Coolier - 新生・東方創想話

桜の咲く頃に

2016/08/29 16:53:26
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 それは、春の陽気にあてられ縁側で一人茶を飲んでいたときのことだった。
 日傘を片手に、境内に降り立つひとりの妖怪がいた。
 フランドール・スカーレット。
 右手に日傘を持つ彼女のその背には一人の少女が負ぶさっていた。
 そうして、少女と共に私の前へとやってくると彼女の口が言葉を紡ぐ。

「あなたとの子供です。認知してください」

 私は飲んでいた茶を吹き出した。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「ホムンクルス?」
「そう、パチュリーが私と霊夢の血を媒体に作り出したってことなんだけど、それを私が引き取ることになったってわけ」
「それで何で私の所に連れて来たのよ?」
「え、子供はちゃんと親の元で育てるべきでしょう?」

 私の隣に腰掛け説明を終えた少女は、当然といった表情で私を見る。
 宝石のような翼が上下し、金の髪が揺れる。

「何考えてるのよ、あんた」
「何って、この子の親としての責任を果たそうと思っているだけよ」

 私の膝の上に座る少女の手を取って、彼女は答えた。
 私と同じ黒い髪。その瞳はフランドールのように紅いということを除けば、翼もなければ牙も無い見た目は只の人の子といった姿だった。
 背丈はフランドールより頭半分ほど小さい程度。十になる手前の人間の子供がこのくらいだろう。
 真紅の瞳が私を見据える。

「何か理由があるわけ?」
「……パチュリーが言うにはね。失敗作なんだって、この子」

 フランドールはおもむろに口を開いた。

「失敗作?」
「そう。ホムンクルスっていうのは、生まれた時から万物を知り得る知性を有し創造主に様々な助言を与えるの。そして、その膨大な知識故の代償か、ホムンクルスの生命力は弱く、生まれたフラスコの中から出ることは叶わずそこで短い生涯を終えるという人工生命体なの。だけど、この子は肉体を得ることの出来なかった個体なんだって」
「どういうこと?」
「ホムンクルスは本来フラスコの中で肉体を得るのよ。当然でしょう。肉体がなければ会話なんて出来ないもの。だけど、この子は肉体を得ることが出来ず、何故か魂のみがフラスコの中に留まったの」

 フランドールの言葉に、私は少女の姿を眺める。

「でもこの子は肉体があるわよ?」
「それは仮初めのものよ。パチュリーがフラスコからその子を出した際、本当なら数日保たずに消滅してしまうはずだった魂が、研究中だったゴーレムと結びついてしまったらしいわ」
「随分と強引な話ね」

 何とも胡散臭い話だ。
 フランドールは肩を竦めた。

「私もそう思うんだけどね。パチュリーも頑としてそれ以上の事は話さなかったわ。でも、その子の核としたものが私達の血を利用しているのは本当の事みたいよ。何でそんな事したのかは分からないけど」

 ホムンクルスの少女に視線を送る。少女は小首を傾げ、私を見返すのみ。
 そこでふと、違和感に気が付く。

「この子、喋れないの?」
「気付いた? 魂の寄代となったゴーレムに発声機能が無くて喋ることが出来ないらしいわ」
「それで、あんたは本当に育てる気?」
「この子が生まれてきた理由がどんなものであろうと、私は育てるつもり。閉じた世界で過ごす寂しさを私は知っているから。知識のみじゃなくて、外に出て初めて知ることの出来る感動を教えてあげたいの」

 そう悲しげに言葉を紡ぎ、私を真っ直ぐに見つめる少女に、一つ息を吐き出した。

「じゃあ、先に名前を決めないといけないわね。何時までも名無しというわけにもいかないでしょう?」

 私の言葉に、フランドールは嬉しそうに笑って見せたのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「霊夢さんに隠し子がいたと聞いて飛んできました!」
「話すことは無いから歩いて帰りなさい」

 朝も早くから鬱陶しくやってきた烏天狗に追い払うように手を振る。

「そうはいきません。詳しいお話を伺うまでは動きませんよ」
「霊夢、何か騒々しいんだけどどうしたの?」
「あやややや、これはフランドールさん。霊夢さんにお子さんが出来たとかで事の真相を伺いに来たのですよ。フランドールさんは何故神社に?」
「私はここに住んでいるのよ。娘と一緒にね」

 文の質問に、部屋の奥から出てきたフランドールが答える。
 そして、丁度彼女の後を追いかけるように娘が歩いてきた。

「ま、まさか、そちらが?」
「そうよ。私と霊夢の子よ」

 射命丸の勢いに圧されたのか、背後に隠れた娘を抱き上げてフランドールは頬を染めた。

「つ、ついにフランドールさんに手を出してしまい、出来てしまった子供をレミリアさんから隠すためにこんな所で駆け落ちだなんて」
「こんな所とは随分とご挨拶じゃない。というかおかしなストーリーでっち上げるんじゃないわよ」
「では、教えていただけるので?」

 瞳を輝かせる文屋。

「良いじゃない霊夢。どうせ遅かれ早かればれていたことだわ」

 そう言って笑うフランドールに視線を一つ投げかけて、私は溜息を一つ漏らした。

「分かったわよ。話すわよ。ただし、おかしな事書いたら焼き鳥にするわよ」

 私の隣で笑顔でレーヴァテインを振りかぶるフランドールの姿に、顔を青くして彼女は何度も頷いた。

 フランドールが娘を抱えて博麗神社へとやってきて数日。
 あれよという間にレミリアから許可が下り、フランドールが神社に住むことが決まり、彼女はこうしてここにいた。
『ふたりとも付き合っているのだから、今更反対なんてしたって意味は無いでしょう? 遅かれ早かれそうなっていたわよ。いやむしろ遅かったわね。それでも偶には様子を見には行くわよ』
 とはレミリアの言だ。
 私とフランドールの付き合いももう随分な長さになるし今更だと言われれば、確かにその通りだとは思うけれど。

「ほう、ホムンクルスですか」
「そうよ。そういうことで、桜花は娘としてここで一緒に暮らしているのよ」

 しきりに頷いている射命丸に、私の膝の上に座ってぽりぽりと煎餅をかじる桜花の頭を撫でながら、そう話を閉じる。
 ちなみに、桜花という名前はフランドールが連れて来た当時に境内に咲いていた桜の木を見て思いついた。

「それでフランドールさんも一緒に暮らしておられると」
「せっかく娘が出来たんだもの。これを期に霊夢と住むことにしたのよ」
「なるほど、のろけ話は結構ですのでこのあたりで質問は終わりにしまして、取材協力ありがとうございました。では私は早速戻ってこの話を記事にすることにします」
「約束を違えたら分かってるんでしょうね?」
「わわ、分かっていますよ。あ、そうでした。今後月に一度程度で定期的に取材に伺ってもよろしいですか?」
「もう来るな」

 肩を竦めると、射命丸は何かを書き込んでいた手帳を閉じてそのまま席を立った。

「次は記念撮影でも撮りに伺いますよ」

 追い払うように手を振ると、彼女は一度強く地面を蹴り付けて飛び上がりあっという間に空の彼方へと姿を消した。

「嵐のような奴だったわね」
「でも、これだけじゃないかもしれないわよ?」
「まさか」

 悪戯っぽく笑うフランドールにあるわけがないと私は首を振った。

「霊夢! 紅魔館で霊夢に子供が出来たって聞いたんだが、本当か!?」
「フランドールさんと同棲を始めたと伺いましたが本当ですか!?」

 その後、続々とやってくる白黒魔法使いや緑の風祝等を追い返す事に労力を費やすことになった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 茹だるような暑さがここしばらく続いていた。
 境内のそこかしこから聞こえてくる蝉の鳴き声にうんざりしながら、箒で境内を掃いていく。

「おはよう、霊夢」

 凛とした幼い声が私の耳朶に届いた。
 直後、静かに境内に翼を広げ降り立ったのは紅魔館の主とその従者だった。

「偶には様子を見に来ると言っていたわりには随分と来るのが遅かったわね。私にフランドールを預けて後、今まで一度も来なかったじゃない」
「私にも色々あるのよ」
「それで、何か用?」
「今日は可愛い姪っ子の様子を見に来たのよ。いるかしら?」
「中でフランドールが面倒を見ているわ」

 そう振り返れば、丁度フランドールが日傘を差しながらこちらへと歩いて来るのが見えた。

「霊夢、西瓜を切ったから一緒に食べましょう。あら、お姉様来ていたの?」
「元気そうね、フラン」
「おかげさまでね」
「桜花は元気かしら?」
「あんた達、こんな暑い中で立ち話なんて止めて中に入るわよ」

 私の言葉にふたりは揃って社務所へと足を向ける。

「これ、暑中見舞いよ。受け取ってちょうだい」

 その後を追うように歩く咲夜がふと手渡してきた風呂敷包みを受け取り、私も社務所へと歩を進めた。

「桜花、少し背が伸びたかしら?」
「直接会うのは初めてでしょう、お姉様」

 居間へと上がり、近寄ってきた桜花を抱き上げ顔を綻ばせるレミリアに、ちゃぶ台に切った西瓜を乗せた皿を置きながらフランドールは呆れたように息を吐き出した。

「こういうのは雰囲気が大事なのよ、フラン。そういうわけで桜花、私はあなたのママ、フランドールの姉のレミリアよ」

 小首を傾げた桜花に、レミリアは頬を寄せる。

「あなたからすると、私は叔母さんということになるわね」

 そんな事を言うレミリア叔母さんは、西瓜へと手を伸ばし。

「さあ桜花。縁側で西瓜の種飛ばしでもするわよ!」

 そう宣い、なにやら楽しそうにしている娘と連れ立って縁側へと移動していく。

「あんたは行かなくてもいいわけ?」

 レミリア達を見送って、隣に座る咲夜へと声をかけた。

「私はこっちにいるわ。レミリアお嬢様もあれで随分とあの子に会うことを楽しみにされていたのよ」
「まあ、あんたがそれでいいなら別に構わないけど」
「何かあれば直ぐに駆けつけるわよ。文字通り一瞬でね。それから、お元気そうで何よりでございます、フランドールお嬢様」

 そう言うと、咲夜は切り分けた西瓜を持ってきたフランドールに頭を下げた。

「うん、咲夜も元気そうね。西瓜、食べる?」
「いただきますわ」

 咲夜は西瓜を一切れ取るとそれをしゃくしゃくと口に運ぶ。
 開け放たれた襖から風が入り込み、縁側に吊した風鈴が涼しげな音を奏でる。

「さあ、これできっとこの神社も来年には立派な西瓜畑になっているはずよ。今から楽しみね」
「ちょっと、お姉様何してるの?」

 縁側から聞こえてきた楽しげな声に、フランドールがそちらへと向かう。そうして、しばらくしてレミリアが居間へと戻ってくる。

「あっちは?」
「やっぱり子供というものは親の方が一番懐くのね。今はフランと遊んでいるわ」

 私の向かいに座り、言葉を漏らすその顔には少しの寂しさの色が滲んで見えた。

「それじゃ、私達はそろそろ帰るわ」
「あら、まだ来たばかりじゃない」
「今日はフランの様子を見に来ただけだからね。元気そうで何よりだわ」

 レミリアの後ろに静かに咲夜が立つ。

「霊夢」

 去り際に一度レミリアが振り向いた。

「フランの事、頼むわね」

 伺い知ることの出来ない表情でそう言い残し、レミリア達は今度こそ境内を後にした。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 カボチャが空を飛び回っていた。
 それも一つ二つではなく、数えるのも億劫になるほどの数だ。

「どういうことなの」
「よく来たわね。霊夢、桜花、歓迎するわ」

 パーティーの招待に紅魔館を訪れた私達をレミリアが迎えた。

「お姉様、私は?」
「はいはい、おかえりなさい、フラン」

 私と挟むようにして桜花の右手を握っていたフランドールにレミリアは苦笑して声を掛けた。

「それで、これはいったい何の騒ぎなのかしら?」

 館内を所狭しと飛び回るカボチャの群に目を丸くして輝かせる桜花に視線を落としつつ、私はレミリアに訊ねる。

「今回のハロウィンのイベントの一つよ。霊夢達も参加していくと良いわ。咲夜」

 レミリアの呼びかけに音も無く彼女の隣に現れた咲夜。その手には虫取り網が握られていた。
 虫取り網を受け取り、レミリアはそれを使ってキャラキャラと笑い声をあげる様な表情をしたカボチャの一つを虫を捕まえる様に器用に捕らえた。

「ルールは簡単よ。まずはこうして飛んでいるカボチャを捕まえる」

 説明しながら彼女はカボチャを網から取り出し、ヘタの部分を引っ張る。
 するとヘタの根本部分から鍋の蓋を外すようにカボチャの頭部に穴が空いた。

「それから、捕まえたこいつらの中にあるこれを手に入れる」

 レミリアは穴に手を突っ込み、中から折り畳まれた紙を一枚取り出す。
 彼女が開いたそれには『クッキー』と文字が書かれていた。
 紙を確認して咲夜がクッキーの入った透明な小袋をレミリアに渡す。

「そして、こうして手に入れた紙をこの玄関ホールに特設されたコーナーに持って行けばお菓子を手に入れられるという訳よ」

 レミリアの指した先、ホールの一角には机が並べられ、妖精メイド達が机の前に整列してチョコレートや飴といったお菓子の入った小袋を嬉しそうに受け取ってはまた虫取り網を手に駆けだしていく。

「カボチャの数は全部で666個を館内に放してあるわ。うちのメイド達も参加しているから大分賑やかだけど、楽しんでいってちょうだい。行くわよ、咲夜」

 桜花にクッキーの小袋と虫取り網を手渡し、レミリアは咲夜を伴ってその場を立ち去る。
 隣を見れば目を輝かせて飛び回るカボチャ達を見る桜花の姿。

「……桜花、参加していく?」

 私の言葉に、笑みと共に少女は大きく頷いた。
 そうして、フランドールと共にカボチャ達を追いかけていく桜花の後ろを付いて歩く。
 フランドールが飛び跳ねて虫取り網を振り回し、それを避けたカボチャの顔がキャラキャラと小馬鹿にした笑みを形作る。
 油断していたのか、その笑っていたカボチャに網が被せられた。
 背後から忍び寄っていた桜花が虫取り網を振るったのだ。
 ふたりの作戦勝ちだろう。
 カボチャの表情が一転。絶望を湛えた様な表情を形作り、ついには大人しく地に落ちた。
 何とも無駄に凝った演出をするカボチャだ。
 蓋を開いて中から紙を取り出した桜花が嬉々とした様子でフランドールとハイタッチを交わす。
 私に駆け寄り、桜花は満面の笑みで紙を掲げてみせた。

「ええ、見ていたわ。見事な連携だったわね」

 その頭を撫でる。嬉しそうに目を細める桜花。

「早速交換してくる?」

 私の言葉に桜花は少し悩んだ後、首を横に振り紙を再びカボチャの中に入れ、更にレミリアから貰ったクッキーの小袋を一緒に入れた。
 どうやら後でまとめて交換するつもりらしい。
 カボチャを抱え上げる桜花に手を伸ばす。

「私が持っておくわ。そんな物持っていちゃ網を振れないでしょう」

 一つ頷いて、桜花は私にカボチャを手渡す。
 それを受け取ると、彼女は再びフランドールと共に館の奥へと駆けていった。

「こんばんは、霊夢」
「……パチュリー」

 私へと掛けられた声に振り向けば、地下大図書館の主が立っていた。

「桜花の様子はどうかしら?」
「元気よ。特に病気も無くね」
「そう、それは何よりだわ」

 私の言葉にパチュリーは伏し目がちに答えた。
 それから、何事かを呟いて小さく指を動かす。

「いったい何なの?」
「いいえ、何でもないわ。ただの様子見と確認よ。それより霊夢。何度も言っていることだけれど」
「分かっているわよ。桜花に何か異常があれば直ぐにあんたに知らせるわ」
「ええ、頼むわよ。それじゃ、私は戻るわ」

 そう言って、パチュリーは踵を返す。
 内心首を傾げながらパチュリーの後ろ姿を見送り、私は再び桜花達の様子を眺める。
 丁度新たなカボチャを捕獲し、その戦利品を掲げてはしゃぐ桜花に私は手を振り笑みを向けたのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 始まりが突然であれば、終わりも突然だ。
 それは冬が過ぎ、春の暖かさが少しづつ感じられるようになってきていたころだった。

「れ、霊夢! 桜花が、桜花が大変なの! 早く来て!」

 ばたばたと慌ただしい足音と共に部屋へと駆け込んできたフランドールに引きずられる。
 連れてこられたのは桜花の部屋として使用している寝室。襖を開けて室内に足を踏み入れると、桜花が一人布団に横たわり眠っていた。

「桜花が目を覚まさないの。ど、どうしよう霊夢?」
「落ち着きなさい、フランドール。大至急パチュリーを呼んできて」
「その必要は無いわ」

 突然の第三者の声に振り向くと、開け放たれた襖の先に大図書館の主が立っていた。

「お邪魔しているわよ、霊夢」
「パチュリー、どうして」
「この子を生み出したのは私よ。これでも自身で作り出したものには最後まで責任をもって対応する主義なの。何の対策もせずに放り出すなんて事はありえないわ」

 フランドールの問いかけにそう答え静かに私の横まで移動すると、パチュリーは桜花の診断を始める。
 しばらく娘の身体を調べていた彼女は、それを終えると一つ息を吐き出した。

「……寄代としたゴーレムと彼女の魂を結ぶ力が切れかけているわ」

 ゆっくりと、告げられた言葉は残酷なものだった。

「保って後一日。それが、この子に残された時間よ」

 ふらりと足下から崩れ落ちるようによろめいたフランドールを支える。
「何とかならないの?」
「……場所を移しましょうか。少し腰を落ち着けて話をしましょう」

 そうして、居間へと移動した私達に、パチュリーは説明を始めた。

「あの子の魂は元々不完全なものだったわ。仮初めの魂が永続的に留まっていられるほどこの世界は優しくはない。正直なところ、ゴーレムという寄代にあの子の魂を定着させること自体、成功する確率の低いものだったのよ。そしてそれも、結局はただの一時凌ぎの延命措置でしかなかったわ。仮初めの肉体を得たところで、結びつきの弱い魂では時間を置けば置くほどその命は加速度的にすり減っていく。私の予想では一月保つかどうかだったのよ。それがこれだけ長く保ったのは正しく奇跡と言う他無いわね」
「何も……手は無いの?」

 震える声でフランドールは問うが、魔女は首を横に振った。

「もう既に可能な限りの手段を尽くした後なのよ。今の彼女は私から供給されている魔力を使ってかろうじてその命を繋いでいるわ。」
「どういうことよ?」
「あの子の魂とパスを繋げることで、私の魔力を使って魂の足りない部分を補っているの。彼女の魂はもうほとんどが私の魔力で補填されているわ。そして、今もその比率は増している。もう限界なのよ」
「そんな、そんなのって……」

 泣き崩れるフランドールに、パチュリーは眼を伏せる。

「せめて、最後の瞬間まで彼女の側にいてあげてちょうだい。パスが繋がっているから、ある程度は思考が読めるのよ。彼女もそれを望んでいるわ」
「行くわよ、フランドール」
「うん……」

 涙を流すフランドールの手を引いて娘の寝室へと向かう。
 寝室では目を覚ましていた桜花が私達を出迎えた。

「桜花、寝てなくていいの?」

 頷いた桜花の髪を撫でる。

「私達は良い母親になれたかしら?」

 再び少女は頷いた。
 そして、私を抱きしめると頬を寄せた。
 私もまた、フランドールと一緒に桜花を抱きしめる。

「ごめんね、桜花。私、何も出来なくて」

 涙を流しながら謝罪を口にするフランドールに、桜花は首を横に振ると指で拭った。
 その顔には笑みがあった。

「桜花、短い間だったけど、生まれてきてくれてありがとう」
「私からも、ありがとう」

 フランドールとふたりで額にキスをする。
 嬉しそうに笑う娘に笑みを向け、段々と色を無くしていく身体を少しでも長く留めるように抱きしめた。

「私もフランドールも桜花のことは忘れない。あなたは私達のかけがえのない娘よ」

 震える声を必死に抑えて、精一杯の言葉を掛けた。
 伝えたい、伝え切れない愛情を乗せて。

『ありがとう』

 声にならない言葉で桜花は告げた。
 そして、娘は私達の腕の中で崩れる様に砕け、あっという間に一握りの土塊と化し、それすらも残らずに空気に溶け消えていった。
 それを見送って、フランドールは初めて声を上げて泣いた。
 娘の名を何度も呼びながら泣きじゃくる彼女を抱きしめて、天を仰ぐ。 私の瞳からも、涙が一つ溢れて頬を伝い落ちていった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 桜花の葬儀が済んでから数日が過ぎた頃、ふらりとパチュリーが神社へとやってきた。
 居間に通し、お茶を注いだ湯飲みを彼女に差し出して私は腰を下ろす。

「……妹様の様子は?」

 湯飲みに一つ口を付けて、パチュリーは静かに語りかけた。

「まだ引き籠もってるわ。気持ちの整理が付くまではもう少し掛かりそうね」

 娘を失ったというショックは大きく、フランドールが立ち直るまでは今しばらくの時間が必要なようだった。

「それで、今日は何の用?」
「今日はこれを渡しに来たの」

 私の質問に、パチュリーは持ってきた鞄の中から一冊の本を取り出し、私の前に差し出した。

「これは?」
「桜花の日記よ」

 彼女の言葉に心が逆立つのを感じる。

「そんな顔をしないでちょうだい。これは桜花の願いでもあったのよ。私からあなた達に渡してほしいとあの子から頼まれたの」

 心を落ち着けるように一つ息を吸い込むと、革で装丁された本に触れる。

「それにはあの娘の全てが詰まっているわ。言葉を持たなかった桜花は代わりに文字を残すことにした。そして彼女の意志を私が代筆したのがそれよ」

 パチュリーが私の触れている本を指す。

「桜花の魂を留めるために私の魔力を使用していたと話したのは覚えているかしら?」
「していたわね」

 私が頷いたのを確認して、パチュリーは話を続ける。

「その場限りで魔力を与えるのみであれば問題は無かったのだけれど、魔法生物であり魔力を生み出すことの出来ない彼女の場合は、常に魔力を供給し続ける必要があったのよ。そのために、私から桜花へと魔力を送るためのパスを繋ぐ事にしたの」
「つまりどういうことよ?」
「使い魔として契約したのよ。使い魔とすることで、私から彼女へと魔力を供給するためのパスを繋いだの」

 湯飲みに手を伸ばし、再度口を開く。

「ホムンクルスは知識の塊のような存在なの。それ故に、彼女は自らのことをよく理解していたわ。生まれ落ちて直ぐに自身の命が尽きるであろう事もね。そして、彼女は自らの延命と自由に動かすことの出来る身体を望んだの。使い魔としての契約をしたのはその時よ」
「あの身体は? ゴーレムだって聞いていたけど」
「あれは、アリスとの魔法の共同研究の一環として作っていたものよ。試作段階だった物だけれど、彼女の魂を受け入れる器としてその場で用意できたのはあれだけだったの」
「何故そこまでしてくれたわけ? ホムンクルスのその願いを聞かないという選択肢もあんたにはあったはずよ」

 私の疑問にパチュリーはしばし言葉を区切る。

「……そうね。確かに私にはその選択肢もあったわ。けれど、それはしたくはなかったわ」
「何故?」
「それは彼女が、桜花が文字通り血の繋がりを持つあなた達に会うことを望んだからよ」

 そこで一つ言葉を切り、彼女は続ける。

「母を求める子のそれと同様に、彼女はあなた達の存在を求めたのよ」
「……酷い話ね」

 もともと親よりも先に逝ってしまう子を、私達の下に連れてきたのだから。
 パチュリーは私に深々と頭を下げた。

「ええ、本当にその通りよ。だから、私はどんな叱責も受けるつもりで来たわ」

 私は息を吐き出す。深く深く。

「だけど、あんたは私とフランドールをあの子に引き合わせてくれた。その事には感謝しているわ」

 私の言葉に顔を上げたパチュリーは今にも泣き出しそうだった。

「何であんたがそんな顔をしているのよ」

 苦笑して、私はパチュリーから受け取った日記へと目を落とした。
 それを一つ撫でる。

「ここには桜花の全てが詰まっているのね」
「ええ、その通りよ。彼女の言葉の全てを私が余すこと無く綴ったわ」

 袖で目元を拭い、パチュリーは頷く。

「分かったわ、ありがとう。これは受け取っておくわ」
「ありがとう」

 パチュリーはまた、深々と頭を下げた。

 それから、私達はしばらく言葉を交わし合い、パチュリーは紅魔館へと帰って行った。
 そして、私は桜花の日記を手に取る。
 それを開こうとして止め、私は腰を上げる。
 これは一人で見るものではないと思ったからだ。
 向かう先はフランドールの閉じ籠もる私達の寝室だ。
 今日は彼女と長い長い話をしよう。
 ふたりで、私達の元にやってきた少女の言葉を交えて。
 境内に咲いた桜から散った花弁が、風に乗って渡り廊下に舞い降りた。

 END
どうも初めまして。

ここまでお読みくださった方々に多大なる感謝を。
青水晶
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切なくて良かったです。