。それとも僕は、本当に、この鈴以外のことについて、興味を持ち始めてしまっているということだろうか。先程言った「本当だ」という言葉吐いた瞬間、変な後ろめたさがあった。自分で言って、自分でもわかっている。いや、これは自分にしかわからない。僕自身がこれまで何故だ何故だと問い詰めてきたことへの矛盾。
 僕もこの騒動の真相が知りたい。明らかにそう思っている。
 しかしそれは、この幻想郷というパンドラの箱の中のような世界で、行き過ぎたり考えすぎたりすることは毒である。ズブズブと真理の沼にハマって抜け出せなくなる。だから、ここでの生き方が上手い人は、ルールを作って自分を縛り、深みにはまらないように自分を制御している。弾幕勝負がそのいい例だ。
 僕もいままでそうしてきたつもりだ。僕はこの幻想郷に流れ着く物達に縛られながら、そして生かされている。
 今、僕が本音を言ったら、僕が今まで積み重ねてきた牙城を全て取り壊す事になってしまう。そうなれば僕は、僕は果たしてどうなってしまうだろう?
「おい」
 不躾に魔理沙が言った。
「お前は今回のことについてどう思ってる?」
 藍は首をかしげた。
「それは、どういうことかな?」
「今回橙がやったと、思われることについてだ。あんたがなぜ私達の前に現れたか、とか、あんたが隠している今回の騒動の事実とか、そんなのは敢えて聞かない。私が一つ聞きたいのはあんた自信がこの騒動についてどう思っているか。あんたを見てるとなんだか随分余裕そうだ。怒っているのでも困っているのでもない。なのに、こんなところまで来てわざわざ10分もかけてこの家に来て、『確認』をしにやってきた。あんたは、今回の件で橙に何を思った?」
「私が橙のとった、と思われる行動についてどう思っているか。ということかい?」
「そうだ」
 藍は「ふん」と言って、顎を撫でた。
「『真相』を今ここで話すことは出来ない」
「それはどういう?」
 魔理沙の疑問を遮って藍が言った。
「橙には、人間はなるべく丁重に扱うように言ってきた。それは、この幻想郷においても人間という存在は要であるからだ。妖怪の山に迷い込んで来るのを発見したら、やもえない形であれば、なるべく山のふもとに返してあげるようにとも言っていた。
・・・ただ、ああいう形で新聞に乗って、女神扱いされて有名になってしまうのは、ちょっと良くないな。それは、我々八雲のルールに反している。それも、橙には言ってきたつもりだったのだけれど・・・」
「橙がその約束を守らなかった?」
「守らなかったわけではないと思うんだがね。まぁ、私に言えるのはここまでかな」
 首をかしげる魔理沙と僕を他所に、藍は先程と以前変わらない様子で「さて」というと
「この鈴は返してもらう」
 いつの間にか、つくえの上に置いていた鈴は藍の手に握られていた。「あ!」という魔理沙の声。まさかこいつ、またいつもの病気をこの鈴にまで働かせていたのではあるまいな。呆れたように藍も言った。
「まさか、こいつまで盗もうとしてたんじゃないだろうな」
「そこまで話したんだから、もう一つその作り方とかも教えてもらうと嬉しいんだがな」
「残念ながら」藍は笑った。「鈴に縁をつけたのは紫様だ。私じゃないんだ」
「じゃあ、お前もその鈴と同じ物は作れないのかよ」
「そういうことだな。だが、使うことは私にも出来る」
 藍がそう言った途端、家全体が小刻みに揺れ始めた。それは段々大きくなっていって、大きな地震のように家全体が揺れ始めた。僕は思わずつくえを掴んで、波の立つ湯呑みのお茶を見た。同じように慌てた魔理沙が言う。
「な、一体なんだ!?」
 一人余裕そうな藍が言った。
「マヨヒガを動かしている。なに、マヨヒガは目的地まで一瞬でつく。瞬間移動さ」
 一瞬と言ってもだな・・・。周りのガタガタと揺れる箪笥や、キッチンを見る。すると藍の方から「古道具屋さん」と呼ぶ声がした。
「受け取ってくれ」
軽々と僕に向って投げられたそれは白楼剣だった。
「変わりに妖夢に返してやってくれ。ついでに『申しわけなかった』と私が言っていたことを伝えてくれると嬉しい。もちろん、あとでちゃんと私から赴いて謝礼はするつもりだが」
 僕は大きく揺れる家の中で、白楼剣を握った。
 真相云々はどうであれ、この騒動はこれで終わりを迎えた。僕らが『真相』と真面目くさって呼んでいたそれは、今更判明したところで無粋なモノに成り下がり、全く意味のないモノになった。
 解決した。
 これでいいのだ。
 これでいい。
 この不透明さが幻想郷のあるべき姿だ。
 だが、恐らくそれを許さない者が一人、いや彼女はすでに死んでいるため、きっと一人とは数えない。
 きっと、今夜辺り、また姿を表わすだろうか。
 僕らが真相と呼んで探しているもの、その正体は未だわからずじまいだが、それだけは、なんとなく確かな予感として、僕の胸を締め付けていた。
 重いまぶたが閉じていき、意識が飛んでいく最中、最後の気力を振り絞るような声で
「おい!」
 魔理沙が叫んだ。
「マヨヒガは、訪れたそいつがその時一番欲しいものを置いていくって言うじゃないか!それは一体どうしたんだ!」
 魔理沙め、よくそんなことを覚えていたな。もしかして、本当はそれが目的でここまで協力的だったのか。
 魔理沙のそれを呆れたように笑った藍は言った。
「そんなものは失くしたよ」

  7

「今までどこに行っていたんですか!」
 妖夢の叫ぶ声が聞こえた。妖夢は叱るような目つき走ってこっちに向っていた。
 もう昼は過ぎているだろうが、まだ太陽は沈んでおらず、空は明るかった。確かに妖怪の山の森は薄暗かったが、マヨヒガのあの独特な空間よりは光が通っていた。
 マヨヒガはもう消えていた。僕らが家から出ると同時に煙のように消えた。家の奥で満足そうに笑う藍が小さく手をふるのが見えた。マヨヒガがなくなるのと同様に辺りを包んでいた霧も何もなかったかのように跡形もなくなってしまった。
 あっという間だった。あんなに大きなものが、音も何もなく静かに消えた。
 妖夢は汗を拭いながら、僕達を睨んだ。ところどころ土で汚れたあとが見え、僕達を見失ってからずっと探していてくれたことがわかった。
「探したんです・・・よ」
 妖夢の視線はすぐに僕の右手に持つ、白楼剣に移った。
「マヨヒガに行ってきた」
「マヨヒガ・・・ですか」
 白楼剣を妖夢に手渡すと、妖夢はゆっくりとそれを受け取った。
「やはり、マヨヒガにあったということですか?」
「どうやら落ちていたらしい。実は最初に見つけたのは僕達じゃなくて、僕達より先に八雲藍がマヨヒガの中にいて、彼女が家の中から発見したらしい」
「藍様がですか?」
 そう言って、再び手の内に戻ってきた自身の刀を見て、妖夢はホッと肩を撫で下ろして、安心したように静かに笑った。それを見て、とりあえずは本物の白楼剣と見て間違いはなさそうだと、僕も胸を撫で下ろす。
「申しわけなかった。だとさ」
 僕の声に気づいて妖夢が再び僕を見た。
「藍様がですか?」
「あぁ。言伝を頼まれた」
 妖夢は「藍様が」と考えるように呟くと、何か思い立ったように僕を見上げて
「本当に、橙がやったことなのでしょうか?」
「まだ、君は疑っているのかい?」
「はい。だって、やはり考えられません。橙がこんなことを仕組むなんて・・・霖之助さんはどう思います?」
「僕は・・・」
 不意に問われて、思わず考える。
「わからない」
 そして投げやりな答えを出した。続けて、僕は言った。
「もう終わったことだ。今更とやかく言ったところでもう仕方ない」
 妖夢は一瞬目を見開いたが、目を落として握っている白楼剣を見ると
「そうですね」
 寂しげに答えた。
 本当のところを言えば僕も妖夢と同じ考えだ。これは橙が仕組んだことではなく、別の誰かが橙を騙してやったことだ。明確な理由、論理的な証明は何もない。ただ、例えば本当に橙がこうなるように仕組んだとして、今のこの状況の中に橙が得をするようなことが何かあるだろうか。
 鈴も、刀もなく、自らの家にもいなかった彼女。こつ然と消えた彼女。今この瞬間、彼女に残されているものは何か?まさか自分からこの状況を望んでいたのだろうか?
「おい、コーリン」魔理沙の呼ぶ声が聞こえた。「ここ目的地だ」
「目的地?」
 声の出処を探した。するとそこには二人の人物が立っていた。一人は魔理沙。しかし魔理沙はあろうことかそのもう一人の人物の足をガツリと足で蹴っていた。何をやってるんだと言いそうになったが、よく見るとそれは人ではなかった
「そう、私達が向ってた場所。新聞に書いてあった、マヨヒガの目撃証言が比較的一番多い場所。そして、妖夢が最初に倒れていたと言ってる場所だ」
 そう言うと、魔理沙は人にそっくりな木に寄りかかった。全身茶色であること以外は本当に人に見える。どうやら妖怪でもなさそうだ。
 藍がマヨヒガで僕達をここまで送ってくれたらしい。僕達がここに向っている場所がここだといつ知ったのかは不明だが。
魔理沙は何かの紙をひらひらと僕に見せて、なびかせていた。
「昨日言っていた新聞とはそれのことかい?」
 そう言って、周りをよく見ると、ちらほらと森の湿気を吸ってボロボロになっている『文々。新聞』がちらほらと草や木々に隠れて散らばっていた。足元付近にも一枚あった。見るとそれは昨日の新聞だった。どうやら他のも同じ新聞らしい。
 いきなり空気を切り裂くような空から振ってきた。風の波が一つ僕らを飲み込む。
「あややや、ここでしたか」
「ここでしたか、じゃない。もっと静かに降りることは出来なかったのか」
「えっへへ、すいません。勢いつけ過ぎちゃいました」
 反省してるのか、してないのか、恐らく何も思ってない射命丸が近づいてきた。そして彼女も妖夢の持っている白楼剣に気づくと、驚いたように目を見開いて、すぐに何かを悟ったように、ニヤリと笑った。
「もしかして、マヨヒガに行きました?」
 射命丸の手にはいつの間にか、あのボロボロの手帳があった。
「見つけたときの様子を、是非」
 呆れてため息が出た。本当にいい性格をしている。
「私も聞きたいです」
 昨日とは違い、いくらか覇気の戻った妖夢が、何故か緊張してるように僕を覗き込んでいた。
「霖之助さんが、その、よければの話ですけど」
「別にいいんじゃねぇの?」魔理沙が口をはさむ。「なぁ」と生意気な顔で僕を笑う。
「まぁ、いいさ。別に何か不都合があるわけでもないしね。帰りながら話してやるよ」
「帰りって、お前どうやって帰るんだよ?」
「あ」
 魔理沙に言われて、すっかり忘れていた事を思い出した。そういえばそうだった。山から下るといえば、またあの階段の中に入らなければいけないということだ。
「しまった・・・」
射命丸も苦笑いで言う。
「霖之助さんがまたあの階段に入られたら、また私だけ仲間はずれになってしまいます」
 魔理沙は意地悪に笑って
「階段を下って、また走り回られたら私は嫌だぜ」
「むむむ・・・」
 何かを吐き出すように僕はまた大きなため息をついた。
 この時間に、またあの階段。やれやれ、やはり慣れないことはするもんじゃなかった。
 結局、僕は魔理沙の背中に掴まって、妖怪の山を下山した。

 一日の半分を山でに費やした。もしかしたらそれ以上いたかもしれないが、ギリギリ太陽が見えるうちに帰って来れてよかった。
 三人娘は僕の話を聞きながら香霖堂まで付いて来た。
「ありがとうございました」
中に入ろうと、香霖堂の扉のノブに手をかけたところで、妖夢はそう僕に言った。安心したように、朗らかな笑顔。一昨日の緊張して不安気なときとはまるで違う。
僕は肩を落としていった。
「いや、いい。結局僕は何もしていない」
「そんなことはありません。ここに来てなかったら、多分今日も当てもなくあの山の中を彷徨ってたと思います」
そして妖夢は思い出したように「あっ」と言うと
「お金はまた後日持ってきます。今日は、すいません。持ち合わせが無いので」
「それもいいよ。別に払わなくていい」
「え?」
 驚いたように僕を見た。
「霖之助さん・・・何かありました?」
「マヨヒガで何があったのかは今君達に話したばかりじゃないか」
「いや、そういうことじゃなくて・・・」
 先の言葉を見つからないようで、妖夢は顔を伏せた。何が言いたいのかはなんとなくわかったが、なんだか、もうそんな気分ではなかった。早く終わらせて、忘れてしまいたいと思う反面、まだなぜだか名残惜しいという感じ。
 なんだか自分が情けなかった。ウジウジ自分で自分に振り回されて、スッキリしない。
 神妙な顔で魔理沙がこちらを見ていた。まるで見透かされているような目つき。
「さっき君が言ったこと」
「え?」
「僕もそう思う。今回のこと、きっと僕達の知らない第三者がいるんだ」
「第三者・・・ですか。じゃあ、もしかして私の剣を奪ったのもその第三者ということですか?」
「だろうな。君は恐らくたまたまマヨヒガに迷い込んでしまっただけだ。そこでたまたま中にいた橙で出くわした。君も橙も本当にただそれだけだったんだ」
 興味深そうに射命丸も聞いてきた。
「なんで刀を奪ったのが橙じゃないって分かるんです?」
「いいだろう。まず、何故妖夢の白楼剣がマヨヒガに転がっていたのかだ。白楼剣は鞘から出た状態でマヨヒガに落ちていた。つまりそれは誰かが出したということだ。剣を鞘から出すということは白楼剣で何かを切った。ということだろう」
 妖夢が首をかしげる。
「白楼剣で切った?」
「そうだ。あのマヨヒガで白楼剣をわざわざ使わなければいけないものと言ったら、それは鈴とマヨヒガを結ぶ『縁』だけだ」
「つまり第三者は白楼剣でその『縁』を切ったということですか!」
「あぁ、そういうことだ。君が鈴を発見してから下山するまで、マヨヒガが現れなかったのがその証拠だ。鈴が通常通りであればあの時点で君はマヨヒガにたどり着いていたはずだ。鈴の能力によってね」
「な、なるほど」
妖夢は納得したように頷いた。
「橙が自分の家との大事な『縁』を、自分で切るはずないだろう?まぁ君がやったとなれば話は別だが」
「とんでもないです。私はその時は、その、気を失ってました」
「だとしたら、別の誰か、というわけさ」
「別の・・・誰か・・・」
妖夢は途端に何かに気づいたように顔をこわばらせた。
「師匠・・・」
「え?」
「師匠です!霖之助さん。その第三者が分かりました」
「師匠って、昨日話していた君のおじいさんかい?」
「はい!だって、第三者が白楼剣を使ってマヨヒガと鈴の縁を切ったということは、少なくとも白楼剣を使いこなせていたということですよね。だとしたら、そんなことが出来る人物は私の祖父しかいません」
「た、確かにそうかもしれないが・・・」
 いや、妖夢の言うことはもっともだ。僕の推理が本当だとすると第三者は白楼剣を使いこなせた人物に限ってしまう。
「まだそこまで決めるのは早計なのではないでしょうか?」
 今までそばにいて大人しく僕達の話を聞いていた射命丸が口を出してきた。
「鈴の問題はどうなるのです?」
 妖夢は訝しげに射命丸を睨んだ。
「鈴?」
「えぇ、その推理が本当なら、妖夢さんの側に鈴が落ちていた件についても、妖夢さんのおじいさんが絡んでいるということになりますが?なんのためにそんなことをしたんでしょうか?」
妖夢は得意気にニヤリと笑うと、見下すように「フン」と鼻で笑った。
「鈴を置いたのが、師匠だけとは限らないわ」
「と、言うと?」
「鈴は橙がわざと置いたのよ」
「ほう、理由は?」
「そうね」妖夢は眉間に皺を寄せ考えた。「助けを呼ぶためじゃないかしら?」
「助け?」
「師匠は(理由はわからないけど)マヨヒガと鈴の縁を切った。(理由はわからないけど)橙を誘拐するためにね。だから、SOSのサインの代わりにあの鈴を私の側に置いたのよ。『私は今、マヨヒガとの縁も切られてピンチだ』ということを伝えるためにね」
「あややや、あなたのおじいさんはそんなに悪い人なのですか」
「な、何か理由があるのよ。きっと・・・」
 そう言うなり、妖夢は急に説得力を失ったのか、シュンとしょげてしまった。
「もう少し冷静になって考えてみましょうよ。大体、あなたのおじいさんがもし、白楼剣を使ったのだとしたら、わざわざあなたを眠らせてまで、本当に刀を奪ったと思います?そんなことはせずとも、その前に直接あなたから借りればよかったのでは?」
「・・・」
もう反論する気もないようだった。そんな妖夢を見た射命丸は続けて言った。
「何にせよ、無事に刀も戻って、鈴の正体もわかったんだし、いいじゃないですか?」
 射命丸は最後に僕を見て「ねぇ?」と上目遣いで言った。
「あ、あぁ」なぜだか声に力が入らなかった。「そう、だな」
 射命丸から目を逸した先には魔理沙の姿があった。魔理沙は変わらず神妙な目つきで僕を見ていた。僕の視線に気づくと魔理沙はチラリと視線を逸した。
それに対して、ホクホクと満足そうな顔で笑いながら射命丸が言った。
「フフン、さて、私はもう行きますね。早速、今回のことを記事にして、明日に備えなければ」
「やはり新聞に載せるのか。今回のこと」
「当然です。何しにあなたについていったのか、わからないじゃないですか」
「・・・そうか」
 大した反応もできない僕のことなど気にする様子もなく、彼女は華麗に黒い翼を広げた。
「じゃあ、皆さん。明日をお楽しみに」
 そう言うと、彼女は突風とともに、妖怪の山に戻って行った。
 そんな射命丸を見上げながら「私も行きます」と妖夢は少し笑って言った。
「今回は本当にありがとうございました。あの、お金はいらないと言ってましたけど、今度何か代わりのものを持っていきます。そうじゃないと私の気が済みません」
 その言葉と目には強い意思と頑固さがあった。その表情で僕は悟り
「あぁ、楽しみにしてるよ」
 諦めたように言うと、二振りの刀を携えながら飛んでいった。
 あっという間にこの場には僕と魔理沙だけになった。彼女に帰る素振はなく、腕を組んで僕を見ていた。
「何か僕に言いたげだな」
「あぁ、ちょっとな」
魔理沙は静かに息を吸うと、睨むように目を細めてそして言った。
「お前、今回少し変だぞ」
 やはり、と僕は思った。ここ最近における僕の情けない動揺が彼女には見透かされている。僕はそんな彼女にほんの少しだけ笑いかけて
「そうだな。確かに今回の僕は少し変だ」
と呟くように言った。
「何かあったのか?」
「別に何かあった。というわけではないよ」
 恐らく、それはこれから起こる。だがそれを彼女に言うわけにはいかない。
 あの亡霊と魔理沙を会わせてはいけない。何故そう思うのかはわからないが、直感的にそう強く感じているのは確かだ。それに、亡霊の方も敢えて魔理沙に会わないようにしているように思う。実際は見えないように、というのが正解だが。
「僕は少し、自分のことがよくわからなくなってる」
 誤魔化すように、しかし事実を僕は言った。
「ふぅん。よくわからないが、珍しく弱気じゃないか」魔理沙はそう言うと笑って「まぁ話だけは聞いてやらんこともないぜ。お前に話す気があるのならな」
彼女は少し、僕の様子を楽しんでいるようでもあった。その表情がまさにあの亡霊魔女と重なって、少し憂鬱になった。
「君には、関係のないことさ」
「関係ない。ハッ、言ってくれるぜ。別にいいけどよ」
 彼女は神妙に目を細めた。
「今回のこと、確かに解決はした。あのマヨヒガでのお前の推理は生意気だけど見事だったと思う。だけど・・・『全部』じゃない」
 依然と変わらず彼女は目を細めて、そして少し笑っていた。僕に何かを期待するように。
「この感じ、初めてじゃないよな?前回の紅魔館のときも同じだった。確かに解決はしていたが、完璧じゃない。わかるよな?」
 その問いかけに応えることはなかったが、魔理沙は勝手に肯定と受け取ったらしい。
「お前の歯車が少しおかしいことの原因がそこにあるなら、私はお前に期待する。なぜならそこに違和感を感じているのはお前だけじゃないからだ」
 魔理沙はニヤリと笑った。
「だからこれは『宿題』だな」
「宿題?」
「そう、宿題。私とお前、二人だけの宿題さ」
 そう言った彼女は、再び箒を出して、それにまたがった。
「なに、全部コーリンが考えろって言うわけじゃない。無論私も考える。一人でしまっておくよりも二人で持ってたほうが楽だし楽しいだろ?」
魔理沙そこまで言うと、無邪気に笑った。
なんだかため息が出た。やれやれ、霧雨魔理沙という人間は、どこまで能天気なのだろうか。なんだかさっきまで小難しいことを考えていた自分が馬鹿みたいじゃないか。
「笑ったな」
「へ?」
気がつくと僕は吹き出していた。
あぁ笑っているのか僕は。なんだか久しぶりな気がする。
魔理沙は安心したように微笑むと、箒にまたがったまま、ふわり空に浮き始めた。
「言いたいことも言えたし、私ももう行くわ」
 彼女は僕を見下げて、右手をあげて
「じゃあな」
と言うとそのまま空へ飛んでいった。
 僕も右手をあげ、それに応えながら彼女を見送った。そうしている間も少し笑っているのに気がついた。そして少しだけ心が楽になっている。
 年端もいかない女の子に心配されて、励まされて、背中に掴まって。プライドもクソもあったもんじゃないな。
しかし、魔理沙には感謝しなければなるまい。お陰で少しアイツに会う余裕ができた。
 僕は改めて香霖堂のドアノブを握った。
 何故僕はこんなに緊張しているのだろう。変な胸騒ぎが渦巻く。アイツの何に僕はこんなに戦々恐々としているのだろうか。
 こんなところでまた一人で考えていても仕方がない。
 僕は鍵を開けて、中に入った。

カランカラン

客が来たとき用の呼び鈴がなって、僕は店の中に入った。
窓から外の光がまだ漏れて、どこか暗いこの室内を四角に切り取っていた。
一見、室内は誰もいないように見えた。僕はそのまま真っ直ぐ歩いて、いつもの自分の席を引いて座った。
椅子を引いた音を最後に、香霖堂からほとんどの音が消えた。物達がひしめき合って視界をうるさくしている以外は、香霖堂の何処かにあるねじ巻きの時計が静かに歯車を回して秒針を動かす音しかない。
いつもの香霖堂である。アイツはいなかった。
普通の日常に戻って来たのだ。
確かに、僕はここ最近変だ。それは魔理沙に言われるまでもなく自分でもわかっている。
そもそも僕が、他人のためにここまで動くのはいつ以来だろうか。紅魔館のときはまだその後の報酬という見返りがあったし、実際そのためにやっていた。だが今回はどうだ。僕は妖夢に『鑑定料』を催促していない。向こうから持ち出してきたのを断ってさえいる。妖夢の気がもしあそこで済んでしまっていたら、僕は完全にタダ働きだった。
何かが僕を徐々に狂わしている。その正体もわかっている。
しかし、僕はなぜかそれに抗おうとしていない。成すままに、体を委ねてしまっている。
その理由が自分でわからない。何故、僕はこの変化を受け入れようとしているのか。
そう、僕は変わろうとしている。いや、変わらされている。
そして何故かそれに素直に従っている。まるで催眠にでもかけられたかのように。しかし、これは恐らく催眠ではない。なぜなら僕は自分で自分の変貌を自覚しているからだ。
以前の自分とのギャップ、それが不透明な不安となって現れる。
魔理沙もそれに気づいている。だからこそあんなことを言ったのだろう。
僕は変わろうとしていて、そしてそれを受け入れてしまっている。この変化が完全なものになったとして、僕の生活に大きな変貌は多分ないだろう。ただ僕自身は大きく変わる。
僕は今まで物達のために生きてきた。それを知るための人生だと思ってきた。だがその価値観も大きく変わる。それがどう変わるのかはわからない。今はまだ、片鱗しか見えていない。
時計が静かに時を刻んで進んで行く。果たして僕はこれからどうなるのだろうか。
僕は静かに自問自答を繰り返し、そして外の日も暮れた。



「おい起きろ」
 頬に何か尖ったものを突き立てられているような痛みが走る。
「んが?」
目の前の視界が明るくなって、意識もハッキリとしてきた。どうやら僕は寝てしまっていたらしい。
「起きろ起きろ~」
 頬の痛みもハッキリしてきた。どうやら僕はそいつの持つ、先に星型の物体をつけた杖のようなものでグイグイやられているらしい。意識も完全に明瞭になった。そいつは僕の目の前の机に大きく体を乗り出し、顔面が僕の顔の間近にあった。至近距離で目が合う。しかし僕にちょっかいを出している張本人はそれをやめようとしない。
「もう起きてるよ」
 一応僕は言う。
「起ぉきぃろぉよぉ~」
グイグイグイ。
「いい加減にしろ!」
 僕は大きくその杖のようなものを払った。そいつは楽しそうに「はっはっは~」と笑って、飛んで離れていった。
「なんだ、起きてたのか」
「完全に目があっただろうが」
「幽霊は盲目なんだよ」
「嘘つけ。見えなかったらその変な杖で僕の頬なんか刺せないだろ」
「ははは~まぁなぁ」
 そいつには足がなかった。いや以前出してる所を見たことがあるから隠しているだけかもしれない。
そいつが飛んでいった先にはいつの間に用意されていたのか、僕と向かい合っている椅子が一つあった。妖夢が座っていたものと同じ物だ。そいつは弧を描くようにユラユラとそこに座った。いや、座るような動作をした。
刺さりそうなトンガリ帽子。雲のようにユラユラとした下半身。そして上機嫌そうにニヤついている顔。
「どうやら元気そうだな。霖之助」
 そいつは意味ありげに笑って言った。
「君とあって元気じゃなくなったよ」
 僕に取り付いている亡霊、魅魔。トンガリ帽子を揺らして彼女は笑っていた。
 僕にこっそり息を吹きかけたり、僕の偽の声を作って妖夢話しかけたり、僕がここまでウンウン悩む種を作った張本人である。
「そうかい。それは何より」
 僕の皮肉を嬉しそうにケラケラ笑う魅魔。思わずため息が出る。こういうところも魔理沙にそっくりなのだ。
 やはり来たか。
 胸がざわつく。しかし、直前まで居眠りをこいていたおかげか、昼間よりは緊張はしなくなっていた。むしろ正体のわからない高揚感があった。この感じはなんだろうか。やはりという落胆と、『ワクワクしている』というと形容するものに似ているこれは、なんだろうか。
 僕は一体、こいつに何を思っている?
「それで、僕に何の用だい?」
 恐る恐る僕は聞いた。
「とぼけるなよ。お前だってわかってるくせに」
「橙のマヨヒガのことか?」
「そうに決まってんだろ?じゃなかったらこんな所にわざわざ来ないよ」
「ははは」と彼女は笑った。
「フン、随分と楽しそうだな」
「楽しそう?まぁそうだな。楽しいよ。私はいつだって楽しいね。まぁ今回の『騒動』は少しボリュームにかけるがね」
「ボリュームってなんだよ」
「簡単だってことだよ」
 彼女は当然であるかのようにそう言ってのけた。
「簡単だと?」
「あぁ簡単も簡単。未だにわからないままのお前たちがとんだ間抜けなだけさ」
 散々な言われようだが、確かに何もわからない。いやそもそも、この騒動の犯人たる『第三者』が別にいるのでは解決のしようがないじゃないか。
「それだけ言うんだったら、お前は全部わかっているということだな?」
「当たり前の助」
「は?」
「お前、もしかして私がタダでお前に教えると思ってんのか?それは虫が良すぎるって話だぜ」
「何?」
「少しは自分でも考えてみろってことだ。お前と妖夢のあのへっぽこな答えが本当に正解だと思ってんのか?」
 僕が妖夢に言った推理。その後妖夢が勝手に発展させていった推理である。
「なんでよりにもよって第三者が、だ、誰もあったこともねぇ知らねぇじいさんになるんだよwww。私はお前の後ろで聞いてて思わず声出して笑いそうになったぜwww。www~わっwwwはっwwwはwww」
 ゲラゲラゲラゲラと笑う魅魔。悔しいが反論できない。しかし、どう考えても橙が自分からマヨヒガとの縁を切ったとは思えない。妖夢は気を失っていたのだから論外。彼女が嘘をついているとも考えられない。となると、やはり切ったのは第三者である。僕達の知らない別の誰かだ。
ようやく笑うのを止めた魅魔が、ニヤつきながら顔を上げた。
「お前の推理には二つ、穴がある」
「穴?」
「一つはお前の思い込みによる勘違い。二つ目はそこから進んでいった先にあるハッキリとした矛盾だ。どちらも、すぐ考えればわかるよ。特に一つ目はな」
「お前にはそれも全部わかってると言うのか?」
「そうだって言ってるだろ?いいか、今回のポイントは情報の整理整頓だ。必用な情報といらない情報を分けて、必用な情報だけを辻褄よく合わせる。それだけで今回のことは自然と全部解ける」
「必用な情報といらない情報?」
「あぁ、例えば、妖夢との白楼剣の話。あの中にも中々興味深い話があったな。縁が切れるどーたらこ―たらはまぁ重要として、問題はそれ以外のことで他に重要なことは何もなかったかどうか」
「やっぱり、鈴とマヨヒガの縁は白楼剣によって切られたのか?」
「そうだ。先程のお前の答え、逆に言えばそこ以外は全て間違っている」
 『間違っている』とハッキリ断言され、少し胸の内がざわついた。
「じ、じゃあ、あの場には橙と妖夢以外の人物、第三者などいなかったと言うのか?」
「いや、いる。一人いるよ」
 もうわけがわからなくなった。マヨヒガにいる橙と、気絶している妖夢の他に、やはり謎の第三者。白楼剣を使えたのはその三名のみで、明らかに怪しいのは未だ素性の知れない第三者のみだ。それが正解なんじゃないのか?
魅魔は肘掛けに体重を置いて、体を横に傾けた。
「なぁ霖之助。『妖夢が気絶したあと、あのマヨヒガで何が起きていたか』ということも確かに大事なんだが、一旦、その第三者云々は隅っこに置いとけ。別のところから考えろ」
「別?」
「鈴だ」
「鈴?鈴だけか?」
「そうだ。そいつのことをもう少しよく考えてみな」
「鈴についてはもう考えたさ。あれの正体だって掴んだ。君だってあのマヨヒガのなかで聞いていただろう。それも間違いだというのか?」
「そんなことはない。見事だったよあれは。流石だった。私が言っているのはそこじゃない。この二日間における鈴のことだよ」
 この二日間における鈴?この二日間の間、鈴はずっと僕の側にあった。何か大きな変化があったとすれば、僕が見聞きしてないはずがない。
 思わず黙り込む僕に、魅魔は続けて言った。
「そこを突き詰めていけば、お前が落ちた二つ目の穴がなんだったのかわかるはずだ」
 更に念を押すように、魅魔は語句を強めた。
「鈴だよ。今回のこの騒動で一番大事なのはこの鈴だ。それがわかれば『妖夢が気絶したあと、あのマヨヒガで何が起きていたか』の謎もわかってくるはずさ。そして、お前が大好きな第三者の正体もわかるはず」
「もう一度聞くが・・・第三者というのは本当にいるのか?」
「いる」
素早い、強い即答だった。
「断言してやる。言わずもがな、そいつが今回の騒動をややこしくした人物でもあり、ある意味発端とも言える。しかし本当に重要なのはそいつが誰かということじゃない。その第三者が何をやったかが問題なんだ」
「何を、やったか・・・?」
「少しまとめようか」
魅魔は右手を上げて、数字を数えるように人差し指を伸ばす。
「① 今回のことの中で、鈴はどういう動きをしたか」
 中指を上げて
「② 鈴とマヨヒガとの縁を切ったのは誰か」
 薬指を上げた。
「③ 第三者とは誰で、どのような役割を果たしたのか」
 魅魔は右手をスッと下げて「あとは・・・」と言うと、不意に周りを見渡した。
「おい!出てこいよ!」
 まるで僕が透明な亡霊に呼びかけるように、魅魔は何もない空間に向かって叫んだ。魅魔の叫んだ先には、僕の大事なコレクション達がひしめき合っていたが、そんなところに叫んだのではないことは明白だった。
「なぁんだ。気づいてたのね」
どこからともなく声がした。瞬間、僕は息を飲んだ。僕の財宝達に一筋の黒い線がスッと入るとそこが人食い妖怪の口のように開いた。大事な商品が消えたと思い、思わず心臓が縮む。だがそうではないことに段々と気づいた。
 そのスキマは浮かんでいた。正真正銘本当に何もない空間に浮かんでいるのだ。
「聴衆料ふんだくるぞ」
「あらあら、ケチね」
 魅魔は再び僕に振り向いて、目を細めてた。
「④ 八雲紫が何をしたのか。だ」

 その穴からのっそりと出てきた彼女のことを僕は知っている。この幻想郷を作った張本人であり、あの八雲藍の主、冬の間、僕の店に灯油を恵んでくれているのも彼女である。
 八雲紫。彼女はその穴の縁に肘をかけて、僕らを見ていた。
「なんだか面白そうなことを話していたから、ちょっと見ていただけなのに」
「こそこそと覗き見るのはこっちの専売特許だ。勝手に見てんじゃねぇ」
「ふふ、言ってくれるわね」
 一体どこで張り合ってるんだ、この二人は。驚きはむしろ薄く、僕は呆れてそして紫に言った。
「面白そうな話というのは、要するに橙の話か?」
「もちろん」
 紫は意味深に即答した。その笑みには果たしてどれだけの意味が含まれているのかはわからなかった。彼女の何かを含んだ顔は、争いも知らない純真無垢な少女のようにも見えるし、如何わしい薬を大きな鍋でグツグツ煮ている魔女のようにも見える。彼女の表情から何かを読み取ることは不可能だった。
 怪しく見る僕らに気づくと「あぁ」とこぼして
「いいわよ、気にしなくて。続けなさい」
 そう言って、手で振り払う動作をした。
 何故だ。何故彼女が出てきた。八雲紫が何をしたか?今回の事とどういう関係があるんだ。まさか全て彼女の仕業というわけではあるまい。魅魔を見た。何かを考えるように目を細めて、しばらく口をへの字にしていたが、すぐにまた元のニヤつきが戻った。
「なんで観客に指図されなきゃいけないんだ」
 魅魔のその顔は、少なくとも純真無垢などではなく、何か企みを含んだようだった。
「別に邪魔しに来たわけではないのよ。悪かったわ。ごめんなさい」
 全く響かない謝罪の言葉に、魅魔は「はっ」と鼻で笑って、ユルユルと飛んで紫の方へ飛んでいった。そして紫と魅魔、二人して向かい合うような形になった。紫が動揺していった。
「なによ」
「もしかして、妖夢の刀を盗んだのも、橙の鈴をもぎ取ったのも、全部お前の仕業だな?」
「はぁ?」
 今まで笑っていた紫の顔も思わず顔を歪めた。僕も魅魔が何を言っているのかわからなかった。続けて紫は怪訝を露わに言った。
「アンタ、何言ってんの?」
 対してやはり魅魔はどこか楽しそうでニタニタ笑っていた。
「とぼけるなよ。ここに来たのはそのためだろ?私達に、自分がやったことを突き止められるのが怖くて、ここで見張ってた。違うか?」
「さっきまでと言ってることが滅茶苦茶じゃないのよ。あんた本気でそう思ってるの?」
「証拠はあるのかよ」
「なんですって?」
 紫の顔は明らかに歪んで、動揺していた。畳み掛けるように魅魔は口を開く。
「ないんだろ?」
 魅魔の真意が見えず、紫は苛つくように口をへの字に曲げた。
「だからなんなのよ。この問答になんの意味があるわけ?私は本当にただ、面白そうなことをやってるから見に来ただけよ。他意はないわ」
 言われた方の魅魔の顔が生き生きしている。今こんなことを思うのも変な話だが、きっと死んだ時はろくな死に方をしなかったに違いない。
「アンタの能力、『境界を弄る程度の能力』だっけ?便利な能力だよな。そんな能力があれば、外の世界とかによく流通している推理小説のトリックなんか、全て意味なんか無くなっちまう。それさえ使えばどんなことも可能だからな」
「・・・」
 紫は、何かを理解したように眉間によっていた皺を段々と解いていった。そして小さく「ふうん」と呟いた。魅魔まだ続けた。
「私は、アンタが今回のことで何をしたか知っている。まぁ別に責めるつもりはない。何も悪いことはしてないからな。だが、ここに何にもわかってないやつが一人いる」
 親指を突き立て、振り向くこともなく後ろにいる僕を肩越しに指した。
「あの阿呆だ」
 富んだ侮辱を言ったあと、魅魔は右手を降ろしてまた更に言った。
「アイツは未だにアンタのことを疑っている」
「そんなこと思ってないぞ!」
「じゃあ、お前は証明出来るのか?このチート妖怪が何もやってないということを」
 そう言われてしまえば、確かにやるだけだったら今回のこと、全て紫には可能だろう。しかしわざわざ刀を盗んだり、鈴を置いたりということを紫がやる意味がわからない。そんなことを言ってしまったら、例えばそれは魅魔自身にも同じことが言えてしまうではないか。紫よりもむしろアイツのほうがやりそうだ。
「ちなみに私は無実だからな」
 考えを読まれたようにかぶせてきやがった。
「はん、どうだかな。君のほうが何かしでかしそうな顔をしているぞ」
「ふん、ほざけ。私はずっとお前の後ろに憑いて周ってただけだ。何もしていない」
「じゃあ、証明してみろよ」
「なんだと?」
 「ふふっ」と笑う声が聞こえた。紫だ。紫はスキマを自分の等身大にゆっくり広げるとそこから歩いて、こちら側に入ってきた。そしてスキマを閉じた。
「仲がいいのね」
「あぁ、ベストカップルだろ?」
 魅魔はニタニタと笑いながら言った。僕は叫んだ。
「冗談じゃないぞ本当。憑かれるこっちの身にもなってみろ」
 紫はそのまま、魅魔を通り過ぎゆっくりとぼやく僕の前に立った。今度は僕と紫が向かい合って、立つ紫が座る僕を見下ろすような形になった。
「な、なんだい?」
 僕は動揺していった。
「ごきげんよう。古道具屋さん」
「ご、ごきげんよう・・・」
 紫はニコリと笑った。そして、吐き出すように僕に言った。
「私は、マヨヒガの中にも入っていないし、刀にも触っていない。そして妖夢が持ってきた鈴にも触れてないわ」
 紫は小さくため息を吐くと、「これでいいのかしら?」と魅魔の方を向いた。魅魔は変わらずニヤついて、僕達を見ていた。
 今のはどういう意味だ。紫が言ったことが真実ならばマヨヒガに入っていないのならば第三者であることも否定して、同時に縁を切ったことも否定して、そして、妖夢の側に鈴を置いたことも否定した。
 何もやっていないということなのか?
しかし魅魔は言った。『④八雲紫が何をしたのか』
紫の発言は魅魔の発言と矛盾する。
どっちが本当のことを言っているのか。しかしこれは恐らく、魅魔が紫に言わせたことだ。だとするとどちらも本当のことを言っている。ということなのか?
くそう。わからない。僕は今回のことについて、この場で唯一なにもわかっていない。このもやもやとした感情はなんだろうか。このどこにもぶつけられない心のざわめきは一体なんだ。僕は一体、今回のことで何を望んでいるんだ。
「効果は抜群のようね」
 いつの間に頭を抱えていた僕は、その言葉にハッとして前を見ると、再び紫が僕を見下ろしていた。
紫は笑っていた。僕を見て、まるで砂場で遊ぶ子供を見るかのような目だ。
 そして紫は背を向けて、再び魅魔の元へ向っていく。
「するとなに?私はあなたの自慢のスピーチを聞けないわけ?」
「すまんね。それはアイツ専用なんだ。アンタが出てきて気が変わった」
「フンッ、いけ好かないわね。帰るわ私」
 魅魔の横を過ぎると、先程と同じ場所に紫はまた等身大のスキマを作った。そこを小さくまたぐようにして、今度はこちらからスキマのなかに入る。すると紫の足元から徐々にスキマが閉じていき、スキマがあったと思われた空間にはもう何も存在していなかった。見える範囲が胸元に差し掛かったとき、紫はこちらに振り向いて
「でも、あなた達みたいな関係。結構好きよ」
そう言ってスキマ完全に閉じ、そこには何も無くなった。

「さて、私からの話も以上だ。今回はここで帰るよ」
「待て」
去っていこうとする彼女に、僕は頭より先に口が出た。
「まだ何も解決してないぞ」
「それはお前だけだろ?」
 容赦なく言う魅魔に思わず何も言えなくなった。わかってないのは僕だけ。僕だけが置いてかれている。
 魅魔が見かねて口を開く。
「そんな、おもちゃを取り上げられた子供みたいな目で見るのは止めろ。さっきも言っただろう。気が変わったんだ」
 それから魅魔は意地悪に笑った。
「悔しいのか?」
不意に放たれたその言葉に、体の中心を楔で打ち込まれた衝撃を覚える。
「様子がなんだとか魔理沙が言っていたが、要するにお前は悔しいんだ。最後までわからない自分自身にな。お前はきっと私が解いてしまうことを知っていた。本来自分の役割であるはずのことを自分ではなく、素性も知れない亡霊に奪われていった、奪われていってしまうことが悔しい。と、そういうことだろ?」
 本当にそうなのか?僕は、悔しがっていたということか?
「『自分は物専門だ』と他人に言うように自分に言い聞かせてな。本当は自分だって全部解きたいくせに」
 僕は、まさかこいつに。こいつのことを・・・
「憧れてるんだな。私に」
 魅魔のその顔はどこまで意地悪で、楽しそうで、皮肉に富んでいた。苛つかせるニヤつき。似ている。魔理沙にとことん似ている。
悪魔のように意地汚い顔で魅魔は笑った。
「可愛い奴め」
 するといきなり、魅魔は真顔になった。真剣に僕を見つめ
「今回のこと、これはお前の力で解決しろ。『宿題』なんだろ?」
 そこには小馬鹿にするような魅魔の笑みはどこにもなかった。ただ僕を一点に魅魔は見つめた。『宿題』という言葉と共に、魔理沙の顔と重なる。
「一体お前はなんなんだ。魔理沙とお前はどういう関係なんだ」
 僕のその言葉に、一瞬、魅魔は呆けたようにキョトンとしていたが、瞬間、ひどく悪魔的な笑みを浮かべた。その顔は本当に楽しそうに遊ぶ子供のようで、とんでもなくどす黒いものが潜んでいる怪物のように見えた。
「あれは私の最高傑作だよ」
 彼女はそう言うと、蜃気楼のように何処かに消えてしまった。マヨヒガのように僕を惑わしながら。



 その晩、僕は床に入って寝付くことが出来なかった。
 魅魔が消えたあともその場から動くことが出来なかった。ぐるぐる頭を回転させ、そしてようやく一つの答えに辿りついた。
 今回の騒動の件で、魅魔が僕の前に現れることはもうないだろう。八雲の家に行くにしても、果たしてそれがどこにあるのかもわからない。そもそも、こちらからわざわざ出向いて行きたくもない。
魅魔や八雲の連中の他に事の真相を知っている人物がもう一人いる。
今の僕ならそれが誰なのかもわかる。
もう外の日は昇っている。妖夢がここを訪れてから三日目の朝だ。
彼女は今日もここに来るはずだ。

 カランカラン。

 彼女は今日も勢いよく扉を開けた。
「あややや?いたんですか?窓も締め切ったままだし、外の表札も『閉店』のままでしたよ?代わりに『開店』に直しておきました。偉いでしょ。ふふふ」
 彼女は手元に持っていた『文々。新聞』を僕に渡した。
「今日は敢えてここを最後にしました。なんと言ったってあなたが主役の、解決編の記事ですからね。折角またここに来るんだったら、手渡しでいいかなと思いまして」
 彼女は今日も空回りするほど大きな声で僕の元に来た。
「待ってたよ」
 新聞を畳んで脇に置いて、射命丸を見た。
「君に是非聞いてほしいことがあるんだ。新聞の種にならないかなと思ってね」
「あややや!タレコミですか!大歓迎です」
 好奇心に溢れた顔で射命丸は胸元のポケットからあのボロボロの手帳を取り出した。
「鈴の真実がわかった」
僕がそう言った途端、射命丸のペンが止まった。
「鈴の?」
「そう、鈴の、それを含めた全ての謎さ」
「真相がわかったということですか」
「そうことだな」
 射命丸は何かを悟るように笑みを浮かべた。それは今までに見たこともないような彼女の嬌笑だった。
「座るとこ、あります?」
「そこの椅子を使っていいよ」
 客人用の椅子。ここ数日の間で妖夢や魅魔が座っていた椅子だ。
 彼女はその椅子を、もはやおなじみとなった、僕と向かい合うような定位置に置いて、そして座った。
「聞きましょう。いえ、聞かせて下さい」
 膝を組んでその上にメモを持った手を置いた。
「いいだろう」
 僕は彼女を見据えた。

「まず、鈴のことについて話して行こうと思う。『今回のことの中で、鈴はどういう動きをしたか』」
「鈴の正体については、昨日霖之助さんが既に言ってましたよね。マヨヒガと橙を結ぶ鍵のような物だと。それによって橙はマヨヒガを操ることができた」
「あぁ。でも今回話さなければならないのは、鈴の正体じゃない。鈴がどういうポジションにあったかということだ」
「ポジション?」
「鈴は最初、橙が持っていた。その鈴が、妖夢がマヨヒガを訪れて、気絶して、そして妖怪の山の中に置き去りにされる間に橙の元から離れて、妖夢の倒れているすぐ側に落ちていた。それから妖夢はその鈴を持って僕の店を訪れた。ここまではわかるかい?」
「ええ、そりゃあもう」
「その後、鈴は僕が預かることになった。次に動きがあったのはそれから次の日」
「霖之助さんも妖怪の山に行ったときですね」
「僕が妖怪の山の中に入ったそのときに、鈴の能力によってマヨヒガと出会うことになったわけだ。それから藍に鈴を返して、おそらくは今頃再び橙の元に戻っている」
「それのどこが問題なのですか?」
「昨日の僕は、マヨヒガと鈴の縁は白楼剣によって切れたと言った。刀と鞘がバラバラの状態で放置されていた事や、何より、僕達がマヨヒガに訪れた時に橙の姿がなかったこともその証明になるだろう。マヨヒガとの鍵となる鈴を僕が持っているということは、そのとき橙にはマヨヒガに入る術がなかったということだ。このような状況を生むには、鈴との縁を切り離して、そして橙と鈴から鈴を離さなければこういう状況にならない。
 しかし、そうなると大きな矛盾が一つ出てくる」
「矛盾?」
「そう、妖夢が気絶している間にマヨヒガの中で縁が切られたとなると、そのまま縁の切れた鈴を持った僕がマヨヒガに出会うわけがない。にも関わらず、鈴の能力によって僕は妖怪の山でマヨヒガと実際に出会った。これは明らかな矛盾だ」
 射命丸は考えるような素振をして
「ではそういうことなんでしょう?『本当は縁が切られてなんかいなかった』のか『霖之助さんがマヨヒガと出会ったのは実は鈴の能力に依るものではなかった』このどちらかということですか?」
「違う。縁は本当に切れていたし、僕がマヨヒガと出会ったのは鈴の能力によるものだ」
「それじゃあ、説明がつきませんよ」
「入れ替えられたんだ」
「入れ替え?」
「『誰かが何処かで、縁の切れた鈴と縁が繋がっている鈴を入れ替えた』んだ。これが『今回のことの中で、鈴はどういう動きをしたか』の答え。鈴は何者かに縁を切られて、結果的に妖夢の元へ落ちていった。その後、何らかのタイミングで鈴は入れ替えられた。そして僕はその入れ替えられた鈴を持って、妖怪の山に行った。これが今回の鈴全体の動き。
鈴は二つあったんだ」
「わかりませんよ。なんでそんなことが言えるんです。入れ替わったなんて、いつ、誰が・・・あ、わかりましたよ」
 射命丸は思いついたようにクツクツと笑った。
「八雲紫ですね」
「それじゃあそのことも踏まえて、次に進もうか」
「次ですか」
「『鈴とマヨヒガとの縁を切ったのは誰か』」
「昨日の霖之助さんの話だと、橙でも妖夢さんでもなく、全く別の誰かが同時にマヨヒガにいて、その人物が切ったと言ってましたね。つまり、その人物は誰か。ということですか?」
「いや、そのことについてはまたあとで話す。今は鈴とマヨヒガの縁を誰が切ったのかということだけだ。
 いいか?昨日の僕の推理だと、白楼剣で縁を切ったのは橙でも妖夢でもない。他の誰か第三者だということになっていた。つまり第三者は白楼剣を使いこなせていたということになる。
『白楼剣を使いこなせていた』これだけでも、誰が第三者なのかグッと絞る事ができる」
「それで出てきたのが、妖夢さんのお師匠さん、ということに昨日はなってましたね」
「あぁ、でも誰も見たことも会ったこともない人がいきなり犯人なんていうのは流石にないことだと思うよ。なんというか・・・それはナンセンスだ。それに、例え妖夢の師匠が本当に第三者だったとしても、わざわざ自分の弟子から刀を奪って、それをその場に刀身むき出しのまま放り捨てて放置、なんてことを刀の師匠がするかな」
「でも、だとすると必然的に切ったのは橙か妖夢さんかになってしまいますが?」
「そうなるな。だから切ったのはそのどちらかだ。第三者じゃなかったんだ。しかし妖夢は違う。妖夢は気絶していた」
「嘘だったという可能性は?」
「師匠と同じような理由になるけれど、自演だったとしても、自分の、しかも家宝を刀身むき出しで捨て置くなんてことするかな。いらなくなった。というわけでもない。なにせそれを探して僕のところに来たのだから」
「だとすると切ったのは橙ですか?でも、それは一番ありえないのではないでしょうか?」
「どうしてだい?」
「だって、そうなると橙は、自分でマヨヒガと鈴との縁を切った事になります。まさか、本当に自分から縁を切ったということですか?霖之助さんも昨日同じことを言っていたではありませんか」
「僕は今まで少し勘違いをしていたみたいだ」
「どういうことです?」
「僕達は今まで、『縁を切った犯人は、縁を切るために白楼剣を利用した』と思っていた。いや、正しくは『マヨヒガと鈴の縁を切るため』か。そしてそのためには、切った犯人は少なくとも『白楼剣を使いこなせていた』ということになる。でもそれは間違いだった。使いこなせていなかったとしたら?」
「『白楼剣を使いこなせていなかった?』」
「そう。つまり、『マヨヒガと鈴の縁が切れていた』から『誰かが何かの目的を持って白楼剣で縁を切った』と考えていたのが間違いだったんだ。でも使いこなせていなかったのだとしたら?『誰かが別のモノを切ろうとしたが、誤ってマヨヒガと鈴の縁を切ったしまった』のだとしたら。
白楼剣は非常に扱いの難しい刀だ。それに加えて『縁』という常人の僕らには見えない不確かなモノを切るとなると、その難しさは倍どころではなくなる。そんな刀を持ち主以外が簡単に利用出来るものなのか。
そう考えると、逆に妖夢や妖夢の師匠ではありえなくなる。理由は言わずもがなさ。逆に橙の可能性が高くなる」
「でもそうなると、再び橙の以外の第三者の線が出てきますね」
「ああ。だが、見方を変えれば『第三者』という人物も少し違って見える」
「見方?」
「『白楼剣で何を切ろうとしたのか』ということさ。誤って鈴の縁を切ってしまったのなら、本来切りたかったものが別にある。ということだろう?それはなんなのか。
 僕が、縁を切った犯人が橙だと考えるのは、妖夢から白楼剣を取ろうとした方法だよ。妖夢は、自分の住む向こうの世界から逃げ出した浮遊霊を追いかけて、マヨヒガに誘い込まれた。わざわざマヨヒガに誘い込むということは、そこに誘い込めば奪えると思ったからだろう。それほど自分に有利な場所ということさ。それに、『橙が妖夢を誘い込んだ』いや、『マヨヒガの中で妖夢を待っていた』という証拠ならあるんだ」
「そんなものありましたっけ?」
「湯呑みだよ。マヨヒガにあった湯呑み。僕と魔理沙がマヨヒガに行ったとき、マヨヒガの座卓の上には湯呑みがあった。それは藍のマヨヒガの中での、『歓迎』の思いに反応してマヨヒガが勝手に出したものだ。
そして、妖夢も最初にマヨヒガに入ったときのことを話していたときも、マヨヒガで湯呑みが出たと言っていた。それはまさしく、その時橙が妖夢をそこで待っていたからに違いない。ある意味でそれは『歓迎』の現れだった。それが客人用の湯呑みとなって出てきてたんだ」
「つくづく面白い家ですね」
 射命丸は思い出したかのように、手をパンと叩いた。
「でも第三者はどうやってマヨヒガにたどり着けたというんです?私達だって丸一日探しても何も見つからなかったんですよ?」
「第三者がどうやってマヨヒガにたどり着けたのか。それを明確に示すことは、申しわけないができない。ただ、どうやってたどり着いたのかはともかくとして、そこに橙と妖夢以外の第三者がいた。という証拠なら示す事ができる」
「なんですか?」
「それもやはり湯呑みと同じマヨヒガ本来の特性に関することだ。湯呑みのときと違うのは、それはマヨヒガのもう一つの特性に関係しているということだ」
「もう一つの・・・特性?」
「マヨヒガの特性といえばなんだ?」
「その場にいる人によって、姿を変えることですか?」
「では、マヨヒガはどのタイミングで姿を変える?」
「・・・どういう意味です?」
「マヨヒガは常に中の人物達に合わせて大きさや内装をコロコロ変えていたわけじゃない。何らかの変わるタイミングがあるんだ。
 最初の、魔理沙が前にマヨヒガの中に入ったときのことを話したことがあっただろう。『魔理沙は気が大きくなっていた。だからマヨヒガの外装は大きくなった。逆に橙はそれに対して拒んだ。だから中はがらんどうだった』
 次に妖夢がマヨヒガに迷い込んだときの話。『妖夢は怯えていた。だからマヨヒガは小さく小屋のようになった。しかし橙はそれに対して、妖夢をある意味歓迎した。だから湯呑みまで出て、中も自然にきちんと整えられていた』
 マヨヒガは新しく来訪者が訪れたときのみ内装と外装を変える。人が出るときでも、中で人が話をしているときでもない。人が新しく訪れたときに、その場にいる人物の心の中を反映させる。逆に言えばそれ以外のときは姿形を変えることはないということだ。
そして、藍がマヨヒガに入ったときのこと話していたときだ。藍はこう言った。
『私が先程初めてここに来たとき、中の様子はひどく荒れていた。お茶なんてもちろん用意されてなかったし、そもそもつくえから何からボロボロで、とてもではないが人が住んでいるような安心感もなく、怪しい気配が漂っていた。それが君たちが来て、私の心が反映された事によって変わったんだ』
ここで注目すべきなのは、藍がマヨヒガに入ったとき、中はひどくボロボロだったというところだ。
恐らく、八雲藍がマヨヒガに入っていったときのマヨヒガ自体の大きさは、少なくとも小さなボロ小屋なんかではなかったはずだ。藍がマヨヒガを恐れる要素なんてどこにもないからね。その後、僕と魔理沙に会ったときも、外はともかく内装はピカピカだった。にも関わらず、藍が始めマヨヒガ内に入ったとき、中はボロボロだったと言っている」
「八雲藍が嘘をついている?」
「違う。恐らく中は変わってなかったんだ。八雲藍がマヨヒガに訪れたとき、来訪者として、八雲藍の心境に反応して外装は変わったが、内装は変わらなかった。八雲藍が来る前の状況を引きずっていたんだ。
そのことを踏まえて、最後にマヨヒガに入った来訪者が妖夢だったとすると、本来ならばボロボロではなく、同じようにきちんと綺麗なままになっていたはずなんだ。しかし藍が来たとき内装はボロボロだった。どういうことか?それは妖夢と藍の間に別の来訪者である第三者がいたということだ。そして内装が変わっているということは、つまりそのとき中には誰かいて、その誰かの第三者に対する気持ちが反映して、マヨヒガをボロボロにしたんだ。
第三者は橙に相当嫌われていた人物に違いない」
「なるほど。第三者がマヨヒガに来ていたことはわかりました。しかし結局のところ、第三者は何をしたんですか?マヨヒガとどういう関係があるんですか?」
「第三者は何もしていない」
「何も、してない?」
 射命丸の声に僕は頷いた。
「第三者という人物が何を思って、どんな目的をもってそこに訪れたのかはわからない。ただ確実に言えるのは、その人物はマヨヒガには来ただけで、そこでは何もしていないということだ。
なぜなら、第三者とはこの場においては被害者なのだから。
第三者がマヨヒガに訪れたとき、橙は何を思ったのだろう。答えはマヨヒガが教えてくれる。それはそれは嫌だったらしい。歓迎はきっとしていなかった。そんな橙と第三者と寝ている妖夢。この時この瞬間何が起こったか。それは、鈴とマヨヒガの縁が切れてしまうこと。白楼剣を誰かが使ったんだ。そしてこの時に白楼剣を持っていたのは誰か。間違いなくそれは橙だ。
橙は、第三者に向かって、白楼剣を振り下ろした。何らかの目的を持ってね。
これが『鈴とマヨヒガとの縁を切ったのは誰か』の答えだ。すなわち『橙は第三者を切ろうとして、誤って鈴とマヨヒガとの縁を切ってしまった』」
射命丸は目を細めて、何かを思い出すように微笑んだ。
「そう・・・だったんですね」
「じゃあその『第三者とは誰で、どのような役割を果たしたのか』」
「役割・・・ですか」
「これが、このマヨヒガ騒動をややこしくした最原因と言ってもいいだろう。
そしてその人物とは、橙が白楼剣で切ってしまいたかった人物。そして、縁のある鈴と無い鈴を入れ替えた人物でもある」
「マヨヒガ云々はともかくとして、鈴の入れ替えもその人物の仕業ということですか?」
「そうだ。だが、そのことについてはあとで話そう。まずは再び橙の話に戻ろうと思う。橙はなぜ、マヨヒガと第三者を切ろうと思ったのか。第三者の何を切ろうとしたのか。そしてその動機について。
橙といえば、ここ最近人間の里で何かと話題になっていたみたいだね。『幻の家』とかなんとかいって、それをわざわざ探しに来る捜索者も多く出たそうじゃないか。(僕らも実際にそのような人物に会っている)橙自身はその状況をどう見ていたんだろうか。
恐らく、橙にとってはあまり好ましくない状況だったのではないだろうか?元は自分の発端とはいえ、こう毎日お祭りのように人間の方から探しに来られては、橙にとっては邪魔だったんじゃないだろうか。
そして、それは橙自身が何か行動を起こさねばならない動機にはならないだろうか」
「それで、妖夢氏の白楼剣を盗もうと?それは少し突飛な考えではないのでしょうか。第一、なんで白楼剣なんです?山に登ってきた人間から遠ざけることが目的なら、マヨヒガごと雲隠れでもすればよかったのに。彼女はマヨヒガを操れたわけですから、そんな人間のことは放っておけばよかった。妖怪の山は広いし深いですからね。ちょっと奥に行けば人間なんて早々入って来れない」
「でも彼女はそれを選ばなかった」
「選ばなかった?」
「彼女の飼い主。八雲藍のことがあったからだ。
藍は人間という存在に対しては、非常に温和だと妖夢も言っていただろう。もし山で遭難でもすれば、藍もきっと助けるだろうと。藍も実際にそうするようにと橙に言っていたらしい。故に、橙も見捨てることが出来なかった。
そして彼女は主人に言うことも出来なかった。なぜなら、橙にとってマヨヒガとはその主人から託されたもので、マヨヒガ絡みのトラブルをその主人に相談することは、その使命を投げ出すことと同じだからだ。藍も人間内で有名になることについては橙にも言っていたらしい。そんな相手に新聞で有名になったなんて、自分からは言えないだろう。
だから橙は誰にも相談せず、逃げることもなく、自分一人で解決する道を選んだ。
選んで、白楼剣を手に入れようとしたんだ」
「ちょっと待って下さい。それなら、今の状況はなんなんです。結局橙は私達の前から姿を消して、今も行方知れずではないですか」
「だから。君は少し先走り過ぎだ。まずは、僕の話を聞いていてくれないか?」
「・・・わかりました」
 射命丸はしぶしぶ頷いた。
「さて、じゃあ彼女は一体、白楼剣をどのように使おうとしていたか。
彼女は今言った状況を打開すべく、恐らくは色々考えたに違いない。そして行き着いた先が白楼剣だった」
そこで射命丸はその突飛な考えに思い当たったのか。口をゆっくり開けた。
「・・・まさか」
僕は頷いた。
「橙は、登ってくる捜索者とマヨヒガとの縁を切ってしまおうと考えたんだ」
 思いついてしまった考えを振り払うようにして射命丸は言った。
「でも・・・でも待って下さい!そんな馬鹿な方法・・・」
「今回、切られていたのはマヨヒガの縁だ。持ち主の心境によって切れるものが変わる剣で切ったものがそれだったんだ。誤って自分の縁まで切ってしまったにしても、やはり切りたいものは縁だった。
それに、こういう考えかたも出来る。いくら登山者が山で遭難しても、見つけられないのだったら助ける事もできない。助けないのではなく、助けられない。マヨヒガをそういう状況にすることが、橙の目的だった。つまり、主の命令をうまく避けて、なんとか人間の里内での自分の知名度を下げようとしたんだ。自分だけの力で」
思い当たる節があるのか、射命丸はメモを取るのも忘れて、額に手を当ててその場面を思い出しているようだった。
「妖夢がマヨヒガに入って橙によって気絶をした後、その人物はマヨヒガの中に入っていった。理由はわからない。ただその人物は橙が白楼剣を使う対象となっていた人物。ちなみに、それは普通の捜索者ではない。少なくとも、橙よりもっと上位の存在だ」
「なぜそんなことが言えるんです?」
「橙がマヨヒガからいなくなっていたからだ。橙が誤って自分とマヨヒガとの縁を切ってしまったとき、その後一体何が起こったのか。恐らく、マヨヒガが勝手に移動を始めたんだ」
「移動・・・」
「マヨヒガを制御していたのはあの鈴、家の中で鈴を持っていれば、マヨヒガを操ることが出来た。しかしその仕組は結ばれている『縁』に頼る部分が多かった。もしそれが切れてしまったら・・・。
あのマヨヒガはある場所から他の場所に移るとき、激しく揺れる。きっと橙もそれを感じたはずだ。自分の思っていることと違うことがマヨヒガに起きて、自分が誤って縁を切ってしまったと気づいたはず。だったらなおさら橙はあそこにとどまっていなければならない。その状態でマヨヒガから離れたら10分どころではなく、一生見つからないかもしれない。僕が同じ立場だったら何がなんでもそこにいようとするだろう。事実、刀だけはそこに残っていたわけだからな。
しかし、僕達が、いや、八雲藍がマヨヒガに訪れたときには橙の姿はそこにはなかった。誰かが橙を連れ出したんだ。半ば無理矢理。いや、無理矢理というのも違うかもしれない。その時橙が、どういう反応をしたのか僕にはわからない、恐らく、呆然としていたんじゃないかと僕は思う。
何も知らない第三者は、その揺れを異変と感じた。僕もあの家がいきなり揺れたときは驚いた。そして、あろうことかその人物は妖夢と橙を連れて脱出を試みた。その人物の素早さは僕達も見ている。あっという間で橙も逆らえなかったんだ」
射命丸はもう相槌も打たない。少し笑っているような目で僕を見ている。
「恐らくその人物は、そのまま上空に逃げた。眠っている妖夢と橙を脇に抱えたままね。上空から消えていくマヨヒガを見ていた。橙がそれを見て黙っている訳がない。呆然としたまま外に連れ出されてしまった橙はここで正気に戻って、第三者の手から逃れようとあがいた。そのときに何をしたのか。丁度、魔理沙がその直後の第三者の匂いを嗅いでいる。その時魔理沙は『焦げ臭い』と言った。橙から間近で弾幕を受けたんじゃないか。その衝撃で思わず、第三者は手を離して、自分が持っていた新聞の束もそこらの落としてしまった。あそこら近辺に新聞が散乱していたのはそのため、その証拠にそこらに散らばっていた新聞のほとんどは、妖夢がこの店に初めて来た日と同じ日のものだった。その日の『文々。新聞』が配られなかったのもそのためだ。(その日の前日、前々日の新聞、そして次の日の新聞は届いているが、当日のものは届いていない。妖夢が持ってきたときに初めて見た)そこで全てを落としてしまったんだ。
 恐らく、その人物が橙の鈴を手に入れたのもここだ。落ちそうになって捕まえようとしたのをたまたま鈴だけもぎ取ってしまったのか、それとも弾幕の衝撃で鈴が外れてしまったのか、そこまではわからないが、たまたま鈴を手に入れてしまったそいつは、とりあえず妖夢を、地面に寝かして、何事もなかったかのように去ろうとした。しかし、もう一つそこで何か大きなことが起きた。それはそいつがマヨヒガとの縁がついた鈴を手に入れたことだ。
 そこでその人物はあることを思いつく。この事を自分の新聞のネタにしてやろうってね。
 その人物は敢えて、縁のついてない方の鈴を妖夢の近くに置いたままにして、そして香霖堂にやってきた。最初から全部知った上でね。
 そいつは妖夢と僕らが会話している隙を見て、鈴を見る振りをして、縁のついている鈴と入れ替えた。
 そうやってそいつは、自分が赤の他人を装いつつ、この鈴騒動を良いようにネタにして、無事、良いように幕引きを得ることができた。
・・・まだ、僕が喋っていたほうがいいかい。第三者、いや、射命丸文。君なんだろ?」

10

「なるほど、いいでしょう。霖之助さんの言う第三者が私だとして、まだハッキリしていないことが一つあるんじゃないですか?」
 射命丸は鼻で笑って、肩をすくめた。
「私がどうやって、縁のついた鈴なんて手に入れたというんです?」
「そこで、四つめの問だ。『④八雲紫が何をしたのか』」
「・・・」
「八雲紫がしたことは簡単だ。君に新たに縁のついた鈴を渡したんだ。マヨヒガに縁をつけられるのは彼女しかいなかった。故に、新しく鈴が出てきたとしたら、それは彼女も関わってくる」
「でもそれは変じゃないですか?八雲紫がまた縁付きの鈴を作ったとして、何故それを私に渡すんです?そんなことしなくても、入れ替えるんだったら、とっておきの能力が彼女にはあります。そもそも自分で橙に渡せばよかったのではないでしょうか。最初からそうしていれば、こんなちょっとした騒動になることはなかった」
「こんなちょっとした騒動を起こすことが、彼女の目的だったんだ。いいか?人間の里で橙が有名になってしまったこと、藍が『八雲のルールに反している』とまで言ったこと、マヨヒガの縁が切れた云々よりも、むしろ紫としてはそっちをなんとかするほうが最優先だったんじゃないか」
「なんとかする方法が私に鈴を渡すことだったと言うんですか?」
「そう、橙があそこまで祭り上げられた原因を作った君に渡したんだ。そして、こう言った。『その新聞を使って、今度は橙を悪者にしろ』ってね」
 僕は昨日の夜言った、八雲紫の言葉を思い出した。
『「私は、マヨヒガの中にも入っていないし、刀にも触っていない。そして妖夢が持ってきた鈴にも触れてないわ」』
 八雲紫はマヨヒガに縁をつけた、だからと言ってマヨヒガに入ったとは限らない。入らなくても縁はつけれたのかもしれない。無論刀にも触ってない。触る必用がない。そして、妖夢が持ってきた鈴にも触れていない。紫が触れたのは、もう一つ別の、射命丸が持ってきた鈴の方だ。縁のついていない鈴は射命丸が入れ替えて、恐らく紫か、もしくは藍に渡した。
「八雲紫は君に鈴を渡すのが、一番の得策だと考えた。君は自分の身に起きたことを記事にしたがらない。なるべく他人の目を通して記事にする。昨日の新聞もそうだった。記事の中に君自身はいなかった。そこをうまく利用されたんだ」
「香霖堂に持っていって、『マヨヒガの女神』から『霖之助の冒険譚』にすり替えてしまうのも彼女の案でした」
 射命丸は突然喋りだした。
「・・・認めるのかい?」
「えぇ、まぁ。ほとんど正解ですし」
 射命丸は笑いながら、今日の『文々。新聞』を渡してきた。
「読んでみて下さい」
 僕は新聞を手に取った。そして、僕は驚いた。今言ったことが、一部改変されて、ほとんど紙面に載っていたからだ。
解決!マヨヒガの女神は刀泥棒なのか?
 新聞はそうやって始まっていた。その中で妖夢はやはりどこかの用心棒侍、魔理沙は探偵助手M、射命丸はどこにもいなかった。ほとんどは僕が今言った事と変わらないことが書いてあるのだが、大幅に変わっているのは橙の動機と第三者の正体。
 この新聞の中で、橙が襲いかかったのは普通の探索者ということになっていた。そして、八雲の字はどこにもなく、橙は単純に自分が有名になりすぎて犯行に及んだことになっていた。
「昨日、と言ってももう0時は過ぎてたので、ほとんど今日のことですが、八雲紫がうちに来たんです」
 僕は昨夜の八雲紫の訪問を思い出した。なるほど。あのスキマにかかれば、家の場所や鍵なんて意味を成さない。射命丸は続けて言った。
「彼女は、私に今日の記事のことを指示し始めました。私はその通りに書いて、なんとか完成させた。天狗社会はルールに厳しいですからね。夜中に印刷所を叩き起こすのは無理だったので、朝一番で出来た記事を印刷して、今現在、というわけです」
 僕らの前に姿を現した後のことだろう。こういう感じは前にもあった。紅魔館の鍵の出来事。誰かに利用されて小説の謎を解く探偵の真似事をする感じ。非常に気持ち悪い気分だ。
「ほとんど正解、というのはどういうことかな?」
 僕は八雲紫のことを避けるように、射命丸に聞いた。
「違ってる部分がいくつかありました」
 彼女は続けて言った。
「私が、あの家を発見出来たのは、恐らく偶然です。空を飛んで香霖堂に向かうところでした。山の中に不自然に霧が固まっているところがあったんです。私は直感的にそこがマヨヒガだと思ったんです。目撃者の証言もあったし。面白そうだと思って、そのまま入りました。
中の様子は、まぁ霖之助さんも入ったんだったらわかりますよね。あの独特な感じ。私はそのまま進んで、そしてあの家を見つけました。私のときは小さなぼろ小屋ではなく、しっかりとした造りのちゃんとした家でした。そうですね。ちょっとした豪邸と言ってもよかったかもしれません。その時ですかね。
『帰れ!』
大きな声が家の方から聞こえてきました。私は間違いないと思いました。これはマヨヒガとその主の声だってね。
『ちょっと取材させてもらえませんか?』
私は言いました。扉に近づいてそのまま開けて中に入りました。中の様子は・・・まぁここも言わなくてもわかりますよね。想像の通りですよ。外は豪邸なのに、中はボロボロ、そのときはマヨヒガがそういうものだと知らなかったので、おかしな気分になりました。
中に入って扉を閉めた、その瞬間ですね。いきなり橙が刀のようなもので襲いかかって来ました。ギリギリで避けましたが、あと少しで私に当たるところでした。
『落ち着いて下さいよ』
みたいなことを確か言ったと思います。倒れている魂魄妖夢に気づいたのはその時です。橙は鬼のような目つきで私を睨んでいました。持っている刀は妖夢の物だとも気付きました。その瞬間です。まるで大地震が来たかのような揺れが私達を襲いました。何が起きているのか私にはさっぱりでした。橙が何かを仕掛けたのかと思って見ると、橙本人も顔面蒼白で、一体何が起きているのかと言った感じでした。
『嘘・・・なんでそんな・・・私は何も・・・』
そういう声が聞こえて来ました。私はますますわけがわからなくなって、とりあえずここから脱出することを考えました。私はコンマ一秒で妖夢さんの元に駆け寄って、彼女を抱えると入ってきた扉の方に向きました。
その時、私に向って橙が飛びかかってきたのです。揺れと抱えている妖夢さんで避けることが出来ませんでした。確かその時はもう彼女は刀を手放していたと思います。
『お前のせいだ!』
みたいなことを叫んでいました。完全に怒りで我を忘れているようで、後半はもうぐちゃぐちゃで何を言っているのかはわかりませんでしたが、私に対する罵倒の言葉だったことは確かです。仕方なく私は橙も抱いて急いで家を出ました。
後は霖之助さんが言った通りです。私はそのまま空に逃げて、正気に戻ったらしい橙に痛い目に合わされて、とりあえず妖夢さんを例の階段から近い場所に妖夢さんを置きました。私も興奮していたんでしょうね。その時初めて、自分が何かを握っていることに気が付きました。それは、橙が首から下げていた鈴でした。きっと家の中で揉み合っているときにもぎ取ってしまったんでしょう。
私は良い新聞のネタにできるなと思って、妖夢さん側に鈴を置いて、そこからちょっと見えるところに落ちている新聞の一つを置いて置くと、そのままその場を離れました。
まだそれは山の中でした。目の前にいきなり裂け目のようなものが現れて、八雲紫が現れました。
昨日とそして今日の新聞は全て八雲紫の指示で書かされていた新聞です。相手は幻想郷の長。従わないわけにはいきませんでした」
そこまで射命丸は言うと、目を閉じ、腕を上げて、「うぐぐぐ・・・」大きい伸びをした。
「っあぁ~あ、結局バレちゃいましたねぇ」
 腕を降ろして、「ふぅ」と言うと、妙に力のない顔で
「でもなんだかスッキリしました」
 そう言って清々しそうに笑った。
「八雲紫は私のことを完全に、理解していました。私が自分自身を新聞に載せないことを知っていた。だからこそ最初に私の前に現れた。いや、私の前にしか現れなかった。本当のことを書かせないためにね」
実は僕のところにも現れた。ということを言うべきだろうか。いや、言ったところもう気休めにもならないか。今思えば、八雲藍の方がマヨヒガで僕の前に現れたのは僕に謎を解かせるためだったのかもしれない。
射命丸は続けた。
「ちょっと悔しかったのは、彼女に指示されて書いたこの記事ですが、全てに於いて私が書きそうなツボを抑えてあったということです。言われるままに書いているときも、『これは面白い記事だ。きっとみんな食いつくぞ』と思いながら書いていました。恥ずかしい話なんですがね。
なんていうか、私しか知らない事実があって、それを自分の新聞で書き換えて、事実を曲げていく行為が、少し快感だったんですね」
そう言って、射命丸は少し寂しげに笑った。この射命丸文という天狗は本当に色んな表情で笑う妖怪だ。無理にでも楽しむ。ということを強制させられているようだ。
「こういうのは、二回目だ」
 僕はしみじみと言った。
「外からいきなり話を持ち込まれて、いやいや足を動かして、無駄に色々考えさせられて、気づけば全て誰かの手のひらの上。自分の意思で全部動いてるはずなのにね」
 力なく笑った。射命丸は素朴な顔で聞いてきた。
「迷惑でした?」
「え?」
「今回のこと、妖夢さんから依頼を受けたことも、妖怪の山にみんなで調査に言ったことも、自分の推理を誰かに披露したのも、霖之助さんにとって、邪魔なものでした?」
 射命丸は憑き物が落ちたように、体全体から力が抜けているようだったが、そう聞く表情は真剣に僕を見ていた。
「わからない」
 僕は言った。何故かそれを正面に捉えることが出来なくて、僕は目を少し伏せた。
「もし、本当に、ただ迷惑していただけだったら、少し意外です」
「そうかい?」
 射命丸はいつものようにニコリと笑った。
「だって、なんだかんだ言って、霖之助さん楽しそうだったから」
 丁度、朝日が照ってきて、香霖堂内を明るく照らす。
「そうかい」
 思わず鼻で笑ってしまった。
「君もそういうふうに見えたかい」
「はい」
 眩しい笑顔だった。
「君も楽しかった?」
「もちろん」
 僕は、やはりどこかでうんざりしていたが、なぜだか笑ってしまう自分もいることに気づいて、それでまたうんざりした。
 やれやれ、こんな烏天狗にまで見破られてしまうとは、僕も弛んでるな。もしかしたら、これも変化というやつなのかもしれない。
「君は、その新聞はやはり今日も配るのか?」
「配るというか、人間の里に置いてもらってる場所があるので、そこに渡しにいくだけです。直接配達する人間なんて、そういないですよ」
「へぇ、そうなのか」
「ええ、もし書いてるやつが天狗だってばれたら、それこそ事じゃないですか」
「そりゃそうだ」
 納得して頷いた。
「霖之助さんはどうするんですか?」
「何がだい?」
「今日わかったこと、今話してくれたその推理、誰にも話さないんですか?」
「そうだなぁ」
僕は考えた。妖夢の刀が見つかった時点で、この答えは無用のものだ。わかったところでどうにもならない真実、むしろ放っておいたほうがいい、意味のない推理。それはもう、随分前からわかっていた事じゃないか。
・・・いや、そうか。意味はなくても、僕には宿題があった。
「話したら喜びそうなやつが一人いたな」
 窓の外を見た。明るい。朝だ。もう少ししたらあの真っ黒で小さな魔法使いも来るんじゃないだろうか。もしかしたら、もう一人赤と白の親友も一緒に連れてくるかもしれない。
「はは、そうでしたね」
 承知したように、射命丸は笑った。
 そして、僕達の間で、一息つく間があった。どっちかが「さて、それじゃあ」というどっちもが待って、どうしようか決め兼ねている。そんな短い時間。
 その音が聞こえてきたのはその時だ。

 チリン。

「ん?」
 僕と射命丸は目を見合わせた。キレイな、どこか可愛げのある音だった。
「聞こえたか」
「はい。外からでした」
 僕達は勢いよく席を立つと、急いで玄関に向った。そして、恐る恐る扉を開けた。
 が、そこには誰もいなかった。
 期待が外れて、僕達は肩を落としたが、視線が地面に向いたとき、僕はようやくそれを見つけた。
 どうやら僕の推理にはもう一つ穴があったらしい。しかし考えてみればそうだ。橙は射命丸から逃れたあとどこに行ったのか。僕はてっきりあの途方もない森と山を東奔西走の如くマヨヒガを探し回っているものかと思っていたが、よくよく考えてみれば橙が落とされた場所も妖夢が気を失っていた場所周辺であることは間違いない。当然、彼女は倒れている妖夢も見つけただろうし、側に落ちている鈴だって見ただろうし、落ちている沢山の新聞も見つけたことだろう。
 こっそり鈴だけ拝借できればよかったのだが、運の悪いことにそうする前に妖夢が起きてしまった。彼女にとって、ある意味今一番顔を合わせたくない人物だ。しかし、鈴を持っている妖夢をそのまま見逃すわけにもいかない。仕方がなく彼女はそのまま後をついていくことしか出来なかった。そして、あの日も香霖堂の窓は開いていた。
 彼女は、ずっと側にいたのだ。八雲紫や射命丸の他に、僕を利用していた者がもう一人いたというわけだ。そうでなければ、今ここにこれがあるはずがない。
 思わず声を出して笑った。流石は幸運の家だ。
 それは、小さなかごに入っていて、傍らには小さい手紙が入っており
『こうせいのうでは、ありませんが』
 射命丸はそう書かれている手紙と一緒に、その耳栓をパシャリと撮った。
前の話をここに投降してから約二年が経つようです。末恐ろしい事実です。本当は去年の冬辺りを目安に頑張っていたのですが、気づけば夏でした。
また感想、評価もらえたらうれしいです。
猛進ドイ
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コメント



0.90簡易評価
1.20名前が無い程度の能力削除
「つまらない注意とクソみたいな捕捉」こんなことを冒頭に書いたら読者がどう感じるか全く考えていない。
予想通り本文も独りよがりの文章で読み手の顔を見ようとしていませんでした。
2.60名前が無い程度の能力削除
 予防線のこと
予防線を張るのはニコニコからの文化でしょうかね。
独自設定、独自解釈がどれだけ許されるかと言うとなにか2次創作特有の話に聞こえますが、現実離れした描写表現がどれだけ読者に受け入れられるかという1次創作でもごく普通に作者を悩ます事柄です。
読者が受け入れる入れないは、どれだけ荒唐無稽か、どれだけ原作から離れているかで決まるのではなく、それを納得させられるだけの表現力が作者にあるかで決まります。(もちろんどんな名作にだってケチつける人はいますが)
予防線は「これ以下は自分の手に余るお話です」という作者からの宣言にほかなりません。

 プロットのこと
キーアイテムである鈴が一見普通の鈴で、しかし本当はそうではないというのが物語を回す原動力なのですが、ここの描写が不足しているためになぜ物語が回っているのか伝わりづらいと感じました。霖之助は「一見普通だがそうじゃないんだ」と言うばかり。なぜ普通じゃないのか説明なり登場人物が感じたことなり欲しいところです。
「前回も違ったから今回もそうなのだ」ならば前回と今回の類似性なり繋がりなり欲しいです。

 一人称の難しさ
このお話で霖之助は語り手かつ主人公かつ探偵役(真の既知者は魅魔ですが)で、心情を隠す者でさらに説明役でもあり……それを一人称で!
これは大変です。一人称では視点の変更が困難ですからお話のパートごとに役割を切り替えるのが難しく、結果、裏のテーマである霖之助―魔理沙―魅魔の関係はある部分では簡単に吐露されある部分では三点リーダの洪水でぼかすしかなくなっています。
霖之助の役割を変更できないならば三人称で書くか語り手を別に置くかした方が読者にやさしいと感じました。

訪問者の心情を投影するマヨイガ、縁づいた鈴、小道具はどれも気が利いていて趣深く感じました。
霖之助―魔理沙―魅魔の関係の設定は納得させられました。原作で消えてしまった魅魔を見事に現在の幻想郷に落とし込んでいると思います。

長々と書いてしまいましたがこれからも期待しています


3.無評価名前が無い程度の能力削除
言いたいことは↑の人が書いてるから特に書きたい感想はないですかね。
とりあえず何を書くかは作者さんの自由ですので好きにすればいいんじゃないですか。読み手がほしいのはあなたの書く『物語』であって(無論、面白ければ面白いほどよい)、益体もない言い訳諸注意前口上じゃあないので、それこそ好きにすりゃいい
4.70名前が無い程度の能力削除
推理ものが好きなので楽しめました。
キャラクターの性格?口調や心理描写部分は少しだけ違和感がありましたね。
創想話に投稿されている前作ではほとんど感じなかったので、今作は意図的なものでしょうか。

以下の2点は誤字?
八雲藍でさえ探すのに丸一日かかった
そう楼観剣だ。刀身と鞘がバラバラの状態でそこに転がっていた。
5.80名前が無い程度の能力削除
違和感あるようでまあ実際こんなもんかないや違うかなって性格と会話が面白かったです

前書きは気にならないです
気にせず新しい作品またお願いします
なんか雰囲気がどうも僕の好みみたいなので
6.無評価猛進ドイ削除
感想ありがとうございました。
『つまらない注意とクソみたいな捕捉』については返す言葉もありません。ここに書いてあるのを見て荒唐無稽だと気が付きました。とりあえず消そうと思います。
わざわざ教えてくださってありがとうございます。

プロットのことに関して、正直なことを言いますと、コメントを見るまでそこまで問題視していない部分でした。しかし今見返してみると、確かにもう少し突っ込んで掘り下げたほうがよかったですね。『普通ではないことを仮定にして考えると、この鈴は普通じゃないんだ』なんて言われても確かにピンときません。それを証明する何かを他に入れたほうがよかったですね。

一人称に関しては、書いているときもものすごく悩んだ部分ではあります。最初は三人称で書いていたのですが、なんとなく筆が進まなかったのと、霖之助と他の登場人物との掛け合いが個人的にうまく書けなかったので、霖之助一人称にしてしまったのでした。
「なんとかごまかせたかな」と高を括ってました。(こういうところが独りよがりな文章という形で出てきてしまったのでしょうか?)
次、またこの霖之助の話を書くときは別の方法を取ろうと思います。

口調、心理描写、誤字に関しては全くの天然です。情けない話で誤字は前回もひどかったのでよく見返したのですが、それでもあったということは他にもあるかもしれません。

独りよがりな文章に関しては、今回のこの作品に対する「総評」という感じがします。ここまでくると、この作品がどうこうではなく僕個人の問題のような気がします。すいません。次は直ってればいいのですが・・・。どうすればよかったのか、もう一度読み返してみようと思います。

ネガティブなことを色々書きましたが、コメントをくれた方々には本当に感謝してます。こんな話を最後まで読んでくれただけで、ものすごく励みになります。
あと一つ思ったんですが、一つのページにぶち込むにはデータのサイズがでか過ぎましたね。他の方が15kb多くても30、40なのに対して157はでかすぎだし長すぎました。今度からは前編、後編に分けて投降したいと思います。
7.無評価名前が無い程度の能力削除
前後編とつくだけで、読む人が減るような気もするので、作品内でページ分けするのはいかがでしょうか

長編に関しては時々いらっしゃるので。
8.100名前が無い程度の能力削除
すっごくおもしろかったです!