Coolier - 新生・東方創想話

花の下にて

2017/07/08 17:21:35
最終更新
サイズ
13.57KB
ページ数
1
閲覧数
969
評価数
2/4
POINT
260
Rate
11.40

分類タグ

 桜日和の白玉楼。その縁側で私は紫と二人、和歌に興じている。
 ……そんな認識を時折挟まなければ、桜に心を奪われてしまいそう。
 桜の美しさは、昔から変わらない。でもそれは、私が変わらないからかも知れない。

「一つ出来たわ。 青き空 埋めて桜 あつく咲く これで良いかと 問い投げて咲く……どうかしら?」
「ふむ。 歌人には 空も桜も こころなり 思いを思いで 埋める寂しさ」
「うーん、やっぱり紫の和歌は上手いようでよく分からないわね」
「あら、あなたの和歌だって寂しいままよ、ずっと昔からね」

 それはそうだ、桜を見て思いを馳せる先は常にずっと昔なんだから。なんて言いかけて私は口を噤んだ。
 歌のやり取りなのにあれこれ会話をすることに興ざめしたからだ。
 別な和歌を返してやろう、とも思ったがどうも下手に会話を挟んでしまったせいか碌なものが思いつかない。

 訪れる静寂。私も紫も、満開の桜の下では如何にも美しく振舞えない。
 和歌なんて物は、この桜が作る静寂の美しさを強めるための材料に過ぎないのだ、と一人合点してどうでもよくなった。

「ま、桜の美しさは昔から変わらないものね」
「ふふ、紫もそう思うのね。紫が言う昔がいつなのかは分からないけど」

 昔を思う、という行為には種類が二つある。一つは自分が生まれるより昔を想像すること。
 もう一つは、自分の記憶を辿ること。
 亡霊である私が自分の記憶を辿れば、変わらない景色が続いた後にあるところでぶつりと途切れてしまう。
 それ故、私が桜を見て昔を思うのは、良き時代に暮らした昔の人に同調したいからで……

「あなたがそうやってぼーっとして馳せる昔と同じ昔よ」
「……うん?そうなのね……うん」
「惚けて聞いてなかったでしょう?ま、慣れてるからいいけど。いい?和歌を詠むときに思う遠い昔なんてのは人によって変わるものじゃないわ。不動の、美しく飾られた歴史」

 惚けてるだなんて失礼な。確かに、桜を目にしてぼーっとしてしまうのは毎年の事だ。けれど、そうなることを自覚している分、惚けているつもりは全くない。
 むしろ、昔の人と同じ桜を見て、同じように感傷に浸っているのだ、と誇りに思うくらいだ。そして昔の人の感性は、世の穢れを見たうえで、培われたはず。

「歴史に穢いところがあるのは私も知っているわ。でも、賢者ならそれも含めて美しさを見出すんじゃないかしら。飾られてる、なんて言わずに」
「残念なことに、賢者は蒐集家であっても修理は出来ないのよ。なるべく味だと考えようとはするけどね」
「味とも思えない歴史があるってことね。死んだ人間でもおいしそうに食べるくせに。……知りたいわ、どんなものか」

 知って何かになるわけではない。うすうす分かってもいるが、妙に気になった。
 紫が少し言い淀んでいる。それを見ると、感情はさらに高まった。

「……桜がもたらした、狂気の歴史よ。紛うことなき狂気はね、寂しさしか招かないものよ」
「ますます興味を持ったわ。いつの事なの?」
「そうね、私以外の隙間妖怪がいた頃ね」
「となると千年以上前ね。私は知らなくて当然かしら?」
「ええ。あなたは見ていないし、どの歴史書にも書かれていない。私がその隙間妖怪からの口伝で知っているだけ。つまり、作り話だとあなたが捉えればそれ以上でも以下でもないのよ。それでも聞く?」

 紛うことなき、なんて言っといて作り話?歴史が飾られている、なんて言ったのは誰だったかしら。穢いところも含めて、昔は、歴史は美しいのだと私は知っている。
 ……いや、知っているんじゃなくて、分かっている。そう思っている。それだけじゃないか。
 ……結局、話でしか知ることが出来ないのは、私が思いを馳せる遠い昔と同じか。それなら。

「面白ければ本当でも嘘でも構わないわ」
「そう。じゃあ、面白い、の意味をはき違えないで頂戴ね。……あるところにね、庭に大きな桜の木を持つ歌人がいたの」
「家みたいね。ああ、もちろん信じてるわ。続けて」
「その歌人には一人娘がいてね、その娘と仲が良かったのが、私の知っている、私じゃない隙間妖怪。それでね、その歌人は春の桜の下で死にたい、なんて和歌を作ってね、本当にその通りに死んでしまったの」
「なんだか聞いたことのある話ね。本当に紫しか知らないの?」
「え?ええ……」

 言葉に詰まった紫が、持っている傘の柄を意味もなく動かしている。この仕草は、何か考え事をしているときの紫の癖だ。長い付き合いから、妖怪の人間臭さを見抜けるようになっていた。
 紫の口が止まってしまった。再び訪れる沈黙。押し寄せるように訪れたそれは、意味もなく私を焦らせた。これも人間臭いこと。

「紫?私は別に、聞いたことあるって確信をもっていってるわけじゃないのよ。むしろすごく曖昧で……なんていうか、どこか懐かしい話ってあるじゃない?」
「……確かにあるわね。幽々子は、そんな時、何が懐かしく思わせるのだと思う?」
「うーん、無意識とか、夢、かしらね。紫の方がそう言うのには詳しいでしょう?」
「まあ、そうね。私は無意味な問答が好きだから」
 
 無意味と言うと同時に、紫の傘が止まった。

「話を続けるわ。それでね、残されたその歌人の弟子たちは歌人の死に方が美しいと考えて、同じような死を望んで、本当にその通りに死んでしまったの」
「集団自殺ってわけね」
「違うわ。殺人事件よ」
「殺人事件?その歌人の娘の?それとも……」
「そのそれとも、よ。集団自殺のように見えて、事件の真相は、殺人。その妖怪の自白を、私は聞いたわ」
「その妖怪は隙間妖怪だったんでしょう?人食い妖怪じゃない。人を殺してもそこまで狂気かしら」
「まあ、聞いて頂戴。その妖怪はね、その歌人の一人娘ととても仲が良かったの。だからね、親が死んで一人ぼっちになってしまった彼女の世話を焼いていたの、もちろん、あくまでも対等な立場でね」
「妖怪が人間の世話を焼くなんて、まるで紫と霊夢ね」
「……何の事かしら。私が霊夢に色々言うのは、幻想郷のためよ。私的な理由じゃないわ。それに彼女はね、霊夢よりもずっと生きることについて真剣だったわ!」
「話が反れてるわよ、紫」

 桜の下では美しく振舞えない……にしても、紫の感情があからさまに乱れている。
 こんな時、慰めてやれるのが友人ではないのか。……私の冷たい体は、役に立たない。冷静を保てども、桜には敵わない。
 何度目だろう、このもどかしい思いは。
 沈黙に押される。苦しさを感じる寸のところで、紫が再び口を開いた。

「……悪かったわね。一気にちゃんと話すわ。歌人の死を、娘はとても悲しんだわ。けれど、彼女は父の死を健気に受け止めたわ。彼女は理解していたの。人は死を以て、ようやく完成するのだと。歌人が残した和歌は、どれも美しかったわ。彼女は美しく生ききった父を、誇りに思うようになった。けれどそこに弟子たちが現れて、次々と彼女に言ったの。"あなたの父の死は素晴らしいものだった。私もあのように桜の花の下で死にたい"ってね。それを聞いた彼女は激怒したわ。死が美しいのではない。桜が美しいのではない。死んだ人間が美しいのだ。死んだ人間の生き様が。彼女は沢山反論したけれど、その弟子たちは歌人が死んだことで心ここに非ず、って感じでね、ただの小娘の戯言だと耳を貸さなかったわ」
「彼女にとっては父親の生き様や死の悲しみを蔑ろにされたってわけね」
「ええ。でも唯一、彼女の反論を真摯に聞いていた妖怪がいたの。それが私の知っている、私じゃない隙間妖怪。その妖怪は彼女の悲しむ姿、怒る姿を見て、同じように悲しみ、怒ったわ。けれど、それ以上のことはしてあげられなかった。娘はある時妖怪に、弟子たちを脅して死の怖さと生きることの大切さを分からせてやって欲しい、と頼んだの。でも妖怪はそれをすることができなかった。妖怪は失敗を恐れていたの。妖怪に敵わない自身を憂いて、弟子たちが自尽してしまうことを。もしそうなってしまったら娘に恨まれてしまう。妖怪はそれが嫌で、ずっと今の仲を保ちたくて、何もしなかったの。その間にも、弟子たちは娘の物になった屋敷に何度も訪れたわ。そしてその度に、あの桜の木の下で死にたい、と彼女に言ったわ。もちろん、彼女も反論を続けたわ。父はお前たちに美しく死ぬことを望まない。美しく生きることを望んでいる。彼女は熱弁したけれど、やっぱり弟子たちは耳を貸さなかった。それでとうとう、歌人の死の一年後の春、満開の桜の下で一人の弟子が自尽したわ。そしてそれを皮切りに、弟子たちは次々と……」
「……自殺したのね。でも紫は殺人、って言ったわね」
「そうよ。娘はその様を見て、深く絶望したわ。父の死自体が美しいのではないと、分かってもらえなかった。父の思いを伝えられなかった。これでは父に顔が立たない。彼女はそう言って、今までで一番悲しい顔を妖怪に向けたわ。そのあと、その屋敷には人が寄らなくなったわ。娘が人を死に誘う。そんな噂が立ってね、誰もがその屋敷を、娘を忌み嫌うようになったの。それでも妖怪は変わらず娘と仲良くしたわ。でも、彼女の心は次第に弱っていった。彼女は決して弱い人間ではなかった。けれど、人の精気を大量に吸った桜の狂気は、強すぎたわ」

「……それだけじゃ、ないでしょう?」

 私が思わず口にした言葉は、思いのほか短いものになった。

「……そうね。彼女に一番足りなかったのは、同じ人間の味方ね。妖怪は、人間を兼ねることは出来ない。それで彼女はある日、とうとう妖怪に……自尽を考えていることを告げたわ。妖怪は最初、私はいつも味方だから、と彼女を励ましたわ。でも、娘が自尽の考えをやめないで、辞世の句を読もうとしたとき……妖怪はついに、激怒したわ。仲を違えてしまうことへの恐れから一度も彼女に対して怒ったことがなかったのに、妖怪はいきなり娘を引っ叩いたの。そして言ったわ。死が美しいのではない!桜が美しいのではない!死んだ人間の生き様が美しいのだ!これらは全て、あなたが言ったことじゃないか!生きて、それを証明しなさい!あなたが自尽すれば、弟子の考えを助長することになるのよ!ってね。けれど、彼女はすでに桜に精気を大分吸われていたわ。このまま歌人が死んでから二度目の春が来れば、彼女はいよいよ死んでしまう。それは明白だった。隙間妖怪の力をもっても死が覆せそうになかったのは、それだけ桜の力が、桜が吸った娘の精気が、強かったってこと。それで、妖怪は……」
「娘が死ぬ前に、自らの手で娘を殺した、と」
「……娘に、全てを負わせることがただ、辛かったのよ……妖怪に殺された、という事実があれば……まだ……」

 紫が、扇子で顔を隠している。そのわけを、紫の導師服の胸元に出来た染みが、静かに語っている。
 紫の悲しみがいよいよ苦しさを伴って伝わってくる。けれど、涙を拭うような真似は、出来そうにない。
 亡霊は、妖怪を兼ねることは出来ない……違う!

「紫、私にはね、その娘の気持ちが痛いほど分かるわ。私は亡霊だけど、確かに人間だったから。それで、私は人間の心を今でもしっかりと持っている自信があるわ。人間の心からすれば、人間の味方がいないことはこれ以上ないくらい辛いことよ。でもね、大切な人を殺める心は、それと同じくらい辛いと思うわ。つまりね、その妖怪が感じた辛さは、とても人間的なものだったってこと。紫は、妖怪は、人間を兼ねることは出来ない、って言ったわね」
「ええ。それ故娘の心は、とても寂しかったはずよ……」
「そうね、寂しかったと思うわ。だから、紫の言ったことは間違いよ。その妖怪は娘の寂しさを憂いて、自ら、辛い殺す道を選んだのだから、十分に人間を兼ねているわ。それで、人間を兼ねていた妖怪の心なら、私にも分かるわ。その妖怪が集団自殺のように見える殺人事件だって紫に語ったのは、娘の頼みの通り弟子たちを脅さなかった、脅せなかった自分を悔いているからよね。あの時、弟子たちに生きる道を選ばせることが出来ていたなら、娘は嫌われることも、死ぬこともなかった。娘は何一つ悪くない。全ては私の責任。弟子たちが死んだのも、当然私のせい。そんな後悔の果てに、一つの償いとして、妖怪は娘を殺すことを選んだのかも知れないわ」
「そうかも……知れないわね……」

 紫が話の世界にとらわれていることが、よく分かる。なんて人間臭い。
 ……けれど、それは悪いことではない。妖怪の後悔は、娘を寂しさから守れなかったことから来ている。
 人間の心を理解しなければ。そんな後悔を、妖怪はしなかった。そして紫も、同じように寂しさを憂いた。
 紫も、人間の心を持つのだ。今更当たり前のことのようで、自覚はとても難しい。
 ……そうだ。幽霊も、妖怪も、同じ心を持つには、人間の心を持てばいい。持っていることを自覚すればいい。
 私が見出そう。紫の人間の心を。人間の心の美しさを。そして、紫の心の美しさを。

「少し、気になることがあるわ。紫はその妖怪の話を"狂気の歴史"って言ったわね。どういう意味かしら?」
「それは……その……」
「紫が、友人を殺すという行為について狂気の沙汰だと思ったからでしょう。人の道に背くことだもの。でも考えてみて?人の道に背いてこそ妖怪じゃないかしら」
「そうね。でも、友人を殺すという行為は道に背くと、私は個人的に思うのよ」
「そう。なら、もう一度言うわ。紫の、妖怪は人間を兼ねることは出来ないって考えは、間違ってる!自覚しなさい。紫は、人間の心を持っているから、その妖怪のしたことを、狂気の沙汰だと思えるのよ!人間では、人間の心では抱えきれないような辛いことを、狂気と呼ぶの!紫のその涙は、人が流す涙よ!」
「……幽々子?」

 紫の不安そうな顔を見て口を閉じると、目が熱くなっているのをようやく実感できた。
 理由は分かっている。私にも、抱えきれないものがあるからだ。

「ねえ、紫。その妖怪は娘を殺して、紫にそのことを話した後、どうなってしまったの?」
「私の前から、姿を消したわ。幽々子が言うように、そのことを抱えきれなかったのよ。それを見て私は思ったの。私は妖怪らしく生きるってね」
「妖怪らしく生きることは、人の心を捨てることなのかしら」
「捨てるんじゃないわ。持たないことよ。私は、人間の心を持たない!狂気に手を染めるような真似はしない!」

 紫が強く言い切ると、私の感情は、いよいよ溢れてしまった。

「私が、今流している涙は……紫を思っての涙なのよ……」

 冷静に諭そうと思っていた。私が見出そうと、意気込んでいた。それらの思いはすべて、溢れだした涙とともに水泡に帰した。

「紫が涙を流したのは、その娘がかわいそうだったから。でも、私が涙を流すのは、紫がその娘と同じようにかわいそうだからなのよ。もう筋が通った理由は言わないわ。紫は、人間の心を持っている!私の感情がそう告げているの!だから、涙を流しても、当然なの。人間の心では抱えきれない狂気なんだから。でもその狂気を抱えることをね、人間の心を持たないことで解決しようだなんて言わないで!結局は一人抱えてしまって、とても辛いはずよ。私は、紫の辛さを思うと……」

 どうにも感情が抑えられず、言葉に詰まってしまう。視界が霞んでいく……
 ……次に感じられたのは、人の温かみだった。

「……ごめんね、幽々子。私が人間の心を持たないってはっきり言えたのは、あなたに話して気が楽になったからよ。嘘は吐かないわ。私は、強がっていたわ。この話は墓場まで持っていくつもりだった。でも、幽々子が真面目に聞いてくれて、私は思ったわ。話して良かったと。……認めるわ。話して楽になったのも、今幽々子の涙を見て私こそ悲しくなったのも、人間の心そのものよ。私の人間の心そのもの。私は、人の心に魅せられているのよ。話の妖怪と同じようにね……」

 紫が、私を抱きしめて、泣いている。正しく、人間だろう。

「人間の心が美しいのは、儚さ故。保つ方法はこうも簡単なのにね……」
「そうね……」

 紫の言葉に静かに返事をして、何度目かの静寂が訪れた。
 やはり静寂は、美しい。



 しばらくして急に恥ずかしくなって、顔を上げた。けれど、どうにも言葉が思いつかない。
 ……いや、口数の多いことは、桜の下では、野暮なことではなかったか。
 そのための和歌だった。

「紫、和歌を思いついたわ。願わくは 花の下にて 春死なん 人の心を 今際に残せば……どうかしら」
「あなたはもう死ねないでしょう。誰の思いかしら?」
「私の思いよ。……間違ってるかもしれないけど」
「……そう。やっぱりあなたの和歌は寂しいわね」

 それもそうだ。共有してこそのものだもの。なんて言いかけて、私は口を噤んだ。


季節外れですが、ご容赦を。
ランカ
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.90簡易評価
1.90怠惰流波削除
>>もう筋が通った理由は言わないわ。
感情っていうものは理論が立っていうものじゃあない。溢れる気持ちは間違っていてもきっと正しいのだと思います。

素敵な作品でした。幽々子の歌は紫の言うように寂しいものですが、儚さゆえの人間ですものね。二人とも人間でないのに、どこまでも人間くさいです。
2.80奇声を発する程度の能力削除
良いね、こういうの