Coolier - 新生・東方創想話

それは容易く難いこと

2016/03/14 23:59:01
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 彼女は――鈴仙は、確かにそれを用意した。
 愛する人に想いを伝える為ではなく、ただ自分の気持ちを形にしたかったから。
 見返りなど要らない。意味の無い行為だと思われても構わない。最低限、受け取ってもらえれば、それで良い。
 そんな後ろ向きな思いを胸に、彼女はそれを拵えた。
 いや、拵えようとしていた。
 必要な材料を入念に確かめ、後はそれらを何処でどうして調達するかという段になって、予想外の事態に陥ったのだ。

「ついでにこれも買って来たわ」

 あろうことか、彼女の欲していた材料を手に入れてきてくれたのは、彼女が想いを寄せる師、永琳その人であった。
 永琳はそれらが何の材料であるかは勿論、その裏に隠された意図、とある風習の存在さえ把握していた。

「誰にあげるのかしら?」
「ふえっ!? い、いや、その……えっと……!」」

 あなたに。
 その一言が言えないでいる内に、永琳はそっと優しく微笑んで、彼女を励ました。

「食べてもらえると良いわね」
「……いえ、その……。……はい……」

 それから一月(ひとつき)。彼女は永琳の厚意を無下にはするまいと、どうにか試行錯誤を繰り返し、目当ての物を作り上げた。
 出来栄えは十分に納得のいく物ではなかったが、それでも、人に贈って恥ずかしい様な物ではないと自負していた。
 素直に渡していれば、永琳はきっと喜んで受け取ってくれただろう。
 だが、彼女には出来なかった。
 好意を伝える風習であると知りながら、好意を覚られることに恐れを抱いて、尻込みしてしまったのである。
 そして、彼女は遂に諦め、折角拵えたそれを適当な知り合いに押し付けてしまった。好きにしてくれて構わないから、と。
 酷い自己嫌悪に苛まれたが、それは彼女にとってそう珍しいことではなかった。どうせ渡す勇気など無いのだからと、やはり後ろ向きな考えで自身を励まし、過ぎた失敗を忘れることに努めた。

「ねー、鈴仙。あんたが作ってたチョコ、結局どしたん?」
「聞かないで」
「やっぱり渡せなかったわけ」
「うるさい」
「やったね。姫様からおやつ一個貰える」
「姫様を低俗な賭けに巻き込むな」
「お師匠様のが良かったかね」
「う、る、さい!」

 周囲の野暮を振り切り、ようやくバレンタインのことを忘れられそうになった頃、またしても予想外の事態が発生した。

「あの……お師匠様……。それは……?」

 用が有って立ち入った永琳の部屋の、机の片隅に、見覚えの有る巾着が置いてあったのである。
 半月前、鈴仙は作ったチョコレートを一つ一つ清潔な紙に包み、まとめてその巾着の中に入れた。敬愛する師に渡す為に。
 そう。それは確かに、彼女が用意した物だった。
 だが、どうしてそれがそこに在るのか、彼女には皆目分からなかった。
 
「姫に貰ったのよ」
「え」

 永琳がさらりと答えると、鈴仙は益々混乱した。
 先に述べた、彼女がチョコレートを押し付けた適当な知り合いとは、竹林に住む人狼の娘のことである。断じて、主人である姫君の――輝夜のことではない。
 だのに、永琳はそれを輝夜から貰ったと言う。
 わけが解らず、目を瞬(しばたた)かせている彼女に、更なる不可解が告げられた。

「輝夜は藤原の娘に貰ったそうよ」

 いよいよ彼女は飽和した。意味不明が積もりに積もって、思考という名の枠から溢れて落ちた。
 しばしの沈黙の後、その口が発した言葉には、もはや何の意味も持たされていなかった。

「そうですか」

 それから、彼女が巾着について言及することは無く、永琳もまた同じであった。



 ◆



 更に半月が経った。
 鈴仙は臆病風に吹かれたバレンタインの思い出も、摩訶不思議な巾着のことも忘れ、到来する春の陽気を心地好く感じながら過ごしていた。
 そんなある日のこと。
 昼食を終え、そろそろ薬の行商へ出ようかと支度をしている彼女に、輝夜が声を掛けた。

「鈴仙。永琳が探していたわよ」
「え?」

 日頃は余り呼び付けられることの無い時分であっただけに、彼女は思わず怪訝そうな声を出してしまった。

「あ、えと、はい。すぐ行きます。ありがとうございます」

 慌てて返事をし直すも、何かお叱りを受けるのかという不安は拭えない。
 それを察してか、輝夜は袖で口許を隠してクスクスと笑いながら、彼女に言った。

「怒っている風ではなかったわ。それに、呼んでと頼まれたわけでもないのよ」
「そうなんですか」
「ええ。ただ、貴方に逢いたそうにしていただけ」

 その言い回しは誤解を招きそうだ。そう思いながらも、鈴仙はそれが誤解でなければ良いのに、と願うことを止められなかった。
 勿論、輝夜はそのことを解った上で、彼女の恋心を焚き付けて遊んでいるのだが。

「では、失礼します」
「しっかりね」

 何を、とは聞けなかった。
 再び聴こえてきた笑い声を背に受けて、彼女は永琳の許へと向かった。



「お師匠様。何か御用でしょうか」

 永琳は部屋に入って来た鈴仙を一瞥するや、少しく悪びれた様な顔になった。

「急ぎではないと言ったのだけれど」
「伺いました。でも、出るまでにはまだ間が有りますから」
「そう」

 それじゃあ、と、永琳が座していた椅子から腰を上げる。その足が向かったのは、種々の薬品が納められている棚の一角であった。
 彼女は迷うこと無く一つの引き出しを選び、それをぐいと手前に引っ張った。
 新薬が完成したので、それを持って行商に行けと言われるのだろうか。
 鈴仙は彼女の様子をじっと眺めながら、そんな風に考えていた。それなら、本当に準備が済んでからで良かったな、と。
 ところが、引き出しから取り出されてきたのは、全く予想していない物であった。

「はい」
「え?」

 差し出されたそれを見た鈴仙は、また思わず怪訝な声を上げた。
 それは、彼女にとって余り好ましくない思い出の品、あのバレンタインの巾着だったのだ。
 彼女は脳内に蘇る苦々しい記憶に内心辟易としながらも、動揺を覚られまいと平静を装い、掌を上にして手を差し出した。
 間も無く永琳が布地を摘まむ指を放し、巾着が鈴仙の手中へと落とされる。
 巾着はガサッという音を立てて落ち、布越しに小石の詰まった様な感触を与え、また存外に重たかった。

「あげるわ」
「ありがとうございます……?」

 中身も、理由も分からない。ただ「あげる」と言われたから、礼を言った。
 さて、どちらを先に尋ねようかと、彼女が考えていると、永琳の方が口を開いた。

「誰にあげたのかは知らないけれど、食べてしまったのは私だから」

 鈴仙は心底どきっとした。耳の間を矢が掠めて行ったような衝撃を覚えた。
 もはや平静を取り繕う余裕など無い。手許に落としていた目を顔ごと勢いよく上げて、はっと永琳を見た。
 彼女を見詰める永琳の顔は、先程とは全く違う種類の罪悪感を滲ませていた。

「ごめんなさいね。気付かなかったのよ。輝夜は『毒(ぶす)』だと言っていたし、考えても経緯を辿れなくて」

 違う。
 鈴仙は直感的にそう思った。
 何が違うのか、何処が違うのか。そういう具体的なことは考えられず、ただ「違う」と思った。

「……口を出すべきではないと思うけれど、余り品の良い相手とは言えないでしょう。出来れば、考え直した方が」
「違います!」

 突如として上がった声。これには永琳も、鈴仙自身も驚いた。
 彼女は「いえ」「その」と甲斐の無い文言を繰り返しながら小さくなっていき、やがて、しどろもどろに弁明を始めた。

「あれは……渡したかったんですけど……結局、渡せなくて……。それで、通りすがりの人に……押し付けちゃって……。だから……」

 その後はまた続かない。
 俯き、黙り込んでしまった彼女の耳は、すっかりくしゃくしゃになっていた。
 永琳はそんな変化を面白がるかの様に、萎れた耳を手で弄びつつ、口許に悲しげな微笑を浮かべた。

「それなら、尚更悪いことをしたわね。飴玉で赦してもらおうって言うのは、虫が好いかしら」
「いえ、そんな……! ……そんなこと…………」

 赦すなど、とんでもない。鈴仙にとって、これはこの上無い程の本懐だったのだから。
 だが、そのことを正直に告げる勇気は、やはり彼女には無かった。

「……あの……お師匠様……」
「ん?」

 それでも、何かがほんの少しだけ、彼女の背を押した。
 それは口煩い友人の皮肉であったかも知れないし、節介焼きな主人の戯笑であったかも知れない。

「……味は、どうでしたか……?」

 たった、これだけ。
 たったこれだけを尋ねることさえ、半月前の彼女には出来なかったのだ。

「おいしかったわ。強いて言えば、少し甘味が強かったけれど。あれぐらいなら好みの範疇じゃないかしら」

 彼女にとっては、それで十分だった。
 心が満たされた証拠に、萎れた耳が幾分か活力を取り戻す。
 それを見た永琳はホッと安堵して、ふわりと掌を彼女の頭に宛てがった。
 その手の感触を心地好く感じながら、鈴仙は一つ、あることを心に決めていた。
 来年はもう少し、苦目(ビター)な物にしよう、と。

 
お読みいただきまして、ありがとうございます。
お久し振りです。

一年遅刻のホワイトデーです。
バレンタインに何が有ったのか。もしも興味が御座いましたら、拙作「それは口には出来ぬこと」を御覧いただけますと幸いです。

鈴仙がヘタレ過ぎて(そして永琳がニブすぎて)遅々として進展しない。そんなえりんげも良いんじゃないかと思うんです。
でも、ちゃんと恋仲に至るまで書きたいと思っています。
永琳×鈴仙「それことシリーズ」を今後ともよろしくお願い致します。

それでは、またお会いしましょう。
昭奈
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コメント



0.370簡易評価
4.90名前が無い程度の能力削除
師匠が(色々と)不動すぎて進展する未来が想像し難いw
5.90奇声を発する程度の能力削除
良いね
6.80絶望を司る程度の能力削除
永琳、山の如く不動也。
8.90名前が無い程度の能力削除
これはてゐと姫様もヤキモキするわ
ウドンゲもっと頑張れ
10.100名前が無い程度の能力削除
これは永琳の牙城を崩すのは大変そう。

優曇華頑張れ!
11.100名前が無い程度の能力削除
続き待ってます
12.100名前が無い程度の能力削除
まさかの続編ありがとうございます!
ちゃんと師匠に美味しいって言ってもらえたようでよかったです。
うどんげを全力で応援してあげたい。
14.100名前が無い程度の能力削除
えりんげは良い