Coolier - 新生・東方創想話

小悪魔的図書館戦争

2016/05/31 12:28:51
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私、小悪魔は怒っている。
今朝、新しく図書館に届いた大量の本を、やっと全て棚に納め終わったと思ったのに。
始めのほうに仕舞った本が、もう無くなっている。
図書館の主であるパチュリー様の仕業ではない。
何故なら彼女は、本を整頓し終えたかどうか、私に必ず聞いた上で本を持っていくからだ。
それに、シリーズ物をこんな風にまばらに持って行ったりもしない。
何で「一」が残って「二」が無くなっているんだ。そして何で「三」と「四」があって「五」が無いんだよ。
ちゃんと読む気もないじゃないか。作者への冒涜だ!
犯人ならとっくに分かっている。いつもの黒白の泥棒、それしかいない。
憤慨のあまり「もうっ」と短く怒鳴ったが、怒っていても仕方がない。
詠唱を始めた。分厚い本を召喚し、開いてぺらぺらとページをめくる。
これは蔵書リストで、私が図書館にある全ての本を管理するために作ったものだ。
一冊ごとに本のタイトル、作者、製造国、出版社、ジャンル、ページ数、版型、本棚の番号を記していて、端には簡易的な目印をつけてある。
この目印がある本は、現時点で図書館に存在しているということになる。
でも、今はもうこの目印はあてにならない。

 「せっかく終わったと思ったのに……」

これから、無くなった本とリストを照合して、目印を消す作業をしなければならない。
本の管理は、司書である私の重要な仕事なのだから。


     * * * * *


 「無理よ、そんなの」
 「そこを何とか、出来ないですか?」

私は今、懇願している。
相手は図書館の主、パチュリー・ノーレッジ様。
高さのある書斎スペースで本を読んでいたパチュリー様に、あるお願いをしたのだが。

 「本棚全部に鍵をつけるだなんて、無謀もいいところよ。
  いくつあると思ってるの? 私だって把握しきれていないくらいなのに」
 「そのあたりは、咲夜さんに頼もうかと……」
 「いくら咲夜でも、そんなこと頼めないわ。さすがに申し訳ないもの」
 「ですよね……。はぁ~」

主の返答を聞いてため息をつき、肩を落とす。
泥棒対策として、全本棚に鍵をつけることを提案したのだが、即座に却下されてしまった。
咲夜さんの能力によって無限さながらに広げられた空間には、とてつもなく高やかな本棚が数多く存在する。
その中に収められている本の数も膨大で、それを私は全て管理している。それなのに、頻繁に盗まれてしまっては管理もへったくれもない。

 「パチュリー様は、困ってらっしゃらないんですか?
  魔法の研究に必要な資料があっても、魔理沙さんが持って行っちゃって読めないなんてことが、
  今までにも散々あったというのに!」

泥棒の名を出して、私は天を仰ぐようにパチュリー様に訴えた。
魔理沙さんは人間で、普通の魔法使いを自称している泥棒である。
初めて図書館にやってきた時から、本を持っていこうと企んでいた曲者だ。
そして異変が解決したら、毎日のように本を盗みにやってくるようになった。
しかも厄介なのが、盗む本のセレクトが絶妙であるということ。
パチュリー様が良本だと認めたものはもちろん、賢者や博士などの偉人が書いた本は間違いなく持っていく一方、誰かが適当に書き殴ったり、偏見や偏狭な思想を持って書かれた粗悪なものには見向きもしない。
中身もぺらぺらと軽くめくるだけで判断し、時には表紙をパッと見て懐に仕舞いこむこともある。
おそらく、勘で選んでいるのだろう。勘で高尚な本ばかりを探し当てるなんて、一種の才能なのかもしれない。
もちろん、魔法使いのではなく、泥棒の。

 「困ってるわよ。だいぶ困ってる」
 「それなら」
 「でもねぇ……」

困ってると言いながら、パチュリー様の口調や態度はそれ程には見えない。
困ってるなら対策するのが当然だ。しかし、それはあまり期待できないということも私は分かっていた。
今まで何も対策しなかったわけではない。
魔理沙さんが選びそうな本に、魔法の罠を仕掛けたこともある。
しかし、罠を仕掛けた本を取ろうとはしなかった。魔法使い故、罠の魔力を察知したのだろう。罠作戦は失敗に終わった。
弾幕ごっこで追い返そうともしたが、スペルカードを持たない私は魔理沙さんに全く力が及ばないし、パチュリー様も調子の良い時ばかりではない。
調子が良くても、魔理沙さんの逃げ足が速いので大抵は逃げられてしまう。そしてまた盗みに来る。
パチュリー様が召喚した番犬を置いたこともあったが、躾が上手くいかず逆に本を噛み千切られるなど実害を被ってしまったので、これは使えないと判断した。
非常に厄介で狡猾な泥棒・霧雨魔理沙は、

 「強くなったと思わない?」
 「はあ?」

急に流れを無視されたので、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
パチュリー様を見ると、本から目を離してこちらを見ていた。
口角が少し上がっている。にやにやという表現がよく似合う。

 「何の話ですか?」
 「魔理沙の話よ」

ふう、と息をつくとパチュリー様は立ち上がり、本を置いて書斎から降りてきた。
傍のテーブルセットに腰を下ろして、用意しておいた紅茶に手を伸ばす。
一口飲む。「美味しい」とつぶやいて、ソーサーにカップを戻した。

 「初めて会った頃の魔理沙は、お世辞にも強いとは言えなかったわ」

組んだ手の上に顎を乗せ、こちらを見る。目が少し疲れているようだ。

 「……負けてしまわれたのに、ですか?」
 「あんなにマスタースパークばっかりやられたら、何も出来ずに負けるわよ。
  魔法使いとして実力が不足していた分を、あの火力で補っていたようなものだわ」

強がりにも聞こえたが、パチュリー様がおっしゃるならそうなのだろう。
突拍子もなく変わる話題に、私は一切の躊躇をせずに対応できる。
この方はそういう御方なのだ。何十年も一緒にいれば、順応力は自然と身につく。

 「それが月日を経るごとに、徐々にではあるけど確実に力をつけてきている。何故かしらね」
 「そりゃあ、魔理沙さんなりに頑張って研究してるからじゃないですか?」
 「うーん、7点ね。10点満点中」

会話中に点数をつけないで欲しいなぁ、と思った。
まあいいか。パチュリー様は、そういう御方だ。

 「残り3点を、教えていただけますか」
 「すぐに答えを知ろうとするのは良くないわ。思考して結果を予想するほうがよっぽど……」
 「もう、今は私の知恵の向上が目的では無いはずですよ!」

思わず、声を荒げてしまった。
一体何の話をしているんだろうか。順応出来てないな、前言撤回だ。
本題はあくまでも泥棒対策。なのに、何で魔理沙さんが強くなった理由を考察しなくてはいけないのか。
パチュリー様は私が怒った様子を見て、笑いながら「ごめん、ごめん」と謝った。
頬を膨らませたままの私を宥め、パチュリー様は尚も続ける。

 「研究はね、自分の体一つじゃできないのよ」
 「それは、存じております」
 「香霖堂の店主に、聞いたことがあるわ」

また話が飛んだ。仕方がないので、言われた通りパチュリー様の話を最後まで聞くことにした。
こんなに話を散らかして、どうやってまとめるつもりなのか。

 「実家を出たばかりの頃は、魔法に関する資料も書物もほとんど持っていなかったらしいわ。
  見かねた店主は、マジックアイテムや魔法書を時々与えていたらしいけど、魔法を扱わない者に魔法書の良し悪しは分からない。
  あいつは粗悪な書物を相手に、たいそう苦労したそうよ」

人間って面倒ね、と付け足し、パチュリー様はまた一口、紅茶を飲む。
そんな話は初めて聞いたので、少し意外だった。

 「魔理沙さんにも、そんな頃があったんですね」
 「そして、霊夢はこう言っていたわ。『あんたたちに会ってから、魔理沙が強くなった気がする』って」

何かを思い出したのか、くすりと優しい笑みを浮かべた。
今までの話を総合して考えてみる。
魔理沙さんは、徐々に強くなってきている。
家出直後は、香霖堂店主の選ぶお粗末な本しか読めなかった。
霊夢さん曰く、魔理沙さんは私たちに出会ってから強くなった。
なんとなく、パチュリー様の散らかした話がまとまった気がした。

 「あの、つまり…………。
  魔理沙さんが強くなったのは、パチュリー様の本を読み漁ったからだと、そうおっしゃりたいのですか?」
 「まあ、そういうことになるかしらね」

私の導き出した答えを聞いて、パチュリー様はとても満足そうに頷いた。
クッキーを一つ取って口に入れる。鉄分が多めに入ったクッキーだ。
紅茶を飲んで喉を潤し、パチュリー様は尚も話を続ける。

 「今までどんな本を読んできたのか知らないけど、この図書館の蔵書を見てさぞかし感動したんでしょうね。
  初めて見たあいつの顔は、異変を解決しに来たのではなく、純粋に本の多さに感激している普通の女の子だったわ」

あの時は痛い目にあったけどね、とパチュリー様は苦笑した。
この膨大な書物を読み、識り、学び、研究し、実験し、実証し、反省し、また読む。
その繰り返しを、魔理沙さんは何年もやってきたのだろう。

 「強さを実感したのは、そうね……地底に行った時かしら。
  あれだけ強敵揃いの妖怪たちを、私の五符を借りたとはいえ倒してしまった。
  本を読んだだけでは強くなれないけれど、あいつの成長には大いに役に立ってると思うわ」

少し得意げになりながら、パチュリー様は紅茶を飲んだ。
カップが軽い音を立ててソーサーに乗せられる。飲み干したようだ。
ここにある本のおかげで、魔理沙さんは強くなった。だから魔理沙さんが本を盗むのは、必然的なことだ。
……とでも言うのだろうか。

 「パチュリー様は、このまま本が盗まれ放題でも構わないって言うんですか?」
 「そうは言ってないわ」

ぴしゃりと、パチュリー様は私の言葉を否定した。
さっきまで魔理沙さんの肩を持つようなことを言っていた気がするのだけど。

 「盗んでいい、なんて一言も言ってない。もちろん、盗まれ続けて良い気なんて全くしないわ。
  でも、売り飛ばされたわけでも、ぞんざいに扱われたわけでもない。
  ちゃんと読んで、身につけて、役立ててるなら、まだマシかなって思いたいの」

そう言うと、おもむろにパチュリー様は立ち上がった。
ゆったりとした動きの流れで伸びをする。ぱきぱきっと骨の鳴る音がした。背中も凝っているようだ。
音が鳴る背中に、問いかけた。

 「それって、もはや本を取り返すのを諦めてませんか?」
 「そんなつもりはないけど……言われてみれば、そうかもね」

ふふふ、と何がおかしいのか、笑いながら踵を返す。
お茶を飲んだので、また書斎に戻るのだろう。
かと思ったら、壇上に続く階段の前でこちらを振り向いた。

 「仕方ないでしょう。『返して』って言って返してくれるような奴なら、とっくにそうしてるもの」

確かにそうだ。
素直に聞いてくれる人なら、今現在この問題に悩んでなどいない。
だから今までも様々な対策を考えてきたし、今も考えあぐねているわけだ。
けれど、返って来ないからといって諦めるのは、図書館の秩序を守るためにも良くない。
パチュリー様が「良い」と言っても、司書である私が困るのだ。

 「しかしですねぇ、私の管理業務に支障が出てるのも事実なんですよ」

私は問題解決に向け、再び抗議の声を上げた。
パチュリー様は色々話してくださったが、問題の根本は何も解決していない。
魔理沙さんがちょっとイイ奴みたいな雰囲気になったけど、私は騙されない。
だって本が返ってこないんだもの!

 「でも、色々手は尽くしたでしょう? その結果がこれよ。気持ちは分かるけど、現実を甘んじて受け入れ……」
 「いいえ、諦めたらそこで終わりですよ!
  とにかくこれ以上、魔理沙さんの好き勝手にさせるわけにはいかないんです!」

パチュリー様には、もっと問題の深刻さを理解してほしい。
私は切実な思いから、拳を胸の前で握って高らかに叫んだ。
まるで演説をする大統領のようだ。なるほど、これは気分が良い。
目の前に、心底嫌そうな顔が一つ見えた気がした。気のせいだろう。
深刻な問題が目の前に転がっているのに、他人事のような態度を取れるはずがない。
図書館の主であり当事者なのだから、同調してもらないと困る。
私を見て、パチュリー様は深く息を吐いた。何か言うつもりだ。
やっと私の熱意が伝わったのだろう。喜ばしいことだ。これで共に、にっくき泥棒を退治して……。

 「そんなに切羽詰ってるなら、あなたがどうにかしたら?」

えっ。

 「えっ。私が一人で、ですか?」
 「ええ。私は火急の解決を望んでいるわけではないし」

えっ。

 「いや、でも、ほら、この図書館はあくまでもパチュリー様のものですし……」
 「本を守れるのなら、どうぞお好きに。主の名において、あらゆる行動を許可するわ」
 「あの、そういう事ではなくて……」

なんということだ。
泥棒対策の相談をしに来たのに、『自分で解決しろ』という結論を出されるなんて。
そんな答えでどうにか出来るなら、最初から相談なんてしていませんよ!
頼みの綱を手放すわけにはいかない。立ったままのパチュリー様に駆け寄り、間合いを詰める。

 「なりませんよ、パチュリー様!!」
 「わっ、びっくりした」
 「私の力では魔理沙さんに敵いませんし、大魔法使いであるパチュリー様のお力添えが是非とも必要なんですよ!
  どうか、お願いします!」

跪いて両目を潤ませ、上目づかいで言い寄る。泣き落とし作戦だ。
いくら口が悪くて面倒くさがりなパチュリー様でも、ここまで懇願する部下の姿を見ればきっと協力してくれる。

 「そこをどうにかするのが、司書の務めではないの?」

してくれない。

 「司書は本を管理するのが務め。私は本を読むのが務め。でしょ?」
 「えっと、その……それはそう、ですけど……」
 「良い結果を期待してるわ。頑張って」

ぐっ、と親指を立てながら、パチュリー様は書斎へ上がっていった。
なんてことだ。完全に言いくるめられ、もとい言い逃れられてしまった。
助け舟がなくなり、呆然としながらパチュリー様の背中を見送ると、その場に私だけが残された。
熱意が伝わらないと、こんなにも虚しい気持ちになるのか。

 「……これも、司書としての修業ってことかな……」

なんとか、現状をポジティブな方向に考えたかった。多少無理やりにでも、そうしたい気分だった。
そうだ。司書兼悪魔としてのステップアップと思えばいいのだ。
パチュリー様はその機会を与えてくださったに違いない。これは、私への試練なのだ。
きっとそうだ。そうに決まってる。そうじゃないと、あまりにも理不尽じゃないか。
目の前が滲んでいるが、これはさっき泣き落としで目を潤ませたせいだ。泣いているわけじゃない。断じて。


     * * * * *


数日後。
私は図書館で、ある準備をしていた。
書斎で読書をしているパチュリー様の邪魔にならないよう、騒音の配慮も忘れない。
私は、闘志に燃えていた。
今日はおそらく、魔理沙さんがやってくる日だ。
前回持っていった本の量や今までの来訪日の間隔から計算して、次に魔理沙さんが来るのは今日だと推測した。
もちろん絶対とは言い切れないので、今の準備も徒労に終わるかもしれない。
だが、長年司書をしている私の勘が「今日だ」と言っている気がするのだ。
第六感を信じるのは、悪魔である私にとってごく自然なことであった。

ふと、ある感覚を捕らえた。頭に生えた羽がぴくりと動く。
研ぎ澄ませていた神経のセンサーに、目的のものが引っかかったのだ。
間違いない。泥棒もとい魔理沙さんが、忍び込んできた。
私は気を引き締め、心の準備を整えて侵入者の元へと向かった



 「おお、ここら辺の並びが一新されてるな。どれどれ……」

魔理沙さんの姿は簡単に発見できた。見つからないよう、本棚の影に隠れて見張る。
標的は近場にあった本棚で、早速本を物色していた。あそこは昨日入れ替えたばかりなので、新書が多い。
指で本の背をつーっと伝い、目星をつけた本を手に取る。ぱらぱらとめくって、

 「イマイチ」

と吐き捨てると、背後にぽいっと投げた。
……投げた!?
ばさぁ、と無慈悲に投げられた本は開かれたまま着地し、その重みで紙が曲がってしまった。

 「なっ……!」

なんてことをするんだ、あのコソ泥は!
『……売り飛ばされたわけでも、ぞんざいに扱われたわけでも……』
パチュリー様、あいつは思いっきりぞんざいに扱ってますよ! やっぱりイイ奴なんかじゃなかった!
思わず飛んで出ていきそうになったが、歯軋りをしながら辛うじて耐え抜いた。
ここで出て行ったら、せっかくの『作戦』が台無しだ。
本が曲がってしまったのは……仕方ない。後で重量魔法でプレスしよう。
引き続き、息を殺して魔理沙さんの様子を伺う。

 「これも前のと似たようなもんだなー。ああ、よく見たら同じシリーズのものか。
  これはつまらなかったからな。あとはー……」

他人の本を散々に評価しながら、魔理沙さんは本の選定に勤しんでいた。
左右へ、上下へ、箒に乗って何台か先の棚へ、何冊か抜き取りながら忙しなく移動する。
今日は随分と吟味しているようだ。

 「おっ、なんか良さげな本がありそうだな」

そして、魔理沙さんが『ある地点』に足を踏み入れた。

 (あそこは……)

途端、私の全身が緊張と武者震いに包まれる。
嬉々として本棚に向かう魔理沙さんを確認すると、私はある言葉を呟いた。
そして――。

 「召喚っ! 『цыпочки мирового дерева』!!」

棚の影から勢いよく飛び出し、召喚魔法を詠唱した。

 「うぉわっっ!?」

突如、魔理沙さんの体が宙に浮きあがる。
床がベキベキと割れ、大きな木の根が勢いよく生え出した。

 「Пожалуйста, поймать ногу ведьмы. Он представляет……」

私の詠唱通り、根の先端は魔理沙さんの片足を一瞬で捕え、そのまま天井近くまで伸びていった。
突然の襲撃に何も対抗できなかった魔理沙さんは、空中で逆さ吊りの状態となった。
トレードマークの三角帽子が、ひらひらと下に落ちていく。

 「おいおい……何だってんだ?」

動きが止まって開口一番、魔理沙さんはどこか余裕のある様子で独りごちた。
今まで数々の異変を解決してきただけあって、肝がだいぶ据わっている。

 「魔理沙さん!」
 「おっ?」

満を持して、私は魔理沙さんの前に姿を現した。
天井近くは本棚を見下ろせるほど高度が高い。

 「……なんだ、小悪魔か。さっきからうろちょろしてるなと思ったら、こんな手の込んだ事をしやがって。
  てっきりパチュリーの奴かと思ったんだが……」

なんと、尾行はバレていたらしい。自分では完全に隠れていたつもりだったのに。
宙ぶらりんのまま、魔理沙さんは私を見て残念そうな顔をした。両手を頭の後ろで組む程の余裕ぶりだ。
せめて、スカートを押さえるくらいの羞恥心は持ってほしいな、と思った。
余裕綽々って感じだ。さすがですね。でも、今日の私は一味違いますよ。

 「今日という今日は、何も盗まず帰っていただきますからね!」

強気でそう叫び、クナイ弾入りの大弾を大量にばら撒いた。その全てが宙吊りの魔法使いへと向かう。

 「ぅわっ、マジかよ!?」

これにはさすがの魔理沙さんも慌てたらしく、あの体勢から小さな星型の弾幕で応戦した。
急ごしらえの弾幕は、私の大弾を打ち消す程の威力しか無かった。
この隙に私は魔理沙さんの背後へ回り、再び同じ大弾を放つ。
これには反応できたようで、さっきよりも大きな星弾を撃ち返してきた。
大弾を撃ち消しても威力が衰えない弾は、直前まで私がいた場所へ飛んでいった。

 「ハズレですよ」
 「うるせえ!」

また別の場所に移動した私は、魔理沙さんの死角から大弾を撃つ。そしてまた移動。
初動が遅れた魔理沙さんは、私の弾幕を処理するので手いっぱいのようだった。
片足を取られて方向転換もろくに出来ない魔理沙さんを、私は次々と狙い撃ちにしていく。

これが、私の作戦だった。
名付けて『袋のネズミを袋叩き作戦!』である。
私が準備していたのは、大木の根を瞬時に召喚させるための魔法陣だ。
床に直接書くとバレてしまうので、床の“下”に魔法陣を引いた。これは、五行の『土』で成せる技だ。
あとは魔法陣と自分の意識を常に繋いでおき、対象物が陣の上に立った時に少し詠唱すれば素早く発動できる。
召喚物に木の根を選んだ理由は、これが五行の『木』にあたるからだ。
そして、魔理沙さんの五行は『水』。
『木』は『水』によって養われるという【相生】の性質を利用し、根が魔理沙さんに直接触れることで『木』の力を上げている。
さらに、『土』行を使って魔法陣を引いたのも好都合だった。
『木』は『土』に根を張って養分を吸い取るという【相剋】の性質によって、『木』はますます力を増幅させるという仕組みだ。
パチュリー様が扱う七曜の基礎を、私なりに最大限活かした戦法である。

大弾のラッシュに、間が生まれた。
やはり、私の移動速度は魔理沙さんの反射神経には及ばない。
次弾を撃つ前に、魔理沙さんは懐から素早く八卦炉を取り出した。

 「はんっ。弾幕はスピードじゃない、パワーだぜ! マスタぁ……」

八卦炉の表面が、色白く輝き始める。
相手の最大出力である砲撃準備に対し――私はにやりと笑った。

 「それも計算済みですよ!」

強くはたくような、乾いた音がした。

 「いってぇ!」

魔理沙さんの悲鳴。
直後、手から八卦炉がこぼれ、下へと落ちていく。

 「ちぃっ!」

魔理沙さんの最大の武器は、あの八卦炉だ。
あれから繰り出される弾幕や砲撃は、私のような名無しの妖怪にとっては脅威でしかない。
それを如何にして封じるかが、今回の最大のポイントであった。
では一体、私は魔理沙さんに何をしたのか。

 「お前……。随分と小癪な真似をするな」
 「褒め言葉として受け取りますよ」
 「勝手にしろ」

魔理沙さんは相変わらず逆さまのまま、右手をもう片方の手で押さえている。少し出血していた。
簡単なことだ。
木の根が枝分かれして、八卦炉を持った手に向かって攻撃した。それだけだ。

床の『土』と魔理沙さんの『水』によって増幅した『木』の根。八卦炉は金属なので『金』。
本来、『金』は『木』より強い。しかし今は『木』が強くなりすぎてしまい、『金』の力が弱くなっている。
【相侮】を生み出したのだ。
相侮とは、本来強いものが、パワーバランスが崩れたことで強くなれずにいる状態のことである。
例えるなら、山火事に対して桶一杯分の水しか無い、といった具合だ。
水は火よりも強いのに、火が強すぎるあまり対抗できない。それと同じような事象が起こっていた。
『金』に反応して動くように施したおかげで、素早く八卦炉を攻撃することが出来た。
自分のスピード不足も解消できるし、我ながら名案だと思う。

私は、勝利を確信した。
八卦炉を封じてしまえば、魔理沙さんもただの人間だ。

 「では、勝手にさせていただきますよ」

両手を広げ、魔理沙さんを取り囲むようにたくさんの弾幕を散りばめる。
ルナティックモードよろしく、クナイ弾もたくさん仕込んだ。大サービスだ。
魔理沙さんが顔をしかめる。弾に対してだろうか。それとも、逆さまが辛いのだろうか。

 「フェアじゃねえな。弾幕ごっこなら、私が動けないと意味ないじゃないか」

こんな状況でも、魔理沙さんが慌てふためく様子はない。
諦めたか、強がりか。はたまた余裕ぶっているのか。

 「残念ですね。私は弾幕ごっこがしたいんじゃありません」
 「じゃあ、何なんだよこれは」
 「泥棒退治ですわ」

咲夜さんを真似て、少し瀟洒に言ってみた。スカートの裾もつまんで広げる。
途端に、魔理沙さんは嫌な顔をした。あいつの真似をするな、と言いたげな表情だ。
ここで容赦をすれば、こちらが食われてしまう。
私はありったけの力を込めて、全弾幕を魔理沙さんに撃ち込んだ。

弾幕が一極集中し、強烈な光が視界を白く塗りたくる。
目を細める間もなく、脳を殴られたような爆発音が鳴り響いた。

埃を纏った煙がもやもやと立ちこめ、視界が悪くなる。
天井の一部が剥がれて、破片がぱらぱらと下に落ちていった。

 「あれ……? やりすぎたかな……」

さすがに、ちょっと焦った。
本を守るためとはいえ、こんな大それたことになってしまうなんて。
攻撃を終えて感情の高ぶりが落ち着き始めると、改めてやりすぎてしまったような気持ちになった。
……いやいや、ダメよ小悪魔!
あれくらいで丁度よかったんだ。中途半端にやっても、また泥棒を繰り返されるだけ。
こてんぱんにやっつけた上で、二度としないように猛省させ

――ヒュンッ

ないと!
……何だ、今のは。
何かが、横を通りすぎていった。一拍遅れて風が吹き、髪がなびく。
それほどの速さを持った何かだった。
これが合図だったのか、急に煙が晴れてきた。
地下なので風は吹かないはずだ。にも関わらず、もやもやとしたオブラートが徐々に薄まっていく。
爆発の中心が見えようかというところで、

 「う、ひゃあ!」

またもや、何かが今度はたくさん飛んできた。脊髄反射的に避ける。
何だ、何が起こった!?
飛んできた方向を見やる。煙はほぼ無くなり、その全容が確認出来た。

 「なんっ……!?」

愕然とした。
そこには、私にとってあってはならない事が起きていたからだ。

 「あぁー……、ったく……頭に血が上って気分悪いぜ……」

霧雨魔理沙が、空中に浮いていた。
服が汚れて破れ、額からは血が流れ、三つ編みも崩れて息が荒い。だが弱ってはいない。
根の呪縛から解かれた彼女は、箒に乗らずに空を飛んでいる。
想定していない。こんなことが起きるはずがない。何故!

 「どうして……っ!? 八卦炉は落としたはずなのに!」

八卦炉を狙った最大の目的は、木の根を燃やさせないことにあった。
先述した通り、この作戦で有効なのは『木』の要素である大木の根を使うことだ。
だが、火力を扱うマジックアイテムがあっては簡単に燃やされてしまう。なので、これを封じる必要があった。
だから八卦炉を落とした。これで魔理沙さんは炎を使えなくなったはずだ。
なのに、どうして、根が枯れてしまっているんだ!

 「ふう、待たせたな。ようやく戦えるぜ!」

にいっ、と魔理沙さんが笑う。
顔の一部が血で染まり、口を頬まで裂くような三日月型に曲げたその姿は、狂気に当てられたようにも見えた。
体が震える。今度は武者震いではなく、勝機を見失ったことによる戦慄だ。
自由になった魔理沙さんと戦っても、勝てる気などしない。確信した勝利は、霧雨に霧散されてしまったのだ。
思わず後ずさると、下から何かが浮き上がった。箒だ。
触れずに操れるらしい。これも想定していなかったことだ。
魔理沙さんは勇んで箒にまたがると、懐から小さな何かを数個ばら撒いた。
それはビンらしきもので、何かが入っているのが一瞬だけ見えた。
くぐもった破裂音がして、中身がはじけ飛ぶ。
金平糖みたいな可愛らしい星屑の塊たちが現れて、魚雷の如くこちらへ加速してきた。

 「うわっ!」

ああ、これか! さっき煙の中から出てきたものは!
避ける。それだけで精いっぱいだった。
星屑はミサイルのような軌跡を残しつつ、矢継ぎ早に私を狙ってくる。
いくつかが本棚の一部に当たった。当たっても威力は衰えず、逆に本棚が抉れていた。
可愛い見た目とは裏腹に、大きな破壊力を持った危険な星屑。当たったらひとたまりもない。
そんなものが、休みなく流星群さながらに降り注ぐ。
描写だけ見れば綺麗だが、実際は危なっかしい事この上なかった。

 「何ですか、その殺人的な弾幕は!?」

必死に避けつつ、反撃の弾幕を放ちながら叫んだ。
詳細を聞きたいわけではない。悪態をついているだけだ。

 「弾幕じゃねぇよ。私が作ったマジックアイテムだ」

にとりとの共同開発だけどな、と聞こえた気がした。逃げ回っているのでよく聞き取れない。にとりって何だ。
魔理沙さんは箒で自在に飛び回りながら、ビンをばらばらと投げ落とす。一体何個持っているんだ。
さらに、それとは別に魔法陣型の弾も追撃してくる。しかし、これは撹乱のためなのか、私を狙わずに通り過ぎるだけだった。
まるで猫に追いかけ回されている気分だ。もはや私のほうがネズミになっている。形勢逆転とはまさにこのことか。

 「わああん! もう少しだったのにぃ!!」

半ば自棄になりながら弾幕を放つ。
逃げながらなので十分に狙いを定められず、クナイ弾が明後日の方向へ飛んでしまう。
折角ここまでやってきたんだ。勝てなくても、諦めない。最後まで戦う!
そして、魔理沙さんから本を――。

 「っ!?」

動きを止めた。
気づけば、私の周りには魔法陣弾がびっしりと張り付いていた。線が幾重にも重なって、僅かに向こうが透けて見える。
ぎちぎちと無理矢理詰め込まれた弾に、すっかり逃げ場を奪われてしまった。
嵌められた。
あれは撹乱するためのものではなく、私の逃げ場を徐々に狭めるために全方位に配置していたものだったのだ。
上下左右前後を弾幕が覆い尽くす空間で、私と魔理沙さんが向かい合う。
いつの間にか、三角帽子を被っていた。攻撃の最中に拾ったらしい。そんな余裕まであるなんて。

 「袋のネズミだな」

にやっと魔理沙さんが笑った。

 「弾に囲まれている時点で、あなたも同じネズミではないですか!」

私の言葉には、余裕など微塵も無かった。逃げ続けて体力も奪われ、魔理沙さんにろくに攻撃も出来ないでいた。
そう、ただの負け惜しみだ。考え無しに詰み弾幕をするような人じゃない。
魔理沙さんは私の言葉に何も返さず、涼しい顔をして一枚の紙切れをさっと取り出した。
そして――。

 「光符『アースライトレイ』!」

容赦のない宣言で、スペルカードが発動された。
魔法陣から、レーザーの雨が降り注ぐ。さらに、前方から魔理沙さんが星弾を放った。
――ああ、なんて綺麗なんだろう。
私は涙目になりながら、光と衝撃に包まれた。




     * * *


 「詰めが甘いのよ。それが敗因ね」

満身創痍でお茶の用意を終えると、私はソファに身を沈めた。パチュリー様が用意してくださったものだ。
主の前で腰を掛けるなど無礼だと思ったが、お許しが出たので甘えることにした。
甘えた直後、パチュリー様の辛辣な言葉が柔らかく突き刺さった。

 「悔しいです……。我ながら、良くできた作戦だと思ったのですが」
 「ああ、良くできた作戦だったよ。こりゃヤバイかもって思っちまったもん。お前程度の相手に」

お茶の席には魔理沙さんもいた。頭と手に包帯を巻いている。
私がやられた後、書斎から出てきたパチュリー様と魔理沙さんが何やら話したらしい。
気絶していたところを起こされた私は、パチュリー様に簡易的な治療を受けた後、お茶の用意を命じられた。
体中が痛い。逃げ回って体力が減ったのと、召喚魔法を使ったことでの魔力の消耗が激しかった。
この二つは回復してもらえなかったらしい。いや、治療をして頂けただけ有難いと思わなければ。

 「しっかし、あの小悪魔がねぇ……。主の入れ知恵か?」
 「私は何もしてないわ。相談されて、突き放しただけ」
 「はははっ、お前も大変だな。こんなひどい主を持って」
 「ひどい泥棒を相手にするんですもの。本当に大変よね」

魔理沙さんはマドレーヌを食べながら、パチュリー様は紅茶を飲みながらそれぞれ言った。
どちらも、慰めや憐みといった感情は含まれていない。
結局、私の作戦は失敗に終わった。
上手くいったと思った。五行を使って、不意打ちをして、袋叩きにすれば勝てると思った。
それなのに、想定外の出来事が起きすぎたのだ。

 「魔理沙さん」
 「ん?」
 「あの大木の根から、どうやって逃れたんですか?」

八卦炉が使えない状態で、あの僅かな時間で木の根を枯らして逃げる。
どうやったらそんな事が出来るのか。何か切り札があったのだろうか。

 「どうやって、だと? おいおい、私は魔法使いだぜ。魔法を使ったに決まってるだろ」
 「でも、八卦炉は落としたじゃないですか」
 「んなもん無くたって、やり方はいくらでもある」

そう言って魔理沙さんは、手に持った何かを私に見せた。
小指の長さほどの透明なカプセルだった。青い液体が入っている。

 「これは……」
 「エーテルね」

私が尋ねる前に、パチュリー様が答えを出した。
エーテル。説明は長くなるので端折るが、魔力増強剤のようなものだ。

 「ああ。作った」
 「え? 作ったの?」
 「ああ。キノコから」
 「キノコから?」

パチュリー様がオウム返しで聞き返す。
そんなに驚くようなものなのだろうか。私には分からない。

 「これを飲んで、水の魔力を増幅させたんだ。あとは分かるだろ?」

なるほど、そういうことか。
水の魔法を使って、根に大量の水を含ませたのだ。
木は水があれば成長するが、水をあげ過ぎると枯れてしまう。だから根は枯れた。
焦げた臭いがしなかったから、おかしいとは思っていた。
火ではなく、自分の属性である『水』で対抗するとは意外だった。
エーテルで魔力を増幅させたのは、一瞬で大量の水を生み出して根に含ませる為だろう。
水魔法を使えるようにするのではなく、魔力を増幅させた。すなわち、水の魔法自体はすでに心得ているというわけだ。

 「ふふっ……。まさか、水の魔法もお使いになられるなんて……」

笑ってしまった。
あんなに火力一辺倒だった魔理沙さんが、真逆の属性魔法を習得するなんて思ってもみなかった。
この人は、一体どこまで貪欲なんだろう。

 「別に不思議なことじゃないだろ。パチュリーにもアリスにも、属性について散々言われたんだ。
  実際、訓練してみたら案外すんなり出来たんだよ。やっぱり相性って大事なんだな」

いつの間にか、魔理沙さんは手のひらに水を出して転がしていた。
何となく、彼女の個性が死んでいるような気がした。いや、成長していると言うべきか。

 「あんまり使ってると死ぬわよ」
 「何でだよ、自分の属性に合ってるのにか?」
 「水の魔法じゃないわ。エーテルのほうよ」

パチュリー様が苦言を呈した。
確かに、エーテルは『魔薬』とも呼ばれるものだ。あまり多用して良い代物ではない。

 「そんなの分かってるよ。だから初めて使ったんじゃないか」
 「……えっ? は、初めてですか!?」

私は思わず立ち上がった。いたたたた、と勢いが死んでまた座る。体が痛い。

 「小悪魔、無茶しないでよ」
 「そもそも、使うつもりも無かったんだ。霊夢に見せようと思って持ってたのに、こんな所で使わされるとは」
 「初めてって……。あの状況で、作用するかどうか分からないアイテムに頼ったというんですか!?」
 「なんだよ、うるさいな。勝ったんだからいいじゃないか」
 「小悪魔、大人しくしなさい」

唖然とした。
効果の保証がないエーテルに、あの瞬間の命運を預けたというのか。
失敗したら間違いなくやられていたし、大怪我では済まされなかったはずだ。

 「でも、やっぱりコスパは悪いな。
  あれだけ手間暇かかったのに、一度に精製できる量は少ないし、少し魔法を使っただけで効力は切れちまうし」
 「それは、精製の仕方とあなたの能力不足が原因よ。
  最高位の術者にかかれば、神にも匹敵する魔力を得られる薬なんだから」
 「ふん、いいんだよ。こんな小細工して霊夢に勝ったって、嬉しくないしな」
 「それは、五分五分で勝ってる者が言う台詞だわ」

二人の会話は、唖然としたままの私の耳を通り過ぎていく。
私は、魔理沙さんとの力の差を埋めるために、綿密に作戦を立てて準備もした。
その作戦に、この人の豪胆さまでは含めていなかった。正直、舐めていた。
八卦炉が無くても魔法を使えたこと、水の魔法を習得していたこと、それと……。

 「あと、もう一つよろしいですか」
 「小悪魔」
 「いいじゃないか。自分の負けた要因を突き詰めるのは、強くなるために必要なことだ」

パチュリー様の制止を、魔理沙さんがさらに制した。
主のお茶の時間を、小間使いである私が遮り続けるのは宜しくない。
それは分かっている。でも、どうしても聞きたかった。

 「魔理沙さんは、箒が無くても空を飛べるんですか?」

途端、その場が水を打ったように静かになった。
少々の間が空いて、「はあ?」と二人同時に同じ表情でこちらを向いた。そんなに失言だったろうか。

 「だって、魔理沙さんはいつも箒に乗っているので……。それで私、箒が無いと飛べないものだとばかり……」

私は、魔理沙さんは無闇に木の根を破壊することはないだろうと踏んでいた。
自分を支える根がなくなれば、箒も無い状態では真っ逆さまに落ちてしまう。
普通の人間なら、落ちることを恐れるはずだ。だから根を壊すような真似はしない。そう確信して、私はこの作戦を決行した。
それなのに、彼女は普通に浮いていた。

 「あなた……本気で言ってるの?」
 「え?」

パチュリー様が、心底呆れた顔をした。
魔理沙さんが、仕方ないなと言わんばかりの苦笑いを浮かべ、口を開く。

 「あのな、幻想郷では誰だって普通に空を飛べるだろ。私だって例外じゃないんだよ」
 「帽子も箒も、魔法使いっぽさを出してるだけよ。魔理沙は形から入るタイプだから」
 「『っぽさ』ってなんだ。私は魔法使いに相応しい格好をしてるだけだぜ」
 「まあ、見た目もある意味重要なファクターではあるけれど」
 「それに、私は箒に乗ったほうが速く飛べる」
 「おかしな話ね。風の抵抗を無視してるなんて」
 「八卦炉のおかげだな」
 「……箒のおかげではないのね」

私はこの時、とんだ思い違いをしていたことに初めて気がついた。
よく考えれば、人間である咲夜さんだって空を飛べるのだから、魔理沙さんに出来ないはずがない。
外の世界から来たという山の巫女も空を飛ぶと聞く。ならば、幻想郷で生まれた魔理沙さんが飛べないはずがない。
パチュリー様のおっしゃる通り、詰めが甘かったのだ。

 「うーん。完全に誤算でしたね」
 「全くだよ。私のアイデンティティーをことごとく潰しやがって」
 「えっ、何の話ですか?」
 「おお、無意識ってことか。こいつぁタチが悪いな」

どういうことか尋ねると、帽子も落とされ、八卦炉も取り上げられ、箒を使わずに空を飛ばさせられ、地味な水の魔法を使わせられた事を、だいぶ不満に思っているとのことだった。
確かにこれだけやってれば、魔理沙さんの代名詞をほぼ奪ってると言っても過言ではない。
しかも、あまり使いたくないスペルカードを使ってしまったと嘆いていた。
あのスペルは、自分に向かってレーザーが飛んでくるから嫌なのだそうだ。
だったら使わなければ良かったのに。そしたら、私にも勝算はあったかもしれない。

 「今までで一番ねちっこい相手だったよ。大体、弾幕ごっこで不意打ちはルール違反だろ」
 「ですから、弾幕ごっこではないですって」
 「ああ、そうか。泥棒退治だったっけ。
  つーか、せっかく忍び込んだのに出て来るなよな。ゆっくり本を選べないじゃないか」

……今、ものすごく自分勝手な事を言わなかったか。
気のせいじゃない。確かに言った。えっ……言ってることがおかしい!
パチュリー様が「ふふふっ」と笑った。そっちの意味の『おかしい』では無いのに。

 「やっぱり、あなたはそういう人よね」
 「褒めてるのか? 貶してるのか?」
 「両方よ」

そう言うと、パチュリー様は席を立った。
まだお客様……いや、お泥棒様がいるのに、書斎に戻るのだろうか。

 「私は戻るわ。さっき話した通り、今回は本を盗んでいって構わない」
 「誤解があるな。私は盗んだことは一度もない。借りてるだけだ」
 「今回は、だからね。次は無いと思いなさい」
 「期待しないでおくぜ」

本を盗む? 何だろう、どういうことなんだろう。
魔理沙さんは紅茶を飲み干すとふいに立ち上がり、箒に乗って文字通り本棚へ飛んでいった。
その様子を見送ってから、パチュリー様も書斎へ向かう。その背中に声をかけた。

 「あの、パチュリー様」
 「なに?」

腰をひねって、私のほうへ振り返った。

 「今のは、どういうことですか?」
 「何が」
 「本を盗んで構わないと、おっしゃったじゃないですか」

確かにそう言っていた。『今回は』と強調もしていた。
それは、私が負けたからなのだろうか。

 「そうね、言ったわ。
  勝ったら追い返す予定だったんだから、負けたら本を差し出さないと。
  喧嘩を吹っかけておいて、こっちに何のペナルティも無いというのは筋が通らないから」

私が負けたからだった。
淡々とした事務的な口ぶりで、パチュリー様は返答した。
負けて悔しかった。だが、負けた代償は悔しさだけではなかったのだ。
本を守るために戦って、負けて、本を取られる。
使い魔として、司書として、部下として、途端に情けなくなってきた。
何をしているんだろう、私は。

 「パチュリー様……すみませんでした」

立ち上がり、深々と頭を下げた。体が痛いが、我慢した。

 「……何故、謝るの?」

ゆるい声がした。
先ほどの無機質な雰囲気は消えて、純粋な疑問を持った普通の少女の声色になった。
それでも、私は頭を上げなかった。

 「その……私のせいで、大切な本を魔理沙さんに奪われることになってしまって……」
 「小悪魔のせいなの?」
 「えっ?」

思わず頭を上げる。反動で体に痛みが走り、「うぐ」と小さな悲鳴を漏らした。
少しばかり驚いた様子のパチュリー様と、痛みで顔を歪めた私の目が合う。
悲鳴が聞こえたのか、パチュリー様は私に近づいて両肩をとんと押した。私の体は再びソファに飲まれた。

 「別に、いつもの事じゃない。本を盗まれるのは」
 「でも今回は、私が本を守れなかったからで……!」
 「今までだってそうでしょう。あいつから本を守れた試しがあった?」

見下ろしつつ、少しおどけながら私に問いかける。
寸時考えた。すぐに答えは出てきた。

 「ない、です……」
 「だったら、あなたのせいとは言えないわ」

仕方がなさそうに肩をすくめる。
果たして、『仕方がない』のだろうか。
これだけのことをしたのに、結果はいつもと変わらないだなんて。
まるで、私のしたことは全て――。

 「ありがとう、小悪魔」
 「へっ?」

唐突に、礼を言われた。
まるっきり予測していないことだったので、声が上ずってしまった。
何故感謝されたのか、分からない。
だって、本は守れなかったのだから。
 
 「どうして、お礼なんか言うんですか?」
 「『なんか』って何よ。悪魔は自分の事を卑下したりしないのに」
 「……私、何もしてないんですよ?」
 「したじゃない」

初めは笑いを含めた冗談交じりの返答だったが、私の返事に余裕が無かったのか、合わせて真面目なトーンで返してきた。
真っ直ぐにパチュリー様を見る。
パチュリー様も、私を真正面から真っ直ぐ見ていた。

 「図書館中の本をかき集めて、五行の基礎を一から頭に叩き込んだこと。
  何度も何度も、戦闘のシミュレーションをしていたこと。
  私は覚えているけれど、あなたは自分のしてきた努力をもう忘れたのかしら?」

優しい笑みを浮かべ、諭すように言葉を降らせる。
見ていたんだ。
てっきり、書斎にこもって他人事のように読書にふけっていると思っていたのに。
なんだか恥ずかしいな。

 「正直、そんな真剣に考えてくれているとは思ってなかったの。
  あなたがそんな顔をして謝るほど思い詰めていたなんて、思ってもみなかったから。ごめんなさい」

今度は謝られた。
『そんな顔』って、今の私はどんな顔をしているんだろう。
先ほど頭を上げた時に驚いていたのは、『そんな顔』のせいだろうか。

 「だから、お礼を言ったのよ。
  それだけ図書館の本を大事に想ってくれているってことでしょう?
  あなたに司書を任せたのは、どうやら正解だったようね」

顔に喜色を湛えて、パチュリー様は書斎へ向かっていった。
こんなに表情をころころ変えてお話になるのは久しぶりだ。いつも無表情である分、余計に嬉しくなった。
良かった。私のしてきたことは、無駄にならなかったようだ。
それはパチュリー様に対してでもあるが、何より私自身にとっても無駄ではなかった。
頭で描いた戦術は、必ずしもその通りにならないと学んだ。
本を読んだだけでは分からなかったことが、目の前で幾度も繰り広げられた。
そして、魔理沙さんの人知れぬ努力も垣間見えた。

 「まだマシ、か……」

パチュリー様が諦め半分に言っていたことが、少しだけ分かった。
本を盗まれること自体は納得が行かない。今日も持っていかれるのを良く思ってはいない。
でも、成長の役に立っているというのなら、いちいち目くじらを立てなくても良いのではないだろうか。
だって、仕方がないんだもの。
魔法使いにとって書物は宝物で、図書館は宝庫なんだから。
図書館は動かないから盗み放題だ。しかもあの性格だから、悪びれる様子もない。「死ぬまで借りるだけ」だと豪語しているし。
だがそれも、魔理沙さんが強くなるためには必要なことなのだ。
圧倒的な力を持つ友人に追いつくためなら、どんなことでもやってやるという、魔理沙さんなりの努力の仕方なのかもしれない。
まだ完全に納得は出来ないけれど、理解は出来たと思う。
私もパチュリー様にお礼を伝えようとして、

 「だから、これからも頑張ってちょうだい」

ちょうど別の言葉に遮られた。
私の耳が確かなら、新たなノルマを課せられたらしい。

 「え、あの……頑張る、とは?」
 「あら。まさか、本を守るのはこれっきりなのかしら」

あれ?
パチュリー様が再び振り返る。表情は同じ笑顔だが、先ほどの優しさは抜けていた。

 「いや、その……」
 「あなたの目標はまだ達成されていないわ。次は無いって、魔理沙にも言ってしまったし」

それは、パチュリー様が自らおっしゃったことであって。

 「今回の失敗で、学べた箇所は多いはずよ。だから次も期待しているわ。頑張って」

両手の拳を握り、小さなガッツポーズで応援された。少々投げやりな感も見受けられる。
聞こえた言語を反芻し、意味のある言葉として飲み込み終えた時には、すでにパチュリー様の姿は無かった。書斎に戻られたようだった。
いつかの日と同様、またもや呆気にとられた私だけがその場に取り残される。
『今回は』の意味が、ようやく分かった。

 「あの、これ……勝つまでやるんですか?」

そういうことになる。
本を取り返すため、本を守るため、図書館の秩序を守るために。何より、蔵書の管理に支障をきたさないために。
私はこれからも、魔理沙さんと弾幕ごっこに似た泥棒退治を続ける羽目になってしまった。
魔理沙さんは言っていた。『期待しないでおく』と。
それはつまり、次からも私と戦う気満々だということだ。
一気にハードルが上がった気がする。いや、上がったのだ。不意打ちが有効なのは最初の一手だけだ。
弾幕と、スペルカードと、弾幕に出来ない普通の魔法を使った“泥棒退治”。
私が勝てるような手段を探して、方法を考え、実験し、実行していかなければならない。
奇しくも、あの魔法使いと同じ努力をすることになってしまったのである。

その膨大な作業量と、地道すぎる遠い道のりを前に、私は一旦考えることを放棄した。
小悪魔が勝つのが先か、魔理沙が死ぬのが先か。


2作目です。読んでくださってありがとうございます。
詠唱がロシア語なのは、一見して文字に見えない(と思ってる)ものを使いたかったからです。
ロシア発祥の魔法を使っているとか、そんなことはありません。
見た目は謎言語、読めば呪文。読み方は分からないです。

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2016/06/08 コメント返信  評価&コメントありがとうございます。

>1様
魔理沙は、態度がなってないのを周りに咎められて徐々に成長していくイメージです。

>2様
ありがとうございます。何年かかるか分かりませんが頑張って欲しいです。

>5様
ありがとうございます。人によって好みが分かれるのだなと実感しております。

>6様
他の言語も検討しましたが、文字化けも考慮してキリル文字にしました。
本棚上の空間で争ってるイメージでしたが、確かにこれだけ暴れてれば蔵書にも被害が出てる筈ですね。
ご、ご想像にお任せします・・・。

>7様
小悪魔にスポットを当てた結果、魔理沙の理不尽さが目立ってしまっているようですね。
気絶中のパチュリーと魔理沙のやりとりを最後に書けば印象が違ったのかなと・・・。精進します。

>8様
泥棒する魔理沙の描写、および「借りているだけだ」発言は原作にもあるので引用しています。
料理の仕方が不味かったかもしれません。今後に活かします。

>13様
すみません。「ゾルゲ」「犯6」を存じていないので何とも言えませんが、それらを意識してはいないです。
unico
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コメント



0.360簡易評価
1.10名前が無い程度の能力削除
態度もなっていないクズだけが得をする気持ち悪さ。
ホントこの手の魔理沙は死ねばいいのに。
2.100名前がない程度の能力削除
小悪魔頑張れ
5.80名前が無い程度の能力削除
僕は嫌いじゃないよ
6.70ほうじ茶削除
面白かったです^^ 確かにロシア語を使うと呪文っぽいですね(イミフですが)
ちょっと魔理沙が理不尽すぎるような気もするけど、魔理沙だし仕方ないかw

そういや、魔理沙と戦っているときに蔵書に被害が(出てるのか)…廃本になった分、小悪魔がどんなお仕置きをパチュリーから受けるのか楽しみだったり。
7.90名前が無い程度の能力削除
パチェリーさんは魔理沙も小悪魔も弟子扱いしてるんだろうね
小悪魔からしたら理不尽な話だわホント
8.10名前が無い程度の能力削除
出たよ、泥棒魔理沙
ほんとこういうクズ描写やめてくれ
13.無評価名前が無い程度の能力削除
>詠唱がロシア語なのは、一見して文字に見えない(と思ってる)ものを使いたかったからです。

ゾルゲかよwどこの犯6だよww