Coolier - 新生・東方創想話

どきどきっ、ヘカ様と楽しいお食事会っ!!

2017/05/12 23:08:42
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「じゃじゃ~ん、地中海フルコースよ~ん♪」

 給仕を終えてエプロンを外しながら、くるくると上機嫌に踊るヘカーティアに、さしもの私も戸惑いを隠せなかった。顔のあちこちの筋肉が不規則に痙攣して、さぞや面白い渋面になっていることだろう。
 器に山盛りのサラダ。トマトの赤と黄緑のコントラストが目に鮮やか。
 トリュフを添えた白身魚のソテー。他にも魚介料理は数品。サラダと一緒の魚料理はアクアパッツァと言うのだろう。
 スープにはガスパチョ。これは主にトマトの冷製スープ。
 メインはオレンジ色が眩しいパエリア。テーブルの中心で、まるで向日葵の花みたい。

 全て、ヘカーティアの手料理である。

「……意外、ですね」
 思わず漏れた感想は、幸いにして当たり障りのないものだった。
「意外です」
 本当に意外だったので、もう一度、失言ではなく本心から繰り返す。
「アメリカンな高カロリー料理だと思った? でもあの国で好きなのは音楽とかの娯楽のセンスだけ」
「いえ、そういうことではなく」
 真っ当で美味しそうな料理、というだけで果てしなく意外なのである。料理のジャンルの問題ではない。
「私はこう見えて」
 と、ヘカーティアは黒に白抜きでイカした文言の書かれたティーシャツの胸を叩き、
「ざっくり地中海沿岸辺りの出身なのよん」
 爽やかな海にも似た青い髪を揺らしながら、そう言った。
「そして家庭的な女!」
「自分で言いますか」
 そう混ぜっ返してみたものの、手料理から立ち昇る食欲をそそる香りは、それ以上の追求を許さなかった。どうやら料理が得意なのは本当のようである。全く期待していなかった分の落差を踏まえても、これはついつい喉の鳴る出来栄えだ。
 永遠亭の食事は、輝夜様の口に入るものとあって、師匠こと八意様が腕を振るっているのだが……まあ別に、見た目も味も、特段おかしいところはないのである。ただ、厨房で月の先端技術で料理を合成しているのを目撃してしまってからは、自分が普段から食べているもの、月の都にいた頃からの食事も含めて、あのようなものだったのかと思うと、軽い衝撃を受けた。
 まず、何らかの樹脂的な物を用意します。これはどんな料理であれ一律。何らかの樹脂的なものだ。材質は不明。
 レンジで加熱します。
 ハンバーグができます。お味噌汁だってできます。何でもできます、合成で。
 大抵、師匠の料理はこんな感じの合成品だ。身体に悪くはないと言うか、むしろ栄養価は完璧なのだろうけど。地上の生活に慣れた身としては、てゐが永遠亭の食卓に現れない理由も分かるというものだった。
 あれは料理ではなく、合成だ。
「さあさあ、冷めないうちに召し上がれ」
「はい、遠慮なく」
 美味しい。
 一口目を口に運んで、衝撃で手が止まった。二口目からは、逆に手が止まらなくなった。
 パエリアは敢えて本場風ではないのだろうか、馴染みのない口にも合う。色々な具材の風味やコクが混然一体となっていて、舌に触れた瞬間、何が起きたのか分からない程であった。白身魚はすっきりした味わい。サラダにかかったオリーブオイルは実に丁度良い塩梅で食べやすい。油っぽい感じが全然しないのだ。サラダはもう一種類あって、こちらは粉チーズとナッツがまぶしてある。ナッツの食感が良い仕事をしている。魚の見た目がほぼ残っているイワシの酢漬けにも、抵抗があったのだが思い切って挑戦する。これも美味しい。どれも私にとっては新鮮な味覚で、食事に招待してくれたヘカーティアに感謝を捧げるべきかと思った。
 実を言うと、どうせ出来ているのは見た目だけだろうと、内心で疑う気持ちもあったのだ。ヘカーティア、師匠もそうだが、あまりにも上位の存在は、自分で何でもできてしまうが故に、下々の者の心が分からないと言うか、こと芸術面、気持ちや心を理解する必要がある分野に関しては、てんでダメなものだとばかりに思っていた。感性とかそういったものの落差だ。残念ながら企画できたことはないけれど、私は師匠に絵を描かせてみたら面白い見物になるのではと思っている。つまり、そういうことだ。
 それに、これが一番の理由だが、地獄の女神様がわざわざ自分で料理をするというのが、何よりも意外だった。意外尽くしだ。
「うふふ~、作った甲斐があるわ~」
「そうですか」
 気が付けば料理は大分減っていた。この頃になると私も手を緩めて、一休みにコップの水へ手を伸ばす。
「ピースはね、アメリカかぶれしちゃってね。フライドポテトとかハンバーガーを食べたがるのよ。あとね、ごはんの前にコーラ飲んじゃダメって言うのに……いやほら、炭酸飲むとお腹が膨れるじゃない? それなのに隠れてコーラ飲んじゃうのよ。本当に困ったものだわ」
「……まあ、普段から食べてると、有り難みとか、薄れちゃうのかも?」
「そう? そんなものかしら」
「いや、どうでしょうかね?」
 なんで私はこんな話をしてるんだ。
 と言うかこの女神様、何なんだ。お母さんか。
「炭酸飲んだら骨が溶けるわよん。って言ったら、涙目になってて……ウケた」
「なに下らないこと言ってんですか」
 今時、そんなの信じる子供いませんよ。
 いや、いたのか。
「そんなの嘘って言うから、本当よ、だって炭酸は“酸”じゃないって言ってやったの……ガチ泣きで、ウケた」
「はいはいそうですか」
「純狐は純狐で嫦娥殺すしか言わないし……」
「あの方はそうでしょうね」
「かと思ったら、急に高笑いして、ふははははっ、嫦娥よっ、見てるかっ、パエリアだぞっ、羨ましいかっ、とか言うし……私のこと見てよ」
「本当に大変ですね」
「でもね、美味しいって言ってくれるの、嫦娥に向けて、だけど。私はパエリアを食べているが貴様はそこでカエルの足でもしゃぶって見ているが良い、って。美味しいって言ってくれるのは、ちょっと嬉しいかな……なんてね、えへへ」
 それだけで嬉しいとかチョロ過ぎだ。
「えへへじゃないですよ。あんたはそんなんで良いんですか」
 私はちょっとヘカーティアという存在が分からなくなってきた。
「大丈夫よ」
「純狐さん、たまに暴れるんじゃないですか?」
「別にたまにじゃないわよん? わりといつものこと?」
「……」
 そうですか。そうですよね。
「私は純狐の夢を応援してるの。ひたむきな純狐が素敵だな、って」
 なんて傍迷惑な。というのは一旦、脇に置いておくとしても……
「だから、全然平気」
「……」
 何かと思ったら、あれだ。売れないバンドマンの彼女。DV被害に遭っているけど恋人を愛しているので暴力とは思っていない。みたいな。まあ私には関係無いけど。
「でもね、ピースを甘やかすのは困るのよ。ごはんの前にコーラ飲ませちゃダメって言ってるのに」
「その話に戻るんですね」
「だってそうでしょう? 炭酸でお腹が膨れてごはん食べられなくなるじゃない」
 何なんですか、この話。
 月の都に喧嘩を売った女神様から聞く話とは思えない。
 と言うか、どうでもいい。
「うふふ。そうね、こんな話、どうでもいいわね」
 何が楽しいのか、ヘカーティアは笑った。
「美味しかった?」
「ええ、とても」
 お世辞の必要も無かったので、何も偽ることなく答える。
「料理、上手なんですね」
「好きなのよ」
「はあ」
「地元が」
「そうですか」
 この話も、何なんだろうな。
「一応ね、この前のお礼も兼ねてるの。人里まで出向いて、診察、だったかしら。純狐と一緒に行ったやつ。詳しくは前回の話を参照してください、ってことになるけど」
「ああ、あれですね。あれは本当に疲れました」
「日を置いて、何か思う所はある?」
「いいえ? 特に何も」
 半分、忘れているくらいだった。
 ただまあ、思い出してみれば、純狐にはほとほと手を焼かされた覚えがある。やれやれ、面倒な役回りはいつも私に回ってくるんだ。ともあれそのことをヘカーティアが記憶していたのか。
「へぇ、女神様は意外と律儀なんですね」
「……うふふ。そういうことじゃないでしょ?」
 何が楽しいのか、ヘカーティアは笑った。二回目だ。
「デザートを持ってくるわ。それを食べながら、ゆっくり話をしましょう」



「美味しいです。めっちゃ美味しいです」
 あれだけ食べた後なのであまり食べられないかと思ったけれど、ジェラートは別腹だった。ひんやりなめらかで素晴らしい。
 こんなに美味しい物を食べて良いんだろうか。
 良いよね。だって私、滅茶苦茶がんばってるんだから。ご褒美が無い方がおかしいんだ。
「ほとんどの材料はね、地上に出て調達するの」
「そうなんですか」
「地獄には、こういうの無いから」
「そうでしょうね」
「だから地元に行って、ちょっと高めのスーパーでお買い物するのよん」
「どこでしたっけ?」
「ざっくり地中海沿岸。広い範囲で信仰されてたわ」
「すごいんですね」
 昔話か、自慢話だろうか。聞いてて楽しい話なら良いけど。
「……って、あれ、アメリカじゃないんですね」
 そんなTシャツ着てるのに。
「うふふっ」
 何がおかしいのか、ヘカーティアは笑った。もう何度目だ。
 鎖がジャラジャラと音を立てる。
「貴方って、人の話は聞かない方? どんだけ自分以外に興味無いの?」
「さあ、どうでしょうね。自分では何とも。あ、もちろん貴方の話はちゃんと聞いてますよ」
「そう? なら良かったわ。私、冗談は好きよん?」
「それで、何なんです?」
「貴方はどう? 故郷のこと」
「……あんまり良い思い出は無いですね」
「そうね、私もあの都のことは嫌い。後で気が向いたら滅ぼしておくわ」
「それはやめてあげてください」
「まあ、私の感想はともあれ、貴方にとっては生まれ故郷」
「ええ、今は前ほど嫌ってはいないかも知れません。地上を知って、その分だけ差異は感じますけど、だからこそ、悪い所も良い所も分かるようになったと言うか」
「地上を見下してたこと、あるでしょ」
「あはは……」
 図星を突かれて、これには私も苦笑い。
「今にして思えば、不当な選民思想でした」

 それから私は語りに語って語り尽した。
 月と地上それぞれの生活を経て、私がいかに何を学び、どれほど成長したのかを。

「……と、いうことなのですよ」
 ふう、なんという充足感。
「からっぽ」
「はい?」
「ううん、何でもないわ。別に私は、貴方をどうこうしようなんて思っていないのだし。どうして指導なんかしてやらないといけないのかしら」
「はあ、そうですか。どうこうされなくて助かります」
「でも、一応は指摘しておいてあげる。貴方、ここまでで何か身の危険は感じなかった?」
 きょとんと首が傾いだ。
 身の危険? どうしてそんなものがあるのか分からない。
 だから私はそのまま答える。
「いいえ、何も」
「でしょうね」

 ──ちなみに答えは、私が笑ったタイミングよん?

 そう言われたけれど、何のことだかさっぱりだ。
「貴方は何も分かっていないということね」
「そうですか」
 軽く、聞き流す。
「ほんとすごいわね、貴方って」
「はあ、それはどうも」
「貴方も知っての通り、私は地獄の女神よん」
「なんだか、そうは見えませんけどね」
「その昔、地方のしがない女神様がいました。その女神様は超強かった……ううん、超強過ぎたので、地獄の女神に出世しました。と、いうわけなのよ」
「良かったじゃないですか」
 笑みがドロりと濃くなる。
 鎖が、ジャラリと音を立てた。

◇◇◇

 永遠亭の縁側に、中華風と和風の、それぞれ引けを取らない豪勢な衣裳が並んでいた。
 純狐と輝夜の二人である。始めの内は正直ちょっと怖がっていた輝夜も、大昔の中国の話になると、少しは口が滑らかになった。時代こそ違えど、二人が同郷だったからだろうか。
「成る程。亀の背中に乗って旅行とは、風情がある」
「ええ、そうでしょう? あの場所は今、どこにあるのかしら」
 輝夜は努めて他愛も無い話題を選んでいたが、次第に、当初思っていたよりも、純狐とは話が通じるのでは感じるようになっていた。皆が思っているような怖い人物ではないのでは、と。その純粋な心が周囲に理解されないがために腫物扱いをされているだけでは、と。
 地上の世界は、甚だしく残酷で醜悪だ。弱い心は鳥籠に守られていなければ押し潰される。お姫様は、鳥籠の外では生きていけない。
 純狐はまるで踏み躙られた小鳥の肉塊だ。それが、純狐を見た輝夜の感想。
 ついで、先日のことを思い出し、鈴仙は純狐になんて惨いことをしたのだろうと頭を抱える。とは言えもちろん心情的には鈴仙の味方なので、心配事は、ヘカーティアの家へ食事に誘われた鈴仙のことだった。先日のお礼も兼ねてだとヘカーティアは言っていた。そんなはずがないのに。
 純狐は鈴仙に会いたがったけれど、交換条件なのだから仕方ない。それに、そんな事情など関係無くとも、純狐は鈴仙に二度と会うべきではないと輝夜は思っていた。その方が、彼女のためだ。
「ねぇ、純狐、少し質問を良いかしら。貴方から見て、ヘカーティアはどんな存在なの?」
 自分から見た永琳に近いのか、それとも、
「彼女はとても優れた女神です」
「ありがとう。でも、そういうことではなくて」
「ああ見えて家庭的ですね。パエリアが勝負料理だと言っていました」
「え、そうなの……意外だわ」
 地獄の何とかかんとかではないのか。
 なんとなく、激辛ソースのたっぷりかかったフライドポテト的なものを想像していたのだけれど、失礼な想像だったようだ。ヘル・なんとか、みたいな。
「面倒見も良いですよ。何かと生き物を拾って来ます。その昔、イタチに姿を変えられた誰か引き取ったとかのだとか。いえ、そんな例を挙げるまでもなく、私自身もヘカーティアに拾われた身でしたね」
 そのイタチとは、たしかヘラクレス誕生にまつわる神話の登場人物だろうか。
「流石はギリシャ神話の神様ね」
 感心して呟いた言葉に、どこからか声が降ってくる。
「姫様。それは少し違いますよ」
 やんわりとした否定。
 ふわりと羽毛が舞うように現れたのは、可憐な幼い少女だった。
「……」
 てゐは近付いて来るなり、憐憫の滲む気遣わしげな視線を純狐に向ける。だが純狐は特に反応を見せなかった。視界には入っているけれど、目には映っていないという感じだった。
「えっと、てゐ、違うって?」
「あの女神の歴史がギリシャ神話より古い、ということです。日本にも記紀神話以前の神様がいるのと同様ですよ」
「……そう。そういうこと」
 てゐのその言葉だけで、輝夜は多くを理解した。
 この少女が、記紀神話成立以前、土着先住宗教の女神だと知っていたから。
「貴方が口を挟んだ理由は、同情?」
「いいえ、まさか。有り得ませんね」
 面白くなさそうな返事だった。
「辻や三叉路というのは要するに、交わる場所。交わるから、出遭いやすい場所。転じて、あの世、冥府へと通じる場所。なので、人間は近付いてはいけません。辻の守護神を、日本では塞の神と言います。また、豊穣神の裏側が冥府神であるように、冥府神の裏返しは豊穣神です。アレには月の女神の側面もありましたね。月の運行は魔術に、そして月の満ち欠けは地母神にも関わりますから」
「じゃあ、ヘカーティアは、」
「はい、その通りです。アレは、その辺の道端とか、どこにでもいた、なんてことのない当たり前の全能神──」
 淡々と呟きながらも、てゐの瞳には一切の同情の色は無い。当然だった。同情とは普通、同格ないし格下の相手に向けるものだ。だから、てゐはどうでも良さそうに冷たく言い放つ。
「──たかだか地獄の女神に零落した、土着神ですよ?」

◇◇◇

 愚痴だった。
「ハデスって知ってる? いや、仮にも目上なんだけどね、そこまで悪い奴じゃないわ。あいつとペルセポネーが結婚するって言うから、あ、ペルセポネーってのは私の友達ね、で、正式に決まるまでに色々あって不安だったから、お節介かなーと思いつつ私も付いてったわけよ。ほら、あの子まだ小さかったから」
「はあ」
「そうそう、巨人族と大戦争になったこともあった。しょうがないから私も一発かましてやったわよ」
「ふーん」
「今にして思えば若かったわね。私が駆け抜けて来た道は、後にギリシャ神話と呼ばれる日々だった」
「有名ですもんね」
「そして気付いたら、振り返った後ろには、私の居場所なんてなかった」
「?」
「私の後ろにも前にも、地獄が広がっているだけ。私は、地獄にいた」
「……はあ」
 私は途方に暮れるしかなかった。
 だから、何なんだ。その話が私に関係あるとは思えない。
「で? 何なんです?」
「ええ、貴方の困惑ももっともだわ。いきなりこんな話を聞かされても困るわよね」
「ですよね」
「つまり、こういうこと。言っちゃなんだけど、地獄の女神なんて肩書きは、私の本当の力からしたら、全然ショボ過ぎるくらいなのよん」
「自慢話でしたか」
「うふふ、まあね。私ってば超強いし」
 ヘカーティアは笑って言った。
「さて、それじゃあ質問。貴方はこの話を聞いて、どう思った?」
 正直、どうもこうもない。
 ただまあ、ご馳走を召し上がっただけでは面目ない。付き合ってやろう。
「本当にすごいんですね。月の都に喧嘩を売るだけのことはありますよ」
「……私は、地元が好きだって言ったわよね?」
「そんなの別に良いじゃないですか、地獄に女神に栄転できたのだから。こう言えば良いんですか? おめでとうございます」
 本当に何がおかしいのか、ヘカーティアはお腹を抱えて笑い始めた。目尻には涙すら浮かんでいる。
「そんなの別に良い? よくそんなことが言えるわね? あはははっ。しかも、おめでとうございますですって? 傑作だわっ」
「私、面白いこと言いました?」
「もう一声っ、もっと欲しいわ」
「えー、そう言われても」
 そもそも笑えることを言った覚えがないのに。
「さあさあ、もっと貴方のことを見せて。思う存分、踏み躙れ」
 意味は分からないけれど、別に良いか。
 私も、自分の話をするのは楽しいし。
 ふっと息を吐き、自分の考えと自分の境遇を当て嵌めて、自分の意見をまとめていく。この心地良い作業は好きだ。知的思考の感触は、悪くない。
 強大な力。
 地獄の女神への栄転。
 ……困ったな。言うべきことは、言ってしまったけれど。
「おめでとうございます。祝辞以外に、何を送れと?」
「それはもう良いから」
「……まず、力がある。実績も伴った。それに対する、正当な評価の結果、ですよね。だけど、貴方はそれが不満なわけだ」
 ほほう、成る程。そういうことか。
「およん? 貴方にしては良い線ね」
「だから、月の都に手を出したんですね」
「……全然良い線じゃなかった」
 ヘカーティアが何か言っていたけれど、一応は月の都と関わりの残る私の前では、正直に答えるはずもないわよね。しょうがない。
「そう、貴方は月の都を支配することにより、自己顕示欲を満たそうというのです」
「新説ね。そんなこと考えたこともなかった」
「己の負の側面は、誰しも見つめがたいものですよ。いえいえ、責めてるわけじゃないんです。と言うか、責める責めないの次元じゃないですよ。地獄の女神様は、流石に欲求のスケールも大きい。それに、月の都のことなんて、師匠に頼まれでもしない限り、一切合切、私には関係のないことですしね」
 この結論に、私の口元からは思わず微苦笑が漏れた。
 やれやれ、とんでもない方だ。
 月の兎をやめてて良かったわ。
「……私、故郷が好きだって言ったわよね?」
「私も嫌いじゃないですよ、地上。だから滅ぼさないでくださいね? 迷惑ですから。少しは他人の事情も考えてください」
「……………………」
 長い沈黙の後、ヘカーティアは笑い疲れたのか表情を消した。
「頃合いね」
 何がだ。
「答え合わせ、してあげる」
 やれやれとでも言いたげな顔で、ヘカーティア。
 待ってください。やれやれなのはこっちですから。
「はあ、何のです?」
「私が何をしたかったのか」
「あ。それは気になります。貴方のしてることって全く意味が分からないんで」

 そして、かつてなく壮大で自分勝手にも程がある話が始まったのだった。

「正直ね、適当な言い訳で純狐に付き合ってるけど、私は純狐を応援しているだけで、私自身は、復讐とか、よく分かんないのよね。地獄の闇が弱まったとか、言い掛かりも良い所だし。私自身のことも同じ。私は地獄の女神に零落したけど、それでも良いって、これで良いって、そう思ってる。……そうよ、栄転なんかじゃなくて、零落だわ。私はハデスに席を譲ったのではなく、エレボスに席を追われたの。
 だけど別に、そんなのどうだって良いの。地獄のことが嫌いなわけじゃない。ピースちゃんの他にも、私に眷属がたくさんいるのは知られているわよね。ワンちゃん飼ったり、こっち風の言い方だと、エンプーサの子達とか、モルモーの子達とか、エリニウスの三姉妹も私の家族。これでも結構な大所帯、大家族なのよね。
 他にもそう、中世あたりの魔女宗で私のことを奉ってたみたいだけど、本当に手ずから魔女っ娘に魔法の勉強を教えていたこともあるのよ。私の教え子、メディアは可愛かった……だけどあんなことになった。ふざけんな。
 コリントスの王女グラウケーと、彼女を助けようとした父親まで巻き添えにして焼き殺したのは私の魔術。でも、それが何? だから何? 教え子のために、ただそれだけのために地獄に堕とす。それが何だって言うの? 遅いのよ。足りないのよ。結局、私はメディアに請われるまで何もしなかったのに。
 ……そしてね、ふと気付いたの。もしかして、私は自分でも気付かない間に、多くのものを失っていたんじゃないか、って。地獄の女神に零落した。でも、そんなの別に良い。私は何も後悔なんかしてない……本当に? 本当に、それで良いの? 後悔すべきなんじゃないの? 私の力を疎んで地獄へ追いやったオリンポスの連中に、本当に怨みは無いの? 私は、天上から地上に至るまでの全てを地獄へ叩き堕とすくらいのこと、やって当然じゃないの? でも私は何もしないどころか、さして気にもしていなかった。そんな惰弱が許されるの?
 そう考えるようになった切っ掛けは、純狐よ。純粋なあの子を見て、私はふと思ったの。復讐って何なのかなって。冗談みたいよね。復讐の女神エリニウスを手懐けるこの私が復讐って何なのかよく分からないって。ねぇ、怒るって何なのかしら? 衝動に任せて相手を叩きのめすこと? だとしたら、私は全然怒ってなんかいない。
 ……私は結局、この世界を滅ぼしたことなんて無いのよ。結局、私の怒りなんて、全然大したことなくて、たったその程度なんだって、そう思ったわ」
「あのー、スケールが大き過ぎてよく分かんないんですけど。って言うか結局、何なんです?」
 おずおずと手をあげて、私は当然の疑問をぶつける。
 沈黙。足を組み替えた後、ヘカーティアは重い息を吐き出すようにして言う。

「だからね、今日は何がしたかったのかと言うと、試しに怒ってみたかったの」

 とのことだ。
「はぁ」
 言っていることがよく分からなかった。怒りたかった? わざわざ? なんだそれ?
 まあ、意味が分からないのなんていつものことだから別に良いけどね。ただ一つ分かったことは、私がとてつもなく理不尽な目に遭っているということだけだった。
 やれやれ、要するに、いつものことだわ。
 はぁ~、まったくどうして私はこうも苦労性なのかしら?
 内心で嘆息。いつものこと。
「私は貴方に期待していたの。この前、純狐のトラウマ地雷原でタップダンスしながらドヤ顔かました、貴方に。地雷を踏み抜いてドヤ顔とか、最悪よね」
「誰がいつそんなアグレッシブな真似をしたって言うんですっ!?」
 全く身に覚えが無い。他の誰かと間違えているんじゃないか?
「だから今日も、良い感じに私の琴線を踏み躙ってくれるかと思ったんだけど」
 そこまで言うと、ヘカーティアの顔色は曇った。
「私は故郷が好き。それを伝えるために、料理の腕を振るった。私なりに頑張った前振りよ。でも、純狐の時に比べたら前振りが薄かったのかしら……」
「そんなことないですよ、美味しかったです」
「ありがとう。でもダメね……………………軽くキレそうになっただけだった」
 とりあえず、怒らせずに済んだらしい。
「あーあ、また純狐に、貴方はぬるいって言われるわ。ごめんなさいね。試すような真似をして」
「悪いとは思ってるんですね」
「そりゃあね。それと、これだけは言っておくわ」
「何ですか?」
 すっかり疲れ果てて項垂れる私に、ヘカーティアは、ある種の神聖ささえ感じる荘厳な面持ちを向けた。
 まるで英雄に月桂樹の冠を被せる女神のように、静かに告げる。

「こいつ調子乗ってるなぁ世界選手権があったら、貴方は世界一位よん」
「いや嬉しくないですからねっ!? そんなのっ」

 ……はぁ、やれやれだ。
 私の生活には、ロクなことがない。



 余談だが、永遠亭に帰った私の姿を見るなり、姫様は驚いた風に目を見開いた。
「……よく、無事だったわね」
「それはどうも」
 いったい何のことです?
 どきどきヒヤヒヤお食事会。
 なんかあれです、コントみたいなものです。鈴仙、前、前、ヘカ様の顔見て。みたいな。
珈琲味のお湯
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コメント



0.340簡易評価
1.100SPII削除
地雷原を平然と回避する優曇華
てゐの加護かな?
2.80名前が無い程度の能力削除
うどんげダンスをひやひやしながら見てました
3.100佐間削除
食事の描写が鮮明で良かったです。情景が目に浮かんで来ました。
鈴仙とヘカーティアとの組み合わせは珍しくてとても新鮮でした。
4.100南条削除
ぐいぐい行く鈴仙が良かったです
やはりうどんげは調子に乗ってなんぼですね
6.80奇声を発する程度の能力削除
組み合わせも面白く良かったです
7.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです

自分のこと以外本質的に無頓着な鈴仙かわいい
9.100仲村アペンド削除
良い感じにリアルな無神経さ……でもそんなうどんちゃんが好きです。
12.80名前が無い程度の能力削除
ここの鈴仙の周りにいる神様連中は変化球投げてくる様な連中ばっかだから
意外とズバズバとストレート投げてくるヘカーティアが新鮮に感じられた
13.100名前が無い程度の能力削除
営業力がいかに大事かわかる話
だけどこのうどんげはコミュ障だが人間的にはへかーティアより余程好きですね
言葉が足りないくらいで抱く自分の悪意や殺意に相手が気づかって当たり前という自分勝手さを自覚しようともせず、自分のわがままさに付き合わない相手を一方的に上から目線で我儘と断じるようなタイプは嫌いですな
調子のりなハイテンション土着神うさぎ諸共らしく封印でもなんでもされてほしい気がせんでもない
だからうどんげの態度は爽快ですらありました

ただヘカーティアの怒りたかったという気持ちはわかる気もします
うどんげをからっぽと断じる分ヘカーティアも別の部分がからっぽなんでしょう
多分ヘカーティアもそのへんの何かを求めていた気がします


まあいづれにせよ営業や交渉の意識は常にもたないとですね 特に相手の地雷の把握は必須
ただ今回のようにうどんげにとってはヘカーティアは五感の快不快が真逆レベルで未知すぎる相手だからどんなミームをもった相手がいるか そしてそれへの対応法を把握することは人生において絶対に必要だと思います