Coolier - 新生・東方創想話

どきどきっ、純狐さんと楽しいおしごとっ!!

2016/12/08 00:04:36
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 重い錨を括り付けられ、地上から深海までを一息に引き摺りこまれたかのようだと、純狐は感じた。
 光は遥か彼方の地上へ遠退いた。生温かい空気はドロリとした粘性で、羊水、ないしは原始の海を思わせる。生き物の自我なんて矮小なものはあっさりと還元して呑み込んでしまう、そういう空間だった。

「…………えっ? 貴方なの? 思ってたのと、違うね」

 にも関わらず、意外そうな表情で、ぱちぱちと大きな目を瞬かせていたのは、あどけなく可愛らしい少女の方であった。
 滞留した空気の中にあってなお、純白のワンピースドレスのスカートは花のように膨らんで翻る。あざといまでに可憐な少女は、この少女にしては珍しいことに、当てが外れた、という風に小首を傾げてもいた。何回も顔を間近で覗き込んだ後、少女は諦めた様子で小さく頷いた。

 神仙にも通じる、何かの間違いみたいな力。
 けれど。
 思っていたもの、期待していたものと、違う。

 少女が純狐に向ける眼差しは、最初の興味を失くして、深い憐憫と慈悲とが滲んでいた。
 淡々と、何の意味も為さない言葉を投げかける。

「──貴方は、どうなっても幸せにはなれないわ」


 …………
 ……………………ざあっ。

 竹の葉を揺らし、一塊の風が吹き抜けた。ほのかに、竹林で香るはずのない潮風の名残がある。純狐はふと思い出したように掻き乱された前髪を整えて、そのついでのように、今頃になって足元に視線を投げ落とす。
 普通に、地面があった。
 ついさっき、そこでは奈落が顎を開いていたはずなのだが。
「おかえり、純狐。早かったわね。で、エオストレーに何か言われた?」
 軽い口調が耳を打つ。青い髪のヘカーティアだ。
 純狐は首を横に振る。
 特に何も気になるようなことは言われなかったし、気になることも何も起きなかった。
「いや、それで良いわけ?」
 と、こちらは兎の少女。
 かっくんと首を傾けること、数秒、純狐は気になることを思い付いた。
「そうでした。永遠亭はどこにあるのでしょう。ヘカーティアも笑っているだけですし、困ります。私は早くあの子に会いたいのに」
「ラビュリントスは規則的だったけど、ここは滅茶苦茶に入り組んでるわねぇ。こっちの方がよっぽど複雑な迷路よん。和製迷いの森ってところかしら」
「この通りなのです。遊んでないで、攻略に手を貸して欲しい」
「良いの良いの。私が何もしなくても、純狐なら向こうから招待されると思っていたわ」
「……で、だよ? 言うだけ言っておくけど、痛い思いをすることになるから、鈴仙には関わらない方が良いわ」
「そうですか」
 平然と、純狐。
「あ、そう。永遠亭なら、そっちだよ」
 てゐは、奈落に落ちようとする者を止めはしない。
 そして示したのは、純狐の真後ろ。延々と同じ景色が広がっていただけの場所に、その屋敷はあった。何事も無かったように、純狐は永遠亭に入っていく。



◇◇◇

 緩やかに靡く金髪に、古い時代の中華風の礼服という身なり。名を、と言うのは妙な話になるが、名を純狐と呼ばれる存在が彼女であり、曰く、月の民に仇為す仙霊。なのだとか。
 彼女が月の民を恨むのには理由がある。
 ここでは詳細を語らないが、なんでも、子供を殺されたのだそうだ。
 その話を聞いて、他人の痛みに共感できる私は、彼女の境遇に心の底から同情した。とは言え。無関係であるはずの大半の月の民を巻き込む復讐の自分勝手さの度合いには、ほとほと呆れ果ててもいた。

 と、まあ。そんな背景があったので、中々に驚かされた。
 病人を擁する屋敷を前に、純狐さんは一度足を止める。
「思兼の話では、ここですね。優曇華ちゃんの準備はよろしいですか?」
「ええ、別に準備も何もないですが。それと優曇華ちゃんはやめてください」
 まさか、困っている人に手を差し伸べるなんて、失礼ながら意外な姿だ。
 品の良い楚々とした仕草。丁寧な物腰。ともすると黙ってさえいれば清楚な美人に見えそうなものだが、純狐さんに限ってはそうではない。最大の違和感は表情だ。表情に、どこかチグハグな印象を受けるのだ。控え目に言って危険人物である。
 ちなみに忌憚なく言ってしまうと、存在自体が爆弾みたいな人だからなぁ。面倒事を起こさないでくれれば良いけれど……やれやれ、私はどこまでいっても苦労するのね。
 はぁ~、まったくどうして私はこうも苦労性なのかしら?
「喜ばしいですね。優曇華ちゃん」
「どこに喜ぶ要素があるのか分からないんですけどね」
 いい加減、軽口を口走るのを我慢しようという気にもなれない。
「喜ばしいじゃないですか。私と貴方で、楽しい楽しいお仕事なのですよ?」
 何が面白いのか、純狐さんは新しい遊びを覚えた童女のように明け透けな笑顔で言った。
 一方の私は今日だけで何度目になるか分からない溜め息を吐いて、空を仰ぎ見る。突き抜けた大空は高く広く青く、だからどうした感が半端なかった。



 遡ること、少々。
 今日の仕事を終えて報告に向かうと、客間で、理不尽な光景に出くわした。
「こんにちは、せんしさん。貴方、優曇華院とも言うんですって? 私も優曇華ちゃんって呼んでも良いかしら」
 やめてください。
 なんて、やんわり断る意味があるとは思えなかった。こいつらは、どうせ話なんか聞かないんだし。
「八意様。これは、どういうことなのでしょう」
「見たままよ」
 即答だった。
 師匠が何を言っているのか分からないのはいつものことなので、とりあえず見たままの状況の理解に努める。落ち着け私、クールになれ。

 だだっ広い和室に、だ。
 赤と青のツートンカラーという、世界中で師匠にしか着こなせないだろう服を着て正座しているのは、無論のこと他でもない我が師匠である。その隣には、いとけうらなること世になしなお姫様。
 ここまでは良い。問題なのは、机を挟んで対面の二人だ。純狐ともう片方は、パンキッシュでカジュアルな地獄の女神。純狐さんは礼儀正しく正座しているけれど、西洋の女神は慣れないのか、胡坐を組んでみたりと座り方を試行錯誤している。

 そして全員の手に、湯呑みがあった。
 のほほんと牧歌的な光景は、冗談か何かだと思いたい。

「お茶してるのよ。鈴仙、貴方もどう?」
 奥ゆかしく雅な、かつ微妙に引き攣った顔で、姫様。目線が助けてくれと訴えている。おいたわしゅうございます。でも知らない。
「激しく遠慮します」
 この面子に混ざれるか。
「優曇華ちゃんって呼んでも良いかしら」
 純狐は空気を読まずに。
「壮絶に遠慮します」
 やんわり断る意味は無いので、きっぱり断る。
「うふふ、優曇華ちゃんね」
 ほら、これだ。内心で溜め息。
「ウドンゲ」
 金属の表面に似て滑らかな声が割って入る。
「午後から診察の依頼があったのよ」
「はあ」
「私が行く予定だったのだけれど、お客様だわ」
 師匠のその言葉に、ヘカーティアが含み笑いを零したのを横目に見る。
 狙って来た? ……いや、まさかね。
「貴方が代わりに行ってくれないかしら」
 お願いの形を取った命令だった。
 つまりいつも通り、私に拒否権は無いというわけだ。
「……永琳? 鈴仙に行かせて問題無いの?」
 不安げな姫様に、師匠は平静な態度で請け負う。他人事だと思って。
「どうせ簡単な案件です。私であれば初手で詰めます」
 だ、そうだ。
「……それは即断で殺すだけなんじゃなくて……?」
 姫様の遠慮がちな小声は、師匠には聞こえなかったようだ。

 そして、あれやこれやで往診の流れに。
 まあ、そこまでなら良かったのだ。そこまでなら。
 唐突に、純狐さんが言い出したのだ。

「──その依頼、私も引き受けましょう」
「……はいっ!?」

 驚きのあまり、一瞬、声が出なかった。
 何故だ。
 思い出すだに、理解に苦しむ。



 私と純狐さんは、人里の、とある区画にやってきた。
 この辺りは、鄙びた里にしては、という一文こそ必要なものの、比較的立派な建物が軒を連ねている。里の有力者の邸宅が、この区画に多いためらしい。
 白塗りの土壁に囲まれた日本家屋。使用人に通された客間は十分に広い。造りは永遠亭にも近いが、空気感という点で、決定的に異なっている。
 例えば具体的にどう違うのかと言うと、畳の座敷に正座した華美な礼服の純狐が、壮絶な違和感を醸している。有り体に言うなら高級感だ。永遠亭にあったそれが、ここには無い。けれどそれも、今の私なら別に悪いことだとは思わずに、地上らしさとして受け入れられる。

「なるほど。お子さんが狂ってらっしゃると」
 家の人間の話を一通り聞き終え、純狐は微笑みと共に頷いた。
 私はと言えば、内心で溜め息を押し殺すのが忙しい。使用人の女がお茶を持って来たのだが、口を付ける気になれない。

 永遠亭では薬を安値で販売する慈善事業を行っているだけで、それ以外は対象外だ。ところが一方で、幻想郷では妖怪騒ぎが日常生活と同居している。すると困ったことに、病気と妖怪には密接な繋がりがあったりする。
 不調の原因は、病気であり、妖怪の障りであり、そのどちらも、ということもある。が、軽微な症状であれば問題ない。体調を回復させる薬は妖怪の障りにも一定の効果が見込める。と言うよりも、身体的に健康な人間には、やはりそれなりの抵抗力が備わっているものだろう。まさに病は気からである。健全な肉体には健全な云々のあれだ。
 なにはともあれ、あくまで永遠亭では薬を売っているだけ。が、人間には病気と妖怪の区別が付かないことがあって、余計な仕事が増えるのだ。
 霊障であれば、お近くの民間信仰者、上白沢慧音の所に持ち込むのが筋である。彼女は人里の守護者を標榜しているのだし、蟇目の祓えくらいなら喜んで引き受けるだろう。病気だとしても知恵を貸すはずだ。知人関係の付き合いもあるので、彼女の元まで案内するのも吝かではない。

 怪異、もとい病状の内容は単純だった。
 家の子供が、狐に憑かれたのだと言う。

 狐憑き。
 特に江戸時代に多かった症例で精神疾患とも言われるが、それは単に、個々のケースを一まとめにして狐憑きと総称したが故の誤解だろう。狐憑きと言えば、もうほとんど風邪だと言っているような広過ぎる意味である。都市の雑多さ加減が増した時代に増えたのも頷ける。また、憑き物が原因の場合でも、狐の仕業とは限らない。狭義で狐憑きと言う場合は、その正体は管狐、細長いフェレットのような妖怪だとか。
 何にしてもどうでもいい。葛根湯でも出しておけ。
 と、昔の私なら、そう文句を言うことだろう。でも今は、仕事ですからねぇ。困ったものですよ。

「──もう結構ですよ」
 特に毒素の感じられない声音で、純狐は吐き捨てた。脈絡無く話を遮られた依頼人が面食らった顔をしているが、当然、純狐に気にする素振りは無い。蔑みの嘲笑とも醒め切った真顔とも付かない微妙な表情は、とりあえず苛立っているわけではないと安心したい。

 ところで話の内容は何だったか。
 聞く意味が無いと思って聞き流していたが、たしか、奇行の羅列。とりあえず喜々として虫の足をもぐところまでは聞いていた。なるほど、目で見て分かる異常で結構じゃないか。
 自分から依頼を引き受けておいてその態度はどうかと思う一方で、純狐さんの判断も妥当だと私は頷く。病人を貶める意図の証言に、医師が耳を傾ける理由は無い。
 一般的に、狐憑きは疎まれる。あるいは、何らかの理由で狐憑きということにして厄介払いする。だってそうだろう。狂人の相手なんて、面倒以外の何物でもない。
 ……と言うか、私にも思う節がある。
 ちら、と横目で純狐を睨む。当然の如く無反応。まあ、それはそれとして、仕事に戻ろう。



 こちらです。家人の、額の油汗を拭いながらの抑えた声に対しての、
「正気の沙汰とは思えませんね」
 お前が言うなと返したくなる純狐の呟き。まったくですと頷く依頼人の男は、純狐の言葉の意味を理解していないのだろう。話が噛み合っていない。

 私達は病人の診察に来たはずだ。
 ところが、座敷牢に通されるとは、どういうことだ。

「……………………良いでしょう」
 純狐は、すっと手を翳した。どう見ても、掌から純光とか出ちゃう感じのあれの構え。
 ちょっと待て。良いでしょうって、何がだ。何が良いって言うんだ。
「あのぅ、純狐さーん?」
 ちなみに止める暇があっただけ、即断の速さで言えば我が師には遅れを取る。いや、そんなものは競わないで欲しいのだが。
「どうかしましたか?」
「いえ、私はどうもしませんよ。どうかしてるのは貴方です」
「ふふ、優曇華ちゃんったら。私はどうもしてませんよ」
 どうもこうも完全にイカれてると思うんですけどねぇ。
 純狐は曰くし難い憫笑を浮かべている。

 きっぱり言ってやろう。
 こんな光景を前に笑っていられるのは、確実に頭がおかしい奴だ。

 通された座敷牢で浮かんだ言葉は、
 虐待、
 この二文字だ。

 窓の無い部屋は暗く、灯りも最低限。格子の奥の狭い空間にある物は、布団と、洗面器が一つ、それっきり。掻き毟られた畳には、吐き戻したらしい吐瀉物が放置されている。
 そして、縄で縛られ、横たわる人影。
 少年、いや、青年だろうか。極端に痩せ細っているためか、必要以上に小柄に見える。
 想像を絶する劣悪な環境に、私は言葉を失った。

 弁明があるなら聞いておくか。
 一瞬でもそう思った私が馬鹿だった。
「仕方ないのですよ。もちろん私も不憫に思うのですがなぁ? おお、可哀そうに、可哀そうに。ですがなぁ、どうしても、息子が暴れるものでございますから、こうして──」
 ──聞いていられるか。
 どうでもいいにも程があった。素知らぬ顔で音の波長を操って、耳障りな騒音を打ち消す。

 断言しても良い。
 男の言葉は、確実に保身のための言い訳だ。耳を傾ける価値は無い。

 そんなこんなだったので、純狐が袖をぐいぐい引っ張るまで、呼ばれていたことに気付かなかった。あまりに引っ張るので仕方ない。遮断は解除。
「せんしさん。何か視えますか?」
 冷静に、純狐は私のことを戦士と呼んだ。
 真面目にしようとすれば、できるらしかった。
「視えませんね。憑き物は、ですが」
「そうですか、私も何も感じませんよ。憑き物は、ですけどね」
「つまり狐憑きではなかった。それじゃあ私達の仕事はここまでですね」
 永遠亭は薬局であって、精神科ではない。よって、治療の必要は無い。
 さてと、これでやっと帰れる。
「めっ、ですよ」
 唇を尖らせて、ちょっと頬を膨らました顔。腰に手を当てて、前かがみ。もう片方の手で、ぴんと指を立てて……いや、何なんですかねぇ? その、壮絶に違和感のあるポーズは。一瞬前との落差がひどい。
「お仕事はちゃんと最後まで、です」
「そうですか……」
 ついさっき依頼人を殺そうとしたことまで忘れているようだった。
 で、改めて問いたい。
 なんで着いて来ちゃったんだろうね。ほんと、面倒でしかないよ。
「いや、冗談ですよ。分かってますって」
「よろしい。それでは優曇華ちゃんに、シンプルな問題です」
 にこりと微笑んだ純狐は両手を広げて、私に向き直った。

「つまり、これはどういうことなのでしょうね?」

「いや、設問がシンプル過ぎるでしょうが」
「そうでしょうか? ヒントなら出揃っていますよ。厳密な推理とは思わず、ちょっとしたなぞなぞのつもりで頭を使ってみては如何です?」
「……馬鹿にしないでくれますか?」
 原因は憑き物ではなかった。だが、奇行に走る理由は何でも良い。この家の息子には生まれつき異常が見受けられたのだろう。ただ単におかしいサイコパス。それは別に大したことではない。
 狐憑きは疎まれる。里の有力者らしき男は、家から狐憑きを出すことを嫌い、幽閉した。そんな環境で育てば、真っ当に育つはずもない。まあ、これも大したことではない。
 最大の焦点は、何故、急に医者を呼ぼうと思ったのか、だ。
 今まで隠していた沈黙を破り、今日この日、八意永琳という薬師を呼んだのだ。それは何故か?
 最も有り得る、むしろそうとしか思えない可能性を、私は述べる。
「身の危険を感じたから。つまり保身」
「ええ、シンプルで実に下らない、単純な理由ですね」
 これはどういうことかと言うのなら、目を逸らし続けた問題に目を逸らせなくなった、馬鹿な男の下らない話だ。笑い話にもならない。
 憑き物は、視えない。
 しかし他の妖気ならば、鮮明なまでに幻視に映っている。何らかの怪事が起こっていてもおかしくはない。
 依頼人が気付いていたかどうかは知らないが、この青年は半ば妖怪と化している。青年は生き物の命を残虐な方法で奪うことを好んだと言う。時には呪術めいた手法も取り入れただろう。そんなことをし続ければ体に呪詛も溜まろうというものだ。
「うちのせがれは本当に狂ってるんだッ! 貴様らは押入れに鼠の死体が詰まっているのを見たことはあるかッ!? 虫を磨り潰して作った団子を見たことはあるのかッ!? 丁寧に解体された犬猫の臓器はッ!? なあッ、おいッ!!」
「あー、はいはい」
 男は息子の症状ではなく、自分に降りかかった理不尽な悲運を嘆くのに忙しいようだ。その証拠に、小声で一族の汚点とか言っている。適当に生返事で済ましたとしても問題あるまい。
 それにしても、図太い奴ほど、追い詰められた時の狼狽が醜くなるものだ。ここまでうるさく喚くとは、随分と疲れたご様子ではないか。
 くもぐった笑い声が聞こえた。何かと思ったら、だらしなく開き切った青年の口からゲラゲラと気味の悪い笑みが溢れている。嘲り笑いだ。既に人格は崩壊しているように見受けられるが、父を嗤笑するだけの感性は残っているらしい。
「挙句──」
「生きた人間にでも手を出しましたか? 例えば、使用人の女。例えば、町行く子供達。例えば、貴方だとか」
 人生最高潮と思われる全力で我が身の不幸を訴えて同情を引こうとする鬱陶しい依頼人に、純狐は平然と核心的な問いを投げ掛けた。
 一瞬、空気が凍った。
「ああ、そうだよッ」
 乱暴に吐き捨てられた言葉に、純狐は目を細める。
「そしていよいよ手に負えなくなった、と。実に愚かですね。嘆かわしい」
「で。自分の手を汚したくないから──ある評判が裏で知られている医者に頼ったってわけね」
 純狐の発言の先を引き取って、私は詰るように言った。
 里に知る者がいたとは驚きだが、知っている者は知っているらしい。

 ──八意永琳は、いつも即断で殺そうとする。

 実際、師匠は命の価値を本当の意味で理解していない節がある。それに、人の話を鵜呑みにするという悪癖もある。男の目論見通りになっていた可能性は高い。
 訪問したのが永琳でなくて残念だったろうが、イカれ具合で言うなら純狐も負けていない。むしろ純狐の異常は誰が見ても否応なしに理解できよう。簡単に人を殺してくれそうであれば、依頼人にとっては別に問題が無かったのだ。ただし実際に殺されかけたのは依頼人だったけれど。
 まあともかく、不運だったわね。
「息子が死んでくれれば、貴方にとっては都合が良いわよね。しかも高名なお医者様のお墨付きとなれば、万々歳だ。上手くやれば事実を闇に葬るのではなく、正当な被害者面で町を歩ける」
 なんて身勝手な発想だ。
 呆れを通り越して、もはや何と言って良いのやら。
「ところで。この子の母親は、どうしました? 御在宅ではないようですが」
 純狐さんは妙な部分を気にした。
「今、あれのことが何か関係ありますか?」
「いえ、別に何も。ただ、貴方は目下の人間を虐げることに抵抗を感じないらしい。それは貴方の言動を掻い摘まむだけでも、とてもよく分かる」
 後で聞くことになる。
 そもそも妻と言うのが、資産に物を言わせて娶った人物だそうだ。度重なる暴力の末、心労が祟ったのか、彼女は病気で早々に亡くなっている。

「──この青年が決定的に狂った原因は、貴方にあるんじゃないですか?」
 例えばの話です。少々おかしかった子供。しかし母親だけは彼に優しく、息子もそんな母親を、嫌いではなかった。

「憶測でものを言うのは」
「やめろ、と? ええ、全て私の直観です。本来であれば手順を踏み、使用人らへの聞き込み等の調査をして裏を取るべきなのでしょうが……面倒です。私の可愛い助手も貴方の話に飽き飽きしているようですし、かく言う私も煩雑な手間を掛けるのは苦手なのです。どうかご寛恕頂きたいものですね。ここは一つ、シンプルにいきましょう」
 で、どうなのです?
 純狐さんは首を傾げて簡単に質問した。依頼人は、ふざけたことを言うなと捲し立てるだけ。実に雄弁に図星だと認めている。ところでいつ私が純狐の助手になった。
「と、いうわけで。慈悲の必要を感じませんね」
 透明な氷を思わせる声は、声音そのものよりも、芯から滲むものが違った。
 純狐は呼吸も同然の殺気を放ちながら、冷やかに笑っている。どこまでも澄み切った瞳は、それ故にどこまでも冷酷だった。
「殺しますね」
 純狐は再び手を翳す。
 閃光が、破裂した。

 だが。

「……優曇華ちゃん?」
 位相をずらして攻撃を遮断する障壁波動が、人一人を殺すに足るだけの低出力の純光を完全に防ぎ切った。
 訝しむ純狐に対し、私は堂々と答える。立ち位置は、腰を抜かした依頼人を庇う位置だ。高純度の殺意にあてられたのか失神している。静かになってくれて非常に助かる。
「ま。これも仕事ですからねぇ。嫌でもやんなきゃいけないんですよ」
「…………」
「純狐さんには分からないでしょうけどね」
 自分勝手な、貴方には。
 嫌悪感に流されて依頼人を殺すのは簡単だ。後始末も手配できる。だが、ここは地上で、私は地上に生きているのだから、それではいけない。たとえ気に入らなくとも、仕事は仕事だ。課された責任を果たすのが筋なのである。それに即断で殺すなんて、知性と品位に欠けるではないか。
 やれやれだわ。どいつもこいつも、困った奴らばかり。私の周りに真っ当な者はいないのか。
 たった一人頑張る私は、なんて健気なんだろうか。下らない世界で懸命に生きる私の姿は、まさに泥中の蓮の煌き。仏さえも頭を垂れるかに思われた。
 私の心配事はただ一つ。私の背中に後光が差していないかどうかということだけだ。
「では、貴方はどう解決すると言うのです?」
「そうですね……」
 答えは、こうだ。
 格子の前まで歩み寄り、狂気に濁った双眸の中心に指を突き付けた。
「始末すべきは、こっちでしょうが」
 永遠亭に持ち込まれた依頼は、その裏の意図はさておき、青年の治療。しかし残念なことに青年の異常は生来のサイコパスだし、それにこれだけの妖気は、祓うには手遅れだ。
 この青年は救えない。
 考慮の末に下されたその事実を、私は本当に心の底から残念に思いながら、架空の撃鉄を落とす。
「──これで、仕事は完了ですね」
 閉じていた目を開く。
 青年の頭部が割れた柘榴と化している。生命反応も無い。確実に即死だ。
「やれやれ。依頼内容が診察と治療ではなく妖怪退治になっちゃいましたね。はぁ~、疲れた」
 なにはともあれ、無事に仕事が片付いて良かった。
 純狐なんて爆弾を抱えての案件だったから、どうなることやらなんて一時は不安だったわよ。
 その純狐だけど、こちらに手を伸ばした体勢のまま、硬直していた。奇妙に固まった、能面のような無表情で。
「純狐さん? 何してるんですか? 早く帰りましょうよ。こいつが起きるのなんて待ってられないですし。会計は後日、八意様にやらせれば良いですから」
 足で小突くのも嫌なので、失神した依頼人を顎で示す。
「………………何を、しているの? 早く手当てをしないと……」
「手当て? 誰の? ……ああ」
 一瞬、依頼人のことかと思った。けれど純狐の視線は柘榴頭を凝視していた。
「何を意味の分からないこと言ってるんです? 確実に即死ですよ」
「いいえ、まだ」
「即死です。確実に、死んでます」
 呆れた。そんなことも分からないのか。
 いや、本当に分からないんだ。純狐に真っ当な生死の観念があるとは思えない。
「私達は、その人間を救いに来たはずなんです……」
「はい。その点は残念ですね。ですが、やむを得ません。妖怪化しかけた人間を放置すれば、他の人間が被害に遭います。断じて、見過ごすわけにはいきません」
 いわば、正義の執行をしたわけだ。
 これは褒められるべき行いだ。称賛と喝采の歓声が聴こえてくるようでもある。

 かっ──くん、と。

 純狐の首が、直角近くまで傾いた。思い浮かぶのは、あれだ、糸が切れた操り人形。しばし虚空を彷徨った視線は、再び焦点を結ぶことはなかった。
 気味が悪い。だから嫌なんだよ、狂人は。
「優曇華ちゃんの言っている意味が分かりません」
「別に難しいことは言ってないですよ」
 面倒と言うか、うんざりな気持ちで、私は頭の後ろを掻いた。
「なるほど確かに、この青年は、まるで獣の子のような悪だったでしょう。それが、死んで当然だった、と? 生きていてはいけなかった、と?」
「誰もそこまで言っていないですよ。でも、人々の平穏を守るためには仕方ないじゃないですか」
 例えば、町行く子供達。これは純狐自身の発言だろうに。人が襲われてからでは遅いんだ。

「………………私は、この青年を救いたかったような気がします。どうしてなんでしょうね?」

 ぽつりと、純狐は呟いた。
 私が知るか。
「よく言いますよ。人の命なんて、どうとも思ってないくせに」
 だけど私は違う。私は、私だけは、命の尊さを理解できる。純狐や師匠、人の危険なんて何とも思わない貴方達とは違うんだ。
「……」
「……」
 妙な間が空いてしまった。流石に、少し厳しいことを言い過ぎたろうか。いや、そんなわけないか。
「純狐さん?」
「はい、どうかしましたか? 優曇華ちゃん」
 凍り付いたまま固まった表情は、晴れやかな笑顔だった。笑い声だけで笑っているような笑い方だ。
「不思議ですね。貴方といると、なんだか楽しいような気がします」
「はぁ、そうですか」
 迷惑なんですけどね。
「この辺りがズキズキするんです」
 と、純狐は胸に手を当てて。
「へぇ、そうですか」
 興味無いです。
「また一緒にお仕事しましょうね」
「猛烈に遠慮します」
 二度とごめんだ。

 こうして。
 不安ばかりだった依頼を、今度こそ無事に終えられたのだった。

 あーあ。今日もひどい一日だった。
 本当にやれやれだわ。どうして私ばっかりこんな目に遭うのかしらね?



「やっほーい。楽しかったー?」
「もう地獄に戻るんですか?」
「まあねー」
「それは良かった」
「安心するのはまだ早いわよん? 純狐は先に行ってて。私は少し、この子と話がある」

 人里を抜けた道が次第に細くなって、終いには細い枝道となって途絶える場所がある。青い髪のヘカーティアはその場所まで純狐を迎えに出ていた。手を振りながら近寄って、二人の様子を直にその目で確認すると、珍しく、ほんの一瞬だけ真面目な表情をする。純狐を先に帰し、ヘカーティアは、そこに立つのが当然とばかりに分かれ道の中心に立った。
 丁度、日が暮れる頃だった。夕焼けの朱色が、ヘカーティアの顔に昏い影を落とす。

「さてと、鈴仙と言ったわね。貴方に幾つか質問よん。簡単な確認だから、別に身構えなくて良いわ」
「何ですか?」
「どうして純狐が月の民を憎むのか知ってる?」
「ええ、一応。八意様から聞きました」
「貴方はそれを聞いて、どう思った?」
「そりゃあ、同情はしましたよ」
「本当は? 怒らないから、言ってごらんなさい」
「……実は少しだけ、自分勝手だな、とは思いましたけど」
「そうね。同意しておいてあげるから、続けて。総評としては、どうなの?」
 他人を自分勝手と評するのは、その判断が妥当であれば仕方ない。だが、他人を自分勝手と蔑むこととそれとでは、大きく話が違ってくる。
 ヘカーティアは気楽で親しみ易い、しかし決して気安くはない笑顔を浮かべたまま、鈴仙の語りの先を促した。
「はい。自分勝手なのは、悪いことです。でも、仕方がないと言うか、可哀そうと言うか、とにかく同情はしたんです」
 鈴仙は目を伏せて滔々と語る。
 悪びれた様子は、全く無い。
 自分語りに夢中な鈴仙は、ヘカーティアの微妙な表情の変化には気付かない。
 今日の一件の様子なら、永遠亭で鑑賞会を開いていたから全て知っている。別に大変そうだったら手助けしようとかではなく、当然、依頼人も青年もまとめて見殺しにするつもりだった。まあ、純狐が暴れて大惨事になりそうだったら流石に割って入るが。その程度の良識はあるつもりだ。
 それはさておき。
 鈴仙のやったことを、ヘカーティアは全て見ていた。
「純狐さんが月の民を憎むのは、ほとんど八つ当たりも同然。でも、そうでもしなければならないほどの悲しみは、私にも分かります」
「ふぅん。そう?」

 分かるはずが、ないだろう。

 ヘカーティアは、腹の底から滾々と湧き上がる笑いを呑み込んだ。
 なるほどエオストレーの話していた通り、これは稀代の道化だ。お姫様の方は沈痛な面持ちで、可哀そうな子と言葉を濁していた。それもまた言い得て妙、たしかに、可哀そうな生き物だ。
「純狐の気持ち。心。悲しみ。憎しみ。貴方はそれらを、分かると言うのね」
「はい。心の底から、彼女の境遇に同情します」
 鈴仙は言った。
 自分に酔った口調だった。

 純狐は息子を殺されている。別に庇うつもりはさらさら無いが、あの男とて理由も無く殺したわけではない。では何故、彼女の息子が殺されなければならなかったのか。鈴仙は聞いているはずだった。
 それなのに、よくもまあ純狐の前で青年を殺せたものだ。軽挙で無神経。同情なんてこれっぽっちもしていないから、そんなことができる。

 死んで当然だった、生きていてはいけなかった、その事実を目の前に突き付けたのだ。
 その時にお茶菓子の落雁を齧り、新感覚を楽しんでいたヘカーティアが言うべきではないだろうが、あの青年に溜まった妖気のみを取り除くことは可能だった。ヘカーティアでなくても良い。神様達が居並んでお茶を呑んでいる永遠亭に、おとなしく素直に戻っていれば、いくらでも手はあった。聞き届けるかどうかで言うと否寄りだが、頼んでみるだけならタダである。往復の道のりくらい面倒臭がることは無いだろう。手遅れだ、なんて、随分と簡単に見切りを付けたじゃないか。
 一応、普通なら難しいことではある。例えばこの一件が里の民間信仰者に持ち込まれるとしたら、人の良い真面目な人物らしい彼女は、相当に苦労した末に、確実に気の毒な目に遭う。それに実を言うと、人里の平穏に思いを馳せる場合、鈴仙の行為それ自体は間違っていないのだ。下手を打てば死人が増えるだけだ。迅速に、確実に、それは何も間違っていない。ヘカーティアが問題視しているのは、その際の欺瞞だ。間違っていないからそれで良いと安心するのは、度し難い愚劣で、極め付けの卑劣である。
「最悪ね」
 つい、口に出して呟いていた。
 もちろん鈴仙以下なんてのは、いくらでもいる。だがそれでも、口をついてその感想が飛び出した。

 都合よく他人を無視し、どこまでも自分本位。時には正義を掲げて悦に浸り、何ら頓着せずに平気な顔で他人の傷口を踏み躙る。自分の犯した過ちには気付こうともしない。
 ちなみにそういうのを、自分勝手と言う。

「何か言いました?」
「いいえ、何も」
「そうですか。まあ、良いですけどね。ところで貴方も大変ですよね」
 分かります分かりますと、鈴仙は勝手に頷いて、勝手に一人で納得する。
「ま、これからも大変でしょうけどね。私からも、純狐さんのこと、よろしくお願いしますよ」
「…………んん?」
 そう言って、鈴仙はヘカーティアの肩に、ポンと気安く手を置いた。何か勘違いしていないだろうか。
 これにはさしものヘカーティアですら、ちょっと真顔で驚いた。
 ともかく鈴仙は本気で言っているらしい。と言うか。ダメだ。これ以上は笑い転げてしまう。
「無礼は全て許してあげる。特例よん? じゃ、またね」
 身を翻しながら言い残し、ヘカーティアは暗がりに溶けるように姿を消した。後には影も形も残らない。魔の気配に支配されていた辻も、元通りの姿を取り戻す。
 後に残された鈴仙は、やはりと言うべきか、調子に乗った大仰な溜め息を吐くのだった。

 ……はぁ、やれやれ。



◇◇◇

 そこは、仙界の類縁のようで少し違う、何処だとは名指しで言えない空間。
 四角形の何も無い部屋の中心に、椅子が一脚だけ置かれている。純狐はそこに座り、虚空の一点を凝視し続けたまま日々のほとんどを過ごす。

「ねぇ、純狐?」
「何ですか? ヘカーティア」
「貴方は、分かっているのかしらね?」
「シンプルな質問ですね。それでは何を訊ねているのか分かりませんよ」
「貴方のことよ。貴方は、貴方のことを分かっているのかしら?」
「……さて、どうでしょうか」

 これはあくまでも例えばの話だが、御霊信仰というものがある。怨みを抱いて無残に死んだ人間を奉り、慰撫しようという発想だ。天満様こと菅原道真あたりが有名所か。
 御霊信仰を安易に日本的と言ってしまうのはヘカーティア的にもどうかと思うが、少なくともキリスト教圏には無い考え方だ。しかしそのどちらにしても、絶対に、必ず、厭なものには一定の対処をする。放っておくなど有り得ないのだ。では、放っておけばどうなるか。
 その想像をして、ヘカーティアはくつくつと愉快げに嗤った。

 怨霊を放置した、そのザマがコレだ。

 ヘカーティアは純狐の体にしな垂れかかり、その頬に手を這わせた。常人ならば耐え難い恐怖に発狂しておかしくない状況に、純狐は眉一つ動かさない。怖がるという当たり前の情動が欠けているのだ。
 純狐には心がある。そして、心しか無い。思考や理屈といったものを始めとして、純狐の精神構造は多くの機能を喪失している。彼女が恐れや喜びを始めとして、その他の殺意以外の感情を覚える機会は、そう多くない。
「あの子のこと、気に入ったの?」
「ええ、とても」
「そうみたいね。私はその理由も分かるわ」
 鈴仙を気に入った、などと。どうしてそのように勘違いしたかと言えば、心が動くのを感じたのだろう。けれど純狐は、その心の動きが、“痛み”だということを忘れている。
 異常者の青年が殺される。それは、純狐の傷口と同じ形をしているのに。

 鈴仙は、自分が調子に乗って良い気分になることが他の何よりも大事という奴だ。そんな風に、自分のことしか見えていない鈴仙は、いとも簡単に他者を傷付けて、そのことに気付こうともしない。普通に邪悪な性質の方がマシだとは言わないまでも、鈴仙のそれはタチが悪い。
 純狐が好んで鈴仙に関わるのは、ある種の自傷行為にも似ていた。なのに純狐は自分が傷付いていることに気付かず、あろうことか、“痛み”を“喜び”と勘違いしたままでいる。なんて歪みなんだか。

 もしかすると似た事件を経て、何かを思い出すかも知れない、などと。地獄の女神ともあろう存在が、まさかそんな期待でもしていたか。
 違う。それは無い。
 純狐の復讐は、ヘカーティアにとって良い娯楽になる。今更だが、地獄を統べる女神様なんてのは、最高最悪なド外道に決まっているのだ。

 ねぇ、純狐。貴方は、分かっているのかしらね。
 地獄の女神は人の幸福を笑わない、ってこと。

「分かっていますよ」
「……私は何も言ってないわよん? で、何を分かってるって?」
「貴方のことです」
「……へぇ。それで?」
「望む所だと言ったのですよ。復讐さえ遂げられるのなら、貴方が何だって構わない」
 全く躊躇せず、純狐は地獄に飛び込むと言う。
 その様が愉快で愉快で仕方なく、もうたまらないくらいに面白い。
「貴方の助力を得てより、私の復讐はかつてない進捗を見せています。有り難く思っているのですよ。ええ、女神の盟友に選ばれるとは、光栄の至りと思った方が良いのでしょうね」
「嬉しいこと言ってくれるわね。私の方こそ、期待してくれるのは嬉しいわ。お礼に、女神の寵愛を一身に授かるとはどういうことか教えてあげる」
 冗談めかして笑い飛ばしながら、ヘカーティアは違った意味で愉快さを感じている。
「何があったのかは、もう覚えていません。我が子の顔も思い出せない。だけどそれがどうかしましたか? 相手が死んでようが関係無い。この手で殺そうが関係無い」
 淡々と、平坦に、起伏の無い声が、怨嗟と殺意を吐き出す。
「許さない。殺してやる」
 ああ、まったく。どこまで楽しませてくれるというのか。
 あの道化も笑えるには笑えたが、こちらの方が、よっぽどヘカーティアの好みである。

 仮に首尾良く嫦娥を殺したとしよう。しかし、復讐以外には何も無い純狐が、いったい他に何をすると言うのだろう。
 羿の死には諸説あるが、純狐は既に羿を殺している。そこで止まっていれば、まだしも救いはあったのかも知れない。だが純狐は復讐を続けた。ならばその疑問は、即ちこういうことになる。純狐は嫦娥の次に、何に復讐心を抱くのだろうか、と。
 妥当な所を挙げてみるとするなら……
 例えば、八意永琳。そもそも彼女は嫦娥の関係者であり、次なる復讐の対象となる可能性が最も高い。
 例えば、蓬莱山輝夜。八意永琳が仕える生粋の姫君である。原則的に、恵まれない者は恵まれた者に対し悪印象を持つ。
 …………いや。
 例えば、ヘカーティア・ラピスラズリなんてのはどうだろう。恐らくは、嫦娥を殺し終えた瞬間、嫦娥の次に、純狐の視界に入る存在だ。何らかの刷り込みが起こらないとも限らない。
 そうなるのも面白い。たとえ次の順番がそうならなくとも、いつか最後の最後には、必ずそうなる。

「許さない。殺してやる」
 同じ言葉を繰り返す様子は、率直にそのまま、針の飛んだレコード。
「この世界は理不尽と絶望の坩堝。私は同情も共感もせず、斯く有れりと頷くだけ頷いてあげるわ。貴方の悲しみと憎しみ、それをそのまま然りと断ぜられるのは、女神である私だけなのよ……?」
 陶然と言い聞かせながら、ヘカーティアは純狐の頭を掻き抱いた。
 温もりなど、伝わるはずもないのに。
「それでこそ、私の見込んだ女よ」
 目を付けた時には、とっくに手遅れだった。行き着く先は決まっている。ヘカーティアの加護で何が変わるわけでもなく、しいて言うなら、その旅路が豪華客船旅行になったようなもの。志半ばで倒れることだけはなくなった。
 絶望的な行く末を地獄の底まで見届けよう。余すところなく堪能しよう。
 最後まで、終わらない復讐に付き合ってやる。
 ヘカーティアは、固くそう誓う。

 ──だから幸せになれないって言ったのに。

 少女の声が聴こえてくるようでもあった。
 それがどうした。じゃあ、他にどうしろって言うのよ。
 うど純って心配になる組み合わせですよね。
 私はとても心配ですよ? もちろん、純狐のことが。

 ではでは、ちょっと言い訳させてもらいますね。
 人を選ぶ話、なのでしょうね。薄々そう感じています。
 別に、徒然なるままに書けるものを書いてるだけだから評価とか気にしてないし、と震え声で空嘯いているのですが、点数の伸び悩んだ作品にもお褒めのコメントが届いていると、ほっと一息な心地になります。鈴仙を求める声があって驚きましたよ? ……うちの鈴仙って、こんなのですけど。
 なにはともあれ、まあ。あくまでも“萌え”です。力説です。癖のある東方キャラ達を可愛く書きたい!! という気持ちが最初にあって、いつでもその気持ちを文章にしているつもりです。どうしようもない鈴仙は愛おしいし、胸がズキズキ痛むのに自覚無しな純狐は愛でるべきなのです。
 それでは、どうか受け入れてもらえますようにと祈りながら、本編とここまでを読んでくださった方に感謝を。
珈琲味のお湯
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コメント



0.800簡易評価
2.無評価名前が無い程度の能力削除
誤字報告
くもぐった→くぐもった
6.100名前が無い程度の能力削除
このうどんげ普通に凄いと想う
チートな戦闘能力をもったサイコパスの群れの中で
自我を保っているし精神的に屈してないしスジも我もそれなりに通すし
それどころか純子にメンタル勝利するし
しかもその場面がドラマであるようなそれより妙にリアルティがあるし

言葉使いは馬鹿だけどこのウドンゲをただ馬鹿にし笑うのは儒教の歴史的な悪い部分に通じると想う

しかしこれを機に純子が復讐を辞めるかもしれない可能性を思うとウドンゲはまさに一騎当千の働きをしたかも

純子が復讐鬼なのは某ニンジャスレイヤーと同じく息子への純愛のためだろう
純子は名の通り純粋無垢
裏を返せば自分の純粋な自分勝手さ以外は不純な穢れたくだらないものとして心底見下している傲慢さと無慈悲さがあると思う
それこそ某フジキドサンみたいに無慈悲さと傲慢不遜さこそ愛する死んだものに捧げる愛の花束と思っているフシがある
無論両者とも相応の実力があるわけなのだがウドンゲは実力も充分になく立場も非常に危ういのにしっかり自分勝手なのだ
もしかしたらこの純子はそこに始めて他人の自分勝手さに敬意を抱きあえて自分の純粋さを自分勝手さを曲げるべき正義を見出したのかもね

自分の自分勝手さやエゴより優先すべきものが正義であると思うけど
正義とは突き詰めたら敬意を感じるべき他人のエゴや自分勝手さかもしれない

駄文なコメントですみません

9.100名前が無い程度の能力削除
この鈴仙は良いキャラしてると思う
小者だけど図太い
11.90レス削除
図太い鈴仙なんて初めて見たわい…
14.90名前が無い程度の能力削除
鈴仙カワイイヤッター
いやあこの鈴仙だからいいんですよ
今後まとも?になるのか変わらないのかはたまた悪化?するのかはわかりませんが、何れにせよ楽しみです
20.90イトツ削除
うどんちゃんにも狂人側としてのポテンシャルが十分にあるように感じますね…。
どんな相手の前でも淡々と語り淡々と行動する危うさ満点のうどんちゃん、素敵でした。
21.無評価仲村アペンド削除
これは素晴らしい。調子に乗ってるうどんげは折に触れ見ますが、それをここまでキャラクターとして確立させた作品は初めてです。
なんというか、破滅が訪れてもしれっと生き延びて「ああ不幸だー」とか言ってそう。
22.100仲村アペンド削除
衝撃受けすぎてポイントつけ忘れた。すごく面白かったです。
27.1003546削除
”……うちの鈴仙って、こんなのですけど。”とのことですが、アリではないかと
いやむしろ、原作設定に忠実ではないかと思います
他の永遠亭がらみの作品も読ませていただきましたが、彼女らの設定をまとめるとこうなるのではないか、そんな気になってしまいます
とにかく説得力がすごい……いや、重いですね
自分は鈴仙お気に入りなのですか、こういう書き方の彼女もすごく魅力的です
この世界観の鈴仙や永遠亭勢をもっと読ませていただければと思います