Coolier - 新生・東方創想話

現人神の白昼夢

2017/07/05 21:47:13
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 東風谷早苗は、一人静かに佇んでいた。
 夜の闇が辺りを覆い隠してはいるものの、空に散りばめられた星と少し欠けた月のお陰で、何も見えないというわけではなかった。
 少し広い屋上。ひび割れたコンクリートからは、名前も知らぬ雑草が生えている。エアコンの室外機からは、枝が不自然に四方八方へと伸びている樹木。時折吹いてくるそよ風がひょうひょうと隙間風のように響き、彼女のスカートをはらりと揺らす。
 長い間手入れがなされていないように見える、廃れた場所。しかし彼女には、ここがどこなのか、思い当たる節があった。
「学校の屋上かな……? 懐かしいわ」
 そう、独りごちる。
 けれど、彼女の頭の中には疑問符が浮かび上がっていた。
 幻想郷にやってきて幾星霜。守矢神社のため日夜飛び回っている彼女に、知らない場所は最早皆無になっているわけだが、早苗の記憶が正しければ、幻想郷にこんな学校や、それに類似した建物は無いはずで。
 頭をくるくると回転させていると、彼女はふと自覚した。
 自分は夢を見ているのだと。
 夢を見ながら夢を見ていると自覚するのは、なんとも不思議な話ねぇと思いながら、彼女はなんの気無しに歩き出す。
 普段の巫女服ではなく、自分の部屋で着ている私服姿で学校のような場所にいると、まるで外の世界に来たかのような錯覚を覚えて。きっとこれはそういう夢なのだろうと納得しながら、備え付けられていたガタガタの扉を開いて中に入る。ちょっとした探検気分だ。
 手すりをしっかりと掴みながら、ホコリと湿気でもわもわした空気をかき分け、薄汚れた階段を下りる。
 案の定というかやはりというか、校舎の中は薄暗い。ブレーカーが落ちているのか、そもそも電気が来ていないのか。間違いなく後者だろう。
 薄暗い廊下を一人で歩く。窓は割れ、ホコリまみれ、ゴミまみれ。
 ……夢というものは、脳内の様々な記憶が影響しているらしい。もしそれが正しいのなら、こんな静かで動きもない退屈な夢を見てしまう私の頭脳は、なんと貧相な想像力なのだろうか! と彼女は心の中で一人嘆く。
 そんなことを考えながら、なんとなく教室の中に入ってみた。
 変わらずここも荒れ放題……かと思いきや、彼女が思い描いていたよりも平然としていた。
 倒れている机、座る部分が腐っている椅子などがあったが、早苗はその中でも比較的形を保っている物を一つずつ見つけて、窓際にそれらを並べて座ってみた。
 彼女の育った体に対して、その机と椅子はかなり小さかった。僅かに残った黒板の落書きや掲示物を加味すると、ここは小学校だったのかな、と彼女は推測した。
 暫く、窓の外を見たり黒板を眺めたりしていると、遥か昔の話である小学生時代のことを思い出して。
「懐かしいなぁ」
 なんてらしくもないことを言いながら、机の上で腕を組んでそこに頭を埋める。少し埃っぽい臭いが鼻をツンツンと突っついてきたが、気にしないで瞼を閉じる。
 トクン、トクン、トクン。彼女の鼓膜を震わせるのは、彼女を活かし続ける臓器の音だけ。風も吹かず、何も動かない、止まった夢の中。
 夢の中で夢を見たらそこは現実なのかな、そんなことを考えながら、ただ耳を澄ませる。
 トクン。
 ……トクン。
 …………トクン。
 ………………カタン。
「……?」
 突如、彼女自身の息遣いと鼓動だけの空間に、異音が混ざった。
 聞き間違いだろうか、それとも私の体の中で鳴った音だろうか。
 早苗はそう考え、もう一度聞き耳を立てる。
 ……カタン。カタン。カタン。
 聞き間違いではない。メトロノームのように、規則正しく発されている音。しかもそれは、段々と大きくなっているように聞こえた。
 なんの音だろうかと疑問に思った彼女は、顔を上げて耳を欹てた。
 カタン。カタン。カタン。
 少し聞いて、何かが近づいている音なのだろう、と気がついた刹那。
 バンッ、とまるで金属製の何かを思いっきり叩きつけるような爆音が彼女の鼓膜を劈いた。
 驚きの余り体がビクッと仰け反り、反射的にそちらの方へ顔を向けてみると、
「あっ」
「いた!」
 暗がりでよく見えないが、教室後方のドアが無造作に開かれていて、廊下から早苗の方を見る影が二つほど見えた。
 一体何者だろうか。夢の中だという事を考慮すると、普通の存在でない可能性は高い。私の想像力をかき集めて顕現した、最強の妖怪であるかもしれない。
 だが、相手が何であれ私は現人神。怯えることはない。
 早苗はそう考えながら、口を開いた。いくら夢の中でも、こちらから突然攻撃するのはナンセンスだ。
 スゥと息を吸い込み、第一声を喉から出しかけたところで、
「蛇女!」
 と、影が発したと思われる大声でむせ返ってしまった。
「へ、蛇女?」
 今まで様々なあだ名を付けられてきた彼女ではあるが、まさか蛇女と呼ばれる日が来るとは思っていなかった。
 困惑している早苗を余所に、その影は図々しくのそのそと教室の中に侵入し、彼女のすぐ側まで迫った。
 手を伸ばせば届く距離まで近づいてくれば、さすがの暗がりでも、窓から差し込む星の光で、顔ぐらいは判別できるようになった。
 一人は、黒いスカートに白のワイシャツ、白いリボンが巻かれている帽子を被っている女性。ニタニタと笑顔を浮かべながらこちらを見ている。
 もう一人は、紫色のワンピースを着て、紅魔館に住まう吸血鬼が身に着けているような変わった帽子を被っている女性。私のことをまるで珍獣を観察するかのような視線で貫いている。
 どちらも何処かで見たような覚えがある顔立ちをしていたが、私の夢なのだから、そういうものなのだろう。
 そして早苗は、彼女たちの態度から瞬時に断定した。マトモな存在ではないと。
 妖怪特有の妖気を発していない辺り、見た目通り人間だというのはほぼ確実。けれど、どうにも普通の人間とは思えない何かもまた、早苗は感じ取っていた。
 そんなことを考えながら怪訝な表情を浮かべている早苗を余所に、白黒は付近に転がっていた椅子を持ち上げると、早苗の目の前に移動してどっかりと座った。紫色は白黒の傍に移動したまま、先ほどと変わらない目線でこちらを見ている。
「じゃあさ、早くしてよ」
 何をしてくるのかと身構えていると、ぐいと体を早苗の方へと近づけながら、白黒は早苗にそう要求してきた。まるで、行きつけの喫茶店に来て、マスターにいつものと一言だけ言い添えるように。
 対する早苗は、ただ困惑していた。
 それもそうだろう。見知らぬ人間が、おおよそ初対面の人間に向けてとは思えない態度で話しかけてきたのだから。だから彼女は、常識的な言葉を返す。
「いや、一体何なんですか貴方達は」
 けれど、そんな彼女の考えを汲み取ろうとしない白黒は、飄々とした態度で言った。
「あー、そういうのは別に良いよ。私達は知ってるから。貴方がなんでも願いを叶えてくれる蛇女なんでしょう?」
「私には、こんな辺鄙な場所にいる変質者にしか見えないけどね」
「見た目で判断しちゃダメよ。人は見かけによらぬものって相場が決まってるんだから。人かなんなのかは分からないけど」
「どうみても普通の女の子でしょ」
「んなコト言い出したら、貴女だって普通の女の子なのに変な瞳持ってるじゃん」
「今は関係ないでしょ?」
「ありますー」
「だいたい、貴女はいつもそうやって数段すっ飛ばして話を進めようとするんだから」
「えー、そんなことないと思うんだけど。それに、どっちかというと貴女じゃない?」
「はぁ? この前だって貴女は――」
 ……そのまま、白黒と紫色との間で、やいのやいのと言い合いが始まった。
 訳が分からないが、事情を飲み込めていない私に対して好き勝手言い放ち、挙げ句の果てに放ったらかしにして言い合いが始まった空間に対して、早苗はなんだか居心地悪い物を感じた。というか、段々腹が立ってきた。
 彼女達の態度はまるで、幻想郷で出会ってきた図々しい連中を煮詰めて固めたようなモノのようで。もしかするとこれは、悪夢の部類にカテゴライズされるやつなのだろうか。
 そんなことを考えてなんとか冷静を保とうとしたものの、結局耐えかねた彼女は、
「私の名前は東風谷早苗です! 蛇女ではありません!!」
 と大声を上げながら、両手で机をバシンと叩いた。と同時に、夢の存在……自分の想像の産物に心を乱されるなんて、なんだか虚しいとも感じてしまった。
 二人っきりの会話に明け暮れていた彼女達は一瞬で静かになり、狐につままれたような表情をしたかと思うと、隣の紫色が白黒に声をかけた。
「だから言ったでしょ」
「はーい。えっと、早苗ちゃん、よね? ごめんなさい。見苦しい所を見せちゃって」
白黒はそう言うと、帽子を被り直しながら、ヘヘッと笑ってみせた。
「今期の単位がまずくてねぇ……他にもお願い事がしたくて、藁にもすがる思いで蛇女に頼みたかったんだけど、外れちゃったかぁ……」
「こんな所に来る前に、学校でしっかりと勉強するべきでは……?」
 早苗の常識的な突っ込みに、白黒は苦笑し、紫色は当然の反応ねと言わんばかりに白黒の肩をポンポンと叩いた。
「早苗ちゃん、大学生には色々あるのよ。大人のふかーい事情ってやつ」
「こうやって何でもかんでも理由つけてサボるような人間には、早苗ちゃんはなっちゃだめよ」
「それにしても、これからどうしよう? 車戻って寝る?」
「こんな辺境の地に泊まれる場所なんて無いんだから、そうするしかないでしょうね」
「あーあ、骨折り損のくたびれ儲けだったなぁ。でも、気分転換になったから結果オーライってことで!」
「今度、大学前のスイーツ奢ってもらうから」
「はいはい」
 白黒はそう言いながらポケットに手を突っ込んで、ペン状の細長い道具を取り出した。すると、目の前に突然、板のような半透明な物質が浮かび上がってきた。いや、よく見るとそれは、特撮やアニメーションで出てくるような、空間にコンピュータのウィンドウが投影されているようで。
 突然のSF展開に、早苗は思わず驚嘆した。やはりここは夢の世界。今までの過去の情報などが投影されているのだろう。こんな面白いものが見られるだなんて。
 たとえ夢だとしても、テレビの向こう側の空想技術に触れられる機会をむざむざと逃してしまうような彼女ではない。
「私、そういうの初めて見ました! 触らせてください!」
 太陽のように目をキラキラと輝かせながら、白黒に頼み込む早苗。
 そんな彼女を見て、二人は一瞬驚いたような表情を見せた。
「あれ、私何か変なこと言いましたかね?」
 紫色が眉をひそめつつ、白黒に近づいてそっと耳打ちをした。
 紫色と幾つか言葉をかわした後、白黒は俯きながら数秒ほど思案し、「そう、そうよね……どうして気が付かなかったのかしら」とひとりごちながら顔をあげ、同時にウィンドウを手でどかし、再び早苗と向き合った。
 その表情は先ほどとは打って変わって、まさに真剣そのもので。
「早苗ちゃん、貴方が蛇女ではないとしたら、何者なの? そもそも、どうして独りでこんな場所にいたの?」
 雰囲気の切り替わりについていけず、早苗は少し狼狽えた。その様子をみて、すかさず紫色がフォローに入る。
「私達のこともしっかり話さないとフェアじゃないんじゃない? 蓮子」
「その通り、ていうか私達の自己紹介がまだだったわね。隣の相棒はメリーって言うんだけど、私とメリーと二人でちょっとしたオカルトサークルをやっているの。今日は、オールドアダムで聞いた、なんでも願い事を叶えてくれる蛇女の話を確かめるために、はるばる京都からこの廃校にやってきたわけ」
帽子のツバを弾き、こちらを見据える白黒……もとい蓮子。
 対する早苗は、やはり困惑していた。
 どう答えたら良いものか。夢の世界の住人に『ここは私の夢だから』みたいなことを言ってしまえば、夢から醒めてしまうのではないか?
 それだけは何としてでも避けたかった。ここから面白くなりそうなのに!
「私は、その」
 けれど、どう言葉を繋いだら良いのか、上手く思いつかなくて。
 その様子をみた紫色――メリーが再び声をかけた。
「質問を変えましょう。早苗ちゃん、今は西暦何年かしら?」
「えっと……」
 早苗は自身の幻想入りから指折り数えて弾き出した西暦を答えた。それを聞いた二人は、お互いの顔を見合い、また二人で耳打ちをしてから、蓮子は深刻な表情を浮かべながら口を開いた。
「早苗ちゃん。落ち着いて聞いて。私の見立てだと、貴方は恐らく、神隠しの被害にあって、こちらの世界へやってきてしまったと考えられる」
「時間も空間も超えている辺り、よっぽど悪質な境界に引っかかったようね。私にも覚えがあるわ」
「なるほど……」
 二人の言葉にうんうんと頷きながら、この夢はそういう設定なのか、と早苗は理解した。
「ちなみにここの西暦はね」
 メリーによって放たれた西暦に、早苗は思わず驚いた。彼女が生きている時代の遥か先の年代だったからだ。
 同時に、自分に秘められた想像力はどんなものなのか、すごく気になった。きっと、もっといろいろな話が聞けるに違いない。
「色々教えて頂けませんか? この時代のことを!」
 先程よりも一層輝く瞳で蓮子とメリーを見ながら、早苗はそう言った。
「てっきり慌てて自分の元いた世界に帰りたがると思ったんだけど……強いわねぇ」
 蓮子とメリーは笑いながら、喜んでこの世界のことについて話し始めた。
 首都が京都に移っていたり、東京と京都を片道五十三分で繋ぐ新幹線が建設されていたり。高いけれど、一般人にも月面旅行が可能になっていたり。重力と他の力とを統一する理論がついに完成していたり。社会は人口を調節する時代に突入していたり、医療の進歩で治せない病気が無くなっていたり。中で生態系が再現された衛星が宇宙に打ち捨てられていたり。食べ物が全て合成に置き換わっていたり、お酒が旧型酒と新型酒の二種類あったり。ヴァーチャルとリアルは区別が出来なくなっていたり。
普段は結界暴きをするオカルトサークルだけれど、その行為は本来禁止されていることだったり。
 彼女達の話はとても魅力的で、流石私の夢ね! と早苗は興奮を抑えられなかった。
 そして、話している二人の様子をみるに、どうやらただならぬ関係で結ばれているのだと、早苗は感じた。
 けれど、話に夢中になりすぎて、時間が予想以上に過ぎ去っていた。蓮子はそれに気がつくと、ドタドタと窓から僅かに残った夜空を視て叫んだ。
「四時十二分! マズイよメリー、そろそろ帰らないと!」
「あら、もうそんな時間なの。残念だわ。もっと早苗ちゃんに色々教えたかったのに」
「もうお帰りですか?」
 早苗がそう聞くと、窓側から戻ってきた蓮子は言葉を返した。
「ええ。でも、早苗ちゃんは連れていけそうにないのよ。神隠しにあって、いつ帰れるか分からなくて心配かもしれないけれど、ここからは離れないほうが良いと思う。ごめんなさいね、力になれなくて」
「いえいえ、それよりも、私に何かお礼をさせてください。確かに私は蛇女ではありません。ですが、神に仕えるこの身……現人神として、奇跡を起こすことぐらいは出来ますよ」
 胸を張ってそう答える。たとえ彼女自身の想像の産物である夢の中の住民だとしても、多少の恩返しくらいはするのだ。彼女は神様なのだから。
 だが、蓮子とメリーの反応は、予想外のものだった。
「カルトはちょっと……」
「やっぱり普通じゃなさそうね……」
 ちょっと疑われそうだとは覚悟していたが、流石にこの言い様までは予想していなかった。早苗は少しうなだれてから口を開いた。
「確かに今は私服でちょっと分かり辛いですが……見せてあげますよ、れっきとした証拠を!」
 そう言い終わるや否や、彼女は立ち上がり、ポケットから御札を取り出した。
 彼女の想い、彼女の力が宿ったスペルカードを。
「奇跡『客星の明るい夜』!」
 宣言とともにカードを握りしめ、力を一気に解放する。
 その瞬間、教室の天井付近で何かが煌めき、一瞬にして教室内が光に包まれた。
 昼間でさえ燦然と輝く客星。瞼を閉じても尚、瞳を貫く神の威光。神の奇跡による深秘的な光は、教室内が暗いことも相まって、強烈に輝いた。
 時間にしてほんの一瞬。それでも彼女達を驚かせるのは十分すぎるもので。
「今のは、一体……」
「これが神の奇跡です。さ、一つだけ願い事を叶えて差し上げましょう。あっでも、今すぐこういうのが欲しいっていうのはナシで」
 二人は顔を合わせてから、蓮子はおもむろにメリーの手を取り、空いている方の手を上げ、答えた。
「私達の仲がいつまでも続きますように……っていうのはダメかしら?」
 それを聞いたメリー、ちょっと頬が紅くなっているようにみえる。
「全く、単位はどこ行ったのよ」
「そんなものより、メリーのほうが大事よ」
 お互いクスクスと笑いながらそう言いあう。本当に仲が良いのだろう。早苗はコホンと咳払いをしてから祝詞を捧げ、
「お二人に、守矢の加護があらんことを」
 最後にそう言って締めくくり、柔らかい笑みを浮かべた。
 こんな事をしなくても、彼女達は彼女達なりにずっと一緒にいるのだろうな、早苗がそんなことを考えていた刹那。どこからともなく、風が吹いてきた。
 最初はそよ風ほどだったが、段々と強くなっていき、終いには台風のような暴風が教室を掻き乱して。轟々と空気が大きく揺れ動き、物がガタガタと音を立てて暴れだす。
「ちょっと、何よこれ!」
「早苗ちゃん、一体何をっ」
 私にも分からない、早苗はそう言いかけたが、彼女はなんとなく理解した。
 もうすぐ、夢から醒めるのだろうと。
「蓮子さん、メリーさん! 短い間でしたがお世話になりました! お話、とっても面白かったです!」
 風でかき消されないよう、早苗は大声で思いを伝える。
「流石現人神様、お帰りは随分と派手ね!」
 早苗の言葉を聞いてか、それとも無意識に出た言葉か。蓮子はスカートと帽子を押えながら軽口を叩く。
 吹き荒れる暴風により、最早声は届かず瞼も開けていられず。
 早苗は瞳を閉じて、その場にしっかりと立っていた。そして最後に、彼女はもう一度だけ、口を開いた。
「また、夢で逢いましょう!」
 嗅覚が奪われ、聴覚が奪われ、視覚が奪われ、体の感覚が奪われ。暗闇の中、ただ暴力的な風をその身に受け続け、最後には意識をも奪われて……。


  §


「……ぅ」
 瞼を開くと、彼女が普段見ている自室が、九十度回転していた。
 まさかこれは異変なのか、と驚いたものの、数秒後には自分が机に突っ伏して寝ているからだということに気がついた。
 ああ、そうだ。自分の部屋で諸々の作業をしていたら睡魔に襲われて、そのままうつらうつらと眠ってしまっていたのだ。
 それにしてもかなり内容が濃い夢を見ていたな、なんて事を考えながら、水分補給をするために起き上がろうとすると、
「あ、いたたたた……」
 机に突っ伏して寝ていた所為か、体の節々がバキバキと悲鳴を上げている。立ち上がりかけたが、すぐに畳の上に寝っ転がってしまった。
 い草の匂いが心地よくてそのまま倒れ伏していたものの、節々の痛みが治ってはくれなかったので、グイグイと体を色々な方向へ曲げたり伸ばしたりしてみる。
 誰かにマッサージしてもらいたいなぁと思いながらゴロゴロしていると、突然襖が開け放たれた。
 そこには、彼女が仕え信仰している神様、洩矢諏訪子の姿があった。
 普段は飄々と微笑を浮かべながら縁側に座っていたり独りでに出かけたりとしている彼女であったが、その表情は普段とは明らかに異なっているもので。
 焦っているというか、追い詰められているというか。
「どうしたんですか、諏訪子様」
 神様に対して失礼だからと起き上がり、気遣う言葉を投げた、その刹那。諏訪子はその場でクルリとターンして外に顔を向けると、
「神奈子ーー! 早苗が居たーー!!」
 と大声で叫んだ。普段はおとなしめで静かな方なのに、その大音量とそのギャップに早苗は驚いていると、また彼女の方へと振り向いた。
「私達に黙って、一体どこをほっつき歩いていたんだい? ずっと探していたんだよ?」
 安堵したような笑みをほんの少し覗かせた後、祟り神として畏れらていることを思い出させるような厳しい顔色でキツくそう言った。対する早苗は、諏訪子の言ったことがよく理解できていないようで、キョトンとした表情をしている。
「え、いや、私は先程からずっとここに居ましたけど……」
「そんな馬鹿な。早苗は丸一日いなくなっていたんだよ?」
 私は確かにここで寝ていて……まさか、まだここは夢の中なのか? と自問し始めた早苗の頭の中は、疑問符でいっぱいになってしまった。


  §


 後からやってきた神奈子が落ち着かせたおかげで、なんとか早苗は冷静さを取り戻した。
 神奈子の説明曰く、早苗は神隠しのような現象にあって、本当に丸一日幻想郷から姿を消していたらしい。
 早苗には、にわかには信じられない話だった。だが、早苗にとっての翌日の日付が書かれている天狗の号外新聞を見せつけられたり、既に捲られたカレンダーを見せつけられたりすると、いよいよ信じざるを得なかった。
 起きたら丸一日経過していたという事実は恐ろしかった。けれど、考えを少し変えれば、まるでタイムワープをしたような事象でもあるので、恐怖のどん底まで突き落とされたという様子でもなかった。
「大変だったんだよ? 最初は買い物にでも行ってるのかなって思ってたのに、夕方になっても帰ってこないものだから、心配になって」
「でも、こうして無事に帰ってきて、何よりだよ」
「早苗にも見せてあげたかったなー、神奈子の焦りっぷり」
「静かにしなさい」
「はいはい」
 知らず知らずのうちによく分からない出来事に巻き込まれていた事自体はどうやら自分の所為では無いようだけれど、親しくしているお二人に心配をかけてしまった事に関しては、責任感を抱いていた。
 早苗がいなくなったことに気がついたときからの行動について、神奈子と諏訪子があれこれ話していると、またも襖が乱暴に開かれた。
 そこには、早苗と同じく巫女をしている博麗霊夢と、普通の魔法使いである霧雨魔理沙が立っていた。早苗のことを聞いて、はるばるやってきたらしい。
 事の顛末――といっても早苗が幻想郷から姿を消し、丸一日経って元いた場所に再び現れた、という話を確認してから、紅白と白黒はお互いの顔を見合い、深刻な表情をした。
「まさか里の人間以外でも被害に遭うとはな」
 彼女達の話によると、少し前から人間が幻想郷から丸一日姿を消し、翌日元いた場所に現れるという怪現象が人里を中心に発生しているのだという。
 最近は守矢索道に関しての調整に手一杯で、人里へ降りる機会が少なかったから、早苗はそのことを知らなかったのだ。
「早苗も被害にあったってことは、ますます放っておけないわね。調査に本腰を入れないと……」
 そう霊夢が言うと、二人は慌ただしく守矢神社から出ていった。
 確認するだけ確認して、労いの言葉一つ話さなかった彼女たちではあるが、むしろあの二人が動き出したからこそ、この現象も数日後には収まっているのだろう。早苗がそんなことを思っていると、神奈子がふと気になっていた事を口にした。
「無事なのは何よりだけれど、幻想郷からいなくなっていた間、早苗の身に何かあったかい?」
「ええ。色々ありましたよ。私の想像力はとても豊かだなぁって思っちゃいました!」
「……?」
 困惑する神奈子と諏訪子を余所に、幸せで楽しそうな笑顔を浮かべる早苗であった。
東風谷アオイといいます。最後まで読んで頂きまして、真にありがとうございました。

神霊廟EDにて早苗さんは私服を着ているのですが、イラスト投稿サイトを覗いても、それが描かれている絵を見かけたことがありません。それが残念で、今回早苗さんには私服を着てもらいました。とても可愛いので、見たことがない方は是非神霊廟をプレイしてみてください。

そそわに投稿している過去作品や、例大祭で頒布した本(https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=219920)も良かったらよろしくお願いします。
ではでは、また何処かで。
https://twitter.com/A_kotiya
https://gensokyo.cloud/@A_kotiya
東風谷アオイ
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コメント



0.370簡易評価
2.90T削除
早苗さんの適応力の高さに思わず笑ってしまいましたw
秘封のふたりの未来にご加護を。
6.100名前が無い程度の能力削除
蓮メリかわいい。