Coolier - 新生・東方創想話

うたかた

2005/11/03 09:11:35
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 ―――朝


 秋の博麗神社は良く葉を落とした。
 目の前でゆらりゆらりと舞い落ち、境内に新たな模様をつける紅葉。紅葉は一般に、空気が澄み渡り、朝の冷え込み厳しいところ程綺麗な赤を色づけるものだが、今年の異常気象をもってしても特に異常はなかったらしい。むしろ例年よりもまた綺麗な赤模様を散らしているではないか。縁側で茶を啜っていた霊夢は、惚けながらそんなことを思っていた。
 そして隣で寝転びながら煎餅を齧っていた魔理沙が庭の掃除しなくていいのかと聞くと、霊夢はただ一言「面倒くさい」と言い、魔理沙の齧っていた煎餅がぼきりと嫌な音を立てる。目を白黒させながら起き上がった魔理沙。

「歯が折れるかと思った」
「そう? じゃあ乳歯の場合、下の歯は屋根に、上の歯は縁の下に投げるのよ」
「いやだからまだ折れてないって言うか、私だってもう乳歯くらい生え変わってるぜ畜生……」

 そしてそう言いながら再び寝転ぶ。何とも不満の残る霊夢の対応であったが、別に魔理沙だって本気で怒っているわけでもない。世の中には真顔で突拍子の無いことを言う奴などそれこそ星の数ほどいるものだし、そんな輩にいちいち本気で取り合っていたらこっちの調子が狂わされるだけ。隣の紅白なんて、その際たる者だ。
 しかしそんなことは経験上身をもって知っていたとしても、実際流しきれるかどうかはそれまた別の問題。魔理沙はさっきより何倍も疲れたような顔をしながらだるそうに残りの煎餅を齧った。
 ぱきっ。
 その乾いた音が妙に切ない。口の中に広がる陳腐な米と醤油の風味が更に哀愁を漂わせ、目の前に広がる紅葉の美しさを考慮しても気分は比較的ダウナー。
 しかしそんなこっちの様子など素知らぬふりに茶を啜る霊夢は、別段いつもどおりで。そんな霊夢に、魔理沙は何か言うべきかなあと、むしろあえて無視してするべきかなあと迷っていると。

「風流ね」

 霊夢が目の前の光景を見つめながら、ぽつりとそう呟いたのが聞こえた。

「……そうだな」

 全く、霊夢の口からこんな情調あふれる言葉が出ようとは。魔理沙は若干の驚きを隠せなかったが、それでも偶には良いかと、偶にはこんな日があっても良いじゃないかと、少し微笑ましい気分になりながら二枚目の煎餅に齧りつく。

「まるで血のように赤く染まった紅葉ね」

 ぼきり。






 ―――昼


「で、結局掃除するんだな」
「当たり前よ。でないといつまで経っても散らかったままじゃない」

 竹箒を手に落ち葉で散らかった境内を掃く。そんな霊夢に呆れたような様子の魔理沙。
 最初に面倒くさいと言い放った口からは考えられないような言葉を吐く。そんな霊夢にもうどうでもいいやと言わんばかりに茶を啜る魔理沙。
 秋の博麗神社は概ねそんな感じに時を刻んでいた。

「ほら、あんたも手伝いなさいよ」
「何で私も手伝わなきゃいけないんだ?」
「私がそう決めたからよ」
「それなら控訴を求めるぜ」
「控訴は認められません。完全無欠に一審制よ。はい、残念賞」
「何の残念賞なんだ」

 そう言ったものの、やはりもう一つの竹箒を手渡される魔理沙。当たり前だが顔中には不平不満。

「そもそもこう次から次へと降って来られたらな」

 魔理沙の言うとおり、そうこうしているうちにも紅葉の木はどんどん葉を落としている。どうせ掃き集めたところでまたすぐに散らかってしまうに違いない。魔理沙自身、あまり雑多である状態というものに抵抗が少ないこともあるが、それ以上に無駄で不毛な作業と言うのを嫌う傾向にあった。つまり、無駄に疲れることは御免だ。
 どうせなら魔法で全部吹き飛ばせてしまえれば楽になるだろうが、魔理沙にそんな加減は難しそうだったし、何よりそんなことしたら霊夢にしこたまぶん殴られる羽目になるだろう。そういった部分ではむしろ霊夢の方が加減を知らなさそうなことであるし。
 するといまいち乗り気でない魔理沙に、竹箒を手に丁寧に落ち葉掃き集めていた霊夢がむっと眉を顰めた。

「何よ、不服なの?」
「……いや、普通に考えればそうだと思うぜ」
「器が小さいわねぇ。矮小よ、矮小」

 魔理沙からしてみれば非常に理解しがたい理不尽な話である。しかし、何となく霊夢の言いたいことは察していた。いや、理解していたといった方が正しいかも知れない。
 ようするに、少しくらい自分の言うことを聞いて欲しいという我が侭のようなものだと思う。霊夢が掃除をしたいのだ、それに付き合うのに損得勘定の入れて欲しくはないのだろう。
 魔理沙はその霊夢の気持ちがなんとなく良いなと思った。いまいち掴み辛い彼女の、可愛く思える部分を垣間見た気がしたからだ。

「全く、仕方が無い奴だな。それじゃ私も手伝ってやる」
「じゃあ後はお願いね」
「鬼かっ?!」

 やはりそう一筋縄ではいかないらしい。






 ―――夕


 結局二人で取り掛かったのだが、お互い何を言うでもなく無言のまま作業を続けていた。取り折降ってくる落ち葉に鬱陶しげに顔を顰めた魔理沙だったが、それでも一人ぶーたれるわけにもいかないと根気強く葉を掃き集めた。
 そして比較的時間も掛からず、とりあえず一通り落ち葉を掻き集めることが出来た。満足げに、掻き集めて出来た紅葉の山を見やる霊夢。目の前にはこんもりとした山のような落ち葉。
 しかし今でも木々は揺れ、紅葉はその紅い身を散らしながら舞っている。先ほどとは比べ物にならないほど綺麗になったとは言え、しばらくすればまた同じような光景を見ることになるだろう。いったい霊夢はどうするつもりなのか。
 が、そんな魔理沙の心配を他所に、霊夢はその落ち葉の山に近づくと、突然竹箒を投げ捨てた。
 そして。

「ふぃー」

 ざばーん。

 舞い上がる紅葉。霊夢が落ち葉の山に身を投げたからだ。積もりに積もった落ち葉は霊夢の体を受け止めて、天然のクッションとなる。
 そして仰向けになり、目を閉じる霊夢。数秒もすると舞い上がった紅葉も重力に従って落ちていき、しん、と辺りが静寂に包まれたような錯覚を魔理沙は受けた。実際には風が木を撫で葉を揺らし、遠くでは鳥の囀り、すぐ近くでは虫が鳴いているというのに。
 そして霊夢はそうやって寝転びながら言うのだ。

「気持ちいいわね」
「あの、霊夢さん?」
「何よ?」
「いや、何してるのかなあと思いまして」
「…………」
「…………」
「……まあ、良いじゃない」

 そう言ってずぶずぶと溶けるように落ち葉の山に埋まっていく霊夢。なんとなくそのまま消えていきそうな気がして、魔理沙は霊夢の側まで駆け寄った。
 目を閉じ、まるで眠っているようだと、そう思ってしまった魔理沙はただ苦笑するしかない。いったい自分は何を考えているのか。

「おーい、起きろ」
「嫌」
「あのなぁ……」
「まぁ良いじゃない」

 何が良いのか全く分からなかった魔理沙だったが、特に何をするでもない。ただ、それ以上霊夢に何か言うのは止めようと、日頃の霊夢の所業を脳裏に浮かべながら苦笑する。頭の中でどうせ言ったって聞かないだろうと予測ができる部分があったからだ。
 だからこそ魔理沙は返事の代わりにと霊夢に倣い、落ち葉の山に身を任せようと飛び込む。これが答えとばかりに、思いっきり。容赦など欠片もしなかった。

 ざばーん。

「ちょ、何するのよ魔理沙」
「まぁ良いじゃないか」

 そして二人で揉みくちゃになりながら横になる。初めは嫌そうな顔をしていた霊夢だったが、その表情も時間と共に次第に緩んでいく。普段のやる気なさそうな、だるそうな顔。数秒もするとそれが魔理沙の顔の横に並んでいた。

「ま、良いか」

 そして霊夢は苦笑したようだった。その仕草に何となく心持ちが誇らしくなって、魔理沙はにやりと霊夢に笑いながら言う。


「ま、良いぜ」






 ―――夜


「そろそろ焼き芋でもしましょうか」

 彼女はいつだって唐突だ。

「は? 今からか? さっき飯食べたじゃないか」
「甘いものは別腹よ」

 そう言った霊夢の懐から出るわ出るわ。霊夢が取り出した芋の数を数えていた魔理沙だったが、その数が二十を軽く超えたところで数えるのを止めた。いったいこれほどの量を、懐のどこに隠していたのか。

「……別腹にも程がないか?」
「何よ、文句あるの?」
「文句って言うか……もう一考頼みたいところなんだが」
「まぁ良いじゃない」
「今日はそればっかだな」
「そういうものよ」
「そういうものか?」
「そういうものよ」
「そういうものか」

 何となく騙されたような気分にはなりながら、それでも別に良いかと魔理沙は思う。
 やはり自分には仕様の無いことのような気もすることだ。霊夢に対する諦念のようなものも見え隠れする状態ではあるが、胸中ですらそれを微塵も残さぬ笑顔で魔理沙は笑った。

 ――なんだろうなぁ、この気持ちは。

 そして二人は無言のまま大量の芋を集めた紅葉の山に次々と入れていくと、静かに火をつけた。





 パチパチと、紅葉の爆ぜる音が響く。いつの間にか辺りは暗くなっていた。
 今は何時だろう。魔理沙はただ焚き火の様を見やる霊夢を横目に眺めながらそんなことを思った。
 深い静寂。秋の夜長は、こんなにも寂しく、切ないものだと改めて気付かされるような夜だった。

「良く燃えるわね」

 ぽつり、と霊夢が言う。確かに紅葉は途切れることなく燃えていた。煌々と、赤く。辺りを照らす。縁側でその様子を見やる二人も、その赤い光で照らされていた。

「そうだな」
「焼き過ぎないように注意しないとね」
「そうだな」

 そんな取り止めの無いような会話が、妙に切ない。秋の夜には誰かを不安にさせる魔性の何がかあるのかも知れないなと、そんな馬鹿なことを感じた。

「ほんとに良く焼けてるわ」
「ああ、そうだな」
「…………」
「…………」

 なかなか会話が続かない。何故か妙な焦燥感に駆られながら、魔理沙は霊夢の様子を伺う。

「…………」
「……霊夢?」
「ん?」
「どうかしたのか?」
「いえ? 何でもないわよ」
「そうか?」
「そうよ」
「……そうか」
「…………」

 じっとして動かない。それは霊夢が集中しているのからではなく、ただ単に惚けているだけなのだろう。しかし、それでも時折眉を顰め考え事をしている様子を見せる。
 今なら頬を突付いても気づかれないかもな、そう思った魔理沙は自分のその欲望に忠実に動く。偉人曰く、やってやれ、だ。
 ゆるりと動く細糸のような指先は、しかし霊夢の手によって打ち払われる。そんなに甘くないか。魔理沙は大仰な仕草で霊夢に降参してみた。

「何するのよ」
「さぁな」

 意味のない、戯れのようなものだ。あえて意味を持たせるとするのなら、それはきっと霊夢の表情をくずしたかっただけなのだろうと、魔理沙は自覚する。

「何考えてんのよ、あんたは」
「さぁな」
「全く、困った奴ね」
「そう言うお前は、何考えてるんだ?」
「……さぁね」

 魔理沙はそっと溜息をつき、縁側から降りて箒を手に取り焚き火に近づく。
 二人を包む秋風は冷たく、空へと流れ舞う灰は悲し気に、魔理沙は濛々と燃える焚き火を払いながら言った。

「全く、困った奴だぜ」

 黒く変色した銀紙に包まれた芋、そのうち一つの銀紙をはがして剥き出しにする。
 芋は少しだけ焦げて炭化していた。






 ―――深夜


 結局、二個で限界だった。

「情けないわねぇ」

 仰向けに寝転がりながら魔理沙は答える。

「これでも、食べた方じゃないか……? さすがに、同じ味だと飽きるし……」

 そう、飽きるし、何より胃が破けそうだった。魔理沙は夕食も遠慮せずばくばく食べていたことを思い出し、あの時点で最早満腹だったしなと論理武装を図る。

「情けないわねぇ」

 霊夢はもう一度そう言って溜息をついた。しかし後ろにある余った焼き芋の山を見る限り、魔理沙にも言いたいことがある。

「そういうお前だって全く手をつけてなかったじゃないか」
「あら、本当ね」
「あのなぁ」
「気にすることはないわ。残ったお芋は……そうね、お茶請けにでもしますか」

 存外、芋は菓子への応用が利くものだ。一回焼いてしまったため濾したりしばらく時間を置いたりすれば、風味など格段に落ちることになるだろうがしかたがない。
 餡にすれば大福やきんとん、またきんつばや羊羹などにもできるはずと霊夢。意外にもそれらに加工する知識、技能は持っていた。食の為の才、それもまた娯楽には欠かせないものということか。

「だからもう少し量を考えろって。何で唐突に焼き芋なのかも分からないし」
「だって、やっぱ秋と言えば食欲の秋じゃない? 食欲の秋、と言えば焼き芋じゃない?」
「なんでそうなるんだ……」

 霊夢は魔理沙のその問いには答えず、笊に焼き芋を乗せると台所まで引っ込んでしまった。元々答える気などさらさらないのだろう。
 そして何やら料理機材を取り出し始める。思わず魔理沙は問いかけた。

「おいおい、今から始めるのか? もう夜中だぜ?」
「別に最後までやるとは限らないわよ。ただ皮をむいて、潰して、濾すわ。餡の一歩手前まではやっておきたいの」
「そうか……」

 正直、自分には何も手伝えることなどないと、少し手持ち無沙汰な状態で魔理沙は居心地の悪さを感じていた。だから長居していたこともあるしとそろそろ帰ることも考慮し始めながら、霊夢にそれとなく打診しようとしていたときだった。

「悪かったわね、つき合わせて」

「―――は?」

 耳が遠くなったのかと、脳がイカレタのかと、そんなことを真面目に検討するくらい衝撃的だったと魔理沙。霊夢は台所で背を向けながら作業しているので、魔理沙からはその表情を伺うことは出来ない。
 何となく、こちらから気分の害してしまったのかと思い、言い様のない不安に駆られる。そんなわけはないはずだが、魔理沙にはどうしても霊夢の言葉に険が篭もっているように聞こえてならなかったのだ。

「聞こえなかったの? まぁ良いけど」

 振り向きもせず、そう呟いた霊夢。その消えるような呟きだが、魔理沙の耳には届いている。

「いや、聞こえてるぜ。それより、何でお前が私に謝る必要があるんだ?」

 もし本当に悪いと思って謝罪としたとするのなら、それは酷い侮辱だ。魔理沙は霊夢のことを全て理解しているわけではないが、それでも霊夢にとって互いの関係というのは、そんなものではなかったはずだと言う確信がある。
 魔理沙はどうしてもきつくなりがちになる眼をほぐすことで力みを取りながら、それでも意識のほぼ全てを霊夢に向けた。何かがおかしいと、晩秋という不思議な魔力を感じながら。

「そうね、あんたが私を分かって、それで付き合ってくれてるなら謝る必要はないかも知れない。でもね、これは少しだけ違うの。私と言う規格からは少し外れた、ちょっとした、それでも本当の意味での我が侭だから」

 正直、良く分からない、と魔理沙は思った。たかだが芋を焼くだけで何でここまで言う必要があるのだろう。いや、そもそも、霊夢が言っていることは自分が思っているものとはまた違う、何か小さなしこりのようなものを感じさせる。そして自分の思考さえも良く分からないままに魔理沙は改めて良く分からないなと、そう思った。

「上手く言葉にできないかも知れないけど、聞く?」

 霊夢のその言葉に、魔理沙は頷いた。
 例え、霊夢からはこちらが見えないことが分かっていたとしても。




 一先ず片づけを済ませた霊夢は、魔理沙と共に縁側に出ていた。

「きっと、紅葉もただ散ればそれで良かったのよ。木が根を張り大地の養分を吸って成長して、いずれ葉を散らし、そしてその葉が大地に還り養分となる。そうやって在るがまま、成るがまま。自然の摂理は常にサイクルに落ち着くものなのよ」
「…………」
「でも、私は紅葉に火をつけたわ。爆ぜた灰が風に乗って舞い上がって、どこかへ行く。きっとそこで大地へ還るのでしょうけど、それはここじゃない。私のいる、博麗神社じゃないの」
「……何が言いたいんだ?」

 余りにも遠回りのような気がして、魔理沙は先を促す。理を知りながら、悟りながら生きていく魔法使いとしての性分だ。
 だがそんな側面など関係なく、魔理沙は知りたかった。理解できないはずはないはないのだと、早くこの淀む胸中に整理を付けたかったからかも知れない。

「だから、上手く言葉に出来ないかもって言ったでしょ。ただ確かに言えるのは、そう言ったサイクルに不確定要素を取り込んだり、乱すって言う単純なことが、私にはとても魅力的に映ったって事よ」
「…………」
「きっと一人じゃ出来なかったし、魔理沙がいたからできたことかも知れない。でも、駄目ね。紅葉を焼いている間にも私に凄い罪悪感、っていうのか、それが沸き立つの。規律に対する戒めかも知れないわね」

 戒め。規律。たががそんなものに、霊夢が縛られている。そのことが魔理沙は分からないなと思いながら、同時に、堪らなく悲しかった。

「…………」
「それで、もう焼き芋もできなくなるかもね、って思ったら。何か、ね。栄養のない大地はもう木を保持することは出来ないし」
「……とてもそうは見えないんだけどな」

 見たところ、周りは尚も赤い葉が舞い、幻想的ですらある。少なくとも少し葉を燃やしたくらいじゃ何ともないだろうことは伺えた。

「まぁ今は大丈夫よ。それで、私の話はこれでおしまいになるわ。自分でも整理の付かない感情だし、だから魔理沙はそう深く考えなくても良いことなのよ」

 そう言いながら霊夢は笑った。月明かりの下、何一つ雲のない秋空に、魔理沙にしか見えない花が咲く。どことなく儚げで、止め処なく輝く、どこまでも幻想的な花。
 その朽ちることも枯れることも舞い落ちることもなく咲き誇る花に、

「……そうだな」

 魔理沙は少しだけ顔を俯かせそう言った。この帽子で覆う以上、霊夢からは自分の表情を読み取れないはずだと、そう願って。






 ―――早朝


 早朝の博麗神社もまた良く葉を落とした。
 風は魔理沙の髪を撫で、紅葉を揺らす。ひらひらと舞い落ちるそれを魔理沙は眺めていた。
 いつもの朝。いつもの光景。明日もまた、同じなのだろう。

「いや―――」

 同じなんかじゃない。違うんだ。今日は明日じゃないし。明日は来年じゃない。それぞれは微妙に異なって時を刻むものだ。霊夢の言うサイクルなんていうのはまやかしに過ぎない。
 それでも全てが廻ってできていると言うのならば、それは作られたものだ。望んで出来たものだ。少なくともあいつには関係ないものなんだ。

「さて、行くか」

 魔理沙はポケットに入った秘密兵器を確認すると、もう一度紅葉の木を見上げ、そして歩き出した。
 願わくは、これが彼女にとっての救いに足り得ればと思いながら。




 霊夢は寝ていた。つい先ほどまでは。

「何なのよ、全く……」

 頭の中が今だ混濁している。意識がすっきりとしない。いや、これは逆だ。頭の中がすっきりとしなくて、意識が混濁としている。まぁどっちでも良いわね、と結局のところその答えに帰結した。
 そして霊夢はその原因にジト目で抗議する。無言のプレッシャー。それは寝起きだからこそ、より凶悪なものだった。

「霊夢、朝はおはようだぜ」
「……で、何しに来たわけ?」

 正直どんな顔であれ、目覚めたとき目の前に人の顔がドアップでいたらそれは驚嘆に値する。例えばそれが夜遅くまで付きっ切りでいてくれた友人であろうと。
 だからこその容赦なさなのだろうが、今の霊夢にはそれが無性に疎ましかった。それが本当に信頼からきているもので、そこに邪な何かがない。その正しさが。今の霊夢には受け入れなかった。

「唐突だが、霊夢。これをお前にやる」
「……あんたがここにいる時点で唐突よ。で……何、これ?」

 霊夢の手のひらに収まった一片の紅葉。どこらにもあるような、そんな紅葉だった。
 これが魔理沙の持ってきた、唯一の武器。

「最初にして最後の、結局のところ最終兵器だ」
「……は?」

 だがそれを言ったところで霊夢に伝わるはずもなく。
 魔理沙は霊夢の手を握ったまま補足する。

「それはな、私の家の前にある紅葉なんだ。私が自分の手で取ってきた、世界に一枚しかない紅葉だ。本来、お前が手にすることはないはずの、そんな紅葉だ。ここにあるべきものじゃないそれを、霊夢、お前に持っていて欲しいんだ」
「…………」

 霊夢はその手のひらに乗った紅葉を、飽くほど見ていた。寝ているところを無理矢理起こしたときよりも、もっと大きな驚きでもあったのかも知れない。
 多分放って置いたらそのまま動きそうにないので、魔理沙は霊夢に向かって口早に言う。

「霊夢、お前はお前の存在理由があるのかもしれない。何もかも調和して、輪を形成しなきゃいけないのかもしれない。だけどな、霊夢。変わらないものはないんだ。例えそれが全部対局して見たとき、なんら変わったように見えなくてもだ。私たちは変わり続けるんだ」
「…………」
「……じゃあな。私の用はそれだけだ」

 急に気恥ずかしくなって、魔理沙は脱兎の如く踵を返した。顔中から火が出そうなほどだ。
 果たして、こんなことが彼女の救いになるのか。これだけで彼女が背負っているものを軽くしてあげることが出来たのか。そんなこと魔理沙には分からない。ただそれでも、自分がそうしたかったことを認めないわけにはいかないんだと自嘲した。
 そうして逃げるように駆ける魔理沙だったが、襖に手を掛けたとき霊夢が「魔理沙」と呼び止める。何を言われるのだろうと、背中に嫌な汗が伝った。

「……な、何だ?」

 恐る恐る聞くと、霊夢は何故かそっぽを向きながら言った。

「ありがと。それと、おはよう」

 その顔は、どんな紅葉よりも真っ赤になっていて。魔理沙が渡した紅葉よりも真っ赤で。

「……その言葉が聞ければ充分だぜ」

 そう返して、魔理沙は襖を一気に開ける。口元には小さな笑み。霊夢には絶対分からないだろう。
 これからは霊夢の領分だ。これからどうなるか。自分には未来のことなど分からない。だからこそ面白くなりそうだと、魔理沙は大きく伸びをした。

「さぁて、今日はどうするかな」

 境内に出ると、魔理沙は箒に跨り大空へと飛び上がる。風を切り、風を起こしながら進んでいく。


 目の前には、どこまでも続くような秋空があった。
 どこまでも行けそうな風に乗って舞う紅葉が、そこにはあった。




 終わり

うたかた 【〈泡沫〉】

(1)水面にできるあわ。
(2)消えやすくはかないことのたとえ。



こちらでは初めましてになります。
読んでくださった方にはもうお分かりかも分かりませんが、実はコンペで投下予定のものでした。
諸事情により投下はならなかったのですが、このままお蔵入りするのはどうかと思い、こちらでの投下という形になりました。

誤字脱字等、おかしい点などございましたら是非ご指導ください。
読んでくださった方、ありがとうございます。
お茶
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コメント



0.3800簡易評価
6.60MIM.E削除
二人のような素敵な友情関係に憧れます。
49.70名前が無い程度の能力削除
舞い散る落ち葉と焼き芋。秋の風物詩ですね。
ただなんとなく魔理沙に甘えてみる霊夢が可愛いです。
51.90削除
『まあ、良い』と思うのです。
変化したって。良い、と思うのです。
77.80名前が無い程度の能力削除
淡々といい話