Coolier - 新生・東方創想話

一回生宇佐見蓮子は黒髪の乙女であった

2017/05/20 18:07:49
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※注意

男のオリキャラが主人公として出て蓮子とラブコメします。
推奨:無理って人は読まない。







 我が根城たる木造二階建てのおんぼろアパートは、下鴨界隈の住宅地の一角にぽつんと佇む廃墟と説明されても、なんら遜色のないものであった。
 何十年も雨風にさらされて黒ずんだ板張りの壁は蔦が張り巡らされており、窓ガラスはくすみ、ひび割れ、何故か紐やらロープやらタオルやら用途不明の有象無象があちこちから垂れ下がっており、風が吹いてはそれらがゆらゆらと不気味にはためいて廃墟味がいっそう増すのだった。
 この科学世紀においてなぜいまだに健在であるのか摩訶不思議なまでにそのおんぼろさを極めているアパートは、一階と二階にそれぞれ三部屋ずつの合計六部屋があった。
 一階にまず玄関があり、そこに下駄箱やら郵便受けが置いてあるのだが、一見ゴミにしか見えないものや、実際ゴミと称するのになんらためらう必要のないものたちで溢れかえっていて、ほとんど機能していないに等しい。
 玄関から左手側にところどころぽっかりと穴が空いた廊下が伸びていて、使用しているのかいないのか理解に苦しむおんぼろ家具なんかがひしめきあっており、そこに各部屋につながる扉が三つ等間隔に設置されていた。
 玄関の正面には階段があり、ぎしぎしと今にも床が抜け、天井が落ち、壁が倒れ、一棟丸々倒壊するのではないかという恐怖に苛まれながら登りきると、一階と同じような廊下があって、やはりそこにも三つの扉がある。
 その廊下の一番奥にある扉こそ、私の部屋である二〇三号室へと繋がる扉に他ならない。
 各部屋の間取りはすべて同じで、扉を開けると半畳ほどの板の間があり、その向こうに中央に正方形の半畳が収まる形の四畳半の畳が敷き詰められている。
 立て付けの悪い窓ガラスがはめ込まれた窓の外には前の前のそのまた前の住人の頃からすでに存在していたという歴史的洗濯紐がぶら下がっており、常に何かしらの洗濯物がぶら下がったまま平気で二日三日は放置されていたりした。
 一畳ほどの押し入れはあるが、風呂やトイレはおろかキッチンなんて気の利いたものすらこのおんぼろアパートの部屋には存在しない。
 トイレや流しは一階にある共同で、風呂は近所の銭湯に出向く必要があり、コンロなんぞはコンセントに差し込むタイプの電気コンロを各々用意しなければ自炊なんぞ到底できないといった、現代においてわざわざ不便極まりない生活を強いられることうけあいであった。
 夏はまるで天井に炬燵をぶら下げたみたいに蒸し暑く、打って変わって冬は屋内と屋外の境界が曖昧になるくらいの刺すような冷気に支配され、窓や壁や天井から吹くすきま風、名も知らぬ雑多な虫達、じっとりした質感の爬虫類、もはや名誉住人と化したゴキブリ一族の諸君、惨めな万年金欠貧乏男子学生、そういった魑魅魍魎たちでこのアパートは常にうごうごと満ちていた。
 惨めな万年金欠貧乏学生が満ちているとある通り、ものの見事なまでに男しか住人がいない汗と涙と男汁の染み付いたアパートなのである。

 さて、冬の凍てつく寒さもすっかり鳴りを潜め、やや暖かな風が隙間風に乗って心地のよい三月半ば。
 春眠暁を覚えず。一度は目を覚ましたものの、私は暖かな春の陽気にそのままだらだらと万年床の上でもぞもぞなめくじのように惰眠を貪っていた。
 本日は休日であるからして、特になんの予定もないのに意味もなく屋外をぶらぶらするのは愚か者の所業である。
 そして私は愚か者ではない。
 と、何やら隣の部屋が騒がしいのに気がついた。
 じっと息を潜めて耳を澄ませてみれば、薄い壁一枚隔てた向こう側から複数人の男女和気藹々とした声が聞こえてくるではないか。
 私は憤慨した。けしからん。非常にけしからん。
 思えば私は、隣人である二〇二号室の住人とは一度も対面したことがなかった。
 物音一つたてず、生きているのか死んでいるのかその痕跡すら残さない隣人に対して最初こそ薄ら寒い恐怖を覚えたものだが、今やすっかり慣れきってしまっていた。
 そんな矢先にこれである。
 複数の男と女を一室に交えて、やることといえば一つしかない。
 この神聖なるアパートにおいてそんな俗物的なちんちんかもかもする行為だけは断固阻止せねばならぬ。
 このおんぼろアパートは女人禁制、男の花園……などといった決まりはないが、こう、女を連れ込んで何やら破廉恥な行為に及ぶなど、決して羨ましいわけではない、わけではないが、決して許してはならぬと私は決意した。
 私は四畳半のおよそ半分を占める万年床の心地よいふわふわから立ち上がり、断固抗議すべく意気揚々と歩き出した。
 扉を開けて廊下に出るのと、二〇二号室の扉が開いてそこから細身で小柄な黒髪の乙女が顔を覗かせるのは、ほぼ同時であった。
「おや」黒髪の乙女はこちらに気がつくと、ぺこりと可愛らしくお辞儀をした。
「どうも、こんにちは」
「はぁ、わざわざごていねいにどうも」こちらも思わずおじぎを返す。
 さっきまでの強気な姿勢は身を潜め、なんとも間の抜けた体たらくである。
 わかっている。自分でも己の間抜けぶりはほとほと理解している。
 だからどうかなにも言わずにいてほしい。
 これから破廉恥に及ぶのか、それとももうすべて致した後なのか、黒髪の乙女は涼しげな顔でこちらを見つめている。
 私の顔になにか変なものでもついているだろうか、と手で顔を拭っていると、二〇二号室の奥から「宇佐見さーん!」と声がして、黒髪の乙女が「はーい!」と返事をした。
 それから再びぺこりとお辞儀をして、黒髪の乙女は再び二〇二号室の奥へと引っ込んでしまった。
 一体なんだったのであろうか。
 と、体を起こし全身を忙しなく発熱させたり冷却させたりしたせいか、私は尿意に催され、一階の共同便所に向かった。

 便所を出ると、先ほどの黒髪の乙女が玄関から外に手をふりふりしていた。
 見ると、外には引越し業者のトラックが停まっていて、筋骨隆々とした健康的な精神と肉体を有していそうな引越し業者の制服姿の若者たちが、にこやかな笑みを浮かべてお辞儀をしている。
 引越し業者のトラックが立ち去ると、黒髪の乙女は手に紙袋を携えて一〇一号室の前へと向かっていった。
 そしてあろうことか、その扉を元気よくノックしようとしたのである。
「待て! 待ちなさいキミ! 早まるんじゃあない!」
 私は慌ててそれを阻止し、「おや、さきほどのお隣さんじゃないですか」などと呑気にのたまう黒髪の乙女を玄関の前まで引っ張っていった。
「なんでしょうか。私にはこのかりんとう饅頭の美味しさを世界に知らしめるという崇高な義務があるのです」
「崇高な義務はさておいて、キミはなにもわかっちゃあいない。寡聞少見にも程がある。いいかね、本来であればここはキミのような可憐な乙女が足を踏み入れてはいけない場所なのだ」
「でも、別にここは女人禁制ってわけじゃないですよね? まあ確かに、見た目はあれですけれど……」
 黒髪の乙女は不思議そうな顔をして、首を小動物のように傾げてみせた。
「そうじゃない。いいかねキミ。まずこれだけはよく覚えておきたまえ。偶然にも最初に出会ったのが私のような紳士だったから良かったものの」
「紳士?」
「わざわざそこに疑問を持つんじゃありません。私だから良かったものの、もし別の部屋の住人だったりしたならば、それはすなわちキミの貞操の危機に直結することを覚えておくといい」
「はあ……」黒髪の乙女はどうにもいまいち理解していない様子であるので、ここは私がしっかりと説明せねばなるまい。
 黒髪の乙女は律儀にもアパート全部屋分の引っ越しの挨拶を用意していて、そのどれもがぬばたま堂のかりんとう饅頭であった。
 これからそれを全部屋に配り歩くのであるが、そこにまず罠が潜んでいる。
「まず、こんな廃屋同然のおんぼろアパートに住もうなどと考える輩にろくなやつはいない。私やキミのような紳士淑女的存在は絶滅危惧種であると考えなさい」
「それでは、挨拶をしないのですか? しかしそれはあまりにも失礼なのでは?」
「ことを急ぐんじゃあない。もちろん挨拶は大事だ。だが、重要なのは相手が女に飢えた餓鬼であるという点だ。キミのような見目麗しい少女が部屋を訪問すれば、相手はたちまち彼女は自分に恋心をいだいているのではないかなどと勘違いする短絡的な思考の持ち主なのだ」
「そんな、見目麗しいだなんて、照れます」
「照れてる場合ではない! そんな可愛い顔で赤面なんぞをしてみせるから奴らは誤解するのだ! いいかね。あくまでも淡々と、事務的に、同じアパートだから仕方なく挨拶するけれどもあまり頻繁に関わってこないでくださいね、という姿勢が大事だ。血も涙もないと思うかもしれないが、それがキミのため、ひいては相手のためになるんだ。覚えておくように」
「ワカリマシタ、先生!」そう言って敬礼をしてみせると、黒髪の乙女はまず一階から攻め入るべく廊下をずんずん進んでいき、一番手前の一〇一号室の前で立ち止まった。
 その部屋は桃色奇譚拾遺官の名をほしいままにする卑猥の権化、歩くわいせつ物陳列罪――この場ではプライバシーを配慮してA氏(仮名)とする――の住処である。
 A氏は桃色文化遺産の収集に余念がなく、その世界各地から集めてきた多種多様なジャンルを幅広くカバーしている桃色綺譚集には私もたびたびお世話になっている。
 なれど、やつは桃色文化遺産にかまけるばかりに現実の女性への耐性は皆無に等しく、彼の分身であるジョニーも本来の活躍の場を失い毎晩一人寂しく慰めてもらうのみに留まっていた。
 そんな彼の家の戸を叩くは黒髪の乙女。
 一体全体、A氏の目に彼女はどう映ることだろうか。
 そして、彼女はちゃんと私の忠告を理解したのだろうか。
 それが心配で、私は廊下に放置されているがらくたの影から彼女の姿を見守った。
 こんこんこん、と可愛らしいノックの後、内側から扉が開いてなんとも冴えない顔をしたA氏が姿を現した。
「こんにちは」ぺこりとお辞儀をする黒髪の乙女。
「ヒイッ!」A氏はあまりにも失礼極まりない悲鳴を上げるやいなや、慌てて扉を閉めようとした。
 どうやら現実の女性に耐性がないばかりか、恐怖すら覚えているように見受けられる。
 なるほど、最近の彼のコレクションがやけに二次元方向に偏っていたのはそういうことだったのかと、私はがらくたの影で納得した。
 しかし、寡聞少見ここに極まりつつある黒髪の乙女もまた一筋縄ではなく、なんと彼女は扉の隙間に足を挟んでA氏が扉を閉めるのを防いでいた。
 あたり前のことながら素足であり、A氏も必死に扉を閉めようとしているので、必然的に彼女のその細くしなやかな素足には相当の負荷がかかっているはずなのだが、黒髪の乙女は顔色一つ変えない涼やかな表情をしていた。
「これ、引っ越しのご挨拶ですー」
「ひいいいいいい」
「うけとってくださーい」
「ひいいいいいい」
 これじゃあまるでホラーかなにかだ。
 やがて黒髪の乙女は扉の隙間からかりんとう饅頭の箱をひょいとA氏の部屋に放り投げると、勢い良く扉を閉めて背中で押さえつけた。
「ぎゃああああ! なにか、何か投げ込まれた! 助けて! ああっ、開かない! ドアが開かない! 誰か! 誰かあああああ! ひいいいいいいい!」
 扉の向こうからはA氏の悲痛な叫び声が響いており、扉をどんどん叩いている音もするのだが、黒髪の乙女は気にした様子もなく扉に背中を預けている。
 やがて扉を叩く音が止み、A氏の嗚咽などが聞こえてくると、彼女は嬉しそうな顔をしてこちらへと駆け寄ってきた。
「どうでしたか、先生!」
「キミ、結構怖いことするのだね」
「残りあと三部屋ですね!」

 それ以降も黒髪の乙女は、紙袋を頭に被ったり、廊下で埃を被っていたマネキンにかりんとう饅頭を持たせて玄関前に設置したりといった悪逆非道の限りを尽くし、ひと仕事終えたといった顔で私のもとへと戻ってきた。
「どうでしょう、これできっと皆さん私が好意を寄せているなんて思わないことでしょう」
「むしろ本当に嫌いなんじゃないかって疑うほどだったよ」
「えへへ」黒髪の乙女はころころと鈴のように笑うと、手にしていた紙袋から梱包された箱を一つ取り出し、お辞儀をしながらそれをおずおずと私の方へと差し出した。
「改めまして、今日から二〇二号室に引っ越してきました。宇佐見蓮子です。どうぞよろしくおねがいします」
「これはどうも、ごていねいに」受け取り、私はふと思った。
「私には皆のように酷いことはしないのかい?」
「あなたにまで嫌われたら私の居場所がなくなっちゃいますよ」
「そりゃごもっともだ。ではありがたくいただくとするよ。実を言うと私はこれが大好物なんだ」
「それはよかった!」宇佐見嬢は紙袋から箱に入っていないかりんとう饅頭を二個取り出した。
「私もこれ、大好きなんです。美味しいですよね」二つのかりんとう饅頭のうちの片方を差し出しながらはにかむ宇佐見嬢。
「まあまあ、どうぞどうぞ」
 受け取ると、宇佐見嬢は包みの和紙を破り、その場でかりんとう饅頭を美味しそうにぱくぱく食べた。
 それから、なにやら期待のこもった瞳でじっとこちらに視線を向けてくる。
「……食べないのですか?」
「私はもう十分貰ったから、自分で食べるといい」
「わあい!」宇佐見嬢はその場で二つ目のかりんとう饅頭もぺろりと飲み込んだ。
「ありがとうございます!」
 そう言って彼女はおんぼろアパートでなめくじになりきる私には眩しいくらいの笑顔を浮かべた。
 もとより彼女の所有物であったかりんとう饅頭が誰の胃の中に吸い込まれていこうと、私がお礼を言われる筋合いはないと思ったが、せっかくのお礼の言葉をやんわり突き返すことほど無粋なものはないのでありがたく受け取っておくことにした。
「お礼にこちらをどうぞ」とさらにかりんとう饅頭をもう一つ差し出される。
 変わった子が引っ越してきたなあと、受け取ったかりんとう饅頭を頬張りながら私は思っていると、宇佐見嬢は小首をかしげた仕草でニンマリと笑って言った。「まあ、そういうわけで、どうぞこれからよろしくお願いしますね、先輩」
 私は思わずかりんとう饅頭を喉につまらせそうになった。

 さて、この男の花園であるおんぼろ木造アパートに突如として現れた黒髪の乙女、宇佐見蓮子は、この春から京都大学に通うためにはるばる東京から単身上京してきたらしく、つまりは私の後輩に当たることになる。
 なんだってわざわざ世界で最も霊的研究に秀でていると誇るべきこの京都において、こんな風が吹かなくたってたちまち倒壊しかねない、むしろ倒壊せずにこうして自立していることこそオカルトであるとさえ言えるアパートに引っ越してきたのかというと、どうやらただただ異様なまでに安い家賃に惹かれてこの上漏下湿の地へと転がり込んできたらしい。
 いつのまに二〇二号室は無人の空室となったのか。
 もしくは最初から無人であったのかもしれないが、その真相は誰にもわからない。
 さて、私は他の愚か者たちと違い、彼女は自分に恋心をいだいているのではないかなどと勘違いする短絡的な思考の持ち主では決してない。
 にも関わらず、どうして自室に戻ってから布団に顔を埋めて身悶えているのかといえば、なんてことはない、胸の内にあるもやもやとしたわだかまりに悶々としているからである。
 あれだけ偉そうなご高説を垂れておきながら、見るに見かねるこの体たらくである。
 私はなぜこうなってしまったのかを、万年床に正座して熟思黙想するも、残念ながら浮かび上がってくるのは宇佐見嬢のあのニンマリと目を細めた笑みばかりであり、答えなんてものは微塵も出てはこなかった。
 挙句の果てには、これはきっと故郷においてきた愛しい妹の姿と重なるからに他ならないなどと見当違いな結論に至る始末であったが、私と妹は別段秀でて仲が良かったわけでもないし、そもそも私に妹はいない。
 しかし最も聡明である私がこうも迷走するのも当たり前の話であり、今まで恋なんて不確かなものにうつつを抜かしたことなど一度もない私が、この心のもやもやの正体がまさにその恋そのものであるなどという結論にどうしてたどり着けようか。
 いやむしろ、この鉛を飲み込んだかのような異様に気持ちの悪い感じを、果たして恋と呼称してもよいものなのだろうかといまだに疑ってかかる始末である。
 恋の神様がとたんに重たい鉛を無理やり飲み込ませる邪智暴虐の人でなしに見えてくる。
 そして、恋の神様の人でなしぶりは相当のものであった。




 朝、珍しくも早く目を覚ましてぼうっとした頭のまま共同便所に顔を洗いに行くと、「先輩、おはようございます」そこには彼女がいた。
「紳士の先輩でも朝起きてすぐはやっぱりだらしないですねえ」
 右手で口元を隠しながら、宇佐見嬢のニヤニヤとした視線は私の顔から下へ、下へ、下半身のあたりまで降りていったところで彼女の顔がまんべんなく紅に染まった。
 彼女の視線の先では我が下半身に潜む我が半身が生理現象の赴くままにやや立派な様相を見せており、私は少しだけ前かがみになって申し訳程度の誤魔化しをした。
「仕方ないです、仕方ないです。生理現象ですから」
 そう言って宇佐見嬢は少し照れくさそうに笑い、ますます私の心は打ちのめされた。
 なにゆえ朝からこんな羞恥を感じねばならぬのだと部屋に戻ってさめざめ泣いたが、冷静になってみれば朝からコンナモノを見せつけられた宇佐見嬢のほうがよっぽどであるし、そんな彼女が笑って許してくれたのだからいよいよもって私の立つ瀬がない。

 夕方にはうっかり備蓄していた即席麺と魚肉ハンバーグが枯渇していることに気づき、慌てて買い占めるべくスーパーへと向かおうとしたときも、宇佐見嬢はまるで待ち構えていたかのように玄関の外にいた。
「先輩、買い物ですか? 私も連れて行ってください」
「行くのスーパーなんだけど」
「構いません。ちょうど食材を買おうと思っておりまして。先輩はいつもどこで買い物しているんですか?」
 結局、宇佐見嬢を連れて私は河原町にあるフレスコミニへ向かい、魚肉ハンバーグと即席麺をたっぷりと購入した。
 宇佐見嬢も肉やら野菜やらをどっさりと購入していた。
 帰りにはフレスコミニの隣りにあるミスタードーナツでお茶をするなどした。
 ポン・デ・リングの節を一粒一粒ちぎっては食べ、ちぎっては食べ、ホットミルクをくぴりくぴりと飲んでいる彼女の姿はまるで小動物のそれである。
 私はオールドファッションをもそりもそりと咀嚼しながら、彼女がただただドーナツとホットミルクを消費していくさまを眺めた。
 ふと私の視線に気づいた宇佐見嬢が「食べますか?」とちぎったポン・デ・リングをこちらに差し出してきたが、そのままいわゆる世間で言うところの「あーん」をしてもらうほどの勇気を私は持ち合わせておらず、精々が彼女の手の内から抓んで受け取るのが関の山であった。
 ミスドでの会計はすべて奢らされた。

 日が沈んで夜の帳が下りる頃に、今日の夕食に魚肉ハンバーグをじうじう焼くのは確定であるとして、即席麺の味はどれにしようかと決めあぐねていたところ、「先輩、夕食まだですよね? 作りすぎちゃったので一緒に食べませんか?」と窓の外から宇佐見嬢の声がした。
 窓の方を見ると、宇佐見嬢が隣の部屋の窓から外壁を伝って我が根城へと顔を覗かせていた。
 危ないからもう絶対にするなと注意をすると、宇佐見嬢は少しばかり落ち込んだ様子ぷうと頬を膨らませた。
 招かれて足を踏み入れた二〇二号室はおよそ同じ間取りの四畳半とは思えないほどに綺麗で小洒落ており、このアパート中の可愛らしい女の子の成分を凝縮したかのような趣であった。
 四畳半の真ん中には小さなピンクのテーブルがぽつんと鎮座しており、その上には溢れんばかりの肉やら野菜やらの料理がパズルのようにぎっしりと敷き詰められている。
「どうぞどうぞ、あまりうまくないですが」
 そう謙遜する宇佐見嬢。
 なぜ謙遜と言えるかといえば、料理はどれも美味しかったからである。
 じゅわりと口の中でとろける肉も、しゃきっと口の中で楽しく音を立てる野菜も、およそスーパーで買った安物の食材を使用したとは思えない筆舌の尽くしがたさであった。
「キミは良妻賢母になれるね」と褒めると、宇佐見嬢はてれりてれりと顔を赤らめた。
 久々の手料理らしい手料理に、ついつい箸が進んで気がつけば私は厚かましくもおかわりまで要求していたが、宇佐見嬢は快く受け入れてくれ、茶碗にこんもりと盛った白米を差し出してくれた。
 宇佐見嬢は「やっぱり誰かと一緒に食べるご飯が一番美味しいですよね。先輩が隣の部屋にいてくれて、本当によかったです」と言った。
 私はどううまく返すべきか考え、結局ろくにうまい返事も思い浮かばずに「うまい」としか言えなかった。

 食事を終えて部屋に戻り、胃を落ち着かせてから近所の銭湯に向かおうとタオルを手に部屋を出ると、「お風呂ですか? 今日は何湯でしょうかねえ」タオルを小脇に抱えた宇佐見嬢が廊下にいた。
 銭湯は賀茂御祖神社から下鴨本通を北に少し行ったところにある。
 入り口で男湯と女湯の暖簾に別れている古き良き銭湯といった趣で、暖簾の手前は小さな池に架かる石橋になっている。
 暖簾の傍らには「本日、柚湯」と書かれた張り紙があって、それを見つけた宇佐見嬢は意気揚々とした様子で女湯の暖簾をくぐっていった。
「先輩、八時になったら出ましょうね!」
 柚のすっぱい香りが広がる浴場で、宇佐見嬢の声が真ん中の仕切りの壁の向う側にある女湯の方から響いた。
 私は湯船にゆったりと浸かり、宇佐見嬢の気持ちよさそうに漏れ出す吐息などに耳をそばだてた。
 が、近所の住人であろう骨に皮膚を直接貼り付けたみたいな老人と、女湯に現れたやたら声のでかいおばさんに邪魔をされる形となった。
 風呂上がりのフルーツ牛乳を一杯飲み干してから外に出ると、暖簾を出てすぐの石橋から池を泳ぐ錦鯉を眺める、火照った体を上気させた宇佐見嬢がいた。
 愛おしそうに水面に映る鯉を眺めるその姿は、なかなか様になっており、「キミィ、脂が乗っていてなかなか美味しそうだねえ」という呟きさえなければ完璧であった。
 宇佐見嬢の言葉が理解できたのか、錦鯉は慌てた様子で水を跳ねながら逃げていった。
「人様の家の鯉になにを言っているのかねキミは」
「あっ、出てきましたね。それじゃあ、ぶらぶら戻りましょう。帰り道がわからないので先導お願いしますね、先輩」
 そう言って、なぜか宇佐見嬢は私の左腕に自分の腕を絡めて歩き出した。
「なんだその手は」
「こうしておかないと迷子になっちゃいますから、私」
「方向音痴というやつか」
「月さえ見えていればどうということないんですけれどねえ」
「月? 星じゃないのか? 北極星の位置さえ掴んでいれば東西南北は割り出せる」
「いいえ、場所を知るには月なんです。星は時間しかわかりません」
「不思議な話だ」
「はい、不思議な話なんです」
 まったくもって意味のない不毛な会話を交わしながら、我々は無事に下鴨界隈の九龍城もかくやといったアパートに舞い戻り、廊下で別れてそれぞれお互いの部屋へと入った。

 夜の日付がそろそろ変わろうかという頃に、唐突に空腹を覚えた私があの類まれなる味を渇望して高野川と交わる直前の加茂川に架かる出町橋西詰にある、はらちゃんラーメンという屋台ラーメンへ向かおうとしたときも、「先輩、ラーメンですか? お供します!」いざ部屋を出ようとした途端にドアが控えめにノックされ、開けるとそこには宇佐見嬢が立っていた。
「なぜわかった」
「先輩ってよく部屋でひとりごちてますよね。壁、けっこう薄いのですよ」
「耳をそばだてているのかキミは」
 宇佐見嬢はいたずらっぽく笑った。「まさか。先輩こそどうなのですか?」
「私は紳士だよ宇佐見クン。見くびってはいけない」
 そうして結局二人で一緒にはらちゃんラーメンへと赴き、深夜に酔っ払ったサラリーマンなんかと並んで屋台ラーメンという冒涜的な行為に及んだ。
「美味しいですね、ここのラーメン!」宇佐見嬢は一口食べるなり破顔した。「常連になっちゃいそうです!」
「わかるよ。かくいう私も常連だ。週に四回はくだらない」
「行くときは誘ってください。お供します」
 宇佐見嬢は深夜の屋台ラーメンにあるまじき上品さでちゅるちゅると麺を啜り、その矛盾を孕んだ美しさたるやまるで夜中の街灯に蛾が集まるがごとく、わびしい男どもの視線を集めに集めまくった。
 負けじと私も彼女の隣で麺をずぞぞと啜り、たちまち男どもの視線を霧散させた。
 宇佐見嬢は何ら気にした様子を見せなかった。
「これ、なんの出汁を使ってるんでしょう? このまったりとして、それでいてさっぱりとした口あたり……繊細かつ大胆な風味には脳が混乱して止みません」
「一説には猫とも噂されているが、詳細は不明だ。店主に訊いても教えてくれない」
 店主は屋台の調理場でむっつりと口を閉じており、頑として喋る気配を見せないでいた。
 宇佐見嬢はしばらく麺をちゅるちゅるとやりながら唸っていたが、やがてふと思いついた様子で目を見開いた。
「この味……そうだ、アレです! まさしくこの味は、あの――!」
 と、宇佐見嬢がなにがしか言いかけたところで、すっと店主が味つき煮卵を彼女の器の中に滑り込ませた。
「わあい」と喜ぶ宇佐見嬢。謎の出汁のことなどすっかり忘却の彼方へと投げやり、煮卵に夢中になっている。
 店主を見やると、むっつりとした表情にわずかながら汗が滲んでいた。
 スープ一滴残さず飲み干し、二人分の料金を私が支払い、帰路についた。
「それじゃあ先輩、また明日。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
 そうしてお互いの部屋へと戻り、私は下着姿になって万年床に潜り込んだ。

 そして朝を迎え、宇佐見嬢と出会い、仔細は違えど毎日同じようなことをした。
 さて、これこそが恋の神様の邪智暴虐ぶりそのものである。
 宇佐見嬢が引っ越してきて以来、胸の内にぶくぶくと溜まるばかりの言葉に言い表せないなにかは日々増加の傾向にあり、こんな生活がしばらく続いて私は今にも狂ってしまいそうな理性を必死に抑えるのに心労を重ねに重ねた。
 ふと前を歩く宇佐見嬢の背後から抱きしめてそっと「アイラブユー」と囁いてしまいたい衝動に駆られながら、言うに事欠いて愛しき妹的存在に対して吐き出す言葉がアイラブユーとはなにごとかとおのれの愚かさをただ嘆くばかりであった。
 そして宇佐見嬢との甘くも苦しい生活はしばらく続き、煩悶懊悩しているうちにあっという間に新学期が始まり、彼女の華々しい大学生活がスタートしたのだった。




 新たな地で新たな生活を迎えるなにも知らない無垢な一回生たちを手厚く歓迎、もとい邪悪な笑みでもってして襲い掛かってくるのがサークル勧誘である。
 時計塔広場の前に集まった様々なサークルメンバーが、趣向を凝らしに凝らしまくった結果として盛大に拗らせて難解かつ不明瞭な内容と化したものを印字した紙ゴミを量産し、疑うことを知らない純真無垢な一回生たちに配りまくる行事のことだ。
 一回生たちはここで決めた決断によって、大学生活をバラ色に彩ることもできるに、棒に振ることだってできる。
「サークル勧誘、楽しみですね先輩」
「いやいや宇佐見くん、私は一回生じゃないからね?」
「私、オカルトサークルに入りたいんですよねー。先輩はなんのサークルに入っているんですか?」
「人の話を聞いちゃいない。私は特になににも所属してはいないよ。私は孤高なのだよ」
「……A氏から桃色写真集を借りているくせに」
「なっ、なんのことかわからんなあ!」
 下鴨界隈から京都大学へと向かうのに、それほど時間はかからない。
 高野川と鴨川が交わる鴨川デルタから飛び石を渡り、今出川通を東へ進んで百万遍交差点までくれば、北門はもう目と鼻の先である。
 なぜわざわざ飛び石を通るのかというと、宇佐見嬢がそれを所望したからである。
 しかし今回に限っては是非ともサークル勧誘の波にもみくちゃにされたいという宇佐見嬢の希望もあり、百万遍交差点から東大路通を経由して時計台広場の正門へと向かっていた。
 なお、なぜ大学への道のりを私と宇佐見嬢が一緒に歩いているのかといえば、私は彼女が道を覚え次第リストラされる立場であり、昼間は月を臨むことができないということだけは明記しておこう。
 時計台広場前の正門に到着する。
 宇佐見嬢はその光景を目にして驚きを隠そうともせずにその表情を爛々と輝かせた。
 時計台広場はさながら新入生と在校生による戦場と化しており、空を横断幕、のぼり、紙吹雪、勧誘ビラが行き交い、響き渡る勧誘の声は幾重にも重なり怒号と化している。
「うわ……こいつは、すごいな……」そのあまりの壮絶ぶりに、私は正門前で二の足を踏んでいた。
「うわあああ!」しかして、素っ頓狂な叫び声を上げて宇佐見嬢は私の腕を掴んだ。
「さあ、いざ突撃しましょう、先輩!」
「えっ、いやいやちょっと待ちなさい」
「サークル勧誘は待ってくれませんよ! さあずんずん進みますよ! ずんずん!」

 宇佐見嬢に引っ張られて無理やりサークル勧誘の波へと突っ込んだ結果、ほどなくして全身をもみくちゃにされ横断幕やらのぼりやら紙吹雪やら勧誘ビラやらをまとわりつかせながら、なんとか人混みを横切ることができた。
 横切るころには両手に勧誘ビラを山ほど持て余すこととなった。
「あはははは! いやあ、大学って楽しいですねえ先輩!」
 宇佐見嬢は破顔大笑し、体にまとわりついたゴミを取り払った。「先輩もついていますよ」
「まったくもってキミは無茶をする。あんな肩摩轂撃の中を突撃するとは何事か」
「あっ、まだ取れてないです」宇佐見嬢は無理やりに私を屈ませると、まるで幼子にするように私の頭をぱっぱと払った。
「はい、取れました」
「まったくキミは! だからそういう態度は寝ても覚めても女の子とちんちんかもかもすることしか考えていない阿呆学生を勘違いさせると何度も!」
「でも、先輩は阿呆じゃないんでしょう?」そう言って宇佐見嬢は挑発的な笑みを浮かべた。
「先輩をからかうもんじゃアリマセン」
 宇佐見嬢の頭にも紙吹雪の紙片がついていたので、それを取り除いてやる。
「キミの頭にもついていたぞ?」
宇佐見嬢は恥ずかしそうに小さくうつむいた。「あ、ありがとうございます……」
 その後も宇佐見嬢は何度かサークル勧誘の波へと挑み、その度に全身にいろいろなものを付着させて戻ってきた。
 そうして集まった勧誘ビラから、宇佐見嬢の所望するオカルトサークルのビラのみを抽出していく。
「『うすきみ』『心霊酒場愛好会・よいどれ』『京大オカサー防衛隊』『裏表情報局』『こんにゃく』『酒呑浄霊會』と……だいたいこんな感じでしょうか。意外と少ないですね。それとも、わざわざこうして目立つように勧誘するサークルが少ないのでしょうか」
「しかしまるで意味がわからない。なんなんだ、こんにゃくって」
「それなら先ほど見かけましたよ」宇佐見嬢は目を爛々と輝かせた。「こんにゃくを作るサークルだそうです」
 私は首を傾げて唸った。「それのどこがオカルトなのか?」
「お化け屋敷のこんにゃくってあるじゃないですか。それの一番恐怖感を味わわせられる感触のこんにゃくを作るのが目的みたいです。面白いサークルですよねー」
「なーる」私は納得した。「つまり阿呆学生の集まりなんだなっひゃあっ!」
 突然、首筋をなにやらこの世のものとは思えない、まるで井戸の底から這いずり出てきた悪霊に舐め回されたみたいな感触が走り、私はたまらず叫び声を上げた。
 驚き振り返ってみると、木の釣り竿みたいなものの先からこんにゃくをぶら下げた男女が立っており、面白おかしそうな表情を浮かべている。
 もしかしなくても、『こんにゃく』なるオカルトサークルのメンバーだろう。
「唐突になにをするか貴様ら!」
「ご理解いただけましたか? これが我がサークルが全力を上げて作り上げた、もっとも恐怖の感情を引き出せるこんにゃくです!」
「不意打ちを喰らえばこんにゃくでなくともプリンでだって驚くであろうが!」
「あはははは! 先輩、なっひゃあって! あはははは!」
 宇佐見嬢は腹を抱えて苦しそうに笑っている。
「しかも美味しさも追求しているんですよ」と『こんにゃく』のメンバーからパックに入れられたこんにゃくを手渡され、彼らは去っていった。
「今日の晩御飯にピリ辛こんにゃく炒めでも作りましょうかね」と宇佐見嬢は呟いた。
「いやー、いいですねこんにゃく! 素敵なサークルですよね! でもまあ、除外っと……」
「容赦ないのだね」
「そりゃあまあ、わりと真面目にオカルトサークルとして活動したいと思っていますので」
 宇佐見嬢はぺろりと指先を舐めて、何枚も重ねてある勧誘ビラをめくった。
「先輩はどれがいいと思います?」
「いや、私に訊かれても……そうだな、『心霊酒場愛好会・よいどれ』か『酒呑浄霊會』がよいだろう」
「それ、ただ先輩がお酒を飲みたいだけですよね?」
「旧型酒は値段こそ高いが味は格別だぞ。特に偽電気ブランは幻想的な味わいだ。味がないのに味がある」
「はぁ……」宇佐見嬢は理解していない風であった。
「まだお子様のキミには早い話だったかな」
「そうですね、お酒は二十歳になってからです」
 でもまあ、と宇佐見嬢は続けた。「一応そこにも顔を出してみましょうか」
「私も行くのか?」
「もちろんそりゃあ」宇佐見嬢がこちらを見上げた。「先輩ですから」
 そうして宇佐見嬢と私のオカルトサークル巡りが始まったのである。




「あっちに逃げたぞ! 追え!」
「いやこっちだ! 俺の背後霊がそう告げている!」
「いやいやそっちに逃げたぞ! 地脈に痕跡が残っている!」
「あいつらどっちに逃げたんだ!」
 がやがやと廊下を大勢の学生たちが東奔西走、南船北馬し、追随するように教授の怒号が響き渡っている。
 私と宇佐見嬢は階段脇にある喫茶店の立て看板の裏に潜り込み、身を寄せ合い小さくなって息を潜めていた。
「面白いことになっちゃいましたね」宇佐見嬢がくつくつと笑う。
「笑い事じゃないぞ。まったく最初こそ黒髪の乙女と思っていたが、キミはとんだトラブルメーカーだ」
「乙女だなんて、照れます」
「キミのその自分に都合の良い部分だけ抽出する技にはいつも感心させられるよ」

 さて、一体どうして私と宇佐見嬢がサークル『うすきみ』から追われているのかといえば、なんてことはない、すべては宇佐見嬢のせいである。
 まずオカルトサークル『うすきみ』であるが、その活動内容はお世辞にも真面目とは言い難いものであった。
 メンバーはその誰もがなんらかのオカルト的能力を有していると自称しているのだが、あまりにも嘘丸出しでお粗末であるか、もしくは本気で自分にはなんらかのオカルト能力が備わっているのだと信じて疑わぬ馬鹿か、もしくはその両方しかいなかったのだ。
「僕は透視ができます」部員その一は透視能力の持ち主であると名乗った。
 彼は宇佐見嬢のブラの色を透視してみせたが、しかし宇佐見嬢の「してないですよ」の一言を前に鼻血を吹き出してあえなく撃沈した。
「私は死後の人間と会話ができるわ!」部員その二は霊界との通信が可能であると主張した。
 宇佐見嬢が曾祖母の口寄せを依頼すると、曾祖母の名前を言い当てることができずにこちらも玉砕した。
「私は人の心が読めるのです」
「俺は念じただけで物体を炎上させることができる」
「俺にこの左腕の封印を解かせないことだな。世界が滅ぶのは嫌だろう?」
 その後もそんな調子で次々と嘘くさい部員が出てきては、宇佐見嬢が全自動ウソ発見器となって部員たちのインチキを暴いてみせた。
 こうなるとサークルの方も意地になったのか、なにがなんでも宇佐見嬢をだまくらかしてやると意気込み始めるのだが、残念なことにこちらの宇佐見嬢は本気でオカルトサークルを求めているのであり、こんなオカルトの名を騙った中二病ランドを求めていたわけでは決してないのだ。
 流石にうんざりしたのであろう宇佐見嬢は深く溜息をつくと、かつかつと足音を鳴らして部室を歩き、呆然とそれを眺める我々の前で声高らかに、いささか演技っぽく宣言した。
「そのような程度の低い手品にも劣るインチキでオカルトを語るとは不埒千万! 思い知るがよい! お前たちが侮辱してきたオカルトの真髄を!」
 そうして宇佐見嬢は右手をぴんと天井に向け、人差し指で空を切るように腕を振り下ろした。
 すると、途端に部屋の温度がぐんと寒くなり、照明がせわしなく点滅し、家具ががたがたと揺れ始め、天井裏から足音が響き、床下からは絹を裂くような悲鳴がこだまし、窓の外からはケタケタと笑い声が響いた。
 無論、部室は周章狼狽の大混乱に陥ることとなる。
 私もなにが起こったのか理解できずただ右往左往することに徹し、宇佐見嬢だけが一人呵々大笑していた。
「さっ、逃げましょう先輩!」宇佐見嬢が私の腕を掴んで部室を飛び出した。
「まっ、待て! 逃げるな! これをどうにかしろ!」
「こんなんじゃ部室が使えないじゃないか!」
「いやあああ! 怖い! 怖い! 怖い!」
 後から悲鳴を上げながらサークルメンバーが追ってくる。
 そうして咄嗟に階段の脇にある立て看板の後ろの隙間に潜り込み、なんとか追っ手を撒いたのである。
「なんだったんだ、さっきのは」私は宇佐見嬢に尋ねた。
「あれはですね、実はあの部屋にちょうどいい感じのほころびがあったんですよ」
「ほころびとは?」
「あっちとこっちを隔てる次元の壁のほころびです。で、そこにちょちょいと刺激を加えてあげまして、びっくりしたオカルトの方々が溢れ出てきちゃって、あんな感じにというわけです」
「ははあ。って、それは大丈夫なのか? あまり詳しくないが、なんというかこう、法律的に」
「へーきですって。環境省の結界管理課あたりがどうにかしてくれますよ」
 なるほど、と納得しかけて気がついた。
 そもそもなぜ宇佐見嬢にはその結界のほころびとやらが見えていたのだろうか。
 宇佐見嬢を見ると、彼女は立て看板の影から廊下の様子をうかがっており、誰もいないのを確認したのかおもむろに立ち上がった。
「さ、追っ手は無事に撒けたみたいですし、次に行きましょう!」
「ええっ、まだ懲りていないのかい?」
「まさか! こうなったら徹底的にちゃんとしたオカルトサークルを見つけ出してみせようって息巻いているところですよ!」
 そうして私は再び宇佐見嬢に腕を掴まれ、今度は『酒呑浄霊會』へと向かうこととなった。




「ようこそ、『酒呑浄霊會』へ。俺達のサークルの理念は『悪霊や妖怪と言った魑魅魍魎の類を相手に、とことん話して、酒を飲んで、遊んで、成仏させる』だ。魑魅魍魎相手に武器は必要ない! ラブ・アンド・ピース! 我々は彼方と此方がいずれ一つとなる日を夢見て活動している! さあ、共に世界を平和へと導こう!」
 リーダーが声高らかに叫び、ほかのメンバーたちが「うおおおお」と歓声を上げた。
 私と宇佐見嬢は呆然とその光景をただただ呆然と眺めているのみである。
「無差別除霊はやめろ!」リーダーが叫ぶ。
「無差別除霊はやめろ!」メンバーが叫ぶ。
「愛と平和で除霊しろ!」リーダーが叫ぶ。
「愛と平和で除霊しろ!」メンバーが叫ぶ。
「なんか、始まっちゃいましたね……」
「うん、なんだろうね、このサークル……」

 さて、もう空もすっかり夕焼け色に染まりつつある時計台広場である。
 目の前で謎のシュプレヒコールを叫ぶ彼らこそ『酒呑浄霊會』であり、ことここに至って私は非常に帰りたい気持ちで一杯になっていた。
 しかしそうは問屋が卸さないようで、私と宇佐見嬢、ならびに「人間が一方的に除霊するなんて幽霊さんがかわいそう!」などと脳内万年お花畑なことを言っていた新入部員と思しき女性数名は、すっかり彼らに周囲を囲まれて逃げることすらままならず、そのままあれよあれよという間に大学校外へと連れ出されてどこか山奥へとやってきた。
 京都市はその中心部こそ発展しているものの、一歩外に足を踏み出せばたちまち深い木々に囲まれた山奥と化す。
 ぎゃあぎゃあと不気味悪い鳴き声が響き、陰鬱でじっとりとした空気の中を、いやにテンションの高い集団が森の奥へ奥へと向かって歩いて行く様はなかなかに奇妙であった。
 新入部員の女性が「キャー! こわーい!」などと悲鳴を上げ、男のサークルメンバーがうやうやしく腰に手なんかまわして慰めたりしている。
 なんなのだこれは。どうすればいいのだ。
 宇佐見嬢はリーダーたちに囲まれて集団の先頭を歩いており、片や私はといえば皆からその存在を忘れ去られたかのように一番後ろを少し離れて歩く羽目となっていた。
 ここで皆とはぐれては生きて帰れるかもわからないと、必死に彼らの尻に齧りつく。
 宇佐見嬢は、表面上は楽しそうに笑顔を浮かべているものの、やけに馴れ馴れしくパーソナルスペースが肌と肌が密着するのも厭わない距離である彼らに若干辟易している様子であった。
 少し離れた位置から彼らを観察していて、疑問に思った。
 このサークル、男女比が異様に偏っている。
 ウェイウェイとやかましい男集団こそ掃き捨てるほど存在するのに対し、女性メンバーの数は宇佐見嬢と新入部員を除いても三人程度しかいない。
 そしてやけに馴れ馴れしい男ども、さっきからやたらと宇佐見嬢ににやにやと卑猥な笑みを向ける男ども、何度も宇佐見嬢の腰に手を回そうと試みては手をはたき落とされている男ども。
 間違いない、これはいわゆるヤリサーというものである。
 厄介なサークルに来てしまったと今是昨非の思いでいると、ヤリサー集団が山奥の森の奥の、不気味なことこの上ない廃集落の前で立ち止まった。
 レジャーシートが敷かれ、大量の酒やつまみといったものが並べられていく。
「それではこれより『酒呑浄霊會』による平和的浄霊大会を開催しまあす!」
「いええええい!」
 単なる飲み会とさほど変わりのない、およそ浄霊をするとは思えない有様である。
 宇佐見嬢はあいかわらずリーダーに捕まっており、隣に座らされていた。
 もしかしたらリーダーが最優先で女性メンバーに手出しができる権利を持ち合わせているのかもしれない。
 そう思うと、なんだか胸の内にわだかまっていた気持ちの悪いものがふつふつと煮え立っていくのがわかった。
 各々が自由気ままに酒を飲み始めたので、私は手元にあった新型酒の缶ビールを開け、中身を全て胃の中にぶち込んだ。
 旧型酒とくらべて無味乾燥としており、ろくに酔い気すら感じないが、不思議と顔が熱くなっていった。
 そして見ると、リーダーが宇佐見嬢に寄り添ってしつこく缶ビールを勧めていた。
「宇佐見ちゃーん! ほらほら飲んで! 飲んで幽霊さんを成仏させてあげよう!」
「いやあの、私未成年なので……」
「だいじょーぶだって! 未成年の幽霊さんだってお酒で仲良くなれば成仏すんだから! な? な? ささ、ほらほら、イッキイッキ!」
 リーダーから差し出されるお酒をやんわりと断りながら、こちらに目配せして助けを乞う宇佐見嬢。
 私は空になった缶をぐしゃりと握り潰すと、勢い良く立ち上がり、酒やつまみを蹴散らしながらリーダーと宇佐見嬢の前へと向かった。
 酒やつまみがビニールシートの上に散乱して軽く阿鼻叫喚となったが、気にはしない。
「あん?」目の前に立ち止まった私に向けて怪訝そうな顔をするリーダー。
 私はリーダーの男を突き飛ばして転がすと、宇佐見嬢の腕を掴むとぐいと引っ張り立ち上がらせ、そのままこの集団から離れるべく来た道を歩き出した。
「先輩!」
「帰ろう。なんだか気分が悪い。キミはこんな奴らのところにいてはいけない」
 宇佐見嬢は嬉しそうにはにかんだ。「はい、私もそう思っていたところです」
「おい、ちょっと待てよお前!」
 リーダーの怒気の孕んだ声が背中からかかり、振り返る。
 ずんずんと怒り顔のリーダーがこちらに迫っていたが、不思議と怖くはなかった。
 しかし質の悪い安物の新型酒のせいなのか、なんだか変な酔い方をしてしまったらしい。
「お前な、あれだぞ? 順番って知ってるか? 俺がリーダーなんだよ。宇佐見ちゃんを接待するのは俺なの。わかってんのかよなあ! お前――」
 詰め寄って怒鳴り声を上げるリーダーの顔を、気がつけば私は殴っていた。
 ぎゅっと作った握り拳がじんじんと痛み、ハッと私は酔いから醒めていた。
 見ると、足元に鼻から血を流し、ひいひいと泣きながら目を白黒させているリーダーの姿があり、その姿たるやなんとも情けのないものであった。
 そして先ほどまでの私たちのやり取りをただ呆然と見ていたサークルメンバーの男たちが、おっかない顔をして立ち上がり始めると、宇佐見嬢が私の腕をくいくいと引っ張った。
「やばいです。この数が相手ではどうにもなりません。私はこんな奴らに初めてを奪われるのも先輩がぼこぼこにされるのも嫌なので、さっさと逃げましょう」
「そうだな、こんな奴らに付き合ってやる道理はない」
 そうして私と宇佐見嬢が手を取り合ったまま愛の逃避行劇もかくやと言わんばかりに山道を下り始めると、背後から怒号とともに大勢の男どもが追いかけてくる気配がした。
 もはやこれまでかと諦めの境地に片足を踏み入れかけたが、忘れるなかれ、宇佐見嬢がいるのだ。
 彼女のためにも決して諦めてはならぬと私は普段あまり酷使しないがゆえに軟弱者と化した足に活を入れて走った。
 いっぽう宇佐見嬢は天狗もかくやという軽快な足取りで山道を駆け下りていった。
 すると、本来日も沈んだこんな時間にいるはずもないであろう、十数人からなる集団が前方から駆け上ってくるのが見えた。
 彼らは全員、機動隊が着るような紺色の乱闘服を身にまとっており、黒い脛当て、篭手、防弾ベスト、ヘルメットで全身を覆い、警棒とライオットシールドを手にしているという、どう見ても危ない集団であった。
「君たちは『酒呑浄霊會』から逃げてきたのかね!」危険武装集団の一番前にいた男がすれ違いざまに叫んだ。
 その男がリーダーであるのか、危険集団はその場で足踏みをしながら立ち止まった。
「はい!」宇佐見嬢が答える。「あんな卑猥サークルとは知りませんでした! あんなのと関わるのはまっぴらごめんです!」
「懸命な判断だ! このまま真っ直ぐ降りなさい! 府道三十号線に出る!」
「はい、ありがとうございます! あなた方は……?」
「我々は『京大オカサー防衛隊』です。京大に巣喰う忌々しき不良オカルトサークルを撲滅するために活動している、各オカルトサークルの精鋭によって結成された防衛隊です。では!」
 そう言って、男は山道を上へと駆け上がっていき、しばらくして仄暗い森のなかに男たちの怒号が響き渡っていった。

「素敵な人達ですね」宇佐見嬢が目を輝かせて言った。
「私にはただの変人集団にしか見えんがね」私は言った。「オカルトサークルとはみんなこうなのか?」
「まさか。これも京都大学が京都大学であるゆえんではないかと」
「なるほど。キミには是非とも今のままのキミを貫いてもらいたいものだ」
 京大に染まりきってしまった宇佐見嬢は、きっと悪魔もかくやという凶暴性を孕んだ悪女になるに違いないと私は思った。
 しばらく坂を降りていると道らしい道に出くわし、道のすぐ脇を川の流れる音がしていた。
 川の流れ行くのに着いていくみたいにその道を下っていくと、視界が開けて文明的な舗装された道が姿を現した。府道三十号線である。
「ははあ、ここは瓜生山ってところだったのですね」頭上を見上げながら宇佐見嬢が呟いた。
 つられて見上げると、まん丸とした綺麗な月が見えた。
 なるほど、月か、と私は納得した。
「温泉がありますよ!」不意に宇佐見嬢が叫んだ。
 そこは府道が上から下へと左に大きくカーブしており、その先の右手側には川と瓜生山の崖に挟まれるように『北白川天然ラジウム温泉』と看板が掲げられている建物が鎮座していた。
「先輩、走ったりなんだりで汗をかいてしまいました。温泉に入りませんか?」
「うむ、それは妙案だな」
 中で確認すると、北白川天然ラジウム温泉の目の前にある上りの路線バスは、平日は二十時四分が最終バスであるらしく、それまで温泉にゆっくり浸かり、夕食も摂ってしまうことにした。
 入浴料金は日帰りで一四五〇円、入湯税が一五〇円だった。
 もちろん宇佐見嬢の分も含めて私が支払った。
「それじゃあ、一時間ほどしたら座敷で落ち合いましょう!」
 そう言って女湯の方へと入っていく宇佐見嬢を見送り、私も男湯へと足を踏み入れた。
 場所が場所であり、時間が時間であるためか、温泉には私以外の人影はなかった。
 むわっと湯気の立ち込める広い浴場を目を凝らしながら進み、体と頭を洗ってから湯船に浸かる。
 温泉は無色透明の無味無臭で、一見すれば単なる温めた水を張っただけに見えなくもないが、どうやらここの温泉は日本でも随一のラジウム含有量を誇っているらしい。
 温めの湯にゆったりと浸かり、一時間ほどしてから広い座敷へと向かった。
 座敷には座卓と座布団があり、テレビが控えめな音量でニュースを流していた。
 森のざわめきとときおり府道を走り抜ける車の音がして、なんともいえずのんびりとした雰囲気であった。

 座卓の上に置かれた料理のメニューをしばしぼうっと眺めていると、廊下に面した襖が開いて湯上がりの可憐な乙女が姿を現したかと思えば、それが宇佐見嬢であった。
「先輩、早いですね」
「キミが長かったんだよ。かれこれ一時間半は入っていたじゃないか」
「気持ちよかったです」そう言って宇佐見嬢は座卓の向かいに座った。
「もうお腹ペコペコですよ。早く何か食べましょう!」
 宇佐見嬢が座卓に身を乗り出して開いたメニューを覗き込んだ。
 ふわりとやはらかな香りがし、ぽかぽかと温まった彼女の体温が空気越しに伝わるのがわかった。
 ほのかに濡れそぼった黒髪はつややかで、ふと私の視線に気づいた宇佐見嬢の瞳が髪の向こう側から覗き込んだ。
「決まりましたか、先輩?」
「ああ、うん。天ぷらそばにしようかな」
「それじゃあ私は天ぷらうどんにしますね。えっと、この内線で注文するんですかね?」
 そうして注文したそばとうどんを食べ終え、バスの時間まで座敷でごろごろしたりマッサージチェアで体をほぐしたりし、京阪バスに揺られて絢爛と華やいだ中心街に戻ってきたころには二人してほくほく顔であった。
 全身に苔のようにこびりついていた日々の疲れをすっかりこそぎ落としたのである。
 これで帰る我が家があの四畳半でなければどれだけいいか……。
「それじゃあ先輩、また明日」いつものように四畳半一歩手前の廊下で別れる。
「また明日って、まさか、明日もオカルトサークルを巡るつもりか?」
「当たり前じゃないですか! まだ私が求めているオカルトサークルとは出会っていないんですから!」
「一人で行けばいいじゃないか」
「今日のアレを見てもそう言えるんですか?」宇佐見嬢はぷくっと頬を膨らませた。
「なるほど一理ある」宇佐見嬢であればたとえ一人でもなんとかしてしまいそうな気がしないでもなかったが、彼女の乙女的内面に気を使って皆まで言わないでおくことにした。
「今日は本当にありがとうございました。先輩のおかげで私は無事に綺麗なままです」
「温泉にも入ったからね」
「それもありますけれど……まあ、そうですね。温泉にも入りましたから」
 宇佐見嬢が鈴のようにころころと笑うので、つられて私も笑った。
 ふと見ると、宇佐見嬢の隣の部屋の住人が何事かと廊下に顔を出し、宇佐見嬢の姿を確認するや顔を青ざめさせて再び四畳半の中へと引っ込んでいった。
「もう夜も遅いし、これ以上はほかの部屋の人の迷惑になりそうだ。それでは今日はこれにて」
「はい、おやすみなさい、先輩」
 宇佐見嬢は扉を閉める直前に、ひらひらと小さく手を振ってから部屋の中へと消えていった。




 翌日、宇佐見嬢は性懲りもなくオカルトサークルの体験説明会に馳せ参じていた。
 もちろん、私を同伴してである。
 場所は相変わらず時計台前の広場で、我々の他にも多くのサークルが体験説明会を開いているのが見える。
「オカルトは楽しいだろう?」サークルの部長の締まりのない、常に微笑んでいるみたいな顔の男が宇佐見嬢に尋ねる。
「もちろんです」一切の迷いもなく宇佐見嬢が答えた。
 サークル『うすきみ』でのあの惨状がオカルトだというのであれば、申し訳ないが私にはあれが楽しいなどとは到底思えなかった。
 だが変人極まったオカルトサークルのメンバーおよびオカルトサークルに入りたがっている宇佐見嬢にとって、どうやらあの惨状は楽しいものの部類に入るらしい。
 まったくもって理解できない界隈であった。
「お酒も楽しいだろう?」部長が言う。
「はい」宇佐見嬢が答えるが、待ってほしい、キミは未成年じゃないか。
「私は不良じゃないですけど、優等生ってわけでもないですよ。高校の頃にたまにパパのを飲ませてもらったりしましたから」
 小声でそう耳打ちして、宇佐見嬢は笑った。
 宇佐見嬢とその両親の仲よさげな映像が頭のなかに浮かび上がってきた。
 きっと宇佐見嬢は父親への反抗期もなく、蝶よ花よと愛情を惜しげもなく注がれて育ってきたに違いない。
 そんな彼女を単身京都の小さな四畳半へと送り込むのは、さぞや断腸の思いであったろうと推測すると涙も禁じ得ない。
 大丈夫ですよお父さん、妹はしっかり私が守りますからと、私は脳内にいる宇佐見嬢の父親へと約束したが、父親には私はお前の父親じゃないし、蓮子はお前の妹ではないと拒絶されてしまった。
 さて、話を現実世界へと戻そう。
「それじゃあオカルトな場所でお酒を飲んだらもっと楽しい。真理だろう?」部長が小学生男児みたいなことを言い始めた。
「はい!」そしてそれに同調する小学生男児みたいな宇佐見嬢である。
「ようこそ、『心霊酒場愛好会・よいどれ』へ! 我々はオカルト大好きお酒大好きな部員を常に募集している。どうだい、体験入部だけでもよければ」
「はい、是非に!」
 というわけで、『心霊酒場愛好会・よいどれ』の部長の軽快な口車にまんまと乗せられて、宇佐見嬢と私は仮入部することとなった。
 この『心霊酒場愛好会・よいどれ』は、酒を飲んで仲良くなって幽霊を和解的浄霊に導くなどという偉そうなものではなく、単に好きなオカルトと好きなお酒を足したらもっと楽しいというまるで小学生男児のような発想でもって生まれたサークルであったが、その歴史は意外にも長いらしい。
 周りを見渡せば、入部希望者は男性と女性が半々といったところで、サークルメンバーも少しばかり男性の方が割合が多いものの概ね半々であった。
 これならたぶん大丈夫であろうと私は思った。
 少なくとも『酒呑浄霊會』のような卑猥サークルではないだろう。
 であるならなぜ私までと難色を示していると、宇佐見嬢が笑顔で言った。
「一蓮托生ですよ、先輩」
「勘弁してくれ」
「それに、先輩が一緒のほうが楽しいです」
「………………」そう言われてしまうと断るに断れなくなってしまった。

 その日の夜、新たな入部希望者数人を交えて、『心霊酒場愛好会・よいどれ』の新歓を兼ねた活動が行われた。
 活動内容は単純明快であり、いわく『霊的因縁うんぬんの場でしこたま酒を飲み、つまみを喰らい、限りある青春と寿命を棒に振って肝機能と救急外来に迷惑をかけよう』といったものである。
 病院にとってもオカルトの魑魅魍魎たちにとっても極めて迷惑千万な話でしかない。
 その日の夕方、鴨川デルタの土手の上にある松の木から、高野川に架かる河合橋を渡ってすぐにある出町柳駅のロッテリア前に我々は集まった。
「今日は体験入部者もいることだし、丑の刻参りで有名な貴船神社でよいどれようと思う!」
 部長が高らかに宣言し、宇佐見嬢がぱちぱちと拍手をした。
 部員は皆がそれぞれ持ち寄った酒が入っているクーラーボックスを肩にかけており、体験入部者は好みの酒とつまみを持参していた。
 貴船神社は京都市の都市部から北にいった、貴船山と鞍馬山の谷間にある。
 出町柳駅から叡電に揺られて貴船口駅で降り、貴船バス停までバスに揺られ、その後は貴船神社奥宮まで黙々と歩き続けた。
 周囲は段々と暗くなり、鬱蒼とした木々が風に吹かれて気味の悪い音を立てている。
 道のすぐ横を川が流れており、覗き見るもそこにはただ闇しかない。
 まるで河童でも出てきそうな不気味さに、なるほどはるか昔、明かりのない時代にどうして物の怪の類が跳梁跋扈していたのかをまざまざと思い知らされた。
 昨日の瓜生山では興奮もあってかあまり感じることはなかったが、冷静になってみるとなかなかに夜の森とはおっかないものである。
「疲れるやもしれないが、これもまた醍醐味と言える。汗をかいた体にしみていくアルコールのなんと美味しいことか」
 重たいクーラーボックスを抱えながら、部長は恍惚とした表情を浮かべた。
 その瞳はアルコールを渇望する輝きに満ちている。
「部長さんはとんだアルコールジャンキーですね」
 宇佐見嬢がそう言うと、代わりに副部長が答えた。
「部長ったら、週に一度のフィールドワークのときには必ず旧型酒を用意するのよ。そんな余裕もないのに、普段は爪に火を灯して節約してるの」
 副部長がころころ笑い、部長は当然であるとふんぞり返った。
「今日はテングブランの旧型酒を用意してある。みんな楽しみにしておきたまえ!」
 テングブランとは偽電気ブランの別称だ。
 久々にあの芳しい香りが口いっぱいに広がる感覚を堪能できると思うと、じんわりの口の中につばが出てきた。
 あの、一つ手に入れるのにも大変な労力を伴い、命と引き換えに手に入れると言っても過言ではない偽電気ブランの味には、命を張るだけの価値がある。
 いやあ楽しみだ、と私は今回のフィールドワークで初めてウキウキとした心持ちとなった。
 今回は、前回の反省を踏まえて宇佐見嬢がぴったりと横に張り付くようにして歩いていた。
 むしろ張り付きすぎて若干歩き辛さすら感じるし、ときおり肩と肩とがぶつかったりすると宇佐見嬢が恥ずかしそうに初々しい反応を見せるので大変目の保養となった。
 可憐な黒髪の乙女がやってきたと浮ついていた一部のメンバーや新入部員は、寄り添い歩く我々の姿を見て諦めた様子で他の女性メンバーへと声をかけたりしていた。
 どんなに健全サークルであろうとも男は所詮男であり、その内面は分け隔てなく狼である。
 それ自体を否定はしないが、だからといってむざむざと宇佐見嬢を譲り渡すほど私はお人好しではない。
 私は脳内にいる宇佐見嬢の父親との約束を反故にするような男ではなく、またなにより英国紳士もかくやというほどの紳士なのである。
「先輩、おっかない顔してますよ?」宇佐見嬢が私の顔を覗き込んで言った。
「おっと、そんなにかね?」
「はい。凝り固まったみたいに般若の顔が張り付いています。まるで面を被っているみたい」
 宇佐見嬢は横からおもむろに手を伸ばすと、私の顔を両手で挟み込み、むにむにと表情筋をほぐすマッサージを始めた。
「先輩はいつもの優しい顔のほうが好きです」
 そのままむにむにとされるがままになりマッサージを受けていると、周囲から舌打ちや嘆きの悲鳴、咽び泣く声や茶化す声などが響いたが、今や私と宇佐見嬢は二人きりの空間にいると言っても過言ではないので、なにも聞こえなかった。
「おうい! 早く来たまえよー!」
 部長が少し先から寂しそうに叫び、我々はやっと歩き出した。

 ようやっと貴船神社奥宮までたどり着いた頃には、すでに日はとっぷりと暮れていた。
 神門はすでに閉じられていて、中に入ることはできない。
「ここ、入れますよ」宇佐見嬢が貴船神社奥宮を囲う柵を指して言った。
 柵とは言っても、等間隔に立てられた石柱に二本の鉄棒が通っているだけの簡素なもので、飛び越えることも鉄棒と鉄棒の間をくぐり抜けることも容易い。
 柵を超えて中に入る。
 境内は広場のようになっており、地面には砂利が敷き詰められている。
 その広場の奥に貴船神社奥宮があり、奥宮の左隣には玉依姫命が乗ってきた船が石に覆われたと言われる御船型石がある。
 また、丑の日が特別な日であったり、丑の刻参りという藁人形を五寸釘で木に打ち付ける呪詛方法もこの貴船神社発祥なのだという。
 宇佐見嬢が教えてくれた。
 境内にレジャーシートを敷き、酒を飲んでつまみを食べるという、一見せずとも冒涜的な行為に勤しむのは果たして不良オカルトサークルといえるのだろうか。
「未成年の私がお酒を飲むのを許容している時点で優良ではないかと」宇佐見嬢が言った。
「そもそもこれ、不法侵入だし」と部長も言った。
「それもそうか」と私は納得させられてしまった。
 今回は、宇佐見嬢は私の隣りに座っており、部長が持ってきた偽電気ブランの旧型酒をくぴりくぴりと飲んでは幸せそうに恍惚とした表情を浮かべていた。
「なんと表現すればいいんでしょうか。この、喉から鼻へと突き抜けていくふわりとした香り……派手な味も強烈な香りもなく、ただ喉をするりと抜けて胃へと落ちていくだけなのに、この幸福感……」
「それだよ宇佐見クン。この僅かに雑味の残る感じも、旧型酒ならではだ。新型酒は綺麗すぎるきらいがある。アレはアレで美味しいが」
 二人して偽電気ブランをくぴりくぴりしながら、他のメンバーを眺める。
 副部長はすでにべろんべろんに酔っ払っており、部長に抱きついたりしながら面倒臭い絡み方をしていたが、部長はそんなものはどこ吹く風といった様子で幸せそうにアルコールを摂取していた。
 一部の男どもは合歓綢繆を求めて女性部員の間を絶え間なく揺れ動いているが、結果のほどは芳しくなさそうであった。
 そうしてしばらく酒を飲み、酒に飲まれ、酒に酔い、酒に酔われ、しばらくしてから少し赤ら顔になった宇佐見嬢がふと一言発した。
「……オカルトはないんですか?」
 思えば、オカルトの地で酒を飲んではいるものの、オカルトらしいオカルトには未だ出くわしていない。
 貴船神社といえば霊験あらたかであり、ことオカルトの話題には事欠かなそうであるというのに。
「ぶちょー! 後輩があんなこと言ってますよー! ここはびしっと言ってやってくださいー!」
 とろけるチーズみたいになった副部長が、部長の背中にしがみつきながら言った。
 部長は偽電気ブランを一口飲むと、穏やかな声で言った。
「実を言うと、我々『心霊酒場愛好会・よいどれ』がオカルトの地でお酒を飲んでいて、オカルト的現象に出くわしたことは一度もないんだ」
「えええええ!」宇佐見嬢は驚きのあまり叫びながら立ち上がり、その勢いで栓をせずに立ててあった一升瓶が倒れて中身がこぼれた。
 周囲があわあわと大騒ぎになったが、宇佐見嬢は構わず部長を問い詰めた。
「それってどういうことですか!」
「私たちも不思議に思ってね、裏表情報局で情報を募ったんだ。結果、私達がオカルトの地で酒を呑むことによって場が清められ、悪質なオカルトが近寄ってこれないんじゃないかという説が浮上した」
「それ、本末転倒ですよね」
「でも酒はやめらんない。だから飲み続ける。でもオカルトが寄ってこなくなる。悲しいよねえ……」
 しみじみと酒を飲む部長と、その背中に児啼爺みたいに張り付いて部長の頭をなでりこなでりこして慰める副部長に、私はだったら酒を飲まないときにオカルトを探せばいいんじゃないかと思ったが、口にはしないでおいた。
「悲しい! こんな悲しい話がありますか先輩!」宇佐見嬢は涙をだばだばと流していた。
「知らん知らん。オカルト好きは阿呆しかいないのか?」
「そんなことないですよう。なにせ私は天才ですし」
 なんだかイラッとしたので、「ふふん」と鼻を鳴らして胸を張る宇佐見嬢のその小さな鼻を抓んでやると、ふがふが言いながら涙を流したので離してやった。
 しかし、一度泣き出した宇佐見嬢は止まらなかった。
「オカルトが出ないならせめてお酒はしこたま飲んじゃいましょう!」そう言って宇佐見嬢は涙で流れ落ちた分の水分を補うように、アルコール消費速度を二倍に上げた。
「いい飲みっぷりだねえ」と部長が宇佐見嬢を賞賛した。
 私も幸福をそのままアルコールに置換したかのごとき奥深い香りと味わいに恍惚としていると、ふいに宇佐見嬢が私の膝の上に手を置いて身を乗り出してきた。
 見ると、宇佐見嬢の顔は天狗もかくやというほど真っ赤に染まっており、すぐ隣の鞍馬山に棲む鞍馬天狗も見まごうほどであった。
 宇佐見嬢は真っ赤な顔でじいっとこちらを見つめており、半開きの口からはよだれと一緒に「えへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ」と不気味さすらある小さな笑い声が延々と漏れ出していた。
「えっと、宇佐見クン?」
「えへへ、なんですかあ先輩? あっ、顔が赤いですよお先輩。酔ってるんですかあ?」
「酔ってるのはキミだ。顔が近い。離れたまえ」
「えへへへへ」宇佐見嬢は笑った。「先輩は紳士なのでしょお?」
 私は周囲を見回し助けを求めた。
 一部の男どもが怨嗟の声を吐き出しているのを除けば、みなが面白おかしいものを眺める目でこちらを見ており、部長に至っては穏やかな表情で「彼女を抱きしめるのも突き放すのも、決めるのは君自信だよ」などと正論を吐いてまるで役に立たない。
 いや、しかし、冷静になって考えるべきである。
 まだ齢二十歳にも満たないいたいけな少女が酒に酔ったのをいいことに手篭めにしてしまうなど、それは鬼畜の所業に他ならず、およそ紳士のとる行動ではないのではなかろうか。
 そうだとも、ここで理性を放棄して本能に身を委ねるのはもはや獣となんらかわらないではないか。
 私はおのれのジョニーに絶対の謹慎を言い渡し、うやうやしく宇佐見嬢を抱きしめた。
 おおお、と周囲から歓声が湧き、宇佐見嬢は「え、え、え」と動揺の声を漏らした。
 私は宇佐見嬢を抱きしめたまま、背中を一定間隔のリズムでもって優しくぽんぽんと叩き、すると私の類まれなるテクニックによってたちまち宇佐見嬢はとろんと眠たげな目になった。
 あああ、と周囲から落胆の声が漏れ出すが、気にするものか。
 宇佐見嬢は初めての偽電気ブランに魅了されて、加減も知らずにただただアルコール消費機関と化してしまった。
 しかし彼女の体がそれに耐えられるかは別問題であり、そして彼女はどうやら超が付くほどの酒豪ではなかったようであった。
 であるならば、今はただもう眠ってしまったほうがいい。
 さあ、眠ってしまえ、ぐっすりと、眠気に身を委ねてしまえ、ふわふわと空を漂うみたいに気持ちのいい睡眠に。

 しかし、ようやっと深い夢の底へと体を沈めかけていた宇佐見嬢は、ふいに目を見開いて覚醒したかと思うと、がっしりとバスケットボールを抱えるみたいに私の頭を両手で掴んだ。
「子供扱いしないでください!」宇佐見嬢が叫んだ。
「慣れない酒に悪酔いしているんだよ。寝てしまえ、宇佐見クン」
「いいえ! 今の私はテングブランのおかげで鞍馬山の天狗さんも唸るほどの天狗っぷりです!」
「あまり天狗になるんじゃあないよ」
「いいえ! いいえ! 今の私なら空だって飛んでみせます!」そう言って宇佐見嬢は僅かばかりふわりと浮かんでみせた。
「やめなさい! 酔いが冷めたらたちまち墜落してしまう!」
「大丈夫です! ほら! 私、いま天狗なんです!」さらに高く、腰のあたりにまで浮かんで見せる宇佐見嬢。
 流石にこれはただごとではないとみなが立ち上がり始め、私は慌てて宇佐見嬢を抱きかかえた。
「わ、わ、わ、いきなりなにするんですか先輩!」
 ふわり、と宇佐見嬢の体がさらに浮かび上がり、私の足も地から離れた。
「宇佐見クン! 危ないから! ねえちょっと、宇佐見クン! 私の足も浮かんでるから!」
「だってだって先輩が! 先輩が抱きしめて! あわわわわ」
 ぐんぐん上昇していき、気がつくと足のずっとずっと下で米粒ほどになった部長が「君たちだけずるいぞう! 私のテングブランなのに!」と叫んでいた。
「宇佐見クン! キミは天狗だ! 認めよう! 立派な天狗だとも! だからゆっくり降りるんだ!」
「でででできないです! 先輩が! 先輩が抱きついているからうまく制御できないんです! 離してくれたらどうにかなるかもしれません!」
「離したら私だけ夜の貴船にまっさかさまだ!」
 私は必死になって考えた。
 しかし考えたところで「どうすれば私が手を離しても落ちずに済むか」なんて問いに答えが出るはずもなく、気がつけばずっと遠くに京都の美しい夜景が浮かび上がってくる様が見えた。
 それほどまで上昇してしまったのかと私は絶望したが、宇佐見嬢は違った。
「うわあああ!」宇佐見嬢が感嘆の声を上げ、嬉しそうにこちらを見た。
「見えますか先輩! すごくきれいです!」
「のんきだなあ!」私は呆れ果てた。「落ちたら死ぬんだぞ!」
「はい、でもこんな綺麗な夜景を見たあとですと、死んでしまっても構わないんじゃと思えてきます」
「私は嫌だ。ジョニーに活躍の場を与えぬまま死んでしまうのは忍びない」
「でも、もしこのまま二人して落ちたら、きっと霊験あらたかな貴船神社の新しいオカルトになることでしょう。死んでも先輩と一緒なら不思議と怖くありません」
「キミは……果てしない馬鹿だなあ」
「なにせ天才ですから」
 私と宇佐見嬢は、貴船神社の上空数百メートルで死の淵に立たされながら笑いあった。
 はたから見ればいちゃいちゃしているか、でなければ死の恐怖に押しつぶされて狂ってしまったように見えるかもしれない。
 そして鞍馬の天狗さんにははたして前者と後者のどちらに見えたのであろうか、自分の領域である鞍馬山上空付近でいちゃつく人間風情に怒り我を忘れたからか、もしくは狂ったふうに笑う我々を哀れに思い蜘蛛糸を垂らす釈迦よろしく救済の手を差し伸べたのか。
 なんにせよ、我々は宇佐見嬢の摩訶不思議天狗的能力ではなく、鞍馬山の方から吹いた強烈な風によって、はるか上空を京都の北へと向かって飛んで行くこととなったのである。

「ぎゃああ」突如吹き荒れた突風に、私と宇佐見嬢の体は引き離されてしまった。
 落ちる。本能的にそう感じたとき、私の四半世紀に及ぶ人生が走馬灯のように流れていったが、そこから得られる新情報が存在するでもなく、なにがしかの伏線が怒涛の展開で回収されるわけでもなかった。
「先輩!」宇佐見嬢が叫び、こちらへと手を伸ばした。「掴まってください!」
 私も宇佐見嬢が差し伸ばした手を掴むべく、目いっぱいに腕を伸ばした。
 指先が触れ、すぐに離れ、また一瞬触れたのを逃さず、私と宇佐見嬢は指と指を絡めるようにしてお互いの手を握りしめた。
「先輩!」破顔し、宇佐見嬢は私に顔を寄せた。
 きゅっと目をつむった宇佐見嬢の顔が目の前にあり、その顔はアルコール以外の理由で朱に染まっていた。
 数秒の間、互いの唇がそっとやはらかく触れ合っていた。
 それから宇佐見嬢はゆっくりと顔を離すと、恥ずかしそうにもじもじとしながらまっすぐに私を見つめた。
「無事でよかったです、先輩」
「死ぬかと思った」
「どっこい、生きてます」
「ああ、まったく、肝が冷えたよ」
 鞍馬天狗さんの風に流されて、気がつけば私たちは鴨川沿いにある京都府立植物園の真上まで来ていた。
 このまま流れゆけばすぐにでも下鴨界隈にまで到達することだろう。
「名残惜しいです」宇佐見嬢が言った。
「きらきらと宝石を散りばめたみたいな光景ももうすぐ見納めです」
「まだコントロールが効かないのかい?」
「いえ、そうじゃありません。もう酔いが醒めつつあるんです。そしたら私はもう天狗じゃなくなります。それまでに降りないと……」
「そうか。それじゃあ、最後に一つ試してみよう」
「えっ、なにを――」私は宇佐見嬢を引き寄せ、言いかけた彼女の唇を塞いだ。
 宇佐見嬢の目は大きく見開かれ、再び彼女の顔は天狗のように真っ赤に染まった。
「どうだい?」顔を離し、私は言った。「天狗みたいに真っ赤だが」
「そそそ、そんなことで空が飛べるわけないじゃないですか!」
 しかし、宇佐見嬢は極めて軽やかに空を舞ってみせた。
 宇佐見嬢はにわかに信じられないといった様子で目を白黒させていたが、そもそもにわかに信じられる人は酒を飲んだだけで空を飛ぶことはできないものである。
 そのまま私たちは先斗町の提灯や、四条通の絢爛たる街灯り、遠くに蝋燭のように聳える京都タワーなんかを眺め、そして流石に三度目は無理と拒まれてそのまま下鴨のおんぼろアパートへと舞い戻ったところで、彼女の摩訶不思議天狗的能力は完全に消え失せてしまった。
 さっきまでずっと空を飛び続けていたせいか、やけに重たく感じる体を引きずりながら、私たちは二階へと階段を登り、いつも通り廊下で別れを告げようとした。
「あの、先輩」しかし、今日は宇佐見嬢が台本にはないセリフを言い放った。
「なんだか、もうちょっといっしょにいたいです。先輩の部屋に行ってはダメでしょうか?」
 私はアドリブというものが苦手であった。
 突然こんなことを言われてしまうと、どう返事をしたものかわからなくなり数秒の間フリーズしてしまうのだ。
 そしてやっとのことで振り絞った言葉が「汚いよ?」であったことを悔いるばかりである。
「構いません。綺麗でも汚くても、先輩と一緒にいたいんです」
「……わかった。それじゃあ、入りたまえ」
「はい。おじゃまします」
 扉を開けて手で押さえると、宇佐見嬢はいそいそと恥ずかしそうに扉をくぐった。
 そうして今回は、いつもと違って宇佐見嬢とともに我が根城である四畳半へと帰還したのであった。
「うわ、本当に汚いです」
「だからそう言ったであろう」
 その後の四畳半における私と宇佐見嬢の物語については、あえてここでは語らず、互いの胸のうちに秘めておこうと思う。
 もっとも、翌日には壁も床も薄いこの木造二階建てのおんぼろアパートの住人全員に知れ渡っていたのであるが。




 あれから、アパートの住人全員から貴船神社で藁人形を五寸釘で打ち付ける女も泣いて逃げ出すような視線を向けられながら、我々は大学へと向かい『心霊酒場愛好会・よいどれ』の部長へ直々にサークルには入らないことを伝えた。
 部長は残念そうにしていたが、「気が向いたらまたいつでも仮入部においでよ」と言われたので、いずれ気が向いたらまた宇佐見嬢と一緒に彼の元を訪れるのも悪くはないだろう。
 それから相変わらず宇佐見嬢に引きずり回されて知る人ぞ知るオカルトサークルや、知らない人ぞ知らないオカルトサークルを巡ったりしたものの、宇佐見嬢のお眼鏡に叶うサークルは発見できないまま数日が経った。
 その日は土曜日で、私は起きたあとも万年床から起き上がることなく天井の木目をぼうっと眺めたりしながらだらだらと怠惰の極みを尽くしていた。
 そうしている内に体はわずかばかり残っていた眠気を奥底から引っ張り出してきて、「寝転がっているのに眠らないとは何事か。さあ寝なさい」と言わんばかりに私の瞼を閉じさせようとした。
「先輩! 起きてください! いつまで寝てるんですか! もうお昼になっちゃいますよ!」
 しかし、私の眠気はいつの間にか勝手に部屋に入り込んできた愛すべき隣人、宇佐見蓮子に寄って強制的に叩き起こされることとなる。
「なんだ、キミ、どこから入った」
「普通に扉から入ってきましたよ?」
「鍵は?」
 宇佐見嬢は得意げな顔で私の部屋の鍵を指先で弄んだ。
 いつの間にかスペアキーを作られていたらしい。
 最近、じゃっかん隣人の愛が重いと感じなくもない。
「って、これはどうでもいいんです! 先輩! 出かけますよ! さあ起きてください!」
「出かけるってどこに?」
「東京です!」
「はあ?」

 話は今日の朝に遡るという。
 朝、天気もいいので鴨川デルタの方まで散歩をしようと玄関を出たところ、そこに見覚えのある女性が立っていた。
 彼女は宇佐見嬢の姿を見かけると、ぺこりとお辞儀をして宇佐見嬢の元へと近付いてきた。
「先日はどうも。その……すみませんでした、あんなことをして」
 宇佐見嬢はしばし彼女が誰であるのかを思い出せていなかったが、やがて彼女が霊界との通信が可能であると主張するも、宇佐見嬢の曾祖母の名前を言い当てることすらできなかったインチキオカルトサークル『うすきみ』の部員その二であると気づいた。
「実はあの日、部室がオカルトでめちゃくちゃになったとき、私、目覚めたんです。本当の口寄せの力に」
 いわく、本物のオカルトの一端に触れたことにより、自分自身ですら知らなかった潜在能力が引き出されたのだという。
 もっとも、そんな潜在能力の持ち主は稀であり、『うすきみ』の中で真に目覚めたのは彼女だけであったという。
「それで私、『うすきみ』は辞めました。本当のオカルトを活かせるサークルに入ろうと思って。それで、宇佐見さんにお礼がしたくて、私、今度こそあなたの曾祖母を口寄せしてみたんです。あなたの曾祖母のお名前は、菫子さん、ですよね? 彼女から宇佐見さんに伝言があって……その、『私の実家の蔵の中を調べなさい。そこにあなたが求めているものがあるわ』だそうです」
 宇佐見嬢の実家は東京にあった。
 距離的には遠いが、ヒロシゲを使えば一時間もかからずたどり着くことができる距離である。
 そこで宇佐見嬢は今日の内に実家に行ってしまおうと決め、そして私を叩き起こしたのだという。
「……私も行かなきゃ駄目なのか?」
「当たり前じゃないですか! 私と先輩の仲ですよ?」
 結局、「先輩が行くと言うまでここから動かない!」と我が万年床に潜り込んできた宇佐見嬢を抱きしめながら再び眠りにつこうとしたところを殴られ、強制的に起こされてしまったのであった。

 京都タワーの目の前にでかでかと鎮座する幾何学的な形をした京都駅の地下に、卯酉東海道新幹線の酉京都駅はある。
 地下ホームは一番線から二十番線までがすべて巨大な地下空間に横一列に並んでいて、そこには半パノラマビューの新幹線ヒロシゲが停車しており、発射の時間まで乗客が乗るのを待っていた。
 我々は改札で静脈認証パネルに手をかざし、そのまま五分後に発車するヒロシゲに乗り込んだ。
 ヒロシゲは主に仕事の都合で京都と東京の間を行き来するのに使用され、朝の通勤ラッシュ時と夜の退勤ラッシュ時以外は空席ばかりであった。
 ヒロシゲが京都と東京を行き来するのにかかる時間は五十三分である。
 あまりのんびりしているとあっという間に駅に到着してしまうので、出発する前から私と宇佐見嬢は駅弁を広げて食べ始めていた。
「それで、一体全体、キミの家の蔵になにがあるっていうんだい?」
「私もわかりません。私が求めているものがあるとしか聞かされていないので」
「そもそもキミの曾祖母、菫子さんと言ったか? 何者なんだ?」
「詳しくは知りません。ただ、すごい超能力の持ち主だったと教わりました。あ、先輩そのからあげください」
「そのハンバーグと交換だ。なるほど超能力者か。となると、キミの曾祖母はまさにキミが求めているオカルトそのものというわけだ」
「まさか、いまだに曾祖母の力が宿ったなにかが蔵の中に?」
「そうかもしれんし、違うかもしれん。まあ、行ってみればわかるだろう。あっ、なんでからあげ二個とも持っていった!」
 駅弁を食べ終えるとすでに二〇分ほど経過しており、半パノラマビューの外には二川の猿ヶ馬場が映し出されていた。
 私と宇佐見嬢はぼうっと過ぎ去ってゆく浮世絵の景色を眺めていたが、おもむろに宇佐見嬢が手を伸ばしてきて私の手を取り、そのままむにむにと指の一つ一つをいじるなどし始めた。
 されるがままなのも癪なので、空いている方の手で彼女の耳たぶやもみあげの先などをいじるなどすると、「わひゃひゃ」とくすぐったそうに身を捩って宇佐見嬢は笑った。
「くすぐったいですよう先輩」
「キミこそ私の手を一心不乱にむにむにしてどうしたのかね」
「えー? ただ唐突にむにむにしたいなーと思っただけです」
 なんとも無益な会話を交わしながら、気がつくと半パノラマビューの向こう側をスタッフロールが流れ始め、車内にアナウンスが響き渡った。
 そろそろ卯東京駅に着くらしい。
 卯東京駅は、東京駅の地下にあった。
 東京駅から電車に乗って数十分、数度の乗り換えを経て辿り着いた駅は、都心から遠く離れてはいるものの東京であることに変わりはない、無人の駅だった。
「ここにキミの実家が?」
「いいえ、ここにあるのは曾祖母の実家よ。私の実家には蔵なんてないもの」
「場所はわかっているんだよね」
「もちろんですよ。さ、行きましょう!」
 ずっと昔に起こった霊的大災害と、それによる大幅な人口の減少にともない、東京はあちこちにまるごと廃墟となった町や、高い壁に囲われて隔離された地域がある。
 この町は前者であり、道路はひび割れたアスファルトの隙間を突き破って植物が生い茂り、放置された車は塗装が禿げて錆に侵食され、触れれば崩れてしまいそうであった。
 建物の多くは霊的大災害のときに半壊、または全壊しており、あちこちに元は家であったのだろう瓦礫の山が散見できた。
 そして、しばらく歩いてしばし迷った末に、我々は宇佐見嬢の曾祖母の実家へとたどり着いた。
 宇佐見嬢の曾祖母の実家は、他の家に比べてまだ原型をとどめていたが、壁や屋根は蔦に侵食され、庭はやたらと背の高い草に覆われている。
 玄関の扉には板が打ち付けられており、中には入れそうにもない。
「とにかく蔵を探しましょう」
「それにはこの雑草をどうにかしないとな」
 宇佐見嬢は手荷物の中からマチェットナイフを取り出すと、ぶんぶん振り回して雑草を刈り取っていった。
「なんだってそんなものを」
「必要になるかと思ったので」
「ジャングルじゃあるまいし」
「でもこうして現に役立っています。備えあれば憂いなしですよ」
 疲れたので交代してください、とマチェットナイフを手渡され、私は庭の雑草を刈り取って歩いた。
 しばらく行くと蔵と思しき建築物の前へとたどり着いた。
 扉は木造であるが腐食しており、蹴り飛ばすと簡単に穴が開いた。
 蔵の中は薄暗く、明り取りの窓から差し込む光が筋となって空気中を舞う埃を照らしていた。
 中はほとんど空っぽで、めぼしいものはほとんど見当たらない。
 いったい宇佐見嬢の曾祖母はここで彼女になにを見つけてほしかったのだろうか。
 しばらく二人で蔵の中を探索していると、宇佐見嬢がなにやら大きな木箱を奥の方から引っ張り出してきた。
 蔵の外に出してみると、それはびっしりと御札を貼り付けて開けることができないようにした箱であった。
「やばそう」見るからにヤバそうな感じの代物に、私は顔をしかめた。
「やばそう」かくいう宇佐見嬢はといえば、とてもヤバそうには見えないほどの笑顔であり、今にも開けたくて仕方がないといったクリスマスプレゼントを貰った子供みたいな顔をしていた。
「開けるのか?」
「モチのロンですとも」そう言って宇佐見嬢は貼り付けてあった御札をべりべりとむしり始めた。
 あらかた御札をむしり終えた宇佐見嬢は、蓋に手をかけて「いきますよ?」と覚悟を決めた様子で私を見上げたので、私も重く頷いた。
 かぽ、と軽い音がして蓋は簡単に外れた。
 そして、中に入っていたのは白いリボンのついた黒の中折れ帽、赤い裏地に謎の模様が描かれた黒マント、これまた謎の模様が書かれたトランプみたいなカード、プラスチック製の水色をした銃のようなもの、それから一冊のノートであった。
 私が帽子とマントを取り出し、埃を叩いたり虫食いの穴がないかを見ている間、宇佐見嬢はずっと同封されていたノートに目を通していた。
 私も宇佐見嬢の背後に回ってノートを覗き見る。
 決して後ろから見た宇佐見嬢のうなじに得も言われぬ色めかしさを感じたりなどしていない。断じて。
 どうやらこのマントと帽子は宇佐見嬢の曾祖母、菫子さんが使用していたものであるらしく、ノートには彼女が超能力者としてどんな力を有していたか、秘封倶楽部という非公式の部活動を立ち上げてどのようなオカルト探索をしていたか、そして幻想郷と呼ばれる場所について書かれていた。
 宇佐見嬢はしばらくそのノートを熟読していたが、やがて読み終わるとぱたんとノートを閉じ、それから深い溜め息をついた。
「どうだった? めぼしい情報はあった?」
 宇佐見嬢は小さく頷いた。「このノートを読む限りだと、どうやらひいお婆ちゃん、オカルトの結構深淵まで足を踏み入れていたみたいです。そしてさらに自分自身もオカルトの才能に秀でていたらしくて。それこそ、私たちが羨むくらいに」
「それじゃあいいライバルだ」私がそう言うと、宇佐見嬢は嬉しそうに微笑んだ。
「ライバル……いいですね。ええ、ライバルです。今は私のほうがだいぶ遅れを取っていますけれど、絶対に追いついてみせます」
 宇佐見嬢は箱に入っていた中折れ帽を被り、マントを肩に羽織ってみせた。
 そしてなにかのアニメキャラクターのポーズのような格好をして、声高らかに宣言した。「今から私が秘封倶楽部二代目会長、宇佐見蓮子です!」
 無人の街に響き渡る宇佐見嬢の声と、ぱちぱちぱち、とやる気のなさそうに響く私の拍手がなんだか虚しく、宇佐見嬢は早々にマントを脱いでしまった。
「マントはないです。ダサいです。ひいお婆ちゃんのセンスを疑います」
 わざわざ霊界からアドバイスくださった菫子さんも、ひ孫にファッションセンスをボロクソ言われてさぞ草葉の陰で頬を涙で濡らしていることであろうが、やはりこのマントは壊滅的センスのたまものであると言わざるをえない。
 それからよくわからない模様が描かれたカード――宇佐見嬢いわくESPカードというらしい――と水色の銃も用途が不明なので箱にしまい、蔵の奥底へと再び封印することとなった。

 帰り道、宇佐見嬢は気に入ったのか帽子を被ったままであった。
 その帽子はまるで宇佐見嬢が被るために生まれたのではないかというくらい、宇佐見嬢の頭の上でなんの違和感もなく燦然と輝いていた。
 すると宇佐見嬢はいきなり私の前に躍り出て振り返り、後ろ歩きになって私の顔を覗き込んできた。
 宇佐美城が私を覗き込むとき、私もまた宇佐見嬢を覗き込んでいるのであり、図らずしも見つめ合う形になった。
「どうですか、先輩」宇佐見嬢が言った。「帽子、けっこう似合ってませんか?」
「似合ってる。とても可愛らしい」
 宇佐見嬢は「むふー」と満足そうに鼻を鳴らすと、帽子を取ってまるでマーキングでもするみたいに私の胸へと頭をぐりぐり押し付けてきた。
「ただ、その帽子は少々かび臭い。クリーニングに出すまで被らない方がいいな」
「うっ」宇佐見嬢はうめき声を上げ、帽子をそっと鞄の中にしまった。
 無人駅で上りの電車を待つも、なんと次の電車が来るまでに一時間も間があった。
 時刻表を見た宇佐見嬢は絶望の表情で劇的に膝から崩れ落ち、私はその頭を労るようにうやうやしく撫でた。
「恐るべし田舎の電車……」
「田舎どころか廃墟だからね。むしろ電車が停まるだけ驚きだと思うのだけれど」
「まあ、仕方ないですね。あまり出歩くのも体力を浪費しますし、ここでぼーっとして待ってましょう」
 次の電車が来るまで、私と宇佐見嬢は駅のホームにあるベンチに座って待つことにした。
 暖かな日差しはだいぶん傾き始めて、長い影を地面に映し出している。
 どこかで小鳥たちの歌う声がして、風がホームを通り抜けると木々がざわめく音がした。
 非常に長閑であった。
 内なる眠気がむくむくと膨れ上がって、私の瞼を下へ下へと閉じさせるべく重たくなっていくのがわかる。
 ふと横を見ると、うつらうつらと眠たそうにしている宇佐見嬢がおり、私の視線に気づくとにへらっと笑った。
「気持ちいいですねえ」
「ああ」
「先輩、けっこういい匂いがします」宇佐見嬢は私の腕に顔を埋め、すんすんと匂いを嗅いで言った。
「嗅ぐんじゃあない」
「えへへへ」
「大丈夫か? 眠いんじゃないのか?」
「そうですねえ。なんだか気持ちよくって、すごく眠いです。……ごめんなさい、先輩。ちょっとだけ、眠ってもいいですか?」
「眠れ眠れ。生理現象なのだから仕方ない」
「むふふ。ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えて……」
 こてん、と肩に宇佐見嬢の頭がもたれかかり、しばらくするとすうすうと彼女の口から可愛らしい寝息が聞こえてきた。
 私はそっと手を伸ばし、静かに眠る宇佐見嬢の髪を優しく撫でた。
「せんぱい」と舌足らずな様子で宇佐見嬢が呟いた。
「長閑だなあ」私は宇佐見嬢の髪をそっと撫でながら呟いた。「ああ、長閑だなあ」
 電車が来るまで一時間、私は宇佐見嬢のやはらかな髪質を心ゆくまで堪能して過ごすことにした。
オリキャラ男主人公と宇佐見蓮子の恋愛モノとかいうツイッターでアンケートを取ったら七割から「絶対に許さんからな」とありがたいご意見を頂いたテーマを描いた本作ですが、書いてる本人は大変楽しかったです。
作中ではかわいらしい擬音やかわいらしい口調をさんざん散りばめておいて作者、お前はなんだ、見るに堪えない汚らしい風体しやがって! と書いていて思いましたが、書いてる本人はそれでも大変楽しかったです。
雨宮和巳
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コメント



0.260簡易評価
3.60名前が無い程度の能力削除
雰囲気や語り口は素敵な良さで、原作の蓮子からは想像の付かない描写もイイネ!となって「おっほっこいつもいいがこれからどうなってコレが蓮メリの2人に繋がるのかな」と最初は思ってました。
しかし結局、秘封倶楽部単体のみが明かされるだけでそれに纏わる彼女ら2人組の姿は見えず。
それどころか蓮子がメリーの能力の域に達してきたりと「あれ?これメリー出ない…?」と段々不安感が増していました。
…惜しい。もっと話が欲しかった、お話単体としてだけでなく二次創作としてのも満足させてくれるような奴が!
パラレルワールドの出来事と言ってしまえばそこまでですが、やっぱり蓮子にメリーが出てこないのは自分には何だか物寂しい。
このお話しが続き物かどうかは知りませんが、ここでメリーの影を少しでも見せてくれればな、と思いました。
4.20名前が無い程度の能力削除
前書きで萎えたのでこれ以上悪くはならないと思って読んだら本文はそれ以下だった。
9.10名前が無い程度の能力削除
書いてる本人だけが楽しいのは表に出さないで一人でニヤニヤしててください
しかもアンケート取っての結果があるのにただの嫌がらせとか言いようがないです