Coolier - 新生・東方創想話

死体探偵「アジテーション・ホワイト」 ②

2016/11/10 22:59:48
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 身を切るように冷たい風が、ビルの隙間を縫って吹き荒れている。久方振りのこの感覚。甘い夢から覚めた後のように、立ち並ぶ灰色の日常を前にして目の眩む思いがした。空を覆い隠す高層ビルの群れに、鳴り響くクラクション、排気ガスの鼻を突く臭い。科学と云う名の未来予測魔法によって形作られたこの街。
 私は外界にやって来ていた。相変わらずのかちゃましい街並みに頭痛を覚えながらも、早くも慣れ始めた私がいる。当然と言えば、当然。ほんの少し前まで、私の居場所はこの灰色の幻想の中だったのだから。
 通りがかったビルの前、ショウウインドウに映った自分自身の姿が目に入る。耳も尻尾も消え去ったその姿。特徴らしい特徴と言えば、その痩せっぽちの小さな身体とどんよりと濁った瞳だけだ。此処での私は普通の女とそう変わらない。かつての私は、最早自分が妖怪なのか人間なのか分からなくなってしまっていた。この街を離れ、聖を復活させる為に幻想郷に飛び込むその時までは。
 法の光の代わりに街に溢れるは、幻想を駆逐する科学の光。
 私という存在の全てを否定するかのようなこの息苦しさ。
 これが今現在の現実である。畏れの文化は忘れ去られようとしており、古き妖怪はその存在を保つ事すら難しい。
 しかしもちろん、外の世界にも幻想は生き残っている。都会の隙間にも人の心の闇はあるし、まして人間はこの地球の全てを踏破した訳ではない。妖の付け入る隙など幾らでもあるのだ。人に心ある限り、私達妖怪は消え去る事など無い。これからも形を変えて生き続けて行くのだろう。妖怪もなかなか強かなのだ。取り残されているのは、私のような古い妖怪だけ。古きは駆逐され、新しき力が世界を牽引する、それは自然の摂理である。
 だが今は、そんな摂理などどうでもいい。私は私に課せられた使命を果たすとしよう。
 手近の駅に向かい、私鉄に乗り込んだ。旧友に会うつもりだった。そいつはとある大学の教授職に就いており、顔も広ければ多少の融通も利く。血液分析やらDNA鑑定やらを頼むには打って付けの人物なのである。
 鈍行列車にて都心から一時間ほど移動した街にあるさびれた大学の隅。そこに奴の研究室がある。
「岡崎」
 開けっ放しのドアの外から声を掛けると、ソファに寝転んでぐうぐういびきを立てていた女が目を開けた。大きく伸びをして、欠伸しながら目を擦っている。昼前まで眠りこけているとはいい度胸だ。
「ふにゃ……。あら? あなた。たしか……」
「不用心だぞ、仮にもいい歳の娘が鍵も掛けないで」
 しかも、掛けた毛布の下は下着姿だった。卓上には栓の抜かれたワインボトル。どうやら昨夜は酒をかっ喰らってそのまま寝ていたらしい。本当に不用心だな、変質者に襲われたらどうするんだよ。
 岡崎は胸元の辺りをボリボリと搔きむしりながら、再び大欠伸をかました。
「あー。その説教臭い物言い。永添じゃないの」
「欠伸するか喋るかどっちかにしろよ、まったく」
 永添は外の世界での私の偽名の一つである。人より長く生きて来た私や星は、人間社会の中でいくつもの名前を使い分ける必要があった。
「また研究室に泊まったのか?」
「だって帰るの面倒なんだもん」
「相変わらず不健康な奴だな、まったく」
「そうでもないわよ。ここなら不束な助手がご飯作ってくれるし。三食コンビニ飯よりかは健康的よ」
「普段一体どんな生活してるんだい、君は……」
 岡崎は傍若無人にもシャワーを浴びてくると言い放ち、私を放って隣の部屋に行ってしまった。仕方ない、それなら私は私で勝手にやるとするか。
 久し振りにコーヒーでも飲もうと思い立ち、部屋の隅にあるコーヒーメーカーに手を掛けた。豆は確か、下の棚にしこたま蓄えられていたはず。岡崎の研究室に置いてあるのは、ワンタッチで豆からコーヒーを作れるという、国産メーカーのお高いマシンである。ブルジョアめ。
 二杯分のコーヒーを淹れて、部屋に立ち込めるその香りを私が楽しんでいる間に、岡崎が戻って来た。相変わらずド派手な真紅のコートを羽織り、殺風景な研究室の中で悪目立ちしている。濡れた長い髪をタオルで拭きながら大欠伸して、私の視線などお構いなし。ドライヤーくらい使えよ、なんて言ってもどうせ聞かないので、私は黙ってカップを差し出した。
「あら素敵。サンキュー」
 岡崎はそれを受け取りながら、へったくそなウインクをかました。相変わらず変なところで不器用な奴だ。
 岡崎とは結構長い付き合いになる。昔、岡崎が単なる一女学生に過ぎなかった頃に依頼を受け、それからの腐れ縁。あの頃からこいつは変な奴だった。物怖じや人見知りというものをしない。凄まじくマイペースな奴なのだ。
 もちろん岡崎は、私の正体を知らない。だが彼女は私や星の事を聞こうともしないし、知ったところで興味が無いと言い出しそうだ。考えてみれば奇妙な友人関係である。長い長い時間の中で、私はいくつもの友人達を置き去りにして進んできた。彼女もまたその一人になるのだろう、なんて普通は思うのだが、私には岡崎のそんな姿がさっぱり想像できない。それがこの女の凄みなのだった。
 香り立つコーヒーを楽しみながら、私は壁に掛けられた絵を見やった。
 巨大な船の精密な設計図である。岡崎が描いたものだ。その生活習慣は乱れに乱れているにも関わらず、岡崎は頭が切れる。専門外のはずの船の設計をも簡単にこなしてしまう。天才というのは何処か常人と感覚がズレているのが常であるのだが、この女もその類であった。
「まだ諦めてないのか、この次元航行船」
「可能性空間移動船、よ」
 熱い淹れたてコーヒーを一気飲みして、岡崎が言う。よく火傷しないな、こいつ。
「そりゃ諦めるわけないでしょ。私の研究のメインテーマだし」
 異なる時空からのエネルギー抽出による化石燃料枯渇問題の解決、それがこいつの研究テーマである。言うまでもなく、これは完全にトンデモ理論だ。学会ではほとんど相手にされていないと云う。それでも岡崎が若くして大学の教授職を得ているのは、そのトンデモ理論実証の過程でいくつもの有用な成果が生まれているかららしい。その成果を売り込んで国や企業をスポンサーに付け、豊富な資金力で悠々自適に研究を進めている。つまりこいつは、完全に勝ち組なのである。
 そんな岡崎が珍しく溜め息を吐いている。
「外装も理論も出来てるんだけど、理論の実証のほうがねえ」
「芳しくないのか」
「一応、最近注目されるようにもなってきたんだけどね。昨日も本筋の理論について新聞記者の取材を受けたし。だけど……正直、まだまだね」
 さしもの天才岡崎といえどもトンデモ理論の実証には苦戦しているらしく、本筋の研究のほうで学会を納得させられるような成果は出ていないようだ。
 そのトンデモ理論、私自身はあながち間違いではないかもしれないと思い始めている。私は八雲紫の能力を目の当たりにしているからな。異次元云々はさておき、岡崎がやろうとしていることはつまり、八雲紫の能力の再現なのだろう。
 岡崎は話題を変えるように首を振った。
「で? 今日は何? また分析依頼?」
「話が早くて助かるよ」
 私は持参した事件の被害者の血液サンプルと遺留品から抽出した血液サンプルとを机の上に並べた。ラベリングされた小さなプラスチック容器へと一つ一つまとめたのだが、その数は百をかるく超える。持ち運びも一苦労である。
「これだけの量だと、数ヶ月はかかるかな」
「いえ」私が言うと、岡崎は不敵に笑った。「一日で済むわよ」
「一日? 随分盛ったな」
 うふふふ、と岡崎は笑う。楽しくて仕方が無いというように。
 岡崎の手招きに従って隣の部屋に入った私は、思わず変な声を上げてしまった。
「な、な、な、なんだこりゃ?」
 研究室のド真ん中に、巨大な灰色の機械が鎮座していたのである。
「え。なにこれ、まさかDNA鑑定装置?」
「買っちゃった」
 てへへ、と照れ笑いする岡崎。なぜ照れるんだ。
「素敵でしょ。性能は折り紙付き。科捜研でも導入されてる最新型だし。千のサンプルを一時間以内に鑑定できるスグレモノなのよ」
「それを個人で買うか、普通」
「いやぁ、欲しかったからさぁ」
 私が呆れ顔を向けて溜め息を吐くと、岡崎は言い訳するようにぺらぺらしゃべりだした。
「この解析機であらゆる生物のDNAデータをサンプリングしまくるの。そいつを船に積み込んで、いつか異次元に出航するのよ。私の研究テーマにも合致してるし? 可能性空間移動船による時空を超えた種の保存なんてロマンじゃない。これで新しいスポンサーもつくってもんよ。金持ちはロマンが好きだからね。それに税金対策にもなるし!」
「……ああそう」
 鑑定時間が早まるのなら、私としては文句はない。しかし……まったく、ブルジョアめ。
 岡崎は渡したサンプルを鼻歌混じりに機械へセットしている。何が楽しいのかさっぱり分からないが、まあ欲しくて買った機械を使うのが楽しいのだろう。傍から見ると単なる変態にしか見えない。
 頭痛を覚えた私は、よだれを垂らしながら嬉々として機械操作する岡崎を残し、研究室を出た。鑑定には一時間ほどかかると言う。時間を潰そうと、大学の敷地内を歩き回った。
 岡崎の居る大学は一応国立なのだがあまり規模は大きくはなく、資金の潤沢な大手私大などに比べれば施設の老朽化は否めない。建物などは軒並み低く、一部の新館を除けば精々が五階建てといったところだ。また、敷地もそう広くはない。とはいえ、科学技術に特化した専門大学らしく、研究設備の揃い方は一流だと岡崎が言っていた。
 道行く学生達はその辺の私大生に比べるとより学生然としているようにも見える。つまり、課題に追われているのかみんな目が虚ろなのである。私も一時期いくつかの大学で講義や聴講をしていたことがあるが、やはり分野によって生徒の在り方も結構変わってくるものだ。何を人生の基点に置くかで変わるのだろう。この大学には岡崎みたいに研究を生き甲斐とする人間が多いような気がする。あいつも他に移る気が無いようだし、結構水があっているのかもしれない。
 昼休みの時間帯、生協前には生徒達がたむろしていた。掲示板に張られたアルバイト募集の広告を見ているらしい。今はインターネット上でやり取りするのが普通だと思うのだが、技術の最先端にある学府だというのに、変なところが古風だ。
 風が吹いて、私はコートの前を閉めた。風の冷たさは、外の世界でも変わらない。幻想郷に来てから日が浅いとはいえ、私はあそこでの生活に慣れきってしまったようだ。こうして科学技術に囲まれていると、息苦しくて吐き気を催してくる。風の冷たさは厳しいが、今は逆にそれがありがたいとも思う。この居心地の悪さをほんの少しだけ紛らす事が出来るから。
 そんなことを言いながらも、私自身、科学技術を使うことが当たり前になってしまっている。カフェテラスに座って携帯情報端末を操作し、チーズバーガーを齧りながら外の世界のニュースに目を通すのも慣れてしまった。便利さは麻薬だ。一度味をしめたら抜け出す事は難しい。それが自分自身の首を絞めるのだと頭で分かっていても。この息苦しさは私の自己矛盾から来ているのだ。
 ぼうっとしながら、2つめのチーズバーガーに手をかけたその時。
 響いたその音に、私は自分の耳を疑った。
 りぃん。
 全身の毛が逆立つのを感じる。妖の感覚を刺激し覚醒状態に追いやるその音。
 音に導かれて視線を投げかけた先にあった影は、紛れもなく、奴。
 蒼暗色のレインコートにぶら下げたペンデュラム、フードは外していて長い黒髪が冷たい風になびいている。晴天だというのに雨合羽を着たその姿は、少なからず周囲の奇異の目を引いていた。
 馬鹿な。
 何故、奴が。
 無意識に立ち上がった私は、椅子をぶつけてひっくり返してしまった。大きな音がして、奴が振り返る。
 目が合う。
 奴は目を見開き一歩引いた。この遭遇は、奴のほうでも想定外だったらしい。
 奴は背中を見せると、一目散に駆け出した。カフェの店員が咎めるのも無視し、私はその背を追って走った。
「待て!」
 静止の声も聞くはずがない。奴は学内の目抜き通りを駆け抜けて角を曲がり、姿を晦ましてしまった。
 だが、その姿を見せた今、私から逃れることは出来ない。ペンデュラムを使ってダウジングすれば奴の居場所を突き止めるなど容易い。奴が逃げ込んだ旧研究棟の最上階目指して、私は階段を疾風のように駆け上がった。
 奴も逃げ切れるとは思っていなかったらしい。
 屋上にて、奴が待ち受けていた。
「小鼠……何故、貴様がここに」
 私を睨みつけて、青いレインコートの妖が口を開いた。鋭い目で私を睨みつけて、苦々しい口調である。
「知らなかったのか。ここは私のホームグラウンドさ」
「……そうか、貴様は外から来たんだったな」奴は、笑った。「だが浅はかだな、小鼠」
 その右手には拳銃が握られている。
 奴は私をここで始末するつもりらしい。そのために人目の付かない屋上まで私をおびき寄せたという事か。
 いつもの水弾を使わないのは、能力が制限されているからだろう。しかしそれは私も同じ。今の状態、拳銃それ自体は十分に脅威であった。
 ロッドを取り出す暇は無い。私は懐から小傘の十手を抜き放って構えた。
 同時に、奴が発砲する。
 だが、弾丸の軌道は奴の目と銃口の動きを観察すれば簡単に分かる。初弾を避け、私は一歩踏み出す。誘われた奴が次弾の発射を行うと同時に、私は十手を投げつけた。回転する十手は銃弾を跳ね返し、奴の拳銃に当たってそれを弾き飛ばした。
 慌てて拳銃を拾おうとした奴に退魔針を投げ付ける。腕、そして足に針を食らった奴は、その場に倒れ伏した。
「動きが鈍いな。外の世界は慣れていないのか、それとも雨が降らなければ力を発揮できないのか。何れにせよ、使い慣れない武器に頼ったのが運の尽きだ」
「くっ……」
「答えてもらおうか。何故、貴様がここにいるのか」
 だが奴は、一瞬壮絶な決意を湛えた目をしたかと思うと、懐から手榴弾を取り出し、迷うこと無くピンを抜いた。
「馬鹿な!」
 私が叫んだ瞬間、突風が舞い起こり、奴の手から手榴弾を絡め取った。
 不可思議にうねる風は、奪い取った手榴弾に巻き上げたピンを差し込んで爆発を防いだ。まるで人間が手で操作しているかのように精密な動作であった。
「ざまあないわね」
 振り返った私が見たのは、吹き荒れる突風の中でも涼し気な顔で立つ、姫海棠はたての姿だった。どうやらはたては外界の新聞記者に変装しているつもりらしく、若緑色のよれよれコートに腕章を付けて、眼鏡なぞかけている。
 はたては自在に風を操り手榴弾を手にすると、自分のコートのポケットに突っ込んだ。
「はたて……君も来ていたのか」
 はたては私を一瞥するも、何も言わずに奴のほうへ歩み寄り、落ちた拳銃を拾い上げた。そしてそのまま、その銃口を奴へと向ける。
「馬鹿な奴ね。万が一にでも私を殺せると思ったのかしら、四万十」
 四万十……シマント。それが奴の名か。
 皮肉っぽい笑みを顔に貼り付けたまま、はたては続ける。
「悪いけど、あんたごときでは相手にならない。今の私は、射命丸文をすら凌駕する」
 言葉通り、はたての全身には妖力が漲っている。私見だが、その様は確かに射命丸にも引けを取らないと感じた。外界でもその能力を失わずにいる事実が、私の意見を裏付けてもいる。
 奴……四万十は姫海棠はたてを睨みつけると、絞り出すように言った。
「殺せ」
「お決まりの文句ね。あんたなんか殺しても、何の得にもならないわ」
 はたてはそう嘲笑いながら拳銃をくるりと回すと、宙空に放り投げた。風の牙が舞い踊り、拳銃が部品単位に分解されてバラバラと地面に落ちる。
 そうして、四万十に背を向けた。
「愚かな姫百合に伝えなさい。私を殺すつもりならば、あんた自身が来いと。それとも、怖がりの姫百合ちゃんにはそんな度胸も無いのかしら」
 強烈な侮蔑の混じった声色で。
 それを聞いた四万十は顔を真っ赤にして身体を震わせた。震える拳を床に打ち付けて呻く。
「おひいさまを侮辱した事、必ず後悔させてやるぞ……!」
 四万十は足に刺さった退魔針を抜き捨てると、床を蹴って横っ飛びにフェンスへ突っ込み、それをぶち破った。
「あ。ま、待て!」
 とっさに退魔針を放とうとしたが、はたての身体が死角になって、その機を逃してしまった。
 奴はそのまま階下へ落下して行った。能力の大半を制限されていると言っても、この程度の高さを落下したくらいでは妖怪は死なぬ。つまり、逃げられたのだ。
 残された私は、はたてへと詰め寄った。
「何故、逃がしたんだ!」
「メッセンジャーガールは必要でしょうに。それにあいつの目的は分かりきってる。私を追って来たのよ」
「君を?」
「あれだけしつこく私に会おうとしたんだし、あんたも気付いてるんでしょ。私の新聞のこと。奴らは私が邪魔なのよ」
「君は賢者達と敵対していたのか」
「敵対」はたては失笑した。「私はあんな低脳な奴等、どうでもいいわ。興味無いの」
「ならば、何故」
「私は射命丸文を許さない。ただそれだけよ」
 憎悪をむき出しにした顔で、はたてがつぶやく。彼女のこんな顔は初めて見る。その様に、私は少し圧倒されてしまった。
 おかしい。射命丸とはたては友人だったはずだ。以前の取材勝負でも仲良く競り合う姿が見られたのに、今は何故こんなにも射命丸を憎んでいるのだろう。友人があの賢者達の一員だった、その事実が許せないのだろうか。
 また、はたての異常な様子も気になる。前に取材を申し込まれた時はもっと能天気と言うか、朗らかな性格だったのだが、今は言葉の端々に棘が宿る。はたてに何が起こったのだろうか。
「一体何があったんだ、はたて」
「あんたと話す事なんか別にないわ」
「ま、待ってくれ」
「しつこい小鼠ね」
 追い縋る私を、はたては蠅を追い払うように手を振って遠ざけると、さっさと歩きだした。私の事など全く眼中に無いようだ。
 彼女の気を引くために、私はその背に言葉をぶつけた。
「何故、岡崎に会った。あいつになんの用がある」
 はたてはぴたりと立ち止まった。
 くるりと振り返ったその表情には、皮肉や憎悪だけでなく、多少の驚きも混じっている。
 やはり。岡崎に取材した新聞記者とは、変装した姫海棠はたてだったのだ。はたてが外界に姿を現した時に、なんとなくそんな気はしていた。
「あいつの研究が、賢者達に関わっているのか」
「あんた、岡崎教授の知り合いだったの。なんて偶然……けどこれは……」
 口元に手をやって考える素振りを見せたはたては、やがてにやりと笑った。
「それにしてもあんた、噂通り頭は切れるようね。いいわ。教えてあげる。逆よ、私は彼女の研究が奴等に利用されていないかどうか調べに来たの。結果はまあ、お察しの通り。彼女の研究はいまだ実用段階には程遠く、八雲紫の能力を再現するには足りないわ」
「賢者達はそんなところにまで触手を伸ばしていたというのか」……いや。「まさか、八雲紫が?」
 頷くはたて。
「そう。岡崎教授を見つけ出したのは、他ならぬ八雲紫自身よ」
 そうか。
 自分の代わりをする式を使役しているくらいだ。紫は常に自分の代替を欲っしている。手足の代わりに式神の八雲藍を、目の代わりに私を、そしてその能力の代わりに岡崎の可能性空間移動船を、か。紫は外の世界へも貪欲に手駒を求めていたらしい。
「奴等が教授の研究を利用しようなんて思い付く訳が無い。八雲紫の足跡を辿って、その成果を掠め取る。あのド低脳連中にはそれくらいしか出来やしないわ」
 随分な物言いである。以前出会った六尾妖狐も馬鹿にしていたが、賢者達はその所業の悪辣さに反してかなり見下されているらしい。逆に、そのような所業に手を染める事で侮蔑されるようになったのかもしれない。
「ついでよ。もう一つだけ教えてあげる」気取って私に指を突きつけるはたて。「あんた、あの土砂崩れの件でここに来たんでしょう?」
「ああ」
「血液鑑定で面白い結果が出るわよ」
「……面白い?」
「プリズムリバー三姉妹はさぞ怒り狂うでしょうね。だけどそれは、自業自得ってものだわ」
 はたてが高笑いすると突風が巻き起こり、私の目を眩ませた。視界が戻った時には、既にはたての姿は消えていた。言うだけ言ってさっさと消えるとは、流石天狗、なんて自分勝手なんだ。
 やはりはたては色々と事情を知っている風だったが、それを聞き出すのは一筋縄ではいかないようだ。どうやって口をこじ開けたものかと頭を抱えたくなった。
 賢者達との敵対に、花果子念報の記事、射命丸文との関係。そして、はたてが口にした姫百合という名前。
 その名を冠する人妖は私の記憶に存在しない。そいつは、奴、四万十のブレーンなのだろうか。
 聞きたい事は山ほどある。だが、寒空の下、いくら頭を回してみても、答えを持つはたてが居ないのでは意味の無い想像でしか無い。
 彼女の捨て台詞も気になる。私は急いで岡崎の所に戻った。
「遅かったじゃない。何処ほっつき歩いてたのよ。もう出来てるわよ」
 ホクホク顔の岡崎が私にレポートファイルを投げて寄越した。受け取って、その重さと量の多さに愕然とする。
「おいおい、随分多いな」
「そりゃあもう、科捜研でも採用されてる最新式だもん。高精度かつ多角的な分析をしてくれるのよん」
「精度が高いのは嬉しいけど……」
 これだけ多いとありがた迷惑なような気もしてくる。ざっと目を通しただけで頭痛がしてきた。あとで星に手伝ってもらうしかないなこれは……。
 ふと、ファイリングされた資料の中に、一つだけ付箋が付いているものを見つけた。
「あれ? なんだい、この付箋は」
「ああ、それ。一致した奴があったからさ」
 その赤みがかった長い髪を櫛で梳きながら、岡崎が言う。
「そりゃ、あるだろう。どれとどれが一致するかを調べて欲しかったんだから」
「いやあ。一致したの、前回依頼されたサンプルなんだよね。だから印付けといたのよ」
 ……前回、だって?
 前回と言えば……調査依頼をしたのは、あの陰陽玉を盗んで死んだ盗賊の……。
「一致するはずが……」
 呆然としながら付箋の付いたページを開いた私を、さらなる衝撃が襲った。
 呼吸が止まる。
 一致したサンプルの番号は、あのトランペットの少年のものだった。
 馬鹿な。
 何故。
 あの子とあの盗賊は、似ても似つかない顔だった。年齢だって違う、あの盗賊は明らかに成人を迎えていた。仮に兄弟だったとしても、DNA情報が一致する訳がない。同一人物でなければ……。それが何故、一致などする? まるで馬鹿げている、機械の故障だとしか思えない、そうでなければ何かの魔法でも使ったか……。
 その時、燐とヤマメの言葉が頭の中で瞬いた。

――トランペットの子は、あの子と同じだ。名前を与えられない子ども達だったんだ。
――あんたは、人間に土蜘蛛にさせられたんだね。

 覚えている、名前の無いあの子を、土蜘蛛にされた女を。
 ……まさか。
 まさか、そうなのか。
 彼は。
 彼等は。
「……永添? どったの?」
 幻想郷では、幻想が真実となる。
 人間を妖怪だと思い込ませることが出来れば妖怪に変異させることも出来る、あの土蜘蛛にされた女のように。
 それならば。人間を別の人間に変える事も可能なのではないか。力を得るために、力を持った存在それ自体になってしまうことだって。例えば……あるいは……昔々、神話の時代の英雄達などに。
 血は力だ。血統、それは数多の国で信仰されてきた、一つの宗教。力ある者の血は尊ばれ、その血の流れは王者の資格となる。今でこそ能力至上主義が叫ばれているが、かつては血統こそが全てを決定づける絶対の力だった。
 力を求める者が力ある血を求める、それは歴史の必然でもある。歴史上、その多くは婚姻や僭称によって成されて来た。だが、貪欲なる者はより悍ましき方法を夢想した事だろう。
 そして忌むべき事に、幻想郷にはその悪夢を実現する力があった。
 間違いない。
 奴等は幻想郷の特性を利用し、クローン人間の生産を行っている。

――嫌な予感がするの。とても、嫌な予感……。

 ルナサ……。
「どうしたのよ、永添。急に恐い顔しちゃって」
「……岡崎。念の為、確認をさせてくれ。この鑑定結果。機械の故障ではないんだな」
「そりゃそうよ、買ったばっかりの新品よ? ブッ壊れてたら困るわよ」
「ならばもう一つだけ、大至急で鑑定を頼みたい」
「アイサー」
 岡崎はおどけて敬礼なんてしている。
 私は別に持ってきていたサンプルを岡崎に差し出した。これにはルナサに託された陶器の破片から採取した血液を封じ込めてある。
「一つだけなら、そんなに時間はかからないわね」
 岡崎は鼻歌を歌いながら、サンプルを鑑定機にセットした。
 鑑定が行われる間。私は岡崎の下手くそな鼻歌を頑張って聞き流しながら、ゴウゴウと音を立てる鑑定機の前で辛抱強く待った。脳内でぐるぐるといろいろな推測が駆け廻る。私にとって、その時間は苦痛以外の何物でもなかった。
 長い長い主観時間の末、やがて鑑定が終わり、機械が止まった。
「結果を詳細に分析したい。さっきの、付箋が付いていたサンプルのデータと比較したいんだ」
「詳細ねえ。ま、取りすぎなくらいデータ取ってるからどうにでもなるとは思うけど」
「頼む」
 岡崎は魔法を使うような手つきで鑑定機のタッチパネルを操作する。
「同一人物判定は否定みたいね。指数が低すぎるわ。親子判定も高確率で否定……あら?」岡崎の髪をかき上げるもったいぶった仕草が、逸る私をイラつかせた。「兄弟判定は肯定の指数が高いみたいよ」
 兄弟……。
 あの子と、ルナサ達が。
 はたて……この事実を、君は知っていたと言うのか。
 DNA鑑定が90分で出来る機械がマジであるみたいですね。「DNAscan」って言うらしいですよ。かがくのちからってすげー。
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