Coolier - 新生・東方創想話

迷々々夢

2016/03/05 21:26:16
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○元クラスメイトについて


「ごめん菫子ちゃん、ここってどうやって解くの?」
「うん?」
「二次関数の範囲の求めかたなんだけど」
「そういうのはまずグラフを描くのよ。じゃないと、感覚的に計算しづらいわよ」
「あ、なるほど。やってみるわ」
 休日。
 私たちは二人だけの勉強会を開いていた。会場は私の部屋だ。
 数Ⅱの課題を片付けているところ。協力しあえば早く終わるし、進級して初めての全国模試も控えてたので、その対策がてらペンを握っているのである。
「にしても」
「……?」
 少女の進みが遅いペンを見て、私は眉間にシワを寄せた。
「あなたよくうちに入学できたわね。補欠合格?」
 控えめに言って、彼女の頭の出来はあまりよくなかった。昨年度の順位を聞かせてもらうと、ワーストランクを争う位置につけているとのこと。
「それ先生にもよく言われる。補欠じゃなくて、キチンと実力だよ。私も、なんで入学できたのか不思議なくらいなんだけど」
「ふ~ん。ま、そういう生徒はたまにいるわよねえ」
 駄弁りながらも私は自分の問題集に筆を走らせる。
「ていうかさ、その『菫子ちゃん』っていうのやめてくれない? 自分の名前ってなんだか聞いてて舌がまわりそうだからイヤなんだけど」
「え~どうして~。可愛いと思うけどなあ菫子って」
「あと、なれなれしいのよ。私たちってそんな親しい仲でもないでしょうが」
「そんなこと言ったら、菫子ちゃんは距離あけすぎなのよ。私のこと名前で呼んでくれないしさあ。いっつもあんたあんたって」
 無駄口が多くなる。そのせいで勉強は滞りがち。これだから他人とは関わり合いたくないのだけど。
「それ以前にさ、この勉強会は菫子ちゃんが誘ってくれたんじゃない。親しい仲じゃないって断言されても、全然説得力ないんだけど」
 うぐ。痛いところを。そっぽを向いて聞こえないフリを貫いておく。
 彼女を誘った理由はほかでもない。
 私を初めて見たあの夜のことを詳しく聞き出すためである。
 夢幻病を利用して過去に飛ぶことはできるのか。
 そうドレミーに尋ねたところ、結果から言えばそれは可能だと答えてくれた。
 しかし条件があった。
 飛ぶべき日時と場所の詳細を教えることと、もう一つ。
 過去の自分と出会いそうになれば、もう二度とその時間には飛べなくなること。
 理由は、ドッペルゲンガー現象や夢魂と同様。過去の自分と出会ってしまえば、どれが本当の自分かわからなくなり、夢と現実との区別がつかなって、そのまま死にいたるからだそうだ。
 私の場合はテレポーテーションを使える。超能力をもたない他人より、もう一人の自分と出会う可能性が未知数あり、繰り返しやり直しはできないとのこと。
 つまり、一度でも失敗すればそこで幻想郷への道は閉ざされる。
 時間を歪めるのだから、それくらいのリスクは当然だろうと納得した。
 とはいえ、あんなイヤな思い出の残る日のことを教えてもらうのは、気が引けているのが現状──
「菫子ちゃんってさ、いつから眼鏡かけてるの?」
 そんな私の苦心を知らずに、彼女は親しげに話しかけてくる。
「小学生の頃からよ。眼鏡を外しても日常生活には支障ないんだけど、ないと文字はまったく見えないわね。かなり近くまで寄せないと」
「うちの学校って眼鏡率高いわよね。やっぱり、頭が良い人って眼鏡かけてるのかしら」
「逆でしょうが。眼鏡かけるくらい、日頃机に向かってるんでしょ。だから目が悪くなる生徒が多いのよ」
「ああ、なるほど~」
 調子が狂う。学校でも彼女はいつもこんな感じだ。
 静かな学校生活を送りたい私としては不本意だけど、校内ではこのとぼけた生徒と一緒に行動している。私のことを誰にも話さないか監視しているのだ。
 安心していい、必要ない、とも本人には言われてるけど念のためだ。
 都合のいいことに、彼女には友達の類は一人もいないとのこと。
 スクールカーストの底辺にいる自覚はあるとも彼女は言っていた。
 東深見高校では、才覚のある生徒は他人にもてはやされ、逆に勉強ができないものには誰も寄りつかないのである。入学した当初、私はその前者側にいた人間だ。あとで蹴散らしてやったけど、その仕組みは理解できている。
「高校生が一人暮らしってすごいわね。菫子ちゃんって自炊できるんだ」
「ほどほどにね。大したことじゃないわ。それより、あんた口じゃなくて頭と手を動かしなさいよ。さっきから全然進んでないじゃない」
「だって、問題の意味さえわからないんだもん。日本語なのこれ、って感じで」
「……まごうことなく日本語よ。ちょっと見せてみなさいよ」
 学校でも私たちはこんな調子だ。授業でわからないことがあったら、休み時間を利用してそれを教えあう。いや、教えあってないか。彼女が一方的にわからないと喚くだけ。
「放物線にある交点の数の変化を考えればいいのよ。傾きの値が決められてるんだから、そうそう難しくないわ」
「え~、私には全然さっぱりなんだけど」
 二人で頭を付きあわせながら話す。そんな私たちを、学校で気にする者はいなかった。
 私は群がってきた人間を自分からつっぱねて孤立した。
 逆に、彼女は勉強ができないために周りから孤立した。
 独りでいるもの同士が群がり、一時期注目はされたけど、侮蔑の視線はやがて無関心にかわり、今では誰も私たちのことを気にしていない。好都合。
「とにかく、数学以外にも言えることだけど、こういうのは数をこなしなさい。日本語がわからないハンデは、どんな問題があるのか知識を蓄えて補うの。いい?」
「は~い。面倒くさいなあ」
「勉強は全部面倒くさいものよ。まあ安心なさい。授業についてこられるなら、この国の大学どこにでも手が届く学力は身につくから。そういうところよ、東深見高校は」
「うへ~」
 それにしても。
 どうして、私はこんなに彼女と親しげにしているのか。
 縁を切るために呼んだはず。仲良くする必要はないのに。
「ちょっと聞いて良いかしら?」
「ん? なになに?」
 疑念を振り払うため、踏み込んでみる。出会ったときのことを。
「あんた、どうしてあの連中にからまれてたの?」
 どこの学校にもガラの悪い人間はいるんだなと、そう思わされた瞬間だった。東深見高校は優等生の集まり──そう世間ではもてはやされている。そう見えても、心の底にドブを隠していたのがあの四人組だ。彼女はどうしてあんなところに連れ込まれていたのか。
「大したことじゃないわ。脅されたのよ。あの夜に乱暴されたときの動画がネットに流れてて、それをあいつらが見つけちゃったみたいでね」
「広められたくなかったら金をよこせって? ハッ、タチの悪いやつらね」
「お金を要求してきたのは確かだけど、私は従わなかったの。その動画のことは知らないってとぼけたし、脅しにもなってなかったもの。十八才になったかどうか知らないけど、高校生がそんなモノ漁ってるなんて、サカリすぎ、って言ったらあそこに連れ込まれちゃって」
 挑発したんかい。
 私がいなかったらどんな目にあってたか、非常に危うかったわけだ。
「なにかされたら先生に言いつけるつもりだったけど……菫子ちゃんが助けてくれてことなきを得たってわけ。一人だけ目をケガしちゃった子がいるけどさ」
 それが本当なら、あの四人組が私たちのことを喋ったりはしないだろう。
 うしろめたいのはお互い様だったわけだ。
「じゃあさ、今度はその……乱暴された、っていう……日のことを」
 喉元がつっかえる。
 私は緊張していた。何を尋ねようとしているのかは理解している。理解しているから、どうにも言葉が続かないのだ。
「遠慮しなくていいわ。菫子ちゃんになら全部話してあげるから」
 それでも、どうしてか彼女はクスリと笑顔になって応えてくれた。
 楽しい思い出じゃないはず。
 笑っているけど、目は濁りはじめていく。
「話してあげるけど、今度は菫子ちゃんも教えてよ。その超能力で今まで何をしてきたのか、どんな人と出会ってきたのかをさ」
「……うん」
 特に構わない。
 どうせなかったことにしてしまう関係だ。幻想郷のことを漏らしても、大した影響にはならないだろう。
 彼女は淡々と話してくれた。
 その日は塾で帰りが遅くなってしまったとのこと。いまはもうやめてしまってるらしいけど、授業でわからないところがあり、それを講師に尋ねていたのだという。
 塾から出たのは、日付が変わりそうな時間だった。普通に歩いていたのでは終電に間に合わない。なので、彼女は人通りの少ない横道を突っ切ろうとしたらしい。
 そうしたら、突如、闇から何本もの腕が自分に伸びてきて。
 世界が反転したかのように押し倒され、服を脱がされた。頭が真っ白になり、そこに何人いたか把握もできなかったという。
 ただ、なにをされるかはすぐに理解できていた。
 行為はただちに始まった。
 尊厳を、存在を、犯され、破られる。
 動くこともできず、声も出せず、抗えず。
 下腹部に侵入してくる亀裂が、自分を二つに割いてしまうのではないか。
 まるで、猶予のない拷問を受けているようだったと彼女は語った。
 そして、こうも思ったのだという。
 ──これは夢。現実なわけがない。
「そうやって体を揺さぶられてたらさ、縦横無尽に動く星を夜空に見つけたのよ」
 彼女がいたのはビルの谷間。
 そして、そのスキマから覗く光の乱流が綺麗だったと、彼女は狂ったように語る。
「おなかの痛みは現実を教えてくれてる。だったらこれは夢じゃない。私は大切なモノを失った代わりに、現実ではありえない、神秘を発見することができたの。素晴らしいことだと思わないかしら」
「…………」
 寒気がした。
 絶望の現実。希望の幻想。
 二つを同時に目の当たりにした彼女は、そのときどんな心境だったのか。
「私は夜になったら何度もそこに行ったわ。あれが夢でなかったことを確認するために。そのたびにあいつらから乱暴されちゃったけど、些末なことよ。小説や絵本なんかでよく見るお化けや妖怪なんかが実在したのだから、この世には神様や奇跡が間違いなく存在する。それがどれだけ衝撃的だったか、菫子ちゃんならわかってくれるでしょ?」
 少女の夢の興奮はやまない。
 話を総合するとこうなる。
 彼女は乱暴され、そして、自分たちに付き合わなければ録画したソレをネット上に流すと脅された。
 脅しに屈したわけではない、と強調する。夜空にあった奇跡を見るために彼女は男たちを仰ぎ、喘ぎつづけることを了承したのである。
 行為の場所は変えなかった。外の空の見えるところがいいと要求したら、彼らは下品な言葉でささやきあい、大いに盛り上がったという。
 そうして、空を舞う幻想少女たちをずっと見ていた。
 腰と腰とがこすり合う痛みに耐えながら。
「しだいにあいつら、私に飽きちゃったみたいでね。なにも反応ないのがつまらないんだって。場所を変えるって言ってどこかへ行っちゃったわ。それからは、あの場所を私が独り占めできるようになったんだけど、そのときにはもう何も見えなくなってて」
 少女が見ているものが何か、男たちはわからなかった。
 虚ろな眼。そこに焼き写された神秘と深秘。
 空に浮かび星を撃ちあう、人間と妖怪の演舞。
 ──少女の絶望を、夢と希望にはき違えさせるには充分な光景だったのだ。
 それが、彼女の眼の濁りの正体。
「……ご両親は」
「あはは、言えるわけないじゃない。というより、言えない、のほうが正しいわね」
「言えない?」
「うん。二人とも海外に勤めててね、兄弟もいないし、いつも家では一人なの。日本は安全だろって、そう決めつけて何ヶ月もお仕事に行っちゃうの。ホント、自分勝手だわ。そう考えると、私も菫子ちゃんと同じで、一人暮らししてることになるわね」
 自炊はせず、いつもコンビニ弁当だけれど、と彼女は苦笑した。
 そんな調子で気分を悪くすることもなく、初めて襲われた日の詳細を彼女は教えてくれた。日時、場所、男たちがどんな容姿か、あますことなく全てを。
「気になるなら動画のURL教えるわ。それで場所とか確認できるし。……従えばネットに動画は流さないなんて言ってたのに、結局ああいうやつらって約束は守らないのよね」
「……ゴメン、それは遠慮しておくわ。私は別にサカってないし」
 家族とか警察とか、そういう防衛策を講じない彼女の心境はわからない。
 ハッキリしているのは、それがキッカケで一人の少女が壊れてしまった。
 単純明快。
 だから、怒りを覚える必要はない。同情する必要もないのである。
「私、ある意味ではあの人たちに感謝してるの。菫子ちゃんの秘密を知るキッカケを作ってくれて。特別恨んでもいないのよ」
 諭すような言い方。だからといって、女の子を傷つけていい理由にはならないだろう。
 彼女のねじ曲がった理屈……かと思えば違った。どうやら「仕返しは必要ない」と私を諌めていることに遅れて気づく。事件の詳細を尋ねたことがそう勘違いさせたらしい。
 ここは適当に誤魔化しておく。
「安心して。別にそいつらをどうこうしようとは思ってないわ。もちろん、誰にも話すつもりもないし、ただの興味本位よ」
「そう。じゃあ、今度は菫子ちゃんが話してよ。その力を使ってどんなことをしてきたのかをさ。私も、誰にも話さないから」
「……コーヒーか紅茶、どちらが良い?」
「コーヒーで。おかまいなく」
 いったんひと息つきたくて休憩を要望する。
 他人には興味のない自覚はあるけれど、彼女の話は聞いているとなぜか疲労がたまる。
 どうしてだろう。今までは、誰かが不幸になっても気にもしなかったのに。
 机に向かったまま、リビングから見える台所に念力を使う。すると、あたかも透明人間が動いているかのように、ポットが火にかけられカップが用意されていく。
 極力、人前で超能力は使わないようにしてるけど、目の前にいる彼女には、私と出会わなかったことにするつもりでいるのだ。どれだけ見られても構わない。
「わあ、なんだか食器が自分から動いてるみたいで、まるでディズニー映画ね」
「実際に動くのと労力はあまり変わらないけどね。普通の人より手足の数が多いだけ、みたいな感じよ」
「それでもやっぱりすごいわ。いいわねえ」
 羨望の眼差しを向けられる。得意げになるつもりはないけど、悪い気分ではなかった。
 台所に用意していたカップとソーサーを、浮かせて私たちの目の前に降ろす。
 次はドリップバッグ、シュガースティック、クリープを順に。
 その様々な道具たちが浮遊するのをみて、彼女は眼を輝かせていた。
「これで淹れるコーヒーはまた格別に違いないわね」
「いや、普通の市販のコーヒーだから」
 思わず苦笑してしまった。彼女は握り拳を作って力説。はては、サイコキネシスで焙煎したコーヒー豆はまた違う味が出るのでは、というバカらしい話まで出てくるので、私は呆れながらそれに耳を傾けていた。
 そうこうしているうちにお湯が沸く。
 中に入っているのは熱湯だ。これだけは慎重に……え。
「……っ!」
「あつっ!」
 力加減を間違えたのか、ポットがあらぬ方向へ宙を舞った。
 そのせいで中身が飛び出し、その大半が目の前の彼女に被さっていく。
「ご、ごめん! 大丈夫!?」
「…………」
 声をかけるも、痛みに耐えて呻いている。大変なことをしてしまった。
 左腕全体に被ってしまったようだ。
 火傷。幻想郷と争ったとき、経験がないわけでもないので処置の方法は知っている。
 急いでバスルームまで彼女を連れて行く。確か、衣服は脱がさずに患部を冷やさなければならなかったはず。
 自分が濡れるのも構わず、とりあえずシャワーから水をだして彼女の腕にあてていく。
 なんで? 慎重にしたはずなのに、どうして超能力が──
「えへへ……念力でつくられた熱湯はまた格別ねえ」
「バカいってないでジッとしてて! ごめんなさい、こんなはずじゃなかったのに」
「お、今日の菫子ちゃんの下着は薄緑ですか。ほうほう」
「どこみてんのよ!」
 水で上着が透けてしまったのだろう。罪悪感で小突くこともできず、胸がざわついていたけど、その冗談は彼女なりの気遣いだ。
「なにかこう、ないの? 回復呪文とか」
「そんな便利なものないわ。傷を治せる人を知ってはいるけど」
「へ~、どんな人? ゲームの僧侶みたいな?」
「ううん、死んで生き返るの。そうしたら元どおり」
「え、ゾンビ!? じゃあ、どちらかというと僧侶は天敵っぽいわね」
「そうでもないかしら。向こうの僧侶は肉体派だし、すさまじい拳法を使うわ」
「拳法……そういうのって武闘家なんじゃ」
「あと、ハーレーに乗ってる」
「ハーレー!? ハーレーに乗る武闘家な僧侶なんて想像つかないんだけど!」
 しばらくは、そんなくだらないやりとりが続く。
 よかった。これだけはしゃげるなら、火傷も大したことなさそう。
「悪いけど、服を脱いでもらえるかしら? 着替えは用意するから」
「うん」
 シャワーの水をあてながら、火傷の具合をみさせてもらう。赤くはなってるみたいだけど、水ぶくれもできてないし、大したことにはなってない、が。
「……っ」
 顔をあげて、その現実に目を剥く。
 患部の腕に意識がむいていたので気づかなかったけど、彼女の体……そのいたるところには黒ずんだ痣がいくつも色をつけていた。お腹や背中が特にひどく、斑模様にもなっていて、まるで、誰かから何度も暴力を受けたような。
「ああ、これ? 乱暴されたときにいろいろとね。痕が消えなくて難儀してるのよ」
「……ごめんなさい。知らなくて」
「ううん、気にしないで。菫子ちゃんになら、見られても全然構わないから」
 そうは言われても、顔を伏せたくなる気持ちが強くなった。
 彼女はキレイだ。そりゃ、うちの学校では成績が悪くてのけ者にされてるけど、一般的にはきっと男の子たちにはモテるだろうと、そういう印象を持ってもいる。
 そんな彼女の体をこんな傷だらけにして、将来抱くはずだった愛しい人との甘い夢を、土足で踏みにじられたのだ。
 私だったらどうだろう。幻想郷でも、妖怪に追いかけ回されて恐怖という恐怖を味わった身だ。超能力があっても、彼女のような目に合う可能性はゼロではない。
 耐えられるだろうか。いや、きっと、私は……。
「だぁかぁらぁ、気にしなくていいってば」
「うぇ」
 突然抱きしめられる。
 シャワーの水が出っぱなしなので、その音と冷たく染みていく服だけが、ゆったりとした時間が過ぎていくのを感じさせてくれた。
「私、菫子ちゃんがいなかったら、絶対自分で首をつってたわ。でもあのとき、あなたを見つけることができたから、私はいまここにいるの。この傷はそのあかし」
「…………」
 濡れた服に体温を奪われながらも、触れる肌と肌から感じる熱は、とろけるような心地よさがあった。冷たく、温かい。その繰り返しから得られる快楽を、その温もりを、私は以前から知っている。
 幻想郷。
 いやいやながらも、顔を赤くして手を繋いでくれた、紅白の巫女。霊夢さん。
 忘れてはいない。覚えている。それを、思い出させてくれた。
 私は幻想郷を愛おしく思っている。深秘に満ちた世界であり、超能力者である私を受け入れてくれたところだから。そして救われもした。私のいるべき場所は現実ではなく、幻想にあるのだとそう教えてくれたから。
 生きる糧だった。幻想郷は私を救ってくれた。
 ……だから、彼女の気持ちを理解できてしまっている。

 私は、
 彼女にとっての幻想郷なのだ、と。

「服、びしょびしょになっちゃったわね」
 いつまでその体勢でいたのか。
 気がつくと、お互いずぶ濡れの状態だった。
 それを指摘すると、彼女はバツが悪そうに笑った。こうなることは予想していなかったので、当然着替えなどは持ってきていない。どうしようかと尋ねてくる。
 外はもう夜の帳が落ち始めていた。服を日中に乾かすには、少し難しいだろう。
「今日は泊まっていきなさい。サイズが合うかわからないけど、着替えなら用意してあげられるからさ」

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