Coolier - 新生・東方創想話

うちの妖夢が可愛すぎて死にそう、と思ったらもう死んでた

2016/07/25 15:05:47
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白玉楼の客間にて行われる二人のやり取りが、幽々子のお悩み相談に変わったのはいつの頃からだったか。
紫は退屈そうに妖夢の用意したお茶を啜り、和菓子をちまちまと黒文字で口に運ぶ。
この話を聞かされるのはもう何回目、いや何百回目になるだろう。
もはや聞き慣れすぎて、話し方のトーンの違いからその日の幽々子の機嫌を読み取れるほどになってしまった。
今まで紫が身につけてきたスキルの中で、これほどまでに無駄な物は他には無い。

「でねでね、今日も変わらなかったのよ」
「そう、それは良かったわね」
「良くないわよお、私はとても困ってるの」

以前の紫ならば、『何度も同じ話をされて困っているのはこちらだ』と返していたかもしれないが、今となっては反論する気も失せていた。
それが本気の悩みなら紫だって真摯な対応をしただろう。
いや、本人からしてみれば本気で悩んでいるのかもしれないが、いくらなんでも内容が下らなすぎる。

「今日も妖夢が可愛すぎるの、私はどうしたらいいの!?」

知らねーよ。
と、思わず喉からせり出しそうになる本音を、紫は苦いお茶で無理やり胃袋まで流し込んだ。
だが本音が変わるわけではない。
だから何だと言うのか、可愛いならそれでいいじゃないか、好きなら告白でもなんでも勝手にしたらいい。
心の中で思うだけなく、実際に、もう少し柔らかな言い回しで直接伝えたことだってある。
それでも幽々子は変わらなかった。
妖夢が可愛い、可愛すぎて困ると、毎日のようにそう繰り返すのだ。

「困るならクビにしたらいいんじゃないの、次の働き先ぐらいは私が工面してあげるわよ」
「そういう話をしているわけではないの! 妖夢を追い出すなんてとんでもないわ、例え紫が欲しがったとしてもあげないんだから!」
「だったら何の話なのよ……」

紫だって幽々子がそれを望んでいないことは知っているが、ならば他にどういった方法があると言うのか。
いっそのこと、能力を使って妖夢の顔を、とてもではないが可愛いとは言えない状態に変えてしまおうかとも考えたが、そんなことをすれば幽々子が激怒するのは目に見えている。

「前々から思ってたんだけど、もしかして紫って、私が何の理由もなくこんな話してると思ってるの?」
「もしくは嫌がらせだと思ってたわ、まあ幽々子に限ってそんなことはないでしょうけど」

幽々子は天然な所がある、何の理由もなく素でやっていたとしても何もおかしくはない……そう紫は考えていた。
しかし今の言い回しからして、どうやら幽々子の一連の行動には理由があったようだ。
結局のところ、幽々子が最終的にどうしたいのかを知ることが出来ない限り、紫に対処法は無いのであった。

「私に限ってってどうしてそう思ったのかは知らないけど、これは正真正銘の嫌がらせよ。
 悪いのは紫なの、紫のせいでこうなったんだから、責任を取るべきだと思って」
「いやいや、妖夢ちゃんが可愛いのと私に何が関係あるっていうのよ」
「紫、本当に覚えてないの? あれは十年……いや、もっと前だったかしら。
 とにかく、妖夢が今よりもっと幼かった頃の話よ」

当の幽々子の記憶が怪しげなことに紫は不安を覚えずにいられなかったが、ここは大人しく話を聞いてみることにした。
幽々子は当時の出来事がよほど気に食わなかったのか、思い出すだけで不機嫌に眉間に皺を寄せている。
あの幽々子をそこまで不機嫌にさせ、かつ十年以上に渡る嫌がらせを続けるほどの出来事を、紫だけが覚えていないなど、そのようなことが果たしてありえるのだろうか。
紫も目を閉じて思い出してみようと試みるものの、その断片すら掴むことは出来ない。

「私は見てしまったのよ、妖夢が、あの妖夢が……紫に告白している所を」

まさか、そんなことが。
紫は耳を疑ったが、言われてみればそんなこともあったような気がする。
だがあれは――

「覚えてないなんて言わせないわ、帰ろうとする紫にぎゅっと抱きついて、妖夢があの可愛らしい顔を赤らめながらはっきりと口にしたのよ。
 ”ゆかりしゃまがすきれしゅ、けっこんしてくらしゃい”って!」
「ストップ、その口調から察するに私が想像しているよりも遥かに幼い頃の話よね、それって」

そう、小さな子供が父親や幼なじみと、”将来結婚する!”と軽々しく約束するような、その程度の言葉だったはず。
おそらく妖夢ですら覚えていないのではないだろうか。

「年齢なんて関係ないわ!」
「大いにあるわよ。
 まさか、当時の妖夢ちゃんが私に告白してるのを見て、嫉妬したとか言わないわよね?」
「そうよ、悪いとでも言いたいの?」

悪いか悪く無いかで言えば、おそらく悪い。
本気で嫉妬していたのだとしたら、幽々子は幼子に恋心を抱く危険な――有り体に言えばロリコンになってしまうわけだが。
いや、今でも幽々子が妖夢の事を想っているのだとしたら、ロリコン呼ばわりは正しく無いのだろうか。
たまたま好きになってしまった相手が幼子だった、というだけで。

「私だって最初は微笑ましく見ていたつもりだったのよ。
 けど、見ているうちに胸にもやもやした物が胸に溜まっていって、どんなに時間が経ってもそれが消える様子なんてなかったわ。
 結局、今だって消えていないの、妖夢や紫を見るたびに胸がざわつくのよ」
「だったら告白したらいいじゃない」
「軽々しく言わないでよ。
 失敗したらどうするの、気まずい関係のまま一緒に暮らせっていうの?」

ここで睨みつけられても、紫にはどうしようも無かった。
幽々子の言い分は、紫のせいでこんな気持ちになってしまったのだから、どうにかして責任を取れ、と言うことなのだろう。
心情は理解できる、けれど責任と言われても、紫にとっては覚えていないほどの他愛無いやり取りだったわけで、しかも他人である紫にどうこうできる問題ではない。
そもそも、紫は幽々子が本気で妖夢のことを想っているとは、露ほども考えていなかった。
確かに二人きりの時は”妖夢可愛い”を連呼していたが、逆に妖夢が居る場所では一言もそんなことは言わない。
むしろ不自然なほどにそっけない対応をしていたはずだ。

「じゃあ、まずは妖夢ちゃんとの距離を詰めてみることから始めたらいいんじゃないかしら」
「距離を……詰める……」

実行した未来を想像しているのか、幽々子は両頬に手を当てたまま止まってしまった。
そのまま五秒ほど経過すると、その頬が徐々に赤らんでくる。
さらに五秒経つと、首から胸元のあたりまで真っ赤に染まってしまった。

「何を想像してんのよ」
「む、無理よ、無理無理っ、今以上に妖夢と近づいたりしたら、私……爆発してしまうわ」

――心配しなくても亡霊が爆発するなんて話は聞いたことがない。
いちいち突っ込むのも何なので、紫は目を細めて呆れたように幽々子を見るだけだったが。

「ただ少し近づくだけよ、妄想に出てくるような変なことはしなくていいの」
「違うのよっ、変なことなんて想像してないの、ちょっと近づくだけで駄目なの!
 体が熱くなって、頭がまともに働かなくなって、だから普段は出来るだけ距離を置いてるのに……」
「あー……そういうことだったのね」

なぜ幽々子が妖夢に対してそっけない態度を取るのか、その謎があっさりと解けてしまった。
つまりあれは、幽々子なりの不器用な照れ隠しだったのだ。
そして、その照れ隠しが生んでしまった行き違いの存在に、幽々子は全く気づいていない。
実は紫には、幽々子に隠している事があった。
それを隠し続けてきたのは、妖夢から『お嬢様には話さないでください』と言われているからというのもあるし、紫自身が”話せば厄介なことになる”と判断したからでもある。
しかし、状況は変わった。
今こそ例の話を、幽々子に伝えるべき時なのかもしれない。

「実は、さ。少し話しづらいことなんだけど……妖夢ちゃんから相談を受けたことがあってね」
「初耳よ」
「内緒にして欲しいって言われてたのよ、だから二人きりでこっそり話してたの」
「二人きり……?」
「ええ、まあ」
「二人だけの秘密?」
「そういうことになるわね」
「じぃー……」

幽々子は強い怨念を込めて紫を睨みつける。
ただの人間だったらそれだけで死んでるんじゃないかってぐらい強い嫉妬の念だ。
だから紫は話したがらなかったのだ。
話してしまえば、十中八九、幽々子は嫉妬するだろうから。

「どうして私じゃないと駄目だったのか、聞いたらすぐにわかるわ。
 率直に言うとね、どうも……妖夢ちゃんは、幽々子から嫌われてると思い込んでるみたいなのよ」
「……?」

幽々子はきょとん、としている。
何を言っているの、意味がわからない、とでも言うかのように。

「ほら、幽々子ってば妖夢ちゃんに対してそっけない態度を取ってるでしょう?
 あれが彼女からしてみると、自分を嫌ってるように見えてるらしくてね。
 私は一応フォローしたのよ? 幽々子が妖夢ちゃんのことを嫌うわけがない、ってね。
 でもその後も何回か相談を受けて、その度に私がフォローしても妖夢ちゃんは信じきれてないみたいで……」
「それは、今も?」
「今も、でしょうねえ」
「……」

紫は、てっきり幽々子が大げさに悲しむかと思っていたのだが、そのリアクションは案外薄いものだった。
それは、見ていて不自然に感じるほどに。

「幽々子?」

いや、それは”薄い”と言うよりは反応が無いと言った方が適切で――

「幽々子、もしもーし?」

紫が何度声をかけても、幽々子は微動だにしない。
顔の前で手をひらひらと動かしても、鼻のてっぺんとつついても、頬を引っ張っても。
そこでようやく紫は気づく。
あまりに衝撃的な事実に、幽々子の脳がストップしてしまったらしいことに。
どうやってこちらの世界に引き戻したものか、紫は頭を悩ませた。
とはいえ幻想郷の賢者の名は伊達ではない、ほんの数秒で妙案を思いつき、にやりと顔を歪ませた。
そしておもむろに開いたふすまの向こう側、庭の方を指さし、口を開く。

「あっ、妖夢ちゃんが向こうで半裸で徘徊してるわ」

そんな紫の言葉を聞いた瞬間、幽々子は機敏な動きで首を回し、血走った目で庭の方を凝視した。
もちろんそこに半裸の妖夢は居ない。
だが幽々子の目には幻覚でも見えていたのか、

「それは大変っ、抱きしめて隠してあげなくちゃ!」

などと、意味不明な発言が飛び出す始末。
さらに半立ちなあたりが必死さを感じさせる。
これには仕掛け人である紫も、大きくため息をつくしかなかった。

「親友がそんな下心を丸出しにする所なんて見たくなかったわ……」

幽々子は庭を隅々まで確認した後、ようやくそこに妖夢が居ないことに気づいたらしい。
同時に、先ほどの発言が紫の謀略だったことにも気付き、みるみるうちに顔が真っ赤に染まっていった。
離れた紫からでも、その熱が感じられると錯覚してしまうほど、見事なまでに。

「い、言っておくけど、私は善意で妖夢を助けてあげたいと思っただけなのよ? 決していやらしいことを考えたわけじゃないのよ?」
「この期に及んで言い訳とは、あなた中々に往生際が悪いわね」
「ううぅ、紫のいじわる。本当に妖夢を守らないとって思ってただけなの!」
「まんまと引っかかる幽々子が悪いのよ。
 まあ結果的には良かったじゃない、無事正気に戻れたんだから」
「うん……」

その代償として、幽々子は現実を向き合わなくてはならくなったわけだが。
とは言え、いつまでも目を背けているわけにはいかない。
妖夢が幽々子に嫌われていると思い込んでいるのは紛れも無い事実であり、幽々子が自らの想いを成就させるためには、それを乗り越えなくてはならないのだ。

「そもそも、紫への告白云々以前の問題だったのね」
「私が思うに、そこまで重苦しく考える必要は無いと思うわよ。
 そうやって相談してくる時点で、妖夢ちゃんが幽々子のことを嫌ってる可能性は無いわけだし」
「そう、かしら」
「そうよ、これで何の相談もない方が恐ろしいわ。
 楽観的思考かもしれないけどね、私は脈ありだと思ってる」
「そうなの、かしら」
「甲斐甲斐しく尽くしてくれるのも、役目を全うするためって理由だけじゃないと思う」
「そう……よね、きっとそのはずよね!」

幽々子は紫の言葉で、少しずつ自信を取り戻していく。
紫は、決して都合の良い言葉ばかりを並べているわけではない。
どれも事実であり、紫自身も妖夢が幽々子に対して悪くない感情を抱いていると確信している。
もっとも、それが幽々子と同じ類の物であるかは定かではないが。

「とりあえず、妖夢ちゃんに対してそっけない対応をやめる所から始めるべきよ。
 勘違いされたままじゃ話が前に進まないわ」
「善処、してみるわ」

またまた何やら妄想しているのか、幽々子は頬を赤らめている。
不安は残るが、これで何かしらの変化は生じるはずだろう。
とりあえず、自分が厄介事に巻き込まれる危機が去ったことに、紫は安堵の息を漏らすのであった。





幽々子の心の準備も十分に済まないままに、紫は白玉楼を去ってしまった。
いや、心の準備なんて言っていたらいつまでも変わらない事を幽々子は知っている。
好きになった相手に、照れ隠しと言いながらそっけない態度を取ることしか出来ないほど臆病なのだから。
怖いことに変わりはない、今の幽々子をどうにか奮い立たせているのは、紫からもらったいくつかの言葉だけだった。
その勇気が効果を発揮しているうちに、幽々子は自分から妖夢に会いに行かなければならない。
今の彼女にとって、不意打ちほど恐ろしいものは無いのだから――

「あれ、紫さまはもう帰られたんですか?」
「ひゃううぅんっ!?」

聞いたこともないような奇声を上げながら、びくぅっと体を震わせる幽々子。
もちろん妖夢に悪気など無かった。
たまたま、偶然、ほんの気まぐれで部屋の前を通りがかり、何気なく中を覗き込んだだけで、行為自体にも問題は一切無い。
ただ、幽々子にとって最悪な方向に、タイミングが絶妙すぎた。それだけのことである。

「ゆ、幽々子さま?」

もちろん主のそんな声を聞けば従者だって驚く。
妖夢の視線の先には、なぜか地面に両手を付き、肩で息をする幽々子の姿があった。

「はぁ、はぁ、はぁ……し、心臓が……爆発して……死ぬかと思った……」

もちろん亡霊である幽々子が死ぬはずは無いし、爆発する心臓も無い。
先ほどの奇声、そして妙なことを口走る主の姿に異変を察した妖夢は、幽々子に近づいていった。
それが今の幽々子の現状をさらに悪化させる結果になるとも知らずに。

「大丈夫ですか、具合が悪いのなら寝室までお供しますが」

幽々子に寄り添い、背中に触れながら耳元でそう語りかける妖夢。

「はうぅぅんっ!」

もちろん幽々子が平気なはずなど無かった。
妖夢の手が背中に触れている、妖夢の吐息が耳にかかっている。
それら二つの要素は、幽々子の正気を削り取るにはあまりに十分すぎる追い打ちだったから。
これ以上近づかれるとマズイ、そう判断した幽々子は這いずるように妖夢から距離を取った。
その動きはさながら、ホラー映画に出てくる怨霊のようであった。

「ま、待って、待って妖夢、寝室で、触れるなんて、そんな……私まだ心の準備が……っ」
「いえ、そんなことを言った覚えは無いのですが」

明らかに取り乱す幽々子の姿を見て、妖夢は肩を落とし俯いた。
”自分はまた失敗してしまったのか”と、自責の念に胸が締め付けられる。
幽々子にそっけない対応を取られる度に、妖夢は”自分が失敗したせいだ”と考えてきた。
それは幽々子が事あるごとに妖夢に対して”未熟者”や”半人前”と言った言葉を使うせいでもある。
実際の所、それらの言葉は幽々子にとっての照れ隠しに過ぎないのだが。
もちろん妖夢にはまだまだ未熟な面はあったが、身の回りの世話をする従者としての働きに対して、幽々子が彼女に不満を持ったことは一度も無かった。
問題は、それを幽々子が一度も言葉にしたことが無いと言うことだ。
二人のすれ違いは、幽々子が思う以上に深刻な物なのである。

「申し訳ありません、私が先走ったせいで」

幽々子は肩を上下させ、呼吸を整え、心を落ち着けるので精一杯で、妖夢の顔を見る余裕など無かった。
彼女が落ち込んでいるのに気づいたのは、それからたっぷり数十秒が経過した頃である。
伊達に長い付き合いではない、妖夢の気持ちが沈みきっているのはすぐに分かった。
そして、それが自分の言動が引き起こした物であることにも。

「ねえ妖夢、勘違いしないで欲しいんだけど、今のは別に妖夢が悪いわけじゃないのよ?」
「……そうでしょうか」
「そ、そうよ、ただちょっとばかしタイミングが悪かっただけで、ね?」
「タイミングが……つまり私が空気を読めなかったせいですよね」
「違う違う、ぜんっぜん違うのよ! むしろ妖夢が来てくれてよかったわ、ちょうど会いに行こうと思ってた所だったの」
「私に、幽々子さまが?」
「ええ、話したいことがあって」

会いに行こうと考えていたことは間違いない。
しかし具体的に会いに行って、何を話すのかは考えていなかった。
距離を近づけるとか、素直になるとか、漠然とした目標は立てたものの、実際の所そのためにどうしたらいいのか。
そもそも、その程度で幽々子の想いが妖夢に伝わるのか。
何もかも、幽々子にはわからないままだった。
とりあえずまずやらなければならないのは、妖夢の誤解を解くことである。
幽々子は妖夢のことを嫌ってなんかいない、むしろ好きだということを、どうにかして伝えなければならない。
だが、間接的に、本心を悟られないよう、なおかつ上手に伝える方法など、不器用な幽々子が知るわけもない。
それに、妖夢も勘違いしやすい性格なのだから、回りくどい方法を使って勘違いされても困る。
結局のところ、幽々子には想いをそのまま言葉にする方法しか残されておらず。
仕方ないので勢いで、なりふり構わず言い放つ。

「私、妖夢のことが好きよ」

言ってから、死ぬほど後悔した。
やっぱりもうちょっと遠回しな言い方がよかったんじゃないか、と。
でも亡霊だから死なないので、死ぬほど後悔した所で死ぬわけじゃない。
いっそ死んでくれた方が、楽だったのかもしれないが。

「……幽々子、さま? それは、どういう意味で?
 え、えっ? だって……幽々子さまが、私のことを好きなんて、そんなの、そんなことっ」

妖夢にとって、それは信じられない言葉だった。
なにせ今まで、自分は幽々子に嫌われていたと思っていたのだから。
嘘だ、そんなの信じられない。
今の妖夢の頭を支配するのは、ただただその思いだけだった。

「えっと、言葉通りの意味でね、いつも妖夢に言えなかったから、色々心配かけちゃったかもしれないけど。
 ほら、妖夢っていつも、私の面倒見て……くれるし、優しいし、可愛いから……だから、ね?」

さて、想像だけで顔を真っ赤に染めるほど初心な幽々子が、勢いに任せて自らこんなことを口走ってしまったらどうなるのか。
実を言うと、幽々子自身もなんとなくわかってはいたのだ。
度を越えた羞恥心がもたらすその行く末を。

「あれ、いや、私もいきなりこんな大胆なことを言うつもりは……っ、でも他に言葉が見つからなかったし……。
 ああっ、でもでも、なんで私いきなりこんなことっ!」
「幽々子さま、とりあえず落ち着いてください」
「これで落ち着けるわけないわよぉっ! 言っちゃった、言っちゃった、どうしましょう、どうしたらいいの妖夢!?
 だめよ、妖夢に聞いたってわかるわけない、だって私、妖夢に言ったんだもん!
 あっ、でもね、嘘じゃないの、本心で、本気で私は妖夢が好きで……やだっ、また言っちゃった!」
「だから落ち着いてくださいってばぁ!」

まずは頬が熱くなる。
次に首から胸元にかけて、そしてそれを過ぎると体全体が熱くなって――オーバーヒートした脳は、自分が何を口走っているのかすら判別できなくなってくる。
やがて意識すらおぼろげになって、最終的には気絶してしまうだろう、と。

「だから、その、私は妖夢が……ようむ、がっ……きゅう」

事は予測通りに進む。
それまで言い訳のような言葉をまくし立てていた幽々子は突然、糸が切れた人形のようにこてんと倒れてしまった。
顔どころか全身真っ赤に火照らせて、そのまま目の前で倒れてしまった主を前に、妖夢が大慌てしないわけがなかった。

「幽々子さま? え、いや、幽々子さまっ!?
 な、なんでっ!? どうしてこのタイミングで気絶しちゃうんですかぁっ!?」

ただでさえ、突然”好き”と言われて頭の中が混乱しきっているというのに、適切な対応など出来るわけがなかった。
だが、そんな混沌とした妖夢の頭の中で、一つだけはっきりとした物がある。

「ああもうっ、こんなこと……考えてる場合じゃないのかもしれないけど……っ」

初めて、好きって言ってもらえた。
初めて、認めてもらえた気がした。
今の幽々子の反応を見るに、きっとそれは嘘なんかじゃない。
幽々子はありったけの勇気を振り絞って、妖夢にそれを伝えてくれた。
たった一言、ほんの一瞬、それだけだったけど――今までの自分が、報われた気がした。

「すっごく嬉しい、どうしよう」

主が気絶するという非常事態にも関わらず、顔がにやけるのを止められなかった。
とりあえず床に寝かせておくわけにはいかないので、座布団を枕代わりに、幽々子の体を仰向けにして寝かせる妖夢。
目を閉じて静かに胸を上下させる幽々子の姿をじっと見つめる。
火照った体はじとりと汗ばんでいて、湿った額に前髪が張り付いている。
妖夢はその髪を、心底愛おしそうに、指先で優しく払いのけた。

「やっぱり、綺麗だなあ」

最近では幽々子の顔をこんな近くでまじまじと見ることは無かった。
最後にこんなに近づいたのはいつだったろうか。
妖夢が初めて幽々子に憧れた、あの頃から何も変わっていない。
絹のように白く、透き通る肌は、妖夢の視線を捕らえて離さなかった。

妖夢は、必ずしも今の道に進まなければならなかったわけではない。
選択肢はあった、選択権も与えられていた。
それでも幽々子の傍に寄り添うことを選んだのは、そして例え拒まれても離れようとしなかったは、きっと幼いころから変わらない憧れがあったからだ。

傍に要られるならそれでいいと思っていた。
妖夢にとってその憧れは神聖なものであり、彼女自身を支え、突き動かすその源泉でもある。
しかし、それは必ずしも妖夢に良い影響だけを与え続けてきたわけではない。
神聖であるからこそ、傍に居るだけで十分で無ければならないし、幽々子に対する感情に下心などあってはならないという、強迫観念のような物にも囚われていた。

見返りを求める自分の存在を認めたくは無かった。
下心があるから、それを見ぬかれたからこそ幽々子は自分にそっけない態度を取るようになったのだと、そう考えていた。
一方で、褒められたい、認められたいと望む自分も居て、そんな二律背反は全て自分の未熟さが招くものだと考え、さらに自分を追い込んだ。
切り捨てなければ、欲に負ける自分を。
消さなくては、認められたい自分を、と。

求める衝動と、自制する理性。
紫は幽々子に話さなかったが、妖夢が紫に相談していたのは幽々子のことだけではない。
妖夢自身の、自分の未熟さに関しても何度も問いかけていた。問いかけずにはいられなかった。
妖夢の中で、紫は完成した人格を持っているように見えていたから。

『過ぎた欲求が誰かを傷つけるならともかく、褒められたら嬉しいとか、その程度の物なんでしょう?
 だったら戒める必要なんて無いわ、承認欲求なんて誰にだって存在するものだもの、私にも、もちろん幽々子にもね』

自分を納得させたかったら問いかけた。
なのに、わざわざ聞いておいて、それでも妖夢は納得出来なかった。
下心イコール悪という固定概念が、妖夢の脳内にこびりついていたせいだろう。
だったら何故聞いたのか、紫の手を煩わせてまで。
その思いが、妖夢を更に追い込む。
自分は今、袋小路に迷い込んでいる。
妖夢にはその自覚があった。

固定概念というのは誰かが決めた価値観で、欲望は悪だとか、堕落は憎むべしだとか、正義的な価値観に基づく、要は聞こえが良い言葉の羅列だ。
多くのケースにおいて、それは正しい価値観になり得るのかもしれない。
だからこそ大衆に支持される、固定概念と言う地位を築くことが出来る。
でも、多数決で決めが概念が必ずしも正しくは無いということを、妖夢はたった今思い知った。
だって、”嬉しい”と感じてしまったから。
かつて感じたことのない、圧倒的なまでのその歓喜の熱塊は、こびりついた固定観念を破壊し尽くすに十分な力を持っていた。
――こんなに嬉しいのに、こんなに幸せなのに、どうして私は今までこれを悪者扱いしてきたのだろう。
過ちを正したのか、正しさを過ちに堕としたのか、もはやその判断は妖夢には出来ない。
示すのは結果、結果が良いならきっとそれは正しい変化だったのだろう。

「幽々子さまがどうして取り乱して、どうして好きなんて言ってくれたのかはわからないけど……」

心の重荷が綺麗に消えてなくなった。
自己嫌悪のループが終わりを迎えた。
辛い日々がどれだけ続いても、さっきの言葉を思い出すだけで永遠だって乗り越えられる。
だったら、言うべき言葉なんて一つしか無い。

「ありがとうございます」

今の妖夢の笑顔を幽々子が見たなら、きっとまた顔を真っ赤にして気絶してしまうだろう。
それほどまでに爽やかな、雲一つない青空のような笑顔だった。

その後、妖夢は幽々子を寝室まで運んだ。
彼女が目を覚ますまで寄り添うつもりでいたが、日が沈んでも目覚めないものだから、仕方なく妖夢はその場を離れ、台所へと向かう。
それから程なくして、幽々子は夕餉の香りに釣られて目を覚ます事になる。
こんな時でも正直に反応する胃袋に自分で呆れながら、幽々子はふらふらと台所で待つ妖夢の元へと向かうのであった。





今日も今日とて幽々子のお悩み相談。
紫は退屈そうに妖夢の用意したお茶を啜り、和菓子をちまちまと黒文字で口に運ぶ。
この話を聞かされるのは今日で何百と一回目だろうか。
話し方のトーンのち外から幽々子の機嫌を読み取るスキルは今日も無事に発動中。
とは言え、そんなことをせずとも付き合いの長い紫なら、幽々子の顔を見るだけで機嫌ぐらいなら簡単にわかってしまう。
結局はどうあがいても役に立ちようのない技能なのである。
……と、思っていたのだが。
その日の幽々子の様子は、今までとは少し違っていた。

「妖夢が可愛すぎるのよ……私はどうしたらいいの!?」

内容はいつもと同じなのだが、ニュアンスが微妙に違っている。
見慣れない表情をしているので、顔からは幽々子が何を考えているのか判別できない。
しかし声からいくつか読み取れる情報があった。
これは、戸惑いだろうか。
つまり無駄なスキルと思っていた物が予想外にも役立ってしまったのだ、これは全く喜べない。

「どうしたらいいって言われても……」

どうやら今回の相談はかなり本気のようで、幽々子は心の底から困っているらしい。
だがそう言われても、紫が思いつく解決案など”妖夢をクビにしたらいい”と言う元も子もない物ぐらいのもので、幽々子が納得する案を提示できるわけでもない。

「前回の相談から何か変化でもあったの?」
「素直になった方が良いって言われたから、妖夢に”好き”って言ってみたの」
「……幽々子って馬鹿だったのね」
「仕方ないじゃない! 他の方法が思いつかなかったんだから」

不器用だとは思っていが、まさかここまでとは。

「でもね、好きって言っても色々あるじゃない。
 別にお付き合いしてくださいとか、恋人になってくださいって言ったわけじゃないし、妖夢にもそんな様子は無いのよ。
 でも、あれからやけに妖夢が可愛く見えるっていうか、実際可愛くなってるというか……」
「のろけてるの?」
「違うのよお、私だってよくわからなくて困ってるの!」

好きな人が可愛くなったというのなら、何の問題もない、むしろ喜ぶべきだと紫は考えているのだが、その考えは幽々子には理解してもらえないようだ。
紫はなんとなくだが、妖夢の変化の正体に気づいていた。
相談を受けていたのだから当然と言えば当然なのだが。
つまりそれは、妖夢が幽々子から”好き”という言葉をかけられたことで吹っ切れた、ということなのだろう。
どういった経緯で、具体的に何が変わったのかまでは分からないが、そこはさほど重要ではない。
重要なのは、幽々子の言葉によって妖夢が変わったという結果。
そしてさらに幽々子が追いつめられているという現状。

「一つ確認しておきたいんだけど、妖夢ちゃんが変わって以降、彼女の方から近づいてきたり、アプローチされたりってことは無い?」
「アプローチ……っていうのはよくわからないわ。
 でも、距離感が変わった感じはしないわね、ただ、妖夢の雰囲気が変わっただけって言えばいいのかしら」
「なるほど、幽々子が一人で勝手に慌てふためいてるってことね」

妖夢が幽々子の言葉を告白として受け取り、なおかつその状態で吹っ切れたのだとしたら、今までと同じ距離感を保っているのはおかしい。
これは紫の想像でしかないのだが、妖夢は一度吹っ切れると、そのまま行ける所まで突っ走る性格だ。
良くも悪くも、幽々子とは対照的に素直すぎる。
つまり、二人の恋仲が成立したのならば、妖夢の方から幽々子に近づきたがるはずなのだ。
初な幽々子が、妖夢に迫られて無事でいられるとは思えない。
白玉楼から逃げ出して、紫の家に避難してくるぐらいのことはやってのけるだろう。
しかし今の幽々子は、”困っている”だけだ。迫られて、追い詰められているようには見えない。
だとすると、妖夢は幽々子の言葉を主従関係の延長線上としての愛情として受け取ったのだと考えられる。
結局、幽々子の本意は妖夢に伝わらなかった。
これを喜ぶべきかは微妙なところだ。
妖夢がそれに気付けていたのなら、幽々子の悩みは解決したかもしれないが、幽々子にとって刺激の強すぎる日々が始まったことだろう。
しかし気づかないなら気づかないで、見ての通り、話は余計にこじれてしまう。
今の幽々子の状態では、妖夢の笑顔を見ただけで参ってしまうほどなのだから、触れ合うどころか近づくことすら難しそうだ。
素直になるなんてもってのほか。
だがそれでも、幽々子にどうにかして吹っ切れて貰わない限りは、現状維持で彼女の悩みが解決する見込みは無いわけで。
羞恥心と平常心の境界でも操作すれば問題は解決するかもしれないが、二人の問題に能力を使って介入するのは紫の望む所ではないし、二人の未来に良い影響を及ぼすとも思えない。
結局、自力でどうにかしてもらうしかないのだ。

「慣れるしかないんじゃない?」
「慣れる前に、妖夢の笑顔を見るたびにドキドキして私が死んでしまいそう」

だから死なないっての。
何度突っ込んでも幽々子はその言い回しを辞めそうに無いので、紫はあえて言葉にはしなかったが。
しかし、幽々子にだって紫に解決できる問題では無いことぐらいは理解出来ているはずだ。
それでも紫を頼りに、というか紫に解決を押し付けているのは、やはり紫に対しての恨みがあるからなのだろう。

「とにかくっ、元はといえば紫が引き起こした状況なんだから、ここは紫がどうにかするのが筋だと思うのよ」
「理不尽だわ」
「紫が妖夢に告白されたりしなければこんなことにはならなかったのよ?」
「それこそ不可抗力と言うか、あんな小さな子の告白を気にする幽々子がどうかしてるのよ。
 そうだ、わかったわ、小さい子に興味があるんならうちの橙を貸してあげましょう、そっちに夢中になって妖夢ちゃんへの興味が無くなるかもしれないわよ?」

藍が猛反対して一悶着起きそうではあるが。
もちろんこれは紫の冗談である。

「小さいのも年齢もどうでもいいの! 私は妖夢が妖夢だから好きなんだからっ」

その返しも、紫の想定の範囲内だった。
むしろ受け入れられたらどうしようと不安になっていたぐらいである。

「例え妖夢が大人だったとしても、この気持ちに変わりはないわ!」
「そこまで堂々と言えるのなら、妖夢にもそれを言えばいいのに」
「っ……それとこれとは、色々と話が別なのよ! 紫のばか! わからずや!」

幽々子の顔がいとも容易く紅く染まる。
あまりに簡単すぎて、幽々子ってこんなにちょろかったっけ、と紫が頭を悩ますほどに。
彼女にとって妖夢が特別な存在であるということは、見ているだけで強烈に伝わってくる。
そうは見えないかもしれないが、幽々子も亡霊としてはかなりの大物、普段はここまで取り乱したりはしないのだ。
それだけに、妖夢絡みの話になった時の形振り構わない必死さが際立って見える。

「子供みたいね、そんなんだから告白の一つもできないのよ」
「だったら、紫には出来るっていうの?」
「してあげましょうか? ”あの時の返事よ”って言いながら妖夢の唇を……」
「……奪う唇を削いで無くしてしまおうかしら」
「怖いこと言わないでよ、一応私たち親友でしょう!?」

思わず紫すらも怯えてしまうほどの殺気が幽々子から放たれる。
ついついいつものノリでからかってしまったが、妖夢が絡んだ時の幽々子はまともじゃないと、たった今確認したはずなのに。
紫は我ながらうかつだったと反省しつつ、猛獣に対してそうるするように、慎重に幽々子をなだめる。

「紫は頭は良いんだから、その知性を自分のためじゃなく、もっと他人のために活かすべきだわ。
 他人への思いやりがあれば、もっと色んな案が浮かぶはずなのよ」
「どんなに頭が良くても、最初から解決法が一つしか無いんなら妙案なんて浮かぶわけがないでしょう。
 私が思うに、やっぱり慣れるしか方法は無いと思うのよ、力ずくで色々変えていいって言うんなら話は別だけどね」
「力ずくって……能力で?」
「そう、妖夢ちゃんの頭の中を弄くっていいって言うんならどうにでもなるわ」
「そんなの絶対にダメ!」
「でしょう? だったら一つしか無いのよ」

結局の所、他の方法を幽々子が無理だと言うのなら、時間をかけて少しずつ前に進んでいくしか無い。
強い薬ほど強烈な副作用を持っているもの、その代償は必ずどこかで歪みを生じさせてしまうのだから、例えまどろっこしくても、それが一番良い方法なのかもしれない。

「慣れると言われても、今のままでは何百年かかるかわからないわ」
「だったら、まずは私で慣れてみるっていうのはどうかしら」

最大の問題は、幽々子が色恋沙汰に耐性が無いという事。
ならばその解決に必要なのは、必ずしも妖夢だけではない。

「私が幽々子のことを口説いてあげるわ、それで幽々子は色恋沙汰に対する耐性を身につけるってわけ」
「えー、いいわよお。
 紫にそんなことされたって、きっと笑っちゃうだけだから」
「あら、舐められたものね。
 私はあの九尾の狐を口説き落とした女よ? 私の話術を駆使すれば、幽々子の一人や二人簡単に落としてあげるわ」
「くすくす、じゃあそこまで言うなら試してみようかしら」

幽々子は、紫の提案を戯れだと思っているようだ。
余裕綽々の幽々子をみながら、油断するだけ油断しておけばいい、私の恐ろしさを教えてあげる、と紫はほくそ笑む。
幽々子の向かいに座っていた紫は立ち上がり、彼女の隣にまで移動すると、近い距離でじっとその目を見つめた。

「前から思ってたんだけど、幽々子って本当に綺麗よね」
「月並みな褒め言葉ね」
「透き通るような肌に、澄んだ瞳、見ているだけで吸い込まれそう」
「ふふふ、気障ったらしい褒め言葉ありがとう。
 あと紫、顔が近いわ」
「唇も柔らかくて、甘そう。まるで果実みたいだわ、食んでしまおうかしら」
「紫、冗談でもそういうのは……って本気でそのままキスするつもりじゃないでしょうね?
 ダメよ、私だって初めては、妖夢とがいいし」
「駄目、今は私だけを見て。妖夢のことなんてどうでもいいじゃない」
「ゆ、紫……?」

紫が幽々子の顎に手を添え、くいっと上を向かせる。
幽々子は今でも冗談だと信じている。
しかし唇は徐々に近づいてくる、その体温が肌で感じられるほどに。
付き合いは長くて、少し顔を見れば何を考えているのか読み取れるはずなのに、今は紫の顔を見ても、何も読み取れない。
見たことのない顔をしていたから。
上気した頬、潤んだ瞳、艶やかな唇、そのどれもが、幽々子の知る紫とは別物で。
体が動かない。
魅入られたというよりも、とにかく怖くて。
未知に未知が重なりすぎて、どうしていいのかわからない、思考がまとまらない、だから体は動かない。
あと五センチ、三センチ、一センチ――次の瞬間に唇が触れそうな距離にまで近づいたその瞬間だった。
幽々子の背後から鳴り響く、木製の”何か”が床に叩きつけられる音。
追って”何か”の液体が床に撒き散らされ、そして”何か”が複数個割れる音が聞こえてくる。
一つはお盆。
一つはお茶。
一つはお湯のみ。
その何かを全て幽々子の脳が理解した瞬間、咄嗟に体が動いていた。

「あ、あの……見るつもりはなくって……すいませんっ、お邪魔しましたぁっ!」
「妖夢っ!? え、嘘、見てたの!? いや待って、違うのっ、勘違いなのぉっ、妖夢ぅッ!」

伸ばした手は虚しく空を切る。
その先に、すでに妖夢の姿はなく、慌ただしい足音だけを残して去っていってしまった。

「妖夢ーっ! 戻ってきてぇーっ!」

もはや幽々子の声も彼女には届かないだろう。
全ては後の祭り、手遅れだと気づいた幽々子が怒りを向けたのは、もちろん紫であった。
精一杯の怒りを込めて、幽々子を押し倒す体制で固まる紫を睨みつける。
しかし紫はそんな視線など素知らぬ顔で、平然としていた。

「あーあ、やっちゃたわね」

軽々しくそんな口を叩けるほどに。
幽々子はいっそ首を締めてやろうかとも思ったが、そんなことをした所で事実が消えるわけではない。
それよりも重要なのは、紫にどうやって責任を取らせるかである。
でもやっぱり、一発ぐらいは殴っておかないと気が済まない。

「まず、一つ聞いてもいい?」
「痛くないことなら」
「右パンチと左げんこつ、どっちが好き?」
「痛いからどっちも嫌いよ」
「じゃあ痛い方をあげるわ!」

紫に向けて放たれた幽々子渾身の右ストレートは、確実に紫の顔を捉える軌跡を描いたが、その先に紫の体はすでに存在していなかった。
幽々子が拳を放った瞬間に、能力を使って元の位置――つまり幽々子の向かい側の座布団の上に戻っていたのである。
そして呑気に、お茶を啜る。
しかしお湯のみにお茶はほとんど残っていない、一口に満たない量が不満だったのか、紫は顔をしかめた。

「お茶が足りないのもどこかのだれかさんのせい」
「妖夢ちゃんも駄目ねえ、お茶の追加どころか、こぼしてそのまま逃げてしまうなんて。
 こぼしたのなららきちんと掃除しないと」

紫が指をかざすと、こぼしたお茶やお湯のみの欠片を隙間が吸い込み、部屋の入口は一瞬で綺麗になった。
”どうよ、これで許してくれる?”と言わんばかりのドヤ顔を向ける紫を、幽々子はさらに強く睨みつける。

「わかってくれると思うけど、私もね、悪気があってやったわけじゃないのよ。
 ほら、元を正せば私の言葉を信じなかった幽々子が悪いわけだし、ね?」
「ね? じゃないわよ、本気でそれで許されると思ってるわけでもないでしょう」
「……ダメ?」
「こういう時にかわいこぶっても逆効果よ?」

幽々子の周囲に何らかの力場が渦巻いている。
今度は右ストレートでは済まない、紫でも逃げ切れない何かが襲ってきそうだったので、とうとう紫は観念することを決めた。
紫も最終的に見捨てるつもりは無かったのだが、幽々子の怒りがある程度収まるまで逃げ切るつもりでいたらしい。
無論、そんな所業を幽々子が許すわけもないのだが。

「はぁ……まずはとりあえず、妖夢の勘違いを解かないと」
「でも、妙な話よね。
 いつもの妖夢ちゃんなら、あの律儀な性格だし、一度戻ってから真っ先に掃除に来ると思うんだけど」
「それだけ衝撃的な場面だったってことよ、まず紫は反省する所から始めないと」
「反省は、まあ、してるわよ」
「絶対にしてないー」

実際の所、紫も反省はしているのだが。
どうせ今の幽々子に弁解した所で無駄だとわかっているので、そういう素振りを見せないだけだ。

「状況を前向きに考えましょうよ、これはチャンスよ」
「言い訳はもういいわ」
「違うわ、ちゃんとした理由があるの。
 考えてもみてよ、妖夢ちゃんがここに戻ってこないってことは、つまり必要以上に混乱してるってことよね。
 幽々子の言うとおりショッキングな場面だったのよ、我を失ってしまうほどに」
「何が言いたいの?」
「ただ私たちの情事を目撃しただけなら、ここまでならないはず。
 つまり妖夢ちゃんは幽々子のことが好きだからこそ、ショックを受けたんじゃないかしら」
「好きなのは紫かもしれないじゃない、告白までされたんだもの」
「あー……」

紫はそれを否定する材料を持っていない。
とは言え、理由は無くともとりあえずここは否定しておくべきだったのだ。
馬鹿正直に反論せずに言葉に詰まるものだから、幽々子の機嫌をさらに損ねてしまう。

「どうせ妖夢は私のことなんか好きじゃないのよ、あの頃からずっと紫のことを想い続けてるんだわ……」
「それは無いわよ! だったらわざわざ幽々子のことを私に相談したりするはずがないでしょう?」
「紫と話す口実なのよ」
「ま、まさかぁ、そんな……」
「紫だって否定できないじゃないのよー! ばかー! 死んじゃえー!」
「い、いやいや、無いからっ、妖夢ちゃんは幽々子のことが好きなのよ、もう決まりなの、絶対に!
 ってか幽々子の死ねは洒落にならないからっ、怖いからやめてっ!」

根拠の無い紫の言葉が幽々子の心に響くわけもなく、幽々子の心はますます深みに沈んでいく。
こんな辛い思いをするぐらいなら、いつも通り主と従者の関係を続けるだけで良かった。
淡い恋心に翻弄されながら、たまにほんの少し報われて、そんな淡い気持ちのままでよかった。
考えれば考えるほどに悲しくなってくる。
こうなってしまえば、幽々子と妖夢はもはや以前の関係に戻ることは出来ない。
妖夢が幽々子と紫、どちらに想いを向けていたとしても、ぎくしゃくした関係は避けられないだろう。

「……っ……うぅ……」
「ゆ、幽々子?」
「うぅぅ、なんでよぉ、なんでこうなるのよぉ……わたしはぁ、よーむとちょっと仲良くしてぇ、一緒に居られたら……よがったのにぃ……っ」
「え、泣いて……嘘でしょ、これぐらいのことで何も泣かなくても……」
「ゆかりにはなにもわがんないのよぉっ! わだじにとって、ようむがどれだけ大事か……わかるわけないのよぉっ! ばか、ばか、ばかばかばかぁっ!」

幽々子の罵倒に合わせて、どこからともなく霊魂が飛来し紫の頭に命中する。
ぶつかったのは霊のはずなのだが、紫は顔に物理的衝撃を受け、そのまま後ろへと倒れこんだ。
紫の目には部屋の天井と飛び交う無数の霊が映りこんでいる。
変わらず幽々子は泣き続けているし、しばらく落ち着きそうにない。
紫は自分でもうかつな発言をした自覚はあった。
けれどまさか、あの幽々子が泣いてしまうとは、これっぽっちも想定していなかったのである。
普段から計算ずくで動いている妖怪は、予想外の出来事に滅法弱い。
打開策が全く思い浮かばない紫は、仰向けに寝転んだまま、頭をぽりぽりと掻いた。

「どうしたものかしら」

先程は偉そうに色恋沙汰に強そうな態度を取ってみたものの、実は紫もそこまで詳しいわけではない。
だからアドバイスをしろと言われても普遍的な、どこかで聞いたことあるようなことしか言えないわけで、少し考えてみればこの結果はわかったはずだったのだ。
まさかここまでこじれるとは思っていなかった、面白おかしく、勢いだけで解決できると思っていた。
全ては紫の見通しの甘さが引き起こした出来事、それならやはり幽々子の言うとおり、紫が解決するのが筋というもの。

「わかった、わかったわよ」

そう言いながら、紫は勢いをつけて起き上がった。
直後、眼前に霊魂が飛んできたが、それはどうにか避けることができた。

「ぐすっ……なにがわかったのよぉ……」
「妖夢ちゃんが幽々子のことが好きって言った根拠だけどね、私だってさすがに好意を向けられたらわかるわ。
 二人きりで相談してたって言ってたでしょ? あの時、妖夢ちゃんが私に想いを向けるどころか、興味を示してる様子も無かった、これは間違いないの。
 ほら、幽々子だってよく知ってるでしょ、あの子には隠し事ができないってことぐらい」
「すなおな子だもん……」
「だったら信じなさい、妖夢ちゃんが好きなのは間違いなく幽々子よ。
 で、さっきの誤解は今から解いてくるわ、二人でふざけてただけだってね」
「そんあのあたりまえよぉ!」

幽々子は怒りに任せて、そこら辺を飛んでいた霊を掴み、紫の頭目掛けて投げ飛ばした。
紫はそれを避けようともせず、顔の真正面で受け止めて、軽く後ろにのけぞった。

「それでせーいを見せたつもり?」
「正直に言うと、ちょっと気持ちよかったのよ」

霊は意外と柔らかく、冷たいので気持ちいいらしい。
この期に及んでも愉快そうに笑う紫を見て、幽々子はぷくっと頬を膨らます。

「ぐず……反省が見えないわ」
「反省してるかどうかは、結果を見てから言ってほしいわね。
 それじゃ早速、妖夢ちゃんに会ってくるから」
「これで紫と妖夢が付き合うようなことになったら、私死んでやるんだから」
「だから死ねないって……」
「じゃあ殺すから」
「だ、誰を?」
「紫」

それを聞いた紫は、体をぶるっと震わせる。

「いや、それは怖いわ、さすがに」

幽々子の目は間違いなく本気だった。
このままだと、殺られる。
そう判断した紫は、逃げるように能力を使い、一瞬で姿を消した。
部屋に残されたのは、幽々子一人だけ。
すでに涙は止まっていたが、まだ完全に立ち直ったわけではないのか、散発的に鼻をすすっている。
客間は一人で過ごすには広すぎて、涙が止まり冷静さを取り戻すと、今度は寂しさが襲ってくる。
人肌恋しくなった幽々子は、いつの間にか近くを飛んでいた霊を掴み、胸元で抱きしめた。

「妖夢のこと抱きしめられたら、こんなものに頼らなくていいのに……」

自分で言いながら、幽々子は顔を赤く染める。
抱きしめるなんてはしたない、と自分を戒めながら。
幽々子はしばらく霊をぎゅっと抱きしめたまま、ぼーっと考え事をしていた。
妖夢のこと、紫のこと、これからのこと、不安ばかりが頭の中を駆け巡る。
唯一の救いは、抱きしめている霊が冷っこくて、柔らかくて、気持ちいいことぐらいだろうか。
紫があえて顔面で受けた理由も、なんとなくわかる気がした。
それからしばらく、霊に頬を付けてぎゅっと抱きしめたままじっとしていたのだが――なぜだか霊がにたりと笑った気がしたので、気持ち悪くなって、紫への怒りをぶつけるように部屋の外へと放り投げた。





「ご機嫌いかがかしら、妖夢ちゃん」
「うわあぁっ!? ゆ、紫さまっ、普通に出てきてくださいよぉ!」

部屋で座り込み、一人で悩んでいた妖夢の目の前に、紫は顔だけでにゅっと姿を現した。
驚く妖夢を見てけらけら笑いながら、今度は少し離れた場所に移動する。

「ご機嫌はあまりよろしくないみたいね」
「あれを、見たばかりですから……」

妖夢は恥じらいながら目をそらし、そう言った。
その仕草に思わず紫はきゅんと来てしまう。

「ふーん、確かにこれは可愛いわね」
「へ?」
「いやいや、こっちの話よ」

幽々子が夢中になってしまう気持ちもわかる。
しかし今は、紫が妖夢に夢中になっている場合ではないのだ、なにせ命がかかっているのだから。
とは言え、紫は妖夢の姿を一度見ただけで、もはや何の心配も要らないだろうと確信していた。

「ところで妖夢ちゃん、今のあなたの姿、私には落ち込んでいるようにみえるのだけど」
「そうですね、落ち込んでるんだと思います」
「どうして?」
「どうして、って……」
「どうして私たちのあんな姿を見て、妖夢ちゃんが落ち込むのかなーって」

落ち込んでいる時点で、すでに答えは見えているようなものなのだが。

「わかりません。
 あれから胸がもやもやして、ぐちゃぐちゃで、何も考えられなくて。
 黒い感情が私を落ち込ませているのはわかるんです。
 それで、たぶんその感情っていうのは、嫉妬ってやつで……」
「嫉妬、してるんだ。誰に?」
「たぶん……紫さまに、です。
 さっき紫さまを見た瞬間に、胸のざわつきが強くなって、我慢できない衝動みたいなのがぶわってせり上がって、広がって」

それを聞いて紫は納得した。
あんなおっかない表情をした幽々子から逃げ出してきたっていうのに、ここに来ても全く気持ちが休まらない理由を。
つまり、紫は現在進行形で妖夢からも憎しみを向けられていると、そういうことなのだろう。

「……まるで私が悪者みたいじゃない」

この場に幽々子がいたら、”当然よ、悪者じゃない”と即答しただろう。
もちろん紫自身も自分が悪者だということを理解している。
なのにこんなことを言ってのける面の皮の厚さこそが、八雲紫が八雲紫である所以なのである。

「まあいっか。
 とにかく、妖夢ちゃんのその言葉を聞いて安心したわ。
 そうそう、さっきの妖夢ちゃんが見たあのシーンだけどね、私が幽々子のことをからかって遊んでいただけなのよ。
 色恋沙汰にあんまり疎いものだから、どういう反応をするのかって試してみたの」
「そうなんですかっ?」

妖夢の表情が、一目見てわかるほどに明るさを取り戻す。
どうしてこの主従は、二人してここまで単純明快なのか。
いや、この責任を妖夢にまで問うのはあまりに理不尽すぎる。
妖夢は幼い頃から幽々子に付き添ってきたのだ、これは妖夢が幽々子に似ていると考えるべきだろう。

「要するに、私は道化だったってことよ」
「道化、ですか?
 ごめんなさい、紫さまの言葉は難しすぎて、たまにわからないことがあるんです」
「ふふ、今回はわからなくても大丈夫よ。
 どうせじきに意味なんて無くなるんだから」

こればかりは、妖夢の理解力がどうこうというわけではなく、詳しい事情を知らないのだから仕方が無い。
なんにせよ、道化の役割はすでに全うしたのだから、出番はここまでだ。
これ以上関わることは、藪蛇を突くことになりかねない。

「舞台をかき回すのはここまでかしらね、あとは二人の武運を祈ってるわ」
「は、はあ」
「というわけで、いってらっしゃーい」
「いってらっしゃいって、どこに――」

妖夢は言いかけの言葉を残して、隙間の向こうへと吸い込まれていく。
消える直前に何やら叫び声が聞こえたが、紫には関係無い話だ。
もちろん向かう先は、幽々子の待つ例の客間。
幽々子のことだ、突然妖夢が現れたらまた大騒ぎするだろうし、妖夢も自分の身に起きた現象を理解できずにパニックになるだろう。

「この程度のハプニングで混乱してたんじゃ、先が思いやられるわね。
 その先や、さらにその先には、告白よりももっと恥ずかしいスキンシップが待ってるわけだし」

慣れるしか解決法は無い、と言うのはつまりそういうことだ。
告白はゴールじゃない。
恋人になってからのことも考えれば、言葉を交わすだけで気絶するような今の幽々子では、とてもではないがまともに触れ合うことすら叶わないだろう。
結局、幽々子に逃げ場など残されていないのだ。
精神的にも、そして物理的にも。





静寂に包まれていた客間に、突如どすんと言う衝撃音が響き渡る。
完全に気が緩みきっていた幽々子は、自分の真横からその音に反応して「きゃっ!?」と声を上げ、落下物とは逆方向に飛び退いた。

「な、なにっ、なんなのよっ!?」
「いっつつ……何なんですか急に、紫さま……って、あれ、幽々子さま?」
「よ、妖夢? な、ななな、なんで妖夢が、こんな所に……」

犯人など考えるまでもない。
こんな芸当をやってのける妖怪など、今の白玉楼には一人しかいないのだから。
幽々子は胸に手を当てながら、喉をごくりと鳴らした。
心音がバクバクと高鳴っている……気がする。
それは驚いたせいなのか、それとも妖夢が目の前にいるからなのか。

「と、とりあえず――」

しかしこの状況、”好き”と言っただけで気絶してのけた幽々子に耐えられるはずもない。
妖夢を乗り越えて、真っ先に幽々子が向かったのは、客間の出口であった。
這いずるようにして部屋の外に転がり出て、目を閉じたまま、廊下の床に腰掛けほっと一息つく幽々子。

「あれ、幽々子さま?」

だがどういうわけか、妖夢の声がすぐ傍で聞こえてくる。
驚いた猫のようにびくんと体を震わせ、その場から飛び退く幽々子。
どうして、なぜ、部屋から出たはずなのに妖夢が傍にいるのか、まさかこの状況で、この幽々子の姿を見て、付いてきたとでも言うのか。

「さっき、部屋から出たはずじゃ……」

しかし、目を開いた幽々子の視界に映る光景は、部屋から逃げ出る前と同じ光景であった。
なぜか幽々子の体は、部屋から出たはずなのに、部屋の中にあるのだ。

「まさか……」

幽々子は嫌な予感に口の端をひくつかせながら、再び部屋から出ようとしたのだが――一歩外へと踏み出した瞬間、景色が移り変わる。
前に進んだはずなのに、幽々子の体は数メートル後退していたのだ。
つまり、空間の接続が、歪められている。

「紫さまの仕業、ですね」
「紫いぃぃぃぃっ! あいつ、どこまで性格悪いのよお!
 どうせどこかで見てるんでしょう? 覚悟しときなさいよ、二度と私の前で笑えなくなるぐらいめっためたのぎたんぎたんにしてやるんだからっ!」

幽々子にしては珍しく感情を露わにしながら怒りをぶちまけた。
果たして本当に紫が見ているのかは定かではないが、どこかで胡散臭い笑顔を浮かべた妖怪が、にやりと笑った気がした。
結局、幽々子にも妖夢にも逃げ場はない。
どんなに紫への怒りをぶつけた所で、二人きりという状況が変わるわけでは無かった。
そして紫の思惑を察するに、おそらくこの場から脱出するには、二人が思いを伝え合うしかないのだろう。

「ところで妖夢は、紫からどこまで聞いてるの?」
「紫さまが幽々子さまを押し倒していたのはただの遊びで、紫さまが幽々子さまをからかっているだけだと聞きました、それだけです」
「そう、それだけなのね……」

まだ肝心要の幽々子の気持ちは伝えていないようだった。
さすがの紫でも、他人の口からそれを伝えることはやってはいけないことだと理解していたらしい。
でも、その割には――幽々子は妖夢の挙動を見て、妙な違和感を覚えていた。
なぜ彼女は、幽々子と目を合わせようとしないのか。
なぜ彼女は、幽々子が見つめると顔を赤くするのか。
幽々子も妖夢を見るだけで顔を紅くしているので、人のことを言える立場ではないのだが。

「先程は、申し訳ありませんでした」
「さっきって……ああ、お茶をこぼしたこと?」
「はい、それと片付けに来なかったことです」
「気が動転していたんでしょう、仕方ないわ」
「はい……」

幽々子は妖夢が何を望んでいるのか、いまいちつかめなかった。
一連のやり取りを経ても、妖夢は目をそむけたままだ。
どうやら、妖夢が望んでいるのは幽々子の許しではないらしい、ということだけははっきりとわかる。

「……幽々子さま」
「なぁに?」
「とりあえず、座りませんか?
 私が座っているのに幽々子さまだけが立っているというのは、どうも落ち着かなくて」
「そう……ね」

幽々子は先程まで座っていた座布団の上に、ゆっくりと腰掛けた。
そんな幽々子の姿を、妖夢は驚いたように見ている。
それもそのはず、幽々子が元の場所に座るということは、自ずと妖夢に近づくということになるのだから。
しかし幽々子は意識してそうしたわけではなかった。
無意識のうちに、特に何も考えずにそこに座ってしまったのだ。
幽々子が自分から妖夢との距離を詰めてしまったことに気づいたのは、座ったあとのことだった。

「あっ……」

幽々子は小さく声をあげた。
だが全ては後の祭り、今更妖夢から距離を取った所で不自然なだけだし、不用意な行動は妖夢を傷つけてしまう可能性もある。
仕方ないので、二度ほど深呼吸を繰り返し、どうにか心を整えて妖夢と向き合うことにした。
……が、やはり近い。近すぎる。
一瞬だけ二人の目が合ったが、すぐに同時に視線を逸らし、二人は不自然に首を曲げたまま会話を続ける。

「幽々子さまは、近くで見ると……やっぱり、綺麗です、ね」

突然そんなことを口走る妖夢に、幽々子は思わず目を見開いて「ひぇっ!?」と奇声をあげた。
ここ最近、幽々子は頻繁に変な声を出すようになった。
好きで出しているわけではないのだが、妖夢が傍に居るとどうしても平静を保てなくなり、反射的に自分の意思とは違う行動を取ってしまうのだ。

「うん、ありが、とう。妖夢も……可愛い、わよ」

これもそんな、反射的な行動の一つだった。
まともな状態の幽々子が、妖夢に対して”可愛い”と言えるわけがないのだから。
そして言ってしまったあとに、強く後悔して、羞恥心で悶てしまうまでがいつもの流れなのである。

「えっへへ、ありがとうございます」

しかも今回は、はにかんだ妖夢の笑顔まで付いてきた。
幽々子の顔は一瞬でゆでダコのように赤くなり、思考がまともに回らなくなる。
それもそのはず、今の幽々子の頭は半分が羞恥心で占められており、残り半分が”妖夢可愛い”で占められている、思考に割くスペースなど存在していないのだ。

「正直言うとですね、さっき、紫さまが幽々子さまを押し倒している場面を見てしまって、私……嫉妬、してたんです」
「そう、嫉妬してたのね。誰に嫉妬していたの?」
「紫さまに」
「紫に? そっか、紫に……」

紫に嫉妬ってことは、紫が好きってこと? いや逆なんだっけ、私が好き? 紫が? あれ、どっちだっけ――今の幽々子の頭の中はそんな状態である。
妖夢の言葉を理解する思考能力など残されておらず、ここまで聞いても何一つ理解出来ていなかった。
だが、妖夢がそんな幽々子の頭の中の状態まで把握できるわけもない。
それでも幽々子が自分の言葉の意図を理解していないと判別出来たのは、幽々子の反応が薄かったからである。

「私の幽々子さまを紫さまなんかに奪われたくないって、思ったんです」
「そう、私の幽々子さま……私の、幽々子、さま……」

私ってことは、私が幽々子だから、幽々子の幽々子さま? ん? いや、私は私じゃなくって妖夢で、妖夢が私で――相変わらず幽々子の脳内はこんな感じで、ここまで言ってて妖夢の意図は伝わっていない様子である。
反応が薄い幽々子を見て、そして先日の一件もあって、妖夢もようやく気づいたようだ。
どうやら幽々子は、こういった色恋沙汰に滅法弱いらしい、ということに。
美しさで私を魅了したくせに、そんな可愛らしさまで見せて、これ以上私の心を奪ってどうするつもりなのですか、と妖夢は愚痴っぽく、心の中で独白する。
紫に自分の嫉妬心を指摘され、幽々子への想いを自覚した瞬間に、やるべきことは決まっていた。
そう、紫の予想していた通り、妖夢は一度決めたら突っ走る性格なのである。
だから、幽々子のように恥じらいで躊躇うようなことは無かった。
ここまで言っても伝わらないのなら、次はもっとはっきりと、今の幽々子にわかるような言葉で伝えたらいい。

「幽々子さまが好きだから、奪われたくないと思いました。
 幽々子さま好きだから、私だけの物にしたいと思いました」
「好き……なんだ、好き……すき……あれ、好き?」
「ええ、未熟者の私ですが、どうか幽々子さまのもっと近くに置いてはくれませんか?」
「そ、それって……そういう意味よね。そうよね、そうなっちゃうのよ、ね」
「はい、そういう意味です」

いつの間にか、逸らされていた妖夢の目はしっかりと幽々子の方を向いていた。
強い意志をもって向けられるその視線には、幽々子の体を溶かしてしまいそうなほどの熱がこもっている。
幽々子は、さすがに妖夢の言葉を理解できた様子で、だからこそ身動きが取れないでいた。
少しでも動いて、妖夢と目が合ってしまえば、もう逃げられそうに無かったから。
好きとか、愛とか、妖夢の言葉が冗談で済む物では無いことはわかっている。
晴れて両思いなのだからハッピーエンド、となればいいのだが、そう簡単な物ではない。
ここに来て、幽々子は怖気づいていた。
果たして今までの関係を壊してまで受け入れるべき想いなのか、自分に他人を愛することが出来るのか。
考えれば考える程に、ネガティブイメージが幽々子の脳内を埋め尽くしていった。

「私は、幽々子さまに認めてもらえればそれで十分だと思っていました。
 だから、好きって言ってもらえた時は、ただそれだけで嬉しくて、全てが満たされていたんです」

だからこそ、妖夢の笑顔はあんなに眩しかった。
幽々子が満たせば満たすほど、妖夢は幽々子にとって魅力的になっていく。
今までは直視できないほどに、そして今は見られるだけで耐えられないほどに。
幽々子を躊躇わせているのは、将来への不安だけじゃない。
馬鹿げた話かもしれないが、向けられるあまりに真っ直ぐな想いに、幽々子の心が耐えられるのか、その自信が無かった。

「でも、私は自分ががどれほどわがままで、貪欲なのかまだ知りませんでした。
 満たされた気でいた器には、まだまだ余裕があったんですよ。
 認められるだけでも足りない、好きと言う言葉でも足りない――幽々子さま自身を手に入れなければ、足りない」

遠回しに”あなたが欲しい”と言われている。
愛していると言われたのだからいまさらなのだが。

「きっと、今まで私を突き動かしてきた想いも、愛だったんだと思います。
 無条件で幽々子さまに尽くしたいと思ってしまったのは、幼い頃の私が幽々子さまに惚れてしまったからなんです。
 だから私は今までと何も変わりません。
 例え幽々子さまが愛してくれなくとも従者として、尽くしていくつもりです。
 要するに、これは私のわがままなんですよ。
 愛するだけでは満足できないから、幽々子さまからも愛してくれませんかって言う、従者としては度が過ぎた、身勝手な願望です」

妖夢はわざわざ逃げ道まで用意してくれている。
断っても構わない、私は勝手に愛し続けますから、と。
そんなこと、幽々子が許せるはずがなかった。
だって、誰よりも妖夢のことを強く想っているのは他でもない幽々子自身なのだから。
妖夢みたいに、昨日今日で自分の気持ちを自覚したわけではない。
もっと前から、紫から引かれるぐらい妖夢が幼かった頃からずっと、妖夢だけを想い続けてきた。

「従者は主の望みを叶えるのが役目ですから、主に従者の役目を叶える責はありません。
 ですから、同情や哀れみしか感じないと言うのなら、すぱっと断ってください。
 それでも私、ぜんぜん平気ですから」

そんな言葉を、妖夢に言わせたくはなかった。
ちょっと我慢して、ほんのちょっと堪えればいいだけなのに、なぜ私はいつまでもうだうだと言い訳を続けているのか、と幽々子は強く自省する。
今の幽々子を突き動かすのは、”自分の想いを成就させたい”という欲望じゃない。
”妖夢に悲しい想いをさせたくない”という、妖夢を想うが故に生じる、守りたいという願いだ。

「っ……!」

幽々子は意を決して、妖夢と向き合う。
まっすぐに向けられた視線を、真正面から受け止める。
ありもしない心臓が止まりそうだった。
また意識がどこかへ飛んでいってしまいそうだった。
けど、気合を入れてどうにか現世に踏ん張り留まる。
まだまだ見つめ合っただけなのに、大事なことを言えてないのに、気絶なんかしている場合ではない。

「妖夢」
「幽々子さま、やっと見てくれましたね」
「随分と、待たせてしまったわね」
「良いんですよ、さっきも言った通り、これは私のわがままなんですから」

もうそれは、ある意味で返答のようなものだった。
受け入れる覚悟が無ければ、こうして向き合うわけがないのだから。
それでも、やはり決定的に関係を変えるためには、区切りが必要である。
意外にも、幽々子の脳裏に浮かぶ告白の言葉は多種多様だった。
だが、すでに”好き”という言葉を使っている以上、置かれたハードルは思っている以上に高い。
妖夢の情熱に答えられるような言葉が、無数に浮かぶ単語に中に存在するだろうか。

「じゃあ……返事、するから」
「はい、お願いします」

わざわざ返事に前置きなど必要だったのだろうか。
それほどまでに今の幽々子には余裕がないということなのだろう。

「これから先、私と妖夢の二人で一生――」

そこまで言って幽々子は気づく。

「って、どうしましょう、私もう死んでるわ」
「ふふふっ、細かいことはどうでもいいんですよ。続きを聞かせてください」
「そ、そうねっ」

気合を入れた台詞に自分で突っ込みを入れてしまい、真っ赤になる幽々子。
これでは格好が付かない、今更言い直した所で台無しであることに変わりはないだろうし。
いや、気絶した時点でもう格好良さなんてとっくに捨てていたのだろう。
妖夢が笑ってくれている、それだけが幽々子にとっての救いだった。

「一生……ではないわね、永遠に一緒に生きて……ってだからもう死んでるじゃない」
「ふふ、ふふふふっ」
「あ、あんまり笑わないで頂戴よっ、私だって恥ずかしいんだから」
「私的には、幽々子さまが可愛いので満足なんですが。気持ちも伝わってきましたから。
 つまり、良いってことですよね。私の気持ち、受け入れてくれるってことですよね」
「ええ、そうよ。
 私も妖夢のこと……その、愛しているわ」

その言葉を聞いた妖夢は、幽々子の頬に手を伸ばす。
指先に伝わる火照った肌の温度。
妖夢は、その熱が自分への想いの強さを教えてくれるようで嬉しかった。
愛おしさは止まることをしらない。
伝わって、通じあったのならなおさらに。
エスカレートする妖夢の想いは、幽々子と違って、言葉だけで解消出来るような物では無かった。

「妖夢、ダメよ、触るのはまだ早いわ……」
「恋人になったのに、ですか?」
「従者でもあるのなら、主の言うことを聞いて。お願いよ」

幽々子は伸ばされる手にそっと触れて、やんわりと剥がそうとした。
しかし妖夢が引き下がる様子はない、それどころか顔を近づけて、さらに触れようとしている。

「嫌とかそういうことじゃないの、わかるでしょう?
 近づいただけで気絶してしまうような私が、これ以上触れられたらどうなるかなんて……」
「前とは状況が違います、それに今はあの時より近いのに、幽々子さまの意識はしっかりとしていますよね」
「それはそうだけど、これからどうなるのかっ……うぁ、指っ、指がぁっ」

妖夢の手は幽々子の頬から離れたが、今度は剥がそうとした手を握る。
優しく、ゆっくりと、植物のつるが絡まるように二人の指を絡めていく。
ゾワゾワと指先から腕に走る甘い感触に、幽々子は思わず呼吸を震わせた。
未知の感触。
怖気づきながらも、心のどこかでさらにそれを求める自分が居ることが、怖くて仕方なかった。

「いけないわ、こんなのっ、これ、だって、指でっ、指が交わってるみたいにっ」
「いけないのは幽々子さまの方ですよ、なんですか指が交わってるって、そんなの破廉恥な言い回しされて我慢できるわけがないじゃないですか」
「だって、だってぇっ」
「ほら、もう片方の手も繋ぎましょう」

空いていたもう一方の手も妖夢の指に絡め取られ、二人は両手をしっかり絡め繋ぎながら、正面で向き合う。
こんなにしっかりと捕らえられてしまっては、もう振りほどくことはできない。
これから先どうなってしまうのか、妖夢が何を求めているのか、初心な幽々子でも理解出来てしまった。
紫が幽々子に巫山戯てそうしたように、いや、あの時と違って妖夢は本気で――幽々子の唇を、奪おうとしている。

「妖夢っ、待ってよ、妖夢ぅっ」
「そんな声で呼ばれたって、やめられませんよ。
 むしろ、もっと欲しいと思ってしまうだけです」
「きょ、今日の所は、ね? 堪忍してちょうだいな」
「心を手に入れられただけでは足りないんです、体ももらえないと、私は満足できません」
「わがまますぎるのよぉっ」
「そう言いました、そして幽々子さまは受け入れてくれたではありませんか」

確かに、妖夢は自分のことをわがままだと言ってしたし、それを理解した上で幽々子は”愛している”と返事をしたのだ。
反論の余地は無かった。
幽々子の体は、緊張のあまり石像のようにガチガチに固まっている。
妖夢の緊張度合いもなかなかだが、幽々子のそれに比べれば緊張していないのと同じようなものだ。

「あ、あぁ、待って、ちょ、ちょっと、本当に、その、私、無理、今は、好きだけどっ、こんな、急にぃっ」

触れ合うまであと数秒。
もはや幽々子は言葉すら上手く紡げずに、脳内では意味不明な単語の羅列が洗濯機のようにぐるぐると、滅茶苦茶に撹拌されている。
その感覚に、幽々子は覚えがあった。
思えばあの時は”好き”と言うだけで気絶したのだから、愛の告白を成功させた今は、当時の比べればかなり進歩しているのではないだろうか。

「妖夢っ、ダメっ、それは、それ以上はぁっ――」

そう、進歩はしているのだから。
仕方のないことだと思った、不可抗力なのである。
応えたいと思う気持ちはある。
幽々子だって妖夢を愛しているのは事実なのだから、キスをしたくないというわけではないのだ。
しかし、物事には限度というものがあって、妖夢のように自分の器が思っていたより大きい場合もあれば、許容量が極端に小さい例だってある。
まさに幽々子が、その後者に当てはまる。
もはや彼女のキャパシティ量の限界まで緊張は高まっている。
幽々子は妖夢に非常に申し訳ないと思いながら――

「キスはっ……きしゅは、だ、だめ……っ……きゅう」

――ぷつんと、意識を手放した。

「幽々子、さま?」

手を繋いだまま、幽々子の首ががくんと後ろに倒れこむ。
そのまま体も倒れようとするところを、咄嗟に手を離した妖夢が背中に腕を回して支え、抱え込んだ。

「ああ、また……気絶しちゃったんですね」

口の端から涎を垂らしながらぐったりとする主の姿を見て、妖夢は苦笑いをした。
その苦笑いには自嘲の意味合いも含まれていて、気絶した幽々子を見ても思ったより焦らなかった自分に呆れ、かついくらなんでも暴走しすぎたと反省しているようだった。

「ごめんなさい、どうしても我慢できなかったんです」

謝るには遅すぎると思いながらも、一応言っておくことにした。
しかしこの有様では、満足にキスできるまでに一体なんどこのやり取りを繰り返さなければならないのか。

「先が思いやられるわね」
「ええ、まったくです」

どこからともなく聞こえてきた第三者の声に、妖夢は最初からわかっていたかのように反応した。
幽々子も言っていたことだ。
どうせ紫はどこかで見ているはずだ、と。
そもそも妖夢をここに連れてきたのも、部屋から出られない仕掛けを施したのも紫なのだから、見ていないはずがなかった。

「もっと驚いてくれると面白かったんだけど」
「十分面白いものを見られたはずですから、これ以上を望むのはわがままが過ぎますよ」
「あら、この場で一番わがままな人に言われてしまったわ」

皮肉のつもりだったのか、紫はそう言って袖で口元を隠しながらクスクスと笑った。
だが、当の妖夢は全く動じていない様子。

「妖夢ちゃんのくせに生意気ね、もっとぐぬぬって感じになってくれると思っていたのに」
「今の私は無敵ですから」
「随分と強気に出たわね」
「幽々子さまが永遠と言ってくれました、だったらもう恐れる必要も、慌てる必要もありません」
「愛の力は偉大ねえ、羨ましいわ。
 でも、こんな初心な子の相手は大変よ、前途多難だわ」
「それは同意しておきます、可愛いからいいんですが」
「確かにね、そこに関しては私も可愛いと思うわ、今時珍しいぐらいに耐性が無いんだもの」

長い時間を生きてきて一度もそんな経験が無いだなんて――と紫には思う所もあったが、あえて言うことをしなかった。
二人が幸せなのだから、水を指す必要は無い。
そんな下らないことよりも、今は心配すべきことが沢山あるのだから。

「二人が初めてキスを済ませるまでにどれぐらいかかるか、誰かと賭けでもしようかしら。
 五年……いや、十年ぐらいは見ておいた方がいいのかもしれないわね」
「毎日挑戦するつもりですから、紫さまの予想よりもずっと早いと思いますよ」
「それは重要な情報ね。
 だったら、一年ぐらいかしら、さすがの幽々子も三百回も繰り返せば慣れるでしょう」
「……えっと、幽々子さまってそこまでなんですか?」
「さあ? 私も実際に試してみたわけじゃないから、でも私の見立てだとそれぐらいに見えただけよ」

妖夢はいくらなんでも、と思ったが、紫の方が付き合いが長いだけに自分の尺度が信じられなくなりつつあった。
仮に一年だとしたら、果たしてそれまでに妖夢の方が我慢できるかどうか、そちらの問題になってくる。
思いが通じあってしまった以上、妖夢の自制にも限界があるのだから、今日のように暴走してしまったら、あるいは今日以上にオーバーランしてしまったら。
そうなったら、幽々子が気絶してもお構いなしに唇を奪ってしまいそうではある。
その場合は、紫の賭け的にはノーカウントになってしまうのだろうか。

「さて、上手くいくのを見届けられたし、幽々子が目を覚ます前にお暇させていただく事にしましょうか」
「話していかなくていいんですか?」
「今の幽々子に見つかったら殺されかねないのよ、私」
「何をやったんですか、一体」
「妖夢ちゃんにしたことより酷いこと、って言えばわかる?」
「それは仕方ないですね、幽々子さまに殺されるのも当然です」
「やっぱり主従ねあんたたち」

これだけ気が合う二人で、なおかつ今までずっと一緒に暮らしてきたというのなら、紫が心配することなど何も無いのだろう。
これ以上は本当におじゃま虫になりかねない。
殺す殺されるの話は置いといても、二人の時間を邪魔しないためにも、早々にこの場を立ち去るべきだと紫は考えていた。

「それじゃ、二人ともお幸せにね」
「はい、また遊びに来てくださいね」
「幽々子で遊んでもいいの?」
「妖怪の命を弄ぶのはあまり趣味ではないのですが」
「だからそれは怖いって言ってるじゃない!」

お約束のようなやり取り終えて、紫はその場から姿を消した。
妖夢は大きく息を吐き、少しだけ休憩を取ると、幽々子を抱えて寝室へと向かった。
今日は、何があっても目を覚ます瞬間まで傍に居よう、そう心に決めて。





ちなみに、二人の初めてのキスが叶ったのは、それから二ヶ月後のことだったらしい。
幽々子がキスの後に気絶しなくなったのは、さらにそれから四ヶ月後だったとか。




ベタベタな展開を意識して書きました。
いいですよね、ベタな展開。
だから漫画の「トモちゃんは女の子!」とか好きです。
みんな、買おう!
kiki
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コメント



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2.100名前が無い程度の能力削除
最高でした!
幽々子さま可愛い…。
5.100非現実世界に棲む者削除
久しぶりのゆゆみょんを十分に堪能させていただきました。
可愛らしい二人が見れて大満足です。
6.100名前が無い程度の能力削除
これは良いベタベタ
奥手過ぎる幽々子様のおかげで甘さが濃厚になっていて2828が止まらない
8.90奇声を発する程度の能力削除
良い甘さ
12.100名前が無い程度の能力削除
筆者の書きたい内容がビンビンに伝わってきた
いい感じです
16.100名前が無い程度の能力削除
胸焼けするw
18.100絶望を司る程度の能力削除
砂糖が!口から砂糖がぁ!!
20.100名前が無い程度の能力削除
4ヶ月後からはどうなるんでしょうかねぇ……?