Coolier - 新生・東方創想話

雲の行方(3)了

2005/10/20 14:23:14
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   地平から昇り 彼方へと 地に囚われる事なく 天に縛られる事なく




 ――――かりさ――ゆか――さま――ゆかり――紫さ―――紫様っ!――――

 意識の奥の暗闇から顔を上げる。名前を呼ばれている……この声は、藍か。
 あれ程、私の眠りを妨げたら駄目よ、と言い付けていたのに……。
 一体何年、私の式をやっているのだろう。そうだ、これを口実に苛めてあげるわ。最初の頃はドジばっかりしてたのに、ここ最近はまったくしなくなっちゃって可愛がってあげられなかったしね……。
 さて、どうしてあげましょう。うふふふふふふふっ。

「……何でこのお方は寝ながら笑っているのだろう………仕方が無い。任せた、橙」
「あいー!」

 えっ?

 私の部屋の戸が開く音に続いて、誰かが部屋を離れて行く足音。
 一拍置いて、遠方から轟いてくる雷鳴のような音はまさか―――。
「ゆぅうかぁりぃさぁまぁあぁぁぁ!おぉきてぇくだぁさぁぁあいっ!!」
 ボグッ!!
「………かっ!?」
 何か硬いものが地球の重力を味方にして、私の鳩尾に綺麗に入った。息が、息が!
「起きられましたか、紫様?………お客様ですよ」
 答えようにも痛みの余り目を開く事叶わず、咽喉から洩れるのはひゅーひゅーという空気の流れのみ。
 あ、駄目だ意識が眠りの暗闇とは別の白いものに……さ、さいごにこれだけはやっておかないと……。
 私は、今にも白光の世界に旅たとうとしている意識を留めさせて、何とか右腕の肘から先を少し上げる。
「紫様……?」
 親指のみを開き上に向け、今の私が出来る極上の笑顔で
「……ナイス、エルボー………ぐふ」
 白

 頭上に桜が舞い流れ落ちていた。
 ここに来るのは何十年以来だろうか。今では住まいをマヨヒガに移しているから、滅多に来る事はない。だから今、私がここに居るって事は『滅多』なことって事になるんだけれど。
 何時かの日の時も、こんな風に桜が散っていたな、と遠い日を思い出そうとする。その時、誰かが石段を上がってくる音が聞え、思考を中断し視点を転じる。
 現れたのは初老の女性。見た目では随分若く見えるけれど、物腰からすると結構なお年なのかもしれない。腕の中には毛布で包まれたモノを抱いている。

 その老婆は私が立っている桜の木の下まで来ると、腕の中のものを私に差し出した。
 私はそれを掬い上げるかのように、自分の腕の中に抱き寄せた。
「この子が次の『博麗』というわけね」
「………そうです」
「わかりました。確かに‘頂きましたわ’」
 もう二度とこの子は、老婆の腕の中に戻る事は無い。遭うことすらないだろう。だから、『貰う』のだ。
「それでは……」
 老婆はそう言い残すと踵を返し、石段を降りていく。
 乾いた足音だけが辺りに響いた。

 私は足音が完全に無くなるまで待って、これから暫くの住まいとなる神社に向かおうとする。と、老婆が降りて行った石段の方向から声が聞えた。
「あ、あの!」
 振り返れば、鳥居の所に若い女性が立っていた。恐らく―――。
「………その子を、宜しくお願いします………」
「……わかったわ」
 
「藍、この女性を送って行ってやって頂戴」
「承知しました」
 私の呼び声に即座に答え、女性を連れて飛んでいく藍と若い女性の後姿を見つめる。

「母親、か………」
 桜と共に流されてしまいそうな声で呟き、腕の中を覗き込むと、あどけない顔で赤ん坊が笑っていた。

  季節は巡り、年月は流れ―――この子を預かって数年後の秋―――

「私のことはご主人様とよびなさい!わかった?」
「な、何故に………」
「あんたはこの神社に住み着いてるんだから、私のほうが立場は上なのよ」
「……私のほうが早くから住んでいるのですが」
「何よ。口答えする気?ひっくり返すわよ」
「わ、わかりましたよ!………ご主人様」
「うん。わかればいいのよ。わかれば」
 幼い女の子は、むふーっと満足げしながら大亀に跨り、紅葉した葉が絨毯の様になっている境内で遊んでいた。
 その光景を眺め、巫女服を身に着けた紫は微笑を浮かべると、また境内の掃除に戻る。カサカサと小気味良い、箒に掃かれる落ち葉の音が、女の子の声と共に響く。

 私は冬には冬眠してしまうので、私が居ない間の神社の管理を任せている大亀―――玄老―――に、冬の間は世話を任せた。
 玄老は、私と『霊夢』が飼っていた小亀が神格化したものだ。通常なら神格に成るには何千年も掛かる筈なのだが、歴代の博麗の霊気に中てられた為に急速に力を蓄えていったらしい。
 あの亀は私と違って厳格だから、あの子も大変だったろうと、思っていたのだけど………いつの間にか明確な立場形成が成されていたようね。あれでも神の使いなのに……哀れねぇ。

「紫様!邪悪な笑顔をしてないで、何とかしてくださいぃぃ。れい……じゃなかったすみませんひっくり返さないでくださいお願いします御主人様。あぁっとそうじゃなかった!ジャンプはしないでください!滑ると危ないですから、特に私がつぶれ」
 あっ………潰れた。ひぎぃ、なんて可愛い声で鳴くのねぇ。
 そろそろ助けてあげましょうか……甲羅から出なくなってしまった事だし。
「霊夢!落ち葉を集めるの手伝ってちょうだい。その後は、ね?わかるでしょ」
「うん、わかったわ!っと、その前に………えい」
 ごろん

 掃き集めた落ち葉で小山を作り、中に芋を入れ、その上に残りの落ち葉を乗せてから、火を移す。暫く待って、落ち葉の火が消えてから芋を取り出し、二人揃って手の上で幾分か黒くなった芋を躍らせる。急いで移動して縁側に座り、焼きあがった芋をお茶請けに、私が一番好きな銘柄の茶葉で入れたお茶を飲む。うん、お茶の渋みが芋の甘さを引き立たせて、とても美味しい。

 程なくして、霊夢が無言で私の膝の上に頭を横たえてきた。
 どういう訳か、霊夢は私の膝の上で眠るのが好きで、私は膝が痺れて歩くのも侭成らなくなるから長時間は嫌なのだけれど、霊夢は人の意見なんて聞かない為に、私は良い様に枕として使われているのである。
「仕様が無いわねぇ……」
 紫は溜息を軽く吐いて、霊夢の前髪を左右に流す。
 
 可愛い寝息を溢す霊夢の顔を暫く見つめて、霊夢と過ごした過去の事を思い浮かべる。
 初めて私の事を呼んだ日の事を、這っていた貴方が立って私に向かって歩いてきた事を。修行が上手くいかなくて落ち込んだり、逆に上手くいって調子に乗って玄老に試したり、私にからかわれて涙目になったりした事を。
 どんどん生意気になっていって、歴代の誰よりも彼女に似てきて驚いたわ。

 春には幻想郷随一と云われている博麗神社の桜で宴会、夏には滝打ちの修行と称した水浴び、秋には紅葉した山とススキと月で宴会。
 冬には私は寝てしまうけれど、玄老に聞いた分では毛布から永い事出てこないらしい。ふふっ、まるで先程の玄老みたいね。

 朝、まだ眠っている貴方を起こして一緒に沐浴をして、昼までには境内の掃除を終わらせようとするのだけど、合間、合間に休憩してお茶をするから、結局正午を過ぎてしまって後回し。季節の物で作った夕食を取ったら、一緒にお風呂に入って、一つの布団で新たな明日を待つ。

 あぁ………とても、とても楽しい日々。
 終わりが必ず来る事を知って置いて尚、楽しい愉快な『記憶』。

 ―――私がする事は、その楽しい『記憶』を裏切る事になる事―――

『博麗は何事にも囚われ縛られてはならない』―――彼女との約束の一つ。
 全てを平等に見なければ、平和なんて維持出来ない。幻想郷を維持するという役割を背負った博麗は、物事に格差を付けてはならない。だけれど、生きるために戦うために知識と知恵を教える母親役は必要なのだ。この時に、どうしてもその親に対して親愛の感情を持つ事と成る。
ならば、知識と知恵のみを残し、親愛の感情のみを排除するには、どうすればいいのか。答えは簡単だ。その母親役の存在を記憶の中から消してしまえばいい。
 『境界を操る』紫の能力は打って付けだった。記憶の中の自分を結界で封印すれば、障害が残る事無く、身体的事故で記憶が元通りになる事も無い。

 私は、幾度と無く繰り返してきたのだ。歴代の博麗を育てるという事はそういうことだ。
 だから、大丈夫。私は何も変わる事無く、ただそれを実行すればいい。
 終わらせれば、目の前で身を委ねているこの子を見る度に、思うたびに現れる、この胸の曖昧な感情もきっと………。

「ねぇ、ゆかり」
「っ………何、霊夢」
 声が少し揺れた。でも、この程度なら気付かれる事はないはず。そう思う。
 霊夢が瞑っていた目を開き、紫と目線を合わせた。何も言わず、何も伝えようとはしない眼差しで、ただ見つめ続ける。
 いぶかしんだ紫は困った様に微笑んで、
「何よ。そんな見つめなくても良いじゃない。何かあるの……?」

「ゆかりはどうして、そんな悲しそうな目をしてるの」

    えっ

「何時も、何をしてても笑っていても。私と居るときは少なからず、悲しそうな目をする」

    な、何を

「それが、今日になってから………今日になってから一段と」

    何を言っているのよ

「………ゆかり。大丈夫だよ。私はここにいるよ」

    霊夢、は

「だから、大丈夫」

 やっと私は、声が出ていない事に気付いた。

「私が――――この博麗霊夢が――――この『私』が、紫を、幻想郷を守るわ」

 ―――――だから、泣かないで―――――

   どうして 霊夢の顔が 霞んで見えるのかしら

「………やだわぁ霊夢。わたし、泣いてなんていない…わ」
 ぽたぽたと、私の言葉に反し、涙が重力に囚われて、霊夢の顔を濡らしていく。嗚咽が、激しさを増していく。呼吸するのが苦しい。
「泣いて、ないわ、よ……?………な、ないて……なんて!………ないっ!」
 幾度も繰り返して来た事だ。これは、彼女との約束を守る為に必用な事。悲しいのか、嬉しいのか解らない曖昧な感情なんかで、涙が流れるなんて、私は知らない!だから、だから、私は泣いてなんかいないわ!

「紫……紫………」
 霊夢は、腕を伸ばして紫の頬を撫でる。ただ、ただ、撫で続けた
 滴を受け、濡れた霊夢の顔はまるで、泣いているかの様に見えた。
 どちらかと知れない嗚咽は、舞い流れ落ちる紅葉に反響して、静かに境内に落ちていく。
 
 境内は再び、赤く染まっていく。

「ねぇ、紫。今日も膝良い?」
 昨日と同じ様に二人で縁側に座り、落ち葉で焼いた芋をお茶請けとして、お茶を楽しんでいた時に、霊夢がそう聞いてきた。
「………何よ、怪しいわね。何時もは私の意見なんてお構い無しにやるくせに」
「良いじゃない。そういう気分だったのよ」
「そう……じゃ、横になりなさい」
 紫が自分の膝を、ぽんぽんと優しく叩きながら霊夢に言う。
 霊夢は、縁側にぶら下げていた脚を床に横たえて体勢を変えると、紫の膝の上に頭を乗せた。
「ん。………紫の膝は気持ち良いわね」
「そう?じゃ、売り出したら儲かるかしら。きっとお賽銭よりは儲かるわよね」
「そうかも」
 ふふっと二人で笑いあう。

 霊夢の目が早くも、とろんとして来た。それはそうだろう。
 今日はこんなにも、お昼寝日和なのだ。紅葉の赤で対比された空の青が何処までも続き、優しく風が頬を撫でている。
「ねぇ………ゆかり」
 穏やかな声で霊夢が口を開いた。
「……なに?」
 だから、私も穏やかな声で答えた。
「……私が眠るまで頭を撫でていて………」
「良いけど、寝すぎないでね。痺れちゃうから、膝が」
「もう、寝まくるぅ」
 冗談を言い合い、私は霊夢の肩下まで伸びた黒髪に指を差し入れて、髪を梳く様に撫でる。
 霊夢が、目を閉じる。

「―――お休み………紫」
「―――おやすみなさい、『私の』霊夢………」


「うぅ、寒い。何よ、もう陽が沈みそうじゃない」
 どうして、こんな所で寝ているのかしら。
 あぁ、そうだ。
 いつも通りに落ち葉で焼き芋を作って、それをお茶請けにお茶を飲んでいるうちに、まどろんで寝てしまったのだ。
 そうだった、そうだった。
 周りを見渡す。
「ん?なんで、二個も湯飲があるのかしら………?」
 首を捻る。誰かが居たような気がするけど、どういった訳か思い出す事が出来ない。
「まぁ、良いか。夕食の準備をしなくちゃ」
 二つの湯飲を持って、霊夢は台所に向かっていった。

 紅葉を運ぶ風と共に、唄が流れた―――誰にも気付かれる事なく、赤の中に消えていく



 ――――いむ―――れい―――れいむ―――霊夢っ――――

「……ん、あ………」
 名前を呼ばれている。確か、先程前居たのは―――。
「ゆかり………?」
 目を開けようとすると、夕日独特の日の強さが私の目を刺した。思わず、開きかけた瞼を閉じてしまう。
 どうやら、縁側で横になっているらしい。
「紫?紫なら居ないぜ。私だよ、私!霧雨魔理沙!あと、おまけにアリスな」
「誰がオマケか!あんたがいきなり私の家に来て、茶請けが欲しいっていうから、クッキーを作ってやったんじゃないの!」
 右側から魔理沙、左からアリスの声が聞える。
 そうか………だからこんなに遅くなったのか。思考と同時に、再び目を開こうとする。
 その時、夕時の冷たい風が吹いて、不意に右頬が、共に空気に触れていた筈の左頬よりも温かいことに気付いた。
 手で触れる。何故だろう。指先に冷たい物が触れている。これは、なに?

「……ちょ、ちょ!泣く事は無いだろう、霊夢!遅くなった事は謝るけどさ!」
「……えっ………?」
 私が泣いてる?
 そういえばどうしてだろう、胸が、温かくて寂しい―――。

「ほ、ほら、何を泣かせてるの!この馬鹿、魔理沙っ!」
「ば、馬鹿!?アリス、お前がもたもたと準備に戸惑ったり、移動速度が遅い所為もあるじゃないか!」
「あんたのスピードに、私が追い付けるわけないでしょう!」

 違う、そうじゃない。そんな理由じゃない。
「違う、違うのよ………魔理沙、アリス」

「じゃ、なんで泣いてなんか………」
 魔理沙とアリスはいぶかしんで、首を捻った。
「何か、とても懐かしい夢を見たの……明確には思い出せないけれど、ぼんやりと本当にぼんやりとだけど、どんな夢だったかは解る………」

 縁側には何時かと同じ様に、湯飲みが二つ並んで、影を一つとしていた。

「………とても大切な、ただ一人の―――『家族』の、夢………」

 雲は、流れる。



     地平から昇り 地に囚われる事なく 天に縛られる事なく 彼方へと
     永い刻を 姿を変えてでも 短い刻を 色を変えてでも 
     それでも 帰り着く先は一つ 旅立つ先は一つ 雲の行方は

            ただ 『雲の如く』




                             了
期間が開いてしまい、すみません。
やはり、書き始めると流れが悪くなったり、新たな発見があったりして大変ですね。
あちらをたてたらこちらがたたず。
早く上手く書ける方々達を心より尊敬します。
紫が泣き虫になってしまいました(汗。ごめんよ、ゆかりん。

初めて最後まで書く事が出来た拙い小説でしたが、皆様の暇潰しにでもなれば幸いです。
それでは、機会があれば次回作もよろしくお願いします(ぺこり。
出来れば次は喜劇を書きたく思います。

編集:1/30しました。
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コメント



0.1710簡易評価
9.70名前が無い程度の能力削除
作品とは暴れ馬のようなもの。目指す終着点は見えているのに、なかなかそちらへ向かって走ってくれません。特に初めて乗った時はその恐ろしさに面食らうもの。ですが、ここまで来たのなら大丈夫。自信を持っていいでしょう。
書きもしない人間が偉そうなことを書いてしまい、すみません。
正直、後書きを見るまでは初めてだなどと思いもしませんでした。とても面白かったです。全体に漂う柔らかな雰囲気、過去と現在の表現も素敵です。日常の中でのちょっと違った一コマという感じが伝わってきます。

長々と書いてしまって申し訳ありません。次回作、期待させていただきます。
18.80名乗らない削除
過去いくつかあった「博霊」の誕生話。これでまた一つ可能性が増えました。

お疲れ様でした。
21.100シゲル削除
自分も泣いています。。
やっぱりこお言うのに弱いなぁ。。
又次回作があったらがんばってください♪
31.無評価削除
   感想、ありがとうございました(ぺこり。
   この二人は似ているようで、決定的に違う感じが
   色々な妄想を掻き立てます(笑。
   次回作が出来ましたら、宜しくお願い致します。

   誤字を修正しました。
36.50名前が無い程度の能力削除
 どうでもいいが、
 「~の性」じゃなくて「~の所為」な。
38.無評価削除
遅くなってしまい申し訳ありません…。
誤字のご指摘ありがとうございました(ぺこり。
41.100創製の魔法使い削除
素晴らしい作品でした♪

心に残る霊夢と紫のお話でした♪