Coolier - 新生・東方創想話

兎神と思兼神

2016/05/03 14:38:33
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「てゐさん、てゐさん、モブですけど、居ますかてゐさん」
 と、私のねぐらへ声を掛けてきた者がいた。この声は――他種族からすれば『ウサウサ』としか聞こえないだろう兎語。だけど私は、
「いるよ。というかアンタ、出来る限り人間の言葉を使うよう前に言ったじゃないか。なんで使わないのよ」
 ねぐらから出つつ、このように人間の言葉で返す。
 しかし、それに対する回答は、
「え、……あ、自分、まだ、使えない、ちょっと?」
『コレ』で。
 私は思わず溜息を吐いてしまった。……仕様がない。ここからは私も兎語で話そう。
「まだ覚え切れてなかったの? 学ぶことを命じてからもう半年は経ってると思うんだけど」
「済みません。でも、兎語で会話できるんだからわざわざ覚えなくてもいいじゃないですか」
「バカだね」と私は言う。「その停滞こそが老いに繋がるんだよ。頭も身体も使いつつ規則正しく生きてみな。そうすればアンタも直ぐに妖怪兎になれるよ」
 するとモブは「はぁ……」と困惑顔となって、
「これでも自分は今年で八十になるんですがねぇ。てゐさんを除けば最年長。もう半ば妖怪になってるんじゃないですかね? 普通の兎の寿命なんか疾っくの疾うに過ぎてますよ」
「はん。たかだか八十。妖怪化してなくても健康に気を付けてれば余裕さね。だけど私みたいに二百万年近く生きるには妖怪化は必要だよ。多分ね」
「……自分はそんなに生きたくないんですけどね。それよりてゐさん、本題なんですけど」
 私は頭をボリボリと掻いた。憂鬱だな、って思ったからだ。
 けど聞かなければならないだろう。だから、
「……前回の報告から半年だね。それで今回は何匹なんだい?」
 訊ねるとモブは答えた。心苦しそうに。
「判明している数だけでも、先日で百を超えたみたいです」
 ……百?
「なんか異常に増えたわね。それじゃ単純計算、一年で二百になる。今この竹林に残っている総数は百引いて……六百とちょっとになるわよね? ということはあと三年半ぐらいで全滅するじゃない」
「正直、それすら保つかですよ……」
「『この竹林に入れば生きては出られない』色々な方法でそう流布はしているのよね?」
 モブは首を縦に振った。
「しかし少し前に分かったのですが、今は妖怪達が竹林に入らなければならないような世情にあるようですね」
 世情?
「詳しく話して」
「ええはい。去年、妖怪の賢者が月に戦争を仕掛けて負けたじゃないですか」
「ああそうだね」
「それで以前より求心力を失ったらしくですね、どうも妖怪の多くが『大人しくしている』ことを止めたということで。他妖怪の縄張りを襲って奪うなんてのは最近じゃ日常茶飯事。そしてそれにより狩り場や縄張りを奪われた者は……」
「……腹が減る。竹林には自分よりも更に弱い兎がまだまだ沢山いる。だから後に遭難する可能性なぞ二の次で、喰うために竹林に入ってくる、ね?」
 モブは「はい」と頷いた。
「妖怪に襲われた際の逃げ方は前に私が教えた筈よ。それでも今回は逃げ切れない?」
「なんというか……てゐさんの教え通りに動けるものはまだ助かる確率が高いのですが……知恵が足りなくて教えを実践できない兎が大多数です」
 そしてモブは言葉を続けた。俯きながら――
「てゐさん、なんとかならないでしょうか?」
 ……私は目を瞑った。
「少し……少し時間を頂戴。良い手立てがないか、また考えてみるから」


 モブが帰ってから一辰刻ほどが経ったろう。その間、私はずっと頭を巡らせているけども、中々妙案は出てきてくれない。
 私たち兎を喰う妖怪は、腹が減ったが為に仕方なく竹林に足を踏み入れてくる。となれば竹林外に食べ物を置いておく事でその食欲を満たしてやれば、竹林の中は安全となるだろう。
 けれど、コチラが用意できるのは『野草』『筍』『虫』ぐらいだ。肉しか受け付けないような妖怪の対処はこれじゃ不可能だし、更にこの手段ではこれから長きに渡って、私たちは食物を『搾取され続ける』ことになる。……費用対効果が低すぎる。故に却下。
 次。妖怪の賢者になんとかして会い、頼む込む。
 ……ダメね、これも却下。
 賢者だって妖怪が荒れに荒れているこの状況をなんとかしようと既に動いているはずだ。私が文句を言いに行った所で改善が早まるとも思えない。
 では次。自力防衛。残る六百の兎たちでこれから行動を共にし迫り来る妖怪から身を――
 ……うんにゃ、と私はかぶりを振った。
 そんなの悪手も悪手ね。大人数ゆえに行動が鈍化し、逆に逃げづらくなるに決まってる。……じゃあ戦う? 寝言は寝て言えと言われそうな案だわ。私たちは非力な兎。六百匹集まった所で勝てる訳がないというか、虐殺が繰り広げられるだけじゃない。
 となるとやっぱり――
『全員の頭を良くする』これしかないか。
 私ほどとは言わないけれど、せめて場面場面によって臨機応変に行動を変えることが出来る位には知恵をつけさせてやるしかないわ。
 だけどこの案。
『どうやって?』と毎回自問になり、自答が出来ないまま時間だけが過ぎていく。
 これまでだって若い兎に対し私は幾度となく勉強会を開いた。でもそんな程度じゃ芳しい結果は出てくれない。みんな物覚えが悪すぎるのだ。
 私はねぐらの外へ目を向けた。そこにはもう、本当に慣れ親しんだ景色が広がっている。
 ……私は。
 私はこの竹林の兎の中で一番長く生きていて。いつしか私は皆の『長老』となっていて。けど私自身それも悪くないと思って、全員が平和に暮らしていけるように尽力してきたつもりで。
 いや別に……さぁ。他の兎たちを助ける義務も義理もないけれど――血が繋がった奴もいないけれど――それでもだ。なんなのだろうね? 皆、もう私の子供みたいなものでさ。弱肉強食や食物連鎖、死ぬ時は死ぬけども――うん。
 助けられる命なら、助けてやりたいと思ってる。
 ならばそうだ帰結する。考えなければならないのだ。
 妖怪が兎を喰い荒らす、この事態を解決させる一手を。
 だから私は立ち上がり、ねぐらから出た。


 私はブラブラと散歩をすることにした。ただ単にジッとしているよりも様々な視覚情報を得られる環境に自身を置いた方が、なにかと『閃きやすい』と思ったからだ。
 ところで此処は『迷いの竹林』……だから『より』だろうね。
「早いもんだねぇ」と私は独り言つ。
「ここらの竹は大分生長したね。風景が変わってるわ」
 ということで私はその、変化した風景を頭に叩き込んだ。こうして竹林内の現在位置を把握できるようにするという事は非常に大事だ。
 妖怪とかに襲われた際に逃げ――結果、道に迷いました、なんてことは避けたいからね。遭難しても竹林内なら飢え死にすることはないけれど『長老』が迷子なんて、子ウサギたちに示しがつかない。『道を覚えろ』って、叱れなくなっちゃうもの。
 ……ふむ。
 最近はこの調査をサボってたからねぇ。頭の中にある景色と場景が中々に食い違ってるわ。根を詰めているだけでは、差し当たりの問題に対する解決策は思い付かないだろうし、これを機に竹林をグルッと見回ってみるとしようかね?
 さればと私は足を動かし続けた。動かし続け、記憶の中の地図を更新し、更に進む。
 と――そうして数時間が経過した頃だった。
 私はこんな奥地まで普段は行かない。だからここらを歩くのはどのぐらい振りになるだろう? 数十年? ううん、ややもすれば数百年経っているかもだ。
 だと言うのに、
「……はてな?」
 ここまで歩いてきたその道程。それは一から十までと言っていい。竹の生長によってその全てが見覚えのない景色へと変化していたのだけれど……
「ここは……いつか前に調べた時と景色が変わっていないような……」
 もしかしたら、『誰かがこの辺りを整え続けている』『この辺りのタケノコを生長しきる前に掘り、食し続けている』と、そういう理由があっての『変化なし』なのかも知れない。けれど、
「こんな場所をねぐらにしてる兎はいなかったわよね……?」
 そんな記憶から、どうにも腑に落ちない。私はどうしてもこの疑問を『まあいいか』と流すことが出来なかった。
 なので私はその周囲を念入りに調べてみる。
 すると……
「……はは」
 いやはや、この場所が竹林で良かった。竹林だったからこそ連想できたのだ。私のちょっとした『思い付き』。それはどうやら図に当たっていたらしい。
 私は目の前に生えていた植物を引き抜く。そうすれば抜いた草は直ぐさま光の粒子のようになって飛散し、『引き抜いたという事実』が無かったかのように即時、前の状態へと戻ってしまった。
 私はその場で数時間ほど待ってみた。竹というのは一日で三尺伸びる個体もある訳で、だからたかだが数時間でも注視していればその生長はちゃんと確認できる物なのだけれど、観察の結果――ここの竹は太さも長さも何一つとして変わらなかった。
 一言で言おう。
『この場所は変化を拒んでいる』
 ……私はモブのねぐらまで移動し、そして命令した。
「明日の早朝、知能のある兎を全員、私のねぐらまでやって来させなさい」


「てゐさん、てゐさん、モブです。お早う御座います」
 と、ねぐらの外から兎語が聞こえてきた。相も変わらず人語を使えという命令は守れていないけれど――
 何重もの『ウサウサ』という声も耳に入る。どうやら昨日頼んだ方の命令は守ってくれたようだ。
 私はねぐらから出て、モブに訊いた。
「おはよう。これで何匹だい?」
「はい自分を入れて三十五匹ですね。全員、命令を聞く位の知能はありますよ」
 三十五匹か。まあ大体、予想した通りの数だ。
「で、自分たちを集めて何をするつもりで?」
 私はモブに答える。
「少し頼み事があるのさ」
「頼み事ですか?」
「そうさ」と私は集まった兎たちの方へ身体と顔を向けた。
「みんなお早う。実はお願いがあるんだ。もし上手くいけば、我々兎が他の妖怪に食い物にされている現状を変えられるかも知れない。手伝ってくれるかい?」
 すると、
『長老のことだから信用は出来るけど……』とか、
『俺たちに何が出来るのか』とか、
『あんまり危険なことはやりたくないなぁ……』とか。
 ああ。
「いやさゴメンゴメン。こういうのは内容を言ってからでないとだよね。基本、危険なことはないよ。少しの間だけ、みんなには違うねぐらで暮らして欲しいってだけさ。それで、その場所で何か気付いたことがあれば、それを私に伝えて欲しい。それだけだよ」
 その私の説明に兎の一匹が聞き返してきた。
『暮らすだけ、ですか?』
「そうだよ。皆には家族が居て――そういう面で少々面倒な問題は出てくるだろう。家族を引き連れて引っ越しという選択でもなんでも、何にしても手を患わせる事にはなる。だけどそこは悪いけれど我慢して、私に協力して欲しいのさ」
 そしたら逸速く、「自分はやりますよ」とモブが言ってくれた。
「てゐさんの命令を聞くことは、自分ら兎の為になることばかりです。今回だって従っていれば、妖怪の餌食となってしまう現況を見事に改善してくれる事でしょう。てゐさんに頼りきりなのは些か情けないけれど……ふふ。頭の良さで百八十万歳には敵いっこないですし」
「……モブ。あたしゃ歳なんか気にしてないけど、これでも『れでぃ』だ。一言余計だよ」
 モブからの、私への信頼。それを内心は嬉しく感じながらも、私は口を尖らせて注意した。そうするとあちこちで『クスクス』と零れたような笑いが起きて。
『俺もやりますよ』とか、『女房にどやされるなぁ』とか、『今日は子供と遊んでやるか』とか。そんな声も挙がり始めた。
 私は「ありがとう」と、そして「じゃあ着いてきてくれるかい?」と、そう言ってから『変化を拒むあの場所』へと皆を先導した。


「場所はこの辺りよ。この辺りになら、どこにねぐらを作ってもいい。出来るだけ早い方がいいけれど、各々事情に折り合いがついてからでいいわ。ついた者から生活の場をここに移して頂戴」
 現地に到着した私は、引き連れてきたウサギ三十五匹にそう伝えた。
 続けて、
「期間はとある目的を達成するまでだから短ければ一週間ほどで済む。だけど逆に言えばいつまで掛かるか分からないという事でもあるの。私もここに住むからさ、何か気になることがあったなら教えて。……それじゃあみんな、よろしくお願いします」
 言うのへ頭を下げる。すると皆は『はい分かりました』ってそのように応えてくれて、そしてこの場は解散となった。
 ……で、今ここに残っているのは私とモブの二匹だけ。
「……? モブ、あんたは戻らないの?」
「そうですねぇ」とモブはポツリ言う。「自分も独り身ですからね。折り合いをつける相手がいない。だから早速、この辺りにねぐらを作る作業に移りますよ」
「……なんだか、悪いわね」
「なにがです? 自分が独り身なのは別にてゐさんの所為じゃないですよ」
 いやそうだけど。
「なんとなく謝っただけよ。八十にもなって独り身の兎に頼み事をしてるのが申し訳なくなったのかもね」
「てゐさんには言われたくないなぁ。神代からの未通――」
「それ以上言ったら殺すかんね」
「おっと、それじゃ口は閉じときましょうか」
 …………
「ねぇモブ、少し訊きたいことがあるんだけど」
「なんですか? ……っと、焦りから自分へ求婚とかは御免ですよ?」
「そんな訳ないじゃない馬鹿。私はあんたが産まれた頃から見ているのよ? そもそも私には心に決めたお方が――って、それはもう言わなくても知ってるか」
「へいへい知っています。全く馬鹿は貴女もだと思いますよ一途すぎて。まあいいです。それで何が訊きたいのですか?」
「訊きたいのは……今回の作戦のことよ」
「てゐさんが自分に?」
「内容についてじゃないわよ。そうじゃなくてさ。正直に言うとこの作戦、上手くいく可能性は限りなく低いと思ってるの。だからダメだった時、私は皆になんて謝ればいいのだろうねって。許してくれなくてもいい。私が此処を出て行くことになってもいい。だけどこの問題を解決できないまま全員が喰い殺されてしまうことだけは嫌なのよ」
 そう告白すると、モブは疑問符を浮かばせたような表情となった。
「……なによ?」
「いや、なんというかですね? てゐさんは勘違いをしていますよ」
 勘違い?
「だってですね。失敗となってもそもそも誰も怒りませんよきっと。てゐさんがいなければ自分たちは遥か昔に全滅しています。そんな恩ある方に対して怒りなんて誰も持ちません。てゐさん、貴女は自分たちの長なのですよ?」
「……そうか。そうね」
「ええそうです」
「ありがとう」
「いえいえ、こちらこそですよ」
「……ちょっとだけだけど……撤回するわ。『そんな訳ないじゃない』って奴。大穴牟遅様にお会いする前なら、アンタの優しさに惚れてたかもね」
「ごめんなさい」
「即答ね。でも『お会いする前なら』って言ったでしょ。だから謝んな。惨めになるから」
「ごめんなさい」
「だから謝るなって――」とか、そんな会話をしながらね。私はモブのねぐら作りを手伝った。


 この場所で私が望むべき現象――その報告がなされたのは、ここへ引っ越してきてから五日後のことだった。
 とある一匹の兎が言ったのだ。
『十秒にも満たない時間でしたが、景色が歪んで見えた場所がありました』と。
 私はその報告に礼を言い、「引き続きお願い」と頼む。
 三十六匹でこの辺りに住み……五日間で一件のみ。私以外の兎には私の能力である『幸運にする程度の能力』を付与している。それでこれっぽっちの成果。
 ……案の定、頻度は少ない。だけど一件だけでも確認できたのは喜ばしいことだ。一縷だけれど、希望は繋がってくれていたということなのだから。
 私はそれからも兎たちからの報告を受け、そしてそれを頭の中で整理し、木の板に掘ることで計算する。
 それが最善と分かりつつも――それしか出来ないことが歯痒く感じる日々が続いた。
 この仕事に従事してくれている兎の家族が妖怪に喰い殺されたというような訃報が何件も入った。骨しか残っておらず、身元不明の兎の死骸があったという報告も、月に二十件ほど入ってきた。
 そんな状態で三ヶ月。三ヶ月だ。私はようやく割り出すことが出来た。
 明日の正午過ぎ、計算して導き出した『ある地点』の景色が恐らくは歪み出す。この好機を逃すと――『歪みだす地点』が判明している次の機会は三週間後。今はもう、一日だって無駄には出来ない。だから明日に、なんとしてでも目的を達成させねばならない。
 故に私は夜、三十五匹を自分の新たなねぐらの前に集め、発令した。
「明日、皆も一緒にとある場所に行きたいと思う。そこで私たちが殺されることは――多分ない。だけど絶対だって確約こそは出来ない。これを隠して決行することも出来たけれど、私はそれをしたくなかった。……みんな、出来れば着いてきて下さい」
『…………』
 三十五匹の中には家族を殺された者も多くいる。だからだろう。三ヶ月前のような活気はなくなってる。モブは既に『着いていきます』と言ってくれていたけれど、それ以外にはハッキリと口に出して応じてくれる兎はいなかった。
 でも、私の申し出を断る者もまたいない。
 私はこの沈黙を一応の了承と受け取ることにして、解散を促した。
「来てくれるのなら明日の朝、ここへ集まって」と、最後にそう言って。


「明日、何をするんですか?」
 夜、モブはねぐらに戻らず私に訊いてきた。
 私は「交渉さ」と答える。
「交渉ですか? 誰と?」
 肩を竦めて見せる私。
「さてね? 私にもまだ分かってないよ」
「……どういうことでしょう?」
「んー……なんと言えばいいかね?」
「じゃあてゐさん。何を交渉するのですか?」
「それは簡単に答えられるわ。この竹林に住む兎たちに『知恵をつけさせてくれ』よ」
「知恵ですか?」
「そうだよ。明日わたしが交渉する奴は、きっとそれが可能なんだ。そして其れさえ通れば妖怪に喰われる兎は限りなく減るだろう。私は難なく逃げられるんだ。与えて貰った知恵を使えば、他の兎だって簡単に逃げられるようになるさ」
「景色が歪む場所の奥に、そんな凄い誰かが隠れ住んでいる、ということですか?」
 私は頷く。
「それはどうして分かるんでしょう?」
 そう質問してきたモブに私は質問で返した。
「モブは竹取物語というのを知っているかい?」
「竹取物語……?」モブは少し考え込むような顔をしてから、「ああ、確か人間が考えた話でしたか。内容は朧気にしか覚えてませんが、平安の頃の作とか?」
 私は「そうだね」と認める。
「その物語は、実はまんま創作という訳ではないのよ。登場人物も作中の内容も、八割ほどかしら? 事実を基にして作られてる」
「はぁ……」
「そして結末、かぐや姫は月へと帰る訳だけど……その際、帝に一つ贈り物をするのさ。『蓬莱の薬』という秘薬をね」
「ほうらいのくすり?」
「そう蓬莱――換言すれば不老不死の薬だ。服用した者の『身体の変化を拒絶』する。だから服用した歳から成長も老いもしないし、普通なら死ぬような怪我を負っても一瞬で元通りになる」
「待って下さい」とモブが言った。どうやらピンときたらしい。
「変化を拒絶する? 身体ではありませんが、どうもその現象はこの辺りにも……」
 私は思わず微笑んだ。
「そうさモブ。この辺は、その特徴ととても良く似ている効果が働いているんだよ」
「つまりこの周囲には、その蓬莱の薬とやらの効能が掛かっている……?」
 まあ、
「この場合対象が生物じゃないとか、度々歪みが発生してるとか、そういうことがある以上はさ、永遠の生命や停滞をもたらす蓬莱の薬をそのまま使ってる訳ではないだろうけどね。ただそれに類する力ではある筈だよ」
 すると「あぁ歪み――そういえばですよ」ってモブが両手をポンと叩いた。
「あの歪み、あれは何なのでしょうね? 『変化の拒絶』という効果による弊害なのでしょうか? 空間や事象を無理に狂わせているからとかで」
 いいや。
「弊害っちゃあ弊害だけど厳密には違うと私は思う。自転や公転。そもそも星というのは動いてるんだ。だからここの空間自体に『変化の拒絶』という機能を組み込み摂理を狂わせたというのなら、その狂わされた『拒絶空間』は一瞬ごとに位置が変わる筈なのさ。地点地点に設定された空間の情報、摂理までは星の動きに左右されないからね。だから仮に昨日術を掛けたとしたら、次この場所が『拒絶空間』になる可能性があるのは大体三百六十四日後の一瞬だけ、となる」
「?」
 あー……そうか。天体の仕組みなんて、神の知識でもないとまだ理解できないか。
「んんと、なんといえばいいかねぇ。取り敢えず空間に機能を組み込み効果を持続させるというのは、色々と計算しなくちゃならないから面倒なんだよ。それさえやってのけるって事もあるかもだけど、普通はやらない。だってそれよりも簡単な方法で『拒絶空間』を維持することは可能だからね。私ならそっちを採用する」
「その方法とは?」
「単語で表せば『結界』さ。『変化の拒絶』をもたらしたい範囲の角に『柱』を置く。恐らくはその柱――見た目は竹かもね? で、その柱同士を結んだ『線』を枠組みとし、そして出来た結界内に術を掛ける。それだけでいい」
 これなら自転も公転も関係ない。目印である柱自体も一緒に動くのだから。
「ということは……その柱を壊せば術を破れるということですか」
「まあそうだね。だけどその方法で術をなんとかするのは非現実的だよ」
「どうしてでしょう?」
「それはその柱自体も、『変化の拒絶効果内』にあるだろうからさ」
「……ふむ。壊したとしても一瞬で修復される、ですか」
「では――」とモブが言葉を続けた。
「どうやって術を破るのですか?」
 そうだねぇ……
「結局は無理矢理になるだろうね」
「無理矢理ですか?」
「ああ妖力でこじ開けるつもりだよ。ただ普通にやったらそんなの通用する訳がない。私なんかのチンケな妖力じゃ間違いなくね」
「分かってるとは思いますが、てゐさんで無理なら自分らには況して無理ですよ?」
「まあ待ちなさいよ。『普通にやったら』って言ったろう? 破るのは一部、それも短時間だけで充分なんだ。私たちの目的は歪みの奥に隠された場所へと入ることだからね。何も術を根本から解除する必要はない」
「それ位ならば出来ると」
「出来る出来ないじゃなく『やる』のよ。だって、だからこそ歪みの発生場所を調べてたんだし」
 ……と、そうそう。
「ちょっと話が逸れちゃってたけどモブ、アンタあの歪みは何なのかって疑問に思ってたわよね」
「え、ああそうですね」
「飽くまでも私の予想では、だけれどさ。あの歪みは思うに、『変化の拒絶効果が薄れた瞬間』なのよ」
「……? 変化を拒絶するのに、効果が薄れゆくこと等あるのですか?」
「あるわ。さっきも言ったけど、歪みが発生している以上は、ここの停滞は完全なものじゃないのよ。そして直ぐに前の状態に戻ってしまうとはいえ一瞬のみは外的要因次第で変化を――草を引き抜けたりもするのだから、時間停止とかでもない」
「はい」
「となると――だ。蓬莱の薬そのものや時間停止でないとなると――その他にはさ。永久に動き続ける装置というのは絶対に存在しないと私は思うのよ。効能があるということは『えねるぎぃ』を消費し続けているということなの。だからコレも拒絶効果を掛けられた場所こそは変化しないけど、でもその術の効果の自体は経年劣化していく。効果持続時間という制限は必ずある」
「つまりその劣化した瞬間が隙だと。ならその『歪む』という現象を目安に、術者は拒絶を掛け直しているということなんですかね」
「隙についてはその通りだけどね。掛け直してはいないと思う。歪みは結構な広範囲に、しかも少なくとも数日に一度という割合で発生しているわ。その度に、ってのは面倒じゃない?」
「なら劣化の対処はどのように?」
「んー……多分だけど対処は『自動処理』なのかもね。とある空間部分の効果が劣化しても、その近くの空間部分に有る『まだ正常な拒絶効果』が連鎖反応的に働いて、隣の劣化を無かったことにしている、とかね。だから歪みが発生するのは一瞬だけな訳。すぐに修正されてしまうから」
「となると一度術を掛けてしまえば実際には半永久的に効果が続く……なんにしても術者はとんでもない奴ですね」
「そうね。でもだからこそじゃない。最低でもその術者は停滞技術を――蓬莱の薬を『作れるかも知れない』知識を有しているのよ? 身体に転用すれば致命傷だって一瞬で『直しちまう』技術さ。それならさ、私たち兎に知恵をつけさせる薬とかぐらい、どうとでもなるとは思わないかい?」
「……なるほど」
 と、そう呟いたモブだけれど。
「……なんか難しい顔してるわね。どこか気になることでもあったかしら?」
「いえ……以前てゐさんが『上手くいく可能性は限りなく低いと思っている』と言っていたことを思い出してました。そういう薬師のようなのが実在すること。結界破りも含め、その者に会いに行けること。その者が自分たちのお願いを聞き届けてくれること。その全てが上手いこと運んでくれたならば、という作戦だったんですね」
「……はは」
 我ながら呆れるね。他者に言われれば尚更にだ。自嘲の笑いが漏れる。
「私らしくないだろう? ほぼ運任せの策だよ」
「ですね。幸運の兎ではありますけど、てゐさんは狡猾ですから」
「狡猾って、余り良い響きじゃないね」
「そうですか? てゐさんを表す表現としては正しいと思いますが」
「確かにね」
「それに、そんな狡猾なてゐさんが運頼みになる程の難題を頼んだのは自分ですよ。てゐさんは気楽にやってください」
 ……うん。
「……もし幸運にもさ。目当ての人物と面会が果たせたならソコから先は私が口で丸め込むよ。その段まで辿り着けたのならモブ、アンタは上手くいくことを祈ってて。狡猾な私の舌先三寸が通じるように」
 するとモブは落ち着いた声で「了解しました」と、そうとだけ言ってくれた。


 翌朝、私の目の前に集合してくれた兎の数は――三十五匹。全員だった。
 その中から代表して一匹の雄兎が言う。
『昨夜、みなで話し合いました。悲しいことはあったけれど、俺らはこれからも長老に付いていきます。……出来れば、俺たちが殺されないように守って下さいよね?』
 後半は冗談を言う時のように、ニヤリとしたかんばせでそう口にして。
 でも、その笑みの中には僅かに空元気のような心の色も見えた。けれどそれに気付かない振りをして、「分かってるわよ」と私も笑みで以て応えた。
「じゃあ出発するわ」って告げて、私たちは景色の歪む地点へと移動を開始する。
 とはいっても、そこまでに起こるような危険はない。迷い込んだ妖怪に出くわすという可能性は無くはないけれど、そういうことも発生せず目的の場所へと到着する。
 さて。
 私は皆に聞こえるよう声を張った。
「――一刻ほど後よ。計算では私がいま立っている背後の空間が歪み出すわ。そしたら私は力の限りの妖力を使って、その歪みに更なる負荷を与え『穴』を開ける。その瞬間に合図をするから、それを聞いたら皆は私に続いて『穴』に飛び込んで。そして『穴の先』に着いたら待機。なにか質問はある?」
 そうして私は全員を見回した。……うん。質問はないみたいね。
「じゃあ歪みが発生するまで、皆はこの辺でゆっくりとしてて――」
 と、その時だった。
「てゐさん! 後ろ! 歪み出してっ!」
 私はモブの叫びを脳で処理するや、即座に振り返り歪みに向けて両手を突き出した。
 意識付けの為にも私は、
『やれ! 今だ! ありったけを! ありったけの妖力を!』
 そう頭の中で強く繰り返す。けれども、準備無しでいきなりに全放出は難しい。歪みは私の妖力により更にモヤモヤと動き出し、果たして指先ほどの『穴』は開いてくれたけども――
「ふざけんなっ……こんなんじゃ誰も入れないじゃない!」
 私のそんな怒声を聞いてか、
「……モブっ?」
 視界の端にモブが映った。横を見やればモブが来ていた。
「みんな! てゐさんを手伝え! 僅かでもいい。歪みに妖力を叩き込むんだ!」
 その声に『応』と、皆がモブと同じように歪みへ前足を向けた。
「馬鹿止めなさいっ! アンタらみたいな普通の兎が無理に妖力を放出したらっ、命にだって関わるわよっ!」
「でもてゐさん! この機会を逃したら、また多くの仲間が死んじまうかも知れないんですよっ? だったら逃せません! 出来る限り、やってみましょうよ!」
「モブっ……!」
 ッ……!
 ああもう! 私は意を決して歪みへと向き直す。全力で妖力を送り続ける。
 後方で――妖力が尽きかけてしまったのだろう。何匹かの兎たちが地面に倒れ伏してしまったのが気配で判った。
 だけど私は歯を食い縛りながらも作業を続けた。そうすれば穴は――少しずつだけど大きくなって。
 見えた! 穴の先に屋敷がある! 当たりだ!
「これなら入れる! みんなっ、隣にいる倒れた者を抱え、着いてきなさい!」
 そして私は穴の中へと飛び込んだ。

   2


「永琳、一部だけれど、術が破られたみたいだわ」
 お茶を一口啜った輝夜が、のんびりとした口調で言った。
 私は答える。
「ええ私も感知したわ。どうやったのか、ちょっと予想出来ないけれど」
「あら? 永琳といえども分からないことなの?」
 面白そうに笑う輝夜。
「……済みません。でも、何がやってきたとしても私がなんとかしますよ。輝夜は奥の部屋でゆっくりなさってて下さい」
「奥の部屋で?」
「それはそうです。相手が危険人物でない保証もないのですし」
「おかしいわね? 誰がやってきたとしても永琳が私の事を守ってくれるのでしょう? だったら居間にいても問題はないじゃない?」
「一応ですよ。言うことを聞いてください」
 私の溜息を見て、輝夜はまた笑う。
「うふふ……。分かったわよ永琳」
 そう言って輝夜は腰を上げ、襖を開けた。
「それじゃ頑張ってね、永琳」
 そう残し、奥の部屋へと歩を進める輝夜を見送った私は、
「さてと」と独り言ち、「鬼が出るか蛇が出るか玉兎が出るか……。まあ、何にしても射殺すだけですけれど」
 それから私は弓を抱え庭へと出た。


 少し驚いたわね。と私は思った。
「兎は兎でも、地上の兎とは」
 そう。術を破り、この永遠亭の庭にゾロゾロとやってきたのは見るからに玉兎ではなく、地上出身だろう兎たち。数にして三十六匹……か。
「で、どうやら妖怪化しているのは貴女だけのようね? 貴女が代表ということでいいかしら?」
 私は二足歩行の、白い服を着た幼い見た目の子兎に話し掛ける。
 子兎は少し息を整えた後に言った。
「それでいいです。今回は話し合いに来ました」
「話し合い? 私にかしら? 私は貴女たちを殺す気で満々なのだけれど」
「でもまだ殺していない。それは貴女か――もしくはこの屋敷の住人のでしょう。その方の術が破られてここへ侵入されたから、なのでしょう? その謎をまだ聞き出していないから、貴女は私たちを殺していない」
 ……!
「へぇ。随分と頭の良い兎みたいね。お名前を伺っても?」
 訊ねれば子兎は一拍の後、
「私は……因幡の白兎よ」
 ……因幡のっ……? 思わず私は目を見開いてしまった。
「ふふ……。今日は本当に驚きの連続ね。有名だもの知っているわ因幡の白兎。兎神であり伝令神でもあったわね。お目にかかれて光栄よ」
「私も、貴女の名前を伺っても?」
「ああ失礼いたしましたわ。私は八意永琳。昔は、思兼神と呼ばれていたわ」
 そう自己紹介すると、今度は白兎が目を見張った。
「思兼神……。はは、こいつはまた……」
「どうしました? 思ったよりも大物が出てきて仰天、と言った所かしら?」
「そう……ですね。『変化の拒絶』なんて術を扱うのですから神のどなたかとは思っていましたけれど、まさか造化三神の――高皇産霊尊の子とは。もちろん貴女自身も知恵の神としてこの上なく名高い」
「ありがとう。嬉しいわ」
 それじゃあ……
「お互いに名乗ったことですし、用件を果たしましょうか。私はこの――『歴史の停滞』という術なのだけれど、それを破った方法をお聞きしたいわ。無理なら、因幡の白兎といえど即座、殺させて頂きますが」
 しかし白兎は見事なもの。私の殺意に怯まず、目線を逸らすこともなく口にする。
「私は私で貴女に用があって此処に来ました。私の用件は、貴女との取引です。そしてそれは私たちを殺してしまえば成り立ちません。互いに不利益が発生するだけです」
「取引……ね。私は何を貴女に上げ、貴女は何を私にもたらしてくれるのかしら? 後者は……そうね。この術の欠点を教えてくれる、ということ?」
「いいえ違います」
 ……ふむ。
「なるほど。試してしまった事を謝るわ。『術の欠点を教える』それだけなら交渉になりませんものね。私は訊いた後に殺せば良いのですし」
「そうですね。だから私が提供するのは……と、」
「? どうしたのかしら?」
「その前にお聞きします。思兼神ということであれば現実味も帯びてきたのですが、かの蓬莱の薬、それを作ったのは貴女でしょうか? また、蓬莱の薬の制作者が貴女であってもなくても構いません。知りたいのは貴女の知識で別の――恐らくは蓬莱の薬と比較すればもっと簡単な物でしょう。そういう薬を作れたりはするでしょうか?」
「貴女が求めるのは薬なのね? まあ、どのような効果の物を欲しているのかは不明だけれど、材料と時間さえあれば作れると断言しましょう。蓬莱の薬も私の作よ」
「良かった。では話を続けます。私が貴女に提供するは、『貴女の隠遁生活を更に完全な物とすること』です」
「まず訊くわ。どうして私が隠遁生活をしていると?」
「それは簡単なことです。実際にこうして隠れ住んでいますし、それに私たち来訪者に対する貴女の思いが大分『殺害』に傾いてもいます。畢竟するにこれは、貴女が『誰かから見つからないようにしている』としか考えられません」
「正解よ。では、どうやって私の隠遁生活を『完璧』にするのかしら?」
 と問うと白兎が、「私は――」と言った。
「私は、一時的にですが対象を幸せにさせる能力を持っています。この場所へと通じる『幾つかの穴』は、この能力により運を底上げした状態で見つけました。故に短時間で侵入できましたが、これはそう。単なる時間の短縮です。私の力で底上げしなくても、これから続く長い歴史の中――自前の運だけで此処へ辿り着く者だって出てくるでしょう」
 ……『穴』ね。歴史停滞術にはリカバリー機能があるけれど、それでも一瞬だけは綻びが生じてしまっている、ということかしら。改善パッチを作れるかどうかは――見てみないと分からないけれど。
「……白兎さん。取り敢えず続きを」
「はい。だから逆に私の能力を用いれば、この屋敷へ害をもたらす者を来られないようにすることも出来るのです。その方法は、此処へ近づいてきた者へ私が能力を使う、というものです。こうすれば、貴女が『来た者は殺す』『出入りの方法を発見した者は殺す』という意志を持っていればそれだけで、実際やって来たとき殺されるに値する者は、此処の出入り口を見逃すことになります。何故ならば、私の能力の恩恵を受けた者が『死』という不幸に見舞われる筈がないからです」
 ……うん。
「理屈は分かるわね。確かな証拠こそはないけれど、貴女が本当に因幡の白兎だというのならその能力を持っていることも、実際に効果があるということも納得できるわ。だからここは、貴女が因幡の白兎と一応は信じる事として訊きましょう」
「なにをでしょうか?」
「いえね? どうやって此処へ近づく者を貴女は察知するのかしらと思ったのよ。その者に能力を使うことが常に出来るということでなければ、今の話は契約として成り立たないわ」
 すると白兎。彼女は後ろの兎たちをチラと見てから、
「お前たち、全員私の後ろへ一列に並べ。へばってる者も全てだ」
 そう日本語と兎語のような言語で二度命令するや否や、兎たちはその通りに動いた。永遠亭に侵入する際に衰弱しきったのだろう個体も、身体を震わしながら力を絞り彼女の命令に従っている。
 整列を確認したあと白兎は私に向かって言った。
「いま、私の後ろに居るのはたった三十五匹です。ですがしかし、この竹林全域には六百にも達する私の子分たちがいます。その中の優秀な者と私は、貴女との交渉が無事に終わり次第、この近くにねぐらを拵え住むことを約束します」
「その子分らと協力して付近を警備。近づく者がいれば貴女が出動して能力を使う、という訳ね?」
 頷く白兎。
「……大したものね。命令を下す貴女は仙人のようにも見えたわ。いえ、貴女は神なのだから仙人なんかよりも格上だけれど、見た目はただの妖怪兎だもの」
「ありがとうございます」と白兎。「私が貴女に提供するのはいまお話した点と、後は可能な限り貴女の手足として働くことを約束する。というものです。そして此方が求めるのは――」
「一つは、『歴史停滞術の欠点』を私が調べないこと、ね?」
 言うと白兎は数秒だけ目を瞑った。見抜かれていた事を『手痛い』と感じているのでしょう。とはいえ私は既に、その欠点に目星はついてしまっているのだけれど。
「……はい。欠点を把握され、そしてそれをもし完璧に改善できたのならば、正直に言いましょう。そちらの利点は薄くなる。貴女としては私たちを切ってもそう問題なくなってしまいます」
「まあ、人手ならぬ兎手でもあった方がなにかと便利だけれど、それが無くなってもこれまでと変わらない日常に戻るだけでしょうしね」
「…………」
「そうねぇ。今の所は貴女の交渉、中々に悪くはないと思っているのよ。ただ、決断は貴女が欲してる本来の要求――薬に因るわね。それが行き過ぎた物ならば、私は首を縦には振れない」
「……私が望む薬は、兎たちに知恵を与える薬です」
「知恵を?」
「はい。最近、この竹林にはよく妖怪が入り込んで来るのです。頭の良い兎はそいつらと遭遇しても振り切ることが出来ますが、それすら出来ない仲間もいます。その兎達は、只々妖怪と出会わないよう祈ることしか出来ていない。逼迫している今ではもう、多少教育した所で時間的に焼け石に水なのです」
「焼け石に水でも、やった方が良いと思うけれど」
「やっています。やっていてこの現況に追い込まれているのです」
「…………ふぅん」
 私は少し考えてから――
「問い一よ」と白兎に言った。
「始めに、この竹林に拘る理由は? ここが危険ならば、離れれば良いのでは?」
「答えます。寧ろこの竹林だから、これだけの被害で済んでいるのです。兎たちの中で一番強い私でも、腕っ節じゃ並の妖怪にも勝てません。六百の兎で移住など――仮に安住の地があったとしてもそこへ辿り着く前までに全滅してしまいます」
「では問い二。貴女の求める薬は用意できるでしょう。しかし私なら、それ以上の物も作れます。兎たちに、そこらの妖怪にも負けない力を与えてあげましょう。さて白兎。これを受けるか否か答えなさい」
「答えます。そのような力は要りません。知恵を付けて頂ければそれで充分です」
「問い三。その理由を述べなさい」
「答えます。過ぎたる力は全てを不幸にするからです。もし私たち兎が力を得るとするならば、それは遠い未来であるべきです。まずは知恵。それから力です。未熟な段階で力が備わってしまえば溺れる者は必ず出ます。そうなれば、貴女たちでさえ私ら兎を煩わしく思ってしまうことだって有り得ます」
 ……ふむ。面白いわね。
「貴女は――ええ。私の望み通りの答えを提示してくれました」
「では……!」と白兎が僅かに前傾姿勢となった。
「そうね。貴女との取引、お受けするわ」
 私のその返答を聞いた白兎は、何やらまた兎語のようなものを声に出した。そうしたならば彼女の背後にいる兎たちがざわつき始める。兎語は私の知識の外だけれど、列を成しているその兎たちが発した声は甲高い。喜びだと思われるわね。白兎が言ったのは『上手くいったぞ!』とかかしらね?
 そしてこの白兎。今度は人語で「ありがとうございます!」と私に頭を下げた。
 私はその礼を手で制してから、
「さてでは貴女たち兎と、私たち永遠亭は同盟を結ぶ事にしましょうか。連絡を密にする為にも、永遠亭へ簡単に出入りできる貴女用の通路は用意します。だから白兎さん。取引の話は一先ず終わりにしましょう。そして取り敢えず、いま衰弱している兎たちにだけでいいから命令してくれるかしら? 私についてくるようにって」
「……? それは構いませんが、なにを?」
「治療するだけよ。私は薬作りが専門なのだけれど、医者のようなことも出来なくはないわ。同盟相手の民が体調不良。看るのは当然ね」
「ああ、それは有り難いのですが、今はお代になるような物を余り持ち合わせてはおりません」
「それは別にいいわよ。この治療は貴女たちとの取引の一部としましょう」
「取引の一部でいいんですか?」
「ええ。同盟を結んだとはいえ知り合ったばかりだし、お互いまだ借りを作ったりはしたくないでしょう? だから安心なさい。取引の一部なら貸し借りにはならないわ」
 ただ、そうね。
「これは『これから宜しく』ってことで、そう受け取って貰えればそれで――」
 と、そこまで言った所で白兎が呟いた。
「因幡てゐ」
「……え?」
「私の今の名前は因幡てゐよ。宜しく、八意永琳」
 ……ふふ。
 私は少し笑ってしまった。
 そうか敬語を止めたか。対等と分かれば遠慮はゼロねぇ。必要以上に付け込まれないようにする為、でもあるのでしょう。
 永遠亭の場所を知る者が増えるというデメリットはあるものの、てゐならば絶対にそれを広めるような馬鹿な真似はしないし、部下にもさせないでしょう。それにデメリットを恐れて殺してしまえば術を――改善可能か不明であるシステムを――なんとかして直さなければならなくなる。その上、確約した『兎手』も失う、ね。
 私がそう考えていると悟っているからこその、言葉遣い。
 ああ本当に面白い子だわ。
「宜しくね。因幡てゐ」
 そして私はてゐに右手を差し出す。するとてゐも右手を差し出して、私たちは友好の証である握手を交わした。

   3


『なんとかなったわー』と人心地ついた私は、妖力的にも精神的にも疲れたし、自分のねぐらにてグッスリと眠り……たいのだけど。
 全く以て嫌になるわもう。中々わたしは夢の世界へと移行することが出来ずにいた。それは今がまだ夕方だから迷惑と判断されていないというのもあるのだろうけれど――それでもコチラとしてはうざったい。兎たちが次々と私のねぐらに来ては礼を言って行くのだ。
 その兎たちは永遠亭帰りで、八意永琳に薬を注射された後になる。だからそう。姿形が変わってるのも結構いた。
 元々そこそこ頭の良かった奴は妖怪化して人族のような身体を手に入れてたし、(急場凌ぎとして大きな巾着袋のような衣服は永遠亭から支給)そこまでは至らなくても、みな理路整然とは話すようにはなっている。この位の知恵があれば妖怪から逃げるくらい最早楽勝だろう。
 そんなことをボンヤリと考えれば安堵からか私は再びウトウト。……あー。今度こそ眠れそう……だわぁ……
 …………
「てゐさん、てゐさん、居ますかてゐさん」
 ……んもう! また来た!
「居るわよ! ていうか礼なんかいいから私を眠らせ――」
 って。
「人語?」
 私は意識に上ったことをそのまま口に出しつつ、ねぐらから顔も出す。
 するとそこには二足歩行の人型兎がいて。
「……モブ?」
「はいそうですモブですよ」
「姿は、ええと、ちょっと置いといて。どうしたのよ、人語」
「あぁはい。なんかこの姿になったら頭が冴えましてね。前まではパッと思い出せなかった単語とかそういうのが、すぐに出てくるようになったんです。だからこうして話せるようになったみたいですね」
「……へぇ。ま、結構いいじゃない。発音も合ってるし」
「そうですか?」と軽く頬を緩めたモブ。
「で、アンタは妖怪兎になれたのね。……とても八十のじじいには見えないけれど」
「人型とはいえ人間ではなく妖怪ですからね。妖怪なら八十なんぞ子供も子供でしょう」
「ああそうね。そうだったわ」
「というかてゐさんこそですよ。価値観の変動ですかね? こうして自分も妖怪兎になってみれば思います。てゐさんは十歳と言われても納得できる姿ではありませんか。実際はその十八万倍なのに」
「黙りなさい」
「あい済みません」
「…………」
「……それでどうです? 変じゃないですか? この自分の姿」
「永遠亭に鏡台は無かったの?」
「ありましたよ」
 なにそれ?
「じゃ、その通りの姿よ」
「それはそうですけどね。てゐさんから見てどうかなと思ったんです。自分は己の顔が整っているとか考える事の出来るような自惚れ屋ではないですからね。鏡を見た後でも、何処かおかしな所があるんじゃないかと不安がある訳です」
「不安ねぇ。そんなにまで自分の顔を気にする奴は自惚れ屋だったりもするけどね。他人から見た自分は結構格好良い筈、とでも実は思ってるんじゃないの?」
「さてどうでしょう? 格好良いですか?」
 ……うーん。私はモブの全身を見回した。
「まあ正直、悪くはないと思うわ」
「それは嬉しい。……あ、でも惚れないでくださいね? 求婚されても変わらずお断りしますし」
 この野郎……
「しないわよ。前から言ってるように、私には心に決めたお方がいるのだから」
「ええ、ええ。分かっていますよ」
 そう穏やかな顔で頷いたモブは続けて、
「自分とてゐさんは友達ですよ」と言った。
 だから私は「そうよ」って応えてやった。
 あとは……そうね。私は付け加える。
「モブ……ずーっとね」って。
 ヘッターです。
 久しぶりに書いたので投稿させて頂きます。些か設定を歪めていますが基本、過去話の捏造なので(設定変えてごめんなさい以外は)そう後書きする事もないです。ですが一言いうならアレです。平和な現代じゃてゐは色々と詰めが甘かったりしますが、本気を出せばやる時はやるんじゃなかろうか、と個人的には思っているのです。
 他にはモブの心情とかありますけど、オリキャラですしねぇということで、とまあそんな感じです。

 読んで頂いた皆々様、ありがとうございました。
ヘッター
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コメント



0.190簡易評価
3.無評価名前が無い程度の能力削除
ウサウサ
8.100いぐす削除
すみません、正直なところ、初めは60点くらいかなと思いながら読んでいました。
けど、1つ1つ話が積みあがっていくうちに、10点加点、いや、もう10点だ、と。
気付けば100点を余裕で超える点数になっておりました。故にこの点数を贈らせていただきます。

最初に60点と目星を付けてしまった大きな理由の1つは、オリキャラながら重要キャラである兎の「モブ」の登場の仕方が唐突に感じたからです。
最後までこの作品を読み進めた今となっては、「モブ」という名前に愛着を感じ、
てゐが「モブ」と呼ぶ度にニヤニヤしてしまうくらい受け入れてしまってるわけですが…
少なくとも読み始めた段階では、このモブという兎は何ぞや?と戸惑ってしまった部分はありました。
個人的な意見で恐縮ですが、「もしもしてゐさん、モブですけど」という冒頭の台詞の後に、
モブがてゐから「モブ」と呼ばれる所以・理由の説明が欲しかったです。
「モブ、お前はモブっぽい顔してるからモブだよ」でも何でも。
そんな軽い理由でも全く構わない、むしろそのくらいのノリで一言説明があれば、
もっとすんなりとモブというキャラを受け入れられたであろう事を伝えさせてください。

それにしてもモブは良いキャラしてますね。てゐとの関係が本当に素敵でした。
野球で言うならてゐが監督でモブがヘッドコーチみたいなそんな感じ。阿吽の呼吸とはこの事なんでしょうね。

最後に自戒を込めて。
「あぁ、オリキャラか~」などと思って、しばらくこの作品を敬遠気味だった自分を殴りたい。
「モブ」のキャラの良さは勿論、情景描写も凄く引き込まれました。
そして何より、地上の兎のリーダーとしてのカリスマと優しさ、てゐというキャラが持つ賢さと弁舌の巧みさ、
そして永遠亭の傘下に加わるに至る過程も含めて、因幡てゐというキャラの魅力がこれでもかというくらい伝わってくる作品でした。
本当に素晴らしいお話でした。読めて良かったです。以上、長々と失礼致しました。