Coolier - 新生・東方創想話

二ッ岩マミゾウぷろでゅーす ~子狐のデート大作戦!~

2016/03/31 23:18:59
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 境内からやってきて、こちらを睨んでいる人間がいる。
(誰だ?)
 博麗の巫女ではない。背丈からして大人の男性。歳のほうは二十代半ばといったところだろうか。丸眼鏡をかけてはいるが、理髪しておらず佇まいはみすぼらしい。酒に酔っているのか、足下がおぼついていないようだった。ブツブツとなにごとかを囁いてもいる。
 無遠慮に近づいてくる様子を見て、子狐は小鈴を庇うようにして前に立った。
 小鈴もその異様さに少々怯えていた。男から離れるべきか。
 そう逡巡したのが災いをよぶ。
「おまえよう、どうしておれっちを捨てたんだよう……」
 フラフラとした足取りのままこちらに近づいてくる。
 捨てた? あり得ないと思いつつも、子狐は小鈴の顔をうかがう。彼女も困惑しながら首を横にふった。何が何だかわからないといった風体だ。子狐も状況をのみ込めていない。本居小鈴の近くにこのような男がいたことなんて、一度もない。
(マミゾウ)
『ワシも知らんぞこんなヤツ。酔っ払いが誰かと勘違いしとるんじゃないか?』
 狸も知らないならその可能性は高いだろう。
 一歩踏み出して男の前に立つ。小鈴は怯えている。一刻も早く、ここから立ち去ってもらうため、子狐はこう切り出した。
「人違いじゃないですか? おねえちゃんはあなたのこと知らないみたいですし」
「…………」
 声をかけると、男はピタリと動きを止めてくれた。
 が、制止する所作すら異様に見える。まるで時間が止まったかのようで。
「人違いであるもんか。おれっちたちは将来を誓いあった仲じゃねえかあ。どうして……どうしておれっちの前からあんたは姿を消しちまったんだよ。せめてワケくらい」
「し、失礼ですけど、本当にあなたのことは知らないんです。おひきとりください」
 小鈴も勇気を振り絞ったのか、そう応答する。
「知らないなんてひでえじゃねえかあ。おまえを悲しませることがあったんなら言ってくれよ。おれ、おまえじゃなきゃダメなんだあ」
「あの、だから人違いです。人を呼びますよ」
「…………だったら仕方ねえや」
 男は顔を伏せて突然静かになった。
 しかし、次に見せた表情は影を濁らせていて。
「おまえを殺して、おれっちも死ぬ」
「……っ!」
 反射的に子狐は男の足を掴みにかかった。そして叫ぶ。
「おねえちゃん逃げて!」
「だ、誰かあっ!」
 小鈴は助けを呼ぼうと大声で人を呼んだ。
 しかし、運悪く花火が何発も打ち上がっているせいか、その悲鳴はかき消され誰も気づいてはいなさそうだった。
(クッ、人目のつかないところに移動したのが裏目にでた。でも、とにかく時間を稼ぐ。僕がしがみついていれば、すぐにおねえちゃんが誰かを……っ!?)
 男が足をふりかぶる。それは、子狐の体を軽々と浮かせるほどの脚力で。
「がっ!」
 近くの木に叩きつけられ悶絶。痛みと咳で呼吸ができなくなるが、それよりも。
(なんだこいつ、ただの酔っ払いじゃないぞ。それに、ほんのちょっとだけど妖気が)
 咳き込みながら男を見る。間違いなく彼は人間だ。人間だが、その殺気には妖気も混じっていて。
(なにかに取り憑かれてる? さっき感じた妖気はこいつだったんだ。マミゾウ!)
『もう向かっとるよ! 二分……いや、一分もたせい!』
(それじゃ遅いよ!)
 小鈴は桐下駄を履いてるせいもあってか、すぐに追いつかれ組みしだかれていた。
 押し倒され、首には男の両手が巻き付いていく。
(あれじゃ声が出せない。僕がひきはがそうにも、この姿のままじゃ力がなさすぎるし)
『おいキツネ、なにを考えとる。早まるな、そこは博麗神社なんじゃぞ!』
(うるさい。おねえちゃんはいま怯えて苦しんでるんだ。だったら)
『変化を解いて妖怪に戻ればあらぬ誤解を招くぞい! ヘタすれば小娘とは二度と』
「関係ない! おねえちゃんから離れろおっ!」
 子狐は変化を解き、あるべき姿へと戻った。
 妖狐。四脚にて地を駆ける。
 小柄なのは変わらないが、狐火をまとった体には妖気があふれ出ていた。
 体当たりをして男を突き飛ばす。力と勢いに任せたそれは、小鈴から暴漢を引きはがすには充分な威力で。
「これ以上おねえちゃんに近づくな! さもないと……」
 居丈高に吠え、犬歯をむき出しにして威嚇する。
 小鈴は無事だ。首を絞められて咳き込んでいるが、目立った外傷ない。
 しかし、目下の問題は男のほう。足下はおぼついていないものの、彼はまだ諦めていないようだった。再びこちらに殺意の眼差しをむけ、虚ろに小鈴を睨んでいる。
 そしてためらいもせず、絶叫しながら子狐に向かってくるのだった。
(仕方がないけど、首を圧迫して意識を飛ばす!)
 子狐も駆けた。手加減できるかどうかが心配だったが、もし男を手にかけてしまった場合のことは考えない。いまは想い人の安全を最優先にすることが──

「せっかくの花見になにやってんのあんたたち!」

 首筋に衝撃。そして地面に叩きつけられる。
 失いそうになる意識を必死につなぎとめ、子狐はその声の主をみた。
 博麗霊夢。
 どうやら小鈴や子狐の叫びは聞こえていたらしい。しかし、駆けつけたのが巫女一人のところをみると、争いの気配を感じ取っただけなのかもしれないが。
 彼女は子狐だけでなく、男のほうにも手刀を浴びせたようで、彼のほうは気を失いその場に倒れていた。
 何とかして起き上がろうにも力が入らない。正体を明かしたまま巫女と対峙すれば、小鈴に疑いがかかる。早くこの場から逃げ出さなければと気がはやるが。
「これはどういうことか説明してもらえるかしら。ねえ、小鈴ちゃん?」
 遅かった。なにもかも手遅れ。
 博麗霊夢は妖怪である自分を冷酷な目で見ている。理由はどうあれ、妖怪が人間を襲ったのだ。あろうことか、この博麗神社のど真ん中で。
「ま、待ってください霊夢さん。この子は私を助けてくれようとしたんです。そこの気がおかしくなった男から私を救うために。だから──」
 小鈴は子狐を庇うように抱いて霊夢に懇願する。だが、巫女の返答は変わらないまま。
「その意味ではこの人からも事情を聞くわよ。もちろんお縄つきでね。でも、理由はどうあれその妖狐は人間を手にかけようとした疑いがあるの。そいつもきっちり処断しないといけないわ」
「そんな……」
 強く抱きしめられる。だが、自分を庇えば彼女はより巫女から睨まれることになるだろう。名残惜しいけれど、彼女とはここまでだと子狐は決意する。
 そのときだった。
「巫女どのや、誤解しておるぞ」
「げ……」
 木の上から舞い降りる影が一つ。
 狸耳とそれを覆うようにして被った葉っぱの傘。黄土色の袖のない服に臙脂のスカート。煙管と酒瓶を携え、体と同じ大きさもある尻尾を腰掛けに、二ッ岩マミゾウは巫女の目の前に降り立ったのだ。
「なんであんたがここに。それに誤解ってどういう」
「ワシは花見に来ただけじゃよ。誤解というのは、こういうことじゃ」
 パチンとマミゾウは指を鳴らした。
 すると、妖狐はもうもうと煙に包まれ、すぐにそれは晴れる。そこにあらわれたのは人間の男の子で。
 巫女は目を見開いて驚愕した。マミゾウはこう説明をつづける。
「なにやら言い争う声がしてな、男女の修羅場を野次馬してやろうかと思ったんじゃが、そこの小童が小娘を必死に守ろうとしとる姿に可愛げをもってな、ちと手助けをしてやったんじゃよ。単なる気まぐれじゃ」
「……なんで狸じゃなくて狐に化けさせたのよ」
「そりゃもちろん、なにか間違いがあれば狐の仕業に見せかけたかったからじゃ。お主の到着がもうちょっと遅ければ、面白い絵図が見れたんじゃがな」
 マミゾウはカッカッカと笑って煙管をふかした。
 一方の巫女は舌打ちをして頭をかいている。
「それにその男、人間には違いなさそうだが、なにやら妖気を纏っているように見えたぞい。巫女どのや、なにか事情は知らぬかえ?」
「妖気ですって?」
 霊夢は言われて男の顔をあらためる。
「あれ。この人もしかして……」
 そう呟いたあと、なぜか小鈴と男の顔を交互にみやった。
「わ、私知りませんよそんな人。見たこともありませんし」
「そ、そうよね。見たことあるはずないもんね」
 巫女は少し取り乱した様子で小鈴の抗議を受け入れた。
 すると、次は子狐にこう謝罪する。
「ゴメンね、私がそこの狸に化かされてたみたいで。大丈夫?」
「あ、はい。まだ少し痛みますけど、特に異常はないかと」
「そう。なら、今日はもう二人とも帰りなさい。あとのことは私が処理しておくから。それと、小鈴ちゃんさえ良かったらなんだけど、このことは誰にも話さないでおいてくれないかしら。この人、もしかしたら妖怪に操られてる可能性があるの」
「は、はい……霊夢さんがそういうのなら、私は構いませんけど」
「ありがとう。明日には説明しにいくから」
 そんなやり取りをして、二人は巫女と妖怪狸から離れるのだった。

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