Coolier - 新生・東方創想話

ばんきっきが影狼をペロペロしたりクンカクンカしたりするお話

2016/05/26 04:55:16
最終更新
サイズ
25.63KB
ページ数
1
閲覧数
1806
評価数
3/10
POINT
640
Rate
12.09

分類タグ

タイトルが全てですが、このお話には百合、及び軽めのフェチ要素が含まれています。苦手な方はご注意ください。




影狼について最近気になりだしたことがある。彼女、妙に良い香りがするのだ。砂糖をまぶして焼いた林檎にも似た甘くてくすぐったい匂い。彼女の体臭ではないだろうし、竹林住みで移るようなこともないだろう。まさか生活臭というのなら、毎日の朝食に焼き林檎を食べていることになるのだが、彼女が斯様に林檎狂いだとは聞いたことがない。

ここは思い切って本人に真相を確かめてみることにする。

「影狼ってさ、香水つけてる?」

問うと、彼女は手首をすんすんと嗅いで不安げな表情を作った。

「香りキツイ?」
「いや、そんなことはないけど。つけてるんだね?」
「う、うん。あ、似合ってないとか?」
「違うよ。単にどうしてつけてるのか気になって」

香水は高い。小瓶一つで大吟醸酒と同等か、それ以上するものだってある。人里にひっそり暮らしている私ですら必要に感じたことはないのに、竹やぶの中に潜み他者と生活圏を一にしない彼女が、何故財布をひもじくしてまでつけるのか。

「それは、私も女の子だし……その……」
「体臭が気になるってこと?」

ぽぽっと顔を赤くして俯いてしまった。可愛い。

それにしたってやり過ぎだ。この前偶然出会った時も同じ匂いを漂わせていた。つまり、誰と会わなくても常日頃から身につけているのだ。抹香を焚くお坊さんではあるまいし、いささか贅沢な使い方である。

「ひゃっ!?」

丁度良い位置に頭が来ているので、耳の後ろに顔を埋めて息を吸ってみた。オリーブのような余りしつこくない植物系油脂と蜂蜜。シャンプーかトリートメントの残り香がして、影狼が気にしているだろう匂いは感じられなかった。うーむ、髪のお手入れにまで隙がない。

離れると影狼が赤い顔でこちらを睨んできた。尻尾の毛まで逆立っていて、いささかデリカシーのない行動だったなと自省した。良い香りだったよと褒めると、バカと一言罵られてそっぽを向かれた。女心は難しい。

「そんなに悩むことじゃないんじゃないかな」
「蛮奇ちゃんには分かんないよ。カラッとしてるもん」

カラッと?

「えっと、何が?」
「匂い」

影狼は腰を曲げて鼻先を私の胸元へと近づけた。

「若草、土埃、雨粒、古木、タバコ、石鹸、樟脳、醤油、灰、芋焼酎、これは荒縄と蝋」

首へ脇へお腹へ。手をとられてそこにも鼻息がかかった。こそばゆい。身体だけでなく、この行為に対する恥ずかしさが心を撫でる。先程の意趣返しと思ってしまうのは、私が捻くれているからか。

「他にもあるけど、全部、生活の中で纏った匂いよ」

生活でと言われて朝からの自分の行動を振り返ると、確かにどれも触れるかすれ違うかしている。襟を広げて匂ってみるが、自分では樟脳ぐらいしか感じ取れなかった。さすが狼、鼻の利き方が尋常ではない。

「……私自身のは?」
「蛮奇ちゃんのは他に埋もれちゃうくらい薄いの。小麦粉? 天日干しした木の実? その辺りが近い気がする。多分だけど」

もう一度自分の身体を匂ってみる。手の平で鼻をくるんですんと息を吸うと、確かに僅かだが蝋の匂いが残っているような気がしたが、小麦や木の実っぽいとは思わなかった。首を飛ばして脇や耳の後ろに鼻を埋めてやれば理解出来るのかもしれないが、それは何だか絵面が間抜けすぎて格好がつかない。

どうしたもんかと頭をころころ揺らしていると影狼に笑われ、そこでそんなにムキになって確かめたいことでもないと気づいた。頬に熱が集まったのが分かったので、気持ち深めに詰襟へ頭を引っ込めた。

「笑うなよ」
「ごめんごめん、蛮奇ちゃんが可愛くて」

結局、影狼はひとしきり笑ってやっと落ち着いた。

「自分の匂いってなかなか分かんないよ。鼻が届かないところがあるのもそうだけど、麻痺っていうか、慣れっていうか。恒常的に受ける刺激って、ある程度反応を鈍くしちゃうんだよね」

何でもかんでも無防備に受け取っていたら疲れてしまうから、周囲の環境に合わせて感覚を調整する。いわゆる順応ってやつで常識の話だ。ただ、彼女がそれを持ち出してくるのは意外だ。

「なら、影狼も自分の体臭がどんなのかはっきり分かっているわけじゃないんだ」
「それは、まぁ、そうだけど……」

影狼は体臭を気にしている。でもそれは自己の評価というより他者にどう評価されるかを恐れてだ。お洒落要素もあるにはあるだろうが、コンプレックス隠しというのが香水を隙なく振りかけている理由か。私が思うに、彼女は実際よりも現象を大きく捉え、不必要に肥大化させている。

「でも、ほら、あんまり自分で言うのも悲しくなるけど、満月の夜とか毛深くなるし、巫女にも臭いってぼやかれるし……」

あの巫女め。異変の折とはいえ、随分と心無い言葉をかけてくれたものだ。人間にしろ妖怪にしろ幻想郷で少女然とした女の子は希であるからして、相応しい応答を知らぬのも無理らしからぬものではあるが。

「巫女の言うことぐらいなんだ。間違いだってことを証明してやろうじゃないか」
「え?」
「次の満月はいつだっけ?」
「3日後だけど、え?」
「その日何も付けないで待っていてくれ。私が竹林に行くから――「え、ちょっと! ちょっと待って!」

影狼の手に遮られ、続くはずだった言葉はもごもごと無形の音になった。ふっと甘い匂いが強くなり、最初に指摘した時に手首を嗅いで確認していたことを思い出した。付ける場所の基本を抑えている辺り、本当に竹林に引っ込んでいるのが勿体無いくらい女の子している。

しかし、止められてしまったか。出来れば勢いのまま約定を取り付けてしまいたかった。

「え? なに? 蛮奇ちゃんなに言ってるの?」
「そこまで神経質にならなくても大丈夫なのを私が嗅いで確かめてあげるってこと」
「い、いいよ。恥ずかしいし、その……、そこまでしなくたってさ。蛮奇ちゃんは香水の匂いが嫌いってわけじゃないんでしょ?」
「まぁね。いい香りだよ」
「ほら、ね? このままで困らないし、変える必要は無いって思うんだ」
「今はまだってだけだよ。お洒落だけなら何も言わないけど、君のは不安が過ぎる。嗅覚だけじゃなく心まで麻痺していって、段々と使用量が過剰に……」

口から次々と滑り出す影狼を納得させる為の言い訳を自分で聞いているうちに突然、自己嫌悪が降ってきて語りを止めた。お前は小狡い女だと私を責め立てる声が内から聞こえる。

「……蛮奇ちゃん?」
「ごめん。さっきまでの発言は忘れて欲しい」

こんなのは誠実じゃない。私は私の欲望をひた隠しにしたままで、彼女にはコンプレックスをさらけ出してくれと要求している。裏切りと同じ、友達にしてはならないことだ。私に一端の良心が残っていたおかげで、何とか踏みとどまれた。

大きく息を吸い、長く吐き出す。肩を回し、ついでにくるくる頭を飛ばし、最後に両頬を軽く叩いて影狼に向き直った。急な沈黙からの急な行動にどうしちゃったのって表情を影狼はしているが、これは気合い注入をしたのだ。本心を語るには勇気がいる。しかも私が語ろうとしているのは、隠し通そうとしていた恥ずかしい心だ。

「影狼、聞いてくれ」
「な、なにかな蛮奇ちゃん」

もう一度息を吸った。

「理由なんかない! 私が影狼の匂いを嗅いでみたいんだ! 普段の香水も、髪をさらった風に乗るトリートメントの香りも嫌いじゃ無いけど、何も無い、影狼の自然な匂いを嗅ぎたい! ずっと思ってた! そして嗅ぐなら濃い時がいい! だから、次の満月の夜に会って欲しい!」

一息にて弾き出す。喉が急に渇いてきたが水筒はなく、重く唾を飲み込んで誤魔化した。言った、言ってやった。これが、偽りのない私の真実だ。

そうして後には静けさが残った。影狼は耳を抑えて俯いてしまった。ぴゅうぴゅうと言葉のない二人の間を吹き抜ける風を受けて胸の熱が冷えてくると、とんでもないことをしでかしたという気がしてきた。やり遂げたという妙な満足感は急速に霧散し、不安と恐怖が胸をじりじり侵食する。

「……だめ、かな?」

考えると、こんな気持ちをぶつけてしまう方が友情を壊すんじゃなかろうか。こんな感情を向ける方が友達としてダメなんじゃなかろうか。あんまり男女の仲ってやつには詳しくないが、恋人や夫婦だって頼むのは憚ることなのかもしれない。そもそも発想自体が常軌の外に位置するのやも。

沈黙が続くほどに私の不安は負のイメージを強く産んでいく。

「……私の匂い、そんなに嗅ぎたいんだ」

相変わらず俯いたままではあるが、小さな声で反応が返ってきた。消え入りそうな声は感情を上手く読み取れず、私の正気を疑っているが故の発言かと怖れが心臓をきつく締め付けたが、ここまできて臆したって良い方向には転ばない。私は間髪を入れずに返事をした。

「嗅ぎたい」

彼女は耳を抑える手に一度ぎゅっと力を込め、ゆっくり顔をあげた。

「…………へんたい」

ぽろりと溢れ落ちそうになった頭を慌てて両手で挟んだ。なんて、なんて表情をするんだ。

首まで林檎のように赤く色づき、目は涙を蓄えて眉は少し顰め、倒されている耳は先端の方が手に収まっておらず僅かに内側の白毛を覗かせる。そこから上目遣い気味に放たれる四文字。責める中にとろりとした甘さがあって、優しく鼓膜が溶かされていく錯覚。脳を焼くような衝撃、胸を叩く衝動、痺れる疼きが背筋を流れ、ずくんと下腹部に重さを感じる。両手がふさがっていなければ、間違いなく彼女を抱きしめていた。抱きしめて、それからなんかこう色々わちゃわちゃーとしていたかもしれない。

「へんたいだよ、蛮奇ちゃん」
「うん」
「ホントに変態」
「ごめん」
「臭いって言ったらぽかぽか殴るから」

意識してぱちぱちと数回瞬きをした。聞き間違いじゃない。今の言葉はどう解釈したってオッケーってやつだ。

「いいの?」

まさか、受け入れてもらえるなんて。あぁ、今自分は驚きと喜びで不器用な笑みを浮かべてるのだろう。口元が変な角度で固まっているのが分かる。

影狼がぽすんと身体を預けてきて、私の胸元に顔を落とした。体温があがったせいかより一層甘い香りが立ち上り、布越しに伝わる吐息の震えと熱さにくらくらしてしまう。

「蛮奇ちゃん、すっごい必死なんだもん。だから、特別。今回だけ許してあげる。でも、ここまでさせて酷いこと言ったら、ホントにグーで殴るから」

脇腹を掴んできたその力は、彼女の本気度をよく表していた。下手なことを言ったらぽかぽかと可愛い音で済まない殴打が飛んでくるだろう。彼女は案外に臂力がある。涙ぐむ姿も可愛いので一つ冗談でも飛ばしてやろうと企む下心は、今のうちに消し去っておいた方が良さそうだ。




太陽が4度落ち、丸い月はいま天上の頂にて黄金に光る。影狼の獣化に雲のかかり具合が影響するとは聞いてないが、こう見事な秋晴れの夜だと気分がいい。お化けくじらの心臓であるミラの脈動が実に綺麗だ。

頭を二つほど出現させ、ぺっぺけぺっぺけ音を出す。私の右手にある頭が鼻歌担当、左手の頭がドラム、真ん中がボーカル。一応こいつは影狼への合図である。竹林には分かりやすい道標が少ない。入口での待ち合わせは他の人と鉢合わせたら嫌だと断られたので、素人がうろついても迷うだけであるから、熟知した者に迎えに来てもらった方が都合がよい。幸いにして彼女は耳も鼻も大層利くので、私を見つけるのに苦労はしないだろう。
まぁ、合図の為にわざわざ一人セッションしているのは気分が高揚しているからなのだが。本当はおーいとでも叫んでやればそれで事足りる。

「蛮奇ちゃん、だよね?」

無事に呼ばれたので増やしていた頭を消す。細身の竹では当然姿を隠すことは出来ないというのに、それでもめいいっぱいに身体を縮こませて竹の影に入ろうとしている様は、小動物的な可愛さを思わせる。見える範囲で変化を言うと、胸が大きくなっている。乳が張り出したのでもなければ、毛に覆われているということなのだろう。

「ん、そうだよ。こんばんは、影狼」
「こんばんは。ご機嫌だね」
「いい夜だもの」
「それで、その……、本当にするの?」

耳がしゅんと垂れ、眉が八の字を描いている。この前にはあった気勢がなくなり、なんとも弱った表情。
まぁ、この反応は想定内だ。選択の結果がいよいよ目の前まで迫ってくると尻込みしてしまうのはよくある。しかし、影狼には悪いが私の欲求は本物なのだ。ここで通さねば2度と流れつかないだろうし、ばっさりと拒絶されるまでは必死にならせてもらおう。

「もちろん。大丈夫、天井の染みを数えているうちに終わるから」
「叩くよ」

おっと、知ってたか。気持ちが早っていらないことを言ってしまった。

「ごめん、今のは冗談にしても悪質だったね。でも、ここまで来てやめるだなんて本気で言わないでくれよ。カレンダーに1日1日印を付けていくほど、今日という日を楽しみにしていたんだ。この高鳴る胸がリズムを打てなくなったら、私はきっと枯れ草みたいにしおれてしまう」

私が務めて熱っぽく弁舌を振るうと、影狼は一度恨めしそうな目でこちらを睨み、それから大きくため息を吐いた。

「蛮奇ちゃんは普通の女の子だと思ってたんだけどなぁ」
「君と出会うまでは普通だったんだけどね。魅力的なのが悪いな、うん」
「……あんまり変なこと言ってると置いてくから」
「わっ、ちょっと!」

急に竹やぶの奥へと進んでいく彼女を慌てて追った。時折黒髪の切れ目から覗く頬が赤くなっている。しかし、照れ隠しにしたっていやに早足なものだから、彼女の家に着く頃には大分息が上がっていた。

「ちょっとは、手加減、してくれても、よかったんじゃないか?」
「着いてこれたじゃん」
「絶え絶え、だよ。落伍、するかと」
「したら分かるよ。ちゃんと足音聞いてたから」

影狼はにっと笑って犬歯を見せた。なるほど。まぁ、5分も10分も照れたままってのはないか。歩いている途中で冷静にはなっていたけれど、浮ついて調子付いている私にはいい薬だと、ペースを計りながら早足で進んだのだろう。意地悪なひと。私が言える立場ではないから、黙っておくけど。

「水いる?」
「……いる」

コップを大きく傾けて、喉を鳴らした。乾きが癒え、身体に溜まりすぎた熱がさらわれていく。なかなかの運動だった。筋肉を動かせば熱が生まれる。秋の夜の行進とは言え、ちょっぴり汗ばんでいる。

……汗か。

影狼を見る。彼女も水を飲み、人心地ついていた。私ほど息が上がっていないのは、流石狼の健脚と言ったところか。でも、むしろ優秀な心肺機能はより効率的な燃焼と放出を行ってくれるはずだ。特に今夜の彼女は、愚痴通りに服の下の表皮が毛に覆われているのなら、蓄熱に優れている。汗、かいていない訳がない。

心臓が大きく跳ねた。これは、チャンスだ。偶然にも引き寄せることのできた、千載一遇の、それはそれは貴重な。

手持ち無沙汰になって家の中を見て回っている。そんなフリをしながら玄関の鍵をこっそりと閉め、窓にカーテンが布かれていることを確認する。マントを衣紋掛けに、リボンも外した。火鉢に火種を落とし、炭をかき回す。頭を一度浮かし、再度きっちり首に座らせる。影狼がコップを空にするのを待ち、正面に立って彼女の両の手を握った。

「影狼」
「んー?」
「したい」
「へぇっ!?」

噎せはしなかった。噴き出したりも。そういうタイミングだ。コップは机の上に置かれていて、驚いた拍子に手から滑り落ちるなんてことはないし、もし此処で驚いた拍子に机を揺らしていたとしても空なので問題なし。後片付けに追われるなんて事態は発生しない。

「い、いまっ!?」
「今だよ。そういう約束だろ?」
「でも、ほらっ、準備が」
「準備? なにさ。心なんて言うんじゃないだろうな。家にあげたんだから今更が過ぎるってもんだ」
「いや、それは、えーと……ほ、ほら! 今日は肌寒いし」
「暖なら起こしておいたよ」
「うえっ!? え、じゃぁ……ってうわっ! 蛮奇ちゃん、いつの間にか身軽になってる!」
「邪魔だろうしね」
「えーと、えーと、誰かきたらほら、ね?」
「夜中に竹林を目的なくうろつく酔狂なんていやしないと思うけど」
「うっ」
「でも、念の為に扉の鍵は閉めたし、カーテンだってきちんと布かれているよ」
「いつのまに……」
「だから、大丈夫。それに、ほら」

今日に至るまで、彼女は彼女なりの進め方をぼんやりとでも考えているはずだ。急かさなければ日が昇るまでには決意を聞けるだろう。交わした約定を無視する人でないことは良く知っている。
でも、私には今が一番いい。その為に、あと一歩こちらに踏み出してもらう為に、その最後の一押しとして私は握っていた影狼の両手を私の胸へと運んだ。

「わっ! わっ! ば、蛮奇ちゃん!?」
「どうだい?」
「ど、どうって、その、やわっこい……。蛮奇ちゃんの身体って、きもちいいんだね」

予想外の感想をもらい、耳の奥でばちんっと何かが弾ける音がした。血は首から上へ急速に流れてくるけど、回路でも焼けてしまったか頭はさっぱり働かない。きもちいいって、いや、嬉しいけど! 嬉しいけどさ! そんな風に褒められると、影狼の手が私の乳房に触れていることを変に意識しちゃうじゃないか! じっと、真剣な表情で私の胸を見てくるし! あぁぁ、反応するな。反応してくれるな、私の身体。

「バ、バカ! そうじゃないよ! 鼓動だよ、鼓動! 鼓動はどうかって聞いたの!」
「えっ? 鼓動? あっ、鼓動! 鼓動ね! うんっ! は、早いかな?!」

想定していた言葉を引き出せたので、影狼の手を私の胸から離す。「あっ……」だなんて寂しそうな声をあげないで欲しい。気持ちがすっごい揺れる。

「それだけ興奮してるってこと! だからもうやらせて! お願い!」
「よ、よし! バッチコイ、蛮奇ちゃん!」

影狼が両手を真横に広げて足を踏ん張り、きゅっと眉を寄せて強く目を瞑る。格好なんてつかないし、散りばめた小細工たちも果たして意味があったのかと首をかしげたくなるぐだりっぷりだったが、どうにか合意は得られた。肺に目一杯空気を取り込んでゆるゆると吐き出す。多少、気持ちが落ち着いた。

「えと、影狼。脱がすから手は下か上に」
「ぬがっ?! ……えぇい、分かった! 蛮奇ちゃんに任せる! でも下着! 下着はダメだかんね!」
「わ、分かってるよ! もうっ!」

もっと事務的にさらっと脱がせるはずだったのに、下着を剥ぐ妄想がちらついて指先が震える。さっきから、影狼本人には自覚ないだろうが言論がいちいち際どい。実は私を悩ませての行動不能を狙っているんじゃないだろうか。

ドレスの留め具を外し、肩から床へとずり落とす。露わになった影狼の肢体に息を飲み、篭っていた熱気が解放した匂いに呼吸を忘れる。

「あ、あんまり見ないでよ。恥ずかしい……。灯り消しとけばよかった」
「……綺麗だ。うん、とても綺麗だよ」
「……ばか」

身体の末端以外、つまりはドレスで隠されている部分は丸ごと髪色と同じ豊かな体毛で覆われ、肌色が全く見えない状態だった。長毛というわけではなく、影狼のあの肉感的な線をややぼやけさせる程度。下着の色がよりにもよって白なものだから、栗色の中にあっては随分と目立つ。こんもりと布が盛り上がっているので、その下も同様に毛が生えているのだと伺える。

そして匂い。あぁもう、何と表現しようか。影狼から立ち昇る臭気は私の頭をとろけさせるに十分な魔力がある。獣臭は、もしかしたらあるのかもしれない。私のたいして優秀でもない嗅覚ではそこまで分からない。ただ、花や果実といった一般的な良いとされる匂いとは明らかに違う。確かに生物が分泌する類の香りだ。

「んっ」

影狼に触れる。頬を左手の親指で撫で、首筋へ下りて肩、二の腕へ。脱がせる時にも感じたが、影狼の体毛は柔らかい。狼と言うからもうちょっと強靭なものを想像していた。生えたて、というのも関係しているのかもしれない。狼の子供を撫でるとこんな風にふかふかなのだろうか。

右手は頭に置いて髪を梳かすように動かしながら、彼女の強張っていた身体が解れるのを見て抱き締める。首筋に鼻先をつけ息を吸うと、とくりと影狼の匂いが染み込んでくる。塩気を含んだ独特の臭気。眼球の裏側がチリチリと焼け付くような熱を持つ。病み付きになる。視界一杯に広がる、今や少ない地肌。うぶ毛のきらめく首筋に堪らなくなり舌を伸ばした。

「ひゃっ」

汗だ。汗のしょっぱい味がする。やっぱりかいていた。痕の残らない強さで吸い付き、噛み付いて味わう。激しく動いていないのに息があがっている。心臓は最早けたたましいと怒鳴りつけたいぐらいだ。溺れていきたい。もっと深い場所まで。

膝を曲げて姿勢を下げ、体毛のある場所、胸の谷間へと顔を押し付ける。体臭に粥に似た甘さが混じったのが乳腺が近いからなのか、単にブラジャーに付着する芳香剤なのか。私にはもう判断がつかない。ただ、匂いの違うと分かることが心臓のある位置、女性の成熟を示す二つの膨らみが特別なんだと錯覚させる。その錯覚は果てしなく落ちていく甘美で、思考がだらしなく緩む。

「!? ば、蛮奇ちゃん、そこっ、やっ! ちょっと!?」

すりすりと鼻先を擦り付けながら斜めに上がる。脇だ。やや乱暴に肘を持ち上げて開かせると、汗で湿って体毛がぺたりと縮んで集まるそこがよく見える。今まで、脇をこんなに性的な器官だと思ったことはない。淫らで艶やかで私を狂わせる。無意識に唾を飲み込む。限界まで息を止めて、脇に顔を挟み込んだ。

熱気と臭気が明らかに違う。強い。蒸れるんだ、ここは。酸味と粘り気のある臭いが嗅覚に張り付き、じくじく心に浸透していく。快楽が頭の中で焦げ付いている。つんと刺してくる体臭をどろりと肺胞に流し込むと、得も言われぬ陶酔感が胸を満たす。否応無しに興奮する。話に聞く薬物のトリップにも似た酩酊状態で、これ以上の感情の燃焼は苦しいと司令塔の何処かが危険信号を出していたが、自分の意思では自分は止まらずに懸命に息を喘ぐ。欠陥だ。どうして呼吸なんてしなければいけないのか。吐くなんていらない。ずっと吸っていたい。影狼で満たして息を止めて欲しい。そんな倒錯感が私を引きずるように次に導く。

「ひぅんっ! なにっ、して!?」

舐め取り、口に含んで食む。しょっぱくて苦味もあるし、滑らかだった首筋と違って体毛がざりざりと舌にくっつく。幾らか抜けた毛は歯列に挟まったり、口腔にへばりついたりと愉快とは程遠い感触を残し、飲み込もうにも舌の付け根辺りでどうしても引っかかる。客観的に考えて凡そ意味の崩壊したその行為に私は夢中となって取り組んだ。影狼の脇毛は私の唾液でぬらぬらと光り、彼女の呼吸のリズムは何かを抑えるような短いものになっていた。

まだ足りない。胸中で爆ぜる情欲の炎は一向に鎮まらないどころか、油を注がれたようにより熱狂的に悲鳴をあげている。顔中を液体と体毛で不恰好に汚していたが、私には休憩を挟む心の余裕すらなくて身体を沈ませていった。脇を離れて腹に埋もれ、臍を通り過ぎてそのまだ深く。鼠径と鼠径の間、体の中心線の底、影狼の深部。蝶が花へ寄るように、蛾が行灯に身を焼くように私は強烈にそこに惹かれた。

「あっ! ダメっ! そこはいやっ! 止まって! 終わり! もう終わりだから!」

乳房とは違う、脇とも違う。意識を絡め取り蕩散させる色香が高く登る。胃の腑の下を煮えたぎらせる匂いだ。思考は既にどろどろに溶かされ、脳はもはや根源的欲求を満たさんと体を動かす原始的な器官に成り下がっている。もっと近くで欲しい。張り付くようにして味覚と嗅覚を堪能させることが出来たら、私はきっと天上にまで飛んでいける。

「ダメダメダメ! ダメだってば! お願い! 分かってよバカ!」

下着に触れるか触れないかといったところで何かに引き剥がされた。相当な力で影狼の手が私の顔を押している。跳ね除けようとこちらも躍起になって前へ進もうとするが、ぴんと伸ばされた腕はちっとも曲がらない。なんで邪魔をするんだ。もう少しだったのに。こんなの残酷じゃないか。

このまま正面からぶつかっていたって拮抗状態の崩れることはないだろう。私は頭を首から外した。

影狼がつんのめる。上体が崩れ、重心を保とうと右足が外側へ一歩動いた。力が散った両腕の肘を下から鷲掴みにして突き上げ、浮いた頭を再び首へ戻す。

「えっ!? うそっ!? こ、このっ!」

影狼が私の拘束から逃れようとするが、手のひらを上にして抑えているんだ。これだと肘の関節が下に曲がることはないから、引っかかれた痛みで力が緩む心配はない。

今度こそありつける。もう結果は分かっている。ここはきっと、とてつもなく甘露だ。シナプスが痺れ、脳髄が震え、中央から末端まで随意から不随意まで全ての神経が焼き切れるような快楽に晒されるだろう。

唾液が口の中に溜まってきた。血液が熱い。呼吸が浅く短い。心臓はまだ限界を迎えないでいてくれるだろうか。眼が痛くなってきて瞬きをしたら、恐ろしいほど乾いていた。そういえば、ずっとするのを忘れていたような気もする。緊張も興奮も期待も、何もかもが最高潮にあった。

「ダメだって言ってるじゃんかぁぁぁっ!!」

途端、衝撃とともに白光が広がった。それから浮遊感とまた衝撃。顔の前後に叫びにならない痛みが襲ってくる。身体を動かそうとして感覚がないことに気づく。口の中に温く鉄臭い液体が流れ込む。なにが、なにが起きたんだろうか。

「ば、蛮奇ちゃんが悪いんだからね! ホントにダメなのにやめてくれないから!」

痛い。びっくりするほど痛い。ちかちかする目をなんとか開ければ天井が見えた。そうか、蹴られて頭だけ吹き飛んだのか。どくどく鼻から溢れるのは血か。膝蹴りを顔面に受け、上に跳ね上がって落下。頭の後ろも堪らなく痛いのはそのせいだ。痛みと衝撃で脳内はパニックに陥っていて、身体とのリンクが上手くいかない。いま、首から下も無残に倒れ伏していることだろう。

しかし、意識がリセットされたからなのか、すっかり正気に戻れた。私は影狼になんてことをしようとしたんだ。本当に酷い。弁明の仕様もない。絶交されても仕方の無い過ちを犯してしまった。申し訳なさと情けなさで涙嚢が熱くなってくる。

「うわぁぁっ! 血! 血が出てる! 強く蹴りすぎたみたい! ごめん蛮奇ちゃん、大丈夫!?」

問題ないと答えようとしたけど、私の口からは苦悶が漏れるだけだった。おまけに頭を揺り動かした拍子に瞳の熱が頬に落ちてきた。

「泣いてる……。うん、痛かったよね。ごめん、ごめんね」

影狼が傍まできて座り込み、両の手で私の頭を抱え込んだ。彼女の優しさに一層自分が惨めになって、「ぅうう……」と引きずるような声を出して本格的に泣いてしまった。それにつられて影狼も謝罪の言葉を繰り返しながら泣き出した。二人して満月の綺麗な夜更けにわんわんと涙を零した。

落ち着きを取り戻し、しつこいくらいの謝罪合戦を繰り広げた末にお互い悪かったと結論をつけ(まず間違いなく10:0で私が悪いのだが、そうしないと影狼が折れてくれなかった。後日、この件と無関係を装って里でも一等高い菓子と酒を渡そうと決心している)、私たちは一先ず身を整えることにした。影狼は汗と私の唾液と血を流しにお風呂へ向かい、私は口をゆすいで残った毛を吐き出し、顔を洗ってから鼻の上側を抑えて止血。

「どう? 鼻血止まった?」

髪を拭きながら影狼が戻ってきた。全身を覆うゆったりとした寝巻きを着ており、手首と足首の部分がゴムで絞られている。ベッドに毛を散乱させない満月時用の格好なんだろうか。なんにせよ、下着姿やタオルを巻いた姿で現れなくて良かった。ようやく血が止まってきたところなのだ。

「うん、もうそろそろ大丈夫かな」
「よかったぁ。蛮奇ちゃんもお風呂……あ、ダメだ。毛が浮いちゃってるよ」
「いいよ。一応、家を出る前に入ってるから」
「そっか」

ハーブティーを取りに私の横を通り過ぎると、シャンプーと石鹸の香りがふわりと香った。

「ええと、それで、どうだった?」
「なにが?」
「その……、わたしのにおい……」

妙なことを確認するな、と思った。ご覧の通りに答えは明らかだし、彼女からすれば気持ち悪い思いをしたのだからぶり返したくもないことだろうに。でも、尋ねられたのだから答えよう。

「そうだね。やっぱり、普段は香水を付けた方がいいと思う」
「ひっどーい! あんなにしておいて、臭かったって言いたいの?!」

握りこぶしを作ったのが見えて私は必死に首を振った。

「ち、ちがっ! そのっ、エッチだったんだよ! すごく!」
「えっ…………ち……」

影狼が遅めの湯あたりを起こす。当然、言っている私も真っ赤っかだ。

「香水付けた方が良いなんて言ったけど、本当は香水を付けていて欲しいの! あんな色っぽい匂い振りまいてたら、絶対に誰も彼も影狼に飛びつくよ! わがままだけど嫌なんだ! 影狼が誰かに奪われるなんて耐えられな、いっ!?」

鼻の奥から液体が流れてくるのを感じ取り、慌ててちり紙を何枚か引き抜いて上を向く。熱くなりすぎたみたいだ。

「……うー、だから、その、これからも私だけの影狼でいておくれよ」

じんじんと頭の後ろが熱を持つ。勢い余って言わなくていい胸中まで吐露してしまった。どうにもこういった失敗が多い。焦ると言葉を増やす癖、なんとかしないと。

影が差したので顔を正面に向けると影狼が目の前に立っていた。顔が近づいてきて、ちゅっとおでこにキスを落とされる。

「うん、いいよ。蛮奇ちゃんがそう言うなら」
「ごめんね。変なこと言ってる自覚はあるんだけど」
「いいの。いいんだよ」

手が伸びてきて頭を撫でられる。優しい手つきが心地いい。でも場所によって少し痛む。

「あ、ここ瘤になってる」

慎重に触られたそこは、ちょうどじんじんとしていた場所だ。なるほど、それでか。

眉が下がったのが見えて、私は開きかけた影狼の唇に人差し指を押し当てて塞いだ。

「もう謝罪はいいから」
「……うん」

代わりなのか、もう一回おでこにキスが降ってきた。

「ねぇ、蛮奇ちゃん」
「なに?」
「今日、泊まってく?」

思考が停止した。それだけ信じ難い言葉だった。

「それは、警戒心がなさすぎる。今日で分かったろ? 私は自制心が欠けてる。邪険にされたって恨まないよ」
「なんで? 嫌なことなんてされてないのに」
「優しい嘘つきだね」
「嘘じゃないよ。そりゃ、恥ずかしいしびっくりしたけど、蛮奇ちゃんだったから気持ち悪いなんて思わなかった」

そんなことあるのだろうか。身体の匂いを嗅がれ、舌が隅々を這い、大事なところも容赦無く暴かれる。私が影狼に同じことをされたらきっと……同じことをされ…………あれ? 嫌じゃないな。泣くほど恥ずかしいだろうけど、不思議なことに影狼なら許せる。そこらの雑多な連中にされたら嘔吐するぐらい拒絶反応が出るだろうに、影狼にされるのだったら大丈夫な気がする。彼女もそう思ってくれているってことでいいのかな。

「ん、そっか。分かった、信じるよ」
「まぁ、いざとなったら私にはこれがあるから」

彼女は快活に笑って膝を叩いた。私は鼻の痛みが戻ってきたような気がして、力なく笑い返す。

「次はお手柔らかにね」

幸いなことに2度目の膝が飛んでくることはなかった。床に着いても変な気持ちが起こることはなく、私はただ影狼の普段より柔らかく暖かい身体を抱きしめながら、静かで穏やかな気持ちでいっぱいになって心地よい眠りへと自然に落ちていった。
わかさぎ姫「影狼さんと蛮奇さん? えぇ、知っています。あの2人、互いのこと親友だって思ってるんですよ。ほんっと、笑わせてくれる」
コトワリ
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.340簡易評価
4.100名前が無い程度の能力削除
影狼ちゃんもふもふ!!幸せになりやがってください!!
8.100名前が無い程度の能力削除
台詞だけ抜き出すと完全にアウトなのは意図的なのかな?
素晴らしい
10.100ふつん削除
これは素晴らしい。
自分は匂いフェチでもけものフェチでも無いはずなのですが、
この作品はすごく良かったです。
いやはや文章の力ってすごい。
ラストの姫のやさぐれっぷりも含めて好き