Coolier - 新生・東方創想話

小悪魔日記 第11話 Project BITTER CHOCOLAT

2016/12/22 18:24:22
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 一寸先さえ見えぬ判らぬ、赤黒い闇の中を歩いている。

   *

 いけどもいけども続くのは、昏くて深い闇の路───

 つまるところ、不必要にだだっ広いお屋敷のこれまた無駄に長い廊下を私は歩いておりました。

 変わり映えのしない闇の路に、ついあくびがこぼれてしまいます。このお屋敷、窓が少ないのと(あってもほとんどが飾り窓)住人が視界の確保に光を必要としないせいで照明器具の類が設置されていないのとで内部は常にドス暗く、しかも内装にいたっては壁はおろか絨毯から天井にいたるまで赤一色で統一されているという悪趣味具合ときたもので、足元から伝わる上等な絨毯による“ふかふか”の感触がなければ積悪の報いで閻魔様に引導渡され暗闇地獄(そんなもんがあるのかはさておいて)にでも叩き堕とされたと勘違いしかねない有り様です。

 頭蓋骨の内側に詰まったものが正常に稼働していらっしゃる方なら、足を踏み入れるどころか迷うことなく回れ右をするであろう、不気味の館の不気味の廊下をさらに10数分ばかり歩くと、上と横の端っこがお屋敷の果てなき闇に溶け込んで見えぬほどに巨大な青銅製の扉の前にたどり着きました。廊下の高さ広さと《扉》の大きさが一致しないことに矛盾を感じるかもしれませんが、そこは無視しておくがよろしい。仮にも《魔法使いの弟子》たるものがそんな瑣末な事にこだわっていては3日もしない内に気鬱の病をこじらせる。

 まるで巨人が出入りするために作られたような扉には不釣り合いなほど小さな黄金のプレートが埋め込まれており、そこにはこのように刻まれておりました。

『邪悪なる魔法使い、パチュリー・ノーレッジの図書館
   * *受付時間 午後9時~午前3時 * *
      現在、パチュリーは*在室中』

 自分で邪悪云々と言ってりゃ世話ありませんが、これもこの《お部屋》の主なりの冗談というわけです。あの方の正体をほんの“さわり”だけでもご存じの方なら笑えない冗談だと吐き捨てたのは疑いようありませんでしょうけれど(もっとも、何がそんなにツボにはまったのかお屋敷の主にゃ大ウケで、これを見たお嬢様はドアの前でお腹を抱えて爆笑していたものでしたが)。

 洒落たデザインをした真鍮製のドアノッカーを叩いて《扉》を押せば、でかい見てくれとは裏腹にほんの僅かな軋みさえなくそれは開いていく。さながら獲物を待ち構える巨獣の顎のような扉をくぐり、その先にあるこれまた果ての見えないほどに巨大な書架が数え切れぬほど並んだ書物の山脈を突っ切りながら、私は近頃お気に入りの伊達眼鏡───より正確には眼鏡の形をしたHUD(ヘッドアップディスプレイ)式の端末へと視線入力を行いました。行先の座標を確認した私は《移動》のための呪文を口ずさむ。アジャラカモクレン、テクマクマヤコン、テケレッツのパー。

 創意工夫を屑籠にでも叩き込んだがごときいい加減な呪文が響き、空を渡ってこの《図書館》の主の元へとひとっ飛び。今日の“お勤め”を終えて帰還した私を無味乾燥な声が出迎えてくれました。

「おかえりなさい」

 知識の城塞に“ぽつん”と置かれた、石造りの椅子に腰掛ける《図書館》の主にして我が主は、手にしていた書籍に目を通したままこちらを“ちらり”と見ることもなく、2、3度ばかりの空咳をしてから厭味くさく唇を歪めてみせました。

「今日も今日とてワガママお嬢の相手ごくろうさん。もし“ここ”を馘になったら餓鬼共相手の教師にでも鞍替えしてみちゃどうだ」

 ああ、そいつは悪くない。ついこの間観た、ごつい刑事が幼稚園にもぐり込む映画みたいに存外うまくいくかもしれません。戻って早々の皮肉をウィンクと軽口でいなした私は首元に手をやり、ワインレッドのシルクタイを緩めるのでした。

 それにしても、ここに来た当時から思ってたことがあるのですがね。一息ついて脱いだジャケットを専用の隔離空間に放り込み、ついでにブラウスのボタンも2つばかり外して楽なスタイルになった私はパチュリー様にかねてからの疑問を訊ねてみました。このお屋敷はなんだってこんなお目々と心に悪い色合いしてんでしょうかね。

「なにを言うのかと思えばつまらんことを」

 決まっとろうが、そんなもん。パチュリー様はできの悪い生徒へ方程式の解法を教える教師のような口調でお答えくださいました。

「家主が赤い色が大好きなやつだからじゃないの」

 まあ、そうなんでしょうね。身も蓋もない返答に肩をすくめると、その拍子に眼鏡が少しずれたので“つる”に手をやり位置を直しておきます。それを見たパチュリー様の皮肉に歪む口の端がさらに吊り上がったようでした。

「そんな玩具を使うくらいなら、さっさと身体に補助電脳でも埋め込んでしまえばよかろうが」

 ありがたいご忠告ですが、その予定は今のところありませんね。曖昧な微笑みとともに私が“やんわり”とした拒否を返すも、パチュリー様には鼻で笑われるばかり。

「ふむ、けちな悪魔の分際で古の碩学よろしく己が尊厳は生まれ持った我が身にのみ宿ると。ご高説と云うべきだ」

 まさか。単純に、まだ自分の身体にそこまでの見切りをつけられそうにないってだけのことで。あるいはこの未練も、いま少しの時間が経てば風化してしまうのかもしれませんが。

「そんな益体もない娑婆っ気と縁が切れんから、あなたいつまで経っても頭の『小』の字が取れんのよ」

 でしょうね。言わずもがなの厭味にもはや、思うところもありゃしない。気の抜けたような相槌打った私は近くのソファ(私が持ち込んだ私物のひとつ)へ身を投げた。

   *

 パチュリー様の親友というお方との邂逅からすでに数年が経っておりました。

 それに伴い新大陸における“ねぐら”や資産のほとんどを処分して海を渡った私らは、現在、件のご友人───先程から“お嬢様”とお呼びしている方のお屋敷に居候をさせていただいているのでした。先にも述べたとおり無駄に豪華で無意味に広くて、その規模はむしろ城館(シャトー)というべきお屋敷なので、多少の出世をしてみたとていっかな頭の『小』の字が取れぬ小市民的悪魔にはちと居心地が悪いのが玉に瑕。

 そんなお屋敷の主たるお嬢様を一言で表すなら、とても“おっかない”方です。それ以外に言い様はありません。どれくらいおっかないかといえば、用がないなら近寄りたくはないし近寄ってもほしくないくらいのおっかなさです(初対面のときから身に沁みていたことではありますが)。見た目こそかつてパチュリー様も評されたように息を呑むほど愛くるしい、それこそ生まれを間違えた天使のように可憐で可愛らしいお方なのですが、そんな寝惚けた感想なんざ本人に一瞥くれられれば月の裏まで吹っ飛んで、彼の地にて兎がついてる餅と一緒にこねくり回されちまうこと請け合いでしょう。あと“いいとこ”のお嬢様のくせに食餌が汚いのはどうにかした方がいい。怖くてとても言えないけれど。

 お嬢様が復活され、そのお姿をはじめて拝見した日のことは今も私の瞼と脳裏に焼き付いて離れません。

 こちらのお屋敷に居候するようになってからしばらくの後、パチュリー様が予見していた通りにお嬢様は“けろり”としたお顔でお屋敷の門をくぐられました。
 月光を受けて揺らめく銀紗の髪にも真珠の光沢さえも及ばぬ玉肌にも微塵の瑕疵さえ見当たらせず、静かに降り注ぐ月と星との煌めきが織りなし産まれた夜闇の聖霊のごとき永遠に幼い麗人は、出迎えたパチュリー様としばしの間見つめ合ったのち重力の軛なぞ感じさせぬ足取りで歩み寄り、月明かりだけが照らす夜空の下でお互いの温もりと思いの丈を伝え合うような抱擁を交わされたのでした。

 無論、一昔くらい前に大流行りした美男美女が主演を張ってる以外に何の見どころもない軽薄な恋愛映画のエンディングばりに麗しい光景も一瞬のこと。

 直後、文字通りの“瞬き一つ”の後に、ショベルカーに抱きすくめられてもへっちゃらなはずのパチュリー様のお身体が月光の重みさえも支えきれなさそうな細腕によってボール紙のように“ひしゃげ”、溢れ零れた水銀の血液が星の瞬きと夜気を触媒にした魔法でもって超高層ビルディングさえ数分で倒壊させるほどの溶解液と化してお嬢様に降りそそぎその身を“ぐずぐず”に溶かしたりといった大惨事になったのでした。

 それから半刻ほどに及ぶ手足を引っこ抜く臓物を撒き散らす頭を吹き飛ばす等々の目を覆わんばかりな“どつきあい”───本人たち曰くところの親友同士による微笑ましい“じゃれあい”───を目の当たりにしたお陰でしばらくの間ご飯が不味く感じる羽目になりました。そりゃあ目ン玉にもお脳ミソにも、頑固な油汚れよろしくこびりつくことでしょうさ。

 なお、『お嬢様』というからにはお屋敷の『旦那様』乃至その『奥方様』もいらっしゃるはずなのですが、少なくともお屋敷に連れて来られてからこっち、それに類する影を見かけたことはありませんでした。

「言われてみりゃあ、私も拝んだことがないわね」

 あれの家族構成なんぞにゃ微塵の興味もなかったから、どうでもいいことだったけど。お友達のご家族のことにさえ、相も変わらぬ無関心をつらぬくご主人様です。

「それ以前にあれがどこぞの女の腹なり股座なりからひり出てきたなんて想像もつかんだろが」

 それは確かに。悪魔だの妖怪だのなんてもんはコウノトリやキャベツ畑よりそこらの木の股から生えてきたと言われたほうが説得力がありそうですし、かくいう私にしてからが自分を認識したその時には今と大して変わらん容姿思考で存在していたわけで。

「さしずめ、あいつの場合は毒の沼地から湧いて出たといったところかしら」

 仮にも親友相手だというのに酷い言い様だとは思ったものの口に出しては何も言わず、代わりにふと気になったことを聞いてみました。そう言うパチュリー様はどのようなお生まれだったのでしょうね。

「気になる?」

 まあ、それなりには……もし聞いたとしたら、話していただけるんで?

「構わんよ。ちょっと長くなるからそれでも良いなら、だけど」

 じゃあいいです。私のつれない返答に気を悪くした風もなく、パチュリー様はふと話のネタを思い出したようにおっしゃいました。

「そういえばあいつ、あなたの事を褒めていたわ。見所はないが見ているだけなら面白いとさ」

 へぇ、さいですか。私が気のない風に相槌を打つとパチュリー様は器用に方眉を上げてみせました。

「あら、嬉しくなさそうね」

 そりゃそうでしょうさ。こちとらからしてみりゃいい迷惑、とまでは言いませんが私ごときは路傍の石みたいなもんとして放っといていただきたいので。照れ隠しでもなんでもなく、それが私の本心でした。兎やネズミが猛獣にどれほど好意的に思われたとてそれが一体、何の足しになるというのか。お腹が減るなりあるいは何かの気紛れなりでいきなり“ぺろり”とやられるかも知れぬとおもえば生きた心地がしやしない。

「それはいえる。私もずいぶんと過去に、ちょいと味が気になったとかいう理由でいきなり首っ玉を半分ばかり“かじられ”た記憶があるし」

 返礼として喰いちぎられた血肉を胃袋の中で焼夷剤に変化させ、ローストヴァンパイアにして差し上げたのだそうです。聞きたくもない昔話に顔をしかめた私は思わず自分の首根っこをに手をやりました。

「安心なさい。あいつはゲテモノ趣味ではあっても悪食ってわけじゃあない、どれだけ腹を空かせようが物陰で蠢くネズミに“かぶりつく”ようなマネはせんよ」

 よほど癇に障るような真似さえしなけりゃ、首と胴体が泣き別れてなこともなかろうさ。無二の親友が相手なら情けも容赦もへったくれもなく“がぶり”とやられるのですか。しかしパチュリー様はそのようにおっしゃいますが、でしたら初対面の時のあれは一体なんだったというのでしょうか。

「なんだ、初っ端でやられたことをいまだに根に持っとるんかい」

 ちょっとした餓鬼のいたずら程度のもんだろうが、あんなもん。魔女の肩書に相応しい、毒と蠱惑に満ちた流し目を向けられた私がついキャンディと間違えて苦虫でも口に放り込んだような顔をしたとしても致し方なし。その“ちょっとした”程度のことで、あわや命か魂のどちらかあるいは両方をドブに捨てかける羽目になった身としては、笑って済ませられんのですがね。

「笑って済ませなさい。どうせあいつはそんなことなんざとっくに忘れちまっとるんだ、気にするだけ馬鹿を見る」

 そんなことを言われましてもね。私は口ごもらずにはいられない。血で血を洗う殺し合いさえ済んだことなら笑って済ませる、吸血淑女と魔女であるならそれもよかろうことでしょうけど、ちんけな『小』悪魔にゃ難しそうで。

「あなただっていずれそうなる」

 なれなきゃなれぬで、相応の末路が待ち受けることでしょうさ。お世辞にもバラ色とはいえない“末路”とやらを想像した私は腹腔に溜まった厭な気分を払拭するようにお腹をさすりました。そりゃあまた、難儀なことで。
 ところでかく言うパチュリー様はどうだったのでしょうね。今のような“ご関係”を築くまでに、少なからずご苦労をなすったのでは? 気分を変えるためとはいえ、よせばいいのに要らん質問をしたものです。ろくでもない話が返ってくるだろうと後悔にほぞをかむ私を、パチュリー様は心底、呆れたと言わんばかりの視線でひと撫でしました。

「おかしなことを訊くのね、私はあれの友達よ」

 どこの世界に愛しい以外の感情を、友へ向けるやつがいる。予想と違いなんとも麗しいお言葉でしたが、正直、私には納得できかねました。友達だから特別扱いしてもらえるとでも? 今までの行状を鑑みてもあのお嬢様がそんな贔屓をしてくれるような方だとは思えませんし、この方とてそれくらいは承知の上でしょうに。

「なにをどう聞き間違えりゃそうなる。あいつに限ってそんな馬鹿なことはすまいよ」

 ここに居候する前後にもやらかしたろが、私らはとうに両手の指じゃ足らんくらいの“切った張った”をやっとるんだ。ええ、おっしゃる通りで。そんな殺伐とした関係を長年続けてなお、自分らを友人だの愛おしいだのと言い切る精神構造は理解の範疇外ですけれど。しかし、それならなおのこと距離を置くなりするのが普通なのでは。それがどうしてわざわざ爆発物の近くで火遊びをするような真似をなさるのか。

「わからんかな。もし私があいつに殺されるとするのなら、それは自分がたった一人認めた友人の傍で、誰よりも近くでその死を看取ってもらえるってことでしょうに」

 どこの馬の骨とも知らん輩に首を狩られるとか、どことも知れぬ溝泥の中でくたばるよりは随分とマシだろうさ。先ほどまでのそれとは違う、あえて云うなら夢みる少女のような微笑みをパチュリー様は浮かべられました(自分で言っててなんですが、気色の悪い表現もあったもんだ)。

「《魔女》の死に様としちゃ、上出来すぎるとは思わんかね」

   *

 不気味な餓鬼を見た。

 “それ”を見たのはパチュリー様に言いつけられて、《図書館》の整理をしていた時のことです。
 以前にも述べたとおり、貯蔵された《書籍》に宿っていた魔力・概念・情報といった内容のほとんどを喪失した現在、この《図書館》は半ば物置代わりの廃墟と化しているのですが(なので“そこここ”に私の私物が置かれていたりもする)、それでも放ったらかしにしておくと残りカスの魔力が人目につかないのをいいことに、おかしなものよくないものを喚び出したり産み出したりするので定期的な検査・走査は欠かせないのです。それが証拠に今だって、闇に紛れてこそこそと、這いずり回る影が行く。

 見回りとチェックがあらかた終わり、パチュリー様へのご報告に上がるため踵を返した私の目の前に、いつの間にやら“それ”はいました。

 とても綺麗な女の子でした。みてくれだけは。

 人知れぬ海の底に眠る真珠を集めて固めた真っ白な肌、闇の中にあってさえ眩い輝きを放って揺れる金糸の髪、大粒の紅玉を嵌め込んだ紅色の瞳。何より奇妙というか目を引くのは華奢な背中から生えた、腐りかけた枯れ木の幹に沢山の宝石を括りつけたような形をした珍妙奇天烈奇っ怪な羽(?)。

 多少なりともけったいなところはあるものの、遠目にすれば宝石細工の精とも見紛う可憐なその姿。しかして見た目がいかに麗しかろうとも、宝石箱の中身をドブ泥の中にぶち撒けたような取り返しのつかなさと言い知れぬ気色の悪さは誤魔化しきれない。慌てて飛び退き距離を置いた小悪魔に気が付いているのかいないのか、四方八方に薄気味の悪さを惜しげもなく撒き散らすその女の子は幽鬼のような、というよりも徘徊癖のあるご老人のような足取りで図書館の“あちらこちら”を行ったり来たりした後、どうかこちらには近寄ってくれるなと祈りながら(悪魔が誰に祈ればいいのかは知りませんが)身を強張らせる私のそばを通り過ぎて“ふらふら”といずこかに行ってしまいました。

 小さな影が《図書館》が溜め込んだ闇の中へと完全に消えたのを見送った私は深い溜息をつき、急いでその場を後にしました。心中には恐怖というよりはむしろ裸足でネズミの死体でも踏んづけてしまったような不快感だけが胸に残っていたものです。

「それは妹様ね」

 パチュリー様の元に戻った私は報告と一緒に件の少女のことを話してみました。もしかするとまたぞろ《図書館》がけったいなもんを喚び出しでもしたのかもしれないので、そうであるなら対処法を聞いておくためです。しかしパチュリー様のお口から飛び出してきたのは、私の予想をはるか斜め上にすっ飛んでいくような一言でした。

 妹“様”ときた。一体、どなたの妹君であらせられるというのでしょう。

「そりゃあこの館の、主の妹様に決まってるわな」

 ははあ、なるほど。私は納得いったとばかりの相槌を打ちました。ということはあの餓鬼、じゃなくて妹様もお嬢様と同じく吸血鬼であらせられるということですか。

「そういうことね、もっとも“みてくれ”だけなら“いまひとつ”どころか“いつつ”か“むっつ”くらい似てないけど」

 本当に、血の繋がった妹君なんですかね? 思わせぶりな一言(本人にその意図があるかはともかく)に首を傾げていると、パチュリー様は投げやりに肩をすくめてみせました。

「さあてね。当の本人が妹だって言ってるんだからそうなんでしょ」

 心からどうでもいいのがよく判る一言でした。興味を惹かなければご友人の身内にさえ無関心をつらぬくお方です。

「とまれ、また近寄ってくることがあったら刺激をしないように息を潜めてじっとしているのが賢い対処よ。物音を立てず目を合わせずこちらから決して構わずにいりゃ勝手にどこかに行く」

 タチの悪い野良犬みたいですね。さすがに不敬かとは思ったものの正直に話すと、パチュリー様は処置なしと言わんばかりに首を振られました。

「毛並みはともかく、タチの悪さに関しちゃ野良犬よりも始末におえんよ」

 あれの妹だけあって能力も中々に厄介なものを持っているから気をつけなさい。念を押すように言うパチュリー様によると妹様、『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を有しているとのことでしたが、それを聞いた私としては肩透かしをくらったような気分にならざるをえません。あの“お嬢様の妹君”にしてはえらく地味というか普通なんですね。偽らざる感想を聞いたパチュリー様は面白そうに小首を傾げられました。

「どうしてそう思うのかしら。よければ私に講釈の一つも垂れてくれんかね」

 パチュリー様ともあろうお方が、言わずもがなのことをおっしゃいます。物を壊したけりゃダイナマイトでもバズーカでも波動砲でもロックオンレーザーでも、手段は山ほどございます。妹様が扱える《力》の範囲は知りませんが、所詮はそれと同じことを能力によって代替してるだけでしょう。いわんやその気になればボタン一つで国や世界が滅ぶ今の御時世、たかが物を壊せる能力にどれほどの脅威があると?

「あなたも言うようになったわね」

 皮肉と感心を混ぜたような笑い方をパチュリー様はなさいました。

「とはいえ“さし”で相対することになれば厄介なのには違いない。ああ見えて魔法使いとしての適性も中々のもんだから一筋縄ではいかんし」

 なので先にも言ったように、またもや邂逅する羽目になったのなら見ざる言わざる聞かざるで通しなさいとの仰せに私は素直に頷きます。あんなのに関わるなんざまっぴらごめんなので。
 しかしどうせならもう二度とお会いせんでもいいように、抜本的な解決をするわけにゃいかんものでしょうかね。具合的には座敷牢とか地下室なんていかがでしょう。私の提案を聞いたパチュリー様は意地悪く口の端を吊り上げてみせました。

「そりゃあ悪くない。ここの主にでも直訴してみれば?」

 あんたの妹が気持ち悪すぎるから、どこぞ適当なところに監禁しといてくれ───それ、口にした日にゃその場で八つ裂きですよね。

「どうかしら。身内を貶されて怒るだなんて、あいつにそんな“人並み”の感情なんてもんが備わってりゃ、そうなっちまうかもね」

 この際だから試してみるというのはどうかしら? 本気なのか冗談なのかまったく掴めない様子でパチュリー様はおっしゃいますが、まだまだ娑婆に未練がございます身としては謹んで辞退させていただくことにしました。

「安心なさい、あいつはそういうのに慣れている。“生かしたまま”八つ裂き四つ裂きにするくらい片手間よ」

 ますます嫌ですよ、そんなの。私が眉といわず顔全体をしかめると、パチュリー様は口角を意地悪から愉快の形に変化させました。どこがどう違うのかと聞かれても困りますが、そういうものに見えるということです。

「なら精々、気を遣っておくことね」

 はぁい。いつものように自慢の髪を、スパゲッティよろしく指に絡めもてあそびながら気の抜けたような返事をした私は、あることに気付いてご主人様に訊ねました。パチュリー様、お嬢様のことはアダ名か呼び捨てなのに、その妹御のことは『様』を付けられるのですね。

「まあね」

 親しくもなければよく知りもしない相手を呼び捨てには出来んわな。飽きたおもちゃを捨てる子供のような素っ気のなさで、パチュリー様は手にした書籍───絶海の孤島に雁首揃えた人々が小唄になぞらえて次々と殺されていくというミステリ───に、いつぞや私がプレゼントした金細工の栞を挟んで閉じられました。正味の話、今現在のパチュリー様にとって本を読むという行為にいかほどの意味があるのか判りかねますが、ビブリオマニアという輩(と自身で定義している)にとって切り捨てれば半身を失うのと同義なので、本質的な意味で必要か否かはさておいてとりあえずは行為としてやらねばならないことなのでしょう。

「とはいえ、頭がちょいと愉快なことになってはいるけれど悪い子ではないと思うから───多分ね───もしまた関わり合いになったのなら優しくしてあげてちょうだい」

 あんなのでも一応はこの館の主の妹君なのだし、それなりの扱いをすれば良い目が見られるかもしれんよ。読み終えた本を仕舞ったパチュリー様は微塵の説得力も感じさせない口調でおっしゃいました。そこまで言いながらご自分で優しくしてあげようとは思われないんですのね。

 そりゃそうだ。私のふとした疑問にパチュリー様は何をいまさらと言わんばかりに肩をすくめられました。

「自分でやりたくもないことだから、他人に押し付けるんじゃない」

   *

 いつものティータイム。パチュリー様にお茶を淹れて差し上げるため暖めたティーポットにお湯を注いでいると、眼前を蚊トンボよろしく“ふらふら”と浮遊する少女の姿が横切ったので、私はすかさず手にしたティーポットへ重力中和の魔法をかけて宙に置き、代わりに懐から鉄砲を取り出しました。

 仄暗い室内にあってさえ金色に煌めき光る、古式ゆかしいパーカッション式鉄砲の撃鉄を上げ、少女の空っぽと大差ない頭へと狙いを定め寸分の躊躇もなく引き金を絞れば、背中に生やした蝶々の羽をせわしなくはためかせて飛ぶ少女の頭が弾け飛び、残された身体だけが少しの間、自分の死にさえ気が付かない様子で“ふよふよ”と頼りない動きで漂った後に風呂桶一杯ほどの水と化して落ちる。その水も床に触れたそばから霞のごとく消え失せて少女の名残は幻のようにはかなくなってしまいます。どうやらお水に属するものであったらしい。茶色の髪の毛をしてたから土に縁のあるやつかと思ってたのですが。

「ひどいことをするのね。あんなのでも一応はこのお屋敷の従業員なのに」 

 ふた昔くらい前のマカロニウエスタンに出てくるガンマンよろしく、銃口から立ち上る硝煙へ浄化と清浄の魔力を込めた吐息を“ふぅ”と吹きかける私に横合いから向けられた、微かな憐憫もうかがえぬ声の主は言うまでもなし。そうはおっしゃいますがね、あいつら放ったらかしにした日にゃどんな悪さするか知れたもんじゃないのですから仕方ないでしょうに。唇を尖らせつつ私はポッケから弾丸はじめとした玉薬の一式を取り出し手早く装填していきます。
 弾込めを終えた鉄砲を懐に収め、手に浄化の魔法をかけてからあらためてお茶を淹れていると、パチュリー様が“からかう”ようにして言ってきました。

「悪さと言っても、どうせあなたのおもちゃをいじって壊したり、お茶っ葉や“おやつ”をかっぱらったりするくらいが関の山なのだから放っておけばよかろうに」

 それが問題だから、こうやって始末をつけとるのじゃあないですか。ぼやきながら私は芳わしい香りを漂わせるティーカップをパチュリー様へと差し出しました。特に最初に挙げられたものの被害は無視できませんのでね。

「私の懐は痛まんよ」

 “ふわり”と吊り上がる魔女の朱唇。それが淹れたてのお茶から立ち昇る香気を受けたことによってのものなのか、はたまた顔面筋を目いっぱいに使用してこさえた小悪魔の渋面を滑稽に思ったものなのかは詮索せぬが吉なのでしょう。

 悪魔の棲まう真っ赤な館。大きなお屋敷だけあって、ここには普通の家屋にはない施設や人員が多数、存在しております。具体的な例を挙げるのなら、あからさまにお屋敷の容量から逸脱した規模を誇る超々巨大図書館(正確にはその一部)だの、先程私が始末したお屋敷の“そこかしこ”をうろつき回るメイド(役立たず)だのがそれです

 それ以外だとでかいお屋敷に見合った、これまたでかい門をあずかる番人殿ですか。

 門番といえば想像力欠如の気味があるボンクラがこさえたマンネリファンタジーなら、鉄の塊みたいな鎧をまとった筋骨隆々の肉体に鬼瓦の替わりにもなれそうな顔を搭載したウドの大木と相場は決まっておりますが、こちらの門番殿はお天道様の恵みをたらふく浴びて実ったブラッドオレンジのように鮮やかな赤毛の長髪と健康美にあふれたしなやかな肢体が目を引く妙齢の女性でして、彼女には“こちら”にご厄介になった日の、右も左も分からぬ頃からなにかとお世話になったものです。

 なおそんな彼女の詳しい出自に関してはよく判りません。こんなところに雇われるからには人間でないのは間違いないのでしょうが。
 気になった私はよい機会だと思いパチュリー様に訊ねてみましたが、返ってきたのは答えになってるんだかなってないんだかさっぱりわからないものでした。

「ずいぶんと前から門番やってるらしいわね。聞いた話じゃ妖怪だということだけど何の妖怪なのか、そもそもいつ雇われてたのかも判らん」

 ひょっとしたら雇い主である“あいつ”も知らんのとちがうか。パチュリー様は適当極まる調子とは裏腹の、実に絵になる仕草で手にした白磁のティーカップをくゆらせます。いいんですか、そんなんで。

「仕事さえこなせていれば問題ないってことじゃないの。私にしても魔法使いというわけでなく魔法と縁があるでもなしの、接点がどこにもない輩に興味をもつ理由はないしね」

 ごもっともで。

「とはいえ、あなたにとってはご同輩というか同僚になるのでしょうから、まあ仲良くなさいな」

 一介の門番風情との関係を良好に保ったところで、あなたに得られるものなんて微塵もないでしょうけどね。仲良くなさいという割にその意欲を削ぐようなことをおっしゃいます。なら、やめておきます。

「あら、付き合いが悪いのね」

 どの口がおっしゃいますか。“いけしゃあしゃあ”とおぬかしあそばされる、主の厭味くさい声をやり過ごした私は自分のために淹れたコーヒーをすすりながら、かの門番嬢がひた隠しにしているであろう裏の顔に思いを馳せました。

 たしかにあの御仁、見た目こそ気さくな健康美人といった風情の方ではありますが、しかしこんな不気味の館に雇われるような輩が真っ当な脳ミソをしているわけがない。人のよさそうな笑顔の裏では、何も知らずに“のこのこ”近づいてくる獲物を待ち構える食虫植物ばりの陰険獰悪な本性が根付いているのに決まっています。討ち取った敵の耳を削ぎ、それをどこからか誘拐した幼女に持たせた桶の中に溜め込むのが三度のメシより大好きなどという異常性癖を持っていたとしても私は驚きません。そんな危険人物と仲良く“おててつないで”とはいかんでしょうよ。

「そんなイカレポンチが門番やってたのなら、ここの門をくぐった時点で私が始末しとるわい」

   *

 今日も今日とてどこからか、生ゴミにたかるコバエよろしく紛れ込んできたメイド姿の、中身があるんだかないんだかも判らぬ脳天へと鉛玉を叩き込む。

 来るな来るなと口を酸っぱくして言い聞かせているというに、なんでこいつらは禁を破ろうとするのやら。最近の日課となったメイド(いないほうがマシ)の始末を終えた私はため息をこぼしながらその場を後にしました。もういっそのこと、妖精共がこの図書館に立ち入った時点で片っ端から抹殺するようなセキュリティを構築したほうが良いのかもしれません。

 先にも述べたとおり《お屋敷》には大量のメイドが雇われてこそいるものの、その実態は大半どころか全員が一匹の例外もなく役立たずさもなきゃ穀潰しという有り様だったりします。というのもここで雇われてるメイドというやつ、実は人間ではなく妖精が勤めておりまして、こいつらが種族的に手の施しようがない輩ばかりだからなのです。

 妖精というのは自然現象が人の形をまとったようなものです。一般的な姿形は童話童謡の挿絵そのまま、人間の子供の背中に蝶々やトンボの羽みたいなもんがくっついたもんを想像していただければよろしい。
 総じて背丈は小さく(大きくても人間の子供程度、小さい奴は手乗りサイズのまでいる)、大抵は非力で大した力こそ持っていない上におつむの出来もよろしくないのですが、存在が存在だけに放ったらかしにするとありとあらゆる場所に湧いて出る上、馬鹿さ加減がもたらす後先一切考えない悪戯を仕掛けてくる場合もあるときたもんなので、この図書館というよりは私の管轄内においては見つけ次第、即射殺という扱いになっております。どうせ殺しても死ぬような連中じゃないので(正確には死んでもさっさと蘇る)、残酷だ非道だなんだのと言った文句苦情が来る心配はございません。

 当然のことながらこんなのに勤労精神なんぞを期待するのは愚の骨頂というべきで、あえて使い途を探すとなりゃ精々がとこ、パチュリー様が行う実験に使う動物が足りないときの代替品としてか、さもなきゃさっき私がやったような鉄砲の試し撃ちの的としてくらいでしかありません。使い減りしないという意味でなら便利ではありますが。

 ───それにしても他所様の雇用形態に口を挟む気はございませんが、なんだってこのお館では採算度外視であんな役立たず共を大量に雇ってらっしゃるのでしょう?

 《図書館》の一隅で暇潰しがてらに愛銃のクリーニングとオーバーホールなぞをしつつ、私は常々感じていた疑問を口にしてみました。

「いわゆる世間体というやつ。役立たずだろうがなんだろうが、とりあえずは数だけは揃えて体裁を整える───貴族の“たしなみ”なのだとさ」

 私の疑問に応えたパチュリー様は手にした漫画のページをめくられました。今日のパチュリー様が手にしているのはずいぶんと前に私が買ってきた、かつて極東のある国において漫画の王様とまで称された方のお描きになられた漫画本です。前にも言いましたがこの方、書籍の形さえしてりゃジャンルには選り好みをなさらない。

 へー、そんなものですか。銃身をクリーニングロッドで掃除し、作動部にグリスを注した鉄砲を上等の羅紗で丁寧に磨きながら私は少しの納得の込もらぬ虚しい相槌を打ちました。費用対効果のことを考えりゃどう考えても割に合わないどころか無駄の極みとしか言い様はござんせんが、お貴族様の酔狂というやつは一般庶民にゃ理解が及ばぬものであるらしい。

 丁寧に磨かれた黄金の銃へ愛しげな眼差しを送っていると、その銃身に新たなメイド服の姿が映り込みました。おや、こんなところにまでやって来よったか。顔をしかめたのも一瞬のこと、オーバーホールを終えた鉄砲というものは何発か試射をして着弾点の確認・修正をしておく必要があるのでちょうどよいか。思い直した私は電光石火の勢いで振り返り、早速、綺麗に仕上がったばかりの鉄砲を“そいつ”へ向けてぶっ放し───眉をひそめました。
 確かに銃弾で射抜かれたはずのメイドはぶっ倒れることも消え失せることもなくそこに佇んでいる。おかしいなと思った私は“そいつ”のことをしげしげと観察しました。

 なんだ、誰かと思ったら“こいつ”ですか。拍子抜けした私は鉄砲を懐にしまいました。

 突然の銃撃に怯んだ様子も見せぬ“そいつ”は、明らかに他のメイドとは一線を画するなにかでした。
 大きさは10代半ばほどの平均的な人間の少女サイズ、普通の妖精と違い背中に羽はないので見た目だけなら普通の人間と大差はなし。歳相応の瑞々しさを湛えながらも甘さは削ぎ落とした鋭利な美貌と、挙動のどこにも隙が見当たらない身のこなしが印象に残る、妖精というよりもむしろ銀のナイフが命を宿した付喪神と言われたほうが納得してしまいそうな“そいつ”は幽かな足音もたてずこちら歩み寄り、“すぅ”と、流れるような挙動で手にしたハンカチを───より正確にはハンカチにくるまれたものを───差し出してきました。

 覗き込むとそこには鈍色に光る丸っこい金属塊、さっき私が撃った鉄砲の弾丸が鎮座ましましていらっしゃいました。『小』が付くとはいえ悪魔でなけりゃ火傷をしそうに熱いそれを受け取りお礼を言うと、“そいつ”は無言のまま一歩下がり、洒脱な仕草で一礼し秋風のように軽やかな動きで身を翻してどこかに消えてしまう。その姿を見送った私は狐につままれたような気分を禁じえませんでした。

 見た目からして他のメイド連中とは毛色の違う“あれ”は、いつの頃からか穀潰し共の中に紛れ込んでいた新顔です。妖精のものとは思えぬ近寄りがたい空気をそこかしこに垂れ流しているがゆえに気後れしてしまい、会話こそしたことはないのですが、その仕事ぶりは他のぼんくら共とは一線を画した、というよりもあれ一匹にすべてを任せてしまった方が仕事が捗るのではと思わせるほどなのは存じております(逆に云えば、ここのメイド連中は雁首揃えてもあれ一匹分の仕事もできない穀潰しということ)。彼女は一体、何者なのでしょう。

「人間よ、あれは。ちょいとばかりおかしな《特技》を持ってはいるんだけど」

 あら、そうだったんですか。思いもかけない応えに瞠目していると、パチュリー様は呆れたと言いたげに“こめかみ”のあたりを押さえました。

「判っとらんかったのか」

 いやあ、まさかにこんな人外の巣窟で働こうなどという酔狂な人間がいるとは思いませんで。

「私も詳しい事情は知らんし興味もないけれど、最近じゃ《屋敷》の管理は総てあれが仕切っとるらしい」

 なんでもお嬢様の拾い物なのだとかで、物凄く速く走れる特技をお持ちだそうです。機関車くらいですか、それとも弾丸くらいですか。

「人の思いの速さほど、とかなんとか」

 そりゃ凄い。よほどの健脚の持ち主であらせられるようで。

「そういえば、他にも空間を“いじくる”趣味があるとか言ってたか」

 ああ、なるほど。思い当たることのあった私は軽くうなずきました。ここ最近、お屋敷の中が改装されたわけでもないのに妙に広く感じたり、特定の区画を通ると気分が悪くなったりする理由がそれですか。そんな愉快能力の持ち主とあらば、お嬢様なら手元に置きたいと思うことでしょう。そのような術を心得ていらっしゃるということはあいつ、もとい彼女もひょっとしたら《魔法使い》なんですか。だとするにしても、その手に輩につきものの気配も“におい”も感じられないのですけれど?

「うんにゃ、あれが使っとるのは魔法とは別口のもんさね」

 魔法や術などの手順を踏んだ上での“技術”ではなく、個人による所有のみで完結する“技能”の一種なのだそうです。此頃巷ニハヤル物───ESP者(超能力者)ってやつですか。パチュリー様は首を横に振られました。

「ここに雇われるよりもちょいと昔に世界征服を企む悪の秘密結社にとっ捕まって改造された結果、得た能力なのだとさ」

 奥歯の横に速く走るための装置を起動するスイッチがあって有事にはそれを押すらしい。それを聞いた私の目が借り物を頼みにきた寸借詐欺師を見るようなものになっていたとしても、責められるいわれはないはず。ホントですか、それ。

「さあてね。他ならぬ本人が言ってるのだから本当なんじゃないの」

 嘘だとしてもどうでもよし。その言葉に偽りなく、心底どうでもよさげなパチュリー様でした。よく考えるまでもなく当のご本人にしてからが改造人間ならぬ改造魔女なのですから今更、興味が湧かないのかもしれません。それにしても、そんな御大層な方がなんだってこんな場所でメイドなんかやってるんでしょうか。あれだけのお方なら職業は選べそうな気もするのですが。

「本人、飯さえ食えれば他はどうでもいいらしい」

 そんな馬鹿な。私は言下にそれを否定しました。

 お釈迦様かイエス様じゃあるまいに、そんな無欲な生き物がこの世知辛き苦界にいるわけがありません。ましてこのような狂気山脈とでも云うべきお屋敷に好んで雇われているのだって、どうせしこたま抱えた心の闇を満足させつつお金がもらえるなどという職場環境が他になかったからというおぞましい理由からなのでしょう。今もこの館の何処かで身を潜め、哀れな犠牲者を毒牙にかけんとナイフに舌を這わせている姿が容易に想像できます。大方、お給金のすべては彼女が行うなさけむようの残虐行為手当でまかなわれているに違いない。

「あなたの名誉毀損にも似たその妄想はどこからやってくるのよ」

   *

 ここまでの考えに思い至った時、私は恐れおののかずにはいられませんでした。もはやこの退廃と狂気と紊乱とを煮詰めた狂虐のシャングリラ、かつて神の怒りに触れて滅びし悪徳の都さえ顔色なからしめるがごとき館の中で、正気を維持していられるのはこの非力な小悪魔ただ一人なのですから。出来の悪さを大量の血糊と残虐シーンで誤魔化した安っぽいB級ホラー映画なら次の犠牲者候補の筆頭になるのは目に見えています。今こうしている間にも邪悪の権化とでも云うべき館の住人がマサカリノコギリチェーンソー、カミソリバリカン電気シェーバーを手に私の背後に迫っているのかもしれません。ああ、なんということでしょう。

 迫り来る絶望と恐怖に震える我が身を私が掻き抱いていると、なんだか新薬を投与した途端に珍妙な動きをしはじめた実験動物を見るような目をなさったパチュリー様がおっしゃいました。

「自分だけは真っ当と臆面もなくほざく、それこそクジラのケツより分厚そうな面の皮だけなら、あなたとっくに『小』悪魔は卒業してるわ」

   *

 なんだかさり気なく酷いことを言われとる気がしますね。

「そうかしら。私の眼の前にいるちんけな悪魔、お世辞にも綺麗なお手々をしてらっしゃるとは云えぬはずだけど?」

 己が保身と欲のため、いままで何人に地獄を見せてきた。言葉だけなら手厳しい糾弾のそれ、声音はいつもと変わらぬ無感情。私は自慢の髪を指に絡めてもてあそぶ。気まずくなったのを誤魔化すがゆえの仕草ではなく、今更なにをと言外に示しただけです。

 さて、両手の指の数ほどだったか、あるいはそれに両足の指の数をかけたほどか、もしくは浜の真砂の数ほどか、“とんと”存じませんね。噂に聞く浄玻璃の鏡なら私の罪咎も測りようもあるのかもですが、わざわざそんなもんを知るために、あの世へ足を運ぶ気にも今のところはなりゃしません。

「でしょうね、そんな輩が“ぬけぬけ”とよく言うた」

 なお“それ”を仕込んでくだすったのは他ならぬ我が主にしてお師匠様というべきお方のはずなのですが、その方のお手はいかほどの清らかさであらせられるのでしょうね。

「ああ、そういえばそうだった」

 今気がついたとばかりに肌理細やかな白磁の手を“ぽん”と打つこの《魔女》。“ぬけぬけ”とはこちらの台詞です。とはいえ世に掃いて捨てるほどあふれかえる無益な有象無象をすり潰しその対価として有益(それも巨大な)を生み出す、ある意味では経済的錬金術とでも云うべき行為なのでより広い視点からすれば、むしろ褒められてもよろしいのではないでしょうかね?

「生まれてきたからには意味や意義のある生き方をすべきであり、それができぬ輩より自分にこそ世界に対する優先順位があると?」

 ご冗談を。私は言下に否定する。そこまで不毛なことは言いませんやな。頭に『小』が付くちんけな悪魔にそのような御高尚な考えは似合わない。私ゃもっと即物的な生き方だけを求めているだけですので。
 綺麗な服を着たい、おいしいものを食べたい、素敵な住まいに暮らしたい、好きなことだけをして生きていたい。今ならそのすべてが労せず、とまではいかんでも手に入るというに、知るべどころか顔も見たこともない何処ぞの誰ぞの去就を思い煩うてそれを手放すなんて考えられない。

 かつての自分を思い出すその度に、脳裏に描かれるのはいつだって、濁り腐った鈍色の空。そこに郷愁なんてものはなく、胸中にわだかまっていたものは自分でもよくわからない“もやもや”した気持ちだけ。空きっ腹と一緒にそれを抱えて、溝泥の中をネズミや野良犬のように這いずりながら見上げたあの空だけが私の記憶のすべて。それ以外の生き方なんてできるはずもなく、思い付きさえしなかった。あの時の気持ちがどのようなものであったのか、いまだ私には形容する言葉がありません。しかしこれだけははっきりしている。

 もう一度、あの空の色を拝むくらいなら、私ゃ世界の裏側で清く正しく暮らしてる方々に首を吊っていただく方を選ぶだけでして。隠す必要もないので正直なところを口にすると、予想通りというかパチュリー様は馬鹿にしたように鼻を鳴らされるばかり。

「なるほど、実に小悪魔らしい。“ちんけ”で小市民的な考えだ」

 でも───

「つまらない言い訳をせずそういう生き方を選ぶ奴、嫌いじゃないわ。少なくとも嘘や偽善はないからね」

 そんなものが入り込む余地もないくらい生きることに懸命なのだから。そのときのパチュリー様は、この方の一体どこにこんな感情がと訝しくなるほどに穏やかなものを面に湛えておいででした。もちろん、そのように感じることこそ一時の気の迷いに他ならんのでしょうが。
 しかしどのようなものであれ、こんなちんけな小悪魔なぞよりずっとずっと永く生きて、ずっとずっと生き汚いであろう魔女のお墨付きがいただけるとは思いませなんだ。私も中々どうして捨てたものではないらしい。私は指に絡めた髪を“ぱちり”と弾き、おどけてみせました。

「ほっとけ。人生と魔道の先達に対して臆面もなく軽口悪口憎まれ口を叩けるあたり、やっぱり面の皮だけなら大したもんよあなた」

 どうせなら《魔法使いの弟子》としても大したもんになってほしいもんだが、それは一体いつになるのかしらね。背筋も凍る流し目を(幻想に耐性のない輩なら喩えでなくそうなっていた)、私は肩をすくめてやり過ごしました。それに関しては七つの海よりも広く深い懐と、お釈迦様が垂らす蜘蛛の糸より長い目でもって見守っていただきたい。

「そうさせてもらうわ。今までさんざか待ってきた、そこにもう何百年かを積み上げたところで些細なことよ」

 でも気をつけなさい、堪忍袋の緒って結構しょうもないことで“ぷつり”といっちまうそうだから。柔らかな口調で釘というより杭を打ち込むパチュリー様でした。気に留めつつも精進に励みます。

「しかしまあ……あなたを雇ってからこっち、私もずいぶんと口数が多くなったものだわ」

 懐かしむというよりも“ぼやき”に近いものをパチュリー様はお声にのせられました。今でも少ないじゃあないですか。

「そうでもないさ。昔はそれこそ、実験のときに呪文を唱える以外にゃ口なぞ開きもせなんだし」

 なんという筋金入りの口無精。私がいなけりゃこの御方、口が退化して消えてなくなっちまうのではなかろうか。

「それがため、無闇にしゃべくるせいで喉も渇くというもの。ゆえに───ここらで一杯、お茶がこわいわね」

 私ゃ濃いめの珈琲とクッキーがこわい。

   *

「いい薫りだこと」

 白磁のティーカップから立ち昇る香気を受け、邪気も毒気もどこかに置き忘れたかのようにしてパチュリー様はお顔をほころばせました。

「手間隙かけて仕込んでなお、いまだ一人前とはほど遠いあなたではあるけれど、これに関しては間違いなく採算が取れてるわ」

 それはそれはなによりなことで。言い返したところで暖簾に腕押し糠に釘。不毛な反論は引っ込めて私も自分のために珈琲を淹れることにします。お茶請けを用意し、お気に入りのコーヒーカップへ淹れたてのコーヒーを注いでいると、パチュリー様が呆れたように言われました。

「相変わらず、その気色の悪い泥水もどきを嗜んでいるのね」

 あいつといいあなたといい、悪魔というやつは揃って悪趣味なもんらしい。なんとも酷いことをおっしゃいますな、飲まず嫌いせんと一口くらいはお試ししてみちゃいかがなもんか。

「やなこった」

 私が香ばしい薫りを漂わせるカップを向けると、パチュリー様はそっぽを向かれました。それどころかご自身の周りへ張り巡らせてある不可視の防壁をこれみよがしに強化し、おまけとばかりに同じものを3、4枚ばかり追加される有り様。あのシールド、その気になれば拡散波動砲の直撃にも耐えきるほどなのです。そんなもん使うくらい嫌ですか。魔導の粋をこらしたぜったいあんぜん空間に立て籠もる稀代の魔女の姿を、むしろ私は呆れのこもった眼差しで見やりました。行使されている技術の次元や規模はさておき、やらかしていることそのものは偏食をこじらせた子供と大差はありません。そも常日頃からこんな場所に引き篭もっているというのに、これ以上引き篭もってどうしようというのです。

 しかしこうなってしまうともう聞く耳なんぞ持っちゃくれない。なので私はそれ以上の不毛な掛け合いを打ち切り、代わりにお茶請けに手を伸ばしつつ、ここ最近の私達の懸案事項になっている案件へと話題をふりました───ところで話は変わるんですがね、あの計画、名前はどうしましょうか。

 その質問に眉をひそめたパチュリー様は可憐な唇に人差し指を当て小首を傾げられました。老練邪悪を肩書とする《魔女》には似つかわしからざる、妙に可愛らしい仕草ですこと。

「ああ、例の島国の田舎に引っ越すとかいうやつ」

 はい、いつまでも『例の計画』だの『あの計画』だのじゃあどうにも不便ですし格好もつきません。ここはひとつ適当な名前でも宛てがっておいたがよろしいのではと思いまして。

 私としてはやりたかないのですが、元を質せば私らがこのお屋敷にご厄介になっている理由というのがそれでした。
 発案者であるお嬢様の気質からすれば、思い立ったが吉日と、着の身着のまま身一つで赴いてもよさそうなものだったのですが、せっかくだから長年の友人やご家族にも楽しい思いをさせてやろうという、“やんごとなき”方々に特有な他人の事情への斟酌配慮は一切なし、まさに大きなお世話と云うべき親切心によって我が主様や諸々の衆生も付き合わされる羽目になったのです。

 なお、これは余談になりますが計画の実行に際してはパチュリー様と私とが現地の協力者というか組織───名前は確か七星工業(これでセプテントリオンと読む)といったか───のところに出向することが決まっております。実のところお引越しをするだけであるのなら外部に協力を求める必要なぞはないのですが、行動に際しての“ごたごた”を回避するための伝手と根回しは多いにこしたことはなく、なによりパチュリー様としてはこれを名目にして連中に接触し、その技術や知識のいくらかを頂戴するおつもりなのです。曰く、『多少の駄賃なり見返りなりも無いじゃやっとれんわい』とのことで。

 しかしあの連中、知れば知るほど胡散くささが青天井な奴らの吹き溜まりなので個人的にはあまりお付き合いはしたくないのですが、雇い主の意向とあらば丁稚奉公にも等しい小悪魔も従わざるをえない。ああ、いやだいやだ。口には出さず、内心でのみ“ぶつくさ”言いながら私はやけ食いのようにお茶請けを次から次へと口に運ぶのでした。

「ふむ」

 胸中の嫌気を甘味で誤魔化す小悪魔のことなぞ気にも留めないパチュリー様は軽く握った手を口元に当て、しばし考えるような素振りをしてから“じっ”と私を、正確には私の摘んだお茶請けを見つめられました。
 甘くてちょっぴりほろ苦い、ビターチョコレートのトリュフ。それとパチュリー様とを交互に見やり私は訊ねました。もしかしてお食べになられるんですか?

「別にいらんが───」

 言いさしてパチュリー様は風に揺れる菫のようにひそやかな仕草で頭を振られました。

「いえ。やっぱり、いただいておくわ」

 菫のかすかな呟きが届くや、指先からチョコレートの感触が霞のごとくに消え失せる。一瞬だけ“ぎょっ”となりはしたものの、視線を戻せばそこには珍しいものを見る目で摘んだトリュフを眺めるパチュリー様のお姿が。言ってくだされば持っていくというのにわざわざ物体移動の魔法をあの一瞬に、かつピンポイントで使ってのけるとは、現在の身体に搭載された補助電脳による後押しもあるとはいえ超絶技巧の無駄遣いもいいところですね。

 パチュリー様はしばしの間、ほっそりとした指に摘んだトリュフを“ためつすがめつ”してからそれを小さなお口に放り込まれました。

「さっきの計画名だけどね、決めたわ」
登場人物(今回やたらと数多いな)

小悪魔

面の皮なら大悪魔。心労で腹が痛いと言いつつも満腹になるまではご飯をおかわりできる程度の能力

パチュリー

グレートシングのケツより厚い面の皮

お嬢様

よく判らんけどレミパチュってこういうことなんだろう、多分

不気味な餓鬼

きが違っては仕方がない

門番

弾幕ならぬ銭撒く人に四条河原でぶった斬られる。そんな最期

メイド(役に立たない方)

1匹くらいならウチで雇いたいのだが求人広告ってどこに出せばいいんだ

メイド(役に立つ方)

三段黒帯。チューゴクヂンないアルヨ
puripoti
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コメント



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1.100名前が無い程度の能力削除
おーなんか急にメンツが揃いましたね
会話の内容は相変わらず面白い
咲夜さんは009見て適当な事ほざいたのかブラックゴーストが実在するのか…まあパッチェさんの研究室にトレボーのケツが転がってるくらいだし、まあ小ネタやな
レミパチェってこう言うのだったんだ(素直)
2.90名前が無い程度の能力削除
セプテントリオンてもしかして無名世界観のあれか。そういえば式神の城っていうSTGとしての繋がりがあったな、発売もタイトーだし
3.100名前が無い程度の能力削除
お、新作来てた
今回はしっかりガールズトークしてますな。会話のキレッキレ加減が熟練の漫才師のようだ
4.100名前が無い程度の能力削除
お久しぶり。忘れた頃にひょっこりやってくるから危うく見逃すところだった
しかし相変わらずネタぶっこみが好きだなぁ、あんた
7.60名前が無い程度の能力削除
どこがガールズトークかわからん
し中2感が凄いな
しかしそれもまあよし
むしろガールズトークにできるだけ遠ざかったらこうなりました感
8.90名前が無い程度の能力削除
小悪魔の人物評がひどすぎるw彼女が幻想郷の住人を目の当たりにしたらどんな感想を抱くやら。

P.S.ところで他で投稿してた番外編みたいなものをここで載せないのはなぜ?