Coolier - 新生・東方創想話

死体探偵「トラスト・ユー」

2016/06/06 00:10:08
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 どんよりと曇った空が人々から天道を隠すべく里に覆い被さっている。嫌な空だ。訳もなく不愉快になってしまう。こういう日には家に引きこもって本でも読んでいるに限る。が、私は大人なので、そうも言っていられない。仕事は待ってくれないからだ。
 星鼠亭の売り台に座っていると、この空と同じ顔色の女がやって来た。
 またか。
 私は付けかけの帳簿を閉じ、耳を塞いで奥に引っ込もうとしたが、
「待ってくれ」
 弱々しいその声を聞いて、仕方なく振り返った。
 目に見えて憔悴した様子の上白沢慧音が、時雨を零しそうな顔で売り台に手を付いている。
「やめろ」私は突き放すように言った。「私を頼るな。私は死体探偵だぞ」
「頼む」
「駄目だ」
 私は首を振った。
 上白沢慧音の要件は、どうせ一つしか無い。
 今。この人間の里で頻発する事件がある。
 神隠しである。
 それもただの神隠しではない。山中や森中に分け入った訳でもなく、里中から忽然と人間が居なくなるのだ。ある例では、目の前で話していた人間が瞬きする間に消えた事があるという。
 これだけ聞くと犯人は疑う余地なく八雲紫だと思うだろう。八雲紫が自在に支配する認識と空間の断裂、いわゆる隙間を使えば、神隠しなど赤子の手を捻るようなものだからだ。実際、そう疑念を口にする者も多い。
 だが、私は紫を知っている。彼女はこんな事はしない。自分で作った自分の庭を好き好んで荒らす馬鹿などいない。もう少し理性的な言い方をすれば、人里で神隠しをした所で、八雲紫にはなんのメリットも無いのである。幻想郷最強の妖怪、八雲紫の雷名は、既に天下に轟いているのだから。
 紫以外の誰かが、この神隠しを行っている。何らかの目的を持って。
 脳裏にちらつくのは、賢者達という言葉である。
「君は被害者が生きている事を信じると言った。私もそれを信じた。だから私は、君に手を貸す事はない」
 半獣半人の妖怪、上白沢慧音はこの事件を食い止めようと躍起になっている。上白沢慧音は人間の里唯一の学府である、寺子屋の教師だ。しかし彼女はその役目を超えて、真に人間の味方として、時に妖怪と戦う事すらある。彼女は人間の里の守護神だ。
 だが私は、彼女に協力などしない。
 私の汚れた手を差し伸べて良い相手ではないのだ。
「帰ってくれ。今日はもう店仕舞いにする」
 私は店のシャッターを下ろそうとロッドを手にしたが、次に慧音が吐いた言葉は私の動きを止めるのに十分な驚愕を含んでいた。
「脅迫状が来たんだ」
 脅迫状。
 私は眉をひそめた。
 妖怪の神隠しで脅迫状とは。短絡的で知恵の足りない有象無象共の考えつく事では無い。
「天狗か河童か、それとも地底の連中か」
 それは知恵を持ち、組織立った連中のする事である。
 断るまでもなく、天狗や河童達も神隠しを行う。妖怪は人を攫い、人を喰らい、人を殺すものだからだ。
 が、有象無象共の行う単なる捕食行為とは異なり、彼らのそれは政治的活動として行われる。人質の命と引き換えに、人間に対して要求を行うのだ。山への開発が進み過ぎれば天狗が神隠しを行い、川が汚染されれば河童が神隠しを行うという具合である。その行為は各々の妖怪と里の人間とが結ぶ条約によって認められている。力のある妖怪は、人里を無闇に襲わない代わりに、定期的な神隠しを行うのである。人里への影響力を保つ為に、そして何より、妖怪を妖怪たらしめている力、人間達の畏怖を手に入れる為に。
「しかし、この時期に奴等がそんな事をするとは思えんが」
 下手人不明の神隠しが頻発しているこの時期に、わざわざ人里を刺激するような真似をするとは思えない。過ぎたる恐怖は畏怖よりも敵意を煽るものだ。人間達が捨て身になって戦争を仕掛ければ、困るのは妖怪達なのだ。
「脅迫状には、身代金の要求が記載されていた」
 ……まさか。
「人間か」
「分からん」
 慧音は首を振った。
「そうである確証も無い」
 私は溜め息を吐いた。
「是非にも及ばん。身代金を払え」
「相手が天狗ならそうもしよう。だが、相手が見えない。被害者が無事かすらも分からん。一刻も早く、探し出したいんだ。お前の力を貸してくれ」
 慧音は頭を下げ、必死に懇願している。が、私は自分でもぞっとするような冷たい声を出した。
「駄目だ。他を当たれ」
 私は売り台を飛び越えると、手にしたロッドで星鼠亭のシャッターを下ろした。
「待ってくれ」
 慧音は私の肩を掴んだが、私はその手を打ち払った。
「私は死体探偵だ。手を貸さない事が君に対する最大限の敬意だと理解して欲しい」
「しかし」
「くどい。二度とここへ来ないでくれ」
 慧音の悲しい視線を背に感じながら、私は里中へと歩き入った。
 その足で、私は里の外れのあばら屋に向かった。
 戸を叩くと、あばら屋の主が顔を出したが、私の姿を認めるとその顔はすぐに歪んだ。
「げぇっ、小鼠!」
「赤蛮奇、少し聞きたい事があるんだが」
「え〜っ、困るしぃ」
 赤蛮奇は焦ってキョロキョロと周囲に目をやった。飛頭蛮という妖怪である事を隠して、赤蛮奇は人里でひっそりと隠れ住んでいる。死体探偵と関わるなんて悪目立ちをしたくないのだろう。
「も〜、どっか行ってよぉ」
 ぐいいと私の体を押す赤蛮奇だが、私は退かなかった。私がどうしても退かないと知ると、赤蛮奇は眉をくねらせ、私をあばら家に引っ張りこんだ。しめしめ、と言ったところか。
 赤蛮奇のあばら家内は質素で無駄なものが無かった。そこは弱小妖怪、生活に余裕は無いのかもしれない。土間は綺麗に掃除され、流しも片付いている。暇なのか、几帳面なのか。赤蛮奇は後者だろう。博麗神社もよく掃除が行き届いていて綺麗だが、あれは巫女が暇だからだ。
 居間に通された私は、カニの形をした座布団に座らされた。この座布団、殺風景な部屋の中で、異常に目立っている。赤蛮奇、カニが好きなのだろうか。
「これ飲んだら帰ってよ」
 湯呑みを机の上に置いて、赤蛮奇は眉をくねらせた。
「君の力を借りたいと思ってね」
「面倒事はごめんだしぃ」
「何、世間話をするだけさ、君なら人里の噂に詳しいと思ってね。もちろん謝礼もする」
 謝礼、と聞いて、赤蛮奇は頬を緩ませた。素直な奴だ。
「寺子屋での事件の事だ」
「ああ……神隠しね」
 私は頷いた。
「結構話題になっているようだな」
「そりゃね。タイムリーだし、なんと言っても、身代金要求なんてあったやつだしね」
 私も人づてに聞いた噂だけど、と断ってから、赤蛮奇は詳細を話し始めた。
 攫われたのは寺子屋幼年部の男子生徒。事件発生は一週間前で、脅迫状が届いたのは一昨日らしい。目撃者は無し。手がかりとなるような遺留品も見つかっていないと言う。被害者が生きているかどうかすら不明である。脅迫状には身代金として相当量の銀の要求があり、その要求内容から、人間の関与も疑われている。
「でもねぇ」赤蛮奇は首を傾げた。「なんとなく、違和感があるのよねえ。この時期に脅迫状とか変だし。攫われた生徒っての、私は見た事無いし」
「君は生徒達をよく知っているのかい」
「そりゃね。寺子屋ではよく人形劇とかやってるし……」
「あれ、見てるのか。生徒に混じって? 子どもが見るもんじゃなかったか?」
 私が言うと、赤蛮奇は顔を真っ赤にして、私をあばら家の外へ放り出した。どうも一言余計だったらしい。参ったな。
 約束の謝礼は後で賢将に届けさせる事にして、私は寺子屋へ向かった。
 途中、慧音が家々の壁に被害者の人相書きを貼っているのを見つけた。やつれた顔で、しかし真剣な目で。目撃情報を募っているのだろう。
 人相書きを一枚拝借し、まじまじと見てみる。下手くそな似顔絵と反比例して達筆な文字で、今回の事件のあらましが書いてあった。版画を作って量産するなどは費用がかかるので、きっと一枚一枚手で書いたのだろう。
 あれだけ手酷く断った手前、慧音には見つかりたくなかった。私は道を迂回して寺子屋に向かった。
 もはや言うまでも無いと思うが、私は今回の事件を私費で調べるつもりだった。それが私に与えられた使命だと、そう感じたからだ。
 既に授業を終えたのだろう、寺子屋には人の気配が無かった。授業を終えた後は、速やかに子供達を家に帰すのだろう。聞き込み調査を行う事は出来なかった。最近は神隠しやらで物騒なので仕方がないのだが、少しやりにくい。
 もしや森の人形師が人形劇でもやっていないかと期待したのだが、その当ても外れたようだ。寺子屋の中庭もガランとして、ただ土埃が立つのみだった。
「もし、そこのお方」
 背後からの声に振り返ると、いつの間にか一組の夫婦が立っていた。紋付袴に上等な質の振袖、なかなかの家柄だと感じる。
「死体探偵とお見受け致しますが」
「…いかにも」
 平時、かつ別の事に気をやっていたとは言え、簡単に後ろを取られた事に疑惑を覚えつつも、私は頷いてみせた。
「その人相書き」夫は私の握りしめたビラを指差した。「既に事件の事はご存知だとは思いますが」
「私共は、その子の親で御座います」
 親、か。
 私は胸騒ぎを覚えた。
「ならば、私に用は無かろう」
 誘拐された子どもの捜索を死体探偵に頼むなどと……。
 私は不快感をわざと顔に出して、両親を威圧した。
 それでも、両親は動じなかった。
「あなた様に依頼が御座います」
「あなた様に身代金の受け渡しをお願いしたいので御座います」
 妻は持っていた風呂敷包を私に押し付けた。ずしりと重い。本当に身代金を用意したらしい。
「私に?」困惑した。「何故……」
「あなた様が一番の適任でありますゆえ」
「博麗の巫女の方が適任だろう」
「いいえ。あなた様以外、託せる方はおりません」
 訳が分からなかった。幻想郷の調停者たる博麗の巫女よりも私が適任とは、一体……。
「場所は郊外の林の奥、時刻は今日、夕暮れ」
「待て。この件は上白沢慧音に伝えたのか」
 夫は首を振った。
「何故だ。半妖だと嘲っているのか。上白沢慧音は真に君達の味方だぞ」
「私共も上白沢女史を信頼しております。それ故に……」
 妻は優しく微笑んで言った。
「探偵殿。あの子の事、宜しくお頼み申す」
 そして、夫婦揃って頭を下げる。
 一陣の風が土埃を舞い上げ、私が顔を覆う内に、夫婦の姿は消えていた。私は狐につままれた気分で、星鼠亭に戻った。
 星鼠亭に戻った私は、変装を解いて、装備の補充を行った。相手が人間の場合も考えられる。退魔針は役に立たないかもしれない。最悪、小傘の仕込みロッドでなんとかするしかない。
 再び星鼠亭を出ると、曇り空の切れ目から、空が赤く染まるのが見えた。私は風呂敷包を抱え、早足で里を出、林の奥へと分け入った。
 ロッドを握りしめつつ歩いて行くと、どうにも林の中の様子がおかしい事に気付いた。普段喧しい筈の有象無象共が、今日に限って大人しいのである。
 そしてもう一つ。
 尾行するように、あるいは先導するように、幾つかの影が私の周りをちょろりと動き回っている。害意が無い事はすぐに分かったが、一体何が目的なのだろうか。私はロッドを握り締める手を緩め、いつでも戦える準備をして歩いた。
 影の先導に従って歩いて行くと、目の前に大きな岩が現れた。
 その時、雲の切れ間から赤光が降り注いだ。
 夕陽に照らされた岩の陰に、小さな子どもが座っていた。人相書きと同じ、おかっぱ頭の小さな男の子。
 子どもは私に気付くと、にっこりと笑いかけた。無事だったようだ。
「大丈夫か」
 駆け寄ろうとした私の前に、大きな影が落ちた。
 影のその背には、六つの尾が妖しげに揺れている。
「この岩は伝説の殺生石の一部と伝えられている。我々にとって大事なものだ。君も敬意を払ってくれると嬉しい、毘沙門天の使者よ」
 しわがれた老婆のような深みのある声。
 妖狐だ。
 六尾とは言え、大きな力を持つ事に変わりは無い。私の額を冷や汗が伝った。
 見上げた先には、大岩の上に佇む大きな六尾狐。白い毛並を夕陽に赤く染め、穏やかに微笑んでいる。その周囲には、まだ若く体の小さな狐が侍っている。六尾狐はこの群れの長らしい。
「あなたが神隠しの犯人か」
 妖狐はくつくつと笑った。
「まあ、そうなる」
「天狗達と同じように、人里で政争を始める気か」
「我々は奴らほど数多くはないよ」
 私は全身を緊張させていたのだが、妖狐は私を侮っているのか、気を抜いて害意の欠片も見られなかった。尾を振る調子も穏やかで、こちらの敵意を削ごうとしているのか。
 私がどうやってこの場を切り抜けるか高速で思案していたその時、私の服の袖を引っ張る者がいた。
 件の男の子である。
「これ、おみやげ?」
 風呂敷包を差して言う。
「え? あ、ああ……」
 それどころでない私が適当に生返事をすると、彼はにっこりと笑い、私の手から風呂敷包をひったくった。
「あ、お、おい! 重いぞ、危ないぞ!」
 男の子はしかし、重いはずの風呂敷包を軽々と持ち上げると、ひょいひょいと岩を登って、妖狐の隣に座った。
「ばーちゃん、おみやげ!」
 ……ばーちゃん、だって?
 まさか、あの子どもは。
「ようやく気付いたかね、毘沙門天の使者よ」
 妖狐は心底可笑しそうにくつくつと笑った。
 幻視をしてみると、男の子に獣耳と小さな尻尾があるのが見えた。妖狐だったのだ。
「じゃあ、この神隠しは……」
「里帰り、という訳だ」
 男の子は攫われた訳ではなかった。自分の足で、自分の家に帰っただけだった。つまり、男の子の神隠しなど、最初から存在しなかったのである。
「しかし、子どもが人里を出るには理由がいるのでな。特に、最近は見境無い輩のお陰で警戒が厳しい」
 下手人不明の神隠しの事だ。
「今までは他の集落に行くと言って誤魔化していたが、それも難しくなってしまってな」
「両親が同行すれば、そんな事は無いだろうに」
「あ奴らは里を守る稲荷神だ。おいそれと離れる訳にはいかんよ」
 そうか。
 そう言えば、白狐は善狐、人間の味方だったな。
「上白沢慧音は心を痛めているぞ」
 チクリとそう言うと、流石の妖狐も申し訳無さそうに身をすくめた。
「そう、だな。彼女には済まないと思っている。しかし、我々は彼女を信頼しているよ。人里での彼女の献身は賞賛に値する。孫も世話になっておるしな。きっと話せば力になってくれたとも思う。だからこそ、彼女の立場を悪くしたくなかった。人里で妖怪に与する事は重罪だろう。一方的で独善的かもしれないが、欺く事が我々の恩返しなのだ」
 その気持ちはよく分かる。私も同じ事をしているからだ。私に何かを言う資格は無かった。
 なるほど。だからこそ、慧音や博麗の巫女よりも、私が適任という訳か。
「しかし、これからはどうする。しょっちゅう神隠しされる訳にはいかんだろう」
 ホホホ、と狐は笑った。
「大丈夫だ、準備している。今度、私も人里に下りるでな。次からはいつでも会えるて」
 尾の一つで男の子の頭を愛しそうに撫でながら、妖狐は目を細めた。
 孫の為に群れを放り出すなんて、なんと言う孫バカだ。
「それに、何か困った事があれば、君に頼めばいいのだろう? 毘沙門天の使者、いや、人里の探偵よ。頼りにしているよ」
 私を見つめて、妖狐はニヤリと笑った。
 参った。
 つまりこの狂言は、私とのコネを作る為でもあった訳か。流石妖狐、老獪な物言いである。これでは怒るに怒れないではないか。
 男の子は風呂敷包を解くと、中を覗いて歓声を上げた。
「わあ、油揚げだ」
 「身代金」が油揚げとは、狐らしい。
 嬉しそうに油揚げを頬張る男の子を見て、孫バカはでろでろになっている。私は笑ってしまった。私が銀と間違えるほどぎっしり油揚げを詰めるなんて、ちょっと可愛いじゃないか。
 別れの時が来て、六尾の妖狐は寂しそうに尾をうな垂れさせていた。どうせいつでも会えるんだろうと言っても、男の子から離れようとしなかったので、私は強引に男の子の手を引いて林を出た。
 太陽がほとんど沈みかけた頃。人里に戻った私は、男の子を寺子屋に帰した。両親と慧音は寺子屋で待っていたようで、男の子の声を聞くと飛び出てきた。事情を知る両親は嬉しそうにニコニコと笑うばかりだったが、慧音は男の子に抱きついて、大声で泣いていた。凛々しく整ったその顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、人目も憚らず。影で見ていた私は胸が一杯になって、思わず少し、震えてしまった。
 上白沢慧音。
 彼女ほど情熱的で献身的、清廉にして誠実な女性はそういないだろう。聖や主の星と同様に、私は彼女に敬意を払っている。
 いつの間にか雲は晴れ、月が顔を出していた。美味いチーズを買って帰ろう。今日は久し振りに、楽しい晩酌になりそうである。


 かっなっしにみにくぅれぇたぁとぉきぃ。
 この、くぅれぇ← ってところと とぉ→きぃ の部分がいいですよね。
チャーシューメン
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