Coolier - 新生・東方創想話

先代巫女は言いました。

2017/07/01 00:05:50
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 自分の名前を知っている人間は殆ど居なかった。
 何せ、最も近い人間であるはずの早苗ですら、諏訪子の事をよく判っていないのだ。早苗は今では神奈子の巫女であるが、奇跡を呼ぶ事が出来るのは彼女が実は、諏訪子の遠い子孫だからである。にもかかわらず、早苗は何故自分の神社に二人の神様がいるのかですらよく判っていないという有様だ。
 もはや、諏訪子は忘れ去られようが何だろうが構わなかった。



「早苗」
 梅雨明けの眩しい日差しの下、夏の風が風鈴を揺らす。
 それなのにどうして今、晩夏の光景を思い出すのか。その年の夏はいつまでも暑さが厳しくて、だから幻想郷に移った時、急に秋が深まったように思えたのだった。
「ねぇ、早苗ってば」
「あっ、はっ、はいっ。えっと、何ですか?」
 ぽやっとしていたのは、少し考え事をしていたからで。早苗は慌てて、諏訪子の呼び掛けに答えた。
 そうしたら諏訪子の方も珍しく、唇を噛むような、何か案じるような、見たことのない不思議な表情で、早苗の名を呼んだきり、沈黙しているのだ。
「どうかしました?」
「……んー。いや、少し思い出してね。それだけ」
 それはきっと、ほんの数年前の夏まではそこにあった光景のこと。もう少しだけ、家族が多かった頃のこと。
 言うまでもなく早苗は特殊な一族で、血統には異能者も少なくなかった。
 だから、時々考えてしまう。神様が幻想郷へと移り住むに当たって、それが自分である必然性は、本当にあったのだろうか。早苗は誇張でなく自他共に認める神童だった。しかし当然、母親も巫女であったし、例えばそう──血族の中には、諏訪子とスプラッタものの映画を見たりグロテスクな絵のゲームをするほど、仲の良い巫女がいたのだ。
 諏訪子の名前を、そして諏訪子の本質を知っている人間は殆ど居なかった。けれども、誰一人として居なかったわけでもない。
「たぶん、私も同じことを思い出していました。霊夢さんの所の先代さんの話を聞いたんです」
「へぇ、噂には聞くけど」
「鳥居を指して、『懸垂するやつ』とか言い放つ脳味噌が筋肉な方だったそうです」
「噂通り、なのかな……?」
「ところで鳥居って何でしたっけ? お従姉ちゃんが言ってたような気もするんですけど、長くて忘れちゃいました」
「さあ。私も知らないや」
 考えてもみれば当然のことで、博麗にも先代巫女がいるのだから、守矢にも先代巫女がいる。先代の博麗の巫女ならぬ、先代の守矢の巫女。
 先代の風祝りがいて、そして、先代の──
「早苗は覚えてる? あの子のこと。貴方のお従姉ちゃんで、そして、私の巫女だった彼女のことを」
 もちろん、と答えたいところだけど、実の所、一緒に過ごした時間が多くないせいで、即答はできない。
 ずっと昔から、綺麗な姉だと思っていた。
 記憶にあるのは、玄関前の廊下で振り返る後ろ姿。ほとんど家にいなくて、年が離れていたせいもあって、たまに遊んでもらったり、勉強を見てもらったり、相談事に乗ってもらったり、それだけで。だからなのか、学校の友達から聞くような、いつも喧嘩して次の日には仲直りして、みたいな仲良し姉妹の話には、少しだけ羨ましさも感じていた。
 早苗は物心付いた時から自分が特別だということは分かっていたし、自分の家が特殊だということも遅れる形で理解した。では、密な親戚関係と、やや疎遠な姉妹関係が、その特別性に由来するものかというと、そうであって、そうでもないような、不思議な感覚。あるいは、いわゆる“親戚のお従姉ちゃん”なんて、案外こんな距離感なのかも知れないけれど。
 先代との間には距離感があって、思い出と言えるようなものも、あまり多くない。それに幻想郷での慌ただしい日々の中では、外の世界、つまり早苗にとっての元の世界のことを敢えて思い出すこともしなかった。

「あんまり一緒にはいなかったけど、たまに帰ってきた時には、いつも優しくしてくれた。年が離れてたからかな。小さい頃はお姉ちゃんって呼んでたけど、姉妹みたいな感じはしなかった。あの人は私の……そう、先輩の巫女さん、だったのかな」



◇◇◇

 当時も今も、私は何故自分の神社に二人の神様がいるのかですらよく判っていないという有様だった。

 守矢の神社には二柱の神様がいる。
 と言っても、一つの神社で多くの神様を合祀していることは珍しくない。
「ええ、もちろん、それぞれ事情もあるでしょうからね。ですが諏訪の歴史は少々ややこしいことになっているのです」
「昔は諏訪子様が支配してて、そこに神奈子様が来たんだっけ?」
 とりあえず私が知っていたのは、そのくらい。

 淡い風合いで清楚にまとめた私服は、見事なまでの女子大生ルック。
 守矢の血族では、神の血筋の影響なのか、なんかこう神様因子的なものが濃ければ濃いほどに似たような顔立ちになって親戚が集まると凄い絵面なのだけれど、その中にあって格別に似ていたように思う。だからまるで私の成長後の姿を見ているようで、姉のような存在が綺麗であることが我が事のように嬉しくなってしまうのだ。
 ただ、見た目は瓜二つでも、違う部分なら挙げられる。
 長い髪は丁寧な手入れをされてサラサラで、立ち振る舞いには市井を周遊する女王様のような気さくさと気品が備わっている。
 あとは、そう。諏訪子様とお揃いの赤い紐で髪を留めている所とか。

 それから、私の知らないことはもちろんのこと、本来なら秘されていることでさえ知り得ているような節があった所とか。

「では、学校で習うような話に置き換えましょうか。さて、東風谷さん、日本で稲作が始まったのはいつでしょう?」
「渡来人とか、弥生時代の頃」
「はい、よくできました。ところで早苗様、神奈子様の主な神徳を言えますか?」
「もちろん、雨乞い祈願に、五穀豊穣」
 風祝りとして私自身も携わるのだから、少し誇らしげに言った覚えがいる。
「ええ、その通り。風雨を司る神奈子様は農耕民族の神様です。そして、神奈子様以前からこの諏訪の地にあった諏訪子様は、縄文時代、狩猟民族の神様なんです。実の所、こういった神様の入れ替えと侵略は日本の至る所であったわけなんですが、その話はまあ、長くなるのでまた今度にしましょう」
 それからもう一つ、とお従姉ちゃん。
「聖徳太子が関わった仏教伝来。他には、聖武天皇が肉食を禁止する法律を出しています。だからと言って、民衆的にはいきなり穢れの観念を忌避するということにはならないのですが、権威的な圧力がかかります。古代のこの国における、大きな二つの転換点です」
 そして原始時代のこの国は、血を嫌い、米や雑穀を主食とする国家に塗り替えられた。
 文明の進歩、文化の転換は、祀り上げる神様の性格にも関わってくる。
「だから守矢には二柱の神様がいるの?」
「多くの場合、新しい神様が少なくとも表層においては勝利を収めたわけなんです。ところがこの諏訪では……」
「諏訪大戦は、神奈子様が勝った」
「縁起はそう伝えています。ですが、大勝ではなかった」
「それで、神奈子様は諏訪子様への信仰をそのままにしつつ、自分が支配できるような形を作って……」
「その結果、こんがらがりんぐなことになったんです」
 侵略ではなく共存。しかし実態は共存でも、形としては侵略。この辺りの事情が、後のこんがらがりんぐの由縁なのだとか。
 ともあれ、守矢の神社には二柱の神様がいる。
 もちろんそれくらいは知っていて、でも当時の私は何も知らなかったのだ。歴史なら徐々に勉強していたけれど、もっと大切なこと。
 それは例えば、神様を取り巻く環境だとか。当時の何も知らない私は、ずっと同じように生活が続いていくのだと漠然と信じていた。従姉は都会の大学に進学していて、私も広い世界への憧れもあったけれど、結局は生まれ育った土地を出ることも無いのだろう、と。

 お従姉ちゃんは夏休みに帰郷していて、私も学校の夏休み。その時は知る由も無かったけれど、幻想郷へのお引越しがなされる、ほんの少し前のことだった。
 あの時、巫女の先輩は神社の行く末を知っていたのだろうか。だから急に、歴史の授業なんて始めたのだろうか。

「祭祀一つ取り上げても、そうした変遷は見え隠れしています」
「御柱祭?」
「ええ、そちらも大切なお祭りですね。ですが今日は別の神事で話をしましょう。御頭祭、という神事がありまして、これが諏訪の春祭りです」
「……鹿の頭をお供えする祭りだっけ?」
「ええ、諏訪の神を冬眠から起こすため、そして冬眠から覚めた諏訪の神のお腹を満たすための饗宴。つまりはまあ、諏訪のイースターですね」
「イースター」
 この頃はあまり世間には浸透していなくて、何のことかよく分からなかったけれど。
「神前に七十五頭の鹿を始めとして、他にも鳥や兎のお肉を山盛りに、蛙の串刺し、そして“御贄柱”を神様にお供えするパーティーです。七十五という数字には諸説ありますが、諏訪には一年に七十五の祭祀があることから、と言われています。今でこそ厳粛な空気感の中で執り行われますが、本来の形はそれこそ本当に、冗談じゃなくてパーティーのような有様だったと思います。無論、その中にも一歩間違えば死ぬ緊張もあったでしょう。神官は入念に準備をしてから臨みます」
「ふむふむ」
 もちろん、知らなかったわけじゃない。ただ、すらすら出てくるかと言われると、少し困るというだけで。
「御頭祭は、共食による交歓儀礼です。つまり、神様を楽しませて、人もまた一緒に楽しむことで、神と人とが一体になる。これを共食と言って、同じものを食べる行為に呪術的な意味があります。古代の宗教儀礼の基本的な形の一つですよ」
「ふーん」
「早苗様。知らなかった、みたいな顔しないでください」
「知ってたよ? 熟知してるよ? ……あれ? でも動物を生贄に?」
「共食であり、同時に、豊穣祈願でもあるということです」
 諏訪の神社では、普通の神道で穢れとされる血も平気だと、それは私もなんとなく分かっていた。ただ、具体的な想像をすると物凄く生々しい。新鮮な鹿の頭をたくさんお供えしたりなんかしたら、大変な有様になると思う。
「すごいね……」
 ちょっと度を超しているんじゃないの?
「めっちゃ生臭そう」
 あけすけな物言いに、お従姉ちゃんはツボに嵌った風に笑った。
「ですがむしろ、流血にこそ意味があったのかと。あくまで説の一つですが、これ程に生々しい御頭祭が、しかし狩猟神を奉る狩猟民族の祭祀ではない、と言われています。例えばですね、播磨の国の玉津日女の神話には、こうあります。鹿を捕まえてお腹を切り開き、溢れた血の池に種を撒くと、一晩にして稲が実った、とか。狩猟と農耕の文化は、何も突然入れ替わったのではなく、曖昧な状態の過渡期を経て、移行していくものです。だから御頭祭も、過渡期においては農耕を始めた頃の狩猟民族の祭祀でもあった、という風に解釈するのが柔軟な考え方なのでしょうね」
 この話は、まだ続く。
「ところで御頭祭には続きがありまして、ですね。大祝りと呼ばれる役目の子供を通じて神託を行い、そこに馬に乗った諏訪の国の司がやってきて、人々は『御宝──ゴホウだ、ゴホウだ』と叫びながら何だとか。最後に、その子が解放されて終わりです。ちなみにこの記録は江戸時代の新しいものでして、もうだいぶ変化した後のものでしょう。ですがまあ、時代の流れと共に付け加わったのであろう後半部分は、道具立てから言っても武家政権以降ですね。最後の部分も明らかに生贄制度の廃止を示してますし。この変遷には、呪的な闘争が見え隠れしていますね」
「……それ、神奈子様に聞いたら一発なんじゃ?」
 歴史の生き証人だろうに。
「いいえ、まさか。聞いただけで、はいそうですか、とはなりませんね。私は神奈子様が祭祀の意味を十全に理解しているとは思いませんし。それに人間の身勝手な信仰なんて、神様に御し切れるものでもないですし」
 そういうものなのかな。
「そして、由緒正しいお祭りであっても、全く変化せずに続いているとは限らない。素朴な春祭りは縄文の太古からあったにしても、少なくとも御頭祭と呼ばれる儀式──つまり、十間廊で七十五の生贄という形式に定まったものは、中央政権との関係の中で始まった新しい祭祀です」
 文献的にも大体その頃まで遡ることができて、逆に言えば、それ以前には見られないのだそうだ。
 それ以前、新しい御頭祭以前の御頭祭の原型が、本来あった古代祭祀になるのだろう。原始信仰は形式に囚われない。
 御柱祭が始まったのも同時期になるそうだ。御頭祭には御贄柱。御柱祭には、もちろん御柱。“柱”と、お従姉ちゃんが何か別のものを暗喩するように言っていたのを覚えている。

 いや、隠すまでもない。どう考えても、人柱の見立てだ。人身御供だ。血祭だ。

 祟り神。コレ抜きで諏訪は語れない。御柱祭も御頭祭も、神様への捧げもの以上に、慰撫という意図がある。祭祀としては決して稀有な例ではなく、世界中どこにでもあった、原始的で素朴な祭祀方法。ケルトやアステカあたりが好例だろう。だけど、連綿と続く歴史の延長線上に、自分達の系譜を辿った先に、そういう行いがあったのだと、私は本当に理解できている?

「早苗様は、巫女とは何だと思いますか?」
「……」
 覚悟も誇りもあった。そういう家に生まれたから惰性で巫女をやっているのではない。その自負があった。本当に、あった?
 自分が巫女で当然という認識があるのなら、博麗霊夢のように涼しい顔で、「私が巫女だ」と、たった一言で力強く答えれば良いのだ。難しいことは分からずとも、自分が何者かくらいは分かるものだ。
 だけどその時の私は、何も答えられなくて。

 うっすらと、分かっていたのかも知れない。
 つまり巫女とは、生贄だ、と。

 代替品よりも本物、小動物より大きな動物、大きな動物よりも、生きた人間。だけどこれにはまだ上がある。極上の生贄というのはね、特別な人間以外にあり得ない。
 ただし、貴重な人間を生贄に捧げることはある段階から難しくなり、その他の人間、鹿などの大きな動物、小動物、挙句に代替物へと変えられていった。誰だって、ヤマタノオロチを退治する話くらいは知っている。生贄を求める邪悪な神を、颯爽と現れた英雄が打ち負かすのだ。
 諏訪の場合、邪悪な神とは諏訪子様で、しかし英雄は、邪悪な神を利用し共存を図った。

「いいえ。もちろん神奈子様は、血祭も人身御供も、快く思っているわけではないのですよ?」
 はっとして、顔を上げる。
「生贄制度は廃止されたと言ったでしょうに」
 ただしそれは、表向きには、と但し書きが付いてもおかしくはないのだが。なにせ秘教なのだ。
「神奈子様と諏訪子様の仲が微妙に悪いのも、そこの所があるのですよ」
「仲悪いかな? ……あー、カエルとヘビの話とか?」
「ええ、それもありますね。本来、神奈子様にはヘビの要素は無いのに、対外的に示すに当たって、儀式にも取り入れたくらいですから」
「神奈子様は、見栄えとか気にするよね」
「そして神奈子様は、動物への置き換えだけでなく、二柱の関係を乾と坤に当て嵌めました」
 乾を創造する。
 坤を創造する。
「易の言葉で、天と地くらいの意味だったよね」
 これには一応は即答。
「ええ、おおよそは。他にも象意はありまして、それぞれおおまかに父性と母性です。神奈子様は男性原理的な、厳格で合理的で、正しい神様です」
「じゃあ諏訪子様は正しくないの?」
「深層心理学で言う男性原理と女性原理。この二つの違いについて大まかに説明するなら、切断と包含。善悪、規則、その他諸々を、厳格に切り分け、規範性と秩序を作りその権威ある執行者となるのが、男性原理的な切断の作用。そして後者の包含は、呑み込む作用と言えますね。つまりは、正しい正しくないの次元には無い、といった所がその素朴な質問への解答になります」
「……うーん」
 まるで敵わない。
「自然神は感覚の陶酔によって人類を疲れさせ、人間神は真面目な魂の躍動と殉教の喜びを与える。また自然神と一口に言っても、狩猟採集民の豊穣神と農耕民族の豊穣神とでは性格が異なります。さて諏訪子様、そして神奈子様は、どんな性格の神様でしょうか?」
「えっと、難しいことは分からないけど、神奈子様は人のためを思ってるよね。人は神のためにも尽くすけど、それは結局、人間のためにあって、人間のところに返されるもの。むしろ、人間が正しく豊かに生きるための指南を、宗教という形で示している? もちろん神奈子的も信仰は欲しいから、持ちつ持たれつの関係」
 信仰は儚き人間のために、というやつだ。
「勤勉であれ。真面目に田畑を耕しなさい。そうすれば、収穫期には報われる。農耕民族の豊穣神であり、自然神ではなく人格ある人間神の神奈子様の言い分は、つまりそういうことでしょう」
「それに神奈子様には、武神の顔もあるんだっけ。あ、だんだん分かってきた。つまり、乾ってこと」
 乾の象意は力強さ。これは人に対応させると、父や祖父等の、権威者となる。
「反作用に対する作用のようなものかも知れませんね。諏訪の土地に元々あった強烈な負の方向性、それに対する正の神もまた、それなりの強度を備えていなければ成立し得ないのです」
「頑張ってるってこと?」
「……もうちょっと言い方に気を使うと、なおよろしいかと思いますよ?」

 そしてお従姉ちゃんは、少し、真面目な表情になった。

「早苗様のお母様は、当代の風祝りです。神奈子様を崇め奉っています」
 うん、と頷く。
「そして私は、当代の諏訪子様の巫女です。諏訪子様の退屈を慰撫しています」
 これにも、うん、と頷いた。
 同じ巫女なのに、やっていることが少し違うのを不思議に思いつつ。
「早苗様は、風祝りですね。神奈子様の巫女になります」
「うん」
 声に出して、強く頷いた。
 大切なメッセージを、ちゃんと受け取れますようにと祈りながら。
「早苗様は、諏訪子様がどんな神様だと思いますか?」
「カエルの神様で、雨を司ってる」
 いや、誤解しないで欲しいのだけれど、当時の私にとって、諏訪子様とはそういう神様だったのだ。狩猟民族の神様だと言われたところで、イメージは簡単には結び付かないし、覆りもしない。
「ええ、可愛いケロちゃん様ですからね……」
 お従姉ちゃんは、大切なものに触れるようにして、慎重に私の頭を撫でる。
 その時の私は、本当に、何も、何一つとして、分かってなんか、いなかったのだ。

 諏訪子様のことも、諏訪子様に対する神奈子様のことも、頭を撫でてくれるお従姉ちゃんの微苦笑の、その意味さえも。



 母親のことは、わりとよく覚えている。厳しくて、優しい、素敵な女性だった。
 確かに母娘なのだと分かるよく似た顔にはいつも、神奈子様に似た厳格な表情を浮かべていた。
 たまに怒ると、諏訪子様のように怖かった。それはまるで、陽中の陰。厳格さの中にある女性原理、母親の怖さ。

 お従姉ちゃんは、よく神奈子様と言い争っていた。二人が論陣を張れるのは、お従姉ちゃんに陰中の陽があるから。論理的に物事を組み立てて考える男性原理。神奈子様とお従姉ちゃんは、実は少しだけ似た者同士だったのかも知れない。

 私は多分、神奈子様の方に似ている。根が真面目で、算数と理科が得意。ただし陽中の陰が抜けているから、お母さんには似ていない。


 お従姉ちゃんと話したその出来事から、あまり日付が変わっていなかった頃だったと思う。
 深夜だった。
 そしてたぶん、神社の今後についての話し合いが行われていた。

 幻想郷への引っ越しの理由は、外の世界で信仰の獲得が期待できなくなったため。概要としては私も承知している通りのことで間違いは無いのだと思う。でも本当の所の、直接的な切っ掛け。破天荒な計画を断行するに至るまでの決意。そのエネルギーは、神奈子様の何処にあったのか。

 力強い武神の横顔を持ち、神としての威厳を持つことに心を砕き、秩序のための正しい信仰で、民の安寧が生まれると考える、強く正しい神様。
 そんな神様は邪神とは微妙に険悪な仲で、邪神を祀る巫女さんとは、どういう関係だったのだろう。その答えは、怒号だった。



「貴方をそんな風に育てた覚えは無いッ!!」
「神奈子様は本当に何も分かってないですね。その怒号は的外れです。だって私は、最初から諏訪子様に似ているんですから」

 切っ掛けとしては、大したことでなかったと思う。いつものことだったからだ。
 近年、日本の祭りはジャーナリズムに晒されて観光化している。口伝も一部を残して途絶え、生贄は代替品を用いて、祭祀は意義を失った。御頭祭の日に捧げる供物たる鹿の頭も、今はもう剥製で、新鮮な血は流れない。流血で大地を潤すことなく、何が豊穣祈願でしょう。信仰の本質なんて、とっくの昔に無くなっているのに。何を今更。
 お従姉ちゃんの言い分は大体がそんな所で、人を招き入れることを善しとする神奈子様とは真っ向から対立するものだった。

 ──神社に詣でるのであれば、少なくとも、一歩間違えれば死ぬという覚悟くらいはしておくべきでしょうに。

 以前、お従姉ちゃんが賑やかな神社を遠目に、ぞっとするような低い声で呟いているのを聞いてしまったことがあった。
 お従姉ちゃんにとっての神は、いつ暴れ出すとも知れない化け物のことなのだ。

「人間は信仰心を忘れてしまった」
 一時期と比較すれば、今の世界は大きく様変わりしている。神社に参拝する人間はいる。祭りに参加する人間もいる。しかし、心の底から神様を信仰する人間は激減している。宗教が根本的に誤解されている。
「知っての通り、我々神にとって、信仰を失うことは力を失うということ。神徳が失せてしまっては、それは神の死に等しい」
「かと言って、ただちに信仰が尽きるわけではありませんよね。か細い信仰で存続する野良神様だっているのですよ? 今の神奈子様に比べたら、そういった八百万の神々の方が逞しいですね」
 世の在り様は変われども、未だ、諏訪の民の祭りへの情熱は凄まじい。向こう数十年は確実に安泰だと思われる。それでも、祭りの時には戻ってくるとは言え、平時の信仰が徐々に薄れていくことは否めない。信仰は確実に衰退している。現代っ子が親世代になる世代、更にその次の世代、更に更にその次は、どうなるか。そこには何の保証も無い。だからこそ、神奈子様は早めに手を打ちたいのだろう。
「神奈子様はまさか。人間が自分を信仰してくれないことを恐れているのではないですよね? ……それ、笑えません」

 大声を聞いて布団から起き抜けの私は、暗い廊下から耳をそばだてて、その会話を聞いていた。
 神奈子様もお従姉ちゃんも、私の前では見せたことのない怖い表情をしていると、声色だけでありありと感じられた。
 お従姉ちゃんは冷ややかに言い放つ。
 答える神奈子様も、峻厳な岩壁が如くに、揺るぎなく。
「神様が人間を怖がるなんて、逆です。履き違えるんじゃないですよ。恐れるのは神じゃない、人です」
「誰もそんなことは言っていない」
「では、何と?」
「過去の栄光は滅びゆく。私は、可能性ある未来を掴みたい」
 神奈子様の意見は、私にもなんとなく分かった。
 分かるも何も、普段から言い聞かされている通りのこと、と言えるかも知れないけれど。大雑把に言えば、より良い未来、というやつだ。我々は努力によって、新しいものを掴み取ることができるのだと。
 一見して信仰心は科学の発展に押されているようで、しかし神奈子様は最新科学を好んでいた。私と一緒になって特撮とかを視聴したりしていたけれど、神奈子様自身も楽しんでいた。あれで結構、新しい物が好きな所があるのだ。
「人間は恐怖すら忘れる。これからはもっと合理的に、祟りの恐怖ではなく、利益によって確実な信仰を集める時代が来る」
「神奈子様の言っていることは、時代には則しているのかも知れませんけどね。諂うくらいであれば、いっそ滅びてしまっても良いんじゃないですか?」
 お従姉ちゃんの言っていることも、私には分からなくもないのだ。
 形を変えて残るものが、本当にそれまでと同じものと言えるのか。形式、担い手、心、そういうものが全部入れ替わって残るものは、本当に本当の本物なのか、と。テセウスの舟は、偽物だ、と。
 だからこそお従姉ちゃんは、標本のように諏訪の歴史を保存しようとしている。それはそれで、きっと間違っていないこと。

 神奈子様もお従姉ちゃんも、守矢のことを愛している。それだけは絶対に確かなことなのに、どうして喧嘩しまうんだろう。なんて、私はそんな何故を問い掛けるほど子供ではなかった。味方同士でも時に対立が起こることくらいは理解していたけれど、それなのにやはり、そんな他愛のない何故を問い掛けたくなってしまう。
 だってあまりにも険悪に、空気が張り詰めていたから。

「神様が遜って、軽薄な信仰を得ようと努力する。衆愚に支えられて成立する独立不撓。餌をねだる犬ですかね? 上手に芸ができたら──奇跡を起こせたら、信仰をもらえるんですか?」

 そこまで言わなくても良いじゃないかと思った。
 神奈子様の憤怒の形相が目に浮かぶようで、これは雷が落ちるな、と。ちなみにこの場合の雷の落ちるは、比喩ではない。別に喧嘩とまでは行かなくとも、突風で屋根が吹き飛ぶくらい、ウチではよくあることなので。

「そんなことしなくても、私が養ってあげますよ。神奈子様を誰の目にも晒されない聖域に閉じ込めて、ちゃんと毎日、信仰を注いで差し上げます。神奈子様は何もしなくて良いんですよ? ぜ~んぶ私がやってあげますから。それとも早苗様にお世話して欲しいですか? そうですね、神奈子様がそう言うなら私はそれでも構いませんけど、たまには私にもやらせてくださいね」

 お従姉ちゃんは神様が好き過ぎるあまり、ちょっとヤンデレが入っている。
 結局の所、人間のことなんてどうでも良いと思っているのかも知れない。いざとなれば人間を百か二百ばかり血祭に上げれば、信仰も回帰する、と。
 巫女として、あるいはそれは、在るべき姿なのかも知れないけれど。
 けれど。けれど、何か違う。

「一つ、講義をしましょう」
「……急に何だ?」
「いえ、前から気になっていたんですけど、ヤサカトメって、ヤサカ“ヒメ”じゃなくてヤサカ“トメ”なんですよね。トメは、刀自と同じ系統の言葉で、女性の権威者を指す敬称です」
 ヤサカトメとはつまり、神奈子様のことだ。
 ただ、表向きにはタケミナカタの名を看板に出しているので、あまり触れてはならないことになっている。タケミナカタという神は実態としては存在せず、その名前は、言うなればプロデュースされて作り上げられた偶像だ。それが、私も知る所の守矢の内情。
 しかしお従姉ちゃんは、私が知っている以上のことは当然として、知っていてはならないことまで、知ってしまっているのかも知れない。

「私はかねてより疑問に思っていました。諏訪縁起を鵜呑みにするわけではありませんが、何故、当時最新の鉄器で武装していた諏訪の民に、タケミナカタの軍は勝利することができたか。神の風が吹き、鉄器は錆びた。これは、事実をどう言い換えたものでしょうか」

 鉄器と言えば、以前に聞いたことがある。
 洩矢の鉄の輪。フラフープみたいな物と、細長い刃物状の物の二種があるが、本来は後者の形。神話の流れからして、私はそれを武器と思い込んでいたのだけれど、お従姉ちゃんが言うには、狩猟道具と考えられるそうだ。原始的で粗雑な作りながら先端に返しが付いており、銛のような扱いができる。そして古代の観念的には狩猟≒神事で、つまり神具なのだとか。

「前提として、記録とは恣意的なものです。正史編纂の立場からでは、公文書として残せない理由があって当然ですから。扱いの悪い軍神については、まあ気にするまでもないでしょう。
 さて、構図から確認します。出雲勢力は、タケミナカタを排斥した。彼が逃げた先の諏訪で、似たようなこと、タケミナカタが諏訪の神を追いやるという戦争が起きた。ただし、我々の立場ではタケミナカタが実在しないことは知っている。だったら、この構図は何を意味するのでしょうか」
 数秒、お従姉ちゃんは間を置いてから。
「繰り返します。何故、タケミナカタの軍は諏訪の民に勝利できたのか」
「……何が言いたい」
「支援があったからでは? そして次です。では何故、出雲勢力はタケミナカタの軍に支援したのです?」
 いや、お従姉ちゃんの話はおかしい。
 だってそもそもタケミナカタは偶像だったはずだ。
「こちらも答えは簡単。最初から、尖兵のつもりだった。そして最初に戻ります。ヤサカトメって、ヤサカ“ヒメ”じゃなくてヤサカ“トメ”なんですよね? タケミナカタの妻なら、ヒメであった方が自然なのに、権威者への敬称であるトメなんですよね? これはつまり、最初から偶像タケミナカタの主体はヤサカトメにあったということなのですよね?」

 お従姉ちゃんは、守矢の歴史を標本にしようとしている。それはつまり、死骸をピンで突き刺して留めるという行為に他ならない。
 あるいは解体。吊るした獣の肉を切り分けるような手際の良さ。

「以上のことから浮かび上がってくるのは、つまりヤサカトメとは諏訪近郊を根城にする部族集団を率いていた長であり、出雲からの援助を受けた上で、諏訪王国への尖兵として利用された。そして当然、そんな外様は用済みになれば切り捨てられた。といった話の筋書きなわけです」

 真偽の程は分からない。
 しかしどうあれ神奈子様は怒ると思った。質量さえ伴った突風が、鉄槌のように真上から叩き付けられる。その衝撃を覚悟して、私は身を屈めていたくらいだ。
 お従姉ちゃんだって、いっそのこと決別するつもりで挑発したのだろう。平行線の議論を続けるくらいなら、分かたれてしまった方がお互いのためになると。
 だけど、いくら待てども破壊の風は吹かなかった。

「それは巫女の言葉では、ない」

 ただ、怒りを通り越して憐みさえ滲んだような言葉が、投げ掛けられたきりだった。



◇◇◇

 結局、その後のゴタゴタに紛れて、直前の出来事の印象は薄れていたのだけれど。

「神奈子様とお従姉ちゃんが、喧嘩してましたよね。あれが切っ掛けになったんですか?」
「その答えは、いや別に、だよ。理由も切っ掛けも数え切れないほどあったんだから。ただ、神奈子の中でどのくらいの大きさのことかは知らないけどね」
「……仲違いが理由で幻想郷に来たんだとしたら、寂しいですよね」
 喧嘩別れのまま仲直りもできないのだとしたら、それはやっぱり、寂しい、と言うか、寂しいなんてものじゃないと言うか。
 けれども、諏訪子はあっけからんとして笑うのだ。
「私は、むしろ安心したからだと思うよ」
「安心……?」
「あの神奈子が、自分の国を放り出して他所へ行くような奴だと思うか?」
「えっと、それは。それは、無いですね」
「そういうこと。守矢は広げた歴史を畳む準備を始めている。生きた信仰は緩やかに死に始め、後はただ、後世に資料として伝えるだけ。長い歴史も、もう終わる。その事業を任せても良いと、そう思ったんじゃないの? 実際、他にも諸々の事後処理ってあるし、土地神が去った後の土地の再建とか、洒落にならないレベルの難事業だし」
「いや、でも神奈子様は」
「そう。後のことは任せたくせに、神奈子は潔く終わるつもりなんて、ちっとも無かった。だから今、私達がここにいるんだよ」
「したたか、ですね」
 らしいと言えば、らしいのか。
「じゃあ、諏訪子様にとってのお従姉ちゃんは、どんな巫女さんだったんですか?」
「巫女は巫女だよ。神を慰撫する役目を担うのが巫女だもの。神奈子が何と言おうが、あの子は私にとっては巫女だった」
 ぽつぽつと、諏訪子は口にする。

「私のことを私以上に知っていて、私のことを私以上に考えてくれた。私のことをよく分かっていた」

 自分の名前を知っている人間は殆ど居なかった。
 もはや、忘れ去られようが何だろうが構わなかった。
 そう言っていたけれど、本当はきっと。

「一緒に映画見てくれた。一緒にゲームしてくれた。一緒に遊んでくれた」

 先代の巫女は、確かにいたのだ。
「私も、諏訪子様の巫女になれるでしょうか」
 風祝りは風雨の神を奉る巫女であって、祟り神を祀る巫女でもなければ、土着呪術を操る巫蠱でもない。諏訪子の力を借り受けないわけではないけれど、本当の所の意味では、早苗は諏訪子の巫女ではないのだ。
「ありきたりだけどね。早苗は早苗で良いよ。あの子とは違う」
 もちろん早苗は自分の能力を疑ったことなど無い。基本的な雨乞いなら、ほんの子供の時分に独力で成功させている。風を吹かせるも思いのままだ。しかしそれでいて、まだ発展途上という認識もあった。
 ただの原石と、最高のカットを施された宝石とでは、どちらの方が煌びやかなのか、という話。
 神の力を備えた人間を作るという試みの最高傑作が早苗ならば、あの従姉もまた、祟り神の申し子と畏れられた巫女だった。
「だったら、こう考えて。あの子は今までの神社の、最後の巫女。早苗はこれからの神社の、最初の巫女。求められている役割は、まるで違うものなんだよ。あの子はいくら優秀でも、指向性が過去に向いていたから、始まりには相応しくない。だから神奈子は、他でもない早苗を連れて来たの。早苗が一番、未来を向いているから、って」
 初めて、自分が選ばれた理由を知る。
「そう、だったんですね」
 早苗の胸に込み上げる感情は、多分、誇りと呼ばれるような何か。
 長く険しい道を歩いていく時に、支えとなり原動力となる、強い力の源。

 だから、早苗は気付かない。気付けない──

「神奈子が言うには、これから守矢は変わっていくそうだよ。もちろん、早苗と共に、ね」

 ──ケロケロと笑う神様は別に、新しい守矢が良いなんて、そんなの別に一言も言っていない、ということに。

「私、より一層がんばりますね」
「うん。頑張ってね」
 諏訪子は、勝手気ままなことが常の邪神にしては珍しく、言葉を少しだけ偽った。
 正しくは、「うん。精々頑張ってね」と言うつもりだったのに。
「ま。それはさておき懐かしいことを思い出したね。懐かしい、いや、懐かしいか。時間の感覚があれだね、超越存在的な感じじゃないけど」
「諏訪子様でもそうなんですね。私も不思議な感じです。もうずっと昔のこと、みたいな感じで。今頃、向こうでは何をしているんでしょうね」
「ほんと、何してるんだか」
 多分、それを知る手段なら、無いわけでもない。二度と帰れないと決まっているほど悲壮感の漂う運命でもない。
 だけど、意識して故郷のことを考えないようにしてのは、幻想郷での生活に必死だったから、だろうか。そうだとするなら、今は少しだけ余裕が生まれたのだろうか。
「霊夢さんの所の先代は行方知れずだって聞いたけど、うちの先代の巫女さんは、何をどうしているのかなぁ。今も、あの家にいるんだよね」
 空をぼんやりと見上げながら何気なく呟いた早苗の言葉に、意外な返事がある。
「けっこう楽しくやってるみたいだよ?」
「ふーん、そうなんですか」
 数秒、ぼんやりを継続して。
「……そうなんですか? えっ、諏訪子様は何か知ってるんですか?」
「うん? いや別に、私は何も知らないケロ」
「その顔は確実に知ってますよねッ!」
「でもほら、それは別の話だから」

 教えてくださいよ。んー、だめー。
 夏の縁側に、楽しげな声がこだまする。



◇◇◇

 一つ、楽しい記憶を思い出した。

 お従姉ちゃんについてまず思い出すのは、ジビエ料理だ。私の中では、お従姉ちゃんと言えばジビエ、ジビエと言えばお従姉ちゃんと言っても過言ではない。
 私が中学生の頃だった。ある日家に帰ると、珍しく都会の大学から帰省していていたお従姉ちゃんが、淡い風合いでまとめた私服姿の上からエプロンを付けて台所に立っていた。たしか、鹿のお肉を煮込んでいるのだった。ちなみに鹿は自分で捕ってきたらしい。狩猟免許なんて、いつ取ったんだろ。
 そして台所に並んで立ちながら、諏訪にまつわる説話の解説を聞かせてもらったのだ。

 長楽寺の僧正が諏訪明神に問いました。
 貴方はどうして、衆生の救済を考えねばならぬ神でありながら、血肉を好むのか?
 諏訪明神、答えて曰く、
 野辺に棲む、けだもの我に縁なくは、憂かりし闇になほ迷はまし。
 野の獣たちは、私に縁がなければ、つまり私の手に掛かって死ななければ、現世の迷いに囚われたままであることでしょう、と。

「この説話には、平地の人間と山に棲み狩猟で生きる人間の死生観の違いが表れていますね。山の人間にとって、あの世へと送ることは、あの世へと返すこと。丁重に返還することは、再生を祈願すること。神様が動物の姿で顕れて、私達の糧になってくれるんです。だからちゃんと言わないといけないことがあります」
「?」
「早苗様は、“いただきます”と“ごちそうさま”を言えますよね」
「うん」
 米を育てる過程の苦労や、田んぼに張る水の源の雨、自然に感謝すること。
 神奈子様から、母から、厳しく言われ続けていることだった。
「偉いですね。美味しく頂くことも供養であり、感謝ですよ。なんて、諏訪明神はよくもまあぬけぬけとそんなことを言うものですが」
 困惑したまま頷くと、お従姉ちゃんは優しく笑った。
「私も腕によりを掛けますよ。お義母様の炊くごはんはとても美味しいので、負けていられません」
 あの従姉も、母にだけは頭が上がらないのだった。
「なにはともあれ、美味しく頂いちゃいましょうね」
「うんっ」
 私もうきうきわくわくで、無邪気に笑った。お母さんの料理も好きだけど、たまには洋食も食べたい。
 特にお従姉ちゃんのジビエカレーは絶品で、諏訪子様なんて大喜びで「あ~ん」までしてもらっていた。「だって食べさせてもらった方が美味しいんだもん」って、甘えっ子の諏訪子様は、「結局の所、巫女に一番大切なのはそれだよ?」とも言っていたっけ。
 ともあれ、辛さより甘さが引き立っていて、柔らかく煮込まれたお肉は繊維がほろほろと舌の上でほどけていくのが分かるのだ。あれにはカレーの概念を覆された。
 うぅ、思い出したらお腹すいてきた。

「さてさて、ところで早苗様。いつものごはん、お米だけだったらどうですか?」
「……えぇー。だけ? おかず無し?」
「そうです。ちょっと寂しいですかね」
「私はお米好きだけど、流石にお米だけなのはちょっと……」
「では、お肉だけだったらどうでしょう」
「それもちょっと。なんて言うかこう……お肉は、お米の上経由で食べたいって言うか……あるじゃん、こう。オン・ザ・ライスこそ至高、みたいな」
 わせわせと身振り手振りで言葉にならない思いの丈を訴える。
「ふふっ」
 なにか、からかわれているような感じだった。
「それは、とても大切なことです」
「いや、何が?」
「どちらか片方だけでは足りない、ってことですね」
「うん、そりゃあね」
「太極図のようなものです。相反するものが補完し合って、一つの全体像を作り上げるのです。と言っても何のことだかさっぱりだと思うので、例え話にしてみました」

 うちの神社には、二柱の神様がいます。その意味を、よく考えてくださいね。
 神奈子様と諏訪子様の仲を取り持ってあげてくださいね、と。
 そして、神奈子様の巫女であり、同時に諏訪子様の巫女でもあってくださいね、と。
 あれはきっと、そんな例え話だったのだ。


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コメント



0.450簡易評価
2.70名前が無い程度の能力削除
なんだかんだでひところしは人間の本来もってる邪悪性の範疇ではすまされないしすますべきではないと思うがな
まあひとつの宗教つか主権を背負うということはそういうことかもしれんが
3.100名前が無い程度の能力削除
んー、まあ、難しいことは分かんないけど、おもしろかったです。
7.30名前が無い程度の能力削除
何か考察っぽく垂れ流してますけど中途半端なんですよね。根本的に知識が足りてないというか特別なことみたいな扱いしてるのに、全然普通のことだったりするし。
詳しくないことを比較もせずに書き連ねてるだけだけ。
9.50名前が無い程度の能力削除
あくまでも私見ですが、この子、確信を持ち過ぎているんですよ。
自然崇拝を標榜する時に一番大切なものって、崇拝する対象が胡乱であるっていう感覚だと思うんです。偶像崇拝とか、そういう意味ではなく、形而上への視線という意味でです。
なのに、この子は形而下(たぶん)に神様が目に見えてしまっているから、そこに自然主義との明白な齟齬が生じてしまっている。
いや、見えてなけりゃ東方原作の設定が崩壊するって、そりゃそうなんですが、その結果、この少女が自然崇拝をあまりにも型に嵌めて考え過ぎているように感じられまして、ちょっと切ない気分になりました。
現代社会から古代の風景を見てしまっている設定のキャラクターなのでしょうから仕方ないのですが、もっとちゃんと原始的な観点に立ち返らせる展開になっても悪くはなかったと思います。
見当違いかも知れないけど、だとしたら申し訳ない。
13.100先代の守矢の巫女の信仰者削除
先代の守矢の巫女を何度も読ませて頂いている
信仰者の1人です。
お願いします!!
再編集前の作品を!!
先代の守矢の巫女に関する作品を
いま一度読ませて頂けないでしょうか!!
お願いします!!
14.無評価先代の守矢の巫女の信仰者削除
先代の守矢の巫女の信仰者です!!
重ねてお願い申し上げます!
東方創想話などのサイト上で
再びあげるができないのなら、
私のメールにでも直接送って頂きたいです!
それほどに貴方様の作品が読みたいのです!
どうか!どうか!よろしくお願いします!
15.無評価先代の守矢の巫女の信仰者削除
先代の守矢の巫女の信仰者です!!
重ねてお願い申し上げます!
東方創想話などのサイト上で
再びあげるができないのなら、
私のメールにでも直接送って頂きたいです!
それほどに貴方様の作品が読みたいのです!
どうか!どうか!よろしくお願いします!