Coolier - 新生・東方創想話

公園地帯

2016/10/28 00:55:43
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 十月になった。大きな台風が二つ通った。長い雨の上がった翌朝から、表が急に秋めいて冷え始めた。長袖に着替えて大学へ出ると、蓮子が来て、週末は忙しいのかと訊いた。口調の大事そうなことからして、オカルトサークルの活動に誘っているらしかった。
 私は、特に何と言って用事もなかったので、土曜日でも日曜日でも暇だと答えた。どこでも蓮子に任せてついていくつもりであったが、一応のこと、「今回はどこへ行くの?」と訊ねたら「天王山の方」という返事であった。紅葉狩りに行くには時期が早すぎるようだと思ったが、山へ登るわけではないらしい。
「ちょっと気になってる噂話があってね」そう言って蓮子は私の目を覗き込んだ。「メリーにも付き合って欲しいの」

 土曜日は朝から臙脂色の阪急電車に乗って大山崎まで出てきた。改札口を出て顔を上げると、天王山は悠々として、街並みの向こうに横たわっている。私は、街全体が巨人のようなこの山に見下ろされている気がした。
 蓮子は集合時間より十五分遅れて来た。私はその間を、駅前の小広場で石焼き芋を食べていたが、通りすがりの販売車を呼びとめて買った芋は大変美味しかったので、蓮子の到着を待たず食べきってしまった。蓮子は「寒かったでしょう」としきりに心配して遅刻を詫びたが、焼き芋で熱々としていた私は構わなかった。それよりも、ふと、蓮子の背に負ったリュックサックの大袈裟な容量が気に掛った。私は、このとき初めて今日大山崎へ来た目当てについて詳しく尋ねた。
 蓮子は、端末に地図を表示しながら「変な公園がね、あるらしいの」と言った。
「公園?」
 いつもの調子では気持ちの悪い墓地や廃ビルに踏み込むことになるかと構えていた私は、公園というのどかそうな響きを聞いて少々気抜けした。
「学部の知り合いが最近この街の美術館を見に行ったんだけれど、道が分からなくなって行ったり来たりしていたときに、公園を見つけたらしいわ」
「何か、変な遊具でもあるっていうの?」
「いや、遊具は滑り台とかジャングルジムとか、どこでも見かけるようなのよ。変なのは遊具じゃあないの。なんでも、その公園、どこからも入れないらしいわ」
 それだけ言うと蓮子は先に立って歩き出した。蓮子の言うことがあまり奇妙だったもので、リュックサックの中身についてはついそのまま聞き忘れてしまった。
「どこからも入れない公園」とはどういうことか、私には想像しにくかったが、先々と歩く蓮子に従っていくと、それは、意外なほど早く私達の目の前に現れた。
 二人てくてく歩いて十五分ほどの移動だった。短い道のりのうちに、なんだかここは不思議な街に思われた。
 駅前から北東へと登る道路はくねくねと曲がっていて、道なりに歩いていても先が見えず方角を見失う気がした。その道の右手には新幹線の高架が沿っており、灰白色をしたコンクリートの橋桁が何本も立ち並んでいる様子は、街に取り残された巨大な遺跡のようだった。反対に左手を見れば、住宅区を一つ隔てて東海道本線と阪急京都線の線路が並んで伸びている。また、蓮子の地図でその先をたどれば、向こうでは名神高速道路と京滋バイパスが縦横に交差しているのが分かった。私達は、線路と高速道路で三角形に仕切られた街を歩いていた。
 しばらくは車通りの多いところを歩いていったが、途中で蓮子が思いついたように住宅街へ入り込んだ。
 ある同時期に一斉に建てられたと見られる家達が、図書館の本棚のように整理されて並んでいた。前後を見比べても同じ街並みが続いているので、私は眩暈に似た混乱を感じた。
「もうすぐよ。噂が本当ならね」
 蓮子は端末から目を上げないまま言った。地図に集中して、きょろきょろ見回さないことが、迷子にならないための秘訣かもしれない。
 果たして蓮子の予告通り、公園は間もなく現れた。
 さして広くは無い公園だった。ほぼ正方形をした、五十坪にやや足りない程度の地面に、茫々とススキが生え放題でいる。遊具には、大中小の高さに並んだ鉄棒三本と、バネ脚の木馬が四頭、それに自動車のタイヤが四つあるのみで、蓮子の話に聞いていた滑り台とジャングルジムは見当たらなかった。
 入れない、と言っても、堀を巡らせているとか、門番が立っているなどいった、異様な障害があるわけではない。その公園は、高さ三メートルほどの金網に囲われていた。そうして、その金網には出入りの口がどこにも開いていないのだった。
「ここだわ。間違いない」
 私は公園の左右に隣接する家二軒の、クリーム色に塗られた壁を見た。両家とも二階部分に窓が付いていたが、カーテンを掛けて中を隠している。私はまた、公園の背景を塞いでいる黄土色の三階建てビルを見た。こちらはのっぺらとした壁に雨どいから垂れる水の跡が幾筋か黒くしみついているのみだった。元、ここには何か大きな建物があったのかもしれない。
 寂しく空いた街の穴を慰めるように、四頭のバネ木馬が金網の中に踊っている。
「変なのね。これ本当に公園?」
「私有地なわけないわ。これじゃあ土地主も入れないじゃないの」
 蓮子の言うことはもっともらしく思われた。無関係者の出入りを制限するための金網というなら、錠のかかる扉くらいはどこかに設けるのが自然だろう。ひたすら人を入れさせないためとしても、見上げるような高い柵はちょっと素人離れしているし、単なるススキ野原一面に対して過剰なことである。
 こうした色々の違和感たちが私の頭上で戦っていた。そうしながら、依然として私の目にこの場所は、噂通りの「入れない公園」であるとしか思えなかった。
 私は、近隣の住民達はこんな公園をどう思っているのだろうかといぶかしんだ。が、その答えは「あっ」と言って蓮子の指差した方向に見つかった。
「あの隅っこの所から中に入れるんじゃないの?」
 見れば、公園の奥の右隅、家と小ビルとの隙間に、狭いながらも道らしきものが続いている。
「なあんだ、外に通じてるじゃないの。裏側から回って来れば良いんだわ」
 街の人々もそう納得しているに違いなかった。道路に面した表側を金網で囲っているのは奇妙だが、ボール遊びの安全を確かにするための措置と解釈することも出来る。
 話の筋の通ったところで、肩を竦めて帰ることも出来たが、せっかくなので公園内に入ってみようということになった。
「もしかしたら結界の類かと思ったのに、メリーの目にも反応無しか」
 蓮子はつまらなそうにそう言いながら、別に残念という様子でもなかった。こんな始末のいい加減な噂話などは、秘封倶楽部の活動地には有り勝ちなものなので、私もせいぜいが滑稽を感じるくらいである。
 しかし、そんな秘封倶楽部の平気さも、区画を迂回して壁伝いに歩いていくうちに、何か呆れたような苦笑いへと変わってしまった。
 いくら遠道を回って角を曲がろうとしても、あの公園の隅へ繋がることが一向出来ない。行き止まりに会ってばかりで進展が無い。正路を探して五分ほどうろついていると、気が付かないうちに家々の地面に高低差が付き始めて、地図を見るのさえ頼りなくなった。
「何かおかしいわ」
 先に言ったのは私だった。蓮子は端末をしまい、少しだけ腕時計を見て「戻りましょう」と言った。「絶対に中に入ってやるわ」
 
 金網の前まで戻って来ると、蓮子は例のリュックサックの口をとうとう開けて、中から縄梯子の束を取り出した。私は、こんなものを蓮子はどこで買いそろえて来るのだろうと思っていた。
 固く巻き込められた縄を蓮子は手際良く解き、金網の内側へ投げ込むと、網越しに垂れさがった縄の一端を柵の脚へと括り付けた。これを使って金網を上ろうというつもりらしかった。
「こんな目立つところで、誰かに見られたら通報されないかしら」
 流石に不安を感じた私は誰も居ない住宅街で声を落とした。蓮子の方は意に介さず「だって、ここは公園なのよ」と言った。
「公園なら入って悪いわけがないわ。誰でも好きなときに入れるはずよ。ここは公園なのよ」
 蓮子はまた言った。
 初めに蓮子が梯子を上り、無事に向こう側へ脚を降ろすのを確認してから私が続いた。「つま先を網の隙間に引っ掛けながら降りると安定するわよ」と蓮子が忠告した。
 縄梯子とは元々こういうものなのか、あるいはまだ使い込まれていないせいなのか、足を乗せて体重をかけると、縄が少し伸びるようだった。
 蓮子の忠告に助けられながら、恐る恐るのことで梯子を降り終えると、公園は外から見るよりも広々と感じられた。アスファルトに舗装されていない砂の地面、風が吹くとサラサラ音を鳴らしてなびくススキの群落、赤青黄緑に塗られた木馬たちの単純な色と形、からからに乾いてひび割れたタイヤの黒い表面。そうした公園内一切のものが、金網を越えて立っただけで、驚くほど自分に迫って来るのだった。
 反対に、公園の側から振り返って街を見ると、表札も、呼び鈴も、郵便ポストも、路傍の花も、電柱に張られた学習塾の張り紙も、全て玩具のように均質に、すべらかな物に見えた。
 ぼんやり立ちつくしている私をよそに、蓮子は素早く縄梯子を片付けていた。あまり手際が良すぎるので、出し入れの仕方を自室で練習してきたのだろうかと思うと可笑しかった。
 羽毛に似た手触りのススキ野原をかき分けて、ようやく右隅の道まで横切って来た。家とビルとの隙間から覗いたその道は、足元に赤いタイルを敷かれている。左右から塀に挟まれて窮屈ではあったが、これは確かに人が通るための道らしかった。
 蓮子が先に立って奥へと進む。
 左右の塀は高く長く、まさに迷路を歩くようだった。つま先立ちをして見回しても、ほとんど塀の向こうの家の屋根と、アンテナくらいしか見えない。そろそろお昼時に差しかかり、太陽は後ろだった。私はふと、「空の見えるトンネル」という言葉を思いついた。蓮子は端末で現在地を確認しながら、「驚いたわ……」とか「なんでこんな風に……」などとぶつぶつ言っている。
 道は一度左へと直角に折れ、そこからしばらく行くと、右へ分かれる道が出てきた。
 いよいよ迷路めいてきたなと呑気に考えていた私に、前を歩く蓮子が「どっちに行くかはメリーに任せるわ」といきなり主導権を放った。
 ここまで全て蓮子に任せ切っていた私は少々戸惑ったが、さっき住宅街を歩き回ったときの様子を思い出しながら、右の道の方が早く途切れそうだと推測した。まず右へ行き途切れたら、また戻ってきて先へ進めばいいと思った。
 右行きを選んでみると、私の予想した以上にそっちは早く途切れた。目隠しをしていた塀が不意に終わり、表へ抜けだしてみる。
 驚いたこと、そこには公園があった。
 初めに入り込んできた公園と比べて半分ほどの広さの、慎ましい公園だった。じんわりと湿った質感のシーソーがあり、塗装の剥げた滑り台が置かれている。前に面した道路は一車線なのに車が良く通る。
 私達はしばらく何も言えずに顔を見合わせた。
「公園と公園がこんなに仲が良いなんて、知らなかったわ」
 ようやく言えた私の台詞は、自分でもばかばかしく聴こえた。
「これが入れない公園の正体よ。入口がないのとは違う。離れた位置にある他の公園と一体なのよ」
 そう言って蓮子は端末の画面を私に向けた。表示されている地図上に、ここまでたどって来た裏路地が赤い線として示されている。住宅と住宅の狭い隙間にあるので、地図上には描かれていないらしい。
 また元の裏路地へ戻り、今度は本筋へ入り直す。困惑しながらもある種の予感を持って進んでいくと、三分ほどで左側の塀が切れた。隙間から除くと、やはり公園があった。
 子供の手であっちこっちへと砂をこぼされた砂場、少し真っ青すぎるようなゾウ型の腰掛け、蔦草で天井を覆い日陰を編んだ休憩所。蔦草の下には老婆が一人居て、おにぎりを美味しそうに頬張っていた。ここもやはり、平凡な公園の風景が広がっている。
 それから十分ほども裏路地を探検し、都合四つもの公園に出会った。長く伸び続けた塀の終点は、高速道路の高架下に出るじめじめとした暗い場所で、最初の公園と同じ金網が一枚立てられて人の行き来を塞いでいた。
 奇妙な空間が街の中心にありながら、これほどさり気無く巧妙に隠されているのは、全く信じられない気がする。

 正午を過ぎたあたりで一度公園を出て、コンビニを探し、サンドイッチを買った。公園内に丁度よく木のベンチがあったもので、そこに座って昼食とした。
 一時は得体の知れない世界へ迷い込んでしまったかと不安を覚えたこの公園地帯も、だんだん馴れてしまうとくつろいだ。隠されてはいるが、こうしてサンドイッチを買いにいつでも出られるくらい、ここは解放された場所なのである。そもそも、公園である前提に立ち帰れば、警戒の無用なのは当たり前だった。
「公園って、結構あちこちにあるものなのね。最近は減ったと思っていたから、意外だわ」
 遠く天王山の向こうを見ながら蓮子が言った。
「減ったのじゃあなくて、私達が公園で遊ばなくなったのかもしれないわ」
「確かに、土曜日なのにどこの公園もほとんど人が居なかった。みんなどこへ行ったのかしらね」
「それは、家で御飯の支度をしているのよ。公園と違って、壁の隙間から秘封倶楽部が這い出して来たりしないし、落ち着ける……」
「でも、それじゃあ、公園は何のためにあるの? 公園は憩いの場のはずでしょう」
 そう言って蓮子は考え込んでしまった。
 ひと気の絶えた「憩いの場」は、まるで粘菌のように街の日陰に育ち、繋がり合い、いつしか人々の住む場所を隔てていた。

 サンドイッチの包装紙を屑かごに捨て、秘封倶楽部は元来た裏路地を戻って行った。行きとは分かれ道の方向も反転なので、ときどき道を間違え迷路にじゃれつかれながら戻る。
 不意に、朦朧とした気分に取り巻かれた。塀の前に立ち、今見えているその塀の表と裏との面が、一繋がりの物体であるということを意識した。そうしてそのうちに、家々を隔てる境界としての塀の本質は、目の前の物体の中のどこにあるのかという、変な疑問に襲われた。
「ねえ蓮子、公園には誰でも好きなときに入れるはずよね」
「そうよ。でも、入るのが自由なら、入らないのも自由だわ。結局、近頃はみんな公園を散歩したりしないってことよ。だからあんな風に金網で囲われて入れなくされているのに、誰も文句を言わないんだわ」
 蓮子の顔に表情は無かったが、声にはやや諦観のような調子が混じっているように聞こえた。
「蓮子、私思うんだけど、誰でも入れる場所っていうのも一種の境界なんだわ。境界を越えて向こう側へ行くことは難しいけれど、境界線の厚みの上は、案外簡単に立てる場所なのかもしれない。鳥や猫が垣根の上で休むようなもので、ここもきっと、そういう場所なんだわ」
 こんなことを口に喋らせながら、私の視界を覆っていた塀はゆらゆらと陽炎のように融けて流れ始めていた。私の言葉は、自分でもよく意味の飲みきれない部分が多かったが、それでも蓮子は頷いて聞いていてくれた。「メリーは面白いね」と言った蓮子の声を合図に、融けだす陽炎の幻は消えた。
 裏路地を引き返してススキ野原の公園へ帰って来ると、例の高い金網が初めとはまた違って見えた。
全体を内側から見回してみると、金網は外の人間を公園へ入れさせないためではなく、まるで、跳ねまわるバネ脚の木馬を公園から外へ出さないために閉じ込めているように見えた。
 私達はそこで、しばらく遊んでいくことに決めた。
旧約酒場よかったですね。

https://twitter.com/ubuwarai (ツイッター)
うぶわらい
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コメント



0.1060簡易評価
6.80奇声を発する程度の能力削除
良かったです
7.100名前が無い程度の能力削除
塀で覆われたパブリックスペースに薫るディストピア感、
いかにも秘封世界って感じらしくて好きです。
8.100南条削除
入り口の無い公園という題材が程よく不思議ですごい発想だと思いました
公園に入り口が無い理由も納得がいきつつ不思議さが残っていて良かったです
行動力のある蓮子とその後ろに付いていくメリーが魅力的でした
9.90名前が無い程度の能力削除
味わい深いです
11.100名前が無い程度の能力削除
『秘封倶楽部の活動地』 ←「活動中」?
14.100名前が無い程度の能力削除
近所の公園からは遊具が全て消えてしまいましたが、入れない公園とどちらがマシなんでしょうね
バネ脚の馬に跨がる二人はきっと可愛いに違いありません
17.100名前が無い程度の能力削除
良いです…
18.100名前が無い程度の能力削除
物凄く皮膚感覚のあるお話、相変わらずお見事です。
この公園、モデルが実在するのかは分かりませんが、
やがて少子化が進めば、こういった無人の空間が町のいたる所で
まるでシミのように「増殖」していくのかもしれませんね。
そこに遊ぶは、獣か化物(ケモノ)か……うーむ、想像が膨らむなぁ

あと、焼き芋頬張るメリーを想像して大変ほっこりしました(笑)
19.100大根屋削除
意外性のある不思議は、案外と近くにあるのかもしれませんね
秘封倶楽部の活動は、そういう不思議を見つけるものだと思うと素敵です
20.90名前が無い程度の能力削除
楽しませていただきました。
21.100名前が無い程度の能力削除
近所の公園は道路拡張の為、消えてしまいました。
アウトレットよりショッピングモールより、素朴で長閑な公園でゆっくりしたい。
不思議とノスタルジックが入り混じった良い作品、ありがとうございました。
23.90がま口削除
最近は公園で遊ぶ子供が結構レアだったりするので、幻想入りも時間の問題かも。
この身近だけど幻想的な雰囲気が良かったです。
24.100名前が無い程度の能力削除
好き
28.100とらねこ削除
まるで公園が不思議な力でアメーバのように増えていく様を想像しました。こういう日常に潜むちょっとした不思議って良いですね。