Coolier - 新生・東方創想話

休日の過ごし方

2005/10/24 09:55:26
最終更新
サイズ
31.99KB
ページ数
1
閲覧数
2059
評価数
6/82
POINT
4050
Rate
9.82





「あなたクビね」
 美鈴の時間はこの瞬間、間違いなく停止したことだろう。実際、美鈴はピクリとも動けなかった。
 唐突などという次元ではない。顔を見るなりいきなり咲夜に言い放たれた。無表情で、前振りもなく、日常会話をするがごとく軽やかに。
「え? な? ちょ? ひえ? ほえ? はう?」
 数秒後、正気を取り戻した美鈴だが、今度は呂律が回っていない。咲夜の言い放った言葉は、美鈴の門番としての役職に対する解雇通告なのだから無理もないが。
 これ異常ないほど狼狽した後、とうとう涙目になり、震える小動物のような表情で咲夜を見つめる美鈴。そんな美鈴を見て咲夜は堪えていた笑い声をもらした。
「冗談よ、冗談」
「へ?」
 先ほどとは別の意味で時間が停止する美鈴。だが、先ほどよりは幾分早く覚醒して、咲夜に食って掛かる。
「お、驚かさないでくださいよ! 本気で焦りましたよ!」
「まさかそこまでおたおたするとは思わなかったわ」
 笑い声を噛み締めながら、意地悪そうに言う咲夜。それを見てふてくされる美鈴。
「あ、でも半分は本当よ」
「え?」
 クビ、というのに半分も何もあったものではないと思う。つまりはやはりクビか、そうでないにしても降格処分か何かだろうか。美鈴の胸中は穏やかではない。
 そんな美鈴の胸中を悟ってか、咲夜は笑って言った。もちろん、先ほどまでのいたずら風味の笑顔ではなく、優しさを帯びた笑顔で、だ。
「たまには休日を、って意味でね」
 再度、硬直する美鈴。あまりにも聞きなれない言葉を聞いたせいだ。
「休日……ですか?」
「お嬢様からのささやかな労働の報酬。館に勤める全員に」
 基本的に年から年中紅魔館に勤めるものに休みはない。みんなそれぞれが好きでいるのだから無理もないが、それでもたまには休みが欲しいと思うこともある。
「特にあなたなんて門番として始終働いているでしょ。時には息抜きをしないといつか疲労やストレスに潰されるわよ」
 それは事実だ。門番という立場上、休みなどあろうはずもない。もっとも、美鈴はそれを嫌々しているわけではないので、休みがないことに文句を言ったり、不満を訴えたりしたことなどない。
 とはいえ、この申し出はありがたい。確かに時には休息も必要だ。
「まあ、最近はちょっと怪しいところもあるけど」
「うぐ……咲夜さん、厳しいです……」
 くすくす笑いながら言ってくる咲夜にうなだれる美鈴。確かに最近よく館を訪れる者に後れを取ることは多々あるが、咲夜のみならずレミリアやフランドールすら手玉に取るような連中だ。美鈴1人では荷が重いのも無理はない。
 そういえば、と美鈴は、なおも笑い続けている咲夜に聞いた。
「咲夜さんは?」
「私? 私はいいわよ。もともとここ以外に居場所なんてないんだから」
 笑うのを止めて遠くを眺めながら、どこか寂しそうに咲夜が呟く。
「私にしてみれば、お嬢様と一緒にいられる時間が大切だし、何よりも最優先すべきことだから」
「咲夜さん……」
「ま、とにかく。こんなことそうはないんだから、しっかり謳歌しなさいよ」
「はい」
 その日、美鈴は職務が終わると早々に眠りについた。明日はどう過ごそうか考えながら。




 翌日。
 ゆっくり朝寝が出来るということでいつもより1時間遅く起きた美鈴。空は雲1つない快晴である。
「う~~~ん……」
 しかし、レミリアから頂いた休日だが、美鈴は早くも難題にぶち当たっていた。天気とは裏腹に、表情はとても重い。なぜなら―――
「どうしよう……どう過ごしたらいいのかわからない……」
 もう覚えてないくらい昔からこの紅魔館で門番として働いていた美鈴にとって、休日などほとんどなかった。なので突然こうして暇をもらってもすることがないのである。
 好きなだけ惰眠を貪る。紅魔館の中で1日のんびり過ごす。人里に下りてみる等いろいろ考えは浮かぶのだが、いまひとつしっくりこない。せっかくの休日をそういったことで消化してしまっていいのだろうか、と後から考えてしまうのである。
 もちろん休日をどう過ごそうと美鈴の自由なのだが、滅多にない休日だけに自分が納得できる過ごし方をしないと意味がない、という心境になってしまっている。
「とりあえず、歩きながら考えてみようかな」
 このままここにいても進展はありそうにないので、散歩にでも出ようと思った。
「美鈴、どこか出かけるの?」
 と、咲夜に呼び止められた。
「咲夜さん。ちょっとお散歩にでも」
「ふ~ん、じゃあちょうどいいわ。はい、これ」
 咲夜から美鈴に手渡されたもの。それは綺麗なナプキンで包装された1つの箱と、丸い物体がいくつか入っている袋。
「えっと……これは?」
「お弁当とデザート」
 休みとあれば、美鈴はどこかへ出かけるだろう、と見通して用意しておいたものだ。もっとも、たとえどこへも出かけないにしても渡すつもりではいたが。
 美鈴はとりあえず袋を開けてみた。
「わあ!」
 中から出てきたのは芳醇な香りを醸し出している桃だった。
「昨日仕入れてきたばかりの旬の桃よ。大切に食べなさいよ」
「ありがとうございます! それじゃ行って来ます」
「いってらっしゃい」




「お~、中国じゃないか」
 快晴の空の下、散歩も兼ねてのんびり歩いていると、空から美鈴を呼ぶ声がした。見上げるとそこには良く知った顔があった。もっとも、こんな口調をするのは幻想郷広しといえどもそうはいない。
「あ、魔理沙さん」
 件の人物は普通の魔法使い、霧雨魔理沙だ。いつもどおりの白黒衣装に箒のスタイルは健在だ。
「こんなところをぶらついてるって事は……そうか、とうとう門番クビになったんだな?」
「縁起でもない事言わないでください!」
 日常会話にしても度が過ぎる。いきなり爆弾を投下された気分になった。
「魔理沙さんこそどこへ行くんですか?」
「いつもどおりだぜ。紅魔館に行って図書館で本を読んで、フランドールの相手をしてやって……」
「だ、大丈夫なんですか?」
「楽しいぜ。他人の生活を見て、それに関わるのって」
 本を読む毎日のパチュリーに少し過激なフランドールの遊びに付き合う日々。他にもアリスの研究に付き合ったり、霊夢と茶を飲んだりと他人との触れ合いの時間の多さは幻想郷の中でも指折りだろう。そんな魔理沙の言葉だけに説得力はある。
「他の人の生活……」
「おっとそろそろ行くか。んじゃなー」
 軽快に箒を操り飛んで行く魔理沙。そんな魔理沙を見送った後、美鈴は思った。
「そっか。門番としていろんな人を見てきたけど、他の人がどんな生活をしているのかとか私全然知らないんだよね」
 他人が訪ねて来る事はあっても、こちらから伺うことはまずない。他の人がどんな生活をしているのかなんとなく気になってきた。
「よ~し! 今日は知っている人に片っ端から会ってみようかな」
 当面の目的がはっきりとした為、足取りも軽やかになる美鈴。
「まずは……霊夢さんの所に行ってみよう」




 博麗神社はいつもどおり変わらずそこにあった。人気は相変わらずない。いるのはただ1人。神社の巫女―――博麗霊夢だけだ。
「こんにちわ、霊夢さん」
「あら、あなたが外出するなんて珍しいこともあるものね。紅魔館大丈夫なの?」
 意外な声に呼ばれて、思わず掃除をする手を止める霊夢。
「あらそう。てっきりレミリアか咲夜あたりから懲戒免職でも食らったのかと思った」
「……魔理沙さんといい、どうして人をクビにしたがるんですか?」
「だって職務全うできてるの?」
「その原因の1人なんですから、自覚があるならもう少し気を使ってくださいよ」
「ん? 魔理沙は知らないけど、私はレミリアに来てと言われるから行ってるだけなんだけど。毎回それを妨害してくるのはあなたじゃない」
「へ?」
 初めて聞いた話だ。客としてレミリアから招待されているのなら、美鈴だって馬鹿じゃないのだからきちんと応対して扉を開けるに決まっている。
「そんな話初耳なんですけど?」
「あ~~~……大方咲夜の仕業じゃない?」
 そう言われてみれば思い当たる節もある。咲夜にしてみればお邪魔な霊夢を紅魔館に入れたくはない。かといって表立ってレミリアのいうことに異を唱えることも出来ない。結果、レミリアに知られる前に入り口で追い返すしかない。その役割は当然門番である美鈴にまわってくる。
「上司2人の所見の相違。まあ、板ばさみってところかしら」
「ううう……」
 霊夢を撃退していることがレミリアに知られても、また霊夢を歓迎して紅魔館に入れたということを咲夜に知られても、美鈴にとって後でお仕置きの対象になることは間違いない。
「中間管理職のつらいところね」
「私、管理職じゃないですけど」
「それもそうね」
 あっけらかん、と霊夢。こういった辺りが実に霊夢らしい。
「ま、せっかくだからお参りでもしていったら? お賽銭は特に歓迎中よ」
 箒で指す方向にあるのは、境内の中心に備え付けられた古びた賽銭箱。あまりにも使われていないせいで存在感も薄れているようにさえ思えてくる。
「お賽銭……って、私、文無しですけど?」
「……まあ、期待していたわけじゃないけどね」
 はあ、と溜息が出る霊夢。参拝客が来ない、という点においては、博麗神社にかなうものはない、とされている。まったくもって不名誉なことではあるが。
「まあ別にいいわよ。願い事をするのにお賽銭が必要ってわけじゃないし」
「すみません。それじゃ、ちょっとお借りします」
 目を閉じて胸の前で手を合わせたまま微動だにしないこと1分強。さすがにそんな長時間何を願っているのか興味がわく霊夢。
「こんなに長い時間、どんな願い事したの?」
「えへへ。実はここに立ってからあれこれ考えたんですけど、結局願ったのは1つだけです。あ、もちろん秘密ですよ」
「……まあいいけどね。他人の願い事を無理やり勘繰りするほど無粋じゃないし」
 そう言って掃除を再開する霊夢。箒で掃きながら霊夢は尋ねた。
「で、この後どうするつもりなの?」
「あ、今日はいろんな人の所へ行って見ようと思ってるんです」
「ふ~ん。まああなたみたいなのは、いろいろ見て回ったほうがいいかもね。で、どこか行くあてはあるの?」
「はい。とりあえず以前咲夜さんに教えてもらった永遠亭に行ってみようかと」
「それならそこまでの行き方くらいなら教えてあげるわよ」
「ありがとうございます」




 永遠亭は見事なまでに生え揃った竹林の中にある。ひっそりと佇んでいるようではあるが、大きさはかなりのものだ。兎たちまで含めればかなりの大所帯なのだから仕方がないともいえるが。
「ごめんくださ~い」
 玄関で声を出し、待つこと1分ほど。留守かな、と思って引き返そうかな、と思った所で扉が開いた。出てきたのは鈴仙だ。
「は~い、どちらさま……あ、紅魔館の……中国さんでしたっけ?」
「…………そういうこと言いますと、私もあなたのこと優曇華院さんって呼びますよ?」
「あはは、冗談ですよ、美鈴さん。とにかく上がってください」
「御邪魔します」


「粗茶ですが」
「あ、お構いなく」
 鈴仙が持って来てくれたお茶は実にいい香りを醸し出している。それなりに高級なものなのは簡単に見て取れた。
「そういえば他の皆さんは?」
「ああ、姫様と師匠はちょっと外出してますよ。てゐならその辺にいるかもしれませんけど」
「そっか。そういえばその服装。何かあったんですか?」
 鈴仙の服装はいつものブレザーに白衣を纏っていた。
「ちょっと師匠に言われて薬の実験を。少し……というよりかなり無茶で無謀で危険極まりないものなんですけど」
「…………い、いったいどんな薬を?」
 聞くのも恐ろしい気はするが、興味がないといえば嘘になるので美鈴は聞いてみた。
「空気中に微細な粒子を散布して、特定空間内にいる生物を死滅させる薬らしいんですけど。害虫退治用に」
 絶句する美鈴。説明しながらも頭を垂れる鈴仙。もしそんなものが実用化されようものなら比喩表現ではなく命に関わる。不死の輝夜や毒に完璧な耐性を持つ永琳にはちょっとした研究ですむかもしれないが、手伝う鈴仙は気が気でない。月の兎とはいえ、そんなものが散布された中で生きられる自信などあるはずもない。
「というわけで、なんとか師匠を説得しながらもう少し実用化出来そうなものに改良してるんですけど、師匠が中々妥協してくれなくて」
「……全力で応援しますね」
 自分の身に降りかかってはたまらないのは当然のこと、たとえ冗談でもそんなものが実用化された日には、幻想郷は間違いなく滅んでしまう。美鈴が鈴仙に向かっていった言葉は間違いなく本心だった。
「私も時たまお嬢様の食料調達を手伝うときに、ここぞとばかりにやたら細かい要求をしてくるときはありますけど」
 やれ血液型はA型限定だの、やれ血液はサラサラしているものに限る、つまりは酒飲みの血液は駄目だの中々に無茶な要求をしてくることもある。そんなものを的確に判別することなど、美鈴にできようはずもない。
「お互い、やっかいな主を持つと大変ですね」
「あはは……」
 鈴仙の言葉に乾いた笑いで答える美鈴。やっかい、というよりは子供らしい感情を残している、というのが正しいが美鈴は特に何も言わなかった。
 美鈴と鈴仙はそのままお茶を飲みながら談笑に時間を取っていたが、楽しい時間というのは長続きしないらしい。廊下からやけに慌しい足音が聞こえてきた。明らかにここに向かって近づいてきている。
 がらり、と襖が開けられた。永琳が立っていた。
「ウドンゲ、いる?」
「はい、師匠。何か?」
 息を少々切らしている。何かあったであろう事は間違いない。
「あら、珍しい客人ね」
 美鈴を見て永琳はそんなことを言った。が、すぐに忠告をする。
「あなたも被害を受けたくなければちょっとここから離れたほうがいいわよ」
「被害?」
 美鈴がどういうことかを聞こうとした直後、ずどん、とまるで隕石でも落下したかのような音が聞こえた。ここからそう遠くなさそうだ。
「あら、思ったより早かったわね」
「ちょ、師匠!? 今のはまさか……」
「そ。姫様があいつを連れてきちゃったのよね。ここへ」
 頭を掻きながら、永琳。鈴仙は一目でわかるほどあせっていた。耳の反応がそれを顕著に表している。そして鈴仙の予想通り、聞きたくない怒号が響いてきた。
「貴様ー! 今日という今日は絶対に許さん! 炭になるまで燃やし尽くしてやるー!」
 燃える鳥を纏って空から降りてきたのは、藤原妹紅だ。そのそばには蓬莱山輝夜がいる。
「もう、短気なんだから。ちょっと呼び名を変えてみただけじゃない」
「やかましい! もこちゃんもこちゃん言われるのだってぎりぎりで耐えてきたというのに、何なんだ今日の呼び方は!」
「新鮮さを狙ってみたんだけど。可愛いと思うけどな、もこたん?」
「ふざけるなー!」
 火の鳥が辺りを薙ぎ払っていく。輝夜はそれを笑いながらひょいひょいとよけているが、周りに与えている被害は甚大だ。永琳が手の届く範囲は鎮火、復興に当てているがとても1人でまかなえるものではない。時間が経つにつれ被害が拡大していくのは誰の目にも明らかだ。
 紅魔館でもフランドールの相手をして館に被害が出ることはたまにあるが、他所でも似たようなことがあるんだなあ、と美鈴は永琳や鈴仙に妙な親近感を覚えていた。復興に駆り出されるのは大抵美鈴が中心だからだ。
 永琳はふぅ、と溜息をついた。そして愛用の弓矢を取り出し鈴仙に言う。
「というわけだから。ウドンゲ、ちょっと手伝ってね。このままだと永遠亭のみならず、せっかくの竹林がなくなりそうだから」
「そうですね、師匠。てゐも手伝ってね」
「は~い」
 散っていく永琳にてゐ。鈴仙は美鈴に一言声をかけた。
「じゃあまたね。今度はゆっくりお話が出来るといいね」
「あはは、それじゃあ失礼します」
 本格的に竹林が炎上してきたのを見て、美鈴は足早にそこを離れることにした。それを見て鈴仙も事態の鎮圧に向かった。
(明日になったら竹林が丸裸、なんてことになってなければいいけど……)




 次はどこへ行こうかな、と考えながら飛んでいると、見知った顔がこちらへ向かっているのが見えた。
「こんにちわ、妖夢さん」
「あ、どうも。美鈴さん」
 大きな荷物を抱えて飛んでいるのは、白玉楼の住人―――魂魄妖夢だ。美鈴のことを常に正しい名前で読んでくれる数少ない人物でもある。
「どうしたんですか、その大きな荷物は?」
 自分の身体と同じくらいの大きさの荷物を抱えている妖夢。ましてや包んでいるのが風呂敷なのだから、嫌でもめだって仕方がない。
「いや、その……幽々子様から言われてちょっと配達を……」
「配達?」
 聞きなれない単語が出た。妖夢は確か庭師と聞いているが、いったい何を配達させられているのだろう。
「配達って、その大きな壷を?」
「正確にはその中身なんですが……」
 普段からあまり幻想郷の者と関わろうとしない妖夢が、わざわざ配達してまで配っているもの。美鈴でなくとも興味はわく。
「結局それはなんなんですか?」
 好奇心にかまけて妖夢に聞く美鈴。妖夢はそんな興味津々の美鈴に少々口篭っていたが、やがて諦めたのか虫の鳴くような声で答えた。
「……………………漬物」
「……は?」
 予想していたものとは相当違う回答。面白いことには面白いが、何か違う。美鈴は自分の頭が混乱するのをはっきりと感じ取っていた。
 もちろん、漬物を知らないわけではない。ごく稀に紅魔館でも食した覚えはある。ただ、レミリアを主としている以上、レミリアが食さないものが献立に組み込まれることはまずないうえに、そんな時間や手間の掛かるものをわざわざ作ろうともしない。故に咲夜が気まぐれに他の労働者の為に拵えたり、他所から貰ってきたものが稀に食卓に並ぶくらいだ。
 ともあれ、目の前の半人半霊は主の命令で漬物を配達しているという。沸きあがる疑問を美鈴は素直に訪ねた。
「それは……どういう?」
「それが、その……」
 妖夢は心底恥ずかしそうに、事の次第を美鈴に告げた。
 説明を受けること数分。
「え~と。つまり、あまりに大量に漬物を漬けてしまって飽きちゃったから、幻想郷の知り合いのところを巡ってお裾分けしつつ、代わりに何かを貰っている、と?」
「恥ずかしながら、その通りです」
 代わりに貰ってくるものが食料限定なんです、という妖夢の声には恥ずかしさと寂しさが同居していた。
「……心中、お察しします」
「……ありがとうございます」
 わがままな主、というのはどこに行ってもいるものだなあ、と美鈴は本気で思った。
 とぼとぼ、という疑問がマッチする妖夢。どうやら紅魔館の方向へ向かっているようだ。美鈴は少々躊躇ったが、一応妖夢に告げた。
「紅魔館に行っても多分無理だと思うけど。お嬢様、漬物なんて食べないし」
「……はあ、やっぱりそうですよね」
 一目で落胆しているのがわかる。さすがに可哀想になってきた。だから美鈴は今度は躊躇わずに言った。
「あの、もしよければ私が交換しましょうか? その漬物」
「え? ほ、本当ですか!?」
 目を輝かせる妖夢。
「こんなものしかないですけど」
 美鈴が取り出したもの。それは出掛けに咲夜から貰ったお弁当と食後のデザートの桃である。
「あ、ありがとうございます! これで幽々子様にお仕置きされずに済みます!」
「……あの、お仕置きって?」
「…………聞かないでください」
 俯いて語る妖夢にこれ以上聞くのは酷だと思い、美鈴は追求するのを止めた。
「それでは。本当にありがとうございました」
「あ、ご主人様によろしく……」
 愛想笑いを浮かべ手を振る美鈴。そして現状を再度把握する。手にあるのは一包みの漬物。
「う~ん……交換したはいいけど、どうしよう、これ…………あ」
 漬物片手に悩んでいた美鈴の視界に、小さな集落が見えた。見覚えがある。
「……とりあえず行ってみよっか」




「うん? 珍しい客人が来てるな」
 集落に入るなりいきなり声を掛けられた。大きな複数の尻尾が目立つ人物―――八雲藍だ。
「藍さん、こんにちわ」
「どうしたんだ、こんな所に?」
「いえ、今日はちょっと暇を頂いたので、いろいろ見てまわってみようかな、と」
「ふむ。ところでさっきから妙な匂いがするのだが」
「あ、きっとこれですよ」
 美鈴は妖夢から貰ったものを取り出した。
「ほう? それは……漬物か?」
「はい。途中で妖夢さんに頂きまして」
「妖夢? ああ、あの白玉楼の庭師か」
「はい、実は……」
 事のいきさつを藍に説明する。さわりを聞いた時点で藍は表情を顰めた。
「……あの大飯喰らいがよくそんな殊勝なことをしたものだな」
「あははは……それが実はですね……」
 続きを話すと藍も納得したようだった。表情は今度は笑っている。
「まったく、そんなことだと思ったよ」
 美鈴も藍も幽々子の食事に対する並々ならぬこだわりは良く知っている。無償でそんなことをするようなことがあれば、幻想郷を揺るがす一大スクープになりかねない。
「ふむ。ちょっと遅めだがせっかくだ。食事をしていくか?」
 いきなりの藍の申し出。
「いや、ご迷惑では?」
「どうせ誰もいない。それにその漬物を味わってみたいし、な」
 匂いにも敏感な藍だ。美鈴の持っている漬物はどうやら良い出来のようだ。
「留守って……主人やあの子は?」
「ん? 紫様なら珍しく出かけた。博麗神社に行くとか言ってたかな。それと橙なら出かけているぞ。なにやら最近見つけた湖の周辺がお気に入りのようだ」
 いろんな人に会おうと思っていたので少々残念に思う美鈴。
「まあ、とりあえず家に行こう」


 ちょっと待っててくれ、と藍に言われ、部屋で待つこと数分。扉が開いてお櫃を持って藍が現れた。中にはふっくら炊き上がった白米が入っている。
「本当にいいんですか?」
「私もこれから昼飯だからな。問題はないよ」
 お弁当を渡してしまった美鈴にとって、これはありがたかった。湯気立つ白米に漬物は非常に食欲を注いだ。藍もその味に思わず唸ったほどだ。
 談笑しながら食事をすること30分ほど。後片付けを手伝っていると、藍が聞いてきた。
「時に美鈴どのはこの後何か予定はあるのか?」
「特に予定はないですけど?」
「それじゃ食事の代金代わり……というわけではないが、ひとつ橙にこれを届けてくれないか?」
 そういって藍が取り出したのはピンクの小さな袋。
「なんですか、これ?」
「なに、3時のおやつのようなものだ。クッキーを焼いてみた」
 中をのぞくと様々な形をしたクッキーが詰め込まれていた。甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「藍さんって意外と家庭的なんですね」
「紫様の下にいれば自然とこうなるよ」
「あはは、そうかもしれませんね」
 昼間は基本的に起きてこない紫だ。炊事・洗濯・食事等の家事全般は必然的に藍に回ってくるのだろう。橙に手伝ってもらうにも、本格的なことはまだまだ出来るとは思えない。
「わかりました」
「すまないな」
「いえいえ。こちらこそご馳走になりありがとうございました」


 少々話をした後、美鈴は家を出た。藍は玄関まで見送りに来ている。
「暇があったらまた来るといい。まあ、そうそう暇があるとは思えないがな」
「そうですね。なかなか難しいですね」
 立場上、そうそう外出が出来るわけでもない美鈴は笑って答えた。
「そうそう。これを持って行くといい」
「それは?」
 藍が取り出したもの。それは1つのお守りだった。
「なに、魔除けのようなものだ。さっきの話を聞く限り、気苦労が絶えないようだからな。マヨヒガの物は幸運を呼ぶ、と言われているしな」
「あはは……ありがとうございます」
 お守りを受け取り丁寧にお辞儀をすると、美鈴は歩き出した。向かう先は橙のいるらしい湖。




「あ、藍さんのいうとおりだ」
 遠くに見える姿。それは湖を睨みつけている橙の姿だ。
(紅魔館の湖はそれこそ毎日見てるけど。こんな方にも湖があったんだ)
 普段出歩くことのない美鈴にとっては、見る景色全てが新鮮だ。
「橙ちゃ~ん!」
 手を振る美鈴。
「あ~! 美鈴お姉ちゃん!」
 美鈴の声に反応して駆け寄ってくる橙。
「こんにちわ。どうしたの、湖をじ~っと見つめて?」
「うん、あのね。今日の夕飯のおかずに魚を取ろうと思ってるんだけど、飛び込んで捕まえようにも、その……水はちょっと苦手だから」
 妖力を身につけたとはいえ、元は猫の橙だ。当然水は苦手である。
「じゃあ釣りをすれば良いんじゃないの?」
「釣り?」
 ハテナ顔になる橙。思わず美鈴は尋ねる。
「橙ちゃん、釣り知らないの?」
「うん」
「じゃあ、私が御手本を見せてあげる」
 そういって美鈴はその辺から適当な木の枝を捜した。糸は自分の髪の毛を繋ぎ合わせることで代用した。
 釣竿を製作する美鈴を橙は尊敬の眼差しで見つめている。
(なんか子供が出来たみたい。……そうか。こういうのが藍さんが感じている幸せ、ってことなのかな)
 そんなことを考えているうちに、竿は完成した。単純に力で引っ張りあげるだけの簡素なものだが、これで十分だ。
「餌は……んしょ」
 そこらへんの少々大きめの石をひっくり返す。すると裏面によく名前のわからない虫がいっぱい張り付いていた。適当に捕まえて糸に括り付ける。そして湖に糸を垂らした。
 そのまま待つこと少々。
「そりゃ!」
 気合一閃。振り上げた竿には20センチほどの魚が引っかかっていた。魚は地面に打ち上げられて跳ねている。
「わあ~! 釣れた、釣れた!」
 自分のことのようにはしゃぐ橙。見ていて美鈴も心が癒されるような気がした。
「美鈴お姉ちゃん、今度は橙にやらせて」
 圧し掛かってくる橙に観念して釣竿を渡す。橙も美鈴のように餌を見つけてくっつけて糸を垂らした。そして数分後。
「にゃ!?」
 糸が引いた。なかなか大物のようだ。
 餌に食いついた魚を釣り上げようと、必死に竿を引き絞る橙。負けじと逃げようとする魚。
「うにゃにゃあああぁぁぁ!」
 引きずられつつも竿を放さない橙。しっかりと足を地に着け全身の力を腕の集中させる。
 そして、この勝負は橙に軍配が上がった。
「やったー! 美鈴お姉ちゃん、釣れたよ~!」
 釣り上げた魚を頭上に掲げてはしゃぐ橙。そんな姿を見て美鈴は思い出した。ここに来た目的を。
「そうだ。橙ちゃん、これ藍さんから」
「藍様?」
 とてとてと近寄ってきて美鈴が懐から取り出したピンクの袋を受け取る。中を覗くとクッキーが詰まっていた。
「わあ! これ藍様が?」
「うん。3時のおやつだって」
「わ~い! 美鈴お姉ちゃん、一緒に食べよ」
「いいの? これは橙ちゃんのおやつじゃ?」
「1人で食べるより2人で食べたほうがおいしいよ」
 笑顔でそんなことを言ってくる。まぎれもない本心の言葉だけに、美鈴は自然と顔が緩んだ。
「うん、それじゃ一緒に食べようか」
「うん! いただきま~す」
 それから2人は木陰で藍の作ったクッキーを堪能した。クッキーは硬すぎず柔らかすぎず、甘味もちょうど良く絶品だった。美鈴は今度会ったら作り方を教えてもらうかな、などと思ったりしていた。
 一時の休息を堪能すると、橙が元気よく立ち上がり宣言した。
「よ~し! あと2匹釣るぞー!」
「まだやるの?」
「うん。そうすれば橙と藍様と紫様みんなで食べれるし。あ、美鈴お姉ちゃんもだよ」
「私?」
「そうだよ。せっかくさっき釣ったんだから、みんなで夕飯食べようよ」
(この子は……)
 橙の頭を撫でて、美鈴。嬉しい事を言ってくれる。天真爛漫な橙だからこそ言える台詞だ。
「うん。わかった」
「やったー!」
 抱きついてくる橙。本当に子供か、年の離れた妹みたいだ。
「よ~し、頑張るぞ~!」
 再び釣竿を手にする。橙は要領を完全に掴んだらしく、すぐにもう1匹釣り上げた。そしてもう1匹を釣るべく、糸を投げ込んだ。
(橙ちゃん楽しそう……ふわあぁぁぁ)
 あくびが出る。この時の美鈴はお昼ご飯とおやつを食べ終わった後、加えてぽかぽかな日差しが照りつける場所ということで、少々瞼が重くなっていた。
 ―――それが災いした。
「うにゃ!?」
 ドボン、と水が弾ける音がした。うつらうつらとしていた意識が覚醒する。
「橙ちゃん!?」
 どうやら何かの拍子に橙が湖に落ちてしまったようだ。だが、問題はそこではない。橙は明らかに溺れかけていた。
「え、もしかして泳げないの?」
 水面でばしゃばしゃ暴れる橙に不安を覚える美鈴。よく考えてみれば、犬が泳ぐ姿は稀に見かけるが、猫はめったにいない。猫の性質を色濃く受け継いでいる橙も例外ではない。
 そこからの美鈴の行動は早かった。靴だけさっと脱いで湖に飛び込んだ。もちろん、橙を助けるため。
 さほど岸から離れていないのはよかったが、思ったより水深はありそうだった。美鈴は泳ぎは苦手ではないのですぐに橙の元にたどり着いた。そしてなるべく優しく抱え込む。
「わぷ……あ、あんまり暴れないで」
「うにゃああぁぁ」
「く、首を掴まな……いで」
 じたばたと暴れる橙を抱え、何とか立ち泳ぎで岸に向かう美鈴。ゆっくりと、だが確実に岸に向かっていたが、不意にそれは起こった。
(あ、足が……)
 激痛が電撃のようにはしった。準備もなくいきなり水に飛び込み酷使したせいだろう。足が攣ってしまったのだ。
(こ、このままじゃ……!)
 咄嗟に思いついた事。幸い岸までそう遠くはない。美鈴は気を操る能力に長けている。それは一時的に肉体の一部を強化することも可能だ。
「……やあ!」
 不安定な水面という場所で、美鈴は両腕に力を集中させて橙を放り投げた。一瞬硬直した橙だったが、元が猫なだけに空中でクルクルと回転し、しっかりと着地した。その姿を見て安心した美鈴の姿は、水中に消えた。
「美鈴お姉ちゃん!?」
(橙ちゃん……ごめんね。……約束……守れなくて……)
 暗転する意識の中、美鈴が思ったのは橙との夕飯の約束。そして―――
(咲夜さん、ごめんなさい……お嬢様……申し訳ありません……)


「美鈴おねえちゃ~~~ん!!!」
 岸に上がった橙が叫ぶ。が、反応はない。
「そんな……」
 崩れ落ちて、泣き出しそうになる橙。
 と、気配を感じた。感じたことのある気配。飛び起きるように立ち上がり辺りを見回す橙。突如、目の前の空間に線がはしった。
「……全く。慌てて来て見れば、これはどういうことかしら?」
 服から水滴が滴り落ちる。美鈴を抱えているのは1人の女性。美鈴は水を飲んでいるのか、意識がない。
「あ、紫様! 美鈴お姉ちゃん!」
「橙? あなたこんな所で……まあいいわ。それより、いったい何があったわけ?」
「それが……」
 事情を説明しようとする橙を紫は手で制した。
「ちょっと待って。どうせあっちにも説明しなければならないみたいだから」
 上空を見上げる紫につられて上を見る橙。そこには日傘に守られたレミリアとそれを持つ咲夜の姿があった。


 橙が事情を説明すること数分。橙が話し終わった後最初に口を開いたのは紫だった。
「どうも。うちの式、いや違うわね。家族が世話になったみたいで」
「お互い様よ。うちの門番を助けてくれたのはあなたでしょ?」
「まあこの場にいる面子をみればわかると思うけど」
「その服装を見てもわかります」
 これは咲夜。それもそうね、と紫が呟く。そして美鈴を見て、今度ははっきりと言う。
「この娘も幸せ者ね。主直々に探してもらえるなんて。そういえば、どうしてお嬢ちゃんはこの娘に危険が及んでいることがわかったの?」
「紅魔館の住人の気配くらい察知できなきゃ、主とは言えないわ。それと勘違いしないでちょうだい。ここまで来たのは美鈴に代わる新しい門番を探すのが手間だったからよ」
(正直じゃないんだから)
 くすくすと笑う紫。内心を見抜かれているようで面白くないレミリアは、ぷいっとそっぽを向く。そのままぽつりと呟いた。
「……ありがと」
「え? な~に?」
「……2度は言わない」
 そのまま紫に振り返らずに飛び去るレミリア。咲夜もお辞儀を1つしてレミリアの後に続いた。もちろん美鈴を連れて。
「さ~てと、私達も帰りましょうか……どうしたの、橙?」
 まだ不安そうな顔をしている橙。美鈴の容態を心配しているのだろう。
「大丈夫よ。ああ見えても、あの娘は丈夫だし」
「そう……だよね。大丈夫だよね」
「橙。今度また誘ってあげたら? 夕飯」
「はい、紫様!」
 空間にスキマを作ってその中に消える紫と橙。後には静寂だけが残った。




「あ~あ。とっさに防御したけど、お気に入りの服が濡れちゃったわよ」
 マヨヒガの自宅で着替えをしながら、紫。そばには藍もいる。橙は疲れたのか寝てしまっていた。
 水没しそうになった美鈴をスキマに引き込んで救出したまでは良かったが、水の中だったので当然水も入り込んできてしまった。とっさに持っている傘をかざしたが、あまりに唐突な出来事だったので防ぎきれなかった。傘も雨用のものではないので、全身を覆うには役不足だったのも原因の1つだ。
 服に袖を通しながら、思い出したように藍に聞いた。ちなみに袖を通しているのは愛用の寝巻きだったりする。
「藍、あなたがあれをあげるなんてどういう風の吹き回し?」
 あれ、とはもちろん美鈴が藍からもらったお守りのことだ。
「いや、幻想郷においてもあれほどの不幸なものも珍しいと思ったので、さすがにちょっと可哀想というか不憫に思い……」
「まあ、マヨヒガのものは幸運の象徴とされてるしね。でもあれは、以前、そうちょうどあなたが私の式になった時に異変があったら知らせてくれるアラーム代わりだったのに」
 過去に藍が紫の式となった際、紫がくれたお守り。それはまだ式として未熟だった藍を守り助けるためのものだった。所有者が危険に晒された時、紫がすぐに察知できるようになっていた。
「そうですね。昔はずいぶんと世話になりましたよ」
「そういえば今回のあの娘みたいに、川で溺れかけたこともあったっけ?」
「……そんな昔のこと、忘れてくださいよ」
 照れくさそうに藍が笑う。紫は話しながら着替えが終わったようだ。
「で、結局私の質問に答えてないけど。どうして?」
 別に紫は問い詰めているわけではない。ただ、気になっているだけだ。藍もそのことは十分わかっている。だから、正直に答えた。
「今はあれがなくても、お互い分かり合えているじゃないですか」
 素直な藍の本心。紫との意思疎通なら式、ということを除いても伝わると確信している。
「だいいち、昔のように危険なことをすることもそうはなくなりましたから。紫様と橙と、今までも、そしてこれからものんびり暮らしているのが楽しいですから」
「……そうね。そうかもね」
 紫も笑顔で相槌を打つ。藍の言うとおりだからだ。
「ふぁ~あ。久しぶりに昼間から行動したせいか眠くなってきたわ。夕飯になったら起こしてね。あ、洗濯もお願い」
「はい」
「労働に対する報酬、期待してるわよ」
(豪勢な夕食にしろってことですか?)
 スキマに潜り込みながら投げかけてくる紫のメッセージを明確に汲み取り、少々苦笑いを浮かべながら返事をする藍だった。




 日はすっかり沈んで宵闇の時間となっている。昼間の晴天に倣って、宝石を散りばめた様な星空が広がっている。
 レミリアと咲夜、そしておぶられた美鈴は紅魔館への帰路についていた。
「全く……お嬢様まで駆り出させるなんて。あなたもいい身分になったものね」
「ううう……面目ないです」
 紫に救助された美鈴はまだ動かないほうがいい、というレミリアの提言に従って咲夜におんぶしてもらっている。
「それにしても咲夜さん。起こすにしてももう少し優しくしてくれてもいいかと思うんですが……」
 紫の元から去った後、咲夜が息の止まっている美鈴の息を吹きかえらせるために取った行動とは、うつ伏せにして背中を思いっきり踏んづける、というものだった。本人曰く、緊急用の人工呼吸らしい。
「今現在背中に感じているものがとっても不快だったから」
「はい?」
「なんでもないわよ」
 ぶっきらぼうに、咲夜。
 水に浸かっていたせいで服は素肌に張り付いている。当然身体のラインがくっきりと浮かび上がってしまう。目の当たりにするのは面白くない。
 咲夜が何を言いたいのか結局美鈴はわからなかったが、それよりもまずはレミリアに謝らなければいけない、と思い口を開いた。
「あ、お嬢様。申し訳ありません。貴重なお時間まで割いてもらって……」
「……事の経緯はあのスキマ妖怪と猫から聞いたわよ。橙を助けようとして代わりに自分が溺れた挙句、気を失って逆に助けられる、なんて情けないにもほどがあるわよ、美鈴」
「………………はい」
 しゅん、とうなだれる美鈴。
「そもそも、どういう風の吹き回し?」
「え?」
 咲夜が声を掛けてきた。顔を上げて反応する美鈴。
「自らを省みず赤の他人を命がけで助けるなんて」
「その……事の発端は私の不用意な発言にありましたし。その場にいたのも私だけでしたし」
 橙を釣りに興じさせた、ということだろう。別に美鈴が悪いわけではないのだが、駆り立ててしまった責任を感じているのだろう。
「……まあ、あなたのそういうところは嫌いじゃないけどね」
 ぽつりと、咲夜。美鈴には届いていないかもしれないが、面と向かって言うのは恥ずかしいのでこれでいい、と咲夜は自己完結した。
 そうこうしているうちに紅魔館にたどり着いた。そして美鈴は驚いた。紅魔館の主要なメンバーが勢ぞろいで出迎えてくれているのだ。
「お帰りなさい」
「美鈴かっこ悪い」
 パチュリーとフランドールが声を掛ける。
「パチュリー様に妹様まで……」
 自分のために、という心遣いに、思わず目に涙を溜めてしまう美鈴。
「さあ、また明日からはしっかり働いてもらうから、今日はもう休みなさい」
 到着するなり、館へと歩き出すレミリア。と、足を止めた。背を向けたままだが、言葉を投げかけてきた。
「いい、美鈴。下手な自己犠牲精神なんて持たないでよ。幻想郷に名だたる紅魔館の住人は誰が欠けても駄目なんだから」
「え?」
 唐突に告げられた言葉。思わず呆けてしまう美鈴。
「お嬢様の言いたいとしていることは私が言わなくてもわかるでしょ?」
「え、あのつまり……」
「そういうこと。さて、明日からは少しは門番らしいところをちゃんと見せてよね」
 そう言ってレミリアの後に続く咲夜。レミリアと違ってちゃんとこちらを向いて語り掛けてはいるが。
「私の図書館に変な生き物を入れないようにしてね。期待してるから」
 変な生き物、というのが微妙に引っかかるが、とりあえず信頼はしてくれているパチュリー。
「魔理沙がきたら教えてよー!」
 普段はあまり出てこないフランドールも言葉を残していく。
「……はい!」
 自分が必要とされている。期待されている。信頼されている。全てが美鈴の心に刻まれる。
(ここにいられる限り、門番としてお嬢様を、ううん、紅魔館のみんなを守っていこう)
 館に戻るみんなを見送った後、星空を眺めながら美鈴は思う。
(こんなにも幸せな場所、誰にも壊されたくないから……)









 博麗神社で美鈴が願ったこと。それは―――


 ―――紅魔館のみんなが、いつまでも幸せに暮らせますように―――







美鈴は不幸なキャラ、というのが定着しているようなので、たまには方向転換をしてこんなものを書いてみたのですが……結局不幸な目にもあっているような……
口調は完全にオリジナルです。藍や橙なんかすさまじいことになってるし。どこかに呼称一覧表とかあったりしないかな……

書いてて思ったのが、美鈴と妖夢と藍と鈴仙って立場が似てるなあ、と。
今度このカルテットで親睦会でもしてみましょうか。……ただ上司への愚痴で終わるかも。
エクレーレ
http://homepage3.nifty.com/star-library
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.3490簡易評価
9.100名前が無い程度の能力削除
良い話だぁ♪
何処かにあったフラッシュ見たいです。(場所は思い出せないけど。。

13.90名前が無い程度の能力削除
がんばれ中国
22.90削除
私も、happy flame timeさんのフラッシュを思い出しました。
ところで、呼称などですと、「まよひがネット」さんで原作のステージ内会話を載せておられますので、それを参照しながら作るといいかと思われます。
24.80名前が無い程度の能力削除
いい幻想郷ですねぇ。
私もあのフラッシュ思い出しました。思わずBGM口ずさんでみたり。

まよひがネットさんは今は、「幻想郷非公式ワールドガイド」ですっけ。
でも本編中でEDを除くと、中国と会話があるのは霊マリぐらいですよ。だから創作でOKかと。
37.100名前が無い程度の能力削除
キャラそれぞれに味があるねぇ
68.100名前が無い程度の能力削除
スレイヤーズ、懐かしいですね。