Coolier - 新生・東方創想話

終末の夢の話

2016/11/05 00:20:18
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終末が訪れるとしたら、多分これ以上ないほどに心地の好いベッドで、今日も一日お疲れさまでしたと、眠りに誘われるようなものなんだろう。
悲しいことなんて何も無くて、ただちょっと名残惜しいかなって思いながら。
ただただ、来るはずの明日を想うようなものなんだろう。

本当に。
本当にそう思うのかい。






ひとつめの泡が膨れた。

「ようこそ。ここは夢の世界です」
ドレミー・スイートが普段通りの顔で、普段通りの大仰なしぐさで、訪問者を迎えた時、目の前にいる金色の髪をぶらさげた少女の金色の瞳が、陽炎のように揺らめくのを、夢の支配者は見るまでもなく理解していた。彼女が何のために、どうやって自分のもとまで辿り着いたのかも、ここが夢の世界である以上知らないはずはなかった。
まして、彼女が何者なのかなど。
「しかし、私が付き合う必要はないでしょう。歓迎しますよ、白黒の夢追い人」
「あんた誰だ」
ドレミーは肩をすくめた。
「他人に名前を訊くときは自分から名乗るのがマナーではないですか」
「ここが夢の世界なら、現の世界のマナーを守る必要なんてあるかしら。それとも、嘘を言ったのか」
「夢と現は表裏一体です。ただ現に消えたもの、現に選ばれなかったものが夢となり、夢は現に変わるもの。よもや貴女がそれを知らないとは言わせませんよ」
口の端を歪めて宣告する。目の前の白黒少女が知らないことを、ドレミーは語る。無垢な子猫に懐中電灯の光を追わせるかのように、あるいは、そよ風に揺られる綿毛をひったぐるように、ドレミー・スイートは歌う。
「先の通り、ここは夢の世界です。そうして私は夢の支配人、ドレミー・スイートと申します。どうかお見知りおきを」

右手と左足でねじれた半月を描いて、ドレミーはするりと御辞儀をした。




ふたつめの泡がぽつんと浮かんでいる。

「それでね、昨日はこんな夢を見たの」
少女は普段通りの夢を見る目で、普段通りの掴みどころのない笑みで、少女以外誰もいない喫茶店のテーブルに掛けている。
夢に取り残された少女は、いつか夢見た夢の話をし続ける。
「…………」




みっつめの泡とよっつめの泡は笑っている。

眩しい。最初に抱いた思いはそれだった。

幾度となく、節操もなく、夜空に咲き続ける花を見ながら、彼女は星や月の方が淑やかで好きだと思った。しかし、縫い付けられたかのように視線を逸らすことはできなかった。自分から終わらせてしまうことが、彼女はどうしても嫌いだったから。
だから、隣でため息をつく少女がどんな顔をしているのかを、彼女は知らない。
「幻想的ね」
視界の端に、紅い刺繍の入った白い袖と、そこから覗く手が映る。何も触れたことのないかのように透き通った手のひらが、誰にも触れられたことのない空を掴もうと伸ばされていて、そっちのがよっぽど幻想にふさわしいと、彼女はその手をとった。
「当然だぜ。なんたってここは幻想郷だからな」
彼女は隣に座る少女の方を向いた。

空には花火も星も月も無くて、ただ彼女より少しだけ温かい手の感覚だけが世界の全てだった。彼女が見る少女の笑顔は夜に照らされて、白から紅へと、変化に気付かないほど自然に移り変わり、夜の色をした少女の瞳に、彼女の金色の髪は星のように映っていた。
眩しい。最初に抱いた思いはそれだった。
「とんだ自惚れだな。そう思うかい」
「ちっとも。私だって同じだから」
「みんなで渡れば怖くない」
「常識にとらわれてはいけない。っていう常識かしら」
「お前は、」
「お前じゃない。名前で呼んで」
「名前」
「名前。名前。大事なものよ。そこに在る意味を与えられたのなら、常に確認しなければならない。誰しもが名前を与えられて、何もかもに名前を与え、その意味の美しさを、醜さを、確認し合うでしょう。私達もそうやって遊んできたじゃない。ねえ」
紅白の少女は名前を呼んだ。金色の少女の名前を。「そうでしょ」と。
「ああ、その通りだぜ」
金色の少女は名前を呼ばない。紅白の少女の名前を。なぜなら少女には名前がなかったから。そこに在る意味を与えられていないから。そこに在る意味はないから。
「さて、そろそろ私は行くとするか」
「あら、何処へ」
「決まってるぜ」
彼女は笑う。可笑しくて仕方がなかった。

こんなにも可笑しいのに、こんな幻想的な場所に留まっているわけにはいかなかった。
空と花火と星と月と少女と自分自身と意味を、全てを笑って彼女は言う。
「夢を現に変えるのさ」




いつつめの泡はふらふらと覚束ない。

あるひとは言いました。目に見えるものこそ現実で、目に見えないものは全て虚無、あるいは夢であると。それが正しいならば、私の世界は他よりもちょっとばかり広いのかもしれない。例えば普通のひとが、現実と夢を五対五で持ってるとして、私は六対七くらいかしら。私には他のひとが見えないものが見えたし、他のひとが見るものを見たり見なかったりしたから。だけど前者は私だけじゃない、お姉ちゃんにも当てはまる話だわ。
ずっと前、凪いだ湖を覗き込んだことがあるけれど、今思えば、その時初めて私は自分の顔を見たんだ。深緑の瞳に白い肌、お姉ちゃんが似合うわよって言ってくれた黒いハットから、ちょろっとのぞいた銀髪。確かに帽子は我ながら似合ってると思う。あの時は恥ずかしくて言えなかったけど、帰ったらちゃんと、ありがとうって言わなくちゃ。
目を閉じると、見えないということだけが見えて、私の世界は零対十で夢になる。そこには不思議が沢山あるのよ。現も不思議たっぷりだけど、やっぱり夢の方が面白いわ。色んなものが浮いているの。大きなもの、小さなもの、ぐにゃぐにゃしてるもの、どろっとしたもの、細長いもの、穴が開いてるもの、ひび割れてるもの、丸いもの、四角いもの、薄っぺらいもの。だけどね、そんなものは現にだって数えきれないくらいあるわ。そんなことはどうでもいいの。
不思議その一、その浮いてるものたちはみんな、小さな管みたいなもので繋がってるの。まるで、私の身体から伸びるコレみたい。そうして、いつか食べた串団子みたいに丸から四角へ、四角からぐにゃぐにゃしたのへ、ずうっと連なって、その先はここからじゃ見えないわ。きっと私がいるのは始発点なんだと思う。それとも終着点かしら。どちらにせよ同じことね、此処は端っこ。ああ、それと、どうやら一本道に繋がってるわけじゃなくて、二股や三股、それ以上に分かれてるのだってあるの。もしあの中を探検する人がいるんだとしたら、迷わずにはいられないかもね。
不思議その二、どうやら私以外にも言葉の通じそうなひとが、この夢の中にいるみたい。なんだか白黒の服に黒い帽子を被って、ふらふらきょろきょろ。おうい、って呼んでみたけど知らんぷり。失礼しちゃうわ。ここは私の夢なのに。だけどあの子の帽子には白いリボンが巻いてあって、ちょっと可愛いなと思ったから、私も勝手に真似してやろう。目には目を、勝手には勝手にってね。帰ったらお姉ちゃんに頼んでみよう。

ああ、夢の世界は居心地が好い。叶うならいつまでも目を閉じていたい。何も悪いことは起きないし、何も失われることだってないんだから。夢って素晴らしい。
だけど、そう思うたびに、目の前に浮いているひび割れたものが、ぽろりぽろりと欠片を落とすんだ。きっと泣いている。ごめんね、悲しませようとしてるわけじゃないの。そう言ったら、穴の開いたものから、そっと細い手が出てきて、私はそれを握って。
吸い込まれる。
飲み込まれる。
現に。


目を開くと、湖に私が映っていた。いつからここにいたのだろう。何時間、何日、あるいは何年かもわからないけれど。とにかく帰ろう。そう思って。
「あ」
立ち上がろうとして、帽子を落としちゃった。お姉ちゃんに貰った大切な帽子。黒い生地に、ラナンキュラス色のリボンが巻かれた、世界でたった一つの帽子。拾い上げて、抱きしめる。ぽろり、私の目から湖の欠片が零れた。私の手は冷たかったけど、その欠片はじわりと温かかった。そうして私は思い出したんだ。この湖は私の目から零れたものだって。思い出してしまったから、止まらない。止めるつもりもない。全部思い出したから。声をあげて、地面を殴りつけた。穴だらけで、ぼろぼろになった帽子を抱きしめて、喉の奥から空気を絞り出した。そうして吐き出して、吐き出して、何も出なくなって、疲れて、疲れて、私は眠っていた。

あるひとは言いました。ごめんなさいと。忘れてしまってごめんなさいと。現を見てしまってごめんなさいと。夢を見てしまってごめんなさいと。




むっつめの泡はもうどこにもない。




ななつめの泡は○○○を探していた。

「やれやれ、困ったものですね」
ドレミー・スイートはお気に入りのティーカップを揺らしながら独りごちた。少々熱く淹れすぎた珈琲が冷めるのを待つ間、退屈しのぎに様々な夢を覗いていた。夢を見る夢、夢を語る夢、夢を探す夢、夢を見られない夢、夢を忘れる夢、夢を失う夢、夢、夢、夢。生まれては消える夢たちを、ドレミーは残さず舌で絡め取った。くちゃくちゃと口の端から涎を垂らしながら、後味が一切消えてしまうまで、それを喉奥に溶かしつくした。そうして、しばらく目をきつく瞑って、やがて大きく息を吐いた。
「随分行儀が悪いわね」
背後に座っていた稀神サグメが低い声を出した。こちらを半目で睨んでいるようにも見える。ふと、彼女の声を聴くのは何年振りかと思い出そうとしたが、あまり意味がないのでやめた。
「好いではないですか。至福のひとときくらい自由にしても罰は当たりません」
ドレミーは大きく腕を広げた。
「それに、行儀なんて現の世界のマナーです。ここは夢の世界なのだから……タロットですか」
独り芝居を中止してドレミーは顔をしかめた。サグメは、黙々とカードを並べては沈潜している。手持無沙汰になったドレミーは、すっかり冷めきった珈琲を飲み干すと、サグメの向かいに座ってカップを放り投げた。口の中の苦みが鬱陶しかった。
「未来のことをいくら思ったところで、所詮は枝の一つでしかないのに。まして貴女にとっては、シーソーをどちらに倒すのなんて造作も無いことなのに。貴女はいつだって今を見てくれやしない。片腕の弥次郎兵衛だって、倒れた先のことよりも、倒れまいともがくだろうに」
サグメはテーブルに釘づけていた目線を少し上げた。並べられた十枚のカードは、未来を示してなどいない。テーブルの上にあるのは、ただの絵柄が描かれた十枚のカードで、ここが夢の世界であるならば、どんなことにも意味はないのだろう。

サグメは、フォーチュンオラクルの中央に置いてあった、吊るされた男のカードを破り捨ててドレミーの手を取った。




やっつめの泡は今にも破裂しそうだった。

「なんだ、全部食べてしまったのかい」
少女は楽しそうに笑っている。そうするのが当然で、そうするのが自然で、理由など考えず、意味などなく、少女は楽しそうに笑っている。くすんでしまった黒い帽子を目深にかぶり、からからと、げらげらと、何も残っていない夢の跡地で笑っている。
「ああ、気にしてなんかいないよ。まして恨んでなんか。だって、ここは終着点で、ここから全てが始まるんだから。いつだって、終末は心地好くて、始まりは爽快で、意味を与えるとしたら、それは私の役目ではないのだから」
少女は眠っている。何も残っていない夢の跡地に、唯一残された少女は眠っている。少女は、少女の頭に乗っている、くすんでしまった紅い帽子をそっと外して、夜明け色の髪に触れた。役目の無い少女は、名前の無い少女の髪を撫でている。壊れないように乱暴に、起こしてしまいそうなほど優雅に、二人で一つの少女は永遠の時間を過ごしていた。
「さて、そろそろ私は行くとするよ」
少女は紅い帽子を少女の頭に乗せ、くすんでしまった黒い帽子を目深にかぶり、立ち上がる。
「ああ、そうだ。忘れていた」
くるりと向き直り、少女はいたずらに舌を出しながらぺこりと頭を下げた。わざとらしく、意味のない、あまりにも自然な動作だった。

少女は眠っている。
少女は笑っている。
少女は眠っている。
少女は笑っている。




泡が破裂した。


そうして目を覚ました。
随分と長く眠っていたような気がするが、それを思い出すのは億劫だった。障子の外は暗い。しかし、暗がりに似合わぬ騒がしさがあった。
宴会が開かれている。
人と妖怪と鬼と神様とそれ以外の何某が、一つ空の下で集まって、やれ酒だ踊りだと、騒ぎ立てている。その中心に立っている白黒の少女が、こちらに向かって、酒瓶と枡に塞がれた両手を乱暴に振っている。よく聞こえないが、おそらく名前を呼んでいるのだろう。仕方のない奴だ。

ぽとり、何かが頭からずり落ちた。それを確認しようとして、既に腕を引っ張られて首を回すことはできなかった。宴はますます賑やかになり、夜は終わる気配を見せない。面倒くさくなって、その世界に身を任せるように、笑った。



くすんでしまった黒い帽子をかぶった少女が、くすんでいない真新しい紅い帽子を拾い上げる。そうして、笑って、笑って、笑い続けている。

「さあ、ここから始めていこう。永遠の楽園は、今ここにある」

少女たちは楽しそうに笑っている。



おわり
 夢は現に変わるもの、だけど、もしかしたら私自身が、誰かの見ている夢なのかもしれないと、考えてしまうこともあるでしょう。
 それでは、夢を見る人の夢を見る人の夢の夢の夢の……最後にたどり着くのは、一体誰なのでしょう。
 それとも、最後なんてなくて、夢は永遠に繋がっているのでしょうか。
 さあて、それを知るのは神か人か、それとも……。


お読みいただきありがとうございます。創想話では三作目になります。
夢を夢見るお話は、一度は書いてみたいと思っていました。拙作ではありますが、一つ叶って好かったです。
それでは、また次の作品で会いましょう。
静楓
http://twitter.com/shiz_maple
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