Coolier - 新生・東方創想話

風見幽香の優雅な日々

2015/12/13 02:31:47
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 一 草刈り業者と幽香


 照りつける太陽の中、あいつはやってきた。日傘を差して、手には小鉢を持っている。「これあげる」なんて気楽に小鉢を手渡してきて、中にはサボテン。「これなら水をあげるのを忘れても、少しなら放っておいても大丈夫だから、ずぼらなあなたでも大丈夫でしょう」そう言って、座敷に上がり込んでくる。私は呆れ顔で、同席していた紫は扇子で口元を隠し無表情。
「枯らしたらひどい目に遭うけどね。こんにちは、霊夢。久しぶりね」
「あんたねえ。好意なんだか脅迫なんだか、はっきりしなさいよね」
 風見幽香というのは随分強い妖怪で、ただし大人しくて、あんまり暴れたりしない。私的には花が好きな妖怪だから、光合成でもしていて、肉を取って食べる必要がないからではないかなと推測しているのだけど。強い力を持っているくせして大人しくしている奴っていうのは、不気味で、私はなんとなく苦手だった。座敷に上がってくる許しも得ず、勝手で自儘なのに、動作は優雅で、暴力の匂いなんて全然しない。
「こんにちは、幽香。お久しぶり」
「あら。紫じゃないの。本当に久しぶりね」
 紫も、幽香と挨拶を交わす。どことなく、ぼんやりした空気が漂って、誰も言葉を出さなかった。少し夏を過ぎた空気はやや温い。朝夕ともなればやや冷える頃に季節は入っている。とんぼが飛び交い、羽虫はまだまだ元気だ。
 お茶でも飲もうとちゃぶ台に手を伸ばすと、気付いたら私の湯飲みは勝手に幽香が使っていた。お客に茶を出さないのを置いておくのもどうかと思うけれど、こいつはこういう奴なのだ。他人のを使うのが気持ち悪いとか、そもそも他人のを使ったら礼儀的に悪いとか、そういう考えはない。色々と気にしないやつだ。それでいて、まあ、いいか、という気分になってしまうから、変わったやつだ。私がもし、同じことをすれば、他人は……例えば、一番近い人間で言えばすぐさま浮かぶのは魔理沙だけど……魔理沙はむっとすると思う。幽香がすると、こいつだからな、と、やれやれ、と、替えのお茶を自分で用意してこようという気分になる。なんとなく、周囲を穏やかにする成分でも放出しているのかもしれない。
 それで、お茶を入れて持ってくると、残っていた二人は相も変わらず庭先を眺めてぼうっとしていた。
「草刈りの季節ねえ」
「ああ……」
 そろそろ夏の間に伸びた草を刈り取らなくてはいけない頃だ。里の方では、道などの共用部分の草刈りを、若者が集まって刈り取る相談もしていることだろう。
「私ねえ、草刈りの請負をする業者をみんな、潰したいと思ってるのよね……」
 また何か言い出した。

「聞いた話なんだけど、近頃は自分の敷地であっても、自分でしないで、お金を払って任せる人なんかがいるそうね」
「ああ。お年寄りなんかじゃ、することもあるんじゃないの。でもそういうのって、任せる側より、お金を要求する若いのが言ってるんじゃないの」
「気に入らないわ」
 ああそう、と私は思った。好きにしたらいいけど、人死にが出るのは困るなあ。
「草を刈るのはいいわよ。人だって自分の領域があるのだし、それを犯したら困るのだから。お互い様よね。だけど、自分の手ではなくて、他人に任せるのが気に入らないわ。草も命なのだから、草を刈る労力なんかは、自分の身体でするべきよね」
「幽香、それはあなたの気分の問題でしょう。好きにしておけば?」
「私は、気に入らないことには、気に入らないと言わずにはいられないのよ」
「あらあら。それはそれは……」
 紫と幽香が言い合っているのを端に聞いている。自分の家の管理、ねえ。私は何とか考えてみて、紫と幽香の話が一段落つくのを待ってから、話に入ってみた。
「若い子が家にいなくて、したくても仕方ないお年寄りって、いる訳じゃない? そういう人ってさ、自分で出来なくっても、近所の若い人に任せている訳でしょう。多分。でさ、終わったらお菓子とかお茶とか出して、ありがとうねえ、って言うわけ。でも、それってさ、お金を出してるのと変わりないでしょう。昔っから多分そうだったんだから、今になって言うのもまあ、別に言わなくてもいいんじゃない、って感じなんだけど」
「別にいいのよ。で、私が言いたいのは、霊夢、一緒にやらない、ってことよ」
 私の考えは、幽香には全く届かなかったようだ。まあ、いいけど。幽香は以前から人の話を聞かないやつだ。
「やらない。ていうか、何をするのよ」
「そうねえ。ひとまず、金でそういう仕事を請け負う人間を探して、ひどい目に遭わせようかしら。そうね。お金がほしいんでしょうから、夕食に出る野菜を全部お金に変えて、食べさせてあげようかしら。金貨の煮込みに、お札のサラダ。全部飲み込むまでは許してあげない、とか」
「言っておくけどねえ。そういう噂を一言でも耳にしたら、退治しに行くから」
「今やっておきなさい、霊夢。後が面倒になるよりいいわよ」
「おお、怖い。邪魔をされる前に、さっさと済ませることにしましょう」
 幽香は立ち上がって、座敷を下り、靴を履いて出て行った。後には私と紫と、小鉢のサボテンが残された。まったく。
「本当にするかしら」
「してもおかしくないわね。霊夢、そういう仕事をしている人間、それとなく探っておきなさいよ」
 紫に言われなくたって、そのくらいのことはしておくつもりだった。

 そういう人間の周囲をうろついて調べると、少し悪どいやつのようだった。身寄りのない年寄りの庭は、里の若者が寄り合って共同でする、というような仕組みがあるらしい。だが、それに先んじて、お金を取って仕事をするというような業者だった。
 そういう、小狡いことをするやつは、里の自警団からも注目されているようで、回りに諫められて、草刈りで金を取る人間は自然といなくなった。けれど、それには不思議と里に花好きの妖怪が出没したことだとか、妖怪が怒っているという噂が流れたことだとか、そもそも私……博麗の巫女が周囲をうろうろし始めたことだとか、そういったことも、小狡いことをするやつがいなくなった要因のようだった。まあ、そういう訳で、草刈りと幽香の云々は終わった。と、思えば、後になってから、
「ねえ、霊夢。外の世界では、共有の場所は、街とか国の管理者が、まとめて草刈りをするそうね。外の世界、ねえ……ねえ、一緒にやらない?」
 と、幽香が囁いてくるので、私はやれやれと思った。幻想郷の外でやる分には好きにすればいい。




 二 幽香と捨てられた花


 花を買ってみることにした。小さな小鉢のサイネリア。
 窓辺に置いてみたはいいけれど、きっと枯らしてしまうと思ったから、枯れゆく花を眺めることにした。
 そうと決めたなら、あるべき未来の為に、結界は少し堅く張っておくことにしよう。
 紫はそうぼんやり考えながら、結界を硬く、綿密に、練り上げてゆく。紫のすぐ目の前で花が揺れている。未だみずみずしく、力に満ちて、美しい姿を見せている。

 やがて、花はしおれ、しなびて鉢の枠にそっとしなだれかかった。その姿はゆっくりと死の眠りに落ちてゆくような、静かな仕草だった。
 時には水をあげてみようかな、と思う時もあった。そうして時折水をやる回数も間延びするように遠くなり、やがて花は死にゆくように萎れた。
 紫はその花を、境界の間に置いた。誰も触れられないところ。
 紫はその姿を見詰め続けた。紫は何もしなかった。枯れるのなら、枯れるままに任せて。 紫は見ていた。その美しかった頃を思い出しながら、今の姿も変わらず愛した。
その枯れゆく肢体すら美しいと感じた。
 それで、用が済むと、紫は捨ててしまった。境界を開いて、そこらの道端に置き去りにして、それっきり。それで、紫は花のことを忘れてしまった。
 その一瞬を幽香は見た。幽香は、捨てられる花と、紫を見ていた。


 襖を蹴り破って風見幽香が現れた時、私は炬燵でお茶を飲んでいたが、その炬燵もお茶も吹っ飛ばして驚いた。魔理沙やら妖怪達は、いつも傍若無人に乗り込んでくるが、ここまで喧嘩腰で来られたのは初めてだった。
「な、な、なによいきなり」
「紫は」
「紫?」私は聞き返した。「知らないわよ、そんなの。どうして私のところに来るのよ」
 私がそう言った瞬間に、壁に一筋の光が床から天井に向かって走り、ちょうど幽香の背より少し高いくらいの位置で止まった。光は左右に分かれ扉になり、『八雲紫☆在中』とネオンサインがびかびかと光るのに合わせて、文字はぐるぐると回った。
 無言で幽香は叩き割った。ガラスが散らばり、幽香は扉に張られていた結界を蹴り割って中に入った。
「……何なのよ、もう」
 私は一人、人知れず呟いた。すると、私の背中を何かが掴んだ。「わ! ちょ!」幽香が扉の中から手を伸ばして、私の服の襟を掴んでいた。ぶわあと身体が浮いて、あっという間に身体は地面に落ちた。よく分からない空間の中に私はいて、どうやら投げつけられたみたいだった。「何なのよ! もう!」私が腰をさすりながら文句を言うと、幽香はずんずん先へと進んで行った。

 紫の結界の中に入ると、すぐに神社に繋がる結界は閉じられた。ああもう、と私は言った。幽香が何を怒っているのか、紫が何を考えているのか知らないが、とにかく、先へ進んで紫に会わないと、二度と出られないということにもなりかねない。
 幽香が突然立ち止まって、宙を撫でた。何もない。だけど、私には見えた。
「結界よ。そこに張られてる」
 幽香はちらりと私を見た。殺気だった視線をしている。何よ、と私は内心に怯えを感じた。幽香は再び結界を撫でた。狩るべき獲物を見定めるように。
 いかに強固な結界と言えど、完全な壁面など存在しない。どんなに緻密に組み上げようと、微細な隙間は必ず有り、幽香ほどの腕力なら、力任せに衝撃を与えて、隙間から崩壊させることなど訳もない。
 幽香は拳を握り、振りかぶって殴りつけた。結界が砕け散る様を幻視した。だが、結界は壊れていない。わずかの揺らぎすら見せず、頑健にそこにある。むしろ、殴りつけた幽香の指が軋み、血を流している。
 私は結界を観察した。隙間が存在すれば、こじ開ける方法はある。だけど……隙間が、見つからない。頑丈で、強固に構築された結界には、分子ほどの隙間すら存在しない。紫が隙間を操り、どんな境目も容易に開けてしまうように、境界を閉じてしまうことも容易なのか。
 これほどの強固な結界ならば、殴ればそれだけの衝撃が拳の方に返ってくる。幽香は拳を壁に押しつけたまま、再び堅く握り締めた。
 ――それが、どうした。
 と、言わんばかりの、二度目の豪腕が、風を切って振るわれた。風が鳴いたような音さえ聞こえ、風圧は私のところまで届いた。
 幽香の拳は、壁に留められてはいなかった。思いっきり振り抜いた拳は、結界をぶち抜いた。結界が、ヘックスに切り取られて、ばらばらと崩れ落ちる。
 紫が緻密に構築した結界は、その綿密さに見合わない剛力のみで幽香は破壊した。因果を組み替える紫の能力でも、一点に集中された幽香の腕力には敵わない。無論、紫の能力を行使するならば、幽香の存在そのものを作り替えて、幽香の恨みそのものを消してしまうこともできる。だが、それをすれば因果は書き換わり、別の因果を紫は背負うだろう。物事には代償があり、紫の能力は、必ず破られなければならないという制約がかかる。
 だが、それは幽香も同じことだ。頑強に過ぎる結界に挑んだ代償は、物理的に拳へと跳ね返る。人間で言うならば……巨岩に拳を叩き付けることを思えばよい。私ならば、拳が割れてしまうほどの痛みにのたうち回るはずだ。歩みを進める幽香の拳からは、血が滴り落ちた。
 数歩を進み、幽香の指は再び、結界へと触れる。紫へと続く道を隔てる結界は、一枚や二枚ではない。無数にあることだろう。だが、幽香には躊躇いや逡巡は見えなかった。
ただ辿り着くと決めたのならば、そうするだけだ。幽香の背中は、何一つ迷いは見えなかった。
 結界を叩き割り、蹴り砕き、幽香は歩みを続ける。


 幽香、あなたの意志は素晴らしいわ。私、感動してしまうくらい。
 けれど、あなたの前に用意した結界は、四重よりも巨大な数字を表す八の八重結界。私の結界は8(  8)まであるわよ。さて、幽香、あなたにどこまで辿り着けるものかしら?


 八雲紫の意図が、自らを守る強固な結界が、最初から風見幽香に向けられていたのだとしたら、結界を百や二百では済まぬ数、用意していたのも頷ける。まともな人間や下級妖怪ならば傷一つつけられぬ結界を、拳一つで破壊して突き進む姿は暴威そのものであるとさえ言えた。
 その幽香の拳が、数千、数万を過ぎてようやく止まる。貫き切れぬ一線、突き立てた拳は結界の前に、動きを止めている。びりびりと震えるほどの力の圧が、結界から跳ね返るように拳に伝わる。結界、その硬さを、拳は、嫌というほど感じとった。何度も破り抜いた拳は紅に染まり、手指の骨は砕け、最早感覚すら失われようとしている。履いていた靴は結界と肉体の間で破け、打ち捨てられ、裸の足も拳と似たような赤と無感覚の領域である。
 ――それが、どうした。
 拳の代わりは額だった。力はまだ入る。いくら痛み感覚が失われようと、力は失われていない。
 たちまち額の皮は破け、鮮血が顔中を濡らしてゆく。一枚、また一枚と破る度、幽香の身体のどこかが痛んでみしみしと音を立てた。その結界の列は、幽香が意志を貫き、突き立てようとする限り、最早凶器として幽香の前に存在し続けた。

 紫の前に、血まみれの幽香が立った時、紫は意に介さず、その殺気を受け流しているように見えた。紫は、赤いソファに身体を横たえて、片足を下ろし、半身を起こして幽香を待っていた。薄衣のドレス。優雅な振る舞いは、不思議に、血まみれの幽香を迎えるのに相応しい姿に思えた。
 私はと言うと、幽香の後ろで、いたたまれなくって、頭をぼりぼり掻いた。どうしてここに連れてきたのか知らないけれど、この場に居合わせるには不似合いであるように思えたのだ。
「いらっしゃい、幽香」
「私が何のために来たのか、分かっているわね」
 幽香は血にまみれた右腕を持ち上げた。既に握ることはできず、半開きのままであった。だが、突き立てるには事足りる。
「あんたが幻想郷のためにどんな風に必要かは知らないけど、容赦なく殺すわよ」
 幽香は右腕を突き出したようだった。血が噴き出した。私は思わず目を背けた。
「ねえ、幽香。あなた、花は美しいわね」
 だけど、紫は何事もなかったように、言葉を続け、幽香の手を避けて、半身をずらした。血は流されていて、ソファは鮮血に染まっている。だけど、幽香と紫の距離が近付いただけで、紫はさっきと変わらない姿でそこにいる。
「生きて、やがて枯れ行くその瞬間まで、自らの生を疑うことはない。花を愛しているあなたにもきっと、迷いなどないのでしょう」
 紫はソファに身体を預け、ゆったりと座り直した。幽香はさてどうするか、と方策を練っているようだった。紫を殺すとなれば、どのようにすれば良いだろう。結界を壊すように、何万回と殺してやれば済むだろうか。
「私は愛しているわ。全て、何もかもを私は愛している。だけど、私は、愛しているものに何かをしてあげることはないの。それが愛おしいものであっても、やがて滅び行く運命だもの。私が愛するものに、してあげられることは何もない。……変えようのない事実。だから、私は何もしない。私はそう決めているの」
 それで自然から逆襲を食らうことがあっても、紫は気にしないのだろう。紫は幽香のドレスの肩口を掴み、引き寄せた。幽香は殴りつけようとしたが、紫はそれより先にキスをした。紫にとっては同じことだ、とで言いたげに。骨で突き殺されるのも、キスをするのも、同じ愛撫なのだ。紫にとっては。幽香は黙って、引き下がった。
 私の襟首を強引に掴んで、担いで、結界を来た方へと戻っていった。幽香の手の平は壊れて、掴む腕はびりびりと震えていた。あんまり辛そうなので、私は後ろから幽香の背に乗っかかって、幽香の身体の前で手を組んだ。
「手、痛いんでしょう。引っ張ってくれるんなら、このままでいいわ」
 そう言った。幽香は神社まで私を連れてきて、私は手を下ろして下りた。幽香は一人で、足を引きずって帰っていった。


 そう、決めている。……そう、決めている。
 花を買ったのは気まぐれ。育てられないのは、きっと知っていた。だから、死に向かって行きながら、私はその姿を見詰めることにした。
 私が、自分でしていることを、忘れないようにね。私が、この幻想郷でしていることを。過ぎ去ってゆくことは、こんなにも残酷だと、忘れないようにね。




 三 囚われのお姫さま巫女と幽香


 幽香と紫が喧嘩をしてから、一週間ほどが経った。幽香が神社を訪れて、「こんにちは、霊夢」と言った。幽香の身体はきれいに治っていた。私は、何気なく指先を見て、幽香の指が長くて綺麗なことに気がついた。
「こんにちは、幽香。今日はお土産はなし?」
「ええ」
 幽香は私の軽口に答えながら、ひょい、と私の身体を担ぎ上げた。まるで空気を持ち上げるみたいに軽々持ち上げられて、「お?」と私は不思議そうな声を上げることしかできなかった。あんなに華奢に見える綺麗な指で、こんな力が出ることが信じられない。
 それで、私は幽香の家まで連れて行かれた。

 私は幽香の家に留め置かれた。一度、勝手に帰ったけど、すぐにまた幽香が来て、また連れ戻されてしまった。どうしたって、幽香はここに置いておくつもりなのだ。
「紫は私から大切なものを奪った。だから、紫にも大切なものを、失ってもらうわよ」
「……馬鹿みたい。帰るわよ、私。紫が助けに来るまで、大人しく座ってなんていられないわ」
「まあ、まあ。今回のあなたの役回りは、お姫さまだからして」
 お姫さま、って。おとぎ話じゃあるまいし、馬鹿みたい。
「帰るっての」
「いいからいいから、座りなさい。お姫さまらしくしてあげるから。服も裾も、袖も、花のドレスで飾ってあげるわ。髪には、花のティアラもかざってあげる」
 魔法を使うみたいに、幽香はあっという間に、私の身体を植物で飾ってしまった。バラのレース。ユリのスカート。桜のティアラ……。私は座ったままで腰も浮かせていないのに、幽香はくるくると私の身体を植物で覆い、巫女服はどこへ行ったのやら、お姫様にされてしまっていた。
「ほら、お姫さまになった」
「こんなことしたって、帰るったら帰るんだってば」
「まあまあ」
 立ち上がると、ドレスのスカートに足が引っかかって歩きにくい。その手を幽香は掴むと、引き止めて、椅子に座らせる。幽香はどうしたって、私を神社へ帰す気はないようだった。

 夕方になると、幽香は一人で台所に入って、ぱっぱっと手際よく料理を作った。何もせずに待っているのは悪いかなと思ったけど、なんで手伝わなきゃいけないという気もした。でも、暇で、我慢し切れずに聞いた。「手伝わなくていいの」「ドレスが汚れるから、大人しく座ってなさい」と幽香は一人で言ってくるくる仕事をした。一人でするのに慣れていて、手を出すなと言うふうだった。一人の方が気が楽だという感じ。
 テーブルいっぱいに料理を並べて、幽香は私の向かいに座った。くやしいけど美味しそうだった。
「さあて、ほら、お姫様。美味しいご飯ができました」
「……帰さないと食べない、って言って、餓死するまでそうしたらどうする?」
「あら。仕方ないわねえ、あーんしてあげないといけないかしら」
 どうしてそうなる。あーん、とスプーンにスープをすくって差し出されたので、とりあえず口をつけた。熱い。
「それとも、蔦を伸ばして身体を押さえ付けて、咀嚼したものを口移しで与えたほうがいいかしら? いっそ、蔦で顎を掴んで、無理矢理噛ませて飲み込ませても良いのよ。……どうにだってできるんだから、大人しく食べなさい」
 まあ、そういう抵抗は無駄だろうなと想像はしていた。私は仕方なくスプーンを取った。まるで、母親とはこういう風に躾けを行うものなのだろうか、と、どうしてか直感的に考えた。幽香は私のお皿にサラダを盛りつけて、はい、と渡してきた。

 寝る時は、普通に脱がせてくれた。下着姿でベッドに潜り込むと、私の家の布団より余程厚くて柔らかかった。良い生活をしているなと、私は思った。
 燐光を放つ植物がゆっくりと閉じて行き、部屋の中は真っ暗になった。私はベッドに寝かされて、幽香はソファで眠った。
「ねえ、今更だけど、お風呂はないの」
「悪いわね、うちにお風呂はないの。二日や三日、入らなくても平気でしょう」
 なんとなく、入りたいなと思ったけど、ないものは仕方がない。それにしても幽香は毎日お風呂に入らないのに、臭くもないし、髪の毛も固まってないし、むしろ良い匂いがするくらいで、私が気にし過ぎなのかと思うくらいだった。堂々としていれば毎日お風呂に入らなくたって平気かもしれない。
 私は横になりながら、何か妙な変わった匂いを感じた。心地よい香りだ。それで、私は眠りに落ちた。急速な眠気を感じながら、幽香は眠る時にはこういうものを使うのかも知れないと思った。

 そう言ったわけで、私は致し方なしに、幽香の家に留め置かれた。生活に不自由はなかったし、里へ行こうと思えば行けた。ただ、神社へ腰を落ち着かせようとすると、たちまち幽香が現れることは分かっていた。それで、仕方なく、出かけたら幽香の家に戻る、という生活のパターンが生まれた。元々怠惰な私は、ぼうっとしているならぼうっとしている方が性に合っている。暇潰しに家の周りを掃除したり、幽香とチェスをしたりトランプをしたりして過ごした。幽香は妙に欧風趣味で、そんな遊びをするのも新鮮で面白かった。
そういうわけで、私は、事態がどうにかなるまで、ここに残ることにしたのだ。

 数日経って、朝になって起き出し、例のように幽香によってお姫様姿にされ、机について、幽香が朝食をくれるのを待った。いつもの朝のパターンだ。だけど、その朝は、紫がいた。なんで? 幽香は紫を見ないようにしていつものように朝食を持ってきた。
「おはよう、幽香」
「おはよう、紫。私たちこれから食事だから、帰ってくれる?」
「私の分は?」
「あんたのはないわよ」
 紫はいつもと変わらない、無表情と微かな微笑みの中間のような顔をしていた。幽香はと言えば、パンにバターを塗って知らん顔をしていた。私は、食べていいものか迷った。紫が来てくれたのは嬉しいけれど、料理は湯気が立っていて、美味しそうな匂いがして、話をするのなら話の前に食べたいなと思った。
「ほら、霊夢、早く食べなさい」
「え、いいの」
「いいのよ」
 幽香は紫を見てくすくすと笑った。私はスープをすくって食べた。おいしかった。でも、紫の機嫌が心持ち悪そうなので、居心地が悪かった。
 幽香は悠々といつものように楽しそうに食べて、私はちらちらと幽香の方を気にしながら、食べた。食べ終わると、私は自発的にお皿を持って流しに行った。
「幽香、話があるの」
「ああそう。私にはないけれど?」
「まあ、別に私にだってないけど」
「じゃあ帰りなさいよ」
「帰らない」
 水瓶から水を汲んで、食器に水をかけた。擦って汚れを落としていると、幽香は立って、私の方へ歩いてきた。
「お姫様が水仕事をするんじゃないの。昔の人はね、労働は卑しいことだって言って、忌み嫌ったものよ。そういうものなの。洗い物は必要なことだけれど、それをするべきでない人もいれば、するべき人もいる」
 ふふん、と幽香は紫を見た。それで、幽香が袖をまくって洗い物を始めて、私は机に戻った。
「……お姫様、ね。霊夢、あなた、楽しそうな格好をしているわね」
「したくってしているんじゃないわよ」
「あら。そうかしら」
「ね。料理とか作ってほしい?」
「あんた料理できないじゃない」
「どうせ、あんた、ずっとどっかから見てたんでしょ。紫。それで、団欒してるのが羨ましくなったのよね」
 幽香が手を拭き拭き戻ってきて、言った。紫は変わらず表情を崩さなかった。
「ま、分かってるわよ。返せ、でしょう。悪いけど返さないわよ。あんたがしたように、死んだら返してあげるわよ」
「勝手な奴ね」
「どの口が言うの。私は今からこの子を、ばらばらにして殺して、土に撒いてしまっても良いのよ」
 私は、私の頭を通り越して、私の進退が相談されているというのに、不思議とぼんやり過ごしていた。
「どのみち、新しい人間は、いくらでも生まれてくるのだもの。一人の人間だけを大切にしたいというのは、私が植物を大切にするのと同じ、あなたのエゴでしょう? ……まあ、いいじゃない。新しい巫女でも探してきなさいよ。あんたが大切なのは巫女であって、この霊夢じゃないでしょう。ねえ?」
 紫は黙って聞いていた。どうするのだろう。私は紫に喧嘩をしてほしいと思っているのだろうか。幽香に『霊夢を返せ』と言って、神社に連れ戻してほしいのだろうか。私は紫がどう思っているのか、分からなかった。紫は私が……というか巫女が大切だという風にするが、実際として優しくされた覚えはなかった。ただ飼い殺しにされている。
 紫の沈黙は長いこと続いた。私は窓の外を見た。光が溢れていて、外では大きな樹の葉が揺れていた。
 紫は帰った。何も言わず、そのままいなくなってしまった。
「まあ、そうね。それが筋よね? さ、霊夢。今日は何をして遊びましょうか?」
 私は溜息を一つつくと、ドレスを脱がせて、とお願いした。外に出て光を浴びたかった。

 その日も終わって、夜になった。私は家に戻ると、幽香はいつものようにドレスを着せた。さ、できましたよ、と幽香が言って、私は反発して言い返した。
「それにしても、どうしてお姫様なの?」
「何が?」
「お姫様のドレスを着せて、お姫様なんて呼んで。何のこだわりなの?私はお姫さまなんて柄じゃあないわよ。困ったわ、どうしましょう、なんて言って助けられるのを待つより、自分から助けるなり問題解決なりに動く方だもの」
「だからこそ、お姫様になってみたい願望があるんじゃない?」
「私が喜んでるって言うの? こんな格好させられて、冗談じゃないっていうの」
 ふん、と私は言った。

 ベッドに入ってからも、色々と考えた。紫は私をどうしたいのだろう? 私にどうして欲しいのだろう。神社にいて、どうするというのだろう。
 色々と考えたいことはあったけど、その夜も不思議な香りがしてきて、私はすうっと眠りに落ちてしまった。この香りは妙なのだ。朝になると、すきっとして、気分がさっぱりする。こうしているのも悪くないな、と思う。幽香はどうしたいのだろう。私は……

 朝になってから、私は幽香に向き直って言った。
「ねえ幽香、私、帰りたいんだけど」
「あらそう。じゃ、帰りなさい」
「帰ってもいいの?」
「いいわよ。霊夢がそうしたいなら、したいようにすれば。霊夢と一緒に過ごすのも悪くなかったわよ」
 私は拍子抜けした。殴り合いでもしないと、出て行けないかと思ったからだ。私の生死は紫と幽香の間にはなかった。私のところにあったのだ。
「……私、あんたと殴り合いをしなきゃいけないかと思ってたわ」
「あんたが憎いわけではないもの。でも、紫には言っておきなさいね。謝りに来ないと、ひどいことになるわよって。それだけ伝えてくれたら、無理に連れ戻しには行かないわよ。また遊びに来てちょうだいね」
 幽香はそう言って、いつもより時間をかけて私の髪をとかし、それから、いつもと違って、巫女服を着付けてくれた。はい、出来上がり、と、幽香は言った。
 それで、私は幽香の家を出て、神社に帰った。神社にはどうしてか魔理沙が棲み着いていた。「どこへ行ったかと思ったぜ。ここに寝泊まりしていれば出てくるだろうと思ったんだ。紫がうちへ来たぜ。何も言わずに帰ったけどな。何があったんだ?」それで、私は、魔理沙にここ数日であったことを話した。
 その昼には幽香がもう遊びに来た。お茶を飲んで帰っていった。私は藍を呼び出して、幽香が紫に謝れって言ってたことを伝えるように伝えておいた。紫を呼んでも来ないからこうするしかなかった。たぶん伝わるだろう。
 その日から、幽香は私を連れて行こうとも殺そうともしなかったから、たぶん、紫は幽香にごめんなさいをしたんだろう。本当のところは分からないけれど、そういうことにした。




 四 幽香と親なしの子供


 それで、不思議なことに、紫が私の家に来て料理を作ったりするようになった。何を考えてるんだか知らないが、紫の作る料理は大しておいしくないので、生と焦げでまだらの焼き魚を食べたり、薄すぎるみそ汁を食べたりして、幽香の家のおいしい食事を思ったりもした。
 夕食の時間になると、私は台所に行こうとする紫を制して、私が台所に立った。紫は退屈なのか身の置き所がなさそうに台所に来ては何か言いたげに手元を見て、また居間に帰って、ということを繰り返した。猫のようで鬱陶しい。私は幽香のところで出たスープとハンバーグを見よう見まねで作ってみた。それなりに美味しく作れたけれど、幽香の作ったのとは全然違った。
「霊夢。あなた、いつからこんなのを」
「……私だって、料理くらい全然できないわけじゃないわよ」
 紫は食べて、しばらく黙っていた。全部食べてから、「藍の方がおいしいもの作るわよっ」と言い残して出て行った。心持ち涙目に見えたから、たぶん私の方がおいしいものを作るので悔しかったのだろう。
 なにか違うんだよなあ。
 紫が帰って、食器を洗ってしまうと、私は居間に座ってぼうっと考えた。ものを食べたばかりの身体が、熱を持って、眠たくて気持ちがいい。
 幽香の家にいた時、不思議に居心地が良かった。何が原因なのだろう? 調度品は整っていたし、物を置きっぱなしにすることなく、几帳面にあるべきところへ置いていた。幽香がそういう風だから、私もそれに合わせていた。それと、扱いが丁重で親切だった。見張っているためかもしれないけど、たぶん違うだろう。私は自由に一人で里へ行けたし、帰ったら幽香はすぐ神社に来たから、放っておいても良いとは思っていたのだ。ただ、家にいる時は、幽香は大抵家にいたし、退屈そうに見えれば、すぐさま何かしら暇潰しの道具を持ってきた。話し相手をしてくれたりもした。そういう、居心地の良い扱いをされていた。
 けれども、居心地が良いとは思いながらも、幽香の家にいる時も、『何か違うなあ』と思っていたのだ。それで、帰ってみても、やっぱり、『何か違う』なのだった。
 匂いはここの方がちょうどいい。幽香の家は優しい香りがしていたし、いくつか、気分によって香水みたいに匂いを変えているみたいだった。けれども、この木と畳の匂いが慣れている。懐かしい香りなのだ。それに、物についても、適当に放っておかれている方が私らしい。
 私は私でいる方がリラックスして気持ちがいい。幽香は気持ちの良い同居人だった。私に気を遣っていながら、自分が大変そうなところは見せなかった。自分の仕事はしながら、私の相手もしていた。それで、悪く感じていたのだ。何が悪いのか分からないけれど、たぶん、そういうことなのだ……。
 私は寝室に入って、布団に潜り込んだ。夜が来るのは早く、冷気は足下から上がってくる。お風呂に入るのも億劫だ。布団に入り込んで暖めているうちに、眠気はやってきた。幽香の家とは全然違う。

 怠惰というのは気持ちが良い。私は神社でぼうっとしているのが好きだ。何かが起こるまで、何かが私を呼ぶまで、私はそうしている。そうしているのが心地よいのだ。
 冬の朝、庭先に座って考えた。手持ち無沙汰に箒を持って。思索が済んだら手を動かしてもいい。手を動かすのは、むしろ思索からの逃避かもしれない。
 幻想郷の朝は底冷えがする。朝には誰も訪れない。静かで、鳥なんかもいない。
 そう思っていたのだ。朝日の向こうから一つ影が飛んできて、庭先に降り立った。マフラーをいっぱいに巻いて、コートを厚く着込んでいる。そこまでしてどうして飛びたいのだろう。私なら、こんな朝に飛ぶのも、外に出るのも嫌だ。
「いよ。霊夢。朝から頑張ってるな」
「……魔理沙。何してるの」
「徹夜でやってたんだ。色々とな」
 魔理沙は私の気持ちいいようにする。縁側の通りに座る感じ、声をかける時の少し乱暴な感じ、何かを要求する時の横暴な感じ。魔理沙なりの親しさと配慮のしるしだ。
「うう、寒い寒い。霊夢、お茶を入れてくれよ。暖かいやつをさ」
 魔理沙は騒がしくて、他人を巻き込んで喜ぶパワフルなやつだ。魔理沙といる時は、私自身の感覚を考えなくてよい。魔理沙といる時は、『違う』感じを味わったことはない。他人は他人だと切り捨てていられるからだ。適度に近付けておき、適度に突き放しておける。
「どうだ霊夢、山に行かないか」
「山? どうしてよ」
「山はいいぞ。空気が綺麗だし、採れそうなものがあったら集めて帰れる。後々にも役に立つ」
「嫌よ」
「じゃあ湖でもいいぞ。薄く氷が貼ってるから、もっと冷たく凍らせて、浮いた氷の上で釣り糸を垂らして釣りをするんだ。わかさぎが釣れるぞ」
「それも嫌」
 適当なことを喋った。それで、魔理沙はしばらくすると敷きっぱなしの私の布団に潜り込んで、眠ってしまった。徹夜で何かしていたというのは本当らしかった。私は、考える気分でもなくなって、庭を掃き清めた。庭の次は境内。湿った木の葉が地面に張り付いていて、端に寄せてごみを集めた。集めたごみは、しばらく置いておいて、日が昇って乾くと、火を付けて焼いてしまう。何もしなくても、ごみは溜まってゆくし、埃も積もる。

 昼頃になって、鴉が一匹、私のところへ飛んできた。鴉の背中から綺麗な白い手首が生えて、ぱっくりと鴉の背中が開いた。鴉の手が私を掴んで、引っ張って私は背中の穴へと引っ張り込まれた……。
 神社はなくなって、見慣れた幽香の家の中が私の目の前に現れた。近頃こういうことが多い。どうして私ばかりこういうことに。
「霊夢、聞いてよ」
「霊夢、聞いてちょうだい」
「…………」
 幽香の家には幽香と、紫と、あと見知らぬ女の子がいた。この小娘は何者だろう。
「幽香ったらね」「紫が我が儘を言って」「出て行けって言うのよ」「料理を教えろって」「霊夢も何か言って頂戴」「霊夢も何か言ってやってよ」
 紫と幽香はステレオで喋るのでとてもうるさい。ああもう。
「知らないわよ。私はどうすればいいの?」
「私は子供の相手で忙しいのよ」
「子供?」
 女の子は、目の前で喚いてる二人にも、特に興味は無さそうだった。6、7才の、まだ右も左も分からないような子供だ。どういうつもりなのだろう?
「こんな子供を、どうして幽香は育ててるの? あんたまさか、こないだの仕返しのつもり」
「まさか。紫みたいなことはしないわよ。まあ、この子がいたいんならそうしてもいいけれど。それにしたって、死体は道端に捨てるより、埋めた方が栄養になるわよ」
「じゃあどういうつもり」
「親なしで、放り出されてたから、そのうち様子を見て里かどこかに行かせようと思ってたのよ」
「いいから料理を教えてよ」
「あんたには無理よ」
 紫が割り込んで入ってきて、また紫と幽香はぎゃあぎゃあとやり始めた。口喧嘩はしていても、本気で嫌い合ってはいないようだった。子供のこともどうやら本当らしい。
 仕方がないので、喚いている二人を眺めていた。幽香の拾ってきた子供と一緒になって眺めた。
「あんた、名前は」
「ねえ」
「どうやって生きてきたの」
「知らねえ」
「ここに住むの?」
「知らねえ。どうなんのか、分かんね。嫌になったら、また出てく」
 ふうん、という感じだった。そうこうしているうちに、急に紫が「この子がいなかったらいいんでしょ」みたいなことを言って、私と子供に何か薄い布のようなものでできたヴェールをかけた。ぱっと布を取り払うと、あっという間に私と子供は、幽香の部屋からいなくなっていた。

 紫はなんて勝手なやつだろう。仕方なしに私は子供にご飯を作った。子供が退屈そうな時には、話し相手になってやったり、簡単な仕事をさせたりした。子供は勝手に里へ行ったりしていたけど、夜になれば帰ってきた。とりあえず宿にすることに決めたようだった。
 紫はちっとも料理はうまくならなかった。洋食の作り方を覚えて、帰ってきたけれど、幽香の作るものとはやっぱり違った。というか、私の作った方がやっぱり美味しいような気がした。元々、和食だって藍に習ったものだろうけど、そもそもが妖怪だから、食べられれば良いという感じで、人間のような繊細な味わいを作ることができないのだろう。というか、そういった面倒をしないために式神を使っているのだろうし、藍ができても紫ができないのはある意味自明なことなのだ。それはそれで藍に任せていればいいのに。
 やがて紫も料理に飽きて、子供も幽香に連れられて帰っていった。結局、子供は三日ほど滞在して帰っていった。子供は楽しそうにも嫌そうにもしなかったけれど、幽香に手を引かれて行く時、一度だけ私の方を振り返ったのが印象的だった。
 子供が来ている間は、私のいるところが丁度いいだとか、違うだとかいうことを考えなかったことを思い出した。

「こないだは悪かったわね」
 それで、また幽香が来た。小さな紙の袋を持っていた。中には、小麦粉でできたお菓子が入っていた。「おみやげ」と幽香は言った。
「いいえ。あんたのせいじゃないじゃない」
「紫のせいだけどね。結局預かって貰ったのは確かだし」
 幽香は座り込んだ。私はお礼にお茶を出した。お礼にもならないかもしれないけど。お盆の上にお菓子とお茶を置いて、二人して食べた。幽香は何というか、居心地がいい。幽香の家にいるのは違う感じがするけれど、こうしているのは心地が良いのだ。だけど、そのくせ、乱暴なところもあって、何を考えているのか分からなくて、不気味な感じのするやつなのだ……。
「紫に料理してもらった?」
「してもらったわよ。あんまりおいしくないやつ」
「あいつ、料理うまくならないわよねえ」
 くすくす、と幽香は笑った。
「あんた、紫のこと嫌いじゃないの」
「どうして?」
「勝手でしょ」
「勝手だけどね。勝手な奴なんて、どこにでもいっぱいいるでしょ。あいつは思いっきりやっても怒らないし。思いっきりやって、やり返して、そういうのが楽しいってところはあるわよ。そういうのって、あんまりないもの」
 幽香が笑って言って、お茶を持って飲むと、優雅な感じがした。私や魔理沙は、こんな優雅さはないだろう。紫にも優雅さが似合う。優雅とは、強いということなのだ。余裕の力が、姿形を作り、振る舞いを作る。私や魔理沙のような子供には、優雅な振る舞いはできないということだ。幽香や紫は友達なのだろう。同じようなレベルだから友達なのだ。私と魔理沙も、たぶん同じくらいのレベルだから、友達でいられるのだ。
「ねえ、幽香。幽香はさ、普通に過ごしてても、『何か違うな』って思うことって、ある?」
幽香は笑って言った。「あるわよ。当たり前じゃない? 違うことがあったら、変えてみたりする。家具の配置とか、生活のサイクルとか。たぶん、紫もそうよ」
 そういうものだろうか。私は私の居心地の良いところを探している。皆が皆、そういう風なのだろうか。魔理沙もそう?

「ね、幽香。こないだの子供はどうしたの」
「出て行ったわよ。人間らしい生活をしなさいよとは言っておいたけど。どうしているかしらねえ」
「今度、見かけたらうちに来るように言っておいてよ。友達になれそうだわ」
 ふうん、と幽香は言った。
「どういう心境の変化?あなた、前はそうじゃなかったでしょ。料理でも教えてあげるの?」
「まあ、そういうところよ」
 ふううん、と幽香は言った。私はあの子供よりも、紫に料理を教えてあげたい気分だけれど。紫はどうしたって覚えないだろうな。
 私はなんのかんので、妖怪の相手をしているよりも、人間の相手をしている方がらしいと思ったし、身の丈に合っている。人間の友達を作るのは悪いことじゃないだろうなと思った。あの子が来たら、お酒を飲ませてあげてもいいかもしれない。自分で作った料理を食べるのも悪くないと教えてあげてもいい。やれることは色々とあるのだ。たぶん。
「いいことを聞いたわ」
 紫が境界を開いて、にゅっと顔を突き出した。私はぎょっとした。幽香は平然としていた。
「こんにちは、紫」
「こんにちは、幽香」
「普通に挨拶してるんじゃないわよ。いいことって何よ。あの子を探してこようってんじゃないでしょうね。やめなさい、迷惑するでしょ」
 あらそう? と紫は不思議そうな顔をした。それで、ずるずる境界から出て来て、縁側の通りに腰かけた。手を引かれて、子供もついて境界を出て来て、通りにちょこんと座った。
「言うのが遅かったわね」
「ああもう」
 私は顔に手を当ててがっくりした。幽香は我関せずにお茶を飲んでいるし、紫は楽しげに子供と喋り始めるしで、私はがっくりしてても仕方ない感じだった。私は立って、お茶を汲みに行った。
 戻ってきて、お茶を渡して、声を掛けた。
「あんた、久しぶりね。元気にしてた?」
「まあまあ」
「ふうん。ねえ、またうちに泊まりなさいよ。料理のしかた、教えてあげる」
「いらねえよ。料理なんかすることないんだから」
「外でだってできるやり方を教えてあげる。それに、料理ができるのはいいことよ。お嫁さんにだって行けるわ」
「お嫁さんだってよ。へん」
 子供はお茶が熱いらしくて、吹いて冷ましながら飲んで、そっぽを向いた。幽香が子供を見て、笑いかけて言った。
「霊夢の言う通りよ。女の子は、料理ができたら幸せになれるんだから。私も教えてあげるわ。ね?」
 子供は相変わらず、素知らぬ顔で、湯飲みに唇をつけてお茶と格闘していた。
「幽香、あんたも教えるって、うちに泊まるつもり」
「あら。いいでしょ。たまには。こないだは泊めてあげたんだから」
「あれは拉致っていうのよ」
「楽しかったでしょう」
 まあ、楽しくなくはなかったけど。
「楽しいわけないでしょう。霊夢は迷惑したって言ってるわ」紫は勝手に言った。
「あんたが勝手に言わないでよ」
「霊夢は、紫に料理を教えたいとも言ってるわよ」
「あんたは食材を調達してくる役がお似合いよ」
 紫はむくれた。むくれたのが面白いのか、子供は笑って、紫を見た。
「あんた、料理が下手なのか。仕方ないな、おれが教えてやるよ」
 子供はにっと笑った。紫は余計にむくれて、幽香はそれが面白いのか、くっくっと笑った。私は笑っている子供を見て、それが面白くてくすくす笑った。
「あんた、笑うと可愛い顔をしているのね」
 からかわれたように感じたのか、子供は笑うのをやめて、再びむっとした顔をした。私はそれがおかしくて、大声を上げて笑った。
 2012年にネタだけはできてました 二だけ最初に書いてあって残りは後付けしたので若干浮いている感じがします まあいいか 
 ゆうかりんがかわいく書けたのでお気に入りです あと紫はやりたい放題するけど受け身に回ると弱いので好きです

 誤字修正しました 指摘ありがとうございます
RingGing
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コメント



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1.80奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.100名前が無い程度の能力削除
個人的にはもっと深くやって欲しかったけど、それ言い始めるときりがないので
本当に面白かった
15.80名前が無い程度の能力削除
誤字だろうけど、エピソード3で幽香に拉致された霊夢を花で飾り立ててるのが幽香だけじゃなくて紫も混ざってて笑ってしまった
脈絡も無く現場にいて、着せ替え手伝ってて、幽香も霊夢も言及しないのがシュールで
16.90名前が無い程度の能力削除
よかったです。
20.100とーなす削除
素敵でした。