Coolier - 新生・東方創想話

秘密の膝枕

2016/11/03 02:15:58
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「れいせーん。れいせーん」

 私を呼ぶ声が聞こえる。屋敷の奥の方からだった。玄関で靴を脱いで中に入ると、すぐに声の主が分かった。姫様だ。
 姫様は人と比べて桁違いに長い波長を出している。八雲紫や風見幽香などの長生きしている妖怪と似ているところがある。長生きするとみんな波長が長くなるのかと言われればそうではない。
 いい例にてゐがいる。あの子は自称長生きのくせに波長が短く、短気な性格だ。
 姫様は居間のちゃぶ台の前にちょこんと座っていた。長い髪を畳の上にまで広げ、私を見ると眩しく感じるほどの笑顔を見せた。

「お茶を淹れてくれるかしら」
「あ、はい。ただいま」
「湯呑は二つよ」
「えっ、二つ、ですか」
「二人いるのだから二つ必要じゃない」
「は、はい。そうですね……」

 姫様はさも当たり前のような口調でそう言った。確かにこの場には私と姫様の二人がいるが、この二人でお茶を飲むというのがそもそも珍しいことだった。
 波長の長い者の考えることは分からないことが多い。長生きしているならなおさらだ。
 台所でお湯を沸かし、急須にお茶の葉を入れた。戸棚から姫様用の湯呑と、特に誰のものと決められていない湯呑を取り出した。
 ふと戸棚の中の皿を見ると、団子がいくつか盛られた皿があった。きっとてゐがお月見用に作って余ったやつだろう。お茶と一緒に持っていこう。

「お待たせしました。姫様」

 お茶の葉が開いてきた頃を見計らって居間に戻ると、姫様はさっきと全く変わらない姿勢でそこに座っていた。長い袖で口元を隠しながら「うふふ」と何故か笑っている。私は自分の恰好が何かおかしいのかと不安になり、スカートの裾やブラウスのボタンを確かめたりした。

「姫様。何かおかしいでしょうか」
「いいえ。鈴仙は今日も可愛いわよ」
「そ、そんなことはっ」
「うふふ、ほら、お茶を淹れてちょうだい」

 何だか試されているような気分だ。姫様はいつも余裕を持った態度でいるから、自分の小ささに胸が苦しくなる。

「他のみんなは?」
「お師匠様は人里へ往診に行きました。私もついて行こうとしたのですが、竹林の途中でやっぱり帰りなさいと言われました。てゐは妖怪兎に団子を作らせて、それを幻想郷中で売ってお金稼ぎをすると言ってました」
「ふふ。そう。永琳が途中で帰したのね」
「はい……私、何かいけないことをしたのでしょうか」
「いいえ。何もしてないわ。私が保証する」

 姫様は何か確信を持っているかのように断言した。そしてお茶をズズズとすすって、お団子を素手でつかんで食べた。

「鈴仙も飲みなさいな」
「はい……」
「緊張しているの?」
「いえ、そのようなことは。ただ、色々考えることがありまして」
「お茶を飲むのに考える必要はないわ。無心になりなさい」

 姫様はお茶を飲み、お団子を食べ、またお茶を飲み、ふうと一息ついた。そして一分ほど居間の中空を見つめ、ハッと何かを思い出したかのようにまたお茶を飲んだ。長い長い姫様の波長は揺らぐことなく流れている。
 外で竹の葉がこすれる音が聞こえた。秋のやや強い風が竹林を吹き抜け、竹をしならせている。
 私はお茶の温もりが身体の中に入ってくるのを目を閉じながら感じていた。目を閉じていても姫様の波長は感じるし、竹林のざわめきも聴覚を通して感じる。ただ、視界がない分、頭に適度な休息を与えているような感じはした。

 ふと目を開けると、姫様が私の顔をじっと見つめてきていた。大きな瞳で私の狂気の瞳を、穴を開けんとせんばかりに凝視してきた。私は咄嗟に目を逸らしてしまう。

「ひ、姫様。私の瞳をそんな風に見るのはおやめください」
「大丈夫よ。狂気の瞳は月人の私には効かないもの」
「そうでなくとも、そう見つめられるのは少し恥ずかしいというか」
「あらそうなの? 私は鈴仙の瞳の色が好きなの。その宝石のような赤い瞳、取って食べちゃいたいわ」
「それはホラーですね……」

 姫様は笑顔を崩さずにそんなことを言う。冗談と言うことを理解していても怖いという感情は私の中でどうしても生まれてしまう。

「てゐも永琳もしばらく帰ってこないのよね?」
「おそらくそうですね」

 ふーん、と姫様は初めて笑顔を引っ込めて考え込んだ。端正な顔立ちは例え笑顔でなくても姫様の美しさを表している。
 姫様はお茶を飲み干し、湯呑をお盆に置いた。お団子はいつの間にか全てなくなっていた。私も飲みきって片づけてしまおう。

「鈴仙、ちょっとこっちに来なさい」

 ややぬるくなったお茶を飲み終え、お盆を持って立とうとしたら、唐突に姫様がそう言った。トントン、と自分の身体のすぐ横の畳を叩いて「こっち」と。
 私は様々な考えを巡らせたが、何故そんなことをするのか、どういう目的があるのか、私の想像力程度では姫様の考えを見抜くことは無理だった。
 お盆を置いてゆっくりと姫様の隣へと歩き、「座りなさい」という言葉で姫様と同じ方向を向いて、姫様の右側の畳の上に正座した。

 さっきよりも姫様の顔がうんと近くなった。私は身体はそのまま動かさず、首から上だけを姫様に向け、「なんでしょうか?」と尋ねた。

「そのまま90度右を向いて」
「はあ」

私は右を向いて姫様に背中を向けた。すると姫様は私の両肩を掴んで上半身を倒し、私の頭を自らの膝の上にぽんと乗せたのだ。

「ひっ、姫様、これはっ」
「怖がらないで鈴仙。別に今夜は兎鍋じゃないわ」
「そうじゃ、なくて、えっと、これ、膝枕……」
「そう。膝枕よ」

 動悸が激しくなる私とは対照的に、姫様は非常に落ち着いた口調と態度を保ち続けていた。姫様は乱れた私の前髪を左手で直し、私の狂気の瞳をしっかりと露出させた。
 姫様は何を考えているのだ。何故膝枕をされているのだ。
 私の中にいくつもの疑問が浮かんでは膨らんで、溢れそうになっていた。

「鈴仙、ゆっくりと目を閉じて、私の言葉をよく聞いて」

 私は言われた通り目を閉じた。姫様の微笑みが瞼によって遮られてやがて暗闇が視界を覆った。心臓は早めた鼓動を戻せずにいるようで、ドクドクと私の身体に振動を与えてきていた。

「あなたは少し臆病なところがあるわね。大丈夫。リラックスして聞いてね。まず、永琳があなたを往診に行かせなかったのは、あなたのせいじゃないわ。あなたが疲れていると思ったから休ませようと思ったのよ」
「そうなんですか」
「そうよ。だって鈴仙、ストレスが溜まるとすぐに耳がしわしわになるじゃない」
「えっ、なってますか!? しわしわに!?」
「ええ、とっても」

 姫様は私の長い兎耳を優しい手遣いで撫でてくれた。少しのくすぐったさがあったが、それに勝る心地よさがあった。鼓動が少しずつ落ち着きを取り戻していくのが分かった。胸につかえていたモノがすうっと消えてなくなっていくような感覚

「最近、月に行ってきて疲れてたでしょう? 永琳も分かってたのよ」
「じゃああれは……お師匠様なりの気遣いだったんですね」
「ええ。だから今日はゆっくり休みなさい」
「でも、さすがに姫様のお膝の上で休むのは……」
「名前で呼びなさい」
「へっ、か、輝夜さま、ですか?」
「そう。二人の時は輝夜と呼びなさい。約束よ」
「は、はあ。なんでまた」
「私はもうお姫様ではないもの。あなたと同じ、地上の住人よ」

 あなたと同じ、と姫様は言った。私が最近、自分のことを「地上の兎」だと言っているのを姫様は知っていたのだ。元は月の兎だけど、私はもう地上に長く居すぎた。もう帰ることはできない。そして姫様もまた私と同じく、月には帰りたくても帰れない立場なのだ。
 姫様の柔らかい手が、私の耳や髪を撫でている。目を閉じていても手つきから優しさを感じられる。しわしわになった私の兎耳も少しはマシになっただろうか。

「この間は助かったわ。私や永琳じゃ手が出せなかったから」

 姫様の声は柔らかいクッションのように私を包み込んでくれる。目を閉じていると聴覚が敏感になり、より一層の心地よさを感じる。耳から入った言葉が全身にゆっくりと広がっていき、身体の緊張がほぐれていくようだった。

「永琳は薬を使わなかったことを怒っていたけど、それは表面的なものに過ぎないわ。それにあれは鈴仙の身を心配していたからこそよ。心の奥では月を救ってくれたことを感謝しているはずよ」
「そうでしょうか」
「そうよ。間違いない。私が保証するわ」
「ひ、輝夜さまに言われると、何だか説得力がありますね」
「ねえ鈴仙、ゆっくりと目を開いて」

 今度は唐突な言葉にも動じなかった。私は仰向けの状態でゆっくりと目を開いた。当然だが、目の前には姫様の顔があり、口元に笑みを浮かべながら私を見下ろしていた。

「綺麗よ鈴仙。綺麗な赤い瞳……」

 姫様は私の顔に手を添えながらうっとりとした声で言った。

「その瞳を、もうあなたは殺すために使わなくていいのよ。あなたはもう月の兎じゃないもの。地上の兎として、地上の住人を守るために使ってちょうだい」
「輝夜さま……」

 姫様は「地上の住人」と言ったが、それはきっと姫様や師匠やてゐのことなんだろう。少なくとも私はそう解釈した。

「鈴仙はやればできる子だってことが今回の働きで証明できたじゃない」
「あははは……輝夜さまはともかく、お師匠様にはあんまり信用されていないような」
「永琳は厳しいのよ。自分にも他人にも。永琳はきっとあなたが負傷したら自分のせいだと考えるわ。だからあんな薬を作ったのよ」

 私は結局あの薬を使わないで月まで行ったのだけど、帰ってきて師匠に怒られてしまった。そこで姫様が仲裁してくれて、私は無事永遠亭に戻ることができたのだ。

 姫様に頭を撫でられていると、何だか眠気が襲ってきた。姫様の暖かなおみ足や、耳を撫でる手のひらの温もりも、睡魔に拍車をかけた。

「眠いのね。このまま眠りなさい鈴仙。しばらくは誰も帰ってこないから、ずっと膝枕しておいてあげる」
「でも、輝夜さまの足がしびれてしまいます」
「永遠と須臾を操る私がそんなことになると思うかしら? いいから、目を閉じて眠りなさい」

 姫様は空いていた右手で私の右手を握った。姫様の柔らかな手の感触と温もりが伝わってくる。その温もりは私に安心感を与えてくれ、深い睡眠の海へと私を沈めていった。

「輝夜さまの手は……いつも暖かいですね……」

 寝言のように放った言葉に、姫様は私の右手をぎゅっと握ることで答えてくれた。まるで、安心して眠りなさい、と言わんばかりに。

「あなたの瞳と同じように、私の手にもきっと不思議な力があるのよ」

 それが最後の言葉だった。そこから私の意識は徐々に遠のいていき、睡眠の底へと静かに落ちていった。姫様と触れ合っている右手だけがいつまでも暖かかった。
13作目です。
鈴仙ルートEDの二人の絡みが好きだったので、もうちょっとだけ先を想像して書きました。
ゆるーいあたたかーい関係だったらいいなって思います。

Twitterやってます→https://twitter.com/Shizuoka_th
しずおか
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コメント



0.350簡易評価
4.100和氏削除
波長の長いマイペースな輝夜いいね
6.100南条削除
鈴仙が大事にされていて良かったです
優しいお話でした
7.100奇声を発する程度の能力削除
良いお話でした
8.100非現実世界に棲む者削除
和やかな雰囲気がとても良かったです。
輝夜様の優しさが眩しいです。
9.90とーなす削除
姫うどん……姫うどん……。
昔っからこの組み合わせ好きでしたが、紺のおかげでぐっと良作が増えましたね。ありがとうございます。
10.100名前が無い程度の能力削除
かわいい
12.100名前が無い程度の能力削除
まったりゆったりと、心地良かったです
14.100名前が無い程度の能力削除
姫うどんいいよね……