Coolier - 新生・東方創想話

人形はお酒が飲みたい

2016/08/08 00:30:34
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 私はお酒が嫌いだ。
 喉を通る上品な甘さは嫌いじゃない。飲んだあとの熱いほてりも悪くない。むしろ好きだ。だけどお酒を飲み過ぎた時の、自分の意識が失われるような感覚はどうしようもなく嫌だ。
 あくまで自分を失わない程度に留める。お酒を呑むとき、いつも私はそうしてきた。
 崩れ落ちた上海人形を見ながら、私はそう思う。
「おいおいアリスぅ。失敗してるじゃねえか!」
 目の前に座っている霧雨魔理沙が笑う。白いブラウスに黒い帽子をかぶる彼女の頬は、朱色をおびていた。彼女の熱い息が、私の憮然とした顔にかかる。
「ちょっと、酒臭いじゃない」
「お互い様だぜアリス。みんな酒臭いに決まっているじゃないか」
 魔理沙は手を広げ、辺りの暗がりを示す。星空とぼんぼりに照らされる中を、何人もの妖怪や人間が地べたに座り、好き勝手に騒いでいる。あるものは徳利を片手に酒を注ぎに周り、あるものはワインに満たされたグラスを口に近づける。妖精は歌を歌い、博麗の巫女は何故か酒瓶を手に持ち大笑いしている。博麗神社の境内は、日が暮れたにも関わらず、真昼の太陽のように賑やかだった。
 魔理沙に何か言い返そうと口を開いたが、周りの光景を見ると、怒る気もどこかに消えてしまった。思わずため息が出てしまう。祭りの日だというのに、怒っていても仕方がない。
 転がっている上海人形を取り上げ、地面の土を払ってやる。そして魔理沙の顔を見る。
「そうね。きっと私も酔っているのね」
 魔理沙に向けた言葉は、たぶん自分への言い訳だ。人形にお手玉をさせるという、簡単な見世物を失敗するなんてどうかしている。酔っている、そう言い訳しなければやってられなかった。
 魔理沙は片手に酒瓶を、反対の手にはおちょこを持って立ち上がった。
「ま、また見せてくれや」
「まだ飲むの?」
「おうさ。祭りは始まったばかりだからな」
 もう終わっているんだけど、と心のなかでつぶやく。神社の鳥居の脇には分解され、シートがかけられた屋台がある。何時間か前までは同じ場所でたこ焼きかいか焼きか、はたまた栗まんじゅうでも売られていた。同じ様な屋台の残骸が、見渡せば視界の端にいくつも転がっている。
 夏祭りはとっくの昔に終わっている。けれど、それだけじゃ物足りないのが幻想郷の妖怪たちで、後夜祭と称して深夜の神社で、巫女を巻き込みくだを巻いている。もっとも私も人のことを言えないけれど。
 自分の吐息に酒の暖かさが混じるのを覚えつつ、私は上海人形を手元に寄せる。先ほどは急に動かなくなり、見事に私は失敗した。もしかしたら人形が故障したのかもしれない。関節部の滑りが悪くなったとか、内部の線が切れたとか、原因は色々と考えられる。
「ん?」
 人形を持ったとき、何故か私は違和感を覚えた。メイド服を模した人形が、いつもよりも重く思えた。もっとよく見てみようと思い、両手で人形を持ち上げ、近づけようとした。しかしそれは叶わなかった。
 人形が急にもがき出した。驚いて手を離してしまうと、人形は地面に倒れ込みジタバタと暴れる。私は目を大きく広げて、それを眺めることしかできなかった。
 人形は一人では動かない。力の強い魔法使いであれば、使い魔として自立させることもできるらしいけど、私にそこまでは無理だ。だとしたら一体どういうことだろう。
 暴れる上海人形の頬にに手を乗せる。上海は嫌がるようにからだを左右に動かし、そしてふわりと空中に浮き上がり手の中から逃れた。けれど今ので私にははっきりとわかった。
 上海人形の中に何かがいた。
 たぶん幽霊の類らしい。その幽霊が人形に乗り移り、動かしている。
 ——いったいどこから湧いてきたのかしら?
 首を傾げながら私は辺りを見渡す。妖怪神社と言われるくらいだから、幽霊の一つや二つ現れても博麗神社ならおかしくない。ただしそれは普通の時の話だ。今は境内には何人もの大妖怪が集まっている。紅魔館の主、レミリアスカーレットは咲夜達と共に酒盛りをしており、その近くには幻想郷の鬼、伊吹萃香が射命丸文に徳利の中身を飲ませようとしている。かと思えば、命蓮寺の住職、聖白蓮と守矢神社の神である八坂神奈子、そして仙界の豊郷耳神子が酒瓶を間に置いて、何やら議論している。その後ろで村紗や蘇我屠自古たちが酒を飲んでいる。というか神社にいる妖怪たちは、みんな酒を飲んでいる。
 とにかく、これほど強力な妖怪がいるところに吹けば飛ぶような幽霊が近寄ってくるとは、とてもじゃないけど考えづらい。更に狛犬の下には死神の小野寺小町が、仙人の茨木華扇と盃片手に酒を飲みあっている。いくら死神の小町が酔っていたとしても、はぐれ幽霊を見かければ冥界に運び込むだろう。
 そう考えると上海人形に乗り移っている幽霊は、かなり強い力を持っていることになる。
 そんな幽霊が、この近くにいたのだろうか?
 真っ先に思い浮かんだのは西行寺幽々子だが、彼女は地面にしかれたゴザの上で、八雲紫と語り合っていた。その隣には酔っ払ったのか、妖夢が真っ赤な顔をして、一人っきりで倒れていた。
 他に幽霊といえばプリズムリバー達だけれど、彼女達は一時間以上前から鳥居の上で楽器を鳴らしている。
 私は頭を抱えた。酔って頭が重くなったから、というわけでは無い。彼女達以外に強力な幽霊が思い浮かばないからだ。正体がわからないことには、対処するのに手間がかかる。下手に強力な霊に攻撃したために、呪われたくはない。かといって放って置くわけにもいかない。
 一人で悶々と考えていると、いつの間にか上海人形は、私の前に立ち上がっていた。そして私の座っているシートの、隅の方へ歩いて行くと、下に置いてある小さな盃を手に取った。盃には飲みかけのお酒が入ったままだ。
 —何をするつもりなのだろう。
 不思議に思い見ていると、人形は盃を両手で持ち、口元へと近付けた。けれど傾けられた盃の中の酒は、口元から漏れ出して人形の紺色のメイド服を濡らす。
 人形は手足を動かすことはできても、物を食べることはできない。人形は隣にある酒瓶を両手で抱えて持ち上げると、器用に盃に注ぎ、もう一度飲もうとした。けれど再び口元を濡らすだけで、決してその味を確かめることはできない。それでも人形はまた盃に酒を注ぎ込もうとする。
 人形が服を濡らす様子を見ながら、私は思う。
 やっぱり私は酒が嫌いだ。
 酒を飲むと人は羽目を外す。思慮とか分別とか、そういったものを酒は容赦なく取っ払う。だから迷惑を省みずに騒いだり、歌ったりする。それでも酒は人を惹きつける。私の上海人形のように。
 決して飲めないということは、きっと幽霊にも分かっているだろう。それでも盃に手を伸ばしてしまう。
 普通の幽霊はお酒が飲めない。お酒をたしなむことは、生きている者の特権だ。だとしたらあの幽霊は、いったいどれだけの時間を、お酒の美味しさを味あわずに過ごしたのだろう。
 私は酒が嫌いだ。酔っ払えば普通なら絶対にやらない無茶や、無謀をやってしまうから。例えば今の私のように。
 盃を持ったまま立ちすくんでいる上海人形を、背後から抱きかかえ、抱きしめる。確かに上海の中に何か、別の暖かいものを感じる。ソレがいる上海の胸のあたりを、抱きしめた手でゆっくりと私の胸に押しつける。上海の中にいるソレは、ゆっくりと私の体の方へと流れていく。
 ああ、きっと私は馬鹿なことをしている。あまりに人形が、幽霊が不憫だった。だからといってお酒を飲ませようとするなんて。それも自分の体を貸すなんて。
 生暖かい空気のようなものが、すっと私の中に染み込んでいく。その途端に体が重く感じる。眠たくて眠たくてたまらない。酒のせいではない。私の中に私じゃない何かが入り込んだからだ。
 それでも気合を入れて目を開く。眠気を我慢しつつ、こぼれて空になった盃を右手で持つ。そして左の手で瓶よりお酒を入れる。
 ふと瓶に書かれた銘柄が目に入った。
「純米吟醸 博麗」
 博麗神社を祝うために里の酒造で作られたその酒は、里の人や妖怪、妖精や神など、幻想郷の者に愛されている。境内にいる者は、一度は口にしたことがあるだろう。けれどその味を、この幽霊はきっと知らない。知りたくても知ることはできない。今までは。 
 盃を口元へと近づける。米の甘い香りが鼻を包み、ゆっくりと吸い込みながら盃を傾ける。お酒は口の中より喉の奥へと流れていく。
 盃をさらに傾ける。
 まず小さな辛味が舌を刺激したあと、柔らかな甘みが広がっていく。力強い辛味にも関わらず、その味は透き通っていて、爽やかな後味となって残る。そして腹の底より段々と暖かなほてりが湧き上がる。
 そして盃のお酒を飲み干す。
 ああ、いつも以上に体が熱い。私が酔っているせいだろうか。それとも幽霊が酔っているせいだろうか。
 お酒の最後の一雫が、舌を通り、ゆっくりと喉を伝う。雫のあとには辛さがそして澄んだ甘さが体の中にしみこんでいく。捉えどころのない味の変化は、どこか博麗の巫女を彷彿とさせる。
 私は盃を床に置き、ゆっくりと吐息を吐く。その息の中にほのかに、淡雪のようにお酒の残り香を感じる。
 ああ。思わず感嘆が口に出る。背中が震える。
 私はどうしたのだろう。今までに何度もこのお酒を飲んでいる。それなのに、何故これほどに美味しく思えるのだろう。幽霊が、私の中にいる幽霊が私も酔わせているだろうか。
 体が熱い。体の底から熱を感じる。決して不快なものではなく、冬の暖炉の側のような、優しく包み込むような暖かさだ。まるでゆっくりと眠りを誘うような。
 私は足を崩し、ゆっくりと地面に体を預ける。まぶたが重い。なんだか体もだるい。少しだけ休もう。少しだけ……。


 ゆっくりと目を開くと、まだ周りでは酒盛りが続いていた。とはいえ未だに元気なのは数えるほどで、ほとんどの妖怪は大いびきをかいていた。霊夢と魔理沙は二人揃って青い顔をして倒れている。どうも隣に座っている伊吹萃香に、かなりのお酒を飲ませられたらしい。
 欠伸を噛み殺しつつ体を起こす。右腕を枕にしていたせいか、二の腕が真っ赤になっている。
「うう、頭が痛い」
 それほど飲んだつもりは無いのに、錐でさすような痛みを感じる。思わず頭に手を当てる。
「……幽霊を入れるんじゃなかった」
 痛む所を手でさすりつつ、ふと体が軽いことに気づいた。頭痛はするけれど、先ほどまでの体のだるさは無い。
 幽霊が私から出て行ったのだろうか。胸やお腹に手を当ててみる。火照った体があるだけで、それ以外の気配は感じない。目の前には上海人形が転がっている。手を伸ばしてみたが、特に何も感じない。
 思わず息を吐き、肩を下す。知らない間に気を張っていたらしい。やっぱり幽霊なんて入れるもので無い。あんなことをするなんて、やっぱり私は酔っている。
 それにしてもあの幽霊はどうなったのだろう。気になり辺りを見渡してみるが、それらしきものは無い。周囲には相も変わらず、馬鹿騒ぎをする妖怪達がいるだけだ。苦笑いを浮かべ、星空の下で酒を飲み交わす彼女達を見つめる。
 もしかするとあの幽霊は成仏したのかもしれない。きっと酒が飲めないことが未練となってこの世にしがみついていて、ようやく願いが叶ったのだろう。今頃は三途の川かそこらにいる、そんな気がした。そうであったら良いな、と思った。
 夜空の月が明るい。もう日付は変わった頃だろう。未だに宴は続いているけれど、もうそろそろ私は帰ろう。幽霊に体を貸したせいか、どうも疲れた。ゆっくりと腰を上げた私は、一応霊夢に挨拶しようと思い、辺りを見渡す。
「ん?」
 どこか周りの光景に違和感を覚えた。さっきまで無かった何かが、視界の中をよぎった気がした。不思議に思いもう一度だけ周囲を伺う。少しずつ視線を横に動かしていくが、ある一点に来たとき私の顔は強張った。
 寝転んでいる魂魄妖夢の隣に、白く透き通った物体が倒れていた。
 幽霊が上海に乗り移ったときの光景を咄嗟に思い返す。あのとき妖夢の半身を確かに私は見ていない。ということは……。
 深いため息が口から漏れ、私は座り込んだ。どうりで大妖怪や死神がいる中でも、あの幽霊は普通に現れたわけだ。半人半霊の妖夢の、幽霊の方であれば、この場の誰にも気にされることは無い。
 恨めしい思いを込めて妖夢を見やる。悪酔いでもしたのか、彼女はまぶたを閉じて、うなされつつ寝込んでいる。彼女の半身である霊魂は、妖夢の隣に転がり動く気配は無い。
 私は酒瓶の方へ視線を向ける。恐らく今回の原因は、妖夢が酔っ払って寝込んだからだろう。人間の妖夢が泥酔したため、幽霊の彼女が好き勝手に動いてしまった。幽霊の妖夢は、きっとお酒が飲みたかった。もしかしたら幽霊の彼女は、お酒の味を知らなかったのかもしれない。だから近くにあった人形に乗り移り、お酒を飲もうとした。その結果が酔っ払って寝転んだ、ということだと思う。なんというか、はた迷惑な話だ。
 私は酒瓶を掴む。帰るつもりだったけれど、もう一杯飲まなければやってられない。
 杯に並々とお酒を注ぎ、それをゆっくりと持ち上げ、一息に飲み込む。
 やっぱり私はお酒が嫌いだ。流し込んだお酒の熱さを感じつつ、そう思う。喉を通る熱は、ゆっくりと体の奥へと消えていく。そして段々と胸の奥が暖かくなる。
 舌に残るお酒の甘さを感じつつ、少しずつ妖夢への憤りとか、酔っ払った自分への怒りといった、ムシャクシャした気持ちが溶けていく。
 私は盃を置く。そして上海人形を抱え、再び立ち上がる。
 暖かな夜の空気が流れる中で、幸せな酒宴はいつまでも続く。私は微かに笑みを浮かべて、前へと足を踏み出した。


 私はお酒が嫌いだ。
 それでもお酒は良いものだ。
というわけでお酒のお話です。
飲み過ぎには注意しましょうという話です。(……そうなのか?)
楽しんでいただければ幸いです。
maro
http://twitter.com/warabibox
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コメント



0.440簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
素面なのは聖だけかね
7.100名前が無い程度の能力削除
酒を飲んでは理屈をこねたがる
要するにただの飲兵衛ですね