Coolier - 新生・東方創想話

針妙丸と正邪の甘い関係

2016/08/13 08:28:42
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 ここは輝針城。すっかり日は暮れ、城の中は真っ暗闇。その一室で私、少名針妙丸は、照明も付けず、小人サイズの小さな机に肘をつき顎に手を載せて、何もせずにじっと居る。あることで悩んでいるのである。ああ、しかしながら思考は全く捗らず、気持ちが沈むばかりだ。
 はぁ、と一人溜息を吐いていると、ギィギィ、という音が下にある上階から聞こえた。おそらく、正邪の足音だ。こちらに来る。ならば、私は言わなければならない、止めなければならない。私、少名針妙丸は、小人族の名に懸け、誇りに懸け。

「おいおい、灯りの一つでも点けたらどうだ」
「……なあ、正邪や。やはり、止めにしよう、こんな関係」
「姫、突然何を言い出す。それは土台無理な話だというのは、お前が一番分かっていることだろう」
「し、しかしだな」
「はぁ……まさか忘れちまったのか? これは私だけの問題ではない。姫も共犯者だ」

 正邪はくしゃりと顔を歪ませて、私にそう言い放った。私は心臓をアイスピックでグリんと抉られたような気持ちがした。

「なっ……人聞きの悪い!」
「現に姫はこうして私を匿っている。幻想郷を混乱に陥れた、大悪党の私を。ならばお前も大悪党だ。その事実のどこに疑いようがある?」
「ふん、論理が飛躍しているな」

 私は正邪の真正面に立ち強気にそう言うのが精一杯で、正邪の目を直視することはできなかった。正邪は小さな私の顔を、存分に見下ろしているというのに。ああ、なんて情けない。

「はは、まあいい。とにかく、今日もこの城に泊めさせてもらうからな……ああ、それと、『契約』のことなら大丈夫だぞ」
「け、契約のことなんて一言も口に出してないだろう!」
「顔がそう言ってたがなあ?」

 クソッ、下種の勘繰りってやつか。しかし、そうさ、本当は『契約』のことが気になって気になって仕方がなかったんだ。こんな汚い契約、破棄してしまわねばならない。そして、正邪をこうして匿っていることを、皆に伝えねばならない。なのに、私は――

「なあに、これまでも『契約』は守って来たじゃないか。今から取り掛かかる、いつものように待ってな」
「あっ、ちょっと!」

 私の制止を振り切って、正邪は上にある下階へと消えていった。おそらく、いつものように契約の執行に取りかかろうとしているのだろう。それを追う気力は、今の私にはない。結局、止めることはできなかった。いや最初から、私には正邪を止める気なんて、そうは考えたくもないけれども、なかったのかもしれない。
 ぽつねんと残された私は深い溜息を吐いた。ああ、どうしてこんなことになってしまったのだろう。私の脳内には、後悔の思念が渦巻いている。脳内をかき乱すだけの、しょうもない渦だ。その渦が影を作り出し、私の未来への志向を暗く覆い隠し、私を過去の回想へと誘う。あれは、丁度四ヵ月前くらいのことだ――


-------------


 幻想郷遥か上空で、月の明かりに照らされて静かに沈む輝針城。その標高ゆえもあり、ここには滅多に来客は訪れない。来るとしたら、愚鈍な妖精や下らない妖怪共だけだ。城にいても暇で、だから私は積極的に外に遊びに出る。しかしここのところは雨続きで、外出する気にもならず、かといって城にいても暇で、訳なくぼーっとしていた。
 やがて睡眠欲に脳内が支配されてゆき、意識が微睡んできた最中、激しい雨音に明らかに異質な音が混ざって聞こえて来た。誰かが、城の扉を強く叩いている音だ。輝針城の扉はいつも施錠しておらず、自由に出入りできるようになっている。どうせ盗まれるような物は何もない。唯一の宝である打ち出の小槌も、城の最深部の蔵の奥底に厳重にしまってある。それを知らない妖精か妖怪が雨宿りにでもしに来たのだろう。
 そう考えていたのだが、いざ扉を開けてみると、その目論みは外れた。大外れだった。そこにいたのは、ボロボロの姿で、苦虫を噛み潰したような表情をした鬼人正邪だったのだ。私は内心愕然とした。正邪は幻想郷を混乱に陥れた重罪人として、追われている身である。そして、かつての私の唯一の仲間であり、今の私の唯一の仇敵――それが目の前にいる。驚かないでいられるはずなかった。それでも、私はあくまで平静を装った。奴には、確実に、何かの企みがある、そうに違いない。しかと見定めなければならない。

「へえ、お尋ね者のアマノジャクが自らやって来てくれるなんてね。柄でもなく、自主する気にでもなったのかねえ?」
「まさか……自主なんて死んでもするもんか」

 顔中の皴という皴をよせ、誰も寄せ付けないような表情で、正邪はそう吐き捨て、目を落とした。それに釣られ、私も正邪の頭から下に目線をやると、あることに気付いた。以前に邂逅したときに正邪が持っていた風呂敷がないのだ。その中には姿を消すマントや気味の悪い日本人形といった奇天烈な道具が詰まっていて、それらは熾烈な弾幕から逃れるために使われていた。道中で落としたのか、誰かに盗られたのか、それは分からない。しかし、正邪がここに来た理由は分かった。

「なるほどね。じゃあ、差し詰め私に匿ってもらおう、なーんて算段かな」
「……」
「そうか、当たりなのね」

 正邪は口をぐっと噤んで、何も答えなかった。

「あのね正邪や、あんたが思っているほど私はお人好しじゃないんだ。そもそも私たちは一度決別した身だろう。どこに、私があんたに協力する理由があるって言うの?」
「そう……そう、だな。お前が私に協力する理由なんて、これっぽっちも、微塵も、毛頭ないな」
「だろう?」
「だが、理由なんて今この場で作っちまえばいい」

 これまでずっと険しい表情だった正邪が、口角を上げて、初めて笑った。単なるにやりとした笑みではない。そのおぞましいものを煮詰めたような邪悪な笑みに、私はゾクッとした。小さい体の状態であることも忘れ、思わず背中にかけた刀――正確には針である――の鍔に手をかける。

「何を急に言い出す! まさか、この私を脅迫するつもりか!?」
「私も生憎ボロボロでね、できれば手荒な真似はしたくない」
「それじゃ、一体……」
「ただ、お前は台所を私に貸すだけで良い」
「だ、台所だとおおぉ! なんと卑劣、低劣、俗劣めが! もう黙ってられん、この輝針剣のサビとな……え? だいどころ?」

 僅か八部ばかりの長さの輝針剣を、正邪の目の前に勇猛に突き付けたところで、私は思わず固まってしまう。
 だ、台所……? 正邪の口から飛び出したのは、予想だにもしない単語である。

「それじゃ、ちょっと借りるぞ」
「い、いや待って」
「何だ? 私はこの城の間取りなら知り尽くしているんだ。まさか迷う事なんて」
「いや、そうじゃなくて、だ! 台所でお前は何を企んでいる!」
「台所ですることと言えば、一つしかないだろ?」
「……り、料理とか?」
「無論、そうだ。やはり姫は愚鈍な方だ」

 そう言って、状況が呑み込めない私を置いて、正邪はスタスタと歩き去る。その足取りは確かに台所に向かっているようだった。少し遅れて正邪に追いつき「何の真似だ」、「どうするつもりだ」と頭に浮かんだだけの疑問を投げかけたけれども、正邪は「まあ見ていな」の一点張りだった。そして特別広い訳でもない城の中で、あっと言う間に台所に辿り着いた。

「前に私が使っていた割烹着はまだあるか?」
「あっ、え、ええ。そこに掛けてあるわ」
「ふうん、てっきり捨てられているものだと思ったが」

 この割烹着は、以前、輝針城で私と正邪が『例の下克上』を共謀していたときに、正邪の為にと私が繕ったものだった。出来がいいのと、〝もしも〟のことを考えて残しておいたのだが……
 そう考えている間にも正邪はてきぱきと、料理に必要なものなのだろうか、材料と調理用具を机の上に並べ始めた。小豆、砂糖、塩、もち米、鍋、ザル、すり鉢、すりこぎ、椀……まだ何か探しているようだ。

「おい、米を炊きたいんだが、土鍋はどこだ?」
「いやあ、最近は炊飯器って言う便利な文明の機器が、幻想郷にもあってだねえ」
「さぼるんじゃない!」
「だ、だってえ」
「全く……こんな奥の方にひっそりとありやがる。埃被ってるじゃないか」

 そうやってぶつぶつ文句を言いながら土鍋を洗う様は、以前の正邪となんら変わりがなかった。口は乱暴でも、機器の扱いは丁寧でかつ手際が良い。土鍋を綺麗にし終えると、そこにもち米、水を入れ、火にかけ蓋をした。

「お、よもぎがあるじゃないか。しかも新鮮で、若い芽のやつだ」
「近くの山に自生しててねえ。昨日、雨が止んだ隙に採ったのよ」
「ふーん、そうか。しかし、あるなら早く言えよな」

 いちいち文句を付けなければ気が済まない性格も、全く変わっていない。正邪は土鍋でもち米を炊いている隣で、また別の鍋に湯を沸かして、その中によもぎと塩を入れた。そうしてすっかり柔らかくなったよもぎを、ざるで上げて取り出すと、水を張ってあった椀に入れた。水にさらして灰汁を抜くのだという。辺りには菊のような香りが広がり、何だか気持ちをすっとさせた。

「さて、次は小豆だな……」

 同じように小豆を、湯を沸かした鍋に入れた。灰汁をこまめにとりながら、木べらでゆっくりとかき混ぜている。火元の近くで相当熱いのか、大粒の汗をかいていた。

「柔らかくなるまで時間がかかりそうだねえ」
「そうだなあ、小豆を煮るには色んな工程がいるし、あと二時間はかかるかもな」
「ええ、そんなに。私、暇だし、その間なにか手伝おうか?」
「いや、お前はろくなことをしそうにないし、何もしなくていい」
「まあまあ、私は暇で暇で、『どうしても』させて欲しいのよ」
「……じゃあ、そこの鉢とこぎでよもぎをすっといてくれ。丁度灰汁もとれた頃だ」
「はーい」

 こういうときは、言い回しを少し変えないと正邪は言う事を聞かない。要は、素直じゃないのだ。でも、その操縦は慣れたら簡単で、その意味では素直、なのかなあ。
 さて、よもぎをすり鉢の中に入れると、その小さい体で思いっきりすりこぎを回してすった。私の身体の大きさ的に、一見難儀なことに見えるが、魔力の補助があるので見た目よりはずっと力が要らない……それでも辛い作業ではあるが。すり終えたときには、汗で服がびしょびしょになった。息を切らしていると、正邪が見かねたのか声をかけた。

「おい、姫。疲れたか?」
「う、うん……それはもう、ねえ……」
「そうか、それじゃ次はそのよもぎと炊けたもち米を混ぜてくれ。終わったらすりこぎで搗くんだぞ」
「こ、このおにぃ! 胃の中に入って針で刺してやるぞ!!」
「アマノジャクは鬼ではない……なんて安直な突っ込みを私にさせたいのかあ? ああ、それと混ぜるとき塩を入れ忘れるな! 分量はもう計って小さい椀に入れてあるから、目分量で入れるなよ」

 そして正邪はすたこらと自分の作業に戻った。何て勝手な奴だ。しかし、手伝おうと提案したのは私であるし、任された以上やるしかない。その決意を胸に、私はよもぎともち米をしゃもじで混ぜ始めた。一度、それを切るたびに、相当な負荷が両腕、いや体全体にかかる。辛い、こりゃ明日はひどい筋肉痛だ。しかも、この後にはこれを搗くという更に過酷な仕打ちが私を待ち構えている。だがしかしだ、小人族のプライドにかけ、この程度の試練は乗り越えてみせおうじゃないか!
 そうして私はとにかく混ぜ、とにかく搗いた。それはもう一心不乱に、鬼神にも迫る気合いと形相で。どのくらいの時間が経ったのだろうか、それは一瞬であるかもしれないし、悠久かもしれなかった。とにかく分かることは、目の前には完璧に搗かれ完成された、よもぎ餅があるということだけだった。

「や、やややったぞおぉおおぉお! 正邪、私はやったんだあ!!」
「うるさいな、何を叫んでいるのだか」
「何か労いの一言でもあっても良いのでは?」
「はいはい。もう粒あんは完成して、必要大に等分されているから、その中によもぎ餅を詰めてくれ」
「いやあの、ちょっとくらい休ませて?」
「あっそ。元々私が全部やるつもりだったし、勝手にしてろ」

 私は机の上に大の字になって倒れた。体は極限まで疲れていたが、それは充実感の裏返しだ。やった、やりきった、その事実が感情を高ぶらせ、疲労を心地の良いものへと昇華させるのである。

「きな粉とゴマ借りるぞ。それと、汗まみれの姿が醜いから、さっさと着替えてこい」
「いや、もう少し夢見心地でいさせて……」
「訳のわからないことをほざいてないで、さっさと行け!」
「ぎゃっ!」

 正邪め、菜箸の先で私の横腹を突きやがった。動かないともっと突いてやるぞ、という構えで尚も私を睨みながらいる。ここは素直に従うしかあるまい。そう思って、私は着替えのある隣の部屋に行った。タオルで汗を拭ってから、新しい服に袖を通す。和服であるから、着替えるには少し時間がかかった、
 さあ、と台所に戻ると、自分の汗の匂いで今まで気付いていなかったのかも知れないが、餡子の上品な甘い匂いが、部屋の隅々にまで行き渡っていた。その魅惑的な匂いは、お腹の動きを促進させ、ぐぅと鳴くお腹の虫を起こした。

「帰って来たか。丁度いまできたところだ、ほら」
「わあぁ……!」

 それは、黒色を基調とした重箱の中に、綺麗に並べられていた。楕円形に形とられたよもぎ餅に、その緑色が隠れて全く見えなくなるほど贅沢に粒餡がまぶされている。紛れもない、これはおはぎだ。日本が生んだ黒水晶とでも形容されるべき、貴き存在だ。いや、黒水晶だけではない。おはぎの中には、特大カラットの輝きを放つ真珠――きな粉、白ゴマが餡の上にまぶされたものまである。その黒と白のコントラストは、もはや芸術の域だ。

「なんと、なんと美しい……!」
「どうだあ? 旨そうだろう?」

 『圧倒的に旨そうなもの』を目の前に、思わず喉つづみがごくりと鳴る。気が付けば、おはぎの方へ手が伸びていた。

「で、では早速……」
「待て」
「んなっ……!」

 おはぎに手をかけたその瞬間、正邪が重箱を取り上げた。エサを目の前にして「おすわり、待て」などと命令される犬の切ない気持ちが少し分かった気がする。私は犬とは違うから、「待て」と言われても我慢しきれず食べちゃうなんて浅ましいことはしないけど……じゃなくて、なぜ実食を目の前にして止められたのか、だ。その理由はすぐに分かった。

「あ、ああ。そうよね、素手じゃなくてお箸で食べないとお行儀が悪いもんね。私としたことが、うっかり……」
「そうではない」

な、なんだとぉ!?

「なあ、姫よ。私は何のためにこの城へやって来たと思っている? わざわざお前に手料理を作ってもてなすためか?」

 はっとした。そうだ、私は何をやっている? 何故正邪を城の中に易々と通して、呑気に手料理の手伝いまでしている? 正邪は咎人だ、捕獲対象だ。一緒にバカやっている場合ではないのに、私ときたら。
そう冷静になり、自分の行動を恥じて俯いていると、正邪が口を開いた。

「なあ、姫。私が作ったおはぎ、旨そうだろう?」
「……確かに旨そうだ。ただ、『私の作ったおはぎ』は気に入らないな。これは二人で作ったものだろう」
「少なくとも、お前ひとりでは作れなかったはずだ」
「だとしたら、何だ? そもそもどうしておはぎなんか」
「姫、『契約』だ。お前が私をこの城に匿うならば、私はお前のために毎日甘味を作ってやろう」
「……はあ?」

 思わずそう言ってしまった。だって、なんて、なんて馬鹿馬鹿しい契約なのだ。私をバカにしているのか、怒りすら沸々と込み上げてくるような、しょうもない、下らない契約だ。

「この頓珍漢めが! そのような契約、私が結ぶ訳が!」
「勿論、おはぎだけではない。和に限らず西洋の甘味も含めた、何百種類ものバリエーションのレシピを私は有している」
「な、なんびゃっ」
「お前の大好きなシュークリームもあるぞお?」
「しゅーくりーむ……」

 先ほどまで湧いていた怒りは何処へやら、頭の中には様々なシュークリームの表象が浮かび上がって来る。それはどれもこれも美味しそうで、頭の中はまさに甘い思考で満たされて……いや、いかん! そんなもので動かされる私の心ではない! こ、こいつ、どこまで人心掌握が上手なんだ……!

「ざ、残念だったなあ、正邪よ! 私を懐柔しようたって、できるはずが」
「へえ、それじゃ、このおはぎは私が」

 正邪が、おはぎを一つひょいとつまんで、一齧りする。その瞬間いつも怒ったような表情ばかりしている正邪の顔が綻ぶ。それはなんと幸せそうな。それは嘘ばかりつく、アマノジャクな正邪の、嘘偽りない正直な心を間違いなく映していた。

「あぁ、おいしい。残り全て私が食べちゃおっかなあ」
「待て!!」
「どうした? 契約する気になったか?」
「いや違うが、そもそもだ。そのおはぎは二人で作ったものだ。お前に独占する権利なんてないだろう!」
「知ったことか。ああ、それと熱いお茶も用意していたのを忘れていた。やっぱり、おはぎにはこれだよな」
「ああっ、くぅ……そ、そうだ! 正邪、あんたおはぎに毒を盛ってるんじゃないか? ほら、私が着替えにいったときよ。それで、私を殺してしまおうなんて」
「何を言っているんだ。いま、私はこうしておはぎを食べているんだぞ」

 ダメだ、おはぎとお茶の黄金タッグを前に、思わずとぼけたような疑いまでかけて、一瞬で論破されてしまう始末だ。完全に、冷静さを欠いている。ああ、どうしても、どうしてもおはぎを、食べたい……!

「じ、じゃあこうしようじゃないか。試しに、そのおはぎを私に一個食べさせてみてよ。それで、美味しかったら契約しよう」
「ほぉう? まあ、いいだろう」
「ほんとお? やったあ!」
「……」

 思ったより正邪が素直に許諾したことに嬉しくなって、ついはしゃいでしまった。その姿を見る正邪の視線が少し痛い。しかし、こんな旨そうなものを食べられるのならば、そんなことは些細なことなのだ。無論、「美味しい」という感想を漏らすつもりはない。食べるだけ食べて、扱き下ろしてやるのだ。少々心苦しい気もするが、それも致し方ない。こんな卑劣な手で再び私を取り込もうとする小悪党に与する理由などないのだから。
 さあ箸を片手に、いよいよおはぎを口につけるときが来た。おはぎはゴマがまぶされたものを選んだ。隣で正邪が腕を組んで自信に満ちたような表情を浮かべている。さも、私を「うまい」と唸らすことができるといったような顔つきだ。しかし私の決意は固い。その通りになるはずがない。そう思って、いざ一口――

「うまっ!」

 「しまった!」と思った。思わず言ってしまった。しかし、このおはぎが余りにも美味すぎるのだ。餡子はとびっきり甘い、しかし、それがよもぎの風味によって程よく抑えられている。さらに、ゴマの風味が鼻の奥をすっと通り、後味をより良いものとしている。食感も絶妙だ。餡子は粒餡だ、餅となっても多少形を残しているもち米の、少しざらざらとした独特の食感と、粒餡の滑らかではない舌触りが噛み合い、味だけではない、食べる楽しさを演出している。このおはぎは完璧だ。

「契約成立だな」
「まって、確かに『旨い』と言ったけど、それはその……嘘っていうか」
「お茶をどうぞ」
「わーい! ありがと正邪!」
「明日はシュークリームを作ってやろう」
「ほんと!? うわーい! しゅーくりーむだー!!」


--------------


 こうして、契約は不可抗力とも言うべき手段によって、あれよあれよと結ばれてしまった。これが事の顛末である。今も正邪はあの人を狂わせる、ひどい中毒性を持った、とびっきり甘い奴を作っているのだろう。そいつは私の思考をまともじゃないものにする、まさに禁止薬物のような存在だ。正邪が近づいてくる足音が聞こえて来た。いや、これは禁断症状による幻聴かもしれない。それすらも分からないほど、私は狼狽していた。

「なんて、なんて卑劣な契約を、私は結んで……!」
「姫、今日の甘味ができたぞ。台所に来てみな」
「ほ、ほっといてくれ! 私は行かないぞ!」
「今日はプリンだ」
「わっほーい! 私のだーいこうぶつ!」


---


「正邪の作るお菓子は美味しいなー。昔、里で売ってたプリンよりよっぽど美味しいわ」
「そりゃそうだ、奴らは外の文献から見様見真似で作っているだけだからな。私は昔、西洋の吸血鬼を騙していたこともあってな。そこのメイドから本格的な西洋菓子の作り方を教わったんだよ。だかりゃこりゃ、本場の味って奴だ」
「へぇー……というか、そんな悪いことまでしてたのね?」
「ふん、騙される方が悪いのさ」
「あー、それって私のことをバカにしてる?」
「姫は騙されたんじゃなくて正当な契約をしたんだろ?」
「うぐぐ、でもこんな契約、誰でも結んじゃうって」
「いや、こんな間抜けな契約、結ぶのはお前くらいしか……」
「やっぱりバカにしてるー!」

 正邪が作った甘味を食べている間は、こうして下らない話をいつもしている。本当に、無駄な言い合いばかりしているのだが、それが楽しくてしょうがなかった。正邪も、この城に戻って来たときに比べて笑うことが増えた。勿論、正邪のことだから、関係の維持のために無理やり笑顔を作っているだけ、という可能性もある。しかし、そうとは思えない自然な笑みにも、私には見えた……それは自分の都合の良いように解釈しているだけかもしれない。やはり、正邪を匿っている罪悪感はある。一人になると、それに押し潰されそうになることもある。それと、また違った方向の杞憂もある。

「なあ正邪や……いつかはこの関係もバレてさ、こうして二人でお菓子を食べることもできなくなるのよね」
「……まあ、いつかはそういう日も来るだろうな」
「もしそうなったらさ、正邪は私をどうするつもり?」
「そりゃ、始末するしかないさ。ペラペラと私の情報を喋られたら堪ったもんじゃないからな」

 正邪はそう言い放った。その表情にはどこか影を落としているようにも見えた。しかし、あくまでその強い口調は変えず、言葉を続ける。

「姫、そりゃお前だってそうだろう? 前に一度決別したときだって、姫は私を始末しに来た」
「始末って、そりゃ私は正邪を捕まえて上に差し出そうとはしたさ」
「同じことだ。つまりそういうことなんだ。あくまで私たちの関係は契約上のものでしかない。こうして二人で菓子を食べてるのだって、そうだ」
「……そうは」
「ああ?」
「そうは、思いたくないよね、って」

 そこで会話は途切れた。スプーンが容器に当たってカチャッという音を立てる以外は何も聞こえくなり、辺りは急に静かになった。
 少し早いけれども、このプリンを食べ終わったらもう寝てしまおうか、と思ったその矢先である。輝針城の扉をドンドンと叩く音が聞こえてきた。正邪が体をビクッとさせた。

「誰かしらね、もう夜だって言うのに……ちょっと見て来るから正邪は隠れてて」
「ああ、いつもの所にいる」

 正邪は誰かが輝針城にやって来ると、入り口扉付近の天井裏に身を潜める。大体、私と来客の会話が聞こえるくらいの位置取りでいる。城の奥に身を潜めていた方が見つかる危険性は下がるのだが、私の裏切りを警戒しているのだろう。
 私は正邪が天井裏に隠れたことを確認すると、扉を開けた。

「おう、夜分遅く悪いな。少し話を聞かせて欲しいんだが」
「少しじゃなくて、たぁーっぷり、ね!」

 そこには博麗霊夢と、霧雨魔理沙の姿があった。
 なに、彼女らが来たからといって正邪を匿っていることがバレたのだと短絡的に判断してはいけない。彼女らがちょっとした雑談やちょっかいをかけに城に訪れることは、これまでもままあったことだ。しかしながら、それは久々で、しかもこの時間帯に、この言い様だ。これは少しまずいのかもしれない。それでもあくまで、どっしりとした態度で構えねば。自らボロを出すようなことだけはしてはいけない。

「なーに、二人とも、こんな時間に。私はもう寝ようと思ってたのに。申し訳ないけど、大切な用じゃないなら今度にしてくれない?」
「生憎だが、それが重要な案件でねえ」

 魔理沙はそう言って、やれやれといった表情で、肩をすくめた。彼女がよくする、演技がかったポージングである。
 どうやら、簡単に逃がしてはくれないようだ。

「それじゃあ、手短にお願いしてくれる?」
「勿論、と言いたいところだが、霊夢次第だろうなあ」

 魔理沙はそう言って、霊夢を横目で見る。それに合わせて私も霊夢の顔を窺うと、少しイラ立ったような表情をしていた。ピリピリとした雰囲気が場を支配しているかのように急に感じられた。すぅ、と軽く息を吸って、霊夢が言葉を発する。

「針妙丸、あんた菫子って知ってる?」
「聞いたことのない名前ね」

 それは本当に聞いたことのない名前だった。なんだ別件か、心配して損をした、と胸を撫で下ろしていると、霊夢が言葉を続けた。

「眼鏡かけてて、変てこなマントを着ている人間なんだけど」
「あっ!」
「知っているのね?」

 急展開、そして思いがけずだった。心当たりがありすぎたのだ。

「そいつがここら辺で妖怪に襲われたらしいのだが、その妖怪と戦っているときに、前に行こうとしたら何故か後ろに行ってたーなんて言ってるんだよ。そんなことできるやつって、なあ?」
「ええ、例のアマノジャク以外にあり得ないわ。どうしてアイツがこんなところにいるのかしら……あんた、まさかここでアイツを匿ってたりしてないよね?」

 それは、余りに、直接的な――ああ、額からつーっと汗が滴ってくる。まずい……どうする、どう誤魔化す……いや、一先ずは落ち着こう。正邪はもっと焦っているはずだ。私が、この場を何としてでも切り抜けねばならない。ああ、クソッ。そう、あのときだ、あのときのアレが、こんな災いを引き起こして――


-----------


 丁度三週間前の話である。晴れた昼時、来客もないので正邪と取り留めもない話を延々としていたときであった。やはり、ドンドンと扉を強く叩く音がした。いつものように正邪は入り口扉付近の天井裏に隠れ、私が対応した……いや扉の前で待ち構えていたのは、対応するにもし切れない、実に厄介な奴であった。

「あー! また現れたなこの変態め!」
「きゃー! やっぱりこの城に住んでたのね! いつ見ても小さくてかわいいわー」

 そいつは、以前私が例の紫色の球体――オカルトボールを集めていたときに、私を攫おうとした人間であった。訳のわからないことばかり言って、会話も全く成り立たない私の天敵だ。
 以前こいつに、この城から私が外出するのを見られたのが運の尽きだった。こうしてまた来やがったのだ。もはや恐怖を超えて怒りと変わる。何としてもコイツを懲らしめてやる。二度と私の前に現れようと思えないように、けちょんけちょんにしてやらねば!

「輝針城にまでやって来るとは、痴れ者め! もう許せんぞー!」
「ああ、そんなに怒らないで。この虫カゴの中に素直に入って?」

 そいつはじりじりと、一歩、二歩。私に近づいて来る。つい感情に任せ威勢のいいことを言ってしまったが、今の私は魔力を大幅に失った小人状態なのだ。いくら相手が非力な人間と言えど、小人状態である今の私はもっと非力だ。いやしかし、立ち向かわねば勝利はない!

「うおりゃああぁああぁあー!!」
「おっと、そんなに小さな体じゃ私の超能力には敵わないわ」
「んなッ、か、体が……」

 以前に対峙したときよりも格段に、彼女の持つ不思議な力が強くなっている。もしかして彼女は今、成長期なのだろうか。うぅ、私には成長期なんて来たことがないのに……なんて嘆いている場合ではない! 体がぴくりとも動かない! 必死にもがく私の姿を見て、奴はにやにやとしている。それを見て、私は悟った。ああ、そうか、小人族はここで途絶えるんだ。こいつはあのカゴの中に私を監禁する。私の今の魔力では、あのカゴの壁をぶち破れる気がしない。いや、もしかしたらもっと頑丈な檻の中に私を閉じ込めるのかもしれない。人体実験とか、されてしまうのかもしれない。ああ、こんな変なファッションの人間如きに連れ去られて、私は――本格的に、一族の終わりが脳内を過ったとき、私は思わず叫んだ

「だれかあああぁあああぁあー!! たす、たたす、たすけてぇえええ!!」

 情けなくも、助けを求め叫んだ。だって……こうするしかないじゃないか!

「たぁーすぅーけぇーてぇー!! おねがい、だれかぁああああ!!」
「そ、そんなに叫ばないで? 外の世界じゃ間違いなく事案になるんだろうなあ……」

 いくら叫んでも助けは来ない。それはそうだ、このロケーションだ。標高何メートルかもわからないこの場所、わざわざこの高さを滑空している人妖なんて稀の稀だ。仮に助けが来たとしても、この人間の力に敵うような奴がそうそういるとは思えない。ならば、最後の希望は正邪――いや、正邪が出て来られる筈がない。さすがにそれは、この状況とは言え私にも分かる。あぁ、終わり、終わりだ……!

「おいこら、そこの人間! そのチビを離せ!」
「せ、せいじゃぁ!?」

 ま、幻か!? 絶体絶命のシチュエーションで私のことを助けてくれなさそうな妖怪選手権ナンバーワン候補の、あの正邪がいる!

「なー! 援軍とは卑怯な、しかし私の力を甘く見ては……」
「うるさい! 失せろ!」
「あ、あれ、あれれ……前に進めな……」
「これでもくらえ!!」
「ぎゃあ!」

 まさに初見殺し。正邪の能力によって己の前後感覚が逆転されていることに気付かなかった変態は、正邪の特大の大玉を避け切れず、哀れ墜落していったのである。やがて姿が見えなくなって、私はようやく、心の底から安堵した。

「うわあーん! せいじゃぁ、こわかったぁ……」
「う、うううるさい! そんな鼻水塗れの顔で私に近づくな!」
「そんなこと言わないでえ」
「あーあー、抱き着くなって! それよりも、色々と話さなければならないことがあるだろう。誰かに見られてもまずいし、とにかく城の中に入れ!」

 正邪は自分に引っ付いた私の体を無理やり引きはがすと、急いで城の中に戻っていった。私は涙と鼻水を裾で拭いながら、それに付いていった。

「なあお前……この状況が、分かっているか? わ、私はあの人間に顔を見られちまった」

 城の中腹まで入って開口一番、正邪はそう言った。正邪のくしゃくしゃで険しい顔は久々に見た。しかし、そのような表情をするのももっともな状況である。なんせ、正邪が最も恐れていたであろうこと、第三者に顔を見られたのである。

「そ、そうね。でも、正邪はどうして私を助けたりなんか……放っておけば顔を見られることもなかったのに」
「最初に断っておくが、お前に情が湧いたから助けたとか、別にそういう理由ではないからな!」
「またまたぁ」
「ふ、ふざけてる場合じゃない! とにかく、お前を助けたのは私のためだ! お前があのまま、本当に攫われていたら、私に食料を持ってくる係がいなくなるんだよ! 輝針城にある食料の備蓄は精々数週間持つ程度だ。そいつが尽きると、誰かを脅かすことで腹を満たすこともできない私は終わりだ、終わり!!」

 いつになく強い口調でそう捲し立てる。どうやら、おどけりが通じるようではない。まあ、それもそうだ。彼女の妖怪人生がかかっている。

「でも、私を助けることができたとしても、誰かに顔を見られたら元も子もないわ」
「くッ……そ、そうだ、そうだよ、それは私の失態だ。本当は、あの人間を殺すつもりでいたんだよ」
「こ、殺すとか、そんなひどいことは流石にダメだっていつも言ってるでしょ!」
「それだよ、そのお前の甘ったれな精神が私に移っちまったのかはしらんが、無意識に力を制御しちまった。我ながら、情けない」

 そう言って正邪は頭を抱え込む。それを聞いた私は……複雑だった。私は、正邪にいつも、もっと優しくなるようにと言い続けていた。正邪は当然、聞く耳を持たなかった。しかし、私は僅かながら、正邪の言動から感じていた。正邪が、あの正邪が、丸くなるのを。本来なら、これは大変喜ばしい事実である。しかし、それがまさか、こんな形で……いや、あの人間を殺さなかったのは正邪の成長の証の筈で、そう、喜ばなければいけないことの筈で、ああ……

「なあ姫……こうなった以上は、分かっているな?」
「え、分かってるって、何をさ」
「契約解消ってことだ!」

 正邪が机を強く叩いた。私は言葉も出ない。でも、でも何とかして引き止めなければ。こんなことで、二人の関係を終わらせてしまっては!

「待って正邪! それにはまだ早い!」
「なな、何が早いだ! 契約解消以外、ありえないだろうが!」
「姿見られたと言っても人間相手さ! そうだ、人里の人間は正邪が指名手配されていることは知らないんだよ。その証拠に、奴もあんたのことを知らない様子だったじゃないか」
「あんな力を持った奴が、本当に人里の人間なのか!? 確かに、あいつは私のことを知らない様子だった。けど、もしあいつが紅白の巫女なんかと精通していて、今日のことを話したらどうなる? そうでなくとも、人伝に追手に伝わるかもしれない。可能性としては十分に考えられるはずだ!」
「所詮、可能性じゃない! とりあえず残った方がいいに違いないよ! それとも、またあの辛い逃亡生活に戻りたいの!?」
「う、いやしかし……と、とにかく! ダメッたらダメだ!」

 正邪め、やっぱり天邪鬼な奴だ! 可能性である以上は、輝針城に残った方がとりあえずは良いに違いないことは自分でも分かっている癖に――いや、そうか、そうだ。正邪は、天邪鬼だった。私は、その操縦法を知っているはずじゃないか。

「ねえ、正邪や。もしかしてあんた、私が正邪のためを思ってここに残れ、って言ってると思ってるの?」
「は? え、その、姫、急に何を言って」
「私はあくまでお菓子が食べたいから正邪に残れと言ってるの!」
「な……そ、そんなこと分かっている!」
「じゃあお願い、私のお菓子のためにここに残って! 今日は抹茶羊羹でしょ。ほら、お願いします!」

 そう言って、私は頭を下げた。さあ、正邪は。

「そ、そうだよ。誰のためでもない、姫は姫のために、そして私も私のためを思ってここに残る訳だ。甘味にしか目がないバカだけど、ま、利用価値はあるバカが丁度ここにいるからな!」

 やっぱり! 言い方を変えるだけで……この素直な奴め!

「もー! せーじゃだいすき!」
「うわ、だから抱き着くな気持ち悪い! や、やっぱり契約は……」
「いいから、はやく! よーかん! まっちゃ!」
「あーあー、作るから、どけって!」

 本当は、本当はいけないことなのだろう。でも、正邪がここに残ってくれることが、嬉しくて仕方がない。なら、もう、これでいいんだ。

「ただし……もしここに私がいることがバレたら、そのときは本当に契約解消だ。それだけは肝に銘じておけ、いいな」
「わかったわかった、それよりよーかん!」
「……少しは危機感とか、持ったらどうなんだ?」

 そういって正邪は私に背を向け、台所に向かった。一先ず、これでよかった。しかし、もしバレたら契約解消、か。どうなのだろうか、バレるのだろうか。アイツは、あの変態は、霊夢や事情を知っている他の人妖との繋がりはあるのだろうか。内心、不安もある。でも、今は悪いことを考えるのは止めておこう。とにかく、抹茶羊羹だ、それを美味しく頂こう。正邪の作ることだ、そりゃ美味しいに違いない。今日も楽しみだ。勿論、明日も、明後日も、その先もずっと楽しみだけど、なんて。


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 そう思っていた、結果がこうだ。やはりあの人間が、正邪のことを霊夢と魔理沙に話してしまったのだ。不運、いや必然か、それは分からないが、とにかくまずい、まずすぎる。

「ちょっと、針妙丸? 聞いてるの?」
「あ、ああ……聞いてるわ。いやあ、彼女には嫌な思い出があってさ、少し黙っちゃったのよ」
「ふぅん、で、正邪を匿っているのか、いないのかを聞いてるんだけど」
「おいおい霊夢、お前の勘はよく当たるとはいえ、それは流石に見当違いだぜ。まさか匿うまではしているはずが」
「そのまさかが有り得るの!」
「落ち着けって。いや、気を悪くしたら悪いな、針妙丸。あくまで、何か知っていたら話してくれってだけの話さ」

 霊夢が怒った面持ちで私に迫って来るのに対して、魔理沙は待ったをかけた。しかし、やはりと言うべきか、そのまさかなのだ。霊夢は私の核心に、最短経路で急接近している。
 はっきり言って、私は白を切るのは下手だ。正邪にはいつも嘘を見透かされるし、博麗神社で過ごしていた時もそうだった。霊夢に真っ向から歯向っても、どこかでボロは出る。ならば、魔理沙に乗じるのはどうだろう。こっちの方は私に強く疑いを持っていないようだし……

「き、気を悪くなんてもんじゃないわ! 全く、霊夢には失礼しちゃう! 私はアイツを捕まえようとしている側なのにさあ」
「はは、そうだよな。お前はむしろ私たちの協力者だもんな……だってさ霊夢。少なくとも、匿ってるなんてことはないだろ?」

 やはり、魔理沙は私をそこまで疑っていないようだ。この調子なら、二対一の状況に持ち込むことができるかもしれない。いいぞ、私。これならば勝機が……!

「む、むぅー? だ、だとしても、何でこの辺でアマノジャクがいたのよ!」
「ま、そこだよなあ。ああ、それと菫子は、『小人を捕まえようとしたらそれを防ぐような形で妖怪が出て来た』とも言っていたな。そこら辺を詳しく聞きたい」
「え、あ、うん……」

 私の目論見は簡単に外れてくれる……結局魔理沙も私を疑っているのだ。私に寄り添うように見せかけて、安心させたところでボロを出させる気なのだ。そんなことにも気づかないなんて……いや、それは思い謀り過ぎかもしれない。でもとにかく、整合のとれた嘘を吐かねば……次に私が発す言葉で、決まる。

「それは……」

 私の言葉を逃さないように、二人の視線が私の口元を固くがっちりと捕える。張り詰めた空気。嘘を吐くことは、私の一番苦手なことである。それでも。

「あのとき、正邪は私に匿ってもらおうと、この輝針城に訪ねて来たんだ。でも、それは当然受け入れがたい話で……そりゃそうだよね、あはは。そ、それで、断ろうとして、言い争いになって……そ、そのときよ! あの人間が輝針城にやって来て、私を襲ったの! それで、その……思わず近くにいた正邪に助けを求めてしまって……あの、それで……」

 言葉に多少詰まりながらも、何とか話を作り出そうとしたが、そこで完全に詰まってしまった。ダメだ、これ以上の話は思いつかない。頭が真っ白だ。正邪なら、悪びれもせず創作話をベラベラと喋るのだろう。私には、到底無理だ、そんなこと……
 二人の視線は依然私の方を向いていて、まだ話の続きを待っている様である。しかし、私は口をパクパクさせるだけで、何の言葉も発することはできない。

「……それで、何よ」
「い、いや、これ以上は、ないよ」
「正邪に助けてもらったんだろ? お前はその後、正邪をどうしたんだよ?」
「どうもしない……ただ捕まえようとして、結局逃げられただけよ」

 私の歯切れの悪い言葉を聞いて、二人は目配せしている。それは僅か数秒の時間であったが、その間、私の小さな心臓は大きな鼓動を立て続けた。二人に聞こえていないか心配になるほどだ。無理もない。私は、正邪は、一体これからどうなるのか。それが、決まってしまうのだ。

「……なあ、霊夢。針妙丸もこう言ってることだし、これ以上の詮索は無意味じゃないか?」
「らしくないなあ。でもまあ、これ以上疑ってもしょうがないもんねえ」
「そうだぜ。とりあえずの話の整合性は取れてる訳だ」

 これは……どうなのだろう? 言い回しに引っ掛かるところはあるが、とりあえずの修羅場は抜けたのだろう……か?

「と、というかさー、私が嘘吐く訳ないでしょ? 吐いたところですぐにバレちゃうし。私が嘘吐くの苦手だって、霊夢も知ってるでしょ?」
「そうねえ、確かにアンタ、嘘が下手だったもんね。なにか失敗すると、小槌の魔力が勝手に暴走したんだなんて、丸見えの嘘八方をすぐ言ってさ」
「そうそう!」
「……まあ、アンタが嘘を吐くのが上手くなってる、なんて可能性もあるんだけどねえ」

 霊夢のその一言に、背筋がゾクッとした。

「えっ、いやそんな、あはは……」

 思考が纏まらない。
 正邪が私の影響を受けているように、私も正邪の影響を……?
 暗に正邪の存在のことを言っている……?
 それとも、ただのブラフ……?

「どうしたの、引き攣った顔して。冗談よ?」
「あ、あのさ、そういう笑えない冗談は止めてよね」
「そこまで言われる冗談だったかなあ。ま、いっか。魔理沙、帰りましょ」
「……あー、そうだな。それじゃ針妙丸、しっかり寝ろよ」
「え、ええ、おやすみなさい」
「それじゃ針妙丸、『また』来るわね」

 そう言って、二人は帰って行った。
 また来るわね、また来るわね、また来るわね、また来る、また来る、また……また……『また』の二文字が、二人の姿が見えなくなってもなお、頭の中で反響し続けていた。そこに意味はあるのだろうか。考え過ぎだろうか。不安で、胸がいっぱいだ。
 とりあえず輝針城の中に入って、しっかりと扉の施錠をして、廊下の中腹辺りまで来たところで正邪を呼んだ。

「正邪、もう出てきていいよー!」
「……ああ」

 天井裏から、正邪が出てきた。正邪は、怒っているとも、悲しんでいるとも、どちらとも言い難い表情をしていた。初めて見る表情かもしれない……正邪は、何を思っているのだろう。
 私がそれ以上話しかけることができないでいると、正邪から口を開いた。

「前に……言ったよなあ、バレたら契約解消だって……バレちまったな、はは、はははッ」

 正邪は、喉がカラッカラに、極限にまで乾いた人間がするような笑い方をした。何というか、見ていられなかった。

「だ、大丈夫さ! 正邪を匿っていることは結局バレてない」
「お前さぁ……本気で言っているのか? あんな見え透いた嘘でバレていないだなんて、いつまで頭の中にお花を咲かせているつもりなんだ?」
「でも! 実際に奴らは納得して帰ったじゃないか! 大丈夫、疑われてないよ!」
「ああもううるせえ!! 私には分かるんだよぉ!」

 正邪が、そう叫ぶ。

「分かるんだ……私も今まで、散々、嘘を吐いてきたから……他人が嘘を吐いているときも、分かっちまうんだよお……! うぐッ……奴らはお前を疑っているどころか、断定している。これは間違いない、間違いないんだ……!!」

 正邪が、あの正邪が、涙目で、嗚咽を漏らしながら、そう訴える。

「そっか……そうだよ、ね。正直、私も嘘がバレていることは何となく、分かっていたよ。だって、霊夢の奴、『また来る』って……」
「そういうことだ、だから……契約は解消だ」
「なっ!」

 予想はできていた筈の一言だった。しかし、逆転がほぼ不可能な状況で、改めてそう言われてみると、やはり心に重くのしかかるものがある。

「そして、予告通りお前を始末する」
「ま、待ってよ! 私を始末して輝針城を出て行って、そのあと正邪はどうしようって言うの?」
「またクソ惨めな逃亡生活の日々が戻って来るだけさ。熾烈な弾幕を浴びて、泥だらけになって、服も何もかもボロボロになって、食うもんもなくて、そこら辺の雑草を齧って、腹を壊して、それでも追手は来て、寝るときもビクビクして、常に寝不足で、もう止めたいと思ってもそれもできなくて……!」

 こんなに弱音を吐く正邪を、私は見たことがない。正邪が、やはりあの正邪が、弱音を吐いているんだ……

「じゃあ……正直に、幻想郷の皆に謝ろう。やっぱり、それしかないんだよ。そうすればさ、前にも言ったけど、幻想郷の妖怪たちと敵対することも」
「いいや、それは無理だ!」
「正邪……いつまで意地を張るつもりなのさ」
「“今や”意地を張っているんじゃない。私の犯した罪が、余りにも大きくなりすぎた。下剋上を企てただけで終わればよかったが、そのあとも悪事を働き続けた。幻想郷の上澄み層にまで喧嘩を売り続けた。こんなことをやって只では済まない……地下や魔界に封印、いや下手したら、消されてしまうかもしれない」
「消されるって、そんな……」
「だから、私はもはや逃げ続けるしかない!」

 これが、これが、異変を起こして尚も反省することなく、反逆行為を繰り返し続けた模範的アマノジャク、鬼人正邪の末路なのか……確かに正邪は天邪鬼で、悪いこともいっぱいした。でも、本当の正邪は、ある意味では素直で良いやつで……それを皆が分かってあげられなかっただけだ、正邪の正邪なりの生き方を、理解してあげられなかっただけだ。それは、かつての私もそうだった。だから今、正邪は相も変わらず一人で苦しんでいるのだ。だとすれば、私にも責任があるはず――ならば!

「……じゃあさ、私も一緒に、正邪と一緒に謝ってあげるよ」
「はあ?」

 張り詰めた場にそぐわない、素っ頓狂な声を正邪はあげた。

「これは私の責任でもあるから!」
「また訳の分からないことを……それに、お前が一緒に謝って、それで何になる!」
「一人で謝ってダメなら、二人で謝れば許してもらえるかもしれないじゃないか。それはもう、必死に謝るんだよ。どうしようもない私たちめらをどうかお許しください、ってね。地に頭を付いてさ」
「下らん冗談を抜かすなバカ!」
「私の言う事が冗談に聞こえるのか!? 正邪、あんたは人が嘘を吐いているかどうか分かるんだろう? なら、私が今、本気で言っていることも分かるはずだ!」
「だ、黙れええええええぇぇぇぇえええ!!」

 そう叫んだ正邪は、唐突に弾幕を私の方に向けて撃った。間一髪のところでそれを避けたが、自慢の和服にはかすって一部焦げてしまった。

「交わしたか、次は本気で当てるぞ」

 そう言った正邪が魔力を身体に集中させているのが傍から見ても分かる。正邪は天邪鬼だ。戦いたくないと言っても、弾を撃ってくるだろう。だとしたら、私も覚悟を決めるしかない。ただ正邪は素直でもあるから、私は改めて提案する。

「正邪や、私を始末すると言ったな。だとしたら、私は精一杯抵抗する。その結果、私が負ければ私を殺すなり好きにすればいい。でも、もし私が勝ったら、その時は……やっぱり二人で謝ろう。そうしようじゃないか」
「まだそんなことを……それに、小人状態のお前が、私に勝てる筈がないじゃないか」
「やってみなきゃわからないだろう!」

 確かに、身体を大きくするための打ち出の小槌は近くにない。取りに行くにも、背を向ければ、隙を見せれば、それは間違いなく致命傷だ。正直、勝算は薄い。それでも、ということだ。

「正邪、あんたと過ごした日々、本当に楽しかったよ。願わくば、また一緒に暮らしたい。正邪の作った甘々なお菓子を食べながら……これは、偽りのない本音だ。当然、正邪なら分かるよね」
「はは、確かに嘘は吐いていないようだ……そうだな、それじゃあ私も、姫と過ごした日々の感想でも言ってやろうかな」
「ほう」
「それは……まあぁぁあああぁあッッッたく! 楽しくなかった! 子供っぽいお前に無理やり話を合わせ、無理やり笑って、プライドをズタボロにされながらも、己の為だと思って、鬱陶な毎日を、嫌々に過ごしていたのさ! アアッ、本当につまらない日々だった! アーッハハッハハッハハハッ!!!」

 ――正邪は間違いなくそう言い放った。

「正邪、あんたさ……」
「どうした、ついに怒っちまったかぁ?」
「嘘吐くの……下手になったね……」
「……『天壌夢弓の詔勅』!」

 正邪は何も答えず、スペルカードを詠唱した。無数の弓が正邪の周りを取り囲み、それに隠れて正邪の姿はよくは見えなかったが、これは気のせいだろうか――いや、気のせいではないな。正邪は、涙を流していた。
 それを見た私は覚悟を決めて、スペルカードのお札をぎゅっと握りしめた。
お読み頂きありがとうございます。
なんとか夏コミ2日目開始までに間に合わせることができました。

針妙丸と正邪の、シリアスともギャグとも振り切れない、そしてどこか甘い、そんな関係が上手く描けていれば幸いです。
おすろのこ
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コメント



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1.70名前が無い程度の能力削除
勢いのいい物語だったんだろうな、と思います。でも句読点がクドいからその勢いをいちいち止めちゃってる感じがします。そこが気になっちゃうとこだわりである2人の関係性に集中できないんです。