Coolier - 新生・東方創想話

二ッ岩マミゾウぷろでゅーす ~子狐のデート大作戦!~

2016/03/31 23:18:59
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 イカ焼きを買ったあとは、鳥居の下の階段に座り、人里を一望しながらその味に舌鼓を打っていた。境内の桜を拝むことはできないが、祭り囃子と提灯の淡い光を背にしながら望む下界は風情があった。
 目下の話題は寺子屋での出来事。
 小鈴のおかげもあり、人間の文字はたいてい読み書きできるようになったこと。そして算学の試験は常に満点をとりつづけていることなどをあげ、子狐は大いに自慢した。
 一方、小鈴の方からはあまりかんばしくない近況を聞かされる。
 妖魔本蒐集はそこそこ進んでいるものの、日に日に巫女たちの監視の目は厳しくなり、以前ほどのペースは維持できていないとのこと。他の手段を考えなければいけないなど、その対策を練っているところだという。
「怖い想いをするのはイヤだけど、それはそれで覚悟してるわ。もし私の身になにか起きても自業自得だし……霊夢さんたちにそう言ってはいるんだけど、それでも見張られちゃってさあ。どうにも動きづらいのよねえ」
「それはまあ、当然だと思うけど」
「やっぱり? あーあ、これからどうしようかなあ」
 ふて腐れる小鈴を横目にみながら、イカを食いちぎっていく。
 妖魔本蒐集は危険性がある。だから巫女が目を光らせるのは当然。しかし、子狐自身は彼女の力になりたいとも思っていた。
「気にしなくてもいいんじゃない? もし危険な目にあってもさ」
 その先を子狐は続けられない。気恥ずかしいからだ。
(もし危険な目にあっても、僕がおねえちゃんを守るから)
『怖じ気づいたかキツネめ。そういうのはキチンと声にださんか』
(うるさいな。ちょっといま歯にイカが挟まってて……ん?)
 何かの気配がして子狐は後ろに振り向く。
 しかし、そこはお祭り騒ぎをしている境内となんら変わりなく。
『どうした?』
(ほんのちょっと妖気を感じてさ。気のせいかな)
『今日は妖怪もおおやけに飲み食いしてるからのう。よからぬことを考える輩も来てるやもしれんが、ここは博麗神社じゃ。巫女に目をつけられるようなことをしでかすバカはおらんじゃろう。が……念のためじゃ、妖怪どもをちと探っておくよ』
(ありがとう。助かるよ)
「なるほど、発想の逆転ってやつね。危険な目にあっても霊夢さんたちがどうにかしてくれる、って解釈だったら以前と変わらず堂々としてて良いんだわ」
 隣では、子狐の意見に自己完結をした小鈴が勝手に柏手を打っていた。その解釈もどうかとは思うが、彼としては彼女の笑顔がみれただけで満たされた気分になる。
「ふ~、おいしかった。今度はいつ食べられるかしら」
「どうだろうね。これを仕入れてくれた賢者様も気まぐれだから」
「一期一会みたいなもんかあ。あ、このあとの予定は? まだなにかあるの?」
「うん。もうすぐ河童のマンザイラクショーが始まるはずだよ。その整理券を手に入れておいたから……はい、いまのうちに渡しておくよ」
 懐からそれを取り出し、彼女に渡す。河童と博麗神社の印が押された和紙だ。そこには連番で一桁の数字が書かれている。
「境内の中心に大きなスペースがあったけど、そのためのものだったのね」
「出張版だってさ。普段はおいてけ堀近くで開催するけど、今日は特別みたいだよ」
 子狐も最後の一切れを口にいれ、その場から立ち上がった。
 境内では、巫女やその使いの者達が素早く席を用意している。小型化した鬼も混じっていて、その速度は塵を絶つがごとしだった。
「霊夢さんいいなあ。力持ちで、しかも分裂できる鬼とお友達なんて。うちだと本の整理するとき便利そうだもん。一匹だけでももらえないかしら」
「さ、さすがに鬼はやめておいたほうが良いんじゃないかな。ウソを嫌う種族だし」
「キミ失礼ね。それじゃあ私がいつもウソをついてるみたい…………ついてるわね」
 心当たりがいくつもあったのだろう。肩を落として小鈴は苦笑した。
(どう? 様子の変な妖怪は見つかった?)
『いや、それらしい輩は見当たらんのう。やはり勘違いじゃろうて』
(だったらいいんだけど)
 子狐は再度背後をふり返る。マミゾウのいうとおり、特に怪しい妖怪は見当たらない。普段より気が張り詰めているせいだと思い、彼はあまり考えないようにした。
 そして、二人はその場をあとにするのだった。


 マンザイラクショーは大歓声に包まれながら終わりを迎えた。
 水と河童と弾幕と。
 そして、桜を背景にした万歳楽との華麗な演舞は見る者すべてを魅了し、花見会場をさらなる興奮へと誘う形とあいなった。やまない拍手と喝采は、来年も再びショーを開催する旨を河童が宣言するほどに高まり、期待に満ちた幕の閉じかたをしたのである。
「やっぱり何度見てもすごいわねえ。なによりあのモチッとした顔と体が可愛いし、それでいて運動神経もよくておりこうさんだから、ペットにすると楽しいんでしょうね」
「少し調べたんだけど、あの万歳楽は魚じゃなくて海獣らしいよ。外の世界でも、海から川にのぼって人間と交流があったんだってさ」
「へえ、海の生き物かあ。だったら、もしかして水槽にはってた水って塩水なのかしら」
「多分ね。海獣の飼育の仕方を動物に詳しい仙人に聞いたらしいよ。海の成分に似せた水槽であの万歳楽を世話してるんだって」
「ショーで使われてた水槽もけっこうな大きさがあるのに、それを海に似せるだけの塩を用意できるなんて……河童は塩の生成方法を知ってるのかしら」
「さ、さあ。そのあたりはあまり詳しくないなあ」
 子狐は話をはぐらかした。塩は海のない幻想郷においては高価な品だ。入手方法は限られているが、河童はその生成方法を知っている。
 ただ、その材料となるのが動物や人間だったりするので、異様で不気味な話になることを避けるため、子狐はあえて話さなかったのである。
「次はなにがあるの?」
「次というより、これで最後かな。打ち上げ花火があるよ。いま職人さんたちが神社の下で準備をしてるはず」
 二人でその様子をのぞきに行こうとすると、情報を知っている者がたくさんいたのか、花見客はみな境内から移動を始めたのである。すでに場所をとっているものも多く、境内へと繋がる階段はすぐに満杯状態となった。
「あちゃ~、さすがにもう良い席はなさそうね。どこか穴場はないのかしら」
「うん。実はそのことなんだけどね」
「おとなしくここで見てなさい。階段近くでごった返すと事故のもとよ」
「え……」
 背後からの注意喚起に振り向くと、そこには紅白の巫女服をきた人物──博麗霊夢が鼻をならして仁王立ちしていた。
「うわ、出た」
「ちょっとなによその反応。私は幽霊か」
 急な巫女の登場に、小鈴だけでなく子狐も内心びくついた。
 博麗霊夢との接触は当然覚悟していたことだ。自分が妖怪狐であることを悟られてはいけない。知られれば、二人お互いの立場が危うくなるから。
「にしても、今日はキレイな格好してるじゃない。もしかして、誰かとデート?」
 茶化すような口調に、小鈴は苦笑してこう答えた。
「やっぱりみんなそう言いますよね」
「え、なに、本当に恋人ができたの小鈴ちゃん!? どこにいるの、そんな物好きで破滅願望のある男は!?」
「さすがに怒りますよ。デートといえばそうかもしれませんが、うちのお得意様からお誘いをもらったんです。この子に……」
 小鈴におそるおそる紹介してもらう。彼女は子狐の正体を知ってはいるが、巫女はそのことを知らない。バレたら大目玉をくらうだろう。
「へえ、この子がねえ……ん? あなたどっかで見たことあるような」
 訝しむような視線を投げられ、小鈴は慌ててこう弁明する。
「て、寺子屋に通ってるからそのときじゃないですか? ほら、妖怪狐が寺子屋に現れた事件のときに、霊夢さんよく見回りしてくれて」
「ああ、あのときか。それにしても、なんだかこの子獣臭いような」
 鼻をスンスンとひくつかせ、よりこちらに顔を近づけてくる巫女。今度は子狐自身がこう説明をした。
「ぼ、僕は奉公させてもらってる御家の馬小屋を間借りしてて、そこで寝泊まりしてるんだ。もしかしたら、そこのニオイがうつっちゃったのかも」
 両親がいないので、とある畜産家に奉公させてもらってるのは事実だ。馬小屋を借りているのも同様。
 そういうと、巫女は悲しげに眉根を寄せて、こう返事をしてきた。
「あら、それは失礼なこといっちゃったわね。ごめんなさい、詮索するつもりはなかったんだけど」
「う、ううん、気にしないで」
 どうやら疑いは晴れたらしい。
 危機一髪だったと、子狐と小鈴は二人で胸をなで下ろした。
「じゃ、私はまた見回りに戻るから。親御さんがいないんなら、二人とも花火が終わったら家に帰りなさいよ。おかしな妖怪に絡まれる前にね」
「「わ、わかってまーす」」
 巫女が見えなくなるのを確認すると、二人はたまらず同時に吹き出した。
 正体がバレそうな危機的状況であったにも関わらず、お互いのとっさの判断で出たでまかせが功を奏し、どこか痛快な気分になったからだ。
「おねえちゃん……会う人みんなおねえちゃんのこと……お化けみたいな扱いしてるね。普段どれだけ睨まれてるのさ」
 子狐はクツクツと笑いながら言う。憧れの人は、思っていたよりも悪行を積み重ねていたようで。
「キミこそ、フフッ……霊夢さんに睨まれてたときはすごく焦ってたじゃない。汗の量が見て取れるほどだったし……変化が解けるんじゃないかって、私心配になって……」
 小鈴もお腹を抱えて笑った。
 嘘つきはお互い様。そんな仲間意識が二人のなかに芽生え、気分が高揚していく。
 ひとしきり笑ったあと、子狐は目じりをぬぐってこう切り出した。
「じゃあこれから案内するよ。お花見をかねて、花火もよくみえる場所を用意してあるんだ。ついてきて」


 子狐が小鈴の手をひきながら連れてきたのは、博麗神社の裏手にある温泉だった。
 間欠泉異変の頃に出来上がったもので、巫女たちは夜になると酒を用意し、ここで季節ごとの風情を楽しんでいるのだ。
 いま現在、そこには子狐と小鈴以外誰も立ち入っていない。ここには桜の木は一本も生えておらず、温泉のぬるい湯気だけが漂っているから。
 花見目的で来た参拝客は境内にだけ集まっているのだ。なので、誰もいない。
 二人は群生する木の一本に背中を預け、温泉を挟んで花火が打ち上がる場所を眺めていた。打ち上げ時刻は間もなくだろう。
「確かにここなら誰もいないけど……ちょっと寂しくないかなあ」
「そうだね。今はそうかもしれないね」
 予想どおりの言葉が小鈴からもれ、子狐は内心で不安に押しつぶされそうになった。
 気に入ってくれなかったらどうしよう。拍子抜けされたらどうしよう。
 嫌われたら。
『気負うでない。お主は充分小娘をリードできておるよ。あとはその誠意をぶつけい。小娘が優しいのはキツネも知っておろう』
(うん。頑張ってみるよ)
 マミゾウの後押しを受けている間に、花火が打ち上がる。
 ドンッ、と。
 鼓膜を震わせる音が春の夜空に花を咲かせた。
 花火は次々と打ち上がり、大輪を増やし続けては消えていく。
 が、それは境内で見ている者達の景色でしかない。
 二人が望む花火は、空に打ち上がっているものだけではなかった。
「う、わあ……」
 感嘆の声を上げて小鈴は瞳を輝かせた。
 空に広がる煌めきと、温泉に咲く花々。
 夜空の反射鏡と化した温泉が、世界を広がる花畑へと変貌させていたのだ。
 一度に打ち上がる花火が多ければ多いほど、地面にも色彩が広がっていく。
 大地に咲く花火。揺らめく水面は、変化を夢幻へと誘っていた。
「これは確かに絶景だわ。私たちだけで花火を独り占めしてるみたい」
「独り占めできるのは花火だけじゃないよ」
「え?」
 子狐は静かに告げて、横にある落ち葉を拾いあげた。
 それを掴んで念じる。妖力を解放する。
 すると、背中を預けていた一本の木が変化。暗闇に紛れていた枝々が、薄桃に淡く色づいていき──
(僕の力じゃ、一本が限界だけど)
 常緑樹を桜の木に化けさせる。落葉もすべて桜吹雪に変化し、花火に照らし出されていくそれは、もちろん温泉にも反射して、幻想と呼ぶに相応しい光景を創造していった。
「すごいすごいすごい! とてもキレイ! こんなの初めて!」
 とびっきりの賞讃と拍手を送る小鈴。
 その笑顔は、子狐にとってこの景色と同様、いや、それ以上の輝きを放っていた。
(よかった、喜んでくれて)
 安堵の息をついて、子狐は花見の成功を確信する。
 狸に師事したことは無駄ではなかった。
 あとは花火の打ち上げが終わるまで、ずっとここにいよう。
 ここで、彼女の横顔を目に焼き付けておくのだ。桜色の万華鏡を望む少女を、時間の許す限り見守る。それが今日の一番の楽しみだった。
 ドンッ、ドンッ、と連続で鳴る豪快な音色は、打ち上げの終盤を告げていた。
 もうすぐ祭が終わる。
 名残惜しさがせり上がるなか。

 ──その影は、二人の正面に覆い被さってきた。

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