Coolier - 新生・東方創想話

閉じた瞳が見る景四季

2016/07/18 23:37:19
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 ぎゅむ、ぎゅむ。
 一歩足を進める度、積もった雪を靴で踏み締める音が小さく響く。
 目の前に広がる景色は、辺り一面いっぱいの雪、雪、雪。ただ、現在雪はまばらにしか降っていないから、多分昨夜のうちにこうなっちゃったのだろう。
 こういう光景のことを銀世界って言うのかな。うーん、こんなに積もっているのを見るのは初めてかも。とっても綺麗。
 でも、その分とっても寒い。少しでも口を開けようものなら、すぐさま雪に負けないくらい白い吐息が溢れ出す。
 陽が出ていても、風が吹いてなくても、暖かい服に身を包んでいても寒いものは寒い。寒すぎる気がしなくもない。
 雪道を歩くのにもちょっと疲れちゃったし、休憩がてら近くの枯れ木にもたれて本日の装いを振り返る。
 手には毛糸の手袋、足には厚手のタイツ、頭はお気に入りの帽子、首には……。
「あっ」
 つい、小さく声が漏れた。それに合わせて白い息がふわっと広がる。
 今まで気付かなかったけど、マフラーが無い。地霊殿に忘れてきちゃったみたい。道理でいつもより寒く感じるはずだわ。
 でも、今更取りに戻るのも面倒だし、もし地霊殿がとっても暖かかったら戻ってこれないかもだから我慢我慢。
 そう自分に言い聞かせ、再び歩みを進めるべく一歩踏み出したその時。
「こいし様ー! 待って下さーい!」
 背後から――もっと言えば空から――声が聞こえた。慌てた様子で私の名を呼ぶ、聞き慣れた声。
 そんな天の声に足を止めて振り返る。すると、視線の先に我が家の、そして地底の太陽が雪の上にふわりと着地し、小走りでこちらに向かって来た。
「お空じゃない。どうしたの?私に用事?」
「はい!忘れ物、ですっ!」
 私の問い掛けにお空は元気な返事をした後、斜め掛けにした黒いバッグをがばっと開いて中から何かを取り出した。
 そして勢いそのままに、ではなく優しい手つきでそれを私の首に掛け、くるりと一捻り。
 あ、これって。
 私は首元へ視線を落とし、そこに巻かれたふわふわもこもこした物に手を添えて少し引っ張る。
 ああ、やっぱり。赤い毛糸で作られたこれは、まさしく私が今日、玄関の帽子掛けに忘れてきてしまったものだ。靴を履くときに掛けたんだっけ。
「……マフラー、持ってきてくれたの?」
「はい。こいし様がマフラーを忘れちゃったことにさとり様が気付いて、じゃあ私が持って行きます、って。今日は間欠泉地下センターもお休みだったので。それで、足跡が残ってたから……あ、その、もしかして、必要無かったですか……?」
 お空は何故自分が来たのかを一つ一つ説明し始める。しかし、私が俯いたままだったせいか余計なことをしたかもと考えてしまったようで、どんどん声に元気が無くなっていってしまう。
「ううん、そんなこと無いよ。ちょうど無いことに気付いたところだったの。ありがと!」
 だからその不安を振り払うためにも、私は直ぐに顔を上げてお礼を言う。そして、自身の髪や翼に付いた雪を落としもせずにこちらの様子を窺っていたお空の頭を、雪を払うことも兼ねてなでなで。すると、お空の顔はまるで太陽のようにぱっと明るくなった。
「それにしても、お空は寒くないの? そんなに厚着には見えないけど」
 存分になでなでしたところで、次は真っ黒い翼に付いた真っ白な雪を払いながら聞いてみる。
 お空の防寒着と言えば烏らしい黒のマフラーに加え、お空専用の特注コートを前も締めずに羽織っているくらいで、後はいつも通り。確かお空は体質なのか能力なのか寒さには強かったとは思うけど、大丈夫なのかな。
「あっ、ありがとうございます。私はそこまで寒くないですよー」
「そう? でも、溶けた雪で濡れると体冷やしちゃうから、気を付けないとダメだよ?」
「はーい」
 結構堪える寒さだと思うんだけど平気みたい。羨ましいなあ。
「そういえば、こいし様はどこまでお散歩に行くんですか?」
「うーん、特に考えてないかなぁ。ただ今日は歩きたい気分だったから。はい、後ろ向いてー」
 翼の正面に付いた雪を取り払ったので、後ろを向くように声を掛けると元気な返事と共にくるりと右に半回転する。
「風の向くまま気の向くまま、ってやつですね」
「そうそう、そんな感じ。気ままな一人旅ってね」
 誰にも縛られない一人旅。誰にも邪魔されないし、誰に気遣うことも無い気楽な旅。
 でも。
「そうだ、お空はこの後予定とかあるの?」
「うにゅ? 何にも無いですよ。何かご用ですか?」
「あのね、私の散歩に付き合って欲しいなって」
 でも、たまには連れ合ってくれる温もりが欲しい時も有るよね。だって、今日はこんなに寒いんだもん。
「いいんですか? 喜んでお供します!」
「ホント? ふふっ、ありがと」
 お空の了承が返って来るのとほぼ同じタイミングで、白と黒のまだら模様になっていた翼が再び真っ黒になった。お空の翼は大きいから、ちょっと時間がかかっちゃった。ま、触ってて気持ちいいから、全く気にならないけどね。
「うん、これで終わりっと。もうこっち向いていいよ」
 そしてこちらを向くように言うと、お空はまた右回りに半回転して私の方へ向き直し、大きく一礼した。
「ありがとうございました!」
「どういたしまして」
 元気なお礼をしたお空の頭をもう一なで。うーん、お空の髪は結構ぼさぼさなのが勿体無い。せっかく綺麗な黒髪なのに。烏の濡れ羽色、ってね。でも、翼と一緒で触り心地はいい感じだから、これでもいいかも。
 ついでに背伸びをしてリボンまで手を延ばし、綺麗に整えておく。
「よーし、それじゃあ……おやつでも食べに行こっか。鯛焼きとかどう?」
 甘味の誘いと共にその候補を提案すると、お空の目がぱっと輝き、羽が跳ねるように動く。
「鯛焼き! あ、でも、その、私、マフラーしか持ってきて無かったので、お金が……」
 だけどそれもつかの間、すぐにしゅんと落ち込んでしまった。どうやら財布を置いてきてしまったから私は食べられない、ということらしい。
 いやいや、私は最初から。
「いいよいいよ。私の奢りだから」
「え、でも、その……」
 お金なんていらないと言っても、お空は考えあぐねてしまう。
「マフラーのお礼。だから、ね」
 だから、遠慮しなくていいんだよと言う代わりにマフラーに手を当てて笑い掛けると、少し遅れてお空も笑顔を返してくれた。
「……はい!頂きます!」
「うん、よろしい。じゃあしゅ、くしゅんっ!」
 じゃあ出発、って言いたかったのに、ついくしゃみが出てしまった。
 決まらないなあ。
「あはは、急にごめんね。まだ体が暖まってないみたい」
 ほら、まだマフラー付けたばかりだから。と付け足すと、お空は何かひらめいたような顔で私を呼んだ。
「こいし様こいし様、私に背中を向けてくれませんか?」
「えっ、背中? えっと、こう?」
 お空が言った通りに後ろを向くと、背後からお空の手が私の体の前に伸びて来て、そのままぎゅうと抱き締められてしまった。更に両脇から黒く大きな翼も加わり、ふわりと包み込まれる。
「わっ、わっ」
「どうですか? 少しはあったかくなりましたか?」
 なるほど、どうやら私を暖めるためにこうやって抱き付いているみたい。突然だったからびっくりしちゃった。
 で、効果の方はと言うと、お空の体温もあってかとても暖かい。でも、それ以上に何というか、落ち着く。ホッとする。
「……うん、暖かいよ。お空」
「それなら良かったです。こいし様が暖まったら、お散歩行きましょうね」
「ん……、じゃあ、もう少し……」
「はーい」
 それから暫くの間、お空に包まれながら二人で雪景色をぼうっと眺め続けた。その間に会話は無かったけど、気まずさは感じなかった。冷えた空気と静寂を味わうような、そんな沈黙。
 その後、お空にいっぱいの暖かさを分けて貰った私はお礼となでなでをもう一度して、いざ鯛焼きと人里へ向かった。
 それで、いかにも歴史がありそうな外観の、おじいさんとおばあさんがやっているお店のものを買ったんだけど、それが美味しいのなんの。
 お空も一口食べた瞬間に笑顔になって、それを見たら私も何だか笑っちゃって、お店の人達もそんな私達を見て笑ってて。
「ふぁれ? こいし様どうかしましたか?」
「んーん、やっぱりお空は太陽なんだなあって」
 だってお空がいるだけで、こんなに暖かくなるんだから。





 ひらり、ひらり。
 桜の木の枝が風の流れに合わせてその身をそよめかせ、薄い桃色の花弁を落としては地面に彩りを添える。
 春の風物詩である桜はまだ八分咲きと言ったところで、満開には一足早かったもののそのことはあまり気にしていなかった。
 だって、今はそれ以上に気になるものがあったから。
「あれ、こっちだったはず……あ、居た居た」
 その気になるものとは、私の数メートル先を軽い足取りでひょいひょいと歩いて行く、赤みがかった黒色をした一匹の猫。
 その猫は普通の猫とは違い、尻尾が二本に分かれているけども驚きはしない。だってあの猫はお燐だもん。猫違いなどではなく、人の姿から猫の姿に変わるところをばっちり見たんだから間違いない。
「おっとっと、あんまり近づかないように……」
 では、ペットかつ家族でもあるお燐に対し何をしているのか? 何を隠そう、尾行である。うーん、探偵みたいで格好いい。
 では、何故そんなことをしているのか? 事の発端は数十分前に遡る。
 今日はなんともタイミングが悪い日で、紅魔館に行けばフランちゃんはお姉さんと、命蓮寺に行けばぬえちゃんはマミゾウさんとの先約があるとのこと。あてが外れた私はさてどうしたものかと命蓮寺を後にしたのだけど、その際お寺のそばのお墓から、人里の方へ歩いて行くお燐を見つけたのだ。しかし、少々距離があったせいかお燐の方は私に全く気付くこともなく、そのまま脇道の方へとてくてく歩いて行ってしまった。
 せっかくだし追いかけて一緒にと思い、足を踏み出そうとしたその直前、あることを閃いたのだ。
 こっそりついて行っちゃおう、と。
 だって、お燐は私に気付いていないのに私はお燐に気付いている、それも私の能力は関係無く偶発的に。そんな状況が珍しく、かつ楽しそうだと思ったから。
 とはいえ、無意識を利用するんじゃ普段と何も変わらない。なら、能力は使わずにこっそりこっそりと。
 それからこっそりこっそりこっそりと跡をつけているのだけど、なかなかホシは脚を止めなかった。
 通りから外れて路地に入ったかと思えば猫の姿になって塀の上を歩いたり、まるで倉庫のようになっている廃屋の中を通り抜けたりともう大変。でも楽しい。
「で、あそこを右と……」
 前方を歩くお燐が曲がった角を、少し遅れて私も曲がる。すると、人里の外れにでも出てしまったのか開けた場所に出た。
 しかしここがどこかなんて関係無い、お燐を探さないと。そう考え行動するよりも早く、私の目と心はその空間に広がる風景に奪われてしまった。
「わっ、凄い……」
 中央にどんと一本大きく鎮座する桜の木。
 その根本近くに添えられた、簡素な古いベンチ。
 そしてそれらを囲うように存在する、使われているんだかよく分からない畑。
 ただ、それだけ。それだけの光景。だけど、その桜の佇まいがあまりにも堂々としていて、ここは私の庭だ、と言っているようにすら感じてしまうほどだった。
 桜を、ベンチを、周りの畑をゆっくりと見渡していると、あることに気付く。
 ベンチの上で私が追いかけ続けた猫が一匹、毬のように丸くなっているではないか。……いいなぁ、気持ちよさそうだなぁ。そういえば、満開じゃなくてもいいやとか言ってた気がするけど、あれ嘘だったなぁ。この桜が満開なところ、見たかったなぁ。
 と、ぼーっとしてしまったことと見通しのいい空地に出てしまったことが重なり、とうとう尾行もばれちゃったみたい。
 お燐は素早く体を起こすとぴょんぴょんと跳ねるように私の前まで来て、お墓近くに居た時と同じように人の姿になった。
「こいし様、どうしてこんなとこ……って、ああ、葉がこんなに……」
「え? あらら、これはこれは」
 お燐の視線を追う様に自身のスカートを見ると、いつの間にやら葉っぱまみれになっていた。言われるまで全く気付かなかったや。そういえばここに来るまでに、背の高い茂みをいくつか通ったからねえ。
「少しじっとしてて下さい。綺麗にしますので」
「わざわざいいよ。気にしてないから」
「あたいが気にするんです。主人の妹様を汚したままというのはどうにも」
 お燐はそう言ってしゃがむと、スカートに付いた葉っぱを軽く叩くようにして払っていく。
 中にはスカートに引っ付いてなかなかしつこい葉っぱもあったけど、それらは一つずつ丁寧に摘まんでは落としていった。
「しかし、何故こんなところに?」
「お燐、今日命蓮寺のお墓に居たでしょ」
「えっ? はい、確かに居ましたけど」
 スカートを整えられつつの問いに答えにならない回答をすると、お燐は驚き、手と言葉を一瞬詰まらせた。そうそう、そういう反応が見たくて隠れてたのよ。
 だけどそれ以降は普通に言葉を続けると、お燐は私の後ろに回ってスカートの後方を整えていく。
「実はね、お燐がお墓を出て行った時、私も命蓮寺を出たところだったの。で、つけてきちゃった」
「つけてきちゃったって……。あたいを尾行して楽しいですか?」
 そしてさっきの質問への答えを返したけども、尾行していたことに対する驚きよりも何でそんなことを、という疑問の方が大きかったみたい。そこはちょっと残念。
「うん。とっても楽しかったよ」
「……まあ、こいし様が良いのであれば構いませんが……」
 私の感想に対し、お燐はやれやれといった様子。その後、立ち上がって私の周りをぐるりと一周して最後にスカートを整えると、終わりましたよ、と満足げに微笑んだ。
「ん、ありがと」
「いえいえ。それはそうと、その巾着は一体?」
「巾着? あっ、そうだ! ちょっと待っててねー。お燐にも分けてあげるから」
 お燐を追いかけるのに夢中になっちゃって、指摘されるまですっかりこれの存在を忘れていた。
 右手に下げていた巾着の口を開け、中に入れていた物を取り出す。それは、白い厚紙で作られた小さな箱。蓋の中央に筆で『命蓮寺』ととても上手な字で書かれたそれを更に開けて、その中身をお燐に大公開。
「じゃーん」
「おや、桜餅ですか?」
 箱の中に入っていたのは、桜の葉に包まれた桃色のお餅が三個と、一本の松葉串。今まで散々歩き回ったものの、仕切り板できっちりと区切られていたお蔭で中身は殆ど崩れていない。
「うん。命蓮寺のみんなのお手製で、本当は売り物なんだけど、聖さんがおやつにどうぞって。ぬえちゃん曰く、信者さん達にすっごく人気らしいよ。すぐ売り切れちゃうとか」
「……あのお寺は色々とやってますねぇ」
「美味しいことなら大歓迎だけどね。それじゃ、あそこで食べよっか」
「了解です」
 ついさっきまでお燐が丸くなっていたベンチを指差し提案すると、お燐は頷きと同意を返す。
 そして、二人並んでベンチに腰掛け、頂いた桜餅を膝の上に乗せて改めて目を向ける。
「えっと、三個だから一個半分にして……」
 という訳で一緒に入っていた串で桜餅を綺麗に一刀両断! したつもりだったけど。
「ありゃ」
 片方が明らかに大きい。六対四……いや、七対三の方が近いかも。だって、柔らかいし葉っぱもあるしで切りにくいんだもん。ただ、餡子が溢れ出たりしていないからまだ大丈夫。
 とはいえ、大きい方を更に分けても切りが無くなりそう……。仕方無い、さっきお燐が言ったように私はお燐の主人の妹なんだから、ここは私が小さい方を。
「あたいはそちらで構いませんよ」
 お燐は三の方を指差し、軽く笑う。
「それじゃあお言葉に甘えて」
 本当にお燐はいい子だ。お姉ちゃんが頼りにするのも頷ける。主人の妹としての威厳を見せるのはまた今度。
「そうだ、なら串はお燐が使っていいからね」
 その代わりになるかは分からないけど、串はお燐に譲ろう。私のスカートを払った手で食べさせるのも悪いし。
 私はまず七の方を口に放り込んでから、私とお燐の間に桜餅の入った箱を置く。
「ふぁい、ほーほ」
「ありがとうございます。では頂きますね」
 お燐は仰々しくお礼を言うと、三の方に串を刺して一息に食べた。それを見届けたところで、私も口内の桜餅に意識を向ける。
 ねちっとした柔らかなお餅を葉っぱごと噛む。まずは葉っぱのしょっぱい味が舌に広がるけれど、直ぐにお餅の中から溢れたこしあんの餡子の甘味も加わり、それぞれを引き立てあう。そして鼻孔を吹き抜ける桜餅独特の香り。たまらない。
 これは今まで食べた桜餅の中でも上位かも。
「うん、美味しいね、これ」
「そうですね。お寺製と言うのが信じられないくらいです」
 お互いに感想を言い合い、次の桜餅に手を伸ばす。その際にお燐から、串を先に使って頂いても構わないのですが、と言われたもののそれはきっぱりとお断りした。私に二言は無い……予定。
 お餅を包む葉っぱを掴み、二口に分けて食べる。うん、やっぱり美味しい。今度はお姉ちゃんとお空の分も貰……買ってきてあげよう。
 食べ終えた後は二人でご馳走様。これは大事なことだよね。
 そんな風におやつを終え、お茶なんか欲しいなあと考えているとお燐から私に質問が飛んできた。
「して、こいし様はこれからどうするんですか?」
「これから?」
 これから、これから……。何にも考えてなかったや。そもそも予定が無いからここまでついて来たんだし。
「んー……。することーしたいことー」
 腕を組んで桜を下から見上げながら考え込む。枝葉の隙間からは、雲の少ない青空が覗く。
 あ、そうだ。
「ねえ、お燐。猫の姿になって、私の膝に乗ってみてくれない?」
「……はい?」
 私の返答にお燐は戸惑うような顔を浮かべ、大きな疑問符が付いていそうな返事をした。
「したいこと。お燐を撫でながら、ゆっくりしたいかな」
「はあ、なるほど、そういうことですか。……では、失礼しますね」
 なのでその疑問符を取り除くべく私の意図を伝えると、お燐は理解半分困惑半分といった感じで了承し、あっという間に人の姿から猫の姿になった。
 そして、私の膝に上にするりと飛び乗ったのだけど、腰を下ろしたりはせずにピシッとしたまま姿勢を崩したりはしなかった。
 ……これは、違う。
「そんなに固くならなくていいよ。別に取って食べたりしないからさ。ほら、お腹も膨れてるし」
 お腹を叩きながら冗談っぽく笑顔で言うと、お燐も笑ってくれたのか小さく鳴いた。
 それからおずおずと体を丸め始め、ここで最初に見たときと同じように毬みたいに丸くなる。
 そんなお燐の体に手を延ばし、頭、首の後ろ、背中と、毛を整えるように手を滑らせていき、尻尾の根本辺りを終点にして優しく撫でる。それを何度か繰り返した後、次は顎の下に指をやって少し強めに撫でる。
「気持ちいい?」
 さっきよりも緩んだ表情のお燐に尋ねると、応えるように間延びした鳴き声を上げた。
「気持ちいいってことでいいのかな? 私も気持ちいいよー。良い毛並だねー」
 よく手入れされた毛はとってもふわふわしてて、いつまでも撫でていられそう。
 膝の上に座るお燐も、私達を包む緩んだ空気も程よく暖かくて、穏やかで。まるで時間が伸びていくような、そんな感覚。
 あれ? お燐を撫でているはずの右手が、重くなってきた気がする。今日はいつも以上に歩き回ったから疲れちゃったのかなあ。それに、なんだか瞼が――。

「おや、お目覚めですか?」
 ふと気が付くと、私はお燐に膝枕されていた。枕ではないものの、していたのは私だったと思ったけど。
 視界が妙にぼやけているため、目を擦りながら辺りを見回して今の状況を確認する。
 お燐はベンチに座っている。私は横に転がっていて、お腹の上にはお気に入りの帽子が一つ。私を覗き込むお燐を見上げると、頭の後ろには大きな桜の木が見えて、さらにその奥では青かったはずの空が橙に染まっている。
 ……ということは。
「私、寝ちゃってた?」
「はい。それはもうぐっすりと」
「そっかぁ……。 お燐ってやっぱり、猫なんだねー」
 私はお燐を見上げたまま前方に手を延ばして、トレードマークでもある三つ編みの、リボンで結ばれた箇所から下に溢れた髪を指先で弄る。さらさらしていて気持ちいい。
「やっぱりって、突然どうしました?」
「いや、再確認したの」
「再確認ですか……。因みに、今まで何だと?」
「んー、犬?」
 髪を弄りながらそう答えると、お燐はやんわりと苦笑した。
「犬ですか?」
「だって、普段はきびきび動き回って真面目で、お姉ちゃんに忠実な右腕って感じで犬っぽいなって。 ほら、今も一瞬嬉しそうな顔したし」
 お姉ちゃんの右腕って言った時にお燐の頬が少し緩んだのを見逃したりはしない。今日の私は探偵だもの。
「あ、いや、これは……」
「でも、今日追っかけてたらやっぱり猫なんだなぁって。狭い道もひょいひょい進んじゃうし、こういう穴場みたいなところも知ってるし。あ、あと、暖かくて柔らかくてふわふわしてたし」
「うーん、分かるような分からないような……」
「あはは、ま、そうだよね」
 私の思う猫のイメージを伝えては見たものの、お燐にはあまりピンと来ていないみたい。そりゃそっか。私だって『さとり妖怪ってこんな感じでしょ?』って言われたって困っちゃうもの。
「あ、でも、それを言うならこいし様も猫ですね」
「そうかな?」
「はい。暖かいし、柔らかいし、ふわふわしてます」
 お燐は私の髪を触れるか触れないか程度に優しく撫でながら、一つ一つ言葉を紡ぐ。
 そして、にっこりと満面の笑顔を向けた。
「それに、あたいに付いて来れたんですからね。素質十分です」
「ホント? お燐が言うなら、間違いないね」
 だったら猫らしく、今はお燐の膝枕をたっぷり楽しんじゃおうっと。





 みーん、みーん。
 照りつける日差しから私を守ってくれているこの木からか、それとも隣の木からか、はたまた辺り一帯全ての木からか蝉の鳴き声が響き続ける。
 ここ博麗神社は周りに木が沢山生えていることもあり、その声が途切れることは無い。
 だけど私の目の前には、そんな喧騒に負けるかと言わんばかりに太鼓と琵琶と琴の音を振り撒く櫓が、どすんと鎮座している。
 その櫓は正方形の下段と、その下段の中心から塔のように細長く伸びる角型の上段とで作られていてなかなかに大きいけれど、今は幕も何も掛かっていないからとっても質素だ。しかし、今はまだ質素なままでも大丈夫。
 そして、そんな櫓の頂上では、両手に持った扇子と長い桃色の髪を振りながら、涼しい顔で舞うキレイな女の子が一人。
 そう、一人。櫓の上は勿論、辺りを見回しても楽器の演奏者らしき者は全く見当たらない。
 それでも楽器達の音色は櫓を中心に確かに響き渡り、私の耳にも届いている。まあ、私は何でそんなことが出来るのか知ってるけどね。
 程無くして演奏が止むと、それと同時に頂上のキレイで無表情な女の子もピタリと動きを止める。そのまま五秒程じっとしていると、辺りからぱちぱちとまばらな拍手。私もぱちぱち。
 それに対してかキレイで無表情かつお面な女の子はぺこりと一礼する。そして、扇子を丁寧に閉じて、しゃがみ込んで何やらごそごそとし始めた。多分片付けでもしてるのかな。
 五分もしないうちに再び立ち上がると、上段の隅に備え付けられた地上への階段へ向かい、とんとんと降り始めた。
 そこで私も木陰から櫓へ向かって移動開始。目的地はその階段の終端。
「こころちゃん、お疲れ様ー。上手だったよー」
「ん、こいし。見てくれてたんだ」
 階段を降り終えたこころちゃんに、さっきの舞いへの労いと感想を伝える。どうやら私が居たことには気付いてなかったみたい。
「ふふふ、頬が赤いけど、もしかして私が見てたって言ったから照れてるのー? それが照れるの表情?」
「照れてない。暑かっただけ」
 からかうようにそう言うと、こころちゃんは汗の浮かんだ顔を崩さないまま、あしらう様に淡々と否定されてしまう。
「もう、分かってるってば。はい、これで汗でも拭いて拭いて」
「ありがとう、こいし。でも、それ私がたった今まで持ってたタオルなんだけど、いつの間に取ったの?」
 こころちゃんは手渡された白いタオルを受け取り、お礼を言う。その次の言葉は知らなーい。
「気にしない気にしない。ここじゃ暑いし、木陰にでも行こうか」
 その提案にこころちゃんはタオルで額と目元を押さえながら無言で頷いたので、私がここに来る前に居た木陰に二人で向かい、並んで腰を下ろす。
「ところで、今日は楽器の人達いないんだね」
「雷鼓達のこと?」
「うん。何かあったの?」
 この間見に来たときは太鼓やらの楽器を演奏している人達がいたのに、何で今日はいないのかな。
「今日は人里の方に宣伝に行ってるからね。もう本番も近いから」
「なるほどー。大変だねえ」
 本番、とこころちゃんが言ったのは、数日後に博麗神社での開催が控えた、夏祭りのことだ。
 その夏祭りのイベントの一つに、付喪神のみんなが集まっての出しものがあるのだけど、それがさっきの舞踊と楽器演奏だ。そういえば、それには出ない傘のあの子は、『私は宣伝部長!』とか言ってたっけ。すごく張り切ってたなあ。
「でも、私は少しでも練習しておきたくて。だから今日はラジカセ、って言うんだっけ。それ使ってた」
「河童さんお手製のあれだね」
 こころちゃんはタオルで目元を覆ったまま、こくこくと頷く。やっぱりね。
 そして顔を上げると、ふぅ、と小さく息を吐いた。
「あ、こころちゃん。首元の右あたり、まだ汗浮いてるよ。私が拭こうか?」
「いや、大丈夫」
 私が指差したところをこころちゃんは目で見やると、首元全体を改めて拭き直し、そのまま首にタオルをかけるように巻き付けた。マフラーみたい。
「でも、もう夏祭りも近いんだねー。もう屋台の準備してる人もいるし」
「うん。あの人たちはあの人たちで、調理場とか大物設備の調整で色々忙しいみたい。中には、ほら、あんなのも」
 こころちゃんが指差した方では、屋台の設営をしている人達に飲み物を売っている人の姿が。
 その容姿は青い服に緑の帽子、背中には大きなリュック……って、あれ河童だよね。相変わらず商魂たくましい。
 ……冷たい飲み物かあ。
「そうだ、喉渇かない? 何か貰って来るね」
「え、でも私お金持って無いよ?」
「大丈夫大丈夫。貰って、来るから」
 こころちゃんにわざと言葉を区切って返事をすると、彼女は無表情ながらいかにも訝しげな眼で私をじーっと見つめる。
「まさか、盗む気じゃ」
 ……私ってそんなイメージなのかなあ。
「しないしない。ま、こころちゃんはここで座って待っててよ」

「貰って来たよ。はい、こころちゃんの分」
「あ、ありがとう」
 戦利品のラムネをこころちゃんに手渡して、再び隣に腰を下ろす。
 こころちゃんは受け取ったラムネを、私が貰って来ると行った時と同じような眼でじーっと観察し始めた。
「……普通のだよね、これ。不良品とかじゃなくて」
「普通のだよ。瓶に傷があるとか、中身が少ないとか、しゅわしゅわしないとかじゃないよー」
 私もこころちゃんみたいに眼前に瓶を持ってきて、よーく見る。
 ほんの少し前まで氷入りの水桶に浸かっていたお蔭で十二分に冷えたそれは、浮いた水滴とガラス瓶に光が反射してきらきらと輝いていて、少し眩しい。
「じゃあ、どうやって貰って来たの?」
「簡単だよ。『夏祭り当日、お姉ちゃん達みんなで買うから二本頂戴』って。あ、でも最初は渋ってたよ。だけど、ラジカセのこと褒めたらすぐにくれた」
「……あー」
 自分の特技や技術を褒められるのは嬉しい。それがたとえ素人の言葉でも。そのことはこころちゃんにも心当たりがあるみたいで、納得しながらも気の抜けたような声を漏らす。
「そうそう、当日ここに来るのは本当だからね」
 何てったってこころちゃんの晴れ舞台だもん。お空とお燐は付いて来てくれるだろうし、お姉ちゃんは引きずってでも連れてくる予定。絶対に。私に二言は無い。
「さ、ネタ晴らしも終わったことだし、早く飲もうよ。もう限界だよー」
「ん、そうだね。飲もうか」
「よーし、それじゃ準備しなきゃね」
 まずはラムネの飲み口に付いた包装を剥がして、それに付属している栓抜きを外す。そしてその栓抜きで蓋のビー玉をぐっと押し込むと、軽い音と共に無数の泡が生まれては弾け、爽快感のある音を奏でだす。
 これ下手しちゃうと中身が溢れちゃうんだよねー。こころちゃんの方はと言うと……うん、大丈夫みたい。
 二人して飲める状態になったところで、早速口にぐいっと……の前に、こころちゃんが持っている瓶に向かって、私の瓶をぐいっと突き出す。
 それを見たこころちゃんは始めは首を傾げたけれど、私が瓶を少し揺らすと意図が伝わったのか、ニッと口角を上げて自分の瓶で私の瓶を軽く叩く。
 そんな瓶同士での乾杯をした後、二人一緒に一口目を頂いた。
 瞬間、私を満たしたのはすっきりとした爽やかな甘さと炭酸特有の刺激的な喉越し。炎天下の中、キンキンに冷えたラムネを飲む。ああ、なんて贅沢なんだろう。
 炭酸だから一気には飲めないけれど、一口、また一口と飲む手は止まらず、私達は瞬く間に飲み干してしまった。
「あー、美味しかった。ご馳走様でしたー」
「ご馳走様でした」
 その無くなるまでの速さたるや、カラカラに乾いた砂の上に落ちた水のよう、はちょっと言い過ぎかな。
 さて、空になったラムネ瓶だけど、これにはまだ価値があるんだよね。
「ねえねえこころちゃん。こころちゃんはそのビー玉、集めてたりする?」
「え? いや、特には」
 こころちゃんが持ったままのラムネの空瓶を指差して聞いてみると、一度瓶を揺らしてビー玉を響かせた後、首を横に振る。
「なら貰ってもいい? お空にあげるんだー」
「お空さんに?」
「うん。こういうキラキラしたの好きなんだよね。やっぱり烏だからかな」
 でも、一番キラキラしてるのはそういう物を見てる時のお空の眼なんだけどね。因みにこの意見にはお燐もお姉ちゃんも異議無しとのこと。
「そうそう、ラムネのビー玉と言えばこの間ちょっとしたことがあってさ。お燐がお姉ちゃんにお使いを頼まれたんだけど、それに私とお空も一緒に付いてって、帰りにおつりで三人分買ったの、ラムネ」
 と、私がここまで話すと、こころちゃんはえ、と小さく声を上げた。
「勝手におつり使っちゃっていいの?」
「いいのいいの。お姉ちゃんも私がついてったら余計なもの買うって分かってるし、ちゃんとお姉ちゃんへのお土産も買ったから」
「ふーん……」
 確かその時は水ようかんを買ったんだっけ。ラムネだと温くなっちゃうかもしれないってことで。
 まあ、結局四人で食べたんだけどね。
「でね、その時もビー玉をお空にあげようとしたんだけど、蓋を外さないで瓶を割って出そうとしたの。そしたら、お燐に怒られちゃってさ。『危ないのでちゃんと蓋を外してくださいっ』って。あれはびっくりしちゃった」
 私は近くにあった石を掴んで、瓶にぶつけるように手を振る。勿論、本当にぶつけたりはしない。危ないもん。
「だから、こころちゃんもめんどくさがって割ったりしちゃ駄目だよ」
「……ふふっ」
 そう話を締めくくって石をポイと捨てると、こころちゃんは声を漏らすように小さく笑う。
「どうしたの?」
「こいしは本当に地霊殿のみんなが好きなんだね」
 その理由を尋ねると、少し楽しそうに、嬉しそうにそう答えた。……地霊殿の、みんなが、好き。
「……え、ええっ!?」
 つい、結構大きな声を出しちゃった。
 確かにお空にはビー玉を二つともあげるつもりだけど、確かにお燐の言いつけは守らなきゃと思ってるけど、確かにお姉ちゃんにだけ何もないのは悪いと思ってお姉ちゃんの分も買っていったけど。確かに、地霊殿のみんなは大切な家族だけど。
 改めてそう言われると、何故かすごく顔が熱くなってしまう。
「違うの? だって、いつもとても楽しそうに話すんだもん」
「い、いやっ、それは、その……」
「あ、それが照れるの表情?」
 今の私の表情なんて、自分では分からない。分からないったら分からない。
 唯一分かるのは、今のこころちゃんの表情は間違いなく、意地悪の表情だってこと!





 ざくり、ざくり。
 妖怪の山の麓を、あても無くただただ歩いて行く。辺りを見回せば紅葉した木々が雑然と広がり、足元に目を向ければ木から零れた葉がひしめいていて、まるで落ち葉の絨毯のよう。
 赤、茶、黄、灰、緑と数えだしたらきりがないくらいの色に溢れたそれは、僅かな風や私の些細な仕草で次々と模様を変えていく。
 絶えず移り変わるその様はまるで万華鏡のようで美しいけれど、過ぎた模様をもう一度見ることは叶わない。
 でも、だからこそ美しいのかも知れない。うんうん。
「こいし、歩き始めて結構経つけど、まだかかるの?」
「え? かかるって?」
 センチメンタルな気分にどっぷりと浸っていた私を引き上げたのは、私の少し後ろを歩くお姉ちゃんの声だった。もう、せっかく秋っぽい雰囲気だったのに。
「……起き抜けに地上まで連れて来た上、『いいから私についてきて』と貴方が言うから黙ってついて来たのだけど、何処か目的の場所があるわけじゃないのかしら?」
「いやー? 特に無いよー」
 そう言って振り向くと、お姉ちゃんは誰が見ても呆れていると分かるような顔を浮かべた後、静かに息を吐いた。
「……そう。てっきり、紅葉の名所でも探しているのかと思ったのだけど」
「名所? ちっちっち、甘いよお姉ちゃん」
 私はお姉ちゃんの隣に並んで、その顔先で指を左右にふりふりした後、ビシッと突きつける。
「秋は全ての場所が名所になるんだよ!」
 ……決まった。掛け値なしに。その証拠にお姉ちゃんも何も言わず、固まっている。きっと感動しているんだわ。
 と思ったら、突然くすくすと笑い始めた。
「こいし、それは誰の受け売りかしら?」
「え?」
「それ、誰かから聞いた言葉でしょう? そうね、秋の神様、ってところかしら」
 これはびっくり。まさか受け売りであることも、誰から聞いたかも言い当てられちゃった。
「凄いねお姉ちゃん、どっちも正解。よく分かったねー。あはは、決まったと思ったのになー」
「ふふ、分かるわ。……そのくらいは、ね」
 言い当てたことをどこか自慢げに話すお姉ちゃんが、呟くように付け足した言葉。その言葉にどこか含みがあったような気がするのは間違いじゃないと思う。
 それと、少し落ち込んだように見えたのも。
「えいっ」
「きゃっ」
 だから、無意識に。そう、無意識の内に私はお姉ちゃんの手をぎゅっと掴んで、そのまま後ろに倒れ込んだ。
 私達の体を落ち葉が受け止めると同時に宙に葉が舞い上がり、再びひらひらと地に帰って行く。
「ごめんね、痛かった?」
「だ、大丈夫よ。少し驚いただけ」
 髪から服まで落ち葉まみれになったお姉ちゃんの顔を覗き込むと、落ち込んだような表情は消えていた。その代わり、目をパチクリさせていたけれど。
 でも、自分でも何でさっきの顔がそんなに嫌だったのかは分からない。お姉ちゃんが伏し目がちになるのなんてしょっちゅうなんだけどなあ。まあいいや。
「お姉ちゃんは紅葉の名所とか行きたかった?」
「いや、ここでも十分よ。……ええ、とても綺麗だわ」
 お姉ちゃんは静かにそう言うと、額に乗っていた手の平より一回り小さいくらいの赤い葉を取って、口の端を僅かに上げて笑った。
「そっか。うん、それなら良かった。ねえねえ、お姉ちゃんはどこか行きたいとこ、無いの?」
「私? ええと、そうね……」
 紅葉を楽しんでもらえたところで、次に行きたい場所を尋ねてみる。そして思案すること十秒、二十秒、三十秒。
 ……長い。
「なんにもないの? せっかく地上に来たのにー」
「……そもそも、私は殆ど無理矢理に連れ出されてきたと記憶しているのだけど? だから、急に聞かれても直ぐには思い浮かばないわ」
「知らなーい」
「全くもう……」
 お姉ちゃんの嫌味な攻撃は、そっぽを向いてひょいっとかわす。
「もうは私の言葉だもん。お燐言ってたよ、お姉ちゃん夏祭り以来外に出てないって。多少は仕方ないとはいえ、出不精すぎるのも心配だって。また体力が落ちてすぐ調子崩すんだろうなって」
「うっ……」
 かわした後は畳み掛けるように反撃。
「お燐もお空も、他のペットのみんなも心配してるんだよ」
「ううっ……」
 地霊殿のみんなで反撃。
「勿論私も心配してるんだからね」
 最後に私も反撃。
「……分かったわ。今日は一日貴方に付き合ってあげるし、私の行きたい場所もちゃんと考えるから」
 私プラス地霊殿ペット全員対お姉ちゃんは見事私達の勝利。
 わーい。かいかーん。
「じゃあじゃあ、どこに行くどこに行きたい?」
「そうねえ……。それじゃあ、今までこいしが地上で見たもの、行ったところを私も見て、行きたいわ」
「えー? それでいいの?」
 そんなの、面白いのかな。
「ええ。 それがいいわ」
 深く頷いて、目を細くして微笑むお姉ちゃん。なら、それでいっか。
「それなら、まずはあの和菓子屋さんに行って、それから……。 よーし!今日はいっぱい歩くからねっ、お姉ちゃんっ」
 そうと決まればすぐさま体を起こして立ち上がり、お姉ちゃんの手を取り引っ張る。転んだままだったお姉ちゃんは私の手をしっかりと握り返して、ゆっくりと起き上がった。
「あ、あと、今日はお姉ちゃんの奢りねっ」
「はいはい、分かってるわ。 そのくらいは、ね」
 そして、私の言葉への返事の後にそう付け足した時のお姉ちゃんの顔は、私の大好きな柔らかな笑顔だった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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コメント



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2.100名前が無い程度の能力削除
 楽しませて頂きました。
3.90名前が無い程度の能力削除
とても穏やかで良い雰囲気でした。素敵な作品だと思います。
4.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです