Coolier - 新生・東方創想話

stepway - 聖なる夜には階を上れ

2016/01/01 00:01:49
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 ~~見苦しい聖人の場合~~

「12月24日、ついにこの日が来てしまった……」

 自室の柱に掛けられているカレンダーの前で独りごちる。
 憎むべき日、憎むべき日だ。
 ただ聖人の誕生日というだけで、そして私が凡人からすれば目も眩まんばかりの輝きを放つ聖人である、というだけで。
 そんなくだらない理由だけで過酷な労働を余儀なくされてきた過去二年の苦痛が思い出される。

「それが一年に一回しか働かず、しかもその最中に寒さに耐えかねて逃走した奴の言う台詞ですか」

 おっと旦那の部屋へ音も立てずに現れるとはこいつぁ夜這いに間違いないね。うん間違いない

「そうですね。夫が僅か365日のうちのたった一日も働けないろくでなしとかでなければ、そうでしょうね。健全な夫婦ならそうでしょうね」
「屠自古! そんな風にまるで人の欲を聞いて思考を読んだかのようなことを言ってはいけないよ!」
「人の思考など所詮は脳細胞の発火、電位の移動に過ぎません。なればこそ解読も不可能ではありませぬゆえ」

「もっとも、判別ができるのはアホほど単純な人間の思考に限られますがね」なんて肩をすくめてハッと吐き捨てるは、我が愛する雷使いの妻である。
 すごいや屠自古。雷を起こす程度の能力のくせに昨年は私の体を操ったり、最近はどんどんと進化しているんだね!
 でもさ、ちょっとばかりこじつけが過ぎやしないかい? 雷を操る能力は電気を操る能力じゃ無いんだよ?

「ええ、ですから容易ではないのです。こんな風にマイクロ単位の電位を操るのに私は心底苦労しているのですよ。なぜこんな苦労を私はしなきゃいけないのでしょう?」
「嫌ならやらなきゃいいじゃないか。なんでそんな苦労をしているんだい?」
「ここまでやらなきゃ肩書きばかり立派なだけのどっかの阿呆が働かないからでしょうね」

 ふふ、フフフ、ウーフフフフフ。

「気色悪い笑い声を上げないでください。で?」
「屠自古、君は今の私の服装が見えないのかい?」

 背後、屠自古のほうへ振り向いて、バッとマントを広げてみせる。
 本当はここで全裸を見せつけた後、我が愛する妻へと飛びかかりたかったのだが(ここは私の廟でかつ屠自古は私の妻なので犯罪ではない、犯罪ではないのである)。
 まあそれをやると私は暗黒面からなる無限のパワーで焼き尽くされてしまうので自制である。
 あの跳ねっ返りアナキン坊やすら怯えさせるフォースサンダーの恐怖は、それを味わった物にしか分からないのである。

 とまれ、先ずは私の服装を見よ。
 白いファーで縁取りされた赤い服に、ちょっと短め膝上二十センチの、同色のスカートとケープ。
 どっから見たって、

「博麗の巫女とペアルックですね」
「違う! サンタさんの服装だろう!?」

 そうとも、今日の私を見よ! これまでは屠自古に強要されて纏っていたこの服を今日の私は自発的に着用している。
 この意味が分かるかね?

「ついに私の前に平身低頭して土下座し、たった一日の労働に勤しむ覚悟ができましたか」
「そうとも! 今日の私はやるよ! サンタさん! 屠自古がそれを望むならきちんと一日聖人をやりきってみせようじゃないか!」
「正直に言えば365日きちんと聖人でいて欲しいのですが」
「過ぎた欲は身を滅ぼすよ屠自古」

 はぁ、と胡散――すなわち八雲紫を見る博麗霊夢のような表情で屠自古が溜息をつく。
 つまりはそれは信用してないふりをした信頼の証である! 古明地さとりもそう言っていたからね!

「まぁ、いいでしょう。で? 何を企んでいるんです?」
「一緒に行こう!」
「はい?」

 そう、至極簡単なことだ。
 私が労働に勤しめないのはなぜか? 寒空に耐えかねてサンタさんの役目を二度放棄してしまったのはなぜか?
 答えは凄く簡単なことじゃないか!

「過去二年間、屠自古は家で私を待っていただろう? だから私は人寂しさについ子供たちへのプレゼントをトナカイ(天の声:一昨年はせいふと、去年はナズ輪でした)に預けて妻の元へと馳せ参じてしまったのだよ」

 そう、全ての問題は屠自古が同行してくれれば全て解決するんじゃないか!
 だってそうだろう? よく考えてみれば分かることじゃないか。私に一日聖人をやりきれ、と宣う以上、屠自古に対してあんなことやこんな狼藉を働いたって屠自古は逃げ出したりしないわけ「フォースサンダー喰らいます?」冗談です!
 それに何よりさ、屠自古は怨霊に近いから抱きしめていれば寒空の下だってほんのり暖かいのであるよ? 分かるだろう?

「今時暖房もついてない橇でサンタさんなんかに扮するんだからさぁ? それくらいの役得はあってもいいじゃないか!」
「暖房が欲しいのであれば地獄鴉とか火車とかを工面しますが?」
「派遣にあれやこれやするとあとで訴えられるのが怖……いやいやそうじゃなくてね!?」

 ああ、もう!
 きちんと本音を言わせておくれよ屠自古!

「私はね、屠自古と一緒に行きたいんだよ! どうしてそれを分かってくれないんだ!」

 そうだよ、GN粒子やエスペラントなんて無くったって人同士なんだ。
 分かり合えるべきじゃ無いのかい?

「では、皇子は私が同行すれば、一日セクハラも働かず下らない策も弄せず真面目な聖人聖徳王であっていただけると」
「……」
「黙るか」
「ぜ、善処します、ハヒィ!」

 バチンと屠自古の掌で雷が爆ぜたので、慌ててガクガクと首を上下させる。
 そんな私の切実なる態度が功を奏したのだろう。ぷいと横を向いた屠自古が顔を僅かに赤らめて、

「……分かりました。では、ご同行させていただきます」
「勝った! 東方神霊廟完!」

 今の私ならグッとガッツポーズするだけで物部守屋を五人はレーザーで射殺せるね!
 見たか馬子! 君がかつて匙を投げた雷っ子を苦節千五百年! ようやく私は陥落させたよお父ぉーさんって呼んでいいですか馬子パパ!?

 それでは、と踵を返して廟の縁を行く屠自古のあとについて歩き出す。

「良いですか? 太子様には今日一日、きちんと聖人として振る舞っていただきます」
「はい、喜んで!」
「子供たちへのプレゼントを配り終えるまでは、今日こそは絶対帰しませんからね?」
「はい、喜んで!」
「それと今年はクリスマスケーキはなしです」
「はい、喜――え?」

 冗談じゃない、とばかりに屠自古の前に回り込んで、肩につかみかかる。
 何でそんなことを言うんだ! 屠自古、視線をそらさずにこっちを――あれ、直視してるね。

「いや、ちょっと待ってよ!? 頑張るんだよ私! 今日こそは! なのにどうして屠自古の手作りケーキ抜きなのさ!? おかしいじゃないか!」
「何もおかしくはないですよ。だってこれまでは太子様が留守の間に私がケーキを焼いていたのですから、どう考えたって準備できないでしょう?」
「いや、前もって準備しとこうよそれくらい!」
「太子様から事前にそれをお伝え頂いていれば、私としてもきちんと事前にケーキを用意していたのですが」
「つまり私のせいだと言いたいのかい?」
「すみません、私にはそれ以外の要因が見つかりませんので」

 ああ、神は死んだ。この私が殺したのだ。
 サプライズに全てを注ぎ込んでしまったこの私の浅はかさが神を殺したのだ!

 つまり、私は屠自古と24時間一緒にいるか、もしくは屠自古にケーキを用意してもらうかのどちらか一方しか選ぶことができないのだ。
 おお、神よ、宇宙を司る全能道士よ! 貴方はなぜこの一介の天資英邁めに、かような試練をお与えなさるのか!

 ここで愚民どもは「ならケーキは別の日にでも用意してもらえばいいじゃないか」とか考えるんだろう?
 でもね、それは君たちが屠自古を知らないからなんだ。自慢じゃないが屠自古がケーキを焼いてくれるなんて、私がきちんと働いた日ぐらいのものなんだよ!?
 焼いてくださいお願いします、って言って焼いてくれるような娘じゃないんだ。むしろ私を稲妻で焼くような子なんだ。

 天を仰ぎ、頬をしとどに濡らすこの絶望、天国から地獄へと叩き落されたこの私を前に、

「皇子」
「なんだい?」
「今年は命蓮寺と紅魔館がプレゼントの辞退を申し出ています」
「それがいったい何だと言うんだ!?」
「上手くすれば、短時間でプレゼントを配り終えられるかもしれません」
「だからそれが何なんだ!? 屠自古と一緒にいる時間が短くなるだけじゃないか!」

「早く帰れたら、ケーキ、焼きましょう。一緒に」


  ◆


 え? この先どうなったか、ですか?
 うふふ、申し訳ありません。私邪仙とか言われちゃうだけあって、人を焦らしたりするのが大好きですの。
 ですからこの先の光景をお目にかけて差し上げるわけにはまいりませんわ。

 ええ、ええ、存分に想像なさってくださいな。
 想像の可能性は無限でしてよ?
 え、ヒント?
 そうですねぇ。それくらいならまぁ差し上げても良いでしょうか。

 ええとですね。邪で知られるこの私ですけど、屠自古だけは怒らせないように心がけていますの。
 だってあの子の怒りって、音よりも早く閃光と化して大地に落ちるんですもの。
 ああ、そうですわ。あれですよ、皆さんがよく知る言葉をあえて使えば、「『ブッ殺す』と心の中で思ったならッ!」

 以上、ヒントでした。うふふ、では良い聖夜を。



  ◆  ◆  ◆



 ~~雲居一輪の場合~~

「うーむ……」
「一輪さぁ。ただでさえ雲山とペアで爺むさいグループに片足突っ込んでんだからさ。そうも眉間に皺寄せて考え事してると本当にお婆――」

 黒い薄衣に包まれたその細っこい腰をひっつかんで――バックドロップ。
 ぬえのそんなオコサマ発言は尾を引きながら八畳間に弧を描きながらぬえの意識と共に畳へめり込み、儚くも消えていった。
 やれやれ、それにしても、

「はしたない、そんな短い衣姿で頭蓋逆立ちなんぞする馬鹿があるか。下着どころか胸元まで丸見えじゃないか」

 この身に収まりきらない溢れんばかりの善意で以てぬえを畳から引っこ抜く。服を整えてやって、そしてその後に蹴り飛ばす。
 ゴロゴロと畳の上を転がっていったぬえの体は――ああ背中の羽で張り替えたばかりの畳がボロボロになったがそれは全てぬえが悪く私のせいではない。
 何にせよ人様の視線に晒されない位置にぬえを送り届けてあげた私の善心たるや、仁王もかくやであろう。

「で、何をお悩みなんじゃ?」

 何も見てなかったかのように平然と茶を淹れてくれていたマミゾウの対面、ちゃぶ台の前に腰を下ろす。
 深呼吸をすると、ほうじ茶の僅かにくすんだ香りがすぅっと肺腑に染みこんでいくよう。
 一口啜って、ほうと溜息。

「結構なお手前で」
「ほうじ茶で言われてもなぁ。ま、褒め言葉としてはありがたく受け取るよ」

 苦笑したマミゾウが「ほれ」。差し出してきた芋羊羹を小さく爪楊枝で切り分け、ぱくり。
 うむ。芋のまろやかな甘みが口いっぱいに広がって、めくるめく芋の楽園を私の舌上に築き上げる。
 が……。

「美味い、が、やや甘すぎる気もする」
「加糖してあるからじゃろ。今年の薩摩芋はやや甘さが控えめであった、と聞いておるしな」
「相変わらず耳敏い、というか変なことを知っているわねマミゾウは」
「なに、不作であった農家などには多少融資してやったりもしておるのでな」

 腰の台帳を叩いたマミゾウが意地悪げにすっと目を細める。

「にしても、贅沢を言うものじゃのう元地底民。甘味など手に入らない環境から一転して、舌が肥え始めたと見える」
「それよ」
「何がじゃ?」
「肥えた、というよりは成長した、と言うのかな? いや意識の立ち位置というか」
「ほぅ?」

 ずずりとお茶を啜って、口の中の甘みを押し流す。

「去年の今日、つまりクリスマスにね? 子供たちにプレゼントを配って廻ったんだけど」
「おお、そんなことやっておったのう」

 はた、とマミゾウが膝を打つ。どうやら覚えていたよう――と、そうか。これはもともと外界の文化だった。
 それならば話が早い。

「貧ずれば喜捨に対して文句など出ず。されど富めれば唇を寒からしめる言葉を吐く」
「ほう」

 そう、明日の食事にも困る者たちにはただの握り飯とて黄金にも等しく。
 しかし富める者たちからすれば、無駄な贈呈品などただのゴミでしかない。

 いいかの? と煙草盆を手に取ったマミゾウに頷いて許可を出す。火鉢から火球が一つ妖術によって浮き上がり、鬼火のようにちろちろ揺れる。
 煙管を近づけて、ジッと。役目を終えて消え去った火球の代わりに、現れ出でて立ち上る紫煙。
 ぷかり、と煙草味の息を吐いて、

「して?」
「せっかくなので今年は寺の皆にもクリスマスプレゼントを、と思ったんだけど」
「抹香臭いのう……そんな事で悩んでおるのか。気は心、と言うではないか。誰がおぬしに心無き言葉を返すというのじゃ?」

 「まぁ、ぬえあたりは照れ隠しにほざきそうではあるがの」と、そう軽口を叩くマミゾウに、

「問題は、心の後に残った品よ」
「ふむ?」

 いぶかしげに顎をさすったマミゾウは煙管を煙草盆に置いて、茶に手を伸ばす。

「気は心でしょう。でも、実際に品は残る。それが贈与されたほうにとって価値の無いものであった場合、それがその者の手にあっては無意味でしょうに」
「まぁなぁ」

 そう、聖も村紗も寅丸もネズミも――まぁ、ネズミもぬえと同様に文句をつらつらと並べ立てるやもしれぬが。
 とにもかくにも入用な物は必要だろうし、要らない物は不要だろう。だからこそ、意に合わぬものを送るは悪ともとれよう。

 聖は心から喜ぶだろう。村紗や寅丸も謝意を表明してはくれるだろう。
 だが意に沿わぬ物を送られた場合、その品々はどうなる? 心を抜き取ったその後に残る品は、はたしてどのような物となる?
 ああ、頭の中で鈴の音がリンと響く。
 大事に仕舞われ置かれることは、はたして道具にとっての本懐であるのだろうか?

「かといって送られたものを即座に転売、ないしは他者に譲り渡すは心無し、悪しとも言える。即物的にはそれが善し、であってもね」
「なるほどなぁ……」

 湯飲みを揺すり、紫煙の後に茶の湯気を味わっていたマミゾウは若干疲れたように視線を落とす。

「おぬし、そんな些事に思い悩む態でよくも地底でこれまで生きてこられたのぅ」
「地底じゃ悩まなかったわよ。地底では欲しいものは力尽くで奪えば良かったし、番方を気取る鬼の目を欺くのはそう難しくもなかったし」
「不作法じゃなぁ」

 呆れるマミゾウの前で、右拳を左掌にぶつけてみせる。
 そう、地底で必要だったのはただ、これだけ。悩む必要なんて何もなかった。

「人も仏も無き世界で人や仏のように振る舞う必要はない。そうでしょう? その世界にはその世界なりの善と悪があるわ」
「そして、だからこそお主は人も仏も神もある幻想郷ここでは思い悩む、か。正論じゃな」

 ずぞぞ、と行儀悪く茶を啜ったマミゾウは熱い吐息を吐くと――
 いたずらを思いついた悪ガキのように燦々と瞳を輝かせる。

「なれば悩む必要などないぞ一輪。何でもよいからプレゼントを買って、送るがよい。それこそが正である。なぜかと問うかね? 簡単な事じゃよ」

 マミゾウは恐ろしい早業で私の懐から財布を抜き取ると、それを一度天へと放り、

「在るべきところに無いを悪というならほれ、お主の懐に金子があるのはならば悪じゃろ」

 落ちてきたそれを掌で受け止めた。
 マミゾウの掌で、じゃらりと金子が歌を歌う。

「上質の煙草、香る清酒、舌の鼓を叩く菓子。美しい器物。それらを生み出す技を持つ者たちに金子を返すがよい。いいか? こうも世の中が沸いている日に家から一歩も出ずに部屋で腐っておる。それこそが悪じゃろ? 外に出よ。金を使ってくるがよい。それこそが正ぞ」
「それは経済という面で世の中を見れば、の話よね」
「左様。だがお主が今を生きている地上ここは、そういう世界であろうが」

 違いない。人の心を生かすのが信心だとするならば、人の体を生かすは財であろう。それは疑いない。
 だからこそ寅丸星、我らが毘沙門天は己を信じる者の富を保証するのであろうから。

「在るべきところに在る、用を成すことを正とするならばほれ、金子にも用を成させよ。貯めれば腐るぞ、心も金もな」

 ふん、と鼻を鳴らす。気にくわないが、言っていることそれ自体には相応の正しさがある事を否めない。
 芋羊羹をまとめて口に放り込み、よく味わって嚥下。ほうじ茶で一気に口の中を濯ぐ。

「行くのかえ」
「そうするわ。飯も乙女も鮮度が命だものね」
「じゃな。ハイカラ娘よ」

 そのとおり。雲居一輪は垢抜けた鮮度ぴっちぴちのハイカラ娘である。
 こんなところで腐っているのはどう考えたって私の性ではないだろう。軽やかに立ち上がって、縁側へ足取りも軽く歩き出す。
 すれ違い様に、

「で、マミゾウは何が欲しい? プレゼント」

 尋ねてみれば、背中を叩くは、

「お主のせんすに任せるわい。せいぜい悩めよ仏教徒。悩んだ上で、この儂にぴったりの逸品を用意してみせろよ」

 やれやれ、まったく。

「人が悪い奴」
「人では無くて狸じゃからのぅ」

 ケケケと笑うマミゾウには、フン。
 ならば人を化かして遊ぶ古狸には相応の礼をくれてやることにしよう。(元)人間からの反撃、せいぜい喜びなさい獣妖怪め。
 なるほど。こうやって色々考えるのは、

「クリスマス。異教の祭りだけど、悪くないわね」



  ◆  ◆  ◆



 ~~先輩と呼称される紅魔館所属の牡牛の場合~~


「メリークリスマス。来年もよろしく頼むぞ」

 扉の奥から響いてくる、そんな声。それを耳にした先輩は「まぁーう」と溜息をついた。
 別にトナカイの代わりにそりを引くのが嫌なわけではない。紅魔館にはトナカイがいないし、先輩の役目は荷車の牽引である。
 主たるレミリアが引けというなら荷車だって、田畑で犂だって引く。それが先輩のお仕事なのだから文句などない。
 だからクリスマスにこのように、レミリア扮するサンタさんを橇に乗せて引くことに何ら不満を覚えたりするはずもない。

 だから先輩が思い悩むのはもっと別のことである。
 レミリアがメイド妖精たちの住居から抜き足差し足滑るように姿を現した。後ろ手にパタンと扉を閉じる。

「よし、隣の部屋に行くぞ先輩」

 先輩は首をかしげる。いちいち先輩が引きずる橇に乗るよりもレミリア自身が歩いた方がよっぽど早いのではないだろうか?
 だって、次に目指す扉は距離にして数歩しかない場所に位置しているのだ。歩いた方が間違いなく早い。絶対に早い。
 ついでに言えばレミリアは幼女の外見に反して大人数人を軽々凌駕する膂力の持ち主である。
 山のようなプレゼントが収まった布袋など、足枷になんぞなりはしないのである。

 だと言うのにどうして己と橇が必要なのだろうか?
 そう先輩は思ったりもするのではあるが、

「まぁーう」

 先輩は頷き、レミリアを乗せた橇を引いて歩き出す。
 紅魔館の主、レミリア・スカーレットは貴族であり、貴族とは形式や礼節というものを多分に重んじる面がある。
 ならば赤と白の服に身を包み、袋を背負い、獣に引かせた橇に乗るという行為それ自体に、なにがしかの意味があるのだろう。
 先輩はそう己を言い含めて歩みを進め、そして次の扉の前で橇を止める。

「メリークリスマス。よい子にはプレゼントだ。来年もよろしく頼む」

 レミリアが姿を消した下級使用人室の扉。その奥から聞こえてくるレミリアのねぎらいに、先輩は首をかしげる。
 パチュリーが放ったスリープ・クラウド眠りの雲の影響下にある今現の紅魔館である。
 今現在紅魔館で意識を保っているのは術者であるパチュリーと、バステ耐性の高い吸血鬼姉妹、そして勇者である先輩のみである。
 だからレミリアが妖精たちにかけるねぎらいの言葉は完全に一方通行であり、それは全く意味を持たないはずなのだが。

「まぁーう」

 先輩は頷いた。先輩は牡牛であった。
 牡牛には牡牛の考えがあるし、吸血鬼には吸血鬼の考え方が、人間には人間の考え方があるだろう。
 レミリアが謝意を一方通行のそれに留めておきたいとするならばそうすればよかろう。先輩は細かいことを気にしない性質であった。

 だがしかし。

「?どうした」

 一階。妖精たちの部屋を全て回り終え、二階。
 二階へと続く階段に足をかけて、先輩は動きを止めた。
 そんな様子を訝しんだレミリアに手綱でぺちりと叩かれ、先輩は再び歩みを進め始める。
 だがその歩みはまるで牛歩のように(牛歩であるが)ゆっくり、至極ゆっくりとしたものであった。

 不満げな気配を放つレミリアを背後に、先輩は思うのである。
 レミリアがその背に負う白い袋の中には、咲夜へのプレゼントも入っているであろう。
 だがしかし、咲夜にプレゼントを贈ることは本当に正しいことなのであろうか? と。

 牛歩戦術で時間を稼ぎながら、先輩はゆるりと思考を巡らせる。
 レミリアの言葉の端々から察するに、クリスマスとはどうやら「よい子にプレゼントを贈る日」であるらしい。
 であればこそ、咲夜へプレゼントを贈るというのはやはりどうなのだろうか、と先輩は思うのである。
 いや、なにも先輩は咲夜が悪い子だと言いたいわけではない。咲夜が良い娘であることは先輩にとっても疑いない事実である。
 ただ単に先輩は咲夜がよい『子』ではないのではないかとそう思っているだけなのである。

 先輩の見る限り、咲夜は自立した女であった。
 知恵があり、技があり、己の働きで以て禄を得、それによって自らの生計を立てている。
 そういう意味では十六夜咲夜はれっきとした大人の女性である。

 では大人の階段、というのはいったいどういう物を指すのか? 肉体的な話か?
 そう考えても、もう咲夜も子供が産める年であるのだからやはり咲夜は大人だ。
 精神的な話、というならばそれ、正直先輩からすればレミリアのほうが咲夜よりも子供っぽいのではないかと思ったりもする。
 無論、それは先輩が牛であって人や妖怪でないから、そう感じるだけなのかもしれないが。
 だけれども大人の階段、というものが仮にあるとすれば、既に十六夜咲夜はそこを上り終えているのではないかと、先輩はそう思うのであるが。

「すまないが、少し急いでくれないか先輩。パチェのスリープ・クラウド眠りの雲が切れてしまう」

 それに、先輩は知っている。スリープ・クラウド眠りの雲が発動される前の話である。
 レミリアの寝室、枕の裏に十六夜咲夜がクリスマスプレゼントを仕込み終えていたのだ、ということを。
 はてさて、お互いがお互いにクリスマスプレゼントを用意しているというこの状況。どっちが大人でどっちが子供なのか?
 先輩の四つある胃袋で疑念が反芻される。

 端から見れば、どうでもいい悩みであろう。
 昨今のクリスマス事情を知っているものであれば、別にいい子だけがプレゼントを貰えるわけではないということなど誰の目にも明らかである。
 だが紅魔館という狭い世界の中でのみ生きている先輩はクリスマスという日を、「よい子にプレゼントを贈る」日としか認識しておらず、そしてそれ以上の情報が無い以上、その範囲内で物事を考えなければいけなかったのである。
 付け加えるならば先輩は牛としては頭が良かったが、それでも牛であったので、「別にどっちが大人でもいいか」という判断には至れなかった。
 力量差を正確に把握しておかねば生きてはいけない獣にとって、ヒエラルキーは明らかにしておかねばならなかったからだ。

 はてさてどうしたものか、と先輩は悩み、そして一度後ろを振り向いて。

「まぁーう」

 そして先輩は前を向いて歩き出した。

「うむ、次と、フランで終わりだ。よろしく頼むぞ」

 確信したのである。
 十六夜咲夜は公衆の前面では凛とした態度を維持してはいるものの、先輩と二人っきりの状況では結構先輩に文句を言ってくることがある。
 レミリア・スカーレットは公衆の前面だろうがその態度は一貫して変わりが無い。
 外と内の面を使い分けられる、という点においては咲夜のほうが大人であるとも言えるのだろうが。

――どうせ分かるはずもないんだから、って家畜に文句をぶつけてこない方が多分、大人だよなぁ。

 レミリアのほうが咲夜よりも上の階に足をかけている、と先輩が確信した瞬間であった。


  ◆


「メリークリスマス、咲夜。たまにはゆっくり休むようにな」

 上級使用人の自室。扉の奥から漏れるそんな声に同調して先輩もまたメリークリスマス、と呟いた。

「まぁーう」

 もっとも先輩は牡牛だったので、その口からこぼれたのはそんな間延びしたような声であったが。
 なにはともあれ、メリークリスマスである。
 よい子と生者に祝福を。

 新年明けましておめでとうございます。三度登場白円玉のクリスマスでお送りします!
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コメント



0.150簡易評価
1.100奇声を発する程度の能力削除
おめでとうございます
とても良かったです
4.90名前が無い程度の能力削除
使用人思いのレミリアにこの点数を
5.90名前が無い程度の能力削除
先輩とおぜうが楽しそうに暮らしてるのを見ると切ない