Coolier - 新生・東方創想話

死体探偵「サイレント・ヤマメ」

2016/08/01 00:33:07
最終更新
サイズ
29.69KB
ページ数
1
閲覧数
758
評価数
5/15
POINT
890
Rate
11.44

分類タグ

 巨大な縦穴を降り切ったその先に、見事な一つの橋がある。鮮やかな朱塗りの欄干を持ち、数多ある橋脚の一つ一つに百鬼夜行図が彫られている、まさに巨大な芸術品と呼ぶに相応しいもの。地底蛍の薄緑光の中に佇むその姿は圧巻で、この橋を見るためだけに地上からわざわざ足を運ぶ者もいるほどだ。地底に封印されているのが実に惜しい。このような芸術は陽の光の当たる場所に置いてこそだと思うのだが。
 橋の美しき守り姫、水橋パルスィに通行証を見せると、案の定、嫌な顔をした。
「あれだけ好き勝手やっておいて、今更通行証も何もないでしょうが」
 橋姫お得意の嫌味である。まあ、聖復活の為に地底に侵入した時、星が色々と無茶をやってくれたからな。まったく、嘘は言ってないところが嫌らしい。
 普段は無表情なパルスィが顔をしかめるくらいだから、相当根に持っているようだ。
「悪いとは思っている。だから正式な手続きを取ったんじゃないか」
「それが妬ましいのよ、まったく」
「じゃあ捨てようか? 通行証」
「許可も無しに橋を渡ろうだなんて、まったく、妬ましいわ」
「めんどくさいなぁ。私は急いでるんだけど」
 この問答も最早名物である。どうあっても嫉妬に持っていくその素晴らしい話術に魅せられ、足繁く通う若者も多いと言う。まあ、大半は橋姫のその美しさ目当てだろうがな。ペルシアンドレスからすらりと伸びる白く長い足、そよ風になびく金色の髪の合間に覗くは瑪瑙色に煌めく宝石のような瞳。パルスィは御伽噺の中の妖精のように美しい。……妖精って言っても、あのちんちくりんのチルノとかじゃあないぞ、もちろん。
 美しい橋に、美しい姫。嫉妬したいのはこっちだよ、まったく。
 二、三の手続きの後、私は橋を渡った。去り際、パルスィは地底蛍を一匹お供に付けてくれた。なんだかんだで親切な奴である。燐と言い橋姫と言い、地底には捻くれ者が多い。
 ゆるいアーチを描く橋を早足で渡りきって、旧都の目抜き通りに入る。
 旧都は元々、地獄の一部だったものを鬼達が占拠して住みやすく作り変えたものだと言う。地底で一番の繁華街であり、その賑わいは封印された街であるとは思えないほどだ。薄暗い上に鬼の治める街なので、治安にはいささか不安が残るが、目抜き通りにいる分には問題無い。
 彼女の事務所の扉をくぐるが、中は暗く、人影も見えない。だが、何処からかぐうぐうと寝息が聞こえてきた。ならばと上を見やると、果たして、彼女を見つけた。天井から逆さ吊りになって揺れている。
 地底蛍をトントンと叩き、術力を分けてやった。賢い蛍は彼女の顔の前まで飛んで行って、強力な光を発した。
「ふぎゃあ!」
 驚いた彼女が天井から落ちて、どしんと大きな音が響いた。
「目がぁ! 目がぁ〜!」
 両目を押さえて転げ回っている。
「目は覚めたかい? いくら地底とは言え、真っ昼間っから眠りこけてちゃいかんぞ」
「おお? その説教臭い物言いは、まさか」
 目を擦りつつ、黒谷ヤマメが起き上がった。
「やっぱり、ナズーリンじゃないか! 久し振りだね」
 ヤマメは人懐っこい笑みを浮かべる。空気の淀んだ陰気で陰鬱な地底に住む癖に、ヤマメは真夏の西方の空のようにからりとした人当たりのいい性格をしている。
 聖輦船浮上の際に非常に世話になった妖怪である。元々地底に封印されていた村紗達とも仲が良い。
「君は変わり無いようだね」
「そらそうよ、ヤマメちゃんはいつでも元気百パーセントさ。あれぇ? あんたはなんかやつれてるね。ちゃんとご飯食べてる? あ、もしかしてダイエット中? だめだよあんた、そんなちっちゃい身体してる癖にダイエットなんて。胸なんてぺたんこじゃないか、ちゃんと栄養取らなきゃ! 私、鰻の良い店知ってんだ、ちょっくら食べに行こうよ。そこは酒も美味くてね。蒲焼つまみに熱燗で一杯やるのが最近の楽しみなのさ。そうそう、あそこ行くなら鬼の勇儀も誘わないとね。そこの主人がけっさくでね、なんとあの勇儀にメロメロで、見かけるたびにコナかけてんのさ。相手になんざされてないってのに、もう見てて滑稽なんだよこれが。勇儀も勇儀で困っちゃって、あたふたしてるあいつを肴に呑む酒が美味いのなんのって。ああ、勇儀と言えば、もう一つ可笑しな話があってねぇ……」
「分かった、分かった、分かったから! 急ぎの用事があるんだよ!」
 私が慌てて遮ると、ヤマメはようやく口を閉じた。
 危ない、危ない。日が暮れちまうところだった。放っておくとこの調子で二、三時間は平気で喋り続ける奴なんだ、こいつは。またヤマメの声が綺麗で、聞いてるだけでこっちも良い気分になってしまうのだから堪らない。酒でも飲み交わしながら聞いてる分には最高なんだが、仕事の話をする時には困ってしまう。
 地底の明るい網、『おしゃべり』黒谷ヤマメ。その二つ名は決して誇張だとか口が軽いだとかという意味ではなく、端的に事実を述べたもの。喋り出したら止まらない、マシンガンみたいな女なんだ。
「用? ってぇことは、建築の依頼かな?」ヤマメは土蜘蛛と呼ばれる種族の妖怪で、彼女たちは建築や土木工事に秀でている。「嬉しいねぇ、ヤマメちゃん、張り切っちゃうよ! 近頃は新築の依頼が無くてねぇ。ちょっと退屈してたとこなんだよ。最後に建てたのは、あれは……」
「いや、いや、いや。建築の依頼じゃないんだ」
「えー……」
 ヤマメは露骨にがっかりしている。仕事、好きなんだな。
「それじゃあ、一体全体、私に何を依頼しようってのさ?」
「それは道中話す。八雲紫の召喚状もある。急ごう、地上へ」
「えっ、隙間妖怪の?」
 首をひねるヤマメの手を引いて、私は旧都を後にした。
 事件が起こったのは、昨日の事である。
 妖怪の山の麓にある坑道で、落盤事故が起きたのだ。何人かが土砂に飲まれ、行方不明となっている。
 山岳開拓を行っていた技師集団からの連絡を受けた上白沢慧音は、直ちに私へ生存者の捜索を依頼して来た。慧音に汚名を付けない為にも、彼女の依頼は出来るだけ断りたい所だが、事が事である。依頼を受けざるを得なかった。
「なるほどね……そりゃあ、厄介だねぇ……」
 流石のヤマメも、落盤事故と聞いて眉をひそめた。
「と言うか、私は建築が得意で、穴掘りは得意じゃあないんだけどなぁ」
「他に当てがなかったんだ。それに土蜘蛛ってのは元々、採掘集団だったと聞いているが」
「昔の話さ」
「なんとかならないか」
「私は現場主義でね。見てみない事にはなんとも言えないよ」
 どんよりと曇った空の下。件の坑道の前には、上白沢慧音と藤原妹紅が待っていた。
 坑道の入り口は木々に囲まれた場所にあり、近寄って初めて穴があると分かる場所だ。しかも入り口は葉でカムフラージュされ、空を飛んでいたらきっと気付かないだろう。
 一目見て、ヤマメは声を上げた。
「こいつは……試掘坑か」
 慧音は色褪せた紙切れを差し出して来た。
「そうらしい。これは坑道の地図だ。脱出した者の話を基に、潰れた道には分かる範囲で印を付けている。落盤が発生したのは鉱床近くの採掘場らしい。残念ながら、そこに生存者はいないだろう。もし生存者が取り残されているとしたら、確率が高いのは中央の作業広場だと思う。捜索をお願いしたい」
「こんな盗掘まがいのやり方をする奴らさ。この地図も当てになるのかい?」
 ヤマメの指摘に、妹紅が頷いた。
「正直、眉唾かもしれない。開拓者達をとっちめたところ、どうやらこの坑道は天狗共には無届けだったらしいんだ。事故は天狗共の妨害工作の可能性もある」
 どうやら、その為のカムフラージュらしい。
「どうせすぐにバレるってのに、馬鹿な奴らだねぇ」
 暫く地図を眺めていたヤマメは、やがて溜め息混じりに、しかしきっぱりと言い放った。
「無理だね。生存者の救出は諦めるべきだよ」
「そんな……」
 絶句する慧音に、ヤマメは淡々とした口調で語った。
「この適当な地図と入り口を見りゃあ分かるよ。その開拓者って奴らは、碌な技術を持っちゃいない。そりゃそうさ、人の目を盗んで山の神様の恵みを奪おうって輩さ、真っ当じゃあない。技術ってのはね、カンバンなのさ。陽の当たる場所で正々堂々勝負出来ない輩に、一流なんざいやしないんだよ。坑道内の様子も知れる。このまま捜索に入ったら、木乃伊取りが木乃伊になっちまう」
「し、しかし……」
「私は専門家として意見を言ってるんだよ。閻魔様だってはっきり黒って言うと思うな。今、一番有効な処置は、そいつらの掘った穴を全部埋めて、代わりに慰霊碑でも立てることだね。二次被害を出したいってんなら話は別だけど」
「取り残された人はどうなる」
「あくまで可能性の話だろう」
「だが、少しでも可能性があるのなら……!」
「くどいね、ハクタクハーフの先生さぁ。山を舐めるんじゃないよ。あんたのちっぽけな正義感なんかじゃ、岩一つ砕けやしないのさ」
 いつも明るいヤマメにしては珍しく、声色が冷淡であった。そこにプロとしての自制が見え隠れする。本当に困難だと判断しているのだろう。
「せっかく地上に連れてきてもらって悪いけどね、ナズーリン。わたしはこの仕事、受けられないよ」
「どうする事も出来ないか」
「いくらなんでも、危険過ぎる」
 ヤマメは目を伏せて首を振った。
「そうか……仕方無いな。なら君は、外でサポートを頼む」
「まさか!」ヤマメは目を剥いた。「行く気かい? ナズーリン!」
「ああ」
 慧音に用意してもらった装備一式をポシェットに詰め込み、私はロッドを握りしめた。
「私も行くぞ」
 慧音が無鉄砲にも付いて来ようとしたが、
「君と妹紅は退路の確保をして貰わねば困る」
「そうだよ、慧音。落盤を起こしたのが天狗共なら、奴らが救出を妨害してくる可能性もあるんだ。私達はここの確保をしなきゃ」
 私と妹紅の説得によって、なんとか押し留めた。
 出発しようとした私の肩を、ヤマメが掴んだ。
「馬鹿な。なんでそこまで」
「……友達が、取り残されていてね」
 坑道内に鼠達を放った時、賢将が中央の作業広場で発見したのは、小傘だった。何故小傘がそんな所にいるのか、詳しい事は分からないが、鍛冶に携わる小傘である。鉱山開拓者達との繋がりがあってもおかしくはない。
 小傘は事故で怪我をしたのか、動けない状態らしい。今は賢将に付いて貰っているが、一刻も早く助け出さねば。
「その娘には何度も助けられている。私は行かねばならない」
「駄目だよ、いつ崩落するかも分からない状態なんだよ」
「尚の事、急がねばな」
「友人がむざむざ死にに行くのを、黙って見てられるか」
「私も同じ気持ちなんだよ、ヤマメ。大丈夫、私は体も小さい。仮に土に埋まった所で、這い出してこられるさ」
 ヤマメは眉根を寄せて唇を噛んだが、やがて決心したように言った。
「分かったよ。私も行こう。だが、中では私がリーダーだ。命令には必ず従ってもらうよ」
「……恩に着る」
 ヤマメも用意した装備一式を付け、私達は坑道内に進入した。
 思ったよりも坑道は広く、私とヤマメが並んで歩ける程度の広さがあった。一定間隔で木材による補強が行われており、土には粘り気もある。素人目には十分に強度確保されているようにも見えるが、
「くそ、素人共が……。闇雲に道を広げて、強度確保がおざなりじゃあないか。地盤が貧弱で浮石が多い癖に支保が少ないなんて……自殺行為だよ、こんなの」
 ヤマメの目には十分ではなかったようだ。
「普通は横穴を掘るか、坑道の補強をしながら進むんだけど……仕方ない、応急処置で済まそうかな」
 ヤマメは指先から魔法糸を発射して、坑道に蜘蛛の巣を張った。
「時間が経てば鉄より硬くなる。こうやって退路を確保しつつ進もう」
「だが、脱出する時の妨げになるんじゃあないか?」
「私の力で作ってるんだから、邪魔にはならないよ」
「そりゃ、そうか」
 要らぬ心配だったようだ。
 入り口から少し進むと、もうそこは闇の坩堝である。いくら夜目が利く鼠に土蜘蛛と言っても、そも光がないのでは何も見えない。そこで、橋姫から借りっぱなしだった地底蛍の出番である。術力を分け与えると、地底蛍は眩い緑光を発して、洞窟内でも昼と変わらぬ視界を保てた。用意していた籠の中へと地底蛍に入って貰えば、魔法ランタンの出来上がりである。
 私は斥候から戻った鼠達の情報を基に、地図を更新しながら進んだ。その様子を見て感心したのか、ヤマメは言う。
「ここの奴らより、あんたの鼠の方がよっぽど山に詳しいみたいだね」
「そりゃそうさ。彼等はここに住んでいる鼠だからね」
「なるほど、道理だね」
 すぐに分岐にぶちあたった。更新した地図を基に、私達は道を選んだ。広場への最短ルートは途中で崩落しており、遠回りせざるを得なかった。選んだ道は徐々に斜坑気味になり、私達は少しずつ地下へと降りながら進んだ。
 洞窟内は静寂の世界かと思っていたが、意外にも其処彼処から水の流れる音が響いている。
「鉱山ってのは、いつでも照明と換気、そして排水が問題になるんだよ。山ってのはでかいスポンジみたいなもんでね、至る所から水が溢れ出して来る。そいつを汲み上げて地上に排水するのも、重要な仕事の一つなの。でかい鉱山なら風車動力の水上輪を使う所だが、こんな素掘りの試掘坑じゃあ、人力だろうねぇ」
「人力……お、追いつくものなのか?」
「……その答えがこれさ」
 ヤマメがランタンをかざした先の通路には、薄っすらと水が張っている。
「こっから先は水没坑道みたいだね。事故で排水が出来なくなった途端、これさ。まあ、もともとまともな排水機構がなかったんだろうけどね。ナズーリン、この一週間の地上の天気はどんなだったんだい?」
「麓では三日前に軽く振ったかな。山の上のほうじゃどうか分からんが」
「それでこれか。この上もし雨が降ったらまずいね……。ナズーリン、部下の鼠達に連絡して、天気が変わりそうになったらすぐに伝えるようにしてくれ」
「分かった」
 鼠を走らせると、私達は薄張りの水の上を歩き出した。
 坑道内の景色というものはそう変わらぬもので、ずうっと同じ景色ばかり見ていると、平衡感覚が乱され、同じ所をぐるぐる回されている気分になってしまう。水の跳ねる音が耳にこびりついてとにかく不快だった。
 何度目かの分岐を曲がった時、二股の岐路に差し掛かった。一方はかなり水が入り込んでおり、もう一方はそうでもない。地図上では、水の入ったルートが最短ではあるが。
「鉱山の水ってのは、酸性水や重金属を含む水が流出してる場合があるんだよ。言わずもがな、こいつらは有毒さ。だから土蜘蛛は河を汚すと嫌われたんだよね。多少遠回りでも、水の無いルートを選択しよう」
 ヤマメの判断によって、私達は浸水の少ないルートを選んだ。
「……おかしいな」
 そこからさらに幾度目かの分岐を曲がった時、不意にヤマメがそうこぼした。
「道は正しい筈だが」
「いや、そうじゃない。この辺りの坑道は最近掘られたようなんだけど……」
「試掘坑なら、そういうものじゃないのか? 鉱脈を求めてあちこち掘るんだろう」
「早すぎるんだよ」難しい顔をして、ヤマメが続ける。「坑道ってのは狭い。いくら人員を投入しても、一つ一つの穴の掘削スピードはそう変わらないんだ。だけど……これは、余りにも早い」
「開拓者達の中に、妖怪が混じっていたと言うのか?」
「いや、それでも早いよ。これはまるで……」
 言い淀んで、ヤマメは言葉を切った。
 その時。
 どしん、という巨大な縦揺れが走り、坑道内を揺るがした。続けて、土砂が崩れる崩落音が反響する。
 私達は身を低くして身構え、さらなる揺れに備えた。が、続くの揺れはなかった。
「地震、か……?」
 私の呟きに、ヤマメは首を振った。
「……嫌な予感がするよ。先を急ごう」
 ランタンをかざし、多少早足でヤマメは歩き出した。私はそれに黙って従った。
 道なりにしばらく進むと、落盤で道が塞がれていた。
「さっきの崩落音はこれか」
 道は完全に土砂で埋まり、先へ進めそうもない。私達は引き返さざるを得なかった。
 機関銃並みの口数を誇るヤマメが、さっきからずっと押し黙ってしまっている。何か感じるものがあるのだろうか。
「崩落事故の原因は、何だと思う? やはり天狗の妨害だろうか」
「どうかなぁ……」
 返事も何だか上の空である。
 私達は二股の岐路まで戻った。先程は選ばなかった浸水ルートだが、もう一方の道が崩落した以上、そちらを進まねばなるまい。こんな狭い坑道内では、飛翔術も使えない。つまりは、水に入らなければ進めないという事だ。しかも水は有毒である。いくら泳ぎが得意とはいえ、そんな中を部下に行き来させる訳にはいかない。鼠の連絡網が途絶えてしまう。
 私は肩に一匹、部下を乗せると、水底を足で探った。思ったよりも深いようだ。
「スカートにはちょっと辛いね。ウェーダーを持ってくるべきだったなぁ」
 私もヤマメもスカートを裂いて、腿の上辺りで結び、足を動かしやすくする。そのままざぶざぶと冷たい泥水の中に歩き入った。心なしか、足の皮膚がちくちくと痛む気がする。私達妖怪は人間よりも頑丈だとは言え、有毒な事には変わりない。また、水の冷たさは体温と体力を奪う。早く水から脱出するに越した事は無い。
 黄土色の水はヤマメの膝上まで達しており、私に至っては下半身が完全に水に浸かってしまうほどだった。水底は積泥し、足が取られて歩きにくい。一歩踏み出す為に普段の三倍以上の労力が要った。
「倒れそうになっても、支保には触れちゃダメだよ。ただでさえ素人工事で不安定なんだからね」
「大丈夫さ。私には小傘のロッドがある」
 ヤマメは魔法糸で身体を支え、私はロッドを杖代わりにしつつ、浸水坑道を進んだ。
 泥水と悪戦苦闘していると、道の窪んだ所に小さな縦穴が見えた。
「そいつは換気口だよ。地上から空気を取り込むための縦穴さ。見たところ、小さくて私達じゃあ通れないだろうね」
 覗いてみると、縦穴は深くて開口部が見えない上に狭く、身体の小さな私ですら通れそうになかった。しかし、鼠達の連絡には使えそうだ。肩に乗せていた部下を放つと、彼はするすると登って、あっという間に見えなくなった。流石、山鼠である。こういうのはお手の物らしいな。
 凍える水に危険な寒さを覚え始めた頃、道は徐々に登り始めた。同時に少しずつ水かさは減って行き、私達は水から逃れる事が出来た。しかし、その頃には私達二人、息も絶え絶えになっていた。
「流石に軽装過ぎたか……」
「採掘ってのは命がけなのよ。相手は自然さ、妖怪の私達でも太刀打ちなんざ出来やしない。時には見捨てる勇気も必要なのよ」
「分かっている」
 少し休憩を取ることにして、私とヤマメは手近な岩に腰掛けた。
 寒さで無性に身体が震える。対照的に、頭は熱を帯び、軽い頭痛も覚えた。空気が澱んでいるせいだろうか。ポシェットに詰めた非常食のチーズを齧り、英気を養う。
 だが、あまり休んでいる時間も無い。
「さあ、あと一息だ。頑張ろうじゃないか」
 ヤマメの言葉に背を押されるようにして、ロッドを杖代わりに私は歩き出した。
 しばらく起伏が続き、何度か短い浸水道を通りながら、私達はようやく目的の作業広場に到着した。
 しかし、作業広場への入り口を大きな岩が塞いでいた。
「参ったな……やっとここまで来たって言うのに。どうするヤマメ、別の道を探すべきか?」
「いや……」
 坑道内を暫く見回して、ヤマメは言った。
「この地盤なら行けそうだよ。発破しよう」
 道を塞ぐ岩にノミで穴を開け、ポシェットに詰めておいた火薬で発破をかけた。ごく小規模の爆発が起こり、洞窟内の空気が振動する。
 粉塵が落ち着いた後、岩には大きな亀裂が入っていた。ヤマメは槌を使って脆くなった岩を丁寧に砕いて行き、岩を退けた後に残る土砂を払い退けると、作業広場への道が開いた。
 中をチラリと覗くと、作業広場は所々崩落しており、安全とは言い難い。支柱は健在のようだが、やはり長居は出来そうになかった。
 いの一番でそこから飛び出して来たのは、賢将だった。発破の音を聞きつけたのだろう。
「賢将、小傘は?」
 返事もせずに走り出した賢将を追う。
 その先に、小傘がうつ伏せで倒れていた。
「小傘!」
 よろめきつつも走り寄った私は、
「ばあ!」
 突然上体を起こした小傘に驚いて、尻餅をついてしまった。私の様子を見て、小傘はケタケタと無邪気に笑った。
「驚いた? ナズーリン」
「げ、元気そうじゃないか」
 嬉しい半分、ムッとして私は言った。
「負傷したんじゃなかったのか」
「怪我っていうか、まあ……その、本体が埋まっちゃって。暗くて掘り出せないし、困ってた所だったんだよ」
「ああ、そう……」
 心配して損したかな。しかし、下手したら本体を潰されて死んでいたかもしれないのだ。ここは素直に小傘の無事を喜ぼう。
「とりあえず、怪我が無くて何よりだ。早速、掘り出そう」
「あんた、付喪神だったのかい。掘り出すのは素人には難しいだろうね。ヤマメちゃんに任しときな」
 ヤマメが手際よく土砂を掘り返す内に、私は小傘の話を聞いた。小傘は強い娘だ、暗闇の中で丸一日過ごしたと言うのに、しっかりとした口調で喋った。
 小傘は開拓者集団から仕事を請け負っていたと言う。その納品で訪れた昨日、原因不明の大規模な落盤事故が発生し、混乱の内に取り残されたらしい。
「大口の仕事だったから、張り切ってたんだけど……こんな事になっちゃって」
 流石の小傘も言葉を詰まらせた。
「開拓者集団からの仕事はよく受けるのか」
「ん。そうだね。私は鍜治屋だから、採掘業者とはよく取引するんだ。でも、今回の相手は初めての取引だったよ」
「開拓者の中に、妖怪が混じっていなかったか?」
「さあ……でもそれは、良くある事だし」
 妖怪との交流を禁忌としているのは、里くらいのものである。里を出れば多かれ少なかれ、妖怪と取引をしなければ生きては行けない。そしてそれは、妖怪にとっても同じなのかもしれない。
「この部屋に、他に生存者はいるか?」
「それが……ごめん、分からないんだよね。実を言うと、ほんのさっきまで気絶しててさ」
「なら、探そう」
 私はロッドを構えた。幾つか反応があった。
 ……だが私はロッドを下ろし、賢将に頼んで、部下達を使い生存者の捜索してもらった。空気孔から降り立った勇敢な山鼠達は、作業広場の隅々までを捜索し、五人を発見した。
 いずれも土砂に潰され、既に故人であった。
 付喪神の小傘を除き、生存者はゼロである。最悪の結果だった。
「ナズーリン。この量の遺体を抱えて脱出している余裕は無いよ。死亡の確認が出来ただけでも、良かったと思うべきだ。もうこの坑道に生存者はいないだろう」
 ヤマメの意見は厳しいが、正しかった。
 欲を張れば、我々も危ういこの状況である。今は捨て置くしかない。私の正義は力不足だった。
「あんたの本体って、このナス色の傘?」
「あっ、そうです、そうです! ありがとう、ヤマメさん」
 首尾よくヤマメは小傘の本体を掘り起こし、傘を手にした小傘は嬉しそうに顔を綻ばせた。
 もうこれ以上ここに用事は無い。賢将を尻尾の籠に乗せると、私達は元来た道を引き返そうと歩き出した。
「ナズーリン? ど、どうしたの?」
 歩き出そうとした私の足は空を掻き、派手に転んでしまった。
 いつの間にか、小傘の心配そうな顔が私を覗き込んでいる。刹那、意識が途切れていたのか。
「いや、問題無い。少し目眩がしただけさ」
 小傘が私の額に手を当てた。その手はひんやりとして、気持ち良かった。
「す、すごい熱じゃない! 問題大有りだよ!」
 小傘が声を上げた。大袈裟な奴だ。あの水に入って、少し冷えただけだと言うのに。まったく、情けない。あれしきで風邪を引いてしまうなんて、修行が足りない……。
「これは……やっぱり……!」
 ヤマメが深刻な顔をしている。皆、大袈裟だ。これしき、大した事は無い。これくらい、一人で起き上がれるさ。そう呟いて体を起こそうとするが、体に力が入らず、ただただ震えるばかりだった。予想以上に体が言うことを効かない。……なんてことだ、こんな時に!
 その時、またもやどしんと言う大きな音が響き渡り、縦揺れが走った。
 作業広場の向こう側から、ガサゴソと何かが蠢いている。それも何か、巨大なものだ。
 何だ、あれは。
「ここを離れるよ! あんたはナズーリンを背負って!」
「えっ、はっ、はい!」
 小傘は私のロッドを取り上げると、自身の分身である傘とを私を背負った。ヤマメに急かされ走り出した小傘の背の上で振り返った私は、見た。
 蠢く巨大な八本の足。暗闇で光る六つの瞳。括れた腹、鮮血に塗れて残忍に蠢く口。その額には、狂ったように笑みを浮かべる人間の女の顔がついている。
「つ、土蜘蛛……!」
 何て事だ。
 落盤事故の原因が、ヤマメと同じ、土蜘蛛だったとは。
「ここでやりあったら、こっちまで埋まっちまう! あいつが死体を貪ってる間に逃げるよ!」
 小傘を先頭に私達は水没坑道に戻ると、ヤマメが弾幕で道の入口を破壊した。奴の追跡を逃れる為だろう。下手をすればその時点で私達も瓦礫に飲まれていた所だが、ヤマメの力加減は絶妙で、崩れていた通路入口のみを再度崩落させるという神業ぶりを見せた。
「これでも気休めさ、あの土蜘蛛が本気なら、あんな瓦礫、どうとでもなる。急ぐよ」
 ざぶざぶと泥没した道に入りながら、ヤマメは独り言のように言った。
「嫌な予感はしてたんだよ。土蜘蛛じゃなきゃ、あのスピードで坑道を掘るなんて出来ない。あんな素人工事でも坑道が維持されてたのは、人間じゃない、土蜘蛛が採掘してたからだ。おまけに」ちら、と私を見やる。「あんたのその体調は、奴が坑道内に熱病菌を蔓延させたからに違いない。ちくしょう!」
 言いながら、ヤマメは拳と拳を強く打ち付けた。
「私の同族がこんな事を仕出かすなんて……人を恐れさせるのが妖怪の存在意義とはいえ、私らの誇りである山仕事を穢すなんざ、土蜘蛛の風上にもおけやしない! どれだけ忌み嫌われようと、それだけが私達の拠り所だったのに……」
 ヤマメの背中が震えている。朦朧としながら、私はその背を見つめていた。
「人間が、好きなんですね。ヤマメさん」
 しみじみと小傘が言う。それは妖怪のサガだ。地底に封印されてもそれはきっと変わらない。村紗や一輪達が聖を慕い続けたように。
「ヤマメ、君が責任を感じる必要は無い。だが、こうなった以上、あの土蜘蛛は地底に封印しなければならない。分かってくれるな」
 ヤマメは振り返り、先回りした言葉を吐いた私を睨んだ。普段は明るいあのヤマメからは想像も付かない、悲壮な顔をしていた。
「……けじめは、同族の私が付ける」
「ヤマメ、それは違う」
「これが地獄の理さ。自分自身のルールを見失った者に未来は無い。そうしてやるのが、奴の為でもある」
 やはり。
 ヤマメはあの土蜘蛛を殺す気だ。
 私は彼女を止めなければならない。だが……。言葉は掠れ、私の思考はただただ熱を帯びるばかりだった。
 私の理は、私に力を与えてはくれない。
 水没坑道を抜け、斜坑を登り始める。ヤマメの張った魔法糸は、私達が近づくと避けるようにして道を開けてくれた。
 早足で歩く小傘は辛そうにしている。私を背負っている事もあるし、そもそも小傘は丸一日坑道内に取り残されていたのだ。消耗も激しいのだろう。
「小傘……すまん」
「何言ってるの、全然へっちゃらだよ。それにナズーリンが助けに来てくれてなきゃ、今頃私、坑道の中で地縛霊みたいになっちゃってたよ」
 ニカリと小傘が笑う。私はただただ感謝して、熱に震える手で彼女の背にしがみつく事しか出来ない。なんて情けない鼠なんだ、私は……。
「あっ!」
 前を歩くヤマメが声を上げた。
 見ると、斜坑との分岐部が崩れ、元の道を辿れなくなっている。奴が破壊したのか。
「くそ……先回りされてたか。この状態じゃ、とても発破は出来ない」
 ヤマメは歯噛みしている。この道をまっすぐ行けば、出口だったのだが。
 鼠の斥候がやってきて、私に耳打ちした。
「何? 雨が降って来ただって? しかもかなり強い?」
「まずいな……この坑道の状況じゃあ、すぐに溺死しちゃうよ、私達」
 ヤマメにも焦りの色が見え始めている。
「他に道は無いの? ナズーリン」
 振り返って小傘が問う。私は震える手で地図を取り出し、眺めてみた。
「もう一方の道は地図上、落盤で潰れている。戻るしか無いが……」
「待って。私にも地図を見せてよ」
 小傘は私から地図をひったくると、首を傾げた。
「この地図、古いみたい。作業広場への最短ルートの途中に、大きな縦穴があったはずだよ。作業広場の空気取りに使ってるはず。そこから出られないかな」
「本当か?」
「だって、行く時に見たもの」
 他の道を探している時間は無い。賢将を放って鼠達の退避を指揮させ、私達は小傘の言葉を信じ広場へ向かうルートを進んだ。
 雨は激しいのか、そうしている内にも洞窟内に水が染み出してくる。あっという間に足首まで水没してしまった。
「奴め、無節操に暴れてるらしいね……通路が破壊されて、水の行き場がなくなってるんだ。とにかく、急ごう」
 土砂に埋まった道を迂回して、斜坑を登る。そうしている間にも水かさはどんどんと増して行く。この泥水の中では、私を背負う小傘の体力も危うい。
「小傘、ありがとう。でも、もういい。私を置いて行ってくれ」
「ナズーリン。次それ言ったら、ぶつからね」
 頑固さにかけては、小傘もなかなかのものである。
 迂回に迂回を重ねる内、水は胸の辺りまで迫って来ていた。
「あ! あそこだよ! 見覚えがある、あの大きな窪み!」
 小傘が声を上げたその先、通路の一部が膨らんだ所に、目的の縦穴があった。私達は水を掻き分け、急いで縦穴に入った。
 縦穴は広く、大人が十人は一度に入れる大きさである。しかし、外の景色は見えない。ランタンを掲げても、その先はいたずらに闇だった。
「まさか、埋まっちまったかな……? だけど、とりあえず水はしのげそうだね」
 ヤマメが溜め息をついた、その時。
 ヤマメの腕に白い糸が巻きついた。
「な、何これぇ?」
 小傘の悲鳴。同時に、小傘と私の体にも粘着性の白い糸が絡みつき、身動きが取れなくなってしまった。
 ヤマメの手からランタンが落ちて、逃げ出した地底蛍が宙を舞う。
 上昇した地底蛍の光が照らすその先に、逆さ吊りになった奴、土蜘蛛の目が光っていた。
 縦穴の出口には隙間なく蜘蛛の巣が張られている。光が見えなかったのはそのためだ。ここは奴の餌場だ、奴は私達をこの場所へと誘導していたらしい。
「……いい度胸じゃあないか、同族の私に挑もうってんだね。いいだろう、格の違いを思い知らせてやるよ」
 ヤマメの瞳が光輝く。力が揺らめき、その右手に巻き付いた糸は弾けるようにして解け消えた。
 ヤマメが両手を開くと、その体から白い魔法糸が射出され、周囲の壁に打ち込まれた。土蜘蛛はその口から炎の弾丸を連続で放ったが、ヤマメの魔法糸が生物のように蠢くと、それを全て受け止めて飲み込んでしまった。
 ゆっくりと水面に立つヤマメ。腕を振るう、その指先から発射された極細の魔法糸が、鞭のようにしなる。土蜘蛛の足の一本を打ったそれは剣よりも鋭く、打たれた奴の足はあっけなく切断された。
「あんたご自慢のその巣、ぶっ壊してやろうじゃないか!」
 舞うように腕を振るった。糸が緑光を受け、輝く軌跡が宙を走ったかと思うと、土蜘蛛の張った巣の一角がバラバラに破壊された。
 圧倒的な力の差を見せつけられて怯むはずの奴は、しかし笑ったように見えた。
「は!」
 砕けた土蜘蛛の巣の一角から、黒いものが零れ落ちてくる。それは、大きな岩塊だった。自由落下してくる巨大質量を前に、流石のヤマメの魔法糸も千切れた。岩塊はかさの増した水面に落下し、発生した大波に飲まれ、私と小傘は水に沈んだ。
 ヤマメが水の上で何事か叫んだ。その胴に白い糸が巻き付くのが見える。ヤマメの体が上に引っ張られて消えた。
 私は魔法糸を噛みちぎると、力を振り絞り、小傘を引っ張って水面に浮かび上がった。
「ヤマメ!」
 ヤマメの体は白い糸でグルグル巻きにされ、奴の目の前にぶら下げられている。
「あんた……そうか……」
 奴を間近で見つめるヤマメは、奴の牙が迫るにも関わらず、他の何かに気を取られているようだった。
 私は手を掲げ、援護の弾幕を張ろうとしたが、熱病のせいで術力が足りない。体力を消耗しきった小傘は白い糸に絡まってもがいている、援護出来そうにない。
「ヤマメ! 危ない!」
 私には叫ぶことしか出来なかった。
 その時、洞窟内が地底蛍の緑光とは別の色で満たされた。
 破壊された巨大蜘蛛の巣の一角から差し込むその色は、燃える炎の赤である。
 縦穴の入り口から飛び込んだ藤原妹紅は、炎の翼を広げると、土蜘蛛の腹に強烈な蹴りを叩き込んだ。土蜘蛛は縦穴の壁に磔にされ、カサカサともがいた。
「危なかったな、お前ら」
 ヤマメの体を拘束していた糸を焼き切って、妹紅の銀髪がさらりと揺れた。
「ナズーリン、無事か!」
 縦穴の入り口から慧音が顔をのぞかせている。その肩には賢将がしがみついていた。どうやら、賢将が慧音達を呼んでくれたらしい。
 ヤマメは、悲しい顔で土蜘蛛を見下ろしていた。
「あんたは、人間に土蜘蛛にさせられたんだね。土に篭もる採掘従事者は、差別されやすいから……。忌み嫌われる妖怪、土蜘蛛と同じように扱われ、来る日も来る日も差別されながら土の中で暮らしていたのか。そして、たくさんの憎悪と侮蔑を受けたあんたは、いつしか本物の土蜘蛛になっちまったんだね。これは、その復讐かい」
 土蜘蛛の額についた女の顔は、変わらず狂気に満ちた笑みを浮かべている。だが今、その瞳から赤い血が涙のように零れた。
 ヤマメは、優しく微笑んだ。
「ヤマメ、待て……!」
 私の絶叫を聞きながら、ヤマメは土蜘蛛に優しく手を差し伸べた。
 その指先から走った細い糸が、女の額を貫く。
 土蜘蛛の体がその動きを止めるのに、そう時間はかからなかった。


「開拓者達は自らで妖怪を生み出していたのか……」
 降りしきる雨を、寺子屋の中から眺めている。
 妖怪の山から引き上げた私達は、事後処理の前に、慧音の寺子屋で休憩をとっていた。
「幻想郷では、幻想が現実となる。人間を妖怪だと思い込ませることが出来れば、他の人間を妖怪に変異させることも不可能ではあるまい。問題なのは、それを人為的に行っていたという所だ。まさか妖怪を使って金儲けを企む輩がいるとはな……いや、人間を使って、か……」
 慧音は何度も溜め息を吐いている。
「あんたも似たようなものじゃないか、ハクタクハーフの先生。何処にでもそういう輩はいるもんだよ」
 心なしか、ヤマメの言葉にも棘がある。
 ヤマメの願いで,土蜘蛛の死体は妹紅が焼いた。あの坑道は完全に封印され、入り口には石碑が立てられることになった。
 一連の出来事は射命丸文によって新聞記事にされたが、私達が揃って取材拒否したせいか、大部分が憶測とゴシップで塗り固められた記事になっていた。『文々。新聞』らしいと言えば、らしい。
 結局、この事件に天狗達は関わっていなかったようである。が、姫海棠はたての『花果子念報』に速報記事が掲載されたことから見て、何らかの形で賢者達が関わっていたと見て間違いないだろう。八雲紫が動けなかったのもそのせいに違いない。
 土蜘蛛にされた女の境遇は、先日、燐と見つけたあの子と重なる。
「ヤマメ……すまん」
 土蜘蛛が死んだことで、私は熱病から回復した。奴が死ななければ、私の方が死んでいたかもしれない。
 だが。
 私は本当に奴を救うことが出来なかったのか。
 私は奴を見殺しにしたのではないか。
 そしてその業を、私はヤマメに押し付けたのではないか。
 その自問が、いつまでも消えない。
「なんで謝るんだい、ナズーリン。あんたが気にすることじゃあないよ。妖怪が敵対する妖怪を倒した、このお話は、それだけだよ。さ、せっかく地上に出てきたんだ、甘味処の一つでも案内しておくれよ。もうヤマメちゃん、お腹減っちゃって減っちゃって。そうそう、地上には最近、名物があるみたいじゃあないか。ぎゃてみす亭のカニチーズまんだっけ? あれ、食べてみたいんだよね。そこには温泉もあるって言うじゃあないか、いいねえ、仕事の後のお・ん・せ・ん。格別だよねえ」
 ヤマメはそう言ってカラカラと笑った。
 あのおしゃべりのヤマメがこの顛末について語る姿は、その後見たことがない。
 
 連続で嫌な話書いちゃってすみません……。

 2016/08/02
 誤字修正と一部表現の修正追記。
チャーシューメン
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.410簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
こういう話は嫌いじゃない、むしろ好き
10.100名前が無い程度の能力削除
めっちゃ面白かった。
欲を言えば、この題材で4倍くらいの量が欲しかった。
12.100名前が無い程度の能力削除
このシリーズはいつも面白い
今回も楽しませてもらいました
13.100奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
15.80名前が無い程度の能力削除
同情はするけどダメなもんはダメですってヤマメはアリだと思いますが…