Coolier - 新生・東方創想話

サナトリウムの選択1 : 信じる者はすくわれる

2017/04/14 00:41:57
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「じゃあ最後に。なぜ剣の道を選んだ? 実家、それなりに裕福だったんだろう?」
「とある剣士の業を見た。一瞬だが、鮮烈でな。自分でもやってみたかった。そんな感じだろう」
「他人事のように言うね」
「人間としての出来が悪くてな。長くやっていると、初めた理由が分らなくなってくる」
「面接では、自分の悪い事とか言わない方がいいぞ。印象悪くなるから」
「では、不採用か」
「いや、個人的なアドバイスさ。それじゃ採用という事で。報酬は提示の通り。詳細は後日。短い間だけど、よろしくな」



チャプター1 : 陽の無い所に煙


 
 たくさんの笑い声と、お料理とお酒のいい匂い。
 エプロンを着けたお姉さんが、笑顔でお皿を運んで回る。
 旧地獄の温泉街。ここは、その中にある居酒屋さんだ。

「だから私、そんなに好きなら買っちゃえばいいじゃん、って言ったの」
「待ってても手には入らないもんねぇ」
「そしたらお燐、私に向かって何て言ったんだろうね!?」
「そこ忘れちゃったのかよ」

 さとり様の知り合いにお手紙を渡しに行くという、超難関お使いをこなした帰り道。
 核まで冷えそうな寒さにお汁粉でも買おうと思ったら、偶然会ったヤマメがお酒を奢ってくれたのだ。ラッキー!

「このお店初めて来たけど、すごく良いね。ヤタ様も食べられたらよかったのに」

 ヤタ様は私と一緒に居る神様だ。
 
 最初は文字通り一心同体だったんだけど、結構不便なんだよね。
 だから力を使わない時は、ヤタ様の目をペンダントにして首から提げている。
 ……目をペンダントにするって、なんか危ない人みたいだなぁ。

『バカ言え。こいつの病気が移るだろ。よく一緒に食えるなお前』
「寄生虫みたいな生活送ってるヤツが、そんな事を気にするかい」

 ペンダントが一瞬熱を持ち、ヤマメは私の胸元を睨んでいる。
 この2人はこの通り、めっちゃ仲が悪い。
 私にはよく分からないけど、あいつを好きな神は居ない、とヤタ様は言っていた。好き嫌いは良くないと思う。

「乳の上に胡坐かいて、いい御身分だよホント。柔肌の玉座はいかがなりや? 太陽神閣下」
『そりゃお前。天国に決まってんだろうがよ』
「いーなー! 私もお空のおっぱいタクシーでユーゴーアウェイしたいよ!」
「酔ってるなぁ」

 今日のヤマメは、いつもの倍は飲んでる。もしパルパルが居たら、とっくに五寸釘が刺さってる頃だ。

「そういえば、最近会って無いかも」
「何が?」
「パルパル」
「あー、私も会って無いな。ていうか、勇儀とキスメにも会ってない。はてさて、どこでナニをシてるのやら」
『地底のクズどもに愛想尽かされるとか……ウンコクズかよお前……』
「黙ってろクソガラス。もしかしたら、例の変質者でも探してるんじゃないかねぇ」

 へんしつしゃって、夜道で服を脱ぐ人だっけ? 暑がりなのかな。

「夜道を1人で歩いていると、刀で斬りつけて去っていくんだと」
「あ、違った」
『辻斬りかよ。流行らねえ真似してやがる』
「ただ、腕の方はサッパリらしいよ。被害者全員、軽い切り傷で済んでるって話さ」
「……そんな事して何か意味あるのかな?」
「さあねぇ。なんせ、変質者のやることだし」

 地底には、ケンカが大好きな妖怪がたくさんいるけど、みんな真っ向勝負で戦っている。
 コソコソして、ちょっとだけ攻撃して逃げちゃうなんて……楽しくはなさそうだなぁ。

「いくらヘタクソでも、放っておくのは気分が悪い。でも逃げ足は一流らしくて、未だに捕まらないんだとさ」
「逃げちゃうって……そんな奴、会ったらすぐ燃やしちゃえばいいじゃん」

 先手必殺! 悪いヤツに遠慮なんかいらないもんね!

「お前さんと一緒にせんでおくれよ。誰も彼もが、太陽に愛されているわけじゃないんだよ」
『脊髄で会話すんなって。いつも言ってるだろ』
「へーいへい」

 やれやれ。みんなフュージョンが足りてないな。

「……さて、そろそろお開きかね」
「えー。もう帰っちゃうの?」
「これ以上呑むと、しばらくここで下働きになっちゃう」
『金無いのに奢ったのかよ』
「き、急だったから持ち合わせが少なかっただけよ」

 じゃあ私が奢るからもっと呑もう! 
 と思ってお金を出そうとしたら、そもそも財布が無かった。
 これ、お汁粉買いに行ってたら恥ずかしい感じになってたね。

「ありがとうヤマメ! おかげで助かったよ!」
「うん? そうかい? ちゃんとお礼を言えて偉いねぇ。ご褒美にスーッとする飴ちゃんを……無いな。落とした」
『締まりの悪い婆さんだな』
「お前さんよか若いわ!」

 お金を払い終わったヤマメと一緒に、お店の外へ。
 やっぱり寒い。ヤタ様と合体してないから余計に寒い。ストッキングとか履いてくればよかった。

「ねーヤタ様。寒いよ、合体しよーよ」
『神の炎をカイロ扱いするな』
「ケチな神様だねぇ。いいじゃないか、それくらい」
『お前な。例えば、雑巾縫うから糸よこせって言われたらどうするよ?』
「ソイツには皮を提供してもらう」
『えげつねえ』

 何やら怖そうな話を聞きながら、太腿を擦る。
 合体はしてくれないらしい。ヤタ様のケチ。

「いーよもう。早く帰って、暖炉の神様にお祈りするんだ」
「帰りは気をつけなよ? 変質者の件もあるし」
「だって、ヘタクソなんでしょ? 私強いし。来てもソッコーで丸焼きだから」
「強者は心配も怠らないものだよ。とにかく、暗い道は避けてお帰り」

 手をヒラつかせて去っていくヤマメ。
 ふふん。心配も恐怖も、太陽には無縁の話。
 弾幕ごっこでは負けたコトあるけど……ケンカなら、核融合も無限大だもんね。

「カラスが鳴くからかーえろ。かあかあ」
『おいおい。そっちは暗いぜ』
「関係ないよ。私達には」







 いやいや、参ったよ。本当に参った。
 死体集めが上手くいって、ホクホク気分で帰ろうとしたら、これだもの。

「いっ……たいなぁ!」
 
 切れたワンピースの袖。その下には、決して浅く無い傷が一筋。
 もしかして、噂の変質者? だとしたら、噂なんて当てにならないね。
 
 ヘタクソ? 冗談じゃない。斬られて初めて、狙われていることに気が付いた。
 逃げ足が一流? それは分らない。まだ、眼の前に居るから。

「どういうつもりだい! 盛ってンならお店行きな! お店!」
「化け物を抱く気にはならんよ」

 まるで、葉の無い大木のような。低く、静かで、艶の無い、男の声。  

「化け物ってそれ、どっちの意味で言ったのかねぇ。とにかく―――」
「すまんが、時間が惜しい」

 右脚に激痛が走り、膝が崩れそうになるのを何とか耐える。
 恐ろしく速い。フェアリー達や怨霊を呼ぶ間が無い。飛んでも、上がる前に斬り落とされかねない。
 痛みと思考で動きが止まり、マズイと思うより早く、刃が腕を切り裂いた。

 ……こうなれば、接近戦に付き合う他はない。化け猫らしく爪を伸ばし、構える。

「好き勝手に刻んでくれちゃって。いくら優しいあたいだって、黙っちゃいないよ」
「では、ここまでにしようか」
「……は?」

 刀を振って血を払い、納刀。

「えーっと、え? 終わり、なの?」
「……もっと斬って欲しかったのか? まあ……物足りなければ、他を当たってくれ」 

 呆れたように呟くと、変質者は道の奥へと去っていった。
 遠くに響く喧騒と、流れ落ちた血と、あたいだけがそこに残った。

「ま、待ちなよ!」

 もうそこに、変質者の姿はない。それでも、あたいは怒りに任せて叫ぶ。

「最後のソレどういう意味だい! まるであたいが、ちょっ、待て! 運ぶぞコラァ!!」







 真っ暗な横道、歓楽街の側、大通り、住宅街、そして旧都の外へ……結局なんのトラブルも無く地霊殿にたどり着いた。
 ほーらね。問題ないったら。

「ただいまー!」
「おかえりなさい。お使いは……無事に済んだようね」

 中に入ると、エントランスでさとりさまが、カピバラ兄さんを撫でていた。

「いーなー。私も撫でて下さい!」
「はいはい。ご苦労様」

 膝をついて、さとりさまに頭を撫でてもらう。あー、幸せ。

「あら、お燐と一緒じゃ無かったのね」
「今日はヤマメと一緒でした」
「そう。あの子の方が先に出たのに、どこで油売ってるのかしら」

 お燐は凄くしっかりしてるんだけど、やっぱ猫だからか、時々ふら~っとどこかに行っちゃうコトがある。
 でも、この寒さで帰ってこないのはちょっと変。やっぱ猫だから、寒い日はソッコーで帰ってくる。

「さとりさま。私探してくるよ」

 エントランスの扉に向かって歩く。
 もしかしたら、転んで泣いてるかもしれないしね。 

「別にいいわよ。そのうち帰ってくるでしょ」
「でも心配だし。私行ってきます!」

 そう言って扉の取っ手を掴もうと手を伸ばしたら。

「ただいまッ!」
「おべッッ!」

 扉の方が、急速接近。
 右半身を思いっきり叩かれて、私の身体が宙を舞う。

「おかえりお燐……貴女、その傷は」
「そうなんですよ! 聞いて下さいよ! ホンット最悪なんですよ!」
「ヤタ様……合体いいかな……? 不逞の火車を、業火を以て裁かんとす……」
『つーか、火車の方が重症っぽくね?』

 上体を起こしてお燐の姿を見る。
 ワンピースがあちこち切れて、黒い染みが出来ている。
 腕と脚には、川のような赤い線。

「見知らぬオッサンにブッた斬られて! しかも変態扱いされて! 理不尽ここに極まれりさ!」 
「ここまで荒れるのも珍しいわね」

 オーラでも纏いそうな勢いで怒鳴り散らすお燐。顔がもうめっちゃ怖い。

「乙女の柔肌をなんだと思ってんだ! この服だって、仕立てたばっかりなのにさぁ……!」
「お、落ち着いてお燐。どうどう」

 そういえば、この服は見たことが無い。お燐はおしゃれさんだから、余計に頭に来てるんだろうな。

「次に会ったら! 頭ねじ切ってオモチャにしてやるッ!!」
『そのナリで暴れんなよ。怖えから』
 
 お燐が地団太を踏むたびに、傷口から血が溢れてくる。
 このくらいで死ぬようなお燐じゃないけど、見ていてちょっとハラハラする。
 
「もしかして、ヤマメが言ってた変質者かな」
『そいつヘタクソだって言って無かったか? にしては、随分やられている気もするが』
 
 お燐は、ケンカはあんまし強く無い。でも、ヘタクソにやられちゃうほど弱いワケでも無い。
 反撃されたら本気出すとか? もしかしたら、噂と関係ない別の人かもしれない。

「それだけ元気なら大丈夫ね」
「さとり様ぁ。もう少し心配してくれても……」
「して欲しければ、大人しくしてなさい。ほら、手当てするから」

 お燐を連れて、お客さんを迎える部屋に入っていく。
 しょんぼりした友人の背中を見て、私は決めた。

「ヤタ様。私達で変質者を退治しちゃおうよ! お燐の仇を討つんだ!」
『いや、正直厳しいわ』

 ため息交じりの即答に、ちょっとだけムッとする。

「どうして? あ、もしかして怖いとか?」
『神の炎ってのはな。超強力なパワーをガンガン生み出せるのが良いトコなワケよ』

 それくらいは知ってる。その力を授かったから、今の私が居るんだもの。

『逆に、小さな炎を生み出すのはすげえ苦手なんだよ。実際に火力を発揮するまで時間もかかるしな』
「別にわざわざ小さくする必要は……」
『デカい火で焼き尽くすのか? 旧都の、狭い路地で』
「……あ」
『変質者の退治と引き換えに、街の一区画が焼野原じゃあ割に合わねえよ』

 むしろ、一区画で済めばマシな方だな。と、ヤタ様は付け加える。
 
「で、でもさ。小さな炎も、できないワケじゃ無いんでしょ? 最初っから準備しておけばさ」
『不意打ち仕掛けて即逃走する用心深い変態だぜ? 俺が奴さんなら、ヤる気満々の奴なんざ絶対マトにしねえよ』
「ぐぬぬ……」
『大体お前、奇襲された後マトモに対処できんの?』
「で、できるもん」
「でも駄目よ」

 いつの間にか、さとりさまが戻って来ていた。お燐の手当て、終わったのかな。

「今は大人しくしていなさい」
「で、でも……」
「火力主義は結構だけど、それは万能ではないのよ。散々言われて耳タコだとは思うけど」

 わざとらしく肩を落として、いつも以上にかったるそうな声。
 実際言われ過ぎて、耳タコどころか、イカすら出来そう。

「とにかく、軽率な行動は控えて。さ、今日はもう寝なさい」

 さとりさまはそう言い残して、階段を昇って行った。ううむ、釘を刺されてしまった。
 あ、お燐は大丈夫かな? お客さんを迎える部屋を、そっと覗いてみる。 
 ……ソファーでめっちゃ寝てた。

「もー。ホントどこでも寝ちゃうんだから」

 お燐は凄くしっかりしてるんだけど、猫だからか、テキトーな場所で寝ちゃう。
 暖炉に火を点けようとしたら、その中で寝てた事もあった。
 慌てて引きずり出して問い詰めたら、暖かくてつい、だって。シャレにならない。

「仕方ないなー。お姉さんな私が、お部屋に連れてってあげよう」

 背中と脚に手を回して、お姫様だっこだ。 

「ウチのお燐は良い火車だ~。死体を攫ってアレやコレ~」

 足で扉を開けて、お燐の部屋へ向かう。 
 お燐の首元に見える包帯が気になって、いつもよりゆっくりと歩く。
 
「ああ~火焔猫~。フ~フフ~ン、フンフフ~ン」
『子守歌のつもりかそれ』
「ダメかな?」
『駄目だろ』

 悪い魔女と仲良くなる為の歌らしいから、子守歌にしても大丈夫なハズだけどなぁ。
 お燐の部屋の扉を足で開けて、ベッドに寝かせる。
 どこか満足げな寝顔と、さっきまでお燐を支えていた手を見比べる。

『どうした?』
「ヤタ様。あのさ」
『何度も言うけどよ。仇討ちは止めとけ。覚りもそう言ってただろうが』
「いや、今日寒いでしょ? お燐を抱っこして寝たら暖かいかなって」
『……怪我人なんだから、勘弁してやんな』
 
 うーん、残念。
 仕方なく自分の部屋に戻って、寝る準備をする。

「あーあ。今日はたくさん仕事して疲れたな。」
『手紙届けた位しか増えてねえだろが』

 しまった、お風呂入るの忘れた……まーいいや。朝イチで入ろう。
 ヤタ様をサイドテーブルに置き、灯りを消して、ベッドに潜り込む。

「ヤタ様。おやすみなさい」
『ああ。良い夢を』

 しぃんと、静まり返る。
 聞こえてくるのは、私の呼吸と、私がもぞもぞと蠢く音だけ。
 
 ……ヤタ様も、さとりさまも、駄目だって言ってた。

 神の炎の、核融合の力がここにあるのに。友達を襲った悪い奴を、見過ごさなきゃいけないなんて。
  
 相性が悪い。場所が悪い。それでも……。







「何を企てているかは、分かった。だが……」
「不満かい?」
「不満というより、不可解だ。労力に対して、効果が微細に過ぎるだろう」
「その微細な効果でさえ、我々にとっては莫大なんだよ」
「くたびれる話だな」
「積み重ねってのは、そういうモノさ」



チャプター2 : 事前準備



「それじゃ、後はよろしくね」
「ダー」

 今日のお仕事はこれでおしまい。
 私と同じように火力管理のお仕事をしている、地獄熊のオブイェクト君に引き継ぎをすませる。
 
「さーてと」

 目指すは旧都。もちろん、変質者を倒すためだ。
 やっぱり、見逃すわけにはいかない。跡形も無く消し飛ばしてやるんだ。

 さとりさまは軽率な行動は控えろ、と言っていた。つまり、前もって準備をしてやればいいってコトなのだ。
 もしや私……天才ではなかろうか……。

 まずは聞き込みだ。わからなかったら人に聞く、っていう名言もあるらしいし。

「というワケなんだけど、おじさん何か知ってる?」
「まずどういうワケかを説明しろや」

 旧都の中心にして、メインストリート。旧地獄街道。
 そこで客引きをしていたおじさんに、まずは聞いてみた。

「ほら、例の変質者、刀で斬りつけてくるヤツ。何か知らないかなーって」
「あー? 知らねえ。チキンのクソ野郎だとは聞いた」
「鳥のウンコって武器が使えるの!?」
「そんな面白い話は聞いたことねえよ」

 うーん駄目だ。次に行こう。

「ねえねえ。変質者の話なんだけど。ウンコが裏路地で妖怪を襲ってるってホント?」
「何それマジウケる」  
 
 こんどはピアスだらけのお兄さん。
 
「つかそれって、裏路地の変態ヤローのことでしょ」
「あ、知ってるの?」
「知り合いが歓楽街で店やってんだけどさぁ。店員襲われたってマジ切れしてたんだよね」

 歓楽街かぁ。さとりさまから行くなって言われてるけど……行っちゃうか。

「ありがとう! 行ってみるね!」
「え、お空ちゃんイクの? じゃあ俺ツイてってあげよっか? あそこガチで危ないしさ」
「大丈夫! なんかあったら全部燃やすから!」
「いやシャレになってねーし!」

 だって本気だからね! 
 大通りを外れて旧都の端へ向かう。
 旧都歓楽街。ヤバそうな気配がプンプンしてる場所だ。

 ここは少しでも本道を外れると真っ暗になる。
 しかも喧嘩や揉め事が日常だから、ちょっと悲鳴が上がるくらいじゃ誰も気にしない。
 誰かを襲うのであれば、きっとピッタリな場所だろう。
 
 唯一知っているお店があるので、そこへ行ってみよう。

「こんにちはー」
「いらっしゃいませ……ああ君か。久しいね」

 受付では、クールなおじさんが暇そうに新聞を読んでいる。コートとステッキが似合いそうな妖怪だけど、えっちなお店の受付だ。
 一度だけ中に入ったことがあるけど、裸のお姉さんがダンスを踊る場所らしい。
 ここの支配人さんに、キミなら天下取れるよ! って誘われたコトもあるけど……流石に恥ずかしいよねぇ。

「君だけで来たのか。こういうのに興味があったとは意外だな」
「違うよ。ちょっと聞きたいことがあるの。最近噂の変質者のコト、何か知らない?」
「私が知っているのは、フード付きの外套で顔が見えず、女性を斬っては逃げる。それくらいだな」

 服の話は初めて聞いたかもしれない。新情報だ!

「顔が分からないのかぁ、うーむ」
「そういえば、こんな所に来た割には随分と静かだな」
「何が?」
「君の神様さ。もうお休みの時間かな?」

 そういえば、さっきからヤタ様が喋らない。
 てっきりお説教してくると思って、言い訳どうしようか考えてたのに。

『寝ちゃいねえよ。特に喋ることが無かっただけだ』
「あ、生きてた」
「面倒ごとにせよ、こういう店にせよ。いいのかい、止めなくて」
『殻も取れねえメスガキなんざ、止められっかよ。最強だよ、実際』
「そうだな。猛進にして妄信。少女ってやつは本当に恐ろしい」
「あのー、そろそろいいッスか?」

 おじさん同士て盛り上がるのはいいけどさ。私の事を置き去りにしないで欲しい。
 
「そうだ、変質者の事だが。耳にする噂には、被害者が反撃したり、逃げるソイツを追う話が一度も出てこない」

 おじさんが思い出したように話をしながら、読んでいた新聞を畳む。

「そして被害者達は一様に、怖くて動けなかったと言っているそうだ」
「それ、どういう意味?」
「荒事に慣れていない妖怪……言ってしまえば、弱い者ばかりを襲っているようだね」
「ますますサイアクじゃん、そいつ」

 ヤマメが言ってた『逃げ足が速い』って、そりゃそうだ。怖くて動けない相手なら、どんなに遅くたって逃げられるもんね。

「弱い者いじめをするか刀使いのチキンうんこ……退治のし甲斐があるね!」
「そんな話に成ってたのか。変質者とはよく言ったものだな」
『ザコ狙い……って、やっぱおかしいな。だったら―――』
「お邪魔しました! また来るね!」

 新情報も手に入ったし、最後に温泉街で聞き込みをしよう。
 
『落ち着きのねえヤツだな』
「モタモタなんてしてられないよ。速さは強さ! 平和鉄則を問うとる!」
『兵は拙速を尊ぶ』

 歓楽街と温泉街は凄く近いので、すぐにたどり着く。
 角を曲ると、細くて長くて、暗い一本道。
 遠くに見える温泉街道の優しい灯りが、一際明るく見える。

 ただ、私は、その手前のモノが気になった。

 街道に向かって暗い道を歩く、小柄で細身な女の人。
 そして、その後ろを歩く、外套を羽織った……。

「ヤタ様、ヤタ様。あれってまさか」
『どうだろうな。外套なんざ、時期的に珍しくもねえ』
 
 でも、明らかに怪しい。
 隠れるように背中を丸めて、辺りを見回しながら、忍び足の早歩き。

 もし、本当に、あいつがそうだとしたら。あの女の人も……。

「おい! そこの怪しいヤツ!」
『あっ、よせこのバカ!』

 女の人は一瞬だけこっちを見て、そのまま小走りで先へ。
 怪しい奴は脚を止めて、後ろを覗き込むようにこっちを見た。

「……乱入とは、余計な事を」

 落ち着いたオジサンの声が返ってくる。
 その一言だけで、只者じゃないと感じられた

「あんたがウワサの変質者でしょ!? お燐の仇を取ってやる!」
「地霊殿の鴉とは、大物だな。だが、相手が誰であれ、私は逃げも隠れもせん」

 さっきまでの怪しい動きが嘘のように、男は堂々と私の方へと向き直った。
 翻る外套の下には、男性らしい色黒のガッシリとした身体と、ムキムキの筋肉が……。 

 え、まって。身体? 筋肉?

 ゆっくりとこちらに近づいてくる男の素性は、暗い夜道でもハッキリとわかった。

「さあ、魅せてやろう。そして観ろ。俺の裸を」

 このオジサン、変質者だ。

『てっ、てめえ! この時期に全裸とか正気か!?』
「いつの時期でも狂気だよ!?」
「どちらでも構わん。己の開放に際して、精神の正負など細事に過ぎない」
『逃げろお空。こいつガチだ。ウズメの姐御が裸踊りした時と同じツラしてやがる』
「そんな変態と神様を一緒に……」

 こういう話をされると、ヤタ様って神様なんだなぁって実感するよね。
 いやいや、そんなコトを考えてる場合じゃ。

「さあもっと良く観ろ。俺を観るんだ! さあ!」

 とうとうポーズをキメ始めた変態を見て、思わず鳥肌が立った。

「後ろに向かって転進ッ!」
「どこへ行く気だ!」
「あんたが居ない場所にだよ!」
『追ってくるんじゃねえ! 気色わりい!』

 ヤバい! あの変態、走るのめっちゃ速い!

『流石に、アレの相手はさせたくねえな……』
「何!? 何の話!?」
『温泉街に出ろ。そんで、俺が言った通りの事を叫べ』

 言われた通り、全力疾走しながら再び温泉街を目指す。
 全裸の気配を背中に感じながら、街灯の元へ飛び出し、切れた息にも構わず叫ぶ。

「たっ、助けて! 歓楽街であの全裸に犯されそうにってナニ言わせんの!?」
「なんだと!?」
「全裸でカチコミたぁいい度胸だ! 歓楽街のクズ野郎が!」
「死んだぞてめえ!」

 あっという間にガラの悪そうな人たちが出てきて、変態を取り囲んだ。

「こうも観客に恵まれるとは。今日は良き日だ」
「なんか言ってるぞ」
「気味が悪いな。とりあえず縛っとこうぜ」
「やだよ、触りたくねえよ……」

 どうやら、後はあの人達が何とかしてくれるようだ。

「凄いねヤタ様。さすが神様」
『でもこのやり方、下手すっと抗争の引き金に成っちまうのがな』
「……全裸の変態おじさんのせいで?」
『戦いのきっかけなんざ、大抵下らねえ理由なもんさ』

 下らな過ぎて、天まで届きそうな勢いだ。こんなんで怪我したら泣くに泣けないよ。
 あ……いまさらだけど、飛べばよかったね。走って損した。

「とりあえず、助かったからいいや……」

 改めて、ここは歓楽街の近くにある温泉街。名前の通り、温泉と宿が沢山並ぶ街だ。
 実は、本当の温泉を使っているお店は何件かしかない。誰も文句言わないけどね。

 早速聞き込み。と言いたいトコロだけど。

「もうなんか、お酒を浴びるように飲みたい気分……」
『……今回ばかりは目を瞑ってやるよ』

 一番近くにあった居酒屋に、何も考えずに入っていく。

「おっちゃんやってるー? 熱燗くださーい」
「らっしぇーい」

 空いていたカウンター席に座り、出来上がりを待つ。

「うう……オッサンの全裸が頭から離れないよぅ」
『災難だったな』
「ほれ、熱燗おまち」
「ありがとー」

 早速一杯、ぐいっとやる。ノドが灼けて、身体の中にも熱が広がる。
 もう一杯、ぐいっとやる。どんどん灼けていく。あったかい。

「おっちゃーん。今度はビールちょうだい」
「あいよ」
『まだ呑み切ってねえだろ』
「どうせ飲むしー」

 熱燗もさっさと飲み干して、出されたビールも一撃で呑み干す。

『情緒の欠片もねえ呑み方だな』
「いーじゃん別に。悪いコトしてるワケじゃないし」
「そうそう。呑み方なんて人それぞれさ」

 突然、誰かが会話に混ざってきた。
 左隣の空席に、知らない男の人が座って、ビール瓶を差し出してきた。

「いい呑みっぷりだね。一つ奢らせてくれよ」
「ホント!? ありがとー!」
『お前なぁ……で、何だお前。なぜ地底に人間が居る?』
「あ、やっぱ分かっちゃうんだ。俺、地上から来た行商なんだよね」

 行商……売り物を持って、あっちこっちに売って回る人たちだ。地底に来てるなんて知らなかったけど。

「売り先は多い方がいいからね。地上だけで売ってる連中を、上手くやれば出し抜けるワケよ」
『命知らずなヤツだ。売れるのか?』
「いや、まだ下調べの段階でね。ここからの頑張りにかかってる」

 お兄さんはビールをグイッと飲み干して、私の方に改めて向き直る。

「ところでお嬢さん、いいトコの妖怪っぽいけど。どちら様?」
「よーくぞ聞いてくれました!」

 いい感じにお酒が回って、テンションも戻ってきたところだ。
 見知らぬ、そして物を知らない地上の人間に、一つ教えてあげないと。

「地底の空を舞う核融合炉! 霊烏路空たぁ私の事さァ!」
「いよっ! 大統領!」
『酔ってんなぁ』

 決まった……いつか機会があると思って、練習しておいてよかった。

「これも何かの縁だろう。もしよければ、地底の事を色々と教えてくれないか?」
「いいよ! ビール奢ってもらったし!」







「真ん中に旧地獄街道があって、この辺に歓楽街と温泉街」
「歓楽街と温泉街が随分近いのは、何か理由が?」
「元々一緒だったんだけど、喧嘩して別れちゃったんだって」

 街について説明したり。

「俺が一番えらい! ってゆう妖怪が沢山いて、ナワバリ争いが凄く複雑らの」
「やり辛そうだ。下調べはじっくりやらないとな」

 妖怪どうしの関係をせつめいしたり。

「お燐は猫れぇ、オブイェクトくんは熊れぇ、フンバルト・ゲーリー・ベンデルさんはカピパラれぇ」
「すまん。最後は何だって?」

 おともだちの話をしたり。

「さとりさまはー。ほとんろ毎日テラスでおちゃ飲むのー」
「ほう、テラスで。いい趣味だな、とても」
「前にこいしさまがぁ『おねえちゃんひきこもりすぎー』っておせっきょうしてぇ」

 ごしゅじんさまのこととか。

「そしたらさとりさまが『テラスは外らからこれはがいひゅつ』とかいってー。さとりさまかしこい!」
「成る程……」
「なにシブい顔してるのー! もっと呑んれー!」







「なぁ、ペンダントおじさん」
『誰がおじさんだ』
「この子も大分出来上がっちまったし、お開きにしたほうがよさそうだ」

 言われるまでもない。
 真っ赤なツラでユラユラと揺れながら、日本酒をチビチビと呑むお空。これ以上は会話になるまい。

「えーなんれーまら呑めるよー? ほらー!」
「それにあれだ。正直、目に毒だ。俺も男なもんでなぁ」
『なんだ。思ったよか紳士だな』

 煽情的な体躯の美人が、服をはだけて泥酔中。ただし中身はバカなガキ。
 こう言っちゃなんだが、よく今まで間違いが起きなかったもんだよ。さっき起きかけたが。

「厄介事はゴメンだ。商売を控えた今は特に。あ、お会計いいスか?」

 外套を着こみ、店員に金を払う商売人。

『帰る前に。変質者の噂は聞いてるか? この街に辻斬りが出てる』
「話だけは聞いてるよ。まあ、俺は裏路地に行かないから縁は無いな」
『……噛んでねえだろうな、お前』
「バカ言え。妖怪だらけの街で、ツテもコネも無いんだぞ。立ってるだけでも危ないってのに、そんなリスク犯せねえよ」
『商売人らしい事を言う。疑ってすまねえな。鴉の戯言だ』
「いいって。気持ちはわかるよ。こんなに可愛い娘さんが居れば、過敏にもなるさ」

 娘じゃねえよ、と訂正する前に、奴はもう戸を開けていた。

 あいつは、怪しい奴ではなさそうだ。むしろ、真っ当な人間に見える。

『おいお空……って、いつの間に寝やがったんだ。起きな、帰るぞ』
「んへへぇ。だーめー。あといちおくジゴワットぉ……」

 だが……真っ当な人間は、何の拠り所も無しに、地底で商売なんて考えねえ。
 リスクがどうのと言っていたが、この地底に来ること自体が致命的なリスクじゃねえか。リターンが得られる確証も、まるで無し。
 
『いい加減帰らねえと、覚りにドヤされるぞ』
「やーだー」
『じゃあ起きろ』
「やーだー」

 仮に、変質者と組んでるとしたら、それも変だ。組む意味がわからねえ。夜の道で不意を打って、雑魚すら狩らねえときた。
 変態共が、歪んだ性癖を満たして回ってる……まあ、それなら分かる。分かりたくは無いが。

『起きねえってんなら、こうだ』
「ん……んー? んおッ!? 熱い! おっぱい熱い!!」
『ほれ。パイが灰になる前に、巣に帰んぞ雛烏』
「わかったから止めてよぉ!」

 性根を隠すのが抜群に上手い悪人か。活動的な変態の片割れか。
 実は俺の考え過ぎで、ただのバカな身の程知らずか。

「カラスが泣くからかーえろ……ねえこれ火傷になってない?」
『熱で赤くなってるだけだ。すぐに引く』

 あるいは狂人か、歪み切った常識人……関わりたくねえ類の連中か。
 何にせよ、あいつが厄災のタネで無い事を祈ろう。

 俺が祈っても、それを聞くヤツが居ねえのが難点だけどな……。







「夜の鳥ぃ、夜の歌ぁ。人はなんちゃら、フンフフーン」
『何だ、その変な歌』
「地上で聞いたの。ここしか覚えてないんだけど」
『それすらうろ覚えじゃねーか』

 さて、今日のお仕事も終わったし……。

「いよいよ、決戦の時!」
『おいおい。もう行く気かよ。聞き込みだって一晩しかやってねえだろ」
「じゅーぶん、じゅーぶん」
『そーかい。ま、傷薬の準備はしとけよな』
「いらないって」
 
 こうしている間にも、友達や知り合いがやられるかもしれないワケだし。
 
「レッツゴー!」
『あー、待て待て。その前に、見た目を何とかしねえと』
「え、なんで?」
『ヤツもお前の事は多分知ってる筈だ。もしヤツがザコ狙いだとしたら、霊烏路空だと分かった時点で姿を見せねえだろ』

 あー、なるほどなー。私めっちゃ強いからね。強いって罪だねぇ。

「ってコトは、弱そうな恰好の方がいいか……刑場跡にボロい服とかあるかな?」
『まあ、なるべく地味な服がいいだろうな』
「ふーむ」

 だとすれば、アレかな。少なくとも、いつもの服とは大分違う。

「コレとか?」
「ああ、いいんじゃないか。ある意味目立ちそうだが」

 和服っぽい上着に、袴っぽいスカート。靴はブーツという混ぜこぜな服だ。

「大勝ローマだっけ」
『大正浪漫な』
「着替えるから待っててね」

 ペンダントを置いて、その上にハンカチを被せる。いくらヤタ様でも、覗きは禁止だ。
 実はほとんど着てなかったから、ちょっと楽しみ。

「やっぱり洋服よりメンドクサイね」
『マシな方だろ』

 いつものリボンも無い方がいいだろうし、髪型も変えたほうが良いかな?
 
『しまった。和装ってことは上着にボタンがねえのか。融合した時どうすっかな』
「その時考えればいいよ」
『でもよ。下手すると痴女にならねえか』

 よし、こんなもんかな。
 ハンカチを取って、ヤタ様にお披露目だ。

「どう? 似合ってる? 三つ編みに、ほら、伊達メガネも」
『髪が多すぎてチョココロネみたいになってんな』
「……ヤタ様って、絶対モテない系の神サマだったでしょ」
『バカ言え。昔はやんごとなき連中が、俺のケツを追っかけたもんよ。爆モテだったわ』
「それジンムトーセーの時でしょ?」

 道案内してたら、そりゃあ着いて来るでしょ。流石に騙されないぞ。

「いいもん。他のみんなに褒めてもらう……あ、そういえば!」
『どうした』
「すっかり忘れてた! お燐に話を聞いてないよ!」

 何しろ実際に襲われた被害者だ。ウワサ話より、もっと大事なコトがわかるかもしれない。

『灯台下暗しとはよく言ったもんだな』
「おりーん! 居るんでしょおりーん!」

 お燐の部屋のドアをボコボコ叩くと、額に青筋を立てたお燐が姿を見せた。
 脚や肩には、まだ包帯が巻かれている。

「うるさいよ! ノックで自分の曲を演奏するな!」
「ごめんごめん。聞きたいことがあってさ。お燐を襲ったヤツって、どんな感じだった?」
「んー? 顔はわからなかったけど、男だろうね。随分と干乾びた声だったよ」

 やっぱりだ。聞いたことの無い話!

『得物は何だった?』
「普通の刀だと思うよ、たぶん。刀を眺めてる場合じゃ無かったしねぇ」
「他には?」
「いや、あたいはそれ位しか分からないなぁ」

 なるほど。
 ひとまず、あの全裸オジサンとは別人みたいで、いろいろと安心した。
 
「そんなこと聞いてどうするのさ」
「え? そりゃ、見かけたらすぐ逃げられるようにね」
「嘘つけ。焼くつもりのクセに」

 な、何故ばれた。

「ソ、ソンナコトシナイヨ」
「まったく。下手に火を振り撒いたって、それを被るのは自分だよ。大人しくしてなって」
「核融合を操る私達が、下手なワケないでしょ? ご安心下さいって」
「そんな事を言ってるから心配で……ちょっとオジサン。あんたも止めておくれよ」
『これでも止めてンだよ』

 マズイ。このままだと、お部屋に閉じ込められかねない。ここは……。

「じゃあお燐。私ちょっとお父さんの娘のお葬式に出るから、じゃあね!」
「あっ、こら! 縁起でもないボケをかますな! その服似合ってるよ!」
『褒めるタイミングおかしくねえ?』
「ありがとー!」

 窓から飛び立ち、テラスでお茶の準備をするさとりさまに手を振って、加速。
 遠ざかるお燐の叫びを聴きながら、ひとまずほっとする。

「やれやれ、お燐は心配性だな」

 旧都は地霊殿と結構近い。飛べばそれこそ一瞬だ。
 ひとまず、旧都の端に降り立つ。

「後は、あの辺の路地をウロウロしてればいいね」

 なるべく大通りを避けて、なるべく大人しく歩く。
 
 特に何事もなく、歓楽街と温泉街の境目辺りにたどり着いた。
 いつもより、暗く静かな気がする。 
 
「……そろそろ、出る場所かな」
『おいお空。今でも遅くねえから帰っとけよ』
「今更なに言ってるの。覚悟キメなよヤタ様」
 
 ヤタ様と喋っていると、ばさばさ、と羽ばたく音が聞こえた。
 少し先の屋根の端に、カラスが一匹。

「こんな時間に? もう夜だよ。お家に帰りなよー」
『お前が言うかよ。しかしあの烏、随分と色艶が―――』

 かあ、とカラスが鳴いて……風が吹いたように感じた。

『―――ッ! 逃げろ!』 
「へっ?」
 
 とっさに身体を後ろに引いた。 

 正面に、今まで無かった人の影。 

 外套を着て、フードを被ってて、刀を持った何者か。

 風を切る音がして、首元に激痛が走った。

「いっ……出たな! 変質者!」 
 
 とっさに拳を突き出すけど、変質者はあっという間に何メートルも飛び退いた。
 不意はうたれたけど、まだまだやれる。さあ、友人の仇を討つときだ!

「ヤタ様! 合体……ヤタ様……?」

 ペンダントを握ろうとしたけど、触れない。服と肌しかない。

『お空! 無事か!?』

 地面の方から声が聞こえる。
 そうか、さっきので紐が……。
 
 でも、拾おうとする前に、ペンダントが蹴っ飛ばされた。
 視界に入る、誰かの足。

「何を……!」
「何もしなくていい」
 
 艶の無い、生気の無い声。右手に握られた刀は、淡い月色に輝いていた。

「お前が妖獣でよかった。俺でも、獲れる」
『そういう事かよ……!』

 何か言おうとしても、声が出ない。
 視界の端がかすんで、後ろに向かって落ちるような感覚。
 ヤタ様の声が遠い。

『逃げろお空! 早く!』

 その感覚に従って、後ずさる。
 
 ヤタ様の声が遠くなる。神の炎が遠ざかる。
 
 何もかもが、遠ざかっていく。  


『そいつの狙いは、最初っからお前だったんだ!』


 月色の切っ先が、私を見た。



チャプター3 : 日の射り



 胸の奥が締め付けられて、喉に何かが込み上げて、身体が勝手に走り出した。
 早く、早く街道に。そう遠くはない、走ればすぐに。

 でも、急に脚が止まって、、何も無いところで思いっきり転んだ。 
 脚を見ると、流れ出る沢山の血。それを見た途端に、脚が痛み始めた。

 何とか立ち上がろうとしたら、眼の前に切っ先。
 咄嗟に首を捻って躱したけど、頬を切られた。

「何もするなと言っただろう」
「う、あ、あんたなんか、ソッコーで焼いて……」
「信じる者は足元を掬われる、か。冗句の定番だが」

 這うように動いて、なんとか突きを避けた。
 今度こそ立ち上がって、翼を開く。

「諦めろ。お前の信じる神は、肝心な時に路傍の石だ」

 でもあいつは容赦なく、腕を、羽を、流れるように刻んでいく。
 悲鳴を上げる間もなく、胸元を掴まれて、壁に叩きつけられる。

 刀の切っ先が、私の喉を狙っている。
 
 逃げなきゃ、避けなきゃ……でも、身体が震えて動かない。

 暗い夜道に遠く灯る、街道の優しい光。

「だ、誰か……」

 暗い夜道に淡く輝く、月色の鋭い刃。

「来るものか。こんな街の、こんな場所に」

 そして。

 暗い夜道に鋭く舞う、白くて、細い―――。

「どうかな?」

 ―――蜘蛛の糸。

 糸が男の腕を絡めとり、あと一息まで迫った切っ先が、動きを止めた。
 刀身と、表情の見えない変質者。その向こう側の屋根の上に、人の影。

「やっ、ヤマメぇ……」
「いやいや、間に合ってよかったよ。後を追って正解だったね」

 背後のヤマメに目もくれず、変質者が苦々しく呟く。

「なぜ邪魔をする。恩を売って、小銭でもせびるつもりか」
「馬鹿言え。美女が野獣に泣かされてるんだ。助けるのに損得なんて、ね」

 へたり込む私から目を離して、今度こそヤマメの方を向く。
 男が軽く刀を振ると、腕に絡んだ糸が飴のように溶けていった。

「退魔の何某か。綺麗なもんだ」

 忌々しそうに月色の刀を睨み、ヤマメが静かに問いかける。

「この子は、地底の有力者がごっそりケツを持ってる。知ってるだろうに。あんた、自殺志願者かい」 
「まあ、そうかもしれんな」

 刀を鞘に納めて、ため息交じりに言葉を続ける。

「不足だが、成果は上げた。今日の所は引かせてもらう」
「逃げる気? 女をここまで血濡れにしといて、ケジメも無しは通らないでしょ」
「その為の、大袈裟な後援だろう。そいつらが、日和見主義者で無い事を祈れ」
「祈るまでもないさ」

 ヤマメが先手を打った。
 瘴気を纏った糸が、変質者を包み込むように捕らえようとする。

 変質者がもう一度、刀を抜いた。
 たった一薙ぎで瘴気が掻き消え、糸が溶ける。
 
「また会おう」

 そう言い残して、あっという間に路地の奥へと消えていった。

「うへぇ、何なんだあの刀。最初から、病気でヤるべきだったかね」

 ヤマメが屋根から降りて、私の所へ向かってくる。

「大丈夫、なワケ無いか。痛かったろう」
「だ、大丈夫だよ……平気だから……」
「無理しなさんな、そんな顔して」
 
 全然止まってくれない涙を、ハンカチで拭ってくれた。

「ひとまず近くの医者に……いや、待てよ」
「どうしたの……?」
「ゴメン。地霊殿まで我慢できるかい? もちろん、おぶってってあげるから」
「う、うん。そ、それより、あの、ヤタ様が……」

 蹴っ飛ばされて、それっきりだ。探そうにも、満足に歩けそうもない。

「んー、あ、居た居た」

 地面に落ちていたペンダントを、ヤマメが拾ってきてくれた。

「後で説教してやるからね」
『……すまねえ』
「ヤタ様は、悪くないよ……」
「とにかく地霊殿に行こうか。何もかも、それからだね」

 ヤマメがおぶって貰って、旧都の上空へと昇る。

「飛ぶのは苦手だけど、なるべく早く行くからね」
「うん、ありがと……」
『お、おい。土蜘蛛』
「なんだい、文句なら聞かないよ」

 私も気が付いた。思わず、息が詰まる。

『地霊殿、煙が出てねえか……?』

 遠くに見える地霊殿から、黒い、煙のような。

「は? 冗談にしちゃタチが……嘘でしょ?」

 どういう事なんだ。どうして地霊殿が?
 いや、そんなことより、あそこに居る皆は?

「やっ、ヤマメ! お願い、早く!」
「あ、ああ。そうだね、揺れるけど、我慢しておくれ!」

 どんどん近づいて来る地霊殿。やっぱり黒い煙だ。間違いない、燃えてるんだ。
 でも、それと同時に、地霊殿の近くに人影が見えた。

「誰かいる……鬼の連中と、勇儀もいるね」
『橋姫と釣瓶のガキも……ああ、覚りと火車も居るな。珍しく恋視も視える』
「ホント!? よ、よかったぁ……」

 勇儀さん達の近くに到着。
 私を降ろしながら、駆け寄ってきた勇儀さんに、ヤマメが大声で話しかける。

「勇儀! 一体何が起きた!? どういう事!?」
「それは私が聞きたいね! それより、お空こそ何があった!?」
「襲われたんだよ! さとりはどこに!?」
「さっきそこに居たんだけど……」

 勇儀さんが辺りを見回す。
 でも、勇儀さんが見つける前に、さとりさまと、こいしさまと、お燐が駆け寄って来た。

「……お空」
「お空! だからあれ程言ったのに!」
「うわぁ、痛そう」

「み、みんな……って、ど、どうしたのそれ!?」

 さとりさまと、こいしさまの服だ。
 焦げているだけじゃない。そのあちこちに穴が空いて、物凄い量の血がついている。

「今の貴方が気にする事じゃないわよ」
「そうそう。気にしない、気にしない。ねっ?」
「気にしな、って、そんな! 地霊殿が燃えてて! さとりさまと、こいしさまが」
「いいから、今は、大人しく」

 さとりさまの、第三の目が、私の目を覗き込む。
 ……なぜか、眠くなってきた。全身が凄く痛いのに、それでも、瞼が重くなっていく。

「実際どうする気だい。消火に使える水なんてないだろう」
「……の際、布切れでも何でもいいから」
「まだ燃え広がっては……から、そこを……」
「ちょっと……早く……このまま……」
「……を……から……」

 安心したから? 疲れてるから? さとりさまの力で? 

 それとも……。

 怖い考えが端っこを掠めて、それでも、瞼は落ちたまま。

 考えてることが、ゆっくりとぼやけていく―――。







「一応、理由を聞いていいかい」
「無駄だからだ。見ろ、もはやこれまでだ」
「……成功報酬はどうする。勿論払うつもりだが、ここでは流石に出せないぞ」
「お前にやる。金ならあって邪魔にはなるまい」
「分かった、分かったよ。あの世に行ってから、後悔したって遅いからな」
「短い間だが、世話になった。行け」



チャプター4 : すくわれる為の条件



「やーれやれ。やっと一服できるってもんだ。火をくれ、火を」
『火事場でタバコってお前……』
「もう消えたんだし。いいでしょ。ヤマメさんは早急な癒しを欲しているのだ」

 てんやわんやの夜が明けて、落ち着きを取り戻した地霊殿前。
 本日最初のタバコに火を点ける。紙巻は手軽に吸えるから好きだ。
 
 まだ作業は続いているけど、まあ、峠は越した。
 いまさら焦る必要もない。休憩はとても大事なのだ。

『実際、どういう事だった。まあ、おおよその察しはつくが』
「みんなの推察の寄せ集めで、よければ言うけど」

 ひっくり返った植木鉢に置かれたペンダントが、ぼんやりと光る。
 頷いたのだと解釈して、話を始める。

「最初に。噂の変質者とお空を襲ったヤツは、同一人物」
『ああ……火車を襲った時点で、気が付くべきだった』

 狭い路地で下手な臆病者を装い、弱い奴だけを狙った辻斬り行為。なのに強者であるお燐をあえて襲い、奇襲を成功させて見せた。
 どれもこれも、お空を閉所へ誘い出す準備だったワケだ。事前にお空の性格を調べていたのだろう。

「で、地霊殿だけど。まず、さとりとこいし」
『そういや、服が穴だらけだったが』
「テラスで茶を飲んでたら、花火か爆竹か……そんな感じの音が聞こえたら、身体に穴が空いたり抉られたり、だそうな」

 攻撃された直後は、かなり深刻な傷だったそうだ。曰く、怪我というより破壊や損壊に近かった、と
 最も、それはもう既に治っている。まあ妖怪だしね。物理的な破壊には強い。
 とはいえ、怪我と不意打ちのせいで、しばらく身動きが取れなかったようだけど。

「そんでまあ、お察しの通り。あの火事は放火だね」
『確定か』
『一階にそれらしい跡がいくつかあったよ。さとり達を攻撃して、その後地霊殿に入って火を放ったんだろうね」
『犯人のツラは?』
「誰も見ていない。さとりとこいしはもちろん、お燐もテラスに向かってたらしいから」

 ペット連中も誰も見ていないようだった。運がいいのか、周到なのか。

『そんであれか。辻斬りと襲撃犯はグルか』
「ご明察」

 最高戦力であろうお空をおびき寄せて、地霊殿と分断し無力化。
 他方、地霊殿のトップを襲撃し、館に火を放つ。

 既に随分とやらかしてくれているが、実は、ここからが最大の問題。

『……で? 何がしたかったんだ?』
「それがわからない」

 そこなんだよなぁ。連中の目的は何だろう、って話。

『地霊殿に恨みでもあったか』
「無いね。もしそうなら、全殺しにするか、攫って嬲る位はするでしょ」

 半端な恨みじゃここまでやらないし、強い怨恨でやったにしてはぬる過ぎる。

「ってなると、やっぱ金目のモノ?」
『だったら火は点けねえだろ。そもそも、何か盗られてたのか?』

 実際、焼失したモノを除けば無事だった。一番ありそうな理由なんだけどなぁ。

『土地はどうだ。この場所が欲しかったとか』
「なら制圧しないのはおかしいでしょうよ」

 それにここは、灼熱地獄跡がある。さとりに管理代行を委任した、是非曲直庁と地上の偉いさんを敵に回しかねない。
 まあ既に回してはいるんだけど。制圧・占拠したとなれば、もはや余命の保証は無いだろう。それを知らない奴なんてどこにも居ない。

「あとは、旧都での地位とか名声かね」
『だとしたら下策が過ぎる。損するか、大損するかしかねえ』

 地霊殿というか、さとりはその能力を以て、抑止力としての役目を担っている。
 ≪あらゆる秘匿を開示できる第三者≫という役目。

 旧都を揺るがすような舐めた真似をやらかしたら、情報を、思考を、記憶を、旧都中にバラ撒かれる……かもしれない。
 それは自身の恥だけでは済まない。苦心して作り上げた組織もコネもシステムも、あっという間に破壊されてしまう……かもしれない。

 これが、抑止力の一つとして機能しているワケだ。

 縄張り争いの絶えない、クズだらけの旧都で、致命的な事態が起きない理由の一つでもある。
 それを、ここまで攻撃した。場末のチンピラから拍手はされるだろう。だが集団の長達からは旧都の敵とみなされ、報いを受けかねない。
 
 だから地霊殿は、今まで本格的な襲撃を受けなかった。そして、だからこそ、妬む者が大勢いる。

「そういう意味では、今回の件は痛い。余計な事をしでかすヤツが居ないといいけど」

 おそらく旧都では、この話題で持ち切りだろう。地霊殿から、黒煙が上がる所を見たヤツも多いはず。
 抑止力が煙を上げている光景を見て、今が好機と一斉におっぱじめられたら困る。例えば、血気盛んで野心に溢れた馬鹿者共。

 一か所、二か所ならともかく、そこら中で始まったら収拾が付かない。
 秩序や統制の概念は、こんな場所でも必要だ。それが失われたら、吹き溜まる事すらできなくなる。

「……まあこういうのって、実際何事も無いパターンも多いし。杞憂だとは思うけどさ」

 これはあくまで最悪の話。別に地霊殿が旧都の命運すべてを握っている訳でもない。
 秩序の崩壊を防ぐ決まり事や試みは、他にもたくさんある。
 心配するに越したことはないけど、心配し過ぎは毒となって、病を呼び込んでしまう。

『これ自体が目的ってのは無しかね』
「ん?」
『地霊殿を攻撃する事そのものが、目的だっていう』
「……それやって、何の得になるの?」
『それがわからない』
「おいおい」

 その場合、旧都に混乱を呼ぶことが目的って事になると思うけど。
 だとしたら、さとりを仕留めそこなった時点でもう失敗している。
 あとは……なんだろ? 嫌がらせにしては手が込み過ぎてるし。

「西洋建築を嫌う日本家屋過激派とか」
『ちょっと有りそうだと思っちまった』

 僅かに乾いた笑いが起きるが、長くは続かない。
 
「……責める気は無いけどさ。お空が襲われた時、何かしらの行動は起こせなかったの?」
『俺がマトモに力を振るえるのは、お空と融合している間だけだ。そういう契約なもんでな』
「契約、か。世知辛いね。神様の世界も」
『俺なんかはマシな方さ』

 会話が途切れ、タバコも切れた。

「さてと。私は一旦帰ろうかね」
『そうか』
「お空のこと、ちゃんと労わってあげなよ? きっと参ってるだろうから」

 あの子は元々、地獄烏の中でも随分と下の方だったらしい。
 さとり曰く、縄張り争いに至る事さえ出来ない程、弱小のグループに居たそうだ。
 そのレベルだと、却って攻撃されない。得られるモノが無いからだ。

 そんなカラスが、神の炎を手に入れた。
 本人の力に加え、背後に古明地がいる。実力者の知人も多い。こうなると、やはり攻撃の対象にならない。失う物が多すぎるからだ。

 恐らくお空は、純粋な殺意を向けられた事がほとんど無い。そして、最強に等しい力を手に入れた後に、あそこまで追い込まれた。
 今回の件、相当な負担に成っているはず。
 
『あ、帰る前に。俺を館の中に入れてくれ』
「それくらい自分でやんな」
『出来ねえから頼んでるんだろうが』
 
 シカト決め込んでもいいんだけど、状況が状況だし、このまま放置はまずいよなぁ。







 見慣れた天井を、ひたすら眺め続けて。それでも何故か飽きないし、動きたくも無い。
 
 目が覚めたら全身包帯でベットの上。起きてすぐ、色んな人から心配されたり怒られたりした。内容は……あんまり覚えてない。 
 それからずーっと、ぼーっとしている。皆きっと、昨日の事で忙しいのに。お仕事も、オブイェクト君に全部任せてしまっている。

 いつもならきっと、飛び出さずには居られないハズなのに、全然動く気にならない。
 いつもならきっと、悔しくて仕方が無いハズなのに、全然そんな気持ちにならない。

 理由は……珍しいことに、もう自分で解っている。

 不意に、ノックの音がした。
 きっと酷くなっている表情をムリヤリ崩して、なるべく明るく、どうぞと言った。

「ごめんね。お休みのところ」

 ヤマメだ。凄く申し訳なさそうな顔をして、片手で拝んでいる。

「大丈夫だよ。どうしたの?」
「忘れ物。ほれ」

 ヤマメが何かを投げた。
 慌てて手を出そうとしたけど、そうする必要も無いほど、丁度いい場所に落ちた。

「あ、ヤタ様」
『数時間ぶりだな』
「要らなかったら捨てていいよ。それと、これも」

 もうひとつ、ヤタ様の隣に落ちたのは……飴ちゃん?

「今度は落とさず持ってきたよ。じゃ、またね」

 静かにドアが閉じて、ヤタ様と2人っきりになる。

『起きれるなら、ひとまずは安心か。いや、正直肝が冷えたぜ』
「もー、心配し過ぎ。私は全然平気だよ。今すぐリベンジに行きたいくらい」
『その前に。吐きてえ弱音があんなら、今のうち吐いときな』

 思わず、呻くような声が漏れた。

「そ、そんなの無いよ。ぜんぜん平気!」
『遠慮すんなよ。神だぞ俺は。仕事の一環みてえなもんだ』
「別に……何も無いし……」
『いいから言っとけ。酒呑み過ぎたらゲロ吐くだろ? アレと同じよ。変な場所でブチまける位なら、便所で吐いてスッキリしようや」

 ……やっぱり、お天道様はお見通しか。

「なんていうか……ヤタ様の力が凄いだけで、私自身は弱いまんまなんだなって。思っちゃって」

 思ったことを、そのまま口にする。何も考えないで、とにかく言葉にしてみる。

「貰った力で強くなった気になって、調子の乗ってボロ負けしてさ」

 神の炎を、たった一振りの刀に切り裂かれた。情けないにもほどがある。

「信じる者は足を掬われるって、アイツ言ってた。自分の事、何となくで信じすぎてたっていうか」

 もしも、ちゃんと大人しくしていたら。みんなも地霊殿も、もしかしたら。

「私なにも出来なくて、あいつに襲われた時だって……私自身がもっと強かったら……とか……」

 そこで、言葉が途切れた。口が動かなくなった。何をどう言っていいのか、自分でもわからなくなった。

『……そうか。でもよ、一番言いてえ事が残ってるんじゃね?』
「……う」
『情けないとか、神がついてるのにとか、言われそうな気がするんだろ?」
「……その」
『自分が体験して感じたソレを、外野に否定されたくねえもんな。何かに負けたような気にもなるし』

 昔、初めて会った時。一度だけ見たヤタ様の姿。

『ここまで俺分かってる的な事言っといて、お前を貶したりなんかしねえよ。ほれ』

 私よりずっと大きな、三本足の大鴉。

「こ……」

 それが、目の前に居るような気がして……。

「怖かったよぉ……」







『落ち着いたか?』
「う、うん。なんかごめんね」
『気にすんな。たかが雛烏の囀りだ』

 あれからヤタ様相手に弱音、文句? なんだろう、よくわからない。
 つまり、自分でも何を言ってるかわからない有様だったんだけど、ヤタ様は全部聞いてくれた。

「スッキリはしたけど……どうしよう」
『アイツをぶっ倒したいんだろ? アレだけ文句垂れたぐれえだし』
「でも……どうすればいいのかな」

 ヤタ様と切り離されただけで、這って逃げる事さえ叶わなかった。私そのものは、昔とほとんど同じだった。

『んー、そうだな……』

 ヤタ様が静かになった。
 貶さないとは言っていたけど、やっぱり少し緊張しながら、ヤタ様の言葉を待つ。

 少し経った後、ヤタ様が言った。

『まずお前がボロ負けした理由だが。お前が強いとか弱いとか、そういうのはあんま関係ねえ』
「へっ?」
『ざっくり言うと準備不足だな。最初の最初に言ったろ。あそこじゃ火力は発揮できねえって』
「だ、だから。私自身がもっと強ければ」
『バカで若い癖に固い脳してんなぁ」
「け、貶さないって言ったのに! 嘘つき! ペテン師! ヤタ様の母ちゃん引きこもり!」
『あ、アマっさんは母ちゃんじゃねえよ! 上司だよ!』

 や、ヤタ様。天照様の事アマっさんって呼ぶんだ……なんか親方っぽい。

『お前、自分で言ってたろ。根拠も無く出来ると信じきってたのがよくねえ。妄信ってヤツだな』

 そういえば、受付のオジサンがそんな事を言っていた気がする。モウシンにしてモウシンだと。

『いいか。信じるから願いが叶うんじゃねえ。叶わせる準備が万全だから信じられるんだよ』
「いやいや、そんなの当たり前じゃん。出来るってわかってるなら、そりゃ信じられるでしょ」
『それが出来なかったから、こうなったんじゃん?』
「うぐ」

 それを言われるとぐうの音もでない。

『人事を尽くして天命を待つ、ってな。入念に準備して、必要なカードを全て揃えて。最後に、積み重ねてきた自分を信じてヤッてやる』
「……それが、信じるってこと?」
『そうだ。だが、動き出す最初の一歩。辿り着く最後の一歩。後は足を出すだけでいい所まで来てるのに、なぜか動けねえってヤツは大勢いる』
「どうして?」
『根拠の無い不安と恐怖だ。もう失敗する方が難しいハズのに不安。理由なんかねえけど何故か怖え。誰にも分らないから、どうしようもねえ』
「じゃあ、どうすればいいの?」
『手前味噌だが、神に祈る。神をダシにして、自分の背中を押してやるんだ。祈ったからきっと大丈夫。唯一、根拠の要らねえ自信だな』

 自分の背中を押すために……。

『だから俺ら神は、神を信じるヤツ……もう祈る事しか出来ねえぐらい、頑張って積み重ねてきたヤツしか救ってやれねえ』
「じゃあ、信じる者は足元を掬われるっていうのは」
『そりゃお前。何かを為そうとすれば、邪魔や障害には必ず遭うだろ。その程度の話よ』

 そもそもジョークだしな。とヤタ様は笑って付け加えた。

『回りくどくなったが、準備の積み重ねが勝利の鍵って話だ。使えるモノは何でも使え。俺に頼るのだって、全然恥じゃねえから』
「そ、そうかな……?」
『むしろ、神の炎をタダで使えてラッキー! ぐらいに思っとけ』
「ええ……いいの?」
『いいんだよ。得た力を使わないまま腐らせるのは、使い方を誤るのと同じくらい良くねえ。遠慮なく山積みにしろ』
「う、うん」
『とにかく人事を尽くし切れば、本当の意味で自分を信じられるさ。それでも怖けりゃ、祈ればいい』
「……ヤタ様に」

 ペンダントを手に取って、首から提げる。

『おう。この八咫烏様に、頼って祈れ。確信を得るほど積み重ね、それを為した自分を信じて、全力でヤツをぶん殴れ』

 胸元に輝くヤタ様の眼を、そっと撫でる。   

『それが出来ている内は、何度足を掬われたって、何度でも救ってやるぜ』

 身体の奥が、熱を帯びたような気がした。







「ああ、今のところは静かだね。少なくとも、大所帯は自制してる」
「そうでないところは?」
「気勢を上げてはいるけど、まあ、それだけさ」

 旧都の中心、旧地獄街道を勇儀と共に歩く。
 地霊殿の一件は旧都中に広まっていたけれど、少なくともこちらでは大事になっていないようだ。

「気に入らない様子だね」
「そりゃそうさ。それほどの腕前を持ったヤツが、セコイ事やってるんだ。私を襲えよ真正面から」

 そんな命知らずもそうそう居ないとは思うけど。

「連中、もう地底を出ちゃったかな」
「パルも年中あそこに居るワケじゃないからねぇ。地霊殿を燃やしてすぐに、地上へ出てしまったかもね」
「だとしたら、どうする?」
「……悔しいけど、地上に出られたらお手上げだ」

 心底悔しそうな顔をして、両手を小さく上げる勇儀。
 私としても納得はいかないけど……。

「ちょっと待ったァ!!」
「誰だ!」
「姿を見せろ!」

 いやまあ、声で分かるんだけど。ここは乗ってあげるのが大人の嗜み。

「地底のそあお……あっ」

 明らかに噛んだらしい抜けた声に続いて、ゆっくりと歩き去る音が聞こえる。

「諦めるなお空! 何度でもやり直せばいいじゃないか!」
「お前の為ならいくらでも待ってやるさ! 私達は大切な仲間なんだから!」
「あの、こんなトコでイイ事言われても困るんで……」

 路地の影から、顔を真っ赤にしたお空がのっそりと出てきた。
 全身の包帯が痛々しいが、ひとまずは安心らしい。

「どうしたんだ。怪我人は大人しくしていないと」
「実は。2人にお願いしたいコトがあって……」
「何だい? 言ってみな?」

 どこか緊張した面持ちのお空が喉を鳴らし、意を決したように声を出した。

「あいつをぶっ倒すの、手伝って欲しいの! お願い!」

 柄にもなく90度のお辞儀をして見せる、神の炎を操る少女。
 私と勇儀は一瞬を顔を見合わせてから、お空の肩に手を添える。

「お空。顔を上げな」
「う、うん」
「手伝って欲しいって言ったな? やっつけて欲しい、ではなく」
「うん。あくまで、手伝いをしてほしい、っていうか」

 なるほど、と勇儀は呟き、盃の酒を飲み干して、お空の両肩をがっしと掴んだ。

「大ッ変! 結構ッッ!!」
「耳がッ!」
「勇儀うるさい!」

 素で陶器を割れるイカれた声量なんだぞ。お空を更に傷物にする気かこのバカは。
 
「そうだよな。やられっぱなしじゃ悔しいもんな。自分の手で殴り倒してやらなくちゃ、なあ?」
「正直、気が滅入って無いか心配だったんだけど。平気だったみたいだね」
「ううん、滅入ってた。ヤタ様のおかげなの」

 嬉しそうにペンダントを撫でるお空だが、当のクソガラスは何も喋らない。
 
「さては照れてるな? 気色悪いのヤツめ」
『違いますー! 喉の調子が悪いだけですー!』
「どこが喉だよ」
「それで、何をして欲しい?」

 お空のお願い。それは、思っていたモノとは随分と違った願いだった。

「……誰も、何もしないで欲しいの。終わるまで、絶対に」







 脳裏に焼き付いて離れない、魂を従えた爺の、あの一閃。

 今思えば、なぜ真似できると思ったのだろう。
 間違いなく人外のそれを、人間としての出来さえ下の下だった俺が。

 何を根拠に信じ続けられたのか、もはや自分にもわからない。
 あるいは、かつてあった確信が、何かと入れ替わってしまっているのか。

 信じる者は巣食われる……のだろうか。
 


チャプター5 : 霊烏の路は



 地霊殿が焼かれてから数日後の夜。
 歓楽街と温泉街の境目辺り。薄暗い路地を、いつもの服で、ゆっくりと歩く。

 街はいつも通りだ。あまりにも、いつも通り過ぎるくらい。
 勇儀さん達に頼んだからだ。見回りの強化とか、そういうのを一切しないように頼んだ。

 もしも私たちの考えが正しければ、きっとアイツは現れる。

『……あらかじめ融合しない理由はわかる。わかるんだがな』
「どうしたの?」
『俺をこの場所に入れとくの。お前的にいいのか……?』

 ヤタ様のペンダントを、今日は首から提げていない。
 前回切られちゃったから、別の場所に移しているのだ。

 すぐに取り出せて、すぐに胸元に合体できて、外からも見えない場所……。

 そう、おっぱいとおっぱいの間である。

「まあペンダントが当たって違和感あるけど、しょうがないし」
『そうじゃなくてな』
「あ! 胸元のボタンはもう開けてるからすぐ出せるよ!」
『お前さぁ、ホントにさぁ、今までナニゴトも無かった幸運に感謝しろよな?』
「え? 何が?」

 よく分からないコトを言うヤタ様は放っておいて、私はまっすぐ前を見て歩く。

『次の角を曲がれば』
「うん」

 こないだ、私が襲われた路地だ。
 薄暗い路地の向こうには、温泉街の暖かい光。
 
 それを遮るように立つ、一つの人影。

 外套を羽織り、刀を提げた男の姿。

「居た……!?」

 きっと、また不意打ちをしてくると思ってた。
 
『今度こそ分からねえな。何がしてえんだ、あの野郎』

 刀を手にして、路の真ん中に堂々と立っている。身動き一つせず、外套だけが風に揺れている。

「街が妙に大人しい……そちらから誘い込むとは、少々意外だったな」
「どうして、来たの? アンタ達のやりたい事は、もう終わったんでしょ?」

 ヤツと地霊殿を襲った奴らが仲間だとして。本当の目的は多分、地霊殿の方にある。
 私をここまでおびき寄せて、怪我をさせて。あの時点でもう、ヤツの方の仕事は終わっていたハズ。
 なのにあの時≪また会おう≫と言っていた。

「確かに、全体的には終わったと言える。だが」

 アイツが刀の柄に手をかけた。月色の光が、ゆっくりと溢れ出てくる。

「俺が受けた依頼は、主戦力の誘引と無力化。お前は未だ、俺の前に立って居る」
「だからそれがもう、やる必要無くない? って話でしょ」
『作戦成功おめでとう。後は幕を引いて、お辞儀をするだけだ……それじゃあ不足かね』
「そうだ」
 
 男が、外套のフードを外した。
 くたびれた雰囲気の男の顔。顔色は土気色で、眼に光は無い。

 そして、その右の頬に、お札が貼られている。よく見れば、身体のあちこちに同じものがあった。
 難しそうな文字が書かれていて、そのほとんどが茶色く変色している。

『……元人間、か』
「正直、快適とは程遠い。偉大だな、定められた寿命という奴は」

 艶も無ければ生気も無い。遠くから聞こえる喧騒にさえ、掻き消されそうな声。

「土蜘蛛の瘴気、払ったつもりだったが……千年以上も延命しておいて、何一つ成せないまま、俺の人生はお終いだ」

 なのに、どうして、こんなにハッキリと聞こえる?

「だからこの依頼、この約束だけは完遂させる。例え無意味であってもだ」
「……何を言っているのか、何がしたいのか。私には全然分かんないけど、どうせやる事は一つだし」

 ペンダントを引っ張り出して、そっと胸元に押し当てる。

「あんたが死ぬ前に、あんたを倒すよ。そう決めたんだから……ヤタ様!」
『おう。やってやろうぜ』

 ペンダントが赤く輝いて、大きくなりながら、胸元に沈んでいく。
 左足に電子が絡みつき、右足には燻銀色の脚甲。そして右腕に六角形の灰色の筒が組みあがっていく。
 最後に白い表地に宇宙を模した裏地のマントを背負う。

「地底を舞う核融合……あれ、ヤタ様。なんかいつもと違くない?」
『ちょっと軽量化をな』

 なるほど確かに。象の脚も、制御棒も、いつもよりずっと軽い。

「さっすがヤタ様! これで」
『来るぞ!』
「おっと!」

 同じ失敗は繰り返さない。大きく飛び退いて斬撃をかわす。
 
「ヤタ様、融合は?」
『もうちょい待て。プラズマの収まりが悪くてな』
「プラポジ気にしてる場合!?」
『結構重要な工程だぞ!?』

 ヤタ様と合体してから、核融合が始まるまでは、少しだけ時間がかかる。
 その間を、どうにかして凌がないといけない。
 
 その間は防御に徹する。攻撃は一切考えない。とにかく防いで避ける。
 やることを絞って、落ち着いて。冷静に、確実に。
 そうすると分かってくる。確かに速いけど、全く見えないワケじゃ無い。

 ヤツの攻撃を、身体を捻って避けて、制御棒ではじく。更に避ける。
 イケるかも? と思ったその矢先、お腹に物凄い衝撃が走った。

「うぐっ!」
『お空!?』
 
 蹴られた? しまった、刀ばっかり気にし過ぎてた。
 思わず身体が前に折れて、よろける。

 滲む視界の先で、ヤツが構えを変えた。突きが来る!

『……よし、いいぞ! 使え!』

 や、やった! 核融合が始まった!

「熱核バイザー!」

 制御棒を構えて、エネルギーを送り込む。
 制御棒の先端を中心に熱の防盾を生み出す。盾とは言うけど、触れたモノは大体溶かせる危険な技だ。

 このまま飛び込んでくれれば良かったけど、ヤツはとっさに踏みとどまって飛び退いた。
 次は多分、対策されちゃうだろうな。

『おい、キメに来るぞ』

 向こうからすれば、いつ敵が増えるかも分からない。いつ私が逃げてしまうかも分からない。
 いつ、死んでしまうかも分からない。

 だから、絶対早く終わらせたいハズ。

「わかってる」

 いよいよだ。無意識の内に、唾を飲み込む。
 
 旧都の薄暗い裏路地は、私が力を発揮できない場所。ここで戦う事は、私にとって嫌な事だ。
 じゃあ、どこなら全力で戦える? アイツが力を発揮できないようにするには?

 アイツが刀を構えて、身体が僅かに沈み込んで、片足が前に出て。
 
 足が地面を踏みしめて、あっという間に距離が縮まり、刃先が私の喉元に―――。 

「―――だあッ!」

 アイツがどんなに達人でも、私を貫くその瞬間だけは、それ以外のコトは絶対出来ない。

 私がどんなに鈍くったって、貫かれるその瞬間だけは、アイツは私の傍に居る。

「……捨て身とは、古臭い真似を」

 刀は僅かに喉を逸れて、首の右側を切り裂いた。
 物凄い量の血が出ているのが分かる。段々と、涙だけじゃすまない痛みが広がっていく。

 ほ、本当は。首に当たらないギリギリに通すつもりだったんだけどな……。
 ちょっとシャレにならない失敗のような……。

 いや、失敗じゃない! だって、捕まえられたんだから!

「まさか、自爆でもするつもりか?」
「するもんか。そんな楽な終わらせ方」

 セルフトカマクでこのまま焼くことも一応考えた。
 でも、下手すると焼ききれないかもしれないし。それこそ自爆にもなりかねない。

「貴様何を企んで」
「キサマじゃなくて霊烏路空! よろしくねオッサン!」
『霊烏の路は空、となれば。やる事なんざ決まってる』
「あんたを、地底の空に連れてってあげる!」

 揺らぐ意識に活を入れて。背中の翼を大きく開き、地底の空へ向けて、一気に上昇する。

『もうちょいだ、もうちょい』
 
 高すぎると地底の天井が。低すぎると旧都が危ない。ちょうどいい高さでないとダメなんだ。

「クソッ、馬鹿力め……離せ!」
「言われなくても」
『今だ!』
「そうするよっ!」

 抱えていた男を、宙に向けて思いっきりブン投げる。
 
 そして直ぐに左手を掲げる。スペルカードを構築し、それを引っ掴む。

 掴んだカードは、2枚。

『……制限基準設定を削除。ギリギリまで行くぞ』
「『サブタレイニアンサン』!」

 出力の急上昇を告げる、警告アラートが鳴り響く。
 私を中心に強力な重力を発生させて、まずは、吹っ飛んだアイツをもう一度引き寄せる。

 遠くに見える男は、空中で引力に対抗しているように見える。
 多分アイツは飛べない、っていう予想は外れたみたい。まあどちらにしろ、アイツはもう、自由に動けない。

「爆符『ペタフレア』!」

 続いて、2枚目を開放。
 もう一度アラートが鳴り響き、制御棒にエネルギーが充填されていく。

 自由に力を出せる場所で、自由に動けない相手を撃つ。
 これ以上の勝ち目は作れない。
 
 だから、意地でもどうにかしてやるんだ。

『そろそろ撃てるぞ。おい、大丈夫か』 
「全ッ然余裕!」

 いつもの倍以上の出力を発揮しているから、物凄い熱が出ている。
 肌と内臓を同時に焼かれているような感覚。
 
 でも大丈夫、私にはヤタ様がついている。今の私なら、きっとやれる。

 ヤタ様、どうか、私にご加護を!

『お空、いいぞ! やってやれ!』
「消し飛ばす! 身も心も、端切れだって残すもんか!」

 灼けつくような熱量で歪む、空間の向こう側。アイツの顔を睨みつける。

 陽炎で揺らめく、死んだように濁った眼。

 それが一瞬、光を取り戻したように見えた。  






 
 俺はここで死ぬ。炎に焼かれるか、瘴気で朽ちるかの二択しかない。

 名も知らない爺が放った、あの一閃を真似する為に生きてきた。
 
 例えそれが、巣食われて、変質した思いがさせたのだとしても、俺の選択には違いない。

 選んだ以上は、やってみせる。死んでも成功させてやる。 


「獄界剣―――」


 核を、斬る。



チャプター6:核断刀


 
 無数に放った火球の群れ。閃光と爆炎が作る、何重もの壁。

 それが、ばっくりと割れた。
 
 思わず仰け反る。けど、それ以上は何も起こらなかった。

 靡く外套は見当たらない。月色の刀はやってこない。多分、アイツは燃え尽きた。

「……勝っ、た。かな?」

 熱を帯びた地底の空。私達以外には誰も居ない。
 
「よ、よぉー、っしゃあ」

 万歳三唱をキメたい所だけど、そんな気にはならなかった。
 なんせ、熱い。サウナの中で冬服と毛布を纏っているみたいな……そんな味わった事の無い熱を身体に感じている。

「うへぁ……ねえヤタ様、なんか」
『融合停止。そりゃそうか、クソッタレ。お空、両手を上げろ。万歳だ、ゆっくりとな』
「ええ~? 確かに勝ったけど、今ちょっとそんな気分じゃ」
『いいから早くしろ! 急げ!』
「え、どっち?」

 珍しく焦るヤタ様を不思議に思いつつ、言われた通り、そおっと両手を上げる。

「ばんざぁい」
『フェアリング展開。制御棒を強制排出』

 すると、制御棒の右側のパネルが大きく開いた。そこから、真っ赤に赤熱したドロドロの何かが滑り落ちていった。

「うわっ、なにアレ」
『制御棒だよ』
「え? じゃあ右手のこれは?」
『制御棒を納める空力外殻と構造体。フェアリングとフレームだ。実際の仕事はあの金属棒がやってんだよ』
「へぇ~知らなかっ……それがドロドロに溶けてたって、ヤバくない?」
『まあアレは補助制御用で、溶けても制御不能までには至らないが……お前の右手はヤバかったかもしれん』
「ええ……」

 思わず手を見る。ちょっと火傷っぽくなってるけど、ちゃんと手の形をしている。セーフセーフ。
 それにしても、手の近くで金属が溶けてたとか……なんか、こんどは寒気がし始めたよ。
 
『だがなお空。今のお前はまだヤバい。ゆっくり地表に降りろ。いいか、ゆっくりとだ』
「ええ~? このまま地霊殿に飛んで帰ろうよ。大勝利を皆に伝えないと」
『お、お前何を馬鹿な。いくらお前でも、その出血はシャレにならねーぞ!』
「しゅっけつ?」

 そういえば、と自分の右肩を見る。

 真っ赤だ。

 とっさに、首の右側に手を当てた。
 物凄い痛み。すぐに離して、その手を見る……真っ赤だ。

「あ、な、なんか。なんか、段々痛くなって」
『お空。落ち着け。ゆっくり降りろ。ああクソ、言わなきゃよかったか』
「熱いのに寒いし、痛くて気持ち悪くて、世界がボヤボヤのグルグルの」
『頼む。いい子だから、もうちょい踏ん張ってくれ……おい! 目ェ開けろ!』

 ゆっくりと暗くなっていく世界の中で。

「おーい! お空!」
「その様子だと、勝ったみたいだね! オールクリアおめでとう!」
『お前ら手伝え! このままだとコイツ、人生のエンディングにイッちまう!』

 また怪我して気絶するのかと、他人事のように考えていた。

「ちょ、ちょっと……血の量が……」
「医者だ! 急……よ!」
『……お……平気……』
「露払いは……れていけるよ……」

 でも、前みたいに怖くない。
 きっと私は目が覚めると言い切れる。 

『お空、よくやった。最高にクールだぜ、お前』

 嬉しそうなヤタ様の声と一緒に、考えてることが、ゆっくりとぼやけていく―――。

 

チャプター7:新しい朝が来る


  
「おはよーさん。元気してる?」
「ヤマメ! いらっしゃい!」
 
 お空が勝利を納めて三日後の今日。
 林檎と飴ちゃんを抱えてお見舞いにやって来た。

 全身が信じられない程に発熱し、裂けた首から血が溢れ、顔色は土のソレ。
 生きていて本当に良かった。後遺症の類も無いらしい。それに、どうやら今度こそ元気の様だ。 

 ただ、気になる点が一つだけ。

「……お空。首の包帯はわかるけど、なんで顔にも色々貼ってるの?」
「あー、まあ、その。皆サマにはご迷惑をおかけシマシタ、的な」
『コイツ。心配され過ぎてボコられてやんの。マジウケる』

 お空とクソガラスが言うには、さとり達の愛のムチらしい。

「さとりさまは、ほっぺ死ぬほど引っ張るし。お燐なんか二度もぶったし。私ちゃんと勝ったのに!」
『恋視に至ってはハリセンで引っ叩いて、流れで何となく、とか言ってたからな。アイツが一番ヒデェわ』
「愛されてるなぁ」

 半べそで無茶を叱る姿が目に浮かぶ。
 私や勇儀だって血の気が引いたくらいだ。さとり達にしてみれば、まさしく修羅場だったろう。

「ちょうどいいや。二人に聞きたいことがあって」
「ほう」
『なんだよ』
「アイツらはどうして、私と地霊殿を襲ったの?」

 きてしまったか。その質問。
 なるべく触れないようにしたかったんだけど。
 机の上のクソガラスも、どこかバツの悪そうな光を湛えている。

「ねえ、どうして?」

 かといって、隠すのも良くない。あれほど頑張ったお空に、その原因は秘密だなんてあんまりだろう。

「教えてよー。もったいぶらないでさー」
 
 覚悟を決めて、導き出した答えを伝える。
 偶然にも揃った私とクソガラスの声が、お空の部屋に静かに響く。

「『それがわからない』」

 シン、と静寂が訪れる。僅かな間の後、お空が口を開く。

「……いくらヤマメとヤタ様でも、あんまし馬鹿にすると怒るよ。ねえ、なんなの? 早く言ってよ。早く」

 能面のような表情と、無機的な声音。思わず背筋がピンと伸びて、声が裏返る。

「い、いや、待って。違う。そうじゃないから」
『マジで解らねえんだ。これは旧地獄跡管理事務所としての見解なんだよ。馬鹿にしてるワケじゃねえの』

 旧地獄跡管理事務所。誰も呼ばないけど、つまり地霊殿の事だ。
 
 今回の件は、地霊殿が襲撃された、っていう話なワケだけど。
 是非曲直庁管下の施設。そして同施設の委託管理人が襲撃された。という事でもある。
 
 上に報告するかどうかはさとり次第だけど、どちらにしろ、きちんとした形で纏めておく必要がある。
だからさっきの答えは、よく解らないです、ではなく、襲撃の目的は不明という見解。
 
 何が言いたいかっていうと、適当な答えでは無いのだ、っていう話。

「そ、そうなんだ。ごめんなさい」
「いやいや。気にしなくていいよ」

 しかしなんだ。お空の無表情と平坦な声は、迫力があるね。こういう怒り方は滅多にしないから、余計に凄味が。

「……物好きにはたまらないだろうね」
「なにが?」
「いやなんでも」

 さて。暴威は過ぎ去り、脅威は排除され、誰も死なずに済んだ。
 旧都も地霊殿も、以前のような暢気な毎日に戻っている。
 
 残った問題は2つ。

 なぜ、地霊殿を襲撃しかしなかったのか、という点。
 
 そしてもう一つ。

『ところでよ。頼んどいたヤツ、見つかったか?』
「ああ、駄目だったよ。借りてたらしい部屋はもぬけの殻。アレ以降、誰も姿を見ていないって」
『……そうか』
「今度はなんなの?」
『怪しいヤツの当てがあったんだが、空振りだったらしい』
「ふーん」

 お空が居酒屋で一緒に呑んだ、人間の商人。そいつが、襲撃の前後で姿を消している。

 地上に帰った時期が重なったってだけかもしれない。クソガラスが過敏になっているだけかもしれない。
 だけど、得体のしれない気持ちの悪さが、纏わりついて離れない。







「失礼しまーす」

 いつもの様に呼び出され、さとり様の部屋に入る。

「ああ、お燐。ちょっとお使いに行って欲しいの」
「はい。何を買うんですか?」
「買い物じゃなくて……まあ、届け物かしらね」

 そう言って渡されたのは、ちょうど両手くらいの大きさの包みだ。

「これは」
「油揚げとマタタビ」

 どういう事だろう。キツネとネコでも、新たに迎え入れるのかな。

「ちょっと惜しいわね」
「と、言いますと」
「賢者の右腕を、地上に呼びに行って来て。呼び方はメモして渡すから」
  
 確か、八雲藍、だっけ? 賢そうな狐のお姉さんで、尻尾が凄い。触るだけで天国だったなぁ。

「こないだの襲撃の件で、ってコトですかね」
「そうよ。もし途中で是非局直庁の連中に会ったら、テキトーに誤魔化しといて」
「は、はあ」
「あと紙巻タバコも買ってきて」
「それは駄目です」
「えー」

 いつになく難しそうな顔をしているさとり様。
 あんな事があっては当然だけど。

 地上にお使い、か。ここ最近行って無かったな。
 そういえば、襲撃犯は地上に逃げたかもしれないって勇儀姐さんが言ってた。

 アイツらは今、何をしているんだろう。

 勝利の美酒に酔っているのだろうか? 


 あるいは、もしかしたら。地上でも……。
こんにちは。もしくは初めまして。もふもリストです。

サナトリウムの選択 : 信じる者はすくわれる。いかがでしたでしょうか。
いつもと違った雰囲気を試してみております。

3部作予定ではありますが、それぞれ単独で読める作品になるように書ければと思います。

至らない点がありましたら、遠慮なく仰っていただければと思います。
それでは、最後までお読み頂き、ありがとうございました。
もふもリスト
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コメント



0.60簡易評価
2.80怠惰流波削除
筋書きが王道で、一ページだけさらっと読むつもりがするすると引き込まれてました。それもこれもヤタ様のせい。ヤタ様かっこいい。
オリジナルキャラは毛嫌いしてしまいがちなんですが、どうしてか彼の人とお空の掛け合いは軽妙で、ツボにくるものがありました。散りばめられたユーモアも大変結構。
続きも待ってます
3.60名前が無い程度の能力削除
友がきられてるのに取り乱して引くとかなんか頭おかしい
とはいえ面白かったです
5.70名前が無い程度の能力削除
面白い
ヤタ様のキャラも良い
なのに読み口が重い気がする
読み進めるのが億劫になるというか何というか
気がするってくらいなんで明確にどこが、何が重いのかとかはよく分からないのですが(無責任)
6.80ノノノ削除
久しぶりにわくわくするSSを読んだ気がします。面白かったです。
ヤタ様をもっとみたいので、続きをなにとぞ……。
7.90名前が無い程度の能力削除
中盤でヤマメが助けに来るところがちょっと唐突な感じがしました。
あとお話の構成上、味わいというには冗長すぎるかなと思う部分が多かったような気もします。おそらく、削ろうと思えば三分の二くらいまで圧縮できそう。

話そのものは大変面白くて、一息にで最後まで読めました。
お空のキャラがとても好きです。オリジナルキャラも嫌味な感じが少なくて、自然に原作キャラ達の中に溶け込めていたのではないかと。